【実施例】
【0060】
(実施例1)
実施例1では、結晶性高分子であるポリエチレンの劣化特性を調べた。ポリエチレンは、株式会社プライムポリマー社の低密度ポリエチレン(エボリュー0434RP)を用いた。密度ρは0.92g/cm
3であり、190℃で測定したメルトインデックス(MI)は4g/10cmである。
【0061】
準備した低密度ポリエチレンを以下の曝露条件に曝露し、劣化の加速試験を行った。
<曝露条件>
ブラックパネル温度:89℃
放射照度:60W/m
2
照射光:グラスフィルターを用い320nmを最短波長
試験機:キセノンウェザーメータSX2−75(スガ試験機株式会社製)
試験環境:雨なし
【0062】
そして、当該環境下に曝された曝露時間毎のラマンスペクトルを測定した。ラマンスペクトルは、以下のような条件で測定した。測定したラマンスペクトルのデータを
図4に示す。
<ラマンスペクトル測定条件>
励起光:638nm、200mW、半導体レーザー(LASOS社製)
分光器:SpectraPro2300i(Princeton Instruments社製)
検出器(CCDカメラ):PIXIS100(Princeton Instruments社製)
測定条件:露光時間2秒、積算回数20回
【0063】
図4に示すラマンスペクトルでは、複数のピークが確認された。各ピークの起因となる振動モード及び分子鎖を以下の表1に示す。ここで、C−C逆対称伸縮及びC−C対称伸縮は、C−C伸縮振動を振動の仕方により区分したものである。
【0064】
【表1】
【0065】
図4に示すラマンスペクトルにおいて、1300cm
−1近傍のピークは、曝露時間により変化がなく規格化ピークである。実施例1では、1313cm
−1に確認される非晶相由来のピーク(以下、「非晶相ピーク」という)と、1298cm
−1に確認される結晶相ピークの重なり合ったものを規格化ピークとした。
【0066】
この規格化ピークを基準にした際に、1063cm
−1と1130cm
−1の結晶性分子鎖ピークは、曝露時間の経過とともにシャープになった。これに対し、曝露時間が短い時点では、1000cm
−1と1200cm
−1の間にバックグラウンドとして確認できるブロードな非晶相ピークは、時間の経過とともに消失した。
【0067】
また1418cm
−1にみられる結晶相ピークは、曝露時間の経過とともにシャープになった。また振動モードとしてCH
2はさみ振動を含む1418cm
−1、1440cm
−1及び1460cm
−1のピークはそれぞれ曝露時間の経過とともにシフトした。これらのピークの変化について詳しく分析した。
【0068】
図5及び
図6は、曝露時間の経過に伴うピークのピークシフトの変化量を示した図である。
図5はC−C伸縮振動に起因したピークのピークシフトの変化量を示し、
図6はCH
2はさみ振動に起因したピークのピークシフトの変化量を示す。
【0069】
図5では曝露時間の経過(劣化の進行)と共に、1080cm
−1に示す非晶分子鎖ピークは高波数側にシフトし、1063cm
−1及び1130cm
−1に示す結晶性分子鎖ピークは僅かではあるが低波数側にシフトした。
【0070】
このピークシフトは、結晶性高分子の劣化に伴い結晶性高分子を構成する分子鎖にかかる応力を検知している。分子鎖の長さ方向に応力(圧縮力又は引張力)が加わると、分子鎖の振動状態が変動し、C−C伸縮振動の振動数が変動する。
【0071】
分子鎖に圧縮力が加わると、分子鎖の振動状態が変動し、C−C伸縮振動の振動数が高くなり、振動数に比例する波数も大きくなる。これと反対に、分子鎖に引張力が加わると、C−C伸縮振動の振動数が低くなり、振動数に比例する波数が小さくなる。
【0072】
非晶分子鎖ピーク(1080cm
−1)が高波数側にシフトしていることから、非晶分子鎖に圧縮力が加わっている。一方で、結晶性分子鎖ピーク(1063cm
−1及び1130cm
−1)は低波数側にシフトしていることから結晶性分子鎖には引張力が加わっている。
【0073】
この挙動は、非晶相の一部が結晶化する際に非晶分子鎖及び結晶分子鎖に加わる応力と一致している。すなわち、これらのピークシフトは、劣化の初期段階を捉えている。
【0074】
図6では曝露時間の経過(劣化の進行)と共に、1440cm
−1に示す非晶相結晶化ピーク及び1460cm
−1に示す非晶分子鎖ピークは高波数側にシフトし、1418cm
−1に示す結晶相ピークは低波数側にシフトした。
【0075】
このピークシフトは、結晶性高分子の結晶相及び非晶相の劣化に伴う構造劣化を検知している。CH
2はさみ振動は、結晶性高分子内における所定の分子運動の自由度を示す。
【0076】
非晶相を構成する分子由来のピーク(1440cm
−1及び1460cm
−1)は高波数側にシフトし、結晶相を構成する分子由来のピーク(1418cm
−1)は、低波数側にシフトしている。つまり、CH
2はさみ振動の運動の自由度は、非晶相内では低下し、結晶相内では高まっている。
【0077】
この挙動は、非晶相がa軸及びb軸方向に圧縮され、結晶性高分子のc軸に対して垂直な断面の面積が狭くなる挙動と一致する。すなわち、これらのピークシフトも、劣化の初期段階を捉えていると言える。
【0078】
図7及び
図8は、曝露時間の経過に伴うピーク強度の規格化ピークに対する相対変化量を示した図である。相対強度は、所定のピークにおける積分強度を規格化ピークにおける積分強度で規格化して求めた。
【0079】
図7に示すように、曝露時間の経過(劣化の進行)と共に、1080cm
−1に示す非晶分子鎖ピークの相対強度は小さくなり、1063cm
−1及び1130cm
−1に示す結晶性分子鎖ピークの相対強度は大きくなっている。
【0080】
このピーク強度の変化は、非晶相を構成する非晶分子鎖の一部が結晶分子鎖に変換される劣化の初期の挙動を捉えている。非晶分子鎖の一部が結晶分子鎖に変換されると、非晶相と結晶相を合せた全体に含まれるトランス鎖の割合は増加し、結晶性分子鎖ピーク(1063cm
−1及び1130cm
−1)の相対強度が大きくなる。これに対し、非晶鎖の割合は相対的に減少するため、非晶分子鎖ピーク(1080cm
−1)の相対強度は小さくなる。
【0081】
また
図8でも同様の挙動が示されている。曝露時間の経過(劣化の進行)と共に、1440cm
−1に示す非晶相結晶化ピークの相対強度は大きくなり、1460cm
−1に示す非晶分子鎖ピークの相対強度は小さくなっている。すなわち、非晶相内で非晶分子鎖のトランス鎖への変換が生じていると言える。
【0082】
このように、劣化前後におけるラマンスペクトルのピークシフト及びピークの相対強度変化を捉えることで、結晶性高分子の劣化を初期の段階で捉えることができる。
【0083】
(参考検討)
ここで参考検討として、実施例1の試料のX線構造解析を行った。
図9は、実施例1の小角X線散乱の結果を示す図である。
図9において、d
aは非晶相2の厚み(
図2参照)、d
cは結晶相1の厚み(
図2参照)、L
pは、結晶相1と非晶相2の繰り返しを1つのセットとした長周期の厚みを示す。
【0084】
図9に示すように、小角X線散乱では600時間経過後に非晶相の厚み及び長周期の厚みに変化が生じた。すなわち、曝露時間が600時間を超えた段階で、非晶相と結晶相の割合である結晶度が変化していることが分かる。これに対し、
図5〜
図8に示す結果は、600時間に至る前段階でピークシフト及び相対強度の変化が確認されており、劣化のごく初期を捉えていると言える。
【0085】
また小角X線散乱の他に、広角X線回折も測定した。
図10は、広角X線回折から求めた結晶格子面の面積と、ラマンスペクトルのピークシフトから求めた結晶格子面の面積(
図2の面積S)との相関を調べた結果である。
【0086】
図10に示すように、ラマンスペクトルから求めた結晶格子面の面積と、広角X線回折から求めた結晶格子面の面積は、正の相関があった。すなわち、ラマンスペクトルの1418cm
−1のピークシフトは、結晶性高分子のc軸に対して垂直な結晶格子面の面積Sを捉えていることが確認された。
【0087】
また
図11に示すように、X線構造解析による結晶度の変化とラマンスペクトルから求めた結晶度の変化との相関も確認した。
図11に示すように、この関係も相関を有し、ラマンスペクトルは、X線構造解析と同様に、結晶性高分子の構造を正確にとらえていると言える。
【0088】
(実施例2)
実施例2では、結晶性高分子であるポリプロピレンの劣化特性を調べた。ポリプロピレンは、イソタクチックポリプロピレンを用いた。重量平均分子量(Mw)は5.6×10
5、密度は0.904g/cm
3である。
【0089】
準備したイソタクチックポリプロピレンを以下の曝露条件に曝露し、劣化の加速試験を行った。
<曝露条件>
ブラックパネル温度:90℃
放射照度:550W/m
2
試験機:キセノン促進曝露装置 サンテストCPS+(アトラス社)
曝露時間:24時間、48時間
【0090】
そして、当該環境下に曝された曝露時間毎のラマンスペクトルを測定した。ラマンスペクトルは、実施例1と同様の条件で測定した。測定したラマンスペクトルのデータを
図12に示す。
【0091】
図12に示すラマンスペクトルでは、複数のピークが確認された。各ピークの起因となる振動モード及び分子鎖を以下の表2に示す。
【0092】
【表2】
【0093】
まず、イソタクチックポリプロピレンにおける非晶相と結晶相の割合である結晶度を求めた。結晶度は、808cm
−1の積分強度を、808cm
−1と830cm
−1と840cm
−1の合計積分強度で割って求めた。
図13は、その結果を示す。
図13に示すように、結晶度は、24時間を超えた時点で大きく増大し始めた。
【0094】
一方で、ラマンスペクトルのピークシフトも測定した。
図14は、実施例2のらせん鎖由来の結晶ピークのピークシフトを測定した結果である。
図14に示すように、結晶度が変化する24時間に至る以前の段階で、ピークシフトが確認された。
【0095】
また規格化ピークに対する所定のピークの相対強度変化も測定した。
図15は、実施例2のらせん鎖由来の結晶ピークの規格化ピークに対する相対強度変化を測定した結果である。
図15では、973cm
−1のピークを規格化ピークとして用いた。
図15に示すように、結晶度が変化する24時間に至る以前の段階で、ピークの相対強度変化が確認された。
【0096】
実施例2に示すように、ポリプロプレンにおいてもポリエチレンと同様に、結晶度が変化する前の段階である劣化のごく初期を捉えることができた。