特許第6780213号(P6780213)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6780213
(24)【登録日】2020年10月19日
(45)【発行日】2020年11月4日
(54)【発明の名称】魚卵顕微注入法
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20201026BHJP
   C12N 15/87 20060101ALI20201026BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20201026BHJP
【FI】
   A01K67/027ZNA
   C12N15/87 Z
   C12N5/10
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-57619(P2016-57619)
(22)【出願日】2016年3月22日
(65)【公開番号】特開2017-169472(P2017-169472A)
(43)【公開日】2017年9月28日
【審査請求日】2019年2月21日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年9月22日 平成27年度公益社団法人日本水産学会秋季大会、講演要旨集、第82頁にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年9月24日 平成27年度日本水産学会秋季大会 東北大学川内北キャンパス 第10会場においてポスターにて発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、農林水産省、委託プロジェクト研究 ゲノム情報を利用したブリ類の短期育種技術の開発委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願。平成27年度、環境省、環境研究総合推進費、遺伝子編集技術を用いた不妊化魚による外来種の根絶を目的とした遺伝子制圧技術の基盤開発 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501168814
【氏名又は名称】国立研究開発法人水産研究・教育機構
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100117743
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 美由紀
(74)【代理人】
【識別番号】100163658
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 順造
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(72)【発明者】
【氏名】岡本 裕之
(72)【発明者】
【氏名】石川 卓
(72)【発明者】
【氏名】米加田 徹
(72)【発明者】
【氏名】嶋田 幸典
【審査官】 小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】 Aquaculture,1990年,Vol.85,p.35-50
【文献】 化学と生物,2015年,Vol.53, No.7,p.449-454
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00 −15/90
A01K 67/027
C12N 1/00 − 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
受精直後から胚盤形成前の発生段階のスズキ目に属する魚類受精卵の細胞質中に、核酸をランダムに注入することを含む、遺伝子導入された魚類胚又は当該胚由来の魚、或いは当該胚又は当該魚の子孫の製造方法であって、ここで魚類受精卵の発生段階が、20℃にて受精後0〜20分のブリ受精卵、又は20〜25℃にて受精後0〜20分のブルーギル受精卵の発生段階に相当する製造方法
【請求項2】
魚類受精卵の発生段階が、20℃にて受精後0〜10分のブリ受精卵、又は20〜25℃にて受精後0〜10分のブルーギル受精卵の発生段階に相当する、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
核酸がRNAである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
RNAが、siRNA、miRNA、shRNA、mRNA、アンチセンスRNA、RNAレプリコン、crRNA、tracrRNA及びsgRNAからなる群から選択されるいずれかである、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
核酸が、Cas9の発現ベクター又はmRNAと、ガイドRNA又はその発現ベクターとの組み合わせ、或いはTALENの発現ベクター又はmRNAを含む、請求項1又は2記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚の受精卵に核酸を顕微注入する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の顕微注入法では、遺伝子改変効率を上げるためにDNAやRNA等の核酸を魚受精卵の胚盤(最初の1細胞)あるいはその近傍を狙って一卵ずつ直接顕微注入するのが主流である。メダカ、トラフグ、サケマスなどのように、ふ化までに発生が十分進んだ状態でふ化する魚種や、ゼブラフィッシュやキンギョなどのように、自分自身で効率よく摂餌を行えるまで卵黄だけで十分成長できる魚種などでは稚魚までの生残率が高く、注入卵数に対して得られる稚魚の数は比較的多い。しかし、未熟な状態でふ化しかつ卵黄量もそれほど多くないブリ類などの魚種では、人工飼育下では稚魚までの生残率が低く、条件が良い場合でも、概ね歩留まりは50-60%程度といわれており、得られる稚魚の数は少ない。
【0003】
魚卵への核酸の顕微注入技術は、応用研究分野である水産学のみならず、発生生物学、分子生物学、環境科学、基礎医学等の基礎生物分野においても広く利用されている汎用技術である。これまでブリ類の様な未熟ふ化卵については、多くの海産魚の人工飼育下での生残率がサケマスやメダカ等の小型実験魚の様に高くないため、顕微注入の実施例は、我が国でもそれほど多くはなかった。しかし、近年のゲノム編集技術の発達により、魚卵への顕微注入は改めて脚光を浴び、トラフグ、マダイなどの海産魚で顕微注入の試験研究報告が多くなり始めている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ブリ類のような初期飼育での生残率が低い魚種においては、各種試験を行う際や顕微注入魚を成魚にまで成育させるためには、初期飼育が容易な魚種(例えば、メダカやゼブラフィッシュあるいはトラフグなど)より、より多くの顕微注入卵を確保することが必要かつ重要なポイントとなる。従来の一般的な顕微注入手法では、顕微注入前に卵を一つ一つピンセット等で回転させ、胚盤を上面に向けてから胚盤を狙って顕微注入を行う作業が必要で、大変煩雑であると同時に作業の効率性は非常に低かった。習熟した作業者でも、一時間に100個体(卵)程度の注入が限度といわれている。しかも作業者が習熟するまでには多くの経験、練習時間が必要で、またその習熟度や技術も個人個人で異なるため、安定な実験データを得るためには、多大な試験の繰り返しと時間が必要であった。そのため、従来の胚盤を狙う注入手法に代わり、より効率的かつ大量処理できる、しかも誰でも容易に取り組める新たな顕微注入技術の開発が潜在的に望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討の結果、胚盤形成前の受精卵(特に、受精直後から受精後20分以内、好ましくは受精直後から受精後10分以内の付活卵)の細胞質中に核酸を顕微注入すれば、効率的に、大量の受精卵へ核酸を顕微注入することができ、また高い核酸導入効率を達成できることを見出した。この時期の受精卵の細胞質中に、人工ヌクレアーゼのRNAをランダムに注入すると、胚体のゲノム(個体を形成する1組の全遺伝情報)に変異を高い割合で導入することができた。細胞質は、胚盤形成前の受精卵の大部分を占めるので、卵内の特定の場所を狙う必要なく(即ち、ランダムに)、一度に多数の受精卵に対して顕微注入を行うことができた。注入前に一つ一つ卵の向きを変える必要がなく、特定の部位(胚盤等)を狙う必要がないため、短い作業時間で、容易に、多数の受精卵へ核酸を顕微注入することができた。
【0006】
受精直後から胚盤が形成される前の期間の中でも、特に、初期の発生段階(例えば、ブリでは20℃でおよそ受精後0-20minの間、ブルーギルでは20-25℃で0-20minの間)において、導入効率が高かった。また、この発生段階に顕微注入した受精卵はその後のふ化率が、他の発生段階に比べて相対的に高く、卵へのストレスを比較的少なくできることが示唆された。
【0007】
発明者らは、上記知見に基づき更に検討を加え、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は下記の通りである:
【0008】
[1]受精直後から胚盤形成前の発生段階の魚類受精卵の細胞質中に、核酸を注入することを含む、遺伝子導入された魚類胚又は当該胚由来の魚、或いは当該胚又は当該魚の子孫の製造方法。
[2]魚類受精卵の発生段階が、20℃にて受精後0〜20分のブリ受精卵、又は20〜25℃にて受精後0〜20分のブルーギル受精卵の発生段階に相当する、[1]記載の製造方法。
[3]魚類受精卵の発生段階が、20℃にて受精後0〜10分のブリ受精卵、又は20〜25℃にて受精後0〜10分のブルーギル受精卵の発生段階に相当する、[1]又は[2]記載の製造方法。
[4]核酸がRNAである、[1]〜[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]RNAが、siRNA、miRNA、shRNA、mRNA、アンチセンスRNA、RNAレプリコン、crRNA、tracrRNA及びsgRNAからなる群から選択されるいずれかである、[1]〜[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]核酸が、Cas9の発現ベクター又はmRNAと、ガイドRNA又はその発現ベクターとの組み合わせ、或いはTALENの発現ベクター又はmRNAを含む、[4]記載の製造方法。
[7]魚類が、スズキ目に属する魚類である、[1]〜[6]のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、効率的に、大量の魚類の受精卵へ核酸を顕微注入することができ、また高い核酸導入効率を達成できる。一つ一つ注入前に卵の向きを変える必要がなく、特定の部位(胚盤等)を狙う必要がないため、短い作業時間で、容易に、多数の受精卵へ核酸を顕微注入することができる。特に、ブリ類の様な未熟な状態(体表や眼球への黒色素が見られず透明でかつ遊泳力もほとんどない仔魚の発達段階)でふ化する卵(受精後48-72時間程度でふ化する魚種に多い)については、ふ化後の生残率が低いため、顕微注入卵から発生した成魚を多数得ようとすると、極めて多数の顕微注入卵を用意する必要があったが、本発明においては、このような難生産性の魚種においても簡便かつ効率的に多数の顕微注入を確保することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】ブリ受精卵へ核酸を顕微注入する時期の検討結果を示す。左上グラフは、様々な時期の受精卵へGFP mRNAを顕微注入した場合の胚軸期生残率(%)を示す。右上グラフは、様々な時期の受精卵へGFP mRNAを顕微注入した場合の総胚体導入率(%)を示す。左下写真は、ブリ受精卵の卵割の様子を示す。右下写真は、受精後0〜10分のブリ受精卵へGFP mRNAをランダム法で顕微注入した場合のGFPの発現を示す。
図2】様々な時期のブリ受精卵へGFP mRNAを顕微注入した場合の胚体へのGFP導入成功率を示す。
図3】ゲノム編集によるブリslc24a5遺伝子への変異の導入結果を示す。
図4】様々な時期のブルーギル受精卵へGFP mRNAを顕微注入した場合の胚体へのGFP導入成功率(上表)、及びGFPを発現する胚体(下写真)を示す。
図5】ブルーギルfoxl2の推定ゲノム構造を示す。
図6】ブルーギルfoxl2の推定ゲノム構造、ORFヌクレオチド配列、及びそれにコードされる推定アミノ酸配列を示す。
図7】遺伝子編集によるブルーギルfoxl2遺伝子への変異の導入を確認した結果を示す。PAM配列の3〜4残基上流での切断により、上下流6〜13残基が欠損している。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、受精直後から胚盤形成前の発生段階の魚類受精卵の細胞質中に、核酸を注入することを含む、遺伝子導入された魚類胚又は当該胚由来の魚、或いは当該胚又は当該魚の子孫の製造方法を提供するものである。
【0012】
本発明において、「遺伝子導入」とは、注入された核酸に起因して、ゲノムDNAのヌクレオチド配列が改変される態様のみならず、注入された核酸がゲノムDNAに取り込まれずに、一過性に細胞内に存在する態様をも包含する。また、本発明において、「遺伝子導入」には、形質の改変を伴う態様と伴わない態様の双方が包含される。
【0013】
本発明の製造方法を適用することのできる魚類の種類は、特に限定されず、例えば、食用魚類としては、スズキ目(ブリ、マダイ、スズキ、ハタ、ティラピア、アジ、サバ、マグロ、ブルーギル等)、ニシン目(ニシン、イワシ等)、ボラ目(ボラ、ペへレイ等)、タラ目(マダラ等)ウナギ目(ウナギ、アナゴ等)、サケ目(アユ、ニジマス、大西洋サケ等)コイ目(コイ、ソウギョ、ドジョウ等)、ナマズ目(ナマズ等)、カレイ目(ヒラメ、カレイ等)、フグ目(トラフグ、カワハギ等)、カジカ目(カサゴ、メバル等)、ダツ目(サンマ等)等が挙げられる。また、鑑賞用魚類としては、コイ、フナ、メダカ、キンギョ、ゼブラフィッシュ等が挙げられる。さらに、研究又は実験用魚類として、ゼブラフィッシュ、メダカ、キンギョ、ドジョウ、トゲウオ、ミドリフグ等が挙げられる。
【0014】
特に、スズキ目(ブリ、マダイ、スズキ、ハタ、ティラピア、アジ、サバ、マグロ、ブルーギル等)、ニシン目(ニシン、イワシ等)、ボラ目(ボラ、ペへレイ等)、タラ目(マダラ等)、カレイ目(ヒラメ、カレイ等)、カジカ目(カサゴ、メバル等)、ダツ目(サンマ等)等、好ましくはスズキ目(ブリ、マダイ、スズキ、ハタ、ティラピア、アジ、サバ、マグロ、ブルーギル等)の様に、未熟な状態でふ化し、ふ化後に高い死亡率を示す魚類においては、顕微注入卵から発生した成魚を多数得ようとすると、極めて多数の顕微注入卵を容易する必要があったが、本発明においては、このような難生産性の魚種においても簡便かつ効率的に多数の顕微注入を確保することが可能となり、有利である。
【0015】
本発明の製造方法は、受精直後から胚盤形成前の発生段階の魚類受精卵の細胞質中に、核酸を注入することを特徴とする。
【0016】
魚類の卵は、受精をすると、卵膜が卵から浮き上がり、さらに卵の動物極に卵全体から細胞質が集まってきて、1細胞からなる胚盤が形成される。本発明において「胚盤形成前」とは、この1細胞からなる胚盤が形成される前の発生段階を意味する。受精卵の発生段階が「胚盤形成前」であるか否かは、受精卵を顕微鏡下で観察し、1細胞からなる胚盤の形成の有無を観察することにより、確認することができる。ブルーギルでは、一般に、至適温度(20〜25℃)で、受精から40分程度で1細胞からなる胚盤が完成し、ブリでは、一般に、至適温度(20℃)で、受精から40分程度で1細胞からなる胚盤が完成するので、このような胚盤形成に要する時間を目安にしてもよい。
【0017】
核酸の導入効率を高くする観点から、受精直後から胚盤が形成される前の発生段階の中でも、できる限り初期の発生段階において、受精卵への核酸の注入を行うことが好ましい。顕微注入した受精卵のその後のふ化率が、顕微注入の時期が遅れるほど低下するため、できる限り初期の発生段階において、受精卵への核酸の注入を行うことにより、卵へのストレスを少なくし、顕微注入後のふ化率を上昇させることができる。そこで、明瞭な胚盤が形成される前の段階、例えば、至適温度(20℃)にて受精後0〜20分(好ましくは0〜10分)のブリ受精卵、又は至適温度(20〜25℃)にて受精後0〜20分(好ましくは0〜10分)のブルーギル受精卵の発生段階に相当する、発生段階の受精卵に核酸を注入する。
【0018】
一態様において、至適温度にて、受精から1細胞からなる胚盤の形成までに要する期間の1/2以下、好ましくは1/4以下の発生段階に相当する、発生段階の受精卵に核酸を注入する。
【0019】
本発明の製造方法においては、受精卵の細胞質に核酸を注入する。細胞質は、胚盤形成前の受精卵の大部分を占めるので、卵内の特定の場所を狙う必要なく(即ち、ランダムに)、簡便に、受精卵に核酸を注入することができる。
【0020】
本発明において、受精卵に注入する核酸の種類は、特に限定されず、核酸としては、特に制限はなく、DNA、RNA、DNAとRNAのキメラ核酸、DNA/RNAのハイブリッド等いかなるものであってもよい。また、核酸は1〜3本鎖のいずれも用いることができるが、好ましくは1本鎖又は2本鎖である。核酸は、プリンまたはピリミジン塩基のN−グリコシドであるその他のタイプのヌクレオチド、あるいは非ヌクレオチド骨格を有するその他のオリゴマー(例えば、市販のペプチド核酸(PNA)等)または特殊な結合を含有するその他のオリゴマー(但し、該オリゴマーはDNAやRNA中に見出されるような塩基のペアリングや塩基の付着を許容する配置をもつヌクレオチドを含有する)などであってもよい。さらには公知の修飾の付加されたもの、例えば当該分野で知られた標識のあるもの、キャップの付いたもの、メチル化されたもの、1個以上の天然のヌクレオチドを類縁物で置換したもの、分子内ヌクレオチド修飾のされたもの、例えば非荷電結合(例えば、メチルホスホネート、ホスホトリエステル、ホスホルアミデート、カルバメートなど)を持つもの、電荷を有する結合または硫黄含有結合(例えば、ホスホロチオエート、ホスホロジチオエートなど)を持つもの、例えば蛋白質(ヌクレアーゼ、ヌクレアーゼ・インヒビター、トキシン、抗体、シグナルペプチド、ポリ−L−リジンなど)や糖(例えば、モノサッカライドなど)などの側鎖基を有しているもの、インターカレント化合物(例えば、アクリジン、プソラレンなど)を持つもの、キレート化合物(例えば、金属、放射活性をもつ金属、ホウ素、酸化性の金属など)を含有するもの、アルキル化剤を含有するもの、修飾された結合を持つもの(例えば、αアノマー型の核酸など)であってもよい。
【0021】
DNAの種類は、使用の目的に応じて適宜選択することができ、特に限定されないが、例えばプラスミドDNA(例えば、コードされている特定のタンパク質や機能的RNAを注入対象の受精卵が由来する魚類の細胞内で発現する発現ベクター)、cDNA、アンチセンスDNA、染色体DNA、PAC、BAC等が挙げられ、好ましくはプラスミドDNA(例えば、コードされている特定のタンパク質や機能的RNAを注入対象の受精卵が由来する魚類の細胞内で発現する発現ベクター)、cDNA、アンチセンスDNAであり、より好ましくはプラスミドDNA(例えば、コードされている特定のタンパク質や機能的RNAを注入対象の受精卵が由来する魚類の細胞内で発現する発現ベクター)である。プラスミドDNA等の環状DNAは適宜制限酵素等により消化され、線形DNAとして用いることもできる。
【0022】
RNAの種類は、使用の目的に応じて適宜選択することができ、特に限定されないが、例えばsiRNA、miRNA、shRNA、アンチセンスRNA、メッセンジャーRNA(コードされている特定のタンパク質を注入対象の受精卵が由来する魚類の細胞内で発現するmRNA)、crRNA、tracrRNA、sgRNA(crRNAとtracrRNAの融合RNA)、一本鎖RNAゲノム、二本鎖RNAゲノム、RNAレプリコン、トランスファーRNA、リボゾーマルRNA等が挙げられ、好ましくはsiRNA、miRNA、shRNA、mRNA(コードされている特定のタンパク質を注入対象の受精卵が由来する魚類の細胞内で発現するmRNA)、アンチセンスRNA、RNAレプリコン、crRNA、tracrRNA、sgRNA(crRNAとtracrRNAの融合RNA)である。
【0023】
本発明においては、好ましくは、RNAが受精卵へ注入される。RNAの方が、タンパク質として発現されるまでの時間が短い、一般的に細胞毒性が低く、より高濃度で注入ができる、胚体内でモザイク状に発現されてしまう率がDNAよりも低い、等の理由による。
【0024】
一態様において、本発明の製造方法は、ゲノム編集による遺伝子改変魚類胚又は当該胚由来の遺伝子改変魚類、或いは当該胚又は当該魚類の子孫の製造方法である。ゲノム編集(Genome Editing)とは、CRISPR/CasシステムやTranscription Activator-Like Effector Nucleases(TALEN)等の技術により遺伝子特異的な破壊やレポーター遺伝子のノックイン等を行う遺伝子改変技術である。
【0025】
CRISPR/Cas9ゲノム編集システムでは、一般的には、Cas9(DNA切断酵素)の発現ベクター又はmRNAと、ポリメラーゼIIIプロモーター等の制御下でガイドRNAを発現する発現ベクター又はガイドRNA自体を、受精卵に注入する。ガイドRNAは、標的ゲノム配列に相補的なRNA (crRNA)とtracrRNAとの融合RNAであり得る。標的ゲノム配列の3'末端にプロトスペーサー近接モチーフ(PAM - 配列NGG)が存在すると、Cas9がDNA二本鎖を解離させ、ガイドRNAによってターゲット配列を認識して両方の鎖を切断し、切断部位が修復される過程で変異が導入される。
【0026】
Transcription activator-like effector nuclease(TALEN)は植物病原菌Xanthomonas spp.が生産するTAL effector のDNA結合ドメインとFokIヌクレアーゼのDNA切断ドメインを融合した人工ヌクレアーゼである。DNA結合ドメインは34アミノ酸の繰り返し配列からなり、1リピートが標的DNAの1塩基を認識する。繰り返し配列中の12,13番目のアミノ酸はrepeat variable di-residues(RVD)と呼ばれ,この配列によって標的塩基が決定される。二組のTALEN分子がゲノム上の特定の配列上に向き合うように設計することで,標的配列上でFokIドメインが二量体化しヌクレアーゼ活性を示す。切断されたDNA二重鎖は細胞内在の機構によって修復されるがその過程で変異が導入される。TALENによるゲノム編集を行う場合には、TALENの発現ベクター又はmRNAを受精卵に注入する。
【0027】
目的とする標的ゲノム配列に特異的なガイドRNAやTALENは、公知のソフトウェア等を使用して、当業者であれば、容易に設計することができる。
【0028】
受精卵への核酸の注入は、マイクロキャピラリーを用いて、核酸の水溶液を受精卵の細胞質中に注入することにより行う。注入量は受精卵の体積の10%以下にすることが好ましい。
【0029】
核酸を注入した受精卵は、胚発生可能な条件下で引き続き維持することにより、ふ化する。
【0030】
以下の実施例により本発明をより具体的に説明するが、実施例は本発明の単なる例示を示すものにすぎず、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【実施例】
【0031】
[試験例1]
<ブリ卵の顕微注入時期の検討>
様々な時期のブリ受精卵に対して、GFPを発現するmRNAを顕微注入し、胚体内でのGFPの発現(図1、右下写真)を観察することにより、GFP導入効率を比較した。注入時の受精卵の時期として、受精直後から10分以内(0〜10分(付活卵))、受精から10分経過後20分以内(10〜20分)、受精から20分経過後40分以内(20〜40分)、受精から40分経過後60分以内(40〜60分)の4群を設けた。ブリは、一般に、受精から40分程度で1細胞からなる胚盤が完成し、60分程度で2細胞へと卵割する(20℃条件)(図1、左下写真)。0〜10分、10〜20分、及び20〜40分のそれぞれの群においては、mRNAを卵の細胞質中にランダムに顕微注入し(ランダム法)、40〜60分の群においては、mRNAを胚盤内へ顕微注入した(従来法)。
その結果、胚軸期生残率(胚軸期に生残している胚体数/インジェクション数)は、ランダム法を用いた場合、0〜10分の群は、インジェクションなしの群とほぼ同等であったが、時間経過とともに低下した。従来法を用いた場合(40〜60分の群)、胚軸期生残率は、インジェクションなしの群とほぼ同等であった(図1、左上グラフ)。
一方、総胚体導入率(胚体全体に亘ってGFPを発現している胚体数/インジェクション数)は、0〜10分の群にランダム法を適用した場合が最も高かった(図1、右上グラフ)。
GFP導入成功率(GFP陽性胚体数/胚体形成卵数、又はGFP陽性胚体数/インジェクション数)は、いずれの群も同等であった(図2)。
【0032】
以上の結果から、ブリの付活卵(受精後0〜10分)において、卵のランダムな場所に顕微注入したときに、高い効率で胚体中でRNAを発現させることができることが明らかとなった。
【0033】
[試験例2]
<ブリslc24a5遺伝子のゲノム編集>
ブリslc24a5ゲノム配列に基づき、CRISPR/Cas9システムで遺伝子を切断・破壊するための特異的なガイドRNA(sgRNA)を設計した。slc24a5に対するsgRNAであるCRISPR6(配列番号1:GCUUCUUCACGGUGCAGGAG)を含むガイドRNA(サーモフィッシャー)を、Cas9のmRNA(サーモフィッシャー GeneArt(登録商標)CRISPR nuclease mRNA)と共に、ブリ付活卵(受精後0〜10分)の細胞質中へ顕微注入すると、slc24a5ゲノム中に変異が導入された子孫個体が多数得られた。独立した4回の試験を行い、個体内ゲノム編集効率は12.5〜50%だった。塩基配列の欠損数は、1〜21塩基だった(図3)。
【0034】
[試験例3]
<ブルーギル卵の顕微注入時期の検討1>
様々な時期のブルーギル受精卵に対して、GFPを発現するmRNAを顕微注入し、胚体内でのGFPの発現(図4下写真)を観察することにより、GFP導入効率を比較した。注入時の受精卵の時期として、受精直後から20分以内(0〜20分)、受精から20分経過後40分以内(21〜40分)、受精から40分経過後60分以内(41〜60分)の3群を設けた。ブルーギルは、一般に、受精から40分程度で1細胞からなる胚盤が完成する(20〜25℃条件)(図4下写真)。0〜20分、21〜40分のそれぞれの群においては、mRNAを卵の細胞質中へランダムに顕微注入し(ランダム法)、41〜60分の群においては、mRNAを胚盤内へ顕微注入した(従来法)。
その結果、68.8〜97.6%の効率で、RNAが導入された胚体(GFP陽性胚体)が得られた(図4)。
【0035】
[試験例4]
<ブルーギル卵の顕微注入時期の検討2>
様々な時期のブルーギル受精卵に対して、GFPを発現するmRNAを顕微注入し、胚体内でのGFPの発現を観察することにより、GFP導入効率を比較した。注入時の受精卵の時期として、受精直後の付活卵から胚盤形成前、胚盤形成後(1細胞期、2細胞期、4細胞期)の4群を設けた。受精直後の付活卵から胚盤形成前の群においては、mRNAを卵の細胞質中へランダムに顕微注入し(ランダム法)、胚盤形成後(1細胞期、2細胞期、4細胞期)の群においては、mRNAを胚盤内へ顕微注入した(従来法)。試験に使用するブルーギルの全ての卵を、同時に受精させ、同一作業者が、経時的に、各発生段階の受精卵への顕微注入を行った。
【0036】
受精直後の付活卵から胚盤形成前の群における顕微注入は、操作が容易なため、40個の受精卵へ注入した時点(1〜2分)で、顕微注入を一旦停止した。胚盤形成後(1細胞期、2細胞期、4細胞期)の群においては、胚盤への注入に時間を要するため、各発生段階の全ての期間において、顕微注入操作を継続した。
【0037】
その結果、GFP発現率を比較すると、従来法がランダム法よりも高かったが、ランダム法は胚盤や割球の位置等を確認したり調整したりすることが不要なことから、従来法と比較して作業効率が極めて高いため、最終的に作出したGFP導入個体数は、ランダム法が最も多かった。
【0038】
【表1】
【0039】
この結果から、ランダム法は、大量の受精卵に核酸を導入する方法として優れていることが示された。特に、ブルーギルやブリ等のスズキ目のように受精後2〜3日で(眼球黒化もはじまっておらず、遊泳力もほとんどない未熟な状態で)孵化し、孵化後に高い死亡率を示す魚種にとって、数百から数千の卵に核酸を顕微注入するのにランダム法は適していることが示唆された。
【0040】
[試験例5]
<ブルーギルのfoxl2fshr塩基配列決定、及びfoxl2への変異の導入>
ブルーギルの全ゲノム配列を決定し、雌成熟関連遺伝子 foxl2の塩基配列を探索した。foxl2の推定ゲノム構造を図5及び6に示す。また、foxl2の推定cDNA配列を配列番号2に、推定アミノ酸配列を配列番号3に、それぞれ示す。ブルーギルfoxl2のORFは、918塩基からなり(終始コドン含む)、イントロンを含まないと推定された。ブルーギルfoxl2ゲノムのヌクレオチド配列は、ヨーロピアンシーバスのfoxl2と高い相同性を有していた。
【0041】
獲得したブルーギルfoxl2ゲノム配列に基づき、CRISPR/Cas9システムでfoxl2遺伝子を切断・破壊するための特異的なガイドRNA(crRNA)であるfoxl2_g1(配列番号4)を設計した。foxl2_g1(配列番号4)を、Cas9(人工ヌクレアーゼ)のmRNA(addgene(pCS2+hSpCas9)のCas9 RNA又はサーモフィッシャー GeneArt(登録商標)CRISPR nuclease mRNA)とガイドRNAとなるtracrRNAと共に、ブルーギルの受精後0〜20分の付活卵の細胞質中にランダムに顕微注入すると、foxl2ゲノム中に変異が導入された子孫個体が多数得られた(図7)。HMA (heteroduplex mobility assay)法により、FOXL2タンパク質に変異が導入された個体が高い効率で作出されたことを確認した(表2)。条件によっては、70〜90%以上の高い効率で変異個体が作出可能であることが明らかとなった。
【0042】
【表2】
【0043】
[まとめ]
従来は受精卵の特定の場所を狙って注入していたmRNAを、受精直後から胚盤ができる前の段階(好ましくは、例えば、ブリにおいては20℃で受精後0-20min程度の間、ブルーギルでは20-25℃で受精後0-20min程度の間)の受精卵の細胞質中にランダムに注入しても、その後多くの胚体でmRNAにコードされた蛋白質が発現することが明らかとなった。さらに人工ヌクレアーゼ(Cas9等)を発現するmRNAをガイドRNAと共に、受精直後から胚盤ができる前の段階の受精卵の細胞質中にランダムに注入したときには、胚体のゲノム(個体を形成する1組の全遺伝情報)に変異を高い割合(80%程度)で導入することができた。また、この発生段階に顕微注入した卵はその後のふ化率が、他の発生段階に比べて相対的に高く、卵へのストレスを比較的少なくできることが示唆された。一方、胚盤が完全に形成される直前の段階(ブリは20℃でおよそ受精後30min以降、ブルーギルでも20-25℃で30min以降)では注入ストレスに対する抵抗力が下がり、ふ化時の生残率が低くなる傾向が観察され、生残率の観点からはこの発生段階は注入を避けた方が良い可能性が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明によれば、効率的に、大量の魚類の受精卵へ核酸を顕微注入することができ、また高い核酸導入効率を達成できる。一つ一つ注入前に卵の向きを変える必要がなく、特定の部位(胚盤等)を狙う必要がないため、短い作業時間で、容易に、多数の受精卵へ核酸を顕微注入することができる。特に、ブリ類の様な未熟な状態(体表や眼球への黒色素が見られず透明でかつ遊泳力もほとんどない仔魚の発達段階)でふ化する卵(受精後48-72時間程度でふ化する魚種に多い)については、ふ化後の生残率が低いため、顕微注入卵から発生した成魚を多数得ようとすると、極めて多数の顕微注入卵を容易する必要があったが、本発明においては、このような難生産性の魚種においても簡便かつ効率的に多数の顕微注入を確保することが可能となる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]