特許第6783263号(P6783263)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6783263
(24)【登録日】2020年10月23日
(45)【発行日】2020年11月11日
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/00 20060101AFI20201102BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20201102BHJP
   G01N 27/62 20060101ALI20201102BHJP
【FI】
   H01J49/00 400
   H01J49/00 500
   H01J49/42 150
   H01J49/42
   G01N27/62 Y
   G01N27/62 E
   G01N27/62 D
【請求項の数】7
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2018-51557(P2018-51557)
(22)【出願日】2018年3月19日
(65)【公開番号】特開2019-164919(P2019-164919A)
(43)【公開日】2019年9月26日
【審査請求日】2019年11月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】江 潤卿
【審査官】 藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−103009(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2014/0138539(US,A1)
【文献】 特開2012−138270(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0160998(US,A1)
【文献】 国際公開第2015/029101(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2016/0209378(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2016/0035549(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00−49/48
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プリカーサーイオン群の中から第1目的イオンを選択する第1質量分析器、前記第1目的イオンからプロダクトイオン群を生成すると共に前記プロダクトイオン群を蓄積及び排出するコリジョンセル、前記プロダクトイオン群の中から第2目的イオンを選択する第2質量分析器、並びに、前記第2目的イオンを検出する検出器、を有する測定部と、
前記測定部の動作を制御する動作制御部と、
を含み、更に、
前記第1目的イオンと前記第2目的イオンの組み合わせであるトランジションごとにトランジション観測時間を指定するための入力器と、
前記トランジションごとに、前記トランジション観測時間の枠内において前記コリジョンセルの蓄積排出動作が最も多く繰り返されるように、前記コリジョンセルの蓄積時間及び排出時間の和である蓄積排出時間の整数倍の時間として、実トランジション観測時間を演算する演算部と、
を含み、
前記動作制御部は、前記コリジョンセルの蓄積時間及び排出時間、並びに、前記トランジションごとの実トランジション観測時間に基づいて、前記測定部の動作を制御する、
ことを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1記載の装置において、
前記演算部は、
前記トランジション観測時間を前記蓄積排出時間で割って商を演算し、
前記商における小数点以下を切り捨てることにより前記蓄積排出動作の繰り返し回数を演算し、
前記蓄積排出時間に対して前記繰り返し回数を乗算することにより前記実トランジション観測時間を演算する、
ことを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1記載の装置において、
複数のモードに対応する複数の蓄積時間及び複数の排出時間が管理され、
前記入力器を用いて前記複数のモードの中から特定のモードが選択され、
前記演算部は、前記特定のモードに対応する蓄積時間及び排出時間に基づいて、前記実トランジション観測時間を演算する、
ことを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項1記載の装置において、
前記トランジションごとの実トランジション観測時間を表示し、又は、複数のトランジションに対応する複数の実トランジション観測時間の和である実サイクル時間を表示する表示手段を含む、
ことを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
プリカーサーイオン群の中から第1目的イオンを選択する第1質量分析器、前記第1目的イオンからプロダクトイオン群を生成すると共に前記プロダクトイオン群を蓄積及び排出するコリジョンセル、前記プロダクトイオン群の中から第2目的イオンを選択する第2質量分析器、並びに、前記第2目的イオンを検出する検出器、を有する測定部と、
前記測定部の動作を制御する動作制御部と、
を含み、
前記第1目的イオンと前記第2目的イオンの組み合わせであるトランジションごとにトランジション観測時間が定められ、
前記コリジョンセルの最大蓄積時間及び排出時間の和として最大蓄積排出時間が定められ、
前記測定部の動作を制御するための演算を行う演算部であって、前記トランジションごとに、前記トランジション観測時間及び前記コリジョンセルの最大蓄積排出時間に基づいて、前記トランジション観測時間内における前記コリジョンセルの蓄積排出動作の繰り返し回数、及び、前記コリジョンセルの蓄積排出時間を演算する演算部が設けられた、
ことを特徴とする質量分析装置。
【請求項6】
請求項5記載の装置において、
前記演算部は、
前記トランジション観測時間を前記最大蓄積排出時間で割って商を演算し、
前記商における小数点以下を切り上げることにより、前記繰り返し回数を演算し、
前記トランジション観測時間を前記繰り返し回数で割ることにより、前記蓄積排出時間を演算する、
ことを特徴とする質量分析装置。
【請求項7】
請求項5記載の装置において、
複数のトランジションからなるサイクルが繰り返し実行され、
前記演算部は、前記サイクルを構成する複数のトランジションについて演算された複数の蓄積排出時間から複数の蓄積時間を演算し、それらの中で最も小さい蓄積時間を、当該複数のトランジションについての共通の蓄積時間として設定する、
ことを特徴とする質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、特に、コリジョンセルを有する質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置として様々なものが実用化されている。その中でタンデム型質量分析装置は、一般に、イオン源、第1質量分析器、コリジョンセル(衝突室)、第2質量分析器、及び、検出器により構成される。
【0003】
それらについて具体例を説明する。第1質量分析器は、イオン源で生成されたイオンから、第1目的イオンとして、特定の質量電荷比(m/z)を有するプリカーサーイオンを選択する第1の四重極装置として構成される。コリジョンセルは、プリカーサーイオンを衝突ガス(CIDガス)に衝突させてその解裂(解離)を生じさせ、これによりプリカーサーイオンからプロダクトイオン(フラグメントイオンともいう。)を生成するものであり、それは四重極イオンガイドを有する第2の四重極装置として構成される。第2質量分析器は、コリジョンセルで生成されたプロダクトイオンの中から、第2目的イオンとして、特定の質量電荷比(m/z)を有するプロダクトイオンを選択する第3の四重極装置として構成される。検出器は電子増倍管により構成される。電子増倍管の近傍にコンバージョンダイノードが配置されることもある。
【0004】
試料について質量測定を行う場合、例えば、タンデム型質量分析装置の前段にガスクロマトグラフが接続される。ガスクロマトグラムから順次送り込まれる複数の化合物に対して、タンデム型質量分析装置において、マルチプルリアクションモニタリング(MRM:Multiple Reaction Monitoring)が実行される(それはSRM(Selected Reaction Monitoring)とも呼ばれる)。
【0005】
MRMでは、一般に、化合物ごとにサイクル(循環)測定が実行される。サイクル測定は、サイクル単位を繰り返し実行するものである。ここで、サイクル単位は、時間軸上において並ぶ複数のトランジション(又は複数のトランジション観測時間)により構成される。トランジションは、選択されるプリカーサーイオン、及び、選択されるプロダクトイオンの組み合わせに相当する。化合物ごとのサイクル測定の結果、トランジションごとにサイクル測定期間の間隔で並ぶ複数の検出データが得られる。なお、トランジションはチャンネルとも呼ばれ、トランジション観測時間はチャンネル時間とも呼ばれる。化合物ごとのサイクル測定はグループとも呼ばれる。
【0006】
なお、特許文献1乃至3に開示されたタンデム型質量分析装置においては、高感度化のためにコリジョンセルが蓄積動作及び排出動作を周期的に実行している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−127714号公報
【特許文献2】特開2011−249069号公報
【特許文献3】特開2012−138270号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
蓄積動作及び排出動作を周期的に行う蓄積排出型コリジョンセルを有する質量分析装置を用いてマルチプルリアクションモニタリング(MRM)を行う場合、トランジションごとにトランジション観測時間がユーザーにより直接的又は間接的に指定される。一方、コリジョンセルにおける基本的な時間単位は、蓄積時間と排出時間の和である蓄積排出時間である。従来においては、質量分析装置の動作条件を設定する上で、トランジション観測時間と蓄積排出時間が互いに関連付けられておらず、すなわち、それらの内の一方に対して他方を最適化する仕組みが備わっていなかった。これにより、例えば、試料測定の過程において無駄な空き時間が生じてしまう、あるいは、一定の条件の下で高感度化を図れない、といった問題が生じていた。
【0009】
本発明の目的は、蓄積排出型コリジョンセルを有する質量分析装置を用いてマルチプルリアクションモニタリングを行う場合に、トランジション観測時間及び蓄積排出時間が相互に関連付けられるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)実施形態に係る質量分析装置は、プリカーサーイオン群の中から第1目的イオンを選択する第1質量分析器、前記第1目的イオンからプロダクトイオン群を生成すると共に前記プロダクトイオン群を蓄積及び排出するコリジョンセル、前記プロダクトイオン群の中から第2目的イオンを選択する第2質量分析器、並びに、前記第2目的イオンを検出する検出器、を有する測定部と、前記測定部の動作を制御する動作制御部と、を含み、更に、前記第1目的イオンと前記第2目的イオンの組み合わせであるトランジションごとにトランジション観測時間を指定するための入力器と、前記トランジションごとに、前記トランジション観測時間の枠内において前記コリジョンセルの蓄積排出動作が最も多く繰り返されるように、前記コリジョンセルの蓄積時間及び排出時間の和である蓄積排出時間の整数倍の時間として、実トランジション観測時間を演算する演算部と、を含み、 前記動作制御部は、前記コリジョンセルの蓄積時間及び排出時間、並びに、前記トランジションごとの実トランジション観測時間に基づいて、前記測定部の動作を制御する、ことを特徴とするものである。
【0011】
上記構成は、トランジション観測時間をコリジョンセルの蓄積排出時間に応じて最適化するものである(トランジション観測時間最適化方式)。具体的には、指定されたトランジション観測時間の枠内において、コリジョンセルの蓄積排出時間の整数倍の時間として、実トランジション観測時間を演算するものである。これにより、コリジョンセルにおいて無駄な空き時間が生じることが防止される。しかも、指定されたトランジション観測時間の枠内において、コリジョンセルの蓄積排出動作が最も多く繰り返されるように、実トランジション観測時間が定められるので、ユーザーの指定を尊重しつつ、測定効率を高められる。
【0012】
実施形態において、トランジション観測時間はユーザーにより直接的又は間接的に指定される。コリジョンセルの蓄積時間及び排出時間が1つの試料測定にわたって一定であってもよい。それらの内の一方又は両方がトランジション単位又は化合物測定単位で変更されてもよい。
【0013】
実施形態において、前記演算部は、前記トランジション観測時間を前記蓄積排出時間で割って商を演算し、前記商における小数点以下を切り捨てることにより前記蓄積排出動作の繰り返し回数を演算し、前記蓄積排出時間に対して前記繰り返し回数を乗算することにより前記実トランジション観測時間を演算する。この構成は、除算で生じる余りの切り捨てにより、無駄な空き時間の削減を図るものである。
【0014】
実施形態においては、複数のモードに対応する複数の蓄積時間及び複数の排出時間が管理され、前記入力器を用いて前記複数のモードの中から特定のモードが選択され、前記演算部は、前記特定のモードに対応する蓄積時間及び排出時間に基づいて、前記実トランジション観測時間を演算する。例えば、複数のモードとして、高感度モード及び高速モードが用意され、モードごとに蓄積時間及び排出時間が定められていてもよい。一般に、高感度モードにおいては、高速モードよりも、長い蓄積時間が定められる。両モードとも、排出時間が同じであってもよい。
【0015】
実施形態に係る質量分析装置は、前記トランジションごとの実トランジション観測時間を表示し、又は、複数のトランジションに対応する複数の実トランジション観測時間の和である実サイクル時間を表示する表示手段を含む。この構成によれば、ユーザーが、自動的に設定された実トランジション観測時間又は実サイクル時間を確認することが可能となる。実サイクル時間はトランジションごとのサンプリング周期に相当するものである。
【0016】
(2)実施形態に係る質量分析装置は、プリカーサーイオン群の中から第1目的イオンを選択する第1質量分析器、前記第1目的イオンからプロダクトイオン群を生成すると共に前記プロダクトイオン群を蓄積及び排出するコリジョンセル、前記プロダクトイオン群の中から第2目的イオンを選択する第2質量分析器、並びに、前記第2目的イオンを検出する検出器、を有する測定部と、前記測定部の動作を制御する動作制御部と、を含み、前記第1目的イオンと前記第2目的イオンの組み合わせであるトランジションごとにトランジション観測時間が定められ、前記コリジョンセルの最大蓄積時間及び排出時間の和として最大蓄積排出時間が定められ、前記測定部の動作を制御するための演算を行う演算部であって、前記トランジションごとに、前記トランジション観測時間及び前記コリジョンセルの最大蓄積排出時間に基づいて、前記トランジション観測時間内における前記コリジョンセルの蓄積排出動作の繰り返し回数、及び、前記コリジョンセルの蓄積排出時間を演算する演算部が設けられた、ことを特徴とする。
【0017】
上記構成は、コリジョンセルの蓄積排出時間をトランジション観測時間に応じて最適化するものである(蓄積排出時間最適化方式)。すなわち、トランジション観測時間を均等に割って複数の蓄積排出時間を定め、これによりトランジション観測時間の中に無駄な空き時間が生じることを防止するものである。また、蓄積排出時間(特に蓄積時間)を最大蓄積排出時間(特に最大蓄積時間)に近付けることができるので、感度を高められる。
【0018】
上記構成によれば、トランジションごとにトランジション観測時間が個別的に定められている場合に、トランジションごとに蓄積排出時間を求めることが可能となる。もっとも、化合物測定単位又は他の単位で、蓄積排出時間が求められてもよい。
【0019】
実施形態において、前記演算部は、前記トランジション観測時間を前記最大蓄積排出時間で割って商を演算し、前記商における小数点以下を切り上げることにより、前記繰り返し回数を演算し、前記トランジション観測時間を前記繰り返し回数で割ることにより、前記蓄積排出時間を演算する。これは商+1を繰り返し回数とし、トランジション観測時間を商+1で均等割りするものである。
【0020】
実施形態において、複数のトランジションからなるサイクルが繰り返し実行され、前記演算部は、前記サイクルを構成する複数のトランジションについて演算された複数の蓄積排出時間から複数の蓄積時間を演算し、それらの中で最も小さい蓄積時間を、当該複数のトランジションについての共通の蓄積時間として設定する。トランジションごとに蓄積時間を個別的に設定する場合にはどうしても制御が複雑化してしまうが、それに比べて、上記構成によれば、制御を簡素化できる。
【0021】
上記(1)で説明したトランジション観測時間最適化方式及び上記(2)で説明した蓄積排出時間最適化方式のいずれを採用する場合でも、測定部の動作制御上、トランジション観測時間及び蓄積排出時間の相互の合理的関係を構築できる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、蓄積排出型コリジョンセルを有する質量分析装置を用いてマルチプルリアクションモニタリングを行う場合に、トランジション観測時間及び蓄積排出時間が相互に関連付けられる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】実施形態に係る質量分析システムを示すブロック図である。
図2】複数の化合物測定からなる試料測定を示す図である。
図3】質量分析システムの動作を示すタイミングチャートである。
図4】試料測定条件を示す図である。
図5】トランジション観測時間最適化方式を示すフローチャートである。
図6】高感度モード及び高速モードを示す図である。
図7】実トランジション観測時間の演算を説明するための図である。
図8】実トランジション観測時間を含む化合物測定条件を示す図である。
図9】蓄積排出時間最適化方式の第1例を示すフローチャートである。
図10】蓄積時間の演算を説明するための図である。
図11】蓄積排出時間最適化方式の第2例を示すフローチャートである。
図12】温度管理機能を備える質量分析システムを示すブロック図である。
図13】温度管理テーブルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0025】
図1には、実施形態に係る質量分析装置が示されている。この質量分析装置は、蓄積排出型・タンデム型質量分析装置であり、具体的には、蓄積排出型・三連四重極型質量分析装置である。図1に示される質量分析装置は、マルチプルリアクションモニタリング(MRM)を行えるものである。
【0026】
実施形態においては、無駄な空き時間を生じさせることなく効率的にMRMを実行するための方式として、トランジション観測時間最適化方式(第1方式)及び蓄積排出時間最適化方式(第2方式)が採用されている。まず図1乃至図4を用いて両方式共通の構成及び動作について説明した上で、図5乃至図8を用いて第1方式を説明し、続いて図9乃至図11を用いて第2方式を説明する。
【0027】
(1)共通の構成及び動作
図1において、測定部10は、実施形態において、イオン源14、レンズ15、第1質量分析器16、コリジョンセル20、第2質量分析器30及び検出器34により構成されている。以下、それらについて順番に説明する。
【0028】
符号12で示されているように、例えば、ガスクロマトグラフ等の試料導入装置において時間的に分離された複数の化合物がイオン源14へ順次導入される。イオン源14は、導入された化合物をイオン化する装置である。イオン化法として、電子衝突イオン化、化学イオン化(CI)、マトリックスレーザー脱離イオン化(MALDI)、エレクトロスプレーイオン化(ESI)等が知られている。イオン源14の後段には、アパーチャー電極等を有するレンズ15が設けられている。図1において、符号17はイオン軌道を示している。
【0029】
第1質量分析器16は、質量電荷比の違いを利用して、イオン源で生じた化合物由来の複数のプリカーサーイオン(親イオン)の中から、コリジョンセル20に送り込む第1目的イオンを選択する装置である。実施形態において、第1質量分析器16は、4つのポール(電極)18を有する四重極型質量分析器である。四重極型の装置においては、対向関係にある2つのポールに同位相の高周波信号を印加し且つ隣り合う2つのポールに逆位相の高周波信号を印加する条件が満たされるように、各ポールに対して、同じ振幅で同じ周波数を有する高周波信号が印加される。各ポールには、高周波信号以外に直流信号とオフセット信号が印加される。直流信号の符号は上記条件に従って定められる。オフセット信号は4つの高周波数信号において共通である。例えば、直流信号のレベルの変更により、選択対象となるm/zが変更される。オフセット信号はオフセット電位を定めるものである。第1質量分析器16として、イオン選択機能を有する他のタイプの質量分析器が設けられてもよい。第1質量分析器16の後段には、コリジョンセル20が設けられている。
【0030】
コリジョンセル20は、外部から導入される衝突ガス21に対して、第1目的イオンであるプリカーサーイオンを衝突させることにより、そのプリカーサーイオンにおいて開裂(解離)を生じさせ、これにより複数のフラグメントイオンを生じさせる装置である。衝突ガスとしては、例えば、ヘリウムガス、窒素ガス、アルゴンガス等が利用される。実施形態において、コリジョンセルは、4つのポール(電極)からなるイオンガイド22を有する四重極型の装置である。
【0031】
実施形態に係るコリジョンセル20は蓄積動作と排出動作とを交互に繰り返すものである。蓄積期間においてコリジョンセル20内にイオンが蓄積され、その後の排出期間において蓄積されたイオンがイオンパルスとして後段へ出力される。コリジョンセル20は、入口電極24及び出口電極26を有し、それらの電位の制御により、蓄積動作と排出動作とが切り替えられる。具体的には、出口電極26に対しては、パルス電圧が周期的に印加されている。出口電極26の電位がイオン源14の電位よりも高くなると、出口電極26が閉鎖状態となる。出口電極26の電位がイオンガイド22の軸電位(オフセット電位)よりも低くなると、出口電極26が開放状態となる。
【0032】
入口電極24に対してパルス電圧が周期的に印加されるようにしてもよい。イオン排出期間において入口電極24を閉鎖状態とすれば、イオンがコリジョンセルに入ることを防止できる。イオン蓄積期間において、入口電極24が開放状態とされる。入口電極24の電位がイオン源14の電位よりも高くなると、入口電極24が閉鎖状態となる。入口電極24の電位がイオン源14の電位よりも低くなると、入口電極24が開放状態となる。コリジョンセル20の後段には第2質量分析器30が設けられている。
【0033】
第2質量分析器30は、第1質量分析器16と同様、質量電荷比の違いを利用して、コリジョンセル20で生じた複数のプロダクトイオンの中から、検出対象となる第2目的イオンを選択する装置である。実施形態において、第2質量分析器30は、4つのポール(電極)32を有する四重極型質量分析器により構成されている。第2質量分析器30として、イオン選択機能を有する他のタイプの質量分析器が設けられてもよい。第2質量分析器30の後段には、検出器34が設けられている。
【0034】
検出器34は、実施形態において、コンバージョンダイノード及び電子増倍管を有している。第2目的イオンがコンバージョンダイノードに取り込まれ、第2目的イオンから電子が生成される。その電子が電子増倍管において検出され、また増幅される。これにより検出信号が生じる。なお、検出器34として上記以外の構成が採用されてもよい。
【0035】
データ処理部40は、アンプ、A/D変換器等の電子回路、及び、プロセッサを備え、検出データを処理するモジュールである。制御部44は、測定部10を含む各構成の動作を制御するものであり、それは、CPU及び動作プログラムにより構成される。制御部44は、電源部42の制御を通じて、コリジョンセル20の蓄積動作及び排出動作を制御する。
【0036】
制御部44が有する代表的な複数の機能が図1において複数のブロックによって表現されている。制御部44は、演算部50及び動作制御部52を有する。動作制御部52は、マルチプルリアクションモニタリング(MRM)において、順次導入される複数の化合物を測定するための一連の制御を実行する。演算部50は、マルチプルリアクションモニタリング(MRM)の実行に先立って、必要となるパラメータの演算を行うモジュールである。特に、演算部50は、第1方式(トランジション観測時間最適化方式)において実トランジション観測時間を演算し、第2方式(蓄積排出時間最適化方式)において蓄積排出時間を演算する機能を有する。データ処理部40及び制御部44がPCその他の情報処理装置によって構成されてもよい。
【0037】
制御部44には、表示器46、入力器48及び記憶部49が接続されている。入力器48は、キーボードやポインティングデバイスにより構成され、MRMにおいて、各種の測定条件をユーザーが入力又は指定し、また動作モードや方式をユーザーが選択するための手段である。表示器46はLCDその他の表示デバイスにより構成され、そこにはMRMに先立って各種の測定条件が表示され、また測定結果が表示される。記憶部49は、半導体メモリ又はハードディスクなどの記憶装置で構成され、そこには動作制御において必要となる各種の情報が記憶される。記憶部49には、化合物ごとの測定条件あるいは測定部10の動作シーケンスが記憶される。なお、実施形態に係る質量分析装置はMRM以外の動作モードでも動作し得る。
【0038】
図2において、(A)には試料測定54が示されている。それは測定シーケンス全体に相当する。試料導入装置により、試料は時間軸上において複数の化合物に分離され、それらが順次、測定部に導入される。(B)には、化合物α、β、γに対する化合物測定S1,S2,S3が例示されている。例えば、1つの試料の導入時間は数分から数十分である。1つの化合物が出現する時間は、試料導入装置に依存する。例えば、クロマトグラフの場合、その時間は数秒程度である。その時間の前後にマージンを加えたものが化合物測定時間であり、それは例えば数十秒である。
【0039】
個々の化合物測定S1,S2,S3では、それぞれサイクル測定(循環測定)が実行される。例えば、化合物測定S1に着目すると、それは図示の例において3つのサイクル55−1〜55−3からなり、個々のサイクル55−1〜55−3は2つのトランジション観測時間T11,T12からなる。逆に言えば、時間軸上において並ぶ2つのトランジション観測時間T11,T12がサイクル単位を構成し、そのサイクル単位が繰り返し実行される。
【0040】
トランジションは、第1目的イオン(第1質量分析器で選択されるプリカーサーイオン)及び第2目的イオン(第2質量分析器で選択されるプロダクトイオン)の組み合わせに相当するものである。それはチャンネルとも言われている。トランジション観測時間は、トランジション用の観測時間である。それはチャンネル時間とも言われている。
【0041】
トランジションごとに、ユーザーにより、トランジション観測時間が直接的に又は間接的に指定される。例えば、ユーザーにより、トランジションごとに、トランジション観測時間が数値として直接的に指定される。あるいは、ユーザーにより指定されたサイクル時間を、サイクル単位を構成するトランジション数で割ることによって、トランジション観測時間が間接的に指定される。個々の化合物測定S1,S2,S3では、トランジションごとに、サイクル時間の間隔で並ぶ複数の検出データが得られる。すなわち、プロダクトイオンごとのピーク波形のサンプリング結果として複数の検出データが得られる。各検出データは、トランジション観測時間内において間欠的に検出される複数のイオン強度の積算値である。
【0042】
なお、1つの化合物測定においてトランジション数を増加させれば、より正確に化合物を同定できる。一方、1つの化合物測定において、サイクル時間を短くすれば時間分解能及びサンプリング数を高められる。各トランジション観測時間を増大させれば感度を高められる。測定対象となった試料、測定目的、必要な感度、その他の事情を総合的に考慮して、トランジション数、サイクル時間、トランジションごとのトランジション観測時間、及び、蓄積排出時間を定めるのが望ましい。もっとも、トランジション観測時間と蓄積排出時間の両者を関連付けてそれらを最適化する作業をユーザーに強いるのはユーザーにとって大きな負担となるものである。そこで、第1方式及び第2方式が用意されており、それらが選択的に採用される。
【0043】
図3には、MRMにおける動作例が示されている。横軸は時間軸である。(A)には第1質量分析器の動作が示され、(B)にはコリジョンセルの動作が示され、具体的には、短い周期で繰り返される蓄積排出動作が示されている。図中、「蓄」は蓄積動作又は蓄積期間を示し、「排」は排出動作又は排出期間を示している。実際には、一般に、蓄積期間は排出期間よりも長いが、図3においては、そのような大小関係が省略されている。(C)には第2質量分析器の動作が示され、(D)には検出器の動作が示され、(E)にはデータ処理部の動作が示されている。質量分析装置内でのイオンの動きに従って(A)から(E)にかけて時間的な遅れが生じている。
【0044】
図示の例では、トランジション観測時間T11において、第1質量分析器においてプリカーサーイオンA1が選択され、第2質量分析器においてプロダクトイオンA2が選択される。トランジション観測時間T12においては、第1質量分析器においてプリカーサーイオンB1が選択され、第2質量分析器においてプロダクトイオンB2が選択される。各トランジション観測時間T11,T12においては、コリジョンセルが蓄積排出動作を繰り返す。排出動作時にイオンパルスが生成され、それが検出器で検出される(P1,P2,P3を参照)。各検出信号がデータ処理部に取り込まれる(60−1,60−2を参照)。1つのトランジション当たり、複数の検出信号が得られ、それらの積算56により、時刻に結びつけられた検出データが得られる。
【0045】
タイミング関係について、より詳しく説明する。トランジション観測時間T11において、コリジョンセルでは、トランジション観測時間T11の開始タイミングからt1だけ遅れて、蓄積排出動作が開始される。同様に、トランジション観測時間T12において、コリジョンセルでは、トランジション観測時間T12の開始タイミングからt1だけ遅れて、蓄積排出動作が開始される。トランジション観測時間T11において、第2質量分析器でのプロダクトイオンA2の選択は、コリジョンセルにおいてプロダクトイオンA2(正確にはそれを含むプロダクトイオン群)の排出が開始されるタイミングよりも、t2だけ先行して開始される。プロダクトイオンA2の通過中、第2質量分析器はプロダクトイオンA2の選択を継続する。同様に、トランジション観測時間T12において、第2質量分析器でのプロダクトイオンB2の選択は、コリジョンセルにおいてプロダクトイオンB2(正確にはそれを含むプロダクトイオン群)の排出が開始されるタイミングよりも、t2だけ先行して開始される。プロダクトイオンB2の通過中、第2質量分析器はプロダクトイオンB2の選択を継続する。トランジション観測時間T11において、データ処理部は、プロダクトイオンA2(正確にはそれを含むプロダクトイオン群)の排出ごとに、排出開始タイミングよりt3だけ遅れて取り込みを開始し、排出開始タイミングよりt4だけ遅れて取り込みを終了する。トランジション観測時間T12においても、データ処理部は同様の動作を行う。なお、t1,t2,t3,t4は蓄積時間に依存しない。
【0046】
図4には、試料測定条件60が示されている。この試料測定条件60は、図3に示した試料測定において適用される条件であり、換言すれば、測定部の動作を規定する測定シーケンスを定めるための条件である。測定対象となった試料ごとに試料測定条件60が定められる。
【0047】
具体的に説明すると、試料測定条件60は、時系列順で並ぶ複数の化合物測定条件62−1〜62−Nにより構成される。個々の化合物測定条件62−1〜62−Nは、複数のトランジションに対応する複数のパラメータセット64を含む。各パラメータセット64は、図示の構成例において、トランジション識別子、プリカーサーイオンのm/z、プロダクトイオンのm/z、及び、トランジション観測時間を含む。トランジション観測時間は、上記のように、ユーザーにより直接的又は間接的に指定されるものである。
【0048】
上記第1方式(トランジション観測時間最適化方式)が採用される場合、コリジョンセルの蓄積排出時間が試料測定全体において一定値とされることを前提として、トランジションごとにユーザー指定されたトランジション観測時間の枠内において、トランジション観測時間が実トランジション観測時間として最適化される。トランジション観測時間に代わる実トランジション観測時間に基づいて測定部の動作が制御される。上記第2方式(蓄積排出時間最適化方式)が採用される場合、トラジション単位又は化合物測定単位で、トランジション観測時間に基づいて蓄積排出時間が最適化される。
【0049】
(2)第1方式(トランジション観測時間最適化方式)
図5には、第1方式に従う動作例(制御例)がフローチャートとして示されている。S10では、化合物ごとに化合物測定条件がユーザーにより指定される。すなわち、制御部において、化合物ごとの化合物測定条件が受け付けられる。その際、プリセットされた化合物測定条件が選択されてもよい。各化合物測定条件には、複数のトランジション観測時間が含まれる。S12では、トランジションごとに、トランジション観測時間に代わる実トランジション観測時間が演算される。その際には、コリジョンセルの蓄積時間及び排出時間が参照される。S14では、トランジションごとの実トランジション観測時間、又は、化合物ごとの実サイクル時間が画面上に表示される。実サイクル時間は、サイクルを構成する複数のトランジションについての複数の実トランジション観測時間の和であり、サンプリング周期に相当するものである。S16では、以上のように演算された複数のパラメータを含む複数の化合物測定条件に従って、測定部の動作が制御される。
【0050】
図6に示されているように、実施形態においては、蓄積時間及び排出時間の組み合わせとして、2つの組み合わせが用意されている。高感度モードは感度を優先した測定を行うモードである。高速モードはサンプリング速度を優先した測定を行うモードであり、例えば、数百成分にも及ぶ多成分一斉分析等の定量測定を行う場合には高速モードが選択される。
【0051】
高感度モードがユーザー選択された場合、蓄積時間として第1蓄積時間が自動的に選択され、排出時間として第1排出時間が自動的に選択される。一方、高速モードがユーザー選択された場合、蓄積時間として第2蓄積時間が自動的に選択され、排出時間として第2排出時間が選択される。第1蓄積時間は第2蓄積時間の例えば約10倍である。例えば、第1蓄積時間は6.0〜14.0msの範囲内に定められ、第2蓄積時間は0.6〜1.2msの範囲内において定められる。第1排出時間及び第2排出時間は例えば同一であり、それらは例えば0.1〜0.3msの範囲内に定められる。第1方式では、選択された蓄積時間及び排出時間が1つの試料測定にわたって維持される。化合物測定ごとに又はトランジションごとに、蓄積時間及び排出時間がユーザーにより選択又は指定されてもよい。
【0052】
コリジョンセルから出力される各イオンパルスの間に検出される信号はノイズである。蓄積排出動作に同期させて、検出器においてイオンパルスを検出し、且つ、ノイズを不検出とすれば、SN比を向上できる。蓄積時間を長くすればするほどイオンパルス間隔が長くなり、ノイズ抑圧効果が大きくなる。よって、コリジョンセル内でのイオン損失を無視できる範囲内において、蓄積時間を長くすれば高感度化を図れる。逆に、感度よりもサンプリング周期の短縮化を優先させる場合には、蓄積時間を短くした方が望ましい。上記の第1蓄積時間及び第2蓄積時間はそのような幾つかの要請を満たすものである。
【0053】
コリジョンセルからのイオンの排出に要する時間(排出時間)は、コリジョンセル内において最も大きな質量電荷比を有するイオンに依存する。つまり、第1質量選択部で選択されるプリカーサーイオンに依存する。よって、コリジョンセルに導入されるプリカーサーイオンごとに排出時間を切り替えるのが理想的であるが、その場合には制御が複雑となる。制御を単純にする観点からは、どのプリカーサーイオンが選択されても、また動作モードに関係なく、コリジョンセルからすべてのイオンが排出されるように、排出時間を固定値として定めておくのが望ましい。上記の第1排出時間及び第2排出時間はそのような要請を満たすものである。
【0054】
図7には、実トランジション観測時間の演算方法が示されている。横軸は時間軸である。(A)には、指定されたトランジション観測時間taが示されている。(B)には、蓄積時間tb及び排出時間tcが示されている。実施形態において、蓄積時間tbは動作モードの選択の結果として間接的に特定される。排出時間tcは固定値である。(C)には、蓄積排出時間tdが示されている。td=tb+tcである。(D)には、実トランジション観測時間teが示されている。
【0055】
トランジション観測時間taを蓄積排出時間tdで割ることにより、商nと余り66が演算される。余り66は小数点以下の数値であり、それは切り捨てられる。商nは繰り返し回数nとして利用される。蓄積排出時間td×繰り返し回数nの演算により、実トランジション観測時間teが演算される。実トランジション観測時間teは、トランジション観測時間taに比べて、符号68で示す部分だけ、短い時間である。トランジション観測時間taをそのまま採用した場合、時間68分だけ、コリジョンセルの動作に無駄な空き時間が生じることになるが、第1方式によれば、実トランジション観測時間teに基づいて測定部の動作を制御できるので、コリジョンセルにおいて無駄な空き時間は生じない。
【0056】
実トランジション観測時間teは、トランジション観測時間taの枠内において、コリジョンセルの蓄積動作回数が最も多くなるように、蓄積排出時間の整数倍(n倍)の時間として定められるものである。それは通常、トランジション観測時間taに近い時間であるから、ユーザーの指定又は意図に大きく反することにはならない。実トランジション観測時間teをトランジション観測時間taよりも大きくすることも技術的には可能ではあるが、その場合には、サンプリング周期が増大してしまい、化合物のピークを正確に観測できないおそれが増大する。よって、実トランジション観測時間73をトランジション観測時間72以内とするのが望ましい。
【0057】
第1方式においては、例えば、図8に示すように、個々の化合物測定条件が管理される。パラメータセット70は、トランジション観測時間72に加えて、実トランジション観測時間73を含む。化合物測定条件62の中には、サイクル時間74と共に、実サイクル時間75が含まれる。実サイクル時間は、サイクル単位を構成する複数のトランジションに対応する複数の実トランジション観測時間の和であり、それは実サンプリング周期に相当する。図5のS14で示したように、実トランジション観測時間73及び/又は実サイクル時間が実際の試料測定に先立ってユーザーに提示される。これにより、ユーザーにおいて正確な動作条件を認識することが可能となる。
【0058】
(3)第2方式(蓄積排出時間最適化方式)
次に図9乃至図11を用いて第2方式について説明する。図9に示す第2方式の第1例では、トランジションごとに蓄積排出時間が最適化され、それに基づいてトランジションごとに蓄積時間が最適化される。後に図11に示す第2方式の第2例では、化合物測定ごとに蓄積時間が最適化される。
【0059】
高感度化のためにはコリジョンセルに最大限、イオンを蓄積するのが望ましい。コリジョンセルにおける最大蓄積時間は、コリジョンセルにおいてイオンを蓄積できる最大の時間であり、コリジョンセルの許容量(イオン収容能力)及びイオン流入量により決まるものである。許容量はコリジョンセルの構造からある程度推定することが可能であるが、イオン流入量は測定ごとに区々となる。そこで、最大イオン流入量を想定し、それと許容量から最大蓄積時間を事前に特定しておく。
【0060】
図9には、第2方式の第1例が示されている。S10では、化合物ごとに化合物測定条件が指定される。各化合物指定条件には複数のトランジションに対応する複数のトランジション観測時間が含まれる。S18では、最大蓄積時間及び排出時間に基づいて、トランジションごとに、蓄積排出動作の繰り返し回数が演算され、また、蓄積排出時間が演算される。トランジションごとに、蓄積排出時間に基づいて蓄積時間も演算される。そのように演算された複数のパラメータは化合物測定条件の一部に組み込まれる。S20においては、複数の化合物測定条件に従って測定部の動作が制御される。
【0061】
図10には、蓄積時間の演算方法が示されている。横軸は時間軸である。(A)には、指定されたトランジション観測時間taが示されている。(B)には、最大蓄積時間tf及び排出時間tcが示されている。最大蓄積時間tf及び排出時間tcは事前に設定される。(C)には、最大蓄積排出時間tgが示されている。tg=tf+tcである。(D)には、蓄積排出時間thが示されている。(E)には、蓄積時間ti及び排出時間tcが示されている。th=ti+tcである。
【0062】
トランジション観測時間taを最大蓄積排出時間tgで割ることにより、商nと余り76が生じる。余り76は小数点以下の部分であり、それについては切り上げられる。すなわち、余り76が生じた場合は蓄積排出動作の繰り返し回数がn+1として定められる。トランジション観測時間taを繰り返し回数n+1で割ることにより、蓄積排出時間thが演算される。図示の例では、トランジション観測時間taが3つの蓄積排出時間thに均等に分割されている。蓄積排出時間thから排出時間tcを減算することにより、蓄積時間tiが演算される。トランジションごとにトランジション観測時間taが定められることを前提として、トランジションごとに蓄積排出時間th(特に蓄積時間ti)が最適化される。同時にトランジションごとに蓄積時間tiが最適化される。余り76が生じなければ、蓄積排出動作の繰り返し回数はnとなり、蓄積排出時間thは最大蓄積排出時間tgとなる。
【0063】
第2方式では、トランジション観測時間taの全部を無駄なく利用できる。結果として、蓄積時間は、最大蓄積時間以内の時間となるので、コリジョンセルでのイオン損失の問題を回避又は軽減できる。また、蓄積時間は最大蓄積時間に近い時間となるので、感度を高められる。なお、理論的にはn+1ではなく、n+2等で、トランジション観測時間taを割って蓄積排出時間thを求めることも可能である。
【0064】
図11には、第2方式の第2例が示されている。S10及びS18は、図9を用いて既に説明したとおりである。S19では、各化合物測定条件において、それに含まれる複数のトランジションについて求められた複数の蓄積時間の中で最小のものが特定され、それが化合物測定において共通の蓄積時間とされる。S20では、化合物ごとに定められた化合物測定条件に従って試料測定が実行される。
【0065】
上記第1例を採用する場合、トランジションごとに蓄積排出時間(特に蓄積時間)を最適化できるので、感度をより高められる。一方、制御は複雑となる。第2例によれば、化合物単位で蓄積排出時間(特に蓄積時間)を維持できるので、その分だけ制御を簡素化できる。
【0066】
上記第1方式(トランジション観測時間最適化方式)及び上記第2方式(蓄積排出時間最適化方式)のいずれを採用する場合でも、測定部の動作制御上、トランジション観測時間及び蓄積排出時間を相互に合理的に連動させることが可能となる。
【0067】
質量分析装置において上記第1方式又は第2方式を単独で採用してもよい。あるいは、質量分析装置において上記第1方式及び第2方式の両方式を採用してもよい。その場合、ユーザー選択に応じて、又は、所定基準に基づいて自動的に、いずれかの方式が選択されてもよい。
【0068】
(4)温度管理機能を備える質量分析装置
図12には、温度管理機能を備える質量分析計が示されている。図12において、図1に示した構成と同様の構成には同一符号を付し、その説明を省略する。
【0069】
図12において、コリジョンセル20の内部において汚れが生じると、帯電や感度低下のおそれが生じる。そこで、コリジョンセル20の内部を清浄状態に保つために、コリジョンセル20の内部にヒーター77が設けられている。具体的には、ヒーター77はイオンガイド22である4つのポールを加熱してその温度を操作するものである。ヒーター77は、例えば複数のヒーター部品により構成される。コリジョンセル20の内部温度を検出するため温度センサ77aが設けられている。
【0070】
制御部44は、温度センサ77aによる検出温度を周期的に取り込む。制御部44は、温度管理手段として機能し、コリジョンセル20の温度が所定値以上になった場合、所定範囲に入った場合、あるいは、ユーザーが指定する条件を満たした場合、測定の開始を許可する。蓄積時間が短いのにもかかわらず、コリジョンセル20に対して設定する温度を必要以上に高くすると、加熱や冷却に時間がかかり、測定過程におけるダウンタイムが長くなってしまう。そこで、図13のテーブル84に示すように、蓄積時間に応じて設定温度を切り替えるようにしてもよい。例えば、蓄積時間の増大に応じて設定温度が大きくなるように制御してもよい。
【0071】
図12においては、第1質量分析器16にもヒーター78及び温度センサ78aが設けられており、第2質量分析器30にもヒーター80及び温度センサ80aが設けられている。これによって第1質量分析器16及び第2質量分析器30の内部も清浄状態に保つことが可能である。なお、図12に示した加熱及び温度管理のための構成を、上記の第1方式及び第2方式を備えていない質量分析装置に対して適用してもよい。
【符号の説明】
【0072】
10 測定部、14 イオン源、16 第1質量分析器、20 コリジョンセル、30 第2質量分析器、34 検出器、44 制御部、50 演算部、52 動作制御部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13