特許第6782017号(P6782017)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6782017
(24)【登録日】2020年10月21日
(45)【発行日】2020年11月11日
(54)【発明の名称】呼吸音響装置
(51)【国際特許分類】
   A61M 16/06 20060101AFI20201102BHJP
【FI】
   A61M16/06 D
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-214937(P2017-214937)
(22)【出願日】2017年11月7日
(65)【公開番号】特開2019-84071(P2019-84071A)
(43)【公開日】2019年6月6日
【審査請求日】2020年4月3日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】510005948
【氏名又は名称】株式会社 アコースティックイノベーションズ
(74)【代理人】
【識別番号】100116850
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 隆行
(74)【代理人】
【識別番号】100165847
【弁理士】
【氏名又は名称】関 大祐
(72)【発明者】
【氏名】相馬 一平
(72)【発明者】
【氏名】ホーキンス サンフォード エリオット
【審査官】 寺川 ゆりか
(56)【参考文献】
【文献】 英国特許出願公開第02196858(GB,A)
【文献】 特表2007−504505(JP,A)
【文献】 米国特許第6083141(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 16/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中空を有するハウジングと,前記中空と連通する通気路を有するマウスピースと,を備え,
前記マウスピースは,口で咥えられた状態で呼気が吹き込まれるものであり,
前記ハウジングは,
前記マウスピースから吹き込まれた空気を反射する反射端と,
前記マウスピースから吹き込まれた空気が抜ける開放端と,を有し,
一端が前記反射端となり,他端が前記開放端となる筒状に構成されており,
前記マウスピースは,
前記ハウジングの前記反射端と前記開放端の間に設けられており,
前記通気路の中心軸が,前記ハウジングの中空の内壁面にぶつかるよう構成されている
呼吸音響装置。
【請求項2】
前記ハウジングは,前記反射端と前記開放端を繋ぐ中空が一直線状となるように構成されている
請求項1に記載の呼吸音響装置。
【請求項3】
前記マウスピースの通気路の内径断面積は,0.64〜9cmである
請求項1に記載の呼吸音響装置。
【請求項4】
前記マウスピースの通気路と前記ハウジングの中空は内径断面積の差が±5%以内である
請求項3に記載の呼吸音響装置。
【請求項5】
前記開放端の内径断面積S[cm]と,前記マウスピースから吹き込まれた空気が前記反射端で反射して前記開放端から抜けるまでの前記装置内の通り道の長さの合計値l[cm]は,以下の式に表される関係を満足する
請求項1に記載の呼吸音響装置。
[式]
ここで,fは周波数16〜25Hzであり,cは音速35000cm/sであり,Vは肺の全肺気量1500〜9000mlである。
【請求項6】
前記反射端は,開口を有しないか,一又は複数の開口を有するか,又は開口面積を調整可能な機構を有し,前記反射端の開口総断面積は前記開放端の開口断面積の75%以下である
請求項1に記載の呼吸音響装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,ヒトの下気道に付着した粘液の排出を促進するための呼吸音響装置に関する。具体的に説明すると,本発明に係る呼吸音響装置は,咳などの急激な呼気による雑音を口腔及び下気道の空洞と共鳴させ,そこで生じた低周波の音響衝撃波で使用者の肺と気道を振動させるものである。
【背景技術】
【0002】
ヒトの下気道には,粘液を除去するための自然な手段として,16〜25Hz(具体的には18Hz付近)の周波数で振動する微小な線毛が備えられている。線毛は,分泌される粘液により気道に侵入した異物や細菌を捕捉して,その粘液を気道の外に送り出す。このように,線毛は,気道をきれいに保ち,感染症や気道の閉塞を防ぐ役割を果たしている。
【0003】
この線毛の振動周波数は,線毛振動周波数(CBF:Cilia Beating Frequency)として知られ,ヒトに限らず,ネズミから象に至るまでほとんどの哺乳類において同じ周波数であると言われている。気道粘液は,16〜25Hzの周波数の振動が加えられることよって,粘体から流体,更に薄い分泌物へと相が劇的に変化し,気道外への排出が促される。すなわち,線毛は,その周期的運動の振動により粘液を流動化するとともに,さらにその周期的運動によって流動化された粘液を口腔側に送り出すことによって,気道のクリーニングを行っている。粘液は下気道から咽頭に至るまで,主に重力に逆らって上方に送り出されるため,ある程度の粘性は必要であるものの,その粘液の流動性が高ければより容易に気道外に排出することができる。通常,気道外に排出された気道粘液は主に無意識に飲み込まれている。健康なヒトであれば,このような線毛及び粘液による生体防御システムはスムーズに機能しており,一日に60〜100mlほどの気道粘液を排出し,飲み込んでいると言われている。
【0004】
しかしながら,年齢や疾病による機能低下や,アレルギーや空気中の塵,あるいは疾病などによる炎症反応の増大などにより,線毛及び粘液による生体防御システムが正常に機能しなくなることがある。例えば,気道粘液が過剰に分泌されて流動化されにくくなったり,線毛の運動性能が低下して粘液に十分な相変化を起こせず粘液がうまく排出されなかったりする場合がある。その場合には粘液が気道を閉塞し呼吸機能を低下させることがある。そこで,人工的に気道に振動を発生させ,粘液に必要な相変化を起こし,線毛の運動を補助して粘液の排出を促すことができれば,閉塞した気道のクリアランスを改善することができる。
【0005】
また,医師による呼吸器系疾患の検査では,検査に用いるために患者の喀痰が採取される場合がある。しかし,喀痰の採取時に,一定量以上でかつ流動性の高い下気道分泌物が咽頭に近いところにないと,患者は検査に有効な品質を持つ喀痰を吐き出すことができない。来院時に検査用サンプルを採取できない場合には,痰を出しやすいときに自宅で採取して再来院したり,それでも採取できない場合は,胃液採取や気管支鏡による検査など,より侵襲的な方法を用いる必要がある。そこで,来院時に短時間で検査用喀痰を採取できるように人工的に気道に振動を発生させ,一定量以上でかつ流動性の高い喀痰を咽頭付近に誘導することができれば,これらの診断の時間を短縮し,また侵襲的方法をとらずにすむため,患者の負担を軽減することができる。
【0006】
さらに,気道粘液を排出して気道の閉塞を改善するために,生体が意識的にもしくは反射的に行う行為が,急激な呼気の排出,すなわち咳である。咳は多くのエネルギーを消耗する反射運動で,一回の咳嗽で2kcalのエネルギーを消費すると言われている。また,咳によって吐出される空気の流速は,時速160km以上に達するとも言われている。しかしながら,咳の作用は気道を収縮させるとともに,その内に存在する空気をその収縮により急激に流出させ,表面から粘液層に力を加えて剥離させ,排出を促すだけである。このため,固く厚くなった粘液を外に排出して気道の閉塞を改善するためには,粘液の粘性を変化させず,粘液層の表面にしか力の及ばない咳の効果はごく限定的であると言わざるをえない。このため,咳を行っても粘液が排出されず,過剰に咳を繰り返し,体力ばかり奪われて症状を悪化させる例が少なくない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4025293号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで,従来から,使用者の下気道を人工的に振動させて粘液の排出を促す装置のひとつとして,口から下気道へ空気圧のパルスを送り込む装置が知られている。しかしながら,この装置では,空気圧パルスが口から気路が繋がっている部位にしか到達せず,粘液層の下層部分や閉塞した先の気道へは効果をもたらすことができなかった。また,使用者の呼気によって空気圧パルスを発生させる装置も知られているが,この装置を利用して十分なパルスを発生させるためには必要とされる呼気圧が高く,ごく限られた使用者にしか効果をもたらすことができなかった。さらに,人工的に空気圧のパルスを気道に送り込む装置は,肺の脆弱な空気嚢を損傷する危険性がある程の高い空気圧を生成する場合があり,使用者に危険が伴うものであった。
【0009】
また,使用者の肺を人工的に振動させる別の従来の装置として,ハウジング内に空気を吹き込み,リードを振動させることにより18Hz付近の低周波オーディオを発生させるものが知られている(特許文献1)。しかしながら,この従来装置は,リードを振動させることにより音波を発生させ,その音波と体腔との共鳴を通じて低周波オーディオを発生させるものであるため,呼気が少ない場合や,吹き込みのテクニックが適切でなく使用者がリードを振動させられない場合には効果をもたらたすことができないという欠点があった。さらに,この従来装置は,音響学的な観点から言えば,呼気のエネルギーを一旦リードの運動エネルギーに変えてから音響エネルギーと結合させるため,部品の分割およびエネルギーのロスが生じていた。また,この従来装置では,装置によって発生する音波をより低周波側とするために,その長さを約30cm程度とする必要があり,そのサイズが幼児の使用や持ち運びの妨げとなることもあった。
【0010】
そこで,本発明は,人工的に肺及び気道に振動を送り込んで下気道分泌物を流動化し,その排出を促すための呼吸音響装置であって,より幅広い年齢層および病態の使用者が十分な効果を発揮できるように容易に動作させることができ,かつ,サイズがより小さく持ち運びし易いものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の発明者らは,上記目的を達成する手段について鋭意検討した結果,使用者の咳などの急激な呼気により発生する雑音を口腔及び下気道の空洞とヘルムホルツ共鳴させ,それによって生じた低周波の音響衝撃波で肺及び気道の粘液の粘性を変化させて,肺から粘液を排出させるという知見を得た。そして,そのための装置として,中空のハウジングにマウスピースを設け,ハウジングの一部を反射端とし別部を開放端として,マウスピースから吹き込まれた呼気がハウジングの反射端で反射し開放端へと抜けるという機構を持つものを開発した。本発明の発明者らは,この機構によれば,誰でも容易に動作させることができ,かつ装置全体のサイズを小型化することができることを見いだし,本発明を完成させた。具体的に説明すると,本発明は以下の構成を有する。
【0012】
本発明は,呼吸音響装置1に関する。本発明の呼吸音響装置1は,咳などの急激な呼気による雑音を口腔及び下気道の空洞とヘルムホルツ共鳴させ,そこで生じた低周波の音響衝撃波で使用者の肺と気道を振動させるための装置である。呼吸音響装置1は,ハウジング10とマウスピース20とを備える。なお,ハウジング10とマウスピース20は一体成型されたものであってもよいし,別部材で構成されていてもよい。ハウジング10は,中空11を有する。マウスピース20は,このハウジング10の中空11と連通する通気路21を有する。また,ハウジング10は,反射端12と開放端13を有している。ハウジング10の反射端12は,マウスピース20から吹き込まれた空気を反射する。なお,「反射端」とは,空気圧の固定端反射が起こる端部である。反射端12は,完全に閉塞された端部であってもよいし,一又は複数の開口が部分的に形成された端部であってもよい。他方で,ハウジング10の開放端13は,端部に空気流を阻害する要素を持たず,マウスピース20から吹き込まれた空気が抜けるようになっている。これにより,マウスピース20から吹き込まれた呼気の少なくとも一部は,ハウジング10の反射端12で反射し,その後開放端13に抜けるようになり,その際にハウジング10の内部で発生した空気の乱流もしくは渦による雑音と,使用者の気道で発生する咳そのものの雑音とが,口腔及び下気道が形成する空洞とヘルムホルツ共鳴を起こすようになる。なお,「ヘルムホルツ共鳴」とは,開口部を持った容器の内部にある空気がばねとしての役割を果たし共鳴(共振)することで音を発生する現象である。本発明に係る装置においては,ハウジング10の中空11及び使用者の口腔および下気道が上記の“容器”として機能する。
【0013】
本発明に係る呼吸音響装置1において,ハウジング10は筒状であることが好ましい。筒状とは,2つの端部を有する細長い形状であって,一端部から他端部まで中空11が貫通している形状を意味する。筒状には,円筒状,三角筒状,四角筒状,その他の多角筒状が含まれる。また,筒状のハウジング10は,直線的に形成されたものであることが好ましいが,湾曲又は屈曲したものであってもよい。筒状のハウジング10は,一端が反射端12となり,他端が開放端13となる。また,本発明では,マウスピース20は,筒状のハウジング10の反射端12と開放端13の間に設けられていることが好ましい。
【0014】
本発明に係る呼吸音響装置1において,マウスピース20の通気路21の内径断面積は,0.64〜9cmであることが好ましい。このように,マウスピース20の内径断面積を比較的大きくすることで,咳などの急激な呼気をハウジング10内に吹き込むことが容易になる。本発明は,基本的に使用者の咳のエネルギーを利用して低周波の音響衝撃波を効率的に発生させることを想定したものであるため,マウスピース20の内径断面積は上記のように大きいことが好ましい。
【0015】
本発明に係る呼吸音響装置1において,マウスピース20の通気路21とハウジング10の中空11は同断面であることが好ましい。つまり,マウスピース20の通気路21とハウジング10の中空11の断面形状が同一であり,かつ,それらの内径断面積が略等しいことが好ましい。なお,両者の内径断面積の誤差が±5%までであれば「同断面」とする。
【0016】
本発明に係る呼吸音響装置1は,ハウジング10の開放端13の内径断面積S[cm]と,マウスピース20から吹き込まれた空気がハウジング10の反射端12で反射して開放端13から抜けるまでの装置内の通り道の長さの合計値l[cm]は,以下の式に表される関係を満足するように設計されていることが好ましい。
[式]
ここで,fは周波数16〜25Hzであり,cは音速35000cm/sであり,Vは肺の全肺気量1500〜9000mlである。
このように,ハウジング10の開放端13の内径断面積Sと空気の通り道の長さlとを設計することにより,ヘルムホルツ共鳴によって,周波数16〜25Hzの低周波の音響衝撃波を効率よく発生させることができる。このような周波数帯の衝撃波を気道内に発生させることで,気道粘液の相が粘体から流体,更に薄い分泌物へと変化するため,粘体の気道外への排出を促進できる。なお,全肺気量Vは,呼吸音響装置1を使用する使用者に合わせて設定すればよい。例えば,肺の全肺気量Vは,成人男性では5500〜6000ml,成人女性では4500〜5500ml,子供では1500ml〜2500ml程度であるとされている。
【0017】
本発明に係る呼吸音響装置1において,ハウジング10の反射端12は,開口を有しないものであってもよいし,一又は複数の開口を有するものであってもよいし,あるいは開口面積を調整可能な機構を有するものであってもよい。ただし,ハウジング10の反射端12に開口が存在する場合であっても,反射端12の開口総断面積は,ハウジング10の開放端13の開口断面積の75%以下に設定することが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る呼吸音響装置1によれば,より簡便に使用者の肺及び気道を人工的に振動させ,肺及び気道の粘液の粘性を変化させることができる。従って,誰でもこの装置を用いて肺及び気道の粘液を除去し,その閉塞を改善することができる。また,医師による診断の際に,使用者から喀痰サンプルを容易に採取することができる。
【0019】
より具体的に説明すると,本発明の呼吸音響装置1は,使用者の咳などの急激な呼気により発生する雑音を口腔及び下気道の空洞とヘルムホルツ共鳴させ,それによって生じた低周波の音響衝撃波で肺及び気道の粘液の粘性を変化させ,肺から粘液を排出することを促す。先に述べたとおり,咳は気道の閉塞を改善しようと生体が意識的もしくは反射的に行うものである。しかしながら,咳そのものの作用は気道の収縮および気道内の空気の吐出のみであり,粘液の粘性を変化させず,粘液層の表面にしか力が及ばないため,固くなった粘液を外に排出して気道の閉塞を改善するためには,効果はごく限定的である。ここで,咳の持つエネルギーに着目すると,生体は一回の咳嗽で約2kcalのエネルギーを消耗しているという。また,咳によって吐出される空気の流速は,時速160km以上とも言われている。さらに,咳には気道で発生する大きな雑音が伴う。これらのエネルギーのうちいくらかでも肺及び気道の粘液を効率的に振動させ,排出を促すためのものとして用いることができれば,使用者の症状を改善するのに極めて有効である。
【0020】
本発明の呼吸音響装置1では,パイプのような中空のハウジング10内にマウスピース20を通じて咳による急激な呼気を取り込み,気道で発生する咳そのものの雑音と,そのハウジング10内部を流れる空気が渦もしくは振動を発生させることによって生じた雑音とが,口腔及び下気道が形成する空洞とヘルムホルツ共鳴を起こすようにする。これにより,咳の持つエネルギーである雑音とその呼気とが直接的に音響エネルギーへとカプリングして低周波の音響衝撃波が発生し,エネルギーロスがより少なくなるため,シンプルな形状で小さなサイズの装置であっても,粘液排出の効果を十分にもたらすことができる。すなわち,本発明によれば,従来の呼吸音響装置(特許文献1)のように,リードや金属製ボールなどの音波やパルスを発生させるための別の部品を用いる必要がなく,またそれらの部品を運動させるエネルギーも不要になるため,エネルギーロスがより少なく,また装置の構造をよりシンプルなものとすることができる。
【0021】
また,本発明に係る呼吸音響装置1は,その中空のハウジング10の直径や,空気の通り道の形状,内部表面の凹凸などによって,空気の流れに対して適切な抵抗を備えることによって音響抵抗を作り出し,口腔及び下気道の見かけの容積を増大させ,より低周波の音波の発生をサポートすることができる。すなわち,口腔及び肺をラウドスピーカー封入容器として考えると,本装置のハウジング10をラウドスピーカーのポートのように見立てることができる。このように「ティールスモール」ラウドスピーカーパラメーターに基づく音響結合技術を用いることにより,バスレフ型スピーカーのように,口腔及び下気道の本来の容積よりも,より低周波の音をサポートすることができる。この音響抵抗により,口腔及び下気道は,それのみよりも遥かに大きな容積で動作しているかのように振る舞うことができ,咳の雑音と,急激な呼気の吹き込みにより装置内で生じた雑音のうちのより低周波成分と共鳴することができるので,低周波の衝撃波をより効率的に発生させ,粘液を流動化させる効果を高めることができる。さらに,この音響抵抗によって生じる呼気に対する背圧が,低周波の音響衝撃波を下気道に効果的に伝達するように作用する。このように,本発明に係る呼吸音響装置1は,その形状によってハウジング10内の空気流れに対して抵抗を与えることとで音響抵抗を作り出し,気道及び肺への低周波の音響衝撃波の発生および伝達をより効率的に行うことができる。
【0022】
以上のように,本発明による呼吸音響装置1は,咳による急激な呼気によってハウジング10内部で発生した雑音と,気道で生じた咳そのもの雑音が,音響抵抗によって見かけ上の容積が増したように振る舞う口腔及び下気道の空洞とヘルムホルツ共鳴を起こすことによって,気道及び肺へ低周波の音響衝撃波を発生せしめ,よりコンパクトでシンプルな構造であっても,気道粘液を効率的に流動化させ,その粘液の排出を促すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は,本発明の一実施形態に係る呼吸音響装置の全体構造を示している。
図2図2は,呼吸音響装置の使用方法を模式的に示している。
図3図3は,本発明の一実施形態に係る呼吸音響装置の断面構造を示している。
図4図4は,ヘルムホルツ共鳴の共振周波数を求める一般的な方程式を示している。
図5図5は,開口面積を調節可能な反射端の例を示している。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下,図面を用いて本発明を実施するための形態について説明する。本発明は,以下に説明する形態に限定されるものではなく,以下の形態から当業者が自明な範囲で適宜変更したものも含む。
なお,本願明細書において,「A〜B」とは「A以上B以下」であることを意味する。
【0025】
図1は,本発明の一実施形態に係る呼吸音響装置1を示している。図1に示されるように,呼吸音響装置1は,中空11を有するハウジング10と,この中空11に連通する通気路21を有するマウスピース20とを備える。ハウジング10は,円筒状に構成されており,その一端がマウスピース20から吹き込まれた空気を反射する反射端12となり,その他端がマウスピース20から吹き込まれた空気が抜ける開放端13となっている。反射端12は,密閉したり,あるいは小さな開口のあるキャップを配置することで,空気の流れを阻害して空気流の反射を起こすためのハウジング10の端部である。また,開放端13は,空気流を阻害する要素のないハウジング10の端部である。本実施形態では,ハウジング10の反射端12には,キャップ30が着脱可能に取り付けられている。キャップ30は,開口を有さないものであり,ハウジング10に取り付けられている状態において反射端12を完全に閉塞する。
【0026】
本実施形態において,ハウジング10は,反射端12と開放端13を繋ぐ中空11が一直線状に形成されており,これらの反射端12と開放端13の間にマウスピース20が設けられている。また,ハウジング10の中空11の中心軸とマウスピース20の通気路21の中心軸とが略直角(85〜95度)をなすように,ハウジング10にマウスピース20が取り付けられている。また,図1に示されるように,ハウジング10とマウスピース20の接続点は,ハウジング10の長さの中央からずれた位置に設けられている(オフセットされている)ことが好ましい。すなわち,図1に示した例では,マウスピース20からハウジング10の反射端12までの距離が,マウスピース20からハウジング10の開放端13までの距離よりも短く設定されている。これにより,マウスピース20を通じて吹き込まれた呼気が,ハウジング10内で二手に分かれ,開放端13から抜けるよりも先に反射端12に到達して空気流れの反射を起こすため,反射の効果が高まり空気流れにさらに抵抗が与えられて,音響抵抗としての効果を大きくすることができる。
【0027】
本実施形態では,ハウジング10とマウスピース20が一体成型されており,キャップ30のみが別部材で構成されている。ハウジング10や,マウスピース20,あるいはキャップ30を構成する素材は,空気を通しにくくハウジング10内に空気の流れを生むことのできるものであればどのようなものであってもよく,例えばプラスティックなどの樹脂,紙や木,不織布などの可燃性素材,ガラスや金属などをコストや用途に応じて適宜選択することができる。
【0028】
図2は,呼吸音響装置1の使用方法の例を示した模式図である。図2に示されるように,使用者はハウジング10を把持し(好ましくは両手で),マウスピース20を口で咥えた状態で,咳などの急激な呼気によってマウスピース20内に空気を吹き込む。咳などの急激な呼気によってマウスピース20からハウジング10内に吹き込まれた空気は,まずマウスピース20の通気路21内部を通り,ハウジング10の中空11の内壁面にぶつかって二方向に別れる。この際,ハウジング10内部表面との摩擦で振動を起こした空気流や,ハウジング10とマウスピース20の接続点にある凸部にその形状に沿って角度が変わった空気流がぶつかることによって渦が発生し,その渦が雑音を作り出す。また,上述のようにハウジング10とマウスピース20の接続点はオフセットされており,ハウジング10の一端は反射端12となっているため,空気の流れは反射端12において堰き止められるとともに中空11内部へと反射して,他端側の開放端13へと向かう。このような反射端12による流路の制限により,ハウジング10内に吹き込まれた空気の流れに対して抵抗が生まれ,これが音響抵抗として作用する。また,このようなハウジング10の形状は,口腔及び下気道の空洞がより大きな見かけ上の容積を持っているように振る舞わせ,より低周波の音響エネルギーをサポートできるようになる。また,本発明では,ハウジング10の中空11の内壁の表面に凹凸を与えることにより,さらに空気流に抵抗を与えることもできる。さらに,この音響抵抗によって生じる呼気に対する背圧が,低周波の音響衝撃波を下気道に効果的に伝達するように作用する。
【0029】
また,ハウジング10に反射端12を設けることにより,マウスピース20から吹き込まれた空気が反射端12を経て開放端13から抜ける経路を通るため,ヘルムホルツ共鳴を起こすにあたり,その共鳴現象の影響要素となるポート(ネック部分:図4の符号l)の見かけ上の長さを長くすることができる。これにより,より低周波の共鳴を起こすことができる。また,反射端12によるハウジング10内の密閉性の向上によって装置内部の圧力は上昇し,空気の流速が速くなり,さらにパイプ内部の空気の流路はより複雑になるため,発生する渦が大きくなり,結果としてより大きな雑音が生じるようになる。こうして発生した装置内部の雑音及び,気道で発生する咳そのものの雑音が,口腔及び下気道の空洞とヘルムホルツ共鳴を起こす要因となる。
【0030】
このように,本発明に係る呼吸音響装置1は,咳による急激な呼気によってハウジング10内部で発生した雑音と気道からの咳そのもの雑音とを音源とし,音響抵抗によって見かけ上の容積が増したように振る舞う口腔及び下気道の空洞がヘルムホルツ共鳴を起こすことによって気道及び肺へ低周波の音響衝撃波を発生せしめ,それにより気道粘液を流動化させて,気道外部への排出を促すことができる。ここで,ヘルムホルツ共鳴によってカプリングされた低周波の音響衝撃波のピークは線毛振動周波数の18Hz付近であることが好ましいが,これと全く同じである必要はない。例えば,16Hz〜25Hz程度の低周波音が発生されていれば,ハーモニクスによって線毛周波数同様の有効な振動を気道及び肺にもたらすことができる。
【0031】
図3は,呼吸音響装置1の断面構造を示している。図3を参照して,呼吸音響装置1の各種寸法の好ましい例について説明する。ただし,各種寸法は以下に説明するものに限定されない。
【0032】
まず,マウスピース20の通気路21のサイズは,急激な呼気をハウジング10内に吹き込む際に使用者の負担にならない程度に十分広くする。具体的には,マウスピース20の通気路21の断面形状が円形である場合,その通気路21の直径φDmは,5〜25mmであることが好ましく,10〜20mmであることが特に好ましい。また,マウスピース20の通気路21の内径断面積Smは,0.64〜9cmであることが好ましく,0.80〜5cmであることがより好ましい。特に,通気路21の内径断面積Smは,人間の気管の断面積に近い1〜2cmとすることが最適である。マウスピース20の通気路21をこのようなサイズに設定することで,口腔及び下気道内の空気をバネのように共振させるような圧力変動を与えることができる。また,音響抵抗によって生じる背圧が下気道に到達し,低周波の衝撃波が効率的に伝達されるようになる。また,さらに好ましくは,通気路21の断面の幅を8mm以上とすることで,上述の効果を持つように通気路21の広さを確保することができる。
【0033】
また,本発明の呼吸音響装置1では,マウスピース20の通気路21の断面と,ハウジング10の中空11を同断面にすることが好ましい。具体的には,少なくとも,マウスピース20の通気路21の内径断面積Smとハウジング10の開放端13の内径断面積Sが等しくなり,また,マウスピース20の通気路21の直径φDmとハウジング10の開放端13の直径φDpが等しくなる。これにより,呼吸音響装置1がヘルムホルツ共鳴における連続的なポートとして,その内部の空気がバネのように振動する機能をより効果的に提供することができる。また,マウスピース20の通気路21とハウジング10の中空11を同断面とすることにより,少ない種類の材料を用いて簡単な工程で装置全体を製造することができるようになる。例えば,1本のパイプを2つにカットして,一方の横壁に孔を空けて,その孔に他方の先端を挿し込むことにより,本装置を簡単に作ることができる。また,通気路21及び中空11が同断面であれば,本装置を低コストで大量生産することが可能となる。特に低リソースの発展途上国では,こうした製造方法がとられることがあると予想される。
【0034】
また,ハウジング10の開放端13の内径断面積Sと,マウスピース20から吹き込まれた空気がハウジング10の反射端12で反射して開放端13から抜けるまでの装置内の通り道の長さlは,以下の式に表される関係を満足するように設計されていることが好ましい。なお,装置内の通り道の長さlは,図3に示したマウスピース20の通気路21の長さLmと,マウスピース20からハウジング10の反射端12までの長さLsと,ハウジング10の反射端12から開放端13の長さLの合計値となる(l=Lm+Ls+L)。
[式]
ここで,fは周波数16〜25Hzとし,cは音速35000cm/sとし,Vは肺の全肺気量1500〜9000mlとして計算する。
【0035】
上記の式は,ヘルムホルツ共鳴の周波数を求める一般的な方程式であり,これに本装置によって形成されるポートの長さ(l=Lm+Ls+L)及び肺の全容量(V)を当てはめたものである。ただし,この方程式では,下気道による空洞の素材や音響抵抗などによる見かけ上の容積の拡大などの要素は加味されていないため,実際に起きている低周波の衝撃波の周波数を規定するものではなく,あくまで形状の寸法範囲を概要として提供するものである。ただし,下気道の空洞と咳による雑音を共鳴させるという本発明の基本概念に鑑みて,上記の方程式を当てはめた寸法範囲は,装置の形状を決定するにあたり,参考とするにふさわしいものと考えられる。なお,図4は,参考として,一般的なヘルムホルツ共鳴の方程式を示している。図4に示されるように,開口を持つ容器において,Vは容器の全容量,Sは開口の内径断面積,lは容器内部に通じるポートの長さである。これらの,V,S,lが決定すれば,その容器において生じるヘルムホルツ共鳴の周波数fを求めることができる。
【0036】
例えば,使用者が小さい子供であってその全肺気量Vが2400cmであることを想定した場合,ハウジング10の開放端13の内径断面積Sを1cmとし,マウスピース20の通気路21の内径形断面積Smをこれと同面積とし,装置内の通り道の長さlを33cmに設定すると,上記方程式から,ヘルムホルツ共鳴により得られる共振周波数は19.793Hzとなる(音速cは35000cm/sで計算)。このように,本発明の呼吸音響装置1を利用すれば,子供でも簡単に気道粘液の排出を促進する低周波を生じさせることができる。
【0037】
なお,図3では,マウスピース20からハウジング10の反射端12までの長さを符号Lsで示し,ハウジング10の反射端12から開放端13までの長さを符号Lで示している。前述したとおり,マウスピース20からハウジング10の反射端12までの距離は,マウスピース20からハウジング10の開放端13までの距離よりも短く設定されていることが好ましい。具体的には,マウスピース20から反射端12までの長さLsは,ハウジング10の全体の長さLに対して,10〜45%であることが好ましく,15〜40%であることが特に好ましい。これにより,マウスピース20を通じて吹き込まれた呼気が,ハウジング10の開放端13から抜けるよりも先に反射端12に到達して空気流れの反射を起こすようになる。
【0038】
また,図3では,マウスピース20の通気路21の中心軸とハウジング10の中空11の中心軸のなす角であって,反射端12側の角度を,符号θで示している。角度θは90度であることが好ましいが,70〜110度又は80〜100度の範囲としてもよい。また,マウスピース20を通じて吹き込まれた呼気をハウジング10の開放端13よりも先に反射端12に到達させるために,角度θを90度を超える値としてもよい。例えば,角度θを,95〜130度又は100〜120度とすることもできる。
【0039】
図5は,ハウジング10の反射端12の変形例を示している。図5に示した例では,ハウジング10の反射端12は,一又は複数の開口を有するとともに,この開口の面積を調節可能な機構を有している。
【0040】
具体的に説明すると,図5(a)に示した例では,それぞれ複数の孔を持つ2つの蓋部材を重ね合わせることによって反射端12が構成されている。そして,2つの蓋部材の一方を相対的に回転させることにより,両方の蓋部材の孔の位置が一致したときにハウジング10内部へと通じる開口が開き,両方の蓋部材の孔の位置が不一致のときにはハウジング10内部へと通じる開口が閉じるようになっている。また,蓋部材の回転角度を調節することで,開口の面積を微調整することもできる。
【0041】
また,図5(b)に示した例では,カメラの絞り羽のような機構によって反射端12が構成されている。この機構は,開口の周囲に複数の羽部材が設けられており,各羽部材を開口の中心に向かって延出させると開口が閉じられ,各羽部材を反射端12の外縁側に退行させると開口が開かれるようになっている。また,各羽部材の延出量を調整することで,開口の面積を微調整することもできる。
【0042】
ただし,上記のように反射端12に一又は複数の開口を設ける場合,反射端12の開口総断面積が大きすぎると,反射端12による空気の流れに対する抵抗および反射作用が薄れてしまい,装置によって肺及び気道に効果的な低周波の音響衝撃波を発生することができなくなる可能性がある。このため,反射端12の開口総断面積は,開放端13の開口断面積に対して75%以下とするのが適切であり,50%以下又は30%以下とすることが特に好ましい。
【0043】
このように,反射端12に開口を設けたり,その開口断面積を調整できるようにすることで,呼吸音響装置1の共振周波数を微調整することができる。また,呼気に対する抵抗を調整し,より吹き込みをし易くすることもできる。従って,反射端12での開口断面積を調整することで,使用者の年齢や呼吸機能,症状に合わせた装置の動作呼気圧,共振周波数を設定することでき,適切に作用効果をもたらすように調整することができる。
【0044】
以上,本願明細書では,本発明の内容を表現するために,図面を参照しながら本発明の実施形態の説明を行った。ただし,本発明は,上記実施形態に限定されるものではなく,本願明細書に記載された事項に基づいて当業者が自明な変更形態や改良形態を包含するものである。
【0045】
例えば,呼吸音響装置1を折り畳み可能な構成としたり,あるいは分割及び組み立て可能な構成とすることもできる。また,呼吸音響装置1を一種類の素材から構成する場合に限られず,幾つかの素材の組み合わせにより装置全体を使い捨てにしたり,あるいは装置の一部(例えばマウスピース20)を使い捨てにしたりすることもできる。また,使用後に洗浄しやすいようにハウジング10を開くことができるような設計も可能である。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明に係る呼吸音響装置は,上述のような方法を用いて低周波の音響衝撃波を気道及び肺に発生させ,下気道粘液のクリアランスを向上させるものであり,多くの分野で使用することができる。すなわち,本発明によれば,粘液の排出を促進して疾患による下気道の閉塞を改善し,呼吸機能を改善することができる。また,下気道の閉塞を改善することにより,鎮咳作用をもたらし,患者の消耗,症状悪化を予防することができる。さらに,患者の排痰の誘導により,下気道由来の喀痰サンプルの採取を助け,結核や肺癌の迅速診断に貢献することができる。術後の排痰不良による肺炎,無気肺などの事故防止にも効果的である。また,健康な人であっても,運動する前や,管楽器などの演奏を行う前,歌唱する前や,空気の薄くなる高山への登山前など,本発明に係る呼吸音響装置を用いて気道の粘液の排出を促し,呼吸機能をブラッシュアップすることでパフォーマンスを向上させたり,安全性を高めることができる。
【符号の説明】
【0047】
1…呼吸音響装置
10…ハウジング
11…中空
12…反射端
13…開放端
20…マウスピース
21…通気路
30…キャップ
図1
図2
図3
図4
図5