(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6783239
(24)【登録日】2020年10月23日
(45)【発行日】2020年11月11日
(54)【発明の名称】非アルコール性脂肪性肝疾患を特定するための方法及び組成物
(51)【国際特許分類】
G01N 33/92 20060101AFI20201102BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20201102BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20201102BHJP
G01N 30/06 20060101ALI20201102BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20201102BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20201102BHJP
【FI】
G01N33/92 Z
G01N33/48 B
G01N33/50 U
G01N30/06 Z
G01N30/72 A
G01N30/88 E
【請求項の数】19
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2017-541920(P2017-541920)
(86)(22)【出願日】2016年2月12日
(65)【公表番号】特表2018-508774(P2018-508774A)
(43)【公表日】2018年3月29日
(86)【国際出願番号】US2016017822
(87)【国際公開番号】WO2016130961
(87)【国際公開日】20160818
【審査請求日】2018年12月19日
(31)【優先権主張番号】62/116,108
(32)【優先日】2015年2月13日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】506115514
【氏名又は名称】ザ リージェンツ オブ ザ ユニバーシティ オブ カリフォルニア
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】デニス,エドワード エー.
(72)【発明者】
【氏名】クーヘンバーガー,オズワルド
(72)【発明者】
【氏名】ルーンバ,ロヒット
【審査官】
加々美 一恵
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許出願公開第2013/0056630(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2013/0126722(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2010/0233724(US,A1)
【文献】
LOOMBA; ET AL,Polyunsaturated fatty acid metabolites as novel lipidomic biomarkers for noninvasive diagnosis of nonalcoholic steatohepatitis,Journal of Lipid Research ,2014年11月17日,vol.56,185-192
【文献】
Ariel E. Feldstein et.al.,Mass spectrometric profiling of oxidized lipid products in human nonalcoholic fatty liver disease and nonalcoholic steatohepatitis.,Journal of Lipid Research ,2010年,vol.51, 3046-3054
【文献】
Puneet Puri et.al. ,The plasma lipidomic signature of nonalcoholic steatohepatitis.,Hepatology,2009年,50(6),1827-1838
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
G01N 30/00−30/96
B01J 20/281−20/292
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象における非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)を非アルコール性脂肪肝(NAFL)と区別する方法であって、
(a)対象から得られた生物試料を約0.6〜0.7M水酸化カリウム(KOH)を含むアルカリ溶液で処理してエステル化エイコサノイドを加水分解し、加水分解されたエイコサノイドを回収するステップ、及び、
(b)対象から得られた処理した生物試料中の少なくとも8-HETrE及び/又は15-HETrEのレベルをNAFL対象から得られた対照試料と比較するステップ
を含み、対象から得られた試料中の少なくとも8-HETrE及び/又は15-HETrEの、対照と比較したレベルの差がNASHを示す、上記方法。
【請求項2】
エイコサノイドの60%超が対象の処理した生物試料から回収される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
生物試料が、血液、血漿及び血清からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
アルカリ処理の前にブチル化ヒドロキシトルエン(BHT)を添加するステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
約2.5mMのBHTが使用される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
対象から得られた試料中の少なくとも8-HETrE及び/又は15-HETrEの、対照と比較したレベルの増加がNASHを示す、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
試料中のオメガ-3脂肪酸DHA及び/又は17-HDoHEのレベルを測定するステップをさらに含み、対照と比較した増加がNASHを示す、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
エイコサノイドが液体クロマトグラフィーにより測定される、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
脂肪酸がガスクロマトグラフィー質量分析法により測定される、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
対象における非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)を非アルコール性脂肪肝(NAFL)と区別する方法であって、
(a)対象から得られた生物試料を約0.6〜0.7M KOHを含むアルカリ溶液で処理するステップ、
(b)処理された試料からエイコサノイド及び脂肪酸を回収するステップ、並びに、
(c)対象から得られた生物試料中の少なくとも1種のバイオマーカーレベルを、NAFLであることが分かっている対照試料と比較するステップ
を含み、対象から得られた試料中の少なくとも1種のバイオマーカーの、対照と比較したレベルの増加がNASHを示し、さらに、バイオマーカーが8-HETrE及び/又は15-HETrEと、DHA、17-HDoHE及びこれらの任意の組合せからなる群から選択される1つの追加のバイオマーカーとである、上記方法。
【請求項11】
エイコサノイドの60%超が対象の処理した生物試料から回収される、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
少なくとも1種のバイオマーカーが、8-HETrE及び15-HETrEを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
生物試料が、血液、血漿及び血清からなる群から選択される、請求項10に記載の方法。
【請求項14】
アルカリ処理の前にブチル化ヒドロキシトルエン(BHT)を添加するステップをさらに含む、請求項10に記載の方法。
【請求項15】
約2.5mM BHTが使用される、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
試料中のオメガ-3脂肪酸DHA及び/又は17-HDoHEのレベルを測定するステップをさらに含み、対照と比較した増加がNASHを示す、請求項12に記載の方法。
【請求項17】
エイコサノイドが液体クロマトグラフィーにより測定される、請求項10に記載の方法。
【請求項18】
試料中の脂肪酸が、ガスクロマトグラフィー質量分析法により測定される、請求項10に記載の方法。
【請求項19】
5-HETE、8-HETE、11-HETE、15-HETE、13-HODE、9-oxoODE及びこれらの任意の組合せからなる群から選択される炎症誘発性エイコサノイドのレベルを測定するステップをさらに含み、NAFL対照より低い上記のいずれかのレベルがNASHを示す、請求項10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、参照により本明細書に組み込まれる2015年2月13日出願の米国仮出願第62/116,108号の優先権を主張するものである。
【0002】
本発明は、概して、脂肪性肝疾患及び非アルコール性脂肪性肝炎を決定するための物質及び方法に関する。
【背景技術】
【0003】
脂肪性肝疾患(又は脂肪性肝炎)は、過度のアルコール摂取又は肥満としばしば関連しているが、インスリン抵抗性及び糖尿病を含む代謝欠損などのその他の原因も有する。脂肪肝は、肝細胞の空砲にトリグリセリド脂肪が蓄積することにより生じ、肝機能の低下をもたらし、場合によっては肝硬変又は肝がんに至ることもある。
【0004】
非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)は、アルコール乱用無しに起こる多種多様の疾患を表す。
【発明の概要】
【0005】
本開示は、対象における非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)を非アルコール性脂肪肝(NAFL)と区別する方法を提供する。この方法は、対象から生物試料を得るステップ、試料をアルカリ溶液で処理してエステル化エイコサノイドを放出させ、エイコサノイドを回収するステップ、及び、対象から得られた生物試料中の少なくとも1種のエステル化エイコサノイドのレベルをNAFL対象から得られた対照試料と比較するステップを含み、対象から得られた試料中の少なくとも1種のエイコサノイドの、対照と比較したレベルの差がNASHを示す。一実施形態において、測定されるエイコサノイドは、60%超で回収されたエイコサノイドである。上記実施形態のいずれかの別の実施形態において、エイコサノイドは8-HETrE及び15-HETrEからなる群から選択される。上記のいずれかの別の実施形態において、生物試料は血液、血漿及び血清からなる群から選択される。上記のいずれかのさらに別の実施形態において、方法はアルカリ処理の前にブチル化ヒドロキシトルエン(BHT)を添加するステップをさらに含む。さらなる実施形態において、BHTは約2.5mMである。上記のいずれかの別の実施形態において、アルカリ溶液は水性水酸化カリウム(KOH)である。さらなる実施形態において、KOHは約0.6〜0.7M KOHとして使用される。上記実施形態のいずれかの別の実施形態において、対象から得られた試料中の少なくとも1種のエイコサノイドの、対照と比較したレベルの増加がNASHを示す。さらに別の実施形態において、方法は、試料中のオメガ-3脂肪酸DHA及び/又は17-HDoHEのレベルを測定するステップをさらに含み、対照と比較した増加がNASHを示す。上記実施形態のいずれかにおいて、エイコサノイドは液体クロマトグラフィーにより測定される。上記実施形態のいずれかにおいて、脂肪酸はガスクロマトグラフィー質量分析法により測定される。
【0006】
本開示は、対象における非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)を非アルコール性脂肪肝(NAFL)と区別する方法であって、対象から生物試料を得るステップ、試料をアルカリ溶液で処理するステップ、並びに、処理された試料からエイコサノイド及び脂肪酸を回収するステップ、並びに、対象から得られた生物試料中の少なくとも1種のバイオマーカーレベルを、NAFLであることが分かっている対照試料と比較するステップを含み、対象から得られた試料中の少なくとも1種のバイオマーカーの、対照と比較したレベルの増加がNASHを示し、さらに、バイオマーカーが8-HETrE、15-HETrE、DHA、17-HDoHE及びこれらの任意の組合せからなる群から選択される、方法も提供する。一実施形態において、測定されるエイコサノイドは、60%超で回収されたエイコサノイドである。別の実施形態において、少なくとも1種のバイオマーカーは8-HETrE又は15-HETrEを含む。さらに別の実施形態において、生物試料は血液、血漿及び血清からなる群から選択される。上記のいずれかのさらに別の実施形態において、方法は、アルカリ処理の前にブチル化ヒドロキシトルエン(BHT)を添加するステップをさらに含む。一実施形態において、アルカリ処理は、水性水酸化カリウム(KOH)を添加するステップを含む。さらなる実施形態において、KOHは約0.6〜0.7M KOHとして添加される。さらに別の実施形態において、約2.5mM BHTが使用される。上記のいずれかのさらに別の実施形態において、方法は、試料中のオメガ-3脂肪酸DHA及び/又は17-HDoHEのレベルを測定するステップをさらに含み、対照と比較した増加がNASHを示す。別の実施形態において、エイコサノイドは液体クロマトグラフィーにより測定され、脂肪酸はガスクロマトグラフィー質量分析法により測定される。上記のいずれかのさらなる実施形態において、5-HETE、8-HETE、11-HETE、15-HETE、13-HODE、9-oxoODE及びこれらの任意の組合せからなる群から選択される炎症誘発性エイコサノイドのレベルが測定され、NAFL対照より低い上記のいずれかのレベルがNASHを示す。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】エイコサノイドを決定するためのスキームを示す図である。(A)アルカリ加水分解を行わない対照、及び(B)アルカリ加水分解を行う総エイコサノイド。
【
図2-1】アルカリ加水分解条件に曝露される前(A)及び曝露された後(B)の、HETEを選択するため抽出されたクロマトグラフを示す図である。
【
図3-1】アラキドン酸(AA)由来の代謝物について示すグラフである。3つの臨床での群における、総AA、並びにそのCOX、LOX、CYP及び非酵素的経路由来の代謝物の血漿中の量を、各代謝物について示す。箱ひげ図の下端は25パーセンタイルを示し、箱の中の線は50パーセンタイルを示し、上端は75パーセンタイルを示す。ひげは測定値の最小値及び最大値を示す。
【
図4-1】3つの臨床での群における、総リノール酸(LA)、並びにそのLOX及びCYP経路由来の代謝物の血漿中の量を、各代謝物について示すグラフである。
【
図5】3つの臨床での群における、総ジホモ-ガンマ-リノレン酸(DGLA)、並びにそのLOX及び非酵素的経路由来の代謝物の血漿中の量を、各代謝物について示すグラフである。群間の差をスチューデントのt検定で評価し、0.05未満のp値を示す。
【
図6-1】3つの臨床での群における、総エイコサペンタエン酸(EPA)、並びにそのCOX、LOX、及び非酵素的経路由来の代謝物の血漿中の量を、各代謝物について示すグラフである。
【
図7-1】3つの臨床での群における、総ドコサヘキサエン酸(DHA)、並びにそのLOX及びCYP経路由来の代謝物の血漿中の量を、各代謝物について示すグラフである。群間の差をスチューデントのt検定で評価し、0.05未満のp値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本明細書及び添付の特許請求の範囲で使用される場合、単数形「1つの(a)」、「and」及び「その(the)」は、別途文脈により明らかに定められない限り、複数の指示対象を含む。したがって、例えば、「誘導体(a derivative)」との言及はこのような誘導体の複数形を含み、「対象(a subject)」との言及は1つ以上の対象への言及を含み、その他の同様である。
【0009】
また、「又は」を使用する時は、別途明記されない限り「及び/又は」を意味する。同様に、「含む(comprise)」、「含む(comprises)」、「含むこと(comprising)」、「含む(include)」、「含む(includes)」及び「含むこと(including)」は互換可能であり、限定的であることを意図されない。
【0010】
さらに、各種実施形態についての記載に「含む」という語が使用される場合、一部の特定の例において、代わりに「から本質的になる」又は「からなる」という用語を使用して実施形態が記載できることを当業者が理解するものであることを理解されたい。
【0011】
別途規定されない限り、本明細書で使用される技術用語及び科学用語は全て、本開示が属する分野の技術者が通常理解するものと同じ意味を有する。本明細書に記載されるものと類似した又は同等の方法及び物質を、開示される方法及び組成物の実施に使用することができるが、例示的な方法、装置及び物質を本明細書に記載する。
【0012】
上記で、及び本文を通して論じられる刊行物は、本出願の出願日より前の開示についてのみ提供される。本明細書におけるいかなるものも、発明者らが、事前開示によりこのような開示に先行する権利を有しないと認めるものと解釈されるべきではない。
【0013】
非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFL又はNAFLD)は、アルコール乱用無しに発生する多種多様の(a spectrum of)疾患を表す。非アルコール性脂肪性肝疾患は、脂肪変性(肝臓における脂肪)の存在を特徴とし、メタボリックシンドローム(肥満、糖尿病及び高トリグリセリド血症を含む)の肝臓における発現に相当しうる。NAFLDはインスリン抵抗性と関連しており、成人及び子供の肝疾患を引き起こし、最終的には肝硬変をもたらしうる(Skellyら、J Hepatol.、35: 195-9、2001; Chitturiら、Hepatology、35(2):373-9、2002)。NAFLDの重症度は、比較的良性で孤立性の主に大滴性脂肪変性(すなわち、非アルコール性脂肪肝又はNAFL)から非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)に及ぶ(Anguloら、J Gastroenterol Hepatol、17 Suppl:S186-90、2002)。NASHは、脂肪変性の組織学的存在、細胞学的バルーン化(cytological ballooning)、散在性の炎症及び細胞周囲性線維化を特徴とする(Contosら、Adv Anat Pathol.、9:37-51、2002)。NASHから生じた肝線維症は肝硬変又は肝不全に進行することがあり、一部の例では肝細胞癌に至ることもある。
【0014】
インスリン抵抗性(及び高インスリン血症)の程度は、NAFLDの重症度と相関関係にあり、単純性脂肪肝よりもNASHの患者でより顕著である(Sanyalら、Gastroenterology、120(5):1183-92、2001)。結果として、インスリン媒介性の脂肪分解抑制が発生し、循環脂肪酸レベルが増加する。NASHに関連する2つの因子は、インスリン抵抗性、及び肝臓への遊離脂肪酸の送達増加を含む。インスリンはミトコンドリアでの脂肪酸酸化を遮断する。肝臓の再エステル化及び酸化のための遊離脂肪酸の生成が増加すると、肝内脂肪の蓄積が生じ、二次的な傷害に対する肝臓の脆弱性が増大する。
【0015】
診断を確認するために肝臓の組織学的分析が必要であることから、子供のNAFLD有病率は分かっていない(Schwimmerら、Pediatrics、118(4):1388-93、2006)。しかし、肝臓の超音波検査及び血清トランスアミナーゼレベルの上昇を使用した小児肥満データ、並びにNAFLDの子供のうち85%が肥満であるという知見から、有病率の推定値が推測可能である。米国全国健康栄養調査のデータから、過去35年間で小児期及び青年期肥満の有病率が3倍に上昇したことが明らかとなっており、2000年のデータより、6〜19歳の子供の14〜16%がBMI95%超の肥満であること(Fishbeinら、J Pediatr. Gastroenterol. Nutr.、36(1):54-61、2003)、及びNAFLDの子供のうち85%が肥満であることも示唆されている。
【0016】
NAFLDであることが組織学的に証明された患者では、肝臓の血清アミノトランスフェラーゼ、特にアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)のレベルが、正常上限からこのレベルの10倍に上昇する(Schwimmerら、J Pediatr.、143(4):500-5、2003; Rashidら、J Pediatr Gastroenterol Nutr.、30(1):48-53、2000)。ALT/AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)の比が1超(範囲1.5〜1.7)となり、これは、比が概して1未満であるアルコール性脂肪性肝炎と異なる。NASHで異常に上昇しうるその他の異常血清試験は、ガンマ-グルタミルトランスフェラーゼ(ガンマ-GT)、並びに血漿インスリン、コレステロール及びトリグリセリドの空腹時レベルを含む。
【0017】
NAFLDがNASHに発展する正確な機構は不明のままである。インスリン抵抗性はNAFLD及びNASHの両方と関連するため、NASHが生じるにはその他のさらなる因子も必要であることが想定される。これは「ツーヒット」仮説と称され(Day CP. Best Pract. Res. Clin. Gastroenterol.、16(5):663-78、2002)、まず肝臓内での脂肪の蓄積、次に、酸化ストレスの増大を伴う多量のフリーラジカルの存在を要する。大滴性脂肪変性は肝臓にトリグリセリドが蓄積していることを表し、これは肝臓への遊離脂肪酸の送達及び利用の間の不均衡によるものである。カロリー摂取が増加している期間中、トリグリセリドが蓄積し貯蔵エネルギー源として作用する。食物由来のカロリーが不十分になると、貯蔵されていたトリグリセリド(脂肪として)が脂肪分解を受け、脂肪酸が循環中に放出されて肝臓に取り込まれる。脂肪酸の酸化により利用のためのエネルギーが生じる。
【0018】
エイコサノイド生合成経路は、複雑かつ絡み合った脂質シグナル伝達ネットワークに組織化される、100種超の生理活性脂質及び関連酵素を含む。多価不飽和脂肪酸(PUFA)由来の脂質メディエーターの生合成は、生理的刺激を受けて、ホスホリパーゼA
2(PLA
2)によるリン脂質の加水分解によって開始される。次いで、アラキドン酸(AA)、ジホモ-ガンマ-リノレン酸(DGLA)、エイコサペンタエン酸(EPA)、及びドコサヘキサエン酸(DHA)を含むこれらのPUFAが、3種の酵素系:酸化脂質のクラスのうち3つの別個の系統を生じる、リポキシゲナーゼ(LOX)、シクロオキシゲナーゼ(COX)及びシトクロムP450によりプロセシングされる。これらの酵素は全て、遊離アラキドン酸及び関連するPUFAをそれらの特定の代謝物に変換することができ、炎症及びシグナル伝達を制御するのに様々な効力、半減期及び有用性を示す。さらに、非酵素的プロセスにより、必須脂肪酸リノール酸(LA)及びアルファ-リノレン酸(ALA)由来の代謝物を含む酸化PUFA代謝物が生じうる。
【0019】
エイコサノイドは、メタボリックシンドロームにおける、また非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)で肝臓の脂肪変性が脂肪性肝炎へ進行する際の重要な制御分子であり、抗炎症剤又は炎症誘発剤のいずれかとして作用する。脂肪性肝炎における脂質過酸化の、原因となる役割について説得力ある証拠ははっきりとは確立されていない。しかし、十年間の研究により、これらのプロセスが発生すること、並びに酸化ストレスが肝毒性及び肝損傷に関連することが強力に示唆されている。上記で論じられるように、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)は、肝臓における脂肪の過剰蓄積と関連する、非アルコール性脂肪肝(NAFL)から非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)に及ぶ広範な組織学的症例を包含する。NASHは、細胞学的バルーン化、炎症、並びにより高度の瘢痕及び線維化といった証拠によりNAFLと区別される。したがって、NASHは深刻な状態であり、罹患した患者のうち約10〜25%が最終的に進行性肝疾患、肝硬変、及び肝細胞癌を発症する。
【0020】
したがって、NASHをNAFLと区別することが重要である。現時点では、NASHの診断におけるゴールドスタンダードの技法は肝生検であり、肝臓における壊死性炎症性変化の存在及び程度、バルーン化の存在、並びに線維化を評価するための唯一の信頼できる方法として認められている。しかし、肝生検は侵襲性の手段であり、深刻な合併症及び制限の可能性がある。したがって、試料採取リスクを回避するため、信頼できる非侵襲性の方法が必要である。生検でNAFL及びNASHであると実証された、十分に特徴付けられた患者の研究に基づき、遊離エイコサノイドの血漿レベルの差によってNAFLをNASHと区別することができることが提案される。
【0021】
脂質代謝の変化は、脂質生成の増加、ペルオキシソーム及びミトコンドリアでのβ-酸化異常、並びに/又は脂肪酸及び/又はエイコサノイドの変化をもたらす肝臓が脂質を排出する能力の低下、肝臓の脂肪変性を引き起こす可能性がある。一部の研究は、NASH及び関連するメタボリックシンドロームの発症における、トリアシルグリセロール、膜脂肪酸の組成、及び超低密度リポタンパク質(VLDL)産生の役割を強調している。
【0022】
エイコサノイド代謝における重要な酵素であるシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)はNASHで豊富に発現され、ラットにおいて肝細胞のアポトーシスを促進する。その他の研究者らは、9-ヒドロキシオクタジエン酸(9-HODE)、13-HODE、9-オキソオクタジエン酸(9-oxoODE)、及び13-oxoODEを含むLAの酸化脂質産物、並びにアラキドン酸、5-ヒドロキシエイコサ-テトラエン酸(5-HETE)、8-HETE、11-HETE、及び15-HETEの酸化脂質産物が、非アルコール性脂肪性肝疾患の組織学的重症度に関連していることを報告している。
【0023】
遊離脂肪酸は細胞毒性である。したがって、哺乳動物系においては、全ての脂肪酸の大部分がリン脂質及びグリセロ脂質並びにその他の複合脂質にエステル化されている。同様に、脂肪酸の酸素化された代謝物も、遊離形態で、又は複合脂質にエステル化されて存在しうる。分析のため全てのエステル化エイコサノイドを捕捉するために、けん化ステップを使用してこれらを放出させる。しかし、これらの条件下でのエイコサノイドの安定性は詳細に研究されておらず、このプロセスが分解及び不十分な定量につながることが疑われる。標準物質173種のライブラリーを使用して、アルカリ加水分解条件に曝露した後の各代謝物の安定性及び回収を評価する実験を実施した。
【0024】
本開示は、NAFLをNASHと区別するのに有用な方法、キット及び組成物を提供する。このような方法は、疾患の早期発症及び治療に役立つ。さらに、この方法により、現在診断に使用されている肝生検に伴う生検のリスクが減少する。この方法及び組成物は、診断における修飾エイコサノイド及びPUFAを含む。したがって、バイオマーカーを化学修飾により天然の状態から操作することにより、測定及び定量される派生バイオマーカーがもたらされる。特定のバイオマーカーの量が、正常標準試料レベル(すなわち、肝疾患を全く有しない試料)と比較されうるか、罹患した集団(例えば、NASH又はNAFLと臨床診断された集団)から得られたレベルと比較されうる。
【0025】
遊離エイコサノイド及びPUFA代謝物のレベルはAUROC(受信者動作特性曲線下面積)として表すことができる。AUROCは、安定同位体希釈により遊離エイコサノイド及びPUFA代謝物のレベルを測定することによって決定される。簡潔に言えば、各試料、及び標準曲線を作成するために使用される一次標準全てに、同一量の重水素化内部標準が添加される。内因性の代謝物と、対応する重水素化内部標準の比を決定することにより、エイコサノイド及びPUFA代謝物のレベルが算出される。比は線形回帰により絶対量に変換される。個々のエイコサノイド代謝物は、カイ二乗検定、t検定及びAUROCを含む統計分析を使用して、診断検査の性能及びNAFLとNASHを区別する能力について評価される。
【0026】
本開示の方法は、患者の試料中の、1種以上の遊離エイコサノイド及び/又は多価不飽和脂肪酸(PUFA)代謝物のレベルを決定するステップを含む。本明細書で使用される場合、「試料」という語は、患者由来の任意の生物試料を指す。例には、唾液、毛髪、皮膚、組織、痰、血液、血漿、血清、硝子体、脳脊髄液、尿、精子及び細胞が含まれるが、これらに限定されない。一実施形態において、試料は血漿試料である。
【0027】
実施例でさらに詳しく述べられるように、脂質が試料から抽出される。抽出された脂質中のエイコサノイド及び/又はPUFA代謝物のアイデンティティ及びその量がまず決定され、次いで適切な対照と比較される。これに限定されないが、分光光度分析(例えば、Chengら、Lipids、46(1):95-103(2011)のスルホホスホバニリン(SPV)比色評価法)を含む高速処理などの任意の適切な脂質アッセイ技法により決定を行うことができる。これらに限定されないが、ELISA、NMR、UV-Vis又はガス液体クロマトグラフィー、HPLC、UPLC及び/又はMS又はRIA法、酵素ベースの発色法を含む脂質含量の検出及び定量に適したその他の分析方法が当業者に公知である。脂質抽出も、Bligh及びDyer、Can. J. Biochem. Physiol.、37、91 1 (1959)に記載の液体試料用の従来の方法を含む、当技術分野で公知の各種方法により実施可能である。
【0028】
NAFLをNASHと識別するため、得られた値は正常対照、NAFLの対象及び/又はNASHの対象と比較される。本開示は、8-HETrE及び15-HETrEが、NAFL対象と比較してNASH対象で増加することを実証する。さらに、これらの値は、オメガ-3脂肪酸DHA(p 0.001未満)及び/又はその代謝物である17-HDoHEの測定値と組み合わせて使用可能である。したがって、本開示では、本開示の方法に、8-HETrE、15-HETrE、オメガ-3脂肪酸DHA及び17-HDoHEからなる群から選択されるマーカーのいずれか1つ又は組合せを使用することができる。これらのマーカーは、NAFL又はNASHを決定する際に、本明細書で記載される既存の診断法と組み合わせて使用することができる。8-HETrE、15-HETrE、オメガ-3脂肪酸DHA、17-HDoHE及びこれらの任意の組合せからなる群から選択されるマーカーの、対照及び/又はNAFL対象と比較しての増加がNASHを示す。
【0029】
したがって、8-HETrE、15-HETrE、オメガ-3脂肪酸DHA及び17-HDoHEからなる群から選択されるマーカーの増加が、肝疾患の進行リスクの増大及び/又はNASHの望ましい区別を示し、それに応じて治療が適用されうる。
【0030】
遊離エイコサノイド及びPUFA代謝物のレベルはAUROC(受信者動作特性曲線下面積)として表すことができる。AUROCは、安定同位体希釈により遊離エイコサノイド及びPUFA代謝物のレベルを測定することによって決定される。簡潔に言えば、各試料、及び標準曲線を作成するために使用される一次標準全てに、同一量の重水素化内部標準が添加される。内因性の代謝物と、対応する重水素化内部標準の比を決定することにより、エイコサノイド及びPUFA代謝物のレベルが算出される。比は線形回帰により絶対量に変換される。個々のエイコサノイド代謝物は、カイ二乗検定、t検定及びAUROCを含む統計分析を使用して、診断検査の成果及びNAFLとNASHを区別する能力について評価される。
【0031】
AUROC値の、少なくとも約0.8、少なくとも約0.9、少なくとも約0.95、少なくとも約0.96、少なくとも約0.97、少なくとも約0.98、少なくとも約0.99又は1.0の増加が、NASHを決定するのに十分な差を示す。
【0032】
本開示の方法は、得られるエイコサノイド及びPUFAの量を最適化するプロセスを利用する。したがって、本開示は、アルカリ処理中の脂質代謝物を保護し、その分解を最小限にする方法及び組成物、並びに、疾患のバイオマーカーとして機能しうる、エステル化脂質から放出される特定のエイコサノイド及び関連酸化PUFAを特定するための方法及び組成物を提供する。
【0033】
本発明は、例えば以下の実施形態を包含する:
[実施形態1]対象における非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)を非アルコール性脂肪肝(NAFL)と区別する方法であって、
(a)対象から生物試料を得るステップ、
(b)試料をアルカリ溶液で処理してエステル化エイコサノイドを放出させ、エイコサノイドを回収するステップ、及び、
(c)対象から得られた生物試料中の少なくとも1種のエステル化エイコサノイドのレベルをNAFL対象から得られた対照試料と比較するステップを含み、対象から得られた試料中の少なくとも1種のエイコサノイドの、対照と比較したレベルの差がNASHを示す、上記方法。
[実施形態2](b)で得られるエイコサノイドが、60%超で回収されたエイコサノイドである、実施形態1に記載の方法。
[実施形態3]エイコサノイドが、8-HETrE及び15-HETrEからなる群から選択される、実施形態1又は2に記載の方法。
[実施形態4]生物試料が、血液、血漿及び血清からなる群から選択される、実施形態1に記載の方法。
[実施形態5]アルカリ処理の前にブチル化ヒドロキシトルエン(BHT)を添加するステップをさらに含む、実施形態1に記載の方法。
[実施形態6]アルカリ溶液が水性水酸化カリウム(KOH)である、実施形態1に記載の方法。
[実施形態7]約0.6〜0.7M KOHが使用される、実施形態6に記載の方法。
[実施形態8]約2.5mMのBHTが使用される、実施形態5に記載の方法。
[実施形態9]対象から得られた試料中の少なくとも1種のエイコサノイドの、対照と比較したレベルの増加がNASHを示す、実施形態3に記載の方法。
[実施形態10]試料中のオメガ-3脂肪酸DHA及び/又は17-HDoHEのレベルを測定するステップをさらに含み、対照と比較した増加がNASHを示す、実施形態1に記載の方法。
[実施形態11]エイコサノイドが液体クロマトグラフィーにより測定される、実施形態1に記載の方法。
[実施形態12]脂肪酸がガスクロマトグラフィー質量分析法により測定される、実施形態10に記載の方法。
[実施形態13]対象における非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)を非アルコール性脂肪肝(NAFL)と区別する方法であって、
(a)対象から生物試料を得るステップ、
(b)試料をアルカリ溶液で処理するステップ、
(c)処理された試料からエイコサノイド及び脂肪酸を回収するステップ、並びに、
(d)対象から得られた生物試料中の少なくとも1種のバイオマーカーレベルを、NAFLであることが分かっている対照試料と比較するステップを含み、対象から得られた試料中の少なくとも1種のバイオマーカーの、対照と比較したレベルの増加がNASHを示し、さらに、バイオマーカーが8-HETrE、15-HETrE、DHA、17-HDoHE及びこれらの任意の組合せからなる群から選択される、上記方法。
[実施形態14]エイコサノイドが、60%超で回収される、実施形態13に記載の方法。
[実施形態15]少なくとも1種のバイオマーカーが、8-HETrE又は15-HETrEを含む、実施形態13に記載の方法。
[実施形態16]生物試料が、血液、血漿及び血清からなる群から選択される、実施形態13に記載の方法。
[実施形態17]アルカリ処理の前にブチル化ヒドロキシトルエン(BHT)を添加するステップをさらに含む、実施形態31に記載の方法。
[実施形態18]アルカリ溶液が、水性水酸化カリウム(KOH)である、実施形態13に記載の方法。
[実施形態19]約0.6〜0.7M KOHが使用される、実施形態18に記載の方法。
[実施形態20]約2.5mM BHTが使用される、実施形態17に記載の方法。
[実施形態21]試料中のオメガ-3脂肪酸DHA及び/又は17-HDoHEのレベルを測定するステップをさらに含み、対照と比較した増加がNASHを示す、実施形態15に記載の方法。
[実施形態22]エイコサノイドが液体クロマトグラフィーにより測定される、実施形態13に記載の方法。
[実施形態23]試料中の脂肪酸が、ガスクロマトグラフィー質量分析法により測定される、実施形態13に記載の方法。
[実施形態24]5-HETE、8-HETE、11-HETE、15-HETE、13-HODE、9-oxoODE及びこれらの任意の組合せからなる群から選択される炎症誘発性エイコサノイドのレベルを測定するステップをさらに含み、NAFL対照より低い上記のいずれかのレベルがNASHを示す、実施形態13に記載の方法。
本開示をその特定の実施形態と共に記載してきたが、上記の記載及び以下の実施例は、本開示の範囲を例示するが制限しないことを意図されることを理解されたい。本開示の範囲内のその他の態様、利点及び改変は、本開示の分野の技術者にとって明らかであると予想される。
【実施例】
【0034】
試薬。試薬は全てHPLCグレードであり、Fisher Scientificより購入した。
【0035】
脂質の加水分解及び抽出。総エイコサノイドを抽出するため、血漿50μlに、重水素化内部標準25種カクテルのメタノール溶液100μl(Cayman Chemicals、Ann Arbor、MIより個別に購入)を添加し、37℃で1時間アルカリ処理(0.66M KOH)に供してエステル化脂肪酸を加水分解させた。脂質の自動酸化を防止するため、KOH処理の前に、2.5mMブチル化ヒドロキシトルエン(BHT)を混合物に添加した。この最適な抗酸化剤濃度は、0〜10mMの範囲の様々な濃度のBHTを用い、1mM未満では効果がないが、5mMでは結晶化が起こることを実証した予備試験に基づいて選択した。対照では、KOHの代わりに蒸留水を添加した(
図1)。
【0036】
内部標準及びKOHを含む血漿試料を、37℃のアルゴン雰囲気下で1時間、試験管中でインキュベートして遊離脂肪酸を放出させた。KOH有りで又は無しで処理された精製標準物質により脂質分解を決定し、結果を回収パーセントとして表した。加水分解終了時に、0.1Mグリシン-HCl緩衝液(pH3.0)200μlを添加し、4M HClをゆっくりと添加して最終pHをpH=3に調節した。固相抽出によるエイコサノイド単離中の、塩による干渉を最小限にするため、各試料をH
2Oで最終体積3mlに希釈した。
【0037】
100%メタノール3.5ml、その後の水3.5mlでの連続洗浄による活性化手段を使用する、Strata-Xポリマー逆相カラム(Phenomenex、Torrance、CA)での固相抽出により、脂質代謝物を単離した。試料をローディングし、次いでエイコサノイドを100%メタノール1mlで溶出させた。溶出剤を真空下で乾燥させ、60/40/0.02(v/v/v)水/アセトニトリル/酢酸からなる緩衝液A 100μlに溶解させ、速やかに分析に使用した。
【0038】
標準曲線及び内部標準。予備試験は、けん化のプロセスで特定のエイコサノイド代謝物が有意に分解されることを示した。したがって、重水素化内部標準25種のカクテルを同じアルカリ条件に供し、その後酸性化及び単離した。重水素化エイコサノイド25種からなる混合物として添加される内部標準をそれぞれ1ng含む、0.005〜5.0ngの範囲の一次標準148種について13点標準曲線を作成した。この技法は、エイコサノイド及び関連代謝物用にMRM対173種(代謝物148種+重水素化内部標準25種)を含み、これらは単回の5分間のLC/MS/MS分析で計測される(Dumlaoら、Biochim、Biophys. Acta、1811:724-736、2011; Quehenbergerら、BBA - Mol. Cell Biol. Lipids、1811:648-656、2011)。
【0039】
エイコサノイドの分離及び定量。RP18カラム(2.1×100mm、1.7μm、Waters)を備えたAcquity超高速液体クロマトグラフィー(UPLC)システム(Waters、Milford、MA、USA)で分離を実施した。移動相条件及び質量分析計パラメータは、Wangら(J. Chromatogr.、1359:60-69、2014)に記載されている。ネガティブエレクトロスプレー及びスケジュール化された多重反応モニタリング(MRM)モードを使用する、AB/Sciex6500QTRAPハイブリッド三連四重極型質量分析計でデータを収集した。
【0040】
KOH処理前後の、全ての内部標準を含む173種の精製標準物質のセットを使用して、ピーク面積を比較することにより回収率を決定した。決定は全て3連で実施し、平均値を報告した。定量の精度は、変動係数(CV)により決定し、3回の反復の平均値から算出し、相対標準偏差(%RSD)で表した。
【0041】
総脂肪酸の決定。血漿試料に重水素化内部標準を添加し、次いで誘導体化して、個々の遊離脂肪酸をQuehenbergerら(上記参照)の方法によるガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)で定量した。GC-MSから総脂肪酸値を得たところ、アルカリ加水分解中の分解は観察されなかった。
【0042】
血漿調製。患者及び健康なボランティアから血漿試料を収集した。ベースラインの人口統計学、臨床的、生化学的及び組織学的特性を含む研究集団の患者についての詳細な説明が、Loombaらにより提供されており(J. Lipid Res.、56:185-192、2014)、これを表1に要約する。NAFLDの患者を診断し、肝生検により確認した。その他の原因による肝疾患の患者は除外した。患者は全員、標準的な病歴検査及び身体検査、生化学的試験、及び磁気共鳴画像法で推定されるプロトン密度脂肪画分(MRI-PDFF)を受けた。肝臓組織学に基づいて、NAFLDの対象を2つの群、NAFLの対象及びNASHの対象に分けた。収集した血漿試料を-80℃で保存した。各エイコサノイドの総量を、速やかに解凍した試料より決定した。
【0043】
【表1】
【0044】
アルカリ処理による酸化PUFAの破壊。強アルカリ条件に曝露した後のエイコサノイドの安定性を、一連の重水素化内部標準を使用して分析した(表2)。強塩基は、分子の破壊に加えて、水素による重水素の交換を触媒することも想定される。マススペクトルデータは全て内部標準に正規化される必要があるため、これら2つの独立したイベントを区別することが重要である。遊離エイコサノイドの分析に使用された、以前に確立されたMRMの遷移を使用した(Wangら上記参照)。エステルのアルカリ加水分解に使用される条件にさらされた特定の重水素化内部標準の回収率を表1に要約する。アルカリ加水分解溶液での前処理により、重水素化プロスタグランジン及びその誘導体、並びにロイコトリエン全てが完全に破壊された。その他の重水素化内部標準も様々な程度に分解された。アラキドン酸及びそのヒドロキシル化代謝物20-HETEだけが完全な回収を示し(表2)、これらは、これもUPLC/MSによって測定された対応する非重水素化一次標準と比較して、同様の回収率を示した。結果は、アルカリ条件では水素下で重水素が交換されないことを示した。
【0045】
【表2】
【0046】
一部の内部標準で回収率が不十分であったのは、重水素標識が失われたためか、分子構造が破壊されたためかを決定するため、我々は安定性試験を拡大し、通常、塩基誘導性の分解に対する抵抗性について特性を調べるのに使用する、一次エイコサノイド標準148種全てを試験した。
図2及び表3に示されるように、マススペクトル強度の変化により例示される通り、エイコサノイドの多くが塩基誘導性の分解を受けやすい。具体的には、プロスタグランジン及びロイコトリエンが全て完全に破壊された。同様に、エポキシ又はケト基を含む複数のエイコサノイドが様々な程度に分解された。興味深いことに、16-HETE、17-HETE、18-HETE、19-HETE、20-HETEを含む一部の代謝物のシグナル強度が、強アルカリに曝露する前の元のピークと比較して、けん化条件に曝露した後増加した(
図2)。これは、塩基誘導性の代謝物変換及び自動酸化の結果でありうる。
【0047】
分析の精度(RSD、%)は、けん化有り又は無しでの、標準物質173種(代謝物148種及び重水素化内部標準25種)全てについての3つの独立した分析試行で決定され、アッセイが高度な再現性を有していたことを実証した。概して、RSDは大部分の代謝物で10%未満であった(表3)。
【0048】
ヒト血漿を含む生物試料中のエステル化エイコサノイドの分析に適用するため、塩基誘導性の分解に対し抵抗性であったか、軽度だが再生可能な破壊を受けたのみであったエイコサノイドのパネルを集計した。実際には、カットオフポイント60%及びRSD10%未満を使用して、これらの基準を満たしたエイコサノイドのリストをまとめた(表2)。
【0049】
NAFL対NASHの血漿中の酸化PUFA。次いで、このプロトコールをヒト血漿の分析に適用した。以前の研究は脂質抽出に注目していた。それらの研究では、分析前に脂肪酸を遊離させるためアルカリ加水分解が使用されたが、エイコサノイドの安定性に対する強塩基の効果を試験したとは報告されなかった。表3で概説される制限を考慮し、表2に要約される安定な代謝物の特定にアルゴリズムを使用して、対照、NAFL及びNASH患者の血漿中に存在していた複数のエイコサノイドを特定及び定量し、
図3〜
図7に示す。NAFLとNASH群の間の差をスチューデントのt検定で評価した。NAFL/NASHについてp 0.05未満の統計的に有意な差が観察され、これを
図5及び7に示した。
【0050】
AA由来の代謝物を
図3に示し、これらはNAFL及びNASHにおいてわずかなレベルの増加を示すが、これらの増加は本研究において有意性に到達しなかった。同様に、全てリノール酸(LA)由来の代謝物である9,10-EpOME、9,10-DIHOME、13-HODE、及び9-oxoODEが、NAFL及びNASHで、対照と比較して段階的な増加を示した(
図4)。臨床的に、NAFLをNASHと区別できることが重要であり、13-HODE及び9-oxoODEを含むこれらの代謝物の一部が、NAFL由来の血漿中に、NASHと比較してより高レベルで存在していた。さらに、8-HETrE及び15-HETrEを含むDGLA由来の数種の代謝物も、NASHでは有意に増加したが、対照とNAFLの間では差が見られなかった(
図5)。興味深いことに、オメガ-3脂肪酸DHA及びその抗炎症性代謝物17-HDoHEの血漿レベルが、ともにNASHで有意に増加した(
図7)。
【0051】
予備的UPLC/MS/MS法の開発中、様々な濃度のKOH(0.33〜1.31M)及びBHT(0〜10mM)の試料抽出物溶液を比較した。ピーク形状の質及び代謝物の分離度に基づき、約0.66M KOH(例えば、約0.62〜0.70M KOH)及び約2.5mM BHT(例えば、約2.0〜3.0mM BHT)の脂質抽出溶液で最適な結果が生じたことが確認された。塩基がより高濃度であると過剰なエイコサノイド分解がもたらされ、より低濃度であるとエステル化された酸化複合脂質の不十分な加水分解がもたらされる。一実施形態において、KOHの量は0.66Mである。BHT濃度が過剰であると結晶化が生じる。別の実施形態において、BHTの量は2.5mMである。このプロセス中及びSPEカラム前に、SPE抽出中の過剰な塩濃度を回避するため抽出物をH
2Oで希釈した。
【0052】
概して、内部標準はアルカリ加水分解条件下である程度分解された。特に、極性エイコサノイド(LTB4、LTC4、LTE4、PGE2、PGD2、PGJ2、6k PGF1a、dhk PGF2a、15d PGJ2)は特に分解されやすいことが判明した。脂肪酸とは異なり、最も天然に存在するプロスタグランジンは、その時々の環境に応じて加水分解、脱水、又は異性体化する多数の潜在能力を有している。プロスタグランジンは、複数のヒドロキシル基、ケト基及び強固な五員環のプロスタンを含む。生じたβ-ヒドロキシケトン系は不安定であり、酸性又は塩基性条件下で容易に脱水を受けて、シクロペンテノン環を含む、プロスタグランジンA2などのA型プロスタグランジンとなる。塩基性条件下で、A型プロスタグランジンはさらに、プロスタグランジンBなどのB型プロスタグランジンに異性体化しうる。強アルカリ溶液中では、PGB2の形成が非常に急速である(0.5M KOH 9:1 メタノール-水溶液で数秒以内)。5,6-二重結合を持たないPGEは、0.1M塩基処理により本質的に不活性なPGBに急速に変換されうるが、PGBの形成は本研究では観察されなかった。
【0053】
重水素化内部標準については、アルカリ加水分解後の回収率が著しく変動し、一部の代謝物は大部分が分解され、その他の代謝物は十分に回収された(表1)。概して、非重水素化一次標準の回収率は重水素化内部標準の回収率と一致した(表2及び表3)。これらの結果は、アルカリ条件に曝露した後の重水素化標準の回収率の減少が、水素との交換反応により重水素が失われることで引き起こされるのではなく、主に分子構造の転位又は分解の結果であることを示している。この仮説と一致して、本研究は、アルカリ条件により数種の代謝物のレベルが実際に増加したことを示している。例えば、16-HETE、17-HETE、18-HETE、19-HETE及び20-HETEを含むAAのヒドロキシル化代謝物が増加した(表3)。これらの代謝物は、自動酸化の結果として、CYP経路を介して酵素的に又は非酵素的に生成されうる。本開示は、試料中のエステル化された酸化脂肪酸を加水分解するために適用されたけん化プロセスにより、重水素化及び非重水素化エイコサノイドのある程度の分解又は異性体化が誘導されうることを実証している。対照的に、エイコサノイド及び関連酸化PUFAの脂肪酸前駆体はアルカリ条件下でよりはるかに安定である。
【0054】
【表3】
【0055】
NAFLD試料からの主要な知見は、NASHをNAFLと区別するための、有力かつ新規で全身性の非侵襲性マーカーとしての、特定の脂肪酸の酸化産物を特定することに関する。NAFLDの患者及び健康な個体の血漿中の、酵素的経路及びフリーラジカル経路由来のLA、AA、DGLA、EPA及びDHA誘導体濃度を評価した。大部分の文献が、疾患の進行及びNAFLDに関与する、中核となる異常としての酸化ストレスを扱っている。しかし、インビボでの酸化損傷をもたらす経路についてはあまり理解されていない。
【0056】
NAFL及びNASH対象では、対照と比較してPUFA産物の多くがよりはるかに上昇する(
図3〜
図7)。細胞リポキシゲナーゼにより触媒される反応でLAの変換から生じるHODE、及びAAの変換から生じるHETEなどの脂質過酸化産物が、トリグリセリドの増加に伴って、過酸化中に肝臓において増加した。5-HETE、8-HETE、11-HETE、15-HETE、13-HODE、及び9-oxoODEを含む炎症誘発性エイコサノイドの血漿濃度が、NAFL患者では、NASH患者及び対照対象と比較してよりはるかに上昇する(
図3、
図4)。NASHでは減少することから、エイコサノイドの一部がその他のものに分解されることが示された。Feldsteinらは、脂肪肝から脂肪性肝炎でのHODE及びoxoODEの増加を特徴付けた(J. Lipid Res.、51:3046-3054、2010)。回収率60%超と規定されるアルゴリズムを使用すると、これらの代謝物は回収率の基準を満たさず(表4及び表3)、そのため、さらなる分析から除外された。最適化されたけん化手段を使用し、かつ代謝物の選択/除外アルゴリズムを適用する手法により、NAFLと比較してNASHで有意に上昇した(p 0.001未満)代謝物、特に8-HETrE及び15-HETrEの特定につながった。同じ患者及び対照プール由来の血漿を使用すると、疾患のNASHステージでは、NAFL及び対照と比較して遊離及び総15-HETrEの両方が有意に増強された。
図5から分かるように、8-HETrEが同じ傾向に沿った。
【0057】
興味深いことに、オメガ-3脂肪酸DHA(p 0.001未満)及びその代謝物17-HDoHE(p 0.0001未満)が、NASHにおいて、NAFL及び対照と比較して有意に増加した(
図7)。後者の代謝物は、抗炎症特性を有する脂質メディエーター群であるプロテクチンの前駆体であるため特に興味深い。
【0058】
【表4】
【0059】
実例となる上記実施例に示す、本発明における数多くの改変及び変更を、当業者が思いつくことが予期される。その結果、添付の特許請求の範囲に現れるこのような制限のみが、本発明に課されるべきである。