【実施例】
【0049】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
細胞系
C1R-A24(HLA-A24を発現するC1Rリンパ腫亜細胞株;熊本大学エイズ学研究センター、滝口雅文先生より供与)、T2-A24(HLA-A24を発現するT2リンパ芽球様細胞;愛知県がんセンター研究所、葛島清隆先生より供与)及びK562(ヒト慢性骨髄性白血病細胞;理化学研究所バイオリソースセンター細胞材料開発室-CELL BANK-より購入)は、10%ウシ胎児血清(BioWest S.A.S., Nuaille, France)を含有し、100μg/mLのストレプトマイシン及び100単位/mLのペニシリンを添加したRPMI-1640(Wako Pure Chemical Industries Ltd., Osaka, Japan)中に維持した。C1R-A24は500μg/mLのハイグロマイシンB含有培地中で選択した。C1R-A24-AFP-Lucは、C1R-A24にAFP cDNA及びルシフェラーゼをコードする遺伝子を組み込んだベクターをレトロウイルスによって導入して作製した。Phoenix-A(National Gene Vector Biorepository, Indianapolis, USA)及びHepG2(ヒト肝癌由来細胞株;理化学研究所バイオリソースセンター細胞材料開発室-CELL BANK-より購入)は、10%ウシ胎児血清を含有し、100μg/mLのストレプトマイシン及び100単位/mLのペニシリンを添加したDMEM(Wako Pure Chemical Industries Ltd.)中に維持した。
【0051】
[実施例1 AFP
357特異的CTLの誘導及びTCRクローニング]
AFP由来ペプチドワクチン治療の第I相臨床試験(UMIN000003514)に登録したヒト白血球抗原(HLA)-A24の患者15名、及びHLA-A24の健常ドナー10名から末梢血単核細胞(PBMC)を回収した。AFP由来ペプチドとして、配列番号1のAFP
357ペプチドを使用した。
【0052】
患者は全てヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染のないHCCの管理のためのAmerican Association for the Study of Liver Diseases (AASLD)ガイドラインに従ってステージIII又はIVのHCCであると診断されており、それぞれ4回以上のペプチドワクチン接種を受けていた。
【0053】
ワクチン接種のプロトコルは、以下の通りである。AFP-由来ペプチド(AFP
357)を不完全Freundアジュバント(Montanide ISA-51 VG; SEPPIC, Paris, France)と共にエマルジョン化し、2週間に3回皮下に注射した。臨床応答は、Response Evaluation Criteria In Solid Tumors(RECIST)version 1.0によって評価した。全血からのPBMCの分離はFicollを用いた密度勾配遠心分離によって行った。患者からは全て、Helsinki Declarationに従って、試験に参加するための書面によるインフォームドコンセントを得ている。
【0054】
得られたPBMCをAFP
357ペプチド刺激下でin vitro培養した。より具体的には、回収したPBMCを、96ウェルUプレート中で10μg/mlのAFP
357ペプチド、10 ng/mlの組換えインターロイキン(rIL)-7及び100 pg/mlのrIL-12(Peprotech, Inc., Rocky Hill, NJ, USA)の存在下で培養した。3日目、10日目及び17日目に培養上清の半分を350 U/mlのrIL-2(Peprotech, Inc.)含有培地で置き換えた。7日目及び14日目に、培養上清の半分を350 U/mlのrIL-2、20μg/mlのAFP
357ペプチド及びマイトマイシンC処理した自己のPBMCで置き換えた。in vitro培養の3週間後、産生された細胞傷害性リンパ球(CTL)を、Fc受容体をブロッキング(Clear Back; MBL Co., LTD)後にフィコエリスリン(PE)-コンジュゲートAFP
357ペプチドMHCテトラマー(MBL Co., LTD., Aichi, Japan)で、続いてフルオレセインイソチオシアネート(FITC)-コンジュゲート抗-CD8抗体(MBL Co., LTD)及び7-AAD(Beckman Coulter, Inc., Indianapolis, IN, USA)で染色した。
【0055】
誘導された抗原特異的CTLをFACSAria II(BD Bioscience, San Diego, CA, USA)を用いて単一細胞として検出して回収し、TCRα鎖及びβ鎖のcDNAを単一の細胞から5'RACE、RT-PCRで増幅した。配列解析後にcDNAをレパートリーで分析し、hTEC10システムを用いて抗原特異性を確認した。
【0056】
その結果、AFP特異的CTLは、15名の患者中4名(Pt1〜Pt4)と、10名の健常ドナー中3名(HD1〜HD3)で誘導された。FACS解析において、検出されたCTLのCD8+テトラマー+画分の比率は、健常ドナーと比較してワクチン接種患者でより高かった。また、良好な臨床応答、すなわち血清AFPレベルの顕著な低下を示した患者では、TCRレパートリーの種類が多いという傾向が見られた(
図1)。具体的には、患者Pt1から3種のTCR(Pt1-1〜Pt1-3)、患者Pt2から4種のTCR(Pt2-1〜Pt2-4)、患者Pt3から2種のTCR(Pt3-1〜Pt3-2)、患者Pt4から1種のTCR(Pt4-1)が取得され、健常ドナーHD1から1種のTCR(HD1-1)、健常ドナーHD2から2種のTCR(HD2-1〜HD2-2)、健常ドナーHD3から1種のTCR(HD3-1)が取得された。本明細書及び図面においては、これらの表記を便宜的に使用し、場合によってはTCR導入細胞についてもTCRと同じ表記を使用することがある。
【0057】
得られた14種類のAFP
357特異的TCRのα鎖及びβ鎖の配列解析から、これらのTCRは互いに異なるものであることが判明した。表1に、取得したTCRのα鎖及びβ鎖のcDNA配列を示すそれぞれの配列番号を、表2に、取得したTCRのα鎖可変領域(V-J領域)の配列と、そのCDR3を含む接合部配列の配列番号等を、表3に、取得したTCRのβ鎖可変領域(V-D-J領域)の配列と、そのCDR3を含む接合部配列の配列番号等を示す。尚、レパートリーの解析はデータベースImmunogeneticsのwebsite(http://www.imgt.org/)で行った。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
【表3】
【0061】
表1に示すように、得られたTCRのα鎖及びβ鎖の可変領域配列には、同一の変異型に分類されたものが含まれている。従って、これらの配列の同一性又は類似性と効果に相関性があるか否かを検討した。得られた知見の一部を以下に記載する。
【0062】
Pt2-2とPt2-3は同じ患者(Pt2)由来のTCRである。
図1に示すように、Pt2由来のAFP
357-MHCテトラマー結合性のTCRのほとんどがPt2-2及びPt2-3であり、その比率はほぼ同じであった。これらのα鎖のCDR3を含む接合部の配列は同一であり(配列番号60)、かつα鎖可変領域全体の配列も同一であった(配列番号33)。β鎖のCDR3を含む接合部の配列を比較すると、13個のアミノ酸中での相違は2個のアミノ酸であった(配列番号73及び74、配列同一性約85%)。しかしながら、β鎖可変領域全体で比較すると、いずれも132個のアミノ酸中、38個のアミノ酸が相違しており(配列番号46及び47、配列同一性約71%)、CDR3領域の配列の重要性が確認された。Pt2-2及びPt2-3をそれぞれ導入したPBMCは、後の実施例で示すように、標的細胞に対する特異的溶解能及びEC
50値もほぼ同様であった。
【0063】
Pt3-1とPt3-2は同じ患者(Pt3)由来のTCRである。
図1に示すように、Pt3ではAFP
357-MHCテトラマー結合性のTCRとしてPt3-1及びPt3-2のみが得られており、その比率はほぼ同じであった。これらのα鎖のCDR3を含む接合部の配列は16個のアミノ酸中で2個のアミノ酸が相違するのみであった(配列番号62及び63、配列同一性87.5%)。α鎖可変領域全体で比較しても、いずれも134個のアミノ酸中で相違はこの2個のアミノ酸のみであった(配列番号35及び36、配列同一性約98.5%)。β鎖のCDR3を含む接合部の配列を比較すると、13個のアミノ酸中での相違は1個のアミノ酸であった(配列番号76及び77、配列同一性約92%)。β鎖可変領域全体で比較すると、いずれも137個のアミノ酸中、CDR3領域のアミノ酸と合わせてわずかに2個のアミノ酸が相違するのみであった(配列番号49及び50、配列同一性約98.5%)。Pt3-1及びPt3-2をそれぞれ導入したPBMCは、後の実施例で示すように、標的細胞に対する特異的溶解能及びEC
50値もほぼ同様であった。
【0064】
Pt2-2とPt3-1は異なる患者(Pt2及びPt3)由来のTCRであるが、これらのα鎖のCDR3を含む接合部の配列は16個のアミノ酸中で1個のアミノ酸が相違するのみであった(配列番号60及び62、配列同一性約94%)。一方、これらのβ鎖のCDR3を含む接合部の配列は13個のアミノ酸中1個のアミノ酸が相違するのみであった(配列番号73及び76、配列同一性約92%)。β鎖可変領域全体で比較すると、それぞれ132個及び135個のアミノ酸中、それぞれ47個及び50個のアミノ酸が相違していた(配列番号46及び49、配列同一性約64%及び約63%)。Pt2-2及びPt3-1をそれぞれ導入したPBMCは、後の実施例で示すように、EC
50値には差があるものの、いずれも標的細胞に対する特異的溶解能を有していた。
【0065】
すなわち、異なる個体由来のTCRであっても、AFP
357-MHCテトラマーに対する特異的結合によってスクリーニングして取得されたTCR間で、非常に高い配列同一性を有するものが見出された。より具体的には、α鎖及びβ鎖のそれぞれの可変領域において90%以上の配列同一性を有する場合、標的細胞に対する同程度の細胞傷害活性が認められた。可変領域全体の配列同一性が90%未満であっても、CDR3領域の配列同一性が高い場合、特に互いの相違が2個以下のアミノ酸の相違である場合には同様の効果を有することが見出された。
【0066】
[実施例2 末梢血管単核細胞へのTCR形質導入]
PBMCへの形質導入のために、TCRα鎖及びTCRβ鎖可変領域をコードするcDNA(配列番号2〜28)を、同じTCR由来の配列の組合せで定常領域をコードするcDNA(ヒトPBMCよりクローニングして取得)と共にウイルスのP2A配列を介して連結してTCR発現ベクター(
図2A)を構築し(Leisegang M等、J. Mol. Med. 2008, July, 86(7), p.855)、次いでこれをpMXs-IRES-GFPベクター(コスモ・バイオ株式会社)中にクローニングし、Phoenix-Aレトロウイルスパッケージング細胞系(National Gene Vector Biorepository, Indianapolis, USA)にトランスフェクトした。尚、各TCRの定常領域のコドンは最適化した。得られたウイルス上清をろ過し、50μg/mlのRetroNectin(Takara Bio Inc., Shiga, Japan)をコートしたプレートに入れ、遠心分離した。
【0067】
健常ドナーからのPBMCをCD3/CD28ビーズ及び30 U/mlのrIL-2(Peprotech, Inc.)で2日間in vitro刺激し、プレートに加え、レトロウイルスを感染させることで、取得したTCRをコードするポリヌクレオチドをRNAとして導入した。レトロウイルスによる遺伝子導入は、導入効率が高いことを考慮して選択し、感染を2回繰り返した。得られたPBMCを、刺激開始後10〜14日のTCR形質導入PBMCとしてアッセイに使用した。形質導入効率及びTCR発現を、GFPのフローサイトメトリー分析及びテトラマー結合によって評価した(
図2B)。
【0068】
まず、それぞれのTCRを導入したPBMCをフローサイトメトリーで調べた。患者由来のTCRを導入したPBMCでは8.7%から44.9%まで変動するテトラマー
+画分を有していた。健常ドナーのTCRを導入したPBMCでは、一部のTCRが良好な抗原特異的CTLを生じたが、他のPBMCはテトラマー
+画分が極めて少なかった(0.38%−1.35%)。GFPをコードするmockベクターを導入したPBMCはAFP
357テトラマーでは染色されなかった(0.05%)(
図2B)。
【0069】
[実施例3
51Cr放出アッセイ]
AFP
357ペプチド及びHLA-A24を共発現する標的細胞に対する本発明の細胞の細胞毒性を評価した。
【0070】
5×10
5個のC1R-A24細胞に10μg/mlのAFP
357ペプチド又はHIV gp160
584ペプチド(MBL Co., LTD.)を一晩かけてパルスし、0.925 MBqの
51Crで標識して2回洗浄した。3×10
3個の標識したC1R-A24細胞及び1.2×10
6個の非標識K562細胞(抗原非特異的な細胞傷害活性を抑えるために添加)を、TCRを導入したPBMCと100:1、50:1、25:1、13:1及び6.7:1の比率で4時間インキュベートした。
【0071】
上清中に放出された
51Crをガンマカウンターで測定した。また、5×10
5個のC1R-A24細胞を、10pg〜10μgの様々な濃度のAFP
357ペプチドでパルスし、0.925 MBqの
51Crで標識した後に、TCRを導入したPBMCと100:1の比率でインキュベートした。
51Crの放出を指標として、以下の式:
(放出(cpm)−自発的放出(cpm))/(最大放出(cpm)−自発的放出(cpm))×100
を用いて特異的溶解%を決定した。
【0072】
その結果、ペプチドをパルスした標的細胞に対し、本明細書においてPt1-2、Pt1-3、Pt2-1、Pt2-2、Pt2-3、Pt2-4、Pt3-1、Pt3-2、Pt4-1及びHD1-1と記載したTCRが抗原特異的細胞毒性を示した。総体的にはペプチドワクチン投与を行った患者で活性の高いTCRが誘導されていたが、興味深いことに、患者由来のTCRでも標的細胞に対する毒性が低いものがあり(Pt1-1)、一方健常ドナー由来のTCRでも毒性が高いものが見出された(HD1-1)。その中でも、患者Pt1由来のTCR(Pt1-2)が導入された細胞が、AFP
357をパルスしたC1R-A24細胞に対して最も強い細胞毒性を示した(
図2C、100:1の比率で46.2%の特異的溶解)。尚、各実験において、導入効率はGFP発現の測定により確認した(全細胞の65%超)。
【0073】
[実施例4 各TCR導入細胞におけるパルスしたAFP
357ペプチドのEC
50]
実施例3と同様の実験系を用い、取得したTCRの相対的親和性を決定するために、8.4pM〜8.4μMのAFP
357ペプチドをパルスした標的C1R-A24細胞に対する細胞毒性を評価した。それぞれの特異的溶解%の値からペプチドの50%効果濃度(EC
50)を算出した。
【0074】
EC
50はPrism ver. 5.0(GraphPad Software, Inc., La Jolla, CA, USA)を用いて算出した。この値は、E/T比による影響を受けず(データは示さない)、TCRの性質を示すものであり得る。取得したTCR間でEC
50値を比較した(
図3A及び3B)結果、最も低いEC
50値を有したPt1-2のlog
10(EC
50)は-2.24であった。
【0075】
[実施例5 抗原特異的インターフェロンγ分泌]
それぞれのTCRを発現する細胞からの抗原特異的インターフェロンγ(IFN-γ)分泌を測定した。
【0076】
TCRを導入した1×10
5個のPBMCを、AFP
357ペプチドの存在下で1×10
5個のT2-A24細胞と共に24時間共培養した。培養後、上清を回収し、IFN-γELISAアッセイキット(R&D Systems, Inc., Minneapolis, MN, USA)でアッセイした。実験はそれぞれ三重に行った。
【0077】
その結果、
図4A〜Dに示すように、実施例4でEC
50値が最も低かったPt1-2において最も高いIFN-γ分泌量を示した。また、標的細胞に対する毒性を示したTCR導入PBMCはいずれもIFN-γを有意に分泌した。IFN-γの分泌はTCRの性質のみでなく、TCRが導入されたPBMCの状態にも依存するため、実験間での定量的評価をすることはできなかった。
【0078】
[実施例6 AFP cDNA導入細胞に対する細胞傷害活性]
天然でプロセシングされるAFPペプチドに対する細胞傷害活性を評価した。
HLA-A24、AFPタンパク質及びルシフェラーゼを発現する1×10
3個のC1R-A24-AFP-Luc細胞及び5×10
4個のK562細胞を、TCRを導入したPBMC(Pt1-2)と0.4:1、2:1、10:1、及び50:1の比率(E/T比)で24時間共培養した。標的細胞の生存率は、ルシフェラーゼアッセイ基質 (Promega corp., Fitchburg, WI, USA)を用い、生存細胞の指標となる残存ルシフェラーゼ活性を測定することで算出した。エフェクター細胞なしで培養した標的細胞のルシフェラーゼ活性を100%とした。
【0079】
その結果、
図5に示すように、TCRを導入したPBMC(Pt1-2)は、E/T比に依存して特異的な殺細胞活性を示したが、GFP mockベクターを導入したPBMCではそのような活性は示されなかった。