(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0006】
以下、本開示の実施形態に係る刃物について、図面を参照して説明する。なお、以下の説明で用いる図面は模式的なものであり、図面上の寸法比率などは現実のものとは必ずしも一致していない。
【0007】
<刃物>
以下、本開示の実施形態に係る刃物について、図面を参照して説明する。
図1〜
図3に示すように、本実施形態の刃物1は、第1側面11と第2側面12とを有する刀身10を備える。刀身10はジルコニアを主成分として含み、第1側面11と第2側面12との稜辺部14を少なくとも含む切刃領域20を備える。そして、第1側面11のうち切刃領域20を含む部分を第1切刃面21とし、第2側面12のうち切刃領域20を含む部分を第2切刃面22としたとき、第1切刃面21におけるジルコニアの立方晶の割合が、第2切刃面22におけるジルコニアの立方晶の割合よりも大きい。
【0008】
刀身10は、第1側面11と第2側面12との稜部にあたる、いわゆる刃先(刃先16)を備え、
図1に示すように、刃先16と反対側に背部13(背側峰部・背面稜辺)を備える。刀身10は、背部13から刃先16に向かって厚みが漸減する領域を含んでいる。本実施形態では、この厚みが漸減する領域が、切刃領域20である。稜辺部14は、刃先16から背部13に向かって5mm離れた領域までを指す。
【0009】
刀身10の材質(含有成分および含有量)は、以下のようにして確認することができる。まず、X線回折装置(XRD:例えば、BrukerAX社製のD8 ADVANCE)により測定し、得られた2θ(2θは、回折角度である。)の値よりJCPDSカードを用いて同定することにより、刀身10に含まれる成分を確認する。次に、ICP発光分光分析装置(ICP)を用いて、刀身10に含まれる金属成分の定量分析を行なう。そして、ICPで測定した金属成分の含有量から、XRDにより同定された成分に換算する。例えば、XRDで同定された成分がジルコニアであれば、ICPで得られたジルコニウム(Zr)の含有量をジルコニア(ZrO
2)に換算すればよい。なお、本明細書においては、刀身10を構成する全成分100質量%のうち、ジルコニアの含有量が50質量%より大きい場合を、ジルコニアが主成分という。割れ難さと優れた切れ味との観点によれば、ジルコニアの含有量は75%以上であることが好ましい。
【0010】
また、成分の同定にあたっては、刀身10を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、SEMに付設のエネルギー分散型X線分光器(EDS)を用いることにより、推定することができる。具体的には、SEMで観察した複数の粒子のEDSによる測定において、ジルコニウムと酸素(O)とが検出されれば、ジルコニアであると推定することができる。SEM画像上において、色調が略同じ粒子が主に確認され、これらの粒子において、20個中11個において、ジルコニウムと酸素が検出されれば、対象の刀身10が、ジルコニアが主成分とみなすことができる。
【0011】
ジルコニアの結晶構造は、正方晶に比べて立方晶の方が単位質量あたりの体積が大きい。第2切刃面22に比べて立方晶の割合が大きい第1切刃面21は、第2切刃面22に比べて大きな圧縮強度がかかっており、第2切刃面22にに比べて硬度が比較的高い。すなわち、刃物1は、刀身10が、比較的硬度が高い部分(以下、第1部分αと記載する。)を有する第1側面11と、比較的硬度が低い部分(以下、第2部分βと記載する。)を有する第2側面12とを備えている。
【0012】
比較的硬度が低い第2部分βは、比較的靭性が高く、外力や衝撃を受けても変形によってこれらを吸収し易い。一方、比較的硬度が高い第1部分αは、硬い物に切れ込む作用(いわゆる切れ味)が比較的高い。
【0013】
厚さが漸減する切刃領域20は、刃物1による切る作業における切り込み作用に大きく寄与する部分である。刃物1は、第1切刃面21に、比較的硬度が高い、第1切刃面21を含む第1部分αを有するため、切れ込みの作用が強い(いわゆる切れ味が鋭い)。また、第2切刃面22に、比較的硬度が低い部分βを有するため、割れや欠け等の発生が抑制されている。刃物1は、硬い物に切れ込む作用(いわゆる切れ味)が比較的高く、かつ、衝撃等を受けた場合に割れや欠け等が発生し難い。
【0014】
本開示の刃物1は、第1側面11全体が第2側面12に比べて立方晶の割合が大きいが、本開示は本実施形態に限定されない。例えば、第2側面12に比べて立方晶の割合がより大きい領域は、第1側面11のうち第1切刃面21のみであってもよく、領域の範囲については特に限定されない。
【0015】
刃物1は、第1側面11におけるジルコニアの立方晶の割合が、第2側面12におけるジルコニアの立方晶の割合よりも大きくてもよい。ここで、「第1側面11における」とは、背部13から刃先16に至る範囲の第1側面11の全体ということである。また、「第2側面12における」とは、背部13から刃先16に至る範囲の第1側面11の全体ということである。
【0016】
上記構成を満たす刃物1は、第1側面11が全体として比較的硬度が高いため、比較的高い切れ味が長期間にわたって維持されるとともに、表面が他部材と接触しても傷等が生じ難い。刀身10の側面の傷等は、対象物を切る際のスムーズさの低減に繋がるが、第1側面11の全体が比較的硬い刃物1では、スムーズな切れ味が比較的長い期間にわたって維持される。
【0017】
図3に断面図に上記形態の一例を示す。上記構成を満たす刃物1は、第1切刃面21を含む第1側面11において、比較的硬度が高い第1部分αが層状に位置している。また、第2側面12および第1部分α以外の部分が、比較的硬度が低い第2部分βである例を示している。言い換えると、刀身10は、刃物形状の第2部分βと、第2側面12の反対側の面に位置した層状の第1部分αとを備えている。本実施形態の刃物1では、外力や衝撃を吸収し易い、刃物形状の第2部分βが大きな体積割合を占めており、外力や衝撃をより吸収し易い。一方で、比較的硬度が高い第1部分αが層状に位置しているので、この薄い第1切刃面21によって十分に高い切れ味が得られる。
【0018】
上述した通り、第1側面11におけるジルコニアの立方晶の割合が、第2側面12におけるジルコニアの立方晶の割合よりも大きくてもよいということは、刃物1は、第1側面11の全体に第1部分αを有し、第2側面12の全体に第2部分βを有していてもよいと言い換えることができる。
【0019】
図1に示す本実施形態の刃物1において、その全長Ht1は、適宜設定することができ、例えば、5cm以上40cm以下に設定することができる。刀身10の刃渡り(刃の付いている部分の長さ)Ht2は、用途に応じて適宜設定すればよいが、例えば5cm以上20cm以下に設定すればよい。刀身10は、刃物1の種々の用途に合わせた形状、大きさに設定される。刀身10の具体的な形状としては、例えば、出刃包丁、三徳包丁などの和包丁、牛刀などの洋包丁、中華包丁などが挙げられる。なお、刀身1は、包丁の形状に限定される必要はなく、例えば、ナイフ、手術用器具などの形状であってもよい。
【0020】
また、刃物1の全長Ht1と直交する方向の刀身10の身幅Ht3(
図2参照)は、刃物1の用途によって適宜設定することができ、例えば、10mm以上150mm以下に設定することができる。刀身10の厚みHt4(
図2参照)は、最も厚みの大きい部分で、例えば、1mm以上5mm以下に設定されている。また、刃先16の幅は2μm以上15μm以下に設定されている。第1側面11を含む第1部分αの厚みは、第1側面11全体にわたって、厚さが約1μm以上10μm以下である。
【0021】
また、本開示の刃物1は、第1側面11は一般的に黒色と視認される色味をし、第2部分は一般的には白色と視認される色味を有していてもよい。刃物1は、一方の側面は黒色の外観を有し、他方の側面は白色の外観を有する。このように本実施形態の刃物1は、黒色の第1側面11と白色の第2側面12とを備えていることにより、従来の刃物とは異なる外観となっている。
【0022】
図1に示すように、刃物1は、刀身10に加えて柄5を備える。
図1に示すように、刀身10は、一部が中子3Eとして柄5の内部に配置されている。柄5を構成する材料としては、例えば、木材、樹脂、セラミックス、金属材料などが挙げられる。樹脂としては、例えば、ABS樹脂(アクリロニトリル、ブタジエンおよびスチレンの共重合体)、ポリプロピレン樹脂などが挙げられる。金属材料としては、錆にくい材料がよく、例えば、チタン系、ステンレス系などの材料が挙げられる。柄1bの長さは、適宜設定することができ、例えば、手で握りやすい形状に構成すればよい。また、柄5の厚みも、適宜設定することができる。柄1bの厚みは、中子3Eも含めて、例えば、5mm以上3cm以下に設定すればよい。
【0023】
<刃物の製造方法>
本開示の刃物1の製造方法の一例について説明しておく。まず、セラミックスからなる刀身体を準備する。この刀身体は、刀身10とほぼ同じ形状および大きさのジルコニア焼結体である。例えば、1〜4モル%のイットリア粉末を含むジルコニア粉末に、アクリル系、ワックス系、またはPEG系バインダーを2〜10質量%となるように添加し、顆粒状にする。得られた顆粒を、金型を用いて成形圧力1000〜1500kg/cm2にて成形し、その後、焼成してジルコニア焼結体を得る。得られたジルコニア焼結体を通常の方法で刃付けし、セラミックスからなる刀身体を得る。
【0024】
上記成形方法は、金型による成形方法以外にも、当業者が通常行なう方法によって成形することができる。例えば、鋳込み成形、可塑成形法(インジェクション法)、ラバープレス法、ホットプレス法など適宜用いることができる。 焼成温度は材料に応じて適宜設定すればよい。ジルコニアの場合、1300〜1500℃で行なわれる。焼成後、得られたジルコニア焼結体に対して、必要に応じて、圧力1500〜2500kg/cm2で2〜5時間保持するHIP処理を行なってもよい。
【0025】
次いで、このジルコニア焼結体(刀身体)に対して電子ビームを照射する。具体的には、ジルコニア焼結体からなる刀身体の、第1切刃面21に対応する領域に電子ビームを照射する。本実施形態では、第1切刃面21を含む第1側面11全体に対応する、刀身体の側面に電子ビームを照射する。この際、刀身体の反対側の側面、すなわち第2側面12に対応する面に対しては、電子ビームを照射しない。
【0026】
この電子ビームの照射によりジルコニアを変質させることにより、本開示の刃物を得ることができる。電子ビームが照射された面は第1側面11となる。このように電子ビームを照射を部分的に行なうことで、電子ビームの照射によって得られた第1切刃面21とと、電子ビームが照射がされていない第2切刃面22とを有する刀身10を得ることができる。なお、第1側面11の全体に電子ビームを照射し、第2側面の全体において電子ビームを照射しなければ、第1側面11におけるジルコニアの立方晶の割合が、第2側面12におけるジルコニアの立方晶の割合よりも大きくなる。
【0027】
そして、電子ビーム照射の後、刃先領域20に対応する部分を研磨してもよい。この研磨では、例えば第2切刃面22の側のみに研磨板を当てて、第2切刃面22のみを選択的に研磨してもよい。
【0028】
電子ビームの照射で得られた第1切刃面21は、ジルコニアの正方晶に対するジルコニアの立方晶の割合が、第2切刃面22よりも高くなっており、第1切刃面21の硬度は第2切刃面22の硬度よりも高くなっている。これは、電子ビームの照射によって、電子ビームが照射された部分の温度が上昇して結晶化が促進した結果だと推測される。
【0029】
また、電子ビームの照射で得られた第1側面11は、ジルコニアの変質の結果、外観が黒色となっている。ジルコニア焼結体として、白色のジルコニア焼結体(刀身体)をまず準備し、この白色ジルコニア焼結体の一方側面に電子ビームの照射を行なうことで、電子ビームの照射によって黒色化した第1側面11を得ることができる。また、電子ビームが照射された第1側面11は、電子ビームの照射によって白色から黒色に変色するが、電子ビームが照射されていない第2側面12は、白色の状態となる。なお、ジルコニア焼結体が着色成分を含むものであるときには、上述した色調に限定されない。
【0030】
電子ビームの照射によって得られる第1部分の表面粗さ(Ra)や表面高さ(Rz)および色味等の性質は、電子ビームの照射時の照射エネルギーや照射角度・距離、照射時間等に応じて変化する。これら電子ビームの照射条件や、研磨の条件等を調整することで、所望の外観や切れ味を有する刃物1を得ることができる。
【0031】
本発明は前述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の変更、改良、組合せ等が可能である。
【実施例】
【0032】
[外観]
図4は、上述の実施形態の製造方法を経て製造した刃物1の電子顕微鏡写真である。
図4は、
図3に示す矢印の方向を観察方向として、刃物1の刃先16を観察して得られた電子顕微鏡写真である。
図4の下側部分が、電子銃により電子ビームを照射して得られた第1切刃面21側の領域であり、
図4の上側の部分が、電子ビームを照射しない、通常の白色のジルコニア焼結体からなる第2切刃面22に対応している。
図4の電子顕微鏡写真から、第2切刃面22における第2部分βでは、粒状のジルコニア結晶の結晶粒が凝集しているのに対して、第1切刃面21における第1部分αでは、第1切刃面21に垂直な方向に伸びた柱状の結晶粒が配置されていることが分かる。第2切刃面21の側では、電子ビームの照射によって結晶粒が成長していると推測される。
【0033】
[結晶構造]
図5は、ジルコニア焼結体に対して部分的に電子ビームを照射した試験体について、結晶構造を測定した結果のXRDパターンであり、(a)は電子ビームを照射した部分、すなわち第1切刃面21に対応する状態の測定結果、(b)は電子ビームを照射していない部分、すなわち第2切刃面22に対応する状態の測定結果を示している。測定は、PANalytical社製 X‘Pert PROを用い、CuKα線で2θ=10°〜80°の条件で測定した。この装置に付属の解析ソフトウェアを用いてX線回折パターを分析し、各部分に含まれる結晶構造を導出した。第2切刃面22について示す
図5(b)では立方晶のピークは現れていなかったが、第1切刃面21について示す
図5(a)では立方晶のピークが現れていることが確認できた。第1切刃面21では、電子ビームの照射によって立方晶が形成されており、第1切刃面21は第2切刃面22とくらべて多くの立方晶を含んでいることがわかる。
【0034】
[紙切試験]
図6は、刃物1について紙切り試験を行なった結果を示すグラフである。紙切り試験は、本多式切れ味試験機を用いて行なった。紙切り試験は400枚の紙の束に所定の圧力で押圧したときに、何枚切ることができるのかを試験するものである。所定の圧力は、適宜設定すればよい。この試験では、刃物1に加えて、比較例として従来の金属製(ステンレス製)刃物の切れ味も評価した。
【0035】
図6には、本実施形態の刃物1と、従来の金属製刃物それぞれについて、初期(1回目)に切れた枚数と、2回目に切れた枚数と、4回目に切れた枚数と、8回目に切れた枚数と、16回目に切れた枚数、32回目に切れた枚数の結果をプロットしている。また
図6には、それぞれの刃物の結果についての近似曲線も示しており、実線が刃物1、破線が従来の金属製刃物に対応する。また、従来の金属製刃物については、64回目に切れた枚数も示している。
【0036】
この結果から、従来の金属製刃物は、初期の切れ味は比較的良いものの、切れ味が長持ちしないことが分かる。一方、本実施形態の刃物1は、多くの繰り返し回数にわたって、比較的高い切れ味を維持していることがわかる。