【実施例】
【0076】
〔ボールオンディスク摩擦摩耗試験機による試験〕
(1)試験の概要
本発明の方法で摺動部に表面処理が施された摺動部材(実施例1)と,摺動部を鏡面研磨した摺動部材(比較例1),摺動部に圧痕により形成された無数の凹部(マイクロディンプル)を備えた摺動部材(比較例2)をそれぞれ作成し,摩擦抵抗,耐摩耗性につき確認試験を行った結果を,以下に説明する。
【0077】
(2)試験対象(実施例及び比較例)
(2-1) 実施例1
摺動部材であるSDK11製の試験片(縦40mm,横40mm,厚さ5mm)の片面(摺動面)に,弾性研磨材を使用したブラスト加工により凹凸を形成した。
【0078】
摺動面の加工は,ブラスト加工を開始する前,予め摺動部の表面をRa0.1μmの鏡面とした状態で開始し,ブラスト加工装置として不二製作所製の「SFSR−2」(サクション式)を使用し,D50:1.2μmの砥粒(材質:SiC(炭化ケイ素)がゴム系の弾性体に分散された,全体粒径650μmの弾性研磨材を噴射して凹凸を形成した。
【0079】
なお,弾性研磨材の噴射は,噴射圧力0.2MPa,ノズル内径φ9mm,噴射距離50mm,噴射角度30°として加工時間10minで行った。
【0080】
なお,上記処理後の試験片の表面を撮影した電子顕微鏡写真を
図1に示す。
【0081】
図1中,濃色のグレーに表れている部分(
図1中に○印で囲んだ部分)が,SKD11に含まれるクロム系の炭化物(Cr
7C
3)であり,上記加工によって隆起し凸部となった部分である。
【0082】
加工後の摺動部の凸部高さは0.2μmでSEM画像中に現れた凸部の面積は,摺動部の総面積に対し30%である。
【0083】
(2-2) 比較例1(鏡面)
比較例1として,同様の試験片(SKD11)の片面を,Ra0.02μmの鏡面に研磨したのみで,他の処理を行っていない試験片を用意した。
【0084】
(2-3) 比較例2(マイクロディンプル)
比較例1の試験片の鏡面加工面(Ra0.02μm)に対し,下記の2工程の加工を行い,摺動部となる表面に,ショットの衝突によって形成された圧痕から成る無数の凹部(マイクロディンプル)を形成した。
【0085】
工程1
不二製作所製のブラスト加工装置「SCF−3」(サクション式),ブラストガン「F2−4型」を使用して,ハイス鋼製のビーズ(不二製作所製「FHS♯400」)噴射圧力は0.5MPa,ノズル内径φ9mm,噴射距離100〜150mm,噴射角度90°,加工時間10〜20秒(40mm×40mmの範囲)で噴射して,試験片の表面に,ビーズの衝突によりマイクロディンプルを形成した。
【0086】
工程2
前記マイクロディンプルが形成された後の試験片の表面に対し,不二製作所製のブラスト加工装置シリウス「LDQWSR−3」(ブロワー式)を使用して,弾性研磨材(不二製作所製「SI−G100−7」)を噴射圧力は0.06MPa,ノズル内径φ9mm,噴射距離50〜100mm,噴射角度30〜40°,加工時間2秒(40mm×40mmの範囲)で噴射して,試験片の表面をRa0.2μmに調整した。
【0087】
(3)試験内容
(3-1) 試験方法
実施例1及び比較例1,2の各試験片に対し,ボールオンディスク摩擦摩耗試験機(レスカ製「FPR2100」)を使用して,摩擦摩耗試験を行った。
【0088】
ボールオンディスク摩擦摩耗試験法は,
図2に示すように試験片にボールを所定の荷重をかけた状態で押しつけて回転摺動させることにより動摩擦係数を測定する試験方法であり(JIS R 1613),本試験例では,荷重を1500gf,回転速度200min
-1,回転径を直径5mm,ボール材としてSUJ2(直径6mm)を使用して,測定を行った。
【0089】
ボール材と試料との摺動部には,動粘度VG10である比較的低動粘度の潤滑油を給油している。
【0090】
(3-2) 検査事項と検査方法
動摩擦係数の測定
試験片毎に,時間の経過毎の動摩擦係数の変化を測定した。摩擦係数の変化の測定は,摩擦係数μが0.7以上になるまで,又は,試験開始後24時間経過する迄行った。
【0091】
(4)試験結果
摩擦係数の変化確認
本発明の方法で摺動部の表面処理を行ったSKD11製の試験片(実施例1)と,摺動部を鏡面とした試験片(比較例1),及び摺動部にマイクロディンプルを形成した試験片(比較例2)それぞれの経時に対する摩擦係数の変化の状態を表1に示す。
【0092】
【表1】
【0093】
表1より明らかなように,実施例1の試験片では,24時間の摩擦摩耗試験によっても摩擦係数が0.7以上に上昇することがなく,また,24時間経過後も摩擦係数は測定開始後1時間の摩擦係数に対し1.4倍程度の上昇しか示しておらず,安定的,且つ長期間に亘り低摩擦性を発揮しており,1500gfの荷重をかけた状態においても,少なくとも24時間以上の油膜保持力を有することが確認された。
【0094】
これに対し,比較例1の試験片(鏡面)では,測定開始後,15時間で摩擦係数が0.7を超えており,比較的短時間で油膜保持力が失われていることが判る。
【0095】
一方,比較例2の試験片(マイクロディンプル)では,24時間の経過後においても摩擦係数が0.7を超えることは無く,0.46程度に止まっていることから,ある程度の油膜保持力は維持されているものと考えられる。
【0096】
しかし,比較例2の試験片では,測定開始後5時間で,測定後1時間の摩擦係数に対し,約3.4倍まで摩擦係数が上昇しており,比較的短時間で油膜保持力が大幅に低下していることが確認できた。
【0097】
以上の結果から,摺動部を鏡面とした比較例1の試験片では,摺動部の凹凸がRa0.02μmと微少であるために,摺動部の表面に対する油膜の保持力が元々小さく,面圧がかかると摺接面より潤滑油が排出されて相手方部材(ボール)と直接接触する結果,試験初期において点接触していたボールと試料が,摩耗の進行と共に面接触に変化して摩擦係数が増大することで,大幅な摩擦抵抗の上昇を示したものと考えられる。
【0098】
これに対し,摺動部にマイクロディンプルが形成された比較例2の試験片では,ディンプル内に潤滑油が保持されることにより,摺動部を鏡面とした比較例1の試験片に比較して油膜保持効果を長時間維持し,その結果,試験開始後24時間を経過した後においても摩擦係数を0.7未満に維持することができているものと考えられる。
【0099】
しかし,比較例2の摺動部に形成されたマイクロディンプルの形成によって生じた凹凸は,凸部が高硬度の材料によって形成されたものではないため,試験開始後,比較的短時間で凸部が相手方部材(ボール)との接触によって摩耗してしまい,凸部間に潤滑油の保持が行われているものの,試験開始当初に比較して保持できる潤滑油量が減少したことで,測定開始後,5時間程度の比較的短時間で摩擦係数の大幅な増大が生じたものと推測できる。
【0100】
これに対し,本発明の方法で凹凸が形成された実施例1の試験片では,摺動部に形成された凹凸の凸部は,高硬度な炭化物或いは金属間化合物によって形成されたものであることから,相手方部材(ボール)との接触によっても摩耗し難く,長期にわたり初期の凹凸形状が維持されることで,潤滑油の高い保持力が長期間にわたり維持される結果,長時間,安定して低摩擦係数を示したものと考えられる。
【0101】
〔凸部高さと摩擦係数の関係の確認試験〕
試験片(SKD11)に対するブラスト加工条件を変化させて,摺動部に形成する凸部の高さを0.1〜4μmの範囲で変化させたものと,鏡面(凸部高さ0)の摩擦係数の変化状態を測定した結果を
図3に示す。このとき,鏡面の凸部高さは0とする。
【0102】
凸部高さが0.05〜3.0μmの範囲では摩擦係数0.3以下という比較的低い値が実現されているが,特に0.1〜2.0μm以下の範囲においては摩擦係数0.2以下と非常に低い範囲で安定していることが確認された。
【0103】
したがって,凸部高さは,より好ましくは0.1〜2.0μmであることが確認された。
【0104】
〔軸受の耐久性試験〕
(1)SUS440製軸受
(1-1) 試験方法
SUS440(焼入れ焼き戻し鋼)製のニードルベアリング(外径52mm,内径25mm,長さ25mmの円筒形)を複数準備し,各ニードルベアリングの摺動部に対し,本発明の表面処理を施すことにより,未処理品に対し,どの程度の耐久性の向上(寿命の延長)が得られるかを確認する試験を行った。
【0105】
表面処理は,各ベアリングの摺動面(Ra0.1μm)に対し,エア式のブラスト加工装置(不二製作所製「FDDSR−4」;直圧式)を使用して,噴射圧力0.2MPa,ノズル内径φ7mm,ノズル距離50mm,噴射角度30°としてブラスト加工を行うことで,炭化物(CrC)乃至は金属間化合物の凸部を形成した。
【0106】
研磨材として使用した前述の弾性研磨材(平均粒径650μm)は,SiC砥粒(♯8000/D50:2μm)を弾性体に含有させたものを使用し,これを噴射量4kg/minで噴射した。
【0107】
ブラスト加工後のSUS440材の表面電子顕微鏡写真(SEM像)を
図4に示す。
図4中,僅かに白っぽく表れている部分(
図4中に○印を付けた部分)が,SUS440に含まれるクロム系の炭化物(CrC)であり,上記加工によって突出して凸部となった部分である。
【0108】
凸部高さは0.4μm。また,SEM像中に表れた凸部の面積は,摺動部の総面積に対し4%であった。
摺動部の表面状態の測定条件は,表2に示す通りである。
【0109】
【表2】
【0110】
耐久性(寿命)評価は,下記の3パターンの組み合わせから成る実施例に対して実施した。
実施例2:内輪,外輪及び転動体の摺動部全てに本発明の表面処理を実施。
実施例3:内輪及び外輪の摺動部に対してのみ本発明の表面処理を実施。
実施例4:転動体の摺動部に対してのみ本発明の表面処理を実施。
比較例3:表面処理を行っていない(購入したままの状態)。
【0111】
測定は,軸受耐久試験機を使用して行い,潤滑剤としてグリースを使用し,実施例2〜4及び比較例3の軸受共に,いずれも一定のラジアル荷重,スラスト荷重を加えた状態で,且つ,いずれも軸受に取り付けた軸を一定の回転速度で継続的に回転させ,軸受の軌道面や転動体の表面にうろこ状の剥離が発生した時点を「寿命」と評価した。
【0112】
(1-2) 試験結果
未処理の軸受(比較例3)が寿命を迎える迄に要した時間を「1」とし,これに対し,各実施例(実施例2〜4)の軸受が寿命を迎える迄の時間が何倍に延長されているかを評価した結果を,表3に示す。
【0113】
【表3】
【0114】
以上の結果,本発明の方法で表面処理を行うことで,いずれの組合せにおいて耐久性の向上が得られることが確認された。
【0115】
特に,内輪,外輪,及び転動体の全ての摺動部に本発明の表面処理を施した場合(実施例2)には,未処理の場合(比較例3)に対し,3倍という大幅な耐久性の向上が得られており,本発明の表面処理方法が摺動部の低摩擦性及び耐摩耗性を実現する上で極めて有効な手段であることが確認された。
【0116】
(2)SUJ2製軸受
(2-1) 試験方法
SUJ2製の玉軸受(外径52mm,内径25mm,長さ12mmの円筒形)を複数準備し,各ベアリングの摺動部に対し,本発明の表面処理を施すことにより,未処理品に対し,どの程度の寿命の延長が得られるかを確認した。
【0117】
表面処理は,各ベアリングの摺動面(Ra0.2μm)に対し,エア式のブラスト加工装置(不二製作所製「SFSR−2」;サクション式)を使用して,噴射圧力0.15MPa,ノズル内径φ7mm,ノズル距離100mm,噴射角度40°としてブラスト加工を行うことで,炭化物(CrC)乃至は金属間化合物の凸部を形成した。凸部高さは0.3μm。
【0118】
研磨材として使用した前述の弾性研磨材(平均粒径1000μm)は,ダイヤモンド砥粒(♯10000/D50:1μm)をゼラチン製の核体に付着させたものを使用し,これを噴射量1kg/minで噴射した。
【0119】
なお,摺動部の表面状態の測定条件は,表2に示した通りである。
耐久性(寿命)の評価は,下記の3パターンの実施例に対して実施した。
実施例5:内輪,外輪及び転動体の摺動部全てに本発明の表面処理を実施。
実施例6:内輪及び外輪の摺動部に対してのみ本発明の表面処理を実施。
実施例7:転動体の摺動部に対してのみ本発明の表面処理を実施。
比較例4:表面処理を行っていない(購入したままの状態)。
【0120】
測定は,軸受耐久試験機を使用して行い,潤滑剤としてグリースを使用し,実施例5〜7及び比較例4の軸受共に,いずれも一定のラジアル荷重,スラスト荷重を加えた状態で,且つ,いずれも軸受に取り付けた軸を一定の回転速度で継続的に回転させ,軸受の軌道面や転動体の表面にうろこ状の剥離が発生した時点を「寿命」と評価した。
【0121】
(2-2) 試験結果
未処理の軸受(比較例4)が寿命を迎える迄に要した時間を「1」とし,これに対し,各実施例(実施例5〜7)の軸受が寿命を迎える迄の時間が何倍に延長されているかを評価した結果を,表4に示す。
【0122】
【表4】
【0123】
以上の結果,本発明の方法で表面処理を行うことで,いずれの組合せにおいて耐久性の向上が得られることが確認された。
【0124】
特に,内輪,外輪,及び転動体の全ての摺動部に本発明の表面処理を施した場合(実施例5)には,未処理の場合(比較例4)に対し,2.7倍という大幅な耐久性の向上が得られており,本発明の表面処理方法が摺動部の低摩擦性及び耐摩耗性を実現する上で極めて有効な手段であることが確認された。
【0125】
(3)CAC603製軸受
(3-1) 試験方法
CAC603製のメタル軸受(すべり軸受:外径31mm,内径25mm,長さ22mmの円筒形)を複数準備し,各軸受の摺動部(内周面)に対し,本発明の表面処理を施すことにより,未処理品に対し,どの程度の耐久性の向上(寿命の延長)が得られるかを確認した。
【0126】
表面処理は,各軸受の摺動面(Ra0.1μm)に対し,エア式のブラスト加工装置(不二製作所製「SFSR−2」;サクション式)を使用して,噴射圧力0.1MPa,ノズル内径φ9mm,ノズル距離50mm,噴射角度30°としてブラスト加工を行うことで,銅合金中のスズ系金属間化合物(CuSn)の凸部を形成した。凸部の高さは0.3μmである。
【0127】
研磨材として使用した前述の弾性研磨材(平均粒径650μm)は,Al
2O
3砥粒(♯6000/D50:3μm)を弾性体中に練り込んだものを使用し,これを噴射量1kg/minで噴射した。摺動部の表面状態の測定条件は,表2に示す通りである。
【0128】
耐久性(寿命)の評価は,摺動部(内周面)に上記方法で表面処理を施したメタル軸受(実施例8)と,本発明の表面処理を行っていない,購入したままの状態のメタル軸受(比較例5)に対して実施した。
【0129】
測定は,軸受耐久試験機を使用して行い,潤滑剤としてグリースを使用し,実施例8及び比較例5の軸受共に,いずれも一定のラジアル荷重,スラスト荷重を加えた状態で,且つ,いずれも軸受に支承した軸を一定の回転速度で継続的に回転させ,軸受の軌道面の表面にうろこ状の剥離が発生した時点を「寿命」と評価した。
【0130】
(3-2) 試験結果
未処理の軸受(比較例5)が寿命を迎える迄に要した時間を「1」とし,これに対し,実施例8の軸受が寿命を迎える迄の時間が何倍に延長されているかを評価した結果を,表5に示す。
【0131】
【表5】
【0132】
以上の結果,本発明の方法で表面処理を行うことで,銅合金(CAC603)製の軸受についても耐久性の向上が得られることが確認され,本発明の表面処理方法が,炭素鋼のみならず,非鉄系の合金の摺動部材に対しても有効に利用できる表面処理方法であることが確認できた。
【0133】
〔その他の材質に対する適用例〕
本発明の方法で表面処理を行った粉末ハイス鋼(SKH51)製の試験片の表面電子顕微鏡写真を
図5に,Al−Si系合金(AC8A)製の試験片の表面電子顕微鏡写真を
図6にそれぞれ示す。○で囲んだ部分が,炭化物である。
【0134】
いずれの試験片共に,炭化物あるいは金属間化合物からなる凸部の隆起を確認することができ,本発明の表面処理が,通常の炭素鋼のみならず,粉末ハイス鋼のような粉末冶金によって製造された鋼や,Al−Si系合金等の非鉄系合金に対しても適用できることが確認された。
【0135】
このように,本発明の表面処理方法は,素地中に炭化物や金属間化合物が散在している合金によって少なくとも摺動部が形成されている摺動部材に対し広く適用可能である。