【課題を解決するための手段】
【0013】
そこで、本発明者等は、熱炭素鋼、合金鋼等の湿式高速連続切削加工においても、耐チッピング性に優れたα型Al
2O
3層を形成すべく鋭意検討したところ、ゾル−ゲル法によるα型Al
2O
3層の成膜を行い、かつ、成膜条件を適切にコントロールすることにより、α型Al
2O
3層の(10−10)面配向性を高めた場合には、α型Al
2O
3層の表面平滑性を高め、表面粗さをRa≦0.03μmとすることができることを見出した。
そして、ゾル−ゲル法で表面平滑性にすぐれたα型Al
2O
3層を成膜することによって、化学蒸着法等で成膜したα型Al
2O
3層に比して、切削加工時の発熱発生が抑制されるため、工具基体の強度低下を防止することができ、また、溶着チッピングの発生を抑制することができることから、被削材の加工精度を低下させることなく、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮し得ることを見出した。
【0014】
また、ゾル−ゲル法でα型Al
2O
3層を成膜することによって、表面平滑性を高めることができると同時に、α型Al
2O
3層中の結晶粒界及び結晶粒内に微細空孔を均一に分散分布させることができる。
そのため、炭素鋼、合金鋼等の湿式高速連続切削加工において、α型Al
2O
3層表面から工具基体への熱伝導経路が減少するとともに、α型Al
2O
3層の摩耗が進行した場合にも、微細空孔に切削液が入り込むと同時に、切れ刃部分の表面積が大きくなることによる放熱効果が高まり、α型Al
2O
3層及び工具基体の温度上昇を抑制することができるので、高温硬さの低下を防止することができ長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を維持し得ること、さらに、均一に分散分布する微細空孔によって、α型Al
2O
3層の耐熱衝撃性及び耐機械的衝撃性が向上することを見出した。
【0015】
さらに、α型Al
2O
3層中に均一に分散分布する微細空孔を形成するにあたり、微細空孔の周囲あるいは微細空孔の周囲の一部分に、微細空孔に隣接してTi酸化物を形成することによって、微細空孔の存在によりもたらされるα型Al
2O
3層の強度低下が防止されること、また、強度低下によってもたらされる溶着チッピングの発生を防止し得ることを見出した。
【0016】
そして、このようなゾル−ゲル法で成膜したα型Al
2O
3層を上部層として備える被覆工具は、炭素鋼、合金鋼等の湿式高速連続切削加工に供した場合、チッピングを発生することがなく、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することを見出したのである。
【0017】
この発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットからなる工具基体の表面に、下部層と上部層からなる硬質被覆層が設けられている表面被覆切削工具において、
(a)前記下部層は、Tiの窒化物層、炭窒化物層、炭窒酸化物層、酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、0.5〜10μmの合計平均層厚を有するTi化合物層、
(b)前記上部層は、その表面粗さRaが0.03μm以下であって、かつ、0.5〜5.0μmの平均層厚を有するα型Al
2O
3層、
(c)前記上部層について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、その断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(10−10)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分するとともに、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表した場合、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、前記0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の50%以上の割合を占める、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記α型Al
2O
3層中には、平均孔径が10〜100nmである微細空孔が分散して形成され、かつ、α型Al
2O
3層の縦断面で測定した前記微細空孔の平均密度は30〜70個/μm
2であり、また、前記微細空孔は、α型Al
2O
3結晶粒の結晶粒界及び結晶粒内に均一に分散分布し、所定の観察視野範囲における前記空孔密度を所定視野数にわたって求めた場合の標準偏差が15個/μm
2以下であることを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記微細空孔のうち、微細空孔の周囲の少なくとも一部分に、微細空孔に隣接してTi酸化物が形成されており、該微細空孔に隣接してTi酸化物が形成されている微細空孔の個数割合は、全微細空孔数の50%以上であることを特徴とする(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4)前記α型Al
2O
3層におけるα型Al
2O
3結晶粒のアスペクト比を、層厚垂直方向の粒径に対する層厚方向の粒径の比とした場合、前記α型Al
2O
3結晶粒の平均アスペクト比は、0.5〜5.0であることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(5)前記工具基体の表面に、化学蒸着法、物理蒸着法またはゾル−ゲル法により、Tiの窒化物層、炭窒化物層、炭窒酸化物層および酸化物層の何れか1層または2層以上からなるTi化合物層を下部層として形成し、次いで、アルミニウムのアルコキシドに、少なくともアルコールと硝酸と水を添加したアルミナゾルを前記下部層の表面に被覆処理し、次いで乾燥処理し、前記被覆処理と前記乾燥処理を目標層厚になるまで繰り返し行った後焼成処理することにより、α型Al
2O
3層からなる上部層をゾル−ゲル法で形成することを特徴とする(1)乃至(4)のいずれかに記載の表面被覆切削工具の製造方法。
(6)前記アルミナゾル中に含有される水に対する硝酸のモル比を、0.20%以下の範囲内とすることを特徴とする(5)に記載の表面被覆切削工具の製造方法。」
を特徴とするものである。
【0018】
以下、本発明について、詳細に説明する。
【0019】
この発明の被覆工具は、炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットからなる工具基体の表面に、硬質被覆層の下部層として0.5〜10μmの合計平均層厚のTi化合物層を備え、また、上部層として、(10−10)配向を有し、0.5〜5.0μmの平均層厚を有するゾル−ゲル法により形成されたα型Al
2O
3層を備える。
そして、前記ゾル−ゲル法により形成されたα型Al
2O
3層においては、該層中に微細空孔が形成されるが、α型Al
2O
3層を形成するゾル−ゲルの工程において、下部層の成分であるTiがα型Al
2O
3層中へ拡散し、しかも、前記微細空孔の周囲の少なくとも一部分に、微細空孔に隣接してTi酸化物を形成する場合がある。
この場合、本発明の上部層は、下部層からのTi成分の拡散によってTi酸化物を含有するから、上部層を厳密に表現すれば「Ti酸化物を含有するα型Al
2O
3層」ということになるが、便宜上、単に、「α型Al
2O
3層」と表現することとする。
【0020】
下部層は、化学蒸着法、物理蒸着法またはゾル−ゲル法により成膜されたTiの窒化物層、炭窒化物層、炭窒酸化物層、酸化物層の何れか1層または2層以上からなるTi化合物層により形成される。
下部層は、それ自体が高温強度を有し、これの存在によって硬質被覆層が高温強度を具備するようになるほか、炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットからなる工具基体と上部層との密着強度を高めるとともに、工具基体とα型Al
2O
3層からなる上部層のいずれにも強固に密着し、よって硬質被覆層の工具基体に対する密着性向上に寄与する作用をもつ。
下部層は、その合計平均層厚が0.5μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方、その合計平均層厚が10μmを越えると、チッピングを発生しやすくなることから、その合計平均層厚を0.5〜10μmと定めた。
また、前記下部層は、下部層の成分であるTiが上部層のα型Al
2O
3層中へ拡散し、Al
2O
3層中に形成される微細空孔の周囲の一部分にTi酸化物を形成する。
そして、微細空孔の存在によりもたらされるα型Al
2O
3層の強度低下を防止する作用を有する。
【0021】
上部層は、ゾル−ゲル法により成膜した平均層厚0.5〜5.0μmのα型Al
2O
3層を備えるが、上部層の平均層厚が0.5μm未満であると、長期の使用に亘って十分な耐摩耗性を発揮することができず、一方、平均層厚が5.0μmを超えると、チッピングが発生しやすくなるため、ゾル−ゲル法により形成するα型Al
2O
3層の層厚は0.5〜5.0μmと定めた。
また、本発明では、後記するゾル−ゲル法によりα型Al
2O
3層を形成することにより、(10−10)面配向性が高いα型Al
2O
3層を得ることができ、従来の化学蒸着法、物理蒸着法等により成膜したα型Al
2O
3層に比して、表面平滑性にすぐれ、その表面粗さRaを、Ra≦0.03μmとすることができる(なお、従来の化学蒸着法、物理蒸着法により得られる硬質被覆層の上部層の表面粗さRaは、ほぼ0.085μm以上)。
そのため、炭素鋼、合金鋼等の湿式高速連続切削加工において、摩擦により発生する高熱による工具基体の強度低下を防止し得るとともに、溶着に起因するチッピングの発生を抑制することができる。
【0022】
α型Al
2O
3層からなる上部層の(10−10)面配向性は、以下の測定法で求めることができる。
電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、α型Al
2O
3層からなる上部層の断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(10−10)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分するとともに、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表し、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するか否か、また、前記0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体に占める割合によって、(10−10)面配向性が高いか低いかを判定する。
ゾル−ゲル法により成膜された本発明のα型Al
2O
3層は、前記で測定した傾斜角度数分布グラフにおいて、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の50%以上の割合を占めるため、(10−10)面の配向性が高いといえる。
したがって、本発明のα型Al
2O
3層は、(10−10)面の配向性が高く、表面粗さRaが0.03μm以下であるすぐれた表面平滑性を備え、その結果、切削加工時の発熱発生が抑制され、工具基体の強度低下を防止することができ、また、溶着チッピングの発生を防止することができるため、被削材の加工精度を低下させることなく、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮することができる。
【0023】
図1(a)に、本発明のゾル−ゲル法により成膜したα型Al
2O
3層についての、CP加工した断面SEM像を示し、
図1(b)に、その模式図を示す。
本発明のゾル−ゲル法により成膜したα型Al
2O
3層は、(10−10)面の配向性が高く、その表面がRa≦0.03μmのすぐれた表面平滑性を備えることに加え、
図1(a)、(b)にも示されるように、層中に微細な空孔が結晶粒界ばかりでなく結晶粒内にも均一に分散して形成され、この微細空孔の存在によって、炭素鋼、合金鋼等の湿式高速連続切削加工において、α型Al
2O
3層表面から工具基体への熱伝導経路が減少し、さらに、切れ刃部分の表面積が大きいことにより放熱効果が高まり、α型Al
2O
3層及び工具基体の温度上昇を抑制し得る。
その結果として、切れ刃部分の高温硬さの低下を防止することができるため、すぐれた耐摩耗性が発揮される。
さらに、層中に均一に分散分布する微細空孔によって、湿式高速連続切削における耐熱衝撃性、耐機械的衝撃性が向上する。
なお、前掲特許文献4〜6でも層中に空孔を形成することは知られているが、前記従来技術では、結晶粒界に空孔が形成されやすく、本発明のように、微細な空孔が結晶粒界ばかりでなく結晶粒内にも均一に分散して形成されるものではなかったため、結晶粒界に形成された空孔がクラック発生の起点となりやすく、結晶粒ごと脱落するという現象も生じ、
本発明に比して、十分な耐チッピング性を備えるとはいえない。
【0024】
ここで、α型Al
2O
3層中に形成される微細空孔の平均孔径が10nm未満であると、切削加工時の熱伝導経路の遮断効果が小さく、一方、平均孔径が100nmを超えると層中に脆弱部が形成されることになり破壊を起こしやすくなる。
したがって、α型Al
2O
3層中に形成される微細空孔の平均孔径は10〜100nmとすることが望ましい。
【0025】
また、α型Al
2O
3層の縦断面について測定した微細空孔の平均密度が、30個/μm
2未満であると、切削加工時の熱伝導経路の減少に寄与せず、一方、70個/μm
2を超えるとα型Al
2O
3層の強度が低下することから、微細空孔の平均密度は、30〜70個/μm
2とすることが望ましい。
【0026】
また、α型Al
2O
3層中に形成される微細空孔について、前記空孔密度を所定の観察視野範囲及び視野数、例えば0.3×0.3μmの視野範囲における観察を10視野ずつ求め、全視野にわたって標準偏差(即ち、微細空孔の分散分布の度合い)を求めたとき、その値が15個/μm
2より大きいと、局所的に微細空孔が集中して形成されることとなり、高速連続切削加工時に部分的な損傷を発生することになるから、微細空孔の標準偏差を15個/μm
2以下として、微細空孔を均一に分散分布させることが望ましい。
【0027】
本発明のα型Al
2O
3層における微細空孔の平均孔径、平均密度、分布の標準偏差(即ち、微細空孔の分散分布の度合い)は前記のとおりであるが、本発明のα型Al
2O
3層には、微細空孔の周囲の少なくとも一部分にTi酸化物が形成されている微細空孔が存在することが望ましい。
このようなTi酸化物は、下部層からのTi成分の拡散によって形成され、微細空孔の周囲の少なくとも一部分にTi酸化物が形成されていることによって、微細空孔が存在することによるα型Al
2O
3層の脆弱化が防止され、特に、耐チッピング性の向上に寄与する。
そして、耐チッピング性向上効果を得るためには、α型Al
2O
3層中に存在する微細空孔の全個数のうち、50%以上の微細空孔について、微細空孔の周囲の少なくとも一部分にTi酸化物が形成されていることが望ましく、50%未満の場合には、α型Al
2O
3層の強度低下を補うことは難しいため、耐チッピング性の向上効果が少ない。
【0028】
α型Al
2O
3層中の微細空孔の周囲の少なくとも一部分に、Ti酸化物が隣接して形成されているか否かは、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)とオージェ電子分光装置(AES)を用いて確認することができる。まず、0.7×0.7μmの観察視野範囲に観察される微細空孔の位置をSEMにて特定し、続いて、該観察範囲についてオージェ電子分光装置を用いて、前記SEMにて特定した微細空孔の周囲の元素マッピングを行うと微細空孔の周囲の少なくとも一部分に、Ti酸化物が隣接して形成されているか否かを判別することができる。
【0029】
本発明のα型Al
2O
3層において、層厚垂直方向の粒径に対する層厚方向の粒径の比をアスペクト比とした場合、α型Al
2O
3結晶粒の平均アスペクト比が、0.5未満では耐摩耗性に乏しく、一方、5.0を超えると粗大組織となるため脱落チッピングがしやすくなることから、本発明のα型Al
2O
3層を構成するα型Al
2O
3結晶粒の平均アスペクト比は0.5〜5.0とすることが好ましい。
【0030】
本発明のα型Al
2O
3層は、例えば、以下に示すゾル−ゲル法によって形成することができる。
【0031】
アルミナゾルの調製:
まず、アルミニウムのアルコキシド(例えば、アルミニウムセカンダリブトキシド、アルミニウムイソプロポキシド)にアルコール(例えば、メタノール、エタノール)を添加し、次いで、微量の硝酸を添加した後、加水分解反応を徐々に進めて、前駆体を密に形成させるために10℃以下の温度範囲にて12時間以上攪拌することによってアルミナゾルを調製する。本発明においては、−10〜10℃の低温度範囲における攪拌と熟成を、例えば、合計12時間以上という長時間をかけての低温処理を行うことが望ましい。
これは、攪拌および熟成処理時の温度が10℃を超えると加水分解および重縮合反応が急速に進んでしまうため、Al
2O
3前駆体が密に形成されにくく、後工程の焼成処理で、α型Al
2O
3が形成されにくくなることから、攪拌および熟成処理時の温度の上限を10℃とし、一方、攪拌および熟成処理時の温度が−10℃未満では、加水分解および重縮合反応が進みにくく、結晶化しにくくなってしまうという理由からである。
なお、撹拌及び熟成時間を合計12時間以上としたのは、前記撹拌及び熟成時の温度範囲で起こる化学反応を十分に平衡状態までもっていき、加水分解縮重合したAlとOのネットワークが密に形成された安定なAl
2O
3前駆体ゾルを得るために必要な時間である。
【0032】
また、微量添加する硝酸の濃度は、0.5〜4mol/lが望ましく、アルミニウムのアルコキシドに対する硝酸の添加量は、0.1〜0.6倍(モル比)が望ましい。また水に対する硝酸の添加量は0.20モル%以下であることが望ましい。また、その際には、水の添加量が少ないとゾル中のコロイド粒子が十分に分散しなくなるため、不十分な解膠状態やゲル化により、膜付き不良の発生や成膜自体ができなくなる。
【0033】
本発明のα型Al
2O
3膜は、アルミナゾルの各成分、特に水や硝酸の濃度が重要である。
アルミナゾルの成分である原料の有機基はもちろん、一部の水やアルコール、硝酸などは、焼成時にAl
2O
3を形成する際の不純物成分になると考えられる。
しかし、多くの検証試験を行った結果、焼成前のAl
2O
3の膜中に存在する硝酸は他成分と比較し、均一に分布しており、それらを適切な濃度範囲に設定した場合には、膜中に均一に微細空孔を適切な形成数だけ分布させることができることが分かった。
加えて、乾燥条件や焼成条件を調整することで、膜中に均一形成される微細空孔の存在は維持しつつ、乾燥や焼成の際に高温の雰囲気と接することとなるAl
2O
3層のごく表面のみを緻密にすることができ、表面粗さは小さくなり、切削時の酸化雰囲気からの保護や切削抵抗低減の効果により、耐酸化性や耐溶着性が向上する。
さらに、(10-10)配向性を高めるようなゾル−ゲル法によるAl
2O
3の成膜と相俟って、上部層であるα型Al
2O
3の表面粗さRaが0.03μm以下である表面平滑性を得ることが可能となる。
【0034】
また、成膜の際には、成膜基体の材料や成膜基体形状によっては、膜付き不良やクラックが生じる場合があるが、界面活性剤やキレート化剤を添加することでそれらを効果的に抑制することが可能である。
特に添加種を限定するわけではないが、界面活性剤としては例えばドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(C
12H
25C
6H
4SO
3Na)、ラウリン酸ナトリウム(C
11H
23COONa)などが挙げられ、キレート化剤としては例えばβ−ケトエステル類としてのキレート剤であるアセト酢酸メチル、アセト酢酸エチル、マロン酸ジメチル、マロン酸ジエチルなどが挙げられる。
【0035】
アルミナゾルの加熱処理:
次いで、上記アルミナゾルについて、ゾル中で起きている加水分解・縮合反応が平衡状態に至るまで進める目的で6時間以上加熱撹拌する。なお、加熱処理は一般的な有機合成で使用されるようなオイルバス等による還流加熱処理を用いることが望ましく、ゾルの成分にもよるが80〜180℃の温度で加熱処理を行うことが望ましい。
【0036】
乾燥・焼成:
Ti化合物層からなる下部層を被覆した工具基体を、上記で調製したアルミナゾル中へ浸漬する被覆処理を施し、その後、0.5mm/secの速度でアルミナゾル中からこれを引き上げ、それに続き100〜600℃で10分乾燥処理を施し、この被覆処理と乾燥処理を所要の層厚になるまで繰り返し行い、次いで、窒素雰囲気中、800〜1100℃の温度範囲で焼成処理を行う。
また焼成時間については、焼成時間が長くなると、膜中のTi酸化物の過剰な拡散により配向性制御が困難になることから、目的の配向性を得るためには800℃で焼成した場合で4時間以下、1000度以上で焼成した場合には3時間以下であることが望ましい。
【0037】
上記乾燥処理によって、アルミナの乾燥ゲルが形成され、次いで行う焼成処理によって、Al
2O
3層中に、所定の(10−10)配向性が形成されるとともに、所定の平均孔径、平均密度、標準偏差の微細空孔が形成され、さらに、該微細空孔の周囲の少なくとも一部分にTi酸化物が形成されたゾル−ゲル法によるα型Al
2O
3層が形成される。
【0038】
上記α型Al
2O
3層の膜厚は、アルミナゾルへの浸漬回数に依存するが、被覆形成された上記α型Al
2O
3層の平均層厚が2μm未満では、長期の使用にわたって被覆工具としてすぐれた耐摩耗性を発揮することができず、一方、平均層厚が15μmを越えるとα型Al
2O
3層が剥離を生じやすくなることから、上記α型Al
2O
3層の膜厚は2〜15μmとする。