(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前駆無機成分とアパタイト成分を含む紡糸液を紡糸して前駆無機系繊維を形成し、前駆無機系繊維を含む前駆無機系繊維シートを形成した後、焼成することにより前駆無機系繊維を無機系繊維とし、引張強度が0.2MPa以上の無機系繊維シートとすることを特徴とする、無機系繊維シートの製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の無機系繊維シートは高温での熱処理やγ線処理によっても分解や変性しないように、無機成分とアパタイト成分を含む無機系繊維を含んでいる。
【0024】
本発明の無機系繊維を構成する無機成分は高温での熱処理やγ線処理によっても分解や変性しない無機成分であれば良く、特に限定するものではないが、例えば、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、リン、硫黄、カリウム、カルシウム、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウム、ヒ素、セレン、ルビジウム、ストロンチウム、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、カドミウム、インジウム、スズ、アンチモン、テルル、セシウム、バリウム、ランタン、ハフニウム、タンタル、タングステン、水銀、タリウム、鉛、ビスマス、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、又はルテチウムの各酸化物を挙げることができ、具体的には、SiO
2、Al
2O
3、B
2O
3、TiO
2、ZrO
2、CeO
2、FeO、Fe
3O
4、Fe
2O
3、VO
2、V
2O
5、SnO
2、CdO、LiO
2、WO
3、Nb
2O
5、Ta
2O
5、In
2O
3、GeO
2、PbTi
4O
9、LiNbO
3、BaTiO
3、PbZrO
3、KTaO
3、Li
2B
4O
7、NiFe
2O
4、SrTiO
3などを挙げることができる。
【0025】
これらの中でも、シリカ(SiO
2)は生体不活性であるため好適であり、特に、アモルファスシリカを含む無機系繊維は柔軟性の高い繊維であるため、この無機系繊維を含む無機系繊維シートは柔軟性に優れ、取り扱い性や加工性に優れているため好適である。なお、アモルファスは等方的かつ結晶のような長周期構造を持たないため、X線回折装置で測定した場合に、ハローパターンを示すことから確認することができる。
【0026】
なお、無機成分として、マグネシウム金属及び/又はカルシウム金属を含んでいると、無機系繊維は生体溶解性繊維であることができる。
【0027】
また、無機成分は一種元素の酸化物から構成されていても、二種以上の元素を含む酸化物から構成されていても良い。例えば、骨成分のたんぱく質を特に吸着しやすい、SiO
2−TiO
2などの二種以上の元素を含む酸化物から構成されていても良い。
【0028】
更に、本発明の無機系繊維シートを封入剤で封入した後に観察する場合(例えば、内部に浸潤した細胞の観察あるいは分析をするような研究・評価用途に使用する場合)、無機系繊維を構成する無機成分の屈折率を封入剤の屈折率に合わせるのが好ましい。このように屈折率が合っていることによって、無機系繊維シートをある程度、透明にすることができ、観察性に優れているためである。この無機成分の屈折率は、特開2014−173214号公報に記載の方法により、封入剤の屈折率に合わせることができる。
【0029】
一方、無機系繊維は生体親和性に優れ、また、骨環境を再現し、浸潤した細胞が高い生理活性を発揮できるように、アパタイト成分を含んでいる。このアパタイト成分は、つまりリン酸カルシウムであり、例えば、ヒドロキシアパタイト、炭酸アパタイト、フッ化アパタイト、塩化アパタイト、第2リン酸カルシウム二水和物、第2リン酸カルシウム、α−三リン酸カルシウム、β−第3リン酸カルシウム、カルシウム欠損ヒドロキシルアパタイト、カーボン添加アパタイト、クロルアパタイト、ウィトロキット、第4リン酸カルシウム、オキシアパタイト、β−ピロリン酸カルシウム、α−リン酸カルシウム、γ−リン酸カルシウム、第8リン酸カルシウムなどを挙げることができる。これらの中でも、ヒドロキシアパタイトは骨の主成分であり、骨環境を再現しやすいため好適である。
【0030】
なお、アパタイト成分はどのような形状であっても良いが、粒子形状であることができる。例えば、アパタイト成分は球形であることができる。このように粒子形状を有する場合、アパタイト成分の平均粒子径はアパタイト成分が無機系繊維中に均一に分散した状態であることができるように、無機系繊維の平均繊維径よりも小さいのが好ましい。例えば、無機系繊維の平均繊維径が1.5μm以上の場合、アパタイト成分の平均粒子径は1.5μm未満であるのが好ましく、1.0μm未満であるのがより好ましく、0.8μm以下であるのが更に好ましい。なお、無機系繊維シートを封入剤で封入した後に観察する場合、観察性を阻害しにくいように、アパタイト成分の平均粒子径は0.8μm以下であるのが好ましく、0.5μm以下であるのがより好ましい。この「平均粒子径」は、レーザー回折・散乱式粒度分布測定器(LMS−300:(株)セイシン企業製)を用いて測定し、得られた粒子径に対する個数基準積分曲線において、50%個数基準積算値に対応する粒子径を意味する。
【0031】
本発明の無機系繊維シートを構成する無機系繊維は上述のような無機成分とアパタイト成分を含んでいるが、アパタイト成分により生体親和性に優れ、また、浸潤した細胞が高い生理活性を発揮できるように、無機系繊維におけるアパタイト成分量は10mass%以上であるのが好ましく、15mass%以上であるのがより好ましく、20mass%以上であるのが更に好ましい。一方で、アパタイト成分の比率が高くなり過ぎると、無機系繊維の強度が低下し、結果として、取り扱い性の悪い無機系繊維シートとなる傾向があるため、70mass%以下であるのが好ましい。
【0032】
なお、無機成分とアパタイト成分とはどのように存在していても良いが、アパタイト成分により生体親和性に優れているように、また、浸潤した細胞が高い生理活性を発揮できるように、アパタイト成分が無機系繊維表面に存在し、露出しているのが好ましい。
【0033】
本発明の無機系繊維は上述の通り、無機成分とアパタイト成分を含んでいるが、高温での熱処理やγ線処理によっても分解や変性することがなく、また、生体親和性を損なわない範囲で、有機成分を含んでいても良い。しかしながら、本発明の無機系繊維は無機成分とアパタイト成分が90mass%以上を占めているのが好ましく、95mass%以上を占めているのがより好ましく、無機成分とアパタイト成分のみ(100mass%)からなるのが最も好ましい。
【0034】
本発明の無機系繊維の平均繊維径は特に限定するものではないが、表面積が広く、生体親和性に優れ、また、浸潤した細胞とアパタイト成分がある程度の接触面積を有し、高い生理活性を発揮できるように、更に、強度的に優れているように、0.6μm以上であるのが好ましく、0.8μm以上であるのがより好ましく、1.0μm以上であるのが更に好ましい。一方、生体親和性を損なわないように、また、浸潤した細胞同士の相互作用が繊維によって妨げられないように、平均繊維径は20μm以下であるのが好ましい。本発明における「平均繊維径」は50点における繊維径の算術平均値を意味し、「繊維径」は顕微鏡写真をもとに計測した、繊維の伸びる方向に対して直交する長さを意味する。
【0035】
本発明の無機系繊維は、繊維シート構造となった際に均一な孔径を形成でき、均一な細胞の浸潤路を形成できるように、また、浸潤した細胞と繊維表面のアパタイト成分が均一に接触できるように、繊維径が揃っているのが好ましい。より具体的には、繊維径の変動係数(CV値)が0.7以下であるのが好ましく、0.5以下であるのがより好ましい。なお、繊維径の変動係数は繊維径の標準偏差(σ)を平均繊維径(md)で割った値である。
【0036】
また、本発明の無機系繊維の繊維長は特に限定するものではないが、0.5mm以上であるのが好ましく、1.0mm以上であるのがより好ましい。特に、繊維の脱落が生じにくく、また、機械的強度が優れているように、実質的に連続繊維であるのが最も好ましい。この「実質的に連続繊維」とは1000倍の電子顕微鏡写真を撮影した場合に、無機系繊維の端部を確認できないことを意味する。
【0037】
本発明の無機系繊維シートは前述のような無機系繊維を含み、引張強度が0.2MPa以上の強度の優れるものであるため、取り扱い性に優れている。この引張強度が強ければ強い程、取り扱い性に優れているため、0.25MPa以上であるのが好ましく、0.3MPa以上であるのがより好ましく、0.35MPa以上であるのが更に好ましく、0.40MPa以上であるのが更に好ましく、0.45MPa以上であるのが更に好ましい。なお、強度が強い程、取り扱い性に優れているため、上限は特に限定するものではない。
【0038】
この引張強度は、無機系繊維シート(試験片)の、破断するまでの最大荷重の測定を5枚の試験片について行い、その算術平均値を無機系繊維シート(試験片)の断面積で除した商である。なお、破断するまでの最大荷重は、次の条件で測定した値であり、断面積は測定時の無機系繊維シート(試験片)の幅と厚さの積から算出される値である。
測定装置:定速伸長型引張試験機(オリエンテック製、UCT−100)
試験片サイズ:5mm幅×70mm長
チャック間間隔:50mm
引張速度:50mm/min.
【0039】
本発明の無機系繊維シートにおける無機系繊維の含有量が多い程、生体親和性に優れ、また、浸潤した細胞が高い生理活性を発揮できるため、無機系繊維は無機系繊維シート中、90mass%以上を占めているのが好ましく、95mass%以上を占めているのがより好ましく、高温での熱処理やγ線処理によっても分解や変性しにくいように、無機系繊維のみ(100mass%)からなるのが最も好ましい。
【0040】
なお、無機系繊維シートを構成できる前述の無機系繊維以外の繊維としては、特に限定するものではないが、例えば、無機系繊維を構成できる無機成分からなり、アパタイト成分を含まない無機系繊維を挙げることができる。
【0041】
本発明の無機系繊維シートは前述のような無機系繊維を含んでいるが、その形態は特に限定するものではない。例えば、不織布形態、織物形態、編物形態であることができる。これらの中でも、不織布形態であると、無機系繊維が均一に分散することができ、孔径が均一であることができるため、不織布形態であるのが好ましい。
【0042】
このように好適である不織布形態である場合、無機系繊維同士が絡合及び/又は接着して、不織布形態を保持しているのが好ましい。例えば、無機系繊維を構成する無機成分の焼結によって、無機系繊維同士が結合しているのが好ましい。なお、無機系繊維同士の絡合は、水流などの外力による強制的な絡合である必要はなく、例えば、紡糸した前駆無機系繊維を直接集積させる際に生じる、前駆無機系繊維同士の絡みであっても良い。
【0043】
本発明の無機系繊維シートはシート内部も有効に活用できるように、空隙率が80%以上であるのが好ましい。例えば、無機系繊維シートを培養基材として用いた場合には、無機系繊維シートの内部まで細胞が成長できるため、三次元培養が可能である。また、治療部位における充填材として使用した場合には、内部まで骨芽細胞が浸潤しやすく、しかも充填材自体が骨芽細胞と親和性の高い骨の成分であるアパタイトを含むため、浸潤した骨芽細胞の骨形成機能を発揮させやすく、治療部位での骨再生を早期に進行させることができる。この空隙率が高い程、シート内部も有効に活用できるため、空隙率は85%以上であるのがより好ましく、90%以上であるのが更に好ましい。一方で、空隙率が高過ぎると、強度が弱くなり、取り扱いにくくなる傾向があるため、99%以下であるのが好ましい。この空隙率P(単位:%)は次の式から得られる値をいう。
P=100−(Fr1+Fr2+・・+Frn)
ここで、Frnは無機系繊維シートを構成する成分nの充填率(単位:%)を示し、次の式から得られる値をいう。
Frn=[(M×Prn)/(T×SGn)]×100
ここで、Mは無機系繊維シートの目付(単位:g/cm
2)、Tは無機系繊維シートの厚さ(単位:cm)、Prnは無機系繊維シートにおける成分n(例えば、無機成分、アパタイト成分など)の存在質量比率、SGnは成分nの比重(単位:g/cm
3)をそれぞれ意味する。
【0044】
本発明の無機系繊維シートの目付は特に限定するものではないが、取り扱い性に優れているように、6g/m
2以上であるのが好ましく、8g/m
2以上であるのがより好ましく、10g/m
2以上であるのが更に好ましい。目付が高ければ高い程、無機系繊維シートの強度が強くなり、取り扱い性に優れているため、目付の上限は特に限定するものではない。本発明における「目付」は、10cm角に切断した無機系繊維シートの質量を測定し、1m
2の大きさの質量に換算した値をいう。
【0045】
また、本発明の無機系繊維シートの厚さも特に限定するものではないが、取り扱い性に優れているように、60μm以上であるのが好ましく、70μm以上であるのがより好ましく、80μm以上であるのが更に好ましい。厚さが厚ければ厚い程、無機系繊維シートの強度が強くなり、取り扱い性に優れているため、厚さの上限は特に限定するものではない。本発明における「厚さ」はシックネスゲージ((株)ミツトヨ製:コードNo.547−401:測定力3.5N以下)を用いて測定した値をいう。
【0046】
本発明の無機系繊維シートは無機系繊維が均一に分散しており、無機系繊維シート内部も有効に利用できる平均流量孔径であるのが好ましい。例えば、無機系繊維シートを培養基材又は治療部位の充填材として使用する場合、無機系繊維シート内部まで細胞が浸潤しやすいように、無機系繊維シートの平均流量孔径は一般的な細胞の細胞核が通り抜けることのできる、3μm〜10μmであるのが好ましい。
【0047】
また、本発明の無機系繊維シートは無機系繊維が均一に分布しており、均一に生体親和性に優れ、また、均一に生理活性を発揮できるように、無機系繊維シートの全孔径における平均流量孔径の占める割合を意味する「細孔径分布」が30%以上と、孔径が揃っているのが好ましい。より好ましくは細孔径分布が35%以上であり、更に好ましくは細孔径分布が40%以上である。
【0048】
上記平均流量孔径及び細孔径分布はバブルポイント法による細孔径測定ができるパームポロメーター(西華産業株式会社製)を用い、次の条件で測定した値を意味する。
試験片サイズ:直径25mm
試験液:GALWICK(表面張力:15.7dynes/cm)
【0049】
本発明の無機系繊維シートは高温での熱処理やγ線処理によっても分解や変性することがなく、化学的に安定であり、また、無機系繊維シートの引張強度が0.2MPa以上で、取り扱い性に優れているため、生体適合性を必要とする分野、用途に好適に使用することができる。なお、無機系繊維シートはシート形態のまま使用することができるし、三次元的な形態に成形した後に使用することができるし、或いは、粉体に粉砕した後に使用することもできる。無機系繊維シートを成形して使用する場合、無機系繊維を構成する無機成分がアモルファスシリカ成分であると、柔軟性に優れ、加工性に優れているという特長がある。
【0050】
例えば、創薬開発や医学系研究分野などにおける培養基材として使用すると、三次元培養が可能な場合があり、有用である。特に、空隙率80%以上であるような高空隙率の無機系繊維シートは、シート内部まで細胞が成長し、三次元培養が可能であるため、好適である。
【0051】
また、本発明の無機系繊維シートを補綴歯科分野や人工骨関連分野などにおける治療部位における充填材として使用すると、充填材自体が骨芽細胞と親和性の高い骨の成分であるアパタイトを含むため、骨芽細胞の骨形成機能を発揮させやすく、治療部位での骨再生を早期に進行させることができる。特に、空隙率が80%以上の無機系繊維シートを治療部位における充填材として使用した場合には、内部まで骨芽細胞が浸潤しやすく、しかも充填材自体が骨芽細胞と親和性の高い骨の成分であるアパタイトを含むため、浸潤した骨芽細胞の骨形成機能を発揮させやすく、治療部位での骨再生を早期に進行させることができる。
【0052】
なお、本発明の無機系繊維シートを治療部位における充填材として使用する場合、無機系繊維シートはシート形態で使用することもできるし、治療部位の形態に応じて成形し、使用することもできるし、無機系繊維シートを粉砕し、粉末形態で使用することもできる。無機系繊維シートを成形して使用する場合、無機系繊維を構成する無機成分がアモルファスシリカ成分であると、柔軟性に優れ、加工性に優れているという特長がある。
【0053】
本発明の無機系繊維シートは、例えば、前駆無機成分とアパタイト成分を含む紡糸液を紡糸して前駆無機系繊維を形成し、前駆無機系繊維を含む前駆無機系繊維シートを形成した後、焼成することにより前駆無機系繊維を無機系繊維とし、引張強度が0.2MPa以上の無機系繊維シートとして製造することができる。
【0054】
より具体的には、まず、前駆無機成分とアパタイト成分を含む紡糸液を調製する。この前駆無機成分は無機成分のもととなる成分という意味で、前述の無機成分のもととなる前駆無機成分を用意する。例えば、無機成分として、シリカ成分を含んでいるのが好ましいが、この場合、前駆無機成分として、テトラエトキシシランを用意するのが好ましい。
【0055】
一方で、アパタイト成分を用意するが、前述のように、アパタイト成分としてヒドロキシアパタイトを用意するのが好ましく、粒子形状(特に球形)のアパタイトを用意することができる。アパタイト成分が粒子形状を有する場合、アパタイト成分の平均粒子径は無機系繊維の所望の平均繊維径よりも小さいのが好ましい。例えば、平均繊維径が1.5μm以上の無機系繊維を含む無機系繊維シートを製造する場合、アパタイト成分の平均粒子径は1.5μm未満であるのが好ましく、1.0μm未満であるのがより好ましく、0.8μm以下であるのが更に好ましい。
【0056】
この紡糸液は前駆無機成分とアパタイト成分とを含むものであるが、アパタイト成分により生体親和性、また、浸潤した細胞が高い生理活性を発揮できるように、アパタイト成分が無機系繊維の10mass%以上を占めているのが好ましいため、焼成後のアパタイト成分量が10mass%以上(より好ましくは15mass%以上、更に好ましくは20mass%以上であり、好ましくは70mass%以下)となるように、前駆無機成分とアパタイト成分と配合し、紡糸液を調製するのが好ましい。
【0057】
なお、紡糸液を構成する溶媒は前駆無機成分とアパタイト成分を溶解又は分散させることのできる溶媒であれば良く、特に限定するものではないが、例えば、水;アルコール(例えば、メタノール、エタノールなど)、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、又はN−メチル−2−ピロリドンなどの有機溶媒を単独で、又は混合して使用することができる。
【0058】
本発明の紡糸液は前述のような前駆無機成分とアパタイト成分とを含んでいれば良いが、更に、有機成分を含んでいると、後述の前駆無機系繊維を焼成して無機系繊維とする際に、有機成分の分解と共に無機系繊維が焼き締まり、アパタイト成分が繊維表面に露出しやすくなるため、紡糸液に有機成分も配合するのが好ましい。この有機成分は焼成の際に分解するものであれば良く、特に限定するものではないが、例えば、ポリビニルピロリドン、無水マレイン酸コポリマー、ポリアクリロニトリルなどを挙げることができる。なお、有機成分を配合する場合、焼成後の無機系繊維が多孔になり、強度が低下してしまわないように、前駆無機系繊維の50mass%以下(より好ましくは40mass%以下、更に好ましくは30mass%以下)となるように配合するのが好ましい。
【0059】
このような紡糸液を紡糸し、前駆無機系繊維を形成する。前駆無機系繊維は、前駆無機成分と同様に、無機系繊維のもととなる繊維ということを意味する。なお、紡糸液の紡糸方法は特に限定するものではないが、例えば、紡糸液に対して電界を作用させて繊維化する方法(静電紡糸法)、紡糸液に対してガスを作用させて繊維化する方法(例えば、特開2009−287138号公報に開示の方法)、紡糸液に対してガス及び電界を作用させて繊維化する方法、などを挙げることができる。特に、静電紡糸法は、繊維径が小さく(平均繊維径:3μm以下)、繊維径が揃っており、しかも実質的に連続した前駆無機系繊維を紡糸できるため好適である。
【0060】
次いで、前記前駆無機系繊維を含む前駆無機系繊維シートを常法により形成する。例えば、前駆無機系繊維シートが織物形態である場合には、連続繊維形態の前駆無機系繊維を織って形成でき、編物形態である場合には、連続繊維形態の前駆無機系繊維を編んで形成でき、不織布形態である場合には、連続繊維形態又は短繊維形態の前記無機系繊維を集合させ、結合して形成できる。前述のような、紡糸液に対して電界及び/又はガスを作用させて前駆無機系繊維を形成する場合(特に静電紡糸法の場合)、形成した前駆無機系繊維を直接集積して、前駆無機系繊維シートを形成することができる。特に、静電紡糸法により前駆無機系繊維を直接集積して、前駆無機系繊維シートを形成すると、繊維径が小さく、繊維径が揃っているばかりでなく、孔径が均一であり、しかも空隙率が80%以上の空隙が多く、ある程度前駆無機系繊維同士が絡んだ前駆無機系繊維シートを形成でき、結果として、繊維径が小さく、繊維径が揃った無機系繊維を含み、孔径が均一であり、しかも空隙率が80%以上の空隙の多い無機系繊維シートを製造しやすいため好適である。
【0061】
このような前駆無機系繊維シートの強度が不足し、取扱い性が悪いような場合には、流体流等による絡合、接着剤による接着等により前駆無機系繊維同士を結合することもできる。
【0062】
なお、前駆無機系繊維を連続繊維として巻き取り、前駆無機系繊維を所望繊維長に切断して短繊維とした後、公知の乾式法又は湿式法により繊維ウエブを形成し、流体流等による絡合、接着剤による接着等により結合し、前駆無機系繊維シートとすることもできる。しかしながら、無機系繊維は連続繊維であるのが好ましいため、連続した前駆無機系繊維を直接捕集し、集積して、前駆無機系繊維シートを形成するのが好ましい。
【0063】
そして、前駆無機系繊維シートを焼成することにより前駆無機系繊維を無機系繊維とし、引張強度が0.2MPa以上の無機系繊維シートを製造することができる。この焼成処理を実施することにより、前駆無機系繊維の前駆無機成分を無機成分として、無機系繊維へ変換すること以外に、前駆無機系繊維同士の交点が焼結し、無機系繊維シートの強度が向上する。この焼成処理は、例えば、焼結炉を用いて実施することができ、その温度は前駆無機成分によって、適宜設定する。一般的には、焼成温度は600℃以上であるのが好ましく、700℃以上であるのがより好ましく、800℃以上であるのが更に好ましい。
【0064】
なお、必要であれば、各種後加工を実施することができる。例えば、一対のロール間を通すことによって、厚さを調整できるし、打ち抜き型やレーザーを用いて、無機系繊維シートを所望形状に切断することができる。また、3−アミノプロピルトリエトキシシランなどのシランカップリング剤を、無機系繊維シートに塗布し、基材に積層した後、熱処理(例えば、温度50℃程度)を実施し、カップリング反応によって、無機系繊維シートと基材とを接着することもできる。
【0065】
以上のようにして、本発明の無機系繊維シートを製造できるが、アパタイト成分が粒子形態である場合、紡糸の際に、無機系繊維内部だけではなく、繊維表面にも存在し、露出しやすい。なお、アパタイト成分の露出度合いが不充分な場合、又は露出度合いをより高めたい場合には、無機成分の一部を溶解除去することができる。例えば、無機成分がシリカ成分からなる場合、アルカリ溶液に浸漬することによって、アパタイト成分の露出度合いを高めることができる。別の見方をすると、アルカリ溶液による溶解除去条件を調節することによって、アパタイト成分の露出度合いを調節することができる。
【0066】
以上は、本発明の無機系繊維シートの製造方法の一例であるが、無機系繊維シートを封入剤で封入する場合には、無機系繊維を構成する無機成分の屈折率が封入剤の屈折率と同程度となるように、特開2014−173214号公報に記載の方法により製造するのが好ましい。つまり、(1)封入剤の屈折率よりも高い又は低い屈折率を有する第1無機酸化物の原料である第1曳糸性ゾル溶液(第1前駆無機成分溶液)と、封入剤の屈折率よりも低い又は高い屈折率を有する第2無機酸化物の原料である第2曳糸性ゾル溶液又は金属塩溶液(第2前駆無機成分溶液)とを混合し、ゲル化させることなく曳糸性混合ゾル溶液(前駆無機成分溶液)を調製する工程、(2)前記曳糸性混合ゾル溶液(前駆無機成分溶液)にアパタイト成分を混合し、紡糸液とする工程、(3)前記紡糸液を静電紡糸法等の紡糸方法により紡糸して前駆無機系繊維を形成し、前駆無機系繊維を含む前駆無機系繊維シートを形成する工程、(4)前記前駆無機系繊維シートを焼成して無機系繊維シートを製造する工程、により製造するのが好ましい。
【0067】
なお、無機成分とアパタイト成分を含む無機系繊維以外の繊維を含む無機系繊維シートは、形成した前駆無機系繊維を集積する前、集積した後の前駆無機系繊維に対して、無機系繊維以外の繊維を供給することによって製造できるし、短繊維の前駆無機系繊維に混合して繊維ウエブを形成することによって製造できる。
【実施例】
【0068】
以下に、本発明の実施例を記載するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0069】
(実施例1)
オルトケイ酸テトラエチル、水、塩酸及びアルコールを1:2:0.0025:5のモル比で混合し、温度80℃で15時間、加熱撹拌した。そして、エバポレータにより、シリカ濃度が44mass%になるまで濃縮した後、粘度が200〜300mPa・sになるまで増粘させて、シリカゾル溶液を得た。
【0070】
その後、焼成後のシリカとハイドロキシアパタイト(平均粒子径:150nm)の質量比が計算上、5:3となるように、前記シリカゾル溶液にハイドロキシアパタイトを配合し、ゾル溶液Aを得た。
【0071】
また、ポリビニルピロリドンをN,N−ジメチルホルムアミドに溶解させて、固形分30mass%の溶液Bを調製した。
【0072】
次いで、ゾル溶液A(固形分:45mass%、溶媒:エタノール)に、溶液Bを固形分の質量比が3:1となるように配合し、紡糸液Aを得た。
【0073】
得た紡糸液Aを用い、次の紡糸条件で前駆シリカ系繊維を静電紡糸した後、直接ドラム捕集体上に集積して、前駆シリカ系繊維シートを形成した。
【0074】
(静電紡糸条件)
・ノズルからの吐出量:1g/時間
・ノズル先端とドラム捕集体との距離:10cm
・紡糸容器内の温湿度:25℃/30%RH
・ノズルへの印加電圧:+10kV
【0075】
そして、前記前駆シリカ系繊維シートを、焼成炉を用いて、温度800℃で2時間の焼成を実施して、ハイドロキシアパタイト粒子(平均粒子径:150nm)とアモルファスシリカ成分のみからなるシリカ系繊維(平均繊維径:1.5μm、実質的に連続繊維、繊維径のCV値:0.15、ハイドロキシアパタイト比率:20mass%)100mass%からなり、シリカ系繊維同士が焼結した、不織布形態のシリカ系繊維シートを得た。このシリカ系繊維シートの物性は表1に示す通りであった。
【0076】
(比較例1〜3)
オルトケイ酸テトラエチル、水、及び塩酸を1:2:0.0025のモル比で混合し、温度80℃で15時間、加熱撹拌した。そして、エバポレータにより、シリカ濃度が44mass%になるまで濃縮した後、粘度が200〜300mPa・sになるまで増粘させて、シリカゾル溶液を得た。
【0077】
次いで、前記シリカゾル溶液を用い、次の紡糸条件で前駆シリカ系繊維を静電紡糸した後、直接ドラム捕集体上に集積して、前駆シリカ系繊維シートを形成した。
【0078】
(紡糸条件)
・ノズルからの吐出量:1g/時間
・ノズル先端とドラム捕集体との距離:10cm
・紡糸容器内の温湿度:25℃/30%RH
・ノズルへの印加電圧:+10kV
【0079】
そして、前記前駆シリカ系繊維シートを、焼成炉を用いて、温度250℃(比較例1)、500℃(比較例2)、800℃(比較例3)で2時間の焼成を実施して、アモルファスシリカ成分のみからなるシリカ系繊維(平均繊維径:0.8μm、実質的に連続繊維、繊維径のCV値:0.24)100mass%からなり、シリカ系繊維同士が焼結した、不織布形態のシリカ系繊維シートを得た。
【0080】
その後、各シリカ系繊維シートを、温度40℃の擬似体液中に1週間浸漬した後、温度105℃で乾燥し、擬似体液で処理したシリカ系繊維シートを、それぞれ得た。これら処理したシリカ系繊維シートの物性は表1に示す通りであった。
【0081】
(ヒドロキシアパタイト比率の測定)
X線回折装置[卓上X線回折装置:MiniFlex(登録商標)600、(株)リガク製]を用いて、次の条件で実施例1及び比較例1〜3のシリカ系繊維シートの結晶化度をそれぞれ求め、結晶質の割合をヒドロキシアパタイト比率とした。これらの結果は表1に示す通りであった。
【0082】
(測定条件)
2θ測定範囲:+3〜90°
管電圧:30kV
管電流:15mA
【0083】
(平均流量孔径及び細孔径分布の測定)
実施例1及び比較例1〜3のシリカ系繊維シートの平均流量孔径及び細孔径分布の測定を、パームポロメーター(西華産業株式会社製)を用い、次の条件で測定した。これらの結果は表1に示す通りであった。
試験片サイズ:直径25mm
試験液:GALWICK(表面張力:15.7dynes/cm)
【0084】
(落下試験)
実施例1及び比較例1〜3のシリカ系繊維シートをそれぞれ円形(直径:15mm)に打ち抜いて試験片を調製した。その後、1mの高さから試験片を落下させ、試験片の破損状態を観察して、破損していない場合を「○」、破損している場合を「×」と評価した。これらの結果は表1に示す通りであった。
【0085】
(観察性試験)
実施例1及び比較例1〜3のシリカ系繊維シートを直径15mmに打ち抜いて、試験片をそれぞれ調製した。次いで、試験片をスライドガラス上に載置した後、細胞観察標本の作製に用いられる市販の封入剤[Neo−Mount(登録商標)(メルク#109016、屈折率:1.46)]を試験片に滴下し、更に試験片にカバーガラスを被せて封入した。そして、封入した試験片を光学顕微鏡で観察し、その透明性を次の基準により、それぞれ評価した。これらの結果は表1に示す通りであった。
【0086】
(評価基準)
○:無機系繊維シートが完全に透明化し、観察像に影響を与えない。
△:無機系繊維シートが完全に透明化はしないが、観察者が観察像から得られる情報には影響を与えない。
×:無機系繊維シートが観察の妨げとなり、観察者が観察像から得られる情報に重大な影響を与える恐れがある。
【0087】
【表1】
#1:シリカ系繊維シートが脆く、測定不可能
【0088】
表1から明らかなように、本発明のシリカ系繊維シートはシリカ成分とヒドロキシアパタイト成分からなるため、高温での熱処理やγ線処理によっても分解や変性することがなく、化学的に安定であり、しかもヒドロキシアパタイトを20mass%含むにもかかわらず、引張強度が0.2MPa以上で、落下させても破損せず、取り扱い性に優れるものであった。
【0089】
これに対して、比較例1の処理したシリカ系繊維シートは、ヒドロキシアパタイト量が30mass%と多いものであったが、引張強度を測定することができない程に強度が低く、取り扱えないものであった。
【0090】
また、温度500℃、800℃で焼成した、順に比較例2、3の処理したシリカ系繊維シートは引張強度を測定することができ、落下試験でも破損せず、取り扱うことのできるものであったが、ヒドロキシアパタイトを検出できないほど少なく、浸潤した細胞が高い生理活性を発揮できないものであった。
【0091】
なお、本発明のシリカ系繊維シートを構成するシリカ系繊維は、市販の封入剤と屈折率が近いシリカ成分と、屈折率が異なるアパタイト成分を含んでいたため、封入剤の浸透により、完全には透明化しなかったが、アパタイト粒子の平均粒径が小さいため、著しく観察性が低下することはなかった。一方、温度250℃で焼成した比較例1は、評価前にシート形状が崩れてしまい、評価ができなかった。
【0092】
(三次元培養の方法と結果)
本発明のシリカ系繊維シートの骨環境の模倣性を評価するために、次の手順により、ヒト骨芽細胞株MG−63を用いた培養評価を行った。
【0093】
まず、培養容器として、一般的な細胞培養用24ウェルプレート(以下、参考例1とする)を用意した。
【0094】
また、実施例1のシリカ系繊維シートを直径15mmの円形に打ち抜いた後、非細胞接着性底面を有する24ウェルプレートのウェル底面に敷いた。
【0095】
更に、比較例3の擬似体液で処理前のシリカ系繊維シートを直径15mmの円形に打ち抜いた後、非細胞接着性底面を有する24ウェルプレートのウェル底面に敷いた。
【0096】
次いで、各24ウェルプレートのウェルに、MG−63細胞を2.0×10
5cells/wellの密度で播種した。なお、培養には、ウシ胎児血清および抗生物質であるペニシリン・ストレプトマイシン溶液を体積比にして、それぞれ10%、1%含有するEMEM培地(イーグル最小必須培地)を使用し、各ウェルの培地量は1mL/wellとした。
【0097】
細胞播種後、5%のCO
2を充填した温度37℃の加湿インキュベータ内で培養を行った。培地交換は毎日行い、計18日間の培養を行った。
【0098】
培養後、骨芽細胞の成熟骨細胞への分化マーカーとして知られるアルカリホスファターゼ(ALP)活性を測定した。
【0099】
つまり、測定試料の調製のために、1日間、4日間、7日間、10日間、14日間、及び18日間培養した細胞を、0.05%TritonX−100水溶液でそれぞれ溶解した。
【0100】
次いで、凍結融解3回と超音波破砕を行い、細胞膜上に分布するALPをそれぞれ遊離させた。更に、これらを遠心分離(1000×g、5分)し、その上清をそれぞれ測定試料とした。
【0101】
この測定試料から、市販の測定キットであるラボアッセイ
TMALP(和光純薬社、#291−58601)とPierce
TMBCA Protein Assay Kit(Thermo社、#23227)を用いて、ALP活性と総タンパク質量を測定し、ALP活性値(units/μL)/総タンパク質量(μg/μL)の比をそれぞれ算出した。これらの結果は
図1に示す通りであった。なお、
図1における結果は、一般的な培養法である参考例1の培養1日後のALP活性を1とした場合の相対値で示した。
【0102】
この
図1から分かるように、一般的な培養法である参考例1では培養期間中、殆どALP活性に変動はなかった。一方で、比較例3の擬似体液で処理前のシリカ系繊維シートを使用した場合、培養期間に応じてALP活性が向上した。これは、シリカ系繊維シートの三次元性により立体的な細胞同士の接触が生じ、生体内環境が模倣されたためであると考えられた。
【0103】
更に、実施例1のシリカ系繊維シートを使用した場合、比較例3の擬似体液で処理前のシリカ系繊維シートを使用した場合よりも高いALP活性を示した。これは、三次元的な培養環境に加えて、骨成分(ヒドロキシアパタイト成分)を有することによって、生体内の骨環境により近い培養環境が再現されたためであると考えられた。