特許第6784608号(P6784608)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6784608
(24)【登録日】2020年10月27日
(45)【発行日】2020年11月11日
(54)【発明の名称】成膜装置および成膜物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/54 20060101AFI20201102BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20201102BHJP
   C23C 14/24 20060101ALI20201102BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20201102BHJP
   C23C 14/50 20060101ALI20201102BHJP
   F16J 9/26 20060101ALI20201102BHJP
【FI】
   C23C14/54 C
   C23C14/06 A
   C23C14/24 U
   C23C14/34 U
   C23C14/50 H
   F16J9/26 C
【請求項の数】17
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2017-21968(P2017-21968)
(22)【出願日】2017年2月9日
(65)【公開番号】特開2018-127679(P2018-127679A)
(43)【公開日】2018年8月16日
【審査請求日】2019年9月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100067828
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 悦司
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100109058
【弁理士】
【氏名又は名称】村松 敏郎
(72)【発明者】
【氏名】藤井 博文
【審査官】 手島 理
(56)【参考文献】
【文献】 特許第4680380(JP,B2)
【文献】 実開平6−82465(JP,U)
【文献】 特表2016−520779(JP,A)
【文献】 特開2006−63391(JP,A)
【文献】 特開平11−200017(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/54
C23C 14/06
C23C 14/24
C23C 14/34
C23C 14/50
F16J 9/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワークを自転させながら当該ワークの外周面に成膜を行う成膜装置であって、
チャンバと、
前記チャンバの内部に収納されたワーク回転装置であって、成膜される外周面を有する少なくとも1つの前記ワークを保持して所定の自転軸を回転中心として自転させる少なくとも1つの保持部を有するワーク回転装置と、
前記チャンバの内部に取り付けられ、前記ワークの外周面を成膜するための材料となる粒子が飛び出す出射面を有する蒸発源と、
前記蒸発源に前記粒子が飛び出すための電気的な運転出力を与える電源と、
前記ワーク回転装置によって前記ワークを自転させている状態において、前記ワークの外周面のうち皮膜を厚く形成すべき特定部分が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記電源が前記蒸発源に与える前記運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該電源を制御する制御部と
を備える成膜装置。
【請求項2】
前記保持部に保持される前記ワークの自転周期を測定する周期測定部をさらに備え、
前記制御部は、前記運転出力が前記ワークの自転周期に合わせて周期的に変わるように前記電源を制御する
請求項1に記載の成膜装置。
【請求項3】
前記保持部は、複数の保持部で構成され、
前記ワーク回転装置は、前記複数の保持部のそれぞれを前記自転軸を回転中心として自転させながら当該自転軸が延びる方向と異なる所定の移動方向へ移動させる保持部移動部をさらに有し、
前記制御部は、前記ワーク回転装置の前記保持部移動部によって移動させた状態において、複数の前記ワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの前記特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御する、
請求項1または2に記載の成膜装置。
【請求項4】
前記保持部は、複数の保持部で構成され、
前記制御部は、前記ワーク回転装置が前記複数の保持部にそれぞれ保持された前記ワークの前記特定部分の回転位相を合わせて前記自転軸を回転中心として自転させた状態において、複数の前記ワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの前記特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御する、
請求項1または2に記載の成膜装置。
【請求項5】
前記複数の保持部のそれぞれは、前記特定部分を前記自転軸を基準として所定の方向を向くように位置決めをする位置決め部を有する
請求項3または4に記載の成膜装置。
【請求項6】
前記保持部移動部は、前記複数の保持部のそれぞれを前記自転軸を回転中心として自転させながら当該自転軸が延びる方向と平行に延びる公転軸を回転中心として公転させることが可能な構成を有する、
請求項3に記載の成膜装置。
【請求項7】
前記蒸発源は、前記保持部が前記公転軸を回転中心として公転する公転軌道よりも外側に配置され、
前記制御部は、前記ワーク回転装置の前記保持部移動部によって前記ワークを前記自転軸を回転中心として自転させながら前記公転軸を回転中心として公転させた状態において、複数の前記ワークの前記特定部分を含む範囲が前記公転軌道の外側を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御する、
請求項6に記載の成膜装置。
【請求項8】
前記蒸発源は、前記保持部が前記公転軸を回転中心として公転する公転軌道よりも内側に配置され、
前記出射面は、前記公転軌道の内側から当該公転軌道を向いており、
前記制御部は、前記ワーク回転装置の前記保持部移動部によって前記ワークを前記自転軸を回転中心として自転させながら前記公転軸を回転中心として公転させた状態において、複数の前記ワークの前記特定部分を含む範囲が前記公転軌道の内側を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御する、
請求項6に記載の成膜装置。
【請求項9】
前記ワーク回転装置は、
前記複数の保持部のそれぞれに連結され、当該保持部とともに前記自転軸を回転中心として自転可能な複数の自転ギアと、
前記自転ギアと噛み合う公転ギアであって、前記公転軸が当該公転ギアの中心を通るように前記チャンバの内部に固定された公転ギアと
をさらに有しており、
前記自転ギアと当該公転ギアとのギア比は、整数以外の値である、
請求項7または8に記載の成膜装置。
【請求項10】
前記保持部移動部は、前記複数の保持部のそれぞれを前記自転軸を回転中心として自転させながら当該自転軸が延びる方向と直交する方向へ直進させることが可能な構成を有する、
請求項3に記載の成膜装置。
【請求項11】
ワークを自転させながら当該ワークの外周面に成膜を行うことにより成膜物を製造する方法であって、
成膜される外周面を有する少なくとも1つの前記ワークを保持して所定の自転軸を回転中心として自転させる少なくとも1つの保持部を有するワーク回転装置、前記ワークの外周面を成膜するための材料となる粒子が飛び出す出射面を有する蒸発源、および当該蒸発源に当該粒子が飛び出すための電気的な運転出力を与える電源を備えた成膜装置を準備する準備工程と、
前記ワークを前記保持部に取り付けるワーク取付け工程と、
前記ワーク回転装置によって前記ワークを自転させるとともに、前記電源が前記蒸発源に与える前記運転出力を、前記ワークの外周面のうち皮膜を厚く形成すべき特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では基準出力よりも高い出力になるように制御して前記ワークの外周面の成膜を行う成膜工程とを含む
ことを特徴とする成膜物の製造方法。
【請求項12】
前記成膜工程では、前記運転出力を前記ワークの自転周期に合わせて周期的に変わるように制御する
請求項11に記載の成膜物の製造方法。
【請求項13】
前記成膜工程では、前記ワーク回転装置によって前記複数のワークのそれぞれを前記自転軸を回転中心として自転させながら当該自転軸が延びる方向と異なる所定の移動方向へ移動させた状態で、複数の前記ワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの前記特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御する、
請求項11または12に記載の成膜物の製造方法。
【請求項14】
前記成膜工程では、前記ワーク回転装置によって前記複数のワークのそれぞれの前記特定部分の回転位相を合わせて前記自転軸を回転中心として自転させた状態で、複数の前記ワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの前記特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御する、
請求項11または12に記載の成膜物の製造方法。
【請求項15】
前記ワーク取付け工程では、複数の前記ワークのそれぞれを、前記特定部分が前記自転軸を基準として所定の方向を向くように、複数の前記保持部のそれぞれに個別に取り付ける、
請求項13または14に記載の成膜物の製造方法。
【請求項16】
前記成膜工程では、前記ワーク回転装置によって前記ワークを前記自転軸を回転中心として自転させながら当該自転軸が延びる方向と平行に延びる公転軸を回転中心として公転させた状態で、複数の前記ワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの前記特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御して前記ワークの外周面の成膜を行う、
請求項13に記載の成膜物の製造方法。
【請求項17】
前記成膜工程では、前記ワーク回転装置によって前記ワークを前記自転軸を回転中心として自転させながら当該自転軸と直交する方向へ直進させた状態で、複数の前記ワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの前記特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御して前記ワークの外周面の成膜を行う、
請求項13に記載の成膜物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成膜装置および成膜物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、エンジンのピストンリングなどのワークの耐摩耗性を向上するために、当該ワークの外周面に窒化クロムなどの硬質皮膜をPVDなどの成膜方法によって形成することが行われる。
【0003】
ピストンリングは、円環の一部が途切れた形状を有する金属製の部材であり、円環の一部が途切れることにより形成された開口部分、すなわち、合口部を有している。ピストンリングは、その外径を小さくするように合口部が閉じる方向へ変形させながらエンジンのシリンダに挿入された状態で使用される。この使用状態では、ピストンリングの合口部の周辺部には、外側に開こうとする力が最も大きくかかる。このため、当該周辺部は、シリンダ内壁に最も強く押し付けられるので、エンジンの使用時に最も摩耗しやすい。
【0004】
そこで、ピストンリングにおける合口部の周辺部の摩耗を防止するために、当該周辺部に部分的に上記の硬質皮膜を厚く形成することが考えられる。
【0005】
従来では、ピストンリングにおける合口部の周辺部における硬質皮膜の膜厚を他の部位の膜厚よりも厚くする成膜方法として、特許文献1の記載の成膜方法が知られている。
【0006】
この成膜方法では、ピストンリングを自転および公転させる回転テーブルに載せ、当該回転テーブルを駆動するモータに対して速度指令を与えることにより、ピストンリングの合口部が蒸発源にほぼ正対するときにピストンリングの自転速度が遅くなるようにモータを制御する。これにより、ピストンリングの合口部が蒸発源に正対するときのピストンリングの自転速度を、合口部以外の部位が蒸発源に正対するときよりも遅くして、合口部の周辺部において硬質皮膜を厚く形成することを可能にしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許4680380号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記のようにモータを制御してピストンリングの自転速度を変える成膜方法を行う場合、モータに対して速度指令を与えてから回転テーブル上のピストンリングが所定の自転速度に達するまでにはタイムラグが生じる。そのタイムラグは、ピストンリングなどのワークの重量、または回転テーブルの状態や温度などにより成膜処理中に変化するので、ピストンリングの自転速度の制御に関する再現性が低くなる。そのため、ピストンリングの合口部およびその周辺部が蒸発源に向いているときにピストリンリングの自転速度を遅くする速度制御を確実に行うことが難しい。その結果、合口部の周辺部における膜厚を精度良く制御するのは非常に困難である。
【0009】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、ワークの周方向の膜厚分布を確実に制御することが可能な成膜装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するためのものとして、本発明の成膜装置は、ワークを自転させながら当該ワークの外周面に成膜を行う成膜装置であって、チャンバと、前記チャンバの内部に収納されたワーク回転装置であって、成膜される外周面を有する少なくとも1つの前記ワークを保持して所定の自転軸を回転中心として自転させる少なくとも1つの保持部を有するワーク回転装置と、前記チャンバの内部に取り付けられ、前記ワークの外周面を成膜するための材料となる粒子が飛び出す出射面を有する蒸発源と、前記蒸発源に前記粒子が飛び出すための電気的な運転出力を与える電源と、前記ワーク回転装置によって前記ワークを自転させている状態において、前記ワークの外周面のうち皮膜を厚く形成すべき特定部分が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記電源が前記蒸発源に与える前記運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該電源を制御する制御部とを備えることを特徴とする。
【0011】
かかる構成によれば、従来の成膜装置のようにワークの自転速度を変更する代わりに、制御部が、電源が蒸発源に与える電気的な運転出力(例えば、アーク蒸発源の場合はアーク電流、スパッタ蒸発源の場合はスパッタ電力など)が、ワークの外周面のうち皮膜を厚く形成すべき特定部分が前記蒸発源の出射面を向いている間では高い出力になるように、当該電源を制御する。すなわち、この構成では、ワーク回転装置は一定速度でワークを自転させればよく、自転速度の変速制御は不要であり、その代わりに電源から蒸発源に与える電気的な運転出力を変えるという応答性の高い電気的な操作によってワークの特定部分を部分的に厚くする高精度の膜厚制御を再現性良く行うことが可能である。よって、ワークの周方向の膜厚分布を精度よく制御することが可能である。また、この成膜装置では、成膜プロセス中ではワークの自転速度を変えなくてもよいので、ワークを自転させるワーク回転装置への機械的な負荷を減少することが可能である。
【0012】
なお、ここでいう「基準出力」とは、成膜装置がワークを自転させながら当該ワークの外周面に成膜を行う際に、ワークの外周面全体においてあらかじめ設定された目標膜厚の被膜を確保するために必要な運転出力のことをいう。
【0013】
前記保持部に保持される前記ワークの自転周期を測定する周期測定部をさらに備え、前記制御部は、前記運転出力が前記ワークの自転周期に合わせて周期的に変わるように前記電源を制御するのが好ましい。
【0014】
かかる構成によれば、運転出力が前記ワークの自転周期に合わせて周期的に変わるように前記電源を制御することにより、ワークの周方向の膜厚分布をより高い精度で制御することが可能である。
【0015】
前記保持部は、複数の保持部で構成され、前記ワーク回転装置は、前記複数の保持部のそれぞれを前記自転軸を回転中心として自転させながら当該自転軸が延びる方向と異なる所定の移動方向へ移動させる保持部移動部をさらに有し、前記制御部は、前記ワーク回転装置の前記保持部移動部によって移動させた状態において、複数の前記ワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの前記特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御するのが好ましい。
【0016】
かかる構成によれば、複数のワークを保持部移動部によって一定の自転速度で自転させながら所定の移動方向へ一定の移動速度で移動させて当該ワークの外周面の成膜を行うプロセス中では、複数のワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの特定部分を含む範囲が蒸発源の出射面を向いている間に蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるので、複数のワークのそれぞれ特定部分に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。
【0017】
前記保持部は、複数の保持部で構成され、前記制御部は、前記ワーク回転装置が前記複数の保持部にそれぞれ保持された前記ワークの前記特定部分の回転位相を合わせて前記自転軸を回転中心として自転させた状態において、複数の前記ワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの前記特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御しているのが好ましい。
【0018】
かかる構成によれば、複数の保持部にそれぞれ保持されたワークの特定部分の回転位相を合わせながら一定の自転速度で自転させながら当該ワークの外周面の成膜を行うプロセス中では、複数のワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの特定部分を含む範囲が蒸発源の出射面を向いている間に蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるので、複数のワークのそれぞれ特定部分に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。
【0019】
前記複数の保持部のそれぞれは、前記特定部分を前記自転軸を基準として所定の方向を向くように位置決めをする位置決め部を有するのが好ましい。
【0020】
かかる構成によれば、ワーク回転装置の複数の保持部のそれぞれの位置決め部によって、複数のワークのそれぞれの外周面のうち皮膜を厚く形成すべき特定部分が自転軸を基準として同一の所定の方向を向くように、複数のワークの位置決めがされる。これにより、複数のワーク間の自転時の特定部分の回転位相を正確に同期させることが可能である。
【0021】
前記保持部移動部は、前記複数の保持部のそれぞれを前記自転軸を回転中心として自転させながら当該自転軸が延びる方向と平行に延びる公転軸を回転中心として公転させることが可能な構成を有するのが好ましい。
【0022】
かかる構成によれば、複数のワークを保持部移動部によって自転させながら公転軸を回転中心として公転させて、蒸発源の出射面の前方を通過するそれぞれのワークの外周面の成膜を行うことによって、複数のワークのそれぞれ特定部分に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。したがって、一定の回転速度で自公転する従来の回転テーブルを用いて上記の成膜が可能になる。
【0023】
前記蒸発源は、前記保持部が前記公転軸を回転中心として公転する公転軌道よりも外側に配置され、前記制御部は、前記ワーク回転装置の前記保持部移動部によって前記ワークを前記自転軸を回転中心として自転させながら前記公転軸を回転中心として公転させた状態において、複数の前記ワークの前記特定部分を含む範囲が前記公転軌道の外側を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御するのが好ましい。
【0024】
かかる構成によれば、制御部は、複数のワークの特定部分を含む範囲が前記公転軌道の外側を向いている間では蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように電源を制御することにより、保持部の公転軌道の外側の任意の位置に配置された蒸発源を用いて、ワークの特定部分に厚い皮膜を形成することが可能になる。
【0025】
前記蒸発源は、前記保持部が前記公転軸を回転中心として公転する公転軌道よりも内側に配置され、前記出射面は、前記公転軌道の内側から当該公転軌道を向いており、前記制御部は、前記ワーク回転装置の前記保持部移動部によって前記ワークを前記自転軸を回転中心として自転させながら前記公転軸を回転中心として公転させた状態において、複数の前記ワークの前記特定部分を含む範囲が前記公転軌道の内側を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御するようにしてもよい。
【0026】
かかる構成によれば、制御部は、複数のワークの特定部分を含む範囲が前記公転軌道の内側を向いている間では蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように電源を制御することにより、保持部の公転軌道の内側の位置に配置された1個の蒸発源を用いて、複数のワークの特定部分に厚い皮膜を形成することが可能になる。
【0027】
前記ワーク回転装置は、前記複数の保持部のそれぞれに連結され、当該保持部とともに前記自転軸を回転中心として自転可能な複数の自転ギアと、前記自転ギアと噛み合う公転ギアであって、前記公転軸が当該公転ギアの中心を通るように前記チャンバの内部に固定された公転ギアとをさらに有しており、前記自転ギアと当該公転ギアとのギア比は、整数以外の値であるのが好ましい。
【0028】
かかる構成によれば、保持部とともに自公転する自転ギアとチャンバに固定された公転ギアとのギア比が整数以外の値であるので、複数のワークが公転軸の周囲を自公転するときに、当該複数のワークが1公転するごとに当該複数のワークの特定部分が公転軌道の外側または内側を向く位置は公転軸の周方向において少しずつずれる。そのため、複数のワークのうちの特定のワークの特定部分のみが公転軌道の外側または内側に配置された蒸発源に対向することが無くなる。その結果、蒸発源が公転軌道の外側または内側に配置されている場合であっても、複数のワークにおいて同一の膜厚分布を確実に得ることが可能になる。
【0029】
前記保持部移動部は、前記複数の保持部のそれぞれを前記自転軸を回転中心として自転させながら当該自転軸が延びる方向と直交する方向へ直進させることが可能な構成を有してもよい。
【0030】
かかる構成によれば、複数のワークを保持部移動部によって自転させながら自転軸が延びる方向と直交する方向へ直進させて、蒸発源の出射面の前方を通過するそれぞれのワークの外周面の成膜を行うことによって、複数のワークのそれぞれ特定部分に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。したがって、一定の自転速度で自転しながら一定の速度で直進する従来のワーク移動テーブルを用いて上記の成膜が可能になる。
【0031】
本発明の成膜物の製造方法は、ワークを自転させながら当該ワークの外周面に成膜を行うことにより成膜物を製造する方法であって、成膜される外周面を有する少なくとも1つの前記ワークを保持して所定の自転軸を回転中心として自転させる少なくとも1つの保持部を有するワーク回転装置、前記ワークの外周面を成膜するための材料となる粒子が飛び出す出射面を有する蒸発源、および当該蒸発源に当該粒子が飛び出すための電気的な運転出力を与える電源を備えた成膜装置を準備する準備工程と、前記ワークを前記保持部に取り付けるワーク取付け工程と、前記ワーク回転装置によって前記ワークを自転させるとともに、前記電源が前記蒸発源に与える前記運転出力を、前記ワークの外周面のうち皮膜を厚く形成すべき特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では基準出力よりも高い出力になるように制御して前記ワークの外周面の成膜を行う成膜工程とを含むことを特徴とする。
【0032】
かかる成膜物の製造方法によれば、従来の成膜装置のようにワークの自転速度を変更する代わりに、成膜工程では、電源が蒸発源に与える運転出力を、ワークの外周面のうち皮膜を厚く形成すべき特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では高い出力になるように制御する。これにより、ワークの自転速度を変えずにワークの周方向の膜厚分布を精度よく制御することが可能である。この製造方法では、一定速度でワークを自転させればよく、自転速度の変速制御は不要であり、その代わりに電源から蒸発源に与える電気的な運転出力を変えるという応答性の高い電気的な操作によってワークの特定部分を部分的に厚くする高精度の膜厚制御を再現性良く行うことが可能である。よって、ワークの周方向の膜厚分布を精度よく制御することが可能である。また、成膜プロセス中ではワークの自転速度を変えないので、ワークを自転させるワーク回転装置への機械的な負荷を減少することが可能である。
【0033】
前記成膜工程では、前記運転出力を前記ワークの自転周期に合わせて周期的に変わるように制御するのが好ましい。
【0034】
かかる製造方法によれば、運転出力をワークの自転周期に合わせて周期的に変わるように制御することにより、ワークの周方向の膜厚分布をより高い精度で制御することが可能である。
【0035】
前記成膜工程では、前記ワーク回転装置によって前記複数のワークのそれぞれを前記自転軸を回転中心として自転させながら当該自転軸が延びる方向と異なる所定の移動方向て自動させた状態で、複数の前記ワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの前記特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御するのが好ましい。
【0036】
かかる製造方法によれば、成膜工程では、複数のワークを一定の自転速度で自転させながら所定の移動方向へ一定の移動速度で移動させて当該ワークの外周面の成膜を行う間において、複数のワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの特定部分を含む範囲が蒸発源の出射面を向いている間では蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になる。そのため、複数のワークのそれぞれ特定部分に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。
【0037】
前記成膜工程では、前記ワーク回転装置によって前記複数のワークのそれぞれの前記特定部分の回転位相を合わせて前記自転軸を回転中心として自転させた状態で、複数の前記ワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの前記特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御しているのが好ましい。
【0038】
かかる製造方法によれば、成膜工程では、複数のワークの特定部分の回転位相を合わせながら一定の自転速度で自転させて当該ワークの外周面の成膜を行う間において、複数のワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの特定部分を含む範囲が蒸発源の出射面を向いている間では蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になる。そのため、複数のワークのそれぞれ特定部分に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。
【0039】
前記ワーク取付け工程では、複数の前記ワークのそれぞれを、前記特定部分が前記自転軸を基準として所定の方向を向くように、複数の前記保持部のそれぞれに個別に取り付けるのが好ましい。
【0040】
かかる製造方法によれば、ワーク取付け工程において、複数のワークのそれぞれの外周面のうち皮膜を厚く形成すべき特定部分が自転軸を基準として所定の方向を向くように、当該複数のワークの位置決めがされることにより、複数のワーク間の自転時の特定部分の回転位相を正確に同期させることが可能である。
【0041】
前記成膜工程では、前記ワーク回転装置によって前記ワークを前記自転軸を回転中心として自転させながら当該自転軸が延びる方向と平行に延びる公転軸を回転中心として公転させた状態で、複数の前記ワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの前記特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御して前記ワークの外周面の成膜を行うのが好ましい。
【0042】
かかる製造方法によれば、複数のワークを自転させながら公転軸を回転中心として公転させて、蒸発源の出射面の前方を通過するそれぞれのワークの外周面の成膜を行うことによって、複数のワークのそれぞれ特定部分に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。したがって、一定の回転速度で自公転する従来の回転テーブルを用いて上記の成膜が可能になる。
【0043】
前記成膜工程では、前記ワーク回転装置によって前記ワークを前記自転軸を回転中心として自転させながら当該自転軸と直交する方向へ直進させた状態で、複数の前記ワークのうちの少なくとも1つの当該ワークの前記特定部分を含む範囲が前記蒸発源の出射面を向いている間では前記蒸発源の運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御して前記ワークの外周面の成膜を行うようにしてもよい。
【0044】
かかる製造方法によれば、複数のワークを保持部移動部によって自転させながら自転軸が延びる方向と直交する方向へ直進させて蒸発源の出射面の前方を通過するそれぞれのワークの外周面の成膜を行うことによって、複数のワークのそれぞれ特定部分に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。したがって、一定の自転速度で自転しながら一定の速度で直進する従来のワーク移動テーブルを用いて上記の成膜が可能になる。
【発明の効果】
【0045】
以上説明したように、本発明の成膜装置および成膜物の製造方法によれば、ワークの周方向の膜厚分布を確実に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
図1】本発明の実施形態に係わる成膜装置の全体構成を示す断面説明図である。
図2図1のチャンバ内部の平面配置図である。
図3図1のアーク電源からターゲットへ供給されるアーク電流ARの周期的な変化を示すグラフである。
図4図1の成膜装置を用いたピストンリングの成膜方法を説明するための説明図である。
図5図1の成膜装置を用いたピストンリングの成膜方法を説明するための説明図である。
図6図1の成膜装置を用いたピストンリングの成膜方法を説明するための説明図である。
図7図1の成膜装置を用いたピストンリングの成膜方法を説明するための説明図である。
図8】本発明の成膜装置の変形例として、蒸発源がピストンリングの公転軌道の内側に配置された構造を示す説明図である。
図9】本発明の成膜装置の他の変形例として、ピストンリングを自転させながら直進させる構成を示すチャンバ内部の平面配置図である。
図10図9の成膜装置を用いたピストンリングの成膜方法を説明するための説明図である。
図11図9の成膜装置を用いたピストンリングの成膜方法を説明するための説明図である。
図12図9の成膜装置を用いたピストンリングの成膜方法を説明するための説明図である。
図13図9の成膜装置を用いたピストンリングの成膜方法を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0047】
つぎに、図面を参照しながら本発明の成膜装置およびそれを用いた成膜物の製造方法の実施形態について詳細に説明する。
【0048】
図1に示される成膜装置1は、成膜されるワークである複数のピストンリング100を自公転させながらピストンリング100の外周面にPVD、具体的にはアークイオンプレーティング(AIP)やスパッタリングによって成膜処理を行なう装置である。図1に示される成膜装置1は、チャンバ2と、複数のターゲット3を備えた蒸発源と、複数のターゲット3にそれぞれアーク電流を供給する複数のアーク電源4と、複数のピストンリング100を自公転させるワーク回転装置5と、アーク電源4の電流制御を行う制御装置6とを備えている。
【0049】
チャンバ2は、複数の側壁2aと、当該複数の側壁2aのそれぞれの上側および下側の縁に連結された天壁および底壁とを有する中空の筐体からなる。これら複数の側壁2a、天壁、および底壁によって、密閉された空間2bが形成される。この空間2bには、ピストンリング100およびワーク回転装置5が収納される。
【0050】
ターゲット3は、図1〜2に示されるように、チャンバ2における対向する一対の側壁2aにそれぞれ取り付けられている。ターゲット3は、ピストンリング100の外周面に成膜するための材料(例えば、例えば、窒化クロムや窒化チタンの硬質皮膜を形成するためのチタンやクロムなどの材料)を含む。ターゲット3は、当該材料となる粒子が飛び出す出射面3aを有する。ターゲット3は、図2に示されるように、ピストンリング100が公転軸S1を回転中心として公転する公転軌道OBよりも外側に配置されている。
【0051】
各アーク電源4は、ターゲット3に粒子が飛び出すための電気的な運転出力としてアーク電流を与える。アーク電源4は、陰極および陽極を有する、陰極は、ターゲット3に接続され、陽極は、チャンバ2に接続される。
【0052】
ワークであるピストンリング100は、図2に示されるように、円環の一部が途切れた形状を有する部材である。すなわち、ピストンリング100は、円環の一部が途切れた開口部分である合口部101を有する。ピストンリング100の外周面には、摩耗防止のために上記の成膜装置1によって硬質皮膜が形成される。ピストンリング100の外周面のうち皮膜を厚く形成すべき周辺部102は、エンジンの使用時にシリンダの内部で最も磨耗が激しい合口部101の周辺部102である。
【0053】
ワーク回転装置5は、成膜プロセス中に、ピストンリング100を所定の自転軸S2を回転中心として自転させながら当該自転軸S2が延びる方向と異なる所定の移動方向として公転方向Sへ移動させることが可能な構成を有する。ここで、公転方向Sとは、自転軸S2と平行に延びる公転軸S1を回転中心として保持部13が公転する方向のことである。
【0054】
ワーク回転装置5は、図1〜2に示されるように、主要な構成として、積層された複数のピストンリング100を保持して自転軸S2を回転中心として自転可能な複数の保持部13と、これら複数の保持部13を自公転させる保持部移動部19とを備える。
【0055】
それぞれの保持部13は、ピストンリング100を保持して自転軸S2を回転中心として自転可能な構成を有する。保持部13は、積層された複数のピストンリング100が載置される台座部13aと、自転軸S2に沿って延びる円柱状の支柱部13bとを有する。支柱部13bは、積層された複数のピストンリング100の内部に挿入されることにより、これらのピストンリング100を内側から保持する。支柱部13bの周面には、ピストンリング100の合口部101の周辺部102の位置決めのための位置決め部としてリブ13cが形成されている。リブ13cは、自転軸S2と同じ方向に延び、ピストントンリング100の合口部101に挿入可能な幅を有する。ピストンリング100が支柱部13bに嵌合されるときには、リブ13cは、当該ピストンリング100の合口部101に挿入される。これにより、リブ13cは、周辺部102が自転軸S2を基準として所定の方向を向くように、当該ピストンリング100を位置決めする。したがって、複数の保持部13のそれぞれのリブ13cは、ピストンリングの周辺部102が自転軸S2を基準として同一の所定の方向を向くように当該ピストンリング100を位置決めすることが可能である。
【0056】
保持部移動部19は、複数の保持部13とともに公転軸S1を回転中心として回転可能な公転テーブル11と、当該公転テーブル11を回転させる駆動部12と、当該保持部13とともに自転する自転ギア14と、チャンバ2に固定され、自転ギア14に噛み合う公転ギア15と、保持部13と自転ギア14とを連結する連結軸17とを有する。
【0057】
駆動部12は、モータおよび減速機を有している。
【0058】
公転ギア15は、その中心が公転軸S1に一致する位置で支持台18を介してチャンバ2に固定されている。
【0059】
公転テーブル11は、円盤状の部材であり、複数の保持部13を自転可能に保持するための複数の貫通孔11aを有する。複数の貫通孔11aは、公転軸S1回りに等間隔に配置されている。公転テーブル11は、その下面から公転軸S1に沿って下方に延びる軸部16を有する。軸部16は、公転ギア15および支持台18の中央部にそれぞれ形成された貫通孔を通して下方に延び、駆動部12の図示されない出力軸に連結されている。駆動部12の回転駆動力は、公転テーブル11の軸部16に伝達され、当該公転テーブル11を公転軸S1回りに公転方向Aに回転させる。それとともに、公転テーブル11に保持された複数の保持部13は、公転軸S1回りに公転する。
【0060】
連結軸17は、公転テーブル11の貫通孔11aに回転可能に挿入されている。連結軸17の上端部には、保持部13が固定され、連結軸17の下端部には、自転ギア14が固定されている。これにより、保持部13および自転ギア14は、公転テーブル11の上側および下側において、公転テーブル11の貫通孔11aが形成された部分において回転自在に支持される。したがって、保持部13および自転ギア14は、公転テーブル11の回転に伴って、公転軸S1を回転中心として公転方向Sへ公転することが可能である。保持部13および自転ギア14は、これら保持部13および自転ギア14が公転している間、自転ギア14が上記の公転ギア15に噛み合うことにより、自転軸S2を回転中心として自転方向Bに自転することが可能である。
【0061】
複数の保持部13のそれぞれに保持されたピストンリング100は、図2に示されるように、リブ13cによってピストンリング100の周辺部102が自転軸S2を基準として同一の所定の方向を向くように当該ピストンリング100を位置決めされている。したがって、複数の保持部13が自転するときには、これらの保持部13に保持されたピストンリング100は、同一の方向を向いて自転することが可能である。
【0062】
制御装置6は、保持部13に保持されるピストンリング100の自転周期を測定する周期測定部24と、アーク電源4の電流制御を行う制御部23とを有する。
【0063】
周期測定部24は、ワーク回転装置5の駆動部12のモータ回転数に応じて当該駆動部12から発信されるパルスの数をカウントするパルスカウンタ21と、当該パルスの数からピストンリング100の自転周期を算出する算出器22とを有する。
【0064】
制御部23は、上記の自転周期に対応するアーク電流の出力レベルに関する制御信号をアーク電源4へ送信して、アーク電源4の電流制御を行う。電流制御の具体的な説明は、以下のピストンリング100の成膜方法の説明の中で行われる。
【0065】
つぎに、上記の成膜装置1を用いた成膜物の製造方法として、AIPによるピストンリング100の成膜方法について説明する。
【0066】
まず、上記のように複数の保持部13を有するワーク回転装置5、ターゲット3を有する蒸発源、およびアーク電源4を有する成膜装置1を準備する(準備工程)。
【0067】
ついで、複数のピストンリング100を複数の保持部13にそれぞれに取り付ける(ワーク取付け工程)。このとき、複数の保持部13のそれぞれに保持されたピストンリング100は、図2に示されるように、リブ13cによってピストンリング100の周辺部102が自転軸S2を基準として同一の所定の方向を向くように当該ピストンリング100を位置決めされる。
【0068】
そののち、複数のピストンリング100を自公転させながら当該ピストンリング100の外周面の成膜を行う(成膜工程)。具体的には、チャンバ2内部がほぼ真空状態まで減圧された環境下で、ワーク回転装置5は、複数の保持部13に保持された複数のピストンリング100を、自転軸S2を回転中心として一定の自転速度で自転させながら公転軸S1を回転中心として一定の公転速度で公転させる。
【0069】
それぞれのピストンリング100は、ワーク回転装置5を介して図示されないバイアス電位印加部からバイアス電位が印加される。このようなバイアス電位がピストンリング100に印加された状態で、アーク電源4からクロムなどの材料からなるターゲット3へアーク電流が供給される。これにより、ターゲット3とチャンバ2の内面との間でアーク放電が発生し、ターゲット3の出射面3aから当該ターゲット3の材料が蒸発して高エネルギーの粒子が飛び出てピストンリング100の外周面に衝突する。その結果、ピストンリング100の外周面に窒化クロムなどの硬質皮膜が形成される。それぞれのピストンリング100は、自公転しながらターゲット3の出射面3aの前方を通過する。そのため、それぞれのピストンリング100の外周面の全周に亘って、硬質皮膜が形成される。
【0070】
この成膜工程では、複数のピストンリング100のうちの少なくとも1つの当該ピストンリング100の周辺部102を含む範囲がターゲット3の出射面3aを向くように、図5に示されるように、複数のピストンリング100の周辺部102を含む範囲が公転軌道OBの外側を向いている間(例えば、外側を向いている間中すべての時間でもよいし、一部の時間でもよい。)に、制御部23は、図3に示されるように、ターゲット3に与える運転出力であるアーク電流ARが基準出力である基準電流値I1(例えば100A)よりも高い電流値I2(例えば150A)になるように、当該アーク電流をピストンリング100の自転周期に合わせて周期的に変わるように制御する。
【0071】
ここでいう「基準出力」とは、例えば、上記の基準電流値I1などであり、成膜装置1がピストンリング100などのワークを自転させながら当該ワークの外周面に成膜を行う際に、ワークの外周面全体においてあらかじめ設定された目標膜厚の被膜を確保するために必要なアーク電流などの運転出力のことをいう。
【0072】
具体的には、図3のピストンリング100の自転周期T0のうちの時間t2のとき、すなわち、図5に示されるように複数のピストンリング100の合口部101の両側の周辺部102が公転軌道OBの外側を向いているときには、図3の時間t2のときの線L1のように、制御部23は、アーク電流ARが所定の基準電流値I1よりも高い電流値I2になるようにアーク電源4を制御する。これにより、図5に示されるようにターゲット3の出射面3aから当該高い電流値I2に対応する多量の粒子P2がピストンリング100の周辺部102の外周面に出射して、ピストンリング100の周辺部102に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。
【0073】
図3の線L1では、制御部23は、自転周期T0のうち時間t2付近において一定時間T1だけ高い電流値I2を維持し、その他の時間は基準電流値I1を維持するようにアーク電源4を制御している。したがって、図3の時間t1のとき、すなわち、図4に示されるようにピストンリング100の合口部101が公転軌道OBの外側を向く前の状態のときには、制御部23は、アーク電流ARが基準電流値I1になるようにアーク電源4を制御する。このとき、ターゲット3の出射面3aから基準電流値I1に対応する粒子P1(図5の粒子P2より少ない)がピストンリング100の周辺部102以外の部分に出射して、当該周辺部102以外の部分の外周面に基準の膜厚の皮膜が形成される。同様に、図3の時間t3およびt4のとき、すなわち、図6〜7に示されるようにピストンリング100の合口部101が公転軌道の外側を向いた後に内側へ移行している状態のときも、制御部23は、アーク電流ARが基準電流値I1になるようにアーク電源4を制御し、基準電流値I1に対応する粒子P1をターゲット3の出射面3aから出射することにより、ピストンリング100の周辺部102以外の部分の外周面に、基準の膜厚の皮膜が形成される。
【0074】
ここで、制御部23は、他の電流制御として、図3の線L2のように、時間周期T0のうち時間t2において最も高い電流値I2になり、他の時間では基準電流値I1を中間値としてサインカーブのように電流値をなだらかに連続的かつ周期的に変化するように、アーク電源4を制御してもよい。この場合も、上記図3の線L1と同様に、ピストンリング100の周辺部102に部分的に厚い皮膜を形成し、周辺部102以外の部分には基準の膜厚に近い膜厚の皮膜を形成することが可能になる。
【0075】
上記の実施形態の成膜装置1およびそれを用いたピストンリング100の成膜方法(すなわち成膜物の製造方法)では、従来の成膜装置のようにピストンリングの自転速度を変更する代わりに、ピストンリング100の自転速度および公転速度を一定にした状態において、制御部23が、アーク電源4がターゲット3に与えるアーク電流がピストンリング100の周辺部102を含む範囲がターゲット3の出射面3aを向いている間(例えば、出射面3aを向いている間中すべての時間でもよいし、一部の時間でもよい。)では高い出力になるように、具体的には、ピストンリング100の自転周期に合わせて周期的に変わるように当該アーク電源4を制御する。すなわち、この構成では、ワーク回転装置5は一定速度でピストンリング100を自公転させればよく、自転速度の変速制御は不要であり、その代わりにアーク電源4からターゲット3に与えるアーク電流を変えるという応答性の高い電気的な操作によってピストンリング100の周辺部102を部分的に厚くする高精度の膜厚制御を再現性良く行うことが可能である。よって、ピストンリング100の周方向の膜厚分布を精度よく制御することが可能である。また、この成膜装置1では、成膜プロセス中ではピストンリング100の自転速度および公転速度を変えなくてもよいので、ピストンリング100を自公転させるワーク回転装置5への機械的な負荷を減少することが可能である。
【0076】
なお、上記実施形態では、ピストンリング100の自転速度および公転速度を一定にしているが、本発明はこれに限定されるものではなく、これら自転速度および公転速度を変化させてもよい。
【0077】
また、上記の実施形態の成膜装置1およびピストンリング100の成膜方法では、保持部13のリブ13cが、ピストンリング100の位置決めをする位置決め部として機能する。そのため、当該リブ13cがピストンリング100の外周面のうち皮膜を厚く形成すべき周辺部102を所定の方向へ向けることにより、ピストンリング100の周辺部102の回転位相を特定することが可能になる。これにより、ピストンリング100を自転させながらピストンリング100の外周面の成膜を行うときに、ピストンリング100の自転周期においてピストンリング100の周辺部102を含む範囲がターゲット3の出射面3aを向いている間では、ターゲット3のアーク電流が基準電流値I1よりも高い電流値I2になるようにアーク電源4を制御することが可能である。その結果、当該周辺部102に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。
【0078】
さらに、上記の実施形態の成膜装置1およびピストンリング100の成膜方法では、アーク電流がピストンリング100の自転周期に合わせて周期的に変わるようにアーク電源4を制御することにより、ピストンリング100の周方向の膜厚分布をより高い精度で制御することが可能である。
【0079】
なお、上記実施形態では、アーク電流がピストンリング100の自転周期に合わせて周期的に変わるようにアーク電源4を制御しているが、本発明はこれに限定されるものではない。ピストンリング100の周辺部102がターゲット3の出射面3aを向いているときにアーク電流を増加させることができれば、アーク電流を自転周期と異なるタイミングで変化させてもよい。
【0080】
また、上記の実施形態の成膜装置1およびピストンリング100の成膜方法では、自転軸S2が延びる方向と異なる所定の移動方向へ移動(例えば公転など)をするか否かに関わらず、複数の保持部13にそれぞれ保持されたピストンリング100の周辺部102の回転位相を合わせて自転軸S2を回転中心として自転させた状態において、複数のピストンリング100のうちの少なくとも1つの当該ピストンリング100の周辺部102を含む範囲がターゲット3の出射面3cを向いている間では前記ターゲット3のアーク電流などの運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力を制御していればよい。
【0081】
かかる構成によれば、複数の保持部にそれぞれ保持されたピストンリング100の周辺部102の回転位相を合わせながら一定の自転速度で自転させながら当該ピストンリング100の外周面の成膜を行うプロセス中では、複数のピストンリング100のうちの少なくとも1つの当該ピストンリング100の周辺部102を含む範囲がターゲット3の出射面3cを向いている間にターゲット3の運転出力が基準出力よりも高い出力になるので、複数のピストンリング100のそれぞれ周辺部102に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。
【0082】
また、上記の実施形態の成膜装置1およびピストンリング100の成膜方法では、ワーク回転装置5の複数の保持部13のそれぞれの位置決め部であるリブ13cによって、複数のピストンリング100のそれぞれの外周面のうち皮膜を厚く形成すべき周辺部102が自転軸S2を基準として所定の方向(例えば、すべてのピストンリング100の周辺部102を公転軸100に向ける方向、または公転軌道の外側に向ける方向)を向くように、複数のピストンリング100の位置決めがされる。これにより、複数のピストンリング100の間の自転時の周辺部102の回転位相を正確に同期させることが可能である。したがって、複数のピストンリング100を公転テーブル11によって一定の自転速度および公転速度で自公転させて、ターゲット3の出射面3aの前方を通過するそれぞれのピストンリング100の外周面の成膜を行うプロセス中では、複数のピストンリング100のうちの少なくとも1つの当該ピストンリング100の周辺部102を含む範囲がターゲット3の出射面3aを向いている間にターゲット3のアーク電流が基準電流値I1よりも高い電流値I2になるので、複数のピストンリング100のそれぞれ周辺部102に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。したがって、一定の回転速度で自公転する従来の回転テーブルを用いて上記の成膜が可能になる。
【0083】
また、本実施形態の成膜装置1では、ターゲット3は、保持部13が公転軸S1を回転中心として公転する公転軌道よりも外側に配置されている。制御部23は、複数のピストンリング100の周辺部102を含む範囲が公転軌道の外側を向いている間ではターゲット3のアーク電流が基準電流値I1よりも高い電流値I2になるようにアーク電源4を制御することにより、保持部13の公転軌道OBの外側の任意の位置に配置されたターゲット3を用いて、ピストンリング100の周辺部102に厚い皮膜を形成することが可能になる。
【0084】
本実施形態のようにピストンリング100を自公転させながら成膜する成膜装置1では、自転ギア14と当該公転ギア15とのギア比は、整数以外の値であるのが好ましい。この場合、複数のピストンリング100が公転軸S1の周囲を自公転するときに、当該複数のピストンリング100が1公転するごとに当該複数のピストンリング100の周辺部102が公転軌道の外側を向く位置は公転軸S1の周方向においてずれ、例えばギア比が小さい場合は少しずつずれる。そのため、複数のピストンリング100のうちの特定のピストンリング100の周辺部102のみが公転軌道OBの外側のターゲット3に対向することが無くなる。その結果、ターゲット3が公転軌道OBの外側に配置されている場合であっても、複数のピストンリング100において同一の膜厚分布を確実に得ることが可能になる。
【0085】
(変形例)
(A)
上記の実施形態では、成膜装置1では、蒸発源に電気的な運転出力を与える電源の一例として、AIP用の蒸発源であるターゲット3にアーク電流を与えるアーク電源4を例に挙げて説明したが本発明はこれに限定されるものではない。本発明の電気的な運転出力の他の例としては、スパッタリング用の蒸発源に供給されるスパッタ電力などでもよい。
【0086】
(B)
上記実施形態では、ワーク回転装置が複数の保持部を有する例が挙げれているが、本発明はこれに限定されるものではなく、少なくとも1つの保持部を有していればよい。例えば、ワーク回転装置は、自転可能な1つの保持部を有する構成であってもよい。このような構成であっても、制御部23は、ワーク回転装置5によってピストンリング100の自転速度が一定になるように当該ピストンリング100を自転させている状態において、ピストンリング100の周辺部102を含む範囲がターゲット3の出射面3aを向いている間ではターゲット3のアーク電流などの運転出力が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力をピストンリング100の自転周期に合わせて周期的に変わるように制御することにより、上記のように、当該ピストンリング100の周辺部102に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。
【0087】
(C)
上記実施形態の成膜装置1では、ターゲット3が保持部13の公転軌道OBの外側に配置されているが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明の成膜装置1の変形例として、図8に示されるように、ターゲット3は、保持部13の公転軌道OBよりも内側に配置されてもよい。
【0088】
この図8に示されるターゲット3の出射面3aは、公転軌道の内側から当該公転軌道OBを向くように配置されている。具体的には、蒸発源であるターゲット3は公転軸S1の周囲を全周に亘って取り囲むように配置され、当該ターゲット3の出射面3aは公転軸S1から離れる方向を向いている。
【0089】
図8に示される成膜装置では、ピストンリング100を一定の自転速度および公転速度で自公転させた状態において、上記の制御部23(図1参照)は、複数のピストンリング100の周辺部102を含む範囲が公転軌道OBの内側を向いている間(すなわち、周辺部102の全部でもよいし、一部でもよい)ではターゲット3の運転出力(例えば、アーク電流)が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力をピストンリング100の自転周期に合わせて周期的に変わるように制御するようにすればよい。その場合、保持部13の公転軌道OBの内側の位置に配置された1個のターゲット3を用いて、複数のピストンリング100の周辺部102に多量の粒子P2を部分的に当てて厚い皮膜を形成することが可能になる。
【0090】
しかも、図7〜8に示される成膜装置では、ターゲット3は公転軸S1の周囲を全周に亘って取り囲むように配置され、当該ターゲット3の出射面3aは公転軸S1から離れる方向を向いている。そのため、複数のピストンリング100の周辺部102を含む範囲が公転軌道OBの内側を向いているときに、ターゲット3の運転出力が上がった状態で当該出射面3aから粒子P2を当該複数のピストンリング100のそれぞれの周辺部102に同時に当てることが可能である。その結果、1個のターゲット3を用いて、複数のピストンリング100の周辺部102に厚い皮膜を効率よく形成することが可能になる。
【0091】
なお、上記の図7〜8に示される成膜装置においても、図1〜2に示される保持部13とともに自公転する自転ギア14とチャンバに固定された公転ギア15とのギア比が整数以外の値であってもよい。この場合、複数のピストンリング100が公転軸の周囲を自公転するときに、当該複数のピストンリング100が1公転するごとに当該複数のピストンリング100の周辺部102が公転軌道の内側を向く位置は公転軸S1の周方向において少しずつずれる。そのため、複数のピストンリング100のうちの特定のピストンリング100の周辺部102のみが公転軌道の内側に配置されたターゲット3に対向することが無くなる。その結果、ターゲット3が公転軌道の内側に配置されている場合(とくにターゲット3が図3のように平面的な出射面3aを有している場合)であっても、複数のピストンリング100において同一の膜厚分布を確実に得ることが可能になる。
【0092】
(D)
上記実施形態の成膜装置1およびピストンリングの成膜方法では、複数のピストンリング100をワーク回転装置5によって自公転させながらそれぞれのピストンリング100の外周面を成膜しているが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明の他の変形例として、図9に示される成膜装置のように、複数のピストンリング100を自転させながら直進させてそれぞれのピストンリング100の外周面を成膜するようにしてもよい。
【0093】
図9に示される成膜装置は、複数の保持部13のそれぞれを自転軸S2を回転中心として一定の自転速度で自転させながら当該自転軸S2が延びる方向と直交する方向Cへ直進させることが可能なワーク回転装置34を備えている。
【0094】
具体的には、ワーク回転装置34は、自転可能な複数の保持部13と、当該複数の保持部13とともに自転可能な複数の自転ギア14と、当該複数の保持部13および複数の自転ギア14を自転可能に支持しながら方向Cへ直進させるスライド部材31と、当該スライド部材31を方向Cへ直進させる直進駆動部32と、複数の自転ギア14に噛み合う複数の歯33aを有するラック33とを備えている。
【0095】
それぞれの保持部13は、上記の図1〜2の保持部13と同様に、台座部13aと、支柱部13bと、ピストンリング100の合口部101の周辺部102の位置決めのための位置決め部としてのリブ13cとを有する。
【0096】
スライド部材31は、複数の保持部13および複数の自転ギア14をそれぞれ自転可能に支持可能な構成を有する。例えば、スライド部材31は、上記の図1の公転テーブル11と同様に、複数の保持部13および複数の自転ギア14を自転可能に支持する複数の貫通孔(図示せず)を有する。これら複数の貫通孔は、保持部13の移動方向Cに互いに離間して配置される。それぞれの貫通孔には、上記公転テーブル11と同様に、複数の保持部13および複数の自転ギア14をそれぞれ連結する連結軸(図示せず)が回転可能に支持されることにより、これら保持部13および自転ギア14の自転方向Bへの自転を許容する。
【0097】
複数の保持部13のそれぞれのリブ13cは、ピストンリングの周辺部102が自転軸S2を基準として同一の所定の方向を向くように当該ピストンリング100を位置決めする。
【0098】
直進駆動部32は、スライド部材31を直進駆動できる構成であればよい。直進駆動部32は、例えば、ラックとピニオンギアとを組み合わせた直動機構、エアシリンダ、またはリニアモータなどを備えていればよい。
【0099】
ラック33の複数の歯33aは、保持部13の移動方向Cへ並ぶように配置されている。複数の自転ギア14のそれぞれは、ラック33の歯33aに噛み合っている。したがって、自転ギア14は、方向Cへ直進したときにラック33の歯33aから回転駆動力を受けて自転する。したがって、自転ギア14および当該自転ギア14に連結された保持部13の自転および直進を同時に行うことが可能である。
【0100】
ターゲット3は、複数の保持部13が方向Cへ直進する経路からはずれた位置に配置されている。ターゲット3の出射面3aは、当該経路を通る保持部13に対向する方向に向けられている。
【0101】
図9に示される成膜装置のその他の構成は、図1〜2に示される成膜装置1と同じ構成を有する。そのため、その他の構成についての説明は省略される。
【0102】
上記の図9に示される成膜装置を用いて複数のピストンリング100の成膜を行う場合、まず、ワーク取付け工程において、図1〜2の成膜装置1と同様に、複数の保持部13のそれぞれに保持されたピストンリング100は、図9に示されるように、リブ13cによってピストンリング100の周辺部102が自転軸S2を基準として同一の所定の方向(例えば、ピストンリング100の直進方向Cに直交する方向)を向くように当該ピストンリング100を位置決めされる。
【0103】
ついで、成膜工程において、ワーク回転装置34によって複数のピストンリング100を自転軸S2を回転中心として一定の自転速度で自転させながら当該自転軸S2と直交する方向Cへ一定の速度で直進させる。その状態で、複数のピストンリング100のうちの少なくとも1つの当該ピストンリング100の周辺部102を含む範囲がターゲット3の出射面3aを向いている間では、成膜装置の制御部23(図1参照)は、ターゲット3の運転出力(例えばアーク電流)が基準出力よりも高い出力になるように、当該運転出力をピストンリング100の自転周期に合わせて周期的に変わるように制御して、ピストンリング100の外周面の成膜を行う。
【0104】
例えば、図10〜13に示されるように、成膜工程において、ピストンリング100を自転させながら方向Cへ直進させながらピストンリング100の外周面の成膜が行われる。
【0105】
図10に示されるように、複数のピストンリング100のそれぞれの合口部101がターゲット3の出射面3aが有する側(図10における上側)を向く前の状態では、図1の成膜装置1と同様に、制御部23は、アーク電流ARが基準電流値I1になるようにアーク電源4を制御する。このとき、ターゲット3の出射面3aから基準電流値I1に対応する粒子P1がピストンリング100の周辺部102以外の部分に出射して、当該周辺部102以外の部分の外周面に基準の膜厚の皮膜が形成される。
【0106】
一方、図11に示されるように、複数のピストンリング100の合口部101の両側の周辺部102がターゲット3の出射面3aが有する側(図11における上側)を向いているときには、制御部23は、アーク電流ARが所定の基準電流値I1よりも高い電流値I2になるようにアーク電源4を制御する。これにより、ターゲット3の出射面3aから当該高い電流値I2に対応する多量の粒子P2がピストンリング100の周辺部102の外周面に出射して、ピストンリング100の周辺部102に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。
【0107】
さらに、図12〜13に示されるように、ピストンリング100の合口部101が出射面3aが有する側(図12〜13における上側)を向いた後の状態のときには、図10と同様に、制御部23は、アーク電流ARが基準電流値I1になるようにアーク電源4を制御し、基準電流値I1に対応する粒子P1をターゲット3の出射面3aから出射することにより、ピストンリング100の周辺部102以外の部分の外周面に基準の膜厚の皮膜が形成される。
【0108】
図9〜13示される成膜装置では、複数のピストンリング100を公転テーブル11によって一定の自転速度で自転させながら自転軸S2が延びる方向と直交する方向Cへ直進させて、ターゲット3の出射面3aの前方を通過するそれぞれのピストンリング100の外周面の成膜を行うことによって、複数のピストンリング100のそれぞれ周辺部102に部分的に厚い皮膜を形成することが可能になる。したがって、一定の自転速度で自転しながら一定の速度で直進する従来のワーク移動テーブルを用いて上記の成膜が可能になる。
【0109】
なお、図9〜13に示される成膜装置では、複数のピストンリング100を自転させながら方向Cへ直進させながら成膜を行うように構成されているが、本発明はこれに限定されない。本発明のさらに他の変形例として、複数のピストンリング100を方向Cの一方向のみに直進させるのではなく、方向Cおよびその逆方向の両方向へ往復直線運動させながら成膜を行ってもよい。
【0110】
(E)
上記の実施形態では、成膜されるワークの一例としてピストンリングを例に挙げて説明しているが、本発明はこれに限定されない。外周面に被膜を厚く形成すべき特定部分を有するワークであれば、本発明の成膜装置および成膜物の製造方法によって当該特定部分における皮膜を部分的に厚くする成膜を行うことが可能である。したがって、例えば、切削加工に用いられるバイトなどをワークとして採用することも可能である。この場合、バイトの外周面のうち高速回転する切削対象に接触する部分(すなわち、すくい面)が皮膜を厚く形成すべき特定部分になる。
【符号の説明】
【0111】
1 成膜装置
2 チャンバ
3 ターゲット(蒸発源)
3a 出射面
4 アーク電源
5 ワーク回転装置
6 制御装置
13 保持部
13c リブ(位置決め部)
14 自転ギア
15 公転ギア
19、34 保持部移動部
23 制御部
24 周期測定部
S1 公転軸
S2 自転軸
100 ピストンリング
101 合口部
102 周辺部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13