(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、シール付軸受は、シール部材のシールリップが内輪に摺接しているので、内輪と外輪が相対回転するとき、シールリップの摺接部による回転抵抗(以下「シールトルク」という)が生じる。このシールトルクは、トランスミッションやディファレンシャルギヤ等の伝達効率を高めるためには、小さい方が好ましい。近年特に、自動車の一層の低燃費化が求められており、これに伴い、トランスミッションやディファレンシャルギヤ等に用いられるシール付軸受のシールトルクを更に小さくすることの重要性が高まっている。
【0007】
また、シール付軸受は、シール部材のシールリップが内輪に摺接しているため、シールリップと内輪の間の摩擦熱によって、軸受の温度が上昇しやすい。
【0008】
また、シール付軸受は、シールリップの吸着現象を生じるおそれがある。シールリップの吸着現象は、軸受の温度がいったん上昇し、その後、低下したときに、軸受の内外に圧力差が生じ、その圧力差によってシールリップが内輪に吸着する現象である。このシールリップの吸着現象が生じると、シールトルクが過大になったり、シールリップが異常摩耗したりするおそれがある。
【0009】
図19(a),(b)に、使用後のトランスミッションオイルを市場から回収し、そのトランスミッションオイルに含まれる異物の粒径分布を調査した結果を示す。
図19(a)はオートマチックトランスミッション(AT)またはマニュアルトランスミッション(MT)を搭載する自動車(計8車輌)を対象とした調査結果であり、
図19(b)は無段変速機(CVT)を搭載する自動車(計10車輌)を対象とした調査結果である。これらの調査結果を参照すると、使用後のトランスミッションオイルに含まれる異物は、50μm未満の極めて微細な粒径のものがほぼ全体(99.9%以上)を占め、50μm以上の比較的大きな粒径のものは極めてわずか(0.01〜0.02%程度)しかない。このことは、近年、トランスミッションのオイルフィルターの性能が向上し、トランスミッションオイル中の異物が微細化している(つまり大きな粒径の異物がオイルフィルターで取り除かれている)ことを示している。
【0010】
一方、転がり軸受の内部の潤滑油が異物を含む場合に、その異物の粒径と軸受寿命との関係について調査を行なったところ、潤滑油に含まれる異物の粒径が大きくなるにしたがって軸受寿命が低下する傾向が存在するが、潤滑油に含まれる異物の粒径が50μm以下であれば、転がり軸受の寿命比(実際寿命の計算寿命に対する比)が、自動車のトランスミッションでの実用に十分耐えうる値(例えば7〜10倍程度)を示すことが分かった。
【0011】
以上の結果に基づき、本願の発明者は、エンジンやトランスミッションやディファレンシャルギヤ等に用いられる転がり軸受をトランスミッションオイルで潤滑する場合、トランスミッションオイルに含まれる異物のほとんど全部(99.9%以上)が、軸受内部に侵入しても軸受寿命に問題を起こさない程度の極めて微細な粒径のもの(50μm以下の粒径のもの)であるという点に気付いた。そして、エンジンやトランスミッションやディファレンシャルギヤ等に用いられるシール付軸受において、シールトルクの低減等を目的としてトランスミッションオイルの軸受内部への侵入を許容し、これとともに極めて微細な粒径の異物が軸受内部に侵入するのを許容したとしても、比較的大きな粒径の異物が軸受内部に侵入するのをシール部材で防止すれば、軸受寿命の面で問題が生じるのを防止することが可能であるという着想を得た。
【0012】
この発明が解決しようとする課題は、シールトルクが小さく、軸受温度が上昇しにくく、シールリップの吸着現象が生じにくいシール付軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するため、この発明では、以下の構成のシール付軸受を提供する。
内輪と、
前記内輪の径方向外側に前記内輪と同軸に設けられた外輪と、
前記内輪と前記外輪の間に形成される環状空間内に設けられた複数の転動体と、
前記環状空間の端部開口を塞ぐ環状のシール部材とを有するシール付軸受において、
前記シール部材の内径側端部は、前記内輪に固定され、
前記シール部材の外径側端部は、前記外輪に摺接するゴム製のシールリップを有し、
前記シールリップの前記外輪に対する摺接部または前記外輪の前記シールリップに対する摺接部に、前記外輪と前記シールリップの摺動方向に対して交差する方向に延びる突起または油溝が設けられていることを特徴とするシール付軸受。
【0014】
このようにすると、シールリップの外輪に対する摺接部または外輪のシールリップに対する摺接部に、外輪とシールリップの摺動方向に対して交差する方向に延びる突起または油溝が設けられているので、外部から供給される潤滑油がシールリップと外輪の間に浸入しやすく、シールリップの摺接部に油膜が形成されやすい。特に、シールリップを内輪に摺接させるのではなく、外輪に摺接させる構成としているので、シールリップの摺動速度を確保しやすく、軸受の回転数が低い状態においても、シールリップの摺接部に効果的に油膜を形成することが可能である。そのため、シールリップの摺接部の摩擦係数が低下し、シールトルクを小さく抑えることができる。また、潤滑油がシールリップと外輪の間を通過することにより、シールリップと外輪の間の摩擦熱が放熱される。そのため、軸受の温度上昇を抑えることが可能であり、シールリップの吸着現象も防止することができる。
【0015】
前記突起または油溝としては、軸方向に直交する平面に沿った断面においてシールリップの摺接部に向かって次第に狭まるくさび状隙間を形成する油案内面を有するものを採用し、その油案内面に沿って前記くさび状隙間の広大側から狭小側に案内される潤滑油の圧力によって、前記シールリップと前記外輪の間の潤滑状態を流体潤滑状態とすると好ましい。
【0016】
このようにすると、シールリップの摺動部の摩擦を飛躍的に低減することが可能となり、シールトルクの大きさを極めて低く抑えることが可能となる。特に、シールリップを内輪に摺接させるのではなく、外輪に摺接させる構成としているので、シールリップの摺動速度を確保しやすく、その結果、軸受の回転数が低い状態においても、効果的に流体潤滑状態を実現することが可能である。また、シールリップと外輪の間の摩擦熱が発生しにくくなるため、潤滑油の温度上昇を効果的に抑制することが可能となる。
【0017】
ここで、潤滑状態は、境界潤滑状態と流体潤滑状態とに区別され、境界潤滑状態は、摩擦面に吸着した潤滑油の数層の分子層(10
−5〜10
−6mm程度)からなる油膜で摩擦面を潤滑し、摩擦面の細かい凹凸の直接接触が生じている状態をいい、流体潤滑状態は、流体力学的な原理によって潤滑油の流体膜(例えば10
−3〜10
−1mm程度)を2面間に形成し、摩擦面の直接接触が生じていない状態をいう。くさび膜効果が発生し流体潤滑状態になると、摺動抵抗がほぼゼロになるため、従来シールでは不可能だった高周速での使用が可能となる。
【0018】
前記油案内面は、軸方向に直交する平面に沿った断面形状が凸円弧状の湾曲面とすると好ましい。
【0019】
このようにすると、シールリップと外輪の間の潤滑状態をより確実に流体潤滑状態とすることが可能となる。
【0020】
前記突起または油溝は、周方向に間隔をおいて複数設けると好ましい。
【0021】
このようにすると、シールリップと外輪の間に、全周にわたって潤滑油が浸入しやすくなり、より効果的にシールトルクを低減することが可能となる。また、軸受の温度上昇およびシールリップの吸着現象をより効果的に防止することが可能となる。
【0022】
前記突起の高さまたは前記油溝の深さは、10〜50μmとすると好ましい。
【0023】
突起の高さまたは油溝の深さを10μm以上とすることにより、シールリップと外輪の間に効果的に潤滑油を導入することができる。突起の高さまたは油溝の深さを50μm未満とすることにより、異物が、シールリップと外輪の間を通って軸受の内部に侵入するのを効果的に防止することができる。
【0024】
前記突起または油溝は、軸方向と平行な方向に対し斜めに延びるように形成すると好ましい。
【0025】
このようにすると、突起または油溝を、軸方向と平行に延びるように形成するよりも、突起または油溝の長さが長くなる。そのため、潤滑油がシールリップと外輪の間に入りやすくなり、より効果的にシールトルクを抑えることが可能となる。
【0026】
前記外輪は、
前記転動体が転がり接触する軌道溝と、前記軌道溝に近い側から遠い側に向かって大径となる段差部とを内周に有する外輪本体と、
前記外輪本体の段差部に装着され、前記突起または油溝を内周に有する金属リングとを有する構成とすると好ましい。
【0027】
このようにすると、前記突起または油溝の加工が容易であり、軸受の製造コストを低減することが可能となる。
【0028】
自動車のトランスミッションの回転軸を回転可能に支持する転がり軸受として、上記各構成のシール付軸受を使用すると特に好適である。
【発明の効果】
【0029】
この発明のシール付軸受は、シールリップの外輪に対する摺接部または外輪のシールリップに対する摺接部に、外輪とシールリップの摺動方向に対して交差する方向に延びる突起または油溝が設けられているので、シールリップの摺接部に油膜が形成されやすい。特に、シールリップを内輪に摺接させるのではなく、外輪に摺接させる構成としているので、シールリップの摺動速度を確保しやすく、軸受の回転数が低い状態においても、シールリップの摺接部に効果的に油膜を形成することが可能である。そのため、シールトルクを効果的に小さく抑えることが可能である。また、潤滑油がシールリップと外輪の間を通過することにより、シールリップと外輪の間の摩擦熱が放熱される。そのため、軸受の温度上昇を抑えることが可能であり、シールリップの吸着現象も生じにくい。
【発明を実施するための形態】
【0031】
図1に、この発明の第1実施形態にかかるシール付軸受1を示す。このシール付軸受1は、内輪2と、内輪2の径方向外側に内輪2と同軸に設けられた外輪3と、内輪2と外輪3の間に形成される環状空間4内に設けられた複数の玉5と、その複数の玉5の周方向の間隔を保持する保持器6と、環状空間4の両側の端部開口を塞ぐ一対のシール部材7とを有する。
【0032】
図2に示すように、シール部材7は、環状の芯金8の表面にゴム材9(例えばニトリルゴム)を加硫接着して形成された環状の部材である。シール部材7の外径側端部には、ゴム製のシールリップ10が設けられている。シールリップ10は、芯金8の径方向外端から径方向外側に延びるゴム材9の部分である。
【0033】
図1に示すように、内輪2の外周には、玉5が転走する軌道溝11と、シール溝12とが設けられている。軌道溝11は、内輪2の外周を周方向に延びるように形成されている。軌道溝11の内面には、玉5が転がり接触している。シール溝12は、軌道溝11を軸方向に挟む両側に設けられている。シール溝12は、内輪2の外周の軸方向端部を周方向に延びるように形成されている。シール溝12には、シール部材7の内径側端部が嵌め込んで固定されている。
【0034】
外輪3の内周には、玉5が転走する軌道溝13と、シール部材7のシールリップ10が摺接するシール摺接面14とが設けられている。軌道溝13は、外輪3の内周を周方向に延びるように形成されている。軌道溝13の内面には、玉5が転がり接触している。シール摺接面14は、軌道溝13を軸方向に挟む両側に設けられている。シール摺接面14は、外輪3の内周の軸方向端部を周方向に延びるように形成されている。シール摺接面14は、軌道溝13の溝肩の内径よりも径方向外方でシールリップ10と摺接するように溝肩よりも大径とされている。
【0035】
図2に示すように、シールリップ10の外輪3に対する摺接部には、突起15が設けられている。突起15は、シールリップ10の外周を、外輪3とシールリップ10の摺動方向(周方向)に対して交差する方向(ここでは軸方向と平行な方向)に延びるように形成されている。
【0036】
図3に示すように、突起15は、周方向に間隔をおいて複数設けられている。各突起15は、軸方向に直交する平面に沿った断面において、径方向外方に向かって凸の円弧状となるように形成されている。突起15の高さHは、10〜50μm(好ましくは10〜30μm)である。なお、図では突起15の高さHを誇張して示したが、実際の突起15の高さHは0.1mm未満の極めて微小なものである。
【0037】
図4に示すように、突起15の表面には、軸方向に直交する平面に沿った断面において、外輪3とシールリップ10の摺動方向(周方向)に対して傾斜した油案内面16が設けられ、この油案内面16と外輪3の間にくさび状隙間17が形成されている。くさび状隙間17は、シールリップ10の摺接部(ここでは突起15の先端)に向かって次第に狭まるくさび状の隙間である。そして、シール部材7と外輪3が相対回転したときに、周方向に隣り合う突起15同士の間に形成される隙間の内部の潤滑油Lが、油案内面16に沿ってくさび状隙間17の広大側から狭小側に誘導され、このとき潤滑油Lがシールリップ10と外輪3の間を半径方向に引き離す方向の圧力を発生し、これにより、シールリップ10の突起15の部分と外輪3との間の潤滑状態が流体潤滑状態となるようになっている。
【0038】
ここで、
図4に示すように、油案内面16は、軸方向に直交する平面に沿った断面形状が凸円弧状の湾曲面となるように形成すると好ましい。このようにすると、くさび状隙間17のくさび角度が広大側から狭小側に向かって次第に小さくなることから、シールリップ10と外輪3の間を半径方向に引き離す方向の圧力をより効果的に発生することが可能となり、シールリップ10の摺動部の潤滑状態を、より確実に流体潤滑状態とすることが可能となる。
図5に示すように、油案内面16は、軸方向に直交する平面に沿った断面形状が半径方向に対して傾斜した直線状となるように形成してもよい。
【0039】
上記のシール付軸受1は、
図18に示すように、自動車のトランスミッションの回転軸(ここでは入力軸30および出力軸31)を回転可能に支持する転がり軸受として使用することが可能である。
図18に示すトランスミッションは、エンジンの回転が入力される入力軸30と、入力軸30と平行に設けられた出力軸31と、入力軸30から出力軸31に回転を伝達する複数のギヤ列32
1〜32
4と、各ギヤ列32
1〜32
4と入力軸30または出力軸31との間に組み込まれた図示しないクラッチとを有し、そのクラッチを選択的に係合させることで使用するギヤ列32
1〜32
4を切り替え、これにより、入力軸30から出力軸31に伝達する回転の変速比を変化させるものである。出力軸31の回転は出力ギヤ33に出力され、その出力ギヤ33の回転がディファレンシャルギヤ等に伝達される。入力軸30と出力軸31は、それぞれシール付軸受1で回転可能に支持されている。また、このトランスミッションは、ギヤ33の回転に伴うトランスミッションオイルのはね掛けにより、又はハウジング34の内部に設けられたノズルからのトランスミッションオイルの噴射により、各シール付軸受1の側面にトランスミッションオイルが供給されるようになっている。
【0040】
この実施形態のシール付軸受1は、外部から供給される潤滑油(トランスミッションオイル)が、突起15に隣接して形成される隙間18(すなわち、周方向に隣り合う突起15同士の間に形成される隙間18、
図3参照)に入り込むため、シールリップ10と外輪3の間に潤滑油が浸入しやすく、シールリップ10の摺接部(ここでは
図3に示す突起15と外輪3の間)に油膜が形成されやすい。特に、シールリップ10を内輪2に摺接させるのではなく、外輪3に摺接させる構成としているので、シールリップ10の摺動速度を確保しやすく、軸受の回転数が低い状態においても、シールリップ10の摺接部に効果的に油膜を形成することが可能となっている。そのため、シールリップ10の摺接部の摩擦係数が低下し、シールトルクを小さく抑えることができる。
【0041】
また、このシール付軸受1は、外部から供給される潤滑油が、突起15に隣接して形成される隙間18を介して、シールリップ10と外輪3の間を通過することにより、シールリップ10と外輪3の間の摩擦熱が放熱される。そのため、軸受の温度上昇を抑えることが可能である。また、シールリップ10の摺接部に突起15が設けられているので、シールリップ10の吸着現象も防止することが可能となっている。
【0042】
また、このシール付軸受1は、
図4に示すように、軸受回転時に突起15の油案内面16に沿ってくさび状隙間17の広大側から狭小側に案内される潤滑油Lの圧力によって、シールリップ10と外輪3の間の潤滑状態が流体潤滑状態となるようにしている。そのため、シールリップ10の摺動部の摩擦を飛躍的に低減することが可能となり、シールトルクの大きさを極めて低く抑えることが可能となっている。特に、シールリップ10を内輪2に摺接させるのではなく、外輪3に摺接させる構成としているので、シールリップ10の摺動速度を確保しやすく、軸受の回転数が低い状態においても、効果的に流体潤滑状態を実現することが可能となっている。また、シールリップ10と外輪3の間の摩擦熱が発生しにくいため、潤滑油Lの温度上昇を効果的に抑制することが可能となっている。そのため、温度上昇による潤滑油Lの粘性低下が抑えられ、軸受回転時に、シールリップ10とシール摺接面14の間の潤滑状態を効果的に維持することが可能となっている。
【0043】
突起15は、シールリップ10の外周に1つだけ設けることも可能であるが、このシール付軸受1では、突起15をシールリップ10の外周に周方向に間隔をおいて複数設けているので、シールリップ10と外輪3の間に、全周にわたって潤滑油が浸入しやすくなり、より効果的にシールトルクを低減することが可能となっている。また、軸受の温度上昇およびシールリップ10の吸着現象をより効果的に防止することが可能となっている。
【0044】
このシール付軸受1は、
図3に示す突起15の高さHが10μm以上とされているので、シールリップ10と外輪3の間に効果的に潤滑油を導入することが可能である。また、突起15の高さHが50μm以下(好ましくは30μm以下)とされているので、異物がシールリップ10と外輪3の間を通って軸受の内部に侵入するのを効果的に防止することが可能となっている。
【0045】
上記実施形態では、自動車のトランスミッションの回転軸を回転可能に支持する転がり軸受として使用されるシール付軸受1を例に挙げて説明したが、この発明は、自動車のディファレンシャルギヤ、等速ジョイント、プロペラシャフト、ターボチャージャ、ハブ等の回転部や、工作機械、風力発電機の回転部に使用するシール付軸受1にも適用することが可能である。
【0046】
上記実施形態では、転動体として玉5を使用する形式の軸受を例に挙げて説明したが、この発明は、円筒ころまたは円すいころを転動体として使用する形式の軸受に適用してもよい。
【0047】
上記実施形態では、環状空間4の両側にシール部材7を設けたシール付軸受1を例に挙げて説明したが、シール部材7は、環状空間4の片側にのみ設けるようにしてもよい。
【0048】
図6〜
図9に、この発明の第2実施形態を示す。第1実施形態に対応する部分は同一の符号を付して説明を省略する。
【0049】
図7に示すように、外輪3のシールリップ10に対する摺接部には、油溝20が設けられている。油溝20は、外輪3の内周の軌道溝13の軸方向両側に形成されたシール摺接面14を、外輪3とシールリップ10の摺動方向(周方向)に対して交差する方向(ここでは軸方向と平行な方向)に延びるように形成されている(
図10参照)。
【0050】
図8に示すように、油溝20は、周方向に間隔をおいて複数設けられている。各油溝20は、軸方向に直交する平面に沿った断面において、径方向外方に向かって凸の円弧状となるように形成されている。油溝20の深さDは、10〜50μm(好ましくは10〜30μm)である。なお、図では油溝20の深さDを誇張して示したが、実際の油溝20の深さDは0.1mm未満の極めて微小なものである。
【0051】
図9に示すように、油溝20の内面には、外輪3の軸方向に直交する平面に沿った断面において、外輪3とシールリップ10の摺動方向(周方向)に対して傾斜した油案内面16が設けられ、この油案内面16とシールリップ10の間にくさび状隙間17が形成されている。くさび状隙間17は、シールリップ10の摺接部(ここでは、シールリップ10が外輪3の内周の油溝20以外の領域と接触している部分)に向かって次第に狭まるくさび状の隙間である。そして、シール部材7と外輪3が相対回転したときに、油溝20の内部の潤滑油Lが、油案内面16に沿ってくさび状隙間17の広大側から狭小側に誘導され、このとき潤滑油Lがシールリップ10と外輪3の間を半径方向に引き離す方向の圧力を発生し、これにより、シールリップ10と外輪3の油溝20以外の部分との間の潤滑状態が流体潤滑状態となるようになっている。
【0052】
ここで、
図9に示すように、油案内面16は、外輪3の軸方向に直交する平面に沿った断面形状が凸円弧状の湾曲面となるように形成すると好ましい。このようにすると、くさび状隙間17のくさび角度が広大側から狭小側に向かって次第に小さくなることから、シールリップ10と外輪3の間を半径方向に引き離す方向の圧力をより効果的に発生することが可能となり、シールリップ10の摺動部の潤滑状態を、より確実に流体潤滑状態とすることが可能となる。断面凸円弧状の油案内面16は、外輪3の内周のシール摺接面14に滑らかに接続している。
【0053】
第2実施形態のシール付軸受1は、外部から供給される潤滑油が油溝20に入り込むため、シールリップ10と外輪3の間に潤滑油が浸入しやすく、シールリップ10の摺接部(ここでは
図8に示すシールリップ10と外輪3の内周の油溝20以外の領域との間)に油膜が形成されやすい。特に、シールリップ10を内輪2に摺接させるのではなく、外輪3に摺接させる構成としているので、シールリップ10の摺動速度を確保しやすく、軸受の回転数が低い状態においても、シールリップ10の摺接部に効果的に油膜を形成することが可能となっている。そのため、シールリップ10の摺接部の摩擦係数が低下し、シールトルクを小さく抑えることができる。
【0054】
また、このシール付軸受1は、外部から供給される潤滑油が、油溝20を介して、シールリップ10と外輪3の間を通過することにより、シールリップ10と外輪3の間の摩擦熱が放熱される。そのため、軸受の温度上昇を抑えることが可能である。また、外輪3のシールリップ10に対する摺接部に油溝20が設けられているので、シールリップ10の吸着現象も防止することが可能となっている。
【0055】
油溝20は、外輪3の内周に1つだけ設けることも可能であるが、このシール付軸受1では、油溝20を外輪3の内周に周方向に間隔をおいて複数設けているので、シールリップ10と外輪3の間に、全周にわたって潤滑油が浸入しやすくなり、より効果的にシールトルクを低減することが可能となっている。また、軸受の温度上昇およびシールリップ10の吸着現象をより効果的に防止することが可能となっている。
【0056】
このシール付軸受1は、
図8に示す油溝20の深さDが10μm以上とされているので、シールリップ10と外輪3の間に効果的に潤滑油を導入することが可能である。また、油溝20の深さDが50μm以下(好ましくは30μm以下)とされているので、異物がシールリップ10と外輪3の間を通って軸受の内部に侵入するのを効果的に防止することが可能となっている。
【0057】
油溝20は、
図11、
図12に示すように、外輪3の軸方向と平行な方向に対し斜めに延びるように形成してもよい。このようにすると、
図10に示すように油溝20を外輪3の軸方向と平行に延びるように形成するよりも、油溝20の長さが長くなる。そのため、油溝20内の潤滑油がシールリップ10と外輪3の間に入りやすくなり、より効果的にシールトルクを抑えることが可能となる。なお、
図11は、油溝20を左右対称に設けた例を示し、
図12は、油溝20を左右とも同じ方向となるように設けた例を示す。
【0058】
また、
図11、
図12に示すように、油溝20を外輪3の軸方向と平行な方向に対し斜めに延びるように形成すると、その油溝20と長手方向に直交する断面形状が同一の油溝20を、
図10に示すように外輪3の軸方向と平行な方向に形成するよりも、外輪3の軸方向に直交する平面に沿った断面でのくさび状隙間17(
図9参照)のくさび角が小さくなるため、シールリップ10と外輪3の間を半径方向に引き離す方向の圧力をより効果的に発生することが可能となり、シールリップ10と外輪3の間の潤滑状態を、より確実に流体潤滑状態とすることが可能となる。
【0059】
図13に示すように、外輪3は、外輪本体3Aと金属リング3Bとを組み合わせて構成することができる。外輪本体3Aの内周には、玉5が転がり接触する軌道溝13と、軌道溝13に近い側から遠い側に向かって大径となる段差部19とが形成されている。金属リング3Bの内周には、油溝20が形成されている。油溝20は、金属リング3Bの内周に軸方向の一端から他端まで連続するように形成されている。金属リング3Bは、外輪本体3Aの段差部19に装着されている。このようにすると、金属リング3Bを外輪本体3Aに装着する前の状態で油溝20を加工することができるので、油溝20の加工が容易であり、軸受の製造コストを低減することが可能となる。金属リング3Bの材質は、例えば、鉄である。
【0060】
図14〜
図16に、この発明の第3実施形態を示す。第2実施形態に対応する部分は同一の符号を付して説明を省略する。
【0061】
図14に示すように、外輪3のシールリップ10に対する摺接部には、突起15が設けられている。突起15は、外輪3の内周に、外輪3とシールリップ10の摺動方向(周方向)に対して交差する方向(軸方向と平行な方向)に延びるように形成されている。
【0062】
図15に示すように、突起15は、周方向に間隔をおいて複数設けられている。各突起15は、軸方向に直交する平面に沿った断面において、径方向内方に向かって凸の円弧状となるように形成されている。突起15の高さHは、10〜50μm(好ましくは10〜30μm)である。なお、図では突起15の高さHを誇張して示したが、実際の突起15の高さHは0.1mm未満の極めて微小なものである。
【0063】
図16に示すように、突起15の表面には、軸方向に直交する平面に沿った断面において、外輪3とシールリップ10の摺動方向(周方向)に対して傾斜した油案内面16が設けられ、この油案内面16とシールリップ10の間にくさび状隙間17が形成されている。くさび状隙間17は、シールリップ10の摺接部(ここでは、シールリップ10が外輪3の突起15の先端と接触している部分)に向かって次第に狭まるくさび状の隙間である。そして、シール部材7と外輪3が相対回転したときに、周方向に隣り合う突起15同士の間に形成される隙間18の内部の潤滑油Lが、油案内面16に沿ってくさび状隙間17の広大側から狭小側に誘導され、このとき潤滑油Lがシールリップ10と外輪3の間を半径方向に引き離す方向の圧力を発生し、これにより、シールリップ10と外輪3の突起15の部分との間の潤滑状態が流体潤滑状態となるようになっている。
【0064】
ここで、
図16に示すように、油案内面16は、軸方向に直交する平面に沿った断面形状が凸円弧状の湾曲面となるように形成すると好ましい。このようにすると、くさび状隙間17のくさび角度が広大側から狭小側に向かって次第に小さくなることから、シールリップ10と外輪3の間を半径方向に引き離す方向の圧力をより効果的に発生することが可能となり、シールリップ10の摺動部の潤滑状態を、より確実に流体潤滑状態とすることが可能となる。
【0065】
第3実施形態のシール付軸受1は、外部から供給される潤滑油が、突起15に隣接して形成される隙間18(すなわち、周方向に隣り合う突起15同士の間に形成される隙間18、
図15参照)に入り込むため、シールリップ10と外輪3の間に潤滑油が浸入しやすく、シールリップ10の摺接部(ここでは
図15に示すシールリップ10と外輪3の内周の突起15との間)に油膜が形成されやすい。特に、シールリップ10を内輪2に摺接させるのではなく、外輪3に摺接させる構成としているので、シールリップ10の摺動速度を確保しやすく、軸受の回転数が低い状態においても、シールリップ10の摺接部に効果的に油膜を形成することが可能となっている。そのため、シールリップ10の摺接部の摩擦係数が低下し、シールトルクを小さく抑えることができる。
【0066】
また、このシール付軸受1は、外部から供給される潤滑油が、突起15に隣接して形成される隙間18を介して、シールリップ10と外輪3の間を通過することにより、シールリップ10と外輪3の間の摩擦熱が放熱される。そのため、軸受の温度上昇を抑えることが可能である。また、外輪3のシールリップ10に対する摺接部に突起15が設けられているので、シールリップ10の吸着現象も防止することが可能となっている。
【0067】
突起15は、外輪3の内周に1つだけ設けることも可能であるが、このシール付軸受1では、突起15を外輪3の内周に周方向に間隔をおいて複数設けているので、シールリップ10と外輪3の間に、全周にわたって潤滑油が浸入しやすくなり、より効果的にシールトルクを低減することが可能となっている。また、軸受の温度上昇およびシールリップ10の吸着現象をより効果的に防止することが可能となっている。
【0068】
このシール付軸受1は、突起15の高さHが10μm以上とされているので、シールリップ10と外輪3の間に効果的に潤滑油を導入することが可能である。また、突起15の高さHが50μm以下(好ましくは30μm以下)とされているので、異物がシールリップ10と外輪3の間を通って軸受の内部に侵入するのを効果的に防止することが可能となっている。
【0069】
突起15は、
図11、
図12に示す油溝20と同様に、外輪3の軸方向と平行な方向に対し斜めに延びるように形成してもよい。このようにすると、
図10に示す油溝20と同様に突起15を外輪3の軸方向と平行に延びるように形成するよりも、突起15の長さが長くなる。そのため、突起15に隣接して形成される隙間18内の潤滑油がシールリップ10と外輪3の間に入りやすくなり、より効果的にシールトルクを抑えることが可能となる。
【0070】
図17に示すように、外輪3は、外輪本体3Aと金属リング3Bとを組み合わせて構成することができる。外輪本体3Aの内周には、玉5が転がり接触する軌道溝13と、軌道溝13に近い側から遠い側に向かって大径となる段差部19とが形成されている。金属リング3Bの内周には、突起15が形成されている。金属リング3Bは、外輪本体3Aの段差部19に装着されている。このようにすると、金属リング3Bを外輪本体3Aに装着する前の状態で突起15を加工することができるので、突起15の加工が容易であり、軸受の製造コストを低減することが可能となる。
【0071】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。