【実施例】
【0052】
以下、実施例により本発明をより具体的に詳述するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0053】
〔実施例1〕
[グラム陰性細菌(大腸菌)、グラム陽性細菌(枯草菌)及び真菌(酵母)に対するDNAアプタマーの選抜]
本発明のアプタマー選抜方法を用いて標的物質である微生物(グラム陰性細菌である大腸菌、グラム陽性細菌である枯草菌、及び真菌である酵母)に対して特異的に結合するDNAアプタマーの選抜を行った。
【0054】
1.微生物の培養と精製
細菌(大腸菌及び枯草菌)は試験管中で培養した。このとき用いた培地はトリプトン:1%(w/v)、酵母エキス:0.5%(w/v)、塩化ナトリウム:1%(w/v)を含むLB培地を用い、37度、毎分120回転で一晩撹拌し、細菌数が10
8〜10
9cfu/mLとなるように培養した。
その後、培養した細菌溶液1mLをとり、毎分3600回転で3分間遠心処理を行い、上澄み液を除去後、純水1mLを添加した。この操作を3回繰り返すことにより細菌を洗浄した。
【0055】
真菌である酵母は、市販のイースト菌1mgを遠心用バイアルにとり、純水1mLを添加後、撹拌し、溶解した。
その後、酵母を溶解した試料を、毎分3600回転で3分間遠心処理を行い、上澄み液を除去後、純水1mLを添加した。この操作を3回繰り返すことにより細菌を洗浄した。
【0056】
2.DNAライブラリーの調製
DNAライブラリーは以下の配列を有し、5´末端がフルオレセインで蛍光修飾され、全長が88塩基で、ランダム配列部分(N)が45塩基のオリゴDNAを用いた。
〔配列番号1〕:5´−6FAM−GCAATGGTACGGTACTTCC−N45−CAAAAGTGCACGCTACTTTGCTAA−3´〔医学生物学研究所社製〕
【0057】
10mM水酸化ナトリウムを含む、50mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝溶液(pH8.5)を調製し、この緩衝溶液を溶媒として10μMのDNAライブラリー溶液を調製した。この試料をサーマルサイクラーに設置し、95度まで温度を上昇させ、5分間熱変性させた後、60分間で20度まで冷却して用いた。
【0058】
3.標的物質とDNAライブラリーの混合
大腸菌、枯草菌、又は酵母に対して特異的に結合するDNAアプタマーの選抜のため、以下の試料1、試料2及び試料3を調製した。
〔試料1〕前記1の大腸菌溶液と、前記2のDNAライブラリー溶液と、500mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝溶液(pH8.5)と、0.125%(w/v)ポリエチレンオキサイド600,000と、純水とを、それぞれ2:1:1:1:5で混合し、これにより大腸菌とDNAライブラリーとを接触させ、室温にて30分放置し、この混合溶液中において大腸菌とDNAアプタマーとの複合体を形成させた。
【0059】
〔試料2〕前記1の枯草菌溶液と、前記2のDNAライブラリー溶液と、500mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝溶液(pH8.5)と、0.125%(w/v)ポリエチレンオキサイド600,000と、純水とを、それぞれ2:1:1:1:5で混合し、これにより枯草菌とDNAライブラリーとを接触させ、室温にて30分放置し、この混合溶液中において枯草菌とDNAアプタマーとの複合体を形成させた。
【0060】
〔試料3〕前記1の酵母溶液と、前記2のDNAライブラリー溶液と、500mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝溶液(pH8.5)と、0.125%(w/v)ポリエチレンオキサイド600,000と、純水とを、それぞれ2:1:1:1:5で混合し、これにより酵母とDNAライブラリーとを接触させ、室温にて30分放置し、この混合溶液中において酵母とDNAアプタマーとの複合体を形成させた。
【0061】
4.キャピラリー過渡的等速電気泳動法による細菌−DNAアプタマー複合体と遊離のDNAライブラリーの分離と細菌−DNAアプタマー複合体の回収
0.0125%(w/v)ポリエチレンオキサイド600,000を含む、50mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−300mMグリシン緩衝溶液(pH8.5)を調製し、この緩衝溶液をキャピラリー電気泳動の泳動液とした。
【0062】
キャピラリー電気泳動装置は、Agilent G7100キャピラリー電気泳動システム〔アジレント・テクノロジー社製〕を使用し、検出波長は270nmとした。
【0063】
キャピラリー電気泳動装置は、内径100μm、全長50cm、有効長41.5cmのフューズドシリカキャピラリー〔GLサイエンス社製〕を設置して用いた。
【0064】
前記の泳動液を、前記のフューズドシリカキャピラリーに満たした後、前記3の試料1、試料2、又は試料3を50mbarで18秒間、圧力を印加することで、500nL注入した。
【0065】
次に、20kVの電圧を印加することにより、DNAアプタマーと微生物(大腸菌、枯草菌、又は酵母)との複合体と遊離のDNAライブラリーの分離を行った。
【0066】
分離されたDNAアプタマーと微生物(大腸菌、枯草菌、又は酵母)との複合体がキャピラリー出口に到達する12秒前から30秒間の分画を30μLの純水に回収した。
【0067】
5.大腸菌結合性DNAアプタマーのポリメラーゼ連鎖反応による増幅
PCRの反応溶液の調製は、PCR酵素キットであるTaKaRa Ex Taq〔タカラバイオ社製〕のプロトコールに準拠して調製した。
【0068】
ここで用いたプライマー配列を以下に示した。
〔配列番号2〕5´−FAM−GCAATGGTACGGTACTTCC−3´〔医学生物学研究所社製〕
〔配列番号3〕5´−Bio−TTAGCAAAGTAGCGTGCACTTTTG−3´〔医学生物学研究所社製〕
配列番号2のDNAには、PCR増幅後のDNAの検出を容易にするため、5´末端にフルオレセインを修飾したものを用いた。また、配列番号3のDNAには、PCR増幅後のDNAを一本鎖化するために、5´末端にビオチンを修飾したものを用いた。
【0069】
前記の配列番号2及び配列番号3のDNA(プライマー)と前記のPCR酵素キットを用いて以下のようにPCR反応溶液を調製した。
2.5mMデオキシヌクレオシド三リン酸溶液 4μL、5μMの配列番号2のDNAを3μL、5μMの配列番号3のDNAを3μL,5unit/μLのTaqポリメラーゼを0.25μL、10×Ex Taq buffer を5μL、前記4のDNAアプタマーと大腸菌との複合体を含む溶液を2μL加え,超純水で全量を50μLとした.
【0070】
前記で調製したPCR反応溶液をサーマルサイクラーに設置し、次の温度条件で増幅を行った。はじめは95度5分間加熱し、熱変性(95度で30秒間)、アニーリング(56.3度で30秒間)、伸長反応(72度で10秒間)のサイクルを15回繰り返し行った。
【0071】
6.PCR増幅試料の一本鎖化
前記5でPCRにより増幅したDNAを一本鎖化するために、核酸精製用ストレプトアビジン結合磁気ビーズ〔VERITAS社製〕を用いた。前記5で得られたDNA溶液と、核酸精製用ストレプトアビジン結合磁気ビーズを混合し、接触させ、ストレプトアビジン−ビオチン結合によってPCR産物のDNAを磁気ビーズ上に固定化した。次に磁石により磁気ビーズを回収し、上澄み液を除去後、0.1M水酸化ナトリウムを添加した。このときの上澄み液を回収することで、選抜後のDNAプールを得た。
【0072】
7.結果
前記試料1〜試料3をキャピラリー過渡的等速電気泳動で細菌とDNAライブラリーを分離検出した際の電気泳動図をそれぞれ
図1〜
図3に示した。
これらの
図1〜
図3から、様々な種類の微生物(グラム陰性細菌、グラム陽性細菌、及び真菌)とDNAライブラリーとの完全分離が可能であることが分かる。
【0073】
すなわち、通常は、多くの細菌のピークが出現するが、本発明の工程(b)では粒子である細菌と分子であるDNAライブラリーの両方が、キャピラリー内で濃縮され、そして分離されていることが分かる。また、微生物及び微生物とDNAアプタマーとの複合体の混合物と、DNAライブラリーの両方がそれぞれ一本ずつの先鋭なピークを示していることが分かる。
【0074】
さらにDNAピークを正規分布と仮定し、微生物とDNAアプタマーとの複合体を分取した分画中に含まれるDNAライブラリー量を計算したところ、理論上1分子も存在しないことが分かった。
これはすなわち本発明のキャピラリー過渡的等速電気泳動法を用いた細菌及び細胞に対するDNAアプタマーの選抜方法を用いれば、結合しないDNAを含まない分画を効率的に分離、回収できることを示している。
【0075】
〔実施例2〕
[グラム陰性細菌(大腸菌)及び真菌(酵母)に対するDNAアプタマーの選抜後のDNAプールの結合特性の評価]
1.試料調製
実施例1で得られた1ラウンドの選抜(工程(a)〜(e)をそれぞれ一度だけ行う)をした後のDNAプールの目的の微生物に対するアフィニティーの有無を確認するため、以下の試料4を調製した。
〔試料4〕実施例1の6で得られた各微生物に対する1ラウンドのDNAアプタマー選抜(本発明の工程(a)〜(e)をそれぞれ一度だけ行う)をした後のDNAプールの所定量と、実施例1の1で得たDNAアプタマー選抜の標的物質である微生物の所定量とを、0.0125%ポリエチレンオキサイド600,000を含む、50mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝溶液(pH8.5)に溶解し、調製した。
【0076】
DNAを添加しない場合の微生物のピークを測定するため、以下の試料5を調製した。
〔試料5〕実施例1の1の微生物(大腸菌又は酵母)を所定量、0.0125%ポリエチレンオキサイド600,000を含む、50mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝溶液(pH8.5)に溶解し、調製した。
【0077】
2.キャピラリー過渡的等速電気泳動
0.0125%(w/v)ポリエチレンオキサイド600,000を含む、50mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−300mMグリシン緩衝溶液(pH8.5)を調製し、この緩衝溶液をキャピラリー電気泳動の泳動液とした。
【0078】
キャピラリー電気泳動装置は、P/ACE MDQ〔Beckman Coulter社製〕を使用し、MDQレーザー誘導蛍光ディテクタを設置して用いた。レーザーモジュールは、アルゴンイオンを使用し、励起波長は488nmとした。
【0079】
また、キャピラリー電気泳動装置は、内径100μm、全長50.2cm、有効長40.0cmのフューズドシリカキャピラリーを設置して用いた。
【0080】
前記の泳動液を、前記のフューズドシリカキャピラリーに満たした後、前記試料3を1psiで13秒間、圧力を印加することで、500nL注入した。
【0081】
次に、20kVの電圧を印加することにより、DNAアプタマーと微生物との複合体を蛍光検出し、DNAアプタマーと微生物との結合の有無を調査した。すなわち、DNAアプタマーが細菌と結合すれば、高い強度の信号として蛍光検出される。
【0082】
3.カウンターセレクション
実施例1の7の微生物結合性DNAプールの結合特性の評価において実施例1の1〜6で選抜したDNAが目的の微生物に対してアフィニティーを持たない場合、DNAライブラリーに含まれる微生物表面に非特異的に結合するDNAを取り除く操作(カウンターセレクション,本発明の工程(a’))が必要となる。
【0083】
ここでは酵母のDNAアプタマーの選抜の際に、カウンターセレクション(本発明の工程(a’))の操作を行った。具体的な操作を以下に示した。
実施例1の2で調製したDNAライブラリーを最終濃度が100nMとなるように所定量と、実施例1の3の大腸菌の最終濃度が8×10
9cfu/mLとなるように所定量とを取り、50mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝溶液(pH8.5)中で混合し、1時間室温で放置し、接触させた。
【0084】
次にDNAライブラリーと大腸菌の混合試料を、毎分6150回転で5分間遠心分離し、上澄み溶液を回収し、大腸菌に対して結合しないDNAを回収した。
【0085】
ここで回収したDNAを前記3のDNAライブラリーとして使用し、実施例1の4〜6と同様の操作を行い、酵母結合性DNAアプタマーを選抜した。
【0086】
4.結果
図4は、大腸菌に対するDNAアプタマー選抜後のDNAプールの大腸菌に対するアフィニティーの有無を確認した結果である。大腸菌に、大腸菌に対するDNAアプタマー選抜後のDNAプールを添加したところ、大腸菌ピークの蛍光が増感することが分かった。
すなわち、これは選抜されたDNAが大腸菌に対してアフィニティーを持つことを示している。
【0087】
図5は、カウンターセレクションを適用後、酵母に対するDNAアプタマー選抜後のDNAプールの酵母に対するアフィニティーの有無を調査した結果である。酵母にカウンターセレクションを適用後、酵母に対するDNAアプタマー選抜後のDNAを添加したところ、酵母ピークの蛍光信号が増感することが分かった。
すなわち、これは選抜されたDNAが酵母に対してアフィニティーを持つことを示している。
【0088】
〔実施例3〕
[グラム陰性細菌(大腸菌)に対するDNAアプタマーの配列の決定とその結合特性の評価]
1.塩基配列の調査
増幅したDNAは次世代シーケンサーによって塩基配列の決定をした。
【0089】
2.実施例1で選抜された大腸菌結合性DNAアプタマーの結合特性の評価
(a)塩基配列
配列決定後、結合特性を調査した塩基配列は以下のとおりである。
〔配列番号4〕5´−FAM−GCAATGGTACGGTACTTCCACTCATCACCACTAGTGATAGTATGTTCCGGGTTTCTCTGCACTACAAAAGTGCACGCTACTTTGCTAA−3´
〔配列番号5〕5´−FAM−GCAATGGTACGGTACTTCCCGCTAGTGCACGTCTTCAAGGTTCTATGATTAATTTATACATTGGCAAAAGTGCACGCTACTTTGCTAA−3´
【0090】
(b)一本鎖DNA溶液の調製
10mM水酸化ナトリウムを含む、50mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝溶液(pH8.5)を調製し、この緩衝溶液を溶媒として10μMの配列番号2の一本鎖DNA溶液及び配列番号3の一本鎖DNA溶液を調製した。この試料をサーマルサイクラーに設置し、95度まで温度を上昇させ、5分間熱変性させた後、60分間で20度まで冷却して用いた。
【0091】
(c)測定試料の調製
前記の配列番号4及び配列番号5の大腸菌に対する解離定数の測定のため、以下の試料6及び試料7を調製した。
〔試料6〕配列番号4の最終濃度が0、10、20、50、100、300nMとなるように、前記で調製した10μMの配列番号4のDNA溶液を所定量と、最終濃度が10
8cfu/mLとなるように、実施例1の1で調製した大腸菌溶液を所定量とをとり、0.0125%ポリエチレンオキサイド600,000を含む、50mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝溶液(pH8.5)に溶解した。
【0092】
〔試料7〕配列番号5の最終濃度が0、10、20、50、100、300nMとなるように、前記で調製した10μMの配列番号5のDNA溶液を所定量と、最終濃度が10
8cfu/mLとなるように、実施例1の1で調製した大腸菌溶液を所定量とをとり、0.0125%ポリエチレンオキサイド600,000を含む、50mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝溶液(pH8.5)に溶解した。
【0093】
選抜前後でのDNAのアフィニティーの比較を行うため、以下の試料8を調製した。
〔試料8〕DNAライブラリーの最終濃度が0、25、50、100、250、500、1000、2000、4000nMとなるように、実施例1の2で調製した10μMのDNAライブラリーを所定量と、実施例1の1で調製した大腸菌溶液を所定量とをとり、0.0125%ポリエチレンオキサイド600,000を含む、50mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝溶液(pH8.5)に溶解した。
【0094】
更に、配列番号5の大腸菌に対する結合の選択性を調査するため、以下の試料9を調製した。
〔試料9〕配列番号5の最終濃度が10nMとなるように前記で調製した10μMの配列番号5のDNA溶液を所定量と、最終濃度が10
8cfu/mLとなるように実施例1の1で調製した大腸菌溶液を所定量、又は最終濃度が50μg/mLとなるように実施例1の1で調製した酵母溶液を所定量とを取り、0.0125%ポリエチレンオキサイド600,000を含む、50mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝溶液(pH8.5)に溶解した。
【0095】
(d)キャピラリー過渡的等速電気泳動
0.0125%(w/v)ポリエチレンオキサイド600,000を含む、50mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−300mMグリシン緩衝溶液(pH8.5)を調製し、この緩衝溶液をキャピラリー電気泳動の泳動液とした。
【0096】
キャピラリー電気泳動装置は、P/ACE MDQ〔Beckman Coulter社製〕を使用し、MDQレーザー誘導蛍光ディテクタを設置して用いた。レーザーモジュールは、アルゴンイオンを使用し、励起波長は488nmとした。
【0097】
キャピラリー電気泳動装置は、内径100μm、全長50.2cm、有効長40.0cmのフューズドシリカキャピラリーを設置して用いた。
【0098】
前記の泳動液を、前記のフューズドシリカキャピラリーに満たした後、前記試料6、前記試料7、前記試料8、又は前記試料9を1psiで13秒間、圧力を印加することで、500nL注入した。
【0099】
次に、20kVの電圧を印加することにより、DNAアプタマーと細菌との複合体を検出した。
【0100】
さらに、前記試料6、前記試料7、及び前記試料8におけるDNAアプタマーと大腸菌との複合体の補正ピーク面積を、添加したDNAアプタマー濃度に対してプロットし、本発明のDNAアプタマー選抜方法によって選抜された大腸菌結合性DNAアプタマーの大腸菌に対する解離定数を算出した。
【0101】
3.結果
図6は、配列番号4及び配列番号5及びDNAライブラリーの解離定数を測定した際に使用した、縦軸に結合割合、横軸に添加したDNA濃度をプロットした図である。
配列番号4及び配列番号5の大腸菌に対する解離定数はそれぞれ16±5nM、23±10nMであり、細菌のDNAアプタマーとしては十分なアフィニティーを持つことが分かった。一方でDNAライブラリーの解離定数は、3.5±1.6μMであり、配列番号4及び配列番号5よりも約2桁高い値になった。
【0102】
なお、既報(Kim,Y.S.,et.al.,Anal.Biochem.,436(1):22−28(2013))では、大腸菌に対する高いアフィニティーを示すアプタマーを10ラウンドのCell−SELEX法で選抜したことが報告されている。この既報で選抜されたアプタマーの解離定数は12.4〜25.2nMであり、本発明で選抜された大腸菌に対するアプタマーの解離定数は16±5nM及び23±10nMであり、配列番号4及び配列番号5のDNAが大腸菌に対するアプタマーとして高いアフィニティーを有することが明らかになった。
すなわち、本発明のアプタマー選抜法を使用すれば、一般的なCell−SELEX法で選抜されるアプタマーと同等のアフィニティーを有するアプタマーを一度の分離・分取で高速に選抜できることが明らかになった。
【0103】
また、
図7は、大腸菌に対するDNAアプタマーである配列番号5の選択性を調査した結果である。
10nMの配列番号5のDNAを酵母に添加したところ、酵母の蛍光増感は観測されなかった。このことは配列番号5のDNAが大腸菌に対して選択的な結合をすることを示している。
【0104】
以上のことから、本発明であるキャピラリー過渡的等速電気泳動法を用いたDNAアプタマー選抜法により、効率的にDNAアプタマーを選抜できることが示された。
【0105】
なお、一般的なSELEX法により選抜されるタンパク質に対するDNAアプタマーの解離定数は、数百〜サブnM程度であり(Pichon, V. et al., Anal. Bioanal. Chem, 407:681−698(2015))、一般的なCell−SELEX法により選抜される細菌(ウィルス・細胞)に対するDNAアプタマーの解離定数は、数百〜サブnM程度(Tan,W. et al., Chem. Rev, 113:2842−2862(2013))であると報告されている。一方で本発明のアプタマー選抜法を用いて、一度の分離・分取で高速に選抜されたDNAアプタマーの解離定数は、数十〜数nMであり、一般的なCell−SELEX法で選抜されるDNAアプタマーと同等のアフィニティを有することが示された。
【0106】
すなわち、本発明のアプタマーの選抜方法では、高分子化合物の存在下でキャピラリー過渡的等速電気泳動を行うことにより、標的物質に対して高い結合能力を有するアプタマーを短時間(半日程度)にかつ高効率的に選抜することができることが確かめられた。
【0107】
〔実施例4〕
[動物細胞(ヒト非小細胞肺癌株PC−9)に対するDNAアプタマーの選抜]
本発明のアプタマー選抜方法を用いて、標的物質である動物細胞(ヒト非小細胞肺癌株PC−9)に対して特異的に結合するDNAアプタマーの選抜を行った。
【0108】
1.緩衝溶液の調製
5mMの塩化ナトリウムと、2.5mMの塩化マグネシウムと、290mMのグルコース、0.0125%(w/v)ポリエチレンオキサイド600,000を含む20mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝溶液(pH8.5)を調製し、試料用の緩衝溶液として用いた。
【0109】
2.細胞の培養と精製
PC−9の培養に用いた培地は、500mLのRPMIメディウム〔ThermoFisher Scientific社製〕に、5.7mLのペニシリン−ストレプトマイシン液(5000μg/mLペニシリン、500μg/mLストレプトマイシン〔ThermoFisher Scientific社製〕)および、55mLの非働化処理したウシ胎児血清〔シグマ・アルドリッチ社製〕を添加して調製した。
【0110】
PC−9の培養には、CO
2インキュベーターを使用し、37℃、5%CO
2に設定し、1×10
5〜2×10
5cell/mLとなるまで培養した。
【0111】
PC−9の精製には、遠心分離機を使用し、200g、5分で細胞を沈降させ、上澄み液を除去後、前記1の試料用の緩衝溶液を添加した。この操作を2回繰り返すことにより細胞の精製を行い、2×10
6cell/mLのPC−9溶液を調製した。
【0112】
3.DNAライブラリーの調製
DNAライブラリーは以下の配列を有し、5´末端がフルオレセインで蛍光修飾され、全長が88塩基で、ランダム配列部分(N)が45塩基のオリゴDNAを用いた。
〔配列番号1〕:5´−6FAM−GCAATGGTACGGTACTTCC−N45−CAAAAGTGCACGCTACTTTGCTAA−3´〔医学生物学研究所社製〕
【0113】
前記1の試料用の緩衝溶液を溶媒として10μMのDNAライブラリー溶液を調製した。この試料をサーマルサイクラーに設置し、95度まで温度を上昇させ、5分間熱変性させた後、4℃に急冷したものを使用した。
【0114】
4.標的物質とDNAライブラリーの混合
ヒト非小細胞肺癌株PC−9に対して特異的に結合するDNAアプタマーの選抜のため、以下の試料10を調製した。
〔試料10〕前記2の精製したPC−9溶液と、前記3のDNAライブラリー溶液と、前記1の試料用の緩衝溶液とを1:1:8で混合し、これによりPC−9とDNAライブラリーとを接触させ、氷上で60分間放置し、この混合溶液中においてPC−9とDNAアプタマーとの複合体を形成させた。
【0115】
5.キャピラリー過渡的等速電気泳動法による細胞−DNAアプタマー複合体と遊離のDNAライブラリーの分離と細胞−DNAアプタマー複合体の回収
5mMの塩化ナトリウムと、2.5mMの塩化マグネシウムと、0.0125%ポリエチレンオキサイド600,000を含む40mMトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−290mMグリシン緩衝溶液(pH8.5)を調製し、この緩衝溶液をキャピラリー電気泳動の泳動液とした。
【0116】
キャピラリー電気泳動装置は、P/ACE MDQ〔Beckman Coulter社製〕を使用し、検出波長は270nmとした。
【0117】
キャピラリー電気泳動装置は、内径100μm、全長62.5cm、有効長52.3cm、40.6cmのフューズドシリカキャピラリー〔GLサイエンス社製〕を設置して用いた。
【0118】
前記の泳動液を、前記のフューズドシリカキャピラリー内に満たした後、前記4の試料10を0.5psiで7秒間、圧力を印加することで、100nL注入した。
【0119】
次に、25kVの電圧を印加することにより、細胞(PC−9)とDNAアプタマーとの複合体と遊離のDNAライブラリーの分離を行った。
【0120】
分離された細胞(PC−9)とDNAアプタマーとの複合体がキャピラリー出口に到達する30秒前から1分間の分画を50μLの純水に回収した。
【0121】
6.細胞結合性DNAアプタマーのポリメラーゼ連鎖反応による増幅
PCRの反応溶液の調製は、PCR酵素キットであるTaKaRa Ex Taq〔タカラバイオ社製〕のプロトコールに準拠して調製した。
【0122】
ここで用いたプライマー配列を以下に示した。
〔配列番号2〕5´−FAM−GCAATGGTACGGTACTTCC−3´〔医学生物学研究所社製〕
〔配列番号3〕5´−Bio−TTAGCAAAGTAGCGTGCACTTTTG−3´〔医学生物学研究所社製〕
配列番号2のDNAには、PCR増幅後のDNAの検出を容易にするため、5´末端にフルオレセインを修飾したものを用いた。また、配列番号3のDNAには、PCR増幅後のDNAを一本鎖化するために、5´末端にビオチンを修飾したものを用いた。
【0123】
前記の配列番号2及び配列番号3のDNA(プライマー)と前記のPCR酵素キットを用いて以下のようにPCR反応溶液を調製した。
2.5mMデオキシヌクレオシド三リン酸溶液 4μL、5μMの配列番号2のDNAを3μL、5μMの配列番号3のDNAを3μL、5unit/μLのTaqポリメラーゼを0.25μL、10×Ex Taq buffer を5μL、前記4のDNAアプタマーと細胞(PC−9)との複合体を含む溶液を2μL加え、超純水で全量を50μLとした。
【0124】
前記で調製したPCR反応溶液をサーマルサイクラーに設置し、次の温度条件で増幅を行った。はじめは95度5分間加熱し、熱変性(95度で30秒間)、アニーリング(56.3度で30秒間)、伸長反応(72度で10秒間)のサイクルを25回繰り返し行った。
【0125】
7.PCR増幅試料の一本鎖化
前記6でPCRにより増幅したDNAを一本鎖化するために、核酸精製用ストレプトアビジン結合磁気ビーズ〔VERITAS社製〕を用いた。前記6で得られたDNA溶液と、核酸精製用ストレプトアビジン結合磁気ビーズを混合し、接触させ、ストレプトアビジン−ビオチン結合によってPCR産物のDNAを磁気ビーズ上に固定化した。次に磁石により磁気ビーズを回収し、上澄み液を除去後、25mM水酸化ナトリウムを添加した。このときの上澄み液を回収することで、選抜後のDNAプールを得た。
【0126】
8.結果
図8は、キャピラリー過渡的等速電気泳動法で動物細胞であるPC−9とDNAライブラリーを分離検出した際の電気泳動図である。この
図8からPC−9とDNAライブラリーの分離度は13.6であり、細胞とDNAライブラリーとの完全分離が可能であることが分かる。
【0127】
〔実施例5〕
[動物細胞(ヒト非小細胞肺癌株PC−9)に対するDNAアプタマーの選抜後のDNAプールの結合特性の評価]
1.試料調製
実施例4で得られたヒト非小細胞肺癌株PC−9に対するDNAアプタマーの選抜後のDNAプールのヒト非小細胞肺癌株PC−9に対するアフィニティーの有無を確認するため、以下の試料11を調製した。
〔試料11〕実施例4の7で得られたPC−9に対するDNAアプタマーの選抜をした後のDNAプールを所定量と、実施例4の2の精製したPC−9の所定量とを、実施例4の1で得られた試料用の緩衝溶液に溶解し、100nMのPC−9に対して選抜したDNAプールと2×10
5cell/mLのPC−9との混合試料を調製した。この試料を氷上で1時間放置し、この混合溶液中においてPC−9とDNAアプタマーとの複合体を形成させた。この試料を遠心分離機に供し、200g、5分で細胞を沈降させ、上澄み液を除去後、実施例4の1の試料用の緩衝溶液を添加した。この操作を2回繰り返すことにより複合体の洗浄を行った。
【0128】
選抜前のDNAライブラリーとPC−9に対するアフィニティーの有無を確認するため、以下の試料12を調製した。
〔試料12〕実施例4の3のアニーリングしたDNAライブラリーを所定量と、実施例4の2で得られた精製したPC−9の所定量とを、実施例4の1で得られた試料用の緩衝溶液に溶解し、100nMのDNAライブラリーと2×10
5cell/mLのPC−9との混合試料を調製した。この試料を遠心分離機に供し、200g、5分で細胞を沈降させ、上澄み液を除去後、実施例4の1の試料用の緩衝溶液を添加した。この操作を2回繰り返すことにより複合体の洗浄を行った。
【0129】
2.蛍光顕微鏡画像の取得
走査型蛍光顕微鏡はFV−1000D〔オリンパス社製〕を使用し、半導体レーザー(λem=473nm、出力:15mV)を設置して用いた。
【0130】
前記1で調製した、試料11および試料12をスライドガラスに10μL滴下し、カバーガラスをかぶせて、観察した。
【0131】
3.結果
図9は、PC−9に対するDNAアプタマー選抜後のDNAプールのPC−9に対するアフィニティーの有無を確認した結果である。PC−9と選抜後のDNAプールの混合試料では、細胞表面に蛍光修飾化したDNA由来の蛍光を確認できた。これはすなわち、選抜されたDNAがPC−9に対してアフィニティーを持つことを示している。
【0132】
図10は、選抜前のDNAライブラリーのPC−9に対するアフィニティーの有無を確認した結果である。PC−9と選抜前のDNAライブラリーの混合試料では、細胞表面に蛍光修飾化したDNA由来の蛍光は確認されなかった。
図9の結果を考慮すると、DNAランダムライブラリーからPC−9に対してアフィニティーを持つDNAの集合体の選抜が行えたことを示している。
【0133】
以上のことから、本発明であるキャピラリー過渡的等速電気泳動法を用いたDNAアプタマー選抜法により、効率的にDNAアプタマーを選抜できることが示された。