(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
次に、本発明の硬質皮膜の成膜方法に関する実施形態の一例について説明する。まず、本発明の成膜方法に用いる成膜装置は、内部にターゲットが設置されており、当該ターゲット表面にアークを発生することで、当該ターゲットを構成する金属原子のイオンを発生させることでバイアス電圧が印加された基板表面に成膜を行うアークイオンプレーティング装置とする。
【0012】
また、当該ターゲットはAl
1−yCr
y(yはCrの原子比率を示す、0.05≦y≦0.20)から成るターゲットとする。そのような成膜装置内に基板を設置して後、当該基板に対してアルゴンガス等の不活性ガスによるイオンボンバード(表面清浄)を行う。その後、当該基板に対してバイアス電圧を−100V〜−170Vの範囲で印加する。また、基板の温度は330℃〜370℃の範囲とする。本発明の成膜方法において、基板に基板に対するバイアス電圧および基板の温度を限定した理由は、以下の通りである。
【0013】
まず、硬質皮膜の結晶構造に関して、立方晶の構造を得るためには局所的な高圧状態を作り出す必要があると本発明者は考えた。すなわち、成膜対象である基板への成膜物質のエネルギーを比較的に高くする必要があると考えた。そのエネルギーを高める方法として、基板のバイアス電圧を絶対値が大きい負の電圧にする方法が最も簡便であると考えた。基板の電圧が所定値以上(絶対値が小さい)になると、成膜時のエネルギーが不足するので結晶構造は六方晶となりやすい。また、所定値以下(絶対値が大きい)であると、スパッタリング効果が大きくなり、成膜速度が低下する。以上の理由から、当該基板に対するバイアス電圧は、−100V〜−170Vの範囲に限定した。
【0014】
次に、結晶構造が立方晶のAlCrN硬質皮膜は、成膜後の熱処理によって結晶構造が六方晶に変化することが試験結果から把握されている。また、基板温度が330℃未満であると、成膜前の脱ガス工程が不十分になり、硬質皮膜の基板に対する密着性が低下する。このことから、成膜時の基板温度は330℃〜370℃の範囲とした。
【0015】
なお、成膜対象がドリルやエンドミル等の切削工具である場合には、当該基板である切削工具の母材を成膜装置内に設置することができる。また、前述のターゲットのCrの比率が0.05〜0.20の範囲内である場合には、当該ターゲットを用いて成膜される硬質皮膜のCr量は、0.07〜0.24の範囲内となる。
【実施例1】
【0016】
本発明の実施形態について、実施例を用いて詳細に説明する。カソードアーク方式イオンプレーティング装置内に設置したステンレス製の治具上に、高速度工具鋼からなる縦6mm、横6mm、高さ40mmの直方体のブロックを基板として、6mm×40mmの面が外側に向くように固定した。この治具を毎分5回転で自転させながら、同装置に設置した電熱ヒーターにより基板温度を370℃として1時間加熱した。
【0017】
その後、基板温度を維持したまま約0.2PaのArプラズマ中で基板をクリーニングした。このときの基板に印加したバイアス電圧は−200Vとした。次に、約7Paの窒素雰囲気中で各原子比率がAl
0.8Cr
0.2の成分を持つターゲットに負の電荷を印加した状態で、電圧24V、電流100Aのアーク放電を発生させた。
【0018】
このアーク放電によりターゲットを構成する金属を蒸発させると同時にアーク放電によるイオン化を行い、反応ガス(窒素ガス)と反応させて基板上に堆積するアークイオンプレーティングを実施した。このときの基板に印加したバイアス電圧は−150V、基板温度を370℃とした。このような成膜方法による1時間の成膜で約1μmの厚さのAlCrN硬質皮膜を得た。
【0019】
得られたAlCrN硬質皮膜は、X線回折により分析した結果、膜金属成分がAl
0.76Cr
0.24であった。また、X線回折において30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークが2θ=37.8°±1°であり、その半値幅は1°未満であり、硬質皮膜の結晶構造は立方晶薄膜であった。
【実施例2】
【0020】
実施例1と同様にイオンプレーティングによりAlCrN薄膜を得た。ただし、ターゲット成分はAl
0.85Cr
0.15、基板に印加したバイアス電圧は−170V、基板の温度は330℃とした。得られたAlCrN膜は膜金属成分がAl
0.83Cr
0.17であり、X線回折において、30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークが2θ=37.8°±1°であり、その半値幅が1°未満の立方晶薄膜であった。
【実施例3】
【0021】
実施例1と同様にイオンプレーティングによりAlCrN薄膜を得た。ただし、ターゲット成分はAl
0.9Cr
0.1、基板に印加したバイアス電圧は−120V、基板の温度は350℃とした。得られたAlCrN膜は膜金属成分がAl
0.88Cr
0.12であり、X線回折において、30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークが2θ=37.8°±1°であり、その半値幅が1°未満の立方晶薄膜であった。
【実施例4】
【0022】
実施例1と同様にイオンプレーティングによりAlCrN薄膜を得た。ただし、ターゲット成分はAl
0.95Cr
0.05、基板に印加したバイアス電圧は−150V、基板の温度は350℃とした。得られたAlCrN膜は膜金属成分がAl
0.93Cr
0.07であり、X線回折において、30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークが2θ=37.8°±1°であり、その半値幅が1°未満の立方晶薄膜であった。
【実施例5】
【0023】
実施例1と同様にイオンプレーティングによりAlCrTiN薄膜を得た。ただし、ターゲット成分はAl
0.8Cr
0.15Ti
0.05、基板に印加したバイアス電圧は−100V、基板温度は370℃とした。得られたAlCrTiN膜は膜金属成分がAl
0.78Cr
0.17Ti
0.05であり、X線回折において30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークは、2θ=37.8°±1°であり、その半値幅は1°未満の立方晶薄膜であった
(本実施例5は参考例1とする)。
【実施例6】
【0024】
実施例5と同様にイオンプレーティングによりAlCrTiN薄膜を得た。ただ し、ターゲット成分はAl
0.8Cr
0.15Ti
0.05、基板に印加したバイアス電圧は−120V、基板温度は330℃とした。得られたAlCrTiN膜は膜金属成分がAl
0.77Cr
0.18Ti
0.05であり、X線回折において30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークは、2θ=37.8°±1°であり、その半値幅は1°未満の立方晶薄膜であった
(本実施例6は参考例2とする)。
【実施例7】
【0025】
実施例5と同様にイオンプレーティングによりAlCrTiN薄膜を得た。ただし、ターゲット成分はAl
0.8Cr
0.15Ti
0.05、基板に印加したバイアス電圧は−150V、基板温度は350℃とした。得られたAlCrTiN膜は膜金属成分がAl
0.76Cr
0.18Ti
0.06であり、X線回折において30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークは、2θ=37.8°±1°であり、その半値幅は1°未満の立方晶薄膜であった
(本実施例7は参考例3とする)。
【実施例8】
【0026】
実施例5と同様にイオンプレーティングによりAlCrVN薄膜を得た。ただし、ターゲット成分はAl
0.8Cr
0.15V
0.05、基板に印加したバイアス電圧は−150V、基板温度は350℃とした。得られたAlCrTiN膜は膜金属成分がAl
0.76Cr
0.18V
0.06であり、X線回折において30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークは、2θ=37.8°±1°であり、その半値幅は1°未満の立方晶薄膜であった
(本実施例8は参考例4とする)。
【実施例9】
【0027】
実施例5と同様にイオンプレーティングによりAlCrZrN薄膜を得た。ただし、ターゲット成分はAl
0.8Cr
0.15Zr
0.05、基板に印加したバイアス電圧は−150V、基板温度は350℃とした。得られたAlCrTiN膜は膜金属成分がAl
0.76Cr
0.19Zr
0.05であり、X線回折において30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークは、2θ=37.8°±1°であり、その半値幅は1°未満の立方晶薄膜であった
(本実施例9は参考例5とする)。
【実施例10】
【0028】
実施例5と同様にイオンプレーティングによりAlCrNbN薄膜を得た。ただし、ターゲット成分はAl
0.8Cr
0.15Nb
0.05、基板に印加したバイアス電圧は−150V、基板温度は350℃とした。得られたAlCrNbN膜は膜金属成分がAl
0.77Cr
0.19Nb
0.04であり、X線回折において30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークは、2θ=37.8°±1°であり、その半値幅は1°未満の立方晶薄膜であった
(本実施例10は参考例6とする)。
【0029】
本発明の実施の形態に関する実施例は以上の通りであるが、本実施の形態とは異なる例(比較例)としての試験も行ったので、その試験条件および試験結果を以下に説明する。まず、比較例1として実施例1と同様にイオンプレーティングによりAlCrN薄膜を得た。ただし、ターゲット成分はAl
0.7Cr
0.3、基板に印加したバイアス電圧は−50V、基板温度は450℃とした。得られたAlCrN膜は膜金属成分がAl
0.68Cr
0.32であり、X線回折において、30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークが2θ=37.8°±1°であり、その半値幅が1°未満の立方晶薄膜であった。以上の結果より、比較例1は従来例であり、Al
0.7以下であれば基板バイアスが低く、温度が高くても立方晶薄膜となることを確認した。
【0030】
次に、比較例2として比較例1と同様にイオンプレーティングによりAlCrN薄膜を得た。ただし、ターゲット成分はAl
0.8Cr
0.2、基板に印加したバイアス電圧は−50V、基板温度は350℃とした。得られたAlCrN膜は膜金属成分がAl
0.79Cr
0.21であったが、X線回折において、30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークは2θ=33°の六方晶薄膜であった。比較例1よりもAl比率が高い場合、基板バイアスが低いと六方晶薄膜となることを示す例である。
【0031】
次に、比較例3として比較例1と同様にイオンプレーティングによりAlCrN薄膜を得た。ただし、ターゲット成分はAl
0.85Cr
0.15、基板に印加したバイアス電圧は−150V、基板温度は450℃とした。得られたAlCrN膜は膜金属成分がAl
0.82Cr
0.12であったが、X線回折において、30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークは2θ≒33°の六方晶薄膜であった。比較例1よりもAl比率が高い場合、基板温度が高いと六方晶薄膜となることを示す例である。
【0032】
次に、比較例4として比較例1と同様にイオンプレーティングによりAlCrN薄膜を得た。ただし、ターゲット成分はAl
0.9Cr
0.1、基板に印加したバイアス電圧は−30V、基板温度は400℃とした。得られたAlCrN膜は膜金属成分がAl
0.89Cr
0.11であったが、X線回折において、30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークは2θ≒33°の六方晶薄膜であった。比較例1よりもAl比率が高い場合、基板バイアスが低く、基板温度が高いと六方晶薄膜となることを示す例である。
【0033】
次に、比較例5として実施例4と同様にイオンプレーティングによりAlCrN薄膜を得た。ただし、ターゲット成分はAl
0.99Cr
0.01とした。得られたAlCrN膜は膜金属成分がAl
0.99Cr
0.01であったが、X線回折において、30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークは2θ≒33°の六方晶薄膜であった。実施例4よりもAl比率が高いと六方晶薄膜となることを示す例である。
【0034】
次に、比較例6として実施例7と同様にイオンプレーティングによりAlCrTiN薄膜を得た。ただし、基板温度は450℃とした。得られたAlCrNTi膜は膜金属成分がAl
0.76Cr
0.18Ti
0.06であったが、X線回折において、30°≦2θ≦90°の範囲でCu−Kα線の最も高い回折ピークは2θ≒33°の六方晶薄膜であった。実施例7で基板温度が高いと六方晶薄膜となることを示す例である。以上の本実施例1〜10および比較例1〜6において使用したターゲットの組成、基板に印加したバイアス電圧(基板バイアス)、基板の温度(基板温度)、成膜された硬質皮膜の成分(皮膜成分)および当該硬質皮膜の結晶構造をまとめて表1に示す。
【0035】
【表1】