(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下で、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
<原理説明>
図1A及び
図1Bは、本発明で用いる切り紙構造のパラメータの定義を説明する図、
図2は本発明の原理を説明する図である。実施形態では、切り紙構造のシートの平面性が維持される初期領域での変位を利用して、所望の弾性率を設計する。
【0012】
図1Aの切り紙構造は、シート101に一定間隔で互い違いに形成された切り込み102e、及び切り込み102cを有する。シート101の素材は問わず、紙、プラスチック、ゴム、金属等を用いることができる。
【0013】
シート101の長さ方向(
図1のy方向)に沿って、幅wの切り込み102cが形成されている。切り込み102cと互い違いに、切り込み102eがシート101の両端から伸びている。切り込み102cは、x方向への幅wを有する。互い違いの切り込み102cと102eは、y方向に間隔またはピッチdで配列されている。y方向で隣接する切り込み102eと切り込み102eの間に幅wの切り込み102cを含む領域(y方向の長さが2d)を、切り込みの繰り返し1ユニットとする。繰り返しユニット数Nは、切り込み102cのy方向の数Nと一致する。
図1の例では、10ユニットの切り込みが形成されている。切り込み領域全体の長さは2Ndであり、シート101の幅はw+2dに設定されている。
図1Aでは、説明の簡便のため、切り込み102c及び切り込み102eのx方向の間隔もdに設定してあるが、本発明で定義されるパラメータdは、y方向への切り込みのピッチである。
【0014】
図1Bにおいて、y方向の切り込みピッチdと、切り込み102cのx方向の幅wは
図1Aと同じである。
図1Aと異なり、シート101の幅はw+d”、切り込み102eのx方向の間隔はd’に設定されている。d’の値は、dと同等またはそれ以下であれば、後述する弾性率の式が成り立ち、所望の弾性率の設計が可能である。ただし、切り込み102eのx方向の間隔d’は、シート101が伸長したときに切れてしまわないように、一定程度の幅をもたせる。具体的には、シート101の破断応力をσ
f、そのときにシートにかかる閾値荷重をFc、シート101の厚さをhとすると、
Fc/(d’×h)<σ
f、すなわち
d’>Fc/(h×σ
f)
を満たすように設計する。d”の値は、dと同等またはそれ以上であれば、後述する弾性率の式が成り立ち、所望の弾性率の設計が可能である。
【0015】
図2は、シート101にかかる力Fと伸びΔの関係を示す。
図2(a)はシート101としてケント紙を用いて
図1の切り込みを形成したときの変化の全体図、
図2(b)は
図2(a)の初期領域の拡大図である。
図2(a)に示すように、シート101の切り込みの幅と直交する方向に力F[N]がかかると、シート101は伸びΔ[mm]だけ変位する。このとき、初期領域では、シート101の平面性が保たれたまま、明確な線形応答がみられる。ある一定の力になるまで線形特性が続き、第2領域に移る際に急激な変化が起きてシート101の平面性が失われる。この変化点を遷移点と呼ぶ。
【0016】
第2領域では、シート101の切り込み102c、102eが大きく開口し、シート101が3次元的に変形する。この領域では、わずかな力でシート101が大きく伸びる。ある程度までシート101が延びると、以降は大きな力を加えないとシート101は伸びなくなる。この領域が最終領域である。最終領域でさらに力を加えると、シート101は破断に至る。
【0017】
従来の切り紙構造の応用例は、第2領域を利用していた。発明者らは、初期領域においてシートの弾性を表わす剛さ定数と、初期領域から第2領域への遷移点での伸び(ひずみ)が、簡単な数式で容易に予測できることを見出した。初期領域から第2領域に遷移する際に、急激な伸びを呈してシート101の平面性が失われることから、変化の視認が容易であり、遷移点に相当する力を容易に検出することができる。この知見に基づいて初期領域を用いた応用例を提供する。
【0018】
ここで、
図3を参照して、面内の変位と3次元的な変位の違いを説明する。
図3(a)は面内での変形(伸び)を示し、
図3(b)は3次元的な変形(曲げ)を示す。切り込み102cをエッジに含む面105に着目すると、
図3(a)では、切り込み102cはxy面内での平面性を維持したまま、y方向にδ
1変形する。これに対し、
図3(b)では、切り込み102cが開く際にシート101の面がz方向に角度θでねじれてxy面を超えて変形する。この面外方向への回転を含む変位を3次元的な変形または曲げと称する。
【0019】
面内変形する初期領域から3次元変形する第2領域への遷移では、面内ひずみエネルギーと面外ひずみエネルギーが競合する。これら2つのエネルギーが等しくなったときに、2つの領域間で遷移が起きる。
【0020】
図3(a)において、面105がxy面内での平面性を維持したまま変形し得る臨界伸び量をδ
cとすると、臨界伸び量δ
cは、シート101の臨界伸び量Δc(Δc=2Nδ
c)または臨界ひずみε
c(ε
c=δ
c/d)により、式(1)で与えられる。
【0021】
【数1】
ここで、hはシート101の厚さ、dはy方向への切り込みのピッチ、βは後述する数値係数である。初期領域では、シート101の伸び量Δはy方向への繰り返しユニット数Nに比例する。一方、歪みεはNには依存しない。これらの量は、与えられた力Fまたは応力σに対し、シート101の厚さhが決まっている場合、切り込みピッチdの関数として表される。ひとつの切り込み102cの臨界伸び量Δ
c及び臨界歪みε
cは、切り込みのピッチdによって設計できる。以下で、これについてさらに詳しく説明する。
【0022】
まず、面内変形が生じる初期領域において、シート101の応答特性はシート101にかかる力Fとシート101の伸びΔの関係、または応力(ストレスσ)と歪み(ストレインε)の関係により、式(A)で与えられる。
【0023】
F=K1×Δ または σ=E1×ε (A)
ここで、K1は初期領域でのシート101の剛さ定数(stiffness constant)、E1は初期領域でのシート101のヤング率であり、
K1=k1/2N
E1=k1×d/hw
k1∝E×d
3h/w
3 (A)’
である。Eはシート101の素材本来の(切り込み前の)ヤング率である。K1は切り紙構造における初期領域でのバネ定数に相当する量を表わし、以下の説明では便宜上「バネ定数」と称する。k1は切り込み一つあたりの剛さ定数(バネ定数)である。式(A)’から、K1とE1は式(B)で与えられる。
【0024】
K1=(α/2N)×E×d
3h/w
3
E1=α(d/w)
4×E (B)
上述のとおり、dはy方向への切り込みのピッチ、hはシート101の厚さ、wは切り込み102cの幅、Nは切り込み幅と直交する方向(y方向)への繰り返しユニット数(または切り込み102cの数)である。αは数値係数であり、7.0程度である。より正確には、αは6.92程度であるが、以下では説明の簡単のためα=7.0とおく。なお、本明細書と特許請求の範囲で「α=7.0」というときは誤差も含むものとする。
【0025】
式(B)は、シートの弾性を調整するための基本式であり、E、d、h、wの組み合わせによって、非常に広い範囲でシート101のバネ定数すなわち弾性率を調整・変更できることがわかる。なお、シート101のy方向の端部(切り込みのない領域)の影響を小さくするために、互い違いの切り込みの繰り返しユニット数Nは大きい方が望ましく、たとえば10以上とするのが望ましい。
【0026】
式(A)が成立する範囲は初期領域であり、初期領域でのシート101の伸びΔは、臨界伸び量Δcよりも小さくなければならない(Δ<Δc)。臨界伸び量Δcは、式(C)で表される。
【0027】
Δc=β×2N×h
2/d (C)
式(C)は、印加される伸びの閾値を与える基本式である。βは実験的に求められた数値係数であり、3.02程度である。βの値には丸め込みによる誤差が含まれ、この明細書と特許請求の範囲で「β=3.02」というときは、誤差も含むものとする。シート101は、Δ=Δcのときに初期領域から第2領域へ遷移する。
【0028】
式(1)及び式(A)〜(C)の適用範囲は、次のとおりである。まず、長さのパラメータに関して、
h<d<w (D)
を満たす必要があり、h<d≪wであればさらに望ましい。
図1Bのようにd、d’、d’’を区別する場合には、これらの不等式に入るのはd’、d’’ではなく、y方向へのピッチ「d」である。現実的には、w/d>4程度であれば、式(1)、及び式(A)〜(C)が成立する。シート101の厚さhは問わず、式(D)の条件を満たせば、1μmであっても1mであっても成立する。
【0029】
シート101の材料のヤング率Eについても制限はない。応力をσ、歪をεとすると、ヤング率EはE=σ/εで表される。柔らかいゲルの典型的なヤング率の値である1MPaであっても、その1000倍であっても問題はない。ただし、微小変形に対して線形弾性を示すことが重要である。この点からは、シート101の遷移点でのひずみ[Δc/(2N×d)]が線形弾性応答を示す初期領域に入っていればよい。なお、遷移点でのひずみε
cは、式(C)から
ε
c=Δc/(2N×d)=β×h
2/d
2
と記述される。
【0030】
ゲルやゴムであればd/hが1以上であれば十分に良い。実際には、h>dでも式(A)及び式(B)は成立するが、シート材料の場合は、加工性の観点からh<dとするのが現実的といえる。
【0031】
図4は、切り込みのピッチdと、切り込み102cの幅wの多様な組み合わせで、K1を厚さhの関数として示す。ここでは、繰り返しユニット数NをN=10としている。厚さhが一定であっても、dとwを変えることで、シート101の弾性を制御できることがわかる。
【0032】
図5は、N=10とし、dとwの多様な組み合わせで、K1/(E×h)をパラメータd/w(切り込みの幅wに対するピッチdの比)の関数として示す。
図5から、式(B)で表されるように、切り込みを形成したシートのバネ定数K1とヤング率E1は、(d/w)によって正確に規定されることが確認される。
【0033】
本発明では、繰り返しユニット数N、切り込みの幅w、及びピッチdを適切に選択することで、任意の素材について所望の剛さまたは弾性率を設計することができる。
【0034】
ここで、
図1のデザインで実現されるより好ましい範囲について説明する。まず、使用可能な素材の例と、現実的な厚さおよび代表的な引張り弾性率(ヤング率)を示す。
・紙:厚さh=0.05〜0.5[mm]、ヤング率Eはおよそ100[MPa]
・プラスチック材料(アクリル樹脂等):厚さh=0.2〜5[mm]、ヤング率Eはおよそ1[GPa]
・ゴムゲル材料:厚さh=0.01〜10[mm]、ヤング率Eはおよそ1[MPa]
これらの範囲と、条件式(D)を加味して、d>10h、w>4dを満たす範囲で考える。式(B)から、K1とE1は、
K1≒(7.0/2N)×E×h×d
3/w
3
E1≒7.0×E×(d/w)
4
である。K1とE1は相関があるので(K1=E1×h×w/(2N×d))、以下ではK1について説明する。Nを一定値とした場合、wの値を大きくとれば、K1の値は限りなく小さくできる。K1の値を大きくするためには、wの値を小さくすればよいが、最小のwは、上記の前提からw=4d程度である。これ以上小さくすると、式(B)の適用限界となる。したがって、K1のとり得る最大の値K1
maxは、
K1
max=(7.0/2N)×E×h×d
3/(4d)
3
=(7.0/(2N×64))×E×h
程度である。N=10の場合、
・厚さh=0.5[mm]、ヤング率E=100[MPa]の紙を用いた場合、K1
maxはE×h/180=2.8×10
2[N/m]程度である。
・厚さh=5[mm]、ヤング率E=100[MPa]のプラスチック材料を用いた場合、K1
maxはE×h/180=2.8×10
3[N/m]程度である。
・厚さh=10[mm]、ヤング率E=1[MPa]のゴムゲルを用いた場合、K1
maxはE×h/180=5.5×10[N/m]程度である。
【0035】
次に、Δcについて考える。式(C)で示されるとおり、Δc=β×2N×h
2/dの関係があり、Δcは繰り返しユニット数Nに比例し、βの値は実験から3.02程度である。説明の簡単のため、β=3とおく。繰り返しユニット数Nを一定とすると、Δcの値を大きくするにはdの値を小さくすればよいが、上記の前提範囲から最小のdをd=10hとする。N=10とした場合、最大のΔc
maxは、
Δc
max=3×2×10×h
2/10h=6h
程度である。厚さhが大きければdとhを同等にすることもできるので、下記の値よりも大きくできる場合もある。N=10の場合、
・厚さh=0.5[mm]の紙を用いた場合、Δc
max=3[mm]
・厚さh=5[mm]のプラスチック材料を用いた場合、Δc
max=30[mm]
・厚さh=10[mm]のはゴムゲル材料を用いた場合、Δc
max=60[mm]
このように、実施形態では、初期領域での弾性が式(B)のK1=(α/2N)×E×d
3h/w
3で表され、平面性を失う臨界伸び量がΔc=β×2N×h
2/d(式(C))で決まる任意のシート状素材が提供される。
【0036】
これらの知見に基づいて、以下で具体的な適用例を説明する。
<フォースセンサへの適用>
図6は、本発明を適用したフォースセンサ10Aの概略図である。切り紙構造のシートでは初期領域から第2領域への遷移点が明確であることから、遷移点での力を閾値とするフォースセンサあるいは重量チェッカーが作製可能である。
【0037】
フォースセンサ10Aはシート11と、シート11に形成された切り込み12c及び12eを有する。この例で、互い違いの切り込みの繰り返しユニット数(または中央の切り込み12eの繰り返しユニット数)Nは7である(N=7)。フォースセンサ10Aの下端に、測定対象を留める穴15が形成されている。穴15に替えて測定対象をひっかけるフックをシート11の下端に取り付けてもよいし、穴15に測定対象を保持するフックをひっかけてもよい。任意の形態の被測定物保持手段を採用し得る。フックやフック付きホルダを用いる場合は、その重量をあらかじめ測定しておき、フックまたはホルダの荷重を考慮して閾値、すなわち切り込み12cの幅wとピッチdを設計する。
【0038】
測定対象の荷重が閾値未満の場合、
図6(a)に示すように、センサ10Aのシート11は平面性を維持したまま変位する。試料の荷重が閾値を超えた場合、
図6(b)に示すように、急激に切り込み12c、12eが開いて、構造が回転を伴って大きく伸びる。
【0039】
通常は、シート11の急激な伸び、または切り込みの開口によって、目視により閾値判定を行うことができる。形状によっては平面性を維持したままある程度まで切り込みが開く場合がある。たとえば、ピッチdと厚さhが同程度の場合は、初期領域で平面性を保ったまま切り込み12c、12eが開口する。その場合でも、遷移点を超えた場合には、シート11全体が面外方向への回転を伴って急激に伸びるため目視が可能である。精密を要する場合は、シート11をタッチセンサ付きのケーシング内に収容してもよい。シート11の一部表面に導電薄膜を形成し、シート11が3次元的な変形を起こしてケーシングの内壁に形成された透明電極と接触したときに、LED等を点灯させてもよい。
【0040】
フォースセンサ10Aで測定可能な荷重の閾値Fcをもとめるには、式(A)に基づいてFc=K1×Δcを概算すればよい。上述の通り、K1とΔcは、それぞれ式(B)と式(C)で表される。
【0041】
K1=(α/2N)×E×d
3h/w
3 (B)
Δc=β×2N×h
2/d (C)
Fc=K1×Δc=α×β×E×d
2h
3/w
3 (E)
ここで、α=7.0、β=3、とおき簡略化のためα×β=20とすると、
Fc≒20×E×d
2h
3/w
3
が得られる。実際の設計では、α×βを20±1とおいてもよい。式(E)から、閾値Fcは、Nの値に依らず、切り込みの幅wとピッチdで設計できることがわかる。閾値Fcを大きく取るにはwを小さくすればよい。現実的な条件としてw>4dを加味すると、閾値Fcは、
Fc=20×E×d
2h
3/(4d)
3=0.31×E×h
3/d
となる。Fcを大きくとるにはdを小さくすればよいが、d>10hとすると、最大の閾値は、
Fc
max=0.31×E×h
3/10h=0.03×E×h
2
程度となる。場合によっては、y方向への切り込みのピッチdとシートの厚さhを同等程度にできるので、これよりも大きな閾値を設定することも可能である。
・厚さh=0.5[mm]の紙を用いた場合、ヤング率E=100[MPa]として、閾値Fc
maxは0.03×E×h
2=0.75[N]程度である。
・厚さh=5[mm]のプラスチック材料を用いた場合、ヤング率E=1[GPa]として、閾値Fc
maxは0.03×E×h
2=0.75×10
3[N]程度である。
・厚さh=10[mm]のはゴムゲル材料を用いた場合、ヤング率E=1[MPa]として、最大の閾値Fc
maxは0.03×E×h
2=3[N]程度である。
【0042】
これらの材質を用いる場合は、上限は7.5×10
2[N]、あるいはdとhを同等にした場合はその10倍程度の閾値を有する重量センサをつくることができる。閾値Fc
maxの下限は任意に小さくできる。
【実施例1】
【0043】
図7は、面内変形と遷移点を利用したフォースセンサ10Aの実施例1である。実施例1で、フォースセンサ10Aは、シート11としてヤング率Eが約3GPaのアクリル樹脂を用い、パラメータを、
w=80[mm]、
d=10[mm]、
h=0.3[mm]
に設定する。このフォースセンサは0.3[N]センサとして機能する。なお、1[N]は約100グラム重である。
図7(a)は0.26[N]の荷重を加えた場合である。センサは平面性を維持し、荷重は閾値を超えていない。
図7(b)は、0.32[N]の荷重を加えた場合である。荷重が0.3[N]を超えるので切り込みが開き、シート11が3次元的に変形する。
【実施例2】
【0044】
図8は、面内変形と遷移点を利用したフォースセンサ10Aの実施例2である。実施例2で、フォースセンサ10Aはヤング率Eが約3GPaのアクリル樹脂を用い、パラメータを、
w=60[mm]、
d=15[mm]、
h=0.2[mm]
に設定している。このフォースセンサは0.6[N]センサとして機能する。
図8(a)は、0.58[N]の荷重を加えた場合であり、センサは平面性を維持している。
図8(b)は、0.69[N]の荷重を加えた場合である。荷重が0.6[N]を超えるので切り込みが開き、シート11が3次元的に変形して伸びる。
図8(b)で色の薄い部分はシート11の回転による反射を示す。
【0045】
実施例1、2のいずれも、荷重の閾値センサとして良く機能することがわかる。Δc
maxがシート材料の弾性限界を超えない伸びになっていることと、Fc
maxにおいてシートの切れ込みの先から破壊しないことが満たされれば、小さなひずみで塑性変形が現れる金属等でも応用が可能である。例えば、アルミ箔を用いて極めて軽量の物質の荷重を感度良く閾値判定することができる。
【0046】
逆に、厚さhが0.3[mm]のスチールで、d=2.3[mm]、w=12[mm]、N=10のデザインにした場合、ヤング率Eを100[GPa]とすると、閾値を求める式(E)すなわちFc=20×E×d
2h
3/w
3から、閾値はおよそ200[N]になり、ほぼ20キログラムのスーツケースを吊るしたときに閾値を超えることになる。
【0047】
金属に替えて、ゴムでセンサを実現する場合は以下のようになる。バネ定数K1を調整する式(B)、最大の臨界伸び量Δcmaxを求めるための式(C),及び閾値Fcを求める式(E)は、シートの厚さhと切り込みのピッチdが同程度の場合にも成立する。
【0048】
たとえば、h=d=10[mm]、切り込み幅w=40[mm]とし、ヤング率Eが10[MPa]のゴムを使用した場合、Fc=20×E×d
2h
3/w
3より、閾値は300[N]になり、ほぼ30キログラムのスーツケースを吊るしたときに閾値をこえるセンサが実現できる。つまり、硬めのゴムを使えば、たとえば平面サイズが5[cm]×20[cm]で厚さが5[mm]の手軽に持ち運べるスーツケース重量チェッカーが実現できる。この構成は荷物の重量制限がある場合等の簡易チェックに有用である。
<フォースセンサの変形例>
図9は、変形例として、荷重自体を測定するフォースセンサ10Bを示す。
図7〜
図9では、閾値を超えるか超えないかで荷重を判定するものであった。これに対し、
図9のフォースセンサ10Bでは、ひずみゲージ16を切り紙構造上に作り込んで、ひずみゲージ16の抵抗値を測定器17で測定することで、切り紙構造にかかる力を測定することができる。ひずみゲージの抵抗変化と力の関係をあらかじめ求めておくことで、試料の重さを測る重量センサとして使用できる。
【0049】
ひずみゲージ16としては、既製のひずみゲージを切り紙構造に張り付けてもよいし、微細加工技術を用いて切り紙構造上に直接ひずみゲージを作り込んでもよい。測定対象となる力のオーダーに応じて切り紙構造の形状をデザインすることで、幅広い範囲の力を計測することができる。
【0050】
フォースセンサ10A及びフォースセンサ10Bの双方において、用いるシート素材のヤング率Eと厚さhが与えられれば、式(E)から、切り込みの幅wとピッチdを適切に設定することで、所望の閾値Fcのセンサを作製できる。
【0051】
図10は、紙だけではなく、アクリルやゴムで所望の閾値Fcを有するセンサを設計できることを実証する図である。縦軸は荷重の閾値Fc[N]、横軸は式(E)の右辺のパラメータEd
2h
3/w
3[N]である。黒丸はシート11にアクリルを用いたときの閾値、黒四角はゴムを用いたときの閾値である。アクリルとゴムの双方で、互い違いの切り込みの繰り返しユニット数をN=7として、手作業で5種類の切り込み構造を作製した。各データ点のパラメータは、原点に近い方から順に、次のとおりである。
1)E=8MPaのゴム;
w=30[mm],d=5[mm],h=1[mm]
2)E=3GPaのアクリル;
w=80[mm],d=10[mm],h=0.3[mm]
3)E=3GPaのアクリル;
w=60[mm],d=15[mm],h=0.2[mm]
4)E=3GPaのアクリル;
w=60[mm],d=10[mm],h=0.4[mm]
5)E=3GPaのアクリル;
w=60[mm],d=15[mm],h=0.4[mm]
図10のグラフから、FcとEd
2h
3/w
3は傾き18のリニアな関係、すなわち、
Fc=18×E×d
2h
3/w
3
の関係があることがわかる。閾値Fcの理論式は
Fc=20×E×d
2h
3/w
3 (E)
であるから、作製誤差の範囲内で理論とよく一致していることがわかる。すなわち、式(E)は材質を問わず有効である。
【0052】
図11と
図12は、切り込みの繰り返しユニットが横方向(
図1のx方向)に複数配置される場合にも、本発明の弾性率の設計が適用されることを示す図である。
【0053】
図11は3種類の切り紙構造を示し、
図12は
図11の各構成での伸び(Δ)と力(F)の関係を示す。
図11の構成(1)と(2)は、縦方向への互い違いの切り込みの繰り返しが横方向にも連続して複数連なっている構成である。
図11の構成(3)は、2本の切り紙構造が独立して配置される構成である。
【0054】
図12(a)の全体図に示すように、伸び(Δ)と力(F)の関係において、構成(1)〜(3)のいずれも同じ傾向の振る舞いをする。
図12(b)は、
図12(a)の初期領域Aの拡大図である。構成(1)〜(3)の初期領域での線形特性、すなわち変位−力特性の傾きもほぼ同じである。このことは、横方向に連結された切り紙構造の初期領域のバネ定数は、式(B)、すなわち切り込みが縦一列の場合のK1=(α/2N)×E×d
3h/w
3の足し合わせで表現できることを示している。切り込み列が横方向に複数連なったシートを用いる場合も、初期領域での弾性設計やセンサへの適用が可能になる。
【0055】
図12(a)に示すように、切り紙構造の列が横方向に連結された構成(1)の場合、互いに切り離された構成(3)の場合と比べて、少ない変位で破断が起きる。ただし、構成(2)のように、切り紙構造の上端付近と下端付近で切り紙の連結部をあらかじめ切り離しておくことで、破断が起きる変位を完全に切り離された構成(3)の場合に近づけることができる。切り込み列を横方向に複数連ねることで、平方メートルスケールの大面積の切り紙構造も可能である。
<医療用シートへの適用例>
≪生体材料を用いたシートの説明≫
生体適合材料である高分子材料やセラミックスや金属などの無機材料を基材としたシートを、ヒトの器官に接着したり挿入したりすることで器官の機能や状態を維持したり促進したりすることができる。例えば骨に巻いたり接合部材に用いたりすることで骨の再形成をサポートしたり、血管に挿入することで硬化した血管の運動をサポートしたりできる。 骨の弾性率は30GPa程度であるのに対し、金属では弾性率が低いとされているチタンでも110GPa程度である。その弾性率の差が生体に外となる応力遮蔽効果の原因となっている。本発明を用いれば、式(B)から、金属シートに切り込みを入れた際の弾性率E1は、
E1=α×E×d
4/w
4
で表すことができる。
【0056】
α=7.0なので、E=110GPaのチタンを用いる場合、d=2mm、w=10mmとなるように切込みをいれれば、E1=約1GPaとなるように弾性率をチューニングすることができる。
また、例えば心臓や肺などの内臓の外側に張ることで、内臓に理想とされる弾性をサポートすることができる。この場合、生体適合材料シートの弾性率は、理想とされる弾性と患者の現状の組織の弾性率の測定値または臓器の筋量や運動強度とから導かれるサポート弾性値に応じて、患者ごとにカスタマイズして切り紙構造を設計して得られる。一意の材質の生体適合材料シートを使って幅広い範囲で弾性率の調整が可能である。また、面内変位が維持される領域、すなわち回転を伴う3次元変位に至らない領域で弾性率を設計するので、シートが適用される患者の組織や器官との適合性が良い。
≪細胞を培養するシートの例≫
また、重症火傷を負った患者の皮膚移植のための培養表皮に、適用部位に最適な弾性を与えることができる。
図13は、医療用再生シートへの切り紙構造の適用例を示す。
図13(a)は切り込み12cと12eを持った培地25の模式図である。
【0057】
図13(a)のように設計された培地25に細胞を培養することで、所望の弾性率の細胞シートを作製することができる。細胞シートが適用される細胞組織の弾性率または剛さ定数をあらかじめ取得しておき、細胞シートで所望の弾性率が得られるように切り込みの幅wと、幅wと直交する方向(
図1のy方向)へのピッチ(間隔)dを設計する。
【0058】
本発明の切り紙構造による弾性率調整技術を適用すると、細胞(弾性率約10MPa)の材料を使って、0.1MPaの弾性率の細胞シートを作ることが可能である。
【0059】
式(B)から、シートに切り込みを入れた際の弾性率E1は、
E1=α×E×d
4/w
4
で表すことができる。
【0060】
α=7.0なので、E=10MPaの細胞を用いる場合、d=2.4mm、w=12mmとなるように
図13(a)の培地をデザインすれば、その培地に作られる細胞シートがE1=約0.1MPaとなるように弾性率をチューニングすることができる。なお、細胞の弾性率は、E. Moeendarbary et al., “Cell mechanics: principles, practices, and prospects”, Wiley Interdisciplinary Reviews: Systems Biology and Medicine,Volume 6, Issue 5, 2014, Pages 371-388 に記載されている。
【0061】
あらかじめ切り込み12c、12eを入れた培地に細胞を培養することで、細胞に機械的な損傷を与えることなく、切り紙構造をもつ細胞シートを作製することができる。このような細胞シートは、医療用再生シートとして用いることができる。この場合、力がかからない状態での培地の切り込み12c及び12eの間隙δ
0が、ゼロ以外の適切な値をとる必要がある。切り込み12c、12eの間隙が小さい場合、培養中に細胞が切り込み12c、12eを塞ぐおそれがあるからである。培地の切り込み12c、12eの間隙δ
0が有限の値を持つ場合(δ
0≠0)、得られる細胞シートの切り紙構造も有限の切れ込み幅を持つ。
≪切り込みに隙間があってもデザイン法則が成り立つことの説明≫
本発明の原理説明とセンサへの適用例では、シートに形成される切り込みの間隙δ
0が限りなく小さい場合(δ
0=0)を想定してきたが、
図13(b)に示されるように、切り込みの間隙がゼロでない場合も(δ
0≠0)、本発明の原理が当てはまる。
図13(b)は、
図13(a)と同様に切り込みの間隙がゼロでない幅を持つ切り紙構造の変位−力特性の図である。実験においてd=2mm、w=20mm、繰り返しユニット数をN=10とした。用いた素材は紙である。
【0062】
図13(b)では、3種類の異なる間隙δでサンプルを作製して、切り紙構造の力学応答を測定した。サンプルaはδ
0=0[mm]、サンプルbはδ
0=0.1[mm]、サンプルcはδ
0=0.5[mm]である。
図13(b)からわかるように、3種類の切り紙構造の初期領域の傾きはほぼ同じである。これは、切り込みの間隙がある程度の大きさをもつ場合でも、理論式(1)及び(A)〜(E)が当てはまることを示している。すなわち、切り込みの間隙をもつ培地に細胞を培養して得られる細胞シートもまた、上述した理論式を用いてその剛さまたは弾性率を予測することが可能である。
【0063】
あらかじめ間隙δ
0を持った細胞シートを作製するかわりに、細胞シートとして使用する直前に、設計されたwとdを用いて細胞膜に切り込みを入れて切り紙構造の細胞シートを使用部位に適用してもよい。
≪ヒトの皮膚の弾性率をデザインする例≫
人間の皮膚の弾性率は1MPa程度であることが知られている。生体由来である豚真皮を使った創傷被覆材の弾性率も同程度の弾性率である。またハイドロゲルの弾性率も同程度である。
【0064】
本発明の切り紙構造による弾性調整技術を適用すると、生体分解性を持つPCL(poly ε-caprolactone;弾性率0.4GPa)の材料を使って、1MPaの弾性率のシートを作ることが可能である。式(B)から、シートに切り込みを入れた際の弾性率E1は、
E1=α×E×d
4/w
4
で表すことができる。α=7.0なので、E=0.4GPaのPCLを用いる場合、d=2.4mm、w=12mmとなるように切込みをいれれば、E1=4MPaとなるように弾性率をチューニングすることができる。この設計では、厚さhをマイクロスケールからdよりも小さいサブミリメートルのオーダーまでとることができる。面積に関して制限はない。
<その他の適用例>
図14は、さらに別の適用例として、スポーツ用あるいは治療用のサポータ、コルセット、腰痛ベルト等の装着具への適用例を示す。ここでは、装着具30を例にとる。装着具30はその少なくとも一部に切り込み領域31を有する。切り込み領域31には、
K1=(α/2N)×E×d
3h/w
3、または
E1=α(d/w)
4×E (B)
を満たすように、切り込み32が形成されている。ここで、αは係数であり、実験的にα=7.0である。Eは素材テクスチャのヤング率、hは素材テクスチャの厚さである。切り込み32の幅w、ピッチdおよび繰り返し数Nを適切に設計することで、装着者にとって最適な弾性を与えることができる。
【0065】
切り込みの方向は、用途、部位に応じて、適宜設定することができる。たとえば、関節等の曲げ伸ばしの部位に適用する場合は
図14(a)の方向に形成された切り込みを用いる。身体の円筒形の部位(腕、足、腰など)を圧迫する目的として使うのであれば、
図14(b)の方向に形成された切り込みを用いてもよい。
【0066】
また、各切り込み32を粘着テープ等で仮留めしておいて、装着者が所望の範囲の切り込み32の粘着テープを剥離できる構成としてもよい。この場合、所望の部位で所望の弾性が与えられる快適な装着具が実現する。なお、円筒形の装着具の場合でも、変位は面内のみであり、法線方向への変位を含まない。
【0067】
以上述べたように、本発明の弾性設計方法によれば、シート状材料の弾性率を幅広い範囲でチューニング可能であり、また、設計の段階で弾性率が予測可能である。
【0068】
弾性率の設計をセンサに適用する場合は、単一のシートで広い範囲の力の測定が実現できる。紙のような安価な素材で、閾値判定型の使い捨てタイプのフォースセンサが実現される。また、ひずみゲージ等のキャリブレーション手段と併用することで、重さ測定センサが得られる。実施形態のフォースセンサは電源が不要である。また、平面構造でセンサを作製できるので、小型で省スペースである。
【0069】
さらに、再生医療やスポーツ用具、建築の分野への適用も期待される。建築の分野ではフォースセンサを橋げた、柱、横架材などに取り付けて歪みセンサとして用いることができる。フォースセンサが初期領域(面内変形領域)での伸びを超えて切り込みが大きく開いたか否かにより、建築材が応力限界を超えたか否か、あるいは建築基準に適合しているか否かを目視で簡単に確認することができる。
この出願は、2016年4月15日に日本国特許庁に出願された特許出願第2016−082472号に基づき、その全内容を含むものである。