特許第6784352号(P6784352)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6784352
(24)【登録日】2020年10月27日
(45)【発行日】2020年11月11日
(54)【発明の名称】インスリン送達用デバイス
(51)【国際特許分類】
   A61M 31/00 20060101AFI20201102BHJP
【FI】
   A61M31/00
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-96917(P2015-96917)
(22)【出願日】2015年5月11日
(65)【公開番号】特開2016-209372(P2016-209372A)
(43)【公開日】2016年12月15日
【審査請求日】2018年5月10日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人科学技術振興機構 研究成果展開事業 大学発新産業創出プログラム、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100171505
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 由美
(72)【発明者】
【氏名】松元 亮
(72)【発明者】
【氏名】松本 裕子
(72)【発明者】
【氏名】菅波 孝祥
(72)【発明者】
【氏名】宮原 裕二
【審査官】 胡谷 佳津志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−246431(JP,A)
【文献】 特開2009−240790(JP,A)
【文献】 特開2011−019902(JP,A)
【文献】 実開昭61−004644(JP,U)
【文献】 特表平09−504974(JP,A)
【文献】 国際公開第84/004932(WO,A1)
【文献】 米国特許第4014335(US,A)
【文献】 宮田 隆志,特定分子に応答するスマートマテリアルの開発,膜,日本,2005年,Vol. 30, No. 3,pp. 138-146
【文献】 北野 茂, 外5名,グルコース感応性高分子間コンプレックスを利用した新規インスリン徐放システムの開発,人工臓器,日本,1992年,Vol. 21, No. 4,pp. 1328-1333
【文献】 松元 亮, 外3名,自律型インスリン投与デバイスを目指したグルコース応答ゲルの開発,Drug Delivery System,日本,2013年,Vol. 28, No. 2,pp.119-126
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェニルボロン酸系単量体を単量体として含む共重合体ゲル組成物が存在するゲル充填部と、ゲル充填部に囲まれたインスリン水溶液充填部と、
複数もしくは連続した開口部を側壁に有するカテーテル又は針と、
を有し、
ゲル充填部は、カテーテル又は針の内壁及び開口部に沿って、厚み1O〜500μmの範囲内で設けられるとともに、開口部で共重合体ゲル組成物が血液と接触可能とされ、
インスリン水溶液充填部は、少なくとも開口部のゲル充填部に囲まれた区画に存在する、インスリン送達用デバイス。
【請求項2】
上記インスリン水溶液充填部にインスリンを補充するためのリザーバーを更に有する、請求項1記載のインスリン送達用デバイス。
【請求項3】
開口部がPEGポリマーで被覆されている、請求項1又は2記載のインスリン送達用デバイス。
【請求項4】
血管内に挿入するか、又は皮膚に貼付して使用する、請求項1〜3のいずれか1項記載のインスリン送達用デバイス。
【請求項5】
共重合体ゲル組成物がN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、フェニルボロン酸系単量体(AmECFPBA)、及び架橋剤としてN,N'-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)を用いて重合されたものである、請求項1〜4のいずれか1項記載のインスリン送達用デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インスリン送達用デバイスに関し、より詳細には、血中グルコース濃度に依存してインスリンの送達量を迅速に調節可能な改良されたデバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は、血液中のグルコース濃度(血糖値)が病的に高いことを特徴とし、症状としては、自覚症状がないものから、意識障害に至るものまで様々である。高血糖そのものによる症状に加え、糖尿病によって種々の合併症が引き起こされることが知られている。
【0003】
生体内での血糖値の調節は、インスリンをはじめとする数種のホルモンによって調節されているが、この調節機構が崩れて糖尿病の発症に至る。糖尿病は大きく1型と2型に分類されており、1型糖尿病はインスリンの分泌量が少ないことを特徴とするのに対し、2型糖尿病はインスリンの分泌量は多いが肥満等の別の要因のために血糖値の上昇に追いつけず、結果として症状が現れるものである。
【0004】
現在、糖尿病の治療としては、食事療法、運動療法の他、血糖降下薬の投与が知られているが、最も有効かつ安全な治療としては、インスリン療法が行われている。これは、血糖値のモニタリングや個人の生活習慣等に基づいて、即効性から遅効性のインスリン製剤を組み合わせて投与し、血糖値を正常域内にコントロールするものである。
【0005】
近年では、患者自身によるインスリン投与を可能とするペン型デバイス等が開発され、使用されるようになってきている。また、欧米を中心に、マイクロコンピューター制御による装着型のインスリンポンプが普及しつつあるが、これは予め設定されたアルゴリズムに従ってインスリンを投与するものであり、実際の血糖値の変動に応じて投与量を調節するものではない。従って、インスリンの投与量が適切でない場合には、低血糖状態を引き起こす場合があり、場合によっては症状を悪化させる場合もあり得る。また、特に高齢の患者や要介護者の場合には、コンピューター制御の装置の装着を好まないことが多いと考えられ、より簡便なデバイスが求められている。
【0006】
一方、本発明者等は、グルコース濃度に応じて可逆的に構造が変動するフェニルボロン酸系単量体を含むゲル組成物を開発し、これをインスリン送達に利用できることを見出した(特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5696961号公報
【特許文献2】特許第5706113号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者等の見出したゲル組成物は、グルコース濃度が高くなると膨張し、低くなると収縮して脱水収縮層を形成するため、血糖値が正常域にある場合には血液と接触する界面のゲルがプラスチック状になり、インスリンの放出を抑制することができる。この性質を利用して、特許文献1では、このゲル組成物が内部空間に充填された留置針を備えたインスリン投与デバイスを開示しているが、実際に使用する上では改良すべき点が残されていた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、グルコース濃度に依存してインスリンを放出可能なデバイスの改良を種々検討する中で、患者自身が容易に使用することができ、かつ少なくとも数日間装着可能であるデバイスが必要であると考えた。そして、ゲルと血液との接触表面積によって放出量が変動する点に着目し、接触表面積を増大させる必要があり、また、放出がゲル内外のインスリン濃度の差に基づく拡散であることから、ゲル内のインスリン濃度が低下するにつれて放出量が低下する点を考慮し、開口部により近い区画に高濃度のインスリン溶液を充填することで、ゲルにインスリンを速やかに補充し、持続的にインスリンを放出できる構成とすべきであると考えた。これらの双方の課題を解決することができ、かつ患者自身が使用可能であるデバイスを開発するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]フェニルボロン酸系単量体を単量体として含む共重合体ゲル組成物が存在するゲル充填部と、ゲル充填部に囲まれたインスリン水溶液充填部と、
複数もしくは連続した開口部を有するカテーテル又は針と、
を有する、インスリン送達用デバイス。
[2]上記インスリン水溶液充填部にインスリンを補充するためのリザーバーを更に有する、[1]記載のインスリン送達用デバイス。
[3]開口部がPEGポリマーで被覆されている、[1]又は[2]記載のインスリン送達用デバイス。
[4]血管内に挿入するか、又は皮膚に貼付して使用する、[1]〜[3]のいずれか記載のインスリン送達用デバイス。
[5]共重合体ゲル組成物がN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、フェニルボロン酸系単量体(AmECFPBA)、及び架橋剤としてN,N'-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)を用いて重合されたものである、[1]〜[4]のいずれか記載のインスリン送達用デバイス。
【発明の効果】
【0011】
本発明のインスリン送達用デバイスにより、複雑なアルゴリズムを用いることなく、個々の患者の血糖値の変動に応じ、かつ患者に装着した状態で持続的にインスリンの放出を制御することができる。従って、マイクロコンピューター制御のインスリンポンプで必要であった装置が全く不要であり、高齢の患者や要介護者への使用、あるいは途上国等の設備の整っていない地域での使用にも適している。同時に、毎日機械的に投与するのではなく、患者の体調に合わせてインスリンの放出量を制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1A】本発明のインスリン送達用デバイスの構造の一例を模式的に示す。デバイス1はカテーテル2とリザーバー3を有し、カテーテル2に側孔が設けられている。
図1B図1Aのカテーテルの拡大図を示す。カテーテル側壁4には複数の側孔5が設けられている。内側にはカテーテルの内壁に沿ってゲル充填部6と、ゲルが充填されていない中空部にはインスリン溶液充填部7を設けてある。
図1C】本発明のインスリン送達用デバイスの構造の別の一例を模式的に示す。デバイスは針8とリザーバー9を有し、針8に側孔が設けられている。このデバイスは皮膚10に貼付して使用可能な構成である。
図2A】複数の円状側孔12を設けたカテーテル11の拡大図を示す。
図2B】複数のスリット状側孔22を設けたカテーテル21の拡大図を示す。
図2C】螺旋状に連続した開口部32を設けたカテーテル31の拡大図を示す。
図3】本発明のインスリン送達用デバイスを皮下移植した48時間後のAKITAマウスにおける血糖値抑制効果を示す。Veh:対照(インスリンなし)、#1:側孔数12、#2:側孔数24、#4:側孔数48。
図4】本発明のインスリン送達用デバイスを皮下移植した48時間後のAKITAマウスにおける飲水量抑制効果を示す。Veh:対照(インスリンなし)、#1:側孔数12、#2:側孔数24、#4:側孔数48。
図5】高濃度インスリン(22.5 mg/ml)、低濃度インスリン(3.5 mg/ml)又はPBSを充填した本発明のインスリン送達用デバイスを皮下移植した健常マウスにおける血糖値抑制効果を示す。
図6A】インスリン又はPBSを充填した本発明のインスリン送達用デバイスを皮下移植したSTZ誘導性1型糖尿病モデルマウスにおける血糖値抑制効果を示す。
図6B】インスリン又はPBSを充填した本発明のインスリン送達用デバイスを皮下移植したSTZ誘導性1型糖尿病モデルマウスにおける飲水量抑制効果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
上記の通り、本発明のインスリン送達用デバイスは、
フェニルボロン酸系単量体を単量体として含む共重合体ゲル組成物が存在するゲル充填部と、
ゲル充填部に囲まれたインスリン水溶液充填部と、
複数もしくは連続した開口部を有するカテーテル又は針と、
を有することを特徴とする。
【0015】
<ゲル組成物>
本発明は、以下に記載するような、フェニルボロン酸系単量体がグルコース濃度に依存して構造を変化させるメカニズムを利用するものである。
【0016】
【化1】
【0017】
水中で解離したフェニルボロン酸(PBA)は糖分子と可逆的に結合し、上記の平衡状態を保っている。グルコース濃度が高くなると結合して体積も膨張するが、グルコース濃度が低い場合には収縮する。本発明のインスリン送達用デバイスにゲルを充填した状態では、血液と接触したゲル界面でこの反応が生じ、界面でのみゲルが収縮して本発明者等が「スキン層」と呼ぶ脱水収縮層を生じる。本発明のデバイスはこの性質をインスリンの放出制御のために利用するものである。
【0018】
本発明のインスリン送達用デバイスに充填して好適に使用可能なゲル組成物は、上記の性質を有するフェニルボロン酸系単量体を単量体として含む共重合体ゲル組成物であり、特に限定するものではないが、例えば上記特許文献1及び2に記載されたものが挙げられる。
【0019】
本発明によるゲル組成物の調製のために使用するフェニルボロン酸系単量体は、限定するものではないが、例えば下記の一般式で表される。
【0020】
【化2】
[式中、RはH又はCH3であり、Fは独立に存在し、nが1、2、3又は4のいずれかであり、mは0又は1以上の整数である。]
【0021】
上記のフェニルボロン酸系単量体は、フェニル環上の水素が、1〜4個のフッ素で置換されたフッ素化フェニルボロン酸基を有し、当該フェニル環にアミド基の炭素が結合した構造を有する。上記構造を有するフェニルボロン酸系単量体は、高い親水性を有しており、またフェニル環がフッ素化されていることにより、pKaを生体レベルの7.4以下に設定し得る。さらに、このフェニルボロン酸系単量体は、生体環境下での糖認識能を獲得するのみならず、不飽和結合により後述するゲル化剤や、架橋剤との共重合が可能となり、グルコース濃度に依存して相変化を生じるゲルとなり得る。
【0022】
上記のフェニルボロン酸系単量体において、フェニル環上の1つの水素がフッ素で置換されている場合、F及びB(OH)2の導入箇所は、オルト、メタ、パラのいずれであっても良い。
【0023】
一般に、mを1以上としたときのフェニルボロン酸系単量体は、mを0としたときのフェニルボロン酸系単量体に比べて、pKaを低くすることができる。
【0024】
上記のフェニルボロン酸系単量体の一例としては、nが1、mが2であるフェニルボロン酸系単量体があり、これはフェニルボロン酸系単量体として特に好ましい4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(4-(2-acrylamidoethylcarbamoyl)-3-fluorophenylboronic acid、AmECFPBA)である。
【0025】
ゲル組成物は、生体内において生体機能に有毒作用や有害作用が生じない性質(生体適合性)を有するゲル化剤と、上記のフェニルボロン酸系単量体と、架橋剤とから調製され得る。調製方法は、特に限定するものではないが、先ず、ゲルの主鎖となるゲル化剤と、フェニルボロン酸系単量体と、架橋剤とを、所定の仕込みモル比で混合し、重合反応をさせることにより、調製することができる。重合のために、必要に応じて重合開始剤を使用する。
【0026】
本発明のインスリン送達用デバイスでは、ゲル組成物中に予めインスリンが含まれていることが好ましい。そのためには、インスリンが所定濃度で含まれたリン酸緩衝水溶液等の水溶液中にゲルを浸すことにより、ゲル内にインスリンを拡散させることができる。次いで、水溶液中から取り出したゲルを、例えば塩酸中に所定時間浸すことで、ゲル本体の表面に薄い脱水収縮層(スキン層と呼ぶ)を形成することにより、薬剤を内包(ローディング)し、デバイスに充填可能なゲルを得ることができる。
【0027】
ゲル化剤と、フェニルボロン酸系単量体と、架橋剤との好適な比率は、生理的条件下でグルコース濃度に応じてインスリンの放出を制御可能な組成であれば良く、用いる単量体等によって変動するものであり、特に限定するものではない。本発明者等は既に、種々のフェニルボロン酸系単量体を種々の比率でゲル化剤及び架橋剤と組み合わせてゲルを調製し、その挙動を検討している(例えば特許第5622188号を参照されたい)。当業者であれば、本明細書の記載及び当分野で報告されている技術情報に基づいて、好適な組成のゲルを取得することが可能である。
【0028】
本発明において好適に使用可能なゲル組成物としては、例えばゲル化剤(あるいは主鎖)/フェニルボロン酸系単量体/架橋剤の仕込みモル比を例えば91.5/7.5/1に調整したものが挙げられる。しかしながら、本発明はこれに限らず、ゲル化剤、フェニルボロン酸系単量体及び架橋剤を含むゲル組成物によって形成できるゲル本体が、グルコース濃度に応答して膨張又は収縮し得るとともに、pKa7.4以下の特性を維持でき、ゲル状に形成することができれば、ゲル化剤/フェニルボロン酸系単量体/架橋剤の仕込みモル比を、その他種々の数値に設定してゲルを調製してもよい。
【0029】
ゲル化剤としては、生体適合性を有し、かつゲル化し得る生体適合性材料であればよく、例えば生体適合性のあるアクリルアミド系が挙げられる。具体的には、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)、N,N-ジメチルアクリルアミド(DMAAm)、N,N-ジエチルアクリルアミド(DEAAm)等が挙げられる。
【0030】
また、架橋剤としては、同じく生体適合性を有し、モノマーを架橋できる物質であればよく、例えばN,N'-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)、エチレングリコールジメタクリレート(EGDMA)、N,N'-メチレンビスメタクリルアミド(MBMAAm)その他種々の架橋剤が挙げられる。
【0031】
従って、本発明の好適な一実施形態では、ゲル組成物は、以下に示すように、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、N,N'-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)を、91.5/7.5/1(mol%)の仕込みモル比で重合して調製したものである。
【0032】
【化3】
【0033】
上記のゲル組成物では、フェニルボロン酸系単量体がゲル化剤と共重合してゲル本体を形成している。このゲルにインスリンを拡散させるとともに、ゲル本体の表面を脱水収縮層で取り囲む構成とすることができる。これにより、pKa7.4以下であり、温度35℃〜40℃の生理的条件下において、グルコース濃度が高くなると膨張して脱水収縮層が消失し、ゲル内のインスリンを外部へ放出させることができる。
【0034】
一方、グルコース濃度が再び低くなると、膨張していたゲルが収縮して表面全体に再び脱水収縮層(スキン層)が形成され、ゲル内のインスリンが外部へ放出されることを抑制できる。
【0035】
従って、本発明で使用するゲル組成物は、グルコース濃度に応答してインスリンを自律的に放出させることができる。
【0036】
<デバイス>
以下、図面を用いて本発明のインスリン送達用デバイスの構成をより具体的に説明する。尚、本明細書において、「カテーテル又は針」とは、体内への挿入に適したサイズを有する中空構造を有する構成を意図し、医療用に使用可能なカテーテル及び注射・注入用の針を包含し、従って本発明のデバイスは、血管内に挿入するか、又は皮膚に貼付して使用することができる。
【0037】
図1Aに、本発明のデバイスの外観の一形態を示す。この形態では、デバイス1は、カテーテル2とリザーバー3とを有する。カテーテル2は、例えば外径1 mm〜2 mm、長さ10 mm〜200 mm、好適には15 mm〜200 mm、より好適には20 mm〜200 mmの範囲のチューブ形状のものであり、市販のシリコン製カテーテル4 Frenchサイズ(内径:0.6mm/外径:1.2mm)のものを好適に使用することができる。図1Bに示すように、カテーテルは、側壁4に開口部として複数の側孔5を有している。側孔は、その名称によらず、カテーテルの先端部にも設けることができる。カテーテルの内壁に沿って、フェニルボロン酸系単量体を単量体として含む共重合体ゲル組成物が存在するゲル充填部6を設けてあり、そのゲル充填部6に囲まれるようにインスリン溶液充填部7を設けてある。本発明のデバイスの特徴の一つは、インスリン溶液充填部7がゲル充填部6に囲まれた区画に存在し、開口部により近い区画に高濃度のインスリン溶液を充填することを可能としたことである。ゲル充填部6の厚みは、カテーテル内で10〜500 μmの範囲内とすることで、本発明の目的とするグルコース濃度に依存したインスリンの制御放出が可能である。
【0038】
リザーバー3は、インスリン溶液充填部7にインスリンを補充可能なように設けることができるが、場合によってはリザーバーを設けない構成のデバイスであっても良い。リザーバーを設ける場合、カテーテル内のインスリン溶液充填部とリザーバー内とで合わせて例えば約10 mlまでの溶液を補充のために充填し、所望の挿入又は装着期間のインスリンの連続的制御放出が可能なようにすることができる。
【0039】
図1Cに、本発明のデバイスの別の形態を示す。デバイスは、針8とリザーバー9とから構成されている。この形態では、デバイスは皮膚10に貼付する形態で使用することができる。針8は、例えば外径0.5〜1 mm、長さ1 mm〜20 mm、好適には5 mm〜10 mmの範囲であり、市販のシリコン製カテーテル4 Frenchサイズ(内径:0.6mm/外径:1.2mm)のものを好適に使用可能であるが、金属製の針を使用することもできる。この形態では、針8が皮膚を通して皮下組織内又は血管内に達し、インスリンを放出可能な構成とすることができる。この形態において、リザーバー9が外部からの圧力によって破損することを防止するために、例えばスプリング等を内部に入れておくこともできる。この形態は、現在使用されているペン型デバイス又は貼付剤のように、患者自身が医師の指示に基づいて使用可能な形態となり得る。
【0040】
本発明のデバイスに使用することができる素材は、生体に挿入するのに適したものであれば良く、特に限定するものではないが、例えばシリコーン、ポリウレタン、ポリエチレン、テフロン、ポリ塩化ビニル、シルク、さらにそれらに種々表面処理を施したもの、チタン、ステンレス、タンタル、コバルト合金、ニッケル-チタン合金(例えばニチノール)等の金属等を使用することができる。シリコーン等を使用した場合には、例えばシランカップリング等でゲルとデバイスとを結合してゲルを固定化することができ、好適である。また、生体内に存在する種々のタンパク質や脂肪等のデバイスへの付着や、それによる目詰まり等を防止するために、PEG(ポリエチレングリコール)ポリマー等のポリマーで開口部(例えば側孔5)、あるいはデバイス全体を被覆することができる。生体適合性を有する好適なポリマーとして、例えばポリエチレングリコールがネットワークを構成して高強度のゲルを形成した四分岐型「テトラ」ペグゲル(Macromolecules, 2008, 41(14), pp.5379-5384; Macromolecules, 2009, 42(4), pp.1344-1351等)が挙げられ、これは、SUNBRIGHTシリーズ(日油株式会社製)として市販されている。例えば、分子量1万程度の末端アミノ基修飾テトラペグと、分子量1万程度の末端活性エステル基修飾テトラペグとを混合・反応して得られるテトラペグゲルは、インスリン(分子量約6,000)及びグルコース(分子量約180)等を透過することが可能であるが、より高分子量のタンパク質は透過することができない。従って、タンパク質等の付着を防止しながら、グルコースとゲルとの接触、あるいはインスリンのゲルからの放出を抑制しない。
【0041】
上記の目的は、ゲルが露出するデバイスの開口部及び場合によりカテーテル又は針の表面をテトラペグにより被覆することで、達成することができる。なお、テトラペグによる被覆の工程は、デバイスの完成後、又はゲル充填部6へのゲル組成物の充填後に行うことができる。
【0042】
本発明のデバイスは、カテーテル又は針の側壁に複数の開口部を有することを特徴とする。開口部の形状は、特に限定するものではなく、例えば図2A及び2Bに示すように、円形、楕円形、スリット状等の任意の形状の側孔の形態とすることができる。開口部の個数は限定するものではなく、例えば直径300μmの円形の側孔(開口部)を1mmの間隔で10〜100個の範囲内で設けることができる。あるいはまた、開口部は、図2Cに示すように、カテーテル(又は針)の側面に螺旋状に開けられたものであっても良い。この場合、カテーテル自体の構造が弱くなることが懸念される場合には、カテーテル内に金属、ポリマー等の支持構造を設けることもできる。
【0043】
上記の構造とすることにより、本発明のデバイスは、例えば数日間から1週間程度の間、患者の体内に挿入、あるいは装着した状態で使用し、個々の患者の血糖値に応じて、持続的にインスリンを放出することができる。開口部の形状等を適宜調節することにより、インスリンの放出量を、限定するものではないが、例えば血中濃度が70〜140 mg/dLの範囲内となるように調節することが好適である。デバイスの血液等との接触表面積の範囲は、ゲル開口部のデザインにより、デバイス全体の表面積に対して1%程度から99%程度の範囲内で可変である。
【0044】
本発明のデバイスは、フェニルボロン酸系単量体を含むゲルの組成によって、設定された特定のしきい値に応じて相転移を起こすものであるため、複雑なアルゴリズムを用いることなく、個々の患者の血糖値の変動に応じ、かつ患者に装着した状態で持続的にインスリンの放出を制御することができる。従って、マイクロコンピューター制御のインスリンポンプで必要であった装置が全く不要であり、高齢の患者や要介護者への使用、あるいは途上国等の設備の整っていない地域での使用にも適している。同時に、毎日機械的に投与するのではなく、患者の体調に合わせてインスリンの放出量を制御することができる。
【0045】
低血糖の状態は、患者によって異なり、送達されるべきインスリンの量も患者によって異なり得る。インスリンの送達量の調節のためには、デバイスの開口部の調節の他に、デバイス内に充填するインスリン濃度を調節することができる。また、インスリン製剤には速効型、中間型、持効型等が使用されているため、これらを適宜選択することで、更に個々の患者に合わせたデバイスの提供が可能である。
【実施例】
【0046】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0047】
[実施例1]
ゲル化剤(すなわち主鎖)としてN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)及びフェニルボロン酸系単量体(AmECFPBA)、架橋剤としてN,N'-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)、重合開始剤として2,2'-アゾビスイソブチロニトリルを仕込みモル比91.5/7.5/1/0.1で混合し、直径1mmのキャピラリー中でラジカル重合を行うことでゲルを調製した。
【0048】
【化4】
【0049】
得られたゲルを、ヒト用インスリン製剤(ヒューマリンR注、イーライリリー社製)溶液又はPBS中で室温にて膨潤させた後、0.1M塩酸水溶液中に37℃で1時間浸すことでインスリンの封入を行った。
【0050】
このゲルは、生理的条件下(pH7.4、37℃)で正常血糖値(1g/L)をしきい値として相転移を起こすことができるものであり、ゲル表面に生成するスキン層を制御モードとしたインスリンの放出制御が確認された。すなわち、正常血糖値のグルコース濃度下ではインスリンは全く放出されないのに対して、高濃度のグルコース下では速やかなインスリンの放出が認められ、グルコース濃度に依存してインスリンが放出されることが確認された(データは示さない)。尚、ゲルへの封入及びその後72時間以上の保持において、ゲル内及びゲルから放出されるインスリンの生理活性が維持されていることが確認された。
【0051】
[実施例2]
2型糖尿病モデル動物であるAKITAマウス(7週齢、日本エスエルシー株式会社)を用い、本発明のデバイスの効果を確認した。
【0052】
市販のヒト用シリコンカテーテル(4Fr:内径約600μm、プライムテック株式会社)にレーザー加工により直径300μmの貫通孔(側孔)を設けた。側孔数によって効果に差異があるか否かを確認するために、側孔数12個(#1)、24個(#2)及び48個(#4)の3種のデバイスを作製した。洗浄後、シランカップリング剤処理によりメタクリロイル基を導入し、カテーテル内壁に実施例1で調製したゲルを導入した。その際に、カテーテル中心軸部分に直径300μmのアルミ線材を鋳型として留置し、ゲル化反応後にこれを取り除くことで中空構造とした。水で洗浄し、オートクレーブで滅菌処理をした後、デバイスの中空部をヒト用インスリン製剤(ヒューマリンR注)で満たして両端を閉じたものを作製した。対照群ではPBS中で膨潤させたゲルを導入し、中空部にはPBSを満たした。カテーテル部分の長さは20cmとし、マウス1匹につき1本を外科的に皮下移植した。
【0053】
3種のデバイスを各群5匹のAKITAマウスの皮下に外科的に埋め込み、48時間後に市販のグルコースセンサー(グルテストセンサー、三和化学)を用いて血糖値を測定した。尚、対照群の側孔数は24個とした。
【0054】
その結果、対照群と比較して、インスリンを充填した本発明のデバイスを用いたマウスでは、48時間後の血糖値がいずれも低下しており、この効果は側孔数が多い程大きいことが確認された(図3)。
【0055】
また、同じ試験群及び対照群を用い、デバイス移植の24時間後から48時間後までの24時間の飲水量を測定した。その結果、対照群と比較して、インスリンを充填した本発明のデバイスを用いたマウスでは、飲水量がいずれも減少しており、この効果も側孔数が多い程大きいことが確認された(図4)。
【0056】
[実施例3]
実施例2と同様にして作製した側孔数24個のシリコンカテーテルデバイスを作製した。本実施例では、高濃度インスリン(22.5 mg/ml)、低濃度インスリン(3.5 mg/ml)又はPBSをデバイスに充填した。
【0057】
得られたデバイスを健常マウス(9週齢、C57BL/6J)の皮下に外科的に埋め込み、グルコースセンサーを用いて経時的な血糖値の変化を観測した。
【0058】
具体的には、デバイスの移植後3日間、血糖値を観察し、ほぼ正常値が保持されることを確認した。その後、16時間の絶食により全マウスが軽度の低血糖(50-70 mg/dL)を示したが、インスリンを充填した本発明のデバイスを用いた試験群とPBSを充填したデバイスを用いた対照群の間に有意な差は見られず、デバイスの安全性が確認された。
【0059】
次いで、3mg/g体重のグルコースを腹腔内投与して急性グルコース負荷を行った。その結果、インスリン送達デバイス群では対照群と比較して血糖値の上昇が顕著に抑制され、急激な血糖変動に対するデバイスの応答性が確認された(図5)。
【0060】
[実施例4]
ストレプトゾシン(STZ)誘導性1型糖尿病モデルマウス(9週齢、C57BL/6J)を用いて実施例3と同様の試験を行った。本実施例では、インスリン(3.6 mg/ml)又はPBSをデバイスに充填した。このマウスでは、16時間の絶食後においても血糖値が高いままであり、PBSを充填した対照群では血糖値の低下がほとんど観察されないのに対し、インスリン送達デバイス群では血糖値の顕著な低下が見られ、効果は観察した120分間の間持続した(図6A)。
【0061】
また、上記の試験中のマウスの飲水量を2日間観察した結果、図6Bに示すように、対照群と比較して、インスリン送達デバイス群では飲水量が顕著に減少し、高血糖に起因する症状が抑制されていることが認められた。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明のデバイスは、エレクトロニクスフリーのものであり、複雑なアルゴリズムを用いることなく、個々の患者の血糖値の変動に応じ、かつ患者に装着した状態で持続的にインスリンの放出を制御することができる。従って、マイクロコンピューター制御のインスリンポンプで必要であった装置が全く不要であり、高齢の患者や要介護者への使用、あるいは途上国等の設備の整っていない地域での使用にも適している。同時に、毎日機械的に投与するのではなく、患者の体調に合わせてインスリンの放出量を制御することができる。
【符号の説明】
【0063】
1 インスリン送達用デバイス
2 カテーテル
3 リザーバー
4 カテーテル側壁
5 側孔
6 ゲル充填部
7 インスリン溶液充填部
8 針
9 リザーバー
10 皮膚
11、21、31 カテーテル
12、22 側孔
32 螺旋状開口部
図1A
図1B
図1C
図2A
図2B
図2C
図3
図4
図5
図6A
図6B