特許第6780172号(P6780172)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6780172水系洗浄剤ならびに該水系洗浄剤を用いる洗浄方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6780172
(24)【登録日】2020年10月19日
(45)【発行日】2020年11月4日
(54)【発明の名称】水系洗浄剤ならびに該水系洗浄剤を用いる洗浄方法
(51)【国際特許分類】
   C11D 17/08 20060101AFI20201026BHJP
   C11D 7/26 20060101ALI20201026BHJP
   C11D 7/32 20060101ALI20201026BHJP
   C23G 1/14 20060101ALI20201026BHJP
   C23G 1/24 20060101ALI20201026BHJP
   B08B 3/08 20060101ALI20201026BHJP
【FI】
   C11D17/08
   C11D7/26
   C11D7/32
   C23G1/14
   C23G1/24
   B08B3/08 Z
   B08B3/08 A
【請求項の数】15
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2020-20680(P2020-20680)
(22)【出願日】2020年2月10日
【審査請求日】2020年5月21日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】520049569
【氏名又は名称】光貴スペーステクノロジーズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【弁理士】
【氏名又は名称】安部 誠
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 和広
(72)【発明者】
【氏名】河内 秀文
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 司
(72)【発明者】
【氏名】長坂 洋
(72)【発明者】
【氏名】児玉 潤
(72)【発明者】
【氏名】吉田 豊
(72)【発明者】
【氏名】増田 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】明賀 宗嗣
(72)【発明者】
【氏名】深谷 真之
【審査官】 山本 悦司
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−241684(JP,A)
【文献】 特開2006−008932(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第106118926(CN,A)
【文献】 特開平09−003494(JP,A)
【文献】 特表2003−519248(JP,A)
【文献】 特開2017−206582(JP,A)
【文献】 国際公開第2017/104738(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C11D 1/00−19/00
B08B 3/00−3/14
C23G 1/00−5/06
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属部材の洗浄に用いられる水系洗浄剤であって、
(a)ジエチレングリコールモノアルキルエーテルと、
(b)三級アミンと、
(c)乳酸エステルと、
(d)ヒドロキシカルボン酸と、
(e)水と
を含有し、かつ、前記水系洗浄剤全体の重量を100wt%としたときの前記(a)〜(e)の成分以外の界面活性剤の含有量が0.001wt%以下であることを特徴とする、水系洗浄剤。
【請求項2】
前記(a)ジエチレングリコールモノアルキルエーテルとして、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノプロピルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテルからなる群から選択される少なくとも一種を含む、請求項1に記載の水系洗浄剤。
【請求項3】
前記(b)三級アミンとして、トリメタノールアミン、トリエタノールアミン、トリプロパノールアミン、トリブタノールアミン、トリペンタノールアミン、およびトリヘキサノールアミンからなる群から選択される少なくとも一種を含む、請求項1または2に記載の水系洗浄剤。
【請求項4】
前記(c)乳酸エステルとして、乳酸メチル、乳酸エチル、乳酸プロピル、乳酸ブチルからなる群から選択される少なくとも一種を含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の水系洗浄剤。
【請求項5】
前記(d)ヒドロキシカルボン酸として、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、およびこれらの塩からなる群から選択される少なくとも一種を含む、請求項1〜4のいずれか一項に記載の水系洗浄剤。
【請求項6】
前記(a)ジエチレングリコールモノアルキルエーテルの含有量は、水系洗浄剤全体を100wt%としたとき、2.5wt%〜10wt%である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の水系洗浄剤。
【請求項7】
前記(b)三級アミンの含有量は、水系洗浄剤全体を100wt%としたとき、2.5wt%〜10wt%である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の水系洗浄剤。
【請求項8】
前記(c)乳酸エステルの含有量は、水系洗浄剤全体を100wt%としたとき、2.5wt%〜10wt%である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の水系洗浄剤。
【請求項9】
前記(d)ヒドロキシカルボン酸の含有量は、水系洗浄剤全体を100wt%としたとき、0.5wt%〜7.5wt%である、請求項1〜8のいずれか一項に記載の水系洗浄剤。
【請求項10】
前記水系洗浄剤全体の重量を100wt%としたときの無機アルカリ剤の含有量が0.001wt%以下である、請求項1〜9のいずれか一項に記載の水系洗浄剤。
【請求項11】
前記水系洗浄剤全体の重量を100wt%としたときのキレート剤の含有量が0.001wt%以下である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の水系洗浄剤。
【請求項12】
金属部材の表面を洗浄対象とした金属部材の洗浄方法であって、
請求項1〜11のいずれか一項に記載の水系洗浄剤を含有する洗浄液を準備する洗浄液準備工程と、
前記洗浄液を洗浄対象に供給することによって洗浄対象を洗浄する洗浄工程と
を少なくとも含む、洗浄方法。
【請求項13】
前記洗浄工程の後に前記洗浄対象に水を供給するリンス工程をさらに含む、請求項12に記載の洗浄方法。
【請求項14】
前記リンス工程において、前記水に不活性ガスをマイクロバブルの状態で混入させる、請求項13に記載の洗浄方法。
【請求項15】
前記洗浄工程において、前記洗浄液に不活性ガスをマイクロバブルとして混入させる、請求項12〜14のいずれか一項に記載の洗浄方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水系洗浄剤に関する。詳しくは、金属部材の洗浄に用いられる水系洗浄剤ならびに該水系洗浄剤を用いた洗浄方法に関する。
【背景技術】
【0002】
精密機械部品や種々の電子部品等の金属部材の製造では、加工時に生じた種々の汚れ(例えば、材料片、ハンダ付け時のフラックス、油脂等)を除去する洗浄工程が設けられている。この洗浄工程では、洗浄対象を変質させることなく、汚れを適切に除去できるように種々の洗浄剤が選択される。
【0003】
従来では、不燃性で毒性が低く、優れた溶解性を示す等の観点から、上記洗浄剤として、1,1,2−トリクロロ−1,2,2−トリフルオロエタン(CCl:CFC113)がフロン系洗浄剤として広く使用されていた。しかしながら、CFC113は、オゾン層を破壊する性質があるため、1995年以降に日本国内での製造・使用が禁止されている。また、3,3−ジクロロ−1,1,1,2,2−ペンタフルオロプロパンと1,3−ジクロロ−1,1,2,2,3−ペンタフルオロプロパンとの混合物や1,1−ジクロロ−1−フルオロエタン等のハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)などの代替フロン系洗浄剤も2020年以降の製造・使用が禁止されている。また、洗浄剤の他の例として、塩素系溶剤、炭化水素系洗浄剤、水系洗浄剤等が挙げられる。これらの中でも水系洗浄剤は、使用・廃棄の面で安全かつ安価に運用できるという利点を有しているため、広い分野への使用が期待されている。しかし、水系洗浄剤は、他の洗浄剤よりも洗浄能力が低くなる傾向がある。
【0004】
このため、近年では、水系洗浄剤の洗浄能力を向上させる技術が種々提案されている。例えば、特許文献1には、プラスチックレンズの樹脂汚れに対して高い洗浄力を有する洗浄剤組成物(水系洗浄剤)が開示されている。この洗浄剤組成物は、(a)無機系アルカリ剤、(b)アニオン界面活性剤および/または非イオン界面活性剤、(c)カルシウム塩、(d)カルシウムイオン捕捉剤、(e)水溶性有機溶剤、(f)水を含有する。この特許文献1では、(e)水溶性有機溶剤として、ジエチレングリコール等の多価アルコール、トリエタノールアミンやN−メチルピロリドン等の含窒素化合物やアルキレンオキサイド化合物を使用することが開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、(a)ヒドロキシカルボン酸およびその塩、(b)配位数10個以下の有機ホスホン酸およびその塩、(c)配位数11個以上の有機ホスホン酸およびその塩を含有する洗浄剤組成物(水系洗浄剤)が開示されている。また、この特許文献2には、上述の洗浄剤組成物に、(e)水溶性高沸点溶剤(ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジプロピレンモノメチルエーテル、N−メチル−ピロリドン等)を添加し、微細部分や油性汚染への浸透力を向上させることが開示されている。
【0006】
また、特許文献3には、水と、グリコールエーテルと、極性有機溶媒(例えばNMP)と、第三級アミンと、界面活性剤などを含む除去組成物(水系洗浄剤)が開示されている。かかる組成の水系洗浄剤によると、マイクロ電子デバイス(例えば誘電体層)を損傷させることなく、ポリマーフィルムを除去できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−124696号公報
【特許文献2】特開2012−201741号公報
【特許文献3】特表2014−523538号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、上記特許文献1〜3のように、一般的な水系洗浄剤には、洗浄性能の向上のために界面活性剤が含まれている。しかし、この界面活性剤が洗浄後に残留すると、油脂汚れとなって種々の悪影響を及ぼす可能性がある。このため、本発明者らは、界面活性剤を含まない水系洗浄剤に関する研究開発を行っている。
【0009】
このような界面活性剤フリーの水系洗浄剤の一例として、特許文献3には、界面活性剤を含まない水系洗浄剤(すなわち、グリコールエーテルと、極性有機溶媒(例えばNMP)と、第三級アミンとを含む水系洗浄剤)も挙げられている。かかる組成の水系洗浄剤は、界面活性剤を使用していないにも関わらず、一定の洗浄性能を発揮することができる。しかし、近年の精密機械部品や電子部品等の分野では、洗浄剤に対して更に高いレベルの洗浄性能が求められている。また、NMPなどの極性有機溶媒は、人体に有害である。このため、作業者による手洗浄が必要な分野では、作業者の健康を損なわないように種々の配慮をする必要があるため、洗浄効率が低下する原因になり得る。また、極性有機溶媒は、洗浄後の廃液処理にも一定の基準が設けられている。
【0010】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、界面活性剤が含まれていないにも関わらず、高いレベルの洗浄性能を発揮できる水系洗浄剤を提供することを目的とする。本発明の他の目的は、かかる水系洗浄剤を用いた洗浄方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を実現するべく、本発明によって下記の水系洗浄剤が提供される。
【0012】
ここに開示される水系洗浄剤は、金属部材の洗浄に用いられる。かかる水系洗浄剤は、(a)ジエチレングリコールモノアルキルエーテルと、(b)三級アミンと、(c)乳酸エステルと、(d)ヒドロキシカルボン酸と、(e)水とを含有し、かつ、これら(a)〜(e)の成分以外に界面活性剤を実質的に含有しないことを特徴とする。
【0013】
本発明者らが種々の検討を行った結果、驚くべきことに、上記成分(a)〜(d)を含む水系洗浄剤は、界面活性剤が含まれていないにも関わらず、非常に高い洗浄性能を発揮することを発見した。また、上述の成分(a)〜(d)は、NMPなどの極性有機溶媒と比べると人体や環境への影響が小さい。このため、ここに開示される水系洗浄剤は、取扱いや廃棄が容易という利点も有している。
なお、本明細書における「界面活性剤を実質的に含有しない」とは、上記成分(a)〜(d)以外に少なくとも界面活性剤の意図的な添加が行われていないことを指す。したがって、界面活性剤と解釈され得る成分が原料や製造工程等に由来して不可避的かつ微量に含まれるような場合は、本明細書における「界面活性剤を実質的に含有しない」の概念に包含される。例えば、水系洗浄剤全体の重量を100wt%としたときの界面活性剤の含有量が0.001wt%以下(好ましくは0.0005wt%以下、より好ましくは0.0001wt%以下、特に好ましくは0.00005wt%以下)である場合、「界面活性剤を実質的に含有しない」ということができる。
【0014】
ここに開示される水系洗浄剤の好ましい一態様では、(a)ジエチレングリコールモノアルキルエーテルとして、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノプロピルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテルからなる群から選択される少なくとも一種を含む。ジエチレングリコールモノアルキルエーテルとして上述の成分を含む水系洗浄剤は、より良好な安定性を発揮するものであり得る。また、本発明者らの検討によると、(a)ジエチレングリコールモノアルキルエーテルのアルキル基の炭素数が増加するにつれて、洗浄性能も向上する傾向があることが確認されている。このため、上述の成分のなかでも、ジエチレングリコールモノブチルエーテルが特に好ましい。
【0015】
ここに開示される水系洗浄剤の好ましい一態様では、(b)三級アミンとして、トリメタノールアミン、トリエタノールアミン、トリプロパノールアミン、トリブタノールアミン、トリペンタノールアミン、およびトリヘキサノールアミンからなる群から選択される少なくとも一種を含む。上述の成分を含む水系洗浄剤は、より良好な洗浄性能を発揮するものであり得る。
【0016】
ここに開示される水系洗浄剤の好ましい一態様では、(c)乳酸エステルとして、乳酸メチル、乳酸エチル、乳酸プロピル、乳酸ブチルからなる群から選択される少なくとも一種を含む。上述の成分を含む水系洗浄剤は、より良好な洗浄性能を発揮するものであり得る。
【0017】
また、ここに開示される水系洗浄剤の好ましい一態様では、(d)ヒドロキシカルボン酸として、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、およびこれらの塩からなる群から選択される少なくとも一種を含む。上述の成分を含む水系洗浄剤は、特に良好な洗浄性能を発揮するものであり得る。
【0018】
ここに開示される水系洗浄剤の好ましい一態様では、(a)ジエチレングリコールモノアルキルエーテルの含有量は、水系洗浄剤全体を100wt%としたとき、2.5wt%〜10wt%である。これによって、水系洗浄剤の安定性と洗浄性能とを好適に両立させることができる。なお、本明細書における「含有量」は、特に説明がない場合には、水系洗浄剤全体の重量を100wt%としたときの重量割合(wt%)を指す。
【0019】
ここに開示される水系洗浄剤の好ましい一態様では、(b)三級アミンの含有量は、水系洗浄剤全体を100wt%としたとき、2.5wt%〜10wt%である。これによって、表面保護性と洗浄性能とを好適に両立させることができる。
【0020】
ここに開示される水系洗浄剤の好ましい一態様では、(c)乳酸エステルの含有量は、水系洗浄剤全体を100wt%としたとき、2.5wt%〜10wt%である。これによって、表面保護性と洗浄性能とを好適に両立させることができる。
【0021】
ここに開示される水系洗浄剤の好ましい一態様では、(d)ヒドロキシカルボン酸の含有量は、水系洗浄剤全体を100wt%としたとき、0.5wt%〜7.5wt%である
。これによって、表面保護性と洗浄性能とを好適に両立させることができる。
【0022】
また、ここに開示される水系洗浄剤は、無機アルカリ剤を実質的に含有しない。一般的な水系洗浄剤では、洗浄性能を向上させるために無機アルカリ剤を添加することがある。しかし、洗浄後の金属部材の表面に無機アルカリ剤が残留すると、洗浄対象を腐食させるおそれがある。これに対して、ここに開示される水系洗浄剤は、無機アルカリ剤を含有させることなく、高い洗浄性能を発揮できるため、洗浄後の表面状態をより好適に改善できる。
【0023】
また、ここに開示される水系洗浄剤は、キレート剤を実質的に含有しない。一般的な水系洗浄剤では、洗浄性能を向上させるためにキレート剤を添加することがある。しかし、キレート剤は、界面活性剤と同様に、洗浄後に残留すると油脂汚れに変質するおそれがある。これに対して、ここに開示される水系洗浄剤は、キレート剤を含有させることなく、高い洗浄性能を発揮できるため、洗浄後の表面状態をより好適に改善できる。
【0024】
また、ここに開示される技術の他の側面として、金属部材の表面を洗浄対象とする金属部材の洗浄方法が提供される。かかる洗浄方法は、上述した何れかの態様における水系洗浄剤を含有する洗浄液を準備する洗浄液準備工程と、洗浄液を洗浄対象に供給することによって洗浄対象を洗浄する洗浄工程とを少なくとも含む。
上述したように、ここに開示される水系洗浄剤は、界面活性剤を含有していないにもかかわらず、高い洗浄性能を発揮することができるため、かかる水系洗浄剤を含む洗浄液を用いることによって、洗浄後の金属部材の表面状態を好適に改善できる。
【0025】
ここに開示される洗浄方法の好ましい一態様では、洗浄工程の後に洗浄対象に水を供給するリンス工程をさらに含む。上述した洗浄方法では、洗浄工程において金属部材の表面から汚れを好適に剥離させることができる。そして、洗浄工程の後にリンス工程を実施することによって、金属部材から剥離した汚れをさらに好適に除去できる。
【0026】
ここに開示される洗浄方法の好ましい一態様では、リンス工程において、水に不活性ガスをマイクロバブルの状態で混入させる。これによって、洗浄効果をより好適に向上させることができる。
【0027】
ここに開示される洗浄方法の好ましい一態様では、洗浄工程において、不活性ガスをマイクロバブルとして洗浄液に混入させる。これによって、洗浄効果をより好適に向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の好適な一実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術知識とに基づいて実施することができる。なお、本明細書において数値範囲を「A〜B」と示す場合、「A以上B以下」を意味するものとする。
【0029】
1.水系洗浄剤
本実施形態に係る水系洗浄剤は、(a)ジエチレングリコールモノアルキルエーテル、(b)三級アミン、(c)乳酸エステル、(d)ヒドロキシカルボン酸、および(e)水を含有する。かかる水系洗浄剤によると、これらの(a)〜(e)の成分以外に界面活性剤を含有させることなく、高い洗浄能力を発揮することができるため、洗浄後の金属部材の表面状態を好適に改善できる。また、かかる水系洗浄剤は、取り扱いおよび廃棄が比較的に容易であるという利点も有している。以下、本実施形態に係る水系洗浄剤の成分について具体的に説明する。
【0030】
(a)ジエチレングリコールモノアルキルエーテル
ジエチレングリコールモノアルキルエーテルは、ジエチレングリコールのヒドロキシ基(−OH)の1つがアルキル基に置換された化合物である。ここに開示される洗浄剤において、ジエチレングリコールモノアルキルエーテルは、他の成分の析出や分離を防止する安定剤として機能し得る。また、ジエチレングリコールモノアルキルエーテルは、極性分子と無極性分子の両方に対して一定の溶解力を発揮する溶剤としても機能する。なお、ジエチレングリコールモノアルキルエーテルのアルキル基の炭素数は特に限定されない。すなわち、ジエチレングリコールモノアルキルエーテルとしては、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノプロピルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノペンチルエーテル、ジエチレングリコールモノヘキシルエーテル、ジエチレングリコールモノヘプチルエーテルなどが挙げられる。なお、本実施形態に係る水系洗浄剤は、これらを2種以上組みあわせて使用してもよい。これらを安定剤として添加することによって、良好な安定性を発揮する水系洗浄剤を得ることができる。また、本実施形態に係る水系洗浄剤は、ジエチレングリコールモノアルキルエーテルのアルキル基の炭素数が増加するにつれて洗浄性能が向上するという傾向を有することが本発明者らの実験によって確認されている。かかる観点から、ジエチレングリコールモノアルキルエーテルのアルキル基の炭素数は、3個以上が好ましく、4個以上が特に好ましい。
【0031】
本実施形態に係る水系洗浄剤におけるジエチレングリコールモノアルキルエーテルの含有量の下限は、1wt%以上とすることができる。なお、安定性向上等の観点から、ジエチレングリコールモノアルキルエーテルの含有量の下限は、2.5wt%以上が好ましく、5wt%以上がより好ましく、7.5wt%以上が特に好ましい。また、ジエチレングリコールモノアルキルエーテルの含有量の上限は、20wt%以下とすることができる。また、洗浄性能の向上に寄与する他の成分の含有量を確保するという観点から、ジエチレングリコールモノアルキルエーテルの含有量の上限は、17.5wt%以下が好ましく、15wt%以下がより好ましく、12.5wt%以下がさらに好ましく、10wt%以下が特に好ましい。例えば、水系洗浄剤全体を100wt%としたとき、ジエチレングリコールモノアルキルエーテルの含有量は、2.5wt%〜10wt%(特に好ましくは7.5wt%〜10wt%)の範囲内であることが好ましい。これによって、代替フロン系洗浄剤と同等以上という非常に高いレベルの洗浄性能を発揮できる。
【0032】
(b)三級アミン
三級アミンは、窒素原子にアルキル基またはヒドロキシアルキル基が3個結合した有機化合物である。すなわち、三級アミンは、下記の式(1)で示される化合物(式中のR、R、Rはアルキル基またはヒドロキシアルキル基)である。この三級アミンは、洗浄対象に付着した油脂に対して高い鹸化性を発揮し、当該油脂を溶解させる溶剤として機能し得る。
【0033】
【化1】
【0034】
三級アミンの好適例として、上記式(1)中のR、R、Rが、炭素数が同じヒドロキシアルキル基である三級アミンが挙げられる。かかる三級アミンとして、トリメタノールアミン、トリエタノールアミン、トリプロパノールアミン、トリブタノールアミン、トリペンタノールアミン、トリヘキサノールアミン等が挙げられる。また、また、三級アミンの他の例として、上記式(1)中のR、R、Rが、炭素数が同じアルキル基である三級アミンが挙げられる。かかる三級アミンとしては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリプロピルアミン、トリブチルアミン、トリペンチルアミン、トリヘキシルアミン等が挙げられる。なお、上記式(1)中のR、R、Rは、それぞれが独立して、炭素数が異なるアルキル基またはヒドロキシアルキル基を選択し得る。すなわち、本実施形態における三級アミンは、ジメチルメタノールアミン、ジメチルエタノールアミン、ジメチルプロパノールアミン、ジメチルブタノールアミン、ジメチルペンタノールアミン、ジエチルメタノールアミン、ジエチルエタノールアミン、ジエチルプロパノールアミン、ジエチルブタノールアミン、ジエチルペンタノールアミン、メチルジメタノールアミン、メチルジエタノールアミン、メチルジプロパノールアミン、メチルジブタノールアミン、メチルジペンタノールアミン、エチルジメタノールアミン、エチルジエタノールアミン、エチルジプロパノールアミン、エチルジブタノールアミン、エチルジペンタノールアミン等であってもよい。
【0035】
本実施形態に係る水系洗浄剤における三級アミンの含有量の下限は、1wt%以上とすることが適当である。なお、洗浄性能の向上等の観点から、三級アミンの含有量の下限は、2.5wt%以上が好ましく、5wt%以上がより好ましく、7.5wt%以上が特に好ましい。また、三級アミンの含有量の上限は、20wt%以下とすることができる。一方、洗浄対象の表面保護の観点から、三級アミンの含有量の上限は、17.5wt%以下が好ましく、15wt%以下がより好ましく、12.5wt%以下がさらに好ましく、10wt%以下が特に好ましい。例えば、水系洗浄剤全体を100wt%としたとき、三級アミンの含有量は、2.5wt%〜10wt%(特に好ましくは7.5wt%〜10wt%)の範囲内であることが好ましい。これによって、代替フロン系洗浄剤と同等以上という非常に高いレベルの洗浄性能を発揮できる。
【0036】
(c)乳酸エステル
乳酸エステル(ラクテート)は、乳酸とアルコールとをエステル結合させることによって得られる化合物である。本実施形態に係る水系洗浄剤において、乳酸エステルは、上記三級アミンと同様に、洗浄対象の表面に付着した汚れ(典型的には油脂)を溶解・分散する溶剤として機能する。特に、乳酸エステルは、合成樹脂や高粘度油脂に対して高い溶解性と分散性を発揮し得る。かかる乳酸エステルの好適例として、乳酸メチル、乳酸エチル、乳酸プロピル、乳酸ブチルなどが挙げられる。また、これらの乳酸エステルを2種以上組み合わせて使用してもよい。
【0037】
なお、乳酸エステルの含有量の下限は、1wt%以上が適当である。なお、洗浄性能の向上等の観点から、乳酸エステルの含有量の下限は、2.5wt%以上が好ましく、5wt%以上がより好ましく、7.5wt%以上が特に好ましい。また、乳酸エステルの含有量の上限は、20wt%以下とすることができる。一方、洗浄対象の表面保護の観点から、乳酸エステルの含有量の上限は、17.5wt%以下が好ましく、15wt%以下がより好ましく、12.5wt%以下がさらに好ましく、10wt%以下が特に好ましい。例えば、水系洗浄剤全体を100wt%としたとき、乳酸エステルの含有量は、2.5wt%〜10wt%(特に好ましくは7.5wt%〜10wt%)の範囲内であることが好ましい。これによって、代替フロン系洗浄剤と同等以上という非常に高いレベルの洗浄性能を発揮できる。
【0038】
(d)ヒドロキシカルボン酸
ヒドロキシカルボン酸としては、特に限定されず各種公知のものを使用できる。かかるヒドロキシカルボン酸の一例として、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸などが挙げられる。また、前記酸の塩をヒドロキシカルボン酸として使用することもできる。上述した酸の中でも、酒石酸は、特に好適な洗浄性能を発揮するため好ましい。また、上述のヒドロキシカルボン酸を2種以上組み合わせて使用してもよい。
【0039】
なお、ヒドロキシカルボン酸の含有量の下限は、0.1wt%以上とすることが適当である。また、洗浄性能の向上等の観点から、ヒドロキシカルボン酸の含有量の下限は、0.5wt%以上が好ましく、1wt%以上がより好ましく、3wt%以上がさらに好ましく、5wt%以上が特に好ましい。また、ヒドロキシカルボン酸の上限は、例えば20wt%以下とすることができる。一方、洗浄対象の保護の観点から、ヒドロキシカルボン酸の含有量の上限は、15wt%以下が好ましく、12.5wt%以下がより好ましく、10wt%以下がさらに好ましく、7.5wt%以下が特に好ましい。例えば、水系洗浄剤全体を100wt%としたとき、ヒドロキシカルボン酸の含有量は、0.5wt%〜7.5wt%(特に好ましくは5wt%〜7.5wt%)の範囲内であることが好ましい。これによって、代替フロン系洗浄剤と同等以上という非常に高いレベルの洗浄性能を発揮できる。
【0040】
(e)水
本実施形態に係る水系洗浄剤は、溶媒として水を使用する洗浄剤である。すなわち、上述した(a)〜(d)の成分を(e)水に溶解させることによって水系洗浄剤が調製される。かかる水系洗浄剤は、環境への負荷が小さく、かつ、管理や廃棄が容易であるという利点を有している。なお、水には、脱イオン水、純水、超純水、蒸留水などを特に制限なく使用できる。
【0041】
なお、本実施形態に係る水系洗浄剤は、洗浄対象の保護の観点から、中性〜弱アルカリ性であると好ましい。典型的には、水系洗浄剤のpHは、10以下であることが好ましく、9.5以下であることがより好ましく、9以下であることがさらに好ましい。一方、水系洗浄剤のpHは、6.5以上であることが好ましく、7以上であることがより好ましく、7.5以上であることがさらに好ましく、8以上であることが特に好ましい。
【0042】
(f)界面活性剤
上記(a)〜(d)の成分を(e)水に溶解させた水系洗浄剤は、これらの成分以外に界面活性剤を実質的に含有していないにも関わらず、高い洗浄性能を発揮できることが本発明者らによる実験で確認されている。このため、本実施形態に係る水系洗浄剤によると、金属部材の表面状態を好適に改善できる。具体的には、洗浄後の金属部材の表面に界面活性剤が残留すると、当該界面活性剤が鹸化する可能性がある。この鹸化した界面活性剤は、それ自体が油脂汚れとなるだけでなく、金属部材の表面に固形分(金属粒子等)が残留する原因にもなる。これに対して、本実施形態に係る水系洗浄剤は、界面活性剤の残留による悪影響を確実に防止した上で、洗浄対象に付着した汚れを好適に除去できるため、種々の汚れが好適に除去されており、かつ、界面活性剤が残留していない好適な表面状態を実現できる。加えて、本実施形態に係る水系洗浄剤は、NMPのような極性有機溶媒が添加されていないため、人体や環境への影響が比較的に小さく、手洗浄時の取扱いや使用後の廃棄処理が容易という利点も有している。なお、ここに開示される技術を限定するものではないが、界面活性剤や極性有機溶媒が添加されていない本実施形態に係る水系洗浄剤が高い洗浄性能を発揮できる理由は、極性分子と無極性分子の両方に対して一定の溶解力を発揮するジエチレングリコールモノアルキルエーテルと、油脂に対して高い鹸化性を発揮する三級アミンと、合成樹脂や高粘度油脂に対して高い溶解性と分散性を発揮する乳酸エステルとが相互的に作用したためと推測される。
【0043】
なお、本明細書における「界面活性剤」は、一般的な水系洗浄剤に添加され得る界面活性剤を指す。かかる界面活性剤の一例として、アニオン界面活性剤や非イオン界面活性剤等が挙げられる。アニオン界面活性剤としては、カルボン酸塩型アニオン界面活性剤、硫酸エステル塩型アニオン界面活性剤、スルホン酸塩型アニオン界面活性剤、リン酸塩型アニオン界面活性剤等が挙げられる。また、非イオン界面活性剤としては、ポリエチレングリコール型非イオン界面活性剤、多価アルコール型非イオン界面活性剤等が挙げられる。
【0044】
(g)他の成分
本実施形態に係る水系洗浄剤には、公知の添加剤(例えば、無機アルカリ剤、キレート剤、防腐剤、防錆剤、消泡剤、研磨剤等)が添加されていてもよい。
【0045】
但し、これらの添加剤は、本発明の効果が著しく妨げられない範囲内で添加されている方が好ましい。例えば、一般的な水系洗浄剤には、洗浄性能を向上させるために無機アルカリ剤が添加されることがある。しかし、この無機アルカリ剤が洗浄後の金属部材の表面に残留すると、金属部材を腐食させる可能性がある。これに対して、本実施形態によると、無機アルカリ剤を含有させなくても好適な洗浄性能を発揮できるため、洗浄後の表面状態の改善の観点から、無機アルカリ剤を実質的に含有しない方が好ましい。なお、無機アルカリ剤としては、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;ケイ酸リチウム、炭酸リチウム、ケイ酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、ケイ酸カリウム、炭酸カリウム等のアルカリ金属弱酸塩;等が挙げられる。
【0046】
また、界面活性剤と同様に、原料や製造工程等に由来して、無機アルカリ剤と解釈され得る物質が不可避的かつ微量に含まれる場合は、本明細書における「無機アルカリ剤を実質的に含有しない」の概念に包含される。具体的には、本明細書において「無機アルカリ剤を実質的に含有しない」とは、無機アルカリ剤の含有量が0.001wt%以下(好ましくは0.0005wt%以下、より好ましくは0.0001wt%以下、特に好ましくは0.00005wt%以下)である場合を指す。
【0047】
また、他の添加剤(キレート剤、防腐剤、防錆剤、消泡剤、研磨剤等)についても、無機アルカリ剤と同様である。すなわち、本発明の効果が著しく妨げられない範囲内であれば、これらの添加剤を含有させてもよい。但し、洗浄後の表面状態を考慮すると、実質的に含有しない方が好ましい場合がある。すなわち、ここに開示される水系洗浄剤は、上述した(a)〜(e)の成分のみからなる水系洗浄剤を包含し得る。例えば、残留成分に対して厳格な基準が設けられている洗浄対象では、上記(a)〜(e)以外の成分を実質的に含有しない水系洗浄剤を使用した方が好ましい場合がある。
【0048】
2.洗浄方法
次に、本実施形態に係る水系洗浄剤を用いた洗浄方法について説明する。かかる洗浄方法は、金属部材の表面を洗浄対象とし、洗浄液準備工程と、洗浄工程とを少なくとも含む。
【0049】
(1)洗浄対象
まず、本実施形態に係る洗浄方法の洗浄対象について説明する。上述したように、本実施形態に係る洗浄方法は、金属部材の表面を洗浄対象とする。本明細書における「金属部材」は、金属表面を有した工業製品一般を指す。すなわち、「金属部材」は、樹脂等の金属以外の材料からなる部品の表面に金属膜が形成された部品等を包含し得る。なお、金属部材に使用され得る金属としては、アルミニウム、鉄、ニッケル、クロム、チタン等が挙げられる。また、上述の金属を含む合金(アルミニウム合金、ステンレス、インコネル、マグネシウム合金等)であってもよい。
【0050】
また、洗浄対象の一例として、自動車や航空宇宙産業等に使用される精密機械部品や種々の電子部品等が挙げられる。例えば、ここに開示される技術は、航空宇宙産業(例えば、ロケットエンジン)の燃料供給配管の洗浄に特に好適に用いられる。かかる燃料供給配管は、10m前後の全長を有する大型の部材であるにも関わらず、顕微鏡レベルで汚れを除去することが求められる。さらに、燃料供給配管の内壁に界面活性剤が残留すると、燃料(液体酸素、液体水素等)と界面活性剤とが反応する危険性がある。加えて、大量生産される部品ではなく、配管内の形状や汚れ具合などに応じた適切な洗浄が求められるため、精密部品であるにも関わらず、作業者による手洗浄が行われることが多い。ここに開示される技術は、これらの背景を有する航空宇宙産業用の燃料供給ラインの部品や、特に高い清浄度が要求される精密部品の洗浄などに特に好適に適用できる。
【0051】
(2)洗浄液準備工程
本実施形態に係る洗浄方法では、まず、上述した水系洗浄剤を含む洗浄液を準備する。かかる洗浄液には、水系洗浄剤を所定の媒体(水やアルコール類など)で希釈したものを使用してもよいし、水系洗浄剤をそのまま使用してもよい。また、洗浄対象や汚れの種類によっては、本発明の効果が著しく妨げられない範囲内で、上述した水系洗浄剤と他の洗浄剤とを混合してもよい。なお、水系洗浄剤を希釈する場合には、洗浄対象や汚れの種類に応じて希釈倍率を適宜調節することが好ましい。かかる希釈倍率は、例えば、体積基準で2倍〜100倍程度であってもよく、5倍〜30倍程度であってもよい。
【0052】
(3)洗浄工程
本工程では、洗浄液を洗浄対象(金属部材の表面)に供給する。上記洗浄液を供給する手段は、特に限定されず、洗浄対象の形状や汚れの種類に応じた適切な手段を採用できる。例えば、電子部品等の微小な部品であれば、洗浄対象を洗浄液に浸漬させることによって洗浄を行うことができる。また、配管の内壁を洗浄する際には、内部空間に洗浄液を流通させるフラッシングや、高圧の水滴を内壁に衝突させる高圧洗浄などを実施できる。これによって、短時間で高い洗浄効果を得ることができる。
【0053】
なお、また、航空宇宙産業用の配管を洗浄する場合には、洗浄工程において、ブラシ洗浄と、クロス洗浄と、フラッシング洗浄を、この順序で実施すると好ましい。具体的には、ブラシ洗浄では、配管同士の溶接部などの凹凸が形成された領域を、洗浄液を付着させたブラシを用いて作業者が洗浄する。また、クロス洗浄では、球状に成形されたクロスに洗浄液を付着させ、配管の内部に当該球状のクロスを流通させる。そして、フラッシング洗浄では洗浄液を配管内部に流通させる。本実施形態に係る水系洗浄剤を含む洗浄液を使用し、これらの処理を実施することによって、航空宇宙産業用の配管の内壁を好適に洗浄することができる。また、本実施形態に係る水系洗浄剤の効果の一つとして、ブラシ洗浄における人体への影響が少ないことが挙げられる。
【0054】
(4)リンス工程
また、洗浄工程の後にリンス工程を実施すると好ましい。かかるリンス工程は、水(例えば、脱イオン水、純水、超純水、蒸留水等)を洗浄対象に供給する。これによって、洗浄工程において、洗浄対象から剥離した汚れを好適に除去できると共に、洗浄液の成分が洗浄対象に残留することを防止できる。なお、上記洗浄工程と同様に、リンス工程において水を供給する手段は特に限定されず、洗浄対象を水に浸漬させる手法、洗浄対象の表面に水を掛け流す手法、配管内部に水を流通させる手法、水滴を内壁に衝突させる手法等を洗浄対象等に応じて適宜採用できる。また、要求される表面状態や汚れの程度に応じてリンス工程を複数回実施してもよい。
【0055】
また、ここに開示される洗浄方法では、リンス工程を実施するために、洗浄対象にガスを吹き付けるエアパージを実施すると好ましい。これによって、リンス工程を実施する前に洗浄液をある程度除去できるため、リンス工程後の洗浄液の残留をより好適に防止できる。なお、エアパージに使用するガスは、空気などでもよいが、ガス中の異物が洗浄対象に付着することを防止するという観点から、窒素(N)ガスなどの不活性ガスが好ましい。
【0056】
なお、リンス工程で供給される水には、マイクロバブルやナノバブル等のファインバブルの状態で不活性ガスが混入されていると好ましい。このようなファインバブルを含む水を用いてリンス工程を実施すると、ファインバブルが消滅する際の振動及び衝撃によって、洗浄対象の汚れをより好適に除去できる。なお、かかるファインバブルの気泡径は、50μm以下であることが好ましく、10μm以下であることがより好ましく、1μm以下であることがさらに好ましく、500nm以下であることが特に好ましい。また、ファインバブルに使用される不活性ガスには、窒素ガス、アルゴンガス、炭酸ガス等が用いられる。また、上記不活性ガスは、大気であってもよい。なお、上記洗浄工程(典型的には、フラッシング処理)で供給される洗浄液に、ファインバブルを混入させた場合も洗浄効果の向上を図ることができる。本発明者らの実験によると、洗浄工程(フラッシング処理)における洗浄液と、リンス工程における水の両方にファインバブルを混入させることによって、フロンを用いた洗浄と同程度の非常に高い洗浄性能が発揮されることが確認されている。
【0057】
また、本実施形態に係る洗浄方法では、洗浄工程やリンス工程において、ファインバブル以外の物理的な洗浄手段を採用することもできる。例えば、洗浄液やリンス液に超音波を印加して超音波洗浄を実施することができる。この場合も洗浄効果を向上させることができる。また、洗浄後に要求される表面状態によっては、ブラシなどの洗浄器具を使用することもできる。さらに、汚れの種類に応じて洗浄液やリンス液を加温してもよい。具体的には、本実施形態に係る洗浄方法における洗浄液やリンス液の温度は、20℃〜70℃であることが好ましく、25℃〜60℃であることが好ましく、30℃〜50℃であることが好ましく、35℃〜45℃であることが好ましい。この場合も洗浄効果を向上させることができる。
【0058】
なお、上述したように、本実施形態に係る水系洗浄剤は、界面活性剤を実質的に含有していないため、リンス工程の回数を低減させ、洗浄効率の向上や洗浄コストの低減に貢献することもできる。特に、ロケットエンジンの燃料供給配管の洗浄において界面活性剤を含む水系洗浄剤を使用した場合には、残留した界面活性剤と燃料との反応を回避するために、リンス工程の回数を大幅に増加させる必要がある。この観点からも、本実施形態に係る洗浄方法は、ロケットエンジンの燃料供給配管の洗浄に特に好適に適用できる。
【0059】
以上、本発明の一実施形態に係る水系洗浄剤および当該水系洗浄剤を使用した洗浄方法について説明した。しかし、上述の説明は、例示にすぎず、請求の範囲を限定するものではない。請求の範囲に記載の技術には、上述した実施形態で示した水系洗浄剤を様々に変更したものが含まれる。
【0060】
[試験例]
次に、本発明に関する試験例を説明する。なお、以下の試験例は、本発明を限定することを意図したものではない。
【0061】
A.第1の試験
1.洗浄剤の準備
(1)サンプル1
サンプル1では、比較対象として代替フロン系洗浄剤を準備した。具体的には、ハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC濃度:100wt%)を洗浄剤として使用した。
【0062】
(2)サンプル2〜5
サンプル2〜5では、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)を含む水系洗浄剤を調製した。具体的には、5wt%のジエチレングリコールモノアルキルエーテルと、5wt%のトリエタノールアミン(TEA)と、5wt%のNMPと、3%の酒石酸とを水(脱イオン水)に溶解させた水系洗浄剤をサンプル2〜4とした。なお、本試験では、サンプル2〜5の各々でジエチレングリコールモノアルキルエーテルが異なっている。具体的には、サンプル2では、ジエチレングリコールモノメチルエーテル(DGMmE)を使用し、サンプル3では、ジエチレングリコールモノエチルエーテル(DGMeE)を使用した。そして、サンプル4では、ジエチレングリコールモノプロピルエーテル(DGMpE)を使用し、サンプル5では、ジエチレングリコールモノブチルエーテル(DGMbE)を使用した。
【0063】
(3)サンプル6〜9
サンプル6〜9では、乳酸エステルを含む水系洗浄剤を調製した。具体的には、5wt%のジエチレングリコールモノアルキルエーテルと、5wt%のトリエタノールアミン(TEA)と、5wt%の乳酸エチルと、3%の酒石酸とを水(脱イオン水)に溶解させた水系洗浄剤をサンプル6〜9とした。なお、上記サンプル2〜5と同様に、サンプル6〜9では、ジエチレングリコールモノアルキルエーテルが異なっている。具体的には、サンプル6ではDGMmEを使用し、サンプル7ではDGMeEを使用し、サンプル8ではDGMpEを使用し、サンプル9ではDGMbEを使用した。
【0064】
2.評価試験
(1)洗浄対象
上述した各サンプルを40℃に加温したものを洗浄液として使用し、アルミニウム製の配管の洗浄を行った。かかるアルミニウム製の配管は、直径が203mm、長さが2300mmの直管であり、洗浄対象である内壁の面積が0.7mである。そして、1gの防錆剤(Esgard,Inc.製、型番:ESGARD PL−2)を50gのメチルエチルケトンで希釈したものを「油脂汚れ」として配管の内周面に隙間なく塗布した。次に、洗浄対象である配管と同じ素材(アルミニウム)でできた部材を研磨して微粒子を作成し、当該微粒子を配管内に散布することによって配管の内壁に微粒子を付着させた。
【0065】
(2)洗浄手順
上記油脂と微粒子が付着した配管の内部に、各サンプルの洗浄液を流通させることによって洗浄工程を実施した。なお、洗浄液の流量は8.52L/min、洗浄時間は5分に設定した。そして、洗浄工程の後に、脱イオン水を流通させるリンス工程を実施した。なお、本工程における脱イオン水の流量は8.52L/min、洗浄時間は1分に設定した。
【0066】
(3)残留固形分評価
リンス工程後の配管の内部に0.7Lの脱イオン水を通過させ、当該脱イオン水を評価用試料として採集した。そして、評価用試料をフィルター(材質:セルロース混合エステル、孔径:0.8μm)で濾過することによって、リンス工程後の残留異物をフィルター上に捕集した。そして、フィルター表面を顕微鏡で観察し、フィルター上に存在する異物(粒子状および繊維状の固形物)の数と大きさを計測し、当該計測結果に基づいて各サンプルに対する残留固形分評価を行った。
【0067】
なお、残留固形分評価では、減点対象の固形分が確認されなかった場合を100点とし、下記の表1に示す対応表に基づいて残留固形分の個数・大きさに応じて100点から減点する評価を行った。例えば、サンプル1では、51μm〜100μmの粒子が19個確認され、101μm〜250μmの粒子が3個確認され、繊維状の固形物が確認されなかった。この場合、表1の対応表に基づいて採点すると、100−(19×0.1)−(3×1)=95.1となる。この採点結果の小数点以下を四捨五入し、サンプル1の残留固形分評価を95点とした。
【0068】
【表1】
【0069】
(4)残留油脂評価
上述の異物残留評価を行った後の配管内に、サンプル1と同じ組成の代替フロン系洗浄剤を流通させた後、当該代替フロン系洗浄剤を評価用試料として採集した。そして、評価用試料をフィルター(材質:セルロース混合エステル、孔径:0.8μm)で濾過して固形物を除去した後に、ロータリーエバポレーター(アズワン社製、型式:NA−1)を使用して濃縮した。そして、濃縮後の評価用試料を乾燥炉(80℃)内に1時間保持して乾燥させて得られた評価用固形分Xを採集した。一方、配管内に流通させていない代替フロン系洗浄剤に対して同じ手順で濃縮・乾燥処理を行って比較用固形分Yを採集した。そして、評価用固形分Xと比較用固形分Yとの質量差(W−W)を測定し、これをリンス工程後の配管内に残留した不揮発性の残留油脂の量とみなした。
【0070】
そして、本評価では、各サンプルの残留油脂量が0.2mg/0.1m未満の場合を「優」とし、0.2mg/0.1m以上0.6mg/0.1m未満である場合を「良」とした。また、残留油脂量が0.6mg/0.1m以上1.0mg/0.1m未満である場合を「可」とし、1.0mg/0.1m以上である場合を「不可」とした。
【0071】
3.評価結果
各サンプルの残留固形分評価と残留油脂評価の結果を下記の表2に示す。
【0072】
【表2】
【0073】
表2に示すように、残留固形分評価において、サンプル2〜9を比較すると、サンプル6〜9の方が残留固形分の大きさが小さく、かつ、その数が少なくなるという傾向が見られた。また、残留油脂評価では、サンプル6〜9における残留油脂評価が許容できる程度(「可」以上)であった。これらの結果から、油脂を溶解させる溶剤の一つとして乳酸エチルを使用することによって、NMPを使用した洗浄剤と比べて高い洗浄性能が発揮されることが分かった。また、サンプル6〜9を比較すると、ジエチレングリコールモノアルキルエーテルのアルキル基の炭素数が増加するにつれて洗浄性能が向上し、ジエチレングリコールモノブチルエーテル(DFMbE)を使用すると、フロンと同程度の油脂分解力が発揮されることが分かった。
【0074】
なお、具体的なサンプルを提示した説明を省略するが、本発明者らは、トリエタノールアミン(TEA)以外の三級アミン(例えば、トリメタノールアミン、トリプロパノールアミン等)を使用した実験も行っている。この試験の結果、サンプル6〜9におけるトリエタノールアミン(TEA)をトリメタノールアミンやトリプロパノールアミンに置換した水系洗浄剤でも、サンプル6〜9と同程度の洗浄性能が発揮されていた。
【0075】
B.第2の試験
1.サンプルの準備
本試験では、サンプル9と同様に、ジエチレングリコールモノブチルエーテル(DGMbE)と、トリエタノールアミン(TEA)と、乳酸エチルと、酒石酸とを水(脱イオン水)に溶解させた水系洗浄剤(サンプル10〜12)を調製した。なお、第2の試験で調製したサンプル10〜12は、表3に示すように各成分の添加量を異ならせている。
【0076】
2.評価試験
第2の試験においても、各サンプルを使用して配管の洗浄を行い、残留固形分評価と残留油脂評価を行った。各評価の手順は、第1の試験と同じである。評価結果を表3に示す。なお、表3では、比較検討のために、第1の試験で測定したサンプル9の残留固形分評価と残留油脂評価も記載する。
【0077】
【表3】
【0078】
表3に示すように、各成分の含有量を増加させるにつれて、微粒子と油脂の残留が減少する傾向が確認された。特に、サンプル11、12では、洗浄後の不揮発性残留物が0mg/0.1mとなり、残留油脂評価において代替フロン洗浄剤(サンプル1参照)を超える洗浄性能が確認された。また、残留固形分評価についても、代替フロン洗浄剤と同程度の洗浄性能が確認された。
【0079】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、請求の範囲を限定するものではない。請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【要約】
【課題】界面活性剤が含まれていないにも関わらず、高いレベルの洗浄性能を発揮できる水系洗浄剤を提供する。
【解決手段】ここで開示される水系洗浄剤は、金属部材の洗浄に用いられる。かかる水系洗浄剤は、(a)ジエチレングリコールモノアルキルエーテルと、(b)三級アミンと、(c)乳酸エステルと、(d)ヒドロキシカルボン酸と、(e)水とを含有することを特徴とする。かかる水系洗浄剤は、界面活性剤を実質的に含有していないにもかかわらず、高い洗浄性能を発揮できるため、界面活性剤の残留による悪影響を生じさせることなく、種々の汚れを好適に除去できる。また、ここに開示される水系洗浄剤は、人体への影響が比較的に少ない乳酸エステルを使用しているため、取扱いや廃棄が容易という利点も有している。
【選択図】なし