(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C:0.1質量%以下、Si:1.0質量%以下、Mn:2.0質量%以下、P:0.045質量%以下、S:0.03質量%以下、Ni:30質量%以下、Cr:16〜35質量%、Mo:6.0質量%以下、Cu:0.8質量%以下、N:0.3質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなると共に、下記式(1)の関係(式中、各元素記号は、各元素の含有量を意味する)を満たす組成を有し、不働態皮膜中のCr濃度が40原子%以上である、耐ルージュ性に優れたステンレス鋼。
Cr+0.5Mo≧19 (1)
C:0.1質量%以下、Si:1.0質量%以下、Mn:2.0質量%以下、P:0.045質量%以下、S:0.03質量%以下、Ni:30質量%以下、Cr:16〜35質量%、Mo:6.0質量%以下、Cu:0.8質量%以下、N:0.3質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなると共に、下記式(1)の関係(式中、各元素記号は、各元素の含有量を意味する)を満たす組成を有し、不働態皮膜中のCr濃度が40原子%以上である、耐ルージュ性に優れたステンレス鋼管。
Cr+0.5Mo≧19 (1)
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明のステンレス鋼、ステンレス鋼管及び純水蒸気経路部材の好適な実施形態について説明するが、本発明はこれらに限定されて解釈されるべきものではなく、本発明の要旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々の変更、改良などを行うことができる。各実施形態に開示されている複数の構成要素は、適宜な組み合わせにより、種々の発明を形成できる。例えば、実施形態に示される全構成要素からいくつかの構成要素を削除してもよいし、異なる実施形態の構成要素を適宜組み合わせてもよい。
【0014】
(ステンレス鋼)
本実施形態のステンレス鋼は、C:0.1質量%以下、Si:1.0質量%以下、Mn:2.0質量%以下、P:0.045質量%以下、S:0.03質量%以下、Ni:30質量%以下、Cr:16〜35質量%、Mo:6.0質量%以下、Cu:0.8質量%以下、N:0.3質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
また、別の実施形態のステンレス鋼は、Nb:0.8質量%以下、Ti:0.8質量%以下、Al:0.5質量%以下からなる群から選択される1種以上をさらに含むことができる。
ここで、本明細書において「不可避的不純物」とは、Oなどの除去することが難しい成分のことを意味する。この成分は、原料を溶製する段階で不可避的に混入する。
【0015】
<C:0.1質量%以下>
Cは、ステンレス鋼の加工性及び耐食性に影響を与える元素であり、特に多量のCr、Moを含む組成系においてCの含有量が多すぎると、硬質化して加工性が低下してしまう。したがって、Cの含有量の上限は、加工性の観点から、0.1質量%、好ましくは0.09質量%、さらに好ましくは0.08質量%に設定する。一方、Cの含有量の下限は、特に限定されないが、耐食性の観点から、好ましくは0.001質量%、より好ましくは0.003質量%である。
【0016】
<Si:1.0質量%以下>
Siは、ステンレス鋼の加工性に影響を与える元素であり、Siの含有量が多すぎると、加工性が低下する。したがって、Siの含有量の上限は、加工性の観点から、1.0質量%、好ましくは0.9質量%、より好ましくは0.8質量%に設定する。一方、Siの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.01質量%、より好ましくは0.05質量%、さらに好ましくは0.1質量%である。
【0017】
<Mn:2.0質量%以下>
Mnは、ステンレス鋼の加工性及び耐食性に影響を与える元素であり、Mnの含有量が多すぎると、加工性及び耐食性が低下する。したがって、Mnの含有量の上限は、加工性及び耐食性の観点から、2.0質量%、好ましくは1.9質量%、さらに好ましくは1.8質量%に設定する。一方、Mnの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.01質量%、より好ましくは0.05質量%、さらに好ましくは0.1質量%である。
【0018】
<P:0.045質量%以下>
Pは、ステンレス鋼の加工性及び耐食性に影響を与える元素であり、Pの含有量が多すぎると、加工性及び耐食性が低下する。したがって、Pの含有量の上限は、加工性及び耐食性の観点から、0.045質量%、好ましくは0.035質量%に設定する。一方、Pの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、より好ましくは0.005質量%、さらに好ましくは0.01質量%である。
【0019】
<S:0.03質量%以下>
Sは、ステンレス鋼の加工性及び耐食性に影響を与える元素であり、Sの含有量が多すぎると、加工性及び耐食性が低下する。したがって、Sの含有量の上限は、加工性及び耐食性の観点から、0.03質量%、好ましくは0.02質量%、より好ましくは0.015質量%に設定する。一方、Sの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.0001質量%、より好ましくは0.0005質量%である。
【0020】
<Ni:30質量%以下>
Niは、ステンレス鋼の耐溶出性に影響を与える元素であり、Niの含有量が多すぎると、耐溶出性が低下すると共にルージュが発生し易くなる。また、Niは、ステンレス鋼がオーステナイト系である場合に、オーステナイト相形成に必要な成分でもある。したがって、Niの含有量の上限は、耐溶出性及び耐ルージュ性の観点から、30質量%、好ましくは25質量%に設定する。一方、Niの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.01質量%、より好ましくは0.02質量%である。
【0021】
<Cr:16〜35質量%>
Crは、ステンレス鋼の加工性、耐食性及び耐ルージュ性に影響を与える元素であり、Crの含有量が少なすぎると、不働態皮膜が十分に形成されず、耐食性及び耐ルージュ性を確保することができない。したがって、Crの含有量の下限は、16質量%、好ましくは17質量%、より好ましくは18質量%に設定する。一方、Crの含有量が多すぎると、耐食性及び耐ルージュ性は向上するものの、加工性が低下してしまう。したがって、Crの含有量の上限は、加工性の観点から、35質量%、好ましくは32質量%、より好ましくは30質量%に設定する。
【0022】
<Mo:6.0質量%以下>
Moは、ステンレス鋼の加工性、耐食性及び耐ルージュ性に影響を与える元素である。また、Moは不働態皮膜が損傷したときに、不働態皮膜を再生する作用を有する元素でもある。ただし、Moの含有量が多すぎると、加工性が低下する。したがって、Moの含有量の上限は、加工性、耐食性及び耐ルージュ性の観点から、6.0質量%、好ましくは5.8質量%に設定する。一方、Moの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.01質量%、より好ましくは0.02質量%、さらに好ましくは0.03質量%である。
【0023】
<Cu:0.8質量%以下>
Cuは、ステンレス鋼の加工性、耐溶出性及び耐ルージュ性に影響を与える元素であり、Cuの含有量が多すぎると、加工性及び耐溶出性が低下すると共にルージュが発生し易くなる。したがって、Cuの含有量の上限は、加工性、耐溶出性及び耐ルージュ性の観点から、0.8質量%、好ましくは0.48質量%に設定する。一方、Cuの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.005質量%、より好ましくは0.02質量%、さらに好ましくは0.04質量%である。
【0024】
<Nb及びTi:0.8質量%以下>
Nb及びTiは、ステンレス鋼の加工性に影響を与える元素であり、Nb及びTiの含有量が多すぎると、加工性が低下する。したがって、Nb及びTiの含有量の上限は、0.8質量%、好ましくは0.6質量%、さらに好ましくは0.4質量%に設定する。一方、Nb及びTiの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.01質量%、より好ましくは0.05質量%、さらに好ましくは0.1質量%である。
【0025】
<Al:0.5質量%以下>
Alは、ステンレス鋼の加工性に影響を与える元素であり、Alの含有量が多すぎると、加工性が低下する。したがって、Alの含有量の上限は、0.5質量%、好ましくは0.3質量%、より好ましくは0.2質量%に設定する。一方、Alの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.01質量%、より好ましくは0.03質量%、さらに好ましくは0.05質量%である。
【0026】
<N:0.3質量%以下>
Nは、ステンレス鋼の加工性に影響を与える元素であり、Nの含有量が多すぎると、硬質化して加工性が低下してしまう。したがって、Nの含有量の上限は、加工性の観点から、0.3質量%、好ましくは0.25質量%に設定される。一方、Nの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、より好ましくは0.003質量%、さらに好ましくは0.005質量%である。
【0027】
ステンレス鋼は、本発明の効果を阻害しない範囲において、当該技術分野において公知の元素を含有することができる。
【0028】
ステンレス鋼において、耐ルージュ性を向上させるためには、Cr及びMoの含有量のバランスが特に重要であり、下記式(1)の関係を満たす必要がある。
Cr+0.5Mo≧19 (1)
上記式(1)中、各元素記号は、各元素の含有量を意味する。
上記式(1)の関係を満たさない場合、所望の耐ルージュ性を有するステンレス鋼が得られない。
【0029】
また、上記式(1)におけるCr+0.5Moの下限値は、好ましくは19.1、より好ましくは19.2、さらに好ましくは19.3である。このような下限とすることにより、ステンレス鋼の耐ルージュ性を安定して向上させることができる。一方、Cr+0.5Moの上限値は、特に限定されないが、好ましくは38、より好ましくは35、さらに好ましくは33である。
【0030】
ステンレス鋼は、不働態皮膜を表面に有する。ここで、本明細書において「不働態皮膜」とは、ステンレス鋼の耐食性(金属イオンの耐溶出性)を向上させるクロムリッチの酸化層のことを意味する。
不働態皮膜中のCr濃度は、耐ルージュ性を確保する観点から、40原子%以上、好ましくは45原子%以上、さらに好ましくは50原子%以上に設定される。一方、不働態皮膜中のCr濃度の上限は、特に限定されないが、好ましくは90原子%、より好ましくは80原子%、さらに好ましくは75原子%である。
ここで、不働態皮膜中のCr濃度は、XPS(X線光電子分光法)を用いたステンレス鋼の表面分析によって算出されるものを意味する。
【0031】
XPSの測定方法としては、特に限定されないが、本明細書では以下の手順に従って行った。
まず、ステンレス鋼の最表面(不働態皮膜)について広域光電子スペクトルを測定し、定性分析を行った。その後、表面から深さ方向に対してAr
+スパッタを行い、一定スパッタ深さごとに指定元素(Si、Cr、Fe、Ni、Mo)の狭域光電子スペクトルを測定した。各スパッタ深さにおいて元素組成比(原子%)を算出し、不働態皮膜中のCr濃度を求めた。
【0032】
また、XPSの測定条件としては、特に限定されないが、本明細書では以下の条件で行った。
分析装置:フィジカルエレクトロニクス(Physical Electronics)社製Quantera SXM(全自動走査型X線光電子分光装置)
X線源:単色化Al Kα
出力:44.8W
ビーム径:200μmφ
取出し角度:45°
スパッタ条件:Ar
+エネルギー1keV、スパッタレート約2.24nm/分(SiO
2換算)
【0033】
ステンレス鋼の表面は、算術平均粗さRaが0.1μm以下であることが好ましい。Raが0.1μm以下であると、ルージュが発生し難くなる傾向にある。
ここで、本明細書において「算術平均粗さRa」とは、JIS B0601:2001に準拠して測定されるものを意味する。
【0034】
ステンレス鋼の金属組織は、特に限定されず、フェライト系、オーステナイト系、マルテンサイト系、オーステナイト・フェライト系のいずれであってもよい。
【0035】
上記のような組成及び不働態皮膜を有するステンレス鋼は、上記の組成を有するスラブを用いること以外は、公知の方法に準じて製造することができる。具体的には、上記の組成を有するスラブを熱間圧延して焼鈍及び酸洗を行った後、所定の厚さになるまで冷間圧延、焼鈍及び酸洗を繰り返し行い、次いで不働態化処理を行うことによってステンレス鋼を製造することができる。また、必要に応じて、冷延鋼板に機械研磨などの仕上げ加工を施してもよい。
不働態化処理としては、特に限定されないが、酸性溶液を用いた処理を行えばよい。不働態化処理の具体例としては、酸性溶液への浸漬処理、電解研磨などが挙げられるが、ステンレス鋼の表面粗さを制御し易い電解研磨が好ましい。
電解研磨の条件は、特に限定されないが、例えば、リン酸及び硫酸を含む混合液を用い、電圧3〜15V、電流密度3〜20A/dm
2、温度40〜60℃、時間3〜40分とすればよい。
【0036】
上記のような組成及び不働態皮膜を有するステンレス鋼は、耐ルージュ性に優れているため、耐ルージュ性が要求される各種部材に用いるのに適している。耐ルージュ性が要求される部材としては、特に限定されないが、純水蒸気経路部材、例えば、純水蒸気発生装置、又は純水蒸気を使用する滅菌装置、殺菌装置若しくは消毒装置に用いられる部材、当該装置に関連する設備(例えば、サニタリー管)などが挙げられる。なお、本明細書において「純水蒸気経路部材」とは、純水蒸気と接触する部材のことを意味する。また、「サニタリー管」とは、衛生性が要求される配管のことを意味する。
【0037】
ここで、一例として、純水蒸気発生装置及び蒸留水製造装置を備える純水供給システムのブロック図を
図1に示す。
図1に示されるように、この純水供給システムでは、純水蒸気発生装置1、蒸留水製造装置2、タンク3、ポンプ4、熱交換器5、バルブ6、計器7、センサー8、配管部材9及びフィルター10に用いられる部材が純水蒸気と接触する可能性がある。そのため、この純水供給システムでは、これらの部材を本実施形態のステンレス鋼を用いて作製することが好ましい。
【0038】
(ステンレス鋼管)
本実施形態のステンレス鋼管は、上記のステンレス鋼と同様の組成、不働態皮膜などの特徴を有する。したがって、これらの特徴については説明を省略する。
本実施の形態のステンレス鋼管は、上記のステンレス鋼を管状に加工することによって製造することができる。具体的には、ステンレス鋼を曲げ加工し、両端部を突合わせて溶接した後、焼鈍、酸洗や、機械研磨及び電解研磨などの加工を施すことによってステンレス鋼管を製造することができる。
本実施形態のステンレス鋼管は、上記のステンレス鋼を素材として用いているため、耐ルージュ性に優れている。
【0039】
(純水蒸気経路部材)
本実施形態の純水蒸気経路部材は、上記のステンレス鋼又は上記のステンレス鋼管を含む。この純水蒸気経路部材は、耐ルージュ性に優れているため、製品に異物(金属酸化物)が混入し難いと共に、純水蒸気に金属イオンが溶出して水質を劣化させる恐れも少ない。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を実施例によって更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
(実施例1〜9及び比較例1〜5)
表1に示す組成を有するスラブを熱間圧延した後、焼鈍及び酸洗して冷間圧延を繰り返し、厚みが1.0mmの冷延焼鈍板を製造した。次に、冷延焼鈍板を30mm×50mmに切り出した後、#600の機械研磨を行い、次いでリン酸及び硫酸を含む混合液中で電解研磨を行ってステンレス鋼を得た。電解研磨は、電圧を3〜15V、電流密度を3〜20A/dm
2、温度を40〜60℃、時間を3〜40分とした。
【0041】
【表1】
【0042】
上記の実施例及び比較例で得られたステンレス鋼について、上記の方法に従って不働態皮膜中のCr濃度を測定すると共に、表面粗さ形状測定機(東京精密社製SURFCOM2900DX)を用いて算術平均粗さRaを測定した。その結果を表2に示す。
次に、上記の実施例及び比較例で得られたステンレス鋼を、純水蒸気発生装置に接続された配管内部に設置し、圧力2kg/cm
2・G、温度約120℃の純水蒸気環境下で1年間暴露試験を行った。暴露試験前後のステンレス鋼について、分光測色計(コニカミノルタ社製CM−2600d)を用い、L
*a
*b
*色空間における色調L
*、a
*及びb
*を測定し、色差ΔE
*ab=〔(ΔL
*)
2+(Δa
*)
2+(Δb
*)
2〕
1/2を算出した。この色差ΔE
*abが10以下の場合、ルージュの発生を抑制できた(着色が少ない)と評価することができる。その結果を表2に示す。
【0043】
【表2】
【0044】
表2に示されるように、組成及び不働態皮膜中のCr濃度が所定の範囲内にある実施例1〜9のステンレス鋼は、色差ΔE
*abが10以下であり、ルージュの発生を十分に抑制することができた。
これに対して、組成及び不働態皮膜中のCr濃度が所定の範囲外である比較例1〜5のステンレス鋼は、色差ΔE
*abが大きくなり、ルージュの発生を十分に抑制することができなかった。
【0045】
以上の結果からわかるように、耐ルージュ性に優れたステンレス鋼、ステンレス鋼管及び純水蒸気経路部材を提供することができる。