【文献】
Yoshihiro KANDA、Hitoshi MURAI,“Novel extraction method of the maximum variation-rate of State-of-Polarization vector from time-varying birefringence”,2016 Optical Fiber Communications Conference and Exhibition,米国,IEEE,2016年 3月20日,pp.1783-1785,(W2A.31.pdf)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した方法は、いずれも光ファイバから出力される光波の偏光状態の時間変化によって振動等による応力変動を検知する方法である。しかしながら、出力光波の偏光状態の時間変化は、振動によって変化する光ファイバの複屈折の固有軸の方向と、振動点へ入射される伝搬光の偏光状態の双方に依存する。一般に、光ファイバを伝搬する光波の偏光状態はランダムであり、光ファイバの複屈折の時間変化もこの光ファイバの振動の加わり方に依存する。
【0007】
この依存性のため、偏光状態の時間変化を観測するのみでは、例え等しい振動に対しても等しい結果が得られない。更に、光波が、光ファイバの複屈折に関する固有軸にカップリングするように入力された場合は、出力される光波の偏光状態は変化しない。したがって、出力される光波の偏光状態の時間変化観測するだけでは、光ファイバの振動に伴う光ファイバの複屈折の変化を常に捉えられるとは限らない。このことは,検知対象である異常な振動の見逃しや,誤検知につながる。
【0008】
また、上述の特許文献2に開示された変動位置検出方法によって振動位置の特定を実行する場合、ループ状の光ファイバを右回りした伝搬光の偏光状態と、左回りした伝搬光の偏光状態の双方の時間変化は、両伝搬光の偏光状態が異なるため、両者の偏光状態の時間変化の発生した時刻の差を読み取ることが困難な場合がある。すなわち、偏光状態の時間変化を与える時間波形が両者同一であれば、偏光状態の時間変化の発生した時刻は容易に確定されるが、両者の時間波形が異なれば、偏光状態の時間変化の発生時刻を特定することは難しく、光ファイバの複屈折の変動位置を特定することは困難となる。
【0009】
そこで、この発明の目的は、光ファイバを伝搬する伝搬光の偏光状態に依存せずに、光ファイバの振動に伴う複屈折の変化を捉えることが可能な、光ファイバセンサ装置及びこの装置を用いる振動位置特定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述の目的を達成するため、この発明の光ファイバセンサ装置は、プローブ光供給部、光ファイバセンサ部、及び偏光状態計測部を備えている。プローブ光供給部は、偏光の連続波光(CW光)を、時間の経過とともに互いに直交する偏光方向に交互にスイッチすることで偏波スイッチ光を生成して出力する。光ファイバセンサ部は、偏波スイッチ光が入力され、外部から局所的に加わる応力に応じた複屈折の変化をこの偏波スイッチ光に反映させた光波を出力するループ状の光ファイバを備えている。
【0011】
偏光状態計測部は、ループ状の光ファイバを右回り、及び左回りに伝搬して出力されるそれぞれの光波の偏光状態を観測する。そして、このループ状の光ファイバから出力される光波の偏光状態を与えるストークスベクトルs
out(t)の時間変化率ds
out(t)/dtと、このストークスベクトルs
out(t)との関係を規定する次式(1)で定義される角速度ベクトルω
bを、右回り及び左回りの光波に対してそれぞれ算出する。角速度ベクトルω
bは、ストークスベクトルs
out(t)の回転中心軸の向き及び回転角速度を与える。
【0012】
【数1】
【0013】
更に、ループ状の光ファイバを右回り及び左回りに伝搬して出力される、それぞれの光波に対するこの角速度ベクトルω
bの絶対値の時間変化の開始時刻の差から光ファイバの複屈折の変動位置を特定する。
【0014】
また、この発明の振動位置特定方法は、上述の光ファイバセンサ装置において、以下に示す偏波スイッチ光出力ステップと、偏光状態観測ステップと、角速度ベクトル算出ステップとを順次実行する方法である。
【0015】
偏波スイッチ光出力ステップは、偏光のCW光を、時間の経過とともに互いに直交する偏光方向に交互にスイッチすることによって偏波スイッチ光を生成して出力するステップである。
【0016】
偏光状態観測ステップは、偏波スイッチ光を2分岐して、ループ状の光ファイバを右回り、及び左回りに伝搬させて、このループ状の光ファイバから出力されるそれぞれの光波の偏光状態を観測するステップである。
【0017】
角速度ベクトル算出ステップは、光ファイバから出力されるそれぞれの光波の偏光状態を与えるストークスベクトルs
out(t)の時間変化率ds
out(t)/dtと、このストークスベクトルs
out(t)との関係を規定する上述の式(1)で定義される角速度ベクトルω
bを算出するステップである。
【0018】
振動位置特定方法は、更に、複屈折変動位置特定ステップを含むのが好適である。複屈折変動位置特定ステップは、ループ状の光ファイバを右回り及び左回りに伝搬して出力される、それぞれの光波に対するこの角速度ベクトルω
bの絶対値の時間変化の開始時刻の差から光ファイバの複屈折の変動位置を特定するステップである。
【発明の効果】
【0019】
角速度ベクトルω
bの絶対値の時間変化は、振動の発生箇所へ入力される光波の偏光状態には依存せず、光ファイバの複屈折性の時間変化に関する固有状態を表している。このため、光ファイバの複屈折の固有状態を再現性良く検出でき、ループ状の光ファイバを右回りして出力される光波の偏光状態と、左回りして出力される光波の偏光状態の双方の時間変化は等しい。角速度ベクトルω
bは、光ファイバの複屈折性の時間変化特性に関する固有の状態である。即ち、角速度ベクトルω
bは光ファイバ自身の性質なので、入射光の偏光状態に依存しない。このため、従来の偏光状態の時間変化率の様にランダムな入射偏光状態に依存せず、偏波状態の変化の原因そのものを定量化できる。この性質は、光ファイバ自身の特性なので、右回り光から求めても左回り光から求めても等しい結果が得られる。
【0020】
したがって、ループ状の光ファイバを右回りして出力される光波から求めた角速度ベクトルの絶対値が変化した時刻と、左回りして出力される光波から求めた角速度ベクトルの絶対値が変化した時刻を比較すれば、光ファイバの複屈折の変動位置を特定することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図を参照してこの発明の実施の形態につき説明する。なお、
図1はこの発明の光ファイバセンサ装置の一構成例を図示するものであり、この発明が理解できる程度に各構成要素の配置関係などを概略的に示しているに過ぎず、この発明を図示例に限定するものではない。また、以下の説明において、特定の素子および動作条件などを取り上げることがあるが、これら素子および動作条件は好適例の一つに過ぎず、この発明は何らこれらに限定されない。また、明細書における説明においてベクトル量を扱うが、ベクトル量を表す文字の上に付する右向き矢印は、混乱が生じない範囲で省略することがある。
【0023】
<光ファイバセンサ装置>
図1を参照して、光ファイバセンサ装置の実施形態について説明する。この光ファイバセンサ装置は、プローブ光供給部10、光ファイバセンサ部20、及び偏光状態計測部30を備えている。
【0024】
プローブ光供給部10は、時間に関して固定した任意の偏光のCW光を、時間の経過とともに互いに直交する偏光方向に交互にスイッチすることで偏波スイッチ光を生成して出力する。光ファイバセンサ部20は、この偏波スイッチ光が入力され、外部から局所的に加わる応力に応じた複屈折の変化に対応して、入力される光波の偏光状態の変化を反映した偏光状態の光波を出力するループ状の光ファイバ107を備えている。偏光状態計測部30は、ループ状の光ファイバ107を右回り及び左回りに伝搬して出力されるそれぞれの光波の偏光状態を観測する。
【0025】
プローブ光供給部10は、レーザ光源101、偏波スイッチ102、矩形波発生器103、及び光分岐器104を備えている。
【0026】
光ファイバセンサ部20は、第1光サーキュレータ105、第2光サーキュレータ106、及びループ状の光ファイバ107を備えている。ループ状の光ファイバ107は、フェンス等の被測定対象112に張り付けて固定されている。そして、この被測定対象112に振動が加わるとこの振動に連動してループ状の光ファイバ107の一部が振動する。この振動によってループ状の光ファイバ107の振動部分の複屈折の状態が変化する。
【0027】
偏光状態計測部30は、第1偏光計108、第2偏光計109、アナログ-デジタル(A/D)変換器110、及び角速度ベクトル算出器111を備えている。
【0028】
レーザ光源101はCW光を出力し、矩形波発生器103は矩形波電気信号を偏波スイッチ102に供給し、この偏波スイッチ102は、矩形波電気信号に同調して偏波スイッチ光を出力し、光分岐器104は偏波スイッチ光を2分岐して第1光サーキュレータ105と第2光サーキュレータ106とに供給する。
【0029】
偏波スイッチ102には、矩形波発生器103から出力される矩形波電気信号が印加されるので、レーザ光源101から出力されたCW光の偏光状態は、偏波スイッチ102に入力された後、この矩形波電気信号の時間周期で偏光方向が互いに直交する偏光状態に交互に切り替わる。これにより、偏波スイッチ102からは、CW光の偏光状態が時間の経過とともに互いに直交する2つの偏光状態に交互にスイッチされた偏波スイッチ光が出力される。
【0030】
偏波スイッチ102の直交する2偏光状態を交互にスイッチするスイッチング周期は、ループ状の光ファイバ107に対して想定される偏波変動に要する時間と比較して十分小さく設定する。
【0031】
矩形波発生器103から出力される電気信号は、矩形波であることが好ましいが、偏波スイッチ102に供給して偏波スイッチ102から時間の経過とともに、電気信号の時間周期の半分の時間間隔で互いに直交する2偏光状態に交互にスイッチすることを可能とする電気信号であれば、矩形波に限定されるものではない。
【0032】
偏波スイッチ102は、例えば、ニオブ酸リチウムを利用した偏波変調器を利用するのが好適であるが、偏光状態を時間の経過とともに互いに直交する2偏光状態に交互にスイッチできるデバイスであれば利用できる。例えば、電気光学効果を利用する偏波ローテ―タ、磁気光学効果を利用する偏波ローテータ、あるいは機械駆動式の1/2波長板を利用することもできる。
【0033】
第1及び第2光サーキュレータ(105、106)を介して、2分岐された偏波スイッチ光の一方はループ状の光ファイバ107を右回りに伝搬するように、他方は左回りに伝搬するように入力される。
【0034】
ループ状の光ファイバ107を右回りに出力される光波は、第2光サーキュレータ106を介して、第2偏光計109に入力されて、この光波のストークスパラメータが観測される。一方、ループ状の光ファイバ107を左回りに伝搬して出力される光波は、第1光サーキュレータ105を介して、第1偏光計108に入力されて、この光波のストークスパラメータが観測される。
【0035】
第1及び第2偏光計(108、109)で観測されたそれぞれの光波のストークスパラメータは、A/D変換器110でデジタル信号に変換されて、角速度ベクトル算出器111に入力される。角速度ベクトル算出器111は、第1及び第2偏光計(108、109)で観測されたストークスパラメータから、ループ状の光ファイバ107を右回り及び左回りした光波に対して、それぞれ角速度ベクトルω
bを算出する。
【0036】
第1及び第2偏光計(108、109)は、ストークスパラメータの時間依存性を観測できるものであればよく、その測定速度帯域はループ状の光ファイバ107のストークスベクトルの時間依存性の偏波変動速度に対してサンプリング定理(標本化定理)を満たしていればよい。
【0037】
角速度ベクトル算出器111としては、偏波スイッチ光のストークスパラメータの時間依存性から角速度ベクトルω
bを算出するための、ソフトウエアをインストールした市販のパーソナルコンピュータ(PC)を利用できる。
【0038】
<角速度ベクトル>
光ファイバセンサ装置の動作原理の説明に当たり、必要となる基本的概念である角速度ベクトルω
bについて説明する。
【0039】
光ファイバから出力される光波の偏光状態の時間発展は、非特許文献1(Y. Kanda and H. Murai, “Novel extraction method of the maximum variation-rate of State-of-Polarization vector from time-varying birefringence,”OFC2016, W2A.21) によれば、次式(1)で与えられる。
【0041】
ここで、s
out(t)は、光ファイバへ入力される任意の光波に対して、時刻tにおいてこの光ファイバから出力される光波の偏光状態を表す3行1列のストークスベクトルである。ここで、tは光ファイバの出力端において定義される時刻である。
【0042】
角速度ベクトルω
bは、複屈折の時間変化を反映する光ファイバ固有の特性であり、微小な時間幅dt内でストークスベクトルs
out(t)に、角速度ベクトルω
bの向きを中心とする回転を与える、3行1列の実ベクトルである。一方、光ファイバから出力される光波の偏光状態s
out(t)は、光ファイバに入力される光波の偏光状態に依存し、この偏光状態を表すストークスベクトルの先端は、ポアンカレ球面上のあらゆる点を通り得る。
【0043】
ここで、重要な点は、角速度ベクトルω
bは光ファイバの固有の複屈折の時間変化を示すものであり、入力される光波の偏光状態に依存しないことである。すなわち、光ファイバから出力される光波の偏光状態s
out(t)は、光ファイバに入力される光波の偏光状態に依存するのに対し、角速度ベクトルω
bは入力される光波の偏光状態に依存しないので、角速度ベクトルω
bを測定すれば、入力される光波の偏光状態に依存せずに光ファイバの固有の複屈折の時間変化を知ることができる。
【0044】
一般に、光ファイバを伝搬する伝搬光の偏光状態は、光ファイバの通過箇所ごとに異なる。そのためループ状の光ファイバ107内の振動発生箇所での、右回り伝搬光の偏光状態と、左回り伝搬光の偏光状態とは異なる。しかしながら、角速度ベクトルω
bで与えられる光ファイバの複屈折の固有状態は光ファイバ固有の特性であるから、この発明で利用するループ状の光ファイバ107で振動等による応力変動が生じても、ループ状の光ファイバ107を右回り及び左回りに伝搬して出力されるそれぞれの光波から算出された角速度ベクトルω
bは等しい時間変化特性となる。だだし、ループ状の光ファイバ107で振動等による応力変動が生じれば、右回り及び左回りに伝搬して出力されるそれぞれの光波から算出された角速度ベクトルω
bは、ループ状の光ファイバ107の複屈折の変動位置によって、時間変化の開始時刻に差が生じる。この時間変化の開始時刻差から、ループ状の光ファイバ107内の複屈折の変動位置が特定される。
【0045】
角速度ベクトルω
bは、ループ状の光ファイバ107の複屈折性を表す3行3列の回転行列R(t)を測定することによって求められる。ここで、ループ状の光ファイバ107から光波が出力される時刻tにおいて、このループ状の光ファイバ107へ入力される光波のストークスベクトルをs
in(t)とし、出力される光波のストークスベクトルをs
out(t)とする。また、ここでは、ループ状の光ファイバ107へ入力される光波の偏光状態は変動しないとする。
【0046】
ストークスベクトルをs
in(t)とs
out(t)との関係は、回転行列R(t)を用いて次式(2)で与えられる。
【0048】
式(2)の1次の時間微分係数は、次式(3)で与えられる。
【0050】
式(2)と式(3)から、次式(4)が得られる。
【0052】
ここで、†は随伴作用素を意味する。式(4)を式(3)の右辺に代入すると次式(5)が得られる。
【0054】
式(1)と式(5)を比較すれば、角速度ベクトル外積演算子表現「ω
b×」が次式(6)で与えられる。
【0056】
更に、角速度ベクトル外積演算子表現「ω
b×」を行列表現すれば、次式(7)で与えられる。
【0058】
ここで、角速度ベクトルω
bは、3行1列の縦ベクトルであり、次式(8)であらわされる。
【0060】
<角速度ベクトルの測定>
以上説明したように、回転行列R(t)の時間変化を測定すれば、式(6)及び式(7)から角速度ベクトルω
bが求められる。また、角速度ベクトルω
bの大きさを与える絶対値|ω
b|は、出力される光波のストークスベクトルs
out(t)の先端が、時間の経過とともにポアンカレ球面上に描く円の角速度(rad/s)と一致する。
【0061】
光ファイバへ入力される光波の偏光状態によって出力される光波のストークスベクトルs
out(t)の先端の位置が異なるので、s
out(t)のポアンカレ球上で描く円の半径も入力される光波の偏光状態に依存する。しかしながら、s
out(t)の先端が描く円の角速度は、円の半径によらず入力される光波の偏光状態に依存しない。このように、光ファイバそのものに備わった複屈折の固有状態を与える角速度ベクトルω
bを測定すれば、入力される光波の偏光状態に依存せずに、光ファイバの複屈折の時間変化を定量化できる。
【0062】
光ファイバから光波が出力される時刻tにおける回転行列R(t)の測定は互いに直交する2偏光状態に対して、それぞれ測定される光波の偏光状態から求めることができる。ただし、時間変化する回転行列R(t)に対し、瞬間に定義できる偏光状態は1つである。しかしながら、回転行列R(t)が定常とみなせる程度の短い時間間隔内で、入力される光波の偏光状態を2つの偏光状態にスイッチし、出力される光波の偏光状態をスイッチの周期で2つに分離すれば、互いに直交する2偏光状態に対してほとんど同時に光波の偏光状態が測定されたとみなすことができる。
【0063】
上述したように、偏波スイッチ102の直交する2偏光状態を交互にスイッチするスイッチング周期を、ループ状の光ファイバ107に対して想定される偏波変動に要する時間と比較して十分小さく設定すれば、互いに直交する2偏光状態に対してほとんど同時刻tで、ループ状の光ファイバ107から出力された光波の偏光状態が測定され、回転行列R(t)が求められたとみなすことができる。
【0064】
ここで、
図1を参照して、角速度ベクトルω
bの測定に当たり、この発明の光ファイバセンサ装置の操作手法について具体的に説明する。
【0065】
レーザ光源101を駆動し、矩形波発生器103を駆動すると、偏波スイッチ102から偏波スイッチ光が出力される。ここで、矩形波発生器103から偏波スイッチ102に供給される矩形波電気信号のピーク間電圧(V
pp)は、偏波スイッチ102から出力される光波の直交偏光軸間の位相差がπとなる印加電圧V
πの半分(V
pp=V
π/2)とする。すなわち、この条件を満たす矩形波電気信号を供給して偏波スイッチ102を駆動すれば、偏波スイッチ102から出力される光波は、矩形波電気信号の半分の時間周期ごとに、直交した偏光状態に交互にスイッチされる偏波スイッチ光となる。
【0066】
矩形波発生器103が偏波スイッチ102に供給する矩形波電気信号の周波数は、ループ状の光ファイバ107から出力される光波の偏光状態の時間変化率の2倍以上であることが望ましい。ここで、偏光状態の時間変化率とは、出力光波の偏光状態s
out(t)に対して、その時間微分ds
out(t)/dtの絶対値であらわされる物理量である。
【0067】
偏波スイッチ102から出力される偏波スイッチ光は、光分岐器104で2分岐されて、一方は、ループ状の光ファイバ107を右回りに伝搬して第2光サーキュレータ106を介して第2偏光計109に入力され、他方は、ループ状の光ファイバ107を左回りに伝搬して第1光サーキュレータ105を介して第1偏光計108に入力される。第1及び第2偏光計(108,109)からの出力は、A/D変換器110によってデジタル信号変換された後、角速度ベクトル算出器111に入力される。
【0068】
ここで、A/D変換器110の標本化周波数は、矩形波発生器103で発生される矩形波電気信号に対して、標本化定理を満たす周波数であればよい。標本化定理とは、アナログ信号をデジタル信号へと変換する際に、どの程度の間隔で標本化(サンプリング)すればよいかを定量的に示す定理である。例えば、矩形波発生器103で発生される矩形波電気信号の周波数を100 Hzとすると、その10倍の1 kS/s程度のA/D変換器を利用すれば、矩形状の波形を十分に再現できる。ここで、kS/sは、1秒あたりに取得する標本化点数を意味する。
【0069】
<実験による検証>
図2(a)〜(d)を参照して、ループ状の光ファイバ107のいずれかの箇所に振動を加え、第2偏光計109で観測されるストークスパラメータ(S
1, S
2, S
3)の時間変化を、A/D変換器110でデジタル信号に変換した後、角速度ベクトル算出器111に入力して観測した実験結果について説明する。
【0070】
ここでは、矩形波発生器103で発生される矩形波電気信号の周波数は、100 Hz、A/D変換器110の標本化周波数は、1.22 kHzとした。また、
図2(a)〜(c)において、横軸は時間をms単位で目盛って示し、縦軸はストークスパラメータの大きさを示している。
【0071】
図2(a)はループ状の光ファイバ107を右回りして出力された光波の偏光状態の時間変化を示す図であり、
図2(b)は800 ms〜1000 msの範囲のストークスパラメータの変化を拡大して示すグラフである。
図2(a)、(b)に示すように、第2偏光計109で観測されるストークスパラメータは、矩形波発生器103で発生される矩形波電気信号の時間周期(矩形波の周波数が100 Hzの場合、10 ms)の半分でスイッチされる。矩形波発生器103で発生される矩形波電気信号の半周期ごとに対応させてストークスパラメータを取り出せば、互いに直交する2偏光成分ごとにストークスパラメータを分離することができる。
【0072】
図2(c)は、矩形波電気信号の半周期ごとにストークスパラメータを、互いに直交する2偏光成分ごとにストークスパラメータを分離して、一方の成分であるストークスベクトルt
1を実線で、他方の成分であるストークスベクトルt
aを破線で示している。
【0073】
図2(d)は、互いに直交する2偏光状態を表すストークスベクトルt
1、t
aの先端の時間変化の軌跡をポアンカレ球上に示した図である。
図2(d)において、ストークスベクトルt
1の軌跡を実線で示し、ストークスベクトルt
aの軌跡を破線で示してある。
【0074】
ここで、ストークスベクトルt
1、t
aのそれぞれを、次式(9a)、(9b)に示すように、ベクトル成分表記することとし、
t
1=(t
11, t
12, t
13)
T (9a)
t
a=(t
a1, t
a2, t
a3)
T (9b)
新たに2つのベクトルt
2、t
3をそれぞれ、次式(10a)、(10b)に示すように定義する。
t
2=t
3×t
1=(t
21, t
22, t
23)
T (10a)
t
3=t
1×t
a=(t
31, t
32, t
33)
T (10b)
なお、ストークスベクトルt
1、t
a、t
2、t
3は、いずれもその絶対値が1になるように規格化されている。
【0075】
非特許文献2(R. M. Jopson, L. E. Nelson, and H. Kogelnik, “Measurement of Second-Order Polarization-Mode Dispersion Vectors in Optical Fibers,” IEEE Photonics Technology Letters, vol. 11, No. 9, (1999), pp. 1153-1155)によれば、ベクトルt
1、ベクトルt
2、ベクトルt
3を用いて、回転行列R(t)は次式(11)及び(12)と表すことができる。
【0078】
回転行列R(t)はミューラー行列であり、一般にミューラー行列は、4行4列の行列であるが、ここでは、1行目の成分と1列目の成分を除く残りの3行3列の行列として扱う。この回転行列R(t)を、ストークスベクトルt
1、t
aの時間変化から求めれば、上述した式(6)及び(7)より時間経過に対する角速度ベクトルω
bの時間変化を求めることができる。
【0079】
以上、ループ状の光ファイバ107を右回りに伝搬して出力される光波から角速度ベクトルω
bを求める方法について説明したが、左回りに伝搬して出力される光波からも同様に角速度ベクトルω
bを求めることができる。ここで、重要な点は、ループ状の光ファイバ107の複屈折性を表す回転行列R(t)は、右回り左回りに依存せず等しく、回転行列R(t)から求められる角速度ベクトルω
bの時間変化は、右回り、左回りに関係なく原理上等しいことである。
【0080】
図3を参照して、ループ状の光ファイバ107に振動を与えて、右回り及び左回りに伝搬して出力された光波から、それぞれ求められた角速度ベクトルω
bの絶対値の時間変化の一例を説明する。
図3の横軸は時間をms単位で目盛って示してあり、縦軸は角速度ベクトルの絶対値|ω
b|(rad/s)を任意スケールで目盛って示してある。
図3において、右回り及び左回りに伝搬して出力される光波から得られた角速度ベクトルの絶対値の時間変化を、右回りは実線で、左回りは破線で示してある。
【0081】
図3に示すように、右回り及び左回りに伝搬して出力された光波から求められた角速度ベクトルの絶対値の時間変化を与える曲線はほぼ重なり同一であることが読み取れる。
【0082】
ループ状の光ファイバ107の振動が加わった位置は、右回り、左回りにそれぞれ伝搬して出力された光波から求められた角速度ベクトルの絶対値の時間変化から、振動開始時刻を比較することで特定される。例えば、ループ状の光ファイバ107の全長が、1 kmであった場合、右回り、左回りのそれぞれに対応する角速度ベクトルの絶対値の時間変化を与える曲線の、振動を意味する変化開始時刻が等しければ、ループ状の光ファイバ107を伝搬する伝搬光が振動の影響を受けた後、右回りと左回りとで等しい距離伝搬して出力されたと考えられ、ループ状の光ファイバ107の中間位置で振動が発生したと解釈できる。
【0083】
一方、一例として、ループ状の光ファイバ107の0 m地点を第1光サーキュレータ105とループ状の光ファイバ107の接続点とし、1 km地点を第2光サーキュレータ106とループ状の光ファイバ107の接続点として、250 m地点で振動が加わったとする場合を取り上げる。この場合は、ループ状の光ファイバ107を伝搬光が1 m伝搬するのに5 ns要することから、左回りに対応する角速度ベクトルの絶対値の時間変化の開始時刻は、右回りに対応する開始時刻より2.5μs早い。すなわち、右回り、左回りに対応する角速度ベクトルの絶対値の時間変化の開始時刻の差異から、振動発生地点を特定できる。
【0084】
これは、光ファイバ自身の性質である角速度ベクトルの時間変化の様子は、右回り伝搬光から求めても左回り伝搬光から求めても等しいことを利用している。即ち、両者から求めた等しい角速度ベクトルの大きさの時間変化を表す波形の振動開始時刻の差から、光ファイバの複屈折の変動位置を特定することが可能となる。
【0085】
<振動位置特定方法>
図1に示す光ファイバセンサ装置によって、複屈折変動位置を特定するには、以下の4つのステップを実行する。
【0086】
偏波スイッチ光出力ステップ:
レーザ光源101から出力されるCW光を偏波スイッチ102に入力し、偏波スイッチ102から矩形波電気信号に同期させて、CW光の偏光状態を時間の経過とともに互いに直交する2偏光状態に交互にスイッチして偏波スイッチ光を出力する。
【0087】
偏光状態観測ステップ:
偏波スイッチ光を光分岐器104で2分岐して、ループ状の光ファイバ107を右回り及び左回りに伝搬させて、このループ状の光ファイバ107から出力されるそれぞれの光波の偏光状態を、偏光状態計測部30が備える第1及び第2偏光計(108、109)で観測する。ここで観測されるのは、のストークスパラメータ(S
1, S
2, S
3)である。
【0088】
角速度ベクトル算出ステップ:
ループ状の光ファイバ107を右回り及び左回りに伝搬して出力されるそれぞれの光波の偏光状態の時間変化から、角速度ベクトルω
bを算出する。角速度ベクトルω
bは、偏光状態計測部30が備える角速度ベクトル算出器111で算出される。ここで、角速度ベクトルω
bは、上述した式(8)で示したように(ω
b1, ω
b2, ω
b3)
Tとすれば、角速度ベクトルの外積演算子表現「ω
b×」は、上述した式(7)で与えられる。
【0089】
複屈折変動位置特定ステップ:
ループ状の光ファイバ107を、右回り及び左回りに伝搬して出力されるそれぞれの光波に対する角速度ベクトルω
bの絶対値の時間変化の開始時刻の差から光ファイバの複屈折の変動位置を特定する。
【0090】
複屈折の変動位置の特定方法の複屈折変動位置特定ステップとしては、上述の複屈折変動位置特定ステップ以外にも考え得る。例えば、ループ状の光ファイバ107を右回りあるいは左回りの一方向だけの観測とし、その代わり、偏波スイッチ光を断続的に一定間隔でパルス状に入力させ、ループ状の光ファイバ107への入力時刻と出力光波の偏光状態が変化した時刻との差を計測することでも位置を特定できる。すなわち、角速度ベクトルω
bが求められることが重要である。角速度ベクトルω
bが求められれば、上述の複屈折変動位置特定ステップ以外のステップを利用するにしても、ループ状の光ファイバ107を伝搬する伝搬光の偏光状態に依存せずに、複屈折の変動位置を確定できる。
【0091】
<効果>
既に説明したように、特許文献1に開示された侵入検出装置、特許文献2に開示された光ファイバセンサによる変動位置検出方法のいずれも、光ファイバから出力されるそれぞれの光波の偏光状態を与えるストークスベクトルs
out(t)の時間変化に基づいて振動等の探知が行われている。しかしながら、ストークスベクトルs
out(t)の時間変化は、原理的に検出すべき箇所を通過するプローブ光の偏光状態に依存する。このため、ストークスベクトルs
out(t)の時間変化を検知して行う検出方法は、再現性に乏しい。
【0092】
また、特許文献2に開示された光ファイバセンサによる変動位置検出方法で取られている手法では、ループ状の光ファイバを互いに逆方向に伝搬するプローブ光の、それぞれのストークスベクトルs
out(t)の時間変化の発生時刻差から、変動位置の特定が行われている。
【0093】
しかしながら、以下、
図4を参照して説明するように、ループ状の光ファイバを互いに逆方向に伝搬するプローブ光の、それぞれのストークスベクトルs
out(t)の時間変化は、互いに異なったものである。そのため、異なる時間変化曲線を比較して、ループ状の光ファイバ内で発生する複屈折の変化を反映する時間変化箇所を特定することには、困難が伴う。以下、この点について具体的に説明する。
【0094】
図4は、ループ状の光ファイバ107を、右回り及び左回りして出力された光波の偏光状態を表すストークスベクトルs
out(t)の時間変化率ds
out(t)/dtの大きさの時間変化を示している。横軸は時間をミリ秒(ms)単位で目盛って示してあり、縦軸は、右回り及び左回りに伝搬して出力される光波の偏光状態を表すストークスベクトルの時間変化率ds
out(t)/dtの大きさ、及び右回り伝搬して出力される光波から得られた角速度ベクトルの絶対値|ω
b|(rad/s)の時間変化を示している。太い実線aで右回りに伝搬して出力された光波のストークスベクトルの時間変化率の大きさを、破線bで左回りに伝播した光波のストークスベクトルの時間変化率の大きさを示している。また、比較のため、右回りに伝搬した光波の角速度ベクトルの絶対値の時間変化を細い実線cで示している。
【0095】
太い実線aと破線bを比較すれば明らかなように、右回りの光波と左回りの光波の偏光状態を表すストークスベクトルの時間変化率の大きさの時間変化を与える曲線は大きく異なる。そのため、太い実線aと破線bを比較して、ループ状の光ファイバ内で局所的に発生する複屈折の変化を反映する時間変化箇所を特定することは困難であることが明らかである。
【0096】
また、ループ状の光ファイバから出力された光波の偏光状態を表すストークスベクトルの時間変化率の大きさの時間変化によって振動等による応力変動を検知する方法には、たまたま入力される光波が、光ファイバの複屈折に関する固有軸にカップリングする偏光状態で入力された場合は、出力される光波の偏光状態は時間変化しないという問題もある。この場合には、振動に伴う複屈折の変化が生じても、ストークスベクトルの時間変化率の大きさの時間変化を与える曲線に変化は現れない。
【0097】
したがって、特許文献1、2に開示されているような、ストークスベクトルの時間変化に基づいて振動等の探知が行われる従来の方法では、振動の見逃しや誤報が発生する可能性がある。
【0098】
これに対して、
図3を参照して上述したように、ループ状の光ファイバ107の複屈折性を表す回転行列R(t)は、右回り、左回りに依存せず等しく、回転行列R(t)から求められる角速度ベクトルω
bの絶対値の時間変化は、右回り、左回りに関係なく原理上等しい。このため、ループ状の光ファイバ107を右回り及び左回りに伝搬して出力されるそれぞれの光波に対するこの角速度ベクトルω
bの絶対値の時間変化の開始時刻を厳密に比較することができ、その時刻差から複屈折の変動位置を精度良く求めることが可能となる。
【0099】
すなわち、この発明の光ファイバセンサ装置、及びこの装置を利用する振動位置特定方法によれば、光ファイバの固有の複屈折を示す角速度ベクトルの時間変化を測定対象にしているので、入力される光波の偏光状態に依存せずに、振動等の探知が実行される。