(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6777837
(24)【登録日】2020年10月12日
(45)【発行日】2020年10月28日
(54)【発明の名称】ヒトノロウイルス不活化評価法
(51)【国際特許分類】
C12N 7/06 20060101AFI20201019BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20201019BHJP
【FI】
C12N7/06
C12Q1/02
【請求項の数】2
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2020-542472(P2020-542472)
(86)(22)【出願日】2020年2月10日
(86)【国際出願番号】JP2020005171
【審査請求日】2020年8月5日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】八城 勢造
(72)【発明者】
【氏名】石田 悠記
(72)【発明者】
【氏名】片山 和彦
【審査官】
西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許出願公開第2011/0020406(US,A1)
【文献】
国際公開第00/20565(WO,A1)
【文献】
特開2007−68041(JP,A)
【文献】
国際公開第2017/059449(WO,A1)
【文献】
国際公開第2018/038042(WO,A1)
【文献】
COSTANTINI, Veronica et al.,Human Norovirus Replication in Human Intestinal Enteroids as Model to Evaluate Virus Inactivation,Emerg. Infect. Dis.,2018年,Vol. 24,pp. 1453-1464
【文献】
戸高玲子 他,ヒト腸管オルガノイドによるヒトノロウイルス消毒薬評価系の構築,臨床とウイルス 第60回日本臨床ウイルス学会プログラム・抄録集,2019年,Vol. 47,S87; 2B-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 7/00−7/08
C12Q 1/00−3/00
C12N 15/00−15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト小腸オルガノイドを用いてヒトノロウイルス不活化剤を評価する方法であって、被検薬剤で処理したウイルス溶液に25体積%濃度以上のウシ胎児血清を添加した後、超遠心分離し、得られた沈殿物をヒト小腸オルガノイドに感染させる工程を含む、方法。
【請求項2】
超遠心分離が150000〜190000×gで1〜2.5時間行われる、請求項1記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトノロウイルス(HNV)の不活化評価法に関する。
【背景技術】
【0002】
HNVは、カリシウイルス科、ノロウイルス属に分類されているエンベロープ(膜状構造)を持たないRNAウイルスであり、酸性(胃酸)に対して強い抵抗力を有し、少量(10〜100個程度)で感染することが知られている。
現状では、HNVに対するワクチンや治療薬は存在しないことから、ウイルスが付着し得る調理器具、衣服、手指等を洗浄・消毒することによる除ウイルスやウイルス不活性化により感染を予防することが重要である。
【0003】
ノロウイルスは、物理化学的抵抗性が強いため、その不活化には多くの細菌類に対して有効であるエタノールやカチオン界面活性剤を含む消毒剤等もノロウイルスに対しては一般的な使用法において十分な効果を得られないと考えられ、塩素系消毒剤(次亜塩素酸ナトリウム等)が使用される場合が多い。しかしながら、塩素系消毒剤は、金属に対する腐食作用、皮膚に対する刺激・損傷作用、衣類等に対する漂白(脱色)作用があるため、使用対象が制限されるという問題がある。
【0004】
HNVは、最近までインビトロで株化培養細胞を用いて増殖させることができなかったため、消毒剤によるHNV不活化効果を直接評価できなかった。そのため、HNVと遺伝学上近縁であり、インビトロで増殖させることができるネコカリシウイルス(FCV)やネズミノロウイルス(MNV)を代替えウイルスとして用いて消毒剤を評価し、HNVへの効果を推測していた。
斯かる状況下、近年、代替ウイルスでの評価においてエタノールであってもその濃度を高めたり、副成分を添加することや、pHを調整すること等により代替ウイルスに対する不活化効果が高められると考えられるようになり、それらの知見を応用したアルコール系消毒剤の開発も進められている。しかし、FCVは酸性条件下で、MNVはアルコール処理で容易に不活化可能であるため(非特許文献1)、HNVと性質が著しく異なることが報告されている。つまり、これらのウイルスを使用した評価結果からHNVへの消毒効果を類推するのは困難であると考えられる。
【0005】
近年、ヒト小腸オルガノイドhSIO:human Small Intestine Organoid(ヒト小腸エンテロイドhSIE:human Small Intestine Enteroid)二次元培養法を用いて、インビトロにおいてHNVを安定的に増殖させることに成功したとの報告を受け(非特許文献2)、当該培養系を利用してHNVの不活化を直接評価することが試みられるようになった。然るに、アルコール系消毒剤や塩素系消毒剤は細胞毒性を有することから、斯かる薬剤を当該HNV培養系で評価するには、細胞に対する作用を抑制する必要がある。例えば、非特許文献3では、エタノールや次亜塩素酸の効果を評価する場合に、培地にウシ胎児血清(FBS:Fetal Bovine Serum)やチオ硫酸ナトリウムを添加することが行われている。
【0006】
(非特許文献1)Cromeans Theresa et al., Appl. Environ. Microbiol. 80.18 (2014): 5743-5751.
(非特許文献2)Science,353(6306),1387-1393,2016 Sep23
(非特許文献3)Costantini, Veronica, et al. Emerging infectious diseases 24.8 (2018): 1453.
【発明の概要】
【0007】
本発明は、hSIOを用いてHNV不活化剤を評価する方法であって、被検薬剤で処理したウイルス溶液に25体積%濃度以上のFBSを添加した後、超遠心分離し、得られた沈殿物をhSIOに感染させる工程を含む、方法、に係るものである。
【0008】
本発明は、hSIOを用いてHNV不活化剤を適正に評価する方法を提供することに関する。
【0009】
本発明者らは、上記課題に鑑み検討した結果、被検薬剤で処理したウイルス溶液に、一定濃度以上のFBSを添加した後、超遠心分離し、得られた沈殿物をhSIOに感染させることにより、hSIOを傷害せずに、薬剤によるHNV不活化効果を安定的に評価できることを見出した。
【0010】
本発明によれば、hSIOを用いたHNV不活化剤の評価系において、hSIOを傷害せずに、安定的にHNV不活化剤の評価ができる。
【0011】
本発明のHNV不活化剤の評価方法は、hSIOを用いてHNV不活化剤を評価する方法であって、被検薬剤で処理したウイルス溶液に25体積%濃度以上のFBSを添加した後、超遠心分離し、得られた沈殿物をhSIOに感染させる工程を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明において、hSIOとは、オルガノイド技術によって人体外で永続的に三次元培養可能となったヒト小腸上皮細胞である。hSIOは、公知の方法(GASTROENTEROLOGY 2011;141:1762-1772)によって樹立できる。
【0013】
斯かるHNVの感染に用いるhSIOは、公知の方法(国際公開第2018/038042号)によって実施でき、例えば以下の1)〜2)の方法で培養することができる。
1)細胞外マトリクス上にヒト腸管上皮幹細胞、ヒト腸管上皮細胞、又はこれらの細胞の内、少なくともいずれかを含む組織を立体培養し、3Dオルガノイドを得る。
2)3Dオルガロイドを分散させて単一細胞を調製し、当該単一細胞を細胞外マトリクス上で単層培養し、分化した腸上皮細胞、腸内分泌細胞、ゴブレット細胞、又はパネート細胞を含むヒト腸管上皮細胞が単層構造となっている2Dオルガノイドを取得する。
ここで、1)の立体培養は、オルガノイドの長期培養に適する培地(例えば、国際公開第2017/199811号等に示される組成の培地、又はIntestiCult Organoid Growth Medium(Human)(STEMCELL Technologies社)等)を用い、ウェルプレート上でマトリゲル(Corning社)に包埋することにより行われる。
2)の単一細胞の調製は、3Dオルガノイドの立体構造を物理的もしくは化学的に崩すことによってなされる。物理的破壊には口径の小さなキャピラリー、シリンジ、ピペットチップ等を用いることができる。化学的破壊にはトリプシンやトリプシン代替試薬(TrypLE Express(Thermo Fisher Scientific社)やGentle Cell Dissociation Reagent(STEMCELL Technologies社)等)を用いることができる。
単層培養は、前記単一細胞を細胞外マトリクス(TypeIコラーゲン、TypeIVコラーゲン、又はマトリゲル等)でコーティングしたウェルプレートに接着させることによって開始される。単層培養における分化誘導は、3Dオルガノイドの培養液からWntアゴニストとp38阻害剤を除いた分化培地で、3日間以上、2日間隔で培地交換を行いながら培養することでなされる。
【0014】
斯かる分化したhSIOに対して、被検薬剤で処理したウイルス溶液に25体積%濃度以上のFBSを添加した後、超遠心分離し、得られた沈殿物を感染させる。
ウイルス溶液としては、HNVを一定量(50copies/μL以上)含有する溶液であれば使用できるが、例えばHNV罹患者の糞便を、プロテアーゼ阻害剤を含有する緩衝液に懸濁して調製した糞便懸濁液(ウイルス量:50copies/μL以上)等を用いることができる。
【0015】
なお、ノロウイルスは、ゲノム塩基配列の相同性に基づき7つの遺伝子群(genogroup、GI〜GVII)に分けられ、中でもヒトに感染するHNVはGI9種(GI.1、GI.2、GI.3、GI.4、GI.5、GI.6、GI.7、GI.8、GI.9)、GII19種(GII.1、GII.2、GII.3、GII.4、GII.5、GII.6、GII.7、GII.8、GII.9、GII.10、GII.12、GII.13、GII.14、GII.15、GII.16、GII.17、GII.20、GII.21、GII.22)、GIV1種(GIV.1)であるが、本発明におけるHNVは、これらのいずれの遺伝子型のものであっても良い。
【0016】
被検薬剤によるウイルス溶液の処理は、被検薬剤とウイルス溶液とを所定の温度、所定の時間で接触させることにより行われる。
接触温度は0〜100℃であり、好ましくは4〜60℃である。また、接触時間は、3秒〜120分間が好ましく、10秒〜60分間がより好ましく、30秒〜30分間がより好ましい。
接触は、被検薬剤溶液とウイルス溶液とを混合又は混合攪拌することにより行えばよいが、ピペッティング又は試験管ミキサーを用いて混合攪拌するのが好ましい。
【0017】
被検薬剤としては、特に限定されるものではないが、HNV不活化効果が期待される消毒剤や、殺菌・静菌性能、抗ウイルス能が公知である薬剤が挙げられる。
消毒剤としては、例えば、アルコール系(エタノール、イソプロパノールなど)、塩素系(次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸水、次亜塩素酸カルシウム、ジクロロイソシアヌル酸ナトリウム、二酸化塩素等)、アルデヒド系(グルタラール、ホルマリンなど)、過酸化物系(過酸化水素、過酸化ベンゾイル、過酢酸など)、ビグアナイド系、ヨウ素系(ヨードチンキなど)、芳香族系(フェノキシエタノール、安息香酸、パラオキシ安息香酸エステル、クロロキシレノール、トリクロサン等)、界面活性剤系(ジオクチルジメチルアンモニウム塩、ジデシルジメチルアンモニウム塩、ジドデシルジメチルアンモニウム塩、ドデシルトリメチルアンモニウム塩、テトラデシルトリメチルアンモニウム塩、テトラデシルジメチルエチルアンモニウム塩、及びヘキサデシルトリメチルアンモニウム塩カルボベタイン、スルホベタイン、ヒドロキシスルホベタイン、アルキル硫酸エステル塩、アルキルエーテル硫酸エステル塩、アルキルベンゼンスルホン酸又はその塩、アルカンスルホン酸又はその塩、飽和又は不飽和脂肪酸塩、アルキル又はアルケニルエーテルカルボン酸塩、α−スルホ脂肪酸塩、α−スルホ脂肪酸エステル等)、グルコン酸クロルヘキシジン系(グルコネート製剤等)の消毒剤、および漂白活性化剤(テトラアセチルエチレンジアミン、グルコースペンタアセテート、テトラアセチルグリコールウリル、アルカノイル若しくはアルケノイル(これらの基の炭素数は8〜14)オキシベンゼンカルボン酸又はその塩、アルカノイル又はアルケノイル(これらの基の炭素数は8〜14)オキシベンゼンスルホン酸塩など)、もしくはチアゾリン系(メチルイソチアゾリノン、クロロメチルイソチアゾリノン、ベンズイソチアゾリノン等)などを含有する消毒剤が挙げられる。
また、過炭酸ナトリウムを含有する酸素系漂白剤等も好適に挙げられる。このうち、エタノール系消毒剤、ヨウ素系消毒剤、酸素系漂白剤が好ましい。
【0018】
次いで、被検薬剤で処理したウイルス溶液に対し、25体積%濃度以上のFBSが添加される。
FBSは、56℃で30分間非働化処理したウシ胎児血清の原液を用いることができるが、当該ウシ胎児血清の原液を適当な溶媒で希釈した、FBSを25体積%濃度以上含有する溶液であってもよい。
ここで、希釈溶媒としては、細胞培養に用いられる培地や緩衝液が用いられる。例えばhSIOの培養に用いられる基本培地、蒸留水、PBS等が挙げられるが、hSIOの培養に用いられる基本培地であるのが好ましい。
hSIOの培養に用いられる基本培地としては、例えば、Advanced DMEM/F12(Gibco社)にGlutaMAX I(100×)(Gibco社)、HEPES(ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸)、ペニシリン-ストレプトマイシン溶液を含む培地等が挙げられる。
【0019】
添加するFBSの濃度は、薬剤によるhSIOへの傷害を抑制(細胞毒性の中和)する点から、25体積%以上であればよく、好ましくは50体積%以上、より好ましくは75体積%以上である。また、希釈しないFBS原液(100体積%FBS)をそのまま用いるのも好ましい。尚、体積%は5〜35℃で測定された値を示す。
【0020】
FBSの添加量は、薬剤処理ウイルス溶液に対して、2倍量以上となるように添加するのが好ましく、薬剤のhSIOに対する毒性を中和する効果を阻害しない限り10倍量以上、更に20倍量以上であってもよく、更には30倍量程度であってもよい。
【0021】
次いで、FBSを添加した薬剤処理ウイルス溶液は、超遠心分離にかけて、その沈殿物、すなわち薬剤処理されたHNVが回収される。
超遠心分離は、38nmのノロウイルスが沈降する条件であれば制限されないが、0〜37℃、好ましくは4℃で、最大回転半径部分(Rmax)における遠心力が150000〜190000×g、好ましくは190000×gの遠心力で、1〜2.5時間、好ましくは1.35時間行われる。
斯かる薬剤処理されたHNVに対してFBSを添加した後超遠心分離する操作は、薬剤のhSIOに対する毒性を中和する効果を高める点から、必要に応じて繰り返し行っても良い。
【0022】
斯くして回収された沈殿物(薬剤処理されたHNVを含有)は、分化したhSIOに供され、適宜、感染効率増加に寄与する胆汁抽出物やセラミド等を添加して、37℃で、1〜3時間、CO
2の条件下でインキュベーションすることにより、hSIOへのウイルス感染が行われる。感染終了後、基本培地で残存ウイルス溶液を十分に洗浄し、分化培地を添加して37℃で、1〜7日間、CO
2の条件下培養する。その後適宜上清を回収してウイルスを検出・測定し、被検薬剤のHNV不活化効果が評価される。
評価は、例えばRT−qPCR法等を用いてHNV genome copy数を測定することが挙げられ、具体的には、市販のノロウイルス検出キットを用いて行うことができる。
【0023】
上述した実施形態に関し、本発明においては更に以下の態様が開示される。
<1>ヒト小腸オルガノイドを用いてヒトノロウイルス不活化剤を評価する方法であって、被検薬剤で処理したウイルス溶液に25体積%濃度以上のウシ胎児血清を添加した後、超遠心分離し、得られた沈殿物をヒト小腸オルガノイドに感染させる工程を含む、方法。
<2>超遠心分離が150000〜190000×gで1〜2.5時間行われる、<1>の方法。
<3>超遠心分離が190000×gで1〜2.5時間行われる、<2>の方法。
<4>ウシ胎児血清の濃度が、50体積%以上、より好ましくは75体積%以上である<1>〜<3>のいずれかの方法。
<5>ウシ胎児血清を薬剤処理ウイルス溶液に対して2倍量以上、10倍量以上、20倍量以上、更には30倍量程度添加する、<1>〜<4>のいずれかの方法。
<6>被検薬剤が、エタノール系消毒剤、ヨウ素系消毒剤又は酸素系漂白剤である、<1>〜<5>のいずれかの方法。
【実施例】
【0024】
試験例1:FBSを用いたHNV不活化剤の評価
(1)human Small Intestine Organoid(hSIO)の培養
hSIOは48ウェルプレート上でマトリゲル(Corning,356231)に包埋し三次元培養した。培地はIntestiCult Organoid Growth Medium(Human)(STEMCELL Technologies,ST−06010)を用いた。培地交換・継代・96ウェルプレートを用いた単層化の手技はユーザーマニュアルに従った。トリプシン処理後2日間はアノイキスを阻害するために培地に終濃度10μMとなるようにROCK(Rho−associated coiled−coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)阻害剤であるCultureSure Y−27632(富士フィルム和光純薬,036−24023)を添加した。500mLのAdvanced DMEM/F12(Gibco,12634010)に5mLのGlutaMAX I(100×)(Gibco,35050−061)、5mLの1M HEPES(Gibco,15630080)、5mLのPenicillin−Streptomycin(Gibco,15140122)を添加することで基本培地を作成した。基本培地とIntestiCult Organoid Growth MediumのコンポーネントAとを等量混合することで分化培地を作成した。96ウェルプレートで単層化させた細胞に分化培地を1wellあたり200μLずつ2日間隔で交換しながら計6日間分化を誘導した。
【0025】
(2)HNV(HuNoV)含有糞便の10%乳剤の作成
糞便の10%乳剤はGII.4型のHNV罹患者糞便から作成した。プロテアーゼ阻害剤であるcOmplete protease inhibitor cocktail tablets(Sigma−Aldrich,11697498001)1錠を50mLのD−PBS(−)に懸濁した。糞便1gに対して10mLのcOmplete含有D−PBS(−)で懸濁し、試験管ミキサーを用いてよく混合した。4℃で20分間静置した後に、2,000×g 4℃で10分間遠心した。上清を新たなチューブに回収し、感染実験に供するまで−80℃に保存した。
【0026】
(3)HNVの不活化処理と薬剤の細胞毒性中和処理
HNV含有10%糞便乳剤を分化培地で10倍に希釈し、1mLのシリンジとMillex HV Filter unit (Millipore,SLHVR04NL)を用いて濾過した。PA微量遠心チューブ(Beckman coulter,357448)中で濾過した糞便溶液5μL(2.8×10
6 HNV genome copy相当)と表1に示す薬剤溶液45μLとを混合し、表1に示す所定の温度と時間で反応させた。次いでこの薬剤処理された糞便溶液に、56℃で30分間非働化処理を行ったFBS(Fetal bovine serum;BIOWEST社)1.45mLを添加した。遠心チューブを固定角ロータTLA−55(Beckman coulter)にセットしOptima MAX−TL(Beckman coulter)を用いてRmaxにおいて186047×gの遠心力(55000rpm相当)で1.5時間超遠心した後に上清を除去した。ペレットを100μLの分化培地で懸濁し、hSIOへの感染溶液とした。尚、薬剤溶液に代わり基本培地を用いて同様の操作を行い調製したhSIOへの感染溶液を薬剤非処理のコントロールとした。
【0027】
(4)分化hSIOへの感染
ウェル中の既存の培地を除去した6〜7日間分化誘導後のhSIOに上述の方法で調製した感染溶液をアプライした。インキュベートは37℃で3時間実施した。300μLの基本培地で3回洗浄した後に、終濃度が125ppmとなるようにブタ胆汁抽出物(Sigma−Aldrich,B8631−100G)を加えた分化培地を250μL添加し、37℃、5%CO
2の条件下でサンプリングのタイミングまで培養した。培養開始直後(day 0)と培養3日後(day 3)に10μLの上清を回収した。回収した上清はRT−qPCRに供するまで−80℃で保存した。
【0028】
(5)RT−qPCR
回収した上清中のHNV genome copy数の定量にはノロウイルス検出キット G1/G2(東洋紡,FIK−273)を用いた。操作はプロトコールに従った。PCR増幅とデータ測定はLightCycler480II(Roche)を用いた。
測定されたウイルス量に基づき、A:HNVを検出下限にまで不活化されている、B:コントロール(薬剤処理無し)よりも減少、C:コントロール(薬剤処理無し)と同等にHNVが増殖している、の3段階で評価した。
【0029】
(6)細胞傷害性の確認
細胞傷害性について、細胞の生死(○:細胞生存、×:細胞死亡)を、顕微鏡観察により判定した。
【0030】
比較試験例1:10体積%FBSを用いたHNV不活化剤の評価
上記試験例1と同様に調製したHNV含有10%糞便乳剤を1mLのシリンジとMillex HV Filter unit (Millipore,SLHVR04NL)を用いて濾過した。濾過した糞便溶液5μLと表1に示す薬剤溶液45μLを混合し、表1に示す所定の温度と時間で反応させた。次いでこの薬剤処理された糞便溶液に1450μLの10体積%FBS(FBS原液は56℃で30分間非働化)を含有する基本培地溶液を添加混合した。遠心チューブを固定角ロータTLA−55(Beckman coulter)にセットしOptima MAX−TL(Beckman coulter)を用いてRmaxにおいて186047×gの遠心力(55000rpm相当)で1.5時間超遠心した後に上清を除去した。ペレットを100μLの分化培地で懸濁し、hSIOへの感染溶液とした。上記試験例と同様に、分化hSIOへ感染させた後に細胞傷害性を顕微鏡観察により判定した。
比較試験例1では被検薬剤の細胞毒性を十分に中和できず、細胞が死滅したことによりHNVの不活化効果の評価が実施できなかった。一方、試験例1では披検薬剤の細胞毒性を十分に中和することができHNVの不活化効果の評価を実施できた。
【0031】
【表1】
【0032】
試験例2:各濃度のFBSを用いた細胞傷害性の評価
上記試験例1と同様に調製したHNV含有10%糞便乳剤を分化培地で10倍に希釈し、1mLのシリンジとMillex HV Filter unit(Millipore,SLHVR04NL)を用いて濾過した。PA微量遠心チューブ(Beckman coulter,357448)中で濾過した糞便溶液5μLと表2に示す薬剤溶液45μLとを混合し、室温で30秒間反応させた。次いでこの薬剤処理された糞便溶液に、表2に示す所定濃度のFBSを含有する基本培地溶液又はFBS原液1.45mLを添加した。遠心チューブを固定角ロータTLA−55(Beckman coulter)にセットしOptima MAX−TL(Beckman coulter)を用いてRmaxにおいて186047×gの遠心力(55000rpm相当)で1.5時間超遠心した後に上清を除去した。ペレットを100μLの分化培地で懸濁し、hSIOへの感染溶液とした。上記試験例1と同様に、分化hSIOへ感染させて、細胞傷害性を確認した(表2)。試験例2より披検薬剤の細胞傷害性を十分に中和するためには25体積%以上のFBSを含有する基本培地を用いたウイルスと薬剤の反応液の中和処理が必要であることが分かった。
【0033】
【表2】
【要約】
hSIOを用いてHNV不活化剤を適正に評価する方法を提供する。
hSIOを用いてHNV不活化剤を評価する方法であって、被検薬剤で処理したウイルス溶液に25体積%濃度以上のFBSを添加した後、超遠心分離し、得られた沈殿物をhSIOに感染させる工程を含む、方法。