特許第6783627号(P6783627)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人慶應義塾の特許一覧 ▶ 株式会社アイセロの特許一覧

<>
  • 特許6783627-積層フィルム 図000003
  • 特許6783627-積層フィルム 図000004
  • 特許6783627-積層フィルム 図000005
  • 特許6783627-積層フィルム 図000006
  • 特許6783627-積層フィルム 図000007
  • 特許6783627-積層フィルム 図000008
  • 特許6783627-積層フィルム 図000009
  • 特許6783627-積層フィルム 図000010
  • 特許6783627-積層フィルム 図000011
  • 特許6783627-積層フィルム 図000012
  • 特許6783627-積層フィルム 図000013
  • 特許6783627-積層フィルム 図000014
  • 特許6783627-積層フィルム 図000015
  • 特許6783627-積層フィルム 図000016
  • 特許6783627-積層フィルム 図000017
  • 特許6783627-積層フィルム 図000018
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6783627
(24)【登録日】2020年10月26日
(45)【発行日】2020年11月11日
(54)【発明の名称】積層フィルム
(51)【国際特許分類】
   B32B 9/00 20060101AFI20201102BHJP
   B32B 27/30 20060101ALI20201102BHJP
   C01B 25/32 20060101ALI20201102BHJP
【FI】
   B32B9/00 Z
   B32B27/30 102
   C01B25/32 B
【請求項の数】7
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-215867(P2016-215867)
(22)【出願日】2016年11月4日
(65)【公開番号】特開2018-69691(P2018-69691A)
(43)【公開日】2018年5月10日
【審査請求日】2019年10月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】学校法人慶應義塾
(73)【特許権者】
【識別番号】000100849
【氏名又は名称】株式会社アイセロ
(74)【代理人】
【識別番号】100122954
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷部 善太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 泰之
(72)【発明者】
【氏名】今井 宏明
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 誠法
【審査官】 磯部 洋一郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−63452(JP,A)
【文献】 特開2013−121914(JP,A)
【文献】 特開2014−181160(JP,A)
【文献】 特開2006−131469(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 9/00
B32B 27/30
C01B 25/32
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリビニルアルコール系樹脂フィルムの少なくとも一面にフッ素アパタイトの柱状結晶からなる層が形成されてなる積層フィルム。
【請求項2】
フッ素アパタイトの柱状結晶がc軸配向されている請求項1に記載の積層フィルム。
【請求項3】
柱状結晶からなる層は、c軸配向されたフッ素アパタイトの結晶がそのc軸方向に複数層形成されている請求項2に記載の積層フィルム。
【請求項4】
ポリビニルアルコール系樹脂フィルムが水溶性である請求項1〜3のいずれかに記載の積層フィルム。
【請求項5】
40℃未満のフッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液、又はアニオン性有機化合物を添加したフッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液に、ポリビニルアルコール系樹脂フィルムを浸漬し、該ポリビニルアルコール系樹脂フィルムの少なくとも一面にフッ素アパタイトの柱状結晶を形成させる工程を有する請求項1〜4のいずれかに記載の積層フィルムの製造方法。
【請求項6】
40℃以上の水で請求項1〜4のいずれかに記載の積層フィルムを処理し、ポリビニルアルコール系樹脂フィルムを溶解・除去し、フッ素アパタイトの柱状結晶からなる層を取り出す工程を有するフッ素アパタイト柱状結晶のフィルムの製造方法。
【請求項7】
フッ素アパタイトの柱状結晶からなる層からなるフィルム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は積層フィルム及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水酸アパタイトやフッ素アパタイト等は生物の歯や骨を構成する材料として知られており、またそれらは高い生体親和性を有する性質を利用して、人工骨や骨充填剤として利用される。
特に、フッ素アパタイトは歯のエナメル質を構成し、強固な構造を有するので、より耐う蝕性に優れる。
また、生体内のアパタイトは方位が揃ったナノ結晶集積体の形態で存在するため、上記のアパタイトの結晶も、そのサイズ、形状、方位、集積状態を制御することが重要である。特に、アパタイトの結晶には板状結晶や柱状結晶等の種類があり、どの構造の結晶を得るかは、その利用性の点において極めて重要である。
【0003】
そして、例えば特許文献1において有機高分子を主成分とする基材表面をシランカップリング剤で処理した後、カルシウムイオンとリン酸イオンを含有する水溶液中に浸漬して、該基材表面に生体活性水酸アパタイト膜を設けることが知られている。しかしながら、得られた生体活性水酸アパタイト膜を構成する結晶が、どのようなサイズ、形状、方位、集積状況を有するのかまでは不明である。
【0004】
特許文献2には、有機高分子からなる基材を、カルシウムとリンを含む第一の水溶液と接触させた後に乾燥する第一工程と、第一工程を経た基材を、飽和ないし過飽和の濃度のアパタイト成分を含む第二の水溶液に接触させる第二工程と、を含む水酸アパタイト膜の製造方法が記載されている。しかしながら、この文献によっても、得られたアパタイト膜を構成する結晶が、どのようなサイズ、形状、方位、集積状況を有するのかまでは不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平06−293504号公報
【特許文献2】特開平10−287411号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来のアパタイト膜の製造によっては、結晶構造を制御することが困難であった。さらに、製造条件や方法が複雑であると共に十分に厚みを有するアパタイト膜を得ることができなかった。中でも制御されたフッ素アパタイトの柱状結晶からなる膜を得ることができなかった。
そのため、アパタイト膜を生体に適用して、骨や歯等の再生を行う場合においても、十分に再生効果を得ることが困難であった。
本発明はそのような実情を考慮してなされたもので、十分な生体適合性と厚みを有するアパタイト膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する本発明は以下の通りである。
1. ポリビニルアルコール系樹脂フィルムの少なくとも一面にフッ素アパタイトの柱状結晶からなる層が形成されてなる積層フィルム。
2.フッ素アパタイトの柱状結晶がc軸配向されている1に記載の積層フィルム。
3.柱状結晶からなる層は、c軸配向されたフッ素アパタイトの結晶がそのc軸方向に複数層形成されている2に記載の積層フィルム。
4.ポリビニルアルコール系樹脂フィルムが水溶性である1〜3のいずれかに記載の積層フィルム。
5.40℃未満のフッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液、又はアニオン性有機化合物を添加したフッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液に、ポリビニルアルコール系樹脂フィルムを浸漬し、該ポリビニルアルコール系樹脂フィルムの少なくとも一面にフッ素アパタイトの柱状結晶を形成させる工程を有する1〜4のいずれかに記載の積層フィルムの製造方法。
6.40℃以上の水で1〜4のいずれかに記載の積層フィルムを処理し、ポリビニルアルコール系樹脂フィルムを溶解・除去し、フッ素アパタイトの柱状結晶からなる層を取り出す工程を有するフッ素アパタイト柱状結晶のフィルムの製造方法。
7.フッ素アパタイトの柱状結晶からなる層からなるフィルム。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、大きさ等が制御された柱状結晶のフッ素アパタイトからなる膜を得ることができ、しかも膜厚を十分に厚くすることができるので、生体の必要な箇所に対して適用し、骨や歯の再生に十分に寄与することができる。また、柱状結晶構造を有するため、生体適合性が高く、細胞培養用シートとしての利用も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】(a)種結晶を形成させずに、フッ素アパタイトの結晶層を1層設けた図。(b)種結晶を形成させずに、フッ素アパタイトの結晶層を2層設けた図。
図2】(a)種結晶を形成させた図。(b)種結晶を形成させて、フッ素アパタイトの結晶層を1層設けた図。(c)種結晶を形成させて、フッ素アパタイトの結晶層を2層設けた図。
図3】実施例1により得た結晶のSEM画像。
図4】実施例1により得た結晶のXRDパターン。
図5】比較例1により得た結晶のSEM画像。
図6】実施例2により得た結晶のSEM画像。
図7】実施例2により得た結晶の浸漬時間毎のSEM像とナノロッド(柱状結晶)径の関係。
図8】実施例2により得た結晶のXRDパターン。
図9】比較例2により得た結晶のSEM画像。
図10】比較例3により得た結晶のSEM画像。
図11】実施例3の第1段階後のSEM画像。
図12】実施例3により得た結晶のSEM画像。
図13】実施例3により得た結晶のXRDパターン。
図14】実施例7により得た結晶のSEM画像。
図15】実施例7により得た結晶のSEM画像。
図16】実施例7により得た結晶のXRDパターン。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(ポリビニルアルコール系樹脂フィルム)
本発明において使用するポリビニルアルコール系樹脂フィルムとしては、その表面にフッ素アパタイトの結晶を付着させて成長できるものであること、加えて、任意の温度の水やエタノール等の有機溶媒に適度に可溶性であること、及び/又は分解性であることが必要である。
【0011】
本発明で使用されるポリビニルアルコール系樹脂フィルムは、変性又は未変性のいずれでもよい。変性の場合は、主鎖中に本発明の効果を阻害しない範囲で、例えば10モル%以下、好ましくは7モル%以下の範囲において、他の単量体を共重合させることができる。かかる単量体としては、例えば、エチレン、プロピレン、イソブチレン、α−オクテン、α−ドデセン、α−オクタデセン等のオレフィン類、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、マレイン酸、無水マレイン酸、イタコン酸等の不飽和酸類あるいはその塩あるいはモノまたはジアルキルエステル等、アクリロニトリル、メタアクリロニトリル等のニトリル類、アクリルアミド、メタクリルアミド等のアミド類、エチレンスルホン酸、アリルスルホン酸、メタアリルスルホン酸等のオレフィンスルホン酸あるいはその塩、アルキルビニルエーテル類、ポリオキシエチレン(メタ)アリルエーテル、ポリオキシプロピレン(メタ)アリルエーテル等のポリオキシアルキレン(メタ)アリルエーテル、ポリオキシエチレン(メタ)アクリレート、ポリオキシプロピレン(メタ)アクリレート等のポリオキシアルキレン(メタ)アクリレート、ポリオキシエチレン(メタ)アクリルアミド、ポリオキシプロピレン(メタ)アクリルアミド等のポリオキシアルキレン(メタ)アクリルアミド、ポリオキシエチレン(1−(メタ)アクリルアミド−1,1−ジメチルプロピル)エステル、ポリオキシエチレンビニルエーテル、ポリオキシプロピレンビニルエーテル、ポリオキシエチレンアリルアミン、ポリオキシプロピレンアリルアミン、ポリオキシエチレンビニルアミン、ポリオキシプロピレンビニルアミン、ジアクリルアセトンアミド、N−アクリルアミドメチルトリメチルアンモニウムクロライド、アリルトリメチルアンモニウムクロライド、ジメチルジアリルアンモニウムクロリド、ジメチルアリルビニルケトン、N−ビニルピロリドン、塩化ビニル、塩化ビニリデン等が挙げられる。これらの他の単量体は、単独でも複数を組み合わせて用いてもよい。
【0012】
そしてポリビニルアルコール系樹脂フィルムの中でも、フッ素アパタイトの柱状結晶の形成及び水への溶解度を適切な範囲とすることを考慮すると、重合度が300〜5000が好ましく、500〜3000がさらに好ましく、及び/又は、けん化度が95.0mol%以上が好ましく、99.0mol%以上がさらに好ましく、及び/又は、水(73mN/m)に対する表面の接触角は8度以上50度以下が好ましく、20度以上30度以下がさらに好ましく、及び/又は、J.F.Kenny法(Journal of Polymer science Part A−1 vol.4 679−698(1966))で測定されたポリビニルアルコール系樹脂フィルムの結晶化度が50%以上であることが好ましく、60%以上がさらに好ましい。重合度、けん化度、接触角や結晶化度がこの範囲を外れる場合には、ポリビニルアルコール系樹脂フィルムが膨潤し過ぎたり、溶解したりして、その表面のフッ素アパタイトの柱状結晶を形成できない可能性がある。ただし、けん化度が70.0mol%以上の範囲において、本発明の効果を阻害しない範囲であれば、ホウ酸、ホルムアルデヒド、酒石酸、クエン酸、金属化合物、ジオール化合物、両末端にビニルスルホン基を有する化合物等でポリビニルアルコール系樹脂フィルムを部分的に架橋することが可能であり、この場合、40℃未満の水温で溶解せず、40℃以上の水温で溶解することが好ましい。
【0013】
ポリビニルアルコール系樹脂フィルムは、必要に応じてグリセリン、ジグリセリン、エチレングリコール、トリメチノールプロパンなどの多価アルコール系、ソルビトール、グルコース、キシリトールなどの糖アルコール系の化合物を可塑剤として含んでいてもよく、及び/又は、シリカ、タルク、澱粉、ガラスビーズ、スチレン系共重合体、アクリル系共重合体などをフィルムの密着防止剤として含んでいてもよい。
ポリビニルアルコール系樹脂フィルムの膜厚は、表面に形成されたフッ素アパタイトの柱状結晶を保持できること、フッ素アパタイトの柱状結晶を形成後に、加温した水等によって速やかに溶解できることが可能な範囲の膜厚でよく、10μm〜500μm程度の厚みを有することが好ましい。また、寸法安定性の向上を目的として、必要に応じて一軸延伸や二軸延伸をしておくこともできる。
またポリビニルアルコール系樹脂フィルムの形状は、いわゆる平面のフィルム状であってもよく、あるいは用途に応じて、環状、U字状、半球状、又は歯や骨等の組織の少なくとも一部形状に沿った形状等の任意の形状とすることができる。このような任意の形状を維持するための樹脂板、金型等の治具にポリビニルアルコール系樹脂フィルムをテープ等で固定することができ、ポリビニルアルコール系樹脂フィルムの少なくとも一方の面に粘着層を設けることによっても固定することができる。
ポリビニルアルコール系樹脂フィルムの少なくとも1方の面に溶解性及び/又は分解性を向上させるため、又はフッ素アパタイトの結晶の表面に凹凸を設けるために、凹凸を設けることができる。
【0014】
(フッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液、又はアニオン性有機化合物を添加したフッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液)
フッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液、又はアニオン性有機化合物を添加したフッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液としては、公知の人造体液(又は疑似体液という)にフッ化物イオンを添加して得た人造体液を使用することができる。人造体液は、人の血液から赤血球、白血球及び血漿板等の有機物を除去してなる液体に相当する組成を有するものであり、リン酸水素イオンやカルシウムイオンを含み骨組織成分が形成され得るものであり、リン酸水素イオン濃度は1.00mmol/dmである。
このときのフッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液、又はアニオン性有機化合物を添加したフッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液中のフッ化物イオン濃度としては、0.20〜2.00mmol/dm以下であることが好ましく、さらに好ましくは0.50〜1.50mmol/dmである。
また、フッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液、又はアニオン性有機化合物を添加したフッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液中のリン酸水素イオン濃度としては、1.00mmol/dm(1倍濃度とする)以上が好ましく、さらに好ましくは1.25〜5.00mmol/dm、より好ましくは1.50〜2.50mmol/dmである。そしてカルシウムイオン濃度としては、上記の各濃度のリン酸水素イオンと反応してリン酸カルシウムとなるために必要な濃度であればよい。
また、フッ化物イオン、カルシウムとリン酸を含有する溶液としては、例えば、リン酸二水素ナトリウム、塩化カルシウム二水和物、塩化ナトリウム、塩酸、及び必要に応じて、フッ化ナトリウム等を溶解させてフッ化物イオンを含有する溶液であり、条件によって、水酸アパタイト、フッ素アパタイト、リン酸八カルシウム及びβ−リン酸三カルシウム等を析出することができる溶液である。
【0015】
(本発明の積層フィルムの製造方法)
本発明の積層フィルムは、ポリビニルアルコール系樹脂フィルムの少なくとも一面にフッ素アパタイトの結晶を積層させてなる積層フィルムである。そのような積層フィルムを製造する方法としては、上記のポリビニルアルコール系樹脂フィルムの少なくとも一方の面を、好ましくは30〜40℃の人造体液、又はカルシウムとリン酸等を含有する溶液(これらを合わせて以下溶液と総称する)と接触させることを基本とする。
そのため、上記のポリビニルアルコール系樹脂フィルムを、例えば枠内に固定し、次いでその枠ごと上記溶液中に3〜150時間浸漬し、溶液から取り出し、必要に応じて乾燥する。このような浸漬工程は1回でもよく、また、複数回浸漬工程を行うことによって、該ポリビニルアルコール系樹脂フィルムの少なくとも一方の面に、アパタイトの結晶からなる層を形成させることもできる。
ポリビニルアルコール系樹脂フィルムを枠内に固定する際に、該ポリビニルアルコール系樹脂フィルムが溶液によって膨潤する性質を有する場合には、予め一軸延伸や二軸延伸しておく等の処理をしたり、例えば板状の基材上に接着、溶着等の手段によって、ポリビニルアルコール系樹脂フィルムが膨潤しても寸法変化することを極力抑制したりすることができる。
なお、溶液中にアニオン性の有機化合物を、アニオン基の濃度が好ましくは0.50〜3.00mmol/dm、好ましくは0.50〜1.00mmol/dmとなるように、含有させておくことにより、a軸方向への結晶成長を抑制でき、さらにナノロッドの径がより小さい結晶を得ることができる。アニオン性の有機化合物としては、D−アスパラギン酸、L-アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン、グルタミン酸、アラニン、アルギニン、システイン、グリシン、ヒスチジン、ロイシン、イソロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン等のアミノ基とカルボキシル基を有するアミノ酸が生体適合性の点から望ましい。
【0016】
フッ素アパタイトの結晶は六方晶系の結晶であり、その結晶はa面とc面を有し、a軸配向した結晶とc軸に沿って成長したフッ素アパタイト結晶がある。本発明における柱状結晶はc軸配向したものである。
このような柱状結晶を得るために、上記溶液中に浸漬し、ポリビニルアルコール系樹脂フィルムの少なくとも一面にフッ素アパタイト結晶を析出する浸漬工程を1回行うことができる。このときポリビニルアルコール系樹脂フィルム上に形成されるフッ素アパタイトの結晶の構造としては、例えば図1(a)に示す通りとなる。このときには、結晶の表面における各結晶の向きが多様である。これに対して結晶を成長させるための浸漬工程を2回行うと、フッ素アパタイトの結晶も2段階で成長する。その結果、図1(b)に示すように、1段階目において成長した結晶の上にさらに2段階目の層の結晶が成長する。その結果、2段階目の結晶の表面は、結晶の向きが図1(a)で示した結晶の向きに比べて、よりc軸(ポリビニルアルコール系樹脂フィルムの表面に垂直方向の軸)に揃った向きとなり、生体に適用する際には、より適合性に優れる可能性がある。
なお、複数回行う場合には、それぞれの浸漬工程が同じ条件の工程であっても良い。
又は図2(a)に示すように、1回目の浸漬工程は、特に高濃度の溶液を使用し、比較的短時間の浸漬を行い、ポリビニルアルコール系樹脂フィルム表面にその後の結晶成長のための種結晶を析出させるに留め、次いで1回目の浸漬工程に使用した溶液よりも低濃度の溶液によって、浸漬工程を1回行って図2(b)に示す状態とし、さらに必要に応じて、図2(c)に示すように、同じ浸漬工程をもう一回行うことによって、該種結晶を基にして実質的に結晶成長をさせても良い。なお、本発明において複数回の浸漬工程によりフッ素アパタイト結晶を得る際には、このような1回目の浸漬工程による種結晶の層は、複数層にカウントしない。
【0017】
フッ素アパタイト層を複数層設けるには、1回の浸漬工程のみではなく、上記図1に示すように、その後に長いアパタイト層を設けるための浸漬工程を1回以上行うことが好ましく、さらに、上記図2に示すように、1回目の浸漬工程を種結晶層を得る工程とし、その後長いフッ素アパタイト層を形成させるための浸漬工程を2回以上行うことが各フッ素アパタイト層の結晶がより緻密になり好ましい。図2(b)(c)に示すように、図2(b)よりも図2(c)の方が、フッ素アパタイト結晶の表面が、よりc軸に沿っていることがわかる。
このように、種結晶層を設けた後に1回以上の浸漬工程を採用することによって、1回の浸漬工程のみで結晶(ナノロッド)を得るよりも、全体として厚い膜厚の結晶層を得ることができる。それと同時に、2回目以降の各浸漬工程により得られた結晶層をより緻密な層として、さらにポリビニルアルコール系樹脂フィルム表面に対して垂直方向、つまりc軸方向に伸びた結晶(ナノロッド)を得ることができる。
このようにして得た長いナノロッドのフッ素アパタイト層はより正確に並んでc軸方向に伸びることによって、得られたフッ素アパタイト結晶を生体に適合させたときに、より高い強度を備え、かつより速やかに生体の骨成分と同化し易くなる可能性がある。
【0018】
(積層フィルム)
上記の方法等により得られる本発明の積層フィルムは、上記のポリビニルアルコール系樹脂フィルムの少なくとも一方の面に、フッ素アパタイトの柱状結晶が成長してなるものであり、人造体液等の溶液に浸漬する回数分だけ、柱状結晶がその高さ方向に積層された構造を有する。
そのため、用途に応じて、溶液の濃度や温度、ポリビニルアルコール系樹脂フィルムを溶液に浸漬する回数や時間等を調整して、フッ素アパタイト結晶の層の厚さや緻密さを調整することができる。
フッ素アパタイトの層が1層形成された積層フィルム上のフッ素アパタイトの柱状結晶の層は、その膜厚が3.0〜8.0μm、好ましくは4.0〜7.0μmである。なおこの膜厚は積層フィルムの断面のSEM画像上において無作為に選んだ50点の各点の膜厚を平均して得た。
そのフッ素アパタイト結晶の最上層の表面における1つ1つの結晶の平均径は300〜600nm、好ましくは400〜550nmである。なお1つ1つの結晶の平均径は、SEM画像上にて、無作為に選んだ50個の結晶の径を平均して得た。
以下、膜厚及び結晶の平均径はこれらの方法によって求めたものである。
【0019】
フッ素アパタイトの層が2層以上形成された積層フィルム上のフッ素アパタイトの柱状結晶の層は、そのフッ素アパタイト層1層あたりの膜厚が3.0〜8.0μm、好ましくは4.0〜7.0μmであり、そのフッ素アパタイト結晶の各層の(先端部)最上部における1つ1つの結晶の平均径は250〜500nm、好ましくは300〜450nm、各層の結晶の最下部(その直下の層のフッ素アパタイト結晶の頂部から新規に成長した直ぐ上のフッ素アパタイト層の最下部)の平均径は35〜60nmである。
である。
なお、溶液中にD−アスパラギン酸を含有するときには、形成されたフッ素アパタイト層1層あたりの膜厚が2.0〜6.0μm、好ましくは2.5〜5.0μmであり、そのフッ素アパタイト結晶の各層の(先端部)最上部における1つ1つの結晶の平均径は150〜300nm、好ましくは180〜270nm、各層の結晶の最下部(その下のアパタイト結晶から新規に成長した直ぐ上のフッ素アパタイト層の最下部)の平均径は20〜35nmである。
【0020】
(アパタイト自立膜)
上記積層フィルムを例えば40℃以上の水に浸漬する等して、ポリビニルアルコール系樹脂フィルムを溶解することができる。その結果、フッ素アパタイト層のみからなるフッ素アパタイト自立膜を得ることができる。その厚さや結晶の構造等は上記した積層フィルムの一部の層として形成されたフッ素アパタイト層に由来する。
【0021】
(本発明の積層フィルムの用途)
本発明の積層フィルムは、その少なくとも一面にフッ素アパタイトの柱状結晶層が形成されているという構造を利用して、生体内、例えば、歯、骨、軟骨等に対する生体インプラント、エナメル質の再生、骨成分の再生、さらに、生体に埋設又は非埋設にて直接接して使用される部材表面として使用される。また、細胞培養用シートとしても使用できる。
このときポリビニルアルコール系樹脂フィルムの少なくとも一方の面にアパタイト膜が形成された状態にて使用することができる。特にポリビニルアルコール系樹脂フィルムが生体内にて分解性を有するときには好ましい。
あるいは、フッ素アパタイト自立膜として、単独のフッ素アパタイト膜として生体に適用することもできる。
【実施例】
【0022】
(準備)
NaClを40.5g、CaCl・2HOを1.8475g、NaHPOを0.735g、35wt%HClを8.875gを、純水に溶解して、500cmのリン酸カルシウム水溶液を調製した。このときのリン酸水素イオン濃度は10mmol/dmである。以下、この溶液を10倍濃度リン酸カルシウム水溶液と総称する。なお、人造体液は1倍濃度リン酸カルシウム水溶液(リン酸水素イオンの濃度は1.0mmol/dm)である。
上記10倍濃度リン酸カルシウム水溶液Aを下記に示される実施例および比較例に記載の濃度に希釈し、フッ化物イオン濃度はNaFを添加することにより調製した。
各種高分子樹脂フィルムをポリプロピレン製樹脂板に固定し、表1に示される試料を準備した。ポリビニルアルコールフィルムの結晶化度は熱処理温度にて調整した。
【0023】
【表1】
【0024】
(評価方法)
ポリビニルアルコールのけん化度
試料1〜5に使用されるポリビニルアルコールのけん化度についてJIS K 6726(1994)に準拠して測定した。
【0025】
ポリビニルアルコールフィルムの結晶化度
試料1〜5のポリビニルアルコールフィルムについてFT−IR(TERMO AVATAR 360)を用いて式1に示されるJ.F.Kenny法(Journal of Polymer science Part A−1 vol.4 679−698(1966))により測定した。
結晶化度(%)= 92×(1140cm−1付近のピーク強度)
/(1420cm−1付近のピーク強度)―18 (式1)
【0026】
接触角測定
試料1〜9の各高分子樹脂フィルムについて、水(73mN/m)に対する接触角を接触角計(協和界面科学:DROP MASTER)にて測定した。
【0027】
SEM(走査型電子顕微鏡)による観察
試料の表面をSEMによって観察した。試料台に張り付けた導電性テープにフッ素アパタイト結晶(又はポリビニルアルコールフィルム上に形成されたフッ素アパタイト結晶)を載せ、オスミウムプラズマコーティング装置(真空デバイス:HPC―1S)によってコーティングを行った。コーティング済みの試料をSEM(キーエンス:VE−9800)により観察した。
【0028】
XRD(X線解析)
試料ホルダーを固定し、X線回析装置(リガク:MiniFlexII)で解析を行った。X線源としてCuKαを使用し、管電圧50kV、管電流120mAの条件で、連続スキャン法により2θ―3〜60°の走査範囲で測定を行った。
【0029】
[実施例1]
試料1について下記のサンプルa〜eにより、リン酸カルシウム水溶液中のフッ化物イオン濃度が異なることにより、得られた結晶の形態を確認した。
ポリビニルアルコールフィルム表面上のSEM画像を図3に、XRDパターンを図4に示す。なお、SEM画像を得るにあたり、ポリビニルアルコールフィルムを90℃の温水により溶解して、フッ素アパタイトの層のみからなるシートを得た。
【0030】
(サンプルa)
フッ化物イオン濃度が1.50mmol/dmで、37℃の、2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に、試料1を24時間浸漬した。その結果の拡大倍率が異なるSEM画像を図3のa1〜3に示す。
【0031】
(サンプルb)
フッ化物イオン濃度が1.05mmol/dmで、37℃の、2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に試料1を24時間浸漬した。その結果の拡大倍率が異なるSEM画像を図3のb1〜3に示す。
【0032】
(サンプルc)
フッ化物イオン濃度が0.53mmol/dmで、37℃の、2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に、試料1を24時間浸漬した。その結果の拡大倍率が異なるSEM画像を図3のc1〜3に示す。
【0033】
(サンプルd)
フッ化物イオン濃度が0.26mmol/dmで、37℃の、2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に、試料1を24時間浸漬した。その結果の拡大倍率が異なるSEM画像を図3のd1〜3に示す。
【0034】
(サンプルe)
フッ化物イオン濃度が0mmol/dmで、37℃の、2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に、試料1を24時間浸漬した。その結果の拡大倍率が異なるSEM画像を図3のe1〜3に示す。
【0035】
(実施例1の結果)
図3によれば、フッ化物イオン濃度が0mmol/dmであって、フッ化物イオンを含有しないサンプルeでは、ポリビニルアルコールフィルム表面に何ら変化がみられないが、フッ化物イオン濃度が低いサンプルdでは、ポリビニルアルコールフィルム表面の50%程度の範囲にフッ素アパタイトの結晶が確認された。
さらに、サンプルc、b及びaとフッ化物イオン濃度が高くなるに従い、ポリビニルアルコールフィルム表面でのフッ素アパタイトの被覆量が増加したことがわかる。またフッ素アパタイトの結晶はc軸方向に結晶が成長してなる柱状(ロッド状)であることもわかる。また、図4によれば、サンプルa〜cにはフッ素アパタイトの結晶に由来するピーク(002)(211)が現れている。サンプルdにはフッ素アパタイトの結晶に由来するピーク(211)が現れている。
この原因として、フッ化物イオン濃度が高くなると、フッ化物イオンとポリビニルアルコールフィルムのヒドロキシル基との相互作用が高まり、これを起点に結晶核生成が誘起されることが考えられる。
なお、図4によれば、サンプルc以上のフッ化物イオンの濃度であればフッ素アパタイトの結晶に由来するピークが生成することがわかる。
【0036】
[比較例1]
試料1について下記のサンプルa〜cにより、高濃度のリン酸カルシウム水溶液中における結晶の形態を確認した。
ポリビニルアルコールフィルム表面上のSEM画像を図5に示す。
【0037】
(サンプルa)
フッ化物イオン濃度が0mmol/dmで、37℃の、2.5倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に、試料1を24時間浸漬した。その結果の拡大倍率が異なるSEM画像を図5のa1〜3に示す。
【0038】
(サンプルb)
フッ化物イオン濃度が1.05mmol/dmで、37℃の、2.5倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に、試料1を24時間浸漬した。その結果の拡大倍率が異なるSEM画像を図5のb1〜3に示す。
【0039】
(サンプルc)
フッ化物イオン濃度が1.50mmol/dmで、37℃の、2.5倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に、試料1を24時間浸漬した。その結果の拡大倍率が異なるSEM画像を図5のc1〜3に示す。
【0040】
(比較例1の結果)
比較例1によれば、いずれのサンプルにおいても、浸漬時において均一核が形成し、結晶が容器内に沈殿した。サンプルaによれば、柱状結晶ではなくシート状結晶が形成されていた。フッ化物イオン濃度が1.05mmol/dm及び1.50mmol/dmであるサンプルb及びcによると小さい柱状(ロッド状)結晶の集積体が形成されるが、濃度が高いために、その上に別の結晶体がランダムな方向に形成されてc軸に配向した結晶ではなかった。
【0041】
[実施例2]
試料1について下記のサンプルa〜cにより、リン酸カルシウム水溶液中に浸漬する時間をより長時間にすることによって得られた結晶の形態の変化を確認した。
ポリビニルアルコールフィルム表面上のSEM画像を図6に、浸漬時間毎のSEM画像とナノロッド(柱状結晶)径の関係を図7に、下記のサンプルaのときと同じフッ化物イオン濃度での場合において、浸漬時間を変化させたときのXRDパターンを図8に示す。なお、図8中の(d)は浸漬前のポリビニルアルコールフィルムの測定結果である。
なお、フッ素アパタイト自立膜を得るにあたり、サンプルa〜cのポリビニルアルコールフィルムを90℃の温水により溶解した。
【0042】
(サンプルa)
フッ化物イオン濃度が1.50mmol/dmで、37℃の2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に、試料1を120時間浸漬した。その結果の拡大倍率が異なるSEM画像を図6のa1〜3に示す。
【0043】
(サンプルb)
フッ化物イオン濃度が1.05mmol/dmで、37℃の、2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に、試料1を120時間浸漬した。その結果の拡大倍率が異なるSEM画像を図6のb1〜3に示す。
【0044】
(サンプルc)
フッ化物イオン濃度が0mmol/dmで、37℃の、2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に、試料1を120時間浸漬した。その結果の拡大倍率が異なるSEM画像を図6のc1〜3に示す。
【0045】
(実施例2の結果)
図6のサンプルa及びbの結果によれば、フッ化物イオンを含有しないサンプルcに比べて結晶が形成されない領域が減少し、かつ、上記実施例1のサンプルa及びbと比較すると、結晶がより密に、かつ1つ1つの結晶がより太く形成されていることがわかる。
また図7に示した、浸漬時間毎のSEM画像とナノロッド径の関係によれば、浸漬時間が24時間のときには、ナノロッド径は101nm程度であるが、120時間の浸漬により603nmと大幅にロッド径が増加した。
実施例1に記載の図4のサンプルaおよびbと図8のサンプルaおよびbを比較すると、浸漬時間が24〜120時間と時間経過につれて、c軸配向に由来する(002)ピークが強くなり、本来の最強ピークである(211)を上回った。
なお、サンプルa〜cについて得られたフッ素アパタイト層を有するポリビニルアルコールフィルムを90℃の温水に浸漬してポリビニルアルコールを溶解・除去することで、サンプルaおよびbではフッ素アパタイト自立膜を得たが、崩壊し易い脆い膜であった。サンプルcについてはポリビニルアルコールの溶解過程で膜が崩壊した。
【0046】
[比較例2]
試料1についてフッ化物イオンを含有しない2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)に、ポリアスパラギン酸をカルボキシル基の濃度が0.50mmol/dm又は1.50mmol/dmとなるように添加した。得られた37℃の2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液に、試料1を24〜120時間浸漬した。
浸漬後のSEM画像を図9に示す。図9の(a)はカルボキシル基0.50mmol/dmで24時間浸漬、(b)はカルボキシル基0.50mmol/dmで120時間浸漬、(c)はカルボキシル基1.50mmol/dmで24時間浸漬、(d)はカルボキシル基1.50mmol/dmで120時間浸漬したものである。
比較例2によれば、ポリアスパラギン酸の濃度に関わらずポリビニルアルコールフィルム上には柱状(ロッド状)結晶を得ることができなかった。カルボキシル基の濃度が1.50mmol/dmである場合には、半球状の薄く拡がった形状の結晶を確認するのみである。リン酸カルシウム中のカルシウムイオンがポリアスパラギン酸に吸着されるためにこのような現象が起きたと考えられる。
【0047】
[比較例3]
試料1についてフッ化物イオンを含有しない2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)に、D−アスパラギン酸を8.3mmol/dmとなるように添加した。得られた37℃の2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液に、試料1を24〜120時間浸漬した。
浸漬後のSEM画像を図10に示す。図10の(a)は24時間浸漬したもの、(b)は120時間浸漬したものである。
比較例3によれば、D−アスパラギン酸を添加するとポリビニルアルコールフィルム上には柱状(ロッド状)結晶を得ることができなかった。リン酸カルシウム中のカルシウムイオンがD−アスパラギン酸に吸着されるためにこのような現象が起きたと考えられる。
【0048】
[実施例3]
試料1についてフッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液中に浸漬する工程を2回行うことによって、2段階の結晶成長を行った。
(第1段階(下地形成))
フッ化物イオン濃度が1.50mmol/dmで37℃の、2.5倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に、試料1を6時間浸漬した。その結果の拡大倍率が異なるSEM画像を図11のa〜cに示す。大きさが2nmのフッ素アパタイトのナノロッド構造体が高密度に成長していた。
(第2段階(結晶成長))
フッ化物イオン濃度が1.50mmol/dmで37℃の、2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に、第1段階により得た、表面に大きさが2nmのフッ素アパタイトのナノロッド構造体が高密度に成長している試料1を、24時間浸漬、及び120時間浸漬した。
【0049】
(実施例3の結果)
実施例3の結果を図12及び図13に示す。図12の(a1)及び(a2)は、第2段階において24時間浸漬した試料1の表面のSEM画像であり、(b)はその結晶が形成されたポリビニルアルコールフィルムの断面、(c1)及び(c2)は、第2段階において120時間浸漬した試料1の表面のSEM画像であり、(d)はその結晶が形成されたポリビニルアルコールフィルムの断面である。
この断面によれば、フッ素アパタイトのナノロッドがポリビニルアルコールフィルム表面から垂直方向に成長していることを確認でき、24時間浸漬したときに形成されたフッ素アパタイトの厚さは5.8±0.3μm、ナノロッドのロッド径は440±91nm、120時間浸漬したときのフッ素アパタイトの厚さは6.4±0.2μm、ナノロッドのロッド径は512±92nmであった。
【0050】
図13はXRDパターンの測定結果である。図中(a)は第2段階において120時間浸漬後のパターン、(b)は第2段階において24時間浸漬後のパターン、(c)は第1段階終了後のパターン、(d)はフッ化物イオン濃度が1.50mmol/dmで37℃の、2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に、試料1を120時間浸漬したときのパターンである。
(c)においては、フッ素アパタイト由来のパターンを確認できなかったが(b)さらに(a)と浸漬時間を長くするほど(002)(004)のピークが強くなり、ナノロッドがc軸配向することを確認できた。(d)のように1段階で120時間浸漬するよりもこれらのピークが強いことがわかる。
なお、図12の(a1)及び(a2)にあたるフッ素アパタイトの結晶層が形成されたポリビニルアルコールフィルムを、温水に浸漬して該ポリビニルアルコールフィルムを溶解すると、フッ素アパタイト自立膜が得られたが非常に脆い膜であった。
【0051】
[実施例4]
試料2について実施例3と同様な実験を実施した。実施例3と同様にポリビニルアルコールフィルム表面にフッ素アパタイトに由来する柱状結晶の生成が観察された。
【0052】
[実施例5]
試料3について実施例3と同様な実験を実施した。実施例3と同様にポリビニルアルコールフィルム表面にフッ素アパタイトに由来する柱状結晶の生成が観察された。
【0053】
[実施例6]
試料4について実施例3と同様な実験を実施した。実施例3と同様にポリビニルアルコールフィルム表面にフッ素アパタイトに由来する柱状結晶の生成が観察された。
【0054】
[比較例4]
試料5について実施例3と同様な実験を実施した。結晶成長工程にてポリビニルアルコールフィルムが溶解したため、フッ素アパタイトに由来する柱状結晶は観察されなかった。
【0055】
[比較例5]
試料6について実施例3と同様な実験を実施した。ポリビニルブチラール表面にフッ素アパタイトに由来する柱状結晶がわずかに確認できるに過ぎなかった。
【0056】
[比較例6]
試料7について実施例3と同様な実験を実施した。ポリウレタン表面にフッ素アパタイトに由来する柱状結晶がわずかに確認できるに過ぎなかった。
【0057】
[比較例7]
試料8について実施例3と同様な実験を実施した。ポリアミド66表面にフッ素アパタイトに由来する柱状結晶がわずかに確認できるに過ぎなかった。
【0058】
[比較例8]
試料9について実施例3と同様な実験を実施した。ポリプロピレン表面にはフッ素アパタイトの結晶が析出しなかった。
【0059】
[実施例7]
試料1についてフッ化物イオン含有リン酸カルシウム水溶液中に浸漬する工程を3回以上行うことによって、3段階以上の結晶成長を行った。
このため、上記実施例3の第1段階(下地形成)及び第2段階(24時間浸漬による結晶成長)の工程をそのまま実施し、次いで一旦乾燥させた後に、この第2段階の工程をそのままさらに1回以上実施した。なおその第2段階に相当する工程の前には乾燥工程を設けた。
【0060】
(実施例7の結果)
得られたフッ素アパタイト層を有するポリビニルアルコールフィルムの面に垂直な断面のSEM画像を図14に示す。
図14の(a)は上記実施例3における第2段階を合計で2回行ったときの断面図、(b)(c)(d)は順に3回、4回及び5回行ったときの断面図である。このように結晶成長させる工程を複数回行った際の断面の模式図を図2に示す。実施例3に示される第2段階を1回行う1層構造と、本実施例の2回行う2層構造とでは、本実施例では第2層が第1層より厚みを増すように結晶が成長しており、さらにポリビニルアルコールフィルムの面に対して垂直方向(c軸方向)に結晶が伸びている。この傾向は第2段階を5回行う5層構造においても同様であり、工程を増加させた分だけフッ素アパタイトの結晶層を積層させることができた。
【0061】
図15は、上記図13において(a)のときの構造を示す。図15(a)(d)及び(e)はポリビニルアルコールフィルムの厚さ方向に切断して得た断面図、図15(b)及び(c)はフッ素アパタイト表面の図である。他にも図14の(b)、(c)及び(d)に相当する場合においても、各層は図15(a)の場合と同様の構造を示す。
第2段階を1回行うと、得られたフッ素アパタイトの厚さは5.8±0.3μm、同様に2回行うと厚さは27.1±5.4μm、3回行うと厚さは47.2±8.9μm、4回行うと厚さは66.4±11.3μm、5回行うと厚さは87.5±22.9μm、であった。
【0062】
また、図16に、これらの得られたフッ素アパタイトのXRDパターンを示す。図16の(a)は上記第2段階を5回行って得たフッ素アパタイトのパターン、(b)は同じく4回行って得たもの、(c)は同じく3回行って得たもの、(d)は同じく2回行って得たもの、(e)は1回行って得たものである。
このXRDパターンによれば、フッ素アパタイトのc軸配向に由来する(002)及び(004)のピークが、本来の最強ピーク(211)よりも強く、フッ素アパタイトを多層積層して得たナノロッドはc軸配向していることがわかる。
【0063】
上記の第2段階を5回行って得た積層されたフッ素アパタイトの各層について、詳細に測定すると、下層のナノロッド先端から、径が50nm程度の新規ナノロッドが新たに生成して多層構造を形成させている。そして上層のナノロッドは直下の層のナノロッドの方位を引き継いでエピタキシャル成長している。
各層のナノロッドの先端の最大径は350nm程度であり、その先端から新たに生成するナノロッドの径は50nm程度であった。つまり、ナノロッドの径が350nm程度になるまで成長し、そこから50nm程度の径で新たなナノロッドが成長することになり、これを繰り返して各層が形成される。
図14の(d)に示す上記第2段階を5回行って形成されたフッ素アパタイトの各層のナノロッドの先端の径は、ポリビニルアルコールフィルム側から順に第1層が382±59nm、第2層が399±103nm、第3層が434±181nm、第4層が342±81nm、第5層が325±65nmであり、各層の最下部のナノロッドの径は48±10nmであった。
【0064】
(フッ素アパタイト自立膜)
図14の(d)に示す上記第2段階を5回行って形成されたフッ素アパタイトが形成されたポリビニルアルコールフィルムにおいて、該ポリビニルアルコールフィルムを溶解するために、これを90℃の温水に15分間浸漬した。その結果、フッ素アパタイトのみからなるシート状物が得られた。
【0065】
[実施例8]
実施例3の第1段階と同じ工程を行った後、D−アスパラギン酸濃度が1.5mmol/dm、フッ化物イオン濃度が1.50mmol/dmで37℃の、2.0倍濃度リン酸カルシウム水溶液(pH7.2)中に24時間浸漬した。そしてこの工程を合計で5回繰り返した。その結果5層構造のフッ素アパタイトのナノロッド配向構造体を得た。
【0066】
(実施例8の結果)
ポリビニルアルコールフィルム側から順に、柱状結晶の長さは、第1層が250±63nm、第2層が231±53nm、第3層が251±54nm、第4層が217±59nm、第5層が196±46nmであり、各層の最下部のナノロッドの径は29±8nmであった。
D−アスパラギン酸を添加することによりa軸方向への結晶成長を抑制できること、さらにナノロッドの径や長さもより小さくなった。
【符号の説明】
【0067】
1・・・ポリビニルアルコール系樹脂フィルム
2・・・フッ素アパタイトの柱状結晶
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16