【実施例】
【0045】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0046】
日本医科大学付属病院倫理委員会の承認を受けた「包括的肺癌研究」に該当する患者のうち、日本医科大学付属病院(東京都文京区)で治療を受けた術後再発(ステージIV期相当)肺癌患者を対象とし、腫瘍組織切片と、当該患者の臨床データを用いて研究を行った。
【0047】
EGFRチロシンキナーゼ阻害薬で治療中の肺がん患者について、1.EGFR遺伝子変異の検出、およびT790M耐性の有無の検出、2.腫瘍細胞中のGli1、PRMT5、MEP50の発現率並びに3.無増悪生存期間(PFS:がんが進行することなく生存している期間)を以下の方法で確認した。
【0048】
1.EGFR遺伝子変異検出
株式会社 LSIメディエンス(旧: 三菱化学メディエンス)が提供する、EGFR遺伝子変異解析受託サービスを利用した。本解析は新鮮組織、凍結病理標本、パラフィン包埋切片病理標本、胸水のいずれかのサンプルを用い、ゲフィチニブ(イレッサ(登録商標))に対する感受性ならびに耐性変異に関与するexon18、19、20、21の遺伝子変異を解析する。本検査には正常型遺伝子の増幅を抑制するプライマー(PNAプライマー)と変異型遺伝子特異的プローブ(LNAプローブ)を使用したPNA‐LNA PCR Clamp法により遺伝子変異を高感度(約1%)に検出可能である(受託解析説明書類より引用)。
【0049】
T790M耐性は、EGFR遺伝子のエキソン20の790番目にあるトレオニンがメチオニンになる変異であり、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬に対する獲得耐性症例の約50%にT790Mが検出されることが知られている。
【0050】
2.腫瘍細胞中のGli1、PRMT5、MEP50の発現率の検出
(1)パラフィン包埋組織切片作製方法
手術によって切除された肺癌患者の原発腫瘍を包埋カセットに入れ、包埋装置を使ってパラフィン包埋病理組織サンプルを作製した。包枚装置は腫瘍組織中の水分を溶解パラフィンと置換するための装置であった。手順としては腫瘍組織をエタノールに浸して、組織中の水分をエタノールと置換した。その後、組織をキシレンに漬け、エタノールをキシレンに置換した。最後に溶解パラフィンに漬け、キシレンを溶解パラフィンと置換した。この工程を全自動で行ってパラフィン包埋病理組織サンプルを作製した。
【0051】
パラフィン包埋組織をミクロトームにて3〜5μmに薄切してカバーガラスにのせ、熱を加えて切片とカバーガラスを接着させた。
【0052】
(2)免疫組織染色法
(2-1) 脱パラフィン処理
すべての操作は室温で行った。
(a) サンプルをキシレンで3分ごとに交換しながら5回インキュベーションした。
(b) 100%エタノールで2分間ごとに交換しながら3回インキュベーションした。
(c) 約80%エタノールで2分間インキュベーションした。
(d) 70%エタノールで2分間インキュベーションした。
(e) 水道水で5分間洗浄した。
(f) 超純水でスライドをリンスした。
【0053】
(2-2) 抗原賦活化処理から目的タンパク質の検出
(a) 0.3%過酸化水素水入りのメタノールでサンプルを室温で30分間インキュベーションした。
(b) イムノセイバー (日新EM株式会社製)入り10 mMクエン酸ナトリウムバッファー (pH6.0)にサンプルを浸し、95℃で45分間インキュベーションした。
サンプルを室温で30分ほど冷却した。
(c) リン酸緩衝生理食塩水(PBS)でサンプルを室温で5分間、3回洗浄した。
(d) スライドおよびスライド周辺の水気をキムワイプでできるだけ拭き取り湿潤チャンバーに静置して、免疫組織用ブロッキング剤(Blocking One Histo: ナカライテスク製)を組織切片上に注ぎ、室温で10分間インキュベーションした。
(e) サンプルをPBSで5分ごとに交換しながら、3回洗浄した。
(f) スライドおよびスライド周辺の水気をキムワイプでできるだけ拭き取り、0.1% ウシ胎児血清アルブミン(BSA)入りのPBSで希釈した一次抗体を組織切片上に注ぎ、湿潤チャンバーに静置して、4℃で一晩インキュベーションした。
(g) 使用した抗体は次の通り。西洋ワサビペルオキシダーゼ標識抗PRMT5抗体: ATLAS ANTIBODIES社製の抗体(カタログ番号: HPA005525)を150倍希釈して使用。西洋ワサビペルオキシダーゼ標識抗MEP50抗体: Brthyl Laboratories社製の抗体(カタログ番号: A301-561A)を1000倍希釈して使用。西洋ワサビペルオキシダーゼ標識抗Gli1抗体: AbCam社製の抗体(カタログ番号: ab134906)を100倍希釈して使用した。
(h) サンプルをPBSで5分ごとに交換しながら、3回洗浄した。
(i) スライドガラスおよびその周辺の水気をキムワイプでできるだけ拭き取り、ヒストファイン(二次抗体: ニチレイバイオサイエンス製)をスライド上の切片に滴下し、湿潤チャンバーに静置して室温で30分間インキュベーションする。サンプルをPBSで5分ごとに交換しながら、3回洗浄した。
(j) DAB溶液(DAB Peroxidase Substrate Kit, ImmPACT: Vector Laboratories社製)を調製(A液1 mlに対し、B液1滴)し、スライドおよびスライド周辺の水気をキムワイプでできるだけ拭き取り、DAB溶液をスライド上の切片に注ぎ、すぐに光学顕微鏡にセットして染色具合を確認する。PRMT5はDAB溶液を注ぎ、2分30秒で染色を終了させた。MEP50は30秒で染色を終了させた。Gli1は7分で染色を終了させた。
(k) 染色が終わったら水道水の入ったバットにスライドガラスを即座に浸した。
(l) 細胞の核を染色するため、ヘマトキシリン溶液に5回程度サンプルを浸けた。1回ごとの時間は3秒であった。
(m) 水道水の入ったバットにスライドガラスを浸して洗浄した。
【0054】
(2-3) 脱水処理から封入
(a) 80%エタノールで切片を2分間インキュベーションした。
(b) 90%エタノールで切片を2分間インキュベーションした。
(c) 100%エタノールで2分間ごとに交換しながら3回インキュベーションした。
(d) キシレンで2分ごとに交換しながら3回インキュベーションした。
(e) カバーガラスに封入剤を少量つけ、切片を覆った。
(f) 封入剤が乾燥したら、サンプルはケースに入れて室温で保存した。
【0055】
図2に、研究対象となった肺がん患者の原発腫瘍の標識抗PRMT5抗体、標識抗MEP50抗体、および標識抗Gli1抗体による染色像を示す。上段は強く染色された高発現率の染色像を示し、下段は弱く染色された弱発現率の染色像を示す。
【0056】
Gli1、MEP50、PRMT5の発現率亢進の判断は、Hスコア法によって行った。Hスコア=Σ(染色強度×陽性細胞占有率(%))で表される(Am J Clin Pathol., 90. 233-239)。ここで染色強度は以下の基準で判定する。
染色強度0:染色なし、1:弱い染色、2:中程度の染色、3:強い染色
【0057】
図3に、研究対象となった各患者の年齢、性別、症状、EGFR遺伝子変異型、T790M耐性の有無、がんのステージ(yc(r)stage)、M1b、EGFR-TK1、PFS(無増悪生存期間)、MEP50の発現率、PRMT5の発現率、Gli1の発現率およびトータルの発現率(IHC: total)を示す。トータルの発現率(IHC: total)は、MEP50の発現率、PRMT5の発現率、Gli1の発現率の少なくとも1つの発現率が「強い発現率 (Positive)」と判定され、他が「Moderate」と判定された場合に、「強い発現率 (Positive)」と判断される。
【0058】
図3中、Hスコアが3以上を「強い発現率 (Positive)」、Hスコアが2以上3未満を「Moderate」、0以上2未満を「Negative」としている。
図3より、Gli1、PRMT5、MEP50の発現率はほぼ連動しているという結果が得られた。
【0059】
図4に、Gli1、MEP50およびPRMT5の発現率が高い患者(Hi)と低い患者(Lo)の無増悪生存期間(PFS:Progression Free Survival)を示す。
【0060】
図4に示すように、EGFR遺伝子変異の種類、T790M耐性の有無に係らず、Gli1、PRMT5、MEP50の発現率の高い患者では無増悪生存期間が短くなっているという結果になった。
【0061】
図3および
図4の結果は、Gli1、PRMT5、およびMEP50の発現率がModerate以上であることが無増悪生存期間の短縮と相関関係があることを示している。それ未満の発現率ではPFSの短縮との相関関係はないか、または低いと考えられる。
【0062】
以上より、肺がん患者から採取した腫瘍細胞におけるGli1、PRMT5、MEP50の発現率を確認することで、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対する腫瘍の感受性を判定することができる。
【0063】
さらにPRMT5、MEP50を介したGli1の活性化経路は、がん細胞を作り出す大元のともいうべき、肺がん幹細胞の維持に関わることが示唆されるため、ALK融合遺伝子産物を標的とした薬剤ザーコリ(一般名:クリゾチニブ)の治療効果の判断にも使える可能性がある。
【0064】
なお、本発明によって治療効果を判定した後は、現在定められている治療プロトコルに従って他の薬剤(プラチナ製剤など)投与や放射線治療を行うことになる。