【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ・ウェブサイトのアドレス https://kaigi.org/jsai/webprogram/2016/session−188.html https://kaigi.org/jsai/webprogram/2016/pdf/917.pdf 掲載日 平成28年5月25日 ・集会名 2016年度人工知能学会全国大会(第30回) 開催日 平成28年6月6日 ・ウェブサイトのアドレス http://www.frontiersin.org/10.3389/conf.fninf.2016.20.00027/event_abstract 掲載日 平成28年7月18日 ・集会名 INCF Neuroinformatics 2016,Meadow Suite 開催日 平成28年9月3日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記畳み込み部は、前記空白点を避けつつ前記計測点と重なるように、予め規定された複数点分ずつ、前記計測データの仮想の配列面に沿って前記フィルタを移動させる請求項1又は2に記載の生体情報解析装置。
前記畳み込み部は、十字状の前記フィルタが前記空白点を避けつつ前記計測点と重なるように、前記計測データの仮想の配列面に沿って前記フィルタを二点分ずつ移動させる請求項4に記載の生体情報解析装置。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1及び
図2に示す本開示の一実施形態による信号処理装置20は、車両に搭載され、脳機能計測装置10及び複数の車載機器60等と共に車載システム100を構成している。車載システム100は、例えば運転者等の車両のユーザUの脳信号を読み取り、車載機器60を制御するブレインマシンインターフェース(Brain Machine Interface)として機能可能である。
【0013】
脳機能計測装置10は、被験者としてのユーザUに装着される。脳機能計測装置10は、近赤外脳機能計測法(functional Near InfraRed Spectroscopy,fNIRS)を用いて、ユーザUの生体情報である脳の活動状態を計測する。詳記すると、脳機能計測装置10は、酸素化ヘモグロビン及び脱酸素化ヘモグロビンについて近赤外光の吸収スペクトルが互いに異なること利用し、酸素化ヘモグロビンの濃度変化を計測することで、血流量が増加して活性化している脳内の箇所を検出する。脳機能計測装置10は、有線又は無線によって信号処理装置20と通信可能に接続されており、ユーザUの脳活動の変化を計測した計測データInDを、信号処理装置20に提供する。脳機能計測装置10は、
図2及び
図3に示すように、ホルダ11、複数の送光プローブ12、複数の受光プローブ13、及びデータ処理部14を有している。
【0014】
ホルダ11は、全体として柔軟な素材で形成されている。ホルダ11は、ユーザUの頭部の形状に合わせて変形した状態で、ユーザUの頭部に装着される。ホルダ11は、複数の送光プローブ12及び複数の受光プローブ13を保持している。ホルダ11を平面上に展開すると、ホルダ11のうちで送光プローブ12及び受光プローブ13を保持する部分は、横長の矩形状に形成されている。
【0015】
複数の送光プローブ12及び複数の受光プローブ13は、ホルダ11に互い違いの配置で保持されている。互いに隣接する送光プローブ12及び受光プローブ13は、例えば30mm程度、それぞれ離されている。送光プローブ12は、生体を透過しやすい700〜900nmの波長の近赤外光を、ユーザUの頭部の表面へ向けて照射する。近赤外光は、大脳皮質でのヘモグロビンの吸収を受けつつ、脳内で散乱されながら受光プローブ13に到達する。受光プローブ13は、ユーザUの大脳皮質で吸収及び散乱を起こした近赤外光を集光する。
【0016】
データ処理部14は、各送光プローブ12による近赤外光の照射と、各受光プローブ13の受光による計測とを制御することにより、所定の時間間隔で計測データInDの生成を繰り返し、生成した計測データInDを信号処理装置20へ向けて逐次出力する。個々の計測データInDは、概ね正方形状に規定された多数のポイントを、縦横に二次元配列した形態とされている。計測データInDにおいて各送光プローブ12と各受光プローブ13との間には、ポイント一つ分の間隔が設けられている。
【0017】
データ処理部14は、各送光プローブ12のうちの一つから順に近赤外光を照射させ、近赤外光を照射した送光プローブ12に隣接する二つ〜四つの受光プローブ13にて、近赤外光を受光する。データ処理部14は、受光プローブ13により受光した光を光電子増倍管等によって電気信号に変換し、ユーザUの脳活動の状態を示す一つの計測値として取得する。データ処理部14は、取得した計測値を、計測データInDに規定された多数のポイントのうちで、近赤外光を照射元である送光プローブ12とその近赤外光を受光した受光プローブ13との間に位置するポイントに格納する。
【0018】
一方で、計測データInDの多数のポイントのうちで、送光プローブ12及び受光プローブ13が配置されるポイントには、計測値は割り当てられない。加えて、二つの送光プローブ12の間に位置するポイントにも、計測値は割り当てられない。その結果、一つの計測データInDは、計測値のある複数のポイント(以下、「計測点DP」)と計測値のない複数のポイント(以下、「空白点BP」)とが縦横に交互に配列されてなる形態とされる。このように、計測データInDの形態は、平面上に展開されたホルダ11の形状及び送光プローブ12及び受光プローブ13の配置に対応しており、空白点BPという欠損部分を不可避的に含む形態となっている。
【0019】
車載機器60は、
図1及び
図2に示すように、例えば空調制御装置61、ナビゲーション装置62、及びオーディオ装置63等の車両に搭載された電子機器である。空調制御装置61は、主に触感を通じてユーザUの状態を変化させる。ナビゲーション装置62及びオーディオ装置63は、それぞれ視覚及び聴覚を通じてユーザUの状態を変化させる。各車載機器60は、信号処理装置20と電気的に接続されており、信号処理装置20から入力される制御信号に従って種々の処理を実行可能である。
【0020】
信号処理装置20は、少なくとも一つのプロセッサ、RAM、記憶媒体、及び複数の入出力部等によって構成された処理回路21を有する電子制御装置である。処理回路21の記憶媒体は、例えばフラッシュメモリ又はハードディスクドライブ等の非遷移的実体的記録媒体(non-transitory tangible storage medium)である。記憶媒体には、ユーザUの生体情報を解析する生体情報解析プログラム等が記憶されている。生体情報解析プログラムの実行により、処理回路21には、状態推定器30及び機器制御器40等の機能ブロックが構築される。
【0021】
状態推定器30は、信号処理装置20の計測データInDに基づき、ユーザUの状態を推定する。状態推定器30は、例えば快及び不快といったユーザUの情動、ユーザUの覚醒度及び漫然度、並びに負荷の高低によるユーザUのストレス感等を識別する。状態推定器30は、データ取得部31、畳み込み部32、時系列結合部33、及び符号化部34を有している。
【0022】
データ取得部31は、ユーザUの脳の活動状態を示す生体情報として、信号処理装置20から出力される計測データInDを取得する。畳み込み部32は、データ取得部31によって繰り返し取得される計測データInDに対して、後述する畳み込み演算を個別に行う。畳み込み部32は、畳み込み演算によってユーザUの状態の識別に有効な空間的な特徴を、個々の計測データInDから抽出する。
【0023】
時系列結合部33は、畳み込み部32の演算結果に対して、ユーザUの状態識別に有効な時系列性を持った特徴を抽出する時系列結合演算を行う。時系列結合部33は、個々の計測データInDに基づく演算結果について、互いに対応する領域の算出値を、時間関係を保持したまま結合する。符号化部34は、時系列結合部33の出力に対して符号化演算を行うことで、予め設定された二つ以上の状態の中から、計測データInDの取得時刻におけるユーザUの状態を識別する。
【0024】
機器制御器40は、状態推定器30による識別結果に基づき、車載機器60を制御する。機器制御器40は、指令生成部41及び指令出力部42を有している。指令生成部41は、状態推定器30から識別結果を取得し、取得した識別結果に基づいて、車載機器60を制御する処理の要否を判定する。指令生成部41は、車載機器60の制御が必要と判定した場合、制御対象とする車載機器60と、車載機器60に対して実施する制御の具体的な内容とを決定する。指令出力部42は、指令生成部41の決定に基づき、指令生成部41にて選定された車載機器60へ向けて出力する制御信号を生成する。指令出力部42は、生成した制御信号を、指令生成部41にて選択された車載機器60へ向けて出力する。
【0025】
以上の信号処理装置20は、一例として、運転席周辺の空調環境をユーザUが不快に感じている場合に、空調機器の制御状態をユーザUが快適に感じるような状態に自動で調整する。このような信号処理装置20による機器制御処理の詳細を、
図4に基づき、
図2及び
図1を参照しつつ説明する。機器制御処理は、例えば車両に搭載された駆動用の機関がオン状態とされ、車両が走行可能な状態となったことに基づき、処理回路21によって開始される。
【0026】
S101では、信号処理装置20から脳活動の計測データInDを取得し、S102に進む。S101により、時系列の脳血流変化量の計測結果が取得される。S102では、直前のS101を含め、それまでに取得した計測データInDに基づく信号処理により、ユーザUの状態を識別し、S103に進む。空調を調整する機器制御の場合、S102では、現在の空調環境をユーザUが快適に感じているか否かを識別する。
【0027】
S103では、S102による識別結果に基づき、空調制御装置61を制御するか否かを判定する。S102による識別結果がユーザUの快適でない状態を示している場合、S103からS104に進む。S104では、空調制御装置61に設定されている温度、風向、及び風量等の設定値を調整する制御を実施し、S101に戻る。S101〜S104の繰り返しにより、ユーザUが快適と感じるようになるまで設定値の調整が継続される。
【0028】
一方、S102による識別結果がユーザUの快適な状態を示している場合、S105に進む。S105では、空調制御装置61における現在の設定値を維持し、S106に進む。S106では、ユーザUの快適な状態を示す直前の判定から、所定時間の経過を待機する。S106にて、所定時間が経過したと判定し場合、S107に進む。
【0029】
S107では、ユーザUの運転終了を推定するため、例えば機関が停止したか否かを判定する。S107にて、機関が作動状態にあると判定した場合には、S101に戻り、ユーザUが快適に感じるように空調を調整する制御を継続する。一方で、S107にて機関が停止されたと判定した場合、機器制御処理を終了する。
【0030】
以上の機器制御処理のS102にて実施される信号処理では、
図5に示すように、状態推定器30は、入力された一つの計測データInDに対し、畳み込み演算、時系列結合演算、及び符号化演算を順に実施することで、ユーザUの状態を識別する。こうした一連の信号処理の詳細を、
図5〜
図10に基づき、
図2を参照しつつ説明する。
【0031】
畳み込み部32にて実行される畳み込み演算では、
図5〜
図7に示すように、CNNからプーリング層を除いたモデルを用いて、特徴量が抽出される。畳み込み演算にて、畳み込み部32は、前処理を行っていない一つの計測データInDを入力データとし、計測値の計測された互いの位置関係を保持しつつ、状態識別に有効な空間的な特徴を自動抽出する。二次元状の形式であった計測データInDは、畳み込み演算により、時系列結合部33への入力に適した一次元の形式に変更される。
【0032】
畳み込み演算の初段(第一層)に用いられるフィルタFi1は、計測データInDの欠損箇所である空白点BPを避けつつ、計測点DPと重なる形状に規定されている。畳み込み部32には、多数(N
1個)のフィルタFi1が設定されている。各フィルタFi1の内容は、互いに異なっている。各フィルタFi1は、互いに同一の形状であって、十字状に予め規定されている。フィルタFi1において、十字の中央に位置するポイントは、計測データInDに適用されない開口点OPである。畳み込み部32は、フィルタFi1において開口点OPの外周を囲むように配置された四つのポイントを、計測点DPである四つのポイントに重ねていく。
【0033】
畳み込み部32は、各フィルタFi1を一つずつ順に、一つの計測データInDに適用する。畳み込み部32は、十字状の各フィルタFi1が空白点BPを避けつつ四つの計測点DPと重なるように、計測データInDの仮想の配列面に沿って、フィルタFi1を移動させる。畳み込み部32は、予め規定された複数点(二点)分ずつ、フィルタFi1を横(長手)方向に移動させながら、計測データInDに適用していく(
図7 丸付きの1→2→3→4参照)。畳み込み部32は、横方向の両縁部のうち一方(左側)から他方(右側)までフィルタFi1を適用し終えると、縦(下)方向にフィルタFi1を移動させる。そして畳み込み部32は、再びフィルタFi1を横方向に移動させつつ、計測データInDに適用していく(
図7 丸付きの5→6→7→8参照)。このときフィルタFi1は、縦方向にも複数点(二点)分ずつ移動される。尚、
図7では、二点差線によって記載された各ひし形が、移動される十字状のフィルタFi1に相当する。
【0034】
畳み込み部32は、一つの計測データInDに対して一つのフィルタFi1を適用することにより、一つの出力(特徴マップfm1)を生成する。こうした処理の繰り返しによって、複数のフィルタFi1が一つ一つの計測データInDに対して順に適用されることで、フィルタFi1の枚数と同一数の特徴マップfm1が生成される。第一層により生成される特徴マップfm1には、空白点BPは存在せず、全てのポイントには計測データInDに基づく値が割り当てられている。
【0035】
畳み込み部32は、初段のフィルタFi1によって抽出された特徴マップfm1に対して、二段目のフィルタFi2を適用することで、次層の特徴マップfm2を生成する。二段目(第二層)のフィルタFi2は、初段のフィルタFi1とは異なり、複数のポイントが縦横に配列された矩形状又は正方形状に規定されている。第二層の畳み込みでは、全ての特徴マップfm1にて互いに対応する領域に一つのフィルタFi2が適用されることで、特徴マップfm2の一つの値が算出される。畳み込み部32は、フィルタFi2を一点分ずつ横方向に移動させながら、全ての特徴マップfm1にフィルタFi2を適用していく処理により、一つの特徴マップfm2を生成する。畳み込み部32は、フィルタFi2の枚数と同一数の特徴マップfm2を生成する。
【0036】
時系列結合部33にて実行される時系列結合演算では、
図5及び
図8に示すように、RNN(Recurrent Neural Network)の一種であるLSTM(Long Short‐Term Memory)を用いて、特徴量が抽出される。時系列結合演算では、特定時刻(例えばt=2)に対して過去(t=1)となる中間層mlの出力(
図8 W参照)が、特定時刻の中間層mlに入力される。こうしたモデルにより、時系列結合部33は、連続する複数時刻の計測データInD毎に生成された各出力op1(
図6 特徴マップfm2等)を、時系列の関係を保持しつつ結合する。こうした時系列結合演算により、ユーザU(
図3参照)の状態識別に有効な時系列での特徴が自動抽出される。時系列結合演算では、一つの計測データInDに対し、複数の特徴値(1〜N)を含む演算結果op2が一つ生成される。
【0037】
符号化部34にて実行される符号化演算では、
図5及び
図9に示すように、時系列結合演算によって特徴量を抽出した各演算結果op2に基づき、ユーザUの状態が識別される。具体的に、符号化演算では、複数の特徴値を含む各演算結果op2を平均化する処理と、平均化した一つの出力op3を正規化する処理とが順に実施される。
【0038】
符号化部34は、平均化(Mean Pooling)処理により、時系列結合演算により抽出された特徴量である演算結果op2を平均化する。具体的には、異なる時刻の各演算結果op2に含まれた特徴値のうちで、対応する領域にある特徴値を一つずつ取得する。対応する領域とは、行列における位置が互いに同一の値を示している。符号化部34は、複数の演算結果op2から一つずつ取得した複数の特徴値について、平均値を計算する。こうした処理により、各演算結果op2と同一形式の出力op3が生成される。
【0039】
符号化部34は、活性化関数の一種であるSoftmax関数を用いて、平均化された特徴量である出力op3を正規化し、ユーザU(
図3参照)の状態を示す出力op4を生成する。Softmax関数の出力op4は、0以下の数値を複数含む行列である。各数値は、それぞれ予め設定された複数のユーザUの状態の一つと関連付けられている。即ち、各数値は、ユーザUの状態が関連付けられた状態である確率を示している。符号化部34は、出力op4の数値のうちで最も値の大きい一つと関連付けられた状態(
図9 ClassA参照)を、ユーザUの状態を示す識別結果とする。
【0040】
以上の畳み込み演算の各フィルタFi1,Fi2の重み、並びに時系列結合演算及び符号化処理の閾値等のパラメータは、学習器の最終の出力と教師信号との差異が小さくなるように、最適化アルゴリズムを用いて更新される。こうした機械学習により予め生成された各フィルタFi1,Fi2及び閾値等が信号処理装置20に格納されることで、車両における計測データInDからの特徴量の自動抽出が実現可能となる。また状態推定器30は、特定のユーザUについてさらに学習を進めることにより、各フィルタFi1,Fi2の重み等のパラメータを、特定のユーザUの状態識別に有効な内容に更新していくことが可能である。
【0041】
次に、ここまで説明した学習器は、脳活動に基づくユーザUの状態識別だけでなく、ユーザUにて活性を示している脳部位の推定にも用いることが可能である。以下、ユーザUに相当する被験者に課題を与えた場合に、その課題が影響を及ぼしている脳部位を上記の学習器を用いて推定する手法の詳細を説明する。
【0042】
被験者には、一時的に情報を保持する脳内のワーキングメモリを用いるN−back課題が与えられる。被験者は、所定時間のレスト(Rest)、所定時間のタスク(Task)、及び所定時間のレスト(Rest)を一つのセットとして、複数のセットを繰り返し行う。難易度の異なる2−backの課題と3−backの課題とが、被験者には与えられる。2−backの課題よりも3−backの課題の方が高負荷となる。よって、学習器によって正しく識別された場合、2−back課題の実施中では「ワーキングメモリが低負荷」となり、3−back課題の実施中では「ワーキングメモリが高負荷」となる。脳機能計測装置10の計測対象とされる範囲は、ワーキングメモリに関連する前頭前野を含むよう設定されている。
【0043】
このようなN−back課題を実施した多数の被験者の計測データInDがデータセットとして用いられ、学習器は、N−back課題の難易度の識別を行う。活性化した脳部位の推定のために、畳み込み演算の初段における八つの領域(
図7 丸付きの1〜8参照)のうち、一つの領域の値のみが後段の層に入力される。即ち、選択されない他の領域における畳み込みの出力値は、全て「0」とされる。
【0044】
以上により、N−back課題によって脳活動に違いの生じる脳部位に対応した領域が初段にて選択されている場合、難易度の識別率は高くなる。一方で、N−back課題によって脳活動に違いの生じ難い脳部位に対応した領域が初段にて選択されている場合、難易度の識別率は低くなる。こうした違いにより、N−back課題の難易度の影響する脳部位が推定可能となる。
【0045】
上記の推定の結果、N−back課題の難易度差に最も影響を受けた脳部位は、左脳の前頭前野背外側皮質(DLPFC)及び前部前頭前野(APFC)となる。DLPFCは、ワーキングメモリ課題や認知課題で活性化し、認知的制御の心的機能に関わることが知られている。APFCは、DLPFCと同様の活性化を示すことが知られている。よって学習器は、課題に関係した脳血流変化の特徴を計測データInDから抽出可能であると結論付けられる。
【0046】
さらに、時系列結合演算にて用いるLSTMの忘却ゲート(
図8参照)の値は、課題の難易度差が影響する脳部位の推定に有効である。詳記すると、課題の難易度によって影響を受け難い脳部位の計測値が畳み込み演算の初段に入力された場合、忘却ゲートの値の推移は、
図10に示す態様となる。具体的には、レストからタスクへと被験者の課題の実施状況が遷移しても、忘却ゲートの値は、概ね維持される。一方で、課題の難易度によって影響を受ける脳部位の計測値が畳み込み演算の初段に入力された場合、忘却ゲートの値の推移は、
図11に示す態様となる。即ち、レストからタスクへと被験者の課題の実施状況が遷移すると、忘却ゲートの値は、顕著に立ち上がる。以上のように、忘却ゲートの値を評価することにより、各脳部位(
図7 丸付きの1〜8参照)が、被験者の状態を識別するうえで注目すべき脳部位「ROI」であるか否かを推定できる。
【0047】
ここまで説明した本実施形態において、畳み込み演算の第一層に用いられるフィルタFi1は、空白点BPを避けつつ計測点DPと重なる形状に規定されている。故に、畳み込み演算の初段では、計測データInDに含まれる計測点DP及び空白点BPのうちで計測点DPに適確にフィルタFi1が重ねられる。こうして、各計測点DPに割り当てられた個々の計測値が選択的に後段の層に出力され、これら計測値から状態識別に有効な特徴が抽出される。以上のように、フィルタFi1の形状によって空白点BPが演算の対象から除外されれば、畳み込み演算における無駄な計算リソースの消費は、低減され得る。したがって、空白点BPが存在する計測データInDを効率的に処理して、ユーザUの状態を識別することが可能となる。
【0048】
加えて本実施形態のフィルタFi1の形状は、脳の状態を計測した計測データInDの空白点BPを避けるように最適化されている。加えて、フィルタFi1を計測データInDに適用する際の移動も、空白点BPを避けるように最適化されている。以上のように、脳の状態を示す計測データInDは、画像データのように二次元状に値が敷き詰められた形式とはなり難く、特殊な形態となり易い。故に、矩形状でない異形形状のフィルタFi1を複数点分移動させる手法を適用する対象として、脳の計測データInDから特徴量を抽出する畳み込み演算は、特に好適なのである。
【0049】
また本実施形態の計測データInDのように、計測点DPと空白点BPとが互い違いに配置されている場合、フィルタFi1を十字状に形成すれば、矩形状のフィルタを用いた場合と比較して、空白点BPへのフィルタFi1の適用が確実に低減される。加えて、十字状の中央が開口点OPであれば、フィルタFi1は、いっそう計測点DPのみに適用される形状となる。
【0050】
さらに本実施形態の畳み込み部32は、十字状のフィルタFi1が各計測点DPと適確に重なるように、フィルタFi1を計測データInDに対して二点分ずつ移動させる。故に、計測データInDの全体において、フィルタFi1は、概ね計測点DPのみに適用されて、計測値を抽出し得る。以上のように、計測点DPと空白点BPとが市松状に配置された計測データInDに対して十字状のフィルタFi1を用いれば、ユーザUの状態を識別する一連の演算は、いっそう効率的に処理される。
【0051】
加えて本実施形態では、フィルタFi1の形状を工夫することにより、計測データInDの形状を変更することなく、畳み込み演算の効率化が図られている。このように、計測データInDの形状が入力層で変形されていないため、ROIの推定に際して、活性化している脳の部位の特定が容易となる。以上のように、空白点BPを無くすように計測データInDを前処理しない手法は、ROIの推定に特に好適である。
【0052】
また本実施形態では、畳み込み演算に時系列結合演算が組み合わされる学習器の採用により、状態推定器30は、状態識別に有効な空間的な特徴量だけでなく、時間的な特徴量も鑑みて、ユーザUの状態を識別できる。以上により、状態推定器30は、計算リソースの消費を抑えつつ、識別の正確性をいっそう向上させることができる。
【0053】
さらに本実施形態の符号化演算では、時系列結合部演算の各演算結果op2を平均化した後に、Softmax関数による正規化の演算が実施されている。このような処理の順序であれば、平均化による情報の損失が防がれる。即ち、状態推定器30は、ユーザUの状態を予め設定された複数のうちの一つに確実に識別できる。
【0054】
尚、本実施形態では、ユーザUが「被験者」に相当し、符号化部34が「状態識別部」に相当し、信号処理装置20が「生体情報解析装置」に相当する。
【0055】
(他の実施形態)
以上、本開示による一実施形態について説明したが、本開示は、上記実施形態に限定して解釈されるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲内において種々の実施形態及び組み合わせに適用することができる。
【0056】
上記実施形態では、ユーザUの脳の状態を計測した計測データInDを識別する例について詳細に説明したが、学習器に入力される計測データは、脳の状態を示す計測データに限定されない。脳の状態とは異なる例えば体温等の生体情報を解析する学習器でも、上記のような異型のフィルタは使用可能である。また、fNIRS以外の計測方法を用いて計測された脳活動の計測データを解析する学習器にも、上記のような異型のフィルタは使用可能である。
【0057】
上記実施形態の畳み込み部は、フィルタFi1を横方向に二点分ずつ移動し終えると、当該フィルタFi1を縦方向に二点分移動させたうえで、再び横方向に二点分ずつ移動するスライド処理を行っていた(
図7参照)。しかし、フィルタのスライド処理の詳細は、適宜変更されてよい。
【0058】
一例として、
図12に示す変形例1では、フィルタFi1は、初段にて横方向に移動された後(丸付きの1→4参照)、初段の開始位置よりも下方向且つ右方向にそれぞれ一点ずつずれた位置から、再び横方向に移動される(丸付きの5→7参照)。そして、フィルタFi1は、初段の開始位置よりも下方向に二点分移動した位置から、再び横方向に移動される(丸付きの8→11参照)。以上のように、(6,10,15,11)、(7,11,16,12)、(8,12,17,13)の各範囲にもフィルタFi1を適用するスライド処理が実施可能である。尚、
図12では、二点差線によって記載された各縦長の楕円が、移動されるフィルタFi11に相当する。
【0059】
また、畳み込み演算の初段のフィルタの形状は、十字状に限定されない。例えば、
図13に示す変形例2のフィルタFi11のように、十字を縦方向に二つ組み合わせた形状が採用されてもよい。変形例2のフィルタFi11も、計測データInDに対して横方向に二点分ずつ移動される。以上のように、少なくとも一つの空白点を避けることができるような非矩形状であれば、フィルタの形状は適宜変更可能である。
【0060】
上記実施形態における初段のフィルタ形状は、学習器に入力される計測データの態様に合わせて、予め規定されていた。しかし、状態推定器は、データ取得部の取得する計測データの態様に合わせて、取得した計測データの空白点を避けるようにフィルタの形状を設定する形状設定部をさらに有していてもよい。
【0061】
上記実施形態の時系列結合演算では、LSTMが採用されていた。しかし、時系列の情報を含む計測データから時間的な特徴量を抽出可能であれば、LSTMとは異なるRNNが採用されてよい。また、符号化部にて実行される符号化演算として、複数の特徴値を含む各演算結果を平均化する処理に替えて、他の演算が実施されてもよい。一例として、符号化演算におけるプーリング層は、時系列結合演算の出力に含まれる複数の特徴値のうちで、対応する領域にある特徴値の最大値を出力するMax Poolingを行ってもよい。さらに、最終の出力層には、Softmax関数とは異なる関数が採用されてよい。以上のように、識別の目的や識別数に応じて、種々の符号化方法が採用可能である。
【0062】
上記実施形態の学習器は、全体として、二層の畳み込み層と、三層のLSTMと、それぞれ一層ずつのMean Pooling層及びSoftmax層との合計七層の構造とされていた。しかし、学習器の構造は、適宜変更可能である。例えば、畳み込み層及びLSTMの層は、それぞれさらに多層化された構造であってもよい。
【0063】
上記実施形態による生体情報解析方法を実行する処理部の構成は、信号処理装置20の処理回路21に限定されない。車両等の移動体に搭載される種々の電子制御ユニットの処理回路が、本開示の学習器に基づきユーザUの状態を識別可能である。さらに、処理部は、ユーザUに携帯された端末に含まれる構成であってもよく、又は計測データを受信可能なサーバに含まれる構成であってもよい。