特許第6790731号(P6790731)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6790731ダイヤモンド膜表面に微細周期構造溝を形成する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6790731
(24)【登録日】2020年11月9日
(45)【発行日】2020年11月25日
(54)【発明の名称】ダイヤモンド膜表面に微細周期構造溝を形成する方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/364 20140101AFI20201116BHJP
   B23K 26/00 20140101ALI20201116BHJP
   B21D 37/01 20060101ALI20201116BHJP
   B21D 37/20 20060101ALI20201116BHJP
   B21D 22/28 20060101ALN20201116BHJP
   B21D 51/26 20060101ALN20201116BHJP
【FI】
   B23K26/364
   B23K26/00 G
   B23K26/00 N
   B21D37/01
   B21D37/20 C
   !B21D22/28 K
   !B21D51/26 X
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-214553(P2016-214553)
(22)【出願日】2016年11月1日
(65)【公開番号】特開2018-69309(P2018-69309A)
(43)【公開日】2018年5月10日
【審査請求日】2019年10月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003768
【氏名又は名称】東洋製罐グループホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100075177
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 尚純
(74)【代理人】
【識別番号】100113217
【弁理士】
【氏名又は名称】奥貫 佐知子
(72)【発明者】
【氏名】城石 亮蔵
(72)【発明者】
【氏名】高尾 健一
(72)【発明者】
【氏名】湯淺 義之
【審査官】 竹下 和志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−188511(JP,A)
【文献】 特開2005−66687(JP,A)
【文献】 特開平11−277160(JP,A)
【文献】 特開2003−165548(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/00 − 26/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
CVD法により形成された多結晶構造のダイヤモンド膜の表面を平均表面粗さRaが0.1μm以下となるように表面研磨し、次いで該表面研磨により平滑化された平滑面に、周期的強度分布を発生させたパルス幅が1ns以上のレーザ光を照射することにより、微細周期構造溝を形成することを特徴とするダイヤモンド膜表面への微細周期構造溝形成方法。
【請求項2】
前記微細周期構造溝が、構造色を発現する規則的配列を有している請求項1に記載の微細周期構造溝形成方法。
【請求項3】
前記レーザ光が、200mJ/cm以上のフルエンスでダイヤモンド表面に照射される請求項1または2に記載の微細周期構造溝形成方法。
【請求項4】
前記レーザ光の波長が1064nm未満である請求項1〜3の何れかに記載の微細周期構造溝形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンド表面に微細周期構造溝を形成する方法に関するものであり、さらには、該方法により形成された微細周期構造溝を加工面に有する塑性加工金型、特にしごき加工用ダイス並びに該金型を用いての塑性加工により、微細周期構造溝を転写する方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
炭素の結晶であるダイヤモンド成分を含む炭素膜は、周知のように著しく硬度が高く、耐摩耗性に優れている。このため、バイト、エンドミル、やすりなどの切削用工具、パンチ、ダイスなどの塑性加工金型、バルブリフタ、軸受けなどの摺動部材の表面に炭素膜を形成することにより、加工性や機械的寿命を高めることが従来から行われている。
【0003】
上記のような炭素膜には、ダイヤモンド成分を多く含むダイヤモンド膜やグラファイト成分を多く含むDLC膜(ダイヤモンドライクカーボン膜)があり、特に切削工具や塑性加工金型に適用する炭素膜について、その組成とその特性について種々の研究がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、ダイヤモンドと非晶質炭素とからなり、表面粗さRmaxが2μm以下であって、ラマン分光スペクトル分析において1333±10cm−1に存在する最大のピークの強度をI、1500±100cm−1に存在する最大のピークの強度をIとしたとき、強度比I/Iが0.2〜20(I/I=0.05〜5)である硬質炭素膜が、被加工金属との摺動面に形成されている金属加工用治具が提案されている。この金属加工用治具は、具体的には、絞り加工に用いられるダイスやパンチ、伸線に用いられる引き抜きダイスである。
また、特許文献2には、基板上に形成される切削工具用ダイヤモンド皮膜であって、この皮膜は複数の皮膜層から形成されており、最表層の皮膜層(第三皮膜層)は、ラマン分光スペクトル分析による強度比(I/I)が0.6以上であることが記載されている。
【0005】
一方、ダイヤモンド表面に、微細周期構造を形成する手段として、特許文献3には、集束イオンビームを用いる方法が提案されており、特許文献4には、フェムト秒レーザを用いる方法が開示されている。
しかしながら、集束イオンビーム(FIB)を用いる方法は、装置が高価であるばかりか加工範囲が狭いという問題がある。また、フェムト秒レーザを用いる方法も装置が高価であり、しかも大型であるばかりか、加工量が少ないという問題がある。
従って、上記の方法は、何れも加工面の小さな切削工具の表面に形成されたダイヤモンド表面に適用され、ダイヤモンド表面が大面積の加工面となっている成形金型には、実質上、適用されない。コストと時間がかかり過ぎるからである。
【0006】
また、本出願人による特許文献5には、金属容器の成形金型の加工面に構造色(ホログラム)発色用の微細周期構造溝を形成し、この成形金型を用いて絞りしごき加工を行い、この微細周期構造溝が転写された金属容器を製造することが開示されている。
しかしながら、この成形金型表面に形成されている微細周期構造溝は、絞りしごき加工に際しての摩耗や金属の凝着が著しいため、寿命が短く、繰り返しての加工が困難であり、結果として、量産目的の工業的実施には適用困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5−169162号公報
【特許文献2】特許第4733193号
【特許文献3】特開2004−188511号公報
【特許文献4】特許5336095号
【特許文献5】特開2003−165548号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、ダイヤモンド膜表面に広範囲にわたって、高価で大型の装置を用いることなく、微細周期構造溝を形成することが可能な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、CVD法により形成された多結晶構造のダイヤモンド膜の表面を平均表面粗さRaが0.1μm以下となるように表面研磨し、次いで該表面研磨により平滑化された平滑面に、周期的強度分布を発生させたパルス幅が1ns以上のレーザ光を照射することにより、微細周期構造溝を形成することを特徴とするダイヤモンド膜表面への微細周期構造溝形成方法が提供される。
【0010】
本発明の微細周期構造溝形成方法においては、
(1)前記微細周期構造溝が、構造色を発現する規則的配列を有していること、
(2)前記レーザ光が、200mJ/cm以上のフルエンスでダイヤモンド表面に照射されること、
(3)前記レーザ光の波長が1064nm未満であること、
が好適である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の微細周期構造溝形成方法では、ナノ秒レーザを利用しているため、集束イオンビームやフェムト秒レーザなどのように高価で且つ大型の装置を用いることなく、微細周期構造溝を形成することができ、しかも、短時間で処理を行うことができるため、ローコストで大面積部分に微細周期構造溝を形成することができる。このため、この方法は、構造色(ホログラム)を発色する微細周期構造溝の形成に極めて有利に適用される。
【0014】
特に上記の本発明の方法を、加工面がダイヤモンドで形成されているしごき加工用ダイスに適用することにより、ダイヤモンド表面に形成された微細周期構造溝を、しごき加工が繰り返し行われたときにも摩耗や金属が凝着することなく長期にわたって保持することができ、このしごき加工ダイスを交換することなく、表面に微細周期構造溝が転写されたしごき加工品、例えばアルミニウム缶などの金属缶を量産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の方法によって形成された微細周期構造溝を有するダイヤモンド表面を示す概略側断面図。
図2図1に示されている微細周期構造溝の形成に使用されるレーザ照射装置の概略構造を示す図。
図3図2の装置によって照射されるレーザ光の干渉領域を示す模式図。
図4】しごき加工を利用したプレス成形プロセスの一例を示す図。
図5】微細周期構造溝が形成されたダイヤモンド表面を有するしごき加工用ダイスの概略拡大側面図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図1を参照して、本発明によれば、ダイヤモンド表面1に微細周期構造溝3が規則的にほぼ等間隔に配列して形成されている。
かかる溝3の間隔や幅及び深さは、可視光波長(約400nm〜700nm)に近いものであり、このような溝3が多数形成されていることにより、光の回折が生じ、隣り合う溝3、3の間の部分(凸部)で光路差による光の干渉が生じ、これにより、構造色が発現する。
【0017】
<ダイヤモンド表面1について>
本発明において、上記のダイヤモンド表面1は、CVD法により形成された多結晶構造のダイヤモンド膜の表面である。即ち、ダイヤモンドの単結晶は大面積に形成することが困難であるため、本発明では、CVDにより形成された多結晶構造のダイヤモンド膜の表面に、微細周期構造溝を形成するものである。
【0018】
また、上記のようなダイヤモンド膜は、下記式(1):
/I (1)
式中、
は、前記炭素膜表面のラマン分光スペクトルにおける1333±10cm−1での最大ピーク強度であり、
は、前記炭素膜表面のラマン分光スペクトルにおける1500±100cm−1での最大ピーク強度である、
で表される強度比が1.0以上、特に1.2以上のラマン分光スペクトルを示すことが好適である。
【0019】
即ち、上記のピーク強度Iは、膜中のダイヤモンド成分に由来するものであり、ピーク強度Iは、膜中のグラファイト成分に由来する。従って、上記のピーク強度比が大きいほど、グラファイトの含有量が少なく、よりダイヤモンド結晶に近い膜(ダイヤモンド膜)であることを示す。
例えば、ピーク強度比が上記の範囲にあるダイヤモンド膜は、ビッカース硬度が8000以上の著しく硬度な膜であり、また、化学的安定性が高い。従って、このようなダイヤモンド膜は、しごき加工のような過酷な成形が行われるしごきダイスの加工面を形成するのに適している。例えば、上記強度比が1.0よりも低いときには、ダイヤモンド膜中のグラファイト成分が多く、硬度等が損なわれ、過酷な成形が行われるしごき加工ダイス等の塑性加工金型の加工面を形成するには適当でない。
【0020】
また、上記のようなダイヤモンド表面1は、その表面粗さRa(JIS B−0601−1994)が0.1μm以下、特に0.05μm以下の平滑面となっており、このような平滑面に、微細周期構造溝3を形成することも重要である。即ち、規則的に配列した微細周期構造溝3を粗い面に形成した場合には、乱反射等により光の干渉が損なわれ、構造色を発現することが困難となってしまうからである。また、平滑面とすることにより、滑り性が高められ、しごき加工ダイスの加工面として好適な面となる。
【0021】
尚、上記のようなピーク強度比及び平滑面を有するダイヤモンド膜は、CVD法、例えば熱フィラメントCVD法、マイクロ波プラズマCVD、高周波プラズマCVD、熱プラズマCVD等の公知の方法で所定の基材(例えば剛性基材)の表面に成膜し、次いで表面研磨することにより作製される。
【0022】
成膜に際しては、原料ガスとして、一般に、メタン、エタン、プロパン、アセチレン等の炭化水素ガスを水素ガスで1%程度に希釈したガスが使用され、この原料ガスには、膜質や成膜速度の調製のために、適宜、酸素、一酸化炭素、二酸化炭素等のガスが少量混合されることもある。
上記の原料ガスを使用し、ダイヤモンド膜の下地となる基材を700〜1000℃の高温に加熱し、原料ガスを分解して活性種を生成せしめ、基材上でダイヤモンド結晶を成長させることにより成膜が行われる。かかる成膜に際しては、解離した水素原子が、基材上に生成したグラファイトやアモルファスカーボンを選択的にエッチングし、これにより、ダイヤモンド成分が多く、膜のラマン分光スペクトルのピーク強度比を前述した範囲内とすることができる。
【0023】
しかるに、上記で形成されたダイヤモンド膜は多結晶構造であるため、その表面粗さRaが前述した範囲よりも大きな粗面となってしまう。このため、前述した平滑面とするために、表面研磨を行い、これにより、ラマン分光スペクトルのピーク強度比及び表面粗さRaの何れもが前述した範囲内にあるダイヤモンド膜が、所定の基材上に形成されることとなる。
【0024】
尚、成膜後の上記表面研磨は、それ自体公知の方法で行うことができる。
例えば、本出願人が提案している特開2011−177883号に開示されているように、炭素と易反応性の金属(Zr,Ta,Ti,W,Nb、Alなど)または浸炭性金属(Fe,Ni,Coなど)からなる表面を有するベルト、ワイヤー等の研磨部材を使用し、炭素膜表面(及び/または研磨部材の表面)をレーザ等の加熱手段を用いてダイヤモンドが分解しない程度の温度に加熱しながら研磨部材を摺擦することにより、膜の表面粗さRaを前述した範囲に調整し、これにより、目的とするダイヤモンド膜、即ち、所定のダイヤモンド表面1を得ることができる。
【0025】
<微細周期構造溝3の形成>
本発明においては、上記のようなダイヤモンド表面1に微細周期構造溝3を、レーザ加工及び干渉を利用して形成する。即ち、このダイヤモンド表面1は、硬質であり、工具を用いての切削加工では、溝を形成することができず、また、単にレーザを集光させただけでも微細加工ができないため、周期的強度分布が発生するように(即ち、光の干渉)レーザ光を照射してのレーザ加工により微細周期構造溝3を形成する。
【0026】
このようなレーザ加工を行うためのレーザ光照射装置は、図2に示された構造を有するものであり、全体として10で示されている照射装置は、レーザ発振器11、ビームスプリッタ(透過型回折光学素子)12、コリメータ素子(レンズ)13、光束選択素子14と、集光素子15を備えており、これにより、前述したダイヤモンド表面1を有する基材20に周期的強度分布を有するレーザ光が照射され、その干渉により微細周期構造溝3が形成される。
【0027】
レーザ発振器(レーザ光源)11は、所謂ナノ秒レーザ、即ちパルス幅が1ns以上、特に1〜100nsのレーザを出力するものであって、本発明においては、YAGレーザ、YVOレーザ、YLFレーザ等を好適に用いることができる。
【0028】
即ち、ダイヤモンド表面1に前述した微細周期構造溝3を形成するためには、高パワーパルスレーザであることが必要であり、また微細周期構造により構造色を発現させる場合、可視光で効率よく発色する為には微細周期構造溝3のピッチは0.5〜3μm程度がよく、その周期構造を精度よく加工するためにはレーザ光の波長をこのピッチよりも短い波長域にする必要があり、更に、微細周期構造溝3の形成は、レーザ光の干渉を利用したレーザアブレーションによるものであるため、コヒーレンシーの高いレーザを使用する必要がある。このために、上記のようなパルスレーザが使用され、その波長は1064nm未満であることが好適である。
【0029】
またレーザ発振器11は、照射パルス数を調整する機能を有しており、さらに、レーザ出力を調整することで、エネルギー密度(フルエンス:1パルス照射面積当たりのエネルギー)をコントロールすることができる。例えば、基材20のダイヤモンド表面1に照射されるレーザ光のフルエンスは200mJ/cm以上に調整されていることが望ましい。
尚、エネルギー密度(フルエンス)のコントロールは、レーザ発振器11におけるレーザ出力の調整の他、例えば、レーザ出力が同じで照射ビーム径を変化させることによっても実現できる。
【0030】
ビームスプリッタ12は、表面に微細な凹部又は凸部が周期的に刻まれている為に回折を起こす、透過型の光学素子であって、レーザ光を複数の光束に分割する。
また、コリメータ素子13は、例えば焦点距離が200mmの合成石英平凸レンズを用いることができ、この場合は、ビームスプリッタ12から200mmの位置に置かれる。そして、コリメータ素子13は、ビームスプリッタ12で分割された複数の光束を通す。
さらに、光束選択素子14は、コリメータ素子13を通過した光束が焦点を結ぶ位置におかれ、複数の光束のうち干渉に不必要な光束を遮り、必要な光束のみを通過させる。
集光素子15は、例えば、焦点距離が100mmの合成石英平凸レンズを用いることができ、光束選択素子14を通過した光束を集光し、光束を交差させ干渉させる。
尚、コリメータ素子や集光素子としては、凸レンズの他、フレネルレンズやGRIN(Graded−Index)レンズ等の光学素子を用いることができる。
【0031】
即ち、基材20に形成されているダイヤモンド表面1をレーザ光照射装置10の集光素子15から所定の距離のところに配置する。この位置は集光素子15により複数の光束が交差する干渉領域である。
この干渉領域は図3に示すように高強度域の分布となり、この領域で基材20に形成されているダイヤモンド表面1にレーザ光が照射される。このとき、干渉領域における高強度域の間隔(周期)dは、光束の交差角度θによって異なる。高強度域の周期dは、レーザ波長λ、光束の交差角度θを用いて次式で求めることができる。
d=λ/(2sin(θ/2))
【0032】
このように、レーザ光の照射が干渉領域で行われるため、基材20のダイヤモンド表面に周期的な光強度分布が励起し、高強度部でレーザアブレーションの発生が顕著となり、規則的に配列され、構造色を発色する微細周期構造溝3がダイヤモンド表面1に形成される。
【0033】
かかる方法は、レーザ光としてナノ秒レーザを使用しており、集束イオンビームやフェムト秒レーザを使用するものではないため、装置コストが安価であり、しかも、広範囲にわたって微細周期構造溝3を形成することができ、工業的実施に極めて有利である。
【0034】
特に、広範囲にわたって微細周期構造溝3が形成でき、しかも微細周期構造溝3が形成されているダイヤモンド表面1が硬く且つ滑り性に優れているため、金属材料の成形金型の加工面に、本発明方法を適用することが最適である。例えば、しごき加工用ダイス、圧延加工用金型、引き抜き加工用金型、押し出し加工用金型、伸線加工用金型等の塑性加工金型の加工面をダイヤモンド表面とし、かかるダイヤモンド表面に、構造色を発現する規則的配列を有する微細周期構造溝を設けることができる。
【0035】
このように、成形金型の加工面に幅広く微細周構造溝3を形成することにより、成形加工により得られる金属成形体の表面に幅広い微細周期構造溝3を転写させ、明瞭に視認される構造色を金属成形体の表面に発現させ、その商品価値を大きく高めることができる。
【0036】
特に、過酷なしごき加工に使用されるしごき加工用ダイスの加工面に本発明を適用したとき、本発明の利点を最大限に発揮させることができる。
【0037】
<しごき加工用ダイス>
本発明にしたがって微細周期構造溝3が形成されたしごき加工用ダイスを説明するに先立って、このダイスを用いたしごき加工を利用したプレス加工について説明する。
図4は、しごき加工を利用したプレス成形プロセスの代表例である金属缶の製造プロセスを示したものである。
【0038】
この図4において、金属缶の成形に用いる素板(例えばアルミニウム板)31は、先ず、打ち抜き加工に付せられ、これにより、金属缶用の円板33が得られる(図4(a)参照)。
かかる打ち抜き加工では、円板33の直径に相当する外径を有する打ち抜き用パンチ35と、素板31を保持し且つ円板33の直径に相当する開口を有するダイス37が使用される。即ち、パンチ35によりダイス37上に保持された素板31を打ち抜くことにより、所定の大きさの円板33が得られる。
尚、かかる製造プロセスで製造する成形物の形態によっては、素板31は、他の形状(例えば矩形状)に打ち抜かれることもある。
【0039】
上記のようにして得られた円板33は、絞り加工に付せられ、これにより、ハイトの低い絞り缶(有底筒状体)39が得られる(図4(b)参照)。
かかる絞り加工においては、ダイス41上に打ち抜かれた円板33が保持され、この円板33の周囲はしわ押え用の治具43によって保持されている。ダイス41には、開口が形成されており、絞り用のパンチ45を用いてダイス41の開口内に円板33を押し込むことにより、絞り缶39が得られることとなる。
尚、このダイス41の開口の上端のコーナー部(円板33を保持している側)にアール(曲率部)が形成されており、円板33が速やかに且つ折れることなく、ダイス41の開口内に押し込まれるようになっており、パンチ45の外径は、円板33のほぼ厚みに相当する分だけ、ダイス41の開口の径よりも小さく設定されている。即ち、この絞り加工では、薄肉化はほとんど行われない。
【0040】
次いで、上記で得られた絞り缶39は、しごき加工に付せられ、これにより、ハイトの高い金属缶基体(絞りしごき缶)47が成形される(図4(c)参照)。
このしごき加工では、上記の絞り加工により得られた絞り缶39の内部にしごき用のパンチ49を挿入し、リング形状のしごきダイス51の内面に該絞り缶39の外面を圧接しながら、パンチ49を降下させることにより、しごきダイス51により、絞り缶39の側壁が薄肉化されていくこととなる。これにより、薄肉化され、且つ薄肉化の程度に応じてハイトが高くなった金属缶基体47が得られることとなる。
即ち、この金属缶基体47は、印刷等が施されておらず、また、ネックイン加工等が行われていないブランク缶である。
【0041】
図4から理解されるように、この打ち抜き加工、絞り加工及びしごき加工の一連の工程において、打ち抜き加工では、摺動性は不要であるが、絞り加工からしごき加工になるほど、用いる金型と被成形物との間の摺動性が大きくなり、特にしごき加工では、被成形物の外面に加わる面圧は最も大きい。
本発明では、このしごき加工用ダイス51の加工面(被成形物とダイス51とが接触する面)を、前述したダイヤモンド膜の形成及び表面研磨によるダイヤモンド表面1とし、この表面1に、前述した方法により微細周期構造溝3を形成することが好ましい。
【0042】
上記の図4(特に図4(c))と共に、図5を参照して、このダイス51は、その少なくとも加工面60が、図1に示すダイヤモンド表面1となっており、この加工面60に、前述した方法によって微細周期構造溝3が形成されるわけである。
【0043】
図5に示されているように、このダイス51の加工面60は、全体として先細形状を有しており、一対の傾斜面60a、60bと、これらの傾斜面60a,60bの間のフラットな先端面60cとを有しており、このフラットな先端面60cと、加工方向に対して上流側に位置する傾斜面60aの一部の部分(先端面60cに連なる部分)が、被加工物である絞り缶39の外面に実際に接触する作用面60xとなっている。従って、前述した表面1を形成するダイヤモンド膜は、この作用面に形成されてダイヤモンド表面1を形成している限り、ダイス51の面全体に形成されていてもよいし、或いはダイス51の表面の一部である加工面60に形成されていてもよいし、さらに作用面60xに限定されて形成されていてもよい。
さらに、微細周期構造溝3は、この作用面60xの少なくとも一部に形成される。
【0044】
尚、上記のしごき加工用ダイス51は、剛性基材の所定の表面にダイヤモンド表面1を形成するダイヤモンド膜が形成されているものであるが、この剛性基材は、過酷なしごき加工に耐え得る強度とダイヤモンド膜の成膜時の高温加熱に耐える耐熱性を有するものであり、例えば、タングステンカーバイド(WC)とコバルトなどの金属バインダーとの混合物を焼結して得られる所謂超硬合金や、炭化珪素(SiC)、窒化珪素(Si)などのセラミックスなどから形成されている。
【0045】
本発明では、上記のように微細周期構造溝3を有するダイヤモンド表面1を加工面60に備えたしごき加工用ダイス51を用いてのしごき加工により、外面が平滑度の高い鏡面となっているブランク缶47が得られ、しかも、このブランク缶47の外面(鏡面)には、しごき加工と同時に微細周期構造溝が転写され、構造色が発色し、その商品価値が著しく高められたものとなっている。
即ち、加工面60が滑り性に優れ、被加工金属材の凝着がし難い硬質のダイヤモンド表面1となっているため、上記ブランク缶47の外面は平滑度の高い鏡面となり、且つしごき加工により、微細周期構造溝3がつぶれることなく、効果的にブランク缶47の外面に転写され、明瞭な構造色を発色することとなる。
しかも、上記のしごき加工が繰り返し行われた場合にも、摩耗や被加工金属材の凝着が有効に抑制されているため、繰り返しの加工による微細周構造溝3の消失も有効に防止され、この工具寿命は極めて長い。従って、しごき加工用ダイス51を交換することなく、多数のブランク缶47を形成することができ、工業的に極めて有利である。
【0046】
また、本発明に従って、このしごき加工用ダイス51の加工面(ダイヤモンド表面1)に形成される微細周期構造溝3が形成される領域の大きさは、構造色が明瞭に視認されるような大きさを有するものである。
【0047】
尚、図4(c)に示されているようなしごき加工用ダイス51を用いてのしごき加工は、例えばワックス等の潤滑剤を使用しない無潤滑方式(所謂ドライプレス方式)、或いはワックス等の潤滑剤を用いるとしても、その使用量が極めて少ない低潤滑方式でも、過酷なしごき加工を効果的に行うことができる。
また、このようなしごき加工用ダイス51を用いてのしごき加工は、種々の金属ないし合金材に適用することができ、例えば、アルミニウム、銅、鉄或いは、これらの金属を含む合金、さらにはブリキなどの錫めっき鋼板などの表面処理鋼板などについても、本発明のしごき加工用ダイス51を用いて、しごき率の高い過酷なしごき加工を行うことができる。
特に、本発明のしごき加工用ダイス51は、前述した図4に示すプロセスで金属缶基体を製造する際のしごき加工に好適に使用することができ、アルミニウムもしくはアルミニウム合金製缶の製造に最も好適に適用される。
【0048】
また、図4(c)に示されているようなしごき加工は、しごき加工用ダイス51を1つ用いての一段で行うこともできるし、しごき加工用ダイスを加工方向に多段に配列して、多段で且つ連続的にしごき加工を行うこともでき、目的とするブランク缶47のハイトや肉厚(胴部厚み)に応じて、適宜の方法で行うことができる。ただし、多段でしごき加工を行う場合には、最後のしごき加工を行うダイスにのみ、微細周期構造溝3が形成されているものを使用し、その他のダイスは、ダイヤモンド表面1のみを形成しておけばよい。微細周期構造溝3が形成されているダイスを用いてのしごき加工が行われた後にしごき加工が行われると、転写された微細周期構造溝が消失してしまうからである。
【0049】
以上、本発明の塑性加工金型および微細周期構造溝の転写方法の実施態様についてしごき加工を例に挙げて説明したが、本発明の塑性加工金型および微細周期構造溝の転写方法はこの実施態様に限定されず、本発明の範囲で種々の設計変更が可能である。例えば、しごき加工ダイス以外の塑性加工金型の加工面をダイヤモンド表面とし、かかるダイヤモンド表面に、構造色を発現する規則的配列を有する微細周期構造溝を設けてよく、かかる金型を用い、金型の種類に応じた方法により金属基材の塑性加工を行い、塑性加工と同時に金属基材表面に微細周期構造溝を転写してよい。
また、上記では、本発明で使用するレーザ光照射装置、本発明の微細周期構造溝の形成方法等の実施態様も説明したが、これらについても、上述した実施態様に限定されず、本発明の範囲で種々の変更実施が可能であることは言うまでもない。
【実施例】
【0050】
本発明を次の実施例で説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
図2を参照し、平均表面粗さRaが0.018μmであり、且つ、ダイヤモンド膜が形成された加工面を有するしごき加工用ダイスに微細周期構造溝を形成した。具体的には、Q−スイッチパルスYAGレーザ第3高調波(波長355nm)の光束を、ビームスプリッタ12を通過させることで、複数の光束に分割した。
【0052】
各々の光束をコリメータ素子13に通過させ、焦点を結ぶ位置においた光束選択素子14により干渉に不必要な光束を遮り、必要な光束のみ(2光束)を通過させた。通過した光束を、集光素子15を用いて集光し、光束を交差させて干渉させ、干渉した領域でダイヤモンド表面に照射した。さらに、図示はしていないが光束をプリズムに通過させ、光軸を曲げることによりしごき加工用ダイスの加工面である内径部に照射した。また、図示はしていないが、しごき加工用ダイスが設置してある駆動ステージを移動させ、必要な領域に対し照射を行った。パルスYAGレーザの仕様は、パルス幅5ns、繰り返し周波数10Hzであった。照射エネルギー密度が700mJ/cmでパルス1発を照射した結果、ダイヤモンド表面に微細周期構造溝が観察された。
【0053】
また、ビームスプリッタ12の格子ピッチを変更することにより光束の交差角度θを変更し、ダイヤモンド表面に形成される微細周期構造溝の間隔を、1.5μm、3μmとした。
【0054】
続いて、得られたダイスを用いて、アルミニウム板のしごき加工を行った。アルミニウム板は、A3104材を板厚0.27mmに圧延したものを使用した。かかるアルミニウム板を打ち抜き、絞り加工を行いΦ95mmの有底筒状体を成形し、成形試験に用いた。成形試験は、油圧プレスを用いて、外径Φ66mmのパンチを速度1m/sにて移動させ、まず絞り加工を行いΦ66mmの筒状体を成形し、そのまま三回のしごき加工に付した。三回目のしごきの際に、作製した微細周期構造溝が形成されたダイスを用いて、ブランク缶表面へ微細な縦溝を転写した。また、潤滑剤(クーラント)を用いた場合(ウエット成形)と用いなかった場合(ドライ成形)で成形を行い、ブランク缶表面を目視にて評価した。
【0055】
いずれの条件に置いても、ブランク缶表面に構造色が発現した。微細周期構造溝の間隔によらず、ほぼ同等の外観となった。一方、潤滑剤を用いた場合に比べ、用いなかった場合は広い範囲の方向から構造色が確認でき、さらに発色が鮮やかであった。これは、潤滑剤を用いると、ダイスと缶の界面に潤滑剤が介在し、転写性が低下してしまうのに対し、潤滑剤を用いなければダイスと缶が直接接触するため転写性が向上し、構造色の発現が高くなったためと思われる。
【符号の説明】
【0056】
1:ダイヤモンド表面
3:微細周期構造溝
51:しごき加工用ダイス
60:加工面
図1
図2
図3
図4
図5