【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人日本医療研究開発機構 平成29年度医工連携事業化推進事業「癌の分子標的薬の適応を迅速に決定する装置の開発」、産業技術力強化法第19条の規定の適用を受ける特許出願
【文献】
Saito, Y. et al.,"Novel method for rapid in-situ hybridization of HER2 using non-contact alternating-current electric-field mixing",Sci. Rep.,2016年,Vol. 6; 30034,pp. 1-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記液滴に変動電界を印加したときに前記液滴が前記キャップカバーに接触することがないように、前記液滴との間に空間を設けて前記キャップカバーを前記試料台上に設ける、請求項1に記載の電界撹拌方法。
前記液滴に変動電界を印加したときに前記液滴が前記キャップカバーに接触することがないように、前記液滴との間に空間を設けて前記キャップカバーを前記試料台上に設ける、請求項5に記載の生体分子の検出方法。
前記生体分子が核酸であり、前記検出分子が前記核酸に相補的な配列を有する核酸プローブであり、前記D)において前記核酸と前記核酸プローブとをハイブリダイズさせる、請求項5又は6に記載の生体分子の検出方法。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1. 電界撹拌方法
1−1. 本発明の電界撹拌方法の概要
本発明の電界撹拌方法は、液滴に変動電界を印加して液滴を撹拌する電界撹拌方法に関するものであり、
試料台上に液滴を形成し、
液滴を覆う中空のキャップカバーを試料台上に設け、
液滴に変動電界を印加する
ことを含むことを特徴とする。
【0018】
本発明の電界撹拌方法は、試料台上に液滴を形成し、中空のキャップカバーを試料台上に設けて液滴を覆った状態で、液滴に変動電界を印加する。このため、液滴が振動する空間を確保しつつ液滴を被覆して、液滴の周囲の空間の水蒸気分圧を高めて、液滴の蒸発を効率的に抑制しつつ電界撹拌を行うことが可能となる。
【0019】
以下、本発明の電界撹拌方法の概要の理解を促すため、本発明の一例を、図面を参照しつつ説明する。
本発明の電界撹拌方法の一つの実施形態を
図1に模式的に示す。
図1(A)は、試料台上に液滴を形成した状態を示す図面であり、
図1(B)は、液滴を覆うキャップカバーを試料台上に設けた状態を示す図面であり、
図1(C)は、液滴に変動電界を印加した状態を示す図面である。
【0020】
図1(A)に示されるように、試料台1上に溶液を注入することにより液滴2を形成する。液滴2は、表面張力により中央が盛り上がったドーム状の形状となる。そして、液滴2は偏極するため、液滴2の表面にはマイナス電荷3が存在している。
図1(B)に示されるように、試料台1上に中空のキャップカバー4を設けることにより、液滴2の周囲をキャップカバー4で覆うことができる。このようにキャップカバー4を設けることで、液滴2の周囲の空間を密閉に近い状態とし、液滴2の蒸発によって液滴2の周囲の空間の水蒸気分圧及び湿度が高まり、液滴2のさらなる蒸発を抑制することができる。液滴2の周囲の空間はキャップカバー4により密閉することが好ましいが、密閉しなくとも液滴2の周囲の空間の水蒸気分圧及び湿度を高めることができれば、空気が通過できる貫通孔や試料台との間に隙間があってもよい。
【0021】
図1(B)に示されるように、キャップカバー4の形状は液滴2の形状と同じくドーム状となっており、これにより、キャップカバー4内の空隙をできるだけ少なくしつつ、液滴2がキャップカバー4に接触することを防ぐことができる。
キャップカバー4の周囲には円周状の鍔(つば)401が設けられており、鍔401と試料台1とが密接して、キャップカバー4内を密閉に近い状態とすることができる。
【0022】
図1(C)に示されるように、液滴2に変動電界を印加するには、上部電極5、下部電極6、高圧アンプ7及びファンクションジェネレータ8等からなる変動電界印加装置を用いる。
液滴2を形成した試料台1を変動電界印加装置にセットすると、液滴2の上方に上部電極5が位置し、液滴2の下方に下部電極6が位置する。そして、ファンクションジェネレータ8で発生させた信号を高圧アンプ7で昇圧して上下の電極5,6に供給する。ファンクションジェネレータ8で発生させた信号は、周期的に変化する信号であり、上部電極5と下部電極6に供給する電圧の大きさと符号が周期的に変化し、変動電界が発生する。液滴2の表面にはマイナス電荷3が帯電しているため、変動電界印加装置により変動電界を発生させると、変動電界の周波数に合わせて液滴2が周期的に振動し、液滴2が撹拌される。
【0023】
図1(C)に示されるように、上部電極5と液滴2の間には、キャップカバー4や空隙が存在している。また、下部電極6と液滴2の間には、試料台1が存在しており、この実施形態では、試料台1は絶縁性のスライドガラスとなっている。したがって、液滴2は上下の電極5,6とは絶縁されており、変動電界を印加しても液滴2に通電することはない。
図1に示す実施形態においては、キャップカバ−4として、非導電性のPET(ポリエチレンテレフタレート)等の樹脂製のキャップカバーを用いていることから、変動電界がキャップカバー4によって遮蔽されることなく、液滴2に変動電界を問題なく印加することが可能である。また、
図1に示す実施形態においては、キャップカバー4は透明な樹脂製であるため、液滴2に接触しないようにキャップカバー4を設けることが容易であり、また、液滴2が電界撹拌により振動している様子を視認することができる。
【0024】
次に、
図1に示す実施形態において、変動電界により液滴が振動する様子を
図2に示す。
図2(A)は、上部電極に正の電圧が供給され、下部電極に負の電圧が供給された状態を示し、
図2(B)は、上部電極に負の電圧が供給されて、下部電極に正の電圧が供給された状態を示す。
【0025】
図2(A)に示されるように、上部電極5に正の電圧が供給されるときには、下部電極6には、上部電極5とは符号が逆の負の電圧が供給されるため、上部電極5にプラス電荷9が蓄積する一方、下部電極6にはマイナス電荷10が蓄積する。これにより、上部電極5から下部電極6に向かう電気力線を有する電界が発生している。この電界の中で、液滴2が帯びるマイナス電荷3は、上部電極5に蓄積したプラス電荷9に引きつけられ、下部電極6に蓄積したマイナス電荷10と反発するので、上方向にクーロン力が働く。これにより、液滴2は、上方向に引きつけられ、盛り上がった形状となっている。
一方、
図2(B)に示されるように、上部電極5に負の電圧が供給され、下部電極6に正の電圧が供給されるときには、上部電極5にマイナス電荷10が蓄積し、下部電極6にプラス電荷9が蓄積する。これにより、下部電極6から上部電極5に向かう電気力線を有するに電界が発生している。この電界の中で、液滴2が帯びるマイナス電荷3は、上部電極5に蓄積したマイナス電荷10と反発し、下部電極6に蓄積したプラス電荷9に引きつけられるので、下方向にクーロン力が働く。これにより、液滴2は、下方向につぶされて、平たい形状となる。
【0026】
上部電極5と下部電極6に供給する電圧の大きさと符号が周期的に変化し、
図2(A)の状態と
図2(B)の状態の間を周期的に往復することとなるため、液滴2はこの周期に従って振動することになる。
図2(B)の状態のように下方向につぶされた液滴2は、スライドガラスの反作用によりバウンドして、電界の変化にあわせてスムーズに
図2(A)の状態に戻ることができる。
この液滴の周期的な振動により、液滴内部の液体は撹拌される。液滴の振幅は小さいが、液滴の振動の速度(周波数)は大きいため、液滴を効率よく撹拌することができる。
液滴2を激しく振動させると液滴2の蒸発は促進されるが、本発明においては、液滴2をキャップカバー4で覆うため、液滴2の蒸発を抑制することができる。
【0027】
1−2. 本発明の電界撹拌方法の詳細な条件
本発明において電界撹拌を行う「液滴」は、変動電界を印加することにより撹拌できるものであれば如何なるものであってもよく、純粋な液体を用いて液滴を形成できることができ、また、液体に他の物質が混合、分散若しくは溶解した液体を用いて液滴を形成することもできる。液体に他の物質が混合、分散又は溶解した液体としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、合成化合物、天然化合物、金属粒子等の化学物質、核酸、タンパク質、脂質等の生体分子、細胞、微生物、ウイルス、生体組織等の生物試料が、溶媒中に混合、分散又は溶解したものを用いることができる。
本発明によれば、液滴を電界撹拌することで、特殊な反応場を提供し、液滴内の化学反応、生物反応等を促進することができる。例えば、抗体と抗原が結合する抗原抗体反応や、相補的な核酸が塩基対を形成するハイブリダイゼーションや、有機化合物の合成反応等を電界撹拌により促進することができる。また、電界撹拌を行うことにより、液滴を用いた生体試料の洗浄等において洗浄作用を向上させることができる。さらに、電界撹拌を行うことにより、液滴内に分散した粒子の分散性を高めることや、液滴のゼータ電位を制御することや、液滴内で特殊な細胞培養、組織培養を行うことも可能である。
【0028】
液滴の量は、通常、0.1μl〜1000mlの範囲である。特許文献8(特開2016−144422号公報)に記載されている液滴形成用シャーレを用いれば、大容量の液滴を形成することができ、また、特許文献9(特開2016−144780号公報)に記載されている反応デバイスを用いれば、微小な液滴を形成することができる。また、試料台上に撥水フレームを設けることにより、液滴の形成を容易とし、液滴の形状を維持し、また、液滴底面の径寸法のばらつきを抑制することができる。
【0029】
本発明においては、試料台上に液滴を形成するが、ここで使用する「試料台」は、液滴を形成できるものであれば如何なるものであってもよく、例えば、平板状のものや、凹凸が形成されたものを用いることができる。「試料台」の具体例としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、スライドガラス、マイクロタイタープレート、シャーレ、ビーカーや、特許文献8(特開2016−144422号公報)に記載された液体形成用シャーレや、特許文献9(特開2016−144780号公報)に記載された反応デバイス等を用いることができる。
液滴の形状は、変動電界を印加することにより撹拌できるものであれば如何なるものであってもよいが、表面張力により中央が盛り上がったドーム状の液滴を形成することが好ましい。
【0030】
本発明で使用する「キャップカバー」は、液滴を覆うことができ、中空となっていて液滴を振動させることができる空間を確保できるものであれば、如何なるものであってもよい。
キャップカバーとしては、中空の蓋様の形状を有するキャップカバーを用いることが好ましく、このようなキャップカバーで液滴に蓋をして、液滴の蒸発を効率的に抑制しつつ電界撹拌を行うことができる。
中空な蓋様の形状を有するキャップカバーとしては、例えば、これらに限定されるわけではないが、中空なドーム状のキャップカバーや、カップ状のキャップカバーや、円筒の蓋状のキャップカバーや、直方体又は立方体の蓋状のキャップカバー等を用いることができる。
液滴は通常ドーム状に形成されるため、中空なドーム状のキャップカバーを用いることが好ましく、キャップカバー内の空隙をできるだけ少なくしつつ、液滴がキャップカバーに接触することを防ぐことができる。
【0031】
キャップカバーは、電界撹拌を行ったときに液滴に接触しないように設置することが好ましい。キャップカバーを液滴に接触させないことにより、液滴の振動が阻害されず、効率的に液滴を電界撹拌することが可能である。
ただし、液滴の振動が阻害されない形態であれば、キャップカバーは液滴の一部と接触してもよい。キャップカバーが液滴の一部と接触していても、液滴が振動できる空間が確保できれば、液滴を電界撹拌することが可能である。
【0032】
本発明においては、キャップカバーにより液滴の周囲の空間を密閉することが好ましい。液滴の周囲の空間を密閉することにより、液滴の周囲の空間の水蒸気分圧及び湿度が高い状態を容易に維持できるため、液滴の蒸発を効率的に抑制することができる。
ただし、本発明においては、キャップカバーにより液滴の周囲の空間を密閉しなくとも、液滴の周囲の空間の水蒸気圧及び湿度を高めて液滴の蒸発を抑制できるのであれば、空気が通過できる貫通孔や試料台との間に隙間があってもよい。
【0033】
本発明で使用するキャップカバーは、非導電性の材料で形成されていることが好ましい。キャップカバーが導電性の材料で形成されていると、キャップカバーの外部から変動電界を印加しても、静電遮蔽が生じて、液滴に印加する変動電界が弱まってしまう。このため、導電性ではなく非導電性の材料により形成されたキャップカバーを用いることにより、効率良く変動電界を液滴に印加することが可能となる。
非導電性の材料としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、樹脂、ガラス、エラストマー、セラミック等を用いることができる。樹脂としては、例えば、ポリオレフィン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリカーボネート系樹脂等を使用することができる。
【0034】
本発明で使用するキャップカバーは、透明な材料で形成することが好ましい。キャップカバーを透明な材料で形成することにより、液滴に接触しないようにキャップカバーで液滴を覆うことが容易になるとともに、液滴が電界撹拌により振動している様子を視認することもできる。
透明な材料としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、透明な樹脂や、ガラス等を使用することができる。
【0035】
本発明においては、液滴に変動電界を印加するが、液滴を撹拌できるものであればどのような電圧、周期、波形の変動電界であってもよい。印加する変動電界の電圧は、液滴の大きさにより異なるが、十分に撹拌効果を生じさせるためには、0.35〜2.5kv/mmとするのが好ましい。また、印加する変動電界を発生させるための信号は、0.1〜800Hzとするのが好ましい。印加する変動電界を発生させるための信号は、方形波、正弦波、三角波、ノコギリ波などを使用することができるが、撹拌効率を高めるためには、瞬間的な変化の大きい方形波を用いるのが好ましい。また、液滴に波を生じさせるような動きにより撹拌を行う場合には、正弦波を用いることが好ましい。変動電界を発生させるための信号は、プラスとマイナスの間を反転する波形とすることもできるが、プラス側に偏って周期的に変化する波形を用いることもでき、また、マイナス側に偏って周期的に変化する波形を用いることもできる。
【0036】
図3は、本発明の電界撹拌方法の他の一つの実施形態を示す図面であり、プラス側に偏って周期的に変化する変動電界を液滴に印加して電界撹拌を行う方法を模式的に示す。
図3(A)は、上部電極に印加される正の電圧が最も大きくなった状態を示し、
図3(B)は、上部電極に印加される正の電圧が最も小さくなった状態を示す。
【0037】
図3(A)に示されるように、上部電極5には高圧アンプ7から電圧が供給される。ここで、高圧アンプ7には、ファンクションジェネレータ8からプラス側に偏って周期的に変化する波形の信号が供給されることにより、高圧アンプ7から上部電極5に対して、電圧の大きさが周期的に変化する正の電圧が供給される。
図3(A)は、上部電極5に印加される正の電圧が最も大きくなった状態を示しており、上部電極5に蓄積するプラス電荷9の量は、この時点で最大となる。そして、上部電極5に蓄積したプラス電荷9により、液滴2の表面のマイナス電荷3が大きく引きつけられて、液滴2は中央が盛り上がった形状となる。
【0038】
図3(B)は、上部電極5に印加される正の電圧が最も小さくなった状態を示しており、上部電極5に蓄積したプラス電荷9の量は、この時点で最小となる。そして、上部電極5に蓄積したプラス電荷9が少ないため、液滴2を引きつける上向きの力が極めて弱くなり、液滴2は重力により下方向に押しつぶされて、平たい形状となる。
上部電極5に印加される正の電圧の大きさは周期的に変化して、
図2(A)の状態と
図2(B)の状態の間を周期的に往復することとなるため、液滴2はこの周期に従って振動することになる。
図3に示される実施形態によれば、電圧アンプ7として、上部電極5にのみ電圧を供給する電圧アンプを用いればよいため、変動電界印加装置のコストを削減することが可能となる。
【0039】
本発明においては、液滴に変動電界を印加して電界撹拌を行うが、液滴の振動が極めて小さく観察できないような場合でも、液滴が高速に振動することにより液滴内部において効率的に撹拌を行うことが可能である。
【0040】
本発明においては、
図1に示す実施形態のように、液滴を形成した後に、キャップカバーを試料台に設けてもよいが、先にキャップカバーを試料台に設けて、キャップカバーと試料台の間の隙間等から溶液を注入することにより液滴を形成することもできる。
また、本発明においては、
図1に示す実施形態のように、キャップカバーを試料台に設けた後に、液滴に変動電界を印加してもよいが、キャップカバーを試料台に設ける前から、液滴に対する変動電界の印加を開始することもできる。ただし、この場合には、液滴の蒸発を防ぐため、変動電界の印加を開始した後すみやかにキャップカバーを設けることが好ましい。
【0041】
2. 生体分子の検出方法
2−1. 本発明の生体分子の検出方法の概要
本発明の生体分子の検出方法は、固形の生体試料中に含有される生体分子と生体分子に特異的な検出分子を結合させることにより、固形の生体試料中の生体分子を検出する方法に関する。
ここで、「固形の生体試料」とは、生物の器官、生体組織、それらの一部、又はそれらの切片などの、固形状の生体試料を意味し、生体から抽出したタンパク質や核酸等の液体状の溶液を意味するものではない。固形の生体試料としては、生体組織の切片のように生体組織の形態を維持したものだけでなく、培養した細胞や血液、微生物等を包埋剤やゲル等でブロック状又はシート状にしたもののように、人工的に固形化した生体試料を用いてもよい。
【0042】
本発明において、「生体分子」とは、タンパク質、核酸、多糖類、脂質等の生体に存在する分子をいい、糖タンパク質のようにこれらの生体分子同士が結合したものも含む。
本発明において、生体分子に特異的な「検出分子」とは、これらに限定されるわけではないが、例えば、検出目的とするタンパク質に特異的な抗体、核酸に相補的な配列を有する核酸プローブ、生体分子に親和性のある低分子化合物や毒素、糖鎖と結合する能力を有するタンパク質であるレクチン等を用いることができる。
そして、検出分子として核酸プローブを用いることにより、インサイチュハイブリダイゼーション(ISH)による核酸の検出を行うことができ、また、検出分子として抗体を用いることにより、免疫組織化学(IHC)によるタンパク質の検出を行うことができる。
【0043】
本発明の生体分子の検出方法は、次のA)〜E)を含むことを特徴とする。
A)試料台上に固形の生体試料を裁置すること
B)検出分子を含む溶液を用いて、固形の生体試料を覆うように、試料台上に液滴を形成すること
C)液滴を覆う中空のキャップカバーを試料台上に設けること
D)液滴に変動電界を印加することで液滴を撹拌して、固形の生体試料中に含まれる生体分子と検出分子とを結合させること
E)生体分子に結合した検出分子により、生体分子の存在を検出すること
【0044】
以下、本発明の生体分子の検出方法の概要の理解を促すため、本発明の一例を、図面を参照しつつ説明する。
本発明の生体分子の検出方法の一つの実施形態を
図4に模式的に示す。
図4(A)は、試料台上に固形の生体試料を裁置した状態を示す図面であり、
図4(B)は、検出分子を含む溶液を用いて、固形の生体試料を覆うように液滴を形成した状態を示す図面であり、
図4(C)は、液滴を覆う中空のキャップカバーを試料台上に設けた状態を示す図面であり、
図4(D)は、液滴に変動電界を印加することで液滴を撹拌して、固形の生体試料中に含まれる生体分子と検出分子とを結合させた状態を示す図面である。
【0045】
図4(A)に示されるように、試料台1の上に、固形の生体試料11を裁置する。固形の生体試料11には、検出の対象となる生体分子12が含まれている。
次に、
図4(B)に示されるように、検出分子13を含む溶液を用いて、固形の生体試料11を覆うように、液滴2を形成する。ここで、検出分子13は、生体分子12に特異的に結合できる分子であり、あらかじめ蛍光色素又は発色酵素などにより標識しておくことが好ましい。
液滴2は偏極するため、液滴2の表面にはマイナス電荷3が存在している。
【0046】
図4(C)に示されるように、試料台1上にキャップカバー4を設けることにより、液滴2の周囲をキャップカバー4で覆うことができる。キャップカバー4を設けることで、液滴2の周囲の空間を密閉に近い状態とし、液滴2の蒸発によって液滴2の周囲の空間の水蒸気分圧及び湿度が高まり、液滴2のさらなる蒸発を抑制することができる。
【0047】
図4(D)に示されるように、上部電極5、下部電極6、高圧アンプ7及びファンクションジェネレータ8等からなる変動電界印加装置により、液滴2に変動電界を印加する。液滴2の表面はマイナス電荷3が帯電しているため、変動電界を印加すると、
図2及び3で示したのと同じ原理により、変動電界の周波数に合わせて液滴2が周期的に振動し、液滴2が撹拌される。
変動電界を印加して液滴を電界撹拌することにより、生体分子と検出分子との結合反応を促進することができる。例えば、非特許文献1及び2において実証されているとおり、電界撹拌によって、抗原と抗体の抗原抗体反応を促進し、標的核酸と核酸プローブとのハイブリダイゼーション反応を促進することができるため、インサイチュハイブリダイゼーション(ISH)や、免疫組織化学(IHC)の時間を短縮することや、検出感度を高めることが可能となる。
【0048】
液滴のイオン等の濃度やpHが変化すると、生体分子と検出分子との結合反応が抑制されることがあるが、本発明の生体分子の検出方法によれば、液滴の蒸発を抑制して、イオン等の濃度やpHの変化を防ぐことができるので、安定した条件下に生体分子と検出分子とを結合させることができる。
また、キャップカバーは、液滴の周囲の空間を覆うことにより、液滴の温度の安定化にも寄与し、安定した温度条件下に生体分子と検出分子とを結合させることができる。生体分子と検出分子との結合反応は、温度によって影響され、特に、核酸と核酸プローブとのハイブリダイゼーションを行う場合には、温度が極めて重要な条件となる。
【0049】
生体分子と検出分子とを結合させた後には、検出分子を含む溶液を取り除き、さらに、界面活性剤と低濃度の塩を有するバッファーを用いて洗浄を行うことにより、未反応の検出分子を取り除く。
検出分子は予め蛍光色素や発色酵素等で標識した場合には、蛍光や酵素による発色により、生体分子の存在を確認することが可能である。また、検出分子を直接標識せずに、検出分子に結合する標識抗体(2次抗体)を用いて、間接的に検出分子を標識して観察することも可能である。標識による発色を顕微鏡観察することにより、固形の生体試料中における生体分子の局在位置と発現量を色彩によりイメージングすることが可能となる。
【0050】
2−2. 本発明の生体分子の検出方法の詳細な条件
本発明の生体分子の検出方法のA)の工程においては、試料台上に、固形の生体試料を載置する。ここで、「試料台」としては、前記1−2.に記載したものを用いることができる。また、「固形の生体試料」とは、前記のとおり、生物の器官、生体組織、それらの一部、又はそれらの切片などの、固形状の生体試料を用いることができる。そして、固形の生体試料としては、生体組織の切片のように、生体組織の形態を維持したものだけでなく、培養した細胞や血液、微生物等を包埋剤やゲルでブロック状又はシート状にしたもののように、人工的に固形化した生体試料を用いることもできる。
【0051】
本発明の生体分子の検出方法において、「固形の生体試料」は、化学的あるいは物理的に固定されたものを用いてもよく、また、固定されていないものを用いてもよい。化学的な固定としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、ホルムアルデヒド、グルタールアルデヒド、スベリミド酸ジメチル二塩酸塩、四酸化オスミウム等を、生体組織や細胞に浸潤させ、生体組織・細胞内の高分子物質を架橋することによって不動化する方法がある。また、物理的な固定としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、煮沸やマイクロウェーブ照射による熱凝固や、凍結により生体組織・細胞内の高分子物質を不動化する方法がある。また、これらを組み合わせ、例えば、固形の生体試料を急速凍結後に、ホルマリン/アセトン中で置換固定したものであってもよい。その他、固形の生体試料に対しては、抗原賦活化等の処理を行ってもよい。
通常、器官や生体組織の一部を固形の生体試料とする場合、そのままの大きさで顕微鏡観察することが難しいため、ある程度の厚さの切片を作製する。切片の作製方法としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、固形の生体試料をOCTコンパウンド等の凍結組織包埋剤に包埋し、凍結してから凍結ミクロトームにて薄切りする方法や、固形の生体試料を凍結せずにそのまま振動式ミクロトーム等により薄切りする方法や、固形の生体試料をパラフィンに包埋し冷却して硬くした後に、ミクロトームにて薄切りする方法などがある。
【0052】
本発明の生体分子の検出方法のB)の工程においては、検出分子を含む溶液を用いて、固形の生体試料を覆うように液滴を形成する。液滴は、必ずしも固形の生体試料の全面を覆う必要はなく、一部のみを覆うように形成してもよい。
ここで、「検出分子」とは、検出目的とする生体分子に特異的に結合することができる分子である。そして、「検出分子」としては、前記のとおり、抗体や、核酸プローブ等を用いることができる。核酸プローブとしては、DNA、RNAのみならず人工核酸を用いることもできる。
液滴の量や液滴の形状等については、固形の生体試料の大きさや形状に応じて適宜設定するが、前記1−2.に記載した条件と同様である。
【0053】
本発明の生体分子の検出方法のC)の工程においては、液滴を覆う中空のキャップカバーを試料台上に設ける。ここで使用する「キャップカバー」は、前記1−2.に記載したものと同様の形状及び材料のものを用いることができる。
【0054】
本発明の生体分子の検出方法においては、キャップカバーにより液滴の周囲の空間を密閉することが好ましい。液滴の周囲の空間を密閉することで、液滴の周囲の空間の水蒸気分圧及び湿度が高い状態を容易に維持できるため、液滴の蒸発を効率的に抑制することができる。
ただし、本発明の生体分子の検出方法においては、キャップカバーにより液滴の周囲の空間を密閉しなくとも、液滴の周囲の空間の水蒸気圧及び湿度を高めて液滴の蒸発を抑制できるのであれば、空気が通過できる貫通孔や試料台との間に隙間があってもよい。
【0055】
本発明の生体分子の検出方法においては、キャップカバーは、電界撹拌を行ったときに液滴に接触しないように設置することが好ましい。キャップカバーを液滴に接触させないことにより、液滴の振動が阻害されず、効率的に液滴を電界撹拌することが可能である。
ただし、液滴の振動が阻害されない形態であれば、キャップカバーは液滴の一部と接触してもよい。キャップカバーが液滴の一部と接触していても、液滴が振動できる空間が確保できれば、液滴を電界撹拌することが可能である。
【0056】
本発明の生体分子の検出方法のD)の工程においては、液滴に変動電界を印加することで液滴を撹拌して、固形の生体試料中に含まれる生体分子と検出分子とを結合させる。
ここで、液滴に印加する変動電界の電圧、周期、波形等は、前記1−2.に記載した条件と同様の条件とすることができる。
電界撹拌を行う時間は特に限定されないが、抗原抗体反応を行う場合には、通常10秒〜20分であり、ハイブリダイゼーションを行う場合には、通常1分〜60分である。
【0057】
ハイブリダイゼーションを行う場合には、ペルチェ素子等を用いた温度制御装置により、液滴の温度がハイブリダイゼーションに適した温度となるように上昇させて、当該温度に保つことが好ましい。ハイブリダイゼーションに適した温度は、核酸の種類やGC含量及び長さに応じて適宜設定することができ、通常30〜70℃である。
このように液滴の温度を上昇させた場合には、液滴がさらに蒸発しやすくなるが、キャップカバーを用いることにより液滴の蒸発を抑制することができる。
【0058】
本発明の生体分子の検出方法のE)の工程においては、生体分子に結合した検出分子により、生体分子の存在を検出する。
E)における検出は、例えば、検出分子の発色や放射線等を利用して検出することができる。検出分子を発色させる方法としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、検出分子に酵素(発色酵素)、蛍光色素、蛍光タンパク質、色素等の標識をあらかじめ連結させる方法や、検出分子と生体分子が結合した後に、標識を連結した抗体等を検出分子に結合させる方法により、検出分子を発色させる方法がある。また、検出分子から放射線を発する方法としては、あらかじめ検出分子に放射性同位体を取り込ませて標識する方法を用いることができる。
【0059】
本発明の生体分子の検出方法において、検出分子として抗体を用いて、免疫組織化学(IHC)による検出を行うことができる。また、検出分子として目的とする核酸に相補的な配列を有する核酸プローブを用いて、インサイチュハイブリダイゼーション(ISH)による検出を行うことができる。
また、他の検出方法としては、例えば、これらに限定されるわけではないが、糖タンパク質の糖鎖にレクチンを結合させて検出する方法、F―アクチンというタンパク質にファロイジンという毒素を結合させて検出する方法、核酸に結合するタンパク質を、蛍光色素で標識した核酸で検出する方法(サウスウェスタン)等がある。
【0060】
本発明の生体分子の検出方法のA)〜D)の工程は、必ずしもこの順に行う必要はない。例えば、試料台にキャップアカバーを設けるC)の工程の後に、キャップカバーと試料台の間の隙間から溶液を注入して液滴を形成することでB)の工程を行うことができる。また、キャップカバーを設けるC)の工程を行う前から、液滴に変動電界を印加するD)の工程を開始することもできる。
【0061】
3. 電界撹拌用キャップカバー
本発明は、非導電性の材料により形成され、中空の蓋様の形状を有し、液滴に変動電界を印加して液滴を撹拌する電界撹拌を行うにあたり、液滴を覆うために用いる電界撹拌用キャップカバーを提供する。
本発明の電界撹拌用キャップカバーは、非導電性の材料により形成されているため、キャップカバーの外部から液滴に変動電界を印加しても、静電遮蔽により電界が遮られることなく、効率良く変動電界を液滴に印加することが可能となる。
非導電性の材料としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、樹脂、ガラス、エラストマー、セラミック等を用いることができる。樹脂としては、例えば、ポリエステル系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリカーボネート系樹脂等を使用することができる。
【0062】
本発明の電界撹拌用キャップカバーは、透明な材料で形成することが好ましい。キャップカバーを透明な材料で形成することにより、液滴に接触しないようにキャップカバーで液滴を覆うことが容易になるとともに、液滴が電界撹拌により振動している様子を視認することもできる。
透明な材料としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、透明な樹脂や、ガラス等を使用することができる。
【0063】
本発明の電界撹拌用キャップカバーは、中空の蓋様の形状を有しているため、液滴を覆うことができるのと同時に、液滴の振動に必要な空間を確保することができる。
中空な蓋様の形状を有するキャップカバーとしては、これらに限定されるわけではないが、例えば、中空なドーム状のキャップカバーや、カップ状のキャップカバーや、円筒の蓋状のキャップカバーや、直方体又は立方体の蓋状のキャップカバー等を用いることができる。
【0064】
本発明の電界撹拌用キャップカバーは、電界撹拌を行ったときに液滴が接触しない構造とすることが好ましく、これにより液滴の振動を阻害することを防ぐことができる。
液滴は通常ドーム状に形成されるため、電界撹拌用キャップカバーの形状を中空なドーム形状とすることが好ましく、キャップカバー内の空隙をできるだけ少なくしつつ、液滴がキャップカバーに接触することを防ぐ構造とすることができる。
ただし、液滴の振動が阻害されない形態であれば、キャップカバーは液滴の一部と接触してもよい。キャップカバーが液滴の一部と接触していても、液滴が振動できる空間が確保できれば、液滴を電界撹拌することが可能である。
【0065】
本発明の電界撹拌用キャップカバーは、液滴の周囲の空間を密閉できる構造とすることが好ましい。そのような構造とするためには、例えば、これらに限定されるわけではないが、貫通孔を有しないキャップカバーとし、また、蓋様の形状のキャップカバーの周囲に、試料台と密接する鍔(つば)を設けることが好ましい。キャップカバーの周囲に形成された鍔と、試料台との間に、毛細管現象により微量の水を浸潤させれば、液滴の周囲の空間を完全に密閉することも可能である。
ただし、本発明の電界撹拌用キャップカバーは、液滴の周囲の空間を密閉しなくとも、液滴の周囲の空間の水蒸気圧及び湿度を高めて液滴の蒸発を抑制できるのであれば、空気が通過できる貫通孔や試料台との間に隙間があってもよい。
【0066】
前記のとおり、本発明の電界撹拌用キャップカバーは、液滴が接触せず、貫通孔や試料台との間に隙間を有しない構造とすることが好ましいが、そのような構造に限定されるわけではなく、用途に応じて様々な構造とすることができる。
例えば、
図5は、本発明の電界撹拌用キャップカバーの一つの実施形態を示す模式図であるが、キャップカバーの中央に外部と連通する管を有する構造となっている。
図5(A)に示すように、液滴を形成する前に、キャップカバー4を試料台1上に裁置する。キャップカバー4の中央には両端が開放された管14が設けられており、管14によってキャップカバー4の内部と外部が連通している。次に、
図5(B)に示すように、マイクロピペットの先端15を管14の内部に挿入して、マイクロピペットの先端15を試料台1の表面に近づけた上で、溶液16を注入する。溶液16は、マイクロピペットの先端15から流出して、試料台1上に広がる。
図5(C)に示すように、溶液16の注入が完了すると液滴2が形成される。
【0067】
4. 電界撹拌用キット
本発明は、電界撹拌用キャップカバーと、撥水フレームを有する試料台とを含む、電界撹拌用キットを提供する。
本発明の電界撹拌用キットに含まれる電界撹拌用キャップカバーは、非導電性の材料により形成され、中空の蓋様の形状を有しているものであり、前記3.に記載したものと同様のものを使用することができる。
【0068】
本発明の電界撹拌用キットに含まれる、撥水フレームを有する試料台は、試料台上に撥水性の材料で形成された枠(フレーム)を有しており、これにより液滴の形成を容易とし、液滴の形状を維持し、また、液滴底面の径寸法のばらつきを抑制することができる。
また、電界撹拌用キャップカバーと撥水フレームとを嵌合可能に形成することにより、電界撹拌用キャップカバーの位置ズレを防止し、また、電界撹拌用キャップカバーの内部の空間を密閉することができる。
【0069】
図6に、本発明の電界撹拌用キットの一つの実施形態を模式的に示す。
図6(A)に示されるように、試料台1上には、リング状の撥水フレーム17が設けられている。そして、撥水フレーム17によって囲まれた円形領域の内部に溶液を注入することにより、液滴2を形成することができる。撥水フレーム17は撥水性の材料で形成されているため、撥水フレーム17ではじかれて液滴2は円形領域の内部に維持され、容量の大きな液滴でも容易に形成することができ、液滴の形状を維持し、また、液滴底面の径寸法のばらつきを抑制することができる。
図6(B)に示されるように、電界撹拌用キャップカバーと撥水フレームとは嵌合可能に形成されており、電界撹拌用キャップカバー4を試料台1上に設けた場合に、電界撹拌用キャップカバー4の下端の内周面と、撥水フレーム17の外周面とが密着する。これにより、電界撹拌用キャップカバー4の位置ズレを防止するとともに、電界撹拌用キャップカバー4内の空間を密閉することができる。このような電界撹拌用キットを用いることにより、液滴の蒸発を効率的に抑制しつつ、液滴を電界撹拌することが可能となる。
【0070】
本発明で使用する撥水フレームの形状は、液滴の形成を容易とするものであれば特に限定されないが、リング状の形状とすることが好ましい。ここでリング状とは、円形状、楕円形状、多角形状等とすることができるが、円形又は楕円状とすることが好ましい。また、撥水フレームをリング状の形状とした場合には、液滴を形成できるものであれば、一部が途切れていてもよいが、安定した液滴を形成するためには、途切れることなく連続する周を形成するリングとすることが好ましい。
また、撥水フレームに使用される撥水性の材料としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、ポリテトラフルオロエチレンなどのフッ素系樹脂、オルガノポリシロキサンなどのシリコン樹脂等を用いることができる。
【0071】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0072】
(インサイチュハイブリダイゼーション)
本発明の電界撹拌方法を用いたインサイチュハイブリダイゼーションにより、ALK融合遺伝子の検出を行った。ALK融合遺伝子は、ALK遺伝子と他の遺伝子が融合してできた異常なガン遺伝子であり、非小細胞肺がんの患者の3〜5%に認められる。ALK遺伝子陽性の患者に対しては、ALK阻害剤による治療が有効であることから、肺癌の病理診断においてALK融合遺伝子の検出が行われている。
ALK融合遺伝子の検出には、Vysis(登録商標)ALK Break Apart FISH probe kit(Abott社)を用いた。ALK遺伝子に特異的で緑色蛍光色素で標識された核酸プローブと、ALK遺伝子に隣接する領域に特異的で赤色蛍光色素で標識された核酸プローブとを用いて、FISH(Fluorescence In Situ Hybridization)を行った。ALK遺伝子転座がない場合には、2種類の蛍光色素により染色された肺癌細胞において緑と赤のシグナルが近接又は融合して黄色のシグナルとして観察される。一方、ALK遺伝子転座がある場合には、2種類の蛍光色素により染色された肺癌細胞において、緑と赤のシグナルが分離して観察される。
FISHは次の実験手順により行った。
1)キットに含まれるPretreatment Bufferを用いて、肺癌患者から摘出された組織切片の前処理を行った。
2)組織切片を洗浄した後、キットに含まれるペプシン溶液に組織切片を浸漬して、ペプシンによるプロテアーゼ処理を行った。
3)組織切片を洗浄してスライドガラス上に裁置し、キットに含まれる核酸プローブ溶液を用いて組織切片上に液滴を形成した。
4)PET(ポリエチレンテレフタレート)により製造した電界撹拌用キャップカバーを、液滴を覆うようにスライドガラス上に裁置した。
5)スライドガラスを変動電界印加装置にセットして、80℃に加熱してプローブの熱変成を行った。
6)液滴の温度が37℃となるように保温し、変動電界を印加して電界撹拌を行いつつ、180分間ハイブリダイゼーションを行った。
7)SSCバッファーを用いて組織切片を5分間洗浄した後、風乾させた。
8)風乾させた組織切片にDAPIを滴下して核染色を行った。
9)染色した組織切片を蛍光顕微鏡により観察した。
【0073】
比較例として、電界撹拌を行わずに、キットのプロトコールに従ったFISHを行った。
すなわち、前記6)の実験手順において、熱変成した核酸プローブ溶液を組織切片上に滴下してカバーガラスで覆い、37℃で16時間ハイブリダイゼーションを行った。
その他の実験手順は、上記と同様に行った。
【0074】
(インサイチュハイブリダイゼーションの結果)
インサイチュハイブリダイゼーションを行った組織切片を、顕微鏡観察した結果を
図7に示す。
図7(A)は、電界撹拌用キャップカバーを使用して電界撹拌によるハイブリダイゼーションを180分間行った場合の結果を示し、
図7(B)は、電界撹拌を行わずに通常のハイブリダイゼーションを16時間行った場合の結果を示す。
図7に示されるように、電界撹拌により短時間でハイブリダイゼーションを行った場合には、より短時間で従来のハイブリダイゼーションを行った場合と同等のシグナル強度が得られた。
【実施例2】
【0075】
(免疫組織化学)
本発明の電界撹拌方法を用いた免疫組織化学(免疫染色)により、HER2タンパク質の検出を行った。被検試料として、乳癌患者から摘出された組織切片を用い、1次抗体としてHER2抗体を用いた。使用するHER2抗体は通常50倍希釈で用いられるが、検出限界感度を確認するため、1000倍に希釈して使用した。PET(ポリエチレンテレフタレート)により製造した電界撹拌用キャップカバーにより液滴を覆い、室温にて電界撹拌を行いつつ、抗原抗体反応を行った。免疫染色は、次の表に示す実験手順により行った。
【0076】
【表1】
【0077】
比較例として、前記手順の7.と9.において、通常法として電界撹拌を行わず室温で静置して抗原抗体反応を行う免疫染色を行った。
検出限界を確認するために行った1000倍希釈実験においては、免疫染色を行った組織切片を顕微鏡観察すると、電界撹拌を行わずに静置して免疫染色を行った場合には、染色は認められなかった。一方、電界撹拌により免疫染色を行った場合には、染色が認められた。
この結果から、電界撹拌を追加すれば、抗体試薬を1000倍に希釈しても、免疫染色を行うことが可能であることが明らかとなった。
【実施例3】
【0078】
(液滴の蒸発量測定)
1次抗体希釈液(Dako製 Dako REAL Antibody Diluent)を用いて、実施例2の実験手順7により電界撹拌を行った場合における、液滴の蒸発量の測定を行った。電界撹拌用キャップカバーや電界撹拌の有無、そして温度による蒸発量への影響を調べるため、次の各条件により電界撹拌の前後における液滴の重量変化を測定することにより、液滴の蒸発量を測定した。
1) コントロール静置(37℃): 37℃の条件下に電界撹拌を行わない。
2) R−IHC(37℃): 37℃の条件下に電界撹拌を行う。
3) R−IHC(30℃): 30℃の条件下に電界撹拌を行う。
4) R−IHC+キャップカバー(37℃): 37℃の条件下に電界撹拌用キャップカバーを用いて電界撹拌を行う。
5) R−IHC+キャップカバー(30℃): 30℃の条件下に電界撹拌用キャップカバーを用いて電界撹拌を行う。
6) R−IHC(室温): 室温下に電界撹拌を行う。
7) R−IHC+キャップカバー(室温): 室温下に電界撹拌用キャップカバーを用いて電界撹拌を行う。
【0079】
図8は、前記各条件にて液滴の蒸発量を測定した結果を示すグラフである。
図8中、*印は、コントロール静置(37℃)における蒸発量に対して有意差のある蒸発量が計測されたことを示す。
図8に示されるように、室温下に電界撹拌を行っても液滴の蒸発量は静置の場合と大差ないが、37℃又は30℃の条件下に電界撹拌を行うと蒸発量が格段に大きくなることが明らかとなった。37℃はHER2 FISHでハイブリダイゼーションを行う際に最適な温度であるが、かかる条件下に電界撹拌を行うと、液滴が蒸発して抗体が濃縮され、偽陽性をもたらす恐れがある。
一方、37℃又は30℃の条件下でも、キャップカバーを用いることにより、蒸発量を抑制できることが明らかとなった。免疫染色を行う場合や、それよりも長時間の電界撹拌を要するインサイチュハイブリダイゼーションを行う場合には、電界撹拌用キャップカバーによる蒸発抑制が極めて重要であることが明らかとなった。