(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、980MPa以上の引張強さと、十分な延性および伸びフランジ性とを有する超高強度鋼板において、ジルコニウム系化成処理液を用いた化成処理で良好な化成処理性と塗膜密着性とが安定して得られる条件について鋭意研究を重ねた。検討の結果、鋼板の表層の酸化物が化成処理性、塗膜密着性に大きく影響していることが分かった。具体的には、以下の通りである。
鋼板は、通常、化成処理を行う前に酸洗される。しかしながら、通常の酸洗を行っても超高強度鋼板の表面には、Si、Al等の酸化物が形成されており、これがジルコニウム系化成処理性、塗膜密着性を劣化させることが分かった。本発明者らがさらに検討を行った結果、化成処理性及び塗膜密着性の向上には、Si、Al等の酸化物の形成を抑制するとともに、ジルコニウム系化成結晶の析出核として鋼板表層にNiの濃化層を形成することが、効果的であることを発見した。
また、本発明者らは、一般的な熱延鋼板を製造する工程において安価でかつ大量生産を前提とした場合、微量なNiの含有と、熱間圧延に先立つ加熱工程での加熱条件とを限定することとによって、酸洗後(化成処理前)の鋼板表層にNiの濃化層を形成することが可能であることを見出した。
【0019】
以下、本実施形態に係る熱延鋼板について詳細に説明する。
【0020】
[鋼板の成分]
まず、本実施形態に係る熱延鋼板の化学成分の限定理由を説明する。特に断りのない限り、成分の含有量に関する%は質量%を示す。
また、本明細書中の各式において用いる元素名の表示は、当該元素の鋼板中の含有量(質量%)を示すものとし、含有していない場合は0を代入するものとする。
【0021】
C:0.100〜0.250%
Cは、ベイナイトの生成を促進する作用と残留オーステナイトを安定化する作用とを有する。C含有量が0.100%未満では、所望のベイナイト面積分率および残留オーステナイト面積分率を得ることが困難となる。したがって、C含有量は0.100%以上とする。C含有量は、好ましくは0.120%以上、または0.150%以上である。
一方、C含有量が0.250%超では、パーライトが優先的に生成してベイナイトおよび残留オーステナイトの生成が不十分となり、所望のベイナイトの面積分率および残留オーステナイトの面積分率を得ることが困難となる。したがって、C含有量は0.250%以下とする。C含有量は好ましくは0.220%以下、または0.200%以下である。
【0022】
Si:0.05〜3.00%
Siは、セメンタイトの析出を遅延させる作用を有する。この作用により、オーステナイトが未変態で残留する量、すなわち残留オーステナイトの面積分率を高めることができ、また固溶強化により鋼板の強度を高めることができる。また、Siは、脱酸により鋼を健全化する(鋼にブローホールなどの欠陥が生じることを抑制する)作用を有する。Si含有量が0.05%未満では、上記作用による効果を得ることができない。したがって、Si含有量は0.05%以上とする。Si含有量は、好ましくは0.50%以上、または1.00%以上である。
一方、Si含有量が3.00%超では、鋼板の表面性状および化成処理性、さらには延性および溶接性が著しく劣化するとともに、A3変態点が著しく上昇する。これにより、安定して熱間圧延を行うことが困難になる。したがって、Si含有量は3.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは2.70%以下、または2.50%以下である。
【0023】
Mn:1.00〜4.00%
Mnは、フェライト変態を抑制してベイナイトの生成を促進する作用を有する。Mn含有量が1.00%未満では、所望のベイナイトの面積分率を得ることができない。したがって、Mn含有量は1.00%以上とする。Mn含有量は、好ましくは1.50%以上であり、より好ましくは1.80%以上である。
一方、Mn含有量が4.00%超では、ベイナイト変態の完了が遅延することで、オーステナイトへの炭素濃化が促進されず、残留オーステナイトの生成が不十分となり、所望の残留オーステナイトの面積分率を得ることが困難となる。したがって、Mn含有量は4.00%以下とする。Mn含有量は、好ましくは3.70%以下、または3.50%以下である。
【0024】
Ni:0.02%〜2.00%
Niは、本実施形態に係る熱延鋼板において重要な元素のひとつである。Niは、主に熱間圧延工程の加熱工程において、特定の条件下で鋼板表面とスケールとの界面近傍の鋼板表面近傍に濃化する。このNiが、鋼板表面にジルコニウム系化成処理を行う際に、ジルコニウム系化成処理皮膜の析出核となり、スケがなく密着性のよい皮膜の形成を促進する。Ni含有量が0.02%未満ではその効果がないので、Ni含有量を0.02%以上とする。上記密着性向上効果は、ジルコニウム系化成処理皮膜だけでなく、従来のリン酸亜鉛化成処理皮膜に対しても同様に得られる。また、溶融亜鉛めっき処理による溶融亜鉛めっき層や、さらには、めっき後合金化処理された合金化亜鉛めっき層の母材との密着性も向上させる。
一方、Ni含有量が2.00%を超えてもその効果が飽和するだけでなく、合金コストが上昇する。従って、Ni含有量を、2.00%以下とする。好ましくは0.50%以下、0.20%以下、または0.05%以下である。
【0025】
Al:0.001〜2.000%
Alは、Siと同様に、鋼を脱酸して鋼板を健全化する作用を有する。また、Alは、オーステナイトからのセメンタイトの析出を抑制することで、残留オーステナイトの生成を促進する作用を有する。Al含有量が0.001%未満では上記作用による効果を得ることができない。したがって、Al含有量は、0.001%以上とする。Al含有量は、好ましくは0.010%以上である。
一方、Al含有量が2.000%超では、上記効果が飽和するとともに経済的に好ましくない。そのため、Al含有量は2.000%以下とする。Al含有量は、好ましくは1.500%以下、または1.300%以下である。
【0026】
P:0.100%以下
Pは、一般的に不純物として含有される元素であるが、固溶強化により強度を高める作用を有する元素でもある。Pを積極的に含有させてもよいが、Pは偏析し易い元素であり、P含有量が0.100%を超えると、粒界偏析に起因する成形性や靭性の低下が顕著となる。したがって、P含有量は、0.100%以下に制限する。P含有量は、好ましくは0.030%以下である。P含有量の下限は、特に規定する必要はないが、精錬コストの観点から、0.001%とすることが好ましい。
【0027】
S:0.0300%以下
Sは、不純物として含有される元素であり、鋼中に硫化物系介在物を形成して熱延鋼板の成形性を低下させる。S含有量が0.0300%を超えると、成形性が著しく低下する。したがって、S含有量は0.0300%以下に制限する。S含有量は、好ましくは0.0050%以下である。S含有量の下限は特に規定する必要はないが、精錬コストの観点から、0.0001%とすることが好ましい。
【0028】
N:0.1000%以下
Nは、不純物として鋼中に含有される元素であり、鋼板の成形性を低下させる元素である。N含有量が0.1000%超では、鋼板の成形性が著しく低下する。したがって、N含有量は0.1000%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0800%以下であり、さらに好ましくは0.0700%以下である。N含有量の下限は特に規定する必要はないが、後述するようにTiおよびVの1種または2種以上を含有させて金属組織の微細化を図る場合には、炭窒化物の析出を促進させるためにN含有量は0.0010%以上とすることが好ましく、0.0020%以上とすることがより好ましい。
【0029】
O:0.0100%以下
Oは、鋼中に多く含まれると破壊の起点となる粗大な酸化物を形成し、脆性破壊や水素誘起割れを引き起こす。そのため、O含有量は0.0100%以下に制限する。O含有量は、0.0080%以下、0.0050%以下とすることが好ましい。溶鋼の脱酸時に微細な酸化物を多数分散させるために、O含有量は0.0005%以上、または0.0010%以上としてもよい。
【0030】
本実施形態に係る熱延鋼板の化学組成の残部は、Feおよび不純物からなることを基本とするが、本実施形態に係る熱延鋼板は、上記元素に加え、Nb、Ti、V、Cu、Cr、Mo、B、Ca、Mg、REM、Bi、Zr、Co、Zn、WおよびSnを任意元素として含有してもよい。上記任意元素を含有させない場合の含有量は0%である。以下、上記任意元素について詳細に説明する。
【0031】
本実施形態において、不純物とは、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境等から混入されるものであって、本実施形態に係る熱延鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0032】
Nb:0〜0.300%
Nbは、炭窒化物を形成して、あるいは、固溶Nbが熱間圧延時の粒成長を遅延することで、熱延鋼板の粒径の微細化を通じて低温靭性の向上に寄与する元素である。この効果を得る場合、Nb含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
一方、Nb含有量が0.300%を超えても上記効果は飽和して経済性が低下する。そのため、必要に応じて、Nbを含有させる場合でも、Nb含有量は0.300%以下とする。
【0033】
Ti:0〜0.300%およびV:0〜0.500%からなる群から選択される1種または2種
TiおよびVは、いずれも、鋼中に炭化物または窒化物として析出し、ピン止め効果によって金属組織を微細化する作用を有する。そのため、これらの元素の1種または2種を含有させてもよい。上記作用による効果をより確実に得るためには、Ti含有量を0.005%以上とするか、あるいはV含有量を0.005%以上とすることが好ましい。しかし、これらの元素を過剰に含有させても、上記作用による効果が飽和して経済的に好ましくない。したがって、含有させる場合でも、Ti含有量は0.300%以下とし、V含有量は0.500%以下とする。
【0034】
Cu:0〜2.00%、Cr:0〜2.00%、Mo:0〜1.000%、およびB:0〜0.0100%からなる群から選択される1種または2種以上
Cu、Cr、Mo、およびBは、いずれも、焼入性を高める作用を有する。また、Crは残留オーステナイトを安定化させる作用を有し、CuおよびMoは鋼中に炭化物を析出して強度を高める作用を有する。
【0035】
Cuは、焼入れ性を高める作用、および低温で鋼中に炭化物として析出して鋼板の強度を高める作用を有する。上記作用による効果をより確実に得るためには、Cu含有量は0.01%以上とすることが好ましく、0.03%以上または0.05%以上とすることがより好ましい。しかしながら、Cu含有量が2.00%超では、スラブの粒界割れが生じる場合がある。したがって、Cu含有量は2.00%以下とする。Cu含有量は、好ましくは1.50%以下、1.00%以下である。
【0036】
Crは、焼入性を高める作用および残留オーステナイトを安定化させる作用を有する。上記作用による効果をより確実に得るためには、Cr含有量を0.01%以上、または0.05%以上とすることが好ましい。しかしながら、Cr含有量が2.00%超では、鋼板の化成処理性が著しく低下する。したがって、Cr含有量は2.00%以下とする。
【0037】
Moは、焼入性を高める作用および鋼中に炭化物を析出して強度を高める作用を有する。上記作用による効果をより確実に得るためには、Mo含有量を0.010%以上、または0.020%以上とすることが好ましい。しかしながら、Mo含有量を1.000%超としても上記作用による効果は飽和して経済的に好ましくない。したがって、Mo含有量は1.000%以下とする。Mo含有量は、好ましくは0.500%以下、0.200%以下である。
【0038】
Bは、焼入れ性を高める作用を有する。この作用による効果をより確実に得るためには、B含有量を0.0001%以上、または0.0002%以上とすることが好ましい。しかしながら、B含有量が0.0100%超では、鋼板の成形性が著しく低下するため、B含有量は0.0100%以下とする。B含有量は、0.0050%以下とすることが好ましい。
【0039】
Ca:0〜0.0200%、Mg:0〜0.0200%およびREM:0〜0.1000%からなる群から選択される1種または2種以上
Ca、MgおよびREMは、いずれも、介在物の形状を好ましい形状に調整することにより、鋼板の成形性を高める作用を有する。したがって、これらの元素の1種または2種以上を含有させてもよい。上記作用による効果をより確実に得るためには、Ca、MgおよびREMのいずれか1種以上の含有量をそれぞれ0.0005%以上とすることが好ましい。しかしながら、Ca含有量またはMg含有量がそれぞれ0.0200%を超えると、あるいはREM含有量が0.1000%を超えると、鋼中に介在物が過剰に生成され、却って鋼板の成形性を低下させる場合がある。したがって、Ca含有量およびMg含有量を0.0200%以下、並びにREM含有量を0.1000%以下とする。
ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドからなる合計17元素を指し、上記REMの含有量は、これらの元素の合計含有量を指す。ランタノイドの場合、工業的にはミッシュメタルの形で添加される。
【0040】
Bi:0〜0.020%
Biは、凝固組織を微細化することにより成形性を高める作用を有するので、鋼中に含有させてもよい。この作用による効果をより確実に得るためには、Bi含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。しかしながら、Bi含有量を0.020%超としても、上記作用による効果は飽和してしまい、経済的に好ましくない。したがって、Bi含有量は0.020%以下とする。Bi含有量は、好ましくは0.010%以下である。
【0041】
Zr、Co、ZnおよびWのうち1種または2種以上:合計で0〜1.000%
Sn:0〜0.050%
Zr、Co、ZnおよびWについて、本発明者らは、これらの元素を合計で1.000%以下含有させても、本実施形態に係る熱延鋼板の効果は損なわれないことを確認している。そのため、Zr、Co、ZnおよびWのうち1種または2種以上を合計で1.000%以下含有させてもよい。
また、本発明者らは、Snを少量含有させても本実施形態に係る熱延鋼板の効果は損なわれないことを確認しているが、Snを含有させると熱間圧延時に疵が発生しやすくなるので、Sn含有量は0.050%以下とする。
【0042】
0.05%≦Si+Al≦3.00%
本実施形態に係る熱延鋼板では、各元素の含有量を上記の範囲に制御した上で、Si+Alが下記式(1)を満足するように制御する必要がある。
0.05%≦Si+Al≦3.00%・ ・ ・ 式(1)
Si+Alが0.05%未満であると、ウロコ、紡錘スケールといったスケール系欠陥が発生する
一方、Si+Alが3.00%超であると、Niを含有させても化成処理性、塗膜密着性を改善する効果が発現しなくなる。
【0043】
上述した、熱延鋼板における各元素の含有量は、JISG1201:2014に準じて切粉によるICP発光分光分析で求めた、全板厚での平均含有量である。
【0044】
[鋼板の金属組織]
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の金属組織(ミクロ組織)について説明する。
本実施形態に係る熱延鋼板では、鋼板の圧延方向に平行な断面において、鋼板表面から板厚の1/4深さ(板厚t(mm)としたときのt/4)の位置における金属組織が、面積分率(面積%)で、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトを合計で77.0〜97.0%、フェライトを0〜5.0%、パーライトを0〜5.0%、残留オーステナイトを3.0%以上、マルテンサイトを0〜10.0%含有することで、980MPa以上の引張強さと高いプレス成形性(延性および伸びフランジ性)とを得る。本実施形態において、鋼板の圧延方向に平行な断面の、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置における金属組織を規定する理由は、この位置における金属組織が、鋼板の代表的な金属組織を示すからである。
【0045】
ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの合計の面積分率:77.0〜97.0%
ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトは、本実施形態において最も重要な金属組織である。
ベイナイトはラス状の結晶粒の集合である。ベイナイトには、ラス間に炭化物を含む、ラスの集合体である上部ベイナイトと、内部に長径5nm以上の鉄系炭化物を含む下部ベイナイトとがある。下部ベイナイトに析出する鉄系炭化物は、単一のバリアント、即ち、同一方向に伸長した鉄系炭化物群に属する。焼き戻しマルテンサイトは、ラス状の結晶粒の集合であり、内部に長径5nm以上の鉄系炭化物を含む。焼き戻しマルテンサイト内の鉄系炭化物は、複数のバリアント、即ち、異なる方向に伸長した複数の鉄系炭化物群に属する。後述する測定方法により下部ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトを区別することは困難であるため、本実施形態では両者を区別する必要はない。
【0046】
上述したように、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトは、硬質かつ均質な金属組織であり、鋼板に高い強度と優れた伸びフランジ性とを兼備させるのに最も適した金属組織である。ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの合計の面積分率が77.0%未満では、高い強度と優れた伸びフランジ性とを鋼板に兼備させることができない。したがって、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの合計の面積分率は77.0%以上とする。ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの合計の面積分率は、好ましくは85.0%以上、より好ましくは90.0%以上である。本実施形態に係る熱延鋼板は残留オーステナイトを3.0%以上含むため、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの合計の面積分率は97.0%以下である。
【0047】
フェライトの面積分率:0〜5.0%
フェライトは塊状の結晶粒であって、内部に、ラス等の下部組織を含まない金属組織である。軟質なフェライトの面積分率が5.0%を超えると、ボイドの発生起点となり易いフェライトとベイナイトまたは焼き戻しマルテンサイトとの界面、およびフェライトと残留オーステナイトとの界面が増加することで、特に鋼板の伸びフランジ性が低下する。したがって、フェライトの面積分率は5.0%以下とする。フェライトの面積分率は、好ましくは4.0%以下、3.0%以下、または2.0%以下である。鋼板の伸びフランジ性を向上させるために、フェライトの面積分率は可能な限り低減することが好ましく、その下限は0%とする。
【0048】
パーライトの面積分率:0〜5.0%
パーライトはフェライト同士の間にセメンタイトが層状に析出したラメラ状の金属組織であり、またベイナイトと比較すると軟質な金属組織である。パーライトの面積分率が5.0%を超えると、ボイドの発生起点となり易いパーライトと、ベイナイトまたは焼き戻しマルテンサイトとの界面、およびパーライトと残留オーステナイトとの界面が増加することで、特に鋼板の伸びフランジ性が低下する。したがって、パーライトの面積分率は5.0%以下とする。パーライトの面積分率は、好ましくは4.0%以下、3.0%以下、または2.0%以下である。鋼板の伸びフランジ性を向上させるために、パーライトの面積分率は可能な限り低減することが好ましく、その下限は0%とする。
【0049】
マルテンサイトの面積分率:0〜10.0%
本実施形態において、マルテンサイトは直径5nm以上の炭化物がラス間及びラス内に析出していない金属組織と定義する。マルテンサイト(いわゆるフレッシュマルテンサイト)は非常に硬質な組織であり、鋼板の強度上昇に大きく寄与する。一方で、マルテンサイトが含まれると、マルテンサイトと、母相であるベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトとの界面がボイドの発生起点となり、特に鋼板の伸びフランジ性が低下する。さらに、マルテンサイトは硬質組織であるため、鋼板の低温靭性を劣化させる。そのため、マルテンサイト面積分率は10.0%以下とする。本実施形態に係る熱延鋼板は、所定量のベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトを含むので、マルテンサイトを含まない場合であっても所望の強度を確保することができる。鋼板の所望の伸びフランジ性を得るため、マルテンサイトの面積分率は可能な限り低減することが好ましく、その下限は0%とする。
【0050】
以上のような本実施形態に係る熱延鋼板の金属組織を構成するベイナイト、焼き戻しマルテンサイト、フェライト、パーライトおよびマルテンサイトは、以下の方法によりこれらの金属組織の同定、存在位置の確認及び面積分率の測定を行う。
まず、ナイタール試薬及び特開昭59−219473号公報に開示の試薬を用いて、鋼板の圧延方向に平行な断面を腐食する。断面の腐食について、具体的には、100mlのエタノールに1〜5gのピクリン酸を溶解した溶液をA液とし、100mlの水に1〜25gのチオ硫酸ナトリウムおよび1〜5gのクエン酸を溶解した溶液をB液とし、A液とB液とを1:1の割合で混合して混合液とし、この混合液の全量に対して1.5〜4%の割合の硝酸を更に添加して混合した液を前処理液とする。また、2%ナイタール液に、2%ナイタール液の全量に対して10%の割合の上記前処理液を添加して混合した液を後処理液とする。鋼板の圧延方向に平行な断面を上記前処理液に3〜15秒浸漬し、アルコールで洗浄して乾燥した後、上記後処理液に3〜20秒浸漬した後、水洗し、乾燥することで、上記断面を腐食する。
次に、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置において、走査型電子顕微鏡を用いて倍率1000〜100000倍で、40μm×30μmの領域を少なくとも3領域観察することによって、上述した特徴を含むかどうかに基づいて金属組織における各相を同定し、各相の存在位置の確認、及び、面積分率の測定を行う。
【0051】
残留オーステナイトの面積分率:3.0%以上
残留オーステナイトは室温でも面心立方格子として存在する金属組織である。残留オーステナイトは、変態誘起塑性(TRIP)により鋼板の延性を高める作用を有する。残留オーステナイトの面積分率が3.0%未満では、上記作用による効果を得ることができず、鋼板の延性が劣化する。したがって、残留オーステナイトの面積分率は3.0%以上とする。残留オーステナイトの面積分率は、好ましくは5.0%以上、より好ましくは7.0%以上、さらに好ましくは8.0%以上である。残留オーステナイトの面積分率の上限は特に規定する必要はないが、本実施形態に係る熱延鋼板の化学組成において確保し得る残留オーステナイトの面積分率は概ね20.0%以下であるため、残留オーステナイトの面積分率の上限を20.0%としてもよい。
【0052】
残留オーステナイトの面積分率の測定方法には、X線回折、EBSP(電子後方散乱回折像、Electron Back Scattering Diffraction Pattern)解析、磁気測定による方法などがあり、測定方法によって測定値が異なる場合がある。本実施形態では、残留オーステナイトの面積分率はX線回折により測定する。
本実施形態におけるX線回折による残留オーステナイト面積分率の測定では、まず、鋼板の板厚の1/4深さ位置における、鋼板の圧延方向に平行な断面において、Co−Kα線を用いて、α(110)、α(200)、α(211)、γ(111)、γ(200)、γ(220)の計6ピークの積分強度を求め、強度平均法を用いて算出することで残留オーステナイトの体積分率を得る。体積分率と面積分率とは等しいとして、これを残留オーステナイトの面積分率とする。
本実施形態では、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト、フェライト、パーライトおよびマルテンサイトの面積分率(残留オーステナイト以外の面積分率)と、残留オーステナイトの面積分率とを異なる測定方法で測定するため、上記2つの面積分率の合計が100.0%にならない場合がある。残留オーステナイト以外の面積分率と、残留オーステナイトの面積分率との合計が100.0%にならない場合は、合計が100.0%になるように上記2つの面積分率を調整する。例えば、残留オーステナイト以外の面積分率と、残留オーステナイトの面積分率との合計が101.0%である場合、両者の合計を100.0%とするために、測定により得られた残留オーステナイト以外の面積分率に100.0/101.0をかけた値を残留オーステナイト以外の面積分率と定義し、測定により得られた残留オーステナイトの面積分率に100.0/101.0をかけた値を残留オーステナイトの面積分率と定義する。
残留オーステナイト以外の面積分率と、残留オーステナイトの面積分率との合計が95.0%未満である場合、または105.0%超である場合は、再度、面積分率の測定を行う。
【0053】
残留オーステナイトを除いた金属組織の平均結晶粒径:7.0μm以下
残留オーステナイトを除いた金属組織(主相であるベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイト、フェライト、パーライト、並びにマルテンサイト)の平均結晶粒径(以下、単に平均結晶粒径と記載する場合がある)が微細化されることで、低温靭性が向上する。平均結晶粒径が7.0μmを超えると、自動車の足回り部品用鋼板に必要とされる低温靭性の指標であるvTrs≦−50℃を満たすことができなくなる。そのため、平均結晶粒径を7.0μm以下とする。平均結晶粒径の下限を特に限定する必要はないが、平均結晶粒径は小さいほど好ましいので0μm超としてもよい。ただし、平均結晶粒径を1.0μm未満とすることは製造設備の観点から現実的に困難な場合があるため、平均結晶粒径は1.0μm以上としてもよい。
【0054】
本実施形態では、結晶粒をEBSP−OIM
TM(Electron Back Scatter Diffraction Pattern−Orientation Image Microscopy)法を用いて定義する。EBSP−OIM法では、走査型電子顕微鏡(SEM)内で高傾斜した試料に電子線を照射し、後方散乱して形成された菊池パターンを高感度カメラで撮影し、撮影写真をコンピュータで画像処理する事により、照射点の結晶方位を短待間で測定することができる。EBSP−OIM法は、走査型電子顕微鏡とEBSP解析装置とを組み合わせた装置及びAMETEK社製のOIM Analysis(登録商標)を用いて行う。EBSP−OIM法では、試料表面の微細構造並びに結晶方位を定量的に解析できる。また、EBSP−OIM法の分析可能エリアは、SEMで観察できる領域である。SEMの分解能にもよるが、EBSP−OIM法によれば、最小20nmの分解能で分析できる。一般的に結晶粒界として認識されている大角粒界の閾値は15°であるため、本実施形態においては、隣接する結晶粒の方位差が15°以上のものを一つの結晶粒と定義してマッピングした画像により結晶粒を可視化し、OIM Analysisで計算される面積平均の平均結晶粒径を求める。
【0055】
鋼板の圧延方向に平行な断面における、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置における金属組織の平均結晶粒径の測定に際しては、1200倍の倍率で、40μm×30μmの領域を少なくとも10視野測定し、隣接する結晶粒の方位差が15°以上結晶の粒径(有効結晶粒径)の平均を平均結晶粒径とする。本測定方法では、主相以外の組織については面積分率が小さいため、影響が少ないと判断し、主相であるベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの平均結晶粒径と、フェライトやパーライト、マルテンサイトの平均結晶粒径とを区別していない。すなわち、上述の測定方法により測定される平均結晶粒径は、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト、フェライト、パーライトおよびマルテンサイトの平均結晶粒径である。パーライトの有効結晶粒径の測定においては、パーライトブロックの有効結晶粒径ではなく、パーライト中のフェライトの有効結晶粒径を測定する。
残留オーステナイトは結晶構造がFCCであり他のミクロ組織がBCCであり、互いに異なるためにEBSPでは残留オーステナイトを除いた金属組織の平均結晶粒径を容易に測定することができる。
【0056】
直径20nm以上の鉄系炭化物の平均個数密度:1.0×10
6個/mm
2以上
鋼中に直径20nm以上の鉄系炭化物を1.0×10
6個/mm
2以上含有させる理由は、母相の低温靭性を高め、優れた強度と低温靭性とのバランスを得るためである。本実施形態における鉄系炭化物とは、Fe及びCを含み、長軸の長さが1μm未満のものをいう。すなわち、長軸の長さが1μm以上であるパーライト中のセメンタイトやベイナイトラス間に析出した粗大炭化物は、本実施形態では対象としない。母相が焼き入れたままのマルテンサイトである場合には、強度は優れるものの低温靭性に乏しいので、低温靭性の改善が必要である。そこで、焼戻し等によって所定数以上の鉄系炭化物を鋼中に析出させることで、主相の低温靭性を改善し、自動車の足回り部品用鋼板に必要な低温靭性(vTrs≦−50℃)を達成する。
【0057】
本発明者らが鋼板の低温靭性と鉄系炭化物の個数密度との関係を調査したところ、金属組織中の鉄系炭化物の個数密度を1.0×10
6個/mm
2以上とすることで、特に焼き戻しマルテンサイト及び下部ベイナイト中の鉄系炭化物の個数密度を1.0×10
6個/mm
2以上とすることで、優れた低温靭性が得られることが明らかとなった。そのため、本実施形態では、鋼板の圧延方向に平行な断面における、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置における金属組織において、鉄系炭化物の個数密度を1.0×10
6個/mm
2以上とする。鉄系炭化物の個数密度は、好ましくは5.0×10
6個/mm
2以上であり、より好ましくは1.0×10
7個/mm
2以上である。
また、本実施形態に係る熱延鋼板に析出する鉄系炭化物のサイズは、300nm以下と小さく、ほとんどがマルテンサイト及びベイナイトのラス内に析出することから、低温靭性を劣化させないものと推定される。
【0058】
鉄系炭化物の個数密度の測定は、鋼板の圧延方向に平行な断面を観察面として試料を採取し、観察面を研磨し、ナイタールエッチングし、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置を中心とする板厚1/8〜3/8の範囲を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)で観察することで行う。倍率200000倍で10視野以上観察を行い、直径20nm以上の鉄系炭化物の個数密度を測定する。
【0059】
表面における平均Ni濃度:7.0%以上
酸洗後(化成処理前)の超高強度鋼板の表面においても優れたジルコニウム系化成処理皮膜の化成処理性及び塗膜密着性を得るためには、酸洗板表面のSi、Al等の酸化物が無害なレベルまで低減されることが好ましい。Si、Al等の酸化物の制御だけで、上記効果を得るためには、熱間圧延の加熱工程においてスラブ表面の酸化を極力抑えるために、加熱炉の予加熱ゾーンにおいてAr、He、N
2等の不活性ガスを使用した実質的な無酸化雰囲気とするか、もしくは空気比を0.9未満の不完全燃焼とする必要がある。しかしながら、一般的な熱延鋼板を製造する工程において安価でかつ大量生産を前提とした場合においては、熱間圧延の加熱工程において不活性ガスを使用した実質的な無酸化雰囲気とすることは不可能である。また、Si、Al等の酸化物の制御のために空気比を0.9未満とすると不完全燃焼による熱損失が著しく増大して加熱炉そのものの熱効率が低下して生産コストが増加する等の問題が生じる。
本発明者らは、安価でかつ大量生産が可能な製造工程の適用を前提として、上述した化学成分、組織、及び980MPa以上の引張強さ、優れた延性及び伸びフランジ性を有する超高強度鋼板において、ジルコニウム系化成処理液を用いた化成処理後の塗膜密着性について検討した。通常、熱延鋼板は、酸洗後に化成処理が行われるので、本実施形態においても、酸洗後の鋼板について評価した。本実施形態では、酸洗は、20〜95℃の温度の1〜10質量%の塩酸溶液を用いて30〜60秒未満の酸洗時間の条件で行う。表面にスケールが形成されていない場合には、酸洗を行わずに評価してもよい。
検討の結果、FE−EPMAを用いた測定において、表面における平均Ni濃度が質量%で7.0%以上であれば、酸洗板表面にSi、Al等の酸化物が残留していても、すべてのサンプルで後述する方法で評価する塗装剥離幅が、基準である4.0mm以内となり、塗膜密着性に優れることが分かった。また、このような場合には、化成処理皮膜において、スケが観察されなかった。一方、表面における平均Ni濃度が7.0%未満のすべてのサンプルで塗装剥離幅が4.0mm超であった。
これは、
図2に示すように、鋼板の表面にNi濃化部3が形成されることで、表面に局部的に濃化したNiと地鉄1との間に電位差が生じ、また、このNiがジルコニウム系化成結晶の析出核となるため、ジルコニウム系化成結晶4の生成が促進されるためであると考えられる。なお、地鉄1とは、スケール2を除いた鋼板部分を指す。
【0060】
従って、本実施形態に係る熱延鋼板では、表面(酸洗後、化成処理前の表面)における平均Ni濃度が7.0%以上である。表面における平均Ni濃度が7.0%以上であれば、表面にSi、Al等の酸化物が残留していてもジルコニウム系化成結晶の析出核となるのに十分である。表面における平均Ni濃度を7.0%以上とするためには、熱間圧延の加熱工程において、鋼板表面においてFeをある程度選択的に酸化させることによって、スケールと地鉄との界面の地鉄側に、Feよりも酸化されにくいNiを濃化させる必要がある。
【0061】
鋼板表面の平均Ni濃度の測定は、JXA−8530Fフィールドエミッション電子プローブマイクロアナライザ(FE−EPMA)を用いて実施する。測定条件は、加速電圧:15kV、照射電流:6×10
−8A、照射時間:30ms、ビーム径:1μmである。測定は鋼板の表面に垂直な方向から、測定面積900μm
2以上に対して行い、測定範囲におけるNi濃度を平均(全測定点におけるNi濃度を平均)する。
図1に表面のEPMA測定結果の例を示す。
Niは、主にスケールと地鉄との界面の地鉄側に濃化する。また、化成処理を行う前には通常酸洗が行われる。そのため、対象とする鋼板は、表面にスケールが形成されている場合には、化成処理に供する場合と同様の酸洗を行った後に測定する。
【0062】
上述の酸洗板の塗膜密着性については、以下の手順に従い評価する。まず、製造した鋼板を、酸洗した後に、ジルコニウム系化成処理皮膜を付着させる化成処理を施す。さらにその上面に25μm厚の電着塗装を行い170℃×20分の塗装焼き付け処理を行った後、先端の尖ったナイフで電着塗膜を地鉄に達するまで長さ130mmの切りこみを入れる。そして、JIS Z 2371:2015に示される塩水噴霧条件にて、35℃の温度での5%塩水噴霧を700時間継続実施した後に切り込み部の上に幅24mmのテープ(ニチバン 405A−24 JIS Z 1522:2009)を切り込み部に平行に130mm長さで貼り、これを剥離させた場合の最大塗膜剥離幅を測定する。
【0063】
熱延鋼板に内部酸化層(地鉄内部で酸化物が生成した領域)が存在し、内部酸化層の熱延鋼板の表面からの平均深さが5.0μm以上、20.0μm以下
表層にNi濃化部があっても、熱延鋼板表面においてSi、Al等の酸化物の被覆割合が大きすぎるとジルコニウム系化成処理皮膜が付着しない「スケ」が発生しやすくなる。これを抑制するためにはSi、Al等の酸化を地鉄よりも外部に酸化物を形成する外部酸化ではなく、内部に酸化物を形成する内部酸化にすることが望ましい。
本発明者らは、表面における平均Ni濃度が7.0%以上であるサンプルのみについて、断面の光学顕微鏡観察を行い、塗装剥離幅と内部酸化層の鋼板表面からの平均深さ(内部酸化層の下端の位置の平均)の関係を調べた。その結果、内部酸化層の平均深さが5.0μm以上のすべてのサンプルが、塗装剥離幅が3.5mm以内であったのに対して、内部酸化層の平均深さが5.0μm未満のすべてのサンプルで塗装剥離幅が3.5mm超4.0mm以下であった。
そのため、より優れた塗膜密着性を得る場合、内部酸化層の熱延鋼板の表面からの平均深さを5.0μm以上、20.0μm以下とすることが好ましい。
このSi、Al等の内部酸化層の平均深さが5.0μm未満では、ジルコニウム系化成処理皮膜が付着しない「スケ」を抑制する効果が小さい。一方、平均深さが20.0μm超ではジルコニウム系化成処理皮膜が付着しない「スケ」を抑制する効果が飽和するだけでなく、内部酸化と同時に起こる脱炭層の生成により表層の硬度が低下して疲労耐久性が劣化する懸念がある。
【0064】
内部酸化層の平均深さは、酸洗板の板幅方向1/4または3/4の位置において圧延方向および板厚方向に平行な面を埋め込み用サンプルとして切り出し、樹脂試料への埋め込み後に鏡面研磨を施し、エッチングせずに光学顕微鏡で195μm×240μmの視野(倍率400倍に相当)にて12視野以上観察する。板厚方向に直線を引いた場合に鋼板表面と交わる位置を表面とし、その表面を基準とする各視野の内部酸化層の深さ(下端の位置)を1視野につき5点測定して平均し、各視野の平均値のうち最大値と最小値とを除いたもので平均値を算出し、これを、内部酸化層の平均深さとする。
【0065】
所定条件での酸洗後の、熱延鋼板の表面の算術平均粗さRaの標準偏差:10.0μm以上、50.0μm以下
ジルコニウム系化成処理皮膜では、膜厚が数μmである従来のリン酸亜鉛皮膜と比較して膜厚が非常に薄く、数十nm程度である。この膜厚の違いはジルコニウム系化成処理結晶が非常に微細であることに起因している。化成処理結晶が微細であるとその化成処理表面が非常に平滑であるため、リン酸亜鉛処理皮膜に見られるようなアンカー効果に起因した強固な塗装膜との密着性を得ることは難しい。
しかしながら、本発明者らの検討の結果、鋼板表面に凹凸を形成すれば、化成処理皮膜と塗装膜との密着性を高めることができることが分かった。
本発明者らは、このような知見に基づいて、平均Ni濃度が7.0%以上かつ内部酸化層の平均深さが5.0μm以上のサンプルについて、ジルコニウム系化成処理を行う前の酸洗板の表面の算術平均粗さRaの標準偏差と塗膜密着性との関係を調べた。その結果、酸洗板の表面の算術平均粗さRaの標準偏差が10.0μm以上、50.0μm以下であるすべてのサンプルが、塗装剥離幅が3.0mm以内であったのに対して、酸洗板の表面の算術平均粗さRaの標準偏差が10.0μm未満もしくは、50.0μm超のすべてのサンプルで塗装剥離幅が3.0mm超、3.5mm以内であった。
そのため、酸洗後の鋼板表面の算術平均粗さRaの標準偏差が10.0μm以上、50.0μm以下であることが好ましい。
鋼板表面の算術平均粗さRaの標準偏差が10.0μm未満では十分なアンカー効果が得られない。一方、酸洗後の鋼板表面の算術平均粗さRaの標準偏差が50.0μm超ではアンカー効果が飽和するだけでなく、酸洗後の鋼板表面の凹凸の谷や、山部の側面にジルコニウム系化成処理結晶が付着しにくく「スケ」が発生しやすくなる。
鋼板の表面の粗さは酸洗条件によって大きく変化するが、本実施形態に係る熱延鋼板では、20〜95℃の温度の1〜10質量%の塩酸溶液を用いて30〜60秒未満の酸洗時間の条件で酸洗した後の熱延鋼板の表面の算術平均粗さRaの標準偏差が10.0μm以上、50.0μm以下であることが好ましい。
【0066】
算術平均粗さRaの標準偏差は、酸洗板の表面粗さをJIS B 0601:2013に記載の測定方法により測定した値を採用する。12サンプル以上の表裏の算術平均粗さRaをそれぞれ測定した後に、各サンプルの算術平均粗さRaの標準偏差を算出して、その標準偏差のうち最大値と最小値を除いたもので平均値を算出する。
【0067】
本実施形態に係る熱延鋼板の板厚は特に限定されないが、0.8〜8.0mmとしてもよい。鋼板の板厚が0.8mm未満では、圧延完了温度の確保が困難になるとともに圧延荷重が過大となって、熱間圧延が困難となる場合がある。したがって、本発明に係る鋼板の板厚は0.8mm以上としてもよい。より好ましくは1.2mm以上、さらに好ましくは1.4mm以上である。一方、板厚が8.0mm超では、金属組織の微細化が困難となり、上述した鋼組織を確保することが困難となる場合がある。したがって、板厚は8.0mm以下としてもよい。より好ましくは6.0mm以下である。
【0068】
上述した化学組成および金属組織を有する本実施形態に係る熱延鋼板は、表面に耐食性の向上等を目的としてめっき層を備えさせて表面処理鋼板としてもよい。めっき層は電気めっき層であってもよく溶融めっき層であってもよい。電気めっき層としては、電気亜鉛めっき、電気Zn−Ni合金めっき等が例示される。溶融めっき層としては、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、溶融アルミニウムめっき、溶融Zn−Al合金めっき、溶融Zn−Al−Mg合金めっき、溶融Zn−Al−Mg−Si合金めっき等が例示される。めっき付着量は特に制限されず、従来と同様としてよい。また、めっき後に適当な化成処理(例えば、シリケート系のクロムフリー化成処理液の塗布と乾燥)を施して、耐食性をさらに高めることも可能である。
【0069】
[製造方法]
上述した化学組成および金属組織を有する本実施形態に係る熱延鋼板は、以下の製造方法により製造することができる。
【0070】
本実施形態に係る熱延鋼板を得るためには、所定の条件で加熱、熱間圧延を行った後に所定の温度域まで加速冷却し、巻き取った後でコイル最外周部およびコイル内部の冷却履歴を制御することが重要である。また、熱間圧延前のスラブ加熱時に、加熱炉内の空気比を制御することが重要である。
【0071】
本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法では、以下の工程(I)〜(VI)を順次行う。本実施形態におけるスラブの温度および鋼板の温度は、スラブの表面温度および鋼板の表面温度のことをいう。
(I)1150℃以上にスラブを加熱する。
(II)850〜1100℃の温度域で合計90%以上の累積圧下率となるように、かつ仕上げ温度が下記式(2)により表される温度T2(℃)以上となるように熱間圧延を行なう。
(III)熱間圧延完了後1.5秒以内に冷却を開始して、50℃/秒以上の平均冷却速度で下記式(3)により表される温度T3(℃)以下まで加速冷却する。
(IV)加速冷却の冷却停止温度から巻取り温度までを10℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する。
(V)下記式(4)により表される温度T4(℃)に対し、(T4−100)℃〜(T4+50)℃で巻き取る。
【0072】
T2(℃)=868−396×[C]−68.1×[Mn]+24.6×[Si]−36.1×[Ni]−24.8×[Cr]−20.7×[Cu]+250×[Al]・・・(2)
T3(℃)=770−270×[C]−90×[Mn]−37×[Ni]−70×[Cr]−83×[Mo]・・・(3)
T4(℃)=591−474×[C]−33×[Mn]−17×[Ni]−17×[Cr]−21×[Mo]・・・(4)
ただし、各式中の[元素記号]は各元素の鋼片中の含有量(質量%)を示す。
鋼片の各元素の含有量は、溶鋼から採取したサンプルに対しスパーク放電発光分光分析法(カントバック,QV)を用いて得られる。
【0073】
[加熱工程]
熱間圧延に供するスラブ(鋼片)は、連続鋳造により得られたスラブや鋳造・分塊により得られたスラブなどを用いることができ、必要によってはそれらに熱間加工または冷間加工を加えたものを用いることができる。
熱間圧延に供するスラブの温度(スラブ加熱温度)は、スラブ表面でのNi濃化や熱間圧延中の圧延負荷増大およびそれに伴うスラブ内部での累積圧下率不足による材質劣化の観点から、1150℃以上とする。スケールロスを抑制する観点からは、スラブ加熱温度は1350℃以下とすることが好ましい。熱間圧延に供するスラブが連続鋳造により得られたスラブや分塊圧延により得られたスラブであって高温状態(1150℃以上)にある場合には、加熱せずにそのまま熱間圧延に供してもよい。
【0074】
ただし、優れた塗膜密着性を得るためにはスラブ加熱における加熱炉の各ゾーンの空気比を以下のように制御することが重要である。各ゾーンの空気比を制御するためには加熱炉のバーナー設備は蓄熱式バーナーとすることが好ましい。これは、従来型のバーナーと比較して、蓄熱式バーナーは、炉内温度の均熱性が高いこと、各ゾーンのコントロール性が高く、特に各ゾーンにおける空気比のコントロールが厳密にできることで後述する加熱炉の制御が可能となるからである。
【0075】
好ましい各ゾーンの空気比について説明する。
<予加熱ゾーンでの空気比:1.1〜1.9>
予加熱ゾーンの空気比を1.1以上とすることで、酸洗後の熱延鋼板表面にNiを濃化させて平均Ni濃度を7.0%以上とすることができる。
加熱炉内のスラブ表面のスケール成長挙動は、生成スケール厚みで評価するとその空気比(酸素分圧)により、スラブ表面における雰囲気からの酸素供給律速である直線則とスケール中の鉄イオンの拡散律速である放物線則とに分類される。加熱炉内での限られた材炉時間においてスラブのスケールの成長をある程度促進して表層に十分なNiの濃化層を形成するためには、スケール厚みの成長が放物線則に従う必要がある。
予加熱ゾーンの空気比が1.1未満であるとスケールの成長が放物線則とならず、加熱炉内での限られた材炉時間においてスラブの表層に十分なNiの濃化層を形成することができない。この場合、酸洗後の熱延鋼板表面における平均Ni濃度が7.0%以上とならず、良好な塗膜密着性が得られない。
【0076】
一方、予加熱ゾーンの空気比が1.9超であるとスケールオフ量が増加して歩留まりが悪化するだけでなく、排ガスの増加による熱損失が大きくなり熱効率が悪化して生産コストが増加する。
加熱炉内のスケールの生成量は加熱炉挿入直後の予加熱ゾーンの雰囲気に支配され、その後に続くゾーンの雰囲気が変化してもそのスケール厚みはほとんど影響を受けない。従って、予加熱ゾーンでのスケール成長挙動の制御が非常に重要である。
【0077】
<加熱ゾーンでの空気比:0.9〜1.3>
内部酸化層の形成には加熱工程における加熱ゾーンでの空気比の制御が必要であり、加熱ゾーンでの空気比を0.9以上、1.3以下とすることで、内部酸化層の平均深さを5.0〜20.0μmにすることができる。
加熱ゾーンでの空気比が0.9未満であると内部酸化層の平均深さが5.0μm以上得られない。一方、加熱ゾーンでの空気比が1.3超であると、内部酸化層の平均深さが20.0μm超となるばかりでなく、脱炭層の生成により表層の硬度が低下して疲労耐久性が劣化することが懸念される。
【0078】
<均熱ゾーンでの空気比:0.9〜1.9>
酸洗後の鋼板表面の凹凸を制御するためには、加熱工程の抽出直前のゾーンである均熱ゾーンにおける空気比を制御することが有効である。予加熱ゾーンではFeよりも酸化され難いNiがスケールと地鉄の界面の地鉄側に濃化する。このNi濃化部を有するNi濃化層により、表層では酸化が抑制されるようになるが、続く加熱ゾーンでは外部酸化を抑制し、内部酸化が促進される。その後、均熱ゾーンで空気比を制御することで、例えば
図3に示すように、拡散が容易な結晶粒界5等にスケール2が侵食したり、Niの濃化度の違い等によって生じる地鉄1表面のNi濃度の違いによってスケール2と地鉄1との界面の酸化のされ方が不均一となったりすることで、スケール2と地鉄1との界面の凹凸が大きくなる。また、
図3には図示しないが、内部酸化物6の周囲のNi濃化部3がスケール2による粒界の侵食を抑制することでも凹凸が生じる。この鋼板を酸洗するとスケール2が除去され、熱延鋼板の表面が所定の粗さを有することになる。
均熱ゾーンでの空気比を0.9以上、1.9以下とすることで、熱間圧延後、例えば20〜95℃の温度の1〜10質量%の塩酸溶液を用いて30〜60秒未満の酸洗時間の条件で酸洗した後の前記熱延鋼板の前記表面の算術平均粗さRaの標準偏差を10.0μm以上、50.0μm以下とすることができる。
均熱ゾーンの空気比が0.9未満であると、拡散が容易な結晶粒界に選択的に酸化物の核を生成させるだけの酸素ポテンシャルに達しない。そのため、酸洗後の鋼板表面の算術平均粗さRaの標準偏差が10.0μm以上とならない。一方、均熱ゾーンの空気比が1.9超では、選択的に酸化された結晶粒界の板厚方向の深さが深くなりすぎて酸洗後の鋼板表面の算術平均粗さRaの標準偏差が50.0μm超となる。
【0079】
予加熱ゾーンの空気比>加熱ゾーンの空気比
予加熱ゾーンでの空気比の制御は、酸洗後の熱延鋼板表面のNi濃度を制御するために重要である。一方、加熱ゾーンでの空気比の制御は、内部酸化層の形成度合いを制御するために重要である。そのため、予加熱ゾーンにおいて限られた材炉時間においてスラブのスケールの成長をある程度促進して表層に十分なNiの濃化層を形成する必要がある。そのためには、スケール厚みの成長が放物線則に従う比較的高い空気比が必要である。一方、内部酸化層の平均深さを好ましい範囲に制御するためには、加熱ゾーンにおいて比較的低い空気比に抑え、急激な内部酸化層の成長を押さえる必要がある。また、加熱ゾーンにおいて空気比が高いと脱炭層が生成・成長して表層の硬度が低下して疲労耐久性が劣化することが懸念される。従って、予加熱ゾーンの空気比は加熱ゾーンの空気比よりも高くすることが好ましい。
【0080】
[熱延工程]
熱間圧延は、多パス圧延としてリバースミルまたはタンデムミルを用いることが好ましい。特に工業的生産性の観点から、少なくとも最終の数段はタンデムミルを用いた熱間圧延とすることがより好ましい。
【0081】
熱間圧延の圧下率:850〜1100℃の温度域で合計90%以上の累積圧下率(板厚減)
850〜1100℃の温度域で合計90%以上の累積圧下率となるような熱間圧延を行うことにより、主に再結晶オーステナイト粒の微細化が図られるとともに、未再結晶オーステナイト粒内へのひずみエネルギーの蓄積が促進され、主相となるベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの平均結晶粒径が微細化する。したがって、850〜1100℃の温度域で合計90%以上の累積圧下率(圧延による板厚減が90%以上)となるような熱間圧延を行う。850〜1100℃の温度域で累積圧下率とは、この温度域の圧延における最初のパス前の入口板厚とこの温度域の圧延における最終パス後の出口板厚との差の百分率である。
【0082】
熱間圧延完了温度(仕上げ温度):T2(℃)以上
熱間圧延の完了温度はT2(℃)以上とする。熱間圧延の完了温度をT2(℃)以上とすることで、オーステナイト中のフェライト核生成サイトの過剰な増大を抑制することができ、最終組織(製造後の熱延鋼板の金属組織)におけるフェライトの面積分率を5.0%未満に抑えることができる。
【0083】
[一次冷却工程]
熱間圧延完了後の加速冷却:1.5秒以内に冷却を開始して、50℃/秒以上の平均冷却速度でT3(℃)まで冷却
熱間圧延により細粒化したオーステナイト結晶粒の成長を抑制するため、熱間圧延完了後1.5秒以内に加速冷却を開始する。
熱間圧延完了後1.5秒以内に加速冷却(一次冷却)を開始して、50℃/秒以上の平均冷却速度でT3(℃)以下まで冷却することで、フェライトおよびパーライトの生成を抑制し、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積分率を高めることができる。これにより、金属組織中の均一性が向上し、鋼板の強度および伸びフランジ性が向上する。ここでいう平均冷却速度とは、加速冷却開始時(冷却設備への鋼板の導入時)から加速冷却完了時(冷却設備から鋼板の導出時)までの鋼板の温度降下幅を、加速冷却開始時から加速冷却終了時までの所要時間で除した値のことをいう。熱間圧延完了後の加速冷却において、冷却開始までの時間が1.5秒超であったり、平均冷却速度が50℃/秒未満であったり、冷却停止温度がT3(℃)超であったりすると、鋼板内部でのフェライト変態および/またはパーライト変態が顕著となり、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイト主体の金属組織を得ることが困難となる。したがって、熱間圧延完了後の加速冷却は、熱間圧延完了後1.5秒以内に冷却を開始して、50℃/秒以上の平均冷却速度でT3(℃)以下まで冷却する。冷却速度の上限は特に規定しないが、冷却速度を速くすると冷却設備が大掛かりとなり、設備コストが高くなる。このため、設備コストを考えると、平均冷却速度は300℃/秒以下が好ましい。また、加速冷却の冷却停止温度は(T4−100)℃以上とするとよい。
【0084】
[二次冷却工程]
一次冷却の冷却停止温度から巻取り温度までの平均冷却速度:10℃/秒以上
パーライトの面積分率を5.0%未満に抑えるために、加速冷却の冷却停止温度から巻取り温度までの平均冷却速度を10℃/秒以上とする(二次冷却)。これによりベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積分率が増大し、鋼板の強度および伸びフランジ性のバランスを高めることができる。ここでいう平均冷却速度とは、加速冷却の冷却停止温度から巻取り温度までの鋼板の温度降下幅を、加速冷却の停止時から巻取りまでの所要時間で除した値のことをいう。上記平均冷却速度が10℃/秒未満では、パーライトの面積分率が増大し、強度が低下するとともに延性が低下する。したがって、加速冷却の冷却停止温度から巻取り温度までの平均冷却速度は10℃/秒以上とする。上限は特に規定しないが、熱ひずみによる板そりを考慮すると、平均冷却速度は300℃/秒以下が好ましい。
【0085】
[巻取り工程]
巻取り温度:(T4−100)℃〜(T4+50)℃
巻取り温度は(T4−100)℃〜(T4+50)℃とする。巻取り温度を(T4−100)℃未満とするとベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトからオーステナイト中への炭素の排出が進まず、オーステナイトが安定化しないため、面積分率で3.0%以上の残留オーステナイトを得ることが困難となり、鋼板の延性が低下する。加えて鉄系炭化物の個数密度も低下することで、鋼板の低温靭性も劣化する。また、巻取り温度が(T4+50)℃超の場合、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトから排出された炭素が、鉄系炭化物として鋼中に過剰に析出してしまうので、オーステナイト中に炭素が十分濃化せず、残留オーステナイト中のC濃度を0.50質量%以上にするのにも不利である。したがって、巻取り温度は(T4−100)℃〜(T4+50)℃とする。
【0086】
巻取り後は、通常の方法で室温まで冷却すればよい。
【0087】
[酸洗工程]
[スキンパス工程]
鋼板形状の矯正や可動転位導入により延性の向上を図ることを目的として、圧下率が0.1%以上2.0%以下のスキンパス圧延を施してもよい。また、得られた熱延鋼板の表面に付着しているスケールの除去を目的として、必要に応じて得られた熱延鋼板に対して酸洗してもよい。酸洗する場合、20〜95℃の温度の1〜10wt%の塩酸溶液を用いて30〜60秒未満の酸洗時間の条件で酸洗することが好ましい。
更に、酸洗した後に、得られた熱延鋼板に対してインライン又はオフラインで圧下率10%以下のスキンパス又は冷間圧延を施しても構わない。
【0088】
以上の製造方法によれば、本実施形態に係る熱延鋼板を製造できる。
【実施例】
【0089】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0090】
表1A、表1Bの鋼No.A〜Wに示す成分組成を有する鋼を溶製し、連続鋳造により厚みが240〜300mmのスラブを製造した。得られたスラブを、蓄熱式バーナーを用いて表2A、表2Bに示す温度に加熱した。その際、予加熱ゾーン(予加熱帯)、加熱ゾーン(加熱帯)、均熱ゾーン(均熱帯)における空気比を表2A、表2Bの通り制御した。
【0091】
加熱されたスラブを、表2A、表2Bに示すような累積圧下率及び仕上げ温度で熱間圧延を行った。熱間圧延後、表2A、表2Bに示すようなタイミング及び冷却条件で冷却を行い、冷却後、巻き取りを行った。
No.2およびNo.8には、溶融亜鉛めっきを行った。
【0092】
得られた製造No.1〜38の熱延鋼板に対し、金属組織の観察を行い、各相の面積分率及び平均結晶粒径を求めた。
【0093】
各相の面積分率は以下の方法で求めた。
ナイタール試薬及び特開昭59−219473号公報に開示の試薬を用いて、鋼板の圧延方向に平行な断面を腐食した。断面の腐食について、具体的には、100mlのエタノールに1〜5gのピクリン酸を溶解した溶液をA液とし、100mlの水に1〜25gのチオ硫酸ナトリウムおよび1〜5gのクエン酸を溶解した溶液をB液とし、A液とB液とを1:1の割合で混合して混合液とし、この混合液の全量に対して1.5〜4%の割合の硝酸を更に添加して混合した液を前処理液とした。また、2%ナイタール液に、2%ナイタール液の全量に対して10%の割合の上記前処理液を添加して混合した液を後処理液とする。鋼板の圧延方向に平行な断面を上記前処理液に3〜15秒浸漬し、アルコールで洗浄して乾燥した後、上記後処理液に3〜20秒浸漬した後、水洗し、乾燥することで、上記断面を腐食した。
次に、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置において、走査型電子顕微鏡又は透過型電子顕微鏡を用いて倍率1000〜100000倍で、40μm×30μmの領域を少なくとも3領域観察することによって、形状や炭化物の状態から金属組織における、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト、フェライト、パーライトおよびマルテンサイトを同定し、各相の存在位置の確認、及び、面積分率の測定を行った。
また、X線回折を用いて残留オーステナイト面積分率を測定した。具体的には、まず、鋼板の板厚の1/4深さ位置における、鋼板の圧延方向に平行な断面において、Co−Kα線を用いて、α(110)、α(200)、α(211)、γ(111)、γ(200)、γ(220)の計6ピークの積分強度を求め、強度平均法を用いて算出することで残留オーステナイトの面積分率を得た。
【0094】
平均結晶粒径は以下の方法で求めた。
EBSP−OIM(Electron Back Scatter Diffraction Pattern−Orientation Image Microscopy)法を用いて定義隣接する結晶粒の方位差が15°以上のものを一つの結晶粒と定義して、マッピングした画像により結晶粒を可視化し、平均結晶粒径を求めた。鋼板の圧延方向に平行な断面における、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置における金属組織の平均結晶粒径の測定に際しては、1200倍の倍率で40μm×30μmの領域を10視野測定し、隣接する結晶粒の方位差が15°以上結晶の粒径(有効結晶粒径)の平均を平均結晶粒径とした。
【0095】
また、得られた熱延鋼板に対し、20〜95℃の温度の1〜10質量%の塩酸溶液を用いて30〜60秒未満の酸洗時間の条件で酸洗を行った後、表面におけるNi濃度、鉄系炭化物の個数密度、内部酸化層の平均深さ、表面の算術平均粗さを求めた。
【0096】
表面におけるNi濃度は以下の方法で求めた。
対象とする熱延鋼板を、JXA−8530Fフィールドエミッション電子プローブマイクロアナライザ(FE−EPMA)を用いて、鋼板の表面に垂直な方向から、測定面積900μm
2以上に対してNi濃度の分析を行い、測定範囲におけるNi濃度を平均した。この際、測定条件は、加速電圧:15kV、照射電流:6×10
−8A、照射時間:30ms、ビーム径:1μmとした。
【0097】
鉄系炭化物の個数密度は以下の方法で求めた。
鋼板の圧延方向に平行な断面を観察面として試料を採取し、観察面を研磨し、ナイタールエッチングし、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置を中心とする板厚1/8〜3/8の範囲を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)を用いて倍率200000倍で10視野観察を行い、鉄系炭化物の個数密度を測定した。
【0098】
内部酸化層の平均深さは以下の方法で求めた。
酸洗板の板幅方向1/4または3/4の位置において圧延方向および板厚方向に平行な面を埋め込み用サンプルとして切り出し、樹脂試料への埋め込み後に鏡面研磨を施し、エッチングせずに光学顕微鏡で195μm×240μmの視野(倍率400倍に相当)にて12視野観察した。板厚方向に直線を引いた場合に鋼板表面と交わる位置を表面とし、その表面を基準とする各視野の内部酸化層の深さ(下端の位置)を1視野につき5点測定して平均し、各視野の平均値のうち最大値と最小値とを除いたもので平均値を算出し、これを、内部酸化層の平均深さとした。
【0099】
表面の算術平均粗さの標準偏差は以下の方法で求めた。
酸洗板の表面粗さをJIS B 0601:2013に記載の測定方法により、12サンプル以上の表裏の算術平均粗さRaをそれぞれ測定した後に、各サンプルの算術平均粗さRaの標準偏差を算出して、その標準偏差のうち最大値と最小値を除いたもので平均値を算出して求めた。
【0100】
また、得られた製造No.1〜38の鋼板について、機械的特性として、引張強さ、靭性(vTrs)、延性、伸びフランジ性を求めた。
【0101】
引張強さ及び延性(全伸び)は熱延鋼板から、JIS5号の試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に準じて引張試験を行って求めた。引張強さ(TS)はJIS Z 2241:2011の引張強さを示す。また、全伸び(t−EL)はJIS Z 2241:2011の破断時全伸びを示す。
引張強さが980MPa以上かつ延性が12.0%以上であれば好ましい特性が得られていると判断した。
【0102】
靭性は以下の方法で求めた。JIS Z 2242:2005記載の金属材料のシャルピー衝撃試験方法に従い、遷移温度をもとめた。
vTrsが−50℃以下であれば、好ましい特性が得られていると判断した。
【0103】
伸びフランジ性は、JSS Z 2256:2010に記載の穴広げ試験方法により、穴広げ値を求め、これを伸びフランジ性の指標とした。
穴広げ性が45%以上であれば、好ましい特性が得られていると判断した。
【0104】
また、上述の酸洗後の熱延鋼板に対し、脱脂後、十分に水洗し、ジルコニウム化成処理浴に浸漬した。化成処理浴は、(NH
4)
2ZrF
6:10mM(mmol/l)、金属塩0〜3mMを含み、pH4(NH
3,HNO
3)、浴温度45℃とした。処理時間は120とした。
【0105】
化成処理後の熱延鋼板に対し、化成処理性、及び塗膜密着性を評価した。
【0106】
化成処理性は、以下の方法で評価した。化成処理後の鋼板表面を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)で観察することで行った。具体的には、倍率10000倍で10視野、観察を行い、化成処理結晶が付着していない「スケ」の有無を観察した。観察に際しては、加速電圧5kV、プローブ径:30mm、傾斜角度45°及び60°で観察をおこなった。試料に導電性を付与するため、タングステンコーティング(ESC−101,エリオニクス)を150秒行った。
全ての視野でスケが観察されなかった場合に、化成処理性に優れる(表中OK)と判断した。
【0107】
塗膜密着性は以下の方法で評価した。
化成処理後の熱延鋼板の上面に25μm厚の電着塗装を行い、170℃×20分の塗装焼き付け処理を行った後、先端の尖ったナイフで電着塗膜を地鉄に達するまで長さ130mmの切りこみを入れ、JIS Z 2371に示される塩水噴霧条件にて、35℃の温度での5%塩水噴霧を700時間継続実施した後に切り込み部の上に幅24mmのテープ(ニチバン 405A−24 JIS Z 1522)を切り込み部に平行に130mm長さ貼り、これを剥離させた場合の最大塗膜剥離幅を測定した。
最大塗膜剥離幅が4.0mm以下であれば、塗膜密着性に優れると判断した。
【0108】
結果を表3A、表3B、表3Cに示す。
表3A、表3B、表3Cから分かるように、本発明例である製造No.1〜4、8〜11、20〜32では、引張強さが980MPaであっても、自動車用鋼板に求められる機械的特性を確保しつつ、ジルコニウム系化成処理液を用いた化成処理性を行っても化成処理性が良好であり、塗膜密着性に優れた化成処理皮膜が得られた。
これに対し、成分、金属組織、または表面におけるNi濃度が本発明範囲内にない製造No.5〜7、12〜19、及び33〜38では、機械的特性が十分ではないか、化成処理性及び/または塗膜密着性に劣っていた。(参考のため表3Cでは本発明範囲外の値とともに、目標に到達しなかった特性についても下線を付している)
【0109】
【表1A】
【0110】
【表1B】
【0111】
【表2A】
【0112】
【表2B】
【0113】
【表3A】
【0114】
【表3B】
【0115】
【表3C】