(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6783516
(24)【登録日】2020年10月26日
(45)【発行日】2020年11月11日
(54)【発明の名称】カリシウイルス不活化効果を有する組成物
(51)【国際特許分類】
A01N 47/44 20060101AFI20201102BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20201102BHJP
A01N 31/02 20060101ALI20201102BHJP
【FI】
A01N47/44
A01P1/00
A01N31/02
【請求項の数】5
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-239791(P2015-239791)
(22)【出願日】2015年12月9日
(65)【公開番号】特開2017-105723(P2017-105723A)
(43)【公開日】2017年6月15日
【審査請求日】2018年11月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000106106
【氏名又は名称】サラヤ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】隈下 祐一
(72)【発明者】
【氏名】越智 淳子
(72)【発明者】
【氏名】中村 絵美
(72)【発明者】
【氏名】山本 将司
【審査官】
池上 佳菜子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2014−019659(JP,A)
【文献】
特開2014−152154(JP,A)
【文献】
特開2015−071589(JP,A)
【文献】
池田敬子,アルコールとタンパク質変性剤を組み合わせた非エンベロープウイルスの不活化,日本ウイルス学会学術集会プログラム抄録集,2014年,62,319
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01P 1/00
A01N 31/02
A01N 47/44
A61L 2/16
A61L 12/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下、(a)および(b)を含み、pHが6〜9の範囲にある、カリシウイルス不活化用即効性組成物
(a)0.05〜0.5wt%のポリヘキサメチレングアニジン系化合物
(b)50〜95wt%のエタノールまたはエタノールとイソプロパノール及びノルマルプロパノールの少なくとも1種との混合物。
【請求項2】
カリシウイルス科のネコカリシウイルスおよびマウスノロウイルスの少なくとも一方に対してウイルス不活化効果を有する請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
ヒトの手指若しくは皮膚の消毒、または環境表面若しくは器具の消毒に用いられる、請求項1または2に記載する組成物。
【請求項4】
50〜95wt%のエタノールまたはエタノールとイソプロパノール及びノルマルプロパノールの少なくとも1種との混合物を含む水溶液にカリシウイルス不活化即効作用を付与する方法であって、前記水溶液に0.05〜0.5wt%となる割合でポリヘキサメチレングアニジン系化合物を配合し、水溶液のpHを6〜9に調整することを特徴とする、前記方法。
【請求項5】
前記方法が、同時に、エタノールとポリヘキサメチレングアニジン系化合物を含有する水溶液の金属腐食性を抑制する方法でもある、請求項4に記載する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品衛生、医療、福祉などの分野において、日常行う衛生管理、とくに対象物表面に適用し、ノロウイルスを代表としたカリシウイルス科のウイルス不活化効果を有する組成物
に関する。
【背景技術】
【0002】
カリシウイルス科の代表的なウイルスであるノロウイルスは近年、厚生労働省が行っている食中毒統計においても、最も患者数の多い食中毒の原因ウイルスとして知られ、ノロウイルスに汚染された食品
を摂取することで食中毒を引き起こす。
【0003】
ノロウイルスは少量(10個〜100個)でもヒトに十分感染する力を有しており、環境中においても長期間生存できる。そのため、二次感染を引き起こし、一人の感染者が原因で何百、何千人
に感染症を引き起こす可能性がある。
【0004】
感染経路としては、たとえば、ノロウイルスに汚染された食品を調理した調理器具やヒトの手を介して、他の食品に汚染が広がるケースがある。また、ノロウイルス患者の糞便中には数週間に渡り、ウイルスが排出されるので、患者の手を介して環境表面(トイレ周辺、ドアノブ、手すり、テーブルなど)が汚染され、二次感染を引き起こすケースもある。さらには、ノロウイルス患者が嘔吐した際に、その処理が不十分であったことが原因で環境中にウイルスが残存し、多数の二次感染者を出すケースも少なくない。
【0005】
したがって、食品を取り扱う施設のみならず、医療施設、福祉施設および公共施設などにおいてもノロウイルス対策はとても重要な課題となっており、ノロウイルス不活化効果を有する組成物の発明が望まれている。
【0006】
しかしながら、ヒトに感染するノロウイルスは、現在のところ実験室における培養系が確立されていない。そこで、ノロウイルスの不活化効果を評価するために、その代替ウイルスとして、同じカリシウイルス科のネコカリシウイルスが用いられている。また、近年では、よりノロウイルスと遺伝子系統的に近い、マウスノロウイルスが培養できるようになり、ノロウイルスの代替ウイルスとして用いられるようになっている(非特許文献1、非特許文献2)。
【0007】
カリシウイルスは物理化学的抵抗性が強く、ウイルスを不活化するのは非常に困難である。たとえば、消毒用アルコールでは短時間でのウイルス不活化効果は低く、逆性石けんについてもほとんど不活化効果は得られない。
【0008】
そのため、ノロウイルス不活化の一般的な方法としては、次亜塩素酸ナトリウム(200ppm以上)や加熱や熱湯による処理(85℃以上)が利用されている。しかし、次亜塩素酸ナトリウムや加熱による処理は対象となる環境表面の材質や素材に悪影響を及ぼす可能性があ
る。また、熱湯による処理は対象表面や素材にかけた時点で温度が低下してしまい、温度を保持させるのが難しいという問題がある。
【0009】
一方、ジデシルジメチルアンモニウムクロリド(DDAC)、ベンザルコニウム塩化物(BAC)あるいはポリヘキサメチレンビグアニド系化合物(PHMB)単独ではカリシウイルスに対する不活化効果は得られないが、DDAC、エタノールおよびアルカリ剤を組み合わせると、ネコカリシウイルスに対する不活化効果が高まり、環境表面の消毒剤としての利用が期待できるという報告がある(非特許文献3)
【0010】
また、特許第4975987号には、PHMBを0.05〜0.5重量%含むとともに、アルコールを40〜80重量%含み、pHを9〜12の範囲に調整したノロウイルス不活化効果を有する組成物が開示されている(特許文献1)
【0011】
そして、特許第5255495号では、ビス型のカチオン系界面活性剤である1,4 − ビス(3 ,3’−(1−デシルピリジニウム)メチルオキシ) ブタンジブロマイドを0.01質量%以上、エチレンジアミン四酢酸を0.000625質量%以上含有する殺カリシウイルス剤組成物が開示されている(特許文献2)
【0012】
上記のような、DDACやPHMBおよびエタノールにアルカリ剤を加えた製剤はpHが9以上であるため、使用用途によっては材質に影響を及ぼしたり、取扱いに注意が必要であるなどの安全面の問題がある。
【0013】
また、環境表面や手指に使用することを想定した場合には速乾性や即効性が求められることが多いが、1,4 − ビス(3 ,3’−(1−デシルピリジニウム)メチルオキシ) ブタンジブロマイドとエチレンジアミン四酢酸との組み合わせは、これらの点に関して劣っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特許第4975987号公報
【特許文献2】特許第5255495号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】「Murine Norovirus:a Model System To Study Norovirus Biology and Pathogenesis」Journal of Virology,Vol.80,No.11,5104−5112(2006)
【非特許文献2】「Compatative Efficacy of Seven Hand Sanitizers against Murine Norovirus,Feline Calicivirus, and GII.4 Norovirus」,Journal of Food Protection,Vol.73,No.12,2232−2238(2010)
【非特許文献3】「ノロウイルス代替のネコカリシウイルスおよび各種微生物に有効なエタノール製剤の開発」、防菌防黴、Vol.35,No.11,725−732(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は短時間でカリシウイルス科のウイルスを不活化でき、且つ、安全性や材質に及ぼす影響が少ないカリシウイルス不活化効果を有する組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
エタノールやPHMBやDDACはアルカリ(pH9〜12)にすることでカリシウイルスに対する効果が得られていたが、速乾性に優れ、安全で、かつ、材質に及ぼす影響が少ないより中性付近(pH6〜9)での有効性は得られない。
【0018】
本発明では速乾性に優れ、pH6〜9でカリシウイルス不活化効果を有する組成物について鋭意研究を重ねた結果、低級アルコールを40〜95wt%含む水溶液に、ポリヘキサメチレングアニジン系化合物
を添加した組成物がpH6〜9付近であるにも関わらずカリシウイルスに対して2分以内にウイルス不活化効果を有することを見出した。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、低級アルコールとポリヘキサメチレングアニジン系化合物を組み合わせることでpH6〜9でもカリシウイルスに短時間で不活化効果を有する組成物を得ることができる。また、本発明は低級アルコールを配合し、pHも6〜9と中性付近であるため、速乾性に優れ、安全で、かつ、材質に及ぼす影響が少ないカリシウイルス不活化効果を有する組成物である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は( a )0.05〜0.5wt%のポリヘキサメチレングアニジン系化合物、( b )40〜95wt%の低級アルコールまたは2つ以上のこれらの混合物を含有したカリシウイルス不活化効果を有する組成物ある。
【0021】
ポリヘキサメチレングアニジン系化合物は通常、ポリヘキサメチレングアニジン塩酸塩(PHMGH)あるいはポリヘキサメチレングアニジンリン酸塩(PHMGP)の形
で販売されている。
【0023】
本発明の組成物中に含まれるポリヘキサメチレングアニジン系化合物の配合量は、0.05〜0.5wt%である。ポリヘキサメチレングアニジン系化合物が0.05wt%であるとカリシウイルス不活化効果が不十分であり、0.5wt%を超えるとカリシウイルス不活化効果に大きく変化はみられなくなる。また、0.5wt%を超えた場合には手肌への優しさが低下し、環境表面などの材質に及ぼす影響が大きくなる。
【0024】
本発明の組成物中に含まれる低級アルコールとしては、エタノール、イソプロパノール、ノルマルプロパノールから選ばれ、これら単独あるいは2つ以上を組み合わせて用いる。組成物中のアルコール含有量は40〜95wt%、特に50〜80wt%であるのが好ましい。アルコールの含有量が40wt%未満であるとカリシウイルス不活化効果が不十分となる。
【0025】
安全性および環境表面などの材質に及ぼす影響を考慮する上で、本発明の組成物のpHは重要であり、6〜9、特に7〜8の中性であることが好ましい。pHを調整する場合はpH調整剤を適量添加する。pH調整剤としては、有機酸、無機酸、あるいは有機塩、無機塩などを用いる。例えば、乳酸、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、リン酸、乳酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、リンゴ酸ナトリウム、グルコン酸ナトリウム、塩化ナトリウム、炭酸ナトリウム、リン酸三ナトリウム、炭酸水素ナトリウムなどが挙げられる。
【0026】
本発明の組成物はヒトの手指や皮膚の消毒、および環境表面・器具等の消毒に用いることができる。環境表面・器具とは特にノロウイルスに汚染されている可能性が高い、ヒトが手でよく触れる部分が主であり、具体的にトイレ周辺(便座、便器、便器フタ、水洗レバー)、ドアノブ、電気スイッチ、手すり、テーブル、医療器具などである。
【実施例】
【0027】
本発明の効果を確認するため、カリシウイルス科でノロウイルスの代替として用いられるネコカリシウイルスおよびマウスノロウイルスの不活化試験を行った。また、材質に及ぼす影響を評価するため、金属腐食性試験を行った。
【0028】
(ウイルス不活化試験の内容)
[使用ウイルス]
ネコカリシウイルスF9株(FCV)およびマウスノロウイルスS7株(MNV)を用いた。
[使用細胞]
FCVは猫腎臓細胞(CRFK)を用いた。MNVはRAW264細胞(RAW)を用いた。
[培養に用いる培地]
FCVにはDulbecco‘s modified Eagle’s 培地(DMEM)を用い、血清は新生仔ウシ血清(NCS)を用いた。MNVにはEagle‘s minimum essential 培地(MEM)を用い、血清はウシ胎児血清(FBS)を用いた。
[ウイルス不活化試験]
試験薬剤0.9mLにウイルス液を0.1mL加え、20℃で一定時間作用させた。作用後、FCVはDMEM(10%NCS配合)で10倍希釈して反応停止後、DMEM(2%NCS配合)で段階希釈し、あらかじめ96穴プレートで培養していたCRFKに接種し、37℃、5%CO2条件下で3日間培養した。MNVはMEM(10%FBS配合)で10倍希釈して反応停止後、MEM(10%FBS配合)段階希釈し、あらかじめ96穴プレートで培養していたRAWに接種し、37℃、5%CO2条件下で4日間培養した。培養後、細胞変性効果を確認し、ウイルス感染価(TCID50)を求め、対数減少値を算出した。
[判定基準]
◎:対数減少値4以上(または対数減少値3以上で検出限界以下)
○:対数減少値3以上
△:対数減少値2〜3
×:対数減少値2未満
◎、○であれば実用上有効とした。
[試験薬剤]
試験薬剤は実施例1〜6、比較例1〜6の薬剤を用いた。各薬剤の組成は結果と共に示される下記表1および2中に示すとおりである。表1は本発明の好適な実施例について示した。表2はポリヘキサメチレングアニジン化合物とポリヘキサメチレンビグアニド(PHMB)のpHによるウイルス不活化効果比較について示した。
【0029】
【表1】
【0030】
【表2】
【0031】
表1から本発明にかかる組成物である実施例1〜6は1分間の作用でもFCVに対して優れた不活化効果を示しており、実施例1、2および5についてはMNVに対しても優れた不活化効果を示すことがわかる。一方、エタノールおよびPHMGPをそれぞれ単独で配合した比較例1および2に関しては、FCVに対する不活化効果は低かった。
【0032】
また、表2から本発明にかかる低級アルコールにPHMGHおよびPHMGPを配合した、実施例1、5および6は2分間の作用で非常に優れたFCV不活化効果を示しているのに対し、低級アルコールにPHMBを配合し、pHを7付近に調整した比較例3については優れた効果は得られなかった。低級アルコールにPHMGH、PHMGPあるいはPHMBを配合し、pHを11.7〜11.8のアルカリ域に調整した比較例4〜6は、共に優れたFCV不活化効果を示し、その効果は同等であった。
【0033】
(金属腐食性試験の内容)
[試験方法]
ステンレス(SUS304、SUS430)およびアルミニウムのテストピースを試験薬剤に浸漬し、室温で1週間静置した。試験前後の外観変化を観察し、金属腐食性の有無を確認した。
[試験薬剤]
試験薬剤としては、FCVに対して高い不活化効果を示した実施例5(pH7.4)および比較例6(pH11.7、PHMB配合)を用いた。
【0034】
【表3】
【0035】
表3から、実施例5ではステンレスおよびアルミニウムのテストピースに対する金属腐食性はみられなかった。一方、比較例6はステンレステストピースに対する金属腐食性はみられなかったが、アルミニウムテストピースに対して金属腐食性がみられた。このように実施例5はカリシウイルスに対する効果が高い上に、金属に及ぼす影響も少ないことを確認した。
【0036】
以上の結果より、低級アルコールにポリヘキサメチレングアニジン化合物を配合した組成物はカリシウイルス科のFCVおよびMNV両方のウイルスに対して優れた効果を発揮し、かつ、金属など材質に及ぼす影響が少ない点で先行技術よりも優れている。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明によれば、低級アルコールとポリヘキサメチレングアニジン化合物を組み合わせることで、ノロウイルスを代表としたカリシウイルス科のウイルスに対して優れた不活化効果を発揮する組成物を得ることができる。本発明は低級アルコールを配合し、pHは6〜9の組成物であることから、速乾性に優れ、安全で、かつ、材質に及ぼす影響が少ないことを特徴としており、手指消毒や環境表面および物品の消毒に利用できる。