特許第6777093号(P6777093)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6777093スピン流磁化反転素子、磁気抵抗効果素子、および磁気メモリ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6777093
(24)【登録日】2020年10月12日
(45)【発行日】2020年10月28日
(54)【発明の名称】スピン流磁化反転素子、磁気抵抗効果素子、および磁気メモリ
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/82 20060101AFI20201019BHJP
   H01L 43/08 20060101ALI20201019BHJP
   H01L 43/10 20060101ALI20201019BHJP
   H01L 21/8239 20060101ALI20201019BHJP
   H01L 27/105 20060101ALI20201019BHJP
   G11B 5/39 20060101ALI20201019BHJP
   H03B 15/00 20060101ALI20201019BHJP
【FI】
   H01L29/82 Z
   H01L43/08 D
   H01L43/08 Z
   H01L43/10
   H01L27/105 447
   G11B5/39
   H03B15/00
【請求項の数】7
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2017-552728(P2017-552728)
(86)(22)【出願日】2016年11月25日
(86)【国際出願番号】JP2016084976
(87)【国際公開番号】WO2017090730
(87)【国際公開日】20170601
【審査請求日】2019年7月17日
(31)【優先権主張番号】特願2015-232334(P2015-232334)
(32)【優先日】2015年11月27日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-53072(P2016-53072)
(32)【優先日】2016年3月16日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-56058(P2016-56058)
(32)【優先日】2016年3月18日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-210531(P2016-210531)
(32)【優先日】2016年10月27日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-210533(P2016-210533)
(32)【優先日】2016年10月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【弁理士】
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100169694
【弁理士】
【氏名又は名称】荻野 彰広
(72)【発明者】
【氏名】塩川 陽平
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 智生
【審査官】 加藤 俊哉
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2015/0036415(US,A1)
【文献】 国際公開第2015/137021(WO,A1)
【文献】 特開2006−080379(JP,A)
【文献】 特開2014−179618(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 29/82
G11B 5/39
H01L 21/8239
H01L 27/105
H01L 43/08
H01L 43/10
H03B 15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁化の向きが可変な第1強磁性金属層と、
前記第1強磁性金属層の面直方向である第1方向に対して交差する第2方向に延在し、第1強磁性金属層に接合するスピン軌道トルク配線と、を備え、
前記スピン軌道トルク配線の材料が式A1−xで表される二元合金、金属炭化物、又は金属窒化物であり、
前記AがAl、Ti、及び、Ptからなる群から選択された元素であって、前記BがAl、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Y、Ru、Rh、及び、Irからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Pm−3m、又は、Fd−3mの対称性を有する立方晶構造であるか、又は、前記AがAl、Si、Ti、Y、及び、Taからなる群から選択された元素であって、前記BがC、N、Co、Pt、Au及びBiからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Fm−3mの対称性を有する立方晶構造であ
前記材料が、CsCl構造であるAlFe1−x、AlCo1−x、AlNi1−x、AlRu1−x、AlRh1−x、AlIr1−x、TiFe1−x、TiCo1−x、及び、TiNi1−xからなる群から選択されたものであることを特徴とする、スピン流磁化反転素子。
【請求項2】
磁化の向きが可変な第1強磁性金属層と、
前記第1強磁性金属層の面直方向である第1方向に対して交差する第2方向に延在し、第1強磁性金属層に接合するスピン軌道トルク配線と、を備え、
前記スピン軌道トルク配線の材料が式A1−xで表される二元合金、金属炭化物、又は金属窒化物であり、
前記AがAl、Ti、及び、Ptからなる群から選択された元素であって、前記BがAl、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Y、Ru、Rh、及び、Irからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Pm−3m、又は、Fd−3mの対称性を有する立方晶構造であるか、又は、前記AがAl、Si、Ti、Y、及び、Taからなる群から選択された元素であって、前記BがC、N、Co、Pt、Au及びBiからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Fm−3mの対称性を有する立方晶構造であ
前記材料が、TiNi構造であるTiFe1−x、TiCo1−x、及び、TiNi1−xからなる群から選択されたものであることを特徴とする、スピン流磁化反転素子。
【請求項3】
磁化の向きが可変な第1強磁性金属層と、
前記第1強磁性金属層の面直方向である第1方向に対して交差する第2方向に延在し、第1強磁性金属層に接合するスピン軌道トルク配線と、を備え、
前記スピン軌道トルク配線の材料が式A1−xで表される二元合金、金属炭化物、又は金属窒化物であり、
前記AがAl、Ti、及び、Ptからなる群から選択された元素であって、前記BがAl、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Y、Ru、Rh、及び、Irからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Pm−3m、又は、Fd−3mの対称性を有する立方晶構造であるか、又は、前記AがAl、Si、Ti、Y、及び、Taからなる群から選択された元素であって、前記BがC、N、Co、Pt、Au及びBiからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Fm−3mの対称性を有する立方晶構造であ
前記材料が、CuAu構造であるPtAl1−x、PtCr1−x、PtMn1−x、PtFe1−x、及び、Pt1−xからなる群から選択されたものであることを特徴とする、スピン流磁化反転素子。
【請求項4】
磁化の向きが可変な第1強磁性金属層と、
前記第1強磁性金属層の面直方向である第1方向に対して交差する第2方向に延在し、第1強磁性金属層に接合するスピン軌道トルク配線と、を備え、
前記スピン軌道トルク配線の材料が式A1−xで表される二元合金、金属炭化物、又は金属窒化物であり、
前記AがAl、Ti、及び、Ptからなる群から選択された元素であって、前記BがAl、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Y、Ru、Rh、及び、Irからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Pm−3m、又は、Fd−3mの対称性を有する立方晶構造であるか、又は、前記AがAl、Si、Ti、Y、及び、Taからなる群から選択された元素であって、前記BがC、N、Co、Pt、Au及びBiからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Fm−3mの対称性を有する立方晶構造であ
前記材料が、BiF構造であるAlFe1−x、SiMn1−x、及び、SiFe1−xからなる群から選択されたものであることを特徴とする、スピン流磁化反転素子。
【請求項5】
磁化の向きが可変な第1強磁性金属層と、
前記第1強磁性金属層の面直方向である第1方向に対して交差する第2方向に延在し、第1強磁性金属層に接合するスピン軌道トルク配線と、を備え、
前記スピン軌道トルク配線の材料が式A1−xで表される二元合金、金属炭化物、又は金属窒化物であり、
前記AがAl、Ti、及び、Ptからなる群から選択された元素であって、前記BがAl、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Y、Ru、Rh、及び、Irからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Pm−3m、又は、Fd−3mの対称性を有する立方晶構造であるか、又は、前記AがAl、Si、Ti、Y、及び、Taからなる群から選択された元素であって、前記BがC、N、Co、Pt、Au及びBiからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Fm−3mの対称性を有する立方晶構造であ
前記材料が、CaF構造であるAlPt1−x、AlAu1−x、及び、AlCo1−xからなる群から選択されたものであることを特徴とする、スピン流磁化反転素子。
【請求項6】
請求項1〜のいずれか一項に記載のスピン流磁化反転素子と、磁化方向が固定されている第2強磁性金属層と、第1強磁性金属層と第2強磁性金属層に挟持された非磁性層とを備える磁気抵抗効果素子。
【請求項7】
請求項に記載の磁気抵抗効果素子を複数備える磁気メモリ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン流磁化反転素子、磁気抵抗効果素子、および磁気メモリに関する。
本願は、2015年11月27日に、日本に出願された特願2015−232334号、2016年3月16日に、日本に出願された特願2016−53072号、2016年3月18日に、日本に出願された特願2016−56058号、2016年10月27日に、日本に出願された特願2016−210531号、2016年10月27日に、日本に出願された特願2016−210533号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
強磁性層と非磁性層の多層膜からなる巨大磁気抵抗(GMR)素子及び非磁性層として絶縁層(トンネルバリア層、バリア層)を用いたトンネル磁気抵抗(TMR)素子が知られている。一般に、TMR素子はGMR素子と比較して素子抵抗が高いものの、磁気抵抗(MR)比はGMR素子のMR比より大きい。そのため、磁気センサ、高周波部品、磁気ヘッド及び不揮発性ランダムアクセスメモリ(MRAM)用の素子として、TMR素子に注目が集まっている。
【0003】
MRAMは、絶縁層を挟む二つの強磁性層の互いの磁化の向きが変化するとTMR素子の素子抵抗が変化するという特性を利用してデータを読み書きする。MRAMの書き込み方式としては、電流が作る磁場を利用して書き込み(磁化反転)を行う方式や磁気抵抗素子の積層方向に電流を流して生ずるスピントランスファートルク(STT)を利用して書き込み(磁化反転)を行う方式が知られている。STTを用いたTMR素子の磁化反転はエネルギーの効率の視点から考えると効率的ではあるが、磁化反転をさせるための反転電流密度が高い。TMR素子の長寿命の観点から、この反転電流密度は低いことが望ましい。この点は、GMR素子についても同様である。
【0004】
近年、STTとは異なるメカニズムで反転電流を低減する手段としてスピンホール効果により生成された純スピン流を利用した磁化反転に注目が集まっている(例えば、非特許文献1)。スピンホール効果によって生じた純スピン流は、スピン軌道トルク(SOT)を誘起し、SOTにより磁化反転を起こす。あるいは、異種材料の界面におけるラシュバ効果によって生じた純スピン流でも同様のSOTにより磁化反転を起こす。純スピン流は上向きスピンの電子と下向きスピン電子が同数で互いに逆向きに流れることで生み出されるものであり、電荷の流れは相殺されている。そのため磁気抵抗効果素子に流れる電流はゼロであり、反転電流密度の小さな磁気抵抗効果素子の実現が期待されている。
【0005】
スピンホール効果は、スピン軌道相互作用の大きさに依存する。非特許文献2では、スピン軌道トルク配線にスピン軌道相互作用を生じるd電子を有した重金属であるTaを用いている。また、半導体であるGaAsでは空間的な反転対称性の崩れから生じる結晶内部の電場によってスピン軌道相互作用が生じることが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】I.M.Miron, K.Garello, G.Gaudin, P.-J.Zermatten, M.V.Costache, S.Auffret, S.Bandiera, B.Rodmacq, A.Schuhl, and P.Gambardella, Nature, 476, 189 (2011).
【非特許文献2】S.Fukami, T.Anekawa, C.Zhang,and H.Ohno, Nature Nanotechnology, DOI:10.1038/NNANO.2016.29.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献2では、SOTによる反転電流密度(以下、「SOT反転電流密度」ということがある。)はSTTによる反転電流密度と同程度と報告されている。SOTによる反転電流密度のさらなる低減のためには、高いスピンホール効果を生じる材料すなわち、純スピン流の発生効率が高い材料を使用する必要がある。
【0008】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、従来よりも低い反転電流密度で純スピン流による磁化反転が可能なスピン流磁化反転素子、磁気抵抗効果素子、および磁気メモリを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
SOTの発現原因はまだ十分明確になっていないが、大きく分けて内的要因と、外的要因があると考えられている。
【0010】
内的要因は、スピン軌道トルク配線を構成する材料そのものに起因するものである。例えば、スピン軌道トルク配線に用いられる材料種に起因するもの、スピン軌道トルク配線の結晶構造に起因するものがある。
【0011】
一方、外的要因は外部から加えられた作用に起因し、内的要因以外のものである。例えば、スピン軌道トルク配線が含む不純物等の散乱因子に起因するもの、スピン軌道トルク配線とその他の層の界面に起因するものがある。
【0012】
本発明者らは、種々の発現原因の中で、スピン軌道トルク配線の結晶構造に起因するものに着目した。従来、スピン軌道トルク配線の材料としては単体の重金属が用いられてきた。これは、SOTという物理現象を解明するためにはシンプルな材料の方が適しているからである。これに対して本発明者らは、反転対称性の崩れた結晶構造を有する合金を中心に広汎な組み合わせでSOTの効果を検討した。かかる材料では、その結晶構造の対称性の崩れから生じる内場によって大きなSOTの効果が期待できるからである。そして、従来の単体のSOT反転電流密度に比べて2桁程度低いSOT反転電流密度を示す所定の材料を見出し、本発明を完成させたのである。
【0013】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
【0014】
(1)本発明の一態様に係るスピン流磁化反転素子は、磁化の向きが可変な第1強磁性金属層と、前記第1強磁性金属層の面直方向である第1方向に対して交差する第2方向に延在し、第1強磁性金属層に接合するスピン軌道トルク配線と、を備え、前記スピン軌道トルク配線の材料が式A1−xで表される二元合金、金属炭化物、又は金属窒化物であり、前記AがAl、Ti、及び、Ptからなる群から選択された元素であって、前記BがAl、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Y、Ru、Rh、及び、Irからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Pm−3m、又は、Fd−3mの対称性を有する立方晶構造であるか、又は、前記AがAl、Si、Ti、Y、及び、Taからなる群から選択された元素であって、前記BがC、N、Co、Pt、Au及びBiからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Fm−3mの対称性を有する立方晶構造である。
【0015】
(2)上記(1)に記載のスピン流磁化反転素子において、前記材料が、CsCl構造であるAlFe1−x、AlCo1−x、AlNi1−x、AlRu1−x、AlRh1−x、AlIr1−x、TiFe1−x、TiCo1−x、及び、TiNi1−xからなる群から選択されたものであってもよい。
【0016】
(3)上記(1)に記載のスピン流磁化反転素子において、前記材料が、TiNi構造であるTiFe1−x、TiCo1−x、及び、TiNi1−xからなる群から選択されたものであってもよい。
【0017】
(4)上記(1)に記載のスピン流磁化反転素子において、前記材料が、CuAu構造であるPtAl1−x、PtCr1−x、PtMn1−x、PtFe1−x、及び、Pt1−xからなる群から選択されたものであってもよい。
【0018】
(5)上記(1)に記載のスピン流磁化反転素子において、前記材料が、NaCl構造であるAl1−x、Ti1−x、Ti1−x、YBi1−x、及び、Ta1−xからなる群から選択されたものであってもよい。
【0019】
(6)上記(1)に記載のスピン流磁化反転素子において、前記材料が、BiF構造であるAlFe1−x、SiMn1−x、及び、SiFe1−xからなる群から選択されたものであってもよい。
【0020】
(7)上記(1)に記載のスピン流磁化反転素子において、前記材料が、CaF構造であるAlPt1−x、AlAu1−x、及び、AlCo1−xからなる群から選択されたものであってもよい。
【0021】
(8)本発明の一態様に係る磁気抵抗効果素子は、上記(1)〜(7)のいずれか一つに記載のスピン流磁化反転素子と、磁化方向が固定されている第2強磁性金属層と、前記第1強磁性金属層と前記第2強磁性金属層に挟持された非磁性層とを備える。
【0022】
(9)本発明の一態様に係る磁気メモリは、上記(8)に記載の磁気抵抗効果素子を複数備える。
【発明の効果】
【0023】
本発明のスピン流磁化反転素子によれば、従来よりも低い反転電流密度で純スピン流による磁化反転が可能なスピン流磁化反転素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明のスピン流磁化反転素子の一実施形態を説明するための模式図であり、(a)は平面図であり、(b)は断面図である。
図2】スピンホール効果について説明するための模式図である。
図3】本発明の一実施形態に係る磁気抵抗効果素子の一実施形態を説明するための模式図であり、(a)は平面図であり、(b)は断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明について、図を適宜参照しながら詳細に説明する。以下の説明で用いる図面は、本発明の特徴をわかりやすくするために便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際とは異なっていることがある。以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、本発明の効果を奏する範囲で適宜変更して実施することが可能である。本発明の素子において、本発明の効果を奏する範囲で他の層を備えてもよい。
【0026】
(スピン流磁化反転素子)
図1に、本発明の一実施形態に係るスピン流磁化反転素子の一例の模式図を示す。図1(a)は平面図であり、図1(b)は図1(a)のスピン軌道トルク配線2の幅方向の中心線であるX−X線で切った断面図である。
図1に示すスピン流磁化反転素子10は、磁化の向きが可変な第1強磁性金属層1と、第1強磁性金属層1の面直方向である第1方向(z方向)に対して交差する第2方向(x方向)に延在し、第1強磁性金属層1の第1面1aに接合するスピン軌道トルク配線2と、を備える。スピン軌道トルク配線2の材料は、式A1−xで表される二元合金、金属炭化物、又は金属窒化物であり、前記AがAl、Ti、及び、Ptからなる群から選択された元素であって、前記BがAl、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Y、Ru、Rh、及び、Irからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Pm−3m、又は、Fd−3mの対称性を有する立方晶構造であるか、又は、前記AがAl、Si、Ti、Y、及び、Taからなる群から選択された元素であり、前記BがC、N、Co、Pt、Au及びBiからなる群から選択された元素であり、かつ、空間群Fm−3mの対称性を有する立方晶構造である。
【0027】
本発明者らは、立方晶の回転対称性が良い重金属をホスト金属に、非対称性を生じる異種の置換金属として軽元素を混ぜて回転対称性を崩すこと、及び、高い磁気抵抗効果を得るため、第1強磁性金属層の材料として主に用いられているFeとの格子整合性がよいこと、をスピン軌道トルク配線の二元合金を中心とする材料の探索方針とした。スピン軌道トルク配線の材料において、ホスト材料に混ぜる置換材料は不純物ではなく結晶を構成する材料である点に留意されたい。但し、スピン軌道トルク配線の材料は、原料もしくは製造工程において不可避的に混入する不可避不純物を含有していてもよい。
【0028】
なお、AがAlでかつBがAlである場合は二元合金、金属炭化物、又は金属窒化物のいずれでもないから、この場合は、本発明には含まれない。
【0029】
以下、第1強磁性金属層1の面直方向もしくは第1強磁性金属層1とスピン軌道トルク配線2とが積層する方向(第1方向)をz方向、z方向と垂直でスピン軌道トルク配線2と平行な方向(第2方向)をx方向、x方向及びz方向と直交する方向(第3方向)をy方向とする。
【0030】
図1を含めて以下では、スピン軌道トルク配線が第1強磁性金属層の面直方向である第1方向に対して交差する方向に延在する構成の例として、第1方向に対して直交する方向に延在する構成の場合について説明する。
【0031】
スピン軌道相互作用は空間反転対称性が低い材料でより強く発生する。そのため、本発明のPm−3m、Fd−3m、又は、Fm−3mの空間群に属する立方晶構造で、かつ所定の二元合金、金属炭化物、又は金属窒化物である場合、結晶は対称性が良好であっても2種類の材料の差異から反転対称性が崩れ、高いスピン軌道相互作用を生じさせることができる。
【0032】
<スピン軌道トルク配線>
スピン軌道トルク配線2は、スピン軌道トルク(SOT)を利用して磁化反転を行うために備えたものであって、電流が流れるとその内部にスピンホール効果によって純スピン流が生成する。
スピンホール効果とは、材料に電流を流した場合にスピン軌道相互作用に基づき、電流の向きに直交する方向に純スピン流が誘起される現象である。
【0033】
図2は、スピンホール効果について説明するための模式図である。図2は、図1に示すスピン軌道トルク配線2をx方向に沿って切断した断面図である。図2に基づいてスピンホール効果により純スピン流が生み出されるメカニズムを説明する。
【0034】
図2に示すように、スピン軌道トルク配線2の延在方向に電流Iを流すと、紙面手前側に配向した第1スピンS1と紙面奥側に配向した第2スピンS2はそれぞれ電流と直交する方向に曲げられる。通常のホール効果とスピンホール効果とは運動(移動)する電荷(電子)が運動(移動)方向を曲げられる点で共通するが、通常のホール効果は磁場中で運動する荷電粒子がローレンツ力を受けて運動方向を曲げられるのに対して、スピンホール効果では磁場が存在しないのに電子が移動するだけ(電流が流れるだけ)で移動方向が曲げられる点で大きく異なる。
【0035】
非磁性体(強磁性体ではない材料)では第1スピンS1の電子数と第2スピンS2の電子数とが等しいので、図中で上方向に向かう第1スピンS1の電子数と下方向に向かう第2スピンS2の電子数が等しい。そのため、電荷の正味の流れとしての電流はゼロである。この電流を伴わないスピン流は特に純スピン流と呼ばれる。
【0036】
強磁性体中に電流を流した場合は、第1スピンS1と第2スピンS2が互いに反対方向に曲げられる点は同じである。一方で、強磁性体中では第1スピンS1と第2スピンS2のいずれかが多い状態であり、結果として電荷の正味の流れが生じてしまう(電圧が発生してしまう)点が異なる。従って、スピン軌道トルク配線2の材料としては、強磁性体だけからなる材料は含まれない。
【0037】
ここで、第1スピンS1の電子の流れをJ、第2スピンS2の電子の流れをJ、スピン流をJと表すと、J=J−Jで定義される。図2においては、純スピン流としてJが図中の上方向に流れる。ここで、Jは分極率が100%の電子の流れである。
【0038】
図1において、スピン軌道トルク配線2の上面に強磁性体を接触させると、純スピン流は強磁性体中に拡散して流れ込む。すなわち、第1強磁性金属層1にスピンが注入される。ここで、スピン軌道トルク配線2と第1強磁性金属層1との接合は、「直接」接合してもよいし、「他の層を介して」接合してもよく、スピン軌道トルク配線で発生した純スピン流が第1強磁性金属層に流れ込む構成であれば、スピン軌道トルク配線と第1強磁性金属層との接合(接続あるいは結合)の仕方は限定されない。
【0039】
スピン軌道トルク配線2を構成する材料としては、CsCl構造であるAlFe1−x、AlCo1−x、AlNi1−x、AlRu1−x、AlRh1−x、AlIr1−x、TiFe1−x、TiCo1−x、及び、TiNi1−xからなる群から選択されたものを用いることができる。
スピン軌道トルク配線2をこれらの材料からなるものとすることにより、高いスピン軌道相互作用を生じさせることができる。
また、これらの材料は、接合するFeなどの強磁性金属層との格子不整合が5%以下であるため、高い磁気抵抗比が維持される。
【0040】
スピン軌道トルク配線2を構成する材料としては、TiNi構造であるTiFe1−x、TiCo1−x、及び、TiNi1−xからなる群から選択されたものを用いることができる。
スピン軌道トルク配線2をこれらの材料からなるものとすることにより、高いスピン軌道相互作用を生じさせることができる。
また、これらの材料は、接合するFeなどの強磁性金属層との格子不整合が5%以下であるため、高い磁気抵抗比が維持される。
【0041】
スピン軌道トルク配線2を構成する材料としては、CuAu構造であるPtAl1−x、PtCr1−x、PtMn1−x、PtFe1−x、及び、Pt1−xからなる群から選択されたものを用いることができる。
スピン軌道トルク配線2をこれらの材料からなるものとすることにより、高いスピン軌道相互作用を生じさせることができる。
また、これらの材料は、接合するFeなどの強磁性金属層との格子不整合が5%以下であるため、高い磁気抵抗比が維持される。
【0042】
スピン軌道トルク配線2を構成する材料としては、NaCl構造であるAl1−x、Ti1−x、Ti1−x、YBi1−x、及び、Ta1−xからなる群から選択されたものを用いることができる。
スピン軌道トルク配線2をこれらの材料からなるものとすることにより、高いスピン軌道相互作用を生じさせることができる。
また、これらの材料は、接合するFeなどの強磁性金属層との格子不整合が5%以下であるため、高い磁気抵抗比が維持される。
【0043】
スピン軌道トルク配線2を構成する材料としては、BiF構造であるAlFe1−x、SiMn1−x、及び、SiFe1−xからなる群から選択されたものを用いることができる。
スピン軌道トルク配線2をこれらの材料からなるものとすることにより、高いスピン軌道相互作用を生じさせることができる。
また、これらの材料は、接合するFeなどの強磁性金属層との格子不整合が5%以下であるため、高い磁気抵抗比が維持される。
【0044】
スピン軌道トルク配線2を構成する材料としては、CaF構造であるAlPt1−x、AlAu1−x、及び、AlCo1−xからなる群から選択されたものを用いることができる。
スピン軌道トルク配線2をこれらの材料からなるものとすることにより、高いスピン軌道相互作用を生じさせることができる。
また、これらの材料は、接合するFeなどの強磁性金属層との格子不整合が5%以下であるため、高い磁気抵抗比が維持される。
【0045】
<第1強磁性金属層>
図1に示すスピン流磁化反転素子においては、第1強磁性金属層は磁化方向が層に平行な面内方向である面内磁化膜でも、磁化方向が層に対して垂直方向である垂直磁化膜でもいずれでもよい。
【0046】
図1に示すスピン流磁化反転素子において、第1強磁性金属層は平面視して、スピン軌道トルク配線の延在方向である第2方向を長軸とする形状異方性を有する。
このように第1強磁性金属層が細長状であることにより、この方向に磁化が反転しやすくなるので、その分、反転電流密度が小さくて済む。
【0047】
図1に示すスピン流磁化反転素子においては、第1強磁性金属層はz方向から平面視して矩形(より正確には、長方形)であったが、楕円状であってもよいし、さらに他の形状であってもよい。
第1強磁性金属層については後でまた詳述する。
【0048】
以下に、上記のスピン流磁化反転素子を用いた磁気抵抗効果素子について説明するが、上記のスピン流磁化反転素子の用途としては磁気抵抗効果素子に限られない。他の用途としては、例えば、上記のスピン流磁化反転素子を各画素に配設して、磁気光学効果を利用して入射光を空間的に変調する空間光変調器においても用いることができるし、磁気センサにおいて磁石の保磁力によるヒステリシスの効果を避けるために磁石の磁化容易軸に印加する磁場をSOTに置き換えてもよい。
【0049】
(磁気抵抗効果素子)
本発明の一実施形態に係る磁気抵抗効果素子は、本発明のスピン流磁化反転素子と、磁化方向が固定されている第2強磁性金属層と、第1強磁性金属層と第2強磁性金属層に挟持された非磁性層とを備えるものである。
【0050】
図3は、本発明のスピン流磁化反転素子の応用例であり、また、本発明の一実施形態に係る磁気抵抗効果素子でもある磁気抵抗効果素子の一例の模式図を示す。図3(a)は平面図であり、図3(b)は図3(a)のスピン軌道トルク配線2の幅方向の中心線であるX−X線で切った断面図である。
図3に示す磁気抵抗効果素子100は、本発明のスピン流磁化反転素子(第1強磁性金属層101とスピン軌道トルク配線120)と、磁化方向が固定された第2強磁性金属層103と、第1強磁性金属層101及び第2強磁性金属層103に挟持された非磁性層102とを有する。また、図3に示す磁気抵抗効果素子100は、磁気抵抗効果素子部105とスピン軌道トルク配線120とを有するということもできる。
図3においては、磁気抵抗効果素子100を作製する基板110も図示した。
【0051】
本発明の一実施形態に係る磁気抵抗効果素子は、スピン軌道トルク配線120を備えることで、純スピン流によるSOTのみで磁気抵抗効果素子の磁化反転を行う構成(以下、「SOTのみ」構成ということがある)とすることもできるし、従来のSTTを利用する磁気抵抗効果素子において純スピン流によるSOTを併用する構成(以下、「STT及びSOT併用」構成ということがある)とすることもできる。なお、STTを利用する場合には、磁気抵抗効果素子100の積層方向に電流を流すための配線が必要となる。
【0052】
図3を含めて以下では、スピン軌道トルク配線が磁気抵抗効果素子部の積層方向に対して交差する方向に延在する構成の例として、直交する方向に延在する構成の場合について説明する。
【0053】
<磁気抵抗効果素子部>
磁気抵抗効果素子部105は、磁化方向が固定された第2強磁性金属層103と、磁化の向きが可変な第1強磁性金属層101と、第2強磁性金属層103及び第1強磁性金属層101に挟持された非磁性層102とを有する。
第2強磁性金属層103の磁化が一方向に固定され、第1強磁性金属層101の磁化の向きが相対的に変化することで、磁気抵抗効果素子部105として機能する。保磁力差型(擬似スピンバルブ型;Pseudo spin valve 型)のMRAMに適用する場合には、第2強磁性金属層の保持力は第1強磁性金属層の保磁力よりも大きいものであり、また、交換バイアス型(スピンバルブ;spin valve型)のMRAMに適用する場合には、第2強磁性金属層では反強磁性層との交換結合によって磁化方向が固定される。
また、磁気抵抗効果素子部105は、非磁性層102が絶縁体からなる場合は、トンネル磁気抵抗(TMR:Tunneling Magnetoresistance)素子であり、非磁性層102が金属からなる場合は巨大磁気抵抗(GMR:Giant Magnetoresistance)素子である。
【0054】
本発明が備える磁気抵抗効果素子部としては、公知の磁気抵抗効果素子部の構成を用いることができる。例えば、各層は複数の層からなるものでもよいし、第2強磁性金属層の磁化方向を固定するための反強磁性層等の他の層を備えてもよい。
第2強磁性金属層103は磁化固定層や参照層、第1強磁性金属層101は磁化自由層や記憶層などと呼ばれる。
【0055】
第2強磁性金属層103及び第1強磁性金属層101は、磁化方向が層に平行な面内方向である面内磁化膜でも、磁化方向が層に対して垂直方向である垂直磁化膜でもいずれでもよい。
【0056】
第2強磁性金属層103の材料には、公知のものを用いることができる。例えば、Cr、Mn、Co、Fe及びNiからなる群から選択される金属及びこれらの金属を1種以上含み強磁性を示す合金を用いることができる。またこれらの金属と、B、C、及びNの少なくとも1種以上の元素とを含む合金を用いることもできる。具体的には、Co−FeやCo−Fe−Bが挙げられる。
【0057】
また、より高い出力を得るためにはCoFeSiなどのホイスラー合金を用いることが好ましい。ホイスラー合金は、XYZの化学組成をもつ金属間化合物を含み、Xは、周期表上でCo、Fe、Ni、あるいはCu族の遷移金属元素または貴金属元素であり、Yは、Mn、V、CrあるいはTi族の遷移金属でありXの元素種をとることもでき、Zは、III族からV族の典型元素である。例えば、CoFeSi、CoMnSiやCoMn1−aFeAlSi1−bなどが挙げられる。
【0058】
また、第2強磁性金属層103の第1強磁性金属層101に対する保磁力をより大きくするために、第2強磁性金属層103と接する材料としてIrMn、PtMnなどの反強磁性材料を用いてもよい。さらに、第2強磁性金属層103の漏れ磁場を第1強磁性金属層101に影響させないようにするため、シンセティック強磁性結合の構造としてもよい。
【0059】
さらに第2強磁性金属層103の磁化の向きを積層面に対して垂直にする場合には、CoとPtの積層膜を用いることが好ましい。具体的には、第2強磁性金属層103は[Co(0.24nm)/Pt(0.16nm)]/Ru(0.9nm)/[Pt(0.16nm)/Co(0.16nm)]/Ta(0.2nm)/FeB(1.0nm)とすることができる。
【0060】
第1強磁性金属層101の材料として、強磁性材料、特に軟磁性材料を適用できる。例えば、Cr、Mn、Co、Fe及びNiからなる群から選択される金属、これらの金属を1種以上含む合金、これらの金属とB、C、及びNの少なくとも1種以上の元素とが含まれる合金等を用いることができる。具体的には、Co−Fe、Co−Fe−B、Ni−Feが挙げられる。
【0061】
第1強磁性金属層101の磁化の向きを積層面に対して垂直にする場合には、第1強磁性金属層の厚みを2.5nm以下とすることが好ましい。第1強磁性金属層101と非磁性層102の界面で、第1強磁性金属層101に垂直磁気異方性を付加することができる。また、垂直磁気異方性は第1強磁性金属層101の膜厚を厚くすることによって効果が減衰するため、第1強磁性金属層101の膜厚は薄い方が好ましい。
【0062】
非磁性層102には、公知の材料を用いることができる。
例えば、非磁性層102が絶縁体からなる場合(トンネルバリア層である場合)、その材料としては、Al、SiO、MgO、及び、MgAl等を用いることができる。またこれらの他にも、Al、Si、Mgの一部が、Zn、Be等に置換された材料等も用いることができる。これらの中でも、MgOやMgAlはコヒーレントトンネルが実現できる材料であるため、スピンを効率よく注入できる。
また、非磁性層102が金属からなる場合、その材料としては、Cu、Au、Ag等を用いることができる。
【0063】
また、第1強磁性金属層101の非磁性層102と反対側の面には、図3に示すようにキャップ層104が形成されていることが好ましい。キャップ層104は、第1強磁性金属層101からの元素の拡散を抑制することができる。またキャップ層104は、磁気抵抗効果素子部105の各層の結晶配向性にも寄与する。その結果、キャップ層104を設けることで、磁気抵抗効果素子部105の第2強磁性金属層103及び第1強磁性金属層101の磁性を安定化し、磁気抵抗効果素子部105を低抵抗化することができる。
【0064】
キャップ層104には、導電性が高い材料を用いることが好ましい。例えば、Ru、Ta、Cu、Ag、Au等を用いることができる。キャップ層104の結晶構造は、隣接する強磁性金属層の結晶構造に合せて、fcc構造、hcp構造またはbcc構造から適宜設定することが好ましい。
【0065】
また、キャップ層104には、銀、銅、マグネシウム、及び、アルミニウムからなる群から選択されるいずれかを用いることが好ましい。詳細は後述するが、キャップ層104を介してスピン軌道トルク配線120と磁気抵抗効果素子部105が接続される場合、キャップ層104はスピン軌道トルク配線120から伝播するスピンを散逸しないことが好ましい。銀、銅、マグネシウム、及び、アルミニウム等は、スピン拡散長が100nm以上と長く、スピンが散逸しにくいことが知られている。
【0066】
キャップ層104の厚みは、キャップ層104を構成する物質のスピン拡散長以下であることが好ましい。キャップ層104の厚みがスピン拡散長以下であれば、スピン軌道トルク配線120から伝播するスピンを磁気抵抗効果素子部105に十分伝えることができる。
【0067】
<基板>
基板110は、平坦性に優れることが好ましい。平坦性に優れた表面を得るために、材料として例えば、Si、AlTiC等を用いることができる。
【0068】
基板110のスピン軌道トルク配線120側の面には、下地層(図示略)が形成されていてもよい。下地層を設けると、基板110上に積層されるスピン軌道トルク配線120を含む各層の結晶配向性、結晶粒径等の結晶性を制御することができる。
【0069】
下地層は、絶縁性を有していることが好ましい。スピン軌道トルク配線120等に流れる電流が散逸しないようにするためである。下地層には、種々のものを用いることができる。
例えば1つの例として、下地層には(001)配向したNaCl構造を有し、Ti、Zr、Nb、V、Hf、Ta、Mo、W、B、Al、Ceの群から選択される少なくとも1つの元素を含む窒化物の層を用いることができる。
【0070】
他の例として、下地層にはXYOの組成式で表される(002)配向したペロブスカイト系導電性酸化物の層を用いることができる。ここで、サイトXはSr、Ce、Dy、La、K、Ca、Na、Pb、Baの群から選択された少なくとも1つの元素を含み、サイトYはTi、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Ga、Nb、Mo、Ru、Ir、Ta、Ce、Pbの群から選択された少なくとも1つの元素を含む。
【0071】
他の例として、下地層には(001)配向したNaCl構造を有し、かつMg、Al、Ceの群から選択される少なくとも1つの元素を含む酸化物の層を用いることができる。
【0072】
他の例として、下地層には(001)配向した正方晶構造または立方晶構造を有し、かつAl、Cr、Fe、Co、Rh、Pd、Ag、Ir、Pt、Au、Mo、Wの群から選択される少なくとも1つの元素を含む層を用いることができる。
【0073】
また、下地層は一層に限られず、上述の例の層を複数層積層してもよい。下地層の構成を工夫することにより磁気抵抗効果素子部105の各層の結晶性を高め、磁気特性の改善が可能となる。
【0074】
<上側配線>
第2強磁性金属層103の非磁性層102側と反対側の面(図3では上面)には、上側配線(図示略)を設けてもよい。
【0075】
上側配線は、磁気抵抗効果素子部105の第2強磁性金属層103に電気的に接続され、この上側配線とスピン軌道トルク配線120と電源(図示略)とで閉回路を構成し、磁気抵抗効果素子部105の積層方向に電流が流される。
上側配線の材料は、導電性の高い材料であれば特に問わない。例えば、アルミニウム、銀、銅、金等を用いることができる。
【0076】
「STT及びSOT併用」構成の場合は、第1電源と第2電源の二つの電源を用いてもよい。
第1電源は、上側配線とスピン軌道トルク配線120とに接続される。第1電源は磁気抵抗効果素子部105の積層方向に流れる電流を制御することができる。
第2電源150は、スピン軌道トルク配線120の両端に接続される。第2電源150は、磁気抵抗効果素子部105の積層方向に対して直交する方向に流れる電流である、スピン軌道トルク配線120に流れる電流を制御することができる。
【0077】
上述のように、磁気抵抗効果素子部105の積層方向に流れる電流はSTTを誘起する。これに対して、スピン軌道トルク配線120に流れる電流はSOTを誘起する。STT及びSOTはいずれも第1強磁性金属層101の磁化反転に寄与する。
【0078】
このように、磁気抵抗効果素子部105の積層方向と、この積層方向に直行する方向に流れる電流量を2つの電源によって制御することで、SOTとSTTが磁化反転に対して寄与する寄与率を自由に制御することができる。
【0079】
例えば、デバイスに大電流を流すことができない場合は磁化反転に対するエネルギー効率の高いSTTが主となるように制御することができる。すなわち、第1電源から流れる電流量を増やし、第2電源から流れる電流量を少なくすることができる。
また、例えば薄いデバイスを作製する必要があり、非磁性層102の厚みを薄くせざる得ない場合は、非磁性層102に流れる電流を少なくことが求められる。この場合は、第1電源から流れる電流量を少なくし、第2電源から流れる電流量を多くし、SOTの寄与率を高めることができる。
【0080】
第1電源及び第2電源は公知のものを用いることができる。
【0081】
上述のように、本発明の「STT及びSOT併用」構成の場合の磁気抵抗効果素子によれば、STT及びSOTの寄与率を、第1電源及び第2電源から供給される電流量により自由に制御することができる。そのため、デバイスに要求される性能に応じて、STTとSOTの寄与率を自由に制御することができ、より汎用性の高い磁気抵抗効果素子として機能することができる。
【0082】
(磁化反転方法)
磁化反転方法は、本発明の磁気抵抗効果素子において、スピン軌道トルク配線に流れる電流密度が1×10A/cm未満とすることができる。
スピン軌道トルク配線に流す電流の電流密度が大きすぎると、スピン軌道トルク配線に流れる電流によって熱が生じる。熱が第2強磁性金属層に加わると、第2強磁性金属層の磁化の安定性が失われ、想定外の磁化反転等が生じる場合がある。このような想定外の磁化反転が生じると、記録した情報が書き換わるという問題が生じる。すなわち、想定外の磁化反転を避けるためには、スピン軌道トルク配線に流す電流の電流密度が大きくなりすぎないようにすることが好ましい。スピン軌道トルク配線に流す電流の電流密度は1×10A/cm未満であれば、少なくとも発生する熱により磁化反転が生じることを避けることができる。
【0083】
磁化反転方法は、本発明の磁気抵抗効果素子において、「STT及びSOT併用」構成の場合、スピン軌道トルク配線の電源に電流を印加した後に、磁気抵抗効果素子の電源に電流を印加してもよい。
SOT磁化反転工程とSTT磁化反転工程は、同時に行ってもよいし、SOT磁化反転工程を事前に行った後にSTT磁化反転工程を加えて行ってもよい。第1電源と第2電源から電流を同時に供給してもよいし、第2電源から電流を供給後に、加えて第1電源から電流を供給してもよいが、SOTを利用した磁化反転のアシスト効果をより確実に得るためには、スピン軌道トルク配線の電源に電流が印加した後に、磁気抵抗効果素子の電源に電流を印加することが好ましい。すなわち、第2電源から電流を供給後に、加えて第1電源から電流を供給することが好ましい。
【0084】
(磁気メモリ)
本発明の磁気メモリ(MRAM)は、本発明の磁気抵抗効果素子を複数備える。
【0085】
(製造方法)
スピン流磁化反転素子は、スパッタリング法等の成膜技術と、フォトリソグラフィー及びArイオンミリング等の形状加工技術を用いて得ることができる。以下では、スピン流磁化反転素子を適用した磁気抵抗効果素子の製造方法について説明することでスピン流磁化反転素子の製造方法の説明も兼ねる。
【0086】
まず支持体となる基板上にスピン軌道トルク配線を作製する。スピン軌道トルク配線を構成する金属を、2元同時スパッタ法を用いて成膜する。組成比の調整は、印加DC電圧を変え各々のスパッタリングレートを調整することで種々の組成比を実現することができる。次いで、フォトリソグラフィー等の技術を用いて、スピン軌道トルク配線を所定の形状に加工する。
【0087】
そして、スピン軌道トルク配線以外の部分は、酸化膜等の絶縁膜で覆う。スピン軌道トルク配線及び絶縁膜の露出面は、化学機械研磨(CMP)により研磨することが好ましい。
【0088】
次いで、磁気抵抗効果素子を作製する。磁気抵抗効果素子はスパッタリング等の公知の成膜手段を用いて作製できる。磁気抵抗効果素子がTMR素子の場合、例えば、トンネルバリア層は第1強磁性金属層上に最初に0.4〜2.0nm程度のマグネシウム、アルミニウム、及び複数の非磁性元素の二価の陽イオンとなる金属薄膜をスパッタリングし、プラズマ酸化あるいは酸素導入による自然酸化を行い、その後の熱処理によって形成される。成膜法としてはスパッタリング法のほか、蒸着法、レーザアブレーション法、MBE法等が挙げられる。
【0089】
得られた積層膜は、アニール処理することが好ましい。反応性スパッタで形成した層は、アモルファスであり結晶化する必要がある。例えば、強磁性金属層としてCo−Fe−Bを用いる場合は、Bの一部がアニール処理により抜けて結晶化する。
【0090】
アニール処理して製造した磁気抵抗効果素子は、アニール処理しないで製造した磁気抵抗効果素子と比較して、MR比が向上する。アニール処理によって、非磁性層のトンネルバリア層の結晶サイズの均一性および配向性が向上するためであると考えられる。
【0091】
アニール処理としては、Arなどの不活性雰囲気中で、300℃以上500℃以下の温度で、5分以上100分以下の時間加熱した後、2kOe以上10kOe以下の磁場を印加した状態で、100℃以上500℃以下の温度で、1時間以上10時間以下の時間加熱することが好ましい。
【0092】
磁気抵抗効果素子を所定の形状にする方法としては、フォトリソグラフィー等の加工手段を利用できる。まず磁気抵抗効果素子を積層した後、磁気抵抗効果素子のスピン軌道トルク配線と反対側の面に、レジストを塗工する。そして、所定の部分のレジストを硬化し、不要部のレジストを除去する。レジストが硬化した部分は、磁気抵抗効果素子の保護膜となる。レジストが硬化した部分は、最終的に得られる磁気抵抗効果素子の形状と一致する。
【0093】
そして、保護膜が形成された面に、イオンミリング、反応性イオンエッチング(RIE)等の処理を施す。保護膜が形成されていない部分は除去され、所定の形状の磁気抵抗効果素子が得られる。
【0094】
本発明は、上記実施形態にかかるスピン流磁化反転素子の構成及び製造方法に必ずしも限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0095】
例えば、上述した本実施形態では、磁気抵抗効果素子において、積層が後になり基板から近い側に配置する第1強磁性金属層が磁化自由層とされ、積層が先であり基板に遠い側に配置する第2強磁性金属層が磁化固定層(ピン層)とされている、いわゆるトップピン構造の例を挙げたが、磁気抵抗効果素子の構造は特に限定されるものではなく、いわゆるボトムピン構造であってもよい。
【0096】
(反転電流密度の測定方法)
スピン軌道トルク配線の両端に直流電源と直流電圧計を設置する。また、磁気抵抗効果素子の素子抵抗の測定は、上部電極、及びスピン軌道トルク配線を下部電極とし、直流電源、直流電圧計を用いた4端子法にて測定を行うことができる。
スピン軌道トルク配線にパルス電流を印加し、印加後、磁気抵抗を測定する。用いるパルス幅は例えば、0.5秒とする。
また、外部磁場をスピン軌道トルク配線の延伸方向に印加する。外部磁場の大きさは例えば、1000Oe(100mT)とする。
後述する実施例では、反転電流密度は平行状態から反平行状態への反転電流密度と反平行状態から平行状態への反転電流密度の絶対値の平均として定義した。
【0097】
(結晶構造の決定方法)
薄膜X線回折(XRD)を用いて結晶構造を決定することができる。XRDは、面直測定(out−of−plane XRD)と面内測定(in−plane XRD)を行った。
また併せて、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて原子配列を直接確認してもよい。
【0098】
(スピン軌道トルク配線材料の組成比の同定方法)
蛍光X線分析(XRF)を用いて、スピン軌道トルク配線材料の組成比の同定を行うことができる。
【実施例】
【0099】
(結晶構造の決定)
実施例1〜11について、スピン軌道トルク配線の構成材料の結晶構造は以下のようにして決定した。
【0100】
結晶構造決定用のサンプルの膜構成は熱酸化Si基板/Ta(5nm)/スピン軌道トルク配線材料(20nm)/Ta(10nm)であり、以下のようにして作製した。
熱酸化Si基板上に下地層としてTa膜を5nm成膜し、次いでTa膜上に2元同時スパッタが可能なDC・RFマグネトロンスパッタ装置を用いて、スピン軌道トルク配線材料膜を20nm成膜した。組成比の調整は、印加DC電圧を変え各々のスパッタリングレートを調整することによって行った。実施例9〜11の窒化物膜はArガスに加え、Arガスラインとは異なるガスラインとマスフローコントローラーを用意し、純窒素ガスをスパッタチャンバー内に流すことによって成膜した。次いで、スピン軌道トルク配線材料膜上にTa膜を10nm成膜してサンプルを作製した。
次いで、得られた各サンプルについて、薄膜X線回折(out−of−plane XRD、及び、in−plane XRD)を用いて結晶構造を決定した。その結果は表1及び表2に示した。
【0101】
(スピン軌道トルク配線材料の組成比の同定)
実施例1〜11について、スピン軌道トルク配線の構成材料の組成比は蛍光X線分析(XRF)を用いて同定した。
【0102】
スピン軌道トルク配線材料の組成比同定用のサンプルの膜構成は熱酸化Si基板/スピン軌道トルク配線材料(100nm)であり、以下のようにして作製した。
熱酸化Si基板上に2元同時スパッタが可能なDC・RFマグネトロンスパッタ装置を用いて、スピン軌道トルク配線材料膜を100nm成膜した。組成比の調整は、印加DC電圧を変え各々のスパッタリングレートを調整することによって行った。その結果は表1及び表2に示した。
【0103】
(反転電流密度の測定)
実施例1〜11及び比較例1〜8の磁気抵抗効果素子について、外部磁場1000Oe(100mT)をスピン軌道トルク配線の延在方向に印加しながら、反転電流密度を測定した。反転電流密度は、磁気抵抗効果素子の抵抗値が変化した際の電流を、スピン軌道トルク配線を長手方向に直交する断面の断面積で割ることにより得られる。表1及び表2に示した反転電流密度は、磁化が平行状態から反平行状態に変わる際の値と、反平行状態から平行状態に変わる際の値の絶対値の平均である。
【0104】
反転電流はスピン軌道トルク配線の両端に直流電流源を接続して流した。電流はパルス幅が0.5秒のパルス電流とした。電流量はスピン軌道トルク配線の両端に接続した直流電流計によって測定した。磁気抵抗効果素子の抵抗値変化は、磁気抵抗効果素子に対してスピン軌道トルク配線を下部電極とし、スピン軌道トルク配線と反対側に上部電極を設け、4端子法にて測定した。上部電極と下部電極間には直流電流源と直流電圧計とを接続した。
【0105】
反転電流測定用の磁気抵抗効果素子サンプル(実施例1〜11)の膜構成は熱酸化Si基板/Ta(5nm)/スピン軌道トルク配線材料(10nm)/Fe(0.9nm)/MgO(1.6nm)/CoFeB(1.6nm)/Ru(3nm)/Ta(5nm)であり、以下のようにして作製した。
【0106】
熱酸化Si基板上に下地層としてTa膜を5nm成膜し、次いでTa膜上に2元同時スパッタが可能なDC・RFマグネトロンスパッタ装置を用いて、スピン軌道トルク配線材料膜を10nm成膜した。組成比の調整は、印加DC電圧を変え各々のスパッタリングレートを調整することによって行った。実施例9〜11の窒化物膜はArガスに加え、Arガスラインとは異なるガスラインとマスフローコントローラーを用意し、純窒素ガスをスパッタチャンバー内に流すことによって成膜した。次いで、フォトリソグラフィーを用いて成膜した膜を幅200nm、長さ1000nmの平面視して長方形状に加工し、スピン軌道トルク配線を形成した。フォトリソグラフィーで削除した部分には絶縁膜としてSiO膜を形成し、スピン軌道トルク配線及び絶縁膜をCMP研磨して平坦面を作製した。
【0107】
次いで、このスピン軌道トルク配線上に、第1強磁性金属層(磁化自由層)としてFe膜を0.9nm、トンネルバリア層としてMgO膜を1.6nm、第2強磁性金属層(磁化固定層)としてCoFeB膜を1.3nm、キャップ層として3nm厚のRu膜及び5nm厚のTa膜とを順に成膜した。その後、フォトリソグラフィーとArイオンミリングを用いて、直径100nmの円柱状の磁気抵抗効果素子を作製した。なお、Arイオンミリングは第1強磁性金属層であるFe膜まで削った。強磁性金属層(Fe膜及びCoFeB膜)の膜厚は垂直磁化となる膜厚である。
【0108】
また、反転電流測定用の磁気抵抗効果素子サンプル(比較例1〜8)は、スピン軌道トルク配線の材料が合金、金属炭化物、金属窒化物のいずれでもなく、単体金属である点が異なるだけで、それ以外は実施例1〜11と同様の手順で作製した。
【0109】
以上のようにして得られた実施例1〜11及び比較例1〜8の磁気抵抗効果素子について反転電流密度の測定結果を表1及び表2に示す。
【0110】
【表1】
【0111】
【表2】
【0112】
表1及び表2に示すように、空間群Pm−3m、Fd−3m又はFm−3mの対称性を有する立方晶構造である所定の組成の材料からなるスピン軌道トルク配線を備えた磁気抵抗効果素子である実施例1〜11はいずれも、単体の金属からなるスピン軌道トルク配線を備えた磁気抵抗効果素子である比較例1〜8よりも反転電流密度が小さかった。すなわち、反転電流密度は、比較例1〜8では10A/cmのオーダーであったのに対して、実施例1〜11では10A/cmのオーダーであった。このとおり、いずれもスピン軌道トルク配線を所定の材料かなるものとすることによって、第1強磁性金属層の磁化が反転しやすくなっていた。
【0113】
なお、表1及び表2に示した結晶構造を有する合金の濃度範囲は以下の通りである。
AlNi1−x(実施例1):0.42 ≦ X ≦ 0.54
AlRu1−x(実施例2):0.48 ≦ X ≦ 0.51
AlRh1−x(実施例3):0.48 ≦ X ≦ 0.58
TiNi1−x(実施例4):0.47 ≦ X ≦ 0.50
PtAl1−x(実施例5):0.72 ≦ X ≦ 0.80
TiNi1−x(実施例6):0.50 ≦ X ≦ 0.67
AlAu1−x(実施例7):0.50 ≦ X ≦ 0.67
SiMn1−x(実施例8):0.22 ≦ X ≦ 0.25
【符号の説明】
【0114】
1 第1強磁性金属層
2 スピン軌道トルク配線
100 磁気抵抗効果素子
101 第1強磁性金属層
102 非磁性層
103 第2強磁性金属層
105 磁気抵抗効果素子部
図1
図2
図3