(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
平板なリング形状をなし、そのリング形状の中心を回転中心とするコアプレートと、前記コアプレートの主面にリング状に配置された摩擦部と、を有する湿式摩擦材であって、
前記摩擦部は、内周側と外周側との間で幅広化された複数のランド部と、内周側と外周側との間で幅狭化された複数の幅狭部と、を交互に有し、
前記幅狭部は、隣り合った2つの前記ランド部間において、前記摩擦部の外周側が全厚さにわたって切り欠かれた切欠部を有することによって幅狭化された部位であり、
前記ランド部の内周側の側壁と、前記幅狭部の内周側の側壁と、が一連となって、内周側から供給される潤滑油が、外周側へ抜け出ることを阻止する略円形の内周壁を形成していることを特徴とする湿式摩擦材。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般に、上述の引き摺りトルク低減には、コアプレートの内周側から供給される潤滑油を、外周側へ排出する油溝を形成し、潤滑油の排出効率を向上させることが有効であることが知られている。
これに対して、上記特許文献1は、幅が内周側から外周側へ向かって狭窄された形状の油溝を有すること、更に、狭窄終了部の溝幅W
2が0mmでもよいことの開示がある(特許文献1の[請求項2]、[0033]〜[0034]、[
図3]参照)。そして、この溝幅W
2が0mm以上である湿式摩擦材では、高回転時に、潤滑油が摩擦部材の表面へ確実に供給されて引き摺りトルク低減できるという記載がある。即ち、内周側から供給された潤滑油を、狭窄油溝を介して、外周側へ向かうことを促がす構成を有することで、引き摺りトルク低減を達する技術である。
しかしながら、前述のように、近年強く求められている低燃費化対策として、より多様な引き摺りトルク低減形態が求められている。
【0005】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、従来と異なる構成によって引き摺りトルクの低減を達する湿式摩擦材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の通りである。
請求項1に記載の湿式摩擦材は、平板なリング形状をなし、そのリング形状の中心を回転中心とするコアプレートと、前記コアプレートの主面にリング状に配置された摩擦部と、を有する湿式摩擦材であって、
前記摩擦部は、内周側から供給される潤滑油が、外周側へ抜け出ることを阻止する略円形に形成された内周壁を有することを要旨とする。
請求項2に記載の湿式摩擦材は、請求項1に記載の湿式摩擦材において、前記内周壁は、外周側へ貫通された開口部を有さないことを要旨とする。
請求項3に記載の湿式摩擦材は、請求項2に記載の湿式摩擦材において、前記摩擦部は、複数の摩擦部からなり、
前記内周壁は、前記複数の摩擦部が有する各々の内周壁が連接されてなることを要旨とする。
請求項4に記載の湿式摩擦材は、請求項3に記載の湿式摩擦材において、前記複数の摩擦部は、各々、前記内周壁を連接させるために側方へ突出された側凸部を有することを要旨とする。
請求項5に記載の湿式摩擦材は、請求項4に記載の湿式摩擦材において、前記複数の摩擦部は、各々、前記側凸部を、両側に1つずつ有することを要旨とする。
請求項6に記載の湿式摩擦材は、請求項4又は5に記載の湿式摩擦材において、前記側凸部の内周端と外周端との間の幅は、1.0mm以上であることを要旨とする。
請求項7に記載の湿式摩擦材は、請求項2乃至6のうちのいずれかに記載の湿式摩擦材において、前記内周壁は、凹凸を有さない平坦な壁であることを要旨とする。
請求項8に記載の湿式摩擦材は、請求項2に記載の湿式摩擦材において、前記内周壁が、1つの摩擦部から形成されていることを要旨とする。
請求項9に記載の湿式摩擦材は、請求項8に記載の湿式摩擦材において、前記摩擦部は、内周端と外周端との間の幅が、他部より狭く形成された幅狭部を有することを要旨とする。
請求項10に記載の湿式摩擦材は、請求項9に記載の湿式摩擦材において、前記幅狭部の内周端と外周端との間の幅は、1.0mm以上であることを要旨とする。
請求項11に記載の湿式摩擦材は、請求項8乃至10のうちのいずれかに記載の湿式摩擦材において、前記内周壁は、凹凸を有さない平坦な壁であることを要旨とする。
請求項12に記載の湿式摩擦材は、請求項1に記載の湿式摩擦材において、前記内周壁は、外周側へ貫通された複数の開口部を有し、
前記開口部の総開口面積の割合は、前記内周壁全体に対して10%以下であることを要旨とする。
請求項13に記載の湿式摩擦材は、請求項12に記載の湿式摩擦材において、前記複数の摩擦部は、各々、前記内周壁の面積割合を大きくするために側方へ突出された側凸部を有することを要旨とする。
請求項14に記載の湿式摩擦材は、請求項13に記載の湿式摩擦材において、前記複数の摩擦部は、各々、前記側凸部を、両側に1つずつ有することを要旨とする。
請求項15に記載の湿式摩擦材は、請求項13又は14に記載の湿式摩擦材において、前記側凸部の内周端と外周端との幅は、1.0mm以上であることを要旨とする。
請求項16に記載の湿式摩擦材は、請求項12乃至15のうちのいずれかに記載の湿式摩擦材において、前記内周壁は、内周側へ向かって凹凸を有さない平坦な壁であることを要旨とする。
【発明の効果】
【0007】
本湿式摩擦材は、平板なリング形状をなし、そのリング形状の中心を回転中心とするコアプレートと、前記コアプレートの主面にリング状に配置された摩擦部と、を有する。そして、摩擦部は、内周側から供給される潤滑油が、外周側へ抜け出ることを阻止する略円形に形成された内周壁を有する。
これにより、内周側の軸からの潤滑油の供給量が多い場合であっても、摩擦部のうちのいわゆるランド部(大きな摩擦面を有する部位)上に乗り上げる油量を減少させることができる。従って、潤滑油のランド部へ乗り上げに伴って生じる潤滑油の剪断抵抗を抑制でき、結果として、引き摺りトルクを低減できる。
本湿式摩擦材の内周壁が、外周側へ貫通された開口部を有さない場合には、内周側から供給される潤滑油が外周側へ抜け出ることを最も効果的に阻止することができる。これにより、摩擦部のランド部上に乗り上げる油量を減少させる効果を最も大きくすることができ、結果として、引き摺りトルクを特に効果的に低減できる。
本湿式摩擦材の内周壁が、外周側へ貫通された複数の開口部を有し、開口部の総開口面積の割合が、内周壁全体に対して10%以下である場合には、内周側から供給される潤滑油が外周側へ抜け出ることができる開口面積を小さくできる。これにより、潤滑油が外周側へ抜け出ることを阻止し、ランド部上に乗り上げる油量を減少させることができる。これにより、潤滑油のランド部へ乗り上げに伴って生じる潤滑油の剪断抵抗を抑制し、引き摺りトルクを低減できる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を、図を参照しながら説明する。ここで示す事項は例示的なもの及び本発明の実施形態を例示的に説明するためのものであり、本発明の原理と概念的な特徴とを最も有効に且つ難なく理解できる説明であると思われるものを提供する目的で述べたものである。この点で、本発明の根本的な理解のために必要で、ある程度以上に本発明の構造的な詳細を示すことを意図してはおらず、図面と合わせた説明によって本発明の幾つかの形態が実際にどのように具現化されるかを当業者に明らかにするものである。
【0010】
[1]湿式摩擦材
本湿式摩擦材(1)は、平板なリング形状をなし、そのリング形状の中心を回転中心(P
0)とするコアプレート(2)と、コアプレート(2)の主面(2a)にリング状に配置された摩擦部(3)と、を有する。更に、摩擦部(3)は、内周側(S
I)から供給される潤滑油が、外周側(S
O)へ抜け出ることを阻止する略円形に形成された内周壁(4)を有する。
【0011】
従来、湿式摩擦材における引き摺りトルク低減には、コアプレート2の内周側S
Iから供給される潤滑油を外周側S
Oへ排出する油溝を形成し、潤滑油の排出効率を向上させることが効果的であると考えられてきた。
この点、本発明者は、油溝として機能し得る溝を形成しない場合に、どのような現象を生じるかを検討した。その結果、全く意外なことに、大幅な引き摺りトルク低減が得ることを知見した。即ち、油溝を形成せずとも、つまり、摩擦面積を減少させずとも、全く異なる機序によって引き摺りトルク低減を達し得ることを知見し、前述の本発明を完成させるに至った。
【0012】
本湿式摩擦材1の内周壁4による作用は、そのすべてが判明している訳ではないが、以下のように考えることができる。即ち、本湿式摩擦材1では、内周壁4を有することにより、内周側S
Iから供給される潤滑油が外周側S
Oへ抜け出ることを阻止できる。これにより、
摩擦部3のうちのいわゆるランド部3N1(大きな摩擦面を有する部位、
図11参照)上に乗り上げる油量を減少させることができる。これにより、ランド部3N1へ乗り上げた潤滑油によって引き起こされる剪断抵抗を抑制できると考えられる。即ち、潤滑油がランド部3N1へ乗り上げることで引き起こされる引き摺りトルクを低減できる。
【0013】
本湿式摩擦材1において、コアプレート2は、平板なリング形状をなし、そのリング形状の中心を、本湿式摩擦材1の回転中心P
0とする。このコアプレート2は、主面2aを有する。主面2aは、摩擦部3が配設された面である。主面2aは、コアプレート2の表面及び裏面のうちの一方のみであってもよいし、両面であってもよい。即ち、摩擦部3は、コアプレート2の一面のみに配設されてもよいし、コアプレート2の両面に配設されてもよい。
【0014】
本湿式摩擦材1は、摩擦部3を有する。摩擦部3は、コアプレートの主面2aに、リング状に配置されている。摩擦部3は、コアプレートの主面2aの1面に対して、1つのみの摩擦部3を備えてもよいし、複数の摩擦部3を備えてもよい。
このうち、1つのみの摩擦部3を備えた湿式摩擦材1は、
図4〜
図5に例示される。即ち、
図4〜
図5に示す摩擦部3は、必要な形状が一体に形成された1つ摩擦部3からなる。
一方、複数の摩擦部3を備えた湿式摩擦材1は、
図1〜
図3及び
図6〜
図10等に例示される。即ち、
図1〜
図3及び
図8〜
図10に例示するように、複数の個別の摩擦部3が互いに接して配置され、全体として
図4〜
図5に示す摩擦部3と同じ形状とされた摩擦部3である。
【0015】
摩擦部3は、その表面が摩擦面とされており、本湿式摩擦材1とセパレータプレートとの接触やその程度によって、湿式摩擦材1とセパレータプレートとの連動具合を調節することができる。即ち、セパレータプレートに対するブレーキ機能(制動機能)や、トルク伝達機能を有する。
【0016】
本湿式摩擦材1において、内周壁4は、実質的に油溝として機能される溝を有さず、結果的に、内周側S
Iから供給される潤滑油が外周側S
Oへ抜け出ることを阻止できるものであればよく、その具体的な形態は限定されないが、例えば、下記〈1〉〜〈3〉の形態が挙げられる。
〈1〉個別の内周壁4Nが連なって一体となった内周壁4(
図1〜
図3、
図8〜
図9、
図12[1−1]、
図13[2−1]、
図14[3−1]参照)。
〈2〉一連且つ一体の内周壁4(
図4、
図5及び
図10参照)。
〈3〉個別の内周壁4Nが隙間(油溝として機能されてない程度に小さな開口の間隙を意味する)を介して並んで形成された内周壁4(
図6〜
図7参照)。
【0017】
この内周壁4は、全体として略円形に形成されていればよい。より具体的には、なだらかな内周壁を有する円形であることが好ましい。略円形であることにより、内周側S
Iから供給される潤滑油の流れを乱し難いため好ましい。更に、その円形はなだらかであることがより好ましい。即ち、内周壁4は、凹凸を有さない平坦な壁であることが好ましい。更に、換言すれば、内周壁4は、内周側S
Iへ突出された凸部を有さないことが好ましい。内周壁4がなだらかであることにより、内周側S
Iから供給される潤滑油の流れを乱し難いからである。
【0018】
但し、内周壁4は、完全な円形(真円)である必要はなく、例えば、略円形な多角形であってもよい。即ち、例えば、上記〈1〉の形態のように、個別の内周壁4Nが連なって一体となった内周壁4では、各個別の内周壁4Nが、平面視した場合に直線状である場合には、各個別内周壁4Nが接続されることで、略円形となった多角形の内周壁4が形成されることとなる。このような多角形の内周壁4である場合には、通常、10角形以上である(通常、100角形以下である)。この多角形状は、摩擦部3を構成する個別の摩擦部3Nの数による。
本湿式摩擦材1において、コアプレート2の1つの主面2aに配置される個別の摩擦部3Nの数は限定されないが、通常、10以上100以下である。この数は、30以上90以下が好ましく、35以上70以下がより好ましく、40以上50以下が特に好ましい。
【0019】
〈1〉個別の内周壁4Nが連接一体化された内周壁4
上述のうち、内周壁4が、上記〈1〉の形態である場合、即ち、個別の内周壁4Nが連なって一体となった内周壁4である場合、各個別の内周壁4Nは、各々、個別の摩擦部3Nによって形成されている。即ち、内周壁4は、個別の摩擦部3Nが各々有している個別の内周壁4Nの集合体として形成される。従って、〈1〉個別の内周壁4Nが連なって一体となった内周壁4を構成している場合、摩擦部3は、複数の摩擦部3N(セグメント3N)からなっており、内周壁4は、複数の摩擦部3Nが有する各々の内周壁4Nが連接されてなる。ここで、「連接」されるとは、個別の摩擦部3Nが各々有する個別の内周壁4Nが、互いに接して配置され、一連の内周壁4を形成していることを意味している(
図1〜
図3、
図8〜
図9、
図12[1−2]、
図13[2−1]、
図14[3−1]等参照)。
即ち、これらの形態の湿式摩擦材1における内周壁4は、外周側S
Oへ貫通された開口部53を有さない形態となる。従って、個別の摩擦部3N同士の間隙として形成されて、内周側S
Iから外周側S
Oへ貫通された溝を、油溝とした場合、このような油溝を有さない形態となる。
【0020】
各個別の摩擦部3N(セグメント3N)は、どのように連接されてもよい。摩擦部3N同士の連接形態としては、下記〈1−1〉及び〈1−2〉のバリエーションが挙げられる。
〈1−1〉幅狭部(ランド部以外の狭幅化された領域)で連接された形態(
図1〜
図3、
図8、
図12[1−2]、
図13[2−1]、
図14[3−1]参照)
〈1−2〉ランド部で連接された形態(
図9参照)
【0021】
連接形態のうち、上記〈1−1〉の形態では、各個別の摩擦部3Nは、各々、個別の内周壁4Nを互いに連接させるために、側方(即ち、周方向ともいえる)へ突出された側凸部37(
図11参照)を有することができる。即ち、側凸部37を用いた連接形態とすることができる。側凸部37は、1つの摩擦部3N(セグメント3N)が1つのみを備えてもよいし(
図11b参照)、1つの摩擦部3N(セグメント3N)の両側に1つずつ備えてもよい(
図11a参照)。
【0022】
1つの摩擦部3Nに、1つのみの側凸部37を備える場合(
図11b参照)には、摩擦部33のランド部3N1が備えた側端面381に対して、摩擦部32の側凸部37の側端面371を連接して連接部51を形成し、更に、摩擦部34のランド部3N1が備えた側端面381に対して、摩擦部33の側凸部37の側端面371を連接して連接部51を形成し、というように、各個別の摩擦部3N同士を連接させることができる(
図8及び
図11b参照)。
尚、本湿式摩擦材1において、摩擦部3及び摩擦部3Nを平面視する場合、当該摩擦部3及び3Nを時計文字盤における12時位置に配置した場合の平面視を想定するものとする(以下、同様である)。
【0023】
一方、1つの摩擦部3Nの両側に1つずつ、合計2つの側凸部37を備える場合(
図11a参照)には、摩擦部33の左側の側凸部37の側端面371に対して、摩擦部32の右側の側凸部37の側端面371を連接して連接部51を形成し、更に、摩擦部34の左側の側凸部37の側端面371に対して、摩擦部33の右側の側凸部37の側端面371を連接して連接部51を形成し、というように、各個別の摩擦部3N同士を連接させることができる(
図3及び
図11a参照)。
尚、前述の通り、本湿式摩擦材1において、摩擦部3及び摩擦部3Nを平面視する場合、当該摩擦部3及び3Nを時計文字盤における12時位置に配置した場合の平面視を想定するものとする。従って、所定の摩擦部3Nに関する右左は、言及している摩擦部3Nを12時位置に配置した場合における左右を意味する(以下、同様である)。
【0024】
このように、側凸部37(
図11参照)によって形成される幅狭部の幅、即ち、内周端371
Iと外周端371
Oとの間の幅D
371は限定されないが、D
371≧1.0mmであることが好ましい。D
371が1.0mm以上であることにより、内周壁4による内周側S
Iから供給される潤滑油が、外周側S
Oへ抜け出ることを阻止する効果をより確実に得ることができる。この幅は、更に、2.0mm≦D
371≦10mmが好ましく、2.3mm≦D
371≦9.0mmがより好ましく、2.6mm≦D
371≦8.0mmが更に好ましく、3.0mm≦D
371≦7.0mmが特に好ましい。これらの好ましい範囲では、より優れた上述の阻止効果を得ることができるとともに、摩擦部3としての耐久性を向上させることができる。
【0025】
このように、側凸部37同士の連接によって幅狭部を形成している場合は、即ち、内周壁4よりも外周側S
Oに配置された切欠部6を有することとなる。切欠部6は、内周壁4を乗り越えて、内周壁4よりも外周側S
Oへ移動された潤滑油の滞留を抑制し、外周側S
Oへの排出を促がす作用を有することができる。即ち、内周壁4を乗り越えて、切欠部6へ達した潤滑油は、従来の湿式摩擦材と同様に外周側S
Oへの排出を促がすことが好ましい。
更に、切欠部6を有する場合、切欠部6は、両隣りのランド部が、切欠部6の内周端63と接する位置に角部61を有することができる。角部61を有する場合には、内周壁4を乗り越えて、切欠部6に侵入した潤滑油を、ランド部3N1へ乗り上げることを促がすことができる。即ち、前述のように、ランド部3N1への潤滑油の乗り上げは、剪断抵抗を増大させるものの、摩擦部3の潤滑に要する最低限の油量は確保する必要がある。このような観点から、切欠部6に侵入された潤滑油を、単に外周側S
Oへ排出するだけでなく、その一部をランド部3N1へ積極的に乗り上げさせる場合には、角部61を備えることが好ましい。また、角部61は、切欠部6の両底端に備えることもできるが、例えば、湿式摩擦材1の回転方向が一定である場合には、回転方向に対して後側となる底端にのみ備えることができる。
【0026】
上述のように、摩擦部3(個別の摩擦部3Nの集合体である)が、複数の切欠部6を有し、各切欠部6が、その内周端63と接する両側に角部61を各々有する場合、右角部61と左角部61との間隔D
61(
図2参照)は限定されないが、例えば、5.0mm≦D
61≦20mmとすることができる。この範囲では、摩擦面積の低減を抑えつつ、切欠部6を備える効果を得ることができる。この間隔D
61は、更に、6.0mm≦D
61≦18mmとすることができ、7.0mm≦D
61≦16mmとすることができ、8.0mm≦D
61≦15mmとすることができる。
尚、この間隔D
61は、複数の切欠部6を有し、各切欠部6が、その内周端63と接する両側に角部61を各々有する他形態の湿式摩擦材1においても同様に適用できる。
【0027】
尚、内周壁4は、コアプレート2の内周端と一致してもよいが、例えば、
図3に示すように、コアプレート2の内周端よりも外周側S
Oへシフトさせることができる。この際の内周側のシフト量は限定されない。同様に、摩擦部3の外周端は、コアプレート2の外周端と一致してもよいが、例えば、
図3に示すように、コアプレート2の外周端よりも内周側S
Iへシフトさせることができる。この際の外周側のシフト量は限定されない。
【0028】
連接形態のうち、上記〈1−2〉の形態としては、
図9に示すように、ランド部の中央で分割された、概形U字を呈する個別の摩擦部3N同士が連接された形態を例示できる。この連接によって、連続された個別の摩擦部3Nは、全体として一連の摩擦部3を形成する。
上記〈1−2〉の形態においても、上記〈1−1〉の場合と同様に、内周壁4よりも外周側S
Oに配置された切欠部6を有することができる。更に、切欠部6を有する場合、切欠部6は、両隣りのランド部が、切欠部6の内周端63と接する位置に角部61を有することができることについても同様である。
【0029】
〈2〉一連且つ一体の内周壁4
内周壁4は、前述のように、〈2〉一連且つ一体の内周壁4とすることができる(
図4、
図5及び
図10参照)。この場合、
図4〜
図5に示すように、摩擦部3は、一連且つ一体の摩擦部3とすることができる(内周壁4は、1つの摩擦部3から形成できる)。更に、
図10に示すように、一連且つ一体の内周壁4を有する個別の摩擦部3N(
図10中において符号36)と、各ランド部(3N1)を構成する個別の摩擦部3N(
図10中において符号31〜35)と、を有し、これらの個別の摩擦部3Nが、互いに接続(接続部51を形成)されることによって、一連且つ一体の摩擦部3とすることができる(内周壁4は、1つの摩擦部3から形成できる)。上記〈2〉の形態の内周壁4は、外周側S
Oへ貫通された開口部53を有さない形態である。即ち、〈2〉の形態の湿式摩擦材1は、油溝を有さない。
また、〈2〉の形態においても、上記〈1〉の場合と同様に、内周壁4よりも外周側S
Oに配置された切欠部6を有することができる。更に、切欠部6を有する場合、切欠部6は、両隣りのランド部が、切欠部6の内周端63と接する位置に角部61を有することができることについても同様である。
【0030】
更に、上述のように切欠部6を有する場合、摩擦部3(個別の摩擦部3Nの集合体であるか否かを問わない)は、内周端(375
I)と外周端(375
O)との間の幅が、他部より狭く形成された幅狭部375を、切欠部6に連動して有することができる。
幅狭部375を有する場合、幅狭部375の内周端375
Iと外周端375
Oとの間の幅D
375(
図4及び
図5参照)は、D
375≧1.0mmであることが好ましい。D
375が1.0mm以上であることにより、内周壁4による内周側S
Iから供給される潤滑油が、外周側S
Oへ抜け出ることを阻止する効果をより確実に得ることができる。この幅は、更に、1.0mm≦D
375≦10mmが好ましく、1.7mm≦D
375≦9.0mmがより好ましく、2.3mm≦D
375≦8.5mmが更に好ましく、3.0mm≦D
375≦8.0mmが特に好ましい。これらの好ましい範囲では、より優れた上述の阻止効果を得ることができるとともに、摩擦部3としての耐久性を向上させることができる。
【0031】
〈3〉個別の内周壁4Nが隙間を介して並んで形成された内周壁4
内周壁4は、前述のように、〈3〉個別の内周壁4Nが隙間を介して並んで形成された内周壁4とすることができる(
図6〜
図7参照)。
この形態では、内周壁4は、外周側S
Oへ貫通される複数の開口部53を有することになる。この場合、開口部53の総開口面積の割合R
53は、内周壁4全体に対して、通常、10%以下である。この範囲では、離間して配置された個別の摩擦材3N同士の間隙として開口部53を有することによって、非連続な内周壁4となっていても、総開口面積の割合が小さいことによって、内周側S
Iから供給される潤滑油が、外周側S
Oへ抜け出ることを阻止することができるからである。この割合は、0.1%以上8%以下が好ましく、0.5%以上7%以下がより好ましく、0.7%以上6%以下が更に好ましく、1%以上5%以下が特に好ましい。
【0032】
更に、総開口面積の割合R
53は、上記範囲であることが好ましいが、そのうえで、更に、開口部53の開口幅D
53(
図6参照)は、1.5mm未満(より好ましくは1.0mm未満)であることが好ましい。この範囲では、非連続な内周壁4であっても、開口幅D
53が小さいことによって、内周側S
Iから供給される潤滑油が、外周側S
Oへ抜け出ることをより効果的に阻止できるからである。また、この幅は、例えば、0.07mm≦D
53≦0.97mmとすることができ、0.10mm≦D
53≦0.90mmとすることができ、0.13mm≦D
53≦0.83mmとすることができ、0.16mm≦D
53≦0.75mmとすることができる。これらの範囲では、より優れた上述の阻止効果を得ることが可能である。
【0033】
また、この〈3〉の形態では、複数の個別の摩擦部3Nは、各々、内周壁4の面積割合を大きくするために、側方へ突出された側凸部37を有することができる(
図11参照)。側凸部37は、1つの摩擦部3N(セグメント3N)が1つのみを備えてもよいし(
図11b参照)、1つの摩擦部3N(セグメント3N)の両側に1つずつ備えてもよい(
図11a参照)。
【0034】
1つの摩擦部3Nに、1つのみの側凸部37を備える場合(
図11b参照)には、摩擦部33のランド部3N1が備えた側端面381に対して、摩擦部32の側凸部37の側端面371を離間して配置し、更に、摩擦部34のランド部3N1が備えた側端面381に対して、摩擦部33の側凸部37の側端面371を離間して配置し、というように、各個別の摩擦部3N同士の間に間隙を形成することで、〈3〉の形態の摩擦部3を得ることができる。尚、本湿式摩擦材1において、摩擦部3及び摩擦部3Nを平面視する場合、当該摩擦部3及び3Nを時計文字盤における12時位置に配置した場合の平面視を想定する。
【0035】
一方、1つの摩擦部3Nの両側に1つずつ、合計2つの側凸部37を備える場合(
図11a参照)には、摩擦部33の左側の側凸部37の側端面371に対して、摩擦部32の右側の側凸部37の側端面371を離間して配置し、更に、摩擦部34の左側の側凸部37の側端面371に対して、摩擦部33の右側の側凸部37の側端面371を離間して配置し、というように、各個別の摩擦部3N同士の間に間隙を形成することで、〈3〉の形態の摩擦部3を得ることができる。尚、前述の通り、本湿式摩擦材1において、摩擦部3及び摩擦部3Nを平面視する場合、当該摩擦部3及び3Nを時計文字盤における12時位置に配置した場合の平面視を想定するものとする。
【0036】
このように、側凸部37によって形成される幅狭部の幅、即ち、内周端371
Iと外周端371
Oとの間の幅D
371は限定されないが、D
371≧1.0mmであることが好ましい。D
371が1.0mm以上であることにより、内周壁4による内周側S
Iから供給される潤滑油が、外周側S
Oへ抜け出ることを阻止する効果をより確実に得ることができる。この幅は、更に、2.0mm≦D
371≦10mmが好ましく、2.3mm≦D
371≦9.0mmがより好ましく、2.6mm≦D
371≦8.0mmが更に好ましく、3.0mm≦D
371≦7.0mmが特に好ましい。これらの好ましい範囲では、より優れた上述の阻止効果を得ることができるとともに、摩擦部3としての耐久性を向上させることができる。
【0037】
このように、側凸部37同士の配置によって幅狭部を形成している場合は、即ち、内周壁4よりも外周側S
Oに配置された切欠部6を有することができる。このことは前述の通りである。更に、切欠部6を有する場合、切欠部6は、両隣りのランド部が、切欠部6の内周端63と接する位置に角部61を有することができる。このことは前述の通りである。
更に、角部61間の間隔D
61は限定されないが、例えば、5.0mm≦D
61≦20mmとすることができる。この範囲では、摩擦面積の低減を抑えつつ、切欠部6を備える効果を得ることができる。この間隔D
61は、更に、6.0mm≦D
61≦18mmとすることができ、7.0mm≦D
61≦16mmとすることができ、8.0mm≦D
61≦15mmとすることができる。
【0038】
また、前述の場合と同様に、内周壁4は、コアプレート2の内周端と一致してもよいが、例えば、
図7に示すように、コアプレート2の内周端よりも外周側S
Oへシフトさせることができる。この際の内周側のシフト量は限定されない。
【0039】
尚、本湿式摩擦材1に関して、上述した各摩擦部3は、コアプレート2の主面2aにどのように形成されていてもよい。例えば、摩擦部3は、コアプレート2の主面2aに接合した複数の摩擦基材(セグメントピース)から形成できる。また、例えば、コアプレート2の表面に摩擦部3となる部位を島状に残してプレス加工することや、摩擦部3となる部位を島状に残して切削加工することで形成できる。コアプレート2と摩擦基材との接合方法は限定されず、熱融着や、接着剤等を介した貼着等の方法が挙げられる。
【0040】
摩擦基材の構成は限定されないが、例えば、基材繊維と充填材を混ぜて抄造して得られた抄紙体に熱硬化性樹脂を含浸させた後、加熱硬化して得ることができる。
基材繊維としては、セルロース繊維(パルプ)、アクリル繊維、アラミド繊維等を利用できる他、各種の合成繊維、再生繊維、無機繊維、天然繊維等を利用できる。基材繊維の平均長は0.5〜5mmとすることができる。また、基材繊維の平均径は0.1〜6μmとすることができる。
【0041】
また、充填材としては、摩擦調整剤としてのカシューダスト、固体潤滑剤としてのグラファイト及び/又は二硫化モリブデン、体質顔料としてのケイソウ土等を用いることができる。これらは1種のみを用いてもよく2種以上を併用してもよい。更に、熱硬化性樹脂としては、フェノール樹脂及び/又はその変性樹脂を用いることができる。
【実施例】
【0042】
以下では、本発明を実施例によって説明する。尚、各実施例に共通する説明は省略する。
[1]湿式摩擦材の調整
[実施例1]
実施例1の湿式摩擦材1(
図12[1−1]参照)は、コアプレート2と、コアプレート2の主面2a(表側の主面2a及び裏側の主面2aの両面)に配設された各々同形状の個別の摩擦部3N(セグメント3N)と、を備える(表側の主面2a及び裏側の主面2aにおいて同じ構成である)。個別の摩擦部3Nの総数は、40個である。
この実施例1の湿式摩擦材1を構成する個別の摩擦部3Nは、各々、D
371=5mmである側凸部37を有する。また、複数の切欠部6を有しており、各切欠部6は、その内周端63と接する両側に角部61を各々有しており、その間隔D61は、D
61=10mmである。
また、各個別の摩擦部3Nは、パルプ及びアラミド繊維等の繊維基材と、カシューダスト等の摩擦調整剤と、珪藻土等の充填剤と、を抄造して得られた抄紙体に、熱可硬化性樹脂(樹脂結合剤)を含浸させて加熱硬化したものである。各個別の摩擦部3Nは、コアプレート2の表裏の両主面に加圧加熱により接合されて、摩擦部3を形成している。
【0043】
コアプレート2は、NCH780製であり、その内周に歯車状に形成されたスプライン内歯8を有する。スプライン内歯8は、湿式摩擦材1に対して回転軸となるハブの外周に配置されたスプラインと噛み合うことができるように配設される。
また、コアプレート2の外径R
1と、コアプレート2の内径R
2(スプライン内歯8を除いたコアプレート2の内周によって規定される直径)との比R
1/R
2は1.08(R
1=158mm、R
2=144mm)とされている。
【0044】
[比較例1]
比較例1の湿式摩擦材1は、
図12[1−2]に示す通り、摩擦部3(セグメント3)間に油溝が形成されるように離間して配置されている。この油溝は、ランド部の側壁が平行にされた位置において5mmである。即ち、内周壁4は、外周側S
Oへ貫通される複数の開口部を有し、開口部の総開口面積の割合Rは、内周壁4全体に対して、30%となっている。
比較例1の各摩擦部3の内周側端部を、円形の内周壁4が形成されるように塞いだ形態が、実施例1であるといえる。
【0045】
[実施例2]
実施例2の湿式摩擦材1(
図13[2−1]参照)は、個別の摩擦部3Nの外周側形状が異なる。即ち、外周端に凹凸を有するとともに、外広がりの切欠部6を有している。この差異以外は、実施例1の湿式摩擦材1と同様である。切欠部6は、上述のように外広がりであるため、間隔D61は、D
61=10mmである。その他、個別の摩擦部3Nの総数は、40個であり、D
371=5mmである。
【0046】
[比較例2]
比較例1の湿式摩擦材1は、
図13[2−2]に示す通り、摩擦部3(セグメント3)間に油溝が形成されるように離間して配置されている。この油溝は、ランド部間が最も狭い位置で5mmであり、最も広い位置で25mmである。また、内周壁4は、凹凸を有する形状に加工されている。
比較例2の各摩擦部3の内周側端部を、円形の内周壁4が形成されるように塞いだ形態が、実施例2であるといえる。
【0047】
[実施例3]
実施例3の湿式摩擦材1(
図14[3−1]参照)は、個別の摩擦部3Nの外周側形状が異なり、外広がりの切欠部6を有していること以外、実施例1の湿式摩擦材1と同様である。切欠部6は、上述のように外広がりでありため、間隔D61は、D
61=10mmである。その他、個別の摩擦部3Nの総数は、40個であり、D
371=5mmである。
【0048】
[比較例2]
比較例1の湿式摩擦材1は、
図14[3−2]に示す通り、摩擦部3(セグメント3)間に油溝が形成されるように離間して配置されている。この油溝は、ランド部間が最も狭い位置で5mmであり、最も広い位置で20mmである。また、摩擦部3が有する内周端縁は、その位置が異なるように加工されている。
比較例3の各摩擦部3の内周側端部を、円形の内周壁4が形成されるように塞いだ形態が、実施例3であるといえる。
【0049】
[2]引き摺りトルクと回転数との相関
上記[1]の実施例1−3及び比較例1−3の各湿式摩擦材を、各々4枚用いて、下記条件下でSAE摩擦試験機により、その回転数500−3000rpmの間で測定した。得られた結果を
図15(
図15は縦軸上側程、引き摺りトルクが大きいことを示す)にグラフにして示した。
自動変速機潤滑油(AutoAtic Transmission Fluid、「ATF」は出光興産株式会社の登録商標であるが、ここでは当該登録商標とは無関係に以下「ATF」と略す。)油温:40℃、ATF油量:100mL/分(軸心潤滑)、パッククリアランス:0.20mm/枚の環境下で、試験体の湿式摩擦材を4枚セットし、回転速度を500〜3000rpmまで変化させ、500rpm、1000rpm、1500rpm、2000rpm、2500rpm、3000rpmの6点において引き摺りトルク(N・m)を測定した。また、測定時間は15秒/各回転、繰返し回数は5回とした。
【0050】
(2)試験例の効果
図15の結果から、実施例のいずれの湿式摩擦材においても、比較例に対して引き摺りトルクが低減されていることが分かる。即ち、比較例1の湿式摩擦材が有する油溝を塞いで、円形の内周壁4を形成した実施例1では、500〜3000rpmのすべての領域において優位な引き摺りトルク低減が認められた。また、比較例1の湿式摩擦材は、排出性を向上させるように機能される油溝を有しているにも関わらず、更に、実施例1では、引き摺りトルク低減が達せられていることから、本構成による引き摺りトルク低減は、油溝を有する従来の湿式摩擦材に対して適用しても、従来の機序と共存しながら、更に、引き摺りトルク低減できることが分かる。
一方、比較例2〜3の湿式摩擦材が有する油溝を塞いで、円形の内周壁4を形成した実施例2〜3では、500〜2500rpmのすべての領域において引き摺りトルク低減が認められるが、3000rpmではその効果がほとんど得られなくなっている。このことから、本構成による引き摺りトルク低減は、より相対回転数がより小さい範囲で優位に働くものと考えられる。
【0051】
尚、本発明においては、上記の具体的実施例に示すものに限られず、目的、用途に応じて本発明の範囲内で種々変更した実施例とすることができる。