(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の好適な実施の形態(以下、「実施の形態」という。)について詳細に説明する。なお以下の示す実施の形態は、この発明の技術的思想を具体化するための物や方法を例示するものであって、この発明の技術的思想は構成部材の組み合わせ等を下記のものに特定するものではない。この発明の技術的思想は、特許請求の範囲において種々の変更を加えることができる。
【0030】
実施の形態に係る多孔膜は、熱可塑性樹脂を含み、緻密構造層を備える。熱可塑性樹脂の結晶構造には、少なくともα晶及びβ晶がある。α晶は、β晶と比較してポテンシャルエネルギーが低く、安定であり、融点が高い。実施の形態に係る多孔膜においては、緻密構造層における熱可塑性樹脂のβ晶強度に対するα晶強度の割合が5.0以上、5.5以上、6.0以上、又は6.5以上である。緻密層における熱可塑性樹脂のβ晶強度に対するα晶強度の割合が5.0以上になることにより、多孔膜の耐熱性が向上し、多孔膜の収縮が低減される。そのため、例えば、製造された多孔膜を購入したユーザーが、多孔膜に高圧蒸気滅菌等の処理をしても、多孔膜が収縮したり、変形したりすることが抑制される。また、緻密層における細孔構造が変化しにくいため、熱処理による透水量の低下が抑制される。ここで、耐熱性とは、熱処理を行ったときに多孔膜の構造が変化しにくい性能をいう。一方、後述するように、実施の形態に係る多孔膜の表面をグラフト重合等の方法により親水化等の改質を行う場合、グラフト重合反応の起点となる不安定なβ晶が一定の比率で多孔膜に存在することが好ましい。したがって、例えば親水性モノマーをグラフト重合させて多孔膜へのタンパク質吸着を防止する場合、多孔膜にβ晶が一定の比率で存在すると、十分なグラフト率を得られる傾向にある。十分な耐熱性と、十分なグラフト率と、を両立する観点から、多孔膜の緻密構造層における熱可塑性樹脂のβ晶強度に対するα晶強度の割合は、11.0以下であることが好ましく、9.0以下、さらには8.0以下が好ましい。
【0031】
熱可塑性樹脂におけるβ晶強度に対するα晶強度の割合は、赤外分光光度計等によって測定することが可能である。ここで、α晶強度とは、赤外分光光度計で計測される吸光スペクトルにおける、α晶を示すピークの高さを指す。また、β晶強度とは、赤外分光光度計で計測される吸光スペクトルにおける、β晶を示すピークの高さを指す。
【0032】
多孔膜は、中空糸状であってもよいし、平膜状であってもよい。多孔膜の膜厚は、例えば15μm以上1000μm以下であり、好ましくは15μm以上500μm以下であり、より好ましくは20μm以上100μm以下である。膜厚が15μm未満である場合、多孔膜の強度が不充分になる傾向がある。また、膜厚が1000μmを超える場合、多孔膜の透過性能が不充分になる傾向がある。中空糸状である場合には、流速が向上し、処理速度が向上する傾向にある。
【0033】
多孔膜は、開孔率が大きい粗大構造層と、開孔率が小さい緻密構造層と、を有する。多孔膜においては、少なくとも一方の膜表面近傍に粗大構造層が存在する多層構造であることが好ましい。粗大構造層は、多孔膜において相対的に開孔率が大きい層である。例えば多孔膜でタンパク質溶液をろ過する場合、粗大構造層は、タンパク質溶液に含まれる体積の大きい不純物に対するプレフィルターとして機能を発揮する。
【0034】
緻密構造層は、多孔膜において、相対的に開孔率が小さい層である。多孔膜の孔径は、実質的に、緻密構造層における孔径で規定される。したがって、透水量等の多孔膜の性能は緻密層の構造によって規定される傾向にあり、緻密層の構造は熱処理によって安定であることが好ましい。例えば多孔膜でタンパク質溶液をろ過する場合、緻密構造層において、ウイルス等の微生物が除去される。
【0035】
多孔膜の開孔率及び空孔率は、いずれも、多孔膜における空隙部分の容積比率に基づく。多孔膜の開孔率は、多孔膜の断面において空隙部分が占める面積比率を表している。開孔率は、多孔膜の断面の電子顕微鏡写真の画像解析から求められる。例えば、多孔膜の断面において、膜厚方向に一定の厚み毎に開孔率を測定すると、膜厚方向における空隙部分の容積比率の変化を調べることが可能である。また例えば、最大孔径が300nm以下の多孔膜の場合、多孔膜の断面において、膜厚方向に2.5μm毎に開孔率を測定してもよい。さらに、膜厚方向に所定の厚み毎に測定した開孔率に基づいて、膜厚方向全体又は少なくとも一部における平均開孔率を算出してもよい。
【0036】
多孔膜の空孔率は、多孔膜の断面積及び多孔膜の長さから求めた多孔膜の見かけ上の体積と、多孔膜の質量及び多孔膜の素材の真密度と、から求められる。多孔膜の空孔率は、例えば30%以上90%以下であり、好ましくは35%以上85%以下であり、より好ましくは40%以上80%である。空孔率が30%未満である場合、多孔膜のろ過速度が低下する傾向にある。空孔率が90%を超える場合、多孔膜によるウイルス等の除去性能が低下すると共に、多孔膜の強度が低下する傾向にある。
【0037】
粗大構造層は、膜表面に隣接して厚み方向に存在し、開孔率が大きい層である。粗大構造層において、開孔率は、例えば膜厚全体の平均開孔率+2.0%以上であり、好ましくは膜厚全体の平均開孔率+2.5%以上であり、より好ましくは膜厚全体の平均開孔率+3.0%以上である。また、粗大構造層において、開孔率は、例えば膜厚全体の平均開孔率+60%以下であり、好ましくは膜厚全体の平均開孔率+55%以下であり、より好ましくは膜厚全体の平均開孔率+50%以下である。
【0038】
粗大構造層の開孔率が膜厚全体の平均開孔率+2.0%以上である場合、緻密構造層との開孔率の相違が大きくなり、プレフィルターとしての機能を発揮し、多孔膜の処理能力を向上させうる。ただし、粗大構造層の開孔率が膜厚全体の平均開孔率+60%より大きい場合、粗大構造層の構造が必要以上に粗になり、プレフィルターとしての機能を充分に発揮し得ない場合がある。
【0039】
また、粗大構造層は、好ましくは開孔率が膜厚全体の平均開孔率+5.0%以上である部分を含み、より好ましくは膜厚全体の平均開孔率+8.0%以上の部分を含む。粗大構造層が、開孔率が膜厚全体の平均開孔率+5.0%以上である部分を含む場合、プレフィルターとしての機能をより発揮することが可能である。粗大構造層において、最も開孔率が大きい部分は、好ましくは、膜表面に接して存在するか、あるいは膜表面近傍に存在する。
【0040】
粗大構造層においては、膜表面から緻密構造層に向かって、開孔率が連続的に減少することが好ましい。開孔率が連続的に減少するとともに、孔径も連続的に小さくなるため、膜表面近傍で大きな不純物が除去され、粗大構造層内部に入るにつれて小さな不純物が段階的に除去されうる。なお、開孔率が、粗大構造層と緻密構造層の境界で不連続に大きく変化すると、境界近傍に不純物が堆積し、ろ過速度の低下を招くために好ましくない。
【0041】
多孔膜における粗大構造層の厚みは、例えば2.5μm以上であり、好ましくは5μm以上である。粗大構造層の厚みが2.5μm以上である場合、粗大構造層がプレフィルターとしての機能を発揮する傾向にある。
【0042】
緻密構造層とは、開孔率が小さい層である。多孔膜において、開孔率が膜厚全体の平均開孔率+2.0%未満である層の開孔率の平均値をA
Pとすると、緻密構造層の開孔率は、例えばA
P±2.0%の範囲内であり、好ましくはA
P±1.0%の範囲内である。開孔率がA
P±2.0%の範囲内である場合、緻密構造層は、均質な構造を有しうるため、デプスろ過によるウイルス除去に適している。緻密構造層は、例えば、国際公開第01/28667号に開示されている球晶内ボイド構造を有する。
【0043】
多孔膜における緻密構造層の厚みは、例えば膜厚全体の50%以上であり、好ましくは55%以上であり、より好ましくは60%以上である。緻密構造層の厚みが膜厚全体の50%以上である場合、デプスろ過によるウイルス除去に適している。
【0044】
多孔膜は、粗大構造層及び緻密構造層の他に、中間層を備えていてもよい。中間層においては、開孔率が膜厚全体の平均開孔率+2.0%未満であるが、緻密構造層の開孔率には該当しない。中間層は、例えば、粗大構造層と、緻密構造層と、の間に存在する。
【0045】
多孔膜を液体中のウイルス除去に用いる場合、多孔膜は表面にスキン層を備えないことが好ましい。スキン層は、通常、孔径が多孔膜と比較して小さく、その厚みは1μm以下である。多孔膜表面にスキン層が存在すると、タンパク溶液等に含まれる不純物がスキン層表面に堆積し、透過性能が低下しうる。
【0046】
ASTMF316−86に準拠したバブルポイント法で求められる多孔膜の最大孔径は、小ウイルスを除去する観点、並びにグロブリン等の生理活性物質の透過性やろ過速度の観点から、例えば23.5nm以上30.0nm以下であり、好ましくは24.0nm以上29.5nm以下であり、より好ましくは24.5nm以上29.0nm以下である。
【0047】
粗大構造層が隣接する多孔膜表面における平均孔径は、少なくともバブルポイント法で求められる最大孔径の2倍以上であり、好ましくはバブルポイント法で求められる最大孔径の3倍以上である。粗大構造層が隣接する多孔膜表面における平均孔径が、バブルポイント法で求められる最大孔径の2倍未満である場合、多孔膜表面で不純物の堆積が生じ、ろ過速度が低下する場合がある。
【0048】
ただし、多孔膜をウイルス除去に用いる場合、粗大構造層が隣接する多孔膜表面における平均孔径は、例えば3μm以下であり、好ましくは2μm以下である。
【0049】
多孔膜の透水量は、孔径によって変化しうるが、例えば5.0以上120.0以下であり、好ましくは10.0以上115.0以下であり、より好ましくは15.0以上110.0以下である。なお、透水量の単位はL/m
2/h/98kPaである。透水量が5.0未満である場合、実用的なろ過が困難になる場合がある。透水量が120.0を超える場合、多孔膜の強度が低下したり、ウイルス等の除去性能が低下したりする場合がある。
【0050】
多孔膜を130℃の蒸気で滅菌した時の透水量の低下率は、例えば4.0%以下、好ましくは3.5%以下、より好ましくは3.0%以下である。
【0051】
多孔膜の引張破断強度は、例えば1軸方向において1×10
6N/m
2以上1×10
8N/m
2以下であり、好ましくは1.5×10
6N/m
2以上8×10
7N/m
2以下であり、より好ましくは2×10
6N/m
2以上5×10
7N/m
2以下である。引張破断強度が1×10
6N/m
2未満である場合、折り曲げによる損傷、摩擦による損傷、異物による損傷、及びろ過圧による破裂等が生じる場合がある。
【0052】
多孔膜の引張破断伸度は、少なくとも1軸方向において例えば10%以上2000%以下であり、好ましくは20%以上1500%以下であり、好ましくは30%以上1000%以下である。引張破断伸度が10%未満である場合、折り曲げによる損傷、摩擦による損傷、異物による損傷、及びろ過圧による破裂等が生じる場合がある。
【0053】
多孔膜を130℃で乾熱処理した時の収縮率は、例えば9.0%以下、好ましくは8.0%以下、より好ましくは7.0%以下である。
【0054】
多孔膜は熱可塑性樹脂を含む。多孔膜において、材料に含まれる全ての樹脂に対し、熱可塑性樹脂が占める割合は、例えば50質量%以上であり、好ましくは70質量%以上であり、より好ましくは80質量%以上である。熱可塑性樹脂の量が50質量%未満である場合、多孔膜の力学強度が低下する傾向にある。
【0055】
多孔膜を製造する際に使用される熱可塑性樹脂は、圧縮、押出、射出、インフレーション、及びブロー成型に使用される結晶性を有する熱可塑性樹脂である。熱可塑性樹脂の例としては、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリ4−メチル1−ペンテン樹脂等のポリオレフィン樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンテレナフタレート樹脂、ポリブチレンナフタレート樹脂、ポリシクロヘキシレンジメチレンテレフタレート樹脂等のポリエステル樹脂、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン610、ナイロン612、ナイロン11、ナイロン12、ナイロン46等のポリアミド樹脂、ポリフッ化ビニリデン樹脂、エチレン/テトラフルオロエチレン樹脂、ポリクロロトリフルオロエチレン樹脂等のフッ素系樹脂、ポレフェニレンエーテル樹脂、及びポリアセタール樹脂等を挙げることができる。
【0056】
多孔膜は、蒸気滅菌される場合があるため、耐熱性を有することが好ましい。そのため、多孔膜を製造する際に使用される熱可塑性樹脂の少なくとも1種は、例えば140℃以上300℃以下、好ましくは145℃以上250℃以下、より好ましくは150℃以上200℃以下の結晶融点を有する。多孔膜を製造する際、材料の一部として結晶融点が140℃未満の樹脂を用いてもよい。しかし、材料に含まれる全ての樹脂に対し、結晶融点が140℃以上の熱可塑性樹脂が占める割合は、例えば50質量%以上であり、好ましくは70質量%以上であり、より好ましくは80質量%以上である
【0057】
多孔膜を製造する際、140℃以上300℃以下の結晶融点を有する熱可塑性樹脂の少なくとも1種を材料に含めると、医用分離膜用途において好ましく採用されている蒸気滅菌工程や、その他の産業用途において重要な要求性能となっている高温ろ過工程における熱に対する多孔膜の耐久性を付与することが可能である。ただし、結晶融点が300℃を超える熱可塑性樹脂を使用すると、多孔膜を製造する際に、樹脂と可塑剤を加熱して均一に溶解させることが困難になる場合がある。
【0058】
上記の熱可塑性樹脂の中で、ポリフッ化ビニリデン樹脂は、耐熱性と成型加工性のバランスに優れる。ここで、ポリフッ化ビニリデン樹脂とは、基本骨格にフッ化ビニリデン単位を含むフッ素系樹脂であり、一般的にPVDFの略称で呼ばれる。このようなポリフッ化ビニリデン樹脂としては、フッ化ビニリデン(VDF)のホモ重合体や、ヘキサフルオロプロピレン(HFP)、ペンタフルオロプロピレン(PFP)、テトラフルオロエチレン(TFE)、クロロトリフルオロエチレン(CTFE)、及びパーフルオロメチルビニルエーテル(PFMVE)のモノマー群から選択される1種又は2種のモノマーと、フッ化ビニリデン(VDF)と、の共重合体を使用することができる。また、VDFのホモ重合体と、モノマーとVDFの共重合体と、の混合物を使用することもできる。
【0059】
多孔膜を製造する際、ホモ重合体を30質量%以上100質量%以下含むポリフッ化ビニリデン樹脂を使用すると、多孔膜の結晶性が向上し、多孔膜の強度が上がるため好ましい。
【0060】
多孔膜を製造する際に使用される熱可塑性樹脂の平均分子量は、例えば5万以上500万以下であり、好ましくは10万以上200万以下であり、より好ましくは15万以上100万以下である。熱可塑性樹脂の平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)測定により得られる重量平均分子量で与えられる。ただし、平均分子量が100万を超える樹脂については、正確なGPC測定が困難である場合がある。そのため、粘度法による粘度平均分子量を用いてもよい。熱可塑性樹脂の平均分子量が5万より小さいと、溶融成型の際のメルトテンションが小さくなり成形性が悪くなったり、製造される多孔膜の力学強度が低くなったりする場合がある。また、熱可塑性樹脂の平均分子量が500万を超えると、樹脂の均一な溶融混練が困難になる場合がある。
【0061】
多孔膜は、親水性であっても疎水性であってもよいが、タンパク質等の生理活性物質を含む溶液をろ過する場合には、多孔膜の表面及び細孔表面が親水性であることが好ましい。通常、親水性の度合いは、接触角によって評価することができる。多孔膜においては、25℃における前進接触角及び後退接触角の平均値が例えば60度以下であり、好ましくは45度以下であり、より好ましくは30度以下である。あるいは、多孔膜を水と接触させた際に、多孔膜の細孔内部に水が自発的に浸透すれば、多孔膜が充分な親水性を有していると判断してよい。
【0062】
多孔膜に親水性を付与するためには、親水性モノマー単位を備えるグラフト鎖が、多孔膜の細孔表面に導入される。グラフト鎖の結合率(グラフト率)は、例えば、5%以上20%以下である。グラフト率は下記(1)式によって算出される。
d
g(%)=(w
1−w
0)/w
0×100 (1)
ここで、w
0はグラフト鎖が導入される前の多孔膜の質量、w
1はグラフト鎖が導入された後の多孔膜の質量である。
【0063】
次に、実施の形態に係る多孔膜の製造方法について説明する。実施の形態に係る多孔膜の製造方法は、熱可塑性樹脂と可塑剤の混合物を得る混合工程と、混合物から緻密構造層を備える多孔膜を形成する膜形成工程と、多孔膜から可塑剤を除去する可塑剤除去工程と、可塑剤を除去された多孔膜を132℃以上かつ熱可塑性樹脂の融点未満の温度で加熱処理する加熱処理工程と、を備える。少なくとも加熱処理工程によって、緻密構造層における熱可塑性樹脂のβ晶強度に対するα晶強度の割合が5.0以上である多孔膜が製造される。
【0064】
混合工程において、熱可塑性樹脂と、可塑剤と、を含む混合物は、熱可塑性樹脂の結晶融点以上に加熱され、熱可塑性樹脂と可塑剤が、均一に溶解される。混合物には、任意で、酸化防止剤、結晶核剤、帯電防止剤、難燃剤、滑剤、及び紫外線吸収剤等の添加剤を添加してもよい。
【0065】
混合物中における熱可塑性樹脂の濃度は、例えば20質量%以上90質量%以下、好ましくは30%以上80質量%以下、より好ましくは35%以上70質量%以下である。熱可塑性樹脂の濃度が20質量%未満であると、その後の製膜性が低下したり、得られる膜において充分な力学強度が得られなかったりする場合がある。また、得られる膜において孔径が大きくなり、ウイルス除去性能が不充分となる場合がある。熱可塑性樹脂の濃度が90質量%より高いと、得られる膜において孔径が小さくなりすぎ、空孔率が小さくなって、ろ過速度が低下する場合がある。
【0066】
可塑剤としては、熱可塑性樹脂と混合した際に、熱可塑性樹脂の結晶融点以上の温度で、熱可塑性樹脂と均一溶液を形成しうる不揮発性溶媒が使用可能である。ここで、不揮発性溶媒とは、大気圧下において220℃以上の沸点を有する。可塑剤は、常温20℃前後において、液体であってもよいし、固体であってもよい。また、可塑剤としては、熱可塑性樹脂との均一溶液を冷却した際に、常温以上の温度において熱誘起型固液相分離点を有する固液相分離系の可塑剤を用いると、ウイルス除去に適した小孔径かつ均質な緻密構造層を有する多孔膜が製造できるため、好ましい。可塑剤としては、1種類の可塑剤を用いてもよいし、複数種類の可塑剤の混合物を用いてもよい。なお、可塑剤には、熱可塑性樹脂との均一溶液を冷却した際に、常温以上の温度において熱誘起型液液相分離点を有する液液相分離系の可塑剤がある。しかし、液液相分離系の可塑剤を用いると、製造される膜における孔径が大きくなる傾向にある。
【0067】
熱可塑性樹脂と可塑剤を含む混合物の熱誘起型固液相分離点は、熱分析(DSC)によって、混合物の発熱ピーク温度を測定することにより得られる。また、熱可塑性樹脂と可塑剤を含む混合物の結晶化点も、熱分析(DSC)によって得ることが可能である。
【0068】
ウイルス除去に適した小孔径かつ均質な緻密構造層を有する膜を製造する際には、国際公開第01/28667号に記載されている可塑剤が好適に使用される。実施の形態で用いられる可塑剤は、下記(2)式で与えられる熱可塑性樹脂と可塑剤を含む混合物の相分離点降下定数αを、例えば0℃以上40℃以下、好ましくは1℃以上35℃以下、より好ましくは5℃以上30℃以下にする。相分離点降下定数が40℃より高くなると、製造される膜の孔径の均質性が低下したり、製造される膜の強度が低下したりする傾向にある。
α=100×(Tc
0−Tc)÷(100−C) (2)
上記(2)式において、αは相分離点降下定数(℃)、Tc
0は熱可塑性樹脂の結晶化温度(℃)、Tcは混合物の熱誘起固液相分離点(℃)、Cは混合物中の熱可塑性樹脂の濃度(質量%)を表す。
【0069】
熱可塑性樹脂として、ポリフッ化ビニリデン樹脂を使用する場合、可塑剤としては、フタル酸ジブチル(DBP)、フタル酸ジシクロヘキシル(DCHP)、リン酸トリフェニル(TPP)、リン酸ジフェニルクレジル(CDP)、及びリン酸トリクレジル(TCP)等が使用可能である。
【0070】
熱可塑性樹脂と可塑剤を含む混合物を均一に溶解させる具体的な方法は複数ある。熱可塑性樹脂と可塑剤を含む混合物を均一に溶解させる第一の方法においては、熱可塑性樹脂を押出機等の連続式樹脂混練装置に投入し、熱可塑性樹脂を加熱溶融させながら任意の比率で可塑剤を導入してスクリュー混練する。投入する熱可塑性樹脂は、粉末状、顆粒状、及びペレット状の何れでもよい。また、第一の方法においては、可塑剤は常温液体であると好ましい。押出機としては、単軸スクリュー式押出機、二軸異方向スクリュー式押出機、及び二軸同方向スクリュー式押出機等が使用可能である。
【0071】
熱可塑性樹脂と可塑剤を含む混合物を均一に溶解させる第二の方法においては、ヘンシェルミキサー等の撹拌装置を用いて、熱可塑性樹脂と可塑剤を予め混合して分散させ、得られた混合物を押出機等の連続式樹脂混練装置に投入して溶融混練する。押出機等に投入される混合物は、可塑剤が常温液体である場合はスラリー状であり、可塑剤が常温固体である場合は粉末状や顆粒状等でありうる。
【0072】
あるいは、熱可塑性樹脂と可塑剤を含む混合物を均一に溶解させる場合には、ブラベンダーやミル等の簡易型樹脂混練装置を用いてもよいし、その他のパッチ式混練容器内で溶融混練してもよい。
【0073】
混合物から多孔膜を形成する膜形成工程においては、混合物を吐出口から吐出して、膜を形成する。吐出口としては、例えば、Tダイ、サーキュラーダイ、及び環状紡口が挙げられる。膜は、中空糸状であってもよいし、平膜状であってもよい。
【0074】
吐出口から吐出された混合物が形成する膜は、下記(3)式で与えられるドラフト比R
Dが例えば1.0以上12.0以下、好ましくは1.5以上9.0以下、より好ましくは1.5以上7.0以下となる引取速度で引き取られる。
R
D=S
W/S
D (3)
上記(3)式において、S
Wは膜の引取速度を表し、S
Dは吐出口における混合物の吐出速度を表す。
【0075】
ドラフト比が1.0未満であると、膜にテンションがかからず、膜の成型性が低下する場合がある。また、ドラフト比が12.0を超えると、膜が引伸ばされ、充分な厚みの粗大構造層を形成させることが困難になる場合がある。
【0076】
吐出口における混合物の吐出速度S
Dは、下記(4)式で与えられる。
S
D=V
D/A
D (4)
上記(4)式において、V
Dは単位時間当り吐出される混合物の体積を表し、A
Dは吐出口の面積を表す。
【0077】
吐出速度は、例えば1m/分以上60m/分以下であり、好ましくは3m/分以上40m/分以下である。吐出速度が1m/分未満である場合、膜の生産性が低下したり、混合物の吐出量の変動が大きくなったりする場合がある。吐出速度が60m/分を超える場合、吐出口で乱流が発生し、吐出状態が不安定になる場合がある。
【0078】
膜の引取速度は、混合物の吐出速度に応じて設定される。膜の引取速度は、例えば、1m/分以上200m/分以下であり、好ましくは3m/分以上150m/分以下である。引取速度が1m/分未満の場合、膜の生産性及び成型性が低下する場合がある。引取速度が200m/分を超える場合、膜の冷却時間が短くなったり、膜にかかるテンションが大きくなったりすることによって、膜の断裂が生じる場合がある。
【0079】
さらに、上記のドラフト比で未硬化の膜を引き取りながら、膜の一方の表面に、熱可塑性樹脂に対して部分的な溶解性を有する、例えば50℃以上に加熱された不揮発性液体を接触させることにより、膜に粗大構造層が形成される。なお、熱可塑性樹脂に接触される不揮発性液体とは、1気圧における沸点が220℃を超える液体である。ここで、不揮発性液体が膜内部へ拡散し、熱可塑性樹脂が部分的に溶解することによって、膜に粗大構造層が形成される。
【0080】
膜に粗大構造層を導入するために使用される不揮発性液体の温度は、例えば50℃以上であり、好ましくは60℃以上であり、熱可塑性樹脂と可塑剤の混合物の温度以下である。不揮発性液体の温度は、より好ましくは130℃以上であり、熱可塑性樹脂と可塑剤の混合物の温度から10℃低い温度以下である。不揮発性液体の温度が100℃未満である場合、熱可塑性樹脂に対する溶解性が低くなり、充分な厚みの粗大構造層を形成することが困難になる場合がある。また、不揮発性液体の温度が熱可塑性樹脂と可塑剤の混合物の温度を超える場合、膜の成型性が低下する場合がある。
【0081】
熱可塑性樹脂に対して部分的な溶解性を有する不揮発性液体とは、50質量%の濃度で熱可塑性樹脂と混合した際に、100℃以上250℃以下、好ましくは120℃以上200℃以下の温度で、均一な溶液を形成しうる不揮発性液体である。100℃未満の温度で熱可塑性樹脂と均一な溶液を形成する液体は、熱可塑性樹脂と可塑剤を含む混合物溶液の冷却固化を妨げる場合がある。そのため、膜の成型性が低下したり、粗大構造層が必要以上に厚くなったり、あるいは孔径が大きくなり過ぎたりする場合がある。250℃以下の温度で熱可塑性樹脂と均一な溶液を形成できない液体は、熱可塑性樹脂に対する溶解性が低く、充分な厚みの粗大構造層を形成させることが難しい場合がある。
【0082】
熱可塑性樹脂としてポリフッ化ビニリデン樹脂を用いる場合、用いられる不揮発性液体としては、例えば、エステル鎖の炭素鎖長が7以下のフタル酸エステル類、アジピン酸エステル類、セバシン酸エステル類、エステル鎖の炭素鎖長が8以下のリン酸エステル類、及びクエン酸エステル類が挙げられる。好ましい不揮発性液体としては、例えば、フタル酸ジヘプチル、フタル酸ジブチル、フタル酸ジエチル、フタル酸ジメチル、アジピン酸ジブチル、セバシン酸ジブチル、リン酸トリ(2−エチルヘキシル)、リン酸トリブチル、及びアセチルクエン酸トリブチルが挙げられる。ただし、エステル鎖にフェニル基、クレジル基、及びシクロヘキシル基等の環状構造を有する可塑剤、具体的には、フタル酸ジシクロヘキシル(DCHP)、リン酸トリフェニル(TPP)、リン酸ジフェニルクレジル(CDP)、及びリン酸トリクレジル(TCP)等は、粗大構造層を形成させる能力が小さく好ましくない。
【0083】
膜に緻密構造層を形成する際には、緻密構造層が形成される側の膜の表面を冷却する。膜の表面を冷却させる際には、例えば、膜の表面に、熱伝導体を接触させる。熱伝導体としては、例えば、金属、水、空気、及び可塑剤が使用可能である。
【0084】
中空糸状又は円筒状の膜の内表面側に粗大構造層を導入し、膜の外表面側に緻密構造層を形成する場合、例えば、サーキュラーダイや環状紡口等を介して、熱可塑性樹脂と可塑剤の混合物を中空糸状又は円筒状に押し出し、中空糸状又は円筒状に形成された膜の内側に熱可塑性樹脂に対して部分的な溶解性を持つ不揮発性液体を通すことにより、内表面側に粗大構造層が形成され、膜の外側を水などの冷却媒体に接触させて冷却することにより、外表面側に緻密構造層が形成される。
【0085】
シート状の膜の一方の表面側に粗大構造層を導入し、他方の表面側に緻密構造層を形成する場合、例えば、Tダイ等を介して、熱可塑性樹脂と可塑剤の混合物をシート状に押し出し、シート状に形成された膜の一方の表面側に熱可塑性樹脂に対して部分的な溶解性を持つ不揮発性液体を接触させることにより、一方の表面側に粗大構造層が形成される。また、他方の表面側を金属製のロールなどの冷却媒体に接触させて冷却することにより、他方の表面側に緻密構造層が形成される。
【0086】
膜の両面側に粗大構造層を導入する場合、Tダイ、あるいはサーキュラーダイや環状紡口等を介して、熱可塑性樹脂と可塑剤の混合物を所定の形状に押出し、膜の両面に熱可塑性樹脂に対して部分的な溶解性を持つ不揮発性液体を接触させて、膜の両面側に粗大構造層を形成させ、その後、膜を冷却固化させる。熱可塑性樹脂に対して部分的な溶解性を持つ不揮発性液体を膜に接触させてから冷却を開始するまでの時間が長くなると、膜の成型性が低下する場合がある、そのため、不揮発性液体を膜に接触させてから冷却を開始するまでの時間は、例えば30秒以下であり、好ましくは20秒以下であり、より好ましくは10秒以下である。
【0087】
実施の形態に係る多孔膜の製造方法において、孔径が小さく均質な緻密構造層を形成させるためには、冷却固化させる際の冷却速度を、例えば、50℃/分以上、好ましくは100℃/分以上1×10
5℃/分以下、より好ましくは200℃/分以上2×10
4℃/分以下にする。ここで、冷却に水を用いると、水の蒸発によって急速に冷却できるため、好ましい。
【0088】
多孔膜から可塑剤を除去する可塑剤除去工程においては、可塑剤を除去するために抽出溶剤が使用される。抽出溶剤は、熱可塑性樹脂に対して貧溶媒であり、かつ可塑剤に対して良溶媒であって、沸点が多孔膜の融点より低いことが好ましい。このような抽出溶剤としては、例えば、ヘキサン及びシクロヘキサン等の炭化水素類、塩化メチレン及び1,1,1−トリクロロエタン等のハロゲン化炭化水素類、エタノール及びイソプロパノール等のアルコール類、ジエチルエーテル及びテトラヒドロフラン等のエーテル類、アセトン及び2−ブタノン等のケトン類、並びに水が挙げられる。
【0089】
抽出溶剤は、例えば、抽出溶剤の沸点未満、好ましくは沸点−5℃以下の範囲内で加温される。これにより、抽出溶剤と、可塑剤と、の拡散が促進され、可塑剤の抽出効率が向上する。
【0090】
抽出溶剤を用いて多孔膜から可塑剤を除去する具体的な方法は、複数ある。多孔膜から可塑剤を除去する第一の方法においては、抽出溶剤が入った容器中に所定の大きさに切り取った多孔膜を浸漬させ、多孔膜を充分に洗浄した後、多孔膜に付着した溶剤を風乾させるか、又は熱風によって乾燥させる。または、多孔膜から可塑剤を除去する第二の方法においては、溶剤を水等の別の液体に置換してもよい。第一の方法を採るか、第二の方法を採るかは次工程の条件等により決定される。ここで、浸漬及び洗浄を多数回繰り返すと、多孔膜中に残留する可塑剤が減少するので好ましい。また、浸漬、洗浄、及び乾燥の一連の工程中に多孔膜が収縮することを抑制するために、多孔膜の両端部を拘束することが好ましい。
【0091】
多孔膜から可塑剤を除去する第二の方法においては、抽出溶剤で満たされた槽の中に連続的に多孔膜を送り込み、可塑剤を除去するために充分な時間の間、多孔膜を槽中に浸漬させ、その後、多孔膜に付着した溶剤を乾燥させる。ここで、槽内部を多段分割し、溶媒の濃度差がある各槽に多孔膜を順次送り込んでもよいし、多孔膜の進行方向に対し逆方向に抽出溶剤を供給して、溶媒の濃度勾配を設定してもよい。
【0092】
可塑剤を除去した後に多孔膜中に残存する可塑剤の濃度は、例えば1質量%以下であり、好ましくは500質量ppm以下である。多孔膜中に残存する可塑剤は、ガスクロマトグラフィー及び液体クロマトグラフィー等で定量することができる。
【0093】
可塑剤を除去された多孔膜を132℃以上、好ましくは133℃以上、より好ましくは134℃以上、さらに好ましくは135℃以上、かつ熱可塑性樹脂の融点未満の温度、好ましくは150℃以下、より好ましくは145℃以下、さらに好ましくは140℃以下で加熱処理する。多孔膜を132℃以上で加熱処理することにより、多孔膜の緻密構造層における熱可塑性樹脂のα晶の割合が上昇し、多孔膜の緻密構造層における熱可塑性樹脂のβ晶強度に対するα晶強度の割合が5.0以上になる。また、多孔膜を熱可塑性樹脂の融点未満の温度で加熱処理することにより、多孔膜へのダメージを低減させることが可能である。さらに、多孔膜を150℃以下で加熱処理することにより、多孔膜の緻密構造層における熱可塑性樹脂のβ晶強度に対するα晶強度の割合が11.0以下になり、多孔膜にβ晶を一定の比率で存在させることができる。そのため、グラフト重合などを用いて多孔膜表面を改質する場合に十分な反応効率を得ることができる。
【0094】
加熱処理工程は、例えば1時間以上9時間以下、2時間以上8時間以下、好ましくは3時間以上7時間以下実施される。多孔膜を1時間以上加熱することにより、緻密構造層における熱可塑性樹脂のα晶の割合が上昇する。また、多孔膜を7時間以下加熱することにより、多孔膜へのダメージを低減させることが可能である。多孔膜の収縮による細孔の閉塞を抑制するために、可塑剤を除去された多孔膜を少なくとも2方向から引っ張りながら加熱処理工程を実施してもよい。これにより、多孔膜が延伸され、最大孔径を制御することも可能である。多孔膜を少なくとも2方向から引っ張るとは、例えば、多孔膜の端部をカセ等に固定することによって実施できる。カセ等に固定して行う場合、多孔膜は、引っ張られている間、長さは一定である。
【0095】
多孔膜を加熱する方法としては、熱風中に多孔膜を配置する、熱媒中に多孔膜を浸漬する、あるいは加熱温調した金属製のロール等に多孔膜を接触させる等がある。緻密構造層における熱可塑性樹脂のβ晶強度に対するα晶強度の割合が5.0以上になることにより、多孔膜の耐熱性が向上し、多孔膜の収縮が低減される。そのため、例えば、製造された多孔膜を購入したユーザーが多孔膜を高圧蒸気滅菌等しても、多孔膜が収縮したり、変形したりすることが抑制される。
【0096】
実施の形態に係る多孔膜をウイルス除去に使用する場合、タンパク質の吸着による細孔の閉塞を防ぐため、多孔膜表面に親水性を付与することが好ましい。そのため、実施の形態に係る多孔膜の製造方法は、好ましくは、加熱処理された多孔膜に親水性モノマーをグラフト重合する親水化処理工程をさらに備える。
【0097】
多孔膜表面を親水化処理する方法としては、例えば、電子線やγ線等の放射線を多孔膜表面に照射するか、あるいは多孔膜表面を過酸化物で処理して、多孔膜にラジカルを発生させ、多孔膜の細孔表面に親水性のアクリル系モノマーやメタクリル系モノマー等をグラフトする方法がある。多孔膜表面を親水化処理する他の方法としては、界面活性剤を含む溶液に多孔膜を浸漬させた後、乾燥させた多孔膜中に界面活性剤を残留させる方法、多孔膜の製膜時に親水性高分子を予め混合する方法、あるいは、親水性高分子を含む溶液に多孔膜を浸漬した後、乾燥させた多孔膜の細孔表面に親水性高分子の被膜を形成させる方法等がある。
【0098】
これらの方法のうち、親水性モノマーをグラフトする方法が、親水化された多孔膜の耐久性の観点から好ましい。さらに、特開昭62−179540号公報、特開昭62−258711号公報、及び米国特許第4,885,086号明細書に開示された放射線グラフト重合法による親水化処理は、細孔内表面に均一な親水化層を形成しうる点で好ましい。
【0099】
放射線グラフト重合法による多孔膜の親水化処理は、電子線やγ線等の電離放射線を多孔膜に照射し、多孔膜を構成する樹脂中にラジカルを発生させる工程と、多孔膜を親水性モノマーに接触させる工程と、を含む。ラジカル発生させる工程と、親水性モノマーに接触させる工程の順序は任意であるが、ラジカル発生させる工程の後に、親水性モノマーに接触させる工程を実施すると、親水性モノマーが遊離オリゴマーを形成しにくい。
【0100】
親水性モノマーとしては、スルホン基、カルボキシル機、アミド基、又は中性水酸基等を含むアクリル系、又はメタクリル系のモノマーが好適に使用できるが、これらに限定されない。多孔膜と、親水性モノマーと、を接触させる際、親水性モノマーは、気体、液体、又は溶液のいずれであってもよいが、多孔膜上に均一な親水化層を形成させるためには、親水性モノマーは、溶液であることが好ましい。
【0101】
実施の形態に係る多孔膜の製造方法は、任意で、電離性放射線等による架橋処理工程、あるいは化学的表面修飾による官能基導入工程を備えていてもよい。
【0102】
実施の形態に係る耐熱性を有する多孔膜は、ウイルスや細菌等の除去、タンパク質の濃縮、及び培地の不純物除去等に利用される医用分離膜、薬液や処理水等から微粒子を除去する産業プロセス用フィルター、油水分離や液ガス分離用の相分離膜、上下水の浄化を目的とする浄化フィルター、リチウムイオン電池等のセパレーター、及びポリマー電池用の固体電解質支持体等として、広範な用途に利用可能である。
【0103】
以下、実施例を説明する。実施例において示される試験方法は次の通りである。
【0104】
(1)中空糸多孔膜の外径・内径・膜厚
中空糸形状の多孔膜の外径・内径は、多孔膜の垂直割断面を実体顕微鏡で撮影することにより測定した。膜厚は中空糸の外直径と内直径との差の1/2として計算した。
【0105】
(2)空孔率
樹脂の密度D、及び測定された多孔膜の体積vと質量mを用いて、下記(5)式により、多孔膜の空孔率hを計算した。
h(%)=(1−m÷(D×v))×100 (5)
【0106】
(3)透水量
多孔膜を用いた定圧デッドエンドろ過による温度25℃の純水の透過量Tを測定し、膜面積A、ろ過圧力P(300kPa)、ろ過時間T
mに基づいて、下記(6)式により、多孔膜の透水量T
W(L/m
2/h/98kPa)を算出した。
T
W=T÷(A×T
m×P÷98)) (6)
【0107】
(4)最大孔径
ASTM F316−86に準拠したバブルポイント法から求められるバブルポイント(Pa)を最大孔径(nm)として換算した。膜を浸漬する試験液として表面張力が13.6mN/mのハイドロフルオロエーテル(スリーエム社製Novec(登録商標)7200)を用いた。
【0108】
(5)多孔膜におけるα晶及びβ晶の割合
PerkinElmer社製Spectrum Oneを用いてフーリエ変換赤外線スペクトル測定を行った。測定は全反射(ATR:Attenuated Total Reflection)法で行い、波数分解能を4cm
−1に設定した。各試料の測定により得られたスペクトルに対し、785cm
−1における吸光度と、805cm
−1における吸光度と、の2点を結んだ直線に対する795cm
−1のデータ点の高さをα晶強度とし、 835cm
−1における吸光度と、848cm
−1における吸光度と、の2点を結んだ直線に対する840cm
−1におけるデータ点の高さをβ晶強度とし、α晶強度/β晶強度を求めた。算出イメージを
図1に示す。
【0109】
(6)多孔膜の収縮率
130℃乾熱処理前の中空糸状多孔膜の長さと、130℃乾熱処理後の中空糸状多孔膜の長さと、の差を求め、当該差を、130℃乾熱処理前の中空糸状多孔膜の長さで除して得られた値を、多孔膜の収縮率とした。
【0110】
(実施例1)
ポリフッ化ビニリデン樹脂(クレハ社製、KF#1300)49質量%、フタル酸ジシクロヘキシル(DCHP、北広ケミカル社製)51質量%からなる組成物を、ヘンシェルミキサーを用いて室温で攪拌混合したものをホッパーから投入し、二軸押出機(26mmφ、L/D=50)を用いて210℃で溶融混合し均一溶解した。続いて、中空内部に温度が62.5℃のフタル酸ジブチル(大八化学製)を7.1g/分の速度で流しつつ、内直径0.8mm、外直径1.05mmの環状オリフィスからなる紡口から吐出速度4.2g/分で中空糸状に押し出し、25℃に温調された水浴中で冷却固化させて、50m/分の速度でカセに巻き取った(ドラフト比5倍)。その後、2−プロパノール(株式会社トクヤマ製)でフタル酸ジシクロヘキシル及びフタル酸ジブチルを抽出除去し、付着した2−プロパノールを水で置換した後、水中に浸漬した状態で高圧蒸気滅菌装置(サクラエスアイ社製、FRD−G12A30Z)を用いて135℃の加熱処理を4時間施した。熱処理時、収縮を防ぐために膜を定長状態に固定した。熱処理後、固定を解除し、付着した水を2−プロパノールで置換後、60℃で真空乾燥を行い、実施例1に係る中空糸状の多孔膜を得た。
【0111】
(実施例2)
135℃の加熱処理を2時間施した以外は、実施例1と同様の工程により、実施例2に係る中空糸状の多孔膜を得た。
【0112】
(実施例3)
135℃の加熱処理を8時間施した以外は、実施例1と同様の工程により、実施例3に係る中空糸状の多孔膜を得た。
【0113】
(比較例1)
可塑剤を抽出除去した後、125℃で4時間加熱処理した以外は、実施例1と同様の工程により、比較例1に係る中空糸状の多孔膜を得た。
【0114】
(比較例2)
可塑剤を抽出除去した後、125℃で2時間加熱処理した以外は、実施例1と同様の工程により、比較例2に係る中空糸状の多孔膜を得た。
【0115】
(比較例3)
可塑剤を抽出除去した後、125℃で8時間加熱処理した以外は、実施例1と同様の工程により、比較例3に係る中空糸状の多孔膜を得た。
【0116】
(比較例4)
可塑剤を抽出除去した後、加熱処理をしなかった以外は、実施例1と同様の工程により、比較例4に係る中空糸状の多孔膜を得た。
【0117】
(実施例4)
実施例1、及び比較例1、4に係る中空糸状の多孔膜をフーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR、PerkinElmer社製Spectrum One)で分析し、吸光スペクトルを得たところ、
図2に示すように、緻密層において、α晶(794cm
−1)及びβ晶(840cm
−1)のピークが確認された。β晶に対するα晶の割合を表す指標として、β晶強度に対するα晶強度を算出した。結果を
図3及び
図4に示す。緻密層では、熱処理の温度が高くなると、β晶の割合が減少し、α晶の割合が増える傾向にあった。
【0118】
(比較例5)
可塑剤を抽出除去した後、130℃で1時間熱処理した以外は、実施例1と同様の工程により、比較例5に係る中空糸状の多孔膜を得た。実施例4と同様に、比較例5に係る中空糸状の多孔膜を分析したところ、β晶強度に対するα晶強度は、緻密層において、4.5であった。
【0119】
(実施例5)
実施例1、2、3、及び比較例1、2、3に係る中空糸状の多孔膜のそれぞれについて、130℃の乾熱処理による収縮率を測定した。なお、乾熱処理の際には、中空糸状の多孔膜を定長状態に固定しなかった。その結果、
図5に示すように、実施例1、2、3に係る中空糸状の多孔膜においては、1回の130℃の乾熱処理による収縮率は、6.5%以下であった。これに対し、比較例1、2、3に係る中空糸状の多孔膜においては、1回の130℃の乾熱処理による収縮率は、10.0%以上であった。
【0120】
(実施例6)
実施例1に係る中空糸状の多孔膜の24サンプルについて、透水量を測定した。また、比較例1に係る中空糸状の多孔膜の12サンプルについて、透水量を測定した。その結果、
図6に示すように、実施例1に係る中空糸状の多孔膜の平均透水量は、109.1L/m
2/h/98kPaであり、標準偏差は3.6であった。これに対し、比較例1に係る中空糸状の多孔膜の平均透水量は、104.8L/m
2/h/98kPaであり、標準偏差は3.0であった。
【0121】
(実施例7)
実施例1に係る中空糸状の多孔膜の24サンプルについて、バブルポイントを測定した。また、比較例1に係る中空糸状の多孔膜の12サンプルについて、バブルポイントを測定した。その結果、
図7に示すように、実施例1に係る中空糸状の多孔膜の平均バブルポイントは、1.502MPaであり、標準偏差は0.019であった。これに対し、比較例1に係る中空糸状の多孔膜の平均バブルポイントは、1.510MPaであり、標準偏差は0.020であった。
【0122】
(実施例8)
実施例1に係る多孔膜に対し、グラフト法による親水化処理を行った。反応液は、ヒドロキシプロピルアクリレート8vol%となるように、3−ブタノールの25vol%水溶液に溶解させ、45℃に保持した状態で、窒素バブリングを20分間行って得た。次に、窒素雰囲気下において、実施例1に係る多孔膜に対してドライアイスで―60℃以下に冷却しながらCo60のγ線を25kGy照射した。照射後の多孔膜を室温で17分放置後、200PaA以下の減圧下、反応液を接触させ、45℃、1時間静置した。その後、多孔膜を2−プロパノールで洗浄し、付着した2−プロパノールを水で置換したのち、125℃で1時間の熱処理を行い、冷却後、付着した水を2−プロパノールに置換し、60℃で真空乾燥させ、実施例8に係る親水化多孔膜を得た。得られた膜の質量増加率を測定したところ、8%であった。得られた膜は水に接触させたときに自発的に細孔内に水が浸透することを確認した。
【0123】
(比較例6)
比較例1に係る多孔膜を用いた以外は、実施例8に係る親水化多孔膜と同様の方法により、比較例6に係る親水化多孔膜を得た。
【0124】
(比較例7)
加熱処理を175℃、1時間施した以外は、実施例1と同様の工程により、中空糸状の多孔膜を得た。
【0125】
得られた多孔膜に対し、グラフト法による親水化処理を行った。反応液は、ヒドロキシプロピルアクリレート8vol%となるように、3−ブタノールの25vol%水溶液に溶解させ、45℃に保持した状態で、窒素バブリングを20分間行って得た。次に、窒素雰囲気下において、実施例1に係る多孔膜に対してドライアイスで―60℃以下に冷却しながらCo60のγ線を25kGy照射した。照射後の多孔膜を室温で17分放置後、200PaA以下の減圧下、反応液を接触させ、45℃、1時間静置した。その後、多孔膜を2−プロパノールで洗浄し、付着した2−プロパノールを水で置換したのち、175℃で1時間の熱処理を行い、冷却後、付着した水を2−プロパノールに置換し、60℃で真空乾燥させ、比較例7に係る親水化多孔膜を得た。得られた膜の質量増加率を測定したところ、3.1%であった。得られた膜は水に接触させたときに自発的に細孔内に水が浸透せず、この状態では透水量を測定することができなかった。
【0126】
(実施例9)
実施例8及び比較例6に係る中空糸状の多孔膜のそれぞれについて、膜を定長状態となるよう両端を固定した状態で130℃の蒸気滅菌を行い、蒸気滅菌前、130℃蒸気滅菌後の透水量を測定した。その結果、
図8に示すように、実施例8に係る中空糸状の多孔膜において、130℃蒸気滅菌を3回すると、透水量は、蒸気滅菌前と比較して平均1.9%減少した。また、比較例6に係る中空糸状の多孔膜において、130℃蒸気滅菌を3回すると、透水量は、蒸気滅菌前と比較して平均8.8%減少した。
【0127】
(実施例10)
実施例8に係る親水化多孔膜の12サンプルについて、透水量を測定した。また、比較例6に係る親水化多孔膜の12サンプルについて、透水量を測定した。なお、本実施例においては、実施例8及び比較例6に係る親水化多孔膜を定長状態となるよう両端を固定すること、及び蒸気滅菌をしなかった。その結果、
図9に示すように、実施例8に係る親水化多孔膜の平均透水量は、52.3L/m
2/h/98kPaであり、標準偏差は2.8であった。これに対し、比較例6に係る親水化多孔膜の平均透水量は、47.7L/m
2/h/98kPaであり、標準偏差は4.4であった。
【0128】
(実施例11)
実施例8に係る親水化多孔膜の12サンプルについて、バブルポイントを測定した。また、比較例6に係る親水化多孔膜の12サンプルについて、バブルポイントを測定した。その結果、
図10に示すように、実施例7に係る親水化多孔膜の平均バブルポイントは、1.530MPaであり、標準偏差は0.017であった。これに対し、比較例4に係る親水化多孔膜の平均バブルポイントは、1.550MPaであり、標準偏差は0.018であった。
【0129】
(実施例12)
実施例8及び比較例6に係る親水化多孔膜のそれぞれについて、内径、膜厚、空孔率、最大空孔を測定した。結果を
図11に示す。