(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態に係るチタン合金について、詳細に説明する。
【0020】
≪チタン合金について≫
本実施形態に係るチタン合金は、α相を主体とし、α相中に少量のβ相が分散した、αとβを含むチタン合金である。より詳細には、本実施形態に係るチタン合金は、α相とβ相を含むチタン合金であって、質量%で、Fe:0.010〜0.300%、Ru:0.010〜0.150%、Cr:0〜0.10%、Ni:0〜0.30%、Mo:0〜0.10%、Pt:0〜0.10%、Pd:0〜0.20%、Ir:0〜0.10%、Os:0〜0.10%、Rh:0〜0.10%、La、Ce及びNdの1種又は2種以上:合計で0〜0.10%、Cu、Mn、Sn及びZrの1種又は2種以上:合計で0〜0.20%、C:0.10%以下、N:0.05%以下、O:0.20%以下、H:0.100%以下を含有し、残部がTi及び不純物からなり、β相結晶粒に含まれる元素の成分比を表す下記式(1)のA値の平均値が、0.550〜2.000の範囲内である。ここで、下記式(1)内の[元素記号]の表示は、β相結晶粒中の元素濃度(質量%)を表している。
【0021】
A=([Fe]+[Cr]+[Ni]+[Mo])/([Pt]+[Pd]+[Ru]+[Ir]+[Os]+[Rh])・・・(1)
【0022】
<チタン合金の化学成分について>
まず、本実施形態に係るチタン合金の化学成分について説明する。以下の化学成分に関する説明では、「質量%」を単に「%」と略記する。また、「XX〜YY」(XX及びYYは含有量、温度等の数値を示す。)は、XX以上、YY以下を意味する。
【0023】
[Ru:0.010〜0.150%]
ルテニウム(Ru)は、水素過電圧が小さいためにβ相そのものや素材全体の腐食電位を貴化させ、チタンの不動態化を促進して耐食性向上に有効に作用する元素である。この効果を発揮させるために、Ruの含有量は、0.010%以上とする。Ruの含有量は、好ましくは0.020%以上であり、より好ましくは0.025%以上である。しかしながら、Ruは強力なβ安定化元素であるため、過剰に含有させるとβ相中に過度に濃化して、β相面積率の不要な増加をもたらす。また、Ruを過剰に含有させると、後述するβ相結晶粒における(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を適正なバランスから逸脱させる一因となる。そのため、Ruの含有量は、0.150%以下とする。Ruの含有量は、好ましくは0.130%以下であり、より好ましくは0.100%以下である。
【0024】
[Fe:0.010〜0.300%]
鉄(Fe)は、β安定化元素であり、Ruと同様にβ相中に濃化して分布する。Feそのものの水素過電圧は必ずしも小さくなく、Feの単独添加による耐食性向上効果は認められない。しかしながら、Feがβ相結晶粒中にRuと共に存在することで、耐食性向上効果をもたらす。そのため、合金中のFeの含有量は、0.010%以上とする。Feの含有量は、好ましくは0.020%以上であり、より好ましくは0.050%以上である。一方、Feを過剰に含有させると、後述するβ相結晶粒における(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を適正なバランスから逸脱させる一因となる。そのため、Feの含有量は、0.300%以下とする。Feの含有量は、好ましくは0.250%以下であり、より好ましくは0.200%以下である。
【0025】
また、本実施形態に係るチタン合金は、Cr:0〜0.10%、Ni:0〜0.30%、Mo:0〜0.10%、Pt:0〜0.10%、Pd:0〜0.20%、Ir:0〜0.10%、Os:0〜0.10%、Rh:0〜0.10%の1種又は2種以上を含有してもよく、これらの元素を含有しなくてもよい。これらの元素を含有しない場合の含有量の下限値は、0%である。
【0026】
[Cr:0〜0.10%]
クロム(Cr)は、チタン合金への微量含有では耐食性に悪影響をもたらさないが、多量の含有は局部アノードのpHを低下させてしまい、局部腐食の進展を促進するという悪影響をもたらしてしまう。そのため、Crの含有量は、0.10%以下とする。Crの含有量は、好ましくは0.08%以下であり、より好ましくは0.05%以下である。一方、Crの含有量の下限値は、0%である。
【0027】
[Ni:0〜0.30%]
ニッケル(Ni)は、Tiに含有されて金属間化合物を形成した場合に、耐食性を向上させる元素である。しかしながら、金属間化合物の形成は局部腐食発生の一因となる場合があり、本発明に係るチタン合金に対しては、Niを積極的に含有させなくともよい。そのため、Niの含有量は、0.30%以下とする。Niの含有量は、好ましくは0.25%以下であり、より好ましくは0.09%以下である。一方、Niの含有量の下限値は、0%である。
【0028】
[Mo:0〜0.10%]
モリブデン(Mo)は、溶出してイオン化した際に腐食抑制剤として機能することで、耐食性を向上させる元素である。しかしながら、わずかな局部腐食を抑制する本発明において、腐食抑制剤として機能するほどMoがイオン化することはなく、本発明に係るチタン合金に対して、Moを積極的に含有させなくともよい。そのため、Moの含有量は、0.10%以下とする。Moの含有量は、好ましくは0.05%以下であり、より好ましくは0.03%以下である。一方、Moの含有量の下限値は、0%である。
【0029】
[Pt:0〜0.10%]
白金(Pt)は、水素過電圧が小さいためにβ相そのものや素材全体の腐食電位を貴化させ、その添加によりチタンの不動態化を促進するため、耐食性向上に有効な元素である。本発明においては、Ptを積極的に含有させなくとも、他の白金族元素の添加によって十分な耐食性を発揮できる。また、高価な希少元素であるPtの過剰な含有は、素材コストを損なう一因となる。そのため、Ptの含有量は、0.10%以下とする。Ptの含有量は、好ましくは0.08%以下であり、より好ましくは0.05%以下である。一方、Ptの含有量の下限値は、0%である。
【0030】
[Pd:0〜0.20%]
パラジウム(Pd)は、水素過電圧が小さいためにβ相そのものや素材全体の腐食電位を貴化させ、その含有によりチタンの不動態化を促進するため、少量の含有により耐食性向上に有効な元素である。しかしながら、Pdは希少元素であり高価であるため、過剰な添加は素材コストを損なう一因となる。そのため、Pdの含有量は、0.20%以下とする。Pdの含有量は、好ましくは0.15%以下であり、より好ましくは0.10%以下である。一方、Pdの含有量の下限値は、0%であってもよく、0.01%以上であってもよい。
【0031】
[Ir:0〜0.10%以下]
イリジウム(Ir)は、水素過電圧が小さいためにβ相そのものや素材全体の腐食電位を貴化させ、その含有によりチタンの不動態化を促進するため、耐食性向上に有効な元素である。本発明においては、Irを積極的に含有させなくとも、他の白金族元素の含有によって十分な耐食性を発揮できる。一方で、高価な希少元素であるIrの過剰な添加は、素材コストを損なう一因となり得る。また、Irの過剰な含有は、不要な金属間化合物の析出を促進してしまう。そのため、Irの含有量は、0.10%以下とする。Irの含有量は、好ましくは0.08%以下であり、より好ましくは0.05%以下である。一方、Irの含有量の下限値は、0%である。
【0032】
[Os:0〜0.10%]
[Rh:0〜0.10%]
オスミウム(Os)及びロジウム(Rh)は、水素過電圧が小さいためにβ相そのものや素材全体の腐食電位を貴化させ、その含有によりチタンの不動態化を促進するため、耐食性向上に有効な元素である。本発明においては、OsやRhを積極的に含有させなくとも、他の白金族元素の含有によって十分な耐食性を発揮できる。一方で、高価な希少元素であるOsやRhの過剰な含有は、素材コストを損なう一因となり得る。また、OsやRhの過剰な含有は、規定範囲以上にβ相析出を促進してしまう。そのため、Os及びRhの含有量は、それぞれ0.10%以下とする。Os及びRhの含有量は、好ましくはそれぞれ0.08%以下であり、より好ましくはそれぞれ0.06%以下である。一方、Os及びRhの含有量の下限値は、それぞれ0%である。
【0033】
本実施形態に係るチタン合金において、上述の元素以外(残部)は、チタン(Ti)及び不純物からなる。本実施形態における「不純物」とは、チタン合金を工業的に製造する際にスポンジチタンやスクラップ等の原料をはじめとして製造工程の種々の要因によって混入する成分であり、不可避的に混入する成分も含む。このような不可避的な不純物としては、例えば、酸素、水素、炭素、窒素などが挙げられる。これらの元素は、本発明の課題を解決する限度において、その含有割合を制限すればよい。許容される酸素(O)の含有量は、0.20%以下であり、許容される水素(H)の含有量は、0.100%以下であり、許容される炭素(C)の含有量は、0.10%以下であり、許容される窒素(N)の含有量は、0.05%以下である。これらの元素の含有量は低ければ低いほどよく、含有量の下限値を規定するものではないが、これらの元素の含有量を0とすることは困難である。
【0034】
また、本実施形態に係るチタン合金は、以上説明した各元素の他に、本発明の効果を損なわない範囲で各種元素を含有しうる。このような元素として、例えば、アルミニウム(Al)、バナジウム(V)、シリコン(Si)等を挙げることができる。これら元素の含有量が、それぞれ、Al:0.10%以下、V:0.10%以下、Si:0.1%以下であれば、本発明の効果を損なうことはない。
【0035】
<任意元素について>
また、本実施形態に係るチタン合金は、更に、残部のTiの一部に換えて、質量%で、ランタン(La)、セリウム(Ce)及びネオジム(Nd)のうちの1種又は2種以上を、合計で0.001〜0.10%含有してもよく、Cu、Mn、Sn及びZrの1種又は2種以上を、合計で0.01〜0.20%含有してもよい。
【0036】
[La、Ce、Ndの合計含有量:0〜0.10%]
本実施形態に係るチタン合金は、La、Ce及びNdのうちの1種又は2種以上を含んでもよい。だだし、これらの元素は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、La、Ce及びNdのそれぞれの含有量の下限値は、0%である。
【0037】
RuやPd等の白金属元素を含有せずにLa、Ce、Ndをそれぞれ含有させるだけでは、耐食性を向上させる効果は乏しい。しかしながら、RuやPd等の水素過電圧の小さい元素と、合計0.001%以上のLa、Ce、Ndと、を含有させることで、チタン酸化物から構成される不動態皮膜をより溶解し難くし、耐食性を一層向上させる効果がある。従って、この効果が求められる場合、La、Ce及びNdの合計含有量の下限値を、0.001%としてもよい。ただし、La、Ce、Ndのいずれの元素も酸化物を形成しやすいため、過剰に含有すると不要な介在物の形成をもたらし、望ましくない。そのため、La、Ce、Ndの合計含有量は、0.10%以下とする。La、Ce、Ndの合計含有量は、より好ましくは0.080%以下である。なお、La、Ce、Ndは、単独で含有させてもよく、2種以上を含有させてもよい。また、La、Ce、Ndを混合物として含有させる場合には、ミッシュメタルを用いることが可能である。
【0038】
Laが含まれる場合、Laの含有量の下限値は、例えば、0.001%であることが好ましく、0.002%であることがより好ましい。また、Laの含有量の上限値は、例えば、0.100%であることが好ましく、0.080%であることがより好ましい。Ceが含まれる場合、Ceの含有量の下限値は、例えば、0.001%であることが好ましく、0.002%であることがより好ましい。また、Ceの含有量の上限値は、例えば、0.100%であることが好ましく、0.080%であることがより好ましい。Ndが含まれる場合、Ndの含有量の下限値は、例えば、0.001%であることが好ましく、0.002%であることがより好ましい。また、Ndの含有量の上限値は、0.100%であることが好ましく、0.080%であることがより好ましい。
【0039】
[Cu、Mn、Sn、Zrの合計含有量:0〜0.20%]
本実施形態に係るチタン合金は、銅(Cu)、マンガン(Mn)、スズ(Sn)及びジルコニウム(Zr)のうちの1種又は2種以上を含んでもよい。だだし、これらの元素は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu、Mn、Sn及びZrのそれぞれの含有量の下限値は0%である。
【0040】
RuやPd等の白金属元素を含有せずにCu、Mn、Sn、Zrをそれぞれ含有させるだけでは、耐食性を向上させる効果は乏しい。しかしながら、RuやPd等の水素過電圧の小さい元素と、合計0.01%以上のCu、Mn、Sn、Zrと、を含有させることで、チタン酸化物から構成される不動態皮膜をより溶解し難くし、耐食性を一層向上させる効果がある。ただし、一原子あたりの耐食性向上効果は、La,Ce,Ndに比べると弱い。従って、これらの効果が求められる場合、Cu、Mn、Sn及びZrの合計含有量の下限値を、0.01%としてもよい。Cu、Mn、Sn、Zrは、酸化物を形成しやすい訳ではないので、比較的多く含有させることができる。ただし、これらの元素を過剰に含有させると、Ti
2Cu等の本発明に不必要な金属組織が形成してしまうため、望ましくない。そのため、Cu、Mn、Sn、Zrの合計含有量は、0.20%以下とする。Cu、Mn、Sn、Zrの合計含有量は、好ましくは0.10%以下であり、より好ましくは0.008%以下である。なお、Cu、Mn、Sn、Zrは、単独で含有させてもよく、2種以上を含有させてもよい。
【0041】
Cuが含まれる場合、Cuの含有量の下限値は、例えば、0.01%であることが好ましく、0.02%であることがより好ましい。また、Cuの含有量の上限値は、例えば、0.20%であることが好ましく、0.10%であることがより好ましい。Mnが含まれる場合、Mnの含有量の下限値は、例えば、0.01%であることが好ましく、0.02%であることがより好ましい。また、Mnの含有量の上限値は、例えば、0.20%であることが好ましく、0.10%であることがより好ましい。Snが含まれる場合、Snの含有量の下限値は、例えば、0.01%であることが好ましく、0.02%であることがより好ましい。また、Snの含有量の上限値は、例えば、0.20%であることが好ましく、0.10%であることがより好ましい。Zrが含まれる場合、Zrの含有量の下限値は、例えば、0.01%であることが好ましく、0.02%であることがより好ましい。また、Zrの含有量の上限値は、例えば、0.20%であることが好ましく、0.10%であることがより好ましい。
【0042】
以上、本実施形態に係るチタン合金の化学成分について、詳細に説明した。
【0043】
<β結晶粒中の元素濃度について>
次に、β相結晶粒中の元素濃度について説明する。本実施形態に係るチタン合金は、先だって言及したように、α相の組織中に、微細なβ相結晶粒が分散した組織を有している。本実施形態に係るチタン合金では、α相及びβ相の2相を存在させ、かつ、β相中に濃化する元素の中でRuをはじめとする腐食電位の貴化に寄与する元素とその他の元素との割合を適正な範囲内とすることで、α相の腐食電位とβ相の腐食電位のバランスをとり、耐局部腐食性を向上させている。
【0044】
本実施形態に係るチタン合金を説明するにあたって、本発明者らは、上記のようなβ安定化元素を、水素過電圧が小さくβ相の腐食電位の貴化に寄与する元素群と、水素過電圧が大きくβ相の腐食電位の貴化に寄与しない元素群と、に大別している。水素過電圧が小さくβ相の腐食電位の貴化に寄与する元素群が、Ruをはじめとする白金族元素(すなわち、Ru、Pt、Pd、Ir、Os、Rh)であり、水素過電圧が大きくβ相の腐食電位の貴化に寄与しない元素群が、Fe、Cr、Ni、Moである。本実施形態に係るチタン合金では、これら2つの元素群の含有量によって、α相の腐食電位とβ相の腐食電位とを調整している。
【0045】
本実施形態に係るチタン合金のβ相結晶粒には、主にβ安定化元素や白金属元素が濃化するが、β相結晶粒に濃化する元素の成分比が所定の範囲になる場合に、より優れた耐食性を発揮できるようになる。具体的には、β相結晶粒に含まれる元素の成分比を表す下記式(1)のA値の平均値が、0.550〜2.000の範囲を満たす必要がある。
【0046】
A=([Fe]+[Cr]+[Ni]+[Mo])/([Pt]+[Pd]+[Ru]+[Ir]+[Os]+[Rh])・・・(1)
【0047】
ここで、式(1)内の[元素記号]の表示は、β相結晶粒中の元素濃度(質量%)を示す。また、式(1)中の[元素記号]のうち、β相結晶粒中に含有しない元素については当該元素の項に0を代入する。
【0048】
局部腐食を抑制し耐食性により優れたチタン合金を提供するためには、β相結晶粒(以下、「β粒」と略記することがある。)中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を0.550〜2.000の範囲内とする。β粒中の組成が、この比率に関する条件を満足することで、α相の腐食電位とβ相の腐食電位とのバランスがとれる。その結果、β相やβ相の周囲が優先的な腐食サイトとならずに局部腐食が抑制されて、より優れた耐食性が実現される。
【0049】
先程から言及しているように、β相やβ相の周囲が優先的な腐食サイトとなることを回避するためには、β粒の組成において、水素過電圧が小さいPt、Pd、Ru、Ir、Os、Rhなどの白金族元素と、白金族元素に比べて水素過電圧が大きいその他のβ安定化元素と、のバランスが重要である。この適したバランスを表すための指標として、β粒中の(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比の値をA値として規定し、このA値の平均値を、0.550〜2.000の範囲内とする。
【0050】
β粒中に白金族元素が多く分布する場合、つまり平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が0.550未満と小さい場合には、β相は優先溶解しないものの、β相の周囲にて局部腐食が発生してしまう。そのため、本実施形態に係るチタン合金では、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を、0.550以上と定める。本実施形態に係るチタン合金において、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比の値は、好ましくは0.600以上であり、より好ましくは0.650以上である。一方で、β粒中に白金族元素分布が少ない場合、つまり平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が2.000超と大きい場合には、β相が優先的な腐食サイトとなってしまい、局部腐食が発生してしまう。そのため、本実施形態に係るチタン合金では、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を、2.000以下と定める。本実施形態に係るチタン合金において、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比の値は、好ましくは1.800以下であり、より好ましくは1.500以下である。このように、β相やβ相の周囲で発生する局部腐食をどちらも抑制できる範囲として、本実施形態に係るチタン合金では、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を、0.550〜2.000の範囲内と定めている。なお、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を適正範囲に制御するためには、後述する仕上げ焼鈍後の冷却速度を調整することによって達成できる。
【0051】
β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比は以下のようにして求めることができる。
チタン合金の表面を数十μm程度研削し、更に、コロイダルシルカ含有液を研磨液として機械研磨を行う。ついで、研磨後の表面に対して、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer:電子線マイクロアナライザ)による元素分析を行う。具体的には、表面を3000倍に拡大した拡大画像を用い、例えば、およそ30μm×30μmの領域において、β粒を特定する。この際、平均粒径が0.
3μm以上であるβ粒を、特定対象とする。特定したβ粒について、粒径の大きいものから順に10個を選択し、これら10個のβ粒の化学成分をEPMA法により分析する。EPMA法による測定対象元素は、Fe、Ru、Cr、Ni、Mo、Pt、Pd、Ir、Os、Rh及びTiとする。そして、測定対象とする1視野について、β粒中の各測定対象元素の質量%を求める。得られた各元素の含有率を式(1)に導入することで、測定対象の10個のβ粒についてそれぞれ、(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を求める。そして、これらを平均して、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比とする。上記のような測定を、任意の10視野に対して実施し、各視野で得られた平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を用いて、視野数での相加平均を算出する。得られた相加平均値を、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比とする。なお、EPMA法では、加速電圧を5〜20KeVとして、測定を行うものとする。このような条件でEPMAにより測定を行うことで、1点が約0.2〜1.0μmのエリアについて点分析を行うことが可能であり、このような点分析を、着目する測定視野の全体にわたって実施する。
【0052】
<チタン合金の金属組織について>
先程から言及しているように、本実施形態に係るチタン合金は、α相を主体とし、α相中に少量のβ相が分散したα相とβ相の二相が存在する金属組織を有している。ここで、α相が「主体」とは、α相の面積率が90%超であることを意味する。
【0053】
本実施形態に係るチタン合金のα相結晶粒(以下、「α粒」と略記することがある。)は、平均粒径が5〜80μmである。結晶粒の長軸の長さを短軸の長さで除して得られる値をアスペクト比とした場合、本実施形態に係るチタン合金のα相は、α粒の平均アスペクト比が0.5〜2.0の範囲内にあり、かつ、アスペクト比が4以上となるα粒を粒の個数割合で10%以上含むことを特徴とする。このようなアスペクト比が異なるα粒の存在は必須ではないが、存在することで局部伸び及び局部伸びに対応する変形を施す場合に、割れ等が無く加工することができるという利点がある。
【0054】
また、本実施形態に係るチタン合金のβ相は、その面積率が1〜10%の範囲内であり、β相結晶粒の平均粒径が0.3〜5.0μmの範囲内であり、β相結晶粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が0.550〜2.000の範囲内であることを特徴とする。
【0055】
β相の面積率が小さすぎると、ピット状の腐食の個数割合が少ない場合であっても、一つのピットの腐食進展が深くなってしまい、好ましくない。かかる現象は、β相の面積率が1%未満である場合に顕著となる。そのため、β相の面積率は、1%以上とすることが好ましい。β相の面積率は、より好ましくは3%以上である。一方、β相の面積率が大きすぎると、ピット状の腐食の個数割合が少なくとも腐食の進展によりピット同士がつながることで大きなピットを形成してしまうため、好ましくない。かかる現象は、β相の面積率が10%を超える場合に顕著となる。そのため、β相の面積率は、10%以下とすることが好ましい。β相の面積率は、より好ましくは8%以下である。
【0056】
β粒の平均粒径が小さすぎる場合や大きすぎる場合には、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を満足しないβ相の割合が相対的に増えてしまう可能性がある。かかる現象は、β粒の平均粒径が0.3μm未満となる場合や、5.0μmを超える場合に顕著となる。そのため、β粒の平均粒径は、0.3〜5.0μmであることが好ましい。β粒の平均粒径は、より好ましくは0.5μm以上である。また、β粒の平均粒径は、より好ましくは4.0μm以下である。
【0057】
なお、上記のようなα相及びβ相の面積率、平均粒径、形状等は、以下のような方法により特定することが可能である。
α相の平均粒径と形状に際して、素材のL断面及びT断面を鏡面研磨した後、フッ化水素水溶液と硝酸水溶液を任意の割合で混合した液を用いてエッチングし、粒界を現出させる。このエッチングにより、光学顕微鏡下において、α相は白色に観察され、β相や結晶粒界は黒色に観察される。
【0058】
その後、光学顕微鏡により、200〜500倍の倍率で観察し、粒径や粒形状を観察する。10視野以上の視野を観察した結果から、α粒の平均粒径及びアスペクト比を測定する。方法は、JIS G 551に規定される切断法にて実施する。α粒の平均粒径の測定では、観察した光学顕微鏡像のL方向、T方向、板厚方向に既知の長さの直線(長さ:Lα)を任意に引き、直線がα粒界を横断した数を数える(α粒界を横断した数:Nα)。長さLαを、α粒界を横断した数Nαで除した値をα粒径とし、直線の方向をL方向、T方向、板厚方向にそれぞれ3本以上引き、同様にα粒径を測定する。測定したα粒径の相加平均を、α粒の平均粒径とする。アスペクト比についても、同様の方法で測定する。すなわち、α相結晶粒の長軸に対して平行な方向、及び、短軸に対して平行な方向のそれぞれに既知の長さの直線を引き、それぞれの直線が横断するα粒界の数を数え、それらの数を除することでアスペクト比を測定する。
【0059】
β相の平均粒径や面積率に際して、β相が小さいために観察には電子顕微鏡を用い、1000〜3000倍の倍率で観察する。β粒の平均粒径は、α粒の平均粒径の測定と同様の方法で行う。観察した電子顕微鏡像のL方向、T方向、板厚方向のそれぞれに既知の長さの直線を任意に引き(長さ:Lβ)、直線がβ粒界を横断した数を数える(β粒界を横断した数:Nβ)。長さLβを、β粒界を横断した数Nβで除した値を、β粒径とし、直線を、L方向、T方向、板厚方向にそれぞれ3本以上引き、同様にβ粒径を測定する。測定したβ粒径の相加平均を、β粒の平均粒径(dβ)とする。β相の面積率は、電子顕微鏡像から、視野に存在するβ粒の数(Pβ)を測定し、β粒の平均粒径(dβ)に、視野中に存在するβ粒の数を乗じ、この積を観察エリア全体の面積で除することで、β相の面積率とする。
【0060】
≪チタン合金の製造方法について≫
次に、本実施形態に係るチタン合金の製造方法の一例について説明する。なお、以下に説明する製造方法は、本発明の実施形態に係るチタン合金を得るための一例であり、本発明の実施形態に係るチタン合金は、以下の製造方法に限定されない。
【0061】
上記のように、本実施形態で対象とするチタン合金は、熱間圧延板や冷間圧延板として適用される。そしてこれら圧延板は、仕上げ焼鈍が施されて、製品とされる。
【0062】
通常のチタン合金の製造方法において、β相が微細に析出した場合、β相にFeが多く含有されるためにβ相の腐食電位が低くなり、β相はα相よりも腐食されやすくなる。その結果、チタン合金の表面には、荒れが生じてしまう。このような表面の荒れは、表面清浄性が求められる用途では、忌避すべきものである。本実施形態に係るチタン合金の製造方法では、上記のような表面清浄性の低下を抑制しながら、より耐食性に優れるチタン合金を提供する。
【0063】
以下では、まず、水素過電圧が小さくβ相の腐食電位の貴化に寄与する元素として、Ruに着目するとともに、水素過電圧が大きくβ相の腐食電位の貴化に寄与しない元素として、Feに着目し、本実施形態に係るチタン合金の製造方法で実現されるβ粒中へのRuの濃化現象について、簡単に説明する。
【0064】
本実施形態に係るチタン合金の製造方法は、仕上げ焼鈍の際に、α+β二相域又はα単相域でのRuのβ相への濃化とその後の冷却によって、FeとRuのβ相中でのバランスを調整する。すなわち、これらの温度域では、Feは拡散速度が速く、β相中からα相中に移動しやすい一方で、Ruは、拡散速度が遅いために、β相中に残存しやすい。このようなRuとFeとの拡散速度の違いを利用し、かつ、冷却速度を適切に調整することで、本実施形態に係るチタン合金の製造方法では、FeとRuをβ相中に適切な割合で固溶させて、上記式(1)で表されるA値の平均値を所望の範囲内としている。かかるRuのβ相中への濃化度合いは、冷却速度に依存する。このような理由から、本実施形態に係るチタン合金の製造方法では、この仕上げ焼鈍の条件を制御することが重要となる。
以下、本実施形態に係るチタン合金の好適な製造方法を説明する。
【0065】
本実施形態に係るチタン合金は、塑性加工されたチタン合金素材を、仕上げ焼鈍温度:550〜780℃、仕上げ焼鈍時間:1分〜70時間で焼鈍する第1の工程と、仕上げ焼鈍温度から400℃に到達するまでの平均冷却速度が0.20℃/s以下となる条件で冷却する第2の工程と、を順次行うことによって製造される。なお、塑性加工されたチタン合金素材としては、例えば、熱間圧延板や冷間圧延板を例示できる。
以下、各工程について説明する。
【0066】
まず、上記成分組成を有するインゴットやスラブを鋳造し、熱間鍛造や熱間圧延等の熱間加工と、脱スケールを施したのち、必要に応じて冷間加工を施す。このようにしてチタン合金素材を製造する。チタン合金素材は、冷間加工後の素材に限らず、熱間加工後の素材であってもよく、熱間加工と脱スケールを行った後の素材であってもよい。
【0067】
次に、第1の工程として、チタン合金素材に仕上げ焼鈍を施す。仕上げ焼鈍後には、必要に応じて脱スケールを実施する。
【0068】
仕上げ焼鈍温度は、上記のように、550〜780℃といった範囲で実施する。この際、仕上げ焼鈍温度までの昇温速度は、0.001〜10.000℃/sとする。ここで、仕上げ焼鈍温度までの昇温速度とは、(昇温開始温度+10)℃から仕上げ焼鈍温度の目標値までのチタン合金素材の表面の温度上昇幅を、(昇温開始温度+10)℃から仕上げ焼鈍温度の目標値までの所要時間で除した値とする。
【0069】
仕上げ焼鈍温度が550℃未満である場合には、未再結晶粒が残存した組織となり加工性に劣るため、好ましくない。仕上げ焼鈍温度は、好ましくは580℃以上であり、より好ましくは600℃以上である。一方で、仕上げ焼鈍温度が780℃を超える場合には、表面形態や素材形状が不良となるため、好ましくない。仕上げ焼鈍温度は、好ましくは750℃以下であり、より好ましくは700℃以下である。
【0070】
仕上げ焼鈍温度までの昇温速度が0.001℃/s未満である場合には、焼鈍に不要な時間を要してしまい生産効率を損なうため、好ましくない。仕上げ焼鈍温度までの昇温速度は、好ましくは0.005℃/s以上であり、より好ましくは0.010℃/s以上である。一方で、仕上げ焼鈍温度までの昇温速度が10.000℃/sを超える場合には、昇温速度が速すぎるために表面と板厚中心部などの場所による熱履歴の差が発生し、素材全体での組織にバラツキが生じて品質が安定しないため、好ましくない。仕上げ焼鈍温度までの昇温速度は、好ましくは8.000℃/s以下であり、より好ましくは5.000℃/s以下である。
【0071】
また、仕上げ焼鈍時間(すなわち、仕上げ焼鈍温度の保持時間)は、上記のように、1分〜70時間の範囲内とすればよく、採用する焼鈍方法に応じて設定すればよい。例えば、連続焼鈍の場合は、仕上げ焼鈍時間は、1〜20分とすることができ、バッチ焼鈍の場合は、仕上げ焼鈍時間は、2〜70時間とすることができる。RuやFeといった上記(1)式に関係する添加元素の拡散速度を考慮すると、仕上げ焼鈍時間は、連続焼鈍の場合は2分以上であることが好ましく、バッチ焼鈍の場合は、3時間以上であることが好ましい。一方、焼鈍時間が長くなると生産効率を損なうため、仕上げ焼鈍時間は、連続焼鈍の場合は10分以下であることが好ましく、バッチ焼鈍の場合は100時間以下であることが好ましい。
【0072】
仕上げ焼鈍の雰囲気については、特に限定されるものではなく、大気雰囲気で行ってもよく、真空雰囲気や不活性ガス雰囲気で行ってもよい。
【0073】
次に、第2の工程として、前述の仕上げ焼鈍温度にて熱処理した後のチタン合金素材を、常温まで冷却する。先だって説明したように、このときの冷却速度は、β粒中の組成に大きな影響を及ぼす。耐食性により優れたチタン合金を提供するためには、適切なβ粒中の組成とする必要がある。具体的には、上述したようにβ粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を、適正の範囲内とする必要がある。β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を所望の範囲内とするために、本実施形態に係るチタン合金の製造方法では、前述の仕上げ焼鈍温度から400℃までの温度域における平均冷却速度を、0.20℃/s以下とする。当該温度域の平均冷却速度を、0.20℃/s以下と遅くすることで、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を適正範囲とすることができる。仕上げ焼鈍温度から400℃までの温度域における平均冷却速度は、好ましくは0.150℃/s以下であり、より好ましくは0.120℃/s以下である。一方で、平均冷却速度が遅すぎると生産性が低下するため、生産性を損なわない程度に下限を設定すればよい。例えば、平均冷却速度は、0.001℃/s以上とすることができる。仕上げ焼鈍温度から400℃までの温度域における平均冷却速度は、好ましくは0.003℃/s以上であり、より好ましくは0.005℃/s以上である。
【0074】
なお、仕上げ焼鈍温度から400℃までの温度域における平均冷却速度とは、仕上げ焼鈍温度から400℃までのチタン合金素材の表面の温度降下幅を、仕上焼鈍温度から400℃までの所要時間で除した値とする。
【0075】
400℃まで冷却した後の平均冷却速度は、特に制限する必要はなく、水冷等の手段によって急速に冷却を行ってもよい。
【0076】
以上説明したように、本実施形態に係るチタン合金は、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比の値を適切な範囲内に制御することにより、β相やその周囲が優先的な腐食サイトとなることを回避し、局部腐食を抑制することができる。その結果、本実施形態に係るチタン合金は、希少元素の添加量がわずかであっても、耐食性をより向上させることができる。
【実施例】
【0077】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明は下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することが可能であり、かかる変更例についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0078】
スポンジチタン、スクラップ及び所定の添加元素を溶解原料とし、真空アーク溶解炉により、表1に示す各成分組成のチタンインゴットを鋳造した。ここでは、真空アーク溶解炉によりチタンインゴットを鋳造したが、これに限定されるものではなく、電子ビーム溶解炉によりチタンインゴットを鋳造してもよい。
なお、表1の下線が付された値は、本発明の範囲外の値であることを示し、また、記号「−」は、その記号に係る元素が意図的に添加されていないことを示す。
【0079】
鋳造したチタン鋳塊を用いて、約800〜1000℃の加熱温度で鍛造、熱間圧延を行い、厚さ4.0mmの熱延板を得た。熱延板に脱スケールを施した後、所定の板厚まで冷間圧延を行い、これをチタン合金素材とした。
【0080】
次いで、圧力1.3×10
−4Paの真空雰囲気中にて仕上げ焼鈍を施し、その後、冷却した。仕上げ焼鈍及び冷却の条件は、表2に示す条件にて実施した。表2に示す冷却速度は、仕上げ焼鈍温度から400℃に到達するまでの平均冷却速度である。このようにして、チタン合金板を得た。なお、仕上げ焼鈍における保持時間(焼鈍時間)は、以下の表2に示す時間とした。
【0081】
製造されたチタン合金板から試験片を作製し、以下の組織観察、β粒中の元素分布分析及び耐食性試験を行った。
【0082】
組織観察は、SEMを用いて、準備したチタン合金素材の表面を、例えば3000倍以上の倍率により、30μm×30μm以下の範囲で観察することで、金属間化合物や介在物の有無を確認した。ここでは、α相とβ粒以外の組織を全て金属間化合物又は介在物と判断した。金属間化合物又は介在物の合計の面積率が1%以下の場合に、金属間化合物や介在物が無いと判断した。
【0083】
β粒中の元素分布分析は、以下のようにして行った。
まず、チタン合金板の表面を数μm程度研削し、更に、コロイダルシルカ含有液を研磨液として機械研磨を行った。ついで、研磨後の表面に対して、EPMAによる元素分析を行った。具体的には、表面を3000倍に拡大した拡大画像においてβ粒を特定した。この際、平均粒径が0.3μm以上であるβ粒を、特定対象とした。特定したβ粒について、粒径の大きいものから順に10個を選択し、これら10個のβ粒の化学成分を、EPMA法により分析した。EPMA法による測定対象元素は、Fe、Ru、Cr、Ni、Mo、Pt、Pd、Ir、Os、Rh及びTiとした。そして、測定対象とする1視野について、β粒中の各測定対象元素の質量%を求めた。得られた各元素の含有率を下記式に導入することで、測定対象の10個のβ粒についてそれぞれ、(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を求めた。そして、これらを平均して、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比とした。上記のような測定を、任意の3視野に対して実施し、各視野で得られた平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比を用いて、視野数での相加平均を算出した。得られた相加平均値を、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比とした。なお、EPMA法では、加速電圧を15KeVとして、測定を行った。
【0084】
耐食性の評価は、以下のようにして評価した。
得られたチタン合金板から、試験片(10mm×40mm)を切り出し、当該試験片を90℃、8mass%の塩酸水溶液に24h浸漬し、浸漬前後の質量変化(腐食減量)から算出した腐食速度(mm/year)を求めた。腐食減量(質量)から腐食減肉量(厚み)を計算で求め、この24時間の腐食減肉量を1年あたりの腐食速度に換算した。すなわち、腐食速度の単位は、1年あたりの試験片の厚みの減少量に換算したものである。腐食速度が0.20(mm/year)を超える場合を不合格とし、0.20(mm/year)以下である場合を合格とした。
【0085】
更に、上記腐食試験後の試験片を走査型電子顕微鏡で観察し、ピット状に腐食したβ粒の数を数え、全体のβ粒の数で除することで、ピット状に腐食したβ粒の個数割合を測定した。走査型電子顕微鏡での観察は3000倍で実施し、10視野以上の視野を観察した。この際、非浸食部を基準としてβ粒径の半分以上の浸食深さを有する凹部構造を、ピットと判断した。そして、局部腐食の評価については、ピット状に腐食したβ粒の個数割合が10%を超える場合を不合格とし、10%以内である場合を合格とした。
得られた結果を、以下の表3にまとめた。
なお、表3の下線が付された値は、本発明の範囲外の値であることを示す。
【0086】
図1に、本実験例(No.1〜49)におけるβ粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比と、β粒の全数に対するピット状に腐食したβ粒の個数割合との関係を示した。
【0087】
No.1〜30は、本発明に規定するチタン合金の化学成分、仕上げ焼鈍に関する諸条件、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比の全てを満足するため、優れた腐食速度を示し、ピット状に腐食したβ粒の個数割合が10%以内であり、局部腐食も抑制できた。また、No.1〜30の腐食速度はいずれも0.10(mm/year)以下であり、合格基準を大幅に下回った。
【0088】
一方、No.31〜33は、チタン合金の化学成分は本発明に規定する成分範囲を満足するものの、仕上げ焼鈍後の冷却速度が速すぎた。そのため、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が下限を下回り、大きな腐食速度を示すとともに、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0089】
No.34は、Fe含有量が過剰である。そのため、仕上げ焼鈍に関する諸条件が適切であっても、金属間化合物又は介在物が析出し、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が上限を超えており、大きな腐食速度を示すとともに、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0090】
No.35は、Cr量が過剰である。そのため、仕上げ焼鈍に関する諸条件が適切であっても、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が上限を超えており、大きな腐食速度を示すとともに、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0091】
No.36は、Ni含有量が過剰である。そのため、仕上げ焼鈍に関する諸条件が適切であっても、金属間化合物又は介在物が析出し、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が上限を超えており、大きな腐食速度を示すとともに、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0092】
No.37は、Ru含有量が過剰である。そのため、仕上げ焼鈍に関する諸条件が適切であっても、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が下限を下回り、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0093】
No.38は、Pd量が過剰である。そのため、仕上げ焼鈍に関する諸条件が適切であっても、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が下限を下回り、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0094】
No.39は、Ru含有量が不足した。そのため、仕上げ焼鈍に関する諸条件が適切であっても、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が上限を超えており、大きな腐食速度を示すとともに、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0095】
No.40はRh含有量が過剰である。そのため、仕上げ焼鈍に関する諸条件が適切であっても、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が下限を下回り、大きな腐食速度を示すとともに、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0096】
No.41は、La、Ce、Ndの合計含有量が過剰である。そのため、仕上げ焼鈍に関する諸条件が適切であっても、金属間化合物又は介在物が析出し、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が下限を下回り、大きな腐食速度を示すとともに、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0097】
No.42は、Cu、Mn、Sn、Zrの合計含有量が過剰である。そのため、仕上げ焼鈍に関する諸条件が適切であっても、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が上限を超えており、大きな腐食速度を示すとともに、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0098】
No.43は、Mo含有量が過剰である。そのため、仕上げ焼鈍に関する諸条件が適切であっても、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が上限を超えており、大きな腐食速度を示すとともに、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0099】
No.44は、Ir含有量が過剰である。そのため、仕上げ焼鈍に関する諸条件が適切であっても、金属間化合物又は介在物が析出し、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が下限を下回り、大きな腐食速度を示すとともに、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0100】
No.45は、Os含有量が過剰である。そのため、仕上げ焼鈍に関する諸条件が適切であっても、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が下限を下回り、大きな腐食速度を示すとともに、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0101】
No.46は、チタン合金の化学成分は本発明に規定する成分範囲を満足するものの、仕上げ焼鈍時の昇温速度が速すぎた。そのため、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が下限を下回り、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0102】
No.47は、チタン合金の化学成分は本発明に規定する成分範囲を満足するものの、仕上げ焼鈍温度が低すぎた。そのため、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が下限を下回り、大きな腐食速度を示すとともに、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0103】
No.48は、チタン合金の化学成分は本発明に規定する成分範囲を満足するものの、仕上げ焼鈍温度が高すぎた。そのため、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が上限を超え、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0104】
No.49は、チタン合金の化学成分は本発明に規定する成分範囲を満足するものの、仕上げ焼鈍における保持時間が短すぎた。そのため、β粒中の平均(Fe+Cr+Ni+Mo)/(Pt+Pd+Ru+Ir+Os+Rh)比が下限を下回り、大きな腐食速度を示すとともに、局部腐食が発生してしまい、耐食性に劣った。
【0105】
【表1】
【0106】
【表2】
【0107】
【表3】
【0108】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
より優れた耐食性を有するチタン合金を提供するために、質量%で、Fe:0.010〜0.300%、Ru:0.010〜0.150%、Cr:0〜0.10%、Ni:0〜0.30%、Mo:0〜0.10%、Pt:0〜0.10%、Pd:0〜0.20%、Ir:0〜0.10%、Os:0〜0.10%、Rh:0〜0.10%、La、Ce及びNdの1種又は2種以上:合計で0〜0.10%、Cu、Mn、Sn及びZrの1種又は2種以上:合計で0〜0.20%、C:0.10%以下、N:0.05%以下、O:0.20%以下、H:0.100%以下を含有し、残部がTi及び不純物からなり、β相結晶粒に含まれる元素の成分比を表す式(1)のA値の平均値が、0.550〜2.000の範囲であり、α相とβ相を含むチタン合金を採用する。