【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、独立行政法人科学技術振興機構、再生医療実現拠点ネットワーク事業 再生医療実現拠点ネットワークプログラム(再生医療の実現化ハイウェイ)「iPS細胞を用いた角膜再生治療法の開発」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
山上聡他,前眼部の再生工学(4)角膜内皮の再生工学,臨床眼科,2005年,Vol.59, No.11,p.182-186
【文献】
小泉範子,体性幹細胞を用いた角膜内皮再生医療の開発,医学の歩み,2012年,Vol.241, No.10,p.765-770
【文献】
POYER John F. et al.,New method to measure the retention of viscoelastic agents on a rabbit corneal endothelial cell line after irrigation and aspiration,J CATARACT REFRACT SURG,1998年,Vol.24,p.84-90
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
iPS細胞由来神経堤幹細胞を分化誘導培地で浮遊培養して治療用角膜内皮代替細胞スフェアを製造する方法であって、該分化誘導培地がGSK3阻害剤、レチノイン酸およびROCK阻害剤を含むことを特徴とする、方法。
ROCK阻害剤が、(+)−(R)−トランス−4−(1−アミノエチル)−N−(4−ピリジル)シクロヘキサンカルボキサミド二塩酸塩(Y−27632)である、請求項1に記載の方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を説明する。本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味を有する。
本発明において「幹細胞」とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、生体を構成する複数系列の細胞に分化し得る細胞をいうが、中でも角膜内皮細胞に分化し得る細胞をいう。具体的には胚性幹細胞(ES細胞)、胎児の始原生殖細胞由来の多能性幹細胞(EG細胞)、精巣由来の多能性幹細胞(GS細胞)、体細胞由来人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells;iPS細胞)、ヒトの体性幹細胞(組織幹細胞)が挙げられ、角膜内皮細胞への分化誘導が可能なものが挙げられる。より好ましくはiPS細胞由来の神経堤幹細胞及び角膜実質由来の神経堤幹細胞である。神経堤幹細胞とは、自己複製能と多分化能を持つ多能性の幹細胞であり、脊椎動物の発生過程では、神経管の背側から体中に移動し、様々な組織の形成に寄与することが知られている。角膜内皮は角膜実質と同じく神経堤由来とされている。
【0016】
ES細胞としては、任意の温血動物、好ましくは哺乳動物に由来する細胞を使用できる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、ヒト等が挙げられる。好ましくはヒトに由来するものが使用できる。
具体的には、ES細胞としては、例えば、着床以前の初期胚を培養することによって樹立した哺乳動物等のES細胞、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を培養することによって樹立したES細胞、及びこれらのES細胞の染色体上の遺伝子を遺伝子工学の手法を用いて改変したES細胞が挙げられる。各ES細胞は当分野で通常実施されている方法や、公知文献に従って調製することができる。
【0017】
iPS細胞としては、任意の温血動物、好ましくは哺乳動物に由来する細胞を使用できる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、ヒト等が挙げられる。好ましくはヒトに由来するものが使用できる。
具体的には、iPS細胞としては、例えば、皮膚細胞等の体細胞に複数の遺伝子を導入して得られる、ES細胞同様の多分化能を獲得した細胞が挙げられ、例えばOct3/4遺伝子、Klf4遺伝子、C−Myc遺伝子及びSox2遺伝子を導入することによって得られるiPS細胞、Oct3/4遺伝子、Klf4遺伝子及びSox2遺伝子を導入することによって得られるiPS細胞(Nat Biotechnol 2008; 26: 101-106)等が挙げられる。他にも、導入遺伝子をさらに減らした方法(Nature. 2008 Jul 31;454(7204):646-50)、低分子化合物を利用した方法(Cell Stem Cell. 2009 Jan 9;4(1):16-9、Cell Stem Cell. 2009 Nov 6;5(5):491-503)、遺伝子の代わりに転写因子タンパク質を利用した方法(Cell Stem Cell. 2009 May 8;4(5):381-4)など、iPS細胞の作成法については技術的な改良が鋭意行なわれているが、作製されたiPS細胞の基本的な性質、すなわち多分化能を有するという点は作出方法によらず同等であり、いずれも本発明の方法に用い得る。
本発明では、より好ましくはiPS細胞由来の神経堤幹細胞を用いる。神経堤幹細胞を用いることで治療用角膜内皮代替細胞への分化誘導が容易になる。iPS細胞からの神経堤幹細胞の誘導は当分野で知られている手法に従って、あるいはそれに準じた方法で実施することができる。例えばNature Protocols, 2010 vol. 5, No.4, 688-701あるいは、Nature, 2010 vol.463, 958-964に記載された方法に準じて実施することができる。
【0018】
体性幹細胞としては、ヒトに由来するものが使用できる。ここで体性幹細胞とは、角膜内皮細胞へと分化し得る細胞であり、例えば角膜実質に由来する神経堤幹細胞(Corneal-derived progenitors:COPs)、間葉系幹細胞(mesenchymal stem cells)、皮膚由来多能性前駆細胞(skin-derived precursors:SKPs)等が挙げられる。好ましくはCOPs及びSKPsである。COPsは、例えば、Stem Cells. 2006;24(12):2714-2722に記載の方法によって調製することができる。具体的には、マウス角膜から上皮、内皮を取り除いた後の角膜実質をコラゲナーゼ処置し、EGF(Epidermal Growth Factor)、FGF2(Fibroblast Growth Factor 2)、B27サプリメント、LIF(Leukemia Inhibitory Factor)を添加したDMEM/F12培地で分離した細胞を培養することによって調製する。SKPsは、例えばNat Cell Biol., 2001 vol. 3, 778-784に記載された方法に準じて調製することができる。
【0019】
1.治療用角膜内皮代替細胞スフェアの製造方法
本発明の製造方法は、幹細胞から治療用角膜内皮代替細胞スフェアを製造する方法であり、特定の組成からなる分化誘導培地で幹細胞を浮遊培養する工程を含む。
本発明において、「治療用角膜内皮代替細胞」とは、iPS細胞等の幹細胞から誘導される、角膜内皮機能不全を治療可能な、角膜内皮細胞の代替となり得る細胞である。即ち、治療用角膜内皮代替細胞は角膜内皮細胞と同等の生理機能を有する。
本発明の製造方法によって製造される治療用角膜内皮代替細胞スフェア(以下、本発明のスフェアとも称する)は、数十個乃至数百個の細胞が凝集した細胞の塊であって、一般的に球状を呈する。ここで「球状」とは、完全に球形である場合に加え、卵形やラグビーボール状といった略球形の形状であることを含む。
該スフェアは、例えば、直径が20〜2000μmの範囲であることが好ましく、より好ましくは30〜1500μmの範囲であり、特に好ましくは40〜1000μmの範囲である。
【0020】
本発明の製造方法において用いる分化誘導培地(以下、本発明の分化誘導培地とも称する)は、GSK3(Glycogen synthase kinase 3)阻害剤、レチノイン酸およびROCK(Rock kinase)阻害剤を含む。
【0021】
本工程で用いる幹細胞は上述の通りであるが、好ましくは角膜内皮細胞への分化が運命付けられた細胞であり、具体的には、iPS細胞由来神経堤幹細胞及び角膜実質由来神経堤幹細胞(COPs)である。皮膚由来多能性前駆細胞(SKPs)を用いることもまた好ましい。例えばiPS細胞やES細胞等のより未分化な幹細胞を用いる場合には上記工程の前に、神経堤幹細胞へと誘導する工程を実施することができ、また、実施することが好ましい。かかる工程は、例えば、Nature Protocols, 2010 vol. 5, No.4, 688-701に記載の方法、及びそれに準じた方法によって実施することができる。
【0022】
セリン/スレオニンプロテインキナーゼであるGSK3(グリコーゲンシンターゼキナーゼ3)は、グリコーゲンの産生やアポトーシス、幹細胞の維持などにかかわる多くのシグナル経路に関与する。GSK3には異なる遺伝子にコードされアミノ酸レベルで高い相同性を有するGSK3αとGSK3βのアイソフォームが存在する。また、GSK3βがWntシグナルにも関与し、GSK3βを阻害することによりWntシグナルが活性化されることが知られている。GSK3阻害剤として、GSK3α阻害剤及びGSK3β阻害剤が挙げられる。GSK3阻害剤として、具体的にはCHIR98014、CHIR99021、ケンパウロン(Kenpaullone)、AR−AO144−18、TDZD−8、SB216763、BIO((2'Z,3'E)-6-Bromoindirubin-3'-oxime)、TWS−119、SB415286、およびRo3303544等が例示される。これらはいずれも商業的に入手可能であるか、当業者であれば既知文献に従って調製することもできる。本工程では、好ましくは、BIOが用いられる。GSK3阻害剤の培地中の濃度は、用いる阻害剤の種類によって適宜設定されるが、BIOの場合、通常10〜1000nM、好ましくは50〜1000nM、より好ましくは500nM程度である。1種又は2種以上のGSK3阻害剤を組み合わせて用いても良い。
【0023】
本工程で用いるレチノイン酸としては、全トランス−レチノイン酸(ATRA)、9−シス−レチノイン酸、11−シス−レチノイン酸、13−シス−レチノイン酸などが例示される。これらはいずれも商業的に入手可能であるか、当業者であれば既知文献に従って調製することもできる。本工程では、好ましくは、全トランス−レチノイン酸である。レチノイン酸の培地中の濃度は、用いるレチノイン酸の種類によって適宜設定されるが、全トランス−レチノイン酸の培地中の濃度は、通常1〜1000nM、好ましくは10〜1000nM、より好ましくは100nM程度である。本発明の医薬組成物においては、レチノイン酸は脂肪酸でエステル化されていてもよく、医療用レチノールパルミチン酸エステルの場合、通常2〜200単位/ml、好ましくは40〜150単位/ml、より好ましくは100〜120単位/ml程度で用いる。
【0024】
ROCK阻害剤とは、Rhoキナーゼの活性を阻害する物質をいう。Rhoキナーゼとは、GTP(グアノシン三リン酸)の分解酵素であるGTPアーゼの範疇に含まれる低分子量GTP結合タンパク質(低分子量Gタンパク質)の1種で、アミノ末端にセリン/スレオニンキナーゼ領域、中央部にコイルドコイル領域およびカルボキシ末端にRho相互作用領域を有する。
本工程で用いるROCK阻害剤としては、例えば、1−(5−イソキノリンスルホニル)−2−メチルピペラジン(H−7)、1−(5−イソキノリンスルホニル)−3−メチルピペラジン(イソH−7)、N−2−(メチルアミノ)エチル−5−イソキノリンスルホンアミド二塩酸塩(H−8)、N−(2−アミノエチル)−5−イソキノリンスルホンアミド二塩酸塩(H−9)、N−[2−(p−ブロモシンナミルアミノ)エチル]−5−イソキノリンスルホンアミド二塩酸塩(H−89)、N−(2−グアニジノエチル)−5−イソキノリンスルホンアミド塩酸塩(HA−1004)、1−(5−イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン二塩酸塩(Fasudil/HA−1077)、(S)−(+)−2−メチル−4−グリシル−1−(4−メチルイソキノリニル−5−スルホニル)ホモピペリジン二塩酸塩(H−1152)、(+)−(R)−トランス−4−(1−アミノエチル)−N−(4−ピリジル)シクロヘキサンカルボキサミド二塩酸塩(Y−27632)が挙げられる。
これらはいずれも商業的に入手可能であり、なかでも特にY−27632が好ましい。ROCK阻害剤の培地中の濃度は、用いる阻害剤の種類によって適宜設定されるが、Y−27632の場合、通常5〜20μM、好ましくは10μM程度である。1種又は2種以上のROCK阻害剤を組み合わせて用いても良い。
【0025】
本発明の分化誘導培地には、上記したGSK3阻害剤、レチノイン酸およびROCK阻害剤に加え、さらに、N2サプリメント、EGF及びbFGF(Basic Fibroblast Growth Factor)が含まれていてもよく、また含まれていることが好ましい。
【0026】
N2サプリメントは、神経系細胞の培養に汎用される血清代替品であり、インスリン、トランスフェリン、プロゲステロン、プトレスシン及び亜セレン酸ナトリウムを含む試薬であり、商業的に入手可能である。細胞の培養に用いられる通常の濃度で使用することができ、例えば市販のN2サプリメントをそのマニュアルに従って添加する。
【0027】
EGF(上皮成長因子)は、53アミノ酸残基及び3つの分子内ジスルフィド結合からなるタンパク質である。細胞表面に存在するEGFR(上皮成長因子受容体)にリガンドとして結合し、細胞の成長と増殖の調節に重要な役割を果たす。本発明で用いるEGFの由来は、本発明のスフェアの製造に有効である限り、特に限定されないが、将来的に眼内への適用を考慮した場合、ヒト由来であることが好ましい。EGFは商業的に入手可能であるか、当業者であれば既知文献に従って調製することもできる。例えば、既知の塩基配列、アミノ酸配列に基づいて合成することができる。EGFの培地中の濃度は、通常1〜100ng/ml、好ましくは20ng/ml程度である。
【0028】
bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)は、もともと生体内に存在するタンパク質の一種であり、細胞の増殖や分化の調節を行い、様々な組織及び臓器において、血管新生、平滑筋細胞成長、創傷治癒、組織修復、造血、神経細胞分化等の機能を有することが知られている。本発明で用いるbFGFの由来は、本発明のスフェアの製造に有効である限り、特に限定されないが、将来的に眼内への適用を考慮した場合、ヒト由来であることが好ましい。bFGFは商業的に入手可能であるか、当業者であれば既知文献に従って調製することもできる。例えば、既知の塩基配列、アミノ酸配列に基づいて合成することができる。bFGFの培地中の濃度は、通常1〜50ng/ml、好ましくは20ng/ml程度である。
【0029】
本工程において、分化誘導培地中の各成分(以下、本発明の添加因子とも称する)は、培地中に同時に添加されてもよく、また、幹細胞から治療用角膜内皮代替細胞スフェアを誘導し得る限り、別個に時間差を設けて培地中に添加されてもよい。各添加因子は培地中に同時に添加されることが簡便であり、また好ましい。また、形成されたスフェアを接着培養することにより、当該スフェアから治療用角膜内皮代替細胞の単層細胞層が伸展していく。かかる接着培養時の分化誘導には、GSK3阻害剤を含有しない培地への培地交換が好ましい。
【0030】
本工程で用いる培地は、上記した各添加因子を含有している限り特に限定されず、通常、幹細胞を培養するのに用いられる培地(以下、便宜上、基礎培地とも称する)に各添加因子を添加してなるものである。基礎培地としては、例えば、MEM(Minimum Essential Medium)培地、BME(Basal Medium Eagle)培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM(Iscove's Modified Dulbecco's Medium)培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)培地、ハム培地、RPMI(Roswell Park Memorial Institute medium)1640培地、Fischer’s培地、F12培地、及びこれらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。これらの培地は、商業的に入手可能である。さらに本工程で用いられる培地は、血清含有培地、無血清培地であり得る。本工程で用いられる培地が血清含有培地である場合には、ウシ血清(Bovine Serum)、ウシ胎児血清(Fetal Bovine Serum)などの哺乳動物の血清が使用でき、該血清の培地中の濃度は0.1〜20%、好ましくは1〜10%である。好ましくは無血清培地であり、その場合、血清代替品が添加される。
本工程で用いる基礎培地は、好ましくは、DMEM培地とF12培地の混合培地である。
【0031】
本工程で用いられる培地は必要に応じてビタミン、緩衝剤、無機塩類、抗生物質(例えばペニシリンやストレプトマイシン)等を含有できる。
【0032】
本工程は、使用する幹細胞の培養に適した培養温度、通常30〜40℃、好ましくは37℃程度で、治療用角膜内皮代替細胞スフェアへと誘導するに十分な期間、1〜10%、好ましくは5%の二酸化炭素を通気したCO
2インキュベーター内にて浮遊培養することによって実施される。幹細胞としてiPS細胞由来神経堤幹細胞またはCOPs、あるいはSKPsを用いる場合には、好ましくは7日〜2週間培養する。培養期間が短すぎるとスフェア形成が十分でない可能性があり、長すぎるとスフェアが治療用としては大きくなりすぎる可能性がある。必要に応じて適宜培地交換を行う(例、3日に1回)。上述のように必要に応じて、各添加因子の種類(組合せ)を変えることができ、また好ましい。浮遊培養開始後2日目程度からスフェアが形成され始める。
【0033】
ここで、「浮遊培養」とは、細胞を培養基材へ非接着の状態で培養することであり、特に限定はされないが、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリックス等によりコーティング処理)されていない培養基材、あるいは人工的に細胞との接着を抑制する処理(例えば、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)によりコーティング処理)した培養基材を使用して行うことができる。培養基材としては、例えばディッシュ、シャーレやプレート(6ウェル、24ウェル等のマイクロタイタープレート、マイクロプレート、ディープウェルプレート等)、フラスコ、チューブ、ローラーボトル、スピンナーフラスコ等が挙げられる。これらの培養基材は、ガラス等の無機材料又はポリスチレン等の有機材料のいずれからなっていてもよい。
【0034】
本工程において、幹細胞から治療用角膜内皮代替細胞スフェアが製造されたことの確認は、顕微鏡を用いて目視により行うことができる。さらに本発明のスフェアは細胞境界にタイトジャンクションが形成されていることから、細胞境界におけるタイトジャンクションに特異的な分子のタンパク質レベルあるいは遺伝子レベルでの発現を確認することにより確認することができる。タンパク質の発現は抗原抗体反応を利用した方法等によって、遺伝子の発現はRT−PCRを利用した方法等によって評価することができる。該マーカーとしては、ZO−1、CLDN7等が挙げられる。
【0035】
形成された治療用角膜内皮代替細胞スフェアをそのまま接着培養することにより、治療用角膜内皮代替細胞層を製造することができる。接着培養されたスフェアから治療用角膜内皮代替細胞層が培養基材上に広がる。このスフェアから広がった細胞層もタイトジャンクションを保ち、角膜内皮細胞に特徴的なN−カドヘリンによる接着結合が形成される。当該細胞はまた、Na
+,K
+−ATPaseポンプ機能を有する。N−カドヘリンによる接着結合の確認はタンパク質レベル(例、抗原抗体反応を利用した方法)あるいは遺伝子レベル(例、RT−PCRを利用した方法)での発現を確認することにより行うことができる。細胞のNa
+,K
+−ATPaseポンプ機能は、例えばUssing chamberを用いてInvestigative Ophthalmology & Visual Science, 2010 vol. 51, No. 8, 3935-3942やCurrent Eye Research, 2009 vol. 34, 347-354に記載の方法に従って測定することができる。
【0036】
簡便には、細胞形態を評価することによっても治療用角膜内皮代替細胞層への分化誘導を確認することができる。内皮細胞へと分化した細胞はモザイク状の増殖形態を示す。
【0037】
本発明により、iPS細胞、皮膚幹細胞、その他各種の体性幹細胞から浮遊培養により治療用角膜内皮代替細胞層の前駆状態である治療用角膜内皮代替細胞スフェアを製造することができる。このスフェアは細胞間タイトジャンクションを保っている為、スフェアをそのまま前房内に注入し移植することができ、また好適である。
【0038】
2.医薬組成物
本発明は、治療用角膜内皮代替細胞スフェア及び粘弾性物質を含有する医薬組成物、特に移植用医薬組成物を提供する。さらに、本発明は、培養角膜内皮細胞及び粘弾性物質を含有する医薬組成物、特に移植用医薬組成物を提供する。本明細書中、これらを総称して本発明の医薬組成物と略記する場合がある。当該医薬組成物は、治療用角膜内皮代替細胞あるいは培養角膜内皮細胞を眼内に移植、特に前房内に移植するのに好適に用いられる。粘弾性物質を含めることによってスフェアや細胞を拡散させることなく移植を必要とする部位に効率的に接着させることが可能となる。
治療用角膜内皮代替細胞スフェアとしては上記「1.治療用角膜内皮代替細胞スフェアの製造方法」により製造されたものが挙げられる。
培養角膜内皮細胞としては、初代培養細胞であっても株化細胞であってもよいが、角膜内皮細胞は初代培養が難しいことから、株化細胞を用いることが好ましい。培養角膜内皮細胞は、単一細胞化されていることが好ましいが、角膜への接着が可能な範囲で、必要に応じて2〜数個の細胞、10〜数十個の細胞等の細胞塊の状態で用いることもできる。
「粘弾性物質」としては、スフェアあるいは細胞を含有する移植用の溶液(以下、移植用溶液と略記する場合がある)に適度な粘性を付与することができる物質であれば特に限定されないが、好ましくはヒアルロン酸及び/又はコンドロイチン硫酸であり、より好ましくはヒアルロン酸及びコンドロイチン硫酸である。これらの成分は通常眼科領域で利用されている物質であり、副作用の懸念なく使用することができる。
ヒアルロン酸及びコンドロイチン硫酸は塩やエステルの形態で用いることもできる。例えばヒアルロン酸はヒアルロン酸ナトリウムとして、コンドロイチン硫酸はコンドロイチン硫酸エステルナトリウムとして市販されている(例、ビスコート(登録商標)0.5;ヒアルロン酸ナトリウムを30mg/mlの濃度で、コンドロイチン硫酸エステルナトリウムを40mg/mlの濃度でそれぞれ含む)ので、それらを用いることができ、また、簡便である。
ヒアルロン酸濃度は、通常、5〜40mg/mlであり、好ましくは10〜30mg/mlであり、より好ましくは15〜25mg/mlである。
コンドロイチン硫酸濃度は、通常、5〜50mg/mlであり、好ましくは15〜40mg/mlであり、より好ましくは20〜35mg/mlである。
【0039】
粘弾性物質としてビスコート(登録商標)0.5を用いる場合にはスフェアあるいは細胞を含有する移植用溶液と1:1〜5、好ましくは1:1〜3の割合で移植用溶液と混合する。移植用溶液が多すぎると十分な粘性が得られず、投与したスフェアあるいは細胞の移植部位への十分な滞留が妨げられ、注入直後に創部からスフェアあるいは細胞が漏れ出す可能性がある。粘弾性物質が多すぎると眼圧の上昇が懸念される。
【0040】
移植用溶液としては、眼内投与、特に前房内投与に適した溶液であれば特に限定されないが、非刺激性の等張化された培養液や生理食塩水、緩衝液等が用いられる。好ましくは治療用角膜内皮代替細胞スフェアあるいは培養角膜内皮細胞を培養していたのと同様の培養液を使用する。当該医薬組成物には必要に応じて各種の成分を含めることができる。該成分は、前房内に投与された(移植された)治療用角膜内皮代替細胞スフェアあるいは培養角膜内皮細胞が脱落することなく各内皮細胞層へ分化するのに有用なものであれば特に限定されないが、レチノイン酸及びROCK阻害剤を添加することが好ましい。またインスリン、EGF及びbFGFも添加するのに好ましい成分である。
【0041】
「レチノイン酸」、「ROCK阻害剤」及び「bFGF」としては、上記「1.治療用角膜内皮代替細胞スフェアの製造方法」で例示したものと同様のものが用いられる。レチノイン酸の医薬組成物中の濃度は、用いるレチノイン酸の種類によって適宜設定されるが、全トランス−レチノイン酸の場合、通常10〜1000nM、好ましくは200〜800nM、より好ましくは500nM程度である。本発明の医薬組成物においては、レチノイン酸は脂肪酸でエステル化されていてもよく、医療用レチノールパルミチン酸エステルの場合、通常2〜200単位/ml、好ましくは40〜150単位/ml、より好ましくは100〜120単位/ml程度で用いる。ROCK阻害剤の医薬組成物中の濃度は、用いる阻害剤の種類によって適宜設定されるが、Y−27632の場合、通常1〜10μM、好ましくは5μM程度である。EGFの医薬組成物中の濃度は、通常10〜200ng/ml、好ましくは75ng/ml程度である。bFGFの医薬組成物中の濃度は、通常0.5〜10ng/ml、好ましくは1.5ng/ml程度である。5ng/ml程度での使用もまた好ましい。
インスリンとは、ペプチドの一種であり、動物、例えば、ウシ、ブタの膵臓から生産されたインスリンや遺伝子組換え技術により生産されたインスリンのいずれもが使用できるが、将来的に眼内への適用を考慮した場合、ヒト由来であることが好ましい。インスリンは商業的に入手可能であるか、当業者であれば既知文献に従って調製することもできる。例えば、既知の塩基配列、アミノ酸配列に基づいて合成することができる。インスリンの医薬組成物中の濃度は、通常1〜10μg/ml、好ましくは7.5μg/ml程度である。5μg/ml程度での使用もまた好ましい。
【0042】
医薬組成物中の治療用角膜内皮代替細胞スフェア懸濁液の細胞密度は、移植後、剥離範囲を被覆することができ、脱落することなく生着し治療用角膜内皮代替細胞層へ分化するのに十分な量であれば特に限定されないが、通常、1〜5×10
6細胞/ml、好ましくは1.5×10
6細胞/mlの濃度で用いる。スフェア懸濁液における細胞密度の決定は、スフェア懸濁液の一部をサンプリングし、当該サンプル中のスフェアを酵素処理して細胞を1個ずつばらばらにして細胞数を計測し、その結果を用いて行う。
【0043】
医薬組成物中の培養角膜内皮細胞懸濁液の細胞密度は、移植後、剥離範囲を被覆することができ、脱落することなく生着するのに十分な量であれば特に限定されないが、通常、1〜5×10
6細胞/ml、好ましくは1.5×10
6細胞/mlの濃度で用いる。懸濁液における細胞密度の決定は、懸濁液の一部をサンプリングし、当該サンプル中の細胞数を計測し、その結果を用いて行う。
【0044】
本発明の移植用医薬組成物の投与対象としては、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル、ヒト等の哺乳動物が挙げられるが、好ましくはヒトである。
本発明の移植用医薬組成物の投与量としては、投与対象の体重や年齢、症状などにより一概に規定されるものではないが、例えばヒトであれば一眼あたり50〜200μlが前房内に投与される。
【実施例】
【0045】
以下に実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。また、使用する試薬及び材料は特に限定されない限り商業的に入手可能である。
【0046】
実施例1:治療用角膜内皮代替細胞スフェアの製造と機能評価
1.ヒトiPS細胞由来の神経堤幹細胞の調製
既報(Nature, 2010 vol.463, 958-964)に基づいてヒトiPS細胞から神経堤幹細胞を得た。本実施例では、iPS細胞を培養する際にマトリゲルを用いず浮遊培養した点が上記既報とは異なっている。浮遊培養することによってより効率的に神経堤幹細胞(iPS−NCC)へと分化誘導することができた。ヒトiPS細胞は、201B7(山中伸弥教授(京都大学)、岡野栄之教授(慶應義塾大学)から供与された)を用いた。
2.治療用角膜内皮代替細胞スフェアの製造
上記1.で得られたiPS−NCCをアキュターゼによる酵素処理にて単一細胞とした。これを低接着性プレート(又はディッシュ)(Nunc社、Corning社等)内で1×10
4〜10
5細胞/cm
2の細胞密度で培養した。
培地の組成は、DMEM/F12にN2サプリメント(1×)、EGF(20ng/ml)、bFGF(20ng/ml)、ATRA(100nM)、BIO(500nM)及びY27632(10μM)を含む。
培養開始後2日目でスフェアの形成が確認された(
図1)。
3.治療用角膜内皮代替細胞スフェアのタイトジャンクション
上記2.で得られたスフェアにおいて、細胞境界にタイトジャンクションが形成されているか否かを、ZO−1及びCLDN7の発現の有無を免疫蛍光染色法により調べることで確認した。
(1)ZO−1染色
1次抗体:×200希釈;ヤギ抗ZO−1抗体(LS−BIO、#LS−B9774)
2次抗体:×200希釈;Alexa Fluor 488標識ロバ抗ヤギ抗体(ライフテクノロジー、#A11055)
(2)CLDN7染色
1次抗体:×200希釈;ウサギ抗CLDN7抗体(アブカム、#ab27487)
2次抗体:×200希釈;Cy−3標識ロバ抗ウサギ抗体(ジャクソンラボ、#711−165−152)
(3)DAPI染色(同仁化学研究所、#D212)
結果を
図2に示す。細胞境界にZO−1及びCLDN7の発現が観察された。この結果より、スフェアの段階で既に細胞間タイトジャンクションが形成されていることがわかった。
4.治療用角膜内皮代替細胞スフェアから製造された治療用角膜内皮代替細胞層の機能評価−1
上記2.で得られたスフェアを、さらに1週間以上浮遊培養した後、通常の接着培養用ディッシュ(イワキ、#3000−035)にて接着培養するとスフェアはディッシュに接着し、細胞が該スフェアから広がっていった(
図3参照)。このスフェアから広がっていった細胞について種々のタンパク質の発現や機能を調べた。具体的には角膜内皮細胞に特徴的なN−カドヘリンの発現、細胞間タイトジャンクションに特徴的なZO−1の発現、角膜内皮細胞の機能として重要なNa,K−ATPase α1の発現について調べた。
(1)ZO−1染色
1次抗体:×100希釈;ウサギ抗ZO−1抗体(インビトロゲン、#40−2200)2次抗体:×200希釈;Cy−3標識ロバ抗ウサギ抗体(ジャクソンラボ、#711−165−152)
(2)N−カドヘリン染色
1次抗体:×100希釈;マウス抗N−カドヘリン抗体(サーモフィッシャーサイエンティフィック、#MA1−2002)
2次抗体:×200希釈;Alexa Fluor 488標識ロバ抗マウス抗体(ライフテクノロジー、#A21202)
(3)Na,K−ATPase α1染色
1次抗体:×200希釈;マウス抗Na,K−ATPase α1抗体(ノバス バイオロジカルス、#NB300−146)
2次抗体:×200希釈;Alexa Fluor 488標識ロバ抗マウス抗体(ライフテクノロジー、#A21202)
結果を
図4に示す。細胞境界にZO−1の発現が観察されタイトジャンクション構造を保っていることが確認された(
図4、左図)。また、角膜内皮細胞に特徴的なN−カドヘリンの発現が見られたことから接着結合も形成していることが確認された(
図4、中図)。さらに、角膜内皮細胞の機能として重要であるNa,K−ATPaseも細胞膜上に沿って発現していた(
図4、右図)。
さらに、上記2.で得られたスフェアをいったんスナップウェル(Corning、#3801)に撒きなおし、6日間培養してコンフルエントにした後、Ussing chamber(Physiological Instrument; EM-CSYS-2)に挿入してウェルの表裏のshort circuit current (SCC)を測定し、10μMのウワバイン添加前後のSCCの差よりNa,K−ATPaseポンプ機能を定量した。対照として、ヒト角膜内皮細胞株であるB4G12細胞(DSMZ、#ACC-647)のNa,K−ATPaseポンプ機能を定量した。結果を
図5に示す。本発明のスフェアはヒト角膜内皮細胞株であるB4G12細胞のポンプ機能と同等以上のポンプ機能を有していることがわかった。
5.治療用角膜内皮代替細胞スフェアから製造された治療用角膜内皮代替細胞層の機能評価−2
単層細胞シートの状態にある角膜内皮細胞を移植に使用する際、通常、細胞シートを酵素処理により単一細胞にして、細胞懸濁液として前房内に注入し角膜後面に接着させる。しかしながらこのような酵素処理は細胞にとってストレスであり、結果として間葉系の細胞形態に変化してしまう、即ち上皮−間葉移行(EMT)を生じてしまうといった問題点があった。
本発明のようにスフェアを経由した場合でもEMTが生じるのかを調べた。具体的には、EMTを獲得した細胞では上皮系から間葉系への発現マーカーの変化やアクチンストレスファイバーの再構築が誘導されることから、間葉系細胞のマーカー(例、α−SMA、FSP−1)の発現の有無、及びストレスファイバー形成の有無を調べた。
(1)α−SMA染色
1次抗体:×200希釈;ウサギ抗α−SMA抗体(Bioss、#bs−0189R)2次抗体:×200希釈;Cy−3標識ロバ抗ウサギ抗体(ジャクソンラボ、#711−165−152)
(2)アクチン染色
×40希釈;Alexa Fluor 488 Phalloidin(インビトロゲン、#A12379)
結果を
図6に示す。スフェアから得られた治療用角膜内皮代替細胞層ではα−SMA陽性細胞を認めず、又ストレスファイバーも形成されていなかった。これらの結果からスフェアを経由する本発明の方法を用いて得られた治療用角膜内皮代替細胞ではEMTが生じないことがわかった。
【0047】
実施例2:スフェア移植実験
1.治療用角膜内皮代替細胞スフェアを含有する移植用医薬組成物
上記2.で得られたスフェアを用いて、以下の手順で表1に記載の組成の移植用医薬組成物を調製した。
(1)DMEM/F12にATRA、Y27632、インスリン及びbFGFを添加した培地を調製する。
(2)(1)で得られた培地に細胞密度が1×10
7細胞/mlとなるようにスフェアを混合し細胞懸濁液(×2)を調製した。
(3)(2)で得られた細胞懸濁液200μlにビスコート(登録商標)0.5 200μlを添加して混合する。
ビスコート(登録商標)0.5には、日局精製ヒアルロン酸ナトリウム30mg/ml、及びコンドロイチン硫酸エステルナトリウム40mg/mlが含まれている。
【0048】
【表1】
【0049】
2.スフェアの移植
(手順)
上記1.で調製した移植用医薬組成物を用いて、治療用角膜内皮代替細胞スフェアを以下の手順で眼前房内に移植した。
(1)ウサギの前房を生理食塩水還流させながら、内皮面をこすり、細胞を脱落させた。
(2)細胞が脱落した前房を生理食塩水で洗浄した。
(3)洗浄後、上記1.で調製した移植用医薬組成物を26ゲージのシリンジを用いて前房内に注入した。
比較の為に、培地のみ注入した眼(Control;スフェアなし、ビスコートなし)、移植用医薬組成物を用いずにスフェアのみを注入した眼(スフェアあり、ビスコートなし眼)を準備した。
(4)2時間、ウサギをうつ伏せで安置した。
(5)2日間観察後、眼球を回収して肉眼的および顕微鏡的に観察した。
同様にカニクイザルについてもスフェアを前房内に注入した移植眼を作製した。
移植眼に対し、治療用角膜内皮代替細胞層の形成、角膜厚及び眼圧を測定した。
角膜厚は角膜厚測定装置(トーメーコーポレーション;SP-100)を、眼圧は眼圧測定装置(ホワイトメディカル;AccuPen(ACCUTOME社製))を、それぞれ用いて測定した。
(結果)
ウサギへの移植実験におけるControlと、「スフェアあり、ビスコートなし眼」では、術後2日後に回収した眼球の角膜後面には肉眼的および顕微鏡的にフィブリンの沈着が認められた(
図7A左、中)。「スフェアあり、ビスコートなし眼」を顕微鏡的に観察すると、フィブリンによりスフェアがからみとられていて角膜に接着できていない状態が観察された(
図7B)
一方、上記手順で移植用医薬組成物を使用してスフェアを移植した場合、角膜後面へのフィブリンの沈着は認めなかった(
図7A右)。この眼球角膜を顕微鏡的に観察したところ、角膜後面に接着し広がって、移植後2日でタイトジャンクションを保った治療用角膜内皮代替細胞層を形成することができた(
図7C)。ZO−1及び核の染色は、実施例1に準じて行った。
さらに、本発明のスフェアを、角膜内皮細胞を剥離したカニクイザル前房内に移植し、移植直後、移植後1日及び2日の時点での移植眼における角膜厚を測定した。結果を
図8に示す。移植眼では角膜浮腫が抑制され、角膜厚を維持できていることがわかる。また、眼圧の上昇も認められなかった。
【0050】
実施例3:培養角膜内皮細胞移植実験
1.培養角膜内皮細胞を含有する移植用医薬組成物
培養角膜内皮細胞株化細胞(B4G12細胞)を酵素処理にて単一細胞とした。
ヒアルロン酸ナトリウム15mg/ml及びコンドロイチン硫酸エステルナトリウム20mg/mlを添加した単一細胞化細胞懸濁液(懸濁液1)およびこれらを添加せず代わりにPBSを添加した単一細胞化細胞懸濁液(懸濁液2)を調製した。ヒアルロン酸ナトリウム及びコンドロイチン硫酸エステルナトリウム以外の添加物は、実施例2、表1に記載されているものと同様のものを同様の濃度で使用した。懸濁液1及び2とも、最終の細胞密度は1.0×10
5細胞/100μlとなるように調整した。
2.培養角膜内皮細胞の移植
(手順)
上記1.で調製した移植用医薬組成物を用いて、培養角膜内皮細胞を以下の手順で眼前房内に移植した。
(1)ウサギ(4羽)の前房を生理食塩水還流させながら、内皮面をこすり、角膜内皮細胞を直径8mmの範囲で剥離させた。
(2)細胞が脱落した前房を生理食塩水で洗浄した。
(3)洗浄後、上記1.で調製した移植用医薬組成物を26ゲージのシリンジを用いて前房内に1羽あたり200μl(=2.0×10
5細胞)ずつ注入した。単一細胞化懸濁液1を用いて調製した医薬組成物を注入した群(粘弾性物質添加群)、単一細胞化懸濁液2を用いて調製した医薬組成物を注入した群(PBS添加群)、それぞれ2羽ずつ作成した。
(4)3時間、ウサギの体位を制限して細胞を角膜後面へ沈着させ接着させた。
(5)2日間観察後、眼球を回収して角膜後面の接着細胞の範囲および密度を評価した。
(結果)
粘弾性物質添加群のウサギでは、角膜内皮細胞が剥離した直径8mmの範囲全体に亘って細胞の接着が確認された。一方、PBS添加群のウサギでは、接着範囲は5mm×6mm程度と粘弾性物質添加群に比べて狭かった。
各ウサギにおいて、角膜内皮細胞を剥離した領域内で任意に4個所選択し、各箇所における接着細胞の数を顕微鏡下で測定しその密度を算出した。結果を下記表2及び
図9に示す。
これらの結果より、培養角膜内皮細胞単一細胞化懸濁液の前房内注入法においても、粘弾性物質を添加することにより角膜後面への細胞の接着密度が有意に高くなることがわかった。
【0051】
【表2】