特許第6782232号(P6782232)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6782232シグナル伝達経路の活性化状態の分析方法およびこれを用いた個人向け治療剤の選定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6782232
(24)【登録日】2020年10月21日
(45)【発行日】2020年11月11日
(54)【発明の名称】シグナル伝達経路の活性化状態の分析方法およびこれを用いた個人向け治療剤の選定方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20201102BHJP
   C07K 14/705 20060101ALN20201102BHJP
   C12N 5/09 20100101ALN20201102BHJP
【FI】
   C12Q1/02
   !C07K14/705
   !C12N5/09
【請求項の数】14
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2017-520831(P2017-520831)
(86)(22)【出願日】2014年10月30日
(65)【公表番号】特表2017-536106(P2017-536106A)
(43)【公表日】2017年12月7日
(86)【国際出願番号】KR2014010299
(87)【国際公開番号】WO2015186870
(87)【国際公開日】20151210
【審査請求日】2017年10月25日
(31)【優先権主張番号】10-2014-0067701
(32)【優先日】2014年6月3日
(33)【優先権主張国】KR
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】592127149
【氏名又は名称】韓国科学技術院
【氏名又は名称原語表記】KOREA ADVANCED INSTITUTE OF SCIENCE AND TECHNOLOGY
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100111235
【弁理士】
【氏名又は名称】原 裕子
(74)【代理人】
【識別番号】100195257
【弁理士】
【氏名又は名称】大渕 一志
(72)【発明者】
【氏名】ユン、 テ−ヨン
(72)【発明者】
【氏名】イ、 ホン−ウォン
【審査官】 平林 由利子
(56)【参考文献】
【文献】 特表2010−533842(JP,A)
【文献】 特表2014−512537(JP,A)
【文献】 特表2007−526460(JP,A)
【文献】 Lee, H.W., et al.,Real-time single-molecule co-immunoprecipitation analyses reveal cancer-specific Ras signalling dynamics,Nature Communications,2013年,Vol.4, No.1505,pp.1-9
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00− 3/00
C07K 1/00−19/00
C12N 1/00− 7/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記ステップを含む、個体(subject)から分離された細胞または組織内のシグナル伝達経路(signaling pathway)の活性化状態の分析方法であって:
(a)前記個体から分離されたものであって、前記シグナル伝達経路上のタンパク質である第1タンパク質を含む細胞または組織の溶解液(extract)を基板に処理して前記第1タンパク質を基板に固定させるステップ、
(b)前記第1タンパク質と相互作用するタンパク質として蛍光標識処理された第2タンパク質を前記基板に供給して、第1タンパク質と蛍光標識された第2タンパク質間の複合体の形成を誘導するステップ、および
(c)前記第2タンパク質の蛍光標識の蛍光シグナルを分析して第1タンパク質と第2タンパク質間の相互作用を分析し、分析結果によって前記シグナル伝達経路の活性化状態を分析するステップ
ここで、
前記ステップ(c)では、全反射蛍光顕微鏡(Total Internal Reflection Fluorescence Microscope)を用いて第1タンパク質と第2タンパク質間の相互作用を分析し、
前記相互作用を分析することは、リアルタイムの単分子タンパク質相互作用の観測によって前記第1および第2タンパク質の間の相互作用の運動定数(kinetics)を予め分析することにより観測フレームを決定し、決定された観測フレームにおいて何個の前記第2タンパク質が前記第1タンパク質と結合されているかを観測することを含むことを特徴とするが、ここで、所定の数のフレームを平均することによりイメージを生成して、そのイメージを分析することにより単分子シグナルの個数が測定され、前記所定の数のフレームは、前記蛍光シグナルを測定するために要する露出時間に対する前記2つのタンパク質の結合の長さに応じて得られる、
分析方法。
【請求項2】
前記第2タンパク質は第1タンパク質の下流(downstream)に位置するタンパク質であることを特徴とする、請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
前記第1タンパク質は膜タンパク質であることを特徴とする、請求項1または2に記載の分析方法。
【請求項4】
前記膜タンパク質は受容体(receptor)であることを特徴とする、請求項3に記載の分析方法。
【請求項5】
前記受容体は、受容体型チロシンキナーゼ(Receptor tyrosine kinases)、Toll様受容体(Toll−like receptor)またはGタンパク質共役受容体(G protein−coupled receptor)であることを特徴とする、請求項4に記載の分析方法。
【請求項6】
前記細胞または組織は癌細胞または癌組織であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の分析方法。
【請求項7】
前記ステップ(c)における蛍光シグナル分析はリアルタイムで蛍光シグナルを測定することを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の分析方法。
【請求項8】
前記ステップ(c)における蛍光シグナル分析は、前記蛍光標識が示す特定波長の蛍光シグナルを特定時間の間積分測定することを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項に記載の分析方法。
【請求項9】
前記方法は、ステップ(b)と(c)によって相互作用を分析した前記第2タンパク質とは別種類のタンパク質を、第1タンパク質と相互作用するタンパク質として蛍光標識処理された第2タンパク質として用いてステップ(b)と(c)を実施するステップ(d)をさらに含むことを特徴とする、請求項1ないし8のいずれか1項に記載の分析方法。
【請求項10】
前記ステップ(d)は、最初のステップ(b)および(c)が実施された基板と同一の基板上で順次実施されることを特徴とする、請求項9に記載の分析方法。
【請求項11】
次のステップを含む個人向け治療剤の選定方法:
(a)請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法を利用して、前記個人から分離された細胞または組織内のシグナル伝達経路の活性化状態を分析するステップ、および
(b)ステップ(a)で確認された活性化されたシグナル伝達経路をターゲットとする治療剤を探索し、探索された治療剤を前記個人の個人向け治療剤に選定するステップ。
【請求項12】
前記治療剤は抗癌剤であることを特徴とする、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
下記ステップを含む、治療剤に対する治療反応性を予測する方法:
(a)請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法を利用して、治療剤に対する治療反応性を予測しようとするヒトから分離された細胞または組織内のシグナル伝達経路の活性化状態を分析するステップ、および
(b)ステップ(a)で確認されたシグナル伝達経路の活性化状態の分析情報に基づいて、前記シグナル伝達経路をターゲットとする治療剤に対する治療反応性を予測するステップ。
【請求項14】
前記治療剤は抗癌剤であることを特徴とする、請求項13に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リアルタイムの単分子タンパク質−タンパク質相互作用の分析によって個体(subject)から分離された細胞または組織内のシグナル伝達経路(signaling pathway)の活性化状態を分析する方法およびそれを用いて個人向け治療剤を選定するかあるいは治療剤に対する治療反応性を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近までは疾病の個人に応じた個人向け診断、予後の予測および治療は主に遺伝子分析(genomic profiling)に集中してきた。しかし、癌をはじめとする特定疾病の発病の原因は身体を構成する細胞の非正常的な活動、より詳しくは細胞を構成し調節する様々なタンパク質間の非正常的な相互作用によるものであるため、遺伝子分析によるタンパク質のみの個別的な観察だけでは理解し難いという問題がある。実際にこのような遺伝子突然変異のプロファイリングによって同一の遺伝的性質を持った患者らに対しても標的抗癌剤に対する感受性が異なり、予後も多様に表れる。タンパク質−タンパク質相互作用の正確な分析は細胞内のシグナル伝達ネットワーク(signaling network)がどのように変化するかを理解するようにするだけでなく、特定癌の進行と特性およびその治療方法に対する情報までも提供することができる。
【0003】
最近、個人別の遺伝子プロファイリングを導入して患者個々の特性を考慮した個人向け診断および治療剤の研究(personalized medicine)が行われている。しかし、前述したように疾病の形質を決定するのはタンパク質の相互作用による細胞の活動であるため、タンパク質間の反応によるネットワーキングを観察することが必要である。単に遺伝子レベルで観察するのは個々のタンパク質を分析する断片的な接近からなるものであるため、生命現象の理解のためには分子および相互作用ネットワークレベルでのシグナル伝達を幅広く理解することが求められる。例えば、同一の遺伝的な突然変異(genetic mutation)を有した患者であるとしても同一の標的治療剤に対して異なる反応を示しうる。これは、細胞シグナル伝達がタンパク質相互作用の複合的な絡みで表れるため、同一の腫瘍タンパク質が発現しても異なるシグナル伝達を誘導しうるためである。
【0004】
結局、正確なタンパク質−タンパク質相互作用の分析は、疾病の理解を通じた疾病の診断、予後の評価および治療剤の開発のための重要な基礎となる。従来のタンパク質の相互作用を確認できる方法としては、X−ray結晶法(crystallography)などを利用して原子レベルで相互作用に関連したアミノ酸残基または原子を糾明する方法、Yeast two−hybridシステムなどを利用して2つのタンパク質間の二成分系相互作用(binary interaction)を確認する方法、免疫沈殿および質量分析による複合体相互作用(complex interaction)を把握する方法を通じて活性を測定し相互作用を理解する方法が使われてきており、このようなインビトロ方法の他にも細胞内(in cell)分析方法である蛍光共鳴エネルギー転移(FRET、Fluorescence Resonance Energy Transfer)方法と二分子蛍光相補法(BiFC、Bimolecular Fluorescence Complementation)が利用されている。
【0005】
しかし、クロマトグラフの場合はタンパク質を精製した後に分析するため、他のタンパク質などが混在している実際の細胞環境内でタンパク質間の相互作用を単一分子レベルで確認することは難く、Yeast two−hybridシステムの場合は細胞のハイブリッドタンパク質の発現に応じた転写活性の影響により分析の正確度が異なり得るという点、蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)方法は隣接した部分に蛍光転移を用いた方法として蛍光転移が生じた場合にのみタンパク質間の結合が信頼性を有するという点で成功率が低いという短所がある。特に、タンパク質の結合が短時間に弱い結合として生じた場合、前記の方法だけでは正確に測定できないという短所が持続的に提起されている。
【0006】
したがって、タンパク質間の相互作用を正確に分析し、さらには複雑な環境において疾病の経路を予測することによって個人向け標的治療剤を探し出してスクリーニングできる新しい方法が要求されている。
【0007】
本明細書の全体にかけて多数の論文および特許文献が参照されており、その引用が表示されている。引用された論文および特許文献の開示内容はその全体として本明細書に参照として挿入されており、本発明が属する技術分野の水準および本発明の内容がより明らかに説明される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような背景下、本発明者らは、シグナル伝達経路上の標的タンパク質と他のタンパク質間のタンパク質−タンパク質相互作用を同時にリアルタイムで分析できる分析方法に基づいた、細胞または組織内のシグナル伝達経路の活性化状態の分析方法およびこれを用いた個人向け治療剤の選定方法を開発した。
【0009】
よって、本発明の目的は、個体から分離された細胞または組織内のシグナル伝達経路の活性化状態の分析方法を提供することにある。
【0010】
本発明の他の目的は個人向け治療剤の選定方法を提供することにある。
【0011】
本発明のまた他の目的は治療剤に対する治療反応性を予測する方法を提供することにある。
【0012】
本発明の他の目的および利点は下記の発明の詳細な説明、請求範囲および図面によってさらに明らかになる。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一様態によれば、本発明は、次のステップを含む、個体(subject)から分離された細胞または組織内のシグナル伝達経路(signaling pathway)の活性化状態の分析方法を提供する:
(a)前記個体から分離されたものであって、前記シグナル伝達経路上のタンパク質である第1タンパク質を含む細胞または組織の溶解液(extract)を基板に処理して前記第1タンパク質を基板に固定させるステップ、
(b)前記第1タンパク質と相互作用するタンパク質として蛍光標識処理された第2タンパク質を前記基板に供給して、第1タンパク質と蛍光標識された第2タンパク質間の複合体の形成を誘導するステップ、および
(c)前記第2タンパク質の蛍光標識の蛍光シグナルを分析して第1タンパク質と第2タンパク質間の相互作用を分析し、分析結果によって前記シグナル伝達経路の活性化状態を分析するステップ。
【0014】
本発明者らは、シグナル伝達経路上の標的タンパク質と他のタンパク質間のタンパク質−タンパク質相互作用を同時にリアルタイムで分析できる分析方法に基づいた細胞または組織内のシグナル伝達経路の活性化状態の分析方法およびこれを用いた個人向け治療剤の選定方法を開発した。
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0016】
(a)第1タンパク質を基板に固定
ステップ(a)では、分析しようとするシグナル伝達経路上のタンパク質である第1タンパク質を含む細胞または組織の溶解液(extract)を基板に処理して前記第1タンパク質を基板に固定させる。
【0017】
本発明の一実現例によれば、前記第1タンパク質の固定は、基板に予め固定された抗−第1タンパク質抗体に第1タンパク質を固定させることによって達成される。この時、本発明の目的上、前記抗体が結合する部位である第1タンパク質のエピトープは、第1タンパク質と第2タンパク質の結合部位から所定距離だけ離れることが好ましい。
【0018】
本発明の一実現例によれば、前記基板は、ポリエチレングリコール(polyethyleneglycol)コーティング処理された石英スライド(Quartz Slide)である。
【0019】
前記第1タンパク質を含む細胞または組織は正常細胞または正常組織であるか、特定疾病が発病した細胞または組織であってもよい。
【0020】
本発明の一実現例によれば、前記細胞または組織の溶解液は、癌細胞または癌組織の溶解液である。本発明は、複雑な前処理過程なしに、個体(例えば、癌患者)から分離された癌細胞または癌組織を溶解(lysis)して得られた細胞または組織溶解液を用いて分析を行うことによって、複雑な前処理過程による時間と努力を節減することができる。前記細胞溶解液は、細胞原液だけでなく、薄められた細胞質原液または薄められた細胞原液を意味することができる。
【0021】
細胞溶解のためには、物理的方法、化学的方法および酵素的方法など、特に制限されずに利用することができる。
【0022】
本発明の一実現例によれば、基板上に固定されていない第1タンパク質を除去するために、ステップ(b)の実施前に洗浄過程を行う。洗浄は通常の洗浄バッファ(例えば、PBS)を用いて行うことができる。
【0023】
本発明の一実現例によれば、前記第1タンパク質は膜タンパク質である。
【0024】
本発明の一実現例によれば、前記膜タンパク質は受容体(receptor)である。この時、本発明は、シグナル伝達経路の開始点である受容体と該受容体と相互作用をする色々な種類のタンパク質間の相互作用を各々分析することによって、どのシグナル伝達経路が活性化したかを把握することができる。
【0025】
前記受容体の例としては、受容体型チロシンキナーゼ(Receptor tyrosine kinases)、Toll様受容体(Toll−like receptor)およびGタンパク質共役受容体(G protein−coupled receptor)がある。
【0026】
本発明の一実現例によれば、前記受容体型チロシンキナーゼは、EGFR(Epidermal growth factor receptor、HER1)、HER2(Human epidermal growth factor receptor 2)、HER3(Human epidermal growth factor receptor 3)、HER4(Human epidermal growth factor receptor 4)およびHGFR(Hepatocyte growth factor receptor、c−MET)からなる群から選択される。
【0027】
本発明の一実現例によれば、前記第1タンパク質が受容体型チロシンキナーゼである場合、後述する第2タンパク質はρ85α、STAT3、Grb2およびPLCyからなる群から選択される。例えば、第1タンパク質がEGFRである場合、第2タンパク質はρ85α、STAT3、Grb2およびPLCyからなる群から選択され、第1タンパク質がHER2またはHGFRである場合、第2タンパク質はρ85α、Grb2およびPLCyからなる群から選択され、第1タンパク質がHER3である場合、第2タンパク質はρ85αであってもよい。
【0028】
(b)第1タンパク質と蛍光標識された第2タンパク質間の複合体の形成誘導
ステップ(b)では、前記第1タンパク質と相互作用するタンパク質として蛍光標識処理された第2タンパク質を前記基板に供給して、第1タンパク質と蛍光標識された第2タンパク質間の複合体の形成を誘導する。
【0029】
本発明の一実現例によれば、前記第2タンパク質は第1タンパク質の下流(downstream)に位置するタンパク質である。
【0030】
本発明の一実現例によれば、前記第2タンパク質は、細胞の溶解液に含まれた形態で基板に供給されることができる。例えば、第1タンパク質の下流に位置するタンパク質である第2タンパク質を蛍光標識された形態で発現する細胞を溶解して得られた細胞溶解液を前記基板に供給することができる。蛍光標識された第2タンパク質を含む細胞溶解液を得るために、細胞を遺伝子操作して蛍光標識された第2タンパク質を細胞から発現させることができる。例えば、蛍光遺伝子をコーディングするベクターに第2タンパク質の全長ORFあるいは一部ドメインをコーディングするポリヌクレオチドを入れて組み換えベクターを製作した後、該組み換えベクターで適当な宿主細胞(例えば、哺乳動物細胞)を形質転換して、蛍光標識された第2タンパク質を発現させる。形質転換方法としては電気穿孔法(electroporation)、原形質融合、リン酸カルシウム(CaPO)沈殿、塩化カルシウム(CaCl)沈殿、炭化ケイ素繊維を用いた攪拌、アグロバクテリア媒介の形質転換、PEG、硫酸デキストラン、リポフェクトアミンおよび乾燥/抑制媒介の形質転換方法などを利用することができる。他例として、物理化学的な方法によって前記第2タンパク質を蛍光標識することができる。
【0031】
本発明において利用可能な蛍光標識としては、例えば、緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein、GFP)、黄色蛍光タンパク質(yellow fluorescent protein、YFP)、青色蛍光タンパク質(Blue fluorescent protein、BFP)およびシアン蛍光タンパク質(cyan fluorescent protein)などが挙げられる。
【0032】
本発明によれば、第1タンパク質が付着された基板の表面に第2タンパク質が含まれた細胞溶解液が供給されれば、基板表面の第1タンパク質は、第2タンパク質および細胞内の他のタンパク質が共に共存する細胞内環境と同一な環境において第2タンパク質と相互作用をするようになる。これは、本発明に係る分析方法が細胞内環境と同一な条件でタンパク質相互作用を観察することができるということを意味する。すなわち、第2タンパク質に標識された特定波長帯域における蛍光シグナルの検出によって第1タンパク質と第2タンパク質間の相互作用を細胞環境と同一な環境で分析することができるものである。前記第1タンパク質と第2タンパク質は互いに相互作用をするタンパク質としてシグナル伝達経路上で隣接したタンパク質であるため、本発明によって実際細胞内のシグナル伝達経路の活性化状態を分析できるようになる。
【0033】
(c)第1タンパク質と第2タンパク質間の相互作用を分析してシグナル伝達経路の活性化状態を分析
ステップ(c)では、第2タンパク質の蛍光標識の蛍光シグナルを分析して第1タンパク質と第2タンパク質間の相互作用を分析し、分析結果によって前記シグナル伝達経路の活性化状態を分析する。
【0034】
前記第1タンパク質と第2タンパク質間の相互作用の分析は、第2タンパク質に備えられた蛍光標識によって発生する特定波長の蛍光シグナルを、近接場を発生させる光学装置を用いて測定して行うことができる。すなわち、全反射蛍光顕微鏡などの近接場を発生させる光学装置によって基板の表面を観察して、基板表面の第1タンパク質と蛍光標識された第2タンパク質間の結合と分離の頻度などの相互作用を単分子レベルで分析することによって、第1タンパク質と第2タンパク質間の相互作用を確認することができる。
【0035】
本発明の一実現例によれば、前記第1タンパク質と第2タンパク質間の相互作用の分析は全反射蛍光顕微鏡(Total Internal Reflection Fluorescence Microscope)を用いて行う。この時、蛍光シグナルの分析は、第1タンパク質と第2タンパク質間の複合体が形成されるステップでリアルタイムで分析することができる。本発明で用いられるリアルタイムの単分子タンパク質−タンパク質相互作用の分析方法は免疫沈降法と蛍光イメージングを結合したものであって、精製されていない細胞または組織溶解液の単分子イメージングが反応チャンバー内でリアルタイムで行われるという点で通常の免疫沈降法とは差別化され、リアルタイムで単分子レベルで結合を確認することができる。
【0036】
本発明の一実現例によれば、前記蛍光シグナルの分析は、前記蛍光標識が示す特定波長の蛍光シグナルを特定時間の間積分測定することができる。すなわち、全反射蛍光顕微鏡によって基板表面における波長変化を測定する場合、波長変化を所定の時間の間積分測定することができる。
【0037】
本発明の方法を利用すれば、ヒトを含む個体(subject)から分離された細胞または組織内のシグナル伝達経路のうちのどの経路が活性化したかを確認(分析)することができる。下記の実施例では、癌と密接な関連があると知られたEGFRとその下流タンパク質であるρ85α、STAT3、Grb2およびPLCγ間の相互作用を、様々な癌細胞株および癌患者由来の組織を用いて分析した。分析の結果、細胞株ごとに、あるいは癌組織と正常組織間に、EGFRの活性化程度の差があることが確認された(実験例3および4を参照)。さらに、下記実施例ではEGFR以外の他のRTKとその下流タンパク質間の相互作用を、様々な癌細胞株を対象に分析した(実験例5および6を参照)。このような結果は、本発明の方法を適用して、各個体から分離された細胞または組織において特に活性化しているシグナル伝達経路を探すことができることを示し、分析されたシグナル伝達経路の活性化状態情報に基づいて各個体の疾患の予後を予測し、各個体の特性に合わせた治療剤(例えば、活性化されたシグナル伝達経路をターゲットとする抗癌剤)を選定するなど、個人向け予後の予測と治療が可能であることを示す。
【0038】
本発明によれば、本発明は、前記第2タンパク質として、第1タンパク質と相互作用する1種類のタンパク質だけでなく、下記実験例3のように第1タンパク質と相互作用する様々な種類のタンパク質を用いることもできる。例えば、第1タンパク質とその下流に位置する色々な種類のタンパク質(複数種類の第2タンパク質)間の相互作用を分析する場合には、色々な種類の第2タンパク質を同時にまたは順次基板に供給することができる。例えば、第2タンパク質が順次基板に供給される場合には、先に供給された第2タンパク質と第1タンパク質間の相互作用の分析が終わった後に、洗浄過程によって分析が完了した第2タンパク質を除去した後、他の第2タンパク質を基板に供給する過程によって実施されることができる。
【0039】
具体的に、本発明の一実現例によれば、色々な種類の第2タンパク質を順次基板に供給する場合に、本発明の方法は、ステップ(c)後に、ステップ(b)と(c)によって相互作用を分析した第2タンパク質とは別種類のタンパク質(第1タンパク質と相互作用する)を第2タンパク質として用いてステップ(b)と(c)を繰り返し実施するステップ(d)をさらに含む。この場合、先の第2タンパク質と第1タンパク質間の相互作用を分析した後には、洗浄過程によって先の第2タンパク質を除去した後、別種類の第2タンパク質を基板に供給して第1タンパク質との相互作用を追加分析することができる。この場合、第1タンパク質を基板に固定する過程を1回のみ行った後、色々な種類の第2タンパク質との相互作用を分析することができるので少量の試料を用いた分析が可能であり、これは、人体組職の場合には利用できる量が多くなく、PCRのような増幅過程がタンパク質には存在しないことを考慮する時に非常に有利な利点である。
【0040】
本発明は、様々な種類の第1タンパク質と様々な種類の第2タンパク質を用いてステップ(a)〜(c)を実施することができる。すなわち、本発明は、様々な種類の第1タンパク質(標的タンパク質)を基板に固定した後、これらと相互作用する(例えば、第1タンパク質の下流に位置する)色々な種類の第2タンパク質(候補タンパク質)を処理して第1タンパク質と第2タンパク質間の相互作用を分析することができる。例えば、基板に色々な種類の抗体が付着された基板に様々な種類の第1タンパク質を固定させた後、第1タンパク質をX軸にし、第2タンパク質をY軸にして、タンパク質間の相互作用を蛍光シグナルで分析する。第1タンパク質の数を平行線に合わせて微細流体チャネルを形成するようにすることによって第1タンパク質の数だけ基板に抗体を用いて固定させる。垂直線は第2タンパク質の数だけチャネルを形成するようにする。二重層構造が使われることができ、二番目の微細流体チャネルは交差反応点として使われるための一番目のチャネルの上部に積層されることができる。または、一番目のチャネルの付着および脱着が可能となるように二番目のチャネルの装着後に適用されることもできる。本方法によれば、独立したチャンバー内で独立した反応による相互作用のパターンを分析することができる。図9はこのような相互作用の分析方法の模式図であり、図10は第1タンパク質−第2タンパク質間の相互反応を蛍光シグナルで分析したものであって、赤色のシグナルは最も活性化されたタンパク質間の結合を示す。このような本発明により、各患者から採取した細胞または組織内で活性化している特定シグナル伝達経路(特定タンパク質間の結合)を確認することができ、それによって患者個人別の薬に対する耐性を予め予測することができ、最適な治療効果を得ることができる標的治療剤を選定することによって個人向け治療が可能である。
【0041】
また、遺伝子プロファイリングは細胞シグナル伝達において交点(node)に焦点を合わせる反面、本発明は、交点を連結する線に合わせられている。1つの節は数多くの交点を持つようになり、1つの上流タンパク質は数多くの下流タンパク質と連結されており、1つの下流タンパク質は数多くの上流タンパク質と連結されている。本発明は、1つの上流タンパク質が細胞シグナル伝達経路においてどのように収斂し分枝するかを全般的に観察することができるようにする。
【0042】
本発明の他の様態によれば、本発明は次のステップを含む個人向け治療剤の選定方法を提供する:
(a)上述した方法を利用して、前記個人から分離された細胞または組織内のシグナル伝達経路の活性化状態を分析するステップ、および
(b)ステップ(a)で確認された活性化されたシグナル伝達経路をターゲットとする治療剤を探索し、探索された治療剤を前記個人の個人向け治療剤に選定するステップ。
【0043】
前記ステップ(a)は、上述した個体から分離された細胞または組織内のシグナル伝達経路の活性化状態を分析する方法を利用するものであって、重複した内容であるのでその説明は省略する。
【0044】
ステップ(b)ではステップ(a)の分析結果に基づいて、活性化されたシグナル伝達経路をターゲットとする治療剤を探索する。例えば、上述した個体から分離された細胞または組織内のシグナル伝達経路の活性化状態を分析する方法を様々な種類の第1タンパク質と様々な種類の第2タンパク質を用いて実施した後、前記個体から分離された細胞または組織内で活性化している特定のシグナル伝達経路あるいは特定タンパク質間の結合を確認した後、それをターゲットとする治療剤を探索し、それを個人向け治療剤に選定することができる。
【0045】
ステップ(b)において個人向け治療剤を選定する方法としては、例えば、ステップ(a)で確認された活性化されたシグナル伝達経路をターゲットとすると知られた公知の治療剤の中から個人向け治療剤を選定するか、またはステップ(a)で確認されたシグナル伝達経路が活性化している細胞株あるいは組織に試験物質を処理した後、前記試験物質が前記シグナル伝達経路の活性化を抑制するか否か、前記候補薬物が前記細胞株あるいは組織の成長を抑制するか否かなどを確認するスクリーニング過程によって個人向け治療剤を選定することができる。前記試験物質としては低分子量化合物、高分子量化合物、核酸分子(例えば、DNA、RNA、PNAおよびアプタマー)、タンパク質、糖、脂質および天然物質などを用いることができる。
【0046】
本発明の一実現例によれば、前記治療剤は抗癌剤である。
【0047】
本発明の他の様態によれば、本発明は、次のステップを含む、治療剤に対する治療反応性を予測する方法を提供する:
(a)上述した方法を利用して、治療剤に対する治療反応性を予測しようとするヒトから分離された細胞または組織内のシグナル伝達経路の活性化状態を分析するステップ、および
(b)ステップ(a)で確認されたシグナル伝達経路の活性化状態の分析情報に基づいて、前記シグナル伝達経路をターゲットとする治療剤に対する治療反応性を予測するステップ。
【0048】
ステップ(a)では、予測対象のヒトから細胞または組織を分離した後、分離された細胞または組織内のシグナル伝達経路の活性化状態を分析する。ステップ(a)におけるシグナル伝達経路の活性化状態を分析する方法は上述したので省略する。
【0049】
例えば、癌治療の場合は、特定シグナル伝達経路(例えば、EGFR経路、HER2経路など)をターゲットとする抗癌剤を用いた治療が頻繁に行われているが、抗癌剤がターゲットするシグナル伝達経路の活性化程度は各個人ごとに差があり、特に抗癌剤がターゲットするシグナル伝達経路が非活性化したり活性化程度が低い場合には、前記抗癌剤に対する治療効果を得ることが難しいという問題がある。そこで、抗癌剤の投与前に抗癌剤に対する治療反応性を予め予測し、それに応じた適切な治療法と薬物を選定するのが重要であり、本発明の方法を利用すれば、このような抗癌剤に対する治療反応性を予め予測することができる。
【0050】
ステップ(b)では、シグナル伝達経路の活性化状態の分析情報に基づいて、前記シグナル伝達経路をターゲットとする治療剤に対する治療反応性を予測する。下記の実験例6では、各癌細胞株ごとにシグナル伝達経路の活性化程度に差があり、前記シグナル伝達経路をターゲットとする抗癌剤に対する感受性にも差があることを確認した。このような結果により、本発明の方法によって分析したシグナル伝達経路の活性化情報に基づいて、前記シグナル伝達経路をターゲッティングする標的抗癌剤に対する個体の治療反応性を予め予測できることを確認した。
【0051】
本発明の一実現例によれば、前記治療剤は抗癌剤であり、本発明の目的上、前記抗癌剤は特定シグナル伝達経路をターゲッティングする標的抗癌剤である。
【発明の効果】
【0052】
本発明の特徴および利点を要約すれば以下のとおりである。
(i)本発明は、個体(subject)から分離された細胞または組織内のシグナル伝達経路(signaling pathway)の活性化状態の分析方法、およびこれを用いて個人向け治療剤を選定するかあるいは治療剤に対する治療反応性を予測する方法に関する。
(ii)本発明の方法は個人向け診断および医療のための新しい方法であり、標的治療剤がシグナル伝達経路にいかなる変化をもたらし、患者にいかなる反応を示すかに対する分析が可能となる。
(iii)本発明は、特定疾患のシグナル伝達がどのように分枝しどのように収斂するかを分析することによってシグナル伝達経路を全体的に理解できるようにするだけでなく、全体シグナル伝達ネットワークのうちどのシグナル伝達が歪曲されたかを確認するようにすることで、個人向け治療剤の開発のためのプラットフォームとして利用することができる。最近の標的抗癌剤に対する癌組織の耐性が問題となっているが、本プラットフォームによれば、耐性を予め検知し、それに合わせた2次治療剤を設計するようにすることによって癌の再発を大幅に減らせると期待される。
【図面の簡単な説明】
【0053】
図1】下記実験例で用いた実験の模式図を示す。
図2】下記実施例で用いた観測システムの構造図を示す。
図3】単分子蛍光分子の観測および定量化に対する結果を示す。
図4】EGFRとその下流タンパク質、およびプローブタンパク質の交換に応じた蛍光シグナル強さを示す。
図5】活性化されたEGFRと不活性化されたEGFRの蛍光シグナル強さを示す。
図6】12種類の肺癌細胞株におけるEGFRとρ85α間の相互作用程度を示す。
図7】各細胞株におけるEGFRとその下流タンパク質間の相互作用程度の相対的な強さを示す。
図8】同一の患者由来の腫瘍組織と正常組織におけるEGFRの活性化程度を示す。
図9】標的タンパク質(第1タンパク質)−候補群タンパク質(第2タンパク質)間の結合を図式化したものである。
図10図9の方法で測定されたシグナル伝達経路の蛍光シグナルを示す。
図11】各乳癌細胞株におけるHER2とその下流タンパク質、およびHER3とその下流タンパク質間の相互作用程度の相対的な強さを示す。
図12】各肺癌細胞株におけるHGFR(c−MET)とその下流タンパク質間の相互作用程度の相対的な強さを示す。
図13a】各細胞株におけるEGFRとその下流タンパク質、HGFRとその下流タンパク質、そしてHER2とその下流タンパク質間の相互作用程度の相対的な強さを示す。
図13b】各細胞株のEGFR標的抗癌剤であるGefitinibに対する反応性を示す。
図13c図13aに示されたEGFRのGrb2との相互作用程度と図13bで測定された各細胞株の標的抗癌剤に対する感受性を総合して示す。
【発明を実施するための形態】
【0054】
以下、実施例を通じて本発明をより詳細に説明する。これらの実施例は単に本発明をより具体的に説明するためのものであって、本発明の要旨によって本発明の範囲がこれらの実施例に制限されないということは当業界の通常の知識を有する者にとって明らかなことである。
【実施例】
【0055】
実施例1.細胞溶解バッファの製造
150mMのNaCl、1mMのEDTAおよびl%(vol/vol)トリトンX−100を蒸留水に溶解して細胞溶解バッファ(Lysis buffer)を製造した。2倍濃縮されたストックバッファを製造し、4℃の冷蔵庫に保管した。細胞溶解液(cell extract)を作る直前に2倍濃縮されたストックバッファを用いて前述した最終濃度に細胞溶解バッファを希釈させた。この時、プロテアーゼ阻害剤(protease inhibitor;Sigma P8340、Sigma)とホスファターゼ阻害剤(phosphatease inhibitor;P5726、Sigma)を各々添加し、細胞溶解液内部に存在するプロテアーゼとホスファターゼの機能を抑制した。細胞溶解液5mg/ml当たりに各阻害剤を1:100の濃度に希釈させた。細胞株溶解液や組織溶解液の最終濃度が5−10mg/mlになるように溶解液の量を決定した。通常、5×10細胞を200μl細胞溶解バッファに溶かした時に6−10mg/ml程度の総タンパク質量を作り、20mgのヒト肺組織を1mlの細胞溶解バッファに溶かした時に10−13mg/ml程度の総タンパク質濃度が形成される。
【0056】
実施例2.標的タンパク質(target protein;第1タンパク質)の製造
標的タンパク質は本発明によって特性を分析(把握)しようとする目標となるタンパク質を意味する。下記実験例では、発癌タンパク質(oncoprotein)のうち1つであるEGFR、HER2、HER3またはHGFRを標的タンパク質として用いた。蛍光標識やTagを用いた精製過程などが含まれていないnative形態のタンパク質であって、細胞株あるいは実際患者の組織サンプルから直ちに採取して用いた。細胞株から標的タンパク質を製造するために、細胞株に前記実施例1で製造された溶解バッファを適当量入れ、100−200μlピペットを用いて固まっている細胞株を均質に解く過程を繰り返し行った。全ての反応は氷上のコールドブロック(cold block)において行った。その後、作られた試料を氷において30分間溶解した。組織から標的タンパク質を製造するために、組織と溶解バッファが接する断面積を広くして細胞溶解が容易に行われるように組織を手術用はさみを用いて細かく切った。そこに適当量の溶解バッファを入れ、1mlピペットを用いて均質に解いた。その後、ホモジナイザー(mechanical homogenizer;IKA、cat.No.3737000)を用いて組織を細かく擦った。30分間の反応後、10,000g×10分間4℃を維持した状態で遠心分離を行った。沈んだ部分(pellet)を除去し、溶液の部分(上清)のみを取った。この溶液の部分には観測しようとする標的タンパク質とその他のタンパク質が含まれている。その後、全ての実験過程の間、この溶解液を氷に保管してタンパク質が最大限安定した状態で保管されるようにした。DC protein assayキット(Bio−Rad、#500−0111)あるいはタンパク質定量キットを用いて、作られた細胞または組織の溶解液の総タンパク質量を測定した。
【0057】
実施例3.プローブタンパク質(probe protein;第2タンパク質)の製造
プローブタンパク質は、蛍光タンパク質が標識されたタンパク質であって、標的タンパク質と相互作用するパートナータンパク質を用いた。蛍光特性の良いeGFPベクター(pEGFP−Cl vector、Clontech)にプローブタンパク質全体(full length ORF)あるいは特定部分(domain)を入れてeGFP−プローブタンパク質の形態でプラスミドを製作した。それを電気穿孔方法によってHEK293細胞に注入してプローブタンパク質を発現させた後、細胞を収得して−80℃で保管した。プローブタンパク質の準備過程は実施例2の標的タンパク質の準備過程と同様に行った。但し、プローブタンパク質はeGFPが付着しているので、発現されたプローブタンパク質の量を測定するために、蛍光光度計(Fluorometer;Perkin Elmer Enspire 2300)を用いて、発現された蛍光タンパク質の量を測定して、プローブタンパク質がどれくらい含まれているかを定量した。
【0058】
実施例4.標的タンパク質の固定(Target protein immobilization)
全反射蛍光顕微鏡(Total Internal Reflection Fluorescence Microscope、TIRFM)を用いて観測を実施した。このために石英スライド(Quartz slide)から作られた基板上にポリマー(PolyEthylene Glycol、PEG)コーティングとキャプチャリング(capturing)のためのビオチン−PEGコーティングをした。洗浄のために、基板上に作られたチャンバーを200μlのPBSを用いて2回連続して洗浄し、ニュートラアビジン(Neutravidin)を各チャンバー当たり50μlずつチャンバーに注入した。このニュートラアビジンタンパク質は基板表面のビオチンに結合して表面に付着される。5分間常温で反応させた後、前記のような方法で洗浄した。標的タンパク質に対する抗体(EGFPの場合、EGFR Ab−10、clone 111.6ビオチン標識マウス単クローン抗体;Thermo Scientific、#MS−378−B)を基板に注入して抗体を固定させた。その後、標的タンパク質が含まれた溶解液(細胞または組織溶解液)を基板に注入した(濃度範囲:0.1mg/ml−10mg/ml;反応時間:最小10分から30分)。その後、200μlのPBSを用いて2回連続して洗浄した(図1)。
【0059】
実施例5.プローブタンパク質の注入および観測(Probe protein injection & detection)
実施例4の標的タンパク質が固定された基板に、蛍光標識されたプローブタンパク質が含まれた細胞溶解液を適当な濃度で注入した。全反射蛍光顕微鏡を利用する場合、50nM eGFPが正常な観測ができる限界濃度値である。これは観測光学装置および基板形態に応じて変更され得る(図1の最後のステップ)。その後、基板を全反射蛍光顕微鏡を用いて観察した。タンパク質相互作用を観測するために、50msの露出時間(exposure time)を利用して、短時間に発生するシグナルを測定した。図2は基板と顕微鏡および分析プログラムを含む観測システムの構造図である。
【0060】
プローブタンパク質が注入された基板を、蛍光顕微鏡を用いて約5秒(100 frames with 0.05 sec exposure time)程度リアルタイムで記録した。単分子蛍光タンパク質観測アルゴリズムを用いて、特定フレームにおいて何個のプローブタンパク質が表面にある標的タンパク質と結合されているかを観測した。普通3−10個のフレームを平均して1個のイメージを生成し、そのイメージを分析して単分子シグナルの個数を測定する。フレーム数を決める過程は、リアルタイムの単分子タンパク質相互作用の分析によって2つのタンパク質の相互作用の運動定数(kinetics)がどうなるかを先に分析する(図3の一番目のパネル)。2つのタンパク質がどれくらい長く結合されてから離れるかを計量すれば、それによって平均を取るフレームナンバーを決定するようになる。本実験では5フレーム(250ms)が最も好適な平均フレーム個数として測定され(図3の二番目のパネル)、25フレーム単位でフレームを飛び越した。例えば1−5フレーム平均、その後25−29フレーム平均、50−54フレーム平均、75−79フレーム平均して総4個のデータポイントを形成した。
【0061】
最も好適な平均フレーム開始点を探した。これは、陽性対照群(標的タンパク質が固定された表面)と陰性対照群(ただ1次抗体のみが固定された表面)との間で最も大きな差を示す点を基準にして実施した。75番目のフレームが最も好適な時点として測定された(図3の三番目のパネル)。1つのチャンバーで位置を移りながら5個のデータを収集して全体平均値と標準偏差を求めて1つのデータに作った。標的タンパク質溶解液の濃度を変えながら前記過程を繰り返し行い、それによって様々な試料における標的タンパク質の活性化された程度を比較することができる。
【0062】
実施例6.プローブタンパク質の交換(probe exchange)
本発明は、1つの準備された基板において様々なプローブタンパク質(第2タンパク質)を簡単に適用できる長所を有している。EGFRのようなタンパク質の場合、様々な下流シグナル伝達経路を有しているため、多数のシグナル伝達経路を測定することは生物学的な情報伝達の究明に重要な役割をする。さらに、標的タンパク質の準備を1回だけすれば良いため、少量の細胞または組織溶解液を使用できるという長所を有する。プローブタンパク質の交換過程を説明すれば次の通りである。1つのプローブタンパク質の測定が終わった後、洗浄過程によってチャンバーに残っているタンパク質を除去した後、他のプローブタンパク質を注入して先の測定過程を繰り返し行った。
【0063】
一方、先のプローブタンパク質によって次のプローブタンパク質の観測に邪魔になるか否かを調べた結果、次のプローブタンパク質が導入されれば、残っていた初めのプローブタンパク質も競争結合によって分離されるものとして示された(図4の最後のパネル)。このような結果は、プローブタンパク質の交換だけによっても1つの標的タンパク質と多数のプローブタンパク質を短時間に測定できることを示す。
【0064】
実験例1.EGFRの活性化状態の分析
本研究のために、最も有名な発癌膜タンパク質の分類において、受容体型チロシンキナーゼ(Receptor Tyrosine Kinase、RTK)中、EGFR(Epidermal Growth Factor Receptor)をもって実験の適合性有無を調べ実際データを収集した。実験過程は前記で説明した方法によって実施した。
【0065】
準備されたサンプルはNCI−H1666という細胞株であって、正常なEGFRを発現させる肺癌細胞株として知られている。EGFRは、EGFと呼ばれるリガンドによってEGFRが活性化(phosphorylation)し、それによって下流シグナルタンパク質と相互作用する。本実験では、EGFRの代表的な下流シグナルタンパク質であるPI3K(Phosphoinositide 3−kinase)のサブユニットであるρ85αにeGFPを付着させたeGFP−p85α形態をプローブタンパク質として用いた。先ず、H1666細胞株を2グループに分けて培養した。これに無血清培地(serum−free media)を用いて、24時間H1666細胞株を欠乏(starvation)させた。この時には栄養分がないため、細胞は成長活動を止めることになり、EGFRは不活性化状態(unphosphorylated)で存在すると知られている。その後、1つのグループの細胞にEGF 100ng/mlを3分間処理した。これは、EGFRの活性化シグナルを与える外部要因であり、EGFRを活性化状態(phosphorylated)にする。2つのグループの細胞株を集めた後、2つの細胞株のEGFRの状態を観察した。
【0066】
その結果、図5に示すように、EGFRが活性化された細胞株はグラフの傾きが急に示されたが、非活性化された細胞株はグラフの傾きが緩やかであった(図5)。このような結果は、本発明によって測定された傾き値を、細胞内に存在する標的タンパク質がどれくらい活性化しているかを示す尺度として使用できることを示す。
【0067】
実験例2.ρ85αを用いた様々な非小細胞肺癌細胞株のEGFR活性化程度の分析
総12個のNSCLC(Non Small Cell Lung Cancer)細胞株(H1975、H1650、HCC827、H4006、H358、H1666、H2291およびA549はAmerican Type Culture Collectionから入手;HCC827−GR、H4006−ER、PC9およびPC9−GRは延世大学病院から入手)のEGFR状態を、eGFP−ρ85αプローブタンパク質を用いて定量化した。通常、EGFRは、エクソン19欠失変異やエクソン21点突然変異(L858R)を通じて常に活性化された形態で存在して癌を誘発すると知られている。本実験で用いられた12個の細胞株のうちのH1975、H1650、HCC827、HCC827−GR、H4006、H4006−ER、PC9およびPC9−GRはEGFR突然変異を有する癌細胞株であり、残りの4個の細胞株は正常EGFRを有した癌細胞株である。
【0068】
前述した方法の通りにEGFRとρ85α間の反応性を測定して各細胞株のEGFRの状態を定量化した。代表的に、H4006(エクソン19欠失)とH1975(エクソン21突然変異)およびH2291(正常EGFR)細胞株の反応性を測定してグラフで示した。その結果、図6の上段パネルに示すように、正常EGFRを有したH2291細胞株より、変異したEGFRを有した他の2つの細胞株におけるEGFRの活性化程度がさらに高いことを確認した。また、H4006とH1975間にもその程度の差があることが分かった。
【0069】
総12個のNSCLC癌細胞株に対して、EGFRの活性化程度を測定してヒートマップ(heatmap)で示した。その結果、図6の下段パネルに示すように、H1975細胞株から発生するシグナルを1に計量し、残りの細胞株のシグナル強さを相対的な値で示すグラフが得られた。
【0070】
本発明は、このような方法によってRTKの一種であるEGFRとその下流タンパク質であるρ85α間の相互作用の強さを測定することができる。また、適切な抗体を選別するのであれば、EGFR以外に様々なRTKに対して本発明を適用して、各細胞株から発生する標的タンパク質のシグナルと、標的タンパク質とプローブタンパク質間の相互作用の程度を測定することができる。
【0071】
実験例3.4種のEGFR下流タンパク質を用いた非小細胞肺癌細胞株のEGFR活性化程度の分析
実験例2で定量したシグナル強さを拡張して、多数のプローブタンパク質を用いてEGFRの相対的なシグナル強さを分析した。その結果、図7に示すように、それにより、EGFRから始まった様々なシグナル伝達経路が各細胞株においてどのように変化するかということと、細胞株ごとにどのような差があるかを確認することができた。このような結果は、本発明を用いて特定シグナル伝達経路を標的とする抗癌剤の選択に役に立つことを示す。同じようにH1975細胞株を基準にして各細胞株の相対的なシグナル値を計量した結果を図7に示す。
【0072】
実験例4.ヒト腫瘍組織の特性分析
前述した方法を全て利用して、人体腫瘍組織(肺癌)と正常組織間の差異点を確認した。前記肺癌組織はEULJI大学病院から入手した。10mgの組織溶解液を用いて実験を行った。腫瘍組織と正常組織におけるEGFRの活性化程度にどれくらい差があるかを本発明を用いて測定し、H1975を基準に比較した。
【0073】
その結果、図8の下段に示すように、腫瘍組織と正常組織におけるEGFRの活性化された程度に大きな差があることを確認することができた。このような結果は、本発明によって、未知の各患者から採取した組織を検査して特に活性化しているシグナル伝達経路を確認することによって、各患者に合わせた適切な処方(治療)ができることを示す。
【0074】
実験例5.様々なRTK活性化状態の分析
先の実験例のEGFR以外の他のRTKにも本発明が適用可能であることを示すために、HER2、HER3およびHGFR(c−MET)に対する実験を行った。標的タンパク質であるHER2とHGFRのプローブタンパク質としてはGrb2、PLCyおよびρ85αを用い、標的タンパク質のHER3のプローブタンパク質としてはρ85αを用いた。
【0075】
HER2/HER3の場合は、総10個の乳癌細胞株(SKBR3、T47D、MDAMB231、MDAMB453、H1419、H1954およびMCF7はAmerican Type Culture Collectionから入手;SKBR3 LR9、SKBR3 HR30およびSNU21はソウル大学病院から入手)におけるHER2とHER3活性化程度を測定してヒートマップ(heatmap)で示した(図11)。図11は、SKBR3細胞株で測定されたシグナルを1に計量した後、残りの細胞株のシグナル強さを相対的な値で示した結果である。
【0076】
HGFRの場合は、総15個のNSCLC癌細胞株(HCC827、H4006、H1650、H1975、H358、H1666、H2291およびA549はAmerican Type Culture Collectionから入手;PC9、HCC827−GR#13、H4006−ER、YU−01、YU−06、HCC827−GR#5およびPC9−GRは延世大学病院から入手)における活性化程度を測定し、同じようにHCC827細胞株を1に計量した後、残りの細胞株のシグナル強さを相対的な値で示した(図12)。
【0077】
図11と12の結果は、本発明が特定RTKに限定されるものではなく、さらにはRTKを含む全ての受容体に対して適用が可能であることを示す。
【0078】
実験例6.タンパク質−タンパク質相互作用(PPI)と薬物反応の相関関係の分析
本技法を適用して、総15個のNSCLC癌細胞株を対象に、PPI(protein−protein interaction)とEGFR標的抗癌剤であるGefitinibに対する反応性との間の相関関係を分析した。図13aに示したEGFRのGrb2との相互作用の程度(シグナル伝達強さ)と図13bで測定された各細胞株の標的抗癌剤に対する感受性を総合して図13cに示す。図13cの横軸は右側に行くほどEGFRのシグナル伝達が増加することを意味し、縦軸は上側に行くほど標的抗癌剤に対する感受性が高くなることを意味する。
【0079】
図13cは、測定されたEGFRのシグナル伝達強さが、標的抗癌剤に対する感受性と正の相関関係(positive correlation)があることを示す。このような結果は、本発明を用いて、未知の検査試料を対象に標的抗癌剤がターゲッティングするシグナル伝達経路の活性化程度を測定することによって、標的抗癌剤に対する感受性を予め予測できることを示す。
【0080】
以上では本発明の特定部分を詳細に記述したが、当業界の通常の知識を有する者にとって、このような具体的な技術は単に望ましい実現例に過ぎず、それに本発明の範囲が制限されるものではないことは明らかである。よって、本発明の実質的な範囲は添付された請求項とその等価物によって定義されるものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13a
図13b
図13c