特許第6781854号(P6781854)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6781854モノクローナル抗体の酵母による製造方法およびスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6781854
(24)【登録日】2020年10月20日
(45)【発行日】2020年11月4日
(54)【発明の名称】モノクローナル抗体の酵母による製造方法およびスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/19 20060101AFI20201026BHJP
   C12N 15/62 20060101ALI20201026BHJP
   C12N 15/13 20060101ALI20201026BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20201026BHJP
   C12N 15/81 20060101ALN20201026BHJP
   C12P 21/08 20060101ALN20201026BHJP
   C07K 7/00 20060101ALN20201026BHJP
   C07K 14/00 20060101ALN20201026BHJP
   C07K 16/00 20060101ALN20201026BHJP
【FI】
   C12N1/19ZNA
   C12N15/62 Z
   C12N15/13
   C07K19/00
   !C12N15/81 Z
   !C12P21/08
   !C07K7/00
   !C07K14/00
   !C07K16/00
【請求項の数】6
【全頁数】31
(21)【出願番号】特願2020-56890(P2020-56890)
(22)【出願日】2020年3月26日
(62)【分割の表示】特願2019-134936(P2019-134936)の分割
【原出願日】2019年7月22日
【審査請求日】2020年3月26日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年11月9日に日本分子生物学会主催の「第41回日本分子生物学会年会」の講演要旨のウェブサイトにて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年11月28日開催の日本分子生物学会主催の「第41回日本分子生物学会年会」において発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年3月1日に「Single cell biology meets diagnostics − 12th International workshop on approaches to single cell analysis」のPoster abstractsの第40頁に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年3月4日開催の「Single cell biology meets diagnostics − 12th International workshop on approaches to single cell analysis」において発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年4月23日にPLOS ONE、14(4):e02159933(https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0215993)にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年4月25日に京都大学ホームページの「http://www.kyoto−u.ac.jp/ja/research/research_results/2019/190424_1.html」および「http://www.kyoto−u.ac.jp/ja/research/research_results/2019/documents/190424_1/01.pdf」のアドレスのウェブサイトにて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年5月25日にAmerican Society for Microbiology(ASM)主催の「ASM Microbe 2019」のAbstractのウェブサイトにて「Peptide Barcoding for Establishment of New Types of Genotype−Phenotype Linkages」にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年6月22日開催のAmerican Society for Microbiology(ASM)主催の「ASM Microbe 2019」において「Peptide Barcoding for Establishment of New Types of Genotype−Phenotype Linkages」にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年5月25日にAmerican Society for Microbiology(ASM)主催の「ASM Microbe 2019」のAbstractのウェブサイトにて「High−throughput Evaluation of Antibody Mutants In Vitro Prepared」にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年6月23日開催のAmerican Society for Microbiology(ASM)主催の「ASM Microbe 2019」において「High−throughput Evaluation of Antibody Mutants In Vitro Prepared」にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年7月15日発行のAMB Expr.9:107(2019)のウェブサイト「https://doi.org/10.1186/s13568−019−0833−2」にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年5月25日にAmerican Society for Microbiology(ASM)主催の「ASM Microbe 2019」のAbstractのウェブサイトにて「Optimization of Preparation Processes of Nanobody in Yeast」にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年6月23日開催のAmerican Society for Microbiology(ASM)主催の「ASM Microbe 2019」において「Optimization of Preparation Processes of Nanobody in Yeast」にて発表
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】500317224
【氏名又は名称】植田 充美
(74)【代理人】
【識別番号】100182084
【弁理士】
【氏名又は名称】中道 佳博
(74)【代理人】
【識別番号】100207136
【弁理士】
【氏名又は名称】藤原 有希
(72)【発明者】
【氏名】植田 充美
【審査官】 鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−060804(JP,A)
【文献】 NATURE CHEMISTRY,2017年,Vol. 9,pp. 762-771
【文献】 Cell-penetrating Peptide Synthesis,インターネット, URL<https://www.lifetein.com/Cell_Penetrating_Peptides.html>,2012年12月30日,掲載日はインターネットアーカイブ <http://archive.org/web/web.php> に基づく, 検索日: 2020-06-11
【文献】 J. Mol. Model.,2011年,Vol. 17,pp. 2367-2374
【文献】 Appl. Microbiol. Biotechnol.,2007年,Vol. 77,pp. 13-22
【文献】 生物工学会誌,2011年,Vol. 89, No. 10,pp. 570-583
【文献】 EGLOFF P., et al.,Engineered Peptide Barcodes for In-Depth Analyses of Binding Protein Ensembles,bioRxiv,2018年 5月23日,インターネット, URL<https://www.biorxiv.org/content/biorxiv/early/2018/03/23/287813.full.pdf>, 検索日: 2019-12-24
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/19
C12P 21/08
C12N 15/00−15/90
C07K 1/00−19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分泌シグナルをコードする遺伝子、ナノボディをコードする遺伝子およびペプチドバーコードをコードする遺伝子を含むDNA断片または該DNA断片を含むベクターが導入された酵母を含む組成物であって、
該ペプチドバーコードが、5〜30個のアミノ酸からなるアミノ酸配列により表され、かつ該アミノ酸が独立してA、F、G、K、L、P、R、VおよびWからなる群から選択され
該ナノボディおよび該ペプチドバーコードを含むポリぺプチドを該酵母の細胞内で発現させて該細胞外に分泌させ、該ポリぺプチドから切り出された該ペプチドバーコードの同定を通じて、抗原と特異的に結合するモノクローナル抗体のナノボディを同定するために使用される、組成物
【請求項2】
前記酵母が、サッカロマイセス属、ピチア属、シゾサッカロマイセス属、ジゴサッカロマイセス属、カンジダ属、トルロプシス属、ヤロウイア属またはハンセヌラ属に属する酵母である、請求項1に記載の組成物
【請求項3】
前記分泌シグナルが、α因子分泌シグナル、グルコアミラーゼ分泌シグナルまたはPHO1分泌シグナルである、請求項1または2に記載の組成物
【請求項4】
前記DNA断片が、AOX1プロモーター、GAPプロモーター、FLD1プロモーター、PEX8プロモーターまたはYPT1プロモーターであるプロモーターをさらに含む、請求項1から3のいずれかに記載の組成物
【請求項5】
ナノボディおよびペプチドバーコードを含むポリペプチドを含む組成物であって、
該ペプチドバーコードが、5〜30個のアミノ酸からなるアミノ酸配列により表され、かつ該アミノ酸が独立してA、F、G、K、L、P、R、VおよびWからなる群から選択され
該ポリぺプチドから切り出された該ペプチドバーコードの同定を通じて、抗原と特異的に結合するモノクローナル抗体のナノボディを同定するために使用される、組成物
【請求項6】
5〜30個のアミノ酸からなるアミノ酸配列により表され、かつ該アミノ酸が独立してA、F、G、K、L、P、R、VおよびWからなる群から選択される、ペプチドバーコードを含む組成物であって、該ペプチドバーコードが該ナノボディと融合され、該ペプチドバーコードの同定を通じて該融合したナノボディを同定するために使用される、組成物
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モノクローナル抗体の酵母による製造方法およびスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗体は、重鎖(H鎖)と軽鎖(L鎖)とからなる150kDaの大きなタンパク質分子である。これまで、抗体は、例えば脊椎動物個体に抗原を投与して、時間をかけて作製されてきた。抗体の抗原決定部位は、ゲノム上に多様な部位の遺伝子としてコードされており、外部からの多様な異物の侵入に対抗してその多様性を組み合わせ、いわゆるポリクローナル抗体タンパク質分子を作り出している。さらに、特異性を向上させたモノクローナル抗体は、ミエローマ細胞(骨髄腫細胞)とのハイブリドーマ細胞(融合細胞)を試験管内で調製し、培養することによって製造されている。
【0003】
このように、ポリクローナル抗体については脊椎動物への投与、そしてモノクローナル抗体については試験管内での細胞培養によって製造されてきた。しかし、重鎖(H鎖)と軽鎖(L鎖)とからなるフルボディの抗体は大きなタンパク質分子であるため、ポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体のいずれの製造方法とも、費用および時間のかかる方法であった。
【0004】
他方、抗体の製造には、動物体内または培養細胞によって生産された抗体をスクリーニングするために、ディスプレイ技術(例えば、ファージディスプレイまたは酵母ディスプレイ)が用いられてきた。ディスプレイ技術では、抗体が細胞やファージの表層に固定化される。このように固定化された抗体は、構造の安定性が高まることが知られている。そのため、スクリーニングで取得された抗体を、実際の利用状況である遊離型抗体として用いる場合、構造の安定性が失われて使用できないことがある。また、1つの担体(例えば、ファージまたは酵母細胞)に対して複数の抗体が提示されるため、近接阻害効果が生じ、低い結合能力しか持たない抗体が得られることがある。
【0005】
抗体医薬品として、モノクローナル抗体が注目されている。モノクローナル抗体は、単一の抗原に対して結合し、特異性が高いため、癌細胞、自己免疫疾患、感染症等への応用が期待されている。例えば、モノクローナル抗体は標的となる抗原に特異的に結合し、その抗原を含む細胞(例えば、癌細胞、感染因子が感染した細胞)を免疫機構によって攻撃し、破壊することができる。したがって、より簡便にモノクローナル抗体を製造する方法が求められている。さらに、標的の抗原に対して特異的に結合するモノクローナル抗体をより容易に同定する方法もまた求められている。
【0006】
非特許文献1および2には、抗体を固定化せずに結合能力を調べる方法として、NestLinkという一度に数千のライブラリメンバーを特徴付けることができる結合物質の選択および同定方法を開発したことが記載されている。このNestLinkは、遺伝子でコードされたペプチドバーコード「フライコード」に基づくものであり、このフライコードを、質量分析の検出力を高めかつ配列解析の際のユニークな識別子として機能するように設計したことが記載されている。
【0007】
しかし、結合能力を有する抗体の同定をより容易とするには、質量分析によるペプチドの検出に関して、感度および特異性を高めた識別バイアスの少ない方法がなお求められる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Egloff P.ら、bioRxiv:287813(2018年12月21日)
【非特許文献2】Egloff P.ら、NATURE METHOD VOL 16 MAY 2019 421-428
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、より迅速かつ効率的に、モノクローナル抗体を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、モノクローナル抗体を製造する方法を提供し、この方法は、
分泌シグナルをコードする遺伝子、ナノボディをコードする遺伝子およびペプチドバーコードをコードする遺伝子を含むDNA断片または該DNA断片を含むベクターを、酵母の細胞に導入する工程、および
該細胞で発現されかつ該細胞の外に分泌された、該ナノボディおよび該ペプチドバーコードを含むポリペプチドを回収する工程
を含む。
【0011】
1つの実施形態では、上記酵母は、サッカロマイセス属、ピチア属、シゾサッカロマイセス属、ジゴサッカロマイセス属、カンジダ属、トルロプシス属、ヤロウイア属またはハンセヌラ属に属する酵母である。
【0012】
1つの実施形態では、上記分泌シグナルは、α因子分泌シグナル、グルコアミラーゼ分泌シグナルまたはPHO1分泌シグナルである。
【0013】
1つの実施形態では、上記DNA断片は、AOX1プロモーター、GAPプロモーター、FLD1プロモーター、PEX8プロモーターまたはYPT1プロモーターであるプロモーターをさらに含む。
【0014】
1つの実施形態では、上記DNA断片は、FLAGタグ、Hisタグ、カルモジュリンプロテイン(CBP)タグ、Strepタグ、StrepIIタグ、GSTタグ、Mycタグ、マルトース結合プロテイン(MBP)タグからなる群から選択される少なくとも1つのタグをコードする遺伝子をさらに含む。
【0015】
1つの実施形態では、上記ペプチドバーコードは、6〜16個のアミノ酸からなるアミノ酸配列により表され、かつ該アミノ酸が独立してA、F、G、K、L、P、R、VおよびWからなる群から選択される。
【0016】
1つの実施形態では、上記製造方法は、上記回収されたポリペプチドを抗原と合わせ、該抗原と特異的に結合するナノボディを含むポリペプチドを取得する工程、
該取得されたポリペプチドから前記ペプチドバーコードを切り出し、該切り出されたペプチドバーコードを質量分析にて同定する工程、および
該同定されたペプチドバーコードをコードする核酸の塩基配列に基づいて、該同定されたペプチドバーコードが切り出されたポリペプチドに含まれていたナノボディを同定する工程
をさらに含む。
【0017】
1つの実施形態では、上記DNA断片は、特異的プロテアーゼにより切断される部位をさらに含む。
【0018】
1つの実施形態では、上記ペプチドバーコードを同定する工程は、高速液体クロマトグラフ(LC)に接続したタンデム質量分析計(MS/MS)を用いたピークの検出により行われる。
【0019】
1つの実施形態では、上記高速液体クロマトグラフは、モノリスロング型カラムを備える。
【0020】
1つの実施形態では、上記製造方法は、上記DNA断片の塩基配列を決定する工程をさらに含む。
【0021】
1つの実施形態では、上記酵母の細胞に導入する工程は、少なくとも2個の前記DNA断片またはベクターを酵母細胞に導入する工程であり、各DNA断片中のペプチドバーコードをコードする遺伝子が、それぞれ異なるアミノ酸配列で表されるペプチドバーコードをコードする。
【0022】
1つの実施形態では、上記DNA断片は、2個以上のペプチドバーコードをコードする遺伝子を含み、該2個以上のペプチドバーコードの間に切断部位が配置されている。
【0023】
本発明はさらに、モノクローナル抗体を酵母で製造するためのベクターを提供し、このベクターは、分泌シグナルをコードする遺伝子、ナノボディをコードする遺伝子およびペプチドバーコードをコードする遺伝子を含むDNA断片を含有し、かつ該酵母の細胞に導入されて該ナノボディおよび該ペプチドバーコードを含むポリペプチドを該酵母の細胞の外に分泌させるように発現させる。
【0024】
1つの実施形態では、上記分泌シグナルは、α因子分泌シグナル、グルコアミラーゼ分泌シグナルまたはPHO1分泌シグナルである。
【0025】
1つの実施形態では、上記DNA断片は、AOX1プロモーター、GAPプロモーター、FLD1プロモーター、PEX8プロモーターまたはYPT1プロモーターであるプロモーターをさらに含む。
【0026】
1つの実施形態では、上記DNA断片は、FLAGタグ、Hisタグ、カルモジュリンプロテイン(CBP)タグ、Strepタグ、StrepIIタグ、GSTタグ、Mycタグ、マルトース結合プロテイン(MBP)タグからなる群から選択される少なくとも1つのタグをコードする遺伝子をさらに含む。
【0027】
1つの実施形態では、上記ペプチドバーコードは、6〜16個のアミノ酸からなるアミノ酸配列により表され、かつ該アミノ酸が独立してA、F、G、K、L、P、R、VおよびWからなる群から選択される。
【0028】
1つの実施形態では、上記DNA断片は、特異的プロテアーゼにより切断される部位をさらに含む。
【0029】
本発明はさらに、モノクローナル抗体をスクリーニングする方法を提供し、この方法は、
(i)遺伝子ライブラリから抗体ライブラリを発現する工程であって、
該遺伝子ライブラリが少なくとも2個の遺伝子メンバーを含み、各遺伝子メンバーが、ナノボディをコードする遺伝子および少なくとも1つのペプチドバーコードをコードする遺伝子を含むDNA断片を含み、
該遺伝子ライブラリの各遺伝子メンバーの該DNA断片が、該抗体ライブラリの各抗体メンバーのポリペプチドをコードし、
該抗体ライブラリの各抗体メンバーの該ポリペプチドが、ナノボディおよび少なくとも1個のペプチドバーコードを含み、該ナノボディおよび該少なくとも1個のペプチドバーコードが、該遺伝子ライブラリの各遺伝子メンバーに含まれるDNA断片によりコードされ、
該抗体メンバーの各ペプチドバーコードが、それぞれ異なるアミノ酸配列で表される、
工程;
(ii)該抗体ライブラリを抗原と合わせ、該抗体ライブラリから、該抗原に結合したナノボディを含む該抗体ライブラリの抗体メンバーを選択する工程;
(iii)選択した該抗体ライブラリの抗体メンバーに含まれるペプチドバーコードを切り出し、該切り出されたペプチドバーコードを質量分析にて同定する工程;および
(iv)該同定されたペプチドバーコードをコードする遺伝子の塩基配列を該遺伝子ライブラリの塩基配列に基づいて決定し、該同定されたペプチドバーコードが切り出された抗体メンバーのナノボディを同定する工程
を含み、
該発現工程は、上記ベクターを酵母の細胞に導入することにより行われる。
【0030】
1つの実施形態では、上記スクリーニング方法は、上記DNA断片の塩基配列を決定する工程をさらに含む。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、任意の抗原に対して特異的に結合するモノクローナル抗体を迅速に取得することができる。また、本発明では遊離型抗体を用いて結合能力を測定するため、実際の利用状況に応じた抗体の結合能力に基づいて、抗原に特異的に結合するモノクローナル抗体を取得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】本発明における酵母による分泌発現で製造したペプチドバーコード付加ナノボディの抗原−抗体相互作用に基づく結合の解析の一例を示す模式図である。
図2】実施例1において設計した4種のナノボディを示す模式図である。
図3】ピチア・パストリス形質転換体から生産された抗CD4−FLAG、抗CD4−FLAG−バーコード1、抗GFP−FLAGおよび抗GFP−FLAG−バーコード2のSDS−PAGEによる結果を示す電気泳動写真である。
図4】ピチア・パストリス形質転換体から生産された抗CD4−FLAG、抗CD4−FLAG−バーコード1、抗GFP−FLAGおよび抗GFP−FLAG−バーコード2の生産量を示すグラフである。
図5】ペプチドバーコードを付加したナノボディを用いたCD4の免疫蛍光染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図6】ペプチドバーコードの質量分析を用いてナノボディの結合能力を定量するためのスキームを示す模式図である。
図7】バーコード1(A)およびバーコード2(B)について種々の量のLC−MS/MSの分析結果を示すグラフである。
図8】250fmolの抗CD4−FLAG−バーコード1および250fmolの抗GFP−FLAG−バーコード2からそれぞれ切り出されたペプチドバーコードをLC−MS/MSで定量した結果を示すグラフである。
図9】500μLのナノボディ混合物(0.1μM 抗CD4−FLAG−バーコード1および0.1μM 抗GFP−FLAG−バーコード2を含む)をCD4固定磁気ビーズを用いた一斉結合アッセイに供した後、ビーズから切り出されたペプチドバーコードをLC−MS/MSで定量した結果を示すグラフである。
図10】LC−MS/MSにおいて100μm内径および75μm内径のそれぞれのモノリスカラムを用いた場合のピークキャパシティを示すグラフである。
図11】LC−MS/MSにおいて500mm長および1000mm長のそれぞれのモノリスカラムを用いた場合のピークキャパシティを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
(定義)
本明細書中の用語は、本質的には、生物学および免疫学で通常用いる用語において用いるが、以下の用語について説明する。
【0034】
用語「核酸」は、任意の長さのヌクレオチド、デオキシリボヌクレオチドまたはリボヌクレオチドのいずれかまたはその類似体の重合体形態を指す。この用語は、例えば、DNA、RNAおよびそれらの修飾された形態を包含する。核酸は、線形である場合も、環状である場合もある。用語「遺伝子」は、その塩基配列によってコードされる遺伝情報を含む核酸の領域をいう。遺伝子は、「ペプチド」、「ポリペプチド」または「タンパク質」をコードし、その配列情報に基づき「ペプチド」、「ポリペプチド」または「タンパク質」を発現し得る。
【0035】
用語「ペプチド」、「ポリペプチド」または「タンパク質」は、アミノ酸の重合体形態を指す。「ペプチド」、「ポリペプチド」または「タンパク質」は、例えば、核酸によりコードされるアミノ酸を構成分子として含み、化学的または生化学的に修飾または誘導体化されたアミノ酸もまた構成分子として含んでもよい。本明細書において、「ポリペプチド」または「タンパク質」は互換的に用いられる。
【0036】
本明細書中で用語「抗体」は、生物学および免疫学において通常用いられる意味において用い、「免疫グロブリン」とも呼ばれるポリペプチドまたはタンパク質である。抗体は、フルボディでは、2個の重鎖(H鎖)と2個の軽鎖(L鎖)とからなり、鎖間はジスルフィド結合で結合されている。本明細書中で「抗体」とは、抗原に対する特異的結合を保持する任意のアイソタイプの抗体または抗体の断片を含み、例えば、Fab、Fv、scFv、Fd、VH(「ナノボディ」)、キメラ抗体、ヒト化抗体、一本鎖抗体ならびに抗体の抗原結合部分および非抗体タンパク質を含む融合タンパク質も含まれる。抗体は、例えば、放射性同位元素、検出可能な生成物を生成する酵素、蛍光タンパク質、ペプチドバーコードなどを用いて検出可能に標識できる。
【0037】
「ナノボディ」とは、シングルドメイン抗体とも呼ばれ、単一のモノマー可変抗体ドメインからなり、軽鎖および従来のFab領域の重鎖のCHドメインを欠く、一種の抗体フラグメントである。ナノボディは、その分子量は12〜15kDaであり、通常のフルボディ抗体の分子量150kDaと比べて約10分の1である。ナノボディは、このように低分子であるにもかかわらず、フルボディの抗体と同様の特性を有する。例えば、ラクダ科動物が有する単一ドメイン抗体の可変領域であるVHドメインからなる抗体が挙げられる。ナノボディは、通常、約120アミノ酸残基のポリペプチドである。ナノボディは、基本的には、典型的な免疫グロブリンの可変領域の配列の構成と類似しており、FR1、FR2、FR3およびFR4という4個のフレームワーク領域を挟んで超可変領域である相補性決定領域(CDR)と呼ばれる3個のCDR1、CDR2およびCDR3が見られる。
【0038】
「遺伝子ライブラリ」とは、少なくとも2個の遺伝子を含む集団であり、集団を構成する各々の遺伝子を「遺伝子メンバー」ともいう。本発明においては、遺伝子ライブラリの集団において、遺伝子メンバーの遺伝子は各々、別個のベクター(例えばプラスミド)に組み込まれてそれぞれが独立して存在し得る。さらにこれらの遺伝子またはベクターの各々が個々の宿主細胞(例えば、酵母)に導入されて別々に存在するものであってもよい。「抗体ライブラリ」とは、少なくとも2個の抗体を含む集団であり、集団を構成する各々の抗体を「抗体メンバー」ともいう。本発明においては、抗体ライブラリの各抗体メンバーは、遺伝子ライブラリの各遺伝子メンバーの宿主細胞における発現によって得られる。抗体ライブラリの集団において、各抗体メンバーは、例えば、遺伝子ライブラリの遺伝子メンバーからの発現に用いた宿主細胞培養の上清中に遊離型抗体としてそれぞれ存在し得る。
【0039】
用語「塩基配列」とは、遺伝子における連続したヌクレオチド塩基の並びの順序であり、遺伝情報を担う。用語「アミノ酸配列」とは、ペプチドまたはタンパク質における連続したアミノ酸の並びの順序である。
【0040】
ペプチドまたはタンパク質を「コードする」遺伝子は、例えば、当該遺伝子が、例えば適当な調節または制御エレメントの制御下に置かれた場合に転写され(DNAの場合)、ペプチドまたはタンパク質に翻訳される(mRNAの場合)。
【0041】
「ペプチドバーコード」は、ペプチドバーコードが融合された分子(例えば抗体)を同定する、かつ/または1種もしくは複数の異なる分子から区別することができる配列を有するペプチドをいう。ペプチドバーコードは、当該ペプチドバーコードが融合された抗体の抗原への結合に影響を及ぼさないように抗体に融合されており、かつそのような影響を及ぼさない大きさでありかつアミノ酸配列を有することが好ましい。本明細書において、ペプチド(例えば、ペプチドバーコード)が分子(例えば、抗体またはタグ)と「融合する」とは、当該ペプチドのC末端またはN末端に当該分子が連結されてより大きな分子を形成することをいうが、当該ペプチドと当該分子との間に、別の分子または領域(例えば切断部位)が配置されていてもよく、かつ/または1または複数個(例えば、2〜10数個)のアミノ酸が存在していてもよい。「ペプチドバーコード」は遺伝子によりコードされており、コードする遺伝子の塩基配列は、遺伝子バーコードとして機能し得る。
【0042】
本明細書において、「特異的結合」は、結合のパートナー同士(例えば、抗原と抗体)は互いに結合するが、所与の条件(例えば、生理学的条件)下でその環境(例えば、生体サンプル、組織)中に存在し得る他の分子とは十分または実質的に結合しないような、結合パートナー間の相互作用に基づく結合をいう。
【0043】
(1.モノクローナル抗体の製造方法)
本発明は、モノクローナル抗体の製造方法を提供する。この製造方法は、分泌シグナルをコードする遺伝子、ナノボディをコードする遺伝子およびペプチドバーコードをコードする遺伝子を含むDNA断片または該DNA断片を含むベクターを、酵母の細胞に導入する工程(工程(A));および該細胞で発現されかつ該細胞の外に分泌された、該ナノボディおよび該ペプチドバーコードを含むポリペプチドを回収する工程(工程(B))を含む。
【0044】
(1−1.工程(A):酵母による分泌発現)
本発明では、酵母による分泌発現によってモノクローナル抗体を製造する。酵母は、エンドトキシンを含まず、発現により得られる抗体の精製プロセスを簡便にすることができる。酵母としては、例えば、サッカロマイセス属(Saccharomyces)、ピチア属(Pichia)、シゾサッカロマイセス属(Schizosaccharomyces)、ジゴサッカロマイセス属(Zygosaccharomyces)、カンジダ属(Candida)、トルロプシス属(Torulopsis)、ヤロウイア属(Yarrowia)またはハンセヌラ属(Hansenula)に属する酵母が挙げられる。例えば、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロマイセス・ポムベ(Schizosaccharomyces pombe)、ピチア・パストリス(Pichia pastoris)などが挙げられる。ピチア・パストリス(Pichia pastoris)が好ましい。
【0045】
分泌シグナルは、モノクローナル抗体を発現する宿主酵母が、当該モノクローナル酵母を細胞外に分泌させることができる限り、いかなる分泌シグナルも用いることができる。酵母による分泌発現が効率的である点で、例えば、α因子分泌シグナル(例えば、サッカロマイセス・セレビシエ由来のα因子プレプロ配列)、グルコアミラーゼ分泌シグナル(例えば、リゾプス・オリゼ(Rhizopus oryzae)由来のグルコアミラーゼの分泌シグナル)またはPHO1分泌シグナル(例えば、ピチア・パストリス由来のフォスファターゼ(PHO1)の分泌シグナル)である。
【0046】
本発明では、モノクローナル抗体は、ナノボディをコードする遺伝子を発現させることによって製造され得る。ナノボディは、抗体重鎖の単一の可変ドメイン(VHH)からなり、この可変ドメインが単一種の抗原と結合することができる。ナノボディをコードする遺伝子は、既知の塩基配列および未知の塩基配列のいずれであってもよい。ナノボディは、キメラとしたものを用いてもよい。
【0047】
塩基配列情報が既知である場合、当該配列情報に基づいて設計したプライマー対を用いた、入手可能なゲノムDNA、cDNAなどをテンプレートとするPCRによって、ナノボディをコードする遺伝子を取得することができる。その塩基配列を有するDNAを化学合成して人工遺伝子を作出してもよい。ナノボディをコードする遺伝子は、例えば、ラクダ科動物を含む脊椎動物の胸腺、骨髄、末梢血等の白血球から抽出したDNAから可変領域をPCRなどにより増幅させることによって得ることもできる。
【0048】
ナノボディをコードする遺伝子は、例えば、NNKコドンによる網羅的変異法によって種々の変異を導入してもよく、エラープローンPCRを併用することもできる。これらの方法によると、動物個体を用いることなく多様な抗体をコードする遺伝子を設計し得る。
【0049】
上記DNA断片は、プロモーターをさらに含むことができる。分泌シグナルの上流にプロモーターが配置され得る。酵母において遺伝子発現を導くことができる任意のプロモーターを用いることができる。上記DNA断片は、プロモーターをさらに含むことができる。プロモーターは、誘導性プロモーターおよび構成的発現プロモーターのいずれでもよい。誘導性プロモーターとしては、AOX1プロモーター(アルコールオキシダーゼ(AOX)をコードする遺伝子のプロモーター)、FLD1プロモーター(ホルムアルデヒド脱水素酵素(FLD)をコードする遺伝子のプロモーター)およびPEX8プロモーター(ペルオキシン(PEX)の1つをコードする遺伝子のプロモーター)が挙げられ、そして構成的発現プロモーターとしては、例えば、GAPプロモーター(グリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子のプロモーター)およびYPT1プロモーターが挙げられる(これらのプロモーターはいずれもピチア・パストリス由来であり得る)。酵母がピチア・パストリスの場合、メタノール誘導性プロモーター(例えば、AOX1プロモーター、FLD1プロモーターおよびPEX8プロモーター(上記))を用いることができ、構成的発現プロモーターでもよい。メタノール誘導性プロモーターは、メタノール資化性酵母で好ましく用いられる。
【0050】
上記DNA断片は、タンパク質タグをコードする遺伝子をさらに含んでもよい。タンパク質タグとしては、例えば、FLAGタグ、Hisタグ、CBP(カルモジュリンプロテイン)タグ、Strepタグ、StrepIIタグ、GSTタグ、MycタグおよびMBP(マルトース結合プロテイン)タグ、ならびにそれらの組合せが挙げられる。このようなタグの付加により、酵母の細胞外に分泌されるモノクローナル抗体の回収および精製をより容易にすることができ、さらに、より高精度のペプチドバーコードの質量分析(MS)が可能となる。
【0051】
ペプチドバーコードをコードする遺伝子の塩基配列は、以下に記載するペプチドバーコードのアミノ酸配列に基づいて作成され得る。ペプチドバーコードのアミノ酸配列は、例えば、5〜30個、好ましくは、6〜20個、より好ましくは、6〜16個、なお好ましくは、6個、7個、8個、9個または10個のアミノ酸からなる。ペプチドバーコードのアミノ酸配列がこのような長さの範囲内であることにより、イオン化効率が高くなり、質量分析によってより良好に検出および定量することができ、当該ペプチドバーコードの同定が容易となる。また、上記の長さの範囲内であれば、設計したペプチドバーコードのイオン化効率が高いことをあらかじめ検証することができ、質量分析(MS)による同定にバイアスが生じにくい。そのため、候補となるすべてのナノボディの結合能を漏れなく測定することができる。例えば、6個、7個、8個、9個または10個のアミノ酸からなるペプチドバーコードは、質量分析による高い検出感度に加え、かつバーコードが付加しているナノボディの抗原への結合能を実質的に低下させることなく、しかも多様なバーコードを作成することができ、あるいは、このようなペプチドバーコードは、ナノボディの結合能および質量分析の検出感度に実質的に影響を与えることなく、ペプチドバーコードにタンパク質タグをさらに付加することもできる。
【0052】
1つの実施形態では、ペプチドバーコードを構成するアミノ酸は、独立して、アラニン(A)、フェニルアラニン(F)、グリシン(G)、リジン(K)、ロイシン(L)、プロリン(P)、アルギニン(R)、バリン(V)およびトリプトファン(W)からなる群から選択される。これらのアミノ酸は、イオン化効率に関してイオン抑制のないアミノ酸である。例えば、リジン(K)、アルギニン(R)などのアミノ基を有する残基は正に帯電しやすく、それらはイオン化効率を高める。グリシン(G)およびプロリン(P)残基もまた、イオン化効率を高める。他方で、ヒスチジン(H)はイオン化効率を低下させ、システイン(C)およびメチオニン(M)は酸化されやすく、アスパラギン(N)、セリン(S)、およびトレオニン(T)は糖鎖付加され得るため、これらのアミノ酸は、ペプチドバーコードを構成するアミノ酸から除かれ得る。さらに、液体クロマトグラフ(LC)による溶出時間(リテンションタイム)を適度に分散させるために、疎水性のアミノ酸も含められる。1つの実施形態では、ペプチドバーコードは、A、F、G、K、L、P、R、VおよびWをランダムに配置したものが用いられる。このような種類のアミノ酸でペプチドバーコードを構成することにより、上記のアミノ酸個数(特に6個、7個、8個、9個または10個のアミノ酸)にて、イオン化効率の高いペプチドバーコードを作製することができる。このため、質量分析(MS)による同定にバイアスが生じにくく、候補となるすべてのナノボディの結合能を漏れなく測定することができる。また、ペプチドバーコードの同定に用いられる質量分析(MS)の事前の液体クロマトグラフ(LC)による分離のリテンションタイムを適度に分散させて質量分析による検出の特異度を向上させることもできる、多様なバーコードを作成することができる。
【0053】
例えば、上記の種類のアミノ酸によって6個のアミノ酸からなるペプチドバーコードを作製する場合、9=531441種類のユニークバーコードを設計することができる。
【0054】
DNA断片は、切断部位をコードする遺伝子を含むことができ、切断部位は、酵素または化学的手段で分解可能な部位である。以下に説明するようにペプチドバーコードの切り出しをより容易にするために、切断部位は、好ましくは、切断特異性を有するプロテアーゼによって切断が可能な部位である。切断特異性を有するプロテアーゼ(本明細書中で「特異的プロテアーゼ」ともいう)が認識するアミノ酸配列を有することが好ましい。特異的プロテアーゼとして、例えば、エンテロキナーゼが挙げられるがこれに限定されない。例えば、特異的プロテアーゼがエンテロキナーゼである場合、アミノ酸配列DDDDK(4個のアスパラギン酸−リジン)のリジンの後ろで(すなわち、上記5アミノ酸のペプチドに対してC末端側を)切断する。
【0055】
遺伝子の塩基配列は、宿主に応じて最適化したコドンを採用し得る。
【0056】
DNA断片は、ターミネーターをさらに含み得る。ターミネーターは、酵母において機能する限り任意のターミネーターを用いることができる。一例として、AOX1ターミネーターが挙げられる。
【0057】
各種構成要素(すなわち、各種遺伝子、プロモーターおよびターミネーター)を含むDNAの合成および結合は、当業者が通常用い得る技術で行われ得る。例えば、分泌シグナルペプチドをコードする遺伝子とナノボディをコードする遺伝子との結合は、部位特異的突然変異法を用いて行うことができる。この方法を用いることにより、より正確な分泌シグナルペプチドの切断およびナノボディの発現が可能である。
【0058】
上記のように構築されたDNA断片を酵母細胞に導入する。DNA断片は、ベクターに組み込まれて導入されてもよい。DNA断片の上記構成要素、例えば、プロモーターおよびターミネーター、ならびに/または分泌シグナルをコードする遺伝子は、市販の酵母発現用ベクターに予め備えられているものを用いてもよい。「導入」とは、DNA断片中の遺伝子を細胞の中に導入するだけでなく、発現させることも意味する。このような導入の方法としては、例えば、形質転換、形質導入、トランスフェクション、コトランスフェクション、エレクトロポレーションなどの方法がある。酵母細胞への導入の場合、具体的には、例えば、酢酸リチウムを用いる方法、プロトプラスト法などがある。DNA断片の導入は、宿主の遺伝子に挿入して、または宿主の遺伝子と相同組換えを起こして染色体に取り込まれてもよい。導入のために市販のキットもまた用いることができ、宿主細胞が酵母である場合には、例えば、Frozen EZ Yeast Transformation II Kit(Zymo Research社製)が用いられる。
【0059】
(1−2.工程(B):分泌発現されたポリペプチドの回収)
上記の導入によって、該ナノボディおよび該ペプチドバーコードを含むポリペプチドが酵母の細胞で発現され、そして該細胞の外に分泌される。例えば、メタノール資化性であるピチア・パストリスを宿主細胞として用いる場合、例えばメタノール誘導性プロモーター(例えば、AOX1プロモーター)の下流に、分泌シグナルペプチド(例えば、α因子分泌シグナルペプチド)とペプチドバーコードを付加したナノボディとの融合タンパク質をコードする遺伝子を配置したDNA断片を含むプラスミドベクターを設計する。このようなプラスミドベクターを宿主細胞に導入して融合タンパク質を発現させると、分泌過程でα因子分泌シグナルが切断され、最終的には、ペプチドバーコードを付加したナノボディが培地上清に分泌される。培養上清の回収により、ナノボディおよび該ペプチドバーコードを含むポリペプチドを回収することができる。発現された抗体を得るために細胞を破砕する必要なく、ナノボディおよび該ペプチドバーコードを含むポリペプチドを回収することができる。当該ポリペプチド(ペプチドバーコードを付加したモノクローナル抗体)を必要に応じて培養上清から精製してもよい。
【0060】
本発明の製造方法は、以下の工程をさらに含むことができる:回収されたポリペプチドを抗原と合わせ、該抗原と特異的に結合するナノボディを含むポリペプチドを取得する工程(工程(C));該取得されたポリペプチドから前記ペプチドバーコードを切り出し、該切り出されたペプチドバーコードを質量分析にて同定する工程(工程(D));および該同定されたペプチドバーコードをコードする核酸の塩基配列に基づいて、該同定されたペプチドバーコードが切り出されたポリペプチドに含まれていたナノボディを同定する工程(工程(E))。
【0061】
(1−3.工程(C):抗体−抗原相互作用に基づく結合)
目的の抗原と特異的に結合するモノクローナル抗体をより確実に得るために、工程(B)で回収されたポリペプチドを当該抗原と合わせ、その抗原と特異的に結合するナノボディを含むポリペプチドを取得してもよい(工程(C))。上記工程(B)によって例えば培地上清を回収すると、ペプチドバーコードを付加したナノボディがこの培地上清に含まれているので、培地上清をそのまま、抗原への結合能を調べる結合アッセイに用いることができる。発現された抗体を得るために細胞を破砕する必要なく、抗体の結合能力について培地上清をそのまま測定に用いることができ、プレ精製が必要なく迅速かつ低コストで抗原への結合能力の測定が可能である。
【0062】
抗原は、免疫反応で抗体を作製できるものであればよく、特に限定されないが、例えばタンパク質、ペプチド、多糖類、脂質、低分子化合物など、生体から採取された細胞などが挙げられ、好ましくは、タンパク質である。
【0063】
抗原は、担体に固定され得る。そのような担体として、磁気ビーズ(例えば、NHS活性化磁気ビーズ(Thermo Scientific社製))を用いることができる)。例えば、抗原を表層提示する細胞(例えば酵母)を用いることもできる。また、セルソーター(FCS)の利用も可能である。このような抗原−抗体間の結合のための結合アッセイの方法および条件は、当業者が通常用いる方法によって行うことができる。例えば、抗原を固定した磁気ビーズを用いる場合、抗原と抗体との結合反応を行った後に適当な溶剤でこのビーズを洗浄することにより、抗原に結合していない抗体を含むポリペプチドを洗い流し、ビーズ上で抗原に結合している抗体を含むポリペプチドを残すことができる。
【0064】
抗原への結合能力を調べるために、例えば、表面プラズモン共鳴に基づくアッセイもまた用いることができる。このようなアッセイは、例えば、Biacore T-200(GE Healthcare社製)を用いた速度論パラメータの測定によって行うことができる。
【0065】
(1−4.工程(D):ペプチドバーコードの同定)
抗原への結合が確認された抗体を同定および/または取得するために、工程(C)においてナノボディが抗原に結合したポリペプチドからペプチドバーコードを切り出し、該切り出されたペプチドバーコードを質量分析にて同定することができる(工程(D))。
【0066】
ナノボディが抗原に結合したポリペプチドから、該ポリペプチドにナノボディと共に含まれるペプチドバーコードを切り出す。このようなペプチドバーコードの切り出しは、例えば、切断部位を認識する酵素を添加して、ポリペプチドの切断部位で切断することによって行われる。好ましくは、特異的プロテアーゼ(例えば、エンテロキナーゼ)が用いられる。これにより、抗原に結合した抗体が残り、ペプチドバーコードが切り離される。この切り離されたペプチドバーコードを回収し得る。
【0067】
次いで、切り出されたペプチドバーコードを質量分析にて同定する。例えば、質量分析で検出されたピークに基づいて決定された分子量と、ペプチドバーコードの構成(アミノ酸配列)によって推定される分子量とを対比して、ペプチドバーコードを同定することができる。
【0068】
このような質量分析のために、例えば、高速液体クロマトグラフ(LC)に接続した質量分析計(MS)またはタンデム質量分析計(MS/MS)を用いることができる(すなわち、LC−MS法またはLC−MS/MS法)。検出の特異度が上がる点で、LC−MS/MS法が好ましい。タンデム質量分析計としては、トリプル四重極型質量分析計(例えば、LCMS−8060:株式会社島津製作所製)が、感度が高く、特異的でありかつ定量的である点で好ましい。MS/MSの測定法としては、好ましくは、選択反応モニタリング(SRM:特定のm/zの前駆イオンを解離させて生じる特定のm/zのプロダクトイオンを検出する方法)が用いられる。
【0069】
液体クロマトグラフ(LC)のカラムとして、例えば、モノリスカラム、好ましくは、ロング型モノリスカラムが用いられる。モノリスカラムは、2種類の大きさの細孔(メソ孔・マクロ孔)を有した棒形状(ロッド)の液体クロマトグラフィー用一体型カラムであり、分離剤としてモノリスシリカゲルが用いられる。ロング型とは、カラムの長さが、例えば、100mm〜10000mmであるモノリスカラムをいう。モノリスカラムの内径は、例えば、1μm〜200μmであり、好ましくは、30μm〜75μmである。ロング型であること、さらに好ましくは上記のような範囲内の内径であることにより、カラムの分離能力が高くなり、ペプチドバーコードの検出をより効率的に行うことができ同定が容易となる。またロング型モノリスカラムを用いることにより、SRMによってペプチドの絶対定量を行うこともできる。
【0070】
(1−5.工程(E):モノクローナル抗体の同定)
上記のように同定されたペプチドバーコードをコードする遺伝子の塩基配列に基づいて、該同定されたペプチドバーコードを含むポリペプチドに含まれる抗体を同定することができる(工程(E))。
【0071】
質量分析によりペプチドバーコードが同定されると、そのペプチドバーコードをコードする遺伝子の塩基配列から、そのペプチドバーコードを付加したナノボディを推定し得る。そのように推定したナノボディの塩基配列情報を取得し、ナノボディを同定することができる。例えば、ナノボディをコードする遺伝子として未知の塩基配列を用いた場合では、ナノボディをコードする遺伝子の塩基配列取得のために、上記DNA断片の塩基配列を決定する工程を本発明の製造方法にさらに含めてもよい。このような塩基配列の決定には、当業者が通常用いる方法を用いることができる。
【0072】
このようにして、目的の抗原に特異的に結合するモノクローナル抗体を同定することができる。
【0073】
さらに、同定されたモノクローナル抗体をコードする遺伝子の発現により当該抗体を取得することもできる。例えば、同定された抗体をコードする核酸の塩基配列情報からプライマー対を設計し、これを用いるPCRによって抗体をコードする核酸を取得する。このような核酸を用いて上記のように発現ベクターを構築し、この発現ベクターを宿主細胞に導入し、発現された抗体を取得することができる。このようなモノクローナル抗体の発現のために、好ましくは、上述したような酵母による分泌発現が用いられる。
【0074】
本発明の製造方法においては、2個以上のDNA断片を用いることもできる。この場合、上記酵母の細胞に導入する工程(工程(A))が、少なくとも2つの前記DNA断片またはベクターを酵母細胞に導入する工程であり、各DNA断片中のペプチドバーコードをコードする遺伝子は、それぞれ異なるアミノ酸配列で表されるペプチドバーコードをコードする。2個以上のDNA断片を用いる場合は、各DNA断片中のペプチドバーコードのアミノ酸配列を異なるものとすることにより、工程(D)の質量分析によって検出されるペプチドバーコードを識別することができる。
【0075】
また、1つのDNA断片が、2個以上のペプチドバーコードをコードする遺伝子を含んでいてもよい。この場合、1つのDNA断片によってコードされるナノボディに対し、該2個以上のペプチドバーコードがタンデムに配置され得る。その2つ以上のペプチドバーコードの間に切断部位が配置され得る。例えば、2個以上のペプチドバーコードをタンデムに並べ、それぞれの間に特異的プロテアーゼ切断配列を配置することで、ペプチドバーコードの多様性を増加させることができる。例えば、NH−[ナノボディ]−切断部位−[ペプチドバーコードA]−切断部位−[ペプチドバーコードB]−COOHというポリペプチドの配列でライブラリを構築するとした場合、COOH末端に近いものをペプチドバーコードB、NH末端に近いものをペプチドバーコードAと名付けるとき、ペプチドバーコードの位置を識別できるように、ペプチドバーコードの末端(C末端またはN末端のいずれであってもよい)に識別子となるアミノ酸を各ペプチドバーコードで異なるように1つ追加する。識別子のアミノ酸として、A、F、G、K、L、P、R、VおよびWのいずれも用いることができる。例えば、ペプチドバーコードAのC末端にK(リジン)、ペプチドバーコードBのC末端にR(アルギニン)を付加するようにすれば、それぞれのペプチドバーコードがペプチドバーコードA由来かペプチドバーコードB由来かを質量分析で区別できるようになる。この場合、2種類のペプチドバーコードをタンデムに並べると、(9=531441種類の多様性を評価できるようになる。3種類のペプチドバーコードをタンデムに並べれば、(9=531441種類の多様性を評価可能である。4種類以上のペプチドバーコードのタンデム化も可能であるため、定量可能なナノボディライブラリのサイズは高くなる。
【0076】
(2.モノクローナル抗体を酵母で製造するためのベクター)
本発明は、モノクローナル抗体を酵母で製造するためのベクターをさらに提供する。本発明のベクターは、上記DNA断片を含む。DNA断片の構成要素(上述したような、分泌シグナルをコードする遺伝子、ナノボディをコードする遺伝子およびペプチドバーコードをコードする遺伝子、ならびにプロモーター、タンパク質タグをコードする遺伝子、切断部位をコードする遺伝子、およびターミネーター)は、上述したとおりである。
【0077】
ベクターは、選択マーカー、複製起点、エンハンサー等の因子を適宜含み得る。ベクターは、例えば、プラスミドの形態である。例えば、酵母のColE1の複製起点を有するプラスミドが好適に用いられる。プラスミドは、プラスミドの調製および形質転換体の検出を容易にする点で、選択マーカーを有することが好ましい。選択マーカーとしては、例えば、薬剤耐性遺伝子および栄養要求性遺伝子が挙げられる。薬剤耐性遺伝子としては、例えば、アンピシリン耐性遺伝子(Ampr)、およびカナマイシン耐性遺伝子(Kanr)が挙げられるが、特に限定されない。栄養要求性遺伝子としては、例えば、N−(5'−ホスホリボシル)アントラニル酸イソメラーゼ(TRP1)遺伝子、トリプトファンシンターゼ(TRP5)遺伝子、リンゴ酸β−イソプロピル脱水素酵素(LEU2)遺伝子、イミダゾールグリセロールリン酸脱水素酵素(HIS3)遺伝子、ヒスチジノール脱水素酵素(HIS4)遺伝子、ジヒドロオロト酸脱水素酵素(URA1)遺伝子、およびオロチジン−5−リン酸デカルボキシラーゼ(URA3)遺伝子が挙げられるが、特に限定されない。酵母用の複製遺伝子は必要に応じて選択され得る。
【0078】
(3.モノクローナル抗体をスクリーニングする方法)
本発明は、モノクローナル抗体をスクリーニングする方法もまた提供する。この方法は、(i)遺伝子ライブラリから抗体ライブラリを発現する工程であって、
該遺伝子ライブラリが少なくとも2つの遺伝子メンバーを含み、各遺伝子メンバーが、ナノボディをコードする遺伝子および少なくとも1つのペプチドバーコードをコードする遺伝子を含むDNA断片を含み、
該遺伝子ライブラリの各遺伝子メンバーの該DNA断片が、該抗体ライブラリの各抗体メンバーのポリペプチドをコードし、
該抗体ライブラリの各抗体メンバーの該ポリペプチドが、ナノボディおよび少なくとも1つのペプチドバーコードを含み、該ナノボディおよび該少なくとも1つのペプチドバーコードが、該遺伝子ライブラリの各遺伝子メンバーに含まれるDNA断片によりコードされ、
該抗体メンバーの各ペプチドバーコードが、それぞれ異なるアミノ酸配列で表される、
工程;
(ii)該抗体ライブラリを抗原と合わせ、該抗体ライブラリから、該抗原に結合したナノボディを含む該抗体ライブラリの抗体メンバーを選択する工程;
(iii)選択した該抗体ライブラリの抗体メンバーに含まれるペプチドバーコードを切り出し、該切り出されたペプチドバーコードを質量分析にて同定する工程;および
(iv)該同定されたペプチドバーコードをコードする遺伝子の塩基配列を該遺伝子ライブラリの塩基配列に基づいて決定し、該同定されたペプチドバーコードが切り出された抗体メンバーのナノボディを同定する工程
を含む。上記発現工程(工程(i))は、上記「2.モノクローナル抗体を酵母で製造するためのベクター」に説明したようなベクターを、酵母の細胞に導入することにより行われる。
【0079】
(3−1.工程(i):遺伝子ライブラリの発現)
本発明によれば、複数種のナノボディを一度に発現させることにより、目的の抗原に特異的に結合するモノクローナル抗体を選択して、同定することもできる。このために、遺伝子ライブラリを作成し得る。遺伝子ライブラリは少なくとも2つの遺伝子メンバーを含み、各遺伝子メンバーが、ナノボディをコードする遺伝子および少なくとも1個のペプチドバーコードをコードする遺伝子を含むDNA断片を含む。このDNA断片は上述したように構築し、必要に応じてベクターに組み込み得る。
【0080】
上記遺伝子ライブラリの各遺伝子メンバーのDNA断片は、抗体ライブラリの各抗体メンバーのポリペプチドをコードする。したがって、抗体ライブラリの各抗体メンバーのポリペプチドは、ナノボディおよび少なくとも1つのペプチドバーコードを含む。各抗体メンバーのナノボディおよび少なくとも1個のペプチドバーコードは、遺伝子ライブラリの各遺伝子メンバーに含まれるDNA断片によりコードされる。
【0081】
抗体ライブラリの各抗体メンバーのペプチドバーコードは、それぞれ異なるアミノ酸配列により表される。抗体ライブラリの抗体メンバーは、ランダム化された抗体にユニークな(唯一の)ペプチドバーコードが付加しており、遺伝子ライブラリの遺伝子メンバーは、ランダム化された抗体の遺伝子(抗体をコードする核酸)に対し、ユニークなペプチドバーコードをコードする遺伝子(核酸(例えばDNA))(よって、ユニークなDNAバーコードとなる)が付加されている。これにより、遺伝子ライブラリ中のランダム化された抗体の遺伝子とDNAバーコード、ならびにランダム化された抗体とペプチドバーコードとが1:1の対応関係にある。抗体ライブラリの各抗体メンバーのペプチドバーコードは、質量分析によって効率的に検出することができる。抗体メンバー毎にペプチドバーコードのアミノ酸配列が異なることにより、ペプチドバーコードをコードする核酸(DNAバーコード)の塩基配列が異なる。各抗体メンバーのペプチドバーコードのアミノ酸配列は、質量分析による同定で用いられ得る液体クロマトグラフ(LC)−タンデム質量分析(MS/MS)において、LCによる分離で異なるリテンションタイムを得ることができるように設計され得、さらにその設計されたアミノ酸配列をコードするように遺伝子の塩基配列が設計され得る。
【0082】
よって、DNAバーコードの塩基配列情報を得ることができると、当該DNAバーコードが付加された抗体遺伝子(抗体をコードする核酸)の塩基配列を決定することができる。核酸ライブラリにおいては、各核酸メンバーのペプチドバーコードをコードする核酸はいずれも異なるが、抗体については重複していてもよい(言い換えれば、1種の抗体に対し、1種または複数種類(例えば、2〜10種類)のペプチドバーコードが付加されてもよい)。これにより、ある核酸メンバーの発現がうまくいかない場合や、ペプチドバーコードが付加された抗体が何らかの原因で質量分析前に喪失されてしまう場合に備えることができる。
【0083】
1つの実施形態では、抗体ライブラリの抗体メンバーは、2個以上のペプチドバーコードを含み、かつ2個以上のペプチドバーコードの間に切断部位が配置されている。ペプチドバーコードおよび切断部位は、上述したとおりである。2個以上のペプチドバーコードをタンデムに並べることにより、バーコードの組合せをより増大することができ、例えば、哺乳動物に見られる程度の多様性またはより多くの多様性を現出することができる。
【0084】
遺伝子ライブラリに含まれる遺伝子メンバーの数としては、少なくとも2個以上であればよいが、例えば、2〜10個、好ましくは10〜10個、または10〜10個である。このような範囲内の遺伝子メンバー数であれば、遺伝子ライブラリの塩基配列の取得および/または抗原特異的結合に基づく一斉結合アッセイの実施をより効率的に行うことができる。
【0085】
遺伝子ライブラリは、抗原に特異的に結合するモノクローナル抗体のスクリーニングに際し、新たに配列を設計して構築してもよく、あるいは既存の配列情報を利用して予め調製したものを用いてもよい。
【0086】
遺伝子ライブラリからの抗体ライブラリの発現は、上記のモノクローナル抗体の製造方法およびベクターに関して説明したとおりである。すなわち、遺伝子ライブラリの各遺伝子メンバーのDNA断片を酵母の細胞に導入し、ナノボディおよびペプチドバーコードを酵母から分泌発現させる。この酵母による分泌発現のために、上述したベクターが用いられる。
【0087】
(3−2.工程(ii):抗原結合抗体メンバーの選択)
本発明のスクリーニング方法においては、抗体ライブラリを抗原と合わせ、該抗体ライブラリから、該抗原に結合した抗体を含む該抗体ライブラリの抗体メンバーを選択する(工程(ii))。この工程では、目的の抗原への結合に関して、抗体ライブラリをスクリーニングに供する。上記工程(i)の酵母細胞への導入後、酵母による分泌発現のため培地上清に抗体ライブラリの各抗体メンバー(ペプチドバーコードを付加したナノボディ)が含まれている。よって、抗体ライブラリを抗原と合わせるために、培地上清をそのまま当該抗原に対して添加してもよい。必要に応じて、培地上清からポリペプチドを精製した後、抗原に対して添加してもよい。この工程(ii)は、基本的に、上記の「工程(C):抗体−抗原相互作用に基づく結合」(工程(C))と同様にして行うことができる。好ましくは、抗原に対して、抗体ライブラリの抗体メンバーを一斉に添加する一斉結合アッセイが用いられる。
【0088】
(3−3.工程(iii):ペプチドバーコードの同定)
本発明のスクリーニング方法においては、選択した該抗体ライブラリの抗体メンバーに含まれるペプチドバーコードを切り出し、該切り出されたペプチドバーコードを質量分析にて同定する(工程(iii))。この工程(iii)は、基本的に、上記の「工程(D):ペプチドバーコードの同定」と同様にして行うことができる。
【0089】
(3−4.工程(iv):モノクローナル抗体の同定)
本発明のスクリーニング方法においては、該同定されたペプチドバーコードをコードする遺伝子の塩基配列を該遺伝子ライブラリの塩基配列に基づいて決定し、該同定されたペプチドバーコードが切り出された抗体メンバーのナノボディを同定する(工程(iv))。この工程(iv)は、基本的に、上記の「工程(E):モノクローナル抗体の同定」と同様にして行うことができる。
【0090】
遺伝子ライブラリが、塩基配列が未知の核酸を含む場合やペプチドバーコードと抗体との組合せが不明の場合、当該遺伝子ライブラリの塩基配列を取得する工程をさらに含み得る。
【0091】
遺伝子ライブラリの塩基配列の取得は、遺伝子ライブラリを大規模配列解析によって行うことができる。大規模配列解析は、当業者が通常用いる方法に従ってすることができ、例えば、大量の塩基配列情報を処理できるDNAシーケンサーを用いて行うことができる。大規模配列解析のために、例えば、例えば、MiSeq(illumina社製)のような次世代シーケンサー(NGS)を用いることができる。
【0092】
塩基配列の情報を用いてデータベースを作成してもよい。このようなデータベースは、質量分析によるペプチドバーコードの同定後に、同定されたペプチドバーコードを含む抗体ライブラリのメンバーをコードする核酸の塩基配列情報(ペプチドバーコードをコードする遺伝子および抗体をコードする遺伝子を含む)、必要に応じて当該塩基配列情報から推定されるアミノ酸配列(ペプチドバーコードおよび抗体を含む)の配列情報から抗体を同定するために用いることができる。
【0093】
さらに、本発明について、図1を用いて説明する。
【0094】
図1は、本発明における酵母による分泌発現で製造したペプチドバーコード付加ナノボディの抗原−抗体相互作用に基づく結合の解析の一例を示す模式図である。図1に関して、(a)ランダム化されたナノボディ遺伝子(ナノボディをコードする遺伝子)のそれぞれに対してユニークなDNAバーコード(ペプチドバーコードをコードする遺伝子)が付加された、少なくとも2個の遺伝子メンバーを含む遺伝子ライブラリを提供し、この各遺伝子メンバーを酵母細胞に導入する;(b)酵母細胞での発現によりそれぞれのペプチドバーコードが付加された抗体(ナノボディ)を含む抗体メンバーが生成され、抗体ライブラリを構成し、この抗体ライブラリの各抗体メンバーは酵母細胞から培地上清に分泌される;(c)この抗体ライブラリの各抗体メンバーを一斉に抗原と合わせて、抗原に対して結合させる;(d)洗浄し、非結合抗体を含む抗体メンバーを除去し、抗原に結合した抗体を含む抗体メンバーを残し、選択する;(e)エンテロキナーゼによって、選択された抗体メンバーからペプチドバーコードを切り出す;そして(f)切り出されたペプチドバーコードを質量分析で同定する。
【0095】
図1(a)の遺伝子ライブラリからの配列情報に基づき、ランダム化された抗体遺伝子の塩基配列と、DNAバーコード(ペプチドバーコードをコードする遺伝子)の塩基配列の1:1の対応関係を決定することができ、ランダム化された抗体のアミノ酸配列(当該抗体遺伝子の塩基配列によりコードされる)と、ペプチドバーコードのアミノ酸配列の対応関係を演繹的に調べることができる。上記(b)〜(f)によって、抗体ライブラリから抗原に対して結合した抗体を含む抗体メンバーを選択し、選択した抗体メンバーからペプチドバーコードを切り出し、切り出したペプチドバーコードが質量分析で同定されると、核酸ライブラリの既知の配列情報または配列解析で得られた配列情報と併せて、この同定したペプチドバーコードを含む抗体メンバーをコードする遺伝子の塩基配列を求め、どの抗体が抗原に特異的に結合したかを決定することができ、よって抗原に対してモノクローナルなナノボディを得ることができる。さらに、このようにして同定された抗体を、核酸ライブラリの配列情報に基づいて当該抗体をコードする遺伝子を取得し、当該遺伝子から抗体を発現させて製造することもできる。
【0096】
以上のように、本発明によれば、モノクローナル抗体を、動物を用いずに試験管内で作製することができ、遊離型抗体に付加されたユニークなペプチドバーコードの質量分析を通じてその遊離型抗体の結合能力を同定することができる。また、本発明によれば、脊椎動物や培養細胞を使った費用と時間のかかる抗体生産に代わり、試験管内、実験室内で多様な性質の抗体を作り出すことができる。さらに、本発明によれば、モノクローナル抗体の候補となる多数のナノボディを用いる場合、各候補ナノボディに付加されたユニークなペプチドバーコードの質量分析での定量を通じて、目的の抗原に対するこれらのナノボディの結合能力を一回の実験で網羅的に同定することができる。したがって、より安価で迅速に、かつ効率的に目的の抗原に特異的に結合するモノクローナルなナノボディを製造することができる。本発明は、基礎的なイメージング研究やセンシング研究のための実験用試薬、分子標的抗体を用いた診断薬および医薬品の製造に有用である。
【実施例】
【0097】
(実施例1:ペプチドバーコードと融合したナノボディの作製)
抗CD4ナノボディ(米国特許出願公開2011/0318347)および抗GFP(緑色蛍光タンパク質)ナノボディ(Mol. Cell. Proteomics. 2008:7:282-289)に基づいて、4つのナノボディを設計した。図2は、本実施例で設計した4種のナノボディの模式図である。ナノボディのうち、2つは、6個のアミノ酸残基からなるユニークなペプチドバーコードを付加し、残りの2つはペプチドバーコードなしとした。抗CD4ナノボディにペプチドバーコードとしてバーコード1を付加し、および抗GFPナノボディにペプチドバーコードとしてバーコード2を付加した(図2)。
【0098】
ペプチドバーコードを以下のように設計した。ペプチドのイオン化効率は、ペプチドの長さや構成アミノ酸残基によって大きく異なる。6〜16残基を有するペプチドは高いイオン化効率を示す。イオン化効率はまた、ペプチドを構成するアミノ酸残基の種類に左右される。例えば、リジン(K)やアルギニン(R)などのアミノ基を有する残基は正に帯電しやすいので、それらはイオン化効率を上げる。グリシン(G)およびプロリン(P)残基はイオン化効率を高め、ヒスチジン(H)はイオン化効率を減らす。システイン(C)およびメチオニン(M)は酸化されやすく、アスパラギン(N)、セリン(S)、およびトレオニン(T)は糖鎖付加され得るため、これらの残基は所定のターゲットを分析するSRM分析に適していない。また、液体クロマトグラフの溶出時間(リテンションタイム)を適度に分散させるために疎水性のアミノ酸を含めた。
【0099】
これらの要因を考慮して、9つのアミノ酸(A、F、G、K、L、P、R、V、およびW)を構成アミノ酸残基として選択し、それぞれ分子量が異なる2つのペプチドバーコードを設計した:
バーコード1:WLFPVG(配列番号1)
バーコード2:FVGARL(配列番号2)
【0100】
バーコード1および2ともに、そのN末端にFLAGタグペプチド(DYKDDDDK:配列番号3)を融合させた。また、バーコード1および2ともに、そのC末端にもFLAGタグペプチドを融合させた(図2)。
【0101】
「FLAGタグペプチド−バーコード1−FLAGタグペプチド」(アミノ酸配列を配列番号4に示す)を抗CD4ナノボディのC末端に融合させ、そして「FLAGタグペプチド−バーコード2−FLAGタグペプチド」(アミノ酸配列を配列番号5に示す)を抗GFPナノボディのC末端に融合させた(これらを「抗CD4−FLAG−バーコード1」および「抗GFP−FLAG−バーコード2」と称した:図2)。
【0102】
また、バーコードなしの抗CD4ナノボディおよび抗GFPナノボディの場合は、これらのナノボディのC末端にFLAGタグペプチド(DYKDDDDK:配列番号3)を融合させた(これらを「抗CD4−FLAG」および「抗GFP−FLAG」と称した:図2)。
【0103】
これらのナノボディをコードするプラスミドを構築した。プラスミドは、AOX1プロモーターの下流に、α因子分泌シグナルおよびナノボディをそれぞれコードする遺伝子を配置するように設計した。本実施例で設計したナノボディ(抗CD4−FLAG、抗CD4−FLAG−バーコード1、抗GFP−FLAGまたは抗GFP−FLAG−バーコード2)をコードする遺伝子を合成してDNA断片を得、このDNA断片を、EcoRIおよびNotI(いずれも東洋紡株式会社製)で予め切断したpPIC9Kベクター(Invitrogrn製:このベクターは、AOX1プロモーターおよびα因子分泌シグナルを含有する)に、In Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ株式会社製)を用いて組み込んだ。
【0104】
各プラスミドの全配列を配列番号6〜17に示す(抗CD4−FLAGプラスミド:全配列(配列番号6)および発現ペプチド配列(配列番号7〜8);抗CD4−FLAG−バーコード1プラスミド:全配列(配列番号9)および発現ペプチド配列(配列番号10〜11);抗GFP−FLAGプラスミド:全配列(配列番号12)および発現ペプチド配列(配列番号13〜14);ならびに抗GFP−FLAG−バーコード2プラスミド:全配列(配列番号15)および発現ペプチド配列(配列番号16〜17))。
【0105】
構築したプラスミドをSacI(東洋紡株式会社製)で消化し、MinElute PCR精製キット(QIAGEN社製)により精製した。このプラスミドをFrozen EZ Yeast Transformation II Kit(Zymo Research社製)を用いて、ピチア・パストリスGS115株に形質転換した。形質転換した細胞をMD固形培地(1.34%w/v酵母窒素ベース(アミノ酸なし)、2%w/vのD−グルコース、および2%w/vの寒天)に播き、コロニーを得た。得られたコロニー(形質転換体)を20mLのBMGY培地(1%w/v酵母エキス、2%w/vペプトン、1%w/vグリセロール、0.1Mリン酸カリウム緩衝液(pH6.0)、2.68%w/v酵母窒素ベース(アミノ酸なし)、400μg/mLビオチン)に植菌し、30℃にて250rpm、48時間培養した。生育させた菌を遠心で回収し、10mLのBMMY培地(1%w/v酵母エキス、2%w/vペプトン、0.1Mリン酸カリウム緩衝液(pH6.0)、2.68%w/v酵母窒素ベース(アミノ酸なし)400μg/mLビオチン、および0.5%v/vメタノール)に懸濁し、30℃、250rpmで24時間培養した。培養後、BMMY培地を遠心分離し、上清を0.22μmフィルターで濾過した。この濾過上清をSDS−PAGEによって分析してナノボディの産生を確認した。
【0106】
10mLの濾過上清をAmicon Ultra-15 Centrifugal Filters Ultracel-3K(Merck Millipore、Burlington、MA、USA)に8000g、60分間遠心分離し、そして10mLのリン酸緩衝生理食塩水(PBS)をAmicon Ultra-3kユニットに添加し、60分間8000gで遠心分離した。この緩衝液交換手順を2回繰り返した。このようにバッファー置換を行いつつ濃縮し、この濃縮溶液をモノクローナル抗体溶液として用いた。
【0107】
図3は、ピチア・パストリス形質転換体から生産された抗CD4−FLAG、抗CD4−FLAG−バーコード1、抗GFP−FLAGおよび抗GFP−FLAG−バーコード2のSDS−PAGEによる結果を示す電気泳動写真である。図3において、抗CD4−FLAG、抗CD4−FLAG−バーコード1、抗GFP−FLAGおよび抗GFP−FLAG−バーコード2のいずれも対応する分子量の位置にバンドが観察された。図3の結果から分かるように、形質転換体をメタノール含有培地で培養した結果、設計したすべてのナノボディの生産が成功したことを確認した。図4は、ピチア・パストリス形質転換体から生産された抗CD4−FLAG、抗CD4−FLAG−バーコード1、抗GFP−FLAGおよび抗GFP−FLAG−バーコード2の生産量を示すグラフである(各値は、少なくとも5つの試料からの平均±標準偏差を表す。t検定による統計学的解析を行った。星印は、有意差あり(p<0.05)を表す)。抗CD4−FLAGと抗CD4−FLAG−バーコード1との間で生産性にわずかな違いがあったが(図4)、これは、ピチア・パストリス形質転換体のコピー数変動に由来したと考えられる。
【0108】
(実施例2:バーコード付加ナノボディの結合特性の評価)
ペプチドバーコードの付加がナノボディの特性に影響を及ぼすかどうかを調べた。
【0109】
まず、CD4またはGFPを固定したセンサーチップを用いて、以下の手順にて表面プラズモン共鳴を行い、ナノボディの速度論パラメータを測定した。
【0110】
速度論パラメータは、Biacore T-200(GE Healthcare社製)を用いて測定した。組換えヒトsCD4 CF(R&D Systems社製)および組換えGFP(ProSpec、Rehovot、イスラエル)をSeries S Sensor Chip M5(GE Healthcare社製)に固定化したところ、それぞれ2486.9RUおよび1189.8RUであった。抗CD4ナノボディ(抗CD4−FLAG、抗CD4−FLAG−バーコード1)をHBS−EP緩衝液(0.01M HEPE(pH7.4)、0.15M NaCl、3mM EDTA、および0.005%v/v界面活性剤)で希釈し、0.2、0.4、0.6、0.8、および1.0μMとし、抗GFPナノボディ(抗GFP−FLAG、抗GFP−FLAG−バーコード2)を0.5、1、5、10、および50nMとした。流速、接触時間、および解離時間は、それぞれ30μL/分、120秒、および120秒であった。CD4固定チップを10mM NaOH(流速30μL/分および接触時間30秒)により再生し、そしてGFP固定チップを50mM NaOH(流速30μL/分および接触時間30秒)により再生した。
【0111】
この結果を以下の表1に示す。
【0112】
【表1】
【0113】
全てのナノボディが各抗原に対して特異的結合を示し、ペプチドバーコードの有無によって速度論パラメータに有意差はみられなかった(表1)。
【0114】
次に、ナノボディを用いたCD4の免疫蛍光染色を行った。pCAGGS−CD4−mycはJacob Yountから贈与された(Addgeneプラスミド#58537; http://n2t.net/addgene:58537;RRID:Addgene_58537)。HEK293細胞を、Xfect Transfection Reagent(タカラバイオ株式会社製)を用いることによりpCAGGS−CD4−mycプラスミドでトランスフェクトし、そしてDMEM低グルコース培地(ナカライテスク株式会社製)で1日間培養した。トランスフェクトした細胞を、ポリ−L−リジン臭化水素酸塩(Sigma-Aldrich社製)でコーティングしたカバーガラス上に移し、DMEM低グルコース培地で1〜2時間培養した。培地を除去した後、細胞を4%パラホルムアルデヒドで室温にて30分間固定した。固定した細胞をPBSで3回すすぎ、そして室温で30分間、10%FBS(GE Healthcare社製)を含有するPBSでブロックした。抗CD4ナノボディ(抗CD4−FLAG−バーコード1)(2.7μg/ml)または抗GFPナノボディ(抗GFP−FLAG−バーコード2)(3.3μg/ml)を、固定した細胞と共に90分間インキュベートした後、細胞をPBSで3回すすぎ、そしてPBSで5分間3回洗浄した。二次抗体として抗DDDDKタグmAb Alexa Fluor 488(抗FLAG−AF488:蛍光顕微鏡下で緑色を示す)(株式会社医学生物学研究所製)を、10%FBSを含むPBSで1μg/mLになるように希釈し、そして室温にて1時間、細胞と共にインキュベートした後、細胞をPBSで3回すすぎ、5分間PBSで3回洗浄した。核を1μg/mLの4’,6’-ジアミジノ−2−フェニルインドールジヒドロクロライド(DAPI:ナカライテスク株式会社製)で1分間染色した(青色に染色される)。染色した細胞を共焦点レーザー走査蛍光顕微鏡LSM700(Carl Zeiss社製)を用いて可視化した。なお、コントロールとして、野生型HEK293細胞を用いた。
【0115】
図5は、ペプチドバーコードを付加したナノボディを用いたCD4の免疫蛍光染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。pCAGGS−CD4−mycfrトランスフェクトしたHEK293細胞(CD4表面発現細胞)およびコントロールの野生型HEK293細胞において、抗CD4ナノボディ(抗CD4−FLAG−バーコード1)、抗GFPナノボディ(抗GFP−FLAG−バーコード2)およびナノボディ処理なしのいずれでも核の染色が観察されたのに対し、二次抗体の緑色は、抗CD4ナノボディ(抗CD4−FLAG−バーコード1)をCD4表面発現細胞とインキュベートした場合にのみ観察された。したがって、図5に示す結果は、抗CD4−FLAG−バーコード1がHEK293細胞の表面上のCD4を認識したが、抗GFP−FLAG−バーコード2は認識しなかったことを示した。このような結果は、ペプチドバーコードの付加がナノボディの特性に影響しなかったことを示している。
【0116】
(実施例3:質量分析によるナノボディの結合能力の特徴付け)
ペプチドバーコード付加技術が、一回の実験で複数の結合物質の結合能力を測定するのに有用な技術となり得ることを示すための原理証明実験を設計した(図6)。図6は、LC−MSによるナノボディの結合能力を定量するためのスキームを示す模式図である。設計した実験は、まず、等モルに調製した抗CD4−FLAG−バーコード1と抗GFP−FLAG−バーコードとの混合物をCD4固定磁気ビーズと反応させ(一斉結合アッセイ)、この反応で結合しなかった抗体を洗い流し、次いでエンテロキナーゼを添加してビーズからペプチドバーコードを切り出し、切り出されたペプチドバーコードをLC−MSまたはLC−MS/MSの選択反応モニタリング(SRM)法で定量するというものである。具体的には、以下のように行った。
【0117】
(一斉結合アッセイ:抗原−抗体相互作用によるCD4ナノボディの濃縮)
組換えCD4(0.1mg/mL)を、1mM氷冷HClで予備洗浄した30μLのNHS活性化磁気ビーズ(Thermo Scientific社製)と混合した。反応後、ビーズを0.1Mグリシン−HCl(pH2.0)で2回、そして蒸留水で1回洗浄し、3Mエタノールアミン(pH9.0)で室温にて2時間ブロックした。ブロッキングの後、磁気ビーズを、0.05%アジ化ナトリウムを含有する30μLの50mMホウ酸緩衝液で懸濁し、CD4固定磁気ビーズを得た。
【0118】
CD4固定磁気ビーズを500μLのナノボディ混合物(0.1μM 抗CD4−FLAG−バーコード1および0.1μM 抗GFP−FLAG−バーコード2を含む)と混合し、そして室温にて2時間インキュベートした。上清を除去した後、1mLの0.05%Tween 20含有TBSで2回、そして1mLの蒸留水で1回ビーズを洗浄した。
【0119】
ペプチドバーコードの切断のため、ビーズを20μLの50ng/mLエンテロキナーゼ(New England Bio-Labs社製)と共に25℃にて16時間インキュベートした。上清をMonoSpin C18(ジーエルサイエンス株式会社製)を用いて脱塩し、そして凍結乾燥した。乾燥したペレットを20μLの50mM TEABを用いて溶解し、Ultrafree-MC-HV Centrifugal Filters Durapore PVDF 0.45μm(Merck Millipore社製)により濾過し、そしてLC−MS/MS分析に供するまで−20℃で保存した。
【0120】
(LC−MS/MSによるペプチドバーコードの定量)
エンテロキナーゼにより切り出されたペプチドバーコードを、高速液体クロマトグラフィー(LC)(Nexera UHPLC/HPLCシステム:株式会社島津製作所製)−トリプル四重極質量分析(MS/MS)(LCMS−8060:株式会社島津製作所製)により分析した。
【0121】
ペプチドバーコードを含有する5μLの溶液を、50mmのInert SustainSwiftTM C18カラム(P.N.5020〜88228、内径2.1mm、粒径1.9μm;ジーエルサイエンス株式会社製)に注入してバーコードを分離する。カラムは40℃に保たれており、そしてこの溶液は引き続き6口の注入/切替弁(Valco Instruments社製)を通してMSに注入される。ペプチドバーコードの分析を、600μL/分の流速で3.5分間行った。2つの溶離液の混合比を変えることによってグラジエントを生成した:A、0.1%(v/v)ギ酸およびB、アセトニトリル含有0.1%(v/v)ギ酸。グラジエントは、5%B0.5分保持から開始し、次にこれを2分間で50%Bに上げ、次に0.5分間保持し95%Bに上げて、最後にB濃度を直ちに5%に調整し、0.5分間保持してカラムを再平衡化した。オートサンプラーを4℃に保ち、黒のドアを装備させた。インターフェース温度、ヒートブロック温度および脱溶媒部(DL)温度をそれぞれ300℃、400℃および250℃に設定した。液滴を作製するためのネブライザーガス(N)、乾燥用ガス(N)、および加熱用ガス(乾燥空気)の流速をそれぞれ2L/分、10L/分および10L/分に設定した。
【0122】
SRM法の最適化のために、Skylineソフトウェア(Proteomics 2012:12:1134-1141)で作製した各合成ペプチド(バーコード1のC末端にFLAGタグペプチドを融合したペプチドと、バーコード2のC末端にFLAGタグペプチドを融合したペプチド)の全ての遷移を分析した。ペプチド毎に2つの感度の高い遷移を選択し、最も高いピーク強度を持つ衝突エネルギーを採用した(表2)。
【0123】
【表2】
【0124】
さらに、これらの遷移について、得られた保持時間に基づいて時間を決定した。イオン化ペプチドバーコードをこの方法によって5分の滞留時間で分析した。
【0125】
(結果)
SRMの感度および定量性を検証するために、合成ペプチド(バーコード1のC末端にFLAGタグペプチドを融合したペプチド(配列番号18)と、バーコード2のC末端にFLAGタグペプチドを融合したペプチド(配列番号19))をそれぞれ連続希釈して定量した。
【0126】
図7は、バーコード1(A)およびバーコード2(B)について種々の量のLC−MS/MSの分析結果を示すグラフである。図7の各値は、3つの試料の平均±標準偏差を表す。図7AおよびBの結果から、バーコード1およびバーコード2ともに、本実施例で使用したLC−MS/MS分析で高感度に検出され、かつ定量されることが分かった。
【0127】
ポジティブコントロール実験として、250fmolの抗CD4−FLAG−バーコード1または250fmolの抗GFP−FLAG−バーコード2からそれぞれペプチドバーコード(すなわち、バーコード1−FLAG(配列番号18)およびバーコード2−FLAG(配列番号19))を切り出し、それらをLC−MS/MSで定量した。
【0128】
図8は、250fmolの抗CD4−FLAG−バーコード1および250fmolの抗GFP−FLAG−バーコード2からそれぞれ切り出されたペプチドバーコードをLC−MS/MSで定量した結果を示すグラフである。図8の各値は、3つの試料の平均±標準偏差を表す。図8の結果から、バーコード1およびバーコード2ともに、本実施例で使用したLC−MS/MSで高感度に検出され、かつサンプル調製手順中の損失を最小限に抑えて首尾よく定量されることがわかった。
【0129】
次に、500μLのナノボディ混合物(0.1μM 抗CD4−FLAG−バーコード1および0.1μM 抗GFP−FLAG−バーコード2を含む)をCD4固定磁気ビーズに加えて一斉結合アッセイを行った後、ビーズから切り出されたペプチドバーコードを定量した。
【0130】
図9は、一斉結合アッセイ後、ビーズから切り出されたペプチドバーコードをLC−MS/MSで定量した結果を示すグラフである。図9の各値は、3つの試料の平均±標準偏差を表す。図9に見られるように、抗CD4−FLAG−バーコード1に由来するバーコード1のペプチドが検出されたが、抗GFP−FLAG−バーコード2に由来するバーコード2のペプチドは検出されなかった。したがって、一斉結合アッセイに供した後にビーズ上に担持されたCD4抗原に結合した抗CD4−FLAG−バーコード1由来のペプチドバーコードが、LC−MS/MSによって特異的に検出されることを見出した。
【0131】
(実施例4:種々のペプチドバーコードの結合アッセイに対する影響の検討)
以下の8つのペプチドバーコードを設計した。これらのペプチドバーコードは、疎水性の程度がばらつくように設計した。これにより、液体クロマトグラフの溶出時間を適度にずらすことができる:
バーコード4−1:DIVVLGVEK(配列番号20)
バーコード4−2:LIHVLDAGR(配列番号21)
バーコード4−3:LHAILFGLPR(配列番号22)
バーコード4−4:LEDLLLDR(配列番号23)
バーコード4−5:LAEIHGVPR(配列番号24)
バーコード4−6:FQFLWGPR(配列番号25)
バーコード4−7:VELQQEVEK(配列番号26)
バーコード4−8:NIFEQLHR(配列番号27)
【0132】
上記の各種ペプチドバーコードを付与した抗CD4ナノボディまたは抗GFPナノボディを酵母で分泌発現するためのプラスミドを構築した。プラスミドの構築は、抗CD4−FLAG−バーコード1、抗GFP−FLAG−バーコード1のバーコード部分を上記の各種ペプチドバーコードを発現する遺伝子に変更した以外は、実施例1のプラスミドの構築と同様に行った。本実施例では、ペプチドバーコードはそのN末端にFLAGタグペプチド(DYKDDDDK:配列番号3)を融合させたが、C末端には融合させていない。各バーコード付きナノボディの融合タンパク質をコードするDNA断片の塩基配列および発現ペプチド配列を配列番号28〜75に示す:バーコード4−1付加抗CD4:DNA断片の塩基配列(配列番号28)および発現ペプチド配列(配列番号28〜30);バーコード4−2付加抗CD4:DNA断片の塩基配列(配列番号31)および発現ペプチド配列(配列番号31〜33);バーコード4−3付加抗CD4:DNA断片の塩基配列(配列番号34)および発現ペプチド配列(配列番号34〜36);バーコード4−4付加抗CD4:DNA断片の塩基配列(配列番号37)および発現ペプチド配列(配列番号37〜39);バーコード4−5付加抗CD4:DNA断片の塩基配列(配列番号40)および発現ペプチド配列(配列番号40〜42);バーコード4−6付加抗CD4:DNA断片の塩基配列(配列番号43)および発現ペプチド配列(配列番号43〜45);バーコード4−7付加抗CD4:DNA断片の塩基配列(配列番号46)および発現ペプチド配列(配列番号46〜48);バーコード4−8付加抗CD4:DNA断片の塩基配列(配列番号49)および発現ペプチド配列(配列番号49〜51);バーコード4−1付加抗GFP:DNA断片の塩基配列(配列番号52)および発現ペプチド配列(配列番号52〜54);バーコード4−2付加抗GFP:DNA断片の塩基配列(配列番号55)および発現ペプチド配列(配列番号55〜57);バーコード4−3付加抗GFP:DNA断片の塩基配列(配列番号58)および発現ペプチド配列(配列番号58〜60);バーコード4−4付加抗GFP:DNA断片の塩基配列(配列番号61)および発現ペプチド配列(配列番号61〜63);バーコード4−5付加抗GFP:DNA断片の塩基配列(配列番号64)および発現ペプチド配列(配列番号64〜66);バーコード4−6付加抗GFP:DNA断片の塩基配列(配列番号67)および発現ペプチド配列(配列番号67〜69);バーコード4−7付加抗GFP:DNA断片の塩基配列(配列番号70)および発現ペプチド配列(配列番号70〜72);ならびにバーコード4−8付加抗GFP:DNA断片の塩基配列(配列番号73)および発現ペプチド配列(配列番号73〜75)。
【0133】
実施例1と同様にして、各種プラスミドから、ペプチドバーコードが付与されたモノクローナル抗体を得た。得られたモノクローナル抗体を、実施例2と同様にして速度論パラメータにて各抗原に対する結合能を調べた。なお対照として、ペプチドバーコードを付与していないナノボディ(実施例1の「抗CD4−FLAG」および「抗GFP−FLAG」)を用いた。結果を以下の表3(CD4)および表4(GFP)に示す。いずれの場合も、ペプチドバーコードの付与は、ナノボディの抗原に対する結合能に影響しないことがわかった。
【0134】
【表3】
【0135】
【表4】
【0136】
(実施例5:ロングモノリスカラムを用いた質量分析器検出力の向上)
LC−MS/MSによるペプチドの検出力の向上のため、ロングモノリスカラムをさらに改良した。検出力の評価のため、実施例3と同様のLC−MS/MS装置を用いて、そのピークキャパシティ(peak capacity)を測定した。ピークキャパシティが高くなるほど分離性能が高いことを示す。
【0137】
例えば、図10は、ペプチドバーコード1(配列番号18)のLC−MS/MS測定において100μm内径および75μm内径のそれぞれのモノリスカラムを用いた場合のピークキャパシティを示すグラフである(いずれも500mm長)。内径を100μm内径から75μm内径へと変化させることにより、ピークキャパシティが高くなった(図10)。
【0138】
さらに、カラムを長くすることでも、ピークキャパシティが高くなった。例えば、図11は、ペプチドバーコード1(配列番号18)のLC−MS/MS測定において500mm長および1000mm長のそれぞれのモノリスカラムを用いた場合のピークキャパシティを示すグラフである(いずれも内径75μm)。500mmの長さのカラムを1000mmに長くすることで、ピークキャパシティの向上が確認された(図11)。モノリスカラムをさらに長くすることで、さらなる性能の向上が見込まれる。
【0139】
75μm内径の1000mmモノリスカラムを使うことで、液体クロマトグラフィーによるペプチドの分離性能が高くなり、質量分析によるペプチドの検出感度を大きく向上させることができた。
【0140】
75μm内径の1000mmモノリスカラムを用いて、例えば、ウシ血清アルブミン(BSA)のトリプシン消化物をLC−MS/MS測定で分析したところ、2倍以上の感度向上を確認した。
【0141】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0142】
本発明は、例えば、実験用試薬、診断薬、および医薬品の製造に有用である。
【要約】
【課題】より迅速かつ効率的にモノクローナル抗体を動物個体を用いずに製造する方法を提供すること。
【解決手段】分泌シグナルをコードする遺伝子、ナノボディをコードする遺伝子およびペプチドバーコードをコードする遺伝子を含むDNA断片または該DNA断片を含むベクターが導入された酵母であって、該ペプチドバーコードが、5〜30個のアミノ酸からなるアミノ酸配列により表され、かつ該アミノ酸が独立してA、F、G、K、L、P、R、VおよびWからなる群から選択される、酵母を開示する。ナノボディおよび上記ペプチドバーコードを含むポリペプチドからなるモノクローナル抗体、ならびに上記バーコードペプチドもまた開示する。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]