特許第6780558号(P6780558)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6780558
(24)【登録日】2020年10月19日
(45)【発行日】2020年11月4日
(54)【発明の名称】Cr含有合金の腐食抑制方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/18 20060101AFI20201026BHJP
   C23F 11/02 20060101ALI20201026BHJP
   G21D 1/00 20060101ALI20201026BHJP
【FI】
   C23C8/18
   C23F11/02
   G21D1/00 W
【請求項の数】10
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-56230(P2017-56230)
(22)【出願日】2017年3月22日
(65)【公開番号】特開2018-159101(P2018-159101A)
(43)【公開日】2018年10月11日
【審査請求日】2019年11月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】正木 康浩
(72)【発明者】
【氏名】竹田 貴代子
(72)【発明者】
【氏名】小薄 孝裕
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭50−079446(JP,A)
【文献】 特開2005−060823(JP,A)
【文献】 特公昭46−034290(JP,B1)
【文献】 特公昭47−044856(JP,B1)
【文献】 特開昭55−079829(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/191202(WO,A1)
【文献】 特開昭57−186199(JP,A)
【文献】 国際公開第2018/003887(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/18
C23F 11/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
500〜1000℃の温度範囲において、SOを分解する反応器の内面に用いられるCr含有合金の腐食を抑制する方法であって、
前記反応器の外部から、前記反応器内にSOを供給する、
Cr含有合金の腐食抑制方法。
【請求項2】
前記SOと前記SOとを、混合ガスとして同時に前記反応器内に供給する、
請求項1に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【請求項3】
前記反応器内に前記SOを供給する前に、前記SOをSO含有ガスとして供給し、前記SOを前記反応器の内面に接触させる、
請求項1に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【請求項4】
前記SO含有ガス中のSO濃度が、体積%で、0.5〜100%である、
請求項3に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【請求項5】
前記SOを、前記SOとの混合ガスとして供給する、
請求項3または請求項4に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【請求項6】
前記SOの供給の前または同時に、前記SO含有ガスの供給を停止する、
請求項3または請求項4に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【請求項7】
前記SO含有ガスの供給を開始してから、前記混合ガスの供給を開始するまでの時間が、1分以上である、
請求項5に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【請求項8】
前記SO含有ガスの供給を開始してから停止するまでの時間が、1分以上である、
請求項6に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【請求項9】
前記混合ガス中のSO濃度(体積%)に対するSO濃度(体積%)の比が、0.001〜0.2である、
請求項2、請求項5または請求項7に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【請求項10】
前記Cr含有合金が、表面にクロム酸化物皮膜を有する、
請求項1から請求項9までのいずれかに記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Cr含有合金の腐食抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
将来の水素社会の実現に向けて、化石燃料に依存しない、すなわち二酸化炭素の発生を伴わないクリーンなエネルギーを用いて水素を製造するプロセスの開発が必要になっている。エネルギー源には、太陽光もしくは風力等の再生可能エネルギーまたは原子力エネルギー等が挙げられる。その中でも原子力エネルギーはエネルギー量、エネルギー密度、その供給安定性に最も優れると考えられている。軽水炉では、一旦取りだした電気エネルギーを用い、電気分解などの方法で水素製造することになる。また、近年、炉心をヘリウムガスによって冷却し、熱交換して高温の熱を取り出す高温ガス炉が注目されている。
【0003】
高温ガス炉で発生した高温の熱は発電だけでなく、直接水素製造に用いることができる。水素製造の方法としては、硫酸とヨウ化水素との熱分解を組み込んだISプロセス、または、高温水電解(水蒸気電解)等が考えられている。ISプロセスは化学的な水素製造とも言われ、大量の水素製造に適している。原理的には下記のとおりであり、高温の硫酸およびヨウ化水素の分解が含まれ、これらの反応は白金等の触媒により進行する。
【0004】
SO → SO+HO(硫酸の熱分解:300度以上)
SO → SO+1/2O(SOの分解:≧850℃)
2HI → H+I(ヨウ化水素の分解:400℃)
SO+I+2HO → 2HI+HSO(ブンゼン反応:200℃)
O → H+1/2O(全体反応)
【0005】
本プロセスの主たる課題には、装置/プラントに用いる材料の耐食性の向上および触媒の性能向上が挙げられる。反応には高温の強酸を用いるので、装置機器、配管類の腐食または劣化が深刻となる。特に硫酸分解部は極めて強い腐食環境にさらされるので、通常の金属材料では腐食は避けられない。触媒を用いるプロセスについては触媒自身の活性および耐久性が不十分であり、触媒材の開発とともにガス相または液相の接触効率を高める化学工学的な取り組みが進められている。
【0006】
非特許文献1では、ISシステム用プラント材料の使用を目的に、高温での硫酸またはSO下におけるAlloy600、Alloy800等の耐食性合金の耐食性能が調査されている。
【0007】
また、特許文献1では表面にCr欠乏層を備え、その外側(表面側)にCr主体の酸化スケール層を設けた、耐コーキング性と耐浸炭性を有するステンレス鋼管が開示されている。さらに非特許文献1ではSiC等のセラミックまたはガラスライニング材の適用も検討されている。これらの材料では殆ど腐食は起こらず、耐食性は良好とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−48284号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】田中伸行ら:材料と環境、55(2006)第320−324頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
Alloy600またはAlloy800といった高合金材料では、硫酸を含む環境では装置材として使えるほどの耐食性は全く得られていない。一方、クロムを中心とする酸化皮膜を設けた合金材料は皮膜のバリア性に基づく耐食性が期待されるが、ISプロセスの様な高温の硫酸環境では母材自身の耐食性が十分でない。セラミックまたはガラスライニング材は高い耐食性を有するものの材料コストが高く、また接続が難しいため接続部で腐食が起こる可能性が高い。さらにセラミックは脆化し易く損傷を受ける可能性もあり、プラント用装置材料として使用することは難しいという問題がある。
【0011】
本発明は、SO、硫酸をはじめとする硫黄酸化物を含む高温蒸気にさらされるオーステナイト合金の腐食を抑制し、長期間の耐食性を維持させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のCr含有合金の腐食抑制方法を要旨とする。
【0013】
(1)500〜1000℃の温度範囲において、SOを分解する反応器の内面に用いられるCr含有合金の腐食を抑制する方法であって、
前記反応器の外部から、前記反応器内にSOを供給する、
Cr含有合金の腐食抑制方法。
【0014】
(2)前記SOと前記SOとを、混合ガスとして同時に前記反応器内に供給する、
上記(1)に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【0015】
(3)前記反応器内に前記SOを供給する前に、前記SOをSO含有ガスとして供給し、前記SOを前記反応器の内面に接触させる、
上記(1)に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【0016】
(4)前記SO含有ガス中のSO濃度が、体積%で、0.5〜100%である、
上記(3)に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【0017】
(5)前記SOを、前記SOとの混合ガスとして供給する、
上記(3)または(4)に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【0018】
(6)前記SOの供給の前または同時に、前記SO含有ガスの供給を停止する、
上記(3)または(4)に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【0019】
(7)前記SO含有ガスの供給を開始してから、前記混合ガスの供給を開始するまでの時間が、1分以上である、
上記(5)に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【0020】
(8)前記SO含有ガスの供給を開始してから停止するまでの時間が、1分以上である、
上記(6)に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【0021】
(9)前記混合ガス中のSO濃度(体積%)に対するSO濃度(体積%)の比が、0.001〜0.2である、
上記(2)、(5)または(7)に記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【0022】
(10)前記Cr含有合金が、表面にクロム酸化物皮膜を有する、
上記(1)から(9)までのいずれかに記載のCr含有合金の腐食抑制方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、SOもしくは硫酸等の硫黄酸化物またはハロゲン化水素等を含む高温過酷環境に曝されるCr含有合金の腐食を抑制することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1図1は、試験No.3および試験No.5の試験後のXPS分析の結果を示す図である。
図2図2は、試験No.3および試験No.5の試験後のEPMA分析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明者らは、ISプロセス等の高温の強酸を使う環境、具体的には800℃を超えるSO蒸気を含む環境で使用されるCr含有合金の腐食を抑制する方法について鋭意検討した結果、以下の知見を得た。
【0026】
腐食性ガスであるSOを含む環境中に、SOを供給すると、SOによる腐食が効果的に抑制される。SOが合金の表面に吸着することによって、SOによる合金の腐食が抑制されるためと推測される。
【0027】
ただし、SOの分解によってSOが生成し始める(SO→SO+1/2O)と、SOの腐食抑制効果が自発的に出てくる。そのため、SOの供給はその効果が得られにくい反応初期(反応上流側)に有効である。
【0028】
なお、SO分解は平衡反応(SO⇔SO+1/2O)である。平衡定数は温度によって決まるが、SO濃度を高めると平衡は左に寄り、分解効率は低下する。そのため、過剰なSOの供給は好ましくなく、SOの供給量および供給するタイミングを適切に管理することが望ましい。
【0029】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0030】
本発明に係るCr含有合金の腐食抑制方法は、500〜1000℃の温度範囲において、SOを分解する反応器の内面に用いられるCr含有合金の腐食を抑制する方法である。SOの反応系において、SOは系内の白金等触媒(以下、「触媒層」という)を用いてSOへと分解させる。そして、SOがSOの分解によって発生し始めると、腐食抑制効果が表れる。
【0031】
しかし、反応系が流通式の場合には触媒層の前の上流側、バッチ式の場合には反応初期においては、SOの生成が不十分であるため、SOによる腐食の進行が懸念される。そのため、本発明においては、上述のように、反応器の外部から、反応器内にSOを供給することによって、Cr含有合金の腐食を抑制する。また、SOの供給方法を適切に管理することで腐食抑制効果がより顕著になる。SOの供給方法について以下に詳述する。
【0032】
1.SOの供給方法
本発明の一実施形態に係る腐食抑制方法においては、SOとSOとを、混合ガスとして同時に反応器内に供給する。このような構成にすることによって、反応系が流通式の場合には触媒層の前の上流側、バッチ式の場合には反応初期であっても、SOによる腐食を抑制することが可能になる。
【0033】
なお、この際に、SOの供給量が少なすぎると腐食の抑制効果が不十分となるおそれがある。一方、上述のように、SO分解は平衡反応(SO⇔SO+1/2O)であるため、SOの供給量が過剰であると、SOの分解効率が低下するおそれがある。そのため、混合ガス中のSO濃度(体積%)に対するSO濃度(体積%)の比は、0.001〜0.2の範囲に調整することが好ましい。上記の比は、0.01以上であるのが好ましく、0.1以下であるのが好ましい。
【0034】
また、本発明の他の実施形態に係る腐食抑制方法においては、反応器内にSOを供給する前に、SOをSO含有ガスとして供給し、事前にSOを反応器の内面に接触させおく。SOの供給による腐食抑止効果は、合金表面にSOが吸着し、腐食性のSOの合金への攻撃を防ぐことによって得られる。そのため、事前にSOを合金の表面を接触させることで腐食抑止効果が得られる。
【0035】
事前に供給するSO含有ガス中のSO濃度については特に制限は設けないが、体積%で、0.5〜100%であることが好ましい。SO含有ガス中のSO濃度が0.5%未満では、腐食抑制効果が得られにくくなるためである。SO含有ガス中のSO濃度が100%未満の場合、すなわち、SO単独で供給しない場合には、不活性ガスと混ぜて供給することが好ましい。また、SO含有ガスの供給時においても、反応器内の温度範囲は500〜1000℃とすることが好ましく、その後のSO分解時の温度と同じにすることが好ましい。
【0036】
事前にSO含有ガスを供給する場合において、その後に反応器内へのSOの供給を開始する。この際、SOの供給の前または同時に、SO含有ガスの供給を停止してもよいし、SOをSOとの混合ガスとして供給してもよい。
【0037】
SOの供給の前または同時に、SO含有ガスの供給を停止していても、合金表面にSOが吸着した状態でしばらくの間は維持されるため、腐食抑制効果が得られる。なお、この形態においては、SO含有ガスの供給を開始してから停止するまでの時間を、1分以上とすることが好ましい。上記時間に上限は特に設けないが、経済性の観点から、6時間以下とするのが好ましく、3時間以下とするのがより好ましい。
【0038】
また、事前にSO含有ガスを供給した後に、SOをSOとの混合ガスとして供給する場合においては、上記の混合ガス中のSO濃度(体積%)に対するSO濃度(体積%)の比は、0.001〜0.2の範囲に調整することが好ましい。上記の比は、0.01以上であるのが好ましく、0.1以下であるのが好ましい。
【0039】
この形態においては、SO含有ガスの供給を開始してから、上記の混合ガスの供給を開始するまでの時間を、1分以上とすることが好ましい。上記時間に上限は特に設けないが、経済性の観点から、6時間以下とするのが好ましく、3時間以下とするのがより好ましい。
【0040】
なお、上記のSOとSOとの混合ガスの供給時におけるSOの濃度についても特に制限は設けないが、体積%で、1〜90%であることが好ましい。また、上記の混合ガス中には、ベースガスとなる窒素もしくはアルゴン等の不活性ガスまたは水蒸気などが含まれていてもよい。
【0041】
さらに、SOの供給源として、硫酸の熱分解(HSO→SO+HO)を利用する場合には、硫酸分解時にSOを混入させながら、SOとSOとの混合ガスとして、反応器内に供給してもよい。また、SO分解によって生成したSOを含むガスから一部を取り出し、供給側に戻してもよい。
【0042】
2.合金母材の化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0043】
本発明の腐食抑制方法については、効果を享受できるCr含有合金の組成範囲は広く、Ni基合金からステンレス鋼まで使用できる。特に、合金表面にクロム酸化物皮膜が形成されている場合には、当該皮膜がSOの吸着サイトとしての機能を発揮し、SOによる腐食を抑制する効果が向上する。その効果を得るためには、合金中のCr含有量は15.0%以上であることが好ましい。
【0044】
また、本発明の腐食抑制方法に使用されるCr含有合金の化学組成は、C:0.001〜0.6%、Si:0.01〜5.0%、Mn:0.1〜10.0%、P:0.08%以下、S:0.05%以下、Cr:15.0〜55.0%、Ni:8.0〜70.0%、N:0.001〜0.25%、Mo:0.1%を超えて20.0%以下、O:0.02%以下、Cu:0〜5.0%、Co:0〜5.0%、W:0〜10.0%、Ta:0〜6.0%、Nb:0〜5.0%、Ti:0〜1.0%、Al:0〜1.0%、Mg:0〜0.1%、Ca:0〜0.1%、残部:Feおよび不純物であることが好ましい。
【0045】
ここで「不純物」とは、合金を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0046】
C:0.001〜0.6%
Cは、Crと結合し結晶粒界にCr炭化物として析出し、合金の高温強度を高める効果を有する元素である。しかし過剰に含有させると、靭性が悪化する。また結晶粒界にCr欠乏層を形成し、耐粒界腐食性を損ねることがある。そのため、C含有量は0.001〜0.6%とする。C含有量は0.002%以上であるのが好ましい。また、C含有量は0.45%以下であるのが好ましく、0.3%以下であるのがより好ましい。
【0047】
Si:0.01〜5.0%
Siは、酸素との親和力が強いため、Crを主体とする皮膜を均一に形成させる作用を有する。しかし過剰に含有させると、溶接性が劣化し、組織も不安定になる。そのため、Si含有量は0.01〜5.0%とする。Si含有量は0.03%以上であるのが好ましい。また、Si含有量は3.0%以下であるのが好ましく、2.0%以下であるのがより好ましい。
【0048】
Mn:0.1〜10.0%
Mnは、脱酸および加工性改善の効果を有する元素である。また、Mnはオーステナイト生成元素であることから、高価なNiの一部を置換することも可能である。しかし過剰に含有させると、クロム酸化物皮膜を母材酸化によって形成する場合にその生成を阻害するだけでなく、母材の加工性および溶接性を劣化させるおそれがある。そのため、Mn含有量は0.1〜10.0%とする。Mn含有量は5.0%以下であるのが好ましく、2.0%以下であるのがより好ましい。
【0049】
P:0.08%以下
S:0.05%以下
PおよびSは、結晶粒界に偏析し、熱間加工性を劣化させる。そのため、極力低減することが好ましい。しかしながら、過剰な低減はコスト高を招くため、P含有量は0.08%以下、S含有量は0.05%以下であれば許容される。P含有量は0.05%以下であるのが好ましく、0.04%以下であるのがより好ましい。また、S含有量は0.03%以下であるのが好ましく、0.015%以下であるのがより好ましい。
【0050】
Cr:15.0〜55.0%
Crは、オーテナイト合金の耐食性を中心的に担う元素である。母材の酸化または腐食などによってCrを生じ、触媒性と耐食性とを発揮する。しかし過剰に含有させると、管製造性および使用中の高温での組織安定性を低下させる。そのため、Cr含有量は15.0〜55.0%とする。Cr含有量は20.0%以上であるのが好ましく、22.0%以上であるのがより好ましい。また、加工性とともに組織安定性の劣化を防止するためには、Cr含有量は35.0%以下であるのが好ましく、33.0%以下であるのがより好ましい。
【0051】
Ni:8.0〜70.0%
Niは、Cr含有量に応じて安定したオーステナイト組織を得るために必要な元素である。また、Cが鋼中に侵入した場合、侵入速度を低減する働きがある。しかし過剰に含有させると、コスト高につながるだけでなく製造性の悪化を招く。そのため、Ni含有量は8.0〜70.0%とする。Ni含有量は20.0%以上であるのが好ましい。また、Ni含有量は60.0%以下であるのが好ましく、50.0%以下であるのがより好ましい。
【0052】
N:0.001〜0.25%
Nは、高温強度改善に有効な元素である。しかし過剰に含有させると、加工性を大きく阻害する。そのため、N含有量は0.001〜0.25%とする。N含有量は0.002%以上であるのが好ましく、0.2%以下であるのが好ましい。
【0053】
Mo:0.1%を超えて20.0%以下
Moは、固溶強化元素として高温強度向上に有効な元素であり、硫酸または塩酸を含む超強酸環境における耐食性を向上させる元素である。特に硫黄とはMoS皮膜を作り耐食性を増進することも考えられる。しかし過剰に含有させると、シグマ相の析出を促進するため、溶接性および加工性の劣化を招く。そのため、Mo含有量は0.1%を超えて20.0%以下とする。Mo含有量は3.0%超であるのが好ましく、10.0%以下であるのが好ましい。
【0054】
O:0.02%以下
O(酸素)は、不純物として存在する元素である。O含有量が0.02%を超えると、鋼中に酸化物系介在物が多量存在し、加工性が低下するだけでなく、鋼管表面疵の原因になる。そのため、O含有量は0.02%以下とする。
【0055】
Cu:0〜5.0%
Cuは、オーステナイト相を安定にするとともに、高温強度向上に有効であり、またMoと同じく硫酸または塩酸を含む超強酸環境における耐食性を向上させる元素である。そのため、Cuを必要に応じて含有させてもよい。しかし過剰に含有させると、著しく熱間加工性を低下させる。したがって、Cu含有量は5.0%以下とする。上記の効果を得るためには、Cu含有量は0.01%以上とするのが好ましい。Cu含有量は0.5%以上であるのが好ましく、3.5%以下であるのが好ましい。この範囲では、耐食性を発揮し、かつ、加工性も担保される。Cu含有量は1.0%以上であるのがより好ましく、3.0%以下であるのがより好ましい。
【0056】
Co:0〜5.0%
Coは、オーステナイト相を安定にするため、Niの一部を置換することができる。そのため、Coを必要に応じて含有させてもよい。しかし過剰に含有させると、著しく熱間加工性を低下させる。したがって、Co含有量は5.0%以下とする。Co含有量は3.0%以下であるのが好ましい。上記の効果を得るためには、Co含有量は0.01%以上とするのが好ましい。
【0057】
W:0〜10.0%
Ta:0〜6.0%
WおよびTaは、いずれも固溶強化元素として高温強度向上に有効な元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし過剰に含有させると、加工性を劣化させるだけでなく組織安定性を阻害する。したがって、W含有量は10.0%以下とし、Ta含有量は、6.0%以下とする。W含有量は8.0%以下であるのが好ましい。また、Ta含有量は2.5%以下であるのが好ましく、2.0%以下であるのがより好ましい。上記の効果を得るためには、WおよびTaの少なくとも一方の含有量を0.01%以上とするのが好ましい。
【0058】
Nb:0〜5.0%
Ti:0〜1.0%
NbおよびTiは、極微量の添加であっても、高温強度、延性および靱性の改善に大きく寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし過剰に含有させると、加工性および溶接性を劣化させる。したがって、Nb含有量は5.0%以下とし、Ti含有量は1.0%以下とする。上記の効果を得るためには、NbおよびTiの少なくとも一方の含有量を0.01%以上とするのが好ましい。
【0059】
Al:0〜1.0%
Mg:0〜0.1%
Ca:0〜0.1%
Al、MgおよびCaは、いずれも熱間加工性を改善するのに有効な元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし過剰に含有させると、溶接性を劣化させる。したがって、Al含有量は1.0%以下とし、MgおよびCaの含有量は、いずれも0.1%以下とする。Al含有量は0.6%以下であるのが好ましく、MgおよびCaの含有量は、いずれも0.06%以下であるのが好ましい。上記の効果を得るためには、Al:0.01%以上、Mg:0.0005%以上およびCa:0.0005%以上から選択される1種以上を含有させるのが好ましい。また、MgおよびCaの含有量は0.001%以上であるのがより好ましい。
【0060】
3.クロム酸化物皮膜
上述のように、合金表面にクロム酸化物皮膜が形成されている場合には、当該皮膜がSOの吸着サイトとしての機能を発揮し、SOによる腐食を抑制する効果が向上する。合金中に所定量以上のCrを含有する場合においては、SOの腐食環境中で、Cr含有合金の表面にクロム酸化物皮膜が形成される。しかし、皮膜が形成される間も母材の腐食は進行する。さらに、皮膜中に硫黄が取りこまれると、皮膜のバリア性が低下するおそれがある。
【0061】
そのため、Cr含有合金の表面に、事前に水蒸気または酸素を用いる酸化処理などの方法によって、クロム酸化物を中心とする皮膜を形成しておくことが好ましい。なお、クロム酸化物皮膜とは、クロムを主体とする酸化物皮膜である。クロムは皮膜中に、クロミア(Cr)もしくは水酸化クロム(Cr(OH))等の単一酸化物、または、NiCrもしくはFeCr等の複合酸化物として含まれる。
【0062】
上記のクロム酸化物皮膜は、O、CおよびNを除く成分に占める割合として、原子%で、50.0%以上のCrを含有する。皮膜中に50.0%以上のCrが含まれることによって、緻密で遮蔽性が高い酸化物皮膜を得ることが可能となる。緻密性と触媒性との向上により耐食性をさらに向上させるためには、皮膜中のCr含有量は70.0%以上とするのが好ましく、90.0%以上とするのがより好ましい。
【0063】
また、クロム酸化物皮膜中または皮膜上に、Mo、Ni、Fe、CuおよびWから選択される1種以上、またはさらに、Ru、Pd、Re、Ir、Pt、Au等の貴金属元素から選択される1種以上が含有されていてもよい。これらの元素は金属単体であっても酸化物であってもよい。
【0064】
しかしながら、上述のように、耐食性を確保するためには、酸化物皮膜中に50%以上のCrが含有されている必要があるため、いずれの元素の含有量も50%未満とする。また、同様の理由により、上記の元素から選択される2種以上を複合的に含有させる場合には、その合計含有量を50%未満とする。
【0065】
上記の元素は、具体的には、Fe、FeO、Fe、Fe(OH)、Fe(OH)、CuO、CuO、CuOH、Cu(OH)、MoO、Mo(OH)、NiO、NiOH、WO、W(OH)等として皮膜中に含まれてもよい。また、これらの元素の複合酸化物として、例えば、NiCr、NiFe等が挙げられる。これらの元素の存在形態としては、Crを主成分とする皮膜中に分相して存在していてもよいし、Cr酸化物に部分的に取り込まれた酸化物として存在していてもよい。
【0066】
なお、皮膜の組成の測定は、皮膜を断面から透過型電子顕微鏡(TEM)により観察し、TEMに装着されたエネルギー分散型X線分光法(EDX)またはX線光電子分光法(XPS)等の物理分析によって行うか、または皮膜を剥がしてそれを化学分析することによって行うことができる。皮膜組成の測定は、複数カ所で行い、その平均値を採用することが望ましい。
【0067】
また、クロム酸化物皮膜の厚さは0.1〜50μmであることが好ましい。厚さが0.1μm未満ではバリア性の効果がほとんど見られない。一方、厚さが50μmを超えると、皮膜内の応力蓄積量が増え、亀裂および剥離が生じやすくなる。その結果、硫黄酸化物およびハロゲン化水素の侵入が容易になり、耐食性の低下を招く。クロム酸化物皮膜の厚さは0.5μm以上であるのがより好ましく、20μm以下であるのがより好ましく、10μm以下であるのがさらに好ましい。
【0068】
なお、皮膜の厚さは、走査型電子顕微鏡(SEM)または透過型電子顕微鏡(TEM)により直接測定してもよいし、X線光電子分光法(XPS)、オージェ電子分光法(AES)、グロー放電発光分光法(GDS)等の深さ方向分析により測定してもよい。この際、皮膜厚さの測定を複数カ所で行いその平均値を求める等して、皮膜全体の平均的な厚さを求めることに留意するのがよい。
【0069】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0070】
表1に示す化学組成を有する2種類の合金を高周波加熱真空炉で溶解し、通常の方法で熱間鍛造、熱間圧延および冷間圧延を行って、外径20mm、肉厚2mmの合金管を作製した。次いで1100〜1200℃の温度範囲内で固溶化処理を30分間施した。クロムを主成分とする酸化皮膜を事前に形成させる場合においては、上記固溶化熱処理の際、雰囲気中に水蒸気(1〜10体積%)を混入させ、母材を酸化させ皮膜を形成した。
【0071】
【表1】
【0072】
以上のようにして得られた合金について、下記の方法により耐食性とSO分解性とを評価した。
【0073】
<耐食性の評価>
耐食試験用の石英管に10mm×50mm×2mmに切断した試料を置き、アルゴンガスを流しながら850℃に加熱した。次いで濃硫酸を、マイクロポンプを用いて上流側から供給し、気化・分解させてSOを発生させ、純アルゴンまたはSOを含有したアルゴンガスを流しながら、9体積%のSOを含むガスとして流通させた。100時間経過後、試料の試験前後の重量の差により腐食減量を測定した。さらに母材の腐食状況をEPMA、皮膜の形態の変化をXPSにより追跡することで、皮膜の耐食性を総合的に評価した。
【0074】
<SO分解性の評価>
上記耐食性の評価に用いた流通系評価装置のガス出口に設置した酸素濃度計でSOの分解試験後の酸素(SO→SO+1/2O)を測定し、SO分解性を評価した。表2〜4に、各種条件での耐食試験の結果を示す。
【0075】
【表2】
【0076】
【表3】
【0077】
【表4】
【0078】
<試験結果>
表2を参照して、合金1を用いた場合、SOを外部から供給していない試験No.5に比べて、SOを供給した試験No.1〜4では、SOの供給量の増加に伴って腐食減量は低下し、腐食が抑制されることが分かる。ただし、SOの供給量の増加と共にSO分解率は低下しており、特にSO濃度(体積%)に対するSO濃度(体積%)の比が、0.2を超えると分解率は10%を下回っていた。
【0079】
また、表3を参照して、合金2を用いた場合、腐食度合いが合金1を用いた場合より顕著であったが、SOを外部から供給していない試験No.7に比べて、SOを供給した試験No.6では、腐食が抑制された。
【0080】
図1に試験No.3および試験No.5の試験後のXPS分析の結果を示す。SO供給の有無に関わらず、2500nm程度のクロムを中心とする皮膜の形成が確認された。しかし、皮膜の直下の母材のCr量に違いが見られた。SOを供給した試験No.3では、Cr量は母材濃度(23%)に近かったが、SOを供給していない試験No.5では、クロムの欠乏が見られた。すなわち、試験No.5では、試験No.3に比べて、SOによる酸化がより進行していることが分かった。
【0081】
また、図2に試験No.3および試験No.5の試験後のEPMA分析の結果を示す。図2に示すEPMAによる断面分析の結果から、SOを外部から供給していない試験No.5では、母材中の粒界に硫黄が検出され、硫化が起こっていることが確認された。
【0082】
これらの結果から、SOの分解時にSOを供給することで合金の酸化および腐食(硫化)がともに抑制されることが分かった。
【0083】
さらに表4には、母材に事前にクロム酸化物を中心とする皮膜を設けた合金を用いた試験の結果を示す。試験No.8および9では、SOの供給によって腐食抑制効果が認められた。また、皮膜を設けた合金では、母材のみ(皮膜処理なし)の場合に比べて、同量のSOを供給しても腐食減量はさらに少なく、SO分解率の低下も小さいことが分かる(表2の試験No.2および表4の試験No.9を参照)。
【0084】
試験No.10では、事前にSOガス(残部:0.5%Arガス)を850℃で60分間流した後(SO処理という)、次いでSOの供給を開始し耐食試験を実施した。SO処理を施さない試験No.8に比べ、腐食減量は低下したことより、SO処理は腐食抑制に有効であることが分かる。
【0085】
試験No.11および12では、SO処理を60分間施した後、SO処理を止め、次いでSOを供給し、耐食試験を開始した。SOの供給を止めても、母材の減少量は低下しており腐食抑制効果は認められた。さらにSO濃度を高めると母材減少量が低下するとともに、SOの分解率も十分高い値となり、腐食抑制とSO分解とが高い次元で両立できることが明かであった。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明によれば、SOもしくは硫酸等の硫黄酸化物またはハロゲン化水素等を含む高温過酷環境に曝されるCr含有合金の腐食を抑制することが可能になる。
図1
図2