(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
特許文献1では、基材上に、(0 0 1)配向が優先的であるα−Al
2O
3層等を設けることによって、切削工具の性能(例えば、耐摩耗性、耐欠損性等)を向上させている。しかしながら、切削工具がα−Al
2O
3層の耐摩耗性向上の恩恵を十分に享受するためには、これに並行してα−Al
2O
3層の耐欠損性の向上(特に、切削加工時におけるα−Al
2O
3層の界面(主面)に対して垂直な方向から被膜に作用する力への耐性の向上)も進めることが重要である。このような状況下、表面に被膜が設けられた切削工具の更なる改良が求められている。
【0007】
本開示は、上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた耐摩耗性を有し、且つ優れた耐欠損性を有する切削工具を提供することを目的とする。
[本開示の効果]
【0008】
上記によれば、優れた耐摩耗性を有し、且つ優れた耐欠損性を有する切削工具を提供することが可能になる。
【0009】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の一態様の内容を列記して説明する。
[1]本開示の一態様に係る切削工具は、
基材と、上記基材を被覆する被膜とを備える切削工具であって、
上記被膜は、α−Al
2O
3層を含み、
上記α−Al
2O
3層において、
下記式(1)で表される(0 0 12)面の配向性指数TC(0 0 12)が4以上8.5以下であり、
下記式(2)で表される(2 0 14)面の配向性指数TC(2 0 14)が0.5以上3以下であり、
上記配向性指数TC(0 0 12)と上記配向性指数TC(2 0 14)との合計が9以下である。
【数2】
式(1)及び式(2)中、I(h k l)は、(h k l)面においてXRD測定されたときに求められるX線回折強度を示し、
I
o(h k l)は、JCPDSカードの010−0173に示されているα−Al
2O
3の(h k l)面における標準強度を示し、
(h k l)面は、(0 1 2)面、(1 0 4)面、(1 1 0)面、(1 1 3)面、(0 2 4)面、(1 1 6)面、(3 0 0)面、(0 0 12)面及び(2 0 14)面の9面のいずれかを示す。
【0010】
上記切削工具は、上述のような構成を備えることによって、高い硬度を維持しながらα−Al
2O
3層の耐亀裂進展性が向上する。その結果、上記切削工具は、優れた耐摩耗性を有し、且つ優れた耐欠損性を有する。
【0011】
[2]上記配向性指数TC(2 0 14)は、1以上2.5以下であることが好ましい。このように規定することで耐欠損性が更に優れる切削工具となる。
【0012】
[3]上記α−Al
2O
3層の厚みが1μm以上20μm以下であることが好ましい。このように規定することで被膜と基材との密着力を良好に維持しつつ、耐摩耗性が更に優れる切削工具となる。
【0013】
[4]上記被膜は、上記基材と上記α−Al
2O
3層との間に設けられている中間層を更に含み、
上記中間層は、構成元素としてチタンを含む炭酸化物、炭窒酸化物又は硼窒化物を含むことが好ましい。このように規定することで耐摩耗性に加えて、上記基材と上記α−Al
2O
3層と間の密着力が更に優れる切削工具となる。
【0014】
[5]上記被膜の厚みが1μm以上30μm以下であることが好ましい。このように規定することで被膜と基材との密着力を良好に維持しつつ、耐摩耗性が更に優れる切削工具となる。
【0015】
[6]上記被膜は、上記α−Al
2O
3層上に形成されている最表面層を更に含むことが好ましい。このように規定することで耐摩耗性に加えて、被膜の識別性に優れる切削工具となる。
【0016】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、本開示の一実施形態(以下「本実施形態」と記す。)について説明する。ただし、本実施形態はこれらに限定されるものではない。なお以下の実施形態の説明に用いられる図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表わす。本明細書において「A〜B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。さらに、本明細書において、たとえば「TiN」等のように、構成元素の比が限定されていない化学式によって化合物が表された場合には、その化学式は従来公知のあらゆる組成(元素比)を含むものとする。このとき化学式は、化学量論組成のみならず、非化学量論組成も含むものとする。たとえば「TiN」の化学式には、化学量論組成「Ti
1N
1」のみならず、たとえば「Ti
1N
0.8」のような非化学量論組成も含まれる。このことは、「TiN」以外の化合物の記載についても同様である。
【0017】
≪表面被覆切削工具≫
本実施形態に係る切削工具は、
基材と、上記基材を被覆する被膜とを備える切削工具であって、
上記被膜は、α−Al
2O
3層を含み、
上記α−Al
2O
3層において、
上記式(1)で表される(0 0 12)面の配向性指数TC(0 0 12)が4以上8.5以下であり、
上記式(2)で表される(2 0 14)面の配向性指数TC(2 0 14)が0.5以上3以下であり、
上記配向性指数TC(0 0 12)と上記配向性指数TC(2 0 14)との合計が9以下である。
【0018】
本実施形態の表面被覆切削工具は、基材と、上記基材を被覆する被膜とを備える(以下、単に「切削工具」という場合がある。)。上記切削工具は、例えば、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ等であり得る。
【0019】
<基材>
本実施形態の基材は、この種の基材として従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。例えば、上記基材は、超硬合金(例えば、炭化タングステン(WC)基超硬合金、WCの他にCoを含む超硬合金、WCの他にCr、Ti、Ta、Nb等の炭窒化物を添加した超硬合金等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム等)、立方晶型窒化硼素焼結体(cBN焼結体)及びダイヤモンド焼結体からなる群から選ばれる1種を含むことが好ましい。
【0020】
これらの各種基材の中でも、特にWC基超硬合金、サーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。この理由は、これらの基材が特に高温における硬度と強度とのバランスに優れ、上記用途の切削工具の基材として優れた特性を有するためである。
【0021】
図1は切削工具の基材の一態様を例示する斜視図である。このような形状の切削工具は、旋削加工用刃先交換型切削チップとして用いられる。
【0022】
図1に示される基材11は、上面、下面及び4つの側面を含む表面を有しており、全体として、上下方向にやや薄い四角柱形状である。また、基材11には上下面を貫通する貫通孔が形成されており、4つの側面の境界部分においては、隣り合う側面同士が円弧面で繋がれている。
【0023】
上記基材11では、上面及び下面がすくい面1aを成し、4つの側面(及びこれらを相互に繋ぐ円弧面)が逃げ面1bを成し、すくい面1aと逃げ面1bとを繋ぐ円弧面が刃先部1cを成す。「すくい面」とは、被削材から削り取った切りくずをすくい出す面を意味する。「逃げ面」とは、その一部が被削材と接する面を意味する。刃先部は、切削工具の切れ刃を構成する部分に含まれる。
【0024】
上記切削工具が刃先交換型切削チップである場合、上記基材11は、チップブレーカーを有する形状も、有さない形状も含まれる。刃先部1cの形状は、シャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与した形状)、ネガランド(面取りをした形状)、ホーニングとネガランドを組み合わせた形状の中で、いずれの形状も含まれる。
【0025】
以上、基材11の形状及び各部の名称を、
図1を用いて説明したが、本実施形態に係る切削工具において、上記基材11に対応する形状及び各部の名称については、上記と同様の用語を用いることとする。すなわち、上記切削工具は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面及び上記逃げ面を繋ぐ刃先部とを有する。
【0026】
<被膜>
本実施形態に係る被膜は、上記基材上に設けられたα−Al
2O
3層を含む。「被膜」は、上記基材の少なくとも一部(例えば、上記すくい面の一部等)を被覆することで、切削工具における耐欠損性、耐摩耗性等の諸特性を向上させる作用を有するものである。上記被膜は、上記基材の一部に限らず上記基材の全面を被覆することが好ましい。しかしながら、上記基材の一部が上記被膜で被覆されていなかったり被膜の構成が部分的に異なっていたりしていたとしても本実施形態の範囲を逸脱するものではない。
【0027】
上記被膜は、その厚みが1μm以上30μm以下であることが好ましい。ここで、被膜の厚みとは、後述するα−Al
2O
3層、中間層、最表面層、及び他の層(例えば、下地層、硬質層)等の被膜を構成する層それぞれの厚みの総和を意味する。上記被膜の厚みは、例えば、上記切削工具の断面を光学顕微鏡を用いて倍率1000倍で測定することで測定可能である。具体的には、当該断面における任意の3点を測定し、測定された3点の厚みの平均値をとることで求めることが可能である。後述するα−Al
2O
3層、中間層、最表面層及び他の層それぞれの厚みを測定する場合も同様である。
【0028】
(α−Al
2O
3層)
本実施形態のα−Al
2O
3層は、α−Al
2O
3(結晶構造がα型である酸化アルミニウム)の結晶粒(以下、単に「結晶粒」という場合がある。)を含む。すなわち、上記α−Al
2O
3層は、多結晶のα−Al
2O
3を含む層である。
【0029】
上記α−Al
2O
3層は、本実施形態に係る切削工具が奏する効果を損なわない範囲において、不可避不純物が含まれていてもよい。
【0030】
上記α−Al
2O
3層は、本実施形態に係る切削工具が奏する効果を損なわない範囲において、上記基材の直上に設けられていてもよいし(例えば、
図2)、後述する下地層、硬質層、中間層等の他の層を介して上記基材の上に設けられていてもよい(例えば、
図5)。上記α−Al
2O
3層は、その上に最表面層等の他の層が設けられていてもよい(例えば、
図5)。また、上記α−Al
2O
3層は、上記被膜の最外層であってもよい。
【0031】
本実施形態において、α−Al
2O
3層は、その厚みが1μm以上20μm以下であることが好ましく、3μm以上10μm以下であることがより好ましい。これにより、耐摩耗性に更に優れるという効果を発揮することができる。当該厚みは、例えば、上述したような上記切削工具の断面を光学顕微鏡を用いて倍率1000倍で測定することで測定可能である。
【0032】
上記切削工具は、上記α−Al
2O
3層において、
上記式(1)で表される(0 0 12)面の配向性指数TC(0 0 12)が4以上8.5以下であり、
上記式(2)で表される(2 0 14)面の配向性指数TC(2 0 14)が0.5以上3以下であり、
上記配向性指数TC(0 0 12)と上記配向性指数TC(2 0 14)との合計が9以下である。
【0033】
上記式(1)及び上記式(2)中、I(h k l)は、(h k l)面においてXRD測定(X線回折測定)されたときに求められるX線回折強度を示す。ここで上記X線回折強度とは、XRD測定によって得られた回折チャートにおけるピークの高さを意味する。I
o(h k l)は、JCPDSカードの010−0173に示されているα−Al
2O
3の(h k l)面における標準強度を示す。(h k l)面は、(0 1 2)面、(1 0 4)面、(1 1 0)面、(1 1 3)面、(0 2 4)面、(1 1 6)面、(3 0 0)面、(0 0 12)面及び(2 0 14)面の9面のいずれかを示す。
【0034】
従来、α−Al
2O
3層は、(0 0 1)配向を有する結晶粒の含有割合が多いことが好ましいと考えられていた。すなわち、α−Al
2O
3層は、
図3に示すような(0 0 1)配向を有する結晶粒12a(柱状晶12a)からなることが理想的であると考えられていた。しかしながら、切削工具がα−Al
2O
3層の耐摩耗性向上の恩恵を十分に享受するためには、これに並行してα−Al
2O
3層の耐欠損性の向上(特に、切削加工時におけるα−Al
2O
3層の界面(主面)に対して垂直な方向から被膜に作用する力への耐性の向上)も進めることが重要である。
【0035】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行ったところ、(0 0 1)配向を有する結晶粒12a(柱状晶12a)同士の間に(2 0 14)配向を有する結晶粒12b(柱状晶12b)が所定の割合で存在することによって(例えば、
図4)、当該α−Al
2O
3層の界面に対して垂直な方向からの力に対する耐亀裂進展性が向上していることを初めて見いだした。また、本発明者らは、(0 0 1)配向を有する結晶粒12a及び(2 0 14)配向を有する結晶粒12bの存在割合と配向性指数との関係について検討したところ、(0 0 1)配向を有する結晶粒12a及び(2 0 14)配向を有する結晶粒12bの配向性指数は、(0 0 1)配向を有する結晶粒12a及び(2 0 14)配向を有する結晶粒12bの存在割合(体積比率)を反映する指標となること、上記式(1)で表される(0 0 12)面の配向性指数TC(0 0 12)が4以上8.5以下であり、上記式(2)で表される(2 0 14)面の配向性指数TC(2 0 14)が0.5以上3以下であることを見いだした。当該耐亀裂進展性が向上することによって、上記切削工具は、優れた耐摩耗性を有し、且つ優れた耐欠損性を有するものとなる。
【0036】
なお、本明細書において、結晶粒の配向性を議論する場合は、(0 0 12)面に対応する配向性は「(0 0 1)配向」と表現する。(0 0 12)面に対応する配向性と(0 0 1)面に対応する配向性とは同じであるためである。一方、配向性指数を議論する場合は、「TC(0 0 12)」等のように当該配向性指数に対応する結晶面のミラー指数で表記する。
【0037】
上記配向性指数TC(0 0 12)は、例えば以下の条件で行うXRD測定によって求めることが可能である。具体的には、上記α−Al
2O
3層における任意の1点について、X線回折測定を行い、上記式(1)に基づいて求められた(0 0 12)面の配向性指数を当該α−Al
2O
3層における配向性指数TC(0 0 12)とする。ただし、上述の「任意の1点」を選択するにあたり、一見して異常値を示す点は除外する。本実施形態において、上記α−Al
2O
3層は均一性が高いため、上記α−Al
2O
3層における複数の点について配向性指数TC(0 0 12)を求めても、有意差は見られないと本発明者らは考えている。配向性指数TC(2 0 14)も上記と同様の方法で求めることが可能である。なお、上記α−Al
2O
3層上に最表面層等が形成されている場合、上記最表面層等を研磨して上記α−Al
2O
3層を露出させてから、XRD測定を行うこととする。
【0038】
(X線回折測定の条件)
X線出力 45kV,200mA
X線源、波長 CuKα、1.541862Å
検出器 D/teX Ultra 250
スキャン軸 2θ/θ
長手制限スリット幅 2.0mm
スキャンモード CONTINUOUS
スキャンスピード 20°/min
【0039】
上記配向性指数TC(2 0 14)は、1以上2.5以下であることが好ましく、1.7以上2.2以下であることがより好ましい。
【0040】
上記配向性指数TC(0 0 12)は、4.5以上7.5以下であることが好ましく、5以上7.5以下であることがより好ましい。
【0041】
(中間層)
上記被膜は、上記基材と上記α−Al
2O
3層との間に設けられている中間層を更に含むことが好ましい。上記中間層は、構成元素としてチタン(Ti)を含む炭酸化物、炭窒酸化物又は硼窒化物を含むことが好ましい。これにより、被膜のα−Al
2O
3層の密着力が向上し、耐摩耗性の向上が効果的に得られる。本実施形態の一側面において、上記中間層は、構成元素としてTiを含む炭酸化物、炭窒酸化物及び硼窒化物からなる群より選ばれる1種の化合物からなることが好ましい。すなわち、上記中間層は、TiCO、TiCNO又はTiBNで表される化合物からなることが好ましい。上記中間層は、TiCNO層(TiCNOで表される化合物からなる層)であることが好ましい。
【0042】
上記中間層は、本実施形態に係る切削工具が奏する効果を損なわない範囲において、不可避不純物が含まれていてもよい。
【0043】
上記中間層は、その厚みが2μm以下であることが好ましく、0.5μm以上1.5μm以下であることがより好ましい。当該厚みは、例えば、上述したような上記切削工具の断面を光学顕微鏡を用いて倍率1000倍で測定することで測定可能である。
【0044】
(最表面層)
上記被膜は、上記α−Al
2O
3層上に形成されている最表面層を更に含むことが好ましい。このようにすることで耐摩耗性に加えて、被膜の識別性に優れる切削工具となる。上記最表面層は、TiC、TiN又はTiCNで表される化合物からなることが好ましい。上記最表面層がTiC、TiN又はTiCNで表される化合物からなることによって、被膜の靱性が向上する。
【0045】
上記最表面層は、本実施形態に係る切削工具が奏する効果を損なわない範囲において、不可避不純物が含まれていてもよい。
【0046】
上記最表面層は、その厚みが0.1μm以上2μm以下であることが好ましく、0.3μm以上0.6μm以下であることがより好ましい。当該厚みは、例えば、上述したような上記切削工具の断面を光学顕微鏡を用いて倍率1000倍で測定することで測定可能である。
【0047】
(他の層)
本実施形態の効果を損なわない範囲において、上記被膜は他の層を更に含んでいてもよい。他の層としては例えば、上記基材の直上に設けられている下地層、及び上記下地層と上記中間層との間に設けられている硬質層等が挙げられる。上記硬質層は、上記中間層と組成が異なっていてもよい。上記被膜は、上記下地層を含むことによって上記基材に対する密着性が向上する。上記下地層としては、例えばTiNからなる層が挙げられる。上記被膜は、上記硬質層を含むことによって耐摩耗性が更に向上する。上記硬質層としては、例えば、TiCNからなる層が挙げられる。
【0048】
≪表面被覆切削工具の製造方法≫
本実施形態に係る切削工具の製造方法は、
上記切削工具の製造方法であって、
上記基材を準備する工程(以下、「第一工程」という)と、
上記基材上にα−Al
2O
3の核を生成する工程(以下、「第二工程」という)と、
上記α−Al
2O
3の核からα−Al
2O
3の結晶を成長させる工程(以下、「第三工程」という)とを含み、
上記第二工程は、化学気相蒸着法により実行され、C
3H
8ガス及びH
2Sガスを含む原料ガスを供給することを含む。以下、各工程について説明する。
【0049】
<第一工程>
第一工程では、上記基材を準備する。上記基材としては、上述したようにこの種の基材として従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。上記基材を準備する方法としては、市販品を購入してもよいし、原料から製造してもよい。例えば、上記基材が超硬合金からなる場合、後述する実施例に記載の配合組成(質量%)からなる原料粉末を市販のアトライターを用いて均一に混合して、続いてこの混合粉末を所定の形状(例えば、住友電工ハードメタル株式会社製の型番CNMG120408N−UX)に加圧成形した後に、所定の焼結炉において1300〜1500℃以下で、1〜2時間焼結することにより、超硬合金からなる上記基材を得ることができる。なお、上述の「CNMG120408N−UX」は、旋削用の刃先交換型切削チップの形状である(例えば、
図1参照)。
【0050】
<第二工程>
第二工程では、上記基材上にα−Al
2O
3の核を生成する。上記第二工程は、化学気相蒸着法により実行され、C
3H
8ガス及びH
2Sガスを含む原料ガスを供給することを含む。
【0051】
ここで、「基材上にα−Al
2O
3の核を生成する」とは、上記基材の上側にα−Al
2O
3の核が生成されていればよい。言い換えると、α−Al
2O
3の核は、上記基材の直上に生成されていてもよいし、下地層、硬質層、中間層等の他の層を介して上記基材の上に生成されてもよい。
【0052】
上記基材上にα−Al
2O
3の核を生成する方法は、化学気相蒸着法(CVD法)により実行され、C
3H
8ガス及びH
2Sガスを含む原料ガスを供給することによって、α−Al
2O
3の核を生成する。すなわち、上記第二工程は、化学気相蒸着法により実行され、C
3H
8ガス及びH
2Sガスを含む原料ガスを供給することを含む。ここで、第二工程における「原料ガス」とは、α−Al
2O
3の核を生成するための原料ガスを意味する。
従来、被膜のα−Al
2O
3層以外の層において炭化物を生成する目的でC
3H
8ガスが使われていた。しかし、α−Al
2O
3層の配向性を制御する目的で、上記基材上にα−Al
2O
3の核を生成するときにC
3H
8ガスを用いることを見いだしたのは本発明者らが初めてである。上述のC
3H
8ガスは、生成相であるα−Al
2O
3の核の組成に変化を与えないことから、触媒として作用していると本発明者らは考えている。
【0053】
具体的には、まず原料ガスとしてCO
2、C
3H
8、HCl、AlCl
3、H
2S及びH
2を用いる。配合量は、例えば、CO
2を0.5〜2体積%、C
3H
8を0.1〜2体積%、HClを0.5〜4体積%、AlCl
3を5〜13体積%、H
2Sを0.1〜3体積%とし、残部はH
2とすることが挙げられる。
【0054】
第二工程における反応中の反応容器内の温度は、970℃〜1030℃であることが好ましい。
【0055】
第二工程における反応中の反応容器内の圧力は、80hPa〜150hPaであることが好ましい。
【0056】
第二工程における反応中の総ガス流量は、30L/min〜100L/minであることが好ましい。
第二工程における反応時間は、2分間〜60分間であることが好ましく、5分間〜40分間であることがより好ましい。
【0057】
<第三工程>
第三工程では、上記α−Al
2O
3の核からα−Al
2O
3の結晶を成長させる。上記α−Al
2O
3の核からα−Al
2O
3の結晶を成長させる方法は、CVD法により実行される。
【0058】
具体的には、まず原料ガスとしてCO
2、HCl、AlCl
3、H
2S及びH
2を用いる。配合量は、例えば、CO
2を0.5〜3体積%、HClを4〜6体積%、AlCl
3を5〜13体積%、H
2Sを0.1〜3体積%とし、残部はH
2とすることが挙げられる。
【0059】
第三工程における反応中の反応容器内の温度は、950℃〜1050℃であることが好ましい。
【0060】
第三工程における反応中の反応容器内の圧力は、10hPa〜80hPaであることが好ましい。
【0061】
第三工程における反応中の総ガス流量は、30L/min〜100L/minであることが好ましい。
第三工程における反応時間は、成膜するα−Al
2O
3層の厚みに応じて適宜変更することが可能である。
【0062】
<その他の工程>
本実施形態に係る製造方法では、上述した工程の他にも、本実施形態の効果を損なわない範囲で他の工程を適宜行ってもよい。
【0063】
本実施形態では上記第二工程の前に、上記基材上に下地層、硬質層又は中間層を形成する工程を含んでいてもよい。本実施形態では、上記第三工程の後に、上記α−Al
2O
3層上に最表面層を形成する工程を含んでいてもよい。
【0064】
上述の下地層、硬質層、中間層又は最表面層を形成する場合、従来の方法によってそれぞれの層を形成してもよい。
【0065】
以上の説明は、以下に付記する特徴を含む。
(付記1)
基材と、前記基材を被覆する被膜とを備える表面被覆切削工具であって、
前記被膜は、α−Al
2O
3層を含み、
前記α−Al
2O
3層において、
下記式(1)で表される(0 0 12)面の配向性指数TC(0 0 12)が4以上8.5以下であり、
下記式(2)で表される(2 0 14)面の配向性指数TC(2 0 14)が0.5以上3以下であり、
前記配向性指数TC(0 0 12)と前記配向性指数TC(2 0 14)との合計が9以下である、表面被覆切削工具。
【数3】
(式(1)及び式(2)中、I(h k l)は、(h k l)面においてXRD測定されたときに求められるX線回折強度を示し、
I
o(h k l)は、JCPDSカードの010−0173に示されているα−Al
2O
3の(h k l)面における標準強度を示し、
(h k l)面は、(0 1 2)面、(1 0 4)面、(1 1 0)面、(1 1 3)面、(0 2 4)面、(1 1 6)面、(3 0 0)面、(0 0 12)面及び(2 0 14)面の9面のいずれかを示す。)
(付記2)
前記配向性指数TC(2 0 14)は、1以上2.5以下である、付記1に記載の表面被覆切削工具。
(付記3)
前記α−Al
2O
3層は、その厚みが1μm以上20μm以下である、付記1又は付記2に記載の表面被覆切削工具。
(付記4)
前記被膜は、前記基材と前記α−Al
2O
3層との間に設けられている中間層を更に含み、
前記中間層は、構成元素としてTiを含む炭酸化物、炭窒酸化物又は硼窒化物を含む、付記1〜付記3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(付記5)
前記被膜は、その厚みが1μm以上30μm以下である、付記1〜付記4のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(付記6)
前記被膜は、前記α−Al
2O
3層上に形成されている最表面層を更に含む、付記1〜付記5のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【実施例】
【0066】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0067】
≪切削工具の作製≫
<基材の準備>
まず、第一工程として、被膜で被覆する基材を準備した。具体的には、以下の配合組成(質量%)からなる原料粉末を、市販のアトライターを用いて均一に混合して混合粉末を得た。
原料粉末の配合組成
Co 7質量%
Cr
3C
2 0.5質量%
NbC 3.5質量%
TaC 1.0質量%
WC 残部
【0068】
次に、この混合粉末を所定の形状(住友電工ハードメタル株式会社製の型番CNMG120408N−UX)に加圧成形した後に、得られた成形体を焼結炉に入れて1300〜1500℃で1〜2時間焼結することにより、超硬合金からなる基材を得た。「CNMG120408N−UX」は、旋削用の刃先交換型切削チップの形状である。
【0069】
<被膜の形成>
基材の表面上に、表4に示される下地層、硬質層、中間層、α−Al
2O
3層及び最表面層をこの順に形成することによって、基材の表面上に被膜を形成した。以下、被膜を構成する各層の作製方法について説明する。
【0070】
(下地層、硬質層及び中間層の形成)
表1に記載の成膜条件のもとで、表1に記載の組成を有する反応ガスを、基材の表面上に噴出して下地層、硬質層及び中間層をこの順に形成した。
【0071】
【表1】
【0072】
(α−Al
2O
3層の形成)
炉内圧力100hPa、反応温度1000℃、ガス流量70L/minの成膜条件のもとで、表2に記載の組成を有する反応ガスを、表2に記載の時間で中間層の表面上に噴出してα−Al
2O
3の核を生成した(第二工程)。なお、試料No.12では、上記第二工程に対応する処理を行わなかった。
【0073】
【表2】
【0074】
次に、炉内圧力35hPa、反応温度1000℃、ガス流量70L/minの成膜条件のもとで、以下に示す組成を有する反応ガスを、中間層上にある上記α−Al
2O
3の核に噴出して、α−Al
2O
3の結晶を成長させた(第三工程)。以上の手順によって、α−Al
2O
3層を形成した。
第三工程における反応ガス組成
CO
2 :2体積%
HCl :4体積%
AlCl
3:10体積%
H
2S :0.5体積%
H
2 :残り
【0075】
(最表面層の形成)
表3に記載の成膜条件のもとで、表3に記載の組成を有する反応ガスを、α−Al
2O
3層の表面上に噴出して最表面層を形成した。
【0076】
【表3】
【0077】
以上の手順で試料No.1〜12の切削工具を作製した。試料No.1〜6の切削工具が実施例に対応する。試料No.7〜12の切削工具が比較例に対応する。
【0078】
≪切削工具の特性評価≫
<配向性指数の測定>
上記のようにして作製した試料No.1〜12の切削工具を用いて、X線回折測定によって各切削工具のα−Al
2O
3層における各配向面の配向性指数を測定した。測定は以下の条件で行った。まず、上記α−Al
2O
3層上形成されている最表面層を研磨して上記α−Al
2O
3層を露出させた。次にα−Al
2O
3層における任意の1点をX線回折測定して各配向面の配向性指数を求めた。配向性指数TC(0 0 12)及び配向性指数TC(2 0 14)に着目した結果を表2に示す。なお、上記α−Al
2O
3層における複数の点について配向性指数TC(0 0 12)及び配向性指数TC(0 1 14)を求めたが、有意差は認められなかった。
【0079】
(X線回折測定の条件)
X線出力 45kV,200mA
X線源、波長 CuKα、1.541862Å
検出器 D/teX Ultra 250
スキャン軸 2θ/θ
長手制限スリット幅 2.0mm
スキャンモード CONTINUOUS
スキャンスピード 20°/min
【0080】
<被膜等の厚さの測定>
被膜、並びに、当該被膜を構成する下地層、硬質層、中間層、α−Al
2O
3層及び最表面層それぞれの厚みは、光学顕微鏡を用いて基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルから求めた。結果を表4に示す。
【0081】
【表4】
【0082】
≪切削試験≫
上記のようにして作製した試料No.1〜12の切削工具を用いて、以下の切削試験を行った。
【0083】
<耐摩耗性試験>
試料No.1〜12の切削工具について、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.2mmとなるまでの切削時間を測定し、工具寿命を評価した。その結果を表5に示す。切削時間が長いほど耐摩耗性に優れる切削工具として、長寿命化を実現することができる可能性が高いと評価することができる。
【0084】
(耐摩耗性試験の切削条件)
被削材 :S45C 丸棒
周速 : 280m/min
送り速度: 0.15mm/rev
切込み量: 1.0mm
切削液 : なし
【0085】
<耐欠損性試験>
試料No.1〜12の切削工具について、以下の切削条件により切削工具が欠損するまでの衝撃回数を測定し、工具寿命を評価した。切削工具が欠損しているかどうかの確認は、衝撃回数1000回ごとに行った。その結果を表5に示す。衝撃回数が多いほど耐欠損性に優れる切削工具として、長寿命化を実現することができる可能性が高いと評価することができる。
【0086】
(耐欠損性試験の切削条件)
被削材 :SCM440材 (8本の溝を有する)
周速 : 280m/min
送り速度: 0.2mm/rev
切込み量: 2.0mm
切削液 : なし
【0087】
【表5】
【0088】
上述の切削試験の結果から、α−Al
2O
3層における配向性指数TC(0 0 12)が4以上8.5以下であり、配向性指数TC(2 0 14)が0.5以上3以下である切削工具(試料No.1〜6)は、耐摩耗性試験における切削時間が50分以上であり、かつ耐欠損性試験における衝撃回数が20000回以上であることが分かった。一方、α−Al
2O
3層における配向性指数TC(2 0 14)が0.5未満である切削工具(試料No.7〜9及び12)は、耐欠損性試験における衝撃回数が16000回以下であった。また、α−Al
2O
3層における配向性指数TC(0 0 12)が4未満である切削工具(試料No.10及び11)は、耐摩耗性試験における切削時間が40分以下であり、かつ耐欠損性試験における衝撃回数が15000回以下であった。
以上の結果から、α−Al
2O
3層における配向性指数TC(0 0 12)が4以上8.5以下であり、配向性指数TC(2 0 14)が0.5以上3以下である切削工具は、耐摩耗性に優れ、かつ耐欠損性にも優れることが分かった。
【0089】
以上のように本発明の実施形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施形態および各実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0090】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
(0 0 12)面の配向性指数TC(0 0 12)が4以上8.5以下であり、(2 0 14)面の配向性指数TC(2 0 14)が0.5以上3以下であり、上記配向性指数TC(0 0 12)と上記配向性指数TC(2 0 14)との合計が9以下である、切削工具。