(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Al:0.1〜1.0質量%およびSi:0.1〜1.0質量%の少なくとも一方を含み且つAlとSiの合計含有量が0.1〜1.0質量%であり、残部がTiおよび不可避不純物からなり、
平均粒径が5〜20μmであり、
表面にAlおよびSiの少なくとも一方を含む酸化皮膜を有し、該酸化皮膜中のAlとSiの合計含有量が0.08〜0.55質量%である電極用チタン合金板。
【背景技術】
【0002】
塩化Na水溶液を電気分解して水酸化Na、塩素ガス、水素ガスを製造するソーダ電解をはじめとする各種電解プロセスでは、チタンを基材とした陽極が広く用いられている。具体的には、純チタンの基材(チタン板)をエキスパンドメタルや打ち抜き多孔板などの多数の孔を有する形状に加工した後、その表面に白金族金属およびその酸化物よりなる電極触媒成分を含有する電極触媒層を形成した陽極用電極材が用いられている。
【0003】
純チタンを基材した場合、純チタン表面と電極触媒層との間に存在する酸化被膜が抵抗となり電解効率を低下させる。この電気抵抗を下げることができれば、電解効率を向上でき、すなわち使用電力量の低減が可能となり、コストダウンを実現できる。
【0004】
特許文献1には、基材として、アルミニウム、ニオブ、クロム、マンガン、モリブデン、ルテニウム、錫、タンタル、バナジウム、およびジルコニウムからなる第1の組から選択される少なくとも1種の元素と、ニッケル、コバルト、鉄、および銅からなる第2の組から選択される少なくとも1種の元素、並びにパラジウムを含むチタン合金を用いることでエネルギー消費量等の特性を改善できる陽極が開示されている。
【0005】
特許文献2には、チタン、タンタル、ニオブ、ジルコニウム、ハフニウム及びニッケルから選ばれた少なくとも1種の金属またはその合金を含有する基材と、所定の組成を有する電極触媒成分を用い、電極触媒成分の塗布を所定の条件で行うことで、電極触媒成分の使用量を少なくしても電極性能が低下しない電解用電極の製造方法が開示されている。
【発明を実施するための形態】
【0011】
チタンは極めて活性の高い金属であるため、喩え、純チタンまたはチタン合金板の表面に存在する酸化皮膜を除去したとしても、新しい酸化皮膜が直ちに形成される。このため、純チタンまたはチタン合金を基材として、その表面に、電極触媒層を設けて電極を製造した場合、基材の純チタンまたはチタン合金の金属部分と接触層との間に酸化皮膜が介在するのを回避することは困難である。
【0012】
本発明らはこのような状況を鑑み基材の表面に酸化皮膜が存在することを前提に、基材の表面に電極触媒層を設けた際に基材と電極触媒層との間の電気抵抗(例えば接触抵抗)が低くなる方法を鋭意検討した。
その結果、詳細を後述するように、Al:0.1〜1.0質量%およびSi:0.1〜1.0質量%の少なくとも一方を含み、かつAl含有量とSi含有量の合計が0.2〜1.0質量%であり、さらに平均粒径が5〜20μmであるチタン合金板を基材とし、その上に電極触媒層を形成すると電気抵抗を低くできることを見出し、本発明に至ったものである。
【0013】
このように組成および平均粒径を制御することにより、表面に形成される酸化皮膜中に、AlおよびSiの少なくとも1つが、ある程度の量存在することにより、酸化皮膜の成長を抑制するとともに、酸化皮膜と電極触媒層との密着性を向上させることができ、その結果、電気抵抗を低くできる。
このため、酸化皮膜中に含まれるAlとSiの合計含有量が0.08〜0.55質量%であることが好ましい。
以下に本発明に係る電極用チタン合金板の詳細を説明する。
【0014】
上述のようにチタン合金の表面には、不可避的に酸化皮膜が形成されている。従って、本明細書において「チタン合金板」と言う場合は、表面に酸化皮膜が形成されている実施形態を含む概念である。以下に述べる組成は、原則的には表面の酸化皮膜を除いた金属部分の組成である。しかし、上述のように酸化皮膜は除去しても短時間で形成されるため、酸化皮膜を除去した状態で組成分析を完結するのが困難な場合が多い。また、表面に形成される酸化皮膜は、例えばその厚みが20nm程度以下であり、酸化皮膜の量は金属部分の量と比べると圧倒的に少ない。このため、酸化皮膜が形成された状態のバルク状サンプルを用いて組成分析を行った結果をチタン合金板の組成としてよい。例えばICP発光分光分析法のような組成分析に一般的に用いられる方法を用いてよい。
また、配合に用いた原料組成が明らかな場合は、原料組成および用いた量から計算した値を用いてよい。
【0015】
1.組成
酸化皮膜中にAlおよびSiの少なくとも一方を含有させるために、本発明の実施形態に係る電極用チタン合金板は、Al:0.1〜1.0質量%およびSi:0.1〜1.0質量%の少なくとも一方を含む。また、AlとSiの合計が0.2〜1.0質量%である。すなわち、Alのみを含む場合は、AlとSiの合計の下限値0.2質量%を満たすためにAlの含有量は0.2質量%以上となり、Siのみを含む場合は、AlとSiの合計の下限値0.2質量%を満たすためにSiの含有量は0.2質量%以上となる。そして、残部はTiおよび不可避不純物からなる。
【0016】
Alが0.1質量%より少ないと酸化皮膜中に十分なAlが存在せず、Alによる酸化皮膜の成長の抑制および電極触媒層との密着性向上の効果を十分に得ることができない。また、Siが0.1質量%より少ないと酸化皮膜中に十分なSiが存在せず、Siによる酸化皮膜の成長の抑制および電極触媒層との密着性向上の効果を十分に得ることができない。
酸化皮膜の成長の抑制および電極触媒層との密着性向上の効果を十分に得るには、AlとSiを合計で0.2質量%以上含有することにより、AlとSiの少なくとも一方について、十分な量を酸化皮膜中に含有させることができる。これにより電気抵抗を小さくでき、電解効率を向上できる。
なお、電極触媒層として、白金族金属および/またはその酸化物から成る層を挙げることができる。
【0017】
一方、Al含有量が1.0質量%を超える、またはSi含有量が1.0質量%を超える、またはSi含有量とAl含有量の合計が1.0質量%を超えると、硬度が高くなり加工性が低下する。すなわち、電極用チタン合金板は通常、エキスパンドメタルまたは打ち抜き多孔板などの多数の孔を有する形状に加工して使用されるが、これらの形状に加工することが困難となる。
【0018】
好ましくは、Al:0.3〜0.5質量%およびSi:0.3〜0.5質量%の少なくとも一方を含み且つAlとSiの合計が0.6〜0.9質量%である。
【0019】
2.結晶粒径
本発明の実施形態に係る電極用チタン合金基板の平均結晶粒径は、5μm以上20μm以下である。
平均結晶粒径を20μm以下とすることで、表面の酸化皮膜と電極触媒層との密着性を向上できる。平均結晶粒径が20μm以下であると表面粗さが小さくなる傾向にあることが理由の1つである。これに加えて、平均結晶粒径を20μm以下とすることで同じ組成でもAlおよびSiの少なくとも1種をより多く酸化皮膜に含有させることができることも理由である。
【0020】
SiおよびAlは結晶粒界に濃化しやすい傾向がある。また酸化皮膜が形成される際に、結晶粒内のSiおよびAlは、酸化皮膜に入らず、金属部分にはき出される傾向がある。一方、結晶粒界のSiおよびAlは酸化皮膜中に取り入れられる傾向がある。このため、平均結晶粒径を小さくし、結晶粒界を増やして、より多くのSiおよびAlを粒界に濃化させることで、十分な量のSiおよび/またはAlを酸化皮膜に含有させることができ、これにより酸化皮膜と電極触媒層との密着性を向上できる。また酸化皮膜に十分な量のSiおよび/またはAlを含有させることは酸化皮膜の成長を抑制する効果も有する。これらにより電気抵抗を小さくでき、電解効率を向上できる。
【0021】
平均結晶粒径が20μmを超えると上述の密着性向上の効果を十分に得ることができない。一方、平均結晶粒径が5μm未満となると硬度が高くなり加工性が低下する。すなわち、電極用チタン合金板は通常、エキスパンドメタルまたは打ち抜き多孔板などの多数の孔を有する形状に加工して使用されるが、これらの形状に加工することが困難となる。
平均結晶粒径は好ましくは、10μm以上、15μm以下である。
平均結晶粒径は、光学顕微鏡組織観察結果を用いて切片法により求めることができる。
【0022】
3.酸化皮膜中のAl量およびSi量
上述の組成および平均結晶粒度とすることにより、AlおよびSiの少なくとも一方について、十分な量を酸化皮膜中に含有させることができる。これにより、酸化皮膜と電極触媒層との密着性が向上する。この結果、基材と電極触媒層との間の電気抵抗を小さくでき、よって電解効率を向上できる。
本発明の実施形態に係るチタン合金板の表面に形成された酸化皮膜は、好ましくは、AlおよびSiの少なくとも一方を含み、AlとSiの合計含有量が0.08〜0.55質量%である。
すなわち、酸化皮膜がAlを含みSiを含まない場合は、酸化皮膜中のAlの含有量が0.08〜0.55質量%であることが好ましく、酸化皮膜がSiを含みAlを含まない場合は、酸化皮膜中のSiの含有量が0.08〜0.55質量%であることが好ましく、酸化皮膜がAlとSiを含む場合は、酸化皮膜中のAlとSiの合計含有量が0.08〜0.55質量%であることが好ましい。これにより、酸化皮膜の成長抑制の効果および酸化皮膜と電極触媒層との密着性向上の効果をより確実に得ることができる。この結果、より確実に基材と電極触媒層との間の電気抵抗を小さくでき、よって電解効率を向上できる。
【0023】
AlとSiの合計含有量が0.55質量%より多くなると、酸化皮膜の硬度が上がり、エキスパンドメタルまたは打ち抜き多孔板などの多数の孔を有する形状に加工の際に工具等の摩耗が早くなる場合があることからAlとSiの合計含有量は0.55質量%以下であることが好ましい。
【0024】
より好ましくは、酸化皮膜がAlおよびSiの少なくとも一方を含み、AlとSiの合計含有量が0.10〜0.40質量%である。
酸化皮膜中のAl含有量およびSi含有量は、TEM観察時にTEMに付属するEDSを用いて組成分析を行うことで測定できる。
【0025】
4.電極用チタン合金板の製造方法
次に本発明の実施形態に係る電極用チタン合金板の製造方法を説明する。
溶解および必要に応じて鍛造を行い、所望の組成を有するブルームまたはスラブのような鋳片を得る。溶解はVARのようなチタン合金の溶解に通常用いられる方法を用いてよい。少量のサンプルを得る場合、ボタンアーク溶解等により得てもよい。
【0026】
得られたブルームまたはスラブのような鋳片を、750℃〜850℃に加熱後、熱間圧延を行い、圧延板を得る。加熱は例えば、加熱炉内の上下に配置した直火のバーナの火炎によって大気中で行ってもよい。また、熱間圧延の仕上げ厚さの例として3mm〜5mmを例示できる。
【0027】
続いて、加工歪を除去するため焼鈍を行う。焼鈍後の板材には、熱間圧延および焼鈍の加熱により表面に酸化スケールおよび酸素拡散層が存在する。これらが残存していると電気抵抗が増加し、電極として使用する際に電解効率を低下させる。また、冷間圧延時には、疵発生の原因となる。このため、酸化スケールおよび酸素拡散層は除去する必要がある。例えば、酸洗により除去することができる。
【0028】
酸化スケールと酸素拡散層の厚さ(合計厚さ)L(m)は、加熱温度T(K)および加熱時間t(秒)により決まり、以下の(1)式により求めることができる。
L=2(Dt)
0.5 (1)
ここで、D=D
0×EXP(−Q/(RT))、拡散係数D
0=5.08×10
−7m
2/秒、活性化エネルギーQ=140kJ/mol、気体定数R=8.3144
【0029】
従って、酸洗等により酸化スケールおよび酸素拡散層を除去する場合、除去量(酸洗量)はLを超える必要がある。酸洗はフッ硝酸等を用いて行うことができる。
【0030】
酸洗等により表面からLを超える量を除去した後に、冷間圧延工程により、所定の板厚に圧延する。
【0031】
冷間圧延後は熱間圧延工程後と同様に、加工歪を除去するため、炉内に圧延後の板を入れ、焼鈍処理を大気中で行う。このときの加熱温度を780〜830℃とすることで、平均結晶粒径を所定に範囲内にコントロールすることができる。
【0032】
この冷間圧延後の焼鈍を行った後も板材の表面には、酸化スケールおよび酸素拡散層が存在するため、熱間圧延工程後と同様に、(1)式により酸化スケールおよび酸素拡散層の厚さLを求め、ここで求めたLを超えた量だけ表面を酸洗等により除去する。酸洗はフッ硝酸等を用いて行うことができる。
【0033】
チタンは、酸素と活性な金属であるため、酸洗直後にチタン合金板の表面に酸化被膜が形成される。酸化被膜形成時に、表面付近に存在するAlおよびSiが酸化皮膜中に取り込まれる。酸洗が不十分で表面付近に酸素拡散層が存在すると、酸素が邪魔をし、AlおよびSiが酸化皮膜中に取り込まれにくくなり、酸化皮膜中に十分な量のAlおよび/またはSiを含有させることができなくなる。
このため、酸洗等により確実に(1)式により求まるL以上の量(厚さ)だけ表面を除去する必要がある。
以上により本発明の実施形態に係る電極用チタン合金板を得ることができる。
【実施例】
【0034】
1.供試材の作製
以下の実施例により本発明をより詳細に説明する。以下に示す実施例は本発明の理解を容易にするためものであり、本発明の技術的範囲を制限するものではないことに留意されたい。
【0035】
供試材を以下の要領で製作した。
ボタンアーク溶解により、サイズが直径40mm×高さ20mmで表1に示す各成分組成を有するチタン合金の鋳塊を作製した。
この鋳塊を、1000℃に加熱後、鍛造し、厚さ10mm×幅35mm×長さ75mmとした。表面研削後、850℃×120分加熱した後、熱間圧延を行い、厚さ3.5mm×幅35mm×長さ165mmの板を得た。その後、大気中で750℃×20分の焼鈍を行った。
【0036】
次にフッ硝酸で酸洗を行った。(1)式により求めた酸化スケールおよび酸素拡散層の厚さLは約80μmであった。確実に酸化スケールおよび酸素拡散層を除去するために、酸洗による除去量(酸洗量)を片面120μm(両面で240μm)とした。
続いて、室温で冷間圧延を行い、厚さ0.52mm×幅36mm×長さ1000mmの板を得た。
【0037】
次いでこの板を大気中で800℃×2分焼鈍した。
次にフッ硝酸で酸洗を行い、供試材を得た。(1)式により求めた酸化スケールおよび酸素拡散層の厚さLは約6μmであった。確実に酸化スケールおよび酸素拡散層を除去するために、酸洗による除去量(酸洗量)を片面10μm(両面で20μm)とした。
【0038】
2.供試材の評価結果
得られた供試材は、所定のサイズにカットし、透過型電子顕微鏡(TEM)で断面観察(倍率×100、000)を行い、得られた組織写真(TEM像)を用い、酸化皮膜の厚さが代表的と思われる部分を5箇所選定し、この部分の酸化皮膜の厚さを測定し、その平均値を酸化被膜厚さとした。結果を表1に示す。
【0039】
また、EDSでの定量分析も行い、酸化被膜の厚さ方向の中央付近の成分値を無作為に選択した5箇所で測定し、その平均値から酸化皮膜のAlおよびSiの含有量を求めた。
結果を表1に示す。
【0040】
平均結晶粒径は、光学顕微鏡による組織観察結果(倍率×100)を用いて、520μm×860μmの面積の1視野を切片法により計測した。結果を表1に示す。
【0041】
また、断面の板厚方向の中央付近でビッカース硬さ(荷重10kgf)を5点測定し、その平均値を硬さとした。結果を表1に示す。
【0042】
【表1】
【0043】
表1から判るように、実施例1〜7および比較例1は、硬さ(Hv)が200未満であり、優れた加工性を有している。一方、Si量が過大な比較例2およびAl量が過大な比較例3は、硬さが200以上であり、加工性が不足している。
【0044】
3.接触抵抗測定
硬度が200以下で加工性が良好と判定された実施例1〜7および比較例1について、表面に電極触媒層を形成し、接触抵抗測定を行った。
上述の供試材をショットブラストおよび酸洗後、幅20mm×長さ40mmのサイズにカットし、両面に電極触媒層を形成した。具体的には、塩化Ru酸溶液、塩化Ir酸溶液および塩化Tiを混合した触媒層形成溶液をショットブラストおよび酸洗後のサンプルの表面に塗布し、乾燥機(庫内温度:75℃)に入れ、2分間乾燥処理し、乾燥処理後のサンプルを炉内温度475℃にした大気熱処理炉に入れて10分間保持後取り出した。触媒層形成溶液塗布から熱処理(保持)までを5回繰り返し積層化させ、最後に500℃×60分熱処理して、電極触媒層を形成した。
【0045】
電極触媒層を形成したサンプルの接触抵抗を測定した。
金の板で触媒層形成後のサンプルを挟み込み、さらにサンプルを挟み込んだ2枚の金の板を接触面積が1cm
2となるように2つの銅の電極で、荷重10kgfで挟み込んだ。この状態で、2つの銅の電極間に電流を流し、2枚の金の板の間に設置した電圧計でそのときの電圧を測定した。接触抵抗は、流した電流と測定した電圧から求めた。
【0046】
表1に結果を示す。実施例1〜7は、接触抵抗が3.1〜5.5mΩ・cm
2と何れも低い値となっており、高い電解効率が実現できる。一方、Si量およびAl量が不足し、また平均結晶粒径が過大となっている比較例1は、接触抵抗が6.5mΩ・cm
2と大きな値となっている。