(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、主に自動車用のクランクシャフトを対象として、焼付き現象について検討した。通常、クランクシャフトと軸受けとは、油膜を挟んで対向する流体潤滑の状態で摺動している。しかし、本発明者らの調査によって、長時間の摺動中には、流体潤滑から境界潤滑に至る局面が少なからずあることがわかった。一般的に境界潤滑環境下で鋼が長時間摺動を受けると、加工硬化や摩擦熱による軟化が生じ、摺動面近傍(表面から20nm以内)の硬さが変化することが明らかになった。
【0016】
組織観察の結果、摺動面では、摺動による加工層の形成と、摩擦熱による組織の変質(焼戻し、回復、及び再結晶)とが重畳的に起こっていることがわかった。このうち、摺動による加工層の形成はナノ硬さを向上させる因子であり、摩擦熱による組織の変質はナノ硬さを低下させる因子である。
【0017】
したがって、摺動面のナノ硬さを向上させるためには、(1)加工硬化性の向上、(2)熱的安定性の向上、(3)熱伝導率の向上による摩擦熱散逸が有効である。
【0018】
(1)加工硬化性の向上
本発明者らは、適正に組織制御されたパーライトを有する鋼材は、摺動によって大きく加工硬化し、優れたナノ硬さを示すことを見いだした。
【0019】
図1は、パーライト鋼の摺動面の組織を示す断面図である。
図1に示すように、摺動面ではパーライトのラメラが大きく塑性変形している。最表層では、パーライトを形成するセメンタイトが分断されて微細化し、パーライトがナノ結晶化している。ナノ結晶化した層(以下、ナノ結晶化層という。)では、セメンタイトの一部が分解してフェライトに固溶している。摺動後のパーライトが高いナノ硬さを示す要因は、摺動による強加工によってセメンタイトが微細化すること、及び微細化したセメンタイトが分解することによってフェライト中の固溶炭素量が増加すること、にあると考えられる。
【0020】
Si及びMnは、セメンタイトの分解を抑制する。そのため、Si及びMnは、パーライトの加工硬化性を低下させる。したがって、加工硬化性を高めるためには、Si及びMnの含有量を低くすることが好ましい。
【0021】
Pは、パーライト内のフェライトに固溶し、パーライトの加工硬化性を高める。Pは一般的には、粒界に偏析して鋼の強度を低下させるが、ナノ結晶化層では粒界の面積が大きいため、Pが偏析しにくい。したがって、加工硬化性を高めるためには、P含有量を高くすることが好ましい。
【0022】
また、パーライトのラメラ間隔が微細なほど、ナノ結晶化しやすく、加工硬化性が高くなる。
【0023】
(2)熱的安定性の向上
パーライトは、マルテンサイトやベイナイトと比較して、蓄積歪が小さいため熱的安定性が高い。したがって、摺動面の熱的安定性を向上させる観点からも、パーライト分率の高い組織とすることが好ましい。
【0024】
ナノ結晶化層は、炭素が過飽和に固溶した非平衡状態であること、転位密度が極めて高い層であることから、熱的に不安定である。摺動により温度上昇すると、500℃以下の温度域でも大きな組織変化を起こし、短時間でセメンタイトの析出、粗大化、再結晶が進行する。
【0025】
Crは、セメンタイトの析出形態を制御して、セメンタイトの粗大化を抑制する。したがって、セメンタイトの粗大化を抑制するためには、Crを適量含有させることが好ましい。
【0026】
Pは、ナノ結晶化層の結晶粒の粗大化を抑制する。したがって、ナノ結晶化層の結晶粒の粗大化を抑制するためには、P含有量を高くすることが好ましい。
【0027】
従来は、摩擦熱の影響により摺動面で炭化物が粗大化しやすいという問題があった。しかしながら、SiやMnの低減により炭化物の粗大化が抑えられ、その結果、微細な炭化物によるピンニング効果によりナノ結晶化層の結晶粒の粗大化が抑制されることを確認した。
【0028】
(3)熱伝導率の向上による摩擦熱散逸
熱伝導率の向上には、Si含有量の低減が有効であることが従来から知られている。本発明者らは、他の元素の影響を明らかにするため、中高炭素鋼をベースとして合金元素の添加量を変化させて、その熱伝導率を測定した。結果を
図2に示す。
図2に示すとおり、C、Siに加えて、Mnも熱伝導率に大きく影響を与える元素であり、Mn含有量の低減によって熱伝導率を向上できることがわかった。したがって、熱伝導率を向上させるためには、Si及びMnの含有量を低くすることが好ましい。
【0029】
以上のとおり、摺動面のナノ硬さを向上させるためには、Pの含有量を高くし、Crを適量含有させ、Si及びMnの含有量を低くする。さらに、パーライト分率の高い組織とし、かつパーライトのラメラ間隔を小さくすればよい。より具体的には、鍛造部品を構成する鋼材の化学組成が下記の式(1)を満たし、面積率で90%以上のパーライトを含む組織とし、かつパーライトの平均ラメラ間隔が50nm未満になるようにすれば、耐焼付き性に優れた鍛造部品が得られる。
[Si]+[Mn]≦1.2・・・式(1)
ここで、[Si]、[Mn]にはSi、Mnの各含有量が質量%で代入される。
【0030】
(4)摺動面での剥離の抑制
上述のとおり、適量のナノ結晶化層は、摺動面のナノ硬さの向上に寄与する。一方、ナノ結晶化層が厚くなりすぎると、ナノ結晶化層内で割れや剥離が生じやすくなり、かえってナノ硬さが低下する。パーライトのラメラ間隔が小さすぎると、ナノ結晶化層が厚くなりすぎ、ナノ結晶化層内で割れや剥離が生じやすくなる。
【0031】
しかしながら、摺動面の転位密度を高めれば、たとえパーライトの平均ラメラ間隔が小さくても、ナノ結晶化層での割れや剥離を抑制し、より高いナノ硬さを得ることができる。より具体的には、転位密度を10
15m
−2以上とすれば、パーライトの平均ラメラ間隔が50nmより小さくても、ナノ結晶化層での割れや剥離を抑制することができる。
【0032】
転位密度10
15m
−2以上、パーライトの平均ラメラ間隔50nm未満を両立させるためには、パーライト組織に冷間加工を付与するのが好適である。
【0033】
以上の知見に基づいて、本発明は完成された。以下、本発明の一実施形態による鍛造部品について詳述する。
【0034】
[化学組成]
本実施形態による鍛造部品を構成する鋼材は、以下に説明する化学組成を有する。以下の説明において、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
【0035】
C:0.35〜0.65%
炭素(C)は、パーライト組織を得るために必要な元素である。C含有量が0.35%未満では、パーライト分率の高い組織が得られない。一方、C含有量が0.65%を超えると、鋼の被削性が低下する。したがって、C含有量は0.35〜0.65%である。C含有量の下限は、好ましくは0.4%であり、さらに好ましくは0.5%である。C含有量の上限は、好ましくは0.6%であり、さらに好ましくは0.58%である。
【0036】
Si:0.50%未満
シリコン(Si)は、不純物として鋼中に含有される。Siは、パーライト組織を得るために積極的に含有することができる。Siはまた、パーライト内のフェライトに固溶してパーライトを強化する。一方、Siは鋼の熱伝導率を低下させる。そのため、Si含有量が0.50%以上になると、十分な耐焼付き性が得られない。したがって、Si含有量は0.50%未満である。Si含有量の下限は、好ましくは0.10%である。Si含有量の上限は、好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0037】
Mn:0.10%以上0.80%未満
マンガン(Mn)は、パーライト組織を得るために必要な元素である。Mn含有量が0.10%未満では、パーライト分率の高い組織が得られない。一方、Mnは鋼の熱伝導率を低下させる。そのため、Mn含有量が0.80%以上になると、十分な耐焼付き性が得られない。したがって、Mn含有量は0.10%以上0.80%未満である。Mn含有量の下限は、好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.50%である。Mn含有量の上限は、好ましくは0.78%である。
【0038】
P:0.01%を超え0.1%以下
リン(P)は、パーライト内のフェライトに固溶してパーライトを強化する。Pはまた、パーライトの加工硬化性を向上させるとともに、組織の熱的安定性を向上させる。P含有量が0.01%以下では、これらの効果が得られない。一方、P含有量が0.1%を超えると、過剰なPが粒界に偏析して、鋼の疲労強度が低下する。したがって、P含有量は0.01%を超え0.1%以下である。P含有量は、下限の観点では、好ましくは0.02%以上であり、さらに好ましくは0.02%よりも高い。P含有量の上限は、好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.05%である。
【0039】
S:0.06%以下
硫黄(S)は、不純物として鋼中に含有される。Sは、積極的に含有させると、硫化物系介在物を形成し、鋼の被削性を向上させる。一方、S含有量が0.06%を超えると、熱間加工性が低下する。したがって、S含有量は0.06%以下である。S含有量の下限は、好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。S含有量の上限は、好ましくは0.055%である。
【0040】
Cr:0.2〜1.5%
クロム(Cr)は、鋼の強度を高める。Crはさらに、セメンタイトの析出形態を制御して、ナノ結晶化層の熱的安定性を向上させる。Cr含有量が0.2%未満では、この効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が1.5%を超えると、マルテンサイトやベイナイトが生成しやすくなる。したがって、Cr含有量は0.2〜1.5%である。Cr含有量の下限は、好ましくは0.25%である。Cr含有量の上限は、好ましくは1.4%であり、さらに好ましくは1.3%である。
【0041】
Al:0.005〜0.05%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Al含有量が0.005%未満では、この効果が十分に得られない。一方、Al含有量が0.05%を超えると鋼の被削性が低下する。したがって、Al含有量は0.005〜0.05%である。Al含有量の下限は、好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。Al含有量の上限は、好ましくは0.045%であり、さらに好ましくは0.04%である。
【0042】
N:0.001〜0.02%
窒素(N)は、鋼の強度を高める。N含有量が0.001%未満では、この効果が十分に得られない。一方、N含有量が0.02%を超えると、鋼の靱性が低下する。したがって、N含有量は0.001〜0.02%である。N含有量の下限は、好ましくは0.0015%であり、さらに好ましくは0.002%である。N含有量の上限は、好ましくは0.015%であり、さらに好ましくは0.01%である。
【0043】
本実施形態による鍛造部品を構成する鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから混入する元素、あるいは製造過程の環境等から混入する元素をいう。
【0044】
V:0〜0.2%
本実施形態による鍛造部品を構成する鋼材の化学組成は、Feの一部に代えて、バナジウム(V)を含有してもよい。Vは、鋼の強度を高める。一方、V含有量が0.2%を超えると、鋼の被削性が低下する。したがって、V含有量は0〜0.2%である。V含有量が0.05%以上であれば、上記の効果が顕著に得られる。V含有量の下限は、さらに好ましくは0.08%である。V含有量の上限は、好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.12%である。
【0045】
[式(1)について]
本実施形態による鍛造部品を構成する鋼材の化学組成は、下記の式(1)を満たす。
[Si]+[Mn]≦1.2・・・式(1)
ここで、[Si]、[Mn]にはSi、Mnの各含有量が質量%で代入される。
【0046】
Si及びMnは、鋼の熱伝導性を低下させる。そのため、これらの元素の含有量が多すぎると、十分な耐焼付き性が得られない。Si及びMnの含有量は、それぞれの上限を制限するのに加えて、その合計量も1.2%以下に制限する。Si及びMnの含有量の合計は、好ましくは1.1%以下である。
【0047】
[組織]
本実施形態による鍛造部品を構成する鋼材は、面積率で90%以上のパーライトを含む組織を有する。パーライトは、摺動によって大きく加工硬化する。パーライトはまた、熱的安定性に優れる。鋼材にマルテンサイトやベイナイト等が含まれていると、組織の熱的安定性が低下する。パーライトの面積率は、好ましくは95%以上である。
【0048】
パーライトの面積率は、次のように測定する。
【0049】
表面から100μmの深さの位置を含むように、鍛造部品から試料を採取する。このとき、鍛造部品の表面と垂直な面が観察面となるように試料を採取する。観察面を機械研磨した後、電解研磨して組織を現出させる。観察面を走査型電子顕微鏡(SEM)により倍率1000倍で5視野観察する。画像処理によって各視野のパーライトの面積率を求める。5視野について平均したものを、鋼材のパーライトの面積率とする。
【0050】
本実施形態による鍛造部品を構成する鋼材は、パーライトの平均ラメラ間隔が、50nm未満である。平均ラメラ間隔が50nm以上になると、摺動中に分断されたセメンタイトが粗大化しやすくなり、摺動面の熱的安定性が低下する。平均ラメラ間隔の下限は、好ましくは10nmである。平均ラメラ間隔の上限は、好ましくは35nmである。
【0051】
パーライトの平均ラメラ間隔は、次のように測定する。
【0052】
パーライトの面積率の測定と同様に、鍛造部品の表面と垂直な面が観察面となるように試料を採取する。観察面を機械研磨した後、電解研磨して組織を現出させる。観察面をSEMにより倍率5000倍で5視野観察する。
【0053】
各視野において、長さLの試験線と交差するセメンタイトの数nを求める。
図3は、試験線の引き方の具体例である。
図3に示すように、各視野において、表面に平行及び垂直な試験線をそれぞれ5μm間隔で3本引き、各試験線について平均ラメラ間隔lavを、下記の式(A)から求める。さらに、5視野×6試験線の平均値をパーライトの平均ラメラ間隔とする。
lav=0.5×(L/n)・・・(A)
【0054】
本実施形態による鍛造部品を構成する鋼材は、転位密度が10
15m
−2以上である。転位密度は、好ましくは1.5×10
15m
−2以上であり、さらに好ましくは2.0×10
15m
−2以上である。
【0056】
鍛造部品から試料を採取し、機械研磨及び電解研磨する。Cu−Kαを線源とするX線発生装置を用いて、フェライト相の回折ピークを4点以上測定する。測定した回折ピークは、専用解析ソフトウェアによってバックグラウンドを除去し、Kα1とKα2とに分離する。分離したKα1回折ピークに対して、各回折角θ[rad]における半価幅(半値全幅)Δ2θ[rad]を測定する。なお、半価幅は、LaB
6(六ホウ化ランタン)の単結晶を用いて装置由来の半価幅を測定し、測定された半価幅から差し引いて補正する。
【0057】
下記に示すModified Williamson−Hallの式から、転位密度ρ[m
−2]を求める。
【0059】
ここで、ΔK
FWHM=Δ2θcosθ/λ、K=2sinθ/λ、λはX線の波長(0.154nm)、Dは結晶子サイズ、bはフェライトのバーガースベクトル(0.249nm)、Oは高次項である。
【0060】
Cは、下記のように結晶異方性を示す定数である。
【0062】
Mは転位配列を示す無次元の係数であり、ここではM=1とした。
【0063】
(*)式において、高次項を無視すると、ΔK
FHHMとKとは直線関係を示す。ΔK
FHHMとKとをプロットすることによって、切片から結晶子サイズDを、傾きから転位密度ρを求めることができる。
【0064】
[製造方法]
以下、本実施形態による鍛造部品の製造方法の一例を説明する。本実施形態による鍛造部品の製造方法は、これに限定されない。
【0065】
図4は、本実施形態による鍛造部品の製造方法の一例を示すフロー図である。この製造方法は、素材を準備する工程(ステップS1)と、素材を加熱する工程(ステップS2)と、加熱された素材を熱間鍛造する工程(ステップS3)と、熱間鍛造された素材を冷却する工程(ステップS4)と、摺動面に冷間加工をする工程(ステップS5)とを備えている。
【0066】
まず、上述した化学組成の素材を準備する(ステップS1)。例えば、上述した化学組成の鋼を溶製し、連続鋳造及び分塊圧延によってビレットを製造する。
【0067】
素材を1000〜1250℃に加熱する(ステップS2)。続いて、加熱された素材を熱間鍛造する(ステップS3)。熱間鍛造によって、素材を製品の粗形状に加工する。熱間鍛造の条件は特に限定されないが、仕上げ温度は例えば900℃である。
【0068】
熱間鍛造された素材を冷却する(ステップS4)。このとき、900℃から400℃までの平均冷却速度を、下記の式(2)で定義される冷却速度指数CI以下にする。
CI=10
x・・・式(2)
ただし、x=0.1×[Al]−[Si]−[Mn]−0.5×[Cr]−5.8×[V]+2.2
ここで、[Al]、[Si]、[Mn]、[Cr]、[V]には素材のAl、Si、Mn、Cr、Vの各含有量が質量%で代入される。冷却速度指数CIの単位は℃/秒である。
【0069】
本実施形態で規定する化学組成の素材を、900℃から400℃までの平均冷却速度が冷却速度指数CI以下になるように冷却すれば、パーライトの面積率が90%以上の組織を得ることができる。
【0070】
上記に加えて、900℃から400℃までの平均冷却速度を、下記の式(3)で定義されるパーライト冷却速度指数PIよりも大きくすることが好ましい。
PI=500×10
−y・・・式(3)
ただし、y=0.6×[Si]+1.7×[Mn]+46×[P]+66×[S]+17×[V]+1.2×[Al]+0.2×[Cr]−1.9
ここで、[Al]、[Si]、[Mn]、[Cr]、[V]、[P]、[S]には素材のAl、Si、Mn、Cr、V、P、Sの各含有量が質量%で代入される。パーライト冷却速度指数PIの単位は℃/秒である。
【0071】
900℃から400℃までの平均冷却速度がパーライト冷却速度指数PI以下であると、パーライトの平均ラメラ間隔が大きくなりすぎ、後述する冷間加工を施しても、パーライトの平均ラメラ間隔を50nm未満にすることが困難になる場合がある。
【0072】
冷却手段は特に限定されないが、冷却速度に応じて、断熱材を用いた緩空冷、通常の空冷、送風機による強制空冷、油冷、水冷、氷水冷等を用いることができる。
【0073】
冷却された素材に冷間加工を施す(ステップS5)。冷間加工は、例えば、冷間ロール加工、冷間圧延、冷間鍛造等である。冷間加工は、フィレット加工のような局所的な冷間加工であってもよい。冷間加工は、例えば冷間圧延の場合、減面率が30%以上になるようにする。冷間加工の加工度が小さいと、却って転位密度は低くなる。これは、冷間加工の発熱で局所的に再結晶が生じるためである。局所的に再結晶させると、その再結晶粒が選択的に摩耗し、表面に凹凸が生じ、さらなる摩耗や焼付きの原因となる。冷間加工の加工度を高め、減面率が30%以上になるようにすれば、転位密度を10
15m
−2以上にし、かつパーライトのラメラ間隔を50nm未満にすることができる。冷間圧延の場合の減面率は、好ましくは40%以上である。
【0074】
以上、本発明の実施形態を説明した。本実施形態によれば、耐焼付き性に優れた鍛造部品が得られる。上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲で、上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。
【実施例】
【0075】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0076】
表1に示す化学組成の鋼を150kg真空誘導溶解炉(VIM)によって溶製し、素材とした。各素材を1200℃に加熱後、1100℃で減面率40%の熱間鍛造を実施した。熱間鍛造された素材の厚さは、7.2mmであった。熱間鍛造された素材を、冷却速度を変えて室温まで冷却して供試材とした。なお、表1の「−」は、該当する元素の含有量が不純物レベルであることを示す。
【0077】
【表1】
【0078】
室温まで冷却した厚さ7.2mmの供試材に対して、冷間ロール加工を模擬し、冷間加工を実施した。具体的には、厚さ7.2mmの素材の両面を研磨加工した後、減面率が30〜50%となるような冷間圧延を実施した。冷間圧延後の供試材表面から、摺動面が2.7mm×2.0mmの面となるように、寸法:2.7mm×2.0mm×2.0mmのブロックを複数個採取した。このブロックを用いて、パーライトの面積率、パーライトの平均ラメラ間隔、転位密度、及び摩耗試験後のナノ硬さを測定した。
【0079】
900℃から400℃までの平均冷却速度と、組織との関係を表2に示す。表2において、「P」は、パーライトの面積率が90%以上であったことを示す。「△」は、パーライトの面積率が90%未満であったことを示す。「−」は、未測定であることを示す。
【0080】
【表2】
【0081】
表2に示すように、900℃から400℃までの平均冷却速度が冷却速度指数CI以下であれば、パーライトの面積率が90%以上である組織が得られることがわかった。
【0082】
[耐焼付き性評価]
長時間摺動後のナノ硬さを評価するため、以下に説明するように、各供試材に対して摩耗試験を実施し、摩耗試験後のナノ硬さを測定した。
【0083】
まず、表面の凹凸を除去するため、前記ブロックの2.7mm×2.0mmの面に対して、ペーパー研磨及びコロイダルシリカを用いた研磨を実施した。さらに、ペーパー研磨及びコロイダルシリカを用いた研磨によって生成した加工層を除去するため、電解研磨を実施した。除去した加工層の厚さは、約3μmであった。加工層を除去した試験片に対して、
図5に示すピンオンディスク型摩耗試験を実施した。
【0084】
ピンオンディスク型摩耗試験は、より具体的には、次のように実施した。ピンオンディスク試験機の回転ディスク10の表面に、800番のエメリーペーパー20を貼り付けた。そして、エメリーペーパー20に試験片(ブロック)30の2.7mm×2.0mmの面を0.3MPaの面圧で押しつけたまま、摺動距離が2000mになるように回転ディスク10を回転させた。
【0085】
試験片30の表面に熱電対(不図示)を装着して摩耗試験中の表面の温度を計測した。摩耗試験開始後の数秒で表面温度は約50℃まで上昇したが、その後の温度変化は小さいことを確認した。
【0086】
摩耗試験後、摺動面(2.7mm×2.0mmの面)のナノ硬さをナノインデテーション法によって測定した。
【0087】
ナノ硬さの測定は、Agilent Technology社製ナノインデンター、XP/DCM型を用いた。
図6に示すように、ナノインデンターの探針40を試験片30の摺動面30aに接触させて測定した。より具体的には、ダイアモンド製のバーコビッチ型針を摺動面30aに連続剛性方式(CSM式)で押し込んだ。連続剛性方式の条件は、振動数を45Hz、振幅を2nm、押し込み深さを250nmとした。
【0088】
各供試材の冷却条件、組織、パーライトの面積率、平均ラメラ間隔、転位密度及び表層から20nm以内の位置でのナノ硬さ(以下、表層ナノ硬さという。)を表3にまとめて示す。
【0089】
試験番号5〜8の供試材は、それぞれ試験番号1、2、4、1の供試材に、「冷間圧延減面率(%)」の欄に記載された減面率の冷間加工を加えたものである。これらの供試材の「平均ラメラ間隔」、「転位密度」、「表層ナノ硬さ」の欄には、冷間加工後の測定値が記載されている。
【0090】
【表3】
【0091】
表3の「組織」の欄において、「P」はパーライト組織を示す。
【0092】
表3に示すように、試験番号5、6の供試材は、面積率で90%以上のパーライトを含む組織を有し、転位密度が10
15m
−2以上であり、かつパーライトの平均ラメラ間隔が50nm未満であった。試験番号5、6の供試材は、優れたナノ硬さを示した。
【0093】
試験番号1〜4の供試材は、試験番号5、6の供試材と比較すると、表層ナノ硬さが劣っていた。これは、転位密度が低すぎたためと考えられる。
【0094】
試験番号7、8の供試材は、試験番号5、6の供試材と比較すると、表層ナノ硬さが劣っていた。これは、転位密度が低すぎたため、又はパーライトの平均ラメラ間隔が大きすぎたためと考えられる。試験番号7の供試材は、冷間加工前の鋼(供試材4)の平均ラメラ間隔が大きすぎたため、冷間加工を加えても、所定の転位密度及び平均ラメラ間隔に調整することができなかった。
【0095】
以上の結果から、耐焼付き性に優れた鍛造部品が得られることが確認された。