特許第6784979号(P6784979)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6784979
(24)【登録日】2020年10月28日
(45)【発行日】2020年11月18日
(54)【発明の名称】神経突起伸長剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/19 20060101AFI20201109BHJP
   A61K 38/18 20060101ALI20201109BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20201109BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20201109BHJP
   A61P 25/24 20060101ALI20201109BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20201109BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20201109BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALI20201109BHJP
【FI】
   A61K31/19
   A61K38/18
   A61P43/00 121
   A61P25/28
   A61P25/24
   A61P25/00
   A23L33/10
   C12N5/0793
【請求項の数】6
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2016-167060(P2016-167060)
(22)【出願日】2016年8月29日
(65)【公開番号】特開2018-35078(P2018-35078A)
(43)【公開日】2018年3月8日
【審査請求日】2019年5月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】304020292
【氏名又は名称】国立大学法人徳島大学
(73)【特許権者】
【識別番号】502435672
【氏名又は名称】株式会社 銀座・トマト
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】庄野 正行
(72)【発明者】
【氏名】近藤 千惠子
【審査官】 鶴見 秀紀
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−104921(JP,A)
【文献】 特表2016−509010(JP,A)
【文献】 特表2002−512627(JP,A)
【文献】 特表2008−542235(JP,A)
【文献】 特表2006−515629(JP,A)
【文献】 J.Mol.Neurosci.,2015年 4月11日,Vol.56,pp.956-965
【文献】 Industrial Crops and Products,2015年12月 6日,Vol.80,pp.131-140
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−31/80
A23L 33/00−33/29
A61K 38/0−38/58
A61P 25/00
A61P 25/24
A61P 25/28
A61P 43/00
C12N 5/0793
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
NGF(神経成長因子)と同時又は別々に添加されることを特徴とする、シキミ酸又はその塩を含む神経突起伸長剤(但し、苦味リキュールの廃棄物の抽出物は含まない)。
【請求項2】
シキミ酸又はその塩、及びNGFを含む神経突起伸長剤(但し、苦味リキュールの廃棄物の抽出物を含まない)。
【請求項3】
シキミ酸又はその塩、及びNGFを含む、神経細胞への分化誘導用培地(但し、苦味リキュールの廃棄物の抽出物を含まない)。
【請求項4】
シキミ酸又はその塩、及びNGFを含む、脳疾患の治療及び/又は予防用の医薬組成物(但し、苦味リキュールの廃棄物の抽出物を含まない)。
【請求項5】
前記脳疾患が、認知症、神経変性疾患、脳機能障害、脳損傷、又は躁鬱病である、請求項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
シキミ酸又はその塩、及びNGFを含む、脳機能改善、記憶力の維持若しくは改善、運動機能の維持若しくは改善、又は学習機能の精度向上用の飲食品(但し、苦味リキュールの廃棄物の抽出物を含まない)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経突起伸長剤、及び神経突起伸長作用を有する組成物に関する。また、本発明は、脳疾患の治療及び/又は予防用の医薬組成物、並びに脳機能改善、記憶力の維持若しくは改善、運動機能の維持若しくは改善、又は学習機能の精度向上用の飲食品に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化社会への移行に伴い老年型認知症が年々増加しており、社会問題化している。認知症の種類には、主にアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症、及び前頭側頭型認知症の4種類が存在する。
【0003】
中でもアルツハイマー病は、認知症の中で最も多く、老年期の認知症の半分以上を占めており、初老期から老年期に起こる進行性の痴呆を特徴とする疾患である。アルツハイマー病の臨床症状は、記憶障害、高次脳機能障害(失行、失認、失語、構成失行など)等である。アルツハイマー病は、脳内にアミロイドβタンパク質及びタウタンパク質が蓄積し、これにより神経細胞死が生じることが原因であると考えられている。しかしながら、アルツハイマー病に対しては、その発症原因が現在でも不明であり、発症を含めその進行を阻止するのに適切な薬物療法も治療法も知られていない。
【0004】
神経成長因子(nerve growth factor)(NGF)などの神経栄養因子は、神経変性疾患に対して優れた効果を示すことが見出されている。また、NGFは、脳損傷時の神経細胞の変性を防ぐという作用を示す。そして、NGFは、アルツハイマー病、脳血管性認知症、パーキンソン病、ハンチントン病、脊髄損傷、末梢神経損傷、糖尿病性神経障害、筋萎縮性側索硬化症のような中枢機能障害及び末梢機能障害の治療に有用であると考えられている。
【0005】
上記のような神経障害を伴う疾患の治療剤の開発において、神経細胞の伸長に着目しているものが存在している(例えば、特許文献1及び2)。
【0006】
特許文献1では、構成脂肪酸の少なくとも一つ以上が不飽和脂肪酸であるホスファチジン酸を神経突起伸長促進剤の有効成分として使用できることが報告されている。
【0007】
特許文献2では、スギナ末、パフィアエキス、セイヨウエビラハギエキス、メグスリノキ抽出液、ラカンカエキス、センシンレンエキス、コショウソウエキス、ミカニア・グロメラータエキス、レッドビートエキス、又はマムシ抽出液を神経突起伸長剤の有効成分として使用できることが報告されている。
【0008】
シキミ酸(shikimic acid)は、最初にシキミの葉及び実の抽出物で見つけられた。その後、エリトロース−4−リン酸を出発物質としてフェニルアラニン、チロシン等の芳香族化合物を合成する経路(シキミ酸経路)の中間体であることが判明し、大部分の植物及び微生物において存在する化合物であることが明らかになっている。シキミ酸は、インフルエンザの治療薬であるタミフル(登録商標)の原料化合物として使用されている。
【0009】
シキミ酸の用途としては、例えば、特許文献3においてメラニン生成抑制剤の有効成分として使用することが報告されている。
【0010】
しかしながら、シキミ酸の神経突起伸長作用に関する報告はなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2009-280524号公報
【特許文献2】特開2011-207814号公報
【特許文献3】特開2009-215266号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、優れた神経突起伸長作用を有する神経突起伸長剤及び組成物を提供することを目的とする。また、本発明は、優れた神経突起伸長作用を有する成分を利用した脳疾患の治療及び/又は予防用の医薬組成物、並びに脳機能改善、記憶力の維持若しくは改善、運動機能の維持若しくは改善、又は学習機能の精度向上用の飲食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、シキミ酸は単独では神経突起の伸長作用がほとんどないにも関わらず、NGFと併用することでシキミ酸はNGFの神経突起の伸長効果を増強させることができるという知見を得た。
【0014】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次の神経突起伸長剤、組成物、医薬組成物、及び飲食品を提供するものである。
【0015】
項1.シキミ酸又はその塩を含む神経突起伸長剤。
項2.NGF(神経成長因子)を更に含む、項1に記載の神経突起伸長剤。
項3.シキミ酸又はその塩、及びNGFを含む組成物。
項4.神経細胞への分化誘導用培地である、項3に記載の組成物。
項5.シキミ酸又はその塩を含む、脳疾患の治療及び/又は予防用の医薬組成物。
項6.前記脳疾患が、認知症、神経変性疾患、脳機能障害、脳損傷、又は躁鬱病である、項5に記載の医薬組成物。
項7.シキミ酸又はその塩を含む、脳機能改善、記憶力の維持若しくは改善、運動機能の維持若しくは改善、又は学習機能の精度向上用の飲食品。
項8.錠剤、カプセル剤、顆粒剤、液剤、散剤、ゼリー剤、ピューレ剤、グミ剤、飲料、又は菓子の形態である、項7に記載の飲食品。
【発明の効果】
【0016】
本発明の神経突起伸長剤及び組成物は、シキミ酸とNGFとの相乗効果による優れた神経突起伸長作用を有している。本発明の医薬組成物及び飲食品は、取り込まれたシキミ酸が体内に存在するNGFの神経突起伸長作用を増強させることに基づいて、脳疾患の治療及び/又は予防効果、脳機能改善効果、認知機能の一部である記憶力(知覚若しくは認識した物事の想起)の維持又は改善効果、日常生活における運動機能の維持又は改善効果、並びに学習機能の精度向上効果を奏することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】PC12細胞をNGF (50 ng/ml)+シキミ酸(100μg/ml)が添加された培地中で3日間培養後に細胞を位相差顕微鏡で撮影した結果を示す写真である。スケールバー100μm
図2】PC12細胞をNGF (50 ng/ml)が添加された培地中で3日間培養後に細胞を位相差顕微鏡で撮影した結果を示す写真である。スケールバー100μm
図3】PC12細胞をシキミ酸(100μg/ml)のみが添加された培地中で3日間培養後に細胞を位相差顕微鏡で撮影した結果を示す写真である。スケールバー100μm
図4】PC12細胞をシキミ酸、NGF又はNGF+シキミ酸が添加された培地中で1〜3日間培養後における神経突起の長さ(平均値±SE:μm)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0019】
なお、本明細書において「含む(comprise)」とは、「本質的にからなる(essentially consist of)」という意味と、「からなる(consist of)」という意味をも包含する。
【0020】
本発明の神経突起伸長剤は、シキミ酸又はその塩を含むことを特徴とする。
【0021】
シキミ酸とは、以下の化学式で表される化合物であり、3α,4α,5β−トリヒドロキシ−1−シクロヘキセン−1−カルボン酸とも称される。
【0022】
【化1】
【0023】
シキミ酸は、フリーの状態又は塩の状態で使用することができる。塩としては、例えば、ナトリウム、マグネシウム、カルシウム、カリウム、アルミニウム等の無機塩基との塩;メチルアミン、エチルアミン、エタノールアミン等の有機塩基との塩;リジン、オルニチン、アルギニン等の塩基性アミノ酸との塩及びアンモニウム塩が挙げられる。当該塩は、酸付加塩であってもよく、かかる塩としては、具体的には、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硝酸、硫酸、リン酸等の鉱酸;ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、乳酸、リンゴ酸、酒石酸、フマル酸、マレイン酸、クエン酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸等の有機酸;アスパラギン酸、グルタミン酸等の酸性アミノ酸との酸付加塩が挙げられる。また、シキミ酸には、その水和物、溶媒和、結晶多形なども含まれる。
【0024】
シキミ酸は、植物体又は植物細胞培養物から抽出する方法、微生物の代謝物から抽出する方法、酵素を用いて生成する方法、化学的に合成する方法などにより調製することができる。また、シキミ酸は市販されているので市販品を利用することもできる。
【0025】
シキミ酸を含有する植物としては、例えば、シキミ(Illicium anisatum)、トウシキミ(Illicium verum)、イチョウ、クロマツなどが挙げられる。シキミ酸を含有する植物細胞培養物は、シキミ酸を含有する植物の器官又は組織を常法により培養することで得ることができる。シキミ酸を含有する植物体又は植物細胞培養物からのシキミ酸の抽出は、公知の方法により行うことができる。
【0026】
また、シキミ酸を産生する微生物としては、シトロバクター属に属する微生物、酢酸菌、大腸菌などが挙げられる。シキミ酸を産生する微生物からのシキミ酸の抽出は、公知の方法により行うことができる。
【0027】
シキミ酸は、単離又は精製された状態でない物(粗抽出物)、及び単離又は精製された物のいずれも使用することができる。抽出されたシキミ酸の精製は、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー、硫酸アンモニウム塩析法などにより行うことができる。
【0028】
本発明の神経突起伸長剤は、好ましくはNGFを更に含む。
【0029】
NGF (神経成長因子)は、種々の生物種についてアミノ酸一次構造が明らかにされている。そして、種間における一次構造の違いは非常に少なく、特に生物活性に重要である6個のシステイン残基は完全に一致している。
【0030】
NGFは、固相合成法、液相合成などの公知の合成手法を利用すること、NGFをコードする遺伝子を導入した形質転換体を培養することなどにより製造することができる。形質転換体を作製するための宿主としては、例えば、大腸菌、酵母、哺乳動物細胞、植物細胞、昆虫細胞などが挙げられる。また、NGFは市販されているので市販品を利用することもできる。
【0031】
生産したNGFの精製は、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー、硫酸アンモニウム塩析法などにより行うことができる。
【0032】
NGFの塩基配列及びアミノ酸配列の情報は、公共のデータベース(例えば、GeneBank等)から容易に取得することができ、NGFの塩基配列及びアミノ酸配列の情報がデータベースに登録されていない生物種の場合は、常法によりNGFの塩基配列及びアミノ酸配列の情報を取得することができる。
【0033】
本発明におけるNGFには、公共のデータベースに登録されているアミノ酸配列を有する物以外であっても、その変異体も含まれる。変異体としては、天然に存在するNGFと同等の活性を有する物が望ましい。同等の生物学的活性を有する物としては、例えば、他の生物由来のNGFが挙げられる。
【0034】
NGFは、フリーの状態又は塩の状態で使用することができる。塩としては、前述する物が挙げられる。また、NGFには、その水和物、溶媒和、結晶多形なども含まれる。
【0035】
本発明の神経突起伸長剤は、シキミ酸又はその塩(及びNGF)のみからなるものであってもよいが、シキミ酸(及びNGF)の神経突起伸長作用が妨げられない限り、他の成分が配合されていてもよい。かかる他の成分を含む場合の神経突起伸長剤中のシキミ酸又はその塩の割合としては0.000001〜99重量%を、NGFの割合としては0.000001〜99重量%を挙げることができる。シキミ酸又はその塩とNGFとの配合比率は、本発明の効果が得られる範囲である限り特に限定されず、適宜設定することができる。当該配合比率としては、例えば、重量比で10,000:1〜1:10,000が挙げられる。
【0036】
本発明の神経突起伸長剤は、その形態は特に制限されず、例えば、粉末状、顆粒状、錠剤状、カプセル状、液状、懸濁液状、乳液状などの製剤形態を取り得る。
【0037】
本発明の神経突起伸長剤は、シキミ酸とNGFとの相乗効果による優れた神経突起伸長作用を有している。
【0038】
本発明の組成物は、シキミ酸又はその塩、及びNGFを含むことを特徴とする。
【0039】
本発明の組成物は、シキミ酸又はその塩、及びNGFのみからなるものであってもよいが、シキミ酸及びNGFの神経突起伸長作用が妨げられない限り、他の成分が配合されていてもよい。かかる他の成分を含む場合の組成物中のシキミ酸又はその塩の割合としては0.000001〜99重量%を、NGFの割合としては0.000001〜99重量%を挙げることができる。シキミ酸又はその塩とNGFとの配合比率は、本発明の効果が得られる範囲である限り特に限定されず、適宜設定することができる。当該配合比率としては、例えば、重量比で10,000:1〜1:10,000が挙げられる。
【0040】
本発明の組成物は、その形態は特に制限されず、例えば、粉末状、顆粒状、錠剤状、カプセル状、液状、懸濁液状、乳液状などの製剤形態を取り得る。
【0041】
本発明の組成物は、シキミ酸とNGFとの相乗効果による優れた神経突起伸長作用を有している。
【0042】
本発明の組成物は、神経突起伸長作用を有していることから、例えば、神経細胞(ニューロン)への分化誘導用培地として使用することができる。
【0043】
本発明の分化誘導用培地は、シキミ酸又はその塩及びNGF以外に、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として含む。基礎培地としては、動物細胞の培養に使用できるものであれば特に限定されず、例えば、Doulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)培地、Minimum Essential Medium (MEM)培地、αMEM培地、Iscove's Modified Dulbecco's Medium (IMDM)培地、RPMI 1640培地、F-10培地、F-12培地等が挙げられる。
【0044】
本発明の分化誘導用培地は、基本培地に加えて、血清(FBS等)、血清代替成分、グルコース、アミノ酸(非必須アミノ酸等)、抗生物質、抗酸化剤、緩衝剤なども含有し得る。
【0045】
本発明の分化誘導用培地中のシキミ酸又はその塩及びNGFの濃度は、神経細胞への分化誘導が可能な限り特に限定されず、シキミ酸又はその塩の濃度は好ましくは1〜1,000μg/mL程度、より好ましくは10〜100μg/mL程度、NGFの濃度は好ましくは1〜500 ng/mL程度、より好ましくは5〜50 ng/mL程度である。
【0046】
本発明の分化誘導用培地が溶液形態の場合、pHは、通常7.0〜8.2程度である。
【0047】
本発明の分化誘導用培地は、使用前にはコンタミネーションを防止するため、濾過、紫外線照射、加熱滅菌、放射線照射等の方法により好ましくは滅菌される。
【0048】
本発明の分化誘導用培地は、溶液形態、乾燥形態、又は濃縮形態(例えば、2x〜1000x)として調製され得る。濃縮形態の場合は、適切な濃度に適宜希釈して使用することができる。乾燥形態又は濃縮形態の培地を希釈するのに使用する液体は、水、緩衝水溶液、生理食塩水溶液等から適宜選択される。
【0049】
本発明の分化誘導用培地を用いて培養する細胞としては、神経細胞に分化誘導可能な細胞であれば特に限定されず、例えば、胚性幹(ES)細胞、人工多能性幹(iPS)細胞等の多能性幹細胞、神経幹細胞などを挙げることができる。このような多能性幹細胞の由来生物としては、特に限定されず、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ウマ、ネコ、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ等の哺乳動物が挙げられる。
【0050】
本発明の分化誘導用培地を用いた培養は、定法に従って行うことができる。
【0051】
本発明の脳疾患の治療及び/又は予防用の医薬組成物は、シキミ酸又はその塩を含むことを特徴とする。
【0052】
本発明の医薬組成物は、ヒトを含む哺乳動物に対して投与される。
【0053】
医薬組成物として調製する場合、上記シキミ酸又はその塩をそのまま使用するか、又は医薬品において許容される無毒性の担体、希釈剤若しくは賦形剤とともに、タブレット(素錠、糖衣錠、発泡錠、フィルムコート錠、チュアブル錠、トローチ剤などを含む)、カプセル剤、丸剤、粉末剤(散剤)、顆粒剤、細粒剤、液剤、乳濁液、懸濁液、シロップ、ペースト、注射剤(使用時に、蒸留水又はアミノ酸輸液、電解質輸液などの輸液に配合して液剤として調製する場合を含む)、パッチ剤などの形態に調製して、医薬用の製剤にすることが可能である。
【0054】
本発明の医薬組成物における上記シキミ酸又はその塩の含量は、医薬組成物全量中0.001〜100重量%、好ましくは0.01〜99.9重量%、より好ましくは0.1〜99重量%の範囲から適宜選択することが可能である。
【0055】
本発明の医薬組成物の投与量は、患者の体重、年齢、性別、症状などの種々の条件に応じて適宜決定することができる。
【0056】
本発明の医薬組成物は、取り込まれたシキミ酸が体内に存在するNGFの神経突起伸長作用を増強させることから、神経細胞の細胞障害に基づく疾患の治療及び予防に有効であり、そのような疾患としては、例えば、認知症(例えば、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症)、神経変性疾患(例えば、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、ポリグルタミン病)、脳機能障害(例えば、高次脳機能障害)、脳損傷(例えば、外傷性脳損傷、軽度外傷性脳損傷)、躁鬱病などが挙げられる。
【0057】
本発明の脳機能改善用の飲食品は、シキミ酸又はその塩を含むことを特徴とする。
【0058】
本発明の飲食品には、シキミ酸又はその塩をそのまま使用することもでき、必要に応じて、ミネラル類、ビタミン類、フラボノイド類、ポリフェノール類、キノン類、アミノ酸、核酸、必須脂肪酸、清涼剤、結合剤、甘味料、崩壊剤、滑沢剤、着色料、香料、安定化剤、防腐剤、徐放調整剤、界面活性剤、溶解剤、湿潤剤などを配合することができる。
【0059】
本発明の飲食品の種類は、特に限定されず、例えば、乳製品;発酵食品(ヨーグルトなど);飲料類(ジュース、コーヒー、紅茶、緑茶のような清涼飲料、炭酸飲料、乳飲料、乳酸菌飲料、乳酸菌入り飲料、ヨーグルト飲料、日本酒、洋酒、果実酒のような酒など);スプレッド類(カスタードクリームなど);ペースト類(フルーツペーストなど);菓子類(ガム、飴、グミ、トローチ、チョコレート、ドーナツ、パイ、シュークリーム、ゼリー、クッキー、ケーキ、プリン、ホットケーキ、バーなど);氷菓類(アイスクリーム、アイスキャンデー、シャーベットなど);食品類(パン、カレー、スープ、ミートソース、パスタ、漬物、ジャム、豆腐など);調味料類(ドレッシング、旨味調味料、スープの素など)などが挙げられる。
【0060】
本発明の飲食品の製法も特に限定されず、適宜公知の方法に従うことができる。例えば、前記のような飲食品の製造工程における中間製品、又は最終製品に、シキミ酸又はその塩を混合又は噴霧などすることにより本発明の飲食品を製造することができる。
【0061】
また、本発明の飲食品は、健康食品、栄養組成物(nutritional composition)、機能性食品、機能性表示食品、栄養補助食品、サプリメント、保健用食品又は特定保健用食品としても使用できる。サプリメントとして使用する際の投与単位形態については特に限定されず適宜選択でき、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、液剤、散剤、ゼリー剤、ピューレ剤、グミ剤などが挙げられる。
【0062】
本発明の飲食品におけるシキミ酸又はその塩の含量は、飲食品全量中0.001〜100重量%、好ましくは0.01〜99.9重量%、より好ましくは0.1〜99重量%の範囲から適宜選択することが可能である。
【0063】
本発明の飲食品の摂取量は、摂取者の体重、年齢、性別、症状などの種々の条件に応じて適宜設定することができる。
【0064】
本発明の飲食品は、取り込まれたシキミ酸が体内に存在するNGFの神経突起伸長作用を増強させることに基づいて、脳機能改善効果、認知機能の一部である記憶力(知覚若しくは認識した物事の想起)の維持又は改善効果、日常生活における運動機能の維持又は改善効果、並びに学習機能の精度向上効果を奏することが期待される。ここでの脳機能改善効果とは、例えば、神経細胞の細胞障害に基づく疾患の症状を改善させる効果が挙げられ、具体例としては認知症における認知機能改善効果が挙げられる。神経細胞の細胞障害に基づく疾患としては、例えば、上記のものが挙げられる。
【実施例】
【0065】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0066】
<PC12細胞の培養条件>
初期の培養培地は、Dulbeco's Modified Eaggle's medium (DMEM) (4.5g/L glucose with L-Gln and Sodium pyruvate)(ナカライテスク株式会社)に10% Fetal bovine serum (FBS) (Biowest)及び1% Penicillin/Streptomycin(PC/SM)溶液(DSファーマバイオメディカル株式会社)を添加した物を用いた。PC12細胞(DSファーマバイオメディカル株式会社)を1×104個/35 mmディッシュ(2 ml)の濃度に調整して37℃、CO2 5%の培養装置内で1日培養した。翌日は、0.5% FBSの培養培地に交換し、50 ng/ml nerve growth factor (NGF)(Merck Millipore)、100μg/mlシキミ酸(和光純薬工業株式会社)、又は50 ng/ml NGF+100μg/mlシキミ酸による神経分化誘導を3日間行った。
【0067】
<プラスチックシャーレにコラーゲンコーティングの方法>
35 mmプラスチックシャーレ(nunc)に0.01% タイプIコラーゲン溶液(株式会社機能性ペプチド研究所)を約1.0 ml注いで全面を濡らしてから余分な液を除き、一晩乾燥させて使用した。
【0068】
<神経突起の長さの測定方法>
神経突起の伸長測定は、細胞撮影画像から画像解析ソフトImageJを用いて行った。また、細胞数(n)は20個であった。
【0069】
<結果>
3日間培養後の細胞を位相差顕微鏡で観察した結果を図1〜3に、1〜3日間培養後の神経突起の長さを図4に示す。
【0070】
PC12細胞にシキミ酸のみを添加して3日間培養しても神経細胞に分化誘導することはなかった(図3、4)。しかしながら、培地中にNGF及びシキミ酸が共存した時は、NGF単独に比べて明らかに神経突起が長く伸びた細胞が出現していた(図1、2、4)。このように、シキミ酸は単独では神経突起の伸長効果がほとんどないにも関わらず、NGFと併用することでNGFの神経突起の伸長効果を増強させることは予想外の効果であった。
図1
図2
図3
図4