(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記のようなトルク配分装置を備えた車両では、トルク配分装置で後輪にトルクが伝達されると、リアディファレンシャル装置などの動作音や振動が発生する。そのため、このようなトルク配分装置で後輪にトルクが伝達されることに起因する騒音や振動の低減を目的として、上記の指令トルクの値が所定の制限値を超える場合は、当該指令トルクの値を制限値に制限する制御を行うことがある。
【0006】
しかしながら、上記のような指令トルクの値を制限値に制限する制御を行うことで、車両の走行性能を確保する必要がある路面状況において後輪に適切な駆動力が伝達されない場合が生じるおそれがあった。すなわち例えば、車両が雪上のような低摩擦路面を旋回加速しているときに横滑り等の不安定な走行状態に陥った場合に、上記のような指令トルクの値を制限値に制限する制御を実施すると、車両を安定走行状態に回復させるためのトルクを後輪へ配分することができないおそれがあった。つまり、上記トルク配分装置の制御装置では、指令トルクの値が低い値に制限されることで、車両が走行している路面の状況によっては、車両の旋回性能及び走行安定性(走破性)などを確保することが難しい場合があった。
【0007】
本発明は、上述の点に鑑みてなされたもので、トルク配分装置で後輪など(第2駆動輪)に伝達されるトルクに起因する騒音や振動の低減を図りながらも、車両の走行性能が求められる路面状況ではトルク配分装置で後輪などに必要なトルクを伝達できるようにすることで、振動や騒音の低減と車両の走行性能の確保との両立を図ることができるトルク配分装置の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するための本発明は、車両(1)の動力源(3)からの動力によるトルクを第1駆動輪(W1,W2)及び第2駆動輪(W3,W4)に伝達するトルク伝達経路(20)と、前記トルク伝達経路(20)における前記動力源(3)と前記第2駆動輪(W3,W4)との間に配置されたトルク配分装置(10)と、前記トルク配分装置(10)で前記第2駆動輪(W3,W4)に配分するトルクの要求値を取得し、当該トルクの要求値に応じたトルクの指令値である指令トルク(TRCMD)を出力する制御手段(50)と、を備えたトルク配分装置の制御装置であって、前記車両(1)の実際の実ヨーレート(Y1)を検出するヨーレート検出部(S6)を備え、前記制御手段(50)は、前記車両(1)のヨーレートの目標値となる規範ヨーレート(Y0)を算出する規範ヨーレート算出部(521B)と、前記規範ヨーレート(Y0)と前記実ヨーレート(Y1)との差であるヨーレート偏差(ΔY)を算出するヨーレート偏差算出部(521C)と、を有し、前記制御手段(50)は、前記指令トルク(TRCMD)が所定の制限値(TRLIM)を越える場合、当該指令トルク(TRCMD)を前記制限値に制限する制御を実施し、前記指令トルク(TRCMD)を前記制限値に制限する制御の実施中に、前記ヨーレート偏差算出部(521C)で算出した前記ヨーレート偏差(ΔY)が所定の閾値(Th)を超えたら、前記制限値(TRLIM)による前記指令トルク(TRCMD)の制限を解除することを特徴とする。
【0009】
本発明にかかるトルク配分装置の制御装置によれば、トルク配分装置への指令トルクが所定の制限値を越える場合、当該指令トルクを制限値に制限する制御を実施する一方で、当該制御の実施中にヨーレート偏差が所定の閾値を超えたら、当該制限値による指令トルクの制限を解除するようにした。すなわち、ヨーレート偏差が閾値を越えない場合には、車両は規範ヨーレートから大きく逸脱することなく比較的安定に旋回走行していると判断し、指令トルクの制限を実施する。これにより、トルク配分装置で第2駆動輪へ伝達するトルクに起因する騒音や振動の抑制を図ることができる。その一方で、ヨーレート偏差が閾値を越える場合には、車両は規範ヨーレートから大きく逸脱して不安定な状態で旋回走行していると判断し、指令トルクの制限を解除する。これにより、振動や騒音の低減を図るために指令トルクが制限されている状態において、車両が不安定に旋回走行すると判断したときは、車両を安定に旋回走行させるために必要なトルクを第2駆動輪へ配分することができる。これらによって、トルク配分装置で第2駆動輪に伝達されるトルクに起因する騒音や振動の低減を図りながらも、車両の走行性能が求められる路面状況ではトルク配分装置で第2駆動輪に必要なトルクを伝達できるようにすることで、振動や騒音の低減と車両の走行性能の確保との両立を図ることができる。
【0010】
また、上記構成の本発明では、前記制御手段(50)は、前記ヨーレート偏差(ΔY)が前記所定の閾値(Th)を超えた後、前記所定の閾値(Th)以下になったら、再度、前記制限値(TRLIM)による前記指令トルク(TRCMD)の制限を実施するようにしてよい。あるいは、前記車両(1)の横方向加速度(YG)を検出する横方向加速度検出部(S7)を備え、前記制御手段(50)は、前記ヨーレート偏差(ΔY)が前記所定の閾値(Th)を超えた後、前記横方向加速度検出部(S7)で検出した前記横方向加速度(YG)が所定値以下になったら、再度、前記制限値(TRLIM)による前記指令トルク(TRCMD)の制限を実施するようにしてもよい。
【0011】
この構成によれば、ヨーレート偏差が所定の閾値を超えた後、所定の閾値以下になったら、車両が再び比較的安定に旋回走行している状態に復帰したと判断できるので、再度、指令トルクの制限を実施することで、トルク配分装置で第2駆動輪へ伝達するトルクに起因する騒音や振動の抑制を図ることができる。あるいは、横方向加速度が所定値以下になったら、車両が旋回状態を抜けて直進走行状態になったと判断できるので、その場合にも、再度、指令トルクの制限を実施することで、トルク配分装置で第2駆動輪へ伝達するトルクに起因する騒音や振動の抑制を図ることができる。
【0012】
また、本発明は、車両(1)の動力源(3)からの動力によるトルクを第1駆動輪(W1,W2)及び第2駆動輪(W3,W4)に伝達するトルク伝達経路(20)と、前記トルク伝達経路(20)における前記動力源(3)と前記第2駆動輪(W3,W4)との間に配置されたトルク配分装置(10)と、前記トルク配分装置(10)で前記第2駆動輪(W3,W4)に配分するトルクの要求値を取得し、当該トルクの要求値に応じたトルクの指令値である指令トルク(TRCMD)を出力する制御手段(50)と、を備えたトルク配分装置の制御装置であって、前記車両(1)の実際の実ヨーレート(Y1)を検出するヨーレート検出部(S6)を備え、前記制御手段(50)は、前記車両(1)のヨーレートの目標値となる規範ヨーレート(Y0)を算出する規範ヨーレート算出部(521B)と、前記規範ヨーレート(Y0)と前記実ヨーレート(Y1)との差であるヨーレート偏差(ΔY)を算出するヨーレート偏差算出部(521C)と、を有し、前記制御手段(50)は、前記ヨーレート偏差(ΔY)が所定の閾値(Th)以下であるとき、前記指令トルク(TRCMD)の値を所定の制限値(TRLIM)に制限する制御を行うことを特徴とする。
【0013】
上記本発明によれば、ヨーレート偏差が閾値以下であるときには、車両は規範ヨーレートから大きく逸脱することなく比較的安定に旋回走行していると判断し、指令トルクの制限を実施する。これにより、トルク配分装置で第2駆動輪へ伝達するトルクに起因する騒音や振動の抑制を図ることができる。
【0014】
また、上記いずれかの本発明では、前記制御手段(50)は、ヨーレート偏差(ΔY)が減少する際、ヨーレート偏差(ΔY)の変化を実際の変化より緩やかな変化に補正した補正ヨーレート偏差(ΔY’)を算出し、この補正ヨーレート偏差(ΔY’)に対し閾値(Th)を適用することが良い。
【0015】
この構成によれば、減少するヨーレート偏差を、実際の変化がより緩やかな変化に補正された補正ヨーレート偏差に補正することにより、ヨーレート偏差が、閾値を超えてから再び閾値を下回ったと判断するまでに要する時間を長くすることができる。これにより、車両の旋回状態が不安定な状態から安定した状態に移行したと判定するために十分な判定時間を確保することができる。したがって、車両の旋回状態が安定した状態になったと十分に判断できるようになった上で再び指令トルクを制限値に制限することができる。
【0016】
また、上記いずれかの本発明では、閾値(Th)は、ヨーレート偏差(ΔY)が増加する際の第1閾値(Th1)と、ヨーレート偏差(ΔY)が減少する際の第2閾値(Th2)と、を有し、第1閾値(Th1)は第2閾値(Th2)より高い値に設定されることが良い。
【0017】
この構成によれば、ヨーレート偏差が短時間の間に閾値(第1閾値と第2閾値)を繰り返し跨ぐことによって、指令トルクの制限値による制限とその解除とが頻繁に繰り返されるハンチング現象を好適に防止することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明のトルク配分装置の制御装置によれば、トルク配分装置で第2駆動輪に伝達されるトルクに起因する騒音や振動の低減を図りながらも、車両の走行性能が求められる路面状況ではトルク配分装置で第2駆動輪に必要なトルクを伝達できるようにすることで、振動や騒音の低減と車両の走行性能の確保との両立を図ることができる.
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、添付図面を参照して本発明の実施形態を詳細に説明する。
図1は、本発明の実施形態にかかるトルク配分装置の制御装置を備えた四輪駆動車両の概略構成を示す図である。同図に示す四輪駆動車両1は、車両の前部に横置きに搭載したエンジン(動力源)3と、エンジン3と一体に設置された自動変速機4と、エンジン3からの動力によるトルクを前輪W1,W2及び後輪W3,W4に伝達するためのトルク伝達経路20とを備えている。
【0021】
エンジン3の出力軸(図示せず)は、自動変速機4、フロントディファレンシャル(以下、「フロントデフ」という。)5、左右のフロントドライブシャフト6L,6Rを介して、主駆動輪(第1駆動輪)である左右の前輪W1,W2に連結されている。さらに、エンジン3の出力軸は、自動変速機4、フロントデフ5、プロペラシャフト7、リアデファレンシャルユニット(以下、「リアデフユニット」という。)8、左右のリアドライブシャフト9L,9Rを介して副駆動輪(第2駆動輪)である左右の後輪W3,W4に連結されている。
【0022】
リアデフユニット8には、左右のリアドライブシャフト9L,9Rに駆動力を配分するためのリアデファレンシャル(以下、「リアデフ」という。)11と、プロペラシャフト7からリアデフ11へのトルク伝達経路を接続・切断するための前後トルク配分用クラッチ(トルク配分装置)10とが設けられている。前後トルク配分用クラッチ10(以下、「クラッチ10」ともいう。)は、油圧式のクラッチであり、トルク伝達経路20において後輪W3,W4に配分する駆動力を制御するための駆動配分装置である。後述する4WD・ECU50は、この前後トルク配分用クラッチ10で後輪W3,W4に配分する駆動力を制御することで、前輪W1,W2を主駆動輪とし、後輪W3,W4を副駆動輪とする駆動制御を行うようになっている。
【0023】
すなわち、前後トルク配分用クラッチ10が解除(切断)されているときには、プロペラシャフト7の回転がリアデフ11側に伝達されず、エンジン3のトルクがすべて前輪W1,W2に伝達されることで、前輪駆動(2WD)状態となる。一方、前後トルク配分用クラッチ10が接続されているときには、プロペラシャフト7の回転がリアデフ11側に伝達されることで、エンジン3のトルクが前輪W1,W2と後輪W3,W4の両方に配分されて四輪駆動(4WD)状態となる。
【0024】
また、四輪駆動車両1には、車両の駆動を制御するための制御手段であるFI/AT・ECU30、VSA・ECU40、4WD・ECU50が設けられている。また、左のフロントドライブシャフト6Lの回転数に基づいて左前輪W1の車輪速を検出する左前輪速度センサS1と、右のフロントドライブシャフト6Rの回転数に基づいて右前輪W2の車輪速を検出する右前輪速度センサS2と、左のリアドライブシャフト9Lの回転数に基づいて左後輪W3の車輪速を検出する左後輪速度センサS3と、右のリアドライブシャフト9Rの回転数に基づいて右後輪W4の車輪速を検出する右後輪速度センサS4とが設けられている。これら4つの車輪速度センサS1〜S4は、4輪の車輪速度VW1〜VW4それぞれを検出する。車輪速度VW1〜VW4の検出信号は、VSA・ECU40に送られるようになっている。
【0025】
また、この四輪駆動車両1には、ステアリングホイール15の操舵角(ステアリング舵角)δを検出する操舵角センサS5と、車体のヨーレートを検出するヨーレートセンサS6と、車体の横方向加速度YGを検出する横加速度センサS7と、車両の車体速度(車速)を検出するための車速センサS8などが設けられている。これら操舵角センサS5、ヨーレートセンサS6、横加速度センサS7、車速センサS8による検出信号は、4WD・ECU50に送られるようになっている。
【0026】
FI/AT・ECU30は、エンジン3及び自動変速機4を制御する制御手段であり、RAM、ROM、CPUおよびI/Oインターフェースなどからなるマイクロコンピュータ(いずれも図示せず)を備えて構成されている。このFI/AT・ECU30には、アクセル開度センサ(又はスロットル開度センサ)S9で検出されたアクセル開度(又はスロットル開度)APの検出信号、エンジン回転数センサS10で検出されたエンジン回転数Neの検出信号、及びシフトポジションセンサS11で検出されたシフトポジションの検出信号などが送られるようになっている。また、FI/AT・ECU30には、エンジン回転数Neとアクセルペダル開度APとエンジントルク推定値Teとの関係を記したエンジントルクマップが格納されており、スロットル開度センサS9で検出されたアクセルペダル開度APと、エンジン回転数センサS10で検出されたエンジン回転数Neとに基づいて、エンジントルクの推定値Teを算出するようになっている。
【0027】
VSA・ECU40は、左右前後の車輪W1,W2及びW3,W4のアンチロック制御を行うことでブレーキ時の車輪ロックを防ぐためのABS(Antilock Braking System)としての機能と、車両の加速時などの車輪空転を防ぐためのTCS(Traction Control System)としての機能と、旋回時の横すべり抑制システムとしての機能とを備えた制御手段であって、上記3つの機能をコントロールすることで車両挙動安定化制御を行うものである。このVSA・ECU40は、上記のFI/AT・ECU30と同様に、マイクロコンピュータで構成されている。
【0028】
4WD・ECU50は、FI/AT・ECU30及びVSA・ECU40と同様に、マイクロコンピュータで構成されている。4WD・ECU50とFI/AT・ECU30及びVSA・ECU40とは相互に接続されている。したがって、4WD・ECU50には、FI/AT・ECU30及びVSA・ECU40とのシリアル通信により、上記の車輪速度センサS1〜S4,シフトポジションセンサS10などの検出信号や、エンジントルク推定値Teの情報などが入力されるようになっている。4WD・ECU50は、これらの入力情報に応じて、ROMに記憶された制御プログラムおよびRAMに記憶された各フラグ値および演算値などに基づいて、後述するように、後輪W3,W4に配分する駆動力(以下、これを「指令トルクTRCMD」という。)、及びそれに対応する前後トルク配分用クラッチ10への油圧供給量を演算すると共に、当該演算結果に基づく駆動信号を前後トルク配分用クラッチ10に出力する。
【0029】
図2は、4WD・ECU(制御手段)50における主要な機能ブロックを示す。駆動トルク算出ブロック51では、車両1の走行条件(エンジン3のトルク、選択ギヤ段、シフト位置等)に応じて前後輪W1〜W4に要求される総駆動トルク(推定総駆動トルク)を算出する。
【0030】
制御トルク算出ブロック52では、基本配分制御(前後輪W1〜W4への駆動力の基本配分制御)ブロック521、LSD制御ブロック522、スタンバイ制御ブロック523等により、種々の制御ファクターに応じて推定総駆動トルクの前輪W1,W2に対する後輪W3,W4へのトルク配分(後輪基本配分トルクTR)を決定する。なお、後輪基本配分トルクTRに対しては、後述するトルク抑制制御がなされる。
【0031】
指令油圧算出ブロック53では、前記指令トルクTRCMDに従ってクラッチ10に対する指令油圧を算出する。すなわち、制御目標値算出ブロック531が前記指令トルクTRCMDに従ってクラッチ10に対する制御目標値(つまり前記指令油圧)を算出し、また、故障時2WD化ブロック532が故障時に2WD化するための制御目標値(つまり前記指令油圧)を算出する。通常時は、制御目標値算出ブロック531が算出した制御目標値が指令油圧として出力されるが、故障時は故障時2WD化ブロック532が算出した制御目標値が指令油圧として出力される。
【0032】
油圧フィードバック制御ブロック54では、目標油圧算出ブロック541により、前記指令油圧算出ブロック53から与えられる前記指令油圧と実油圧(油圧センサ32からのフィードバック信号)との偏差に従ってクラッチ10の目標油圧(つまり油圧偏差)を算出し、モータPWM制御ブロック542により、該算出された目標油圧(つまり油圧偏差)に従ってモータ31を制御する。モータ31は、クラッチ10に対して作動油圧を供給するための油圧ポンプ(図示せず)を駆動するための電気モータである。油圧センサ32は、クラッチ10に供給される油圧を測定する。モータPWM制御ブロック542では、目標油圧(つまり油圧偏差)に応じてモータ31に対するPWM駆動指令信号を生成する。
【0033】
こうして、実油圧が指令油圧に追従するように油圧フィードバック制御が行われる。なお、クラッチ10に油圧を供給するための油圧回路にソレノイド弁(開閉弁)を設け、必要に応じて該ソレノイド弁(開閉弁)を開放又は閉鎖することにより油圧封入制御(ソレノイド弁閉鎖状態でモータ31を間欠的に駆動して加圧し、モータ31状態でソレノイド弁を間欠的に開放して減圧する制御)を行い、モータ31の使用頻度を低減することができるように構成してもよい。
【0034】
図3は、
図2に示された制御トルク算出ブロック52の構成の詳細を示す説明図である。基本配分制御ブロック521は、クラッチ10で後輪W3,W4に配分されるべきトルク(指令トルクTRCMD)のベーストルクとなる後輪基本配分トルクTR(
図4)を算出する後輪基本配分トルク算出部521Aと、車両1の規範ヨーレートY0と実ヨーレートY1との差であるヨーレート偏差ΔYを算出するヨーレート偏差算出部521Cと、ヨーレート偏差ΔYが閾値Th(Th1,Th2)以下であるとき後輪基本配分トルクTRをトルク抑制制御部521Eに出力する一方、ヨーレート偏差ΔYが閾値Thを超えているときは後輪基本配分トルクTRを加算器521Fに出力するヨーレート偏差スイッチ部521Dと、後輪基本配分トルクTRを制限トルク値(制限値)TRLIMに制限するトルク抑制制御部521Eと、後輪基本配分トルクTR又は制限トルク値TRLIMの何れか一方にLSDトルクTR1を加算する加算器521Fと、加算器521Fから出力されるトルク値とスタンバイ制御部523から出力されるトルク値とのうちで高い方のトルク値を選択して上限値制限部521Hへ出力するハイセレクト部521Gと、ハイセレクト部521Gから入力したトルク値を予め設定された上限値で制限する上限値制限部521Hと、を具備して構成される。以下、各構成について更に説明する。
【0035】
図4は、後輪基本配分トルク算出部521Aによって算出される指令トルクTRCMDのベーストルクとなる後輪基本配分トルクTRを示す説明図である。後輪基本配分トルクTRは、駆動トルク算出部51で算出された推定総駆動トルクと、車両1が車速Vで走行するときの前輪(主駆動輪)W1,W2に対する後輪(副駆動輪)W3,W4の接地荷重比(静荷重比を車両1の前後方向加速度で補正した値)とに基づいて算出される。なお、後輪基本配分トルクTRは、車速Vに応じて一意的に決定され、車両1の走行状況に応じて適宜増減される。従って、後輪基本配分トルクTRの取り得る範囲としては、図中の斜線部分となる。例えば、車速V0では、後輪基本配分トルクTRの取り得る範囲としては、図中の矢印部分となる。
【0036】
再び
図3に戻り、規範ヨーレート算出部521Bは、公知の理想的な車両二輪モデルに基づいて、車両1の車速V及び操舵角δから規範ヨーレートY0を算出する。車速Vは車速センサS8の計測値として得られる。操舵角δは操舵角センサS5の計測値として得られる。
【0037】
ヨーレート偏差算出部521Cは、ヨーレートセンサS6の計測値として得られる車両1の実ヨーレートY1と、規範ヨーレート算出部521Bから出力される規範ヨーレートY0とを取り込んで、実ヨーレートY1と規範ヨーレートY0との差であるヨーレート偏差ΔYを算出する。
【0038】
トルク抑制制御部521Eは、ヨーレート偏差ΔYが閾値Thを下回る場合、後輪基本配分トルクTRを制限トルク値TRLIMに制限する一方、ヨーレート偏差ΔYが閾値Thを上回る場合、後輪基本配分トルクTRに対する制限トルク値TRLIMによるトルク制限を解除するように、トルク抑制制御を実行する。このトルク抑制制御については、
図6及び
図7を参照しながら後述する。
【0039】
加算器521Fは、後輪基本配分トルクTR又は制限トルク値TRLIMに対し、LSD制御部522から出力されるLSDトルクTR1を加算する。なお、このLSDトルクTR1は、前輪(主駆動輪)W1,W2側のクラッチ10の入力軸回転数と、後輪(副駆動輪)W3,W4側のクラッチ10の出力軸回転数との差である差回転(以下、「実クラッチ差回転」という。)ΔNを、所定の目標値(以下、「目標クラッチ差回転」という。)ΔN0以下に収束させるフィードバック制御(以下、「LSD制御」という。)において、実クラッチ差回転ΔNに応じて算出される、指令トルクTRCMDのベーストルクである後輪基本配分トルクTRを補助するための加算トルクである。
【0040】
ハイセレクト部521Gは、加算器521Fから出力されるトルク値(すなわち、後輪基本配分トルクTR+LSDトルクTR1、制限トルク値TRLIM+LSDトルクTR1)と、スタンバイ制御部523から出力されるトルク値(すなわち、スタンバイトルクTR2)とのうちで最大値を選択し上限値制限部521Hへ出力する。
【0041】
上限値制限値521Hは、リアデフユニット8を保護するため、ハイセレクト部521Gから出力されるトルク値について所定の上限値を設定し、トルク値が上限値を超える場合は、その上限値を指令トルクTRCMDとして出力する。他方、トルク値が上限値を超えない場合、トルク値を指令トルクTRCMDとしてそのまま出力する。
【0042】
LSD制御部522は、4つの車輪速度センサS1〜S4の検出信号を取り込んで対応する車輪速度VW1〜VW4を計測し、実クラッチ差回転ΔNを算出する。そして、実クラッチ差回転ΔNが所定の閾値ΔNthを超えるときにLSD制御を実行する。従って、実クラッチ差回転ΔNが閾値ΔNth以下である場合、LSD制御部522はLSD制御を実行しない。以下、LSD制御が実行されない実クラッチ差回転ΔNの範囲である「LSD制御不感帯領域」について説明する。
【0043】
図5は、LSD制御の実施・不実施の閾値を示すグラフである。同図のグラフでは、縦軸が実クラッチ差回転ΔNで、横軸が車両の横方向加速度YGであり、グラフ中において太線がLSD制御の閾値ΔNthを示し、斜線部分がLSD制御を実施しない領域を示している。閾値ΔNthは、車両1の横方向加速度YGの大きさに応じて設定されている。すなわち、横方向加速度YGが小さい領域では閾値ΔNthは低い一定値に設定されている。一方、横方向加速度YGが大きい領域では横方向加速度YGが大きくなるほど閾値Δthはより高い値に設定されている。
【0044】
再び
図3に戻って、スタンバイ制御部523は、車両1が登り坂で発進する場合あるいは車両1が極低速走行中に前輪が空転している場合に、予めクラッチ10を所定のトルクで締結(ロック)し、車両1の発進又は走行に必要な所定のトルク(スタンバイトルクTR2)を指令トルクTRCMDとして出力する。車両1が比較的に低速で走行中に前輪が空転している場合にも所定のトルク(スタンバイトルクTR2)を指令トルクTRCMDとして出力する。なお、車両1が低速で走行中に前輪が空転している場合のスタンバイトルクTR2は、操舵角δに応じて異なる値に設定されている。
【0045】
図6は、車両1の旋回走行時における主要制御パラメータの経過時間tに対する変化の一例を示すタイムチャートである。なお、LSD制御は実行されないものとする。また、縦軸は上から順に、
図6Aアクセルペダル開度AP及び操舵角δ、
図6B車速V、
図6C規範ヨーレートY0及び実ヨーレートY1、
図6Dヨーレート偏差ΔY、
図6E指令トルクTRCMD、後輪基本配分トルクTR及び制限トルク値TRLIM、を示す。なお、横軸は全て共通の時間軸である。
【0046】
時刻t0から時刻t1では、
図6Eに示されるように、指令トルクTRCMDはゼロである。従って、エンジン3からの駆動トルクはすべて前輪(主駆動輪)W1,W2に配分されている。また、
図6Aに示されるようにアクセルペダル開度AP及び操舵角δはほぼ一定である。さらに、
図6Bに示されるように車速Vは一定である。
図6Dに示されるように、規範ヨーレートY0と実ヨーレートY1との差であるヨーレート偏差ΔYがゼロの状態(ニュートラルステア状態)である。従って、車両1は二輪駆動状態で定速度で安定に(ニュートラルステア状態で)旋回している状態である。
【0047】
時刻t1において、
図6Aに示されるようにアクセルペダル開度APが増加し始める。その結果、
図6Bに示されるように車速Vが増加し始める。また、
図6Eに示されるように、指令トルクTRCMDがゼロから増加し始める。従って、エンジン3からの駆動トルクが後輪(副駆動輪)W3,W4に配分され始め、車両1は二輪駆動状態から四輪駆動状態になる。
【0048】
時刻t1から時刻t2では、
図6Dに示されるように、ヨーレート偏差ΔYはほぼゼロの状態である。車両1は、四輪駆動状態で安定に(ニュートラルステア状態で)旋回加速している状態である。
【0049】
時刻t2において、
図6Eに示されるように、指令トルクTRCMDは制限トルク値TRLIMを超えようとするが、ヨーレート偏差ΔYが第1閾値Th1以下であるため、指令トルクTRCMDは制限トルク値TRLIMに制限される。
【0050】
時刻t2から時刻t3では、
図6Eに示されるように、指令トルクTRCMDは制限トルク値TRLIMに等しくなる。その結果、
図6Cに示されるように、実ヨーレートY1が規範ヨーレートY0より低い値となる。その結果、
図6Dに示されるようにヨーレート偏差ΔYが増加する。車両1は、四輪駆動状態で不安定に(アンダーステア状態で)旋回加速している状態である。
【0051】
時刻t3において、
図6Dに示されるようにヨーレート偏差ΔYが第1閾値Th1を上回る。その結果、
図6Eに示されるように、指令トルクTRCMDに対する制限トルク値TRLIMによるトルク制限(以下、「指令トルクTRCMDに対するトルク制限」という。)が解除される。その結果、指令トルクTRCMDは、後輪基本配分トルクTRに移行し始める。
【0052】
時刻t3から時刻t4では、
図6Eに示されるように、指令トルクTRCMDが増加している。また、
図6Cに示されるように、実ヨーレートY1は依然として規範ヨーレートY0より低下している。その結果、
図6Dに示されるようにヨーレート偏差ΔYが依然として増加している。車両1は、依然として四輪駆動状態で不安定に(アンダーステア状態で)旋回加速している状態である。
【0053】
時刻t4において、
図6Eに示されるように、指令トルクTRCMDが後輪基本配分トルクTRに等しくなる。
【0054】
時刻t5において、
図6Cに示されるように、実ヨーレートY1が規範ヨーレートY0に収束し始める。その結果、
図6Dに示されるように、ヨーレート偏差Δが減少し始める(下降し始める)。
【0055】
そして時刻t5以後では、4WD・ECU50は、ヨーレート偏差ΔYの時間的変化を、実際の変化より緩やかな変化に補正した補正ヨーレート偏差ΔY’を算出する。そして、補正ヨーレート偏差ΔY’に対し閾値Th(第2閾値Th2)を適用するようにしている。これにより、ヨーレート偏差ΔYが閾値Thを超えてから再び閾値Thを下回ったと判断するまでに要する時間を長くすることができるので、車両の旋回状態が不安定な状態から安定した状態に移行したと判定するために十分な判定時間を確保することができる。したがって、車両の旋回状態が安定した状態になったと十分に判断できるようになった上で再び指令トルクTRCMDを制限トルク値TRLIMに制限することができる。
【0056】
また、
図6では、閾値Thは、ヨーレート偏差ΔYが増加する際の閾値Thである第1閾値Th1と、ヨーレート偏差ΔYが減少する際の閾値Thである第2閾値Th2との値を異なる値に設定している。さらに、第1閾値Th1は第2閾値Th2よりも高い値(Th1>Th2)に設定されている。これにより、ヨーレート偏差ΔYが短時間の間に閾値Th(第1閾値Th1と第2閾値Th2)を繰り返し跨ぐことによって、指令トルクTRCMDの制限トルク値TRLIMによる制限とその解除とが頻繁に繰り返されるハンチング現象を好適に防止することができる。
【0057】
時刻t6において、
図6Dに示されるように補正ヨーレート偏差ΔY’が閾値Th(第2閾値Th2)を下回る。その結果、
図6Eに示されるように指令トルクTRCMDが制限トルク値TRLIMに制限される。指令トルクTRCMDは制限トルク値TRLIMに移行する。
【0058】
時刻t6から時刻t7では、
図6Cに示されるように、実ヨーレートY1は規範ヨーレートY0にほとんど等しくなっている。その結果、
図6Dに示されるように、ヨーレート偏差ΔYはほとんどゼロに等しくなっている。従って、車両1は、四輪駆動状態で安定に(ニュートラルステア状態で)旋回加速している状態である。
【0059】
時刻t7において、指令トルクTRCMDは制限トルク値TRLIMに等しくなる。時刻t7以後、ユーザーが操舵角δ及びアクセルペダル開度APを一定に保持しながら車両1は四輪駆動状態で安定に(ニュートラルステア状態で)旋回加速している状態である。
【0060】
図7は、
図6に示す車両1の旋回走行時におけるヨーレート偏差ΔYによるトルク抑制制御を示すフロー図である。
ステップST1では、ヨーレート偏差ΔYを算出する。ヨーレート偏差ΔYは、車両1の車速Vと操舵角δを基に規範ヨーレート算出部521Bで算出される車両のヨーレートの目標値となる規範ヨーレートY0と、ヨーレートセンサS6によって検出される車両1の実際の実ヨーレートY1とを基にヨーレート偏差算出部521Cで算出される。
【0061】
ステップST2では、ヨーレート偏差ΔYが閾値Th(第1閾値Th1)以下であるか否かを判定する。ヨーレート偏差ΔYが第1閾値Th1以下である場合(YES)、ステップST3に進み、指令トルクTRCMDとして制限トルク値TRLIMを出力する。これは、
図6Eの時刻t1から時刻t3および時刻t6以後の指令トルクTRCMDの時間的変化に対応している。
【0062】
一方、先のステップST2で、ヨーレート偏差ΔYが第1閾値Th1を上回っている場合(NO)、ステップST4に進み、指令トルクTRCMDに対するトルク制限を解除する。これにより、指令トルクTRCMDが制限トルク値TRLIMから後輪基本配分トルクTRに移行する。これは、
図6Eの時刻t3からt4の指令トルクTRCMDの時間的変化に対応している。
【0063】
続けて、ステップST5では、指令トルクTRCMDとして後輪基本配分トルクTRを出力する。これは、
図6Eの時刻t4からt5の指令トルクTRCMDの時間的変化に対応している。
【0064】
続けて、ステップST6では、ヨーレート偏差ΔY(補正ヨーレート偏差ΔY’)が、閾値Th(第2閾値Th2)以下であるか否かを判定する。補正ヨーレート偏差ΔY’が第2閾値Th2以下である場合(YES)は、ステップST3に戻って、指令トルクTRCMDとして制限トルク値TRLIMを出力する。一方、補正ヨーレート偏差ΔY’が第2閾値Th2を超えている場合(NO)は、ステップST5に戻って指令トルクTRとして後輪基本配分トルクTRを出力する。これは,
図6D,
図6Eの時刻t5から時刻t7におけるヨーレート偏差ΔY及び指令トルクTRCMDの各時間的変化に対応している。
【0065】
以上説明したように、本実施形態のトルク配分装置の制御装置によれば、指令トルクTRCMDが制限トルク値TRLIMによって制限されている状態で、ヨーレート偏差ΔYが第1閾値Th1を超える場合、車両1は規範ヨーレートY0から逸脱して不安定に旋回走行していると判断し、指令トルクTRCMDに対する制限トルク値TRLIMによるトルク制限を解除する。これにより、騒音や振動の低減を考慮して、指令トルクTRCMDが制限トルク値TRLIMによって制限されている状態であっても、車両1が不安定に旋回走行するときに、車両1を安定に旋回走行させるために必要な適切なトルクを後輪W3,W4へ配分することができる。これにより、雪上等の低摩擦路面において車両1の旋回性能及び走破性を確保することができる。したがって、クラッチ10で後輪W3,W4に伝達されるトルクに起因する騒音や振動の低減を図りながらも、車両の走行性能が求められる路面状況ではクラッチ10で後輪W3,W4に必要なトルクを伝達できるようにすることで、振動や騒音の低減と車両の走行性能の確保との両立を図ることができる。
【0066】
また、減少するヨーレート偏差ΔYを、実際の変化がより緩やかな変化に補正された補正ヨーレート偏差ΔY’に補正することにより、ヨーレート偏差ΔYが第1閾値Th1を超えてから第2閾値Th2を下回るまでに要する時間を長くすることができる。これにより、車両1の旋回状態が不安定状態から安定状態に移行したか否かを判定するための十分な判定時間を確保することができる。したがって、車両1の旋回状態が不安定状態から安定状態に移行したと十分に判断できるようになった上で指令トルクTRCMDを制限トルク値TRLIMによって制限することができる。
【0067】
また、閾値Thが第1閾値Th1と第2閾値Th2を有することにより、ヨーレート偏差ΔYが短時間の間に閾値Th(第1閾値Th1と第2閾値Th2)を繰り返し跨ぐことによって、指令トルクTRCMDの制限トルク値TRLIMによる制限とその解除とが頻繁に繰り返されるハンチング現象を好適に防止することができる。
【0068】
〔第2実施形態〕
次に、本発明の第2実施形態について説明する。なお、第2実施形態の説明及び対応する図面においては、第1実施形態と同一又は相当する構成部分には同一の符号を付し、以下ではその部分の詳細な説明は省略する。また、以下で説明する事項以外の事項、及び図示する以外の事項については、第1実施形態と同じである。
【0069】
図8は、車両の旋回走行時におけるヨーレート偏差によるトルク抑制制御の他の例を示すフロー図である。同図に示すフローは、第1実施形態の
図7に示すフローと比較して、ステップST6のみが異なっており、他のステップは同じである。
【0070】
第1実施形態の
図7に示すフローでは、ヨーレート偏差ΔYが閾値Th(第1閾値Th1)を超えた後、閾値Th(第2閾値Th2)以下になったことをもって、再度制限トルク値TRLIMによる指令トルクTRCMDの制限を実施する判断を行う(ステップST6)のに対して、本実施形態では、ヨーレート偏差ΔYが閾値Th(第1閾値Th1)を超えた後、車両1の横方向加速度YGが閾値YGth以下になったことをもって、再度制限トルク値TRLIMによる指令トルクTRCMDの制限を実施する判断を行う(ステップST6´)ようにしている。すなわち、車両1の走行状態が旋回走行状態から直進走行状態に移行したことをもって判断を行うようにしている。
【0071】
すなわち、ステップST6´では、横加速度センサS7から車両1の横方向加速度YGを計測し、計測した横方向加速度YGが閾値YGth以下である場合は、車両1は安定に直進走行していると判断する。その場合に、指令トルクTRCMDを制限トルク値TRLIMによって制限し、指令トルクTRCMDとして制限トルク値TRLIMを出力する。
【0072】
このように、車両の横方向加速度YGが閾値YGth以下になったら、車両が旋回状態を抜けて直進走行状態になったと判断できるので、その場合には、再度、指令トルクTRCMDの制限を実施することで、クラッチ10で後輪W3,W4へ伝達するトルクに起因する騒音や振動の抑制を図ることができる。
【0073】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲、及び明細書と図面に記載された技術的思想の範囲内において種々の変形が可能である。