(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
電極に印加される電圧によって形成される電場の作用により、測定対象のイオンに加速エネルギを与えて飛行空間へ向けて射出するイオン射出部と、前記電極にイオン射出用の高電圧パルスを印加する高電圧パルス生成部と、を具備する飛行時間型質量分析装置において、前記高電圧パルス生成部は、
a)直流高電圧を発生する直流電源部と、
b)前記直流電源部による直流高電圧をスイッチングすることで前記高電圧パルスを生成し電圧出力端に出力するスイッチング素子を含む回路であって、オン状態であるときに前記直流電源部によるプラス側電圧を電圧出力端に出力する一又は複数のプラス側スイッチング素子と、オン状態であるときに前記直流電源部によるマイナス側電圧を前記電圧出力端に出力する一又は複数のマイナス側スイッチング素子とが直列に接続されてなるスイッチ回路と、
c)イオンを射出するためのパルス信号に応じて前記スイッチング素子をオン/オフ駆動するものであって、第1のパルス信号に応じて前記プラス側スイッチング素子がオン状態となる電圧又はオン状態を維持する電圧に該スイッチング素子の制御端子を充電する第1のスイッチング素子駆動部と、第2のパルス信号に応じて前記マイナス側スイッチング素子がオン状態となる電圧又はオン状態を維持する電圧に該スイッチング素子の制御端子を充電する第2のスイッチング素子駆動部とを含むスイッチング素子駆動部と、
d)前記スイッチング素子駆動部から前記スイッチング素子の制御端子に至る信号経路上で該制御端子に直列に挿入された抵抗を含み、該制御端子の電圧を所定の過渡特性を有する電圧とする調整回路と、
e)オン状態である前記プラス側スイッチング素子又は前記マイナス側スイッチング素子の制御端子を再充電するために、前記高電圧パルスを立ち上げるためのパルス信号とは別に前記第1のパルス信号及び前記第2のパルス信号を生成する制御部と、
を備えることを特徴とする飛行時間型質量分析装置。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型質量分析装置(Time-of-Flight Mass Spectrometer、以下、適宜「TOFMS」と称す)では、イオン射出部から試料由来の各種イオンを射出し、該イオンが一定の飛行距離を飛行するのに要する飛行時間を計測する。飛行するイオンはその質量電荷比m/zに応じた速度を有するため、上記飛行時間はそのイオンの質量電荷比に応じたものとなり、飛行時間から質量電荷比を求めることができる。
【0003】
図12は、一般的な直交加速(Orthogonal Acceleration)方式TOFMS(以下、適宜「OA−TOFMS」と称す)の概略構成図である。
図12において、図示しないイオン源で試料から生成されたイオンは図中に矢印で示すようにZ軸方向にイオン射出部1に導入される。イオン射出部1は、対向して配置されている平板状の押出電極11とグリッド状の引出電極12とを含む。制御部6からの制御信号に基づいて加速電圧発生部7は、所定のタイミングで押出電極11若しくは引出電極12又はその両電極にそれぞれ所定の高電圧パルスを印加する。これにより、押出電極11と引出電極12との間を通過するイオンはZ軸に直交するX軸方向に加速エネルギを付与され、イオン射出部1から射出されて飛行空間2に送り込まれる。イオンは無電場である飛行空間2中を飛行したあとリフレクタ3に入射する。
【0004】
リフレクタ3は円環状である複数の反射電極31とバックプレート32を含み、該反射電極31及びバックプレート32にはそれぞれ反射電圧発生部8から所定の直流電圧が印加される。これにより、反射電極31で囲まれる空間には反射電場が形成され、この電場によってイオンは反射されて飛行空間2中を再び飛行して検出器4に到達する。検出器4は到達したイオンの量に応じたイオン強度信号を生成しデータ処理部5に入力する。データ処理部5は、イオン射出部1からイオンが射出された時点を飛行時間ゼロとして飛行時間とイオン強度信号との関係を示す飛行時間スペクトルを作成し、予め求めておいた質量校正情報に基づいて飛行時間を質量電荷比に換算することでマススペクトルを算出する。
【0005】
こうしたOA−TOFMSにおいて、イオン射出部1ではイオンを射出する際に、短い時間幅で且つkVオーダーである高電圧のパルスを押出電極11や引出電極12に印加する必要がある。こうした高電圧パルスを生成するために、特許文献1に開示されているような電源装置(該文献ではパルサー電源と呼ばれている)が従来用いられている。
【0006】
この電源装置は、高電圧パルスが発生するタイミングを制御するためのパルス信号を生成するパルス発生部と、低電圧で動作する制御系回路と高電圧で動作する電力系回路との間を電気的に絶縁しつつ上記パルス信号を制御系回路から電力系回路へと伝送するパルストランスと、該トランスの二次巻線に接続されたドライブ回路と、直流高電圧を生成する高電圧回路と、上記ドライブ回路を通して与えられる制御電圧に応じて上記高電圧回路による直流電圧をオン/オフしてパルス化するMOSFETによるスイッチング素子と、を含んで構成される。なお、こうした回路は、TOFMSに限らず高電圧パルスを生成するために一般的に利用されているものである(特許文献2、3等参照)。
【0007】
ところで、エレクトロスプレーイオン源などの大気圧イオン源を備えるOA−TOFMSの前段に液体クロマトグラフ(LC)を設けたLC−TOFMSでは、LCのカラム出口からOA−TOFMSの大気圧イオン源に連続的に導入される試料液に含まれる各種化合物を漏れなく検出する必要がある。そのため、OA−TOFMSでは、上述したようなマススペクトルを作成するための測定動作が所定周期で以て繰り返し実行される。この測定の繰り返し周期が短いほど、作成されるクロマトグラム上での測定点時間間隔が狭くなり、目的化合物のピーク波形形状の精度が向上し定量性が高くなる。そこで、クロマトグラム上での測定点時間間隔をできるだけ短くするべく、従来、飛行時間が相対的に短い低質量電荷比範囲のイオンを測定する場合には測定周期を相対的に短く、飛行時間が相対的に長い高質量電荷比範囲のイオンを測定する場合には測定周期を相対的に長くするような制御が行われている。
【0008】
具体的には従来のこの種の装置では、例えば、m/z 2000程度以下の低質量電荷比範囲については測定周期を125μs、m/z 2000〜10000程度の中質量電荷比範囲については測定周期を250μs、m/z 10000〜40000程度の高質量電荷比範囲については測定周期を500μsと切り替える制御が行われている。
【0009】
上記測定周期の切替えは、イオン射出部1の押出電極11及び引出電極12に印加する高電圧パルスの発生時間間隔を変更することにより行われる。即ち、測定周期を変更する場合でも、高電圧パルスの発生時間間隔以外のパラメータ、例えばパルス幅(パルス印加時間)などは測定周期に無関係に一定である。上述したような高電圧パルス生成用の電源装置では、パルストランスに入力されるパルス信号の立ち上がり時点から該電源装置の出力である高電圧パルスの出力起動の時点までに若干の時間遅れが生じることは避けられないが、高電圧パルスの電圧値(パルス波高値)が同じである限り、原理的には、上記時間遅れは測定周期の影響を受けず一定となる筈である。しかしながら、特許文献4に記載されているように、従来のOA−TOFMSにおいて測定周期を変更した場合、電源装置から出力される高電圧パルスの出力起動に時間的な変動が生じてしまう。なお、後述するように ここで、高電圧パルスの出力起動とはイオン射出部1においてイオンの射出を開始するときの電圧の変化のことをいう。
【0010】
TOFMSでは、イオンが射出される又はイオンが加速される時点を起点として各イオンの飛行時間を計測する。そのため、質量電荷比の測定精度を高めるには、飛行時間の計測開始時点と、実際にイオン射出のための高電圧パルスが押出電極11等に印加されるタイミングと、ができるだけ一致していることが必要である。上述したように測定周期によって高電圧パルスの出力起動に時間的な変動が生じると、質量電荷比が同じイオンでも、その時間的変動に起因する計測開始時点とイオン射出時点との時間ズレに相当する分だけ飛行時間に差が生じてしまい、質量ズレが発生することになる。その結果、測定周期を変更すると質量精度が低下することになる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記問題を解決するために特許文献4に記載のOA−TOFMSでは、電源装置の一次側ドライブ回路からパルストランスの一次巻線両端に印加される電圧を繰り返し測定の測定周期に応じて変更することで、測定周期に拘わらず、高電圧を切り替えるMOSFETのゲート電圧が閾値電圧に達するタイミングのズレを補正することができる。その結果、高電圧パルスの出力起動のタイミングを測定周期に依らず揃えることができ、高い質量精度を達成することができる。この手法は様々な測定周期に対応可能であり、且つかなり高い精度で以て高電圧パルスの出力起動のタイミングを揃えることができるという利点がある。一方で、パルストランスの一次巻線両端に印加する電圧を発生する電圧源として、出力電圧を高い精度で変更可能な電圧源が必要である。また、測定周期を高速に切り替えようとすると、上記電圧源の出力電圧も高速に切り替える必要がある。こうしたことから、コスト増加を抑えることは難しい。
【0013】
なお、当然のことながら、高電圧パルスを押出電極11に印加する場合と引出電極12に印加する場合とでは高電圧パルスの極性が異なる。また、押出電極11(又は引出電極12)に高電圧パルスを印加する場合において測定対象のイオンの極性が相違すると、印加される高電圧パルスの極性が異なる。具体的には、正イオンを測定対象として押出電極11に高電圧パルスを印加する場合には該高電圧パルスは基本的に正電圧(正極性の電圧)であり、引出電極12に高電圧パルスを印加する場合には該高電圧パルスは負電圧(負極性の電圧)である。一方、負イオンを測定対象として押出電極11に高電圧パルスを印加する場合には該高電圧パルスは基本的に負電圧であり、引出電極12に高電圧パルスを印加する場合には該高電圧パルスは正電圧である。本明細書中では、こうした高電圧パルスにおいてイオンの射出を開始するための電圧の変化を、電圧が正電圧から負電圧に変化するか又はその逆に変化するかに拘わらず、高電圧パルスの出力起動と定義する。また、高電圧を切り替えるMOSFETのゲート電圧の電圧変化については、MOSFETの閾値電圧より低い電圧から閾値電圧より高い電圧に上昇するときの電圧の変化(つまり、MOSFETがオンするときの電圧変化)を立ち上がり、MOSFETの閾値電圧より高い電圧から閾値電圧より低い電圧に下降するときの電圧の変化(つまり、MOSFETがオフするときの電圧変化)を立ち下がり、と定義する。
【0014】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、繰り返し測定の測定周期を変更する場合でも、コストの増加を抑えながら飛行時間の計測開始時点とイオン射出時点との時間ズレを軽減し、測定周期に拘わらず高い質量精度を達成することができる飛行時間型質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために成された本発明は、電極に印加される電圧によって形成される電場の作用により、測定対象のイオンに加速エネルギを与えて飛行空間へ向けて射出するイオン射出部と、前記電極にイオン射出用の高電圧パルスを印加する高電圧パルス生成部と、を具備する飛行時間型質量分析装置において、前記高電圧パルス生成部は、
a)直流高電圧を発生する直流電源部と、
b)前記直流電源部による直流高電圧をスイッチングすることで前記高電圧パルスを生成し電圧出力端に出力するスイッチング素子を含
む回路であって、オン状態であるときに前記直流電源部によるプラス側電圧を電圧出力端に出力する一又は複数のプラス側スイッチング素子と、オン状態であるときに前記直流電源部によるマイナス側電圧を前記電圧出力端に出力する一又は複数のマイナス側スイッチング素子とが直列に接続されてなるスイッチ回路と、
c)イオンを射出するためのパルス信号に応じて前記スイッチング素子をオン/オフ駆動する
ものであって、第1のパルス信号に応じて前記プラス側スイッチング素子がオン状態となる電圧又はオン状態を維持する電圧に該スイッチング素子の制御端子を充電する第1のスイッチング素子駆動部と、第2のパルス信号に応じて前記マイナス側スイッチング素子がオン状態となる電圧又はオン状態を維持する電圧に該スイッチング素子の制御端子を充電する第2のスイッチング素子駆動部とを含むスイッチング素子駆動部と、
d)前記スイッチング素子駆動部から前記スイッチング素子の制御端子に至る信号経路上で該制御端子に直列に挿入された抵抗を含み、該制御端子の電圧を所定の過渡特性を有する電圧とする調整回路と、
e)オン状態である前記プラス側スイッチング素子又は前記マイナス側スイッチング素子の制御端子を再充電するために、前記高電圧パルスを立ち上げるためのパルス信号とは別に前記第1のパルス信号及び前記第2のパルス信号を生成する制御部と、
を備えることを特徴としている。
なお、本明細書において、プラス側電圧及びマイナス側電圧とは正負の極性を有する電圧を指すのではなく、前者が後者に対して相対的に高い電圧であることを意味する。したがって、例えばプラス側電圧及びマイナス側電圧が共に正極性である場合もあればプラス側電圧及びマイナス側電圧が共に負極性である場合もあり得る。また、プラス側スイッチング素子における「プラス側」という用語は、例えばこのスイッチング素子がプラス側電圧と電圧出力端との間に配置されることで、オン状態となったときに電圧出力端にプラス側電圧を出力するように機能するものであることを意味する。またマイナス側スイッチング素子における「マイナス側」という用語は、例えばこのスイッチング素子がマイナス側電圧と電圧出力端の間に配置されることで、オン状態となったときに電圧出力端にマイナス側の電圧を出力するように機能するものであることを意味する。
【0016】
本発明の一形態として、前記スイッチング素子駆動部は、一次巻線と二次巻線を含むトランスと、イオンを射出するためのパルス信号が入力され、該パルス信号に応じて前記トランスの一次巻線に駆動電流を供給する一次側駆動部と、前記トランスの二次巻線に接続された二次側駆動部と、を含み、該二次側駆動部により前記スイッチング素子をオン/オフ駆動する構成とすることができる。
【0017】
本発明に係る飛行時間型質量分析装置は、前記イオン射出部からイオンを射出して飛行空間を飛行させて検出するという測定を所定の測定周期で以て繰り返し行う装置であり、且つ該測定周期が可変であるものに好適である。その理由は以下の説明で明らかである
【0018】
特許文献4において説明されているように、従来のOA−TOFMSにおいて、測定周期を変更した場合に電源装置から出力される高電圧パルスの出力起動の時間的な変動の要因は、直流高電圧をオン/オフするスイッチング素子の制御端子(ゲート端子)に入力される電圧のオーバーシュートである。即ち、例えば上記形態におけるスイッチング素子駆動部で、イオン射出部からイオンを射出するために一次側駆動部にパルス信号を入力すると、トランス及び二次側駆動部を介してスイッチング素子の制御端子に電圧が印加される。このとき、主としてトランスの漏れインダクタンスLとスイッチング素子の制御端子の入力容量Cとから成るLC共振回路によって、スイッチング素子の制御端子の電圧にはオーバーシュートが生じる。このオーバーシュートした電圧(絶対値)は時間経過に伴い徐々に低下するが、次の測定のためにイオンを射出しようとする時点で、その直前の測定時に生じたオーバーシュートは未だ十分には静定していない。そのため、測定周期が相違すると制御端子に印加される電圧の立ち上がり開始時点での電圧値が異なり、その影響で該電圧が立ち上がる時点からスイッチング素子の閾値電圧に達するまでの時間が変動してしまう。これが、測定周期の相違に起因する高電圧パルスの出力起動の時間的変動の原因である。
【0019】
特許文献4に記載のOA−TOFMSでは、上記オーバーシュートが発生することを前提として、測定周期が変化したときにも、スイッチング素子の制御端子に印加される電圧が閾値電圧に到達するタイミングが揃うように、立ち上がり開始時点での電圧値を測定周期によって変えるようにしていた。これに対し本発明では、スイッチング素子の制御端子の電圧が所定の過渡特性を有するように抵抗を含む簡単な調整回路を設けることにより、高電圧パルスの出力起動の時間的変動の根源である、スイッチング素子の制御端子に印加される電圧のオーバーシュート自体を抑制し、その電圧が閾値電圧に到達するタイミングが測定周期に拘わらず揃うようにしている。
【0020】
具体的には例えば、スイッチング素子駆動部における二次側駆動部からスイッチング素子の制御端子に至る信号経路上で該制御端子の直前に直列に挿入された抵抗から成る調整回路により、スイッチング素子の制御端子の電圧のオーバーシュートを抑制する。もちろん、オーバーシュートを抑えるためにスイッチング素子の制御端子の電圧の立ち上がりや立ち下がりが鈍ると逆に高電圧パルスの時間ズレの原因になる。したがって、スイッチング素子の制御端子の電圧の過渡特性は、過剰なオーバーシュートを生じず、且つ立ち上がり、立ち下がりができるだけ鈍らないように適切に定められることが望ましい。
【0021】
即ち、本発明において好ましい一形態として、前記調整回路における抵抗の抵抗値は臨界制動条件をほぼ満たすように定められているものとするとよい。
【0022】
この構成によれば、スイッチング素子の制御端子の電圧は迅速に立ち上がり又は立ち下がりつつ、そのオーバーシュートは十分に軽減される。それにより、測定周期が異なる場合でも高電圧パルスの出力起動の時間ズレは緩和され、その結果、測定周期に依らず高い質量精度を達成することができる。
なお、自然放電によるスイッチング素子の制御端子電圧の低下が大きい場合には、適宜の容量のゲートコンデンサを追加してもよい。
【0025】
また本発明では、制御部から再充電用の第1又は第2のパルス信号が、例えばスイッチング素子駆動部における一次側駆動部に供給されると、プラス側又はマイナス側のスイッチング素子の制御端子が正電圧(つまり、スイッチング素子がオン状態となる電圧)に再充電される。それによって、該スイッチング素子はオン状態を保ち、高電圧パルスの電圧はそれ以前の状態に維持される。これにより、例えば測定周期が非常に長くイオン射出の時間間隔が広い場合でも、それに対応した正確な高電圧パルスを生成することができる。ただし、充電又は再充電された制御端子の電圧は自然放電によって次第に低下するため、高電圧パルスを生成する際にそれ以前の直近の充電時又は再充電時からどの程度時間が経過しているのかによって、制御端子に印加される電圧の立ち上がり開始時点の電圧値が異なってしまう。この電圧値の差異は高電圧パルスの出力起動の時間変動に繋がる。
【0026】
そこで、
本発明に係る飛行時間型質量分析装置の第1の態様として、前記制御部は、プラス側電圧の高電圧パルスを出力起動する場合、高電圧パルスを出力起動するためのパルス信号を生成する時点よりも一定時間前に、再充電のための第2のパルス信号を生成して前記マイナス側スイッチング素子の制御端子を再充電し、マイナス側電圧の高電圧パルスを出力起動する場合、高電圧パルスを出力起動するためのパルス信号を生成する時点よりも一定時間前に、再充電のための第1のパルス信号を生成して前記プラス側スイッチング素子の制御端子を再充電する構成とするとよい。
【0027】
この構成によれば、測定周期に拘わらず、高電圧パルスを生成する際にそれ以前の直近の再充電時からの経過時間が揃うので、スイッチング素子の制御端子に印加される電圧の立ち上がり開始時点の電圧値がほぼ同じになる。それにより、制御端子の充電電圧が自然放電によって減じる影響を殆ど受けることがなくなるので、高電圧パルスの出力起動の時間変動をより一層軽減することができる。
【0028】
また、
本発明に係る飛行時間型質量分析装置の第2の態様として、複数の測定周期をイオン射出最小周期の略整数倍に定め、該イオン射出最小周期、及び、前記制御部により再充電用のパルス信号を繰り返し供給する制御端子再充電周期、に応じて、前記調整回路における抵抗の抵抗値が定められている構成としてもよい。
【0029】
上記説明から明らかであるように、調整回路における抵抗の抵抗値を調整すると、スイッチング素子の制御端子に印加される電圧のオーバーシュートの程度や立ち上がり、立ち下がりの波形鈍りの程度を調整することができる。上記第1の態様のように、高電圧パルスを出力起動するためのパルス信号を供給するタイミングと再充電のためのパルス信号を供給するタイミングと
を同期させることができない場合、つまり、高電圧パルスを出力起動するためのパルス信号を供給する時点から一定時間前に再充電のためのパルス信号を供給することができない場合でも、イオン射出最小周期と制御端子再充電周期との関係を定めておけば、制御端子の電圧は再充電を繰り返す毎に徐々に変化する筈である。そこで、その電圧の変化の状況に応じて、スイッチング素子の制御端子に印加される電圧のオーバーシュートの程度や立ち上がり、立ち下がりの波形鈍りの程度を調整することで、高電圧パルスを生成する際に制御端子に印加されている電圧の電圧値をほぼ同じに揃えることができる。それによって、上記第1の態様と同様に、高電圧パルスの出力起動の時間変動をより一層軽減することができる。
【0030】
具体的に上記第2の態様では例えば、前記制御端子再充電周期が前記イオン射出最小周期よりも短く、且つ前記調整回路における抵抗の抵抗値は過制動状態となるように定められているものとすることができる。また、場合によっては、前記制御端子再充電周期が前記イオン射出最小周期よりも長く、且つ前記調整回路における抵抗の抵抗値は制動不足状態となるように定められているものとすることもある。
【0031】
なお、本発明に係る飛行時間型質量分析装置は、高電圧パルスをイオン射出部の電極に印加することで形成される電場によってイオンを加速して飛行空間へと送り出す構成の全ての飛行時間型質量分析装置に適用可能である。即ち、本発明は直交加速方式の飛行時間型質量分析装置に適用可能であることはもちろんのこと、イオントラップに保持したイオンを加速して飛行空間へと送り出すイオントラップ飛行時間型質量分析装置や、マトリクス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)法等により試料から生成されたイオンを加速して飛行空間へと送り出す飛行時間型質量分析装置にも適用可能である。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、繰り返し測定の測定周期を変化させる場合でも、イオンを射出するための電極への高電圧パルスの印加のタイミングをほぼ同じにすることができ、測定周期に依らず高い質量精度を実現することができる。また、本発明によれば、こうした効果を達成するために、抵抗などの低廉な回路素子から成る簡単な回路を従来の装置に追加しさえすればよいので、測定周期に依らない高い質量精度を確保しつつ、コストの増加を抑えることができる。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の一実施例であるOA−TOFMSについて、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例のOA−TOFMSの概略構成図、
図3はそのOA−TOFMSにおける加速電圧発生部の概略回路構成図である。先に説明した
図12と同じ構成要素には同じ符号を付して詳しい説明を省略する。また、煩雑さを避けるために、
図12では記載していたデータ処理部5を
図1では省略している。
【0035】
本実施例のOA−TOFMSにおいて、加速電圧発生部7は、一次側駆動部71、パルストランス72、二次側駆動部73、スイッチ回路74、高電圧電源部75、一次側電源部76を含む。制御部6は一次側駆動部71を制御することで、スイッチ回路74におけるスイッチング動作を制御する。
【0036】
図3に示すように、加速電圧発生部7においてスイッチ回路74は、プラス側(
図3中の電圧出力端79よりも上側)、マイナス側(
図3中の電圧出力端79よりも下側)それぞれ、電力用MOSFET741を直列に多段接続したスイッチング素子直列回路を含む。高電圧電源部75からこのスイッチング素子直列回路の両端に印加される電圧+V及び−Vは、測定対象であるイオンの極性及び高電圧パルスを印加する対象の電極(押出電極11又は引出電極12)に依存し、イオンが正イオンであって高電圧パルスを押出電極11に印加するときには例えば+V=2500V、−V=0V、イオンが負イオンであって高電圧パルスを押出電極11に印加するときには例えば+V=0V、−V=−2500Vである。なお、一般的にはイオンが正イオンである場合が多いので、イオンが正イオンであり高電圧パルスを押出電極11に印加するものとして説明を進めるが、後述するようにイオンが負イオンであっても構わない。また、高電圧パルスを引出電極12に印加してイオンを射出させるものでも構わない。
【0037】
パルストランス72はリングコア形のトランスであり、リングコアをスイッチ回路74の各段のMOSFET741のゲート端子に対応して設け、各リングコアに巻回した二次巻線72bを二次側駆動部73のトランス負荷抵抗730、MOSFET731、732に接続し、リングコアに貫通させた1ターンのケーブル線を一次巻線72aとする。このケーブル線には高圧絶縁電線を使用し、これによって一次側と二次側とを電気的に絶縁する。なお、二次側の巻線数は適当に定めることができる。
【0038】
一次側駆動部71は複数のMOSFET711、712、715〜718、複数のトランス713、714を含み、制御部6からパルス信号a、bがプラス側パルス信号入力端771及びマイナス側パルス信号入力端772にそれぞれ入力される。このプラス側パルス信号入力端771における「プラス側」という用語は、後述する回路動作の通り、この入力端にハイレベルの信号を入力することでプラス側のMOSFET741がオン状態となる(或いはオン状態を維持する)ように機能するものであることを意味し、またマイナス側
パルス信号入力端772における「マイナス側」という用語は、後述する回路動作の通り、この入力端にハイレベルの信号を入力することでマイナス側のMOSFET741がオン状態となる(或いはオン状態を維持する)ように機能すること
を意味する。
【0039】
いま
図2(a)、(b)に示すように時刻t0において、該t0以前にパルス信号bが入力され、ゲート電圧aが負電圧に、ゲート電圧bが正電圧に維持されている状態で、プラス側パルス信号入力端771にハイレベルのパルス信号aが入力されると、MOSFET711はオンする。これにより、トランス713の一次巻線に電流が流れ、二次巻線の両端に所定の電圧が誘起される。これにより、MOSFET715、716は共にオンする。このとき、MOSFET712はオフ状態であるからトランス714の一次巻線には電流が流れず、MOSFET717、718は共にオフ状態である。そのため、パルストランス72の一次巻線72aの両端には一次側電源部76から与えられる電圧VDDが印加され、一次巻線72aには
図3において下向きに電流が流れる。
【0040】
これによってパルストランス72の各二次巻線72bの両端には所定の電圧が誘起される。このとき、二次側駆動部73に含まれる、トランス負荷抵抗730、MOSFET731、732、ゲート放電抵抗733、さらには、スイッチ回路74に含まれる調整回路742を介して各MOSFET741のゲート端子に印加される電圧(以下「ゲート電圧」と称す)は、次の式で近似的に表すことができる。
[ゲート電圧]≒{[パルストランス72の一次側電圧]/[スイッチ回路74のMOSFET741の直列段数]}×[パルストランス72の二次巻線数] …(1)
例えば、パルストランス72の一次側電圧(VDD)を175V、スイッチ回路74のMOSFET741の直列段数を12段、パルストランス72の二次巻線数を1ターンとすると、175/
12=14V程度の電圧が各MOSFET741のゲート端子に印加される。
【0041】
スイッチ回路74のプラス側の6段のMOSFET741のゲート端子−ソース端子間に上記電圧が順方向に印加されると、それらMOSFET741は一斉にオンする。一方、スイッチ回路74のマイナス側の6段のMOSFET741のゲート端子−ソース端子間には上記電圧が逆方向に印加されるため、それら6段のMOSFET741はオフする。その結果、高電圧電源部75からの電圧供給端+Vと電圧出力端79とがほぼ直結し、該電圧出力端79に+V=+2500Vの電圧が出力される。
【0042】
時刻t1において、プラス側パルス信号入力端771に入力されるパルス信号aのレベルがローレベル(電圧ゼロ)に変化すると、パルストランス72の一次巻線72aの両端の電圧はゼロになるが、それ以前にMOSFET741のゲート端子の入力容量に蓄積された電荷によって、つまりゲート端子の充電電圧によって、MOSFET741のゲート電圧は概ね同じ値に維持される。電圧出力端79からの出力電圧は+V=+2500Vに維持される。そのあと時刻t2において、マイナス側パルス信号入力端772に入力されるパルス信号bのレベルがハイレベルに変化すると、今度は、MOSFET712がオンし、それに伴ってMOSFET717、718がオンして、パルストランス72の一次巻線72aの両端には先と逆方向に電圧が印加され、逆方向に電流が流れる。それにより、パルストランス72の二次巻線72bの両端にはそれぞれ、先と逆方向に電圧が誘起され、スイッチ回路74のプラス側の6段のMOSFET741はオフし、マイナス側の6段のMOSFET741はオンする。その結果、電圧出力端79から出力される電圧はゼロ(−Vの値)になる。
【0043】
マイナス側パルス信号入力端772に入力されるパルス信号bのレベルがローレベル(電圧ゼロ)に変化すると、パルストランス72の一次巻線72aの両端の電圧はゼロになるが、それ以前にマイナス側の6段のMOSFET741のゲート端子の入力容量に蓄積された電荷によって、つまりゲート端子の充電電圧によって、該MOSFET741のゲート電圧は概ね同じ値に維持される。それにより、電圧出力端79からの出力電圧は0Vに維持される。
【0044】
加速電圧発生部7は基本的に上述した動作によって、プラス側パルス信号入力端771及びマイナス側パルス信号入力端772に入力されるパルス信号a、bに応じたタイミングで、波高値が+2500Vである高電圧パルスを生成する。
図2から明らかであるように、この高電圧パルスのパルス幅はパルス信号aの立ち上がりからパルス信号bの立ち上がりまでの期間にほぼ等しい。
【0045】
上記動作に際し、二次側駆動部73とMOSFET741のゲート端子との間に設けられている調整回路742がどのように機能するかについて説明するが、それに先立ち、この調整回路742がない場合、つまりは従来の回路の問題点を具体的に説明する。
図13は、調整回路742を有さない、従来のOA−TOFMSにおける加速電圧発
生部7の一段分の二次側駆動部73及びMOSFET741の回路構成図であり、
図19は
図13に示した回路のMOSFETのゲート端子側の概略的な等価回路である。さらに、
図14はこの場合の実測のゲート電圧波形を示す図である。
【0046】
パルストランス72の二次側回路では、該パルストランス72の漏れインダクタンスLとMOSFET741のゲート端子の入力容量Cとを含むLC回路で共振が生じる。そのため、ゲート電圧の立ち上がり時及び立ち下がり時共に、
図14に示すようなオーバーシュートが発生する。オーバーシュートした電圧(絶対値)は時間が経過するに伴い徐々に低下して所定の電圧に静定する。オーバーシュートが静定するのに要する静定時間は通常、数ms程度である。
【0047】
上述したように、高電圧パルスの出力起動のタイミングは、スイッチ回路74のMOSFET741がオン/オフするタイミング、つまり、それらMOSFET741のゲート電圧の立ち上がり/立ち下がりのタイミングで決まる。例えば、
図2に示した波形の例では、(e)で示す高電圧パルスが−V(0V)から+V(2500V)に変化するタイミングは、プラス側のMOSFET741のゲート電圧(
図2(c)参照)が負電圧から正電圧に変化するタイミングと、マイナス側のMOSFET741のゲート電圧(
図2(d)参照)が正電圧から負電圧に変化するタイミングとの両方で決まる。本例で用いているMOSFET741ではゲート電圧の閾値は約3Vであり、例えばゲート電圧の立ち上がりのスロープがこの閾値電圧を横切るときにMOSFET741はオフからオンに転じる。
【0048】
原理的にはゲート電圧の立ち上がり/立ち下がりの波形は繰り返し測定の測定周期の影響を受けない筈であるが、測定周期を変えるためにイオン射出周期を変化させると、ゲート電圧の立ち上がり/立ち下がりの波形が若干変化するという現象が観測される。
図15は、測定周期が125μsである場合と500μsである場合とにおける負電圧→正電圧の実測ゲート電圧波形である。また、
図16は
図15中の電圧立ち上がりスロープの模式図である。
【0049】
この例では、測定周期が125μsである場合には、MOSFET741のゲート端子は−19.0Vから所定の正電圧まで充電され、測定周期が500μsである場合には、−18.3Vから所定の正電圧まで充電される。即ち、ゲート電圧が立ち上がる際の開始時点の電圧が測定周期によって相違する。これは上述したオーバーシュートの影響である。即ち、オーバーシュートの静定時間は数ms程度であるのに対し、測定周期はこれよりも一桁短い。したがって、
図14に示したようにオーバーシュートした電圧が徐々に下がっていく(目的の電圧に近づいていく)間に次の測定のための高電圧パルスを生成する必要があり、どの程度オーバーシュートから回復したのかが測定周期によって異なるため、ゲート電圧の立ち上がり開始時点の電圧が異なることになる。
【0050】
このようにゲート電圧の立ち上がり開始時点での電圧に差異があると、
図16に示すようにゲート電圧が閾値電圧に達する時間にズレが生じる。そのため、MOSFET741のオン/オフのタイミングにズレが生じ、高電圧パルスの立ち上がりにも時間ズレが生じてしまう。具体的には、この場合には、測定周期が500μsであるときには125μsであるときよりも早くゲート電圧が閾値電圧に達するため、高電圧パルスの出力起動が早くなる。
【0051】
このときの実測の高電圧パルスの出力電圧波形を
図17に示す。また
図18は
図17の一部拡大図である。
図17、
図18の例では、測定周期が125μsと500μsとで約150[ps]の時間ズレが発生している。この時間ズレはm/z=1000においては5ppm程度の質量ズレに相当する。精密な質量測定では質量ズレを1ppm程度以下にすることが求められるため、5ppmという質量ズレは精密な質量測定では許容できないズレである。
【0052】
本実施例のOA−TOFMSにおいて、ゲート抵抗742aを含む調整回路742は上述したような要因による測定周期が相違する場合の出力電圧波形の時間ズレを解消する機能を有する。
図20は
図13に示した概略等価回路にゲート抵抗を追加したとき、つまりは本実施例のOA−TOFMSにおけるMOSFET741のゲート端子側の概略的等価回路である。
【0053】
図3に示すように、調整回路742は、二次側駆動部73におけるMOSFET731と高電圧オン/オフ用MOSFET741のゲート端子との間に直列に挿入されたゲート抵抗742aと、MOSFET741のゲート−ドレイン端子間に並列に接続されたゲートコンデンサ742bと、を含む。ただし、MOSFET741のゲート端子の入力容量が或る程度大きい場合には、独立した素子としてゲートコンデンサ742bを追加する必要はなく、そのゲート端子の入力容量をゲートコンデンサ742bに代えて用いることができる。その場合、実質的に追加される素子はゲート抵抗742aのみで済む(つまりは調整回路742は実質的にゲート抵抗742aのみから成る)。
【0054】
図20に示すように、調整回路742を含むMOSFET741のゲート端子の入力側回路はLCR回路であり、抵抗Rに依存する過渡特性を有する。その抵抗Rにより、ステップ応答波形におけるリンギングつまりはオーバーシュートを抑制する一方、立ち上がり波形の鈍りも引き起こす。そこで、MOSFET741のゲート端子に印加される電圧が
図2(c)、(d)に示すように変化する際にオーバーシュートが生じず且つ立ち上がり(立ち下がり)も鈍らない(波形がほぼ直角になる)ように、ゲート抵抗742aの抵抗値を適切に定める必要がある。
【0055】
図4はゲート抵抗742aの抵抗値Rgを3.3Ωとした場合(a)及び10Ωとした場合(b)の、MOSFET741のゲート電圧波形を実測した図である。Rg=3.3Ωではオーバーシュートが無くなり立ち上がり、立ち下がりも良好である(ほぼ直角である)ことが分かる。つまり、これは臨界制動状態に近いといえる。一方、Rg=10Ωでは立ち上がり、立ち下がりで波形の鈍りが見られ、過制動状態である。
図4(a)に示したようにゲート電圧のオーバーシュートが無くなれば、測定周期が変わってもゲート電圧の立ち上がり開始時点での電圧に殆ど差異がなくなるので、ゲート電圧が閾値電圧にまで達する時間のズレも軽減される。それにより、高電圧パルスが発生するタイミングのズレも殆どなくなり、飛行時間の計測精度も向上する。
【0056】
一般に、二次側駆動部73やスイッチ回路74において各段に使用される素子は同一のものであるから、各段においてMOSFET741のゲート端子に印加されるゲート電圧はほぼ揃っている。したがって、通常、各段のゲート抵抗742aの抵抗値も同じでよい。このゲート抵抗742aの適切な抵抗値は本装置を提供するメーカにおいて実験的に定めておけばよい。
【0057】
上述したようにごく簡単な構成の調整回路742を各段のMOSFET741のゲート端子に接続される配線上に設けることで測定周期を変えたときの高電圧パルスの生成タイミングのズレを十分に小さくすることができるが、本実施例のOA−TOFMSにおいて、さらに以下に述べるような制御を行うことで、測定周期の違いによる高電圧パルスの生成タイミングのズレをより一層改善することができる。
【0058】
図2(e)に示すように高電圧パルスを発生したあと次に高電圧パルスを発生させるまでの期間、電圧出力端79の電圧は−V(上記例では−V=0)に保たれる。そのためには、パルス信号bがハイレベルからローレベルになったあとも、スイッチ回路74においてマイナス側のMOSFET741をオンさせ続け、逆にプラス側のMOSFET741をオフさせ続けることが必要である。パルス信号bがハイレベルであるときにパルストランス72の二次巻線72bから流れる電流によってMOSFET741のゲート端子の入力容量は充電され、パルス信号bがローレベルに変化したあともその充電電圧は残るものの、自然放電があるために時間の経過に伴い徐々に電圧は低下する。そこで、マイナス側のMOSFET741のゲート電圧を確実に閾値電圧以上に維持するために、高電圧パルスを生成しない期間にも、適宜の時間間隔でパルス信号bをマイナス側パルス信号入力端772に入力することにより、マイナス側のMOSFET741のゲート端子にパルス状の電圧を印加して該ゲート端子の入力容量を再充電する。なお、高電圧パルスを生成するためのパルス信号bと区別して、ゲート端子の入力容量を充電する目的のパルス信号をダミーパルス信号と呼び、符号b’で示すこととする。
【0059】
図5(a)〜(c)は、プラス側のMOSFET741のゲート電圧、出力電圧(高電圧パルス)、及びダミーパルス信号b’の関係を示すタイミングの一例を示す図である。
図5(d)は、
図5(b)に見られる自然放電や再充電に起因したゲート電圧変化を差し引いた本実施例におけるプラス側MOSFET741のゲート電圧の過渡特性を示したものであり、オーバーシュートや波形の鈍りが無い臨界制動状態となっている。
【0060】
図5(a)に示す高電圧パルスの時間間隔は測定周期によって異なる。制御部6は、直前にダミーパルス信号b’を与えてから所定の時間tgcが経過したあとにダミーパルス信号b’を生成してマイナス側パルス信号入力端772に入力する。また、高電圧パルスを生成する時点から一定の時間tcだけ遡った時点においてもダミーパルス信号b’を生成してマイナス側パルス信号入力端772に入力する。(
図5(c)参照)。上述したように、ダミーパルス信号b’が入力されるとMOSFET741のゲート端子の入力容量は再充電され、ゲート電圧はほぼ一定の電圧になる。その時点から一定の時間tcが経過した時点で高電圧パルスを出力起動するためのパルス信号aが入力されるので、自然放電によるMOSFET741の充電電圧の低下は測定周期に拘わらず同程度となり、出力起動の時間ズレを抑えることができる。
【0061】
ただし、上記のような制御を行うには、高電圧パルスの生成時点から一定の時間tcだけ先行したタイミングでダミーパルス信号b’を生成するか、或いは、測定の実行指示を受けたあと、まずダミーパルス信号b’を生成し、それから一定の時間tcが経過してから高電圧パルスを生成する必要がある。そのため、制御部6において高電圧パルスの生成処理とダミーパルス信号bの生成処理とが同期的に行われない場
合には、上記のような制御を行えない。そこで、このような場合には次の制御を行うとよい。
【0062】
図6(a)〜(c)及び
図7(a)〜(c)は、プラス側のMOSFET741のゲート電圧、出力電圧(高電圧パルス)、及びダミーパルス信号b’の関係を示すタイミングの他の例を示す図である。また
図6(d)及び
図7(d)は、
図6(b)及び
図7(b)にそれぞれ見られる自然放電や再充電に起因したゲート電圧変化を差し引いた、各実施例におけるプラス側のMOSFET741のゲート電圧の過渡特性を示したものである。
この場合、複数のイオン射出周期(測定周期)をイオン射出最小周期tpの整数倍にする。例えばイオン射出最小周期tpが125μsであれば、イオン出射周期を125μs、250μs、500μsに定める。一方、ダミーパルス信号b’を生成する周期であるゲート充電周期tgcは、イオン射出最小周期tpよりも若干短く又は若干長く定める。例えばイオン射出最小周期tpが125μsであれば、ゲート充電周期tgcを105μs又は150μsに定める。
【0063】
[1]イオン射出最小周期tp>ゲート充電周期tgcである場合(
図6)
これは、例えばイオン射出最小周期tpが125μs、ゲート充電周期tgcが105μsである場合である。イオン射出最小周期tp>ゲート充電周期tgcであるため、
図6に示すように、測定周期に拘わらず、1回の測定周期内に少なくとも1回はダミーパルス信号b’が入力される。この場合、
図6(b)に示すように、測定周期が長くなるほど、ゲート端子が充電された直近の時点から高電圧パルスが発生する時点までの時間が長くなる。そのため、自然放電による充電電圧の低下が大きくなる。そこで、この電圧低下をキャンセルするために、調整回路742のゲート抵抗742aの抵抗値を上述した最良の状態(臨界制動状態、つまりはオーバーシュートが生じず、立ち上がり、立ち下がり波形の鈍りも小さい状態)よりもやや過制動状態となるように抵抗値を少し大きく(ここではRg=4.7Ω)することで、意図的にゲート電圧の立ち下がり波形に鈍りが生じるようにしている(
図6(d)参照)。この波形鈍りの状態とダミーパルス信号b’の入力によるMOSFET741のゲート端子の充電のタイミングとを合わせることにより、測定周期に依らず、高電圧パルス生成直前のゲート電圧をほぼ一定に揃えることができる。それによって、高電圧パルス発生の時間ズレをより一層抑えることができる。
【0064】
即ち、本実施例では、tp>tgcの条件における自然放電に起因したゲート端子充電電圧の電圧低下をキャンセルでき、測定周期に依らず高電圧パルス生成直前のゲート電圧をほぼ一定に揃えることができる程度の波形鈍りが生じるような過制動状態となるように調整回路742の抵抗値を定めることで、ゲート電圧が
図6(d)に示したような所定の過渡特性を有するようにしている。
なお、必要に応じてゲートコンデンサを追加し、自然放電による充電電圧の低下を調整することで、高電圧パルス生成直前の時点でのゲート電圧をさらに一層一定に揃えることもできる。
【0065】
[2]イオン射出最小周期tp<ゲート充電周期tgcである場合(
図7)
これは、例えばイオン射出最小周期tpが125μs、ゲート充電周期tgcが150μsである場合である。イオン射出最小周期tp<ゲート充電周期tgcであるため、
図7(b)に示すように、測定周期が長くなるほど、ゲート端子が充電された直近の時点から高電圧パルスが発生する時点までの時間が短くなる。そのため、自然放電による充電電圧の低下が小さくなる。そこで、これをキャンセルするために、調整回路742のゲート抵抗742aの抵抗値を上述した最良の状態よりもやや制動不足状態となるように少し小さく(ここではRg=2.7Ω)することで、意図的にゲート電圧の立ち下がり時にオーバーシュートが生じるようにしている(
図7(d)参照)。このオーバーシュートの状態とダミーパルス信号b’の入力によるMOSFET741のゲート端子の充電のタイミングとを合わせることにより、測定周期に依らず、高電圧パルス生成直前のゲート電圧をほぼ一定に揃えることができる。それによって、高電圧パルス発生の時間ズレをより一層抑えることができる。
【0066】
即ち、本実施例では、tp<tgcの条件における自然放電に起因したゲート端子充電電圧の電圧低下をキャンセルでき、測定周期に依らず高電圧パルス生成直前のゲート電圧をほぼ一定に揃えることができる程度のオーバーシュートが生じるような制動不足状態となるように調整回路742の抵抗値を定めることで、ゲート電圧が
図7(d)に示したような所定の過渡応答を有するようにしている。
なお、この場合にも、必要に応じてゲートコンデンサを追加し、自然放電による充電電圧の低下を調整することで、高電圧パルス生成直前の時点でのゲート電圧をさらに一層一定に揃えることもできる。
【0067】
図8は上記[1]のケースでの実測のゲート電圧波形を示す図である。このときのゲート抵抗742aの抵抗値Rgは4.7Ω、ゲートコンデンサ742bの容量値は1000pFである。
図9は測定周期が125μs及び500μsである場合における負電圧から正電圧への切替え時の実測のゲート電圧波形を示す図である。この例では、測定周期が125[μs]、500[μs]のいずれの場合でも、MOSFET741のゲート端子は−13.5Vから所定の正電圧まで充電される。即ち、ゲート電圧が立ち上がる際の開始時点の電圧は測定周期に依らず揃っている。
【0068】
図10はこのときの実測の出力電圧波形を示す図、
図11は
図10に示した出力電圧波形の一部拡大図である。
図11に示した図上では測定周期が125μsと500μsとで時間ズレが殆ど確認できず、この時間ズレがほぼ解消されていることが分かる。
【0069】
上記説明では、測定対象のイオンが正イオンである場合について述べたが、測定対象のイオンが負イオンである場合には、波高値が−V(例えば−2500V)である高電圧パルスを押出電極11に印加することでイオンを射出する。加速電圧発生部7においてこうした高電圧パルスを生成するには、+V=0、−V=2500Vとし、パルス信号a、bのタイミングを適宜変更すればよいことは明らかである。
【0070】
また、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜に変形、追加、修正を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0071】
例えば上記実施例は本発明をOA−TOFMSに適用したものであるが、本発明はそれ以外のTOFMS、例えば三次元四重極型又はリニア型のイオントラップに保持したイオンを加速して飛行空間へと送り出すイオントラップ飛行時間型質量分析装置やMALDIイオン源等により試料から生成されたイオンを加速して飛行空間へと送り出す飛行時間型質量分析装置にも適用可能である。