特許第6790881号(P6790881)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6790881
(24)【登録日】2020年11月9日
(45)【発行日】2020年11月25日
(54)【発明の名称】希土類焼結磁石製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 41/02 20060101AFI20201116BHJP
   H01F 1/053 20060101ALI20201116BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20201116BHJP
   B22F 3/00 20060101ALI20201116BHJP
   B22F 3/02 20060101ALI20201116BHJP
   F27D 3/12 20060101ALI20201116BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20201116BHJP
【FI】
   H01F41/02 G
   H01F1/053 160
   B22F1/00 Y
   B22F3/00 F
   B22F3/02 R
   B22F3/02 Z
   B22F3/02 P
   F27D3/12 Z
   !C22C38/00 303D
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-18257(P2017-18257)
(22)【出願日】2017年2月3日
(65)【公開番号】特開2018-125478(P2018-125478A)
(43)【公開日】2018年8月9日
【審査請求日】2019年12月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高木 忍
(72)【発明者】
【氏名】辻 隆之
【審査官】 秋山 直人
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−028141(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/174935(WO,A1)
【文献】 特開2006−097092(JP,A)
【文献】 特開2010−001544(JP,A)
【文献】 特開2008−218647(JP,A)
【文献】 特開2001−267163(JP,A)
【文献】 特開2010−042949(JP,A)
【文献】 特開平01−011910(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 41/02
B22F 1/00
B22F 3/00
B22F 3/02
F27D 3/12
H01F 1/053
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類元素を含有する材料から成る焼結磁石である希土類焼結磁石を製造する方法であって、
原料合金粉末をモールドのキャビティ内に充填する充填工程と、
前記原料合金粉末が前記キャビティ内に充填されたままの状態で該原料合金粉末に所定の方向の磁界を印加することにより、該原料合金粉末を配向する配向工程と、
配向した前記原料合金粉末が前記キャビティ内に充填されたままの状態で所定の焼結温度に加熱することにより、該原料合金粉末を焼結する焼結工程と、
原料合金粉末を焼結した焼結体を前記キャビティから取り出す取り出し工程と、
焼結体を前記キャビティから取り出した前記モールドを、該モールドの材料に対する浸食性を有しない酸で洗浄する酸洗浄工程と
を行うことを特徴とする希土類焼結磁石製造方法。
【請求項2】
前記酸が、水溶液であって、前記希土類元素を該酸に溶解させることにより生じる塩の水への溶解度が50質量%以上であることを特徴とする請求項1に記載の希土類焼結磁石製造方法。
【請求項3】
前記酸が硝酸若しくは塩酸、又は硝酸と塩酸の混合物であることを特徴とする請求項1又は2に記載の希土類焼結磁石製造方法。
【請求項4】
前記酸が硝酸であることを特徴とする請求項3に記載の希土類焼結磁石製造方法。
【請求項5】
前記モールドが、炭素材料若しくはセラミックスから成るか、又は炭素材料とセラミックスを組み合わせて成るものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の希土類焼結磁石製造方法。
【請求項6】
前記モールドが、上面に前記キャビティの開口が設けられており、底面にセラミックス製の膜が設けられており、
前記充填工程の後に複数個の前記モールドを積層し、
前記充填工程と前記配向工程の間、又は前記配向工程と前記焼結工程の間に、前記モールドの上下を反転する
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の希土類焼結磁石製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類元素(R)を含有する材料から成る焼結磁石である希土類焼結磁石を製造する方法に関する。希土類焼結磁石には、希土類元素、鉄(Fe)及び硼素(B)を主な構成元素として組成式R2Fe14Bで表される材料から成るRFeB系焼結磁石や、希土類元素及びコバルト(Co)を主な構成元素として組成式RCo5又はR2Co17で表される材料から成るRCo系焼結磁石等が挙げられる。
【背景技術】
【0002】
RFeB系焼結磁石は、1982年に佐川眞人らによって見出されたものであり、残留磁束密度等の多くの磁気特性がそれまでの永久磁石よりもはるかに高いという特長を有する。そのため、RFeB系焼結磁石は、ハイブリッド自動車や電気自動車等の自動車用モータ、電動補助型自転車用モータ、産業機械用モータ、ハードディスク等のボイスコイルモータ、スピーカー、ヘッドホン、永久磁石式磁気共鳴診断装置等、様々な製品に使用されている。
【0003】
RFeB系焼結磁石を製造する際には、従来より、原料の合金粉末をモールドのキャビティに充填し(充填工程)、キャビティ内の原料合金粉末に磁界を印加することにより該原料合金粉末の粒子を配向させ(配向工程)、配向した原料合金粉末に圧力を印加することで圧縮成形体を作製し(圧縮成形工程)、与圧を解除したうえで圧縮成形体をキャビティから取り出し、圧縮成形体を加熱して焼結する(焼結工程)、という方法が取られている。あるいは、充填工程後に、原料合金粉末に磁界を印加しつつプレス機で圧力を加えることにより、上記配向工程及び圧縮成形工程を同時に行う方法も取られている。いずれにせよ、プレス機を用いて圧縮成形を行うことから、本明細書ではこれらの方法を「プレス法」と呼ぶ。
【0004】
それに対して近年、原料合金粉末をモールドのキャビティに充填したうえで圧縮成形を行うことなく配向及び焼結を行うことによりRFeB系焼結磁石を製造する方法が開発された(特許文献1参照)。このように圧縮成形工程を行うことなくRFeB系焼結磁石を製造する方法を本明細書では「PLP(Press-less Process)法」と呼ぶ。なお、PLP法では、原料合金粉末をキャビティに充填する際に、プレス法において圧縮成形時に印加する圧力(通常、数十MPa)よりも十分に小さい圧力(おおむね2MPa以下)でキャビティ内に原料合金粉末を押し込んでもよい。
【0005】
PLP法は主に以下の2つの特長を有する。第1の特長は、得られるRFeB系焼結磁石の磁気特性、特に保磁力が高いことである。保磁力は、磁化の向きとは逆向きの磁界が磁石に印加されたときに磁化が反転することに耐える力を表し、RFeB系焼結磁石内の結晶粒が小さいほど高くなることが知られている。そのためには、原料合金粉末を作製する段階においてその粒子をできるだけ細かくしておく必要があるが、そうすると、原料合金粉末全体として粒子の表面積が大きくなるため酸化し易くなる。磁石合金は、酸化すると却って保磁力及びその他の磁気特性が低下してしまったり、空気中では自然発火するおそれもあることから、低酸素雰囲気で取り扱うことが好ましい。この点、PLP法ではプレス機を使用する必要がないことから、プレス法よりも設備を小型化することができ、設備全体を低酸素雰囲気中に配置することが容易である。従って、細かく粉砕された原料合金粉末を、酸化を防止しつつ処理することができることから、PLP法では微粉末を用いて保磁力が高いRFeB系焼結磁石を得ることができる。
【0006】
PLP法の第2の特長は、機械加工を行うことなく、最終製品に近い形状のRFeB系焼結磁石を得ることができる点にある。プレス法では、例えば自動車用のモータの回転子に用いられる、表(おもて)面が部分円筒面であって裏面が平面である形状のように、押圧面が平面ではない形状を有するRFeB系焼結磁石(特許文献2参照)を作製する場合には、押圧時にキャビティ内において原料合金粉末の移動が生じ、全体として均等に圧力を印加することができない。この場合、作製されるRFeB系焼結磁石の密度が不均等となり、その結果、RFeB系焼結磁石の磁気特性にも不均一性が生じてしまう。そのため、プレス法によりそのような形状のRFeB系焼結磁石を作製する場合には、プレス成形の形状を単純な形状としておいた上で、得られた焼結体に対して機械加工を行わなければならない。それに対してPLP法では、焼結工程を経た段階で得られる焼結体は、モールドのキャビティとほぼ同じ形状(ニアネットシェイプと呼ばれる)になる。そのため、モールドのキャビティの形状を最終製品の形状に合わせておくことにより、機械加工を行うことなく、目的の形状を有するRFeB系焼結磁石を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006-019521号公報
【特許文献2】特開2015-050880号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
R2Fe14Bの原料合金中には、R2Fe14Bよりも希土類の含有率が高い希土類リッチ相が含まれるが、希土類リッチ相はR2Fe14Bよりも融点が低いため焼結工程において溶融する。PLP法では原料合金粉末をモールドの中に入れた状態で焼結するため、溶融した希土類リッチ相がモールドの内面に付着する。また、焼結後のモールドの内面には、焼結されなかった原料合金粉末に由来する付着物も付着する。このため、RFeB系焼結磁石の製造に1回使用した後のモールドの内面にはこれら付着物が残存し、モールドを焼結磁石製造装置の外に取り出した際に空気中の酸素や水と速やかに反応し、酸化物や水酸化物となる。
【0009】
これらの付着物が付着したままでモールドをRFeB系焼結磁石の製造に再使用すると、原料合金粉末と付着物が反応してRFeB系焼結磁石の磁気特性が低下したり、目的の形状を有するRFeB系焼結磁石を得ることができない、という問題が生じる。そのため、これらの付着物を研削により除去する等の内面整備を行わなければならないが、研削自体に手間を要するうえ、モールドの内面を削ることなく付着物のみを除去するという作業は時間と手間を要するものとなる。
【0010】
ここまではRFeB系焼結磁石を製造する場合を例として説明したが、RCo系焼結磁石等、RFeB系焼結磁石以外の希土類焼結磁石を製造する場合にも同様の問題が生じる。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、内面整備のための手間を要することなくモールドを再使用することができる希土類焼結磁石製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明に係る希土類焼結磁石製造方法は、希土類元素を含有する材料から成る焼結磁石である希土類焼結磁石を製造する方法であって、
原料合金粉末をモールドのキャビティ内に充填する充填工程と、
前記原料合金粉末が前記キャビティ内に充填されたままの状態で該原料合金粉末に所定の方向の磁界を印加することにより、該原料合金粉末を配向する配向工程と、
配向した前記原料合金粉末が前記キャビティ内に充填されたままの状態で所定の焼結温度に加熱することにより、該原料合金粉末を焼結する焼結工程と、
原料合金粉末を焼結した焼結体を前記キャビティから取り出す取り出し工程と、
焼結体を前記キャビティから取り出した前記モールドを、該モールドの材料に対する浸食性を有しない酸で洗浄する酸洗浄工程と
を行うことを特徴とする。
【0013】
本発明に係る希土類焼結磁石製造方法では、充填工程において原料合金粉末がキャビティ内に充填されたままの状態で配向工程及び焼結工程を行う。これら充填工程、配向工程及び焼結工程のいずれにおいても、圧縮成形は行わない(PLP法)。なお、充填工程では、前述のようにプレス法において圧縮成形時に印加する圧力(通常、数十MPa)よりも十分に小さい圧力(おおむね2MPa以下)でキャビティ内に原料合金粉末を押し込んでもよい。
【0014】
そして、取り出し工程において焼結体をキャビティから取り出した後に、酸洗浄工程においてモールドを酸で洗浄する。取り出し工程までにモールドの内面に付着した付着物、すなわち、希土類リッチ相が酸化あるいは水酸化した化合物や焼結しなかった原料合金粉末が酸化あるいは水酸化した化合物が酸に溶解するため、酸洗浄工程を行うことにより付着物をモールドの内面から除去することができる。これにより、研削による内面整備という手間を要することがなく、モールドを再使用することができる。
【0015】
なお、酸洗浄工程においてモールドが酸で浸食されるとモールドを再利用することができないため、本発明では該モールドの材料に対する浸食性を有しない酸を用いる。
【0016】
本発明に係る希土類焼結磁石製造方法において使用する酸として、例えば揮発性の硝酸及び塩酸、並びに不揮発性の硫酸及びリン酸、等が挙げられる。
【0017】
本発明に係る希土類焼結磁石製造方法において、前記酸には、水溶液であって、前記希土類元素を該酸に溶解させることにより生じる塩の水への溶解度が50質量%以上であるものを用いることが望ましい。これにより、一般的に用いられる酸である水溶液に付着物が溶解し易くなり、モールドの内面から付着物を除去し易くなる。なお、本発明において実際に酸に溶解させる付着物は希土類元素を含有する酸化物や水酸化物等の化合物であるが、酸に溶解させることにより生じる塩は希土類元素と酸の構成元素から成るため、ここでは希土類元素を酸に溶解させることにより生じる塩の水への溶解度を規定している。このような酸として、硝酸及び塩酸が挙げられる。例えば硝酸では、希土類の1つであってRFeB系焼結磁石で最もよく用いられているネオジムを溶解させると、塩としてNd(NO3)3が生成されるが、Nd(NO3)3の水への溶解度は約56質量%である。また、塩酸では、ネオジムを溶解させることにより生成される塩であるNdCl3の水への溶解度は約96質量%である。ネオジム以外の希土類元素の場合においても、硝酸塩や塩酸塩の水への溶解度はネオジムの場合と同程度である。そのため、前記酸には、硝酸若しくは塩酸、又はそれらの混合物を用いることが好適である。
【0018】
本発明に係る希土類焼結磁石製造方法において、前記酸には、揮発性が高いもの、具体的には酸の溶質の沸点が水(溶媒)の沸点よりも低いものを用いることが望ましい。これにより、酸洗浄工程後に酸が蒸発し、その後モールドを再使用した際に、炉内に酸が残り難くなる。前記硝酸若しくは塩酸、又はそれらの混合物は、この要件も満たしている。また、酸の溶質と水の沸点の差が大きい方がより望ましい。
【0019】
酸洗浄工程後には、酸がモールドの表面に付着し、水などで洗い流しても僅かに残存することがある。こうして酸が残存したモールドを再使用すると、焼結工程において酸に由来する気体が発生し、その気体により炉が傷むおそれがある。しかし、硝酸に由来して発生するNOx(窒素酸化物)は、塩酸に由来して発生する気体(HCl又はCl2)と比較して、炉を傷めることがほとんどない。そのため、上記酸には硝酸を用いることが好適である。
【0020】
酸洗浄工程において、より確実に付着物を除去するために、酸によるモールドの洗浄は複数回行うことが望ましい。
【0021】
前記モールドは、酸への耐性が高いという点で、炭素材料若しくはセラミックスから成るか、又は炭素材料とセラミックスを組み合わせて成るものであることが望ましい。
【0022】
セラミックスは、酸への耐性が高いことの他に、焼結磁石の焼き付きやモールドの減耗が生じ難いという長所を有する一方、切削加工し難いため目的の形状に応じたキャビティを形成し難いという短所を有する。そこで、
前記モールドが、上面に前記キャビティの開口が設けられており、底面にセラミックス製の膜が設けられており、
前記充填工程の後に複数個の前記モールドを積層し、
前記充填工程と前記配向工程の間、又は前記配向工程と前記焼結工程の間に、前記モールドの上下を反転する
ことが望ましい。セラミックス製の膜は、例えば溶射法を用いることにより、切削加工することなく作製することができる。そして、充填工程の後に複数個のモールドを積層したうえで、充填工程と配向工程の間、又は配向工程と焼結工程の間にモールドの上下を反転することにより、キャビティの内面には原料合金粉末がほとんど接触しない。そのため、キャビティの内面を構成する部分にはセラミックス以外の材料、例えば加工が容易な炭素材料を用いることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る希土類焼結磁石製造方法によれば、内面整備のための手間を要することなくモールドを再使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明に係る希土類焼結磁石製造方法の一実施形態を示すフローチャート。
図2】本実施形態の希土類焼結磁石製造方法で使用するモールドの一例を示す上面図(a)、正面図(b)及び側面図(c)。
図3】本実施形態の希土類焼結磁石製造方法において原料合金粉末を充填したモールドを積層した状態(a)及びその後に上下を反転した状態(b)を示す縦断面図。
図4】本実施形態の希土類焼結磁石製造方法において、酸洗浄工程で行う副工程を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1図4を用いて、本発明に係る希土類焼結磁石製造方法の実施形態を説明する。
【0026】
図1に、本実施形態の希土類焼結磁石製造方法の工程をフローチャートで示す。この方法では、充填工程(ステップS1)、配向工程(ステップS2)、焼結工程(ステップS3)、取り出し工程(ステップS4)、及び酸洗浄工程(ステップS5)の各工程をこの順に行うことにより、希土類焼結磁石の製造を1回行い、その後、ステップS1に戻る(ステップS6でYESの場合)ことで、希土類焼結磁石の製造を繰り返し行う。この方法では全体を通して、原料合金の圧縮成形は行わない(PLP法)。以下、各工程の詳細を説明する。
【0027】
充填工程(ステップS1)では、希土類焼結磁石の原料である合金粉末(原料合金粉末P)を後述のモールド10のキャビティ111に充填する。原料合金粉末Pは、製造しようとする希土類焼結磁石と同じ組成を有し、ストリップキャスト法により作製された合金片を水素吸蔵法により粗解砕した後に、ジェットミルで微粉砕することにより作製されたものを好適に用いることができる。また、この充填の際、圧縮成形を行う際に印加する圧力よりも十分に小さい圧力(おおむね2MPa以下)で、原料合金粉末Pをキャビティ111内に押し込んでもよい。例えばRFeB系焼結磁石では、充填密度は3.35〜3.80g/cm3とすることが望ましい。
【0028】
本実施形態では、図2に示すモールド10を用いた。このモールド10は、板状の基材11にキャビティ111が複数個形成されている。キャビティ111は基材11の板面に、縦に4個、横に5個、2次元状に配置されている。但し、キャビティ111の個数や配置は上記の例には限定されない。個々のキャビティ111は、基材11の上面側に開口を有し、底部は下に凸の部分円筒面状の曲面形状を呈する。基材11の材料には、本実施形態では炭素材料、より具体的には等方性黒鉛材を用いた。等方性黒鉛材の代わりに、炭素質押出材や炭素繊維強化炭素複合材等の炭素材料を用いてもよい。基材11の下面は平坦であって、セラミックス膜12でコーティングされている。セラミックス膜12の材料には、本実施形態ではアルミナを用いたが、それ以外にジルコニア、イットリア等を用いることもできる。
【0029】
キャビティ111に原料合金粉末Pを充填したモールド10は、複数個用意し、それらを重ねる(図3(a))。その際、一番上側のモールド10の上には蓋15を載置する。蓋15は、基材11と同じ材料から成る板状部材151の下面に、モールド10のセラミックス膜12と同じ材料から成るセラミックス膜152を形成したものである。なお、蓋15の代わりに、原料合金粉末Pを充填していないモールド10を載置してもよい。このように複数個のモールド10を重ねた後に、上下を反転する(図3(b))。これにより、各キャビティ111では、平坦なセラミックス膜12が下面となる。
【0030】
配向工程(ステップS2)では、原料合金粉末Pをキャビティ111内に充填したままの状態で、圧縮成形をすることなく、モールド10に対してセラミックス膜12に垂直な方向に磁界を印加することにより、原料合金粉末P中の結晶の磁化容易軸が当該方向を向くように原料合金粉末Pを配向する。原料合金粉末Pには数テスラ程度の強い磁界を印加することが望ましく、そのためにはパルス磁界を用いることが望ましい。なお、原料合金粉末Pを充填したモールド10を複数個重ねた(図3(a))後に配向工程を行い、その後に上下を反転する(図3(b))こともできるが、配向が乱れることを防止するために、先にモールドの上下を反転してから配向工程を行うことが望ましい。
【0031】
焼結工程(ステップS3)では、配向した原料合金粉末Pをキャビティ111内に充填したままの状態で、焼結温度に加熱することにより、キャビティ111内の原料合金粉末Pを焼結する。焼結温度は1、例えば800〜1100℃の範囲内の温度とすることができる。但し、焼結温度が高すぎると結晶粒が成長することで保磁力が低下するため、焼結温度は1000℃以下とすることが望ましい。
【0032】
キャビティ111内の原料合金粉末Pは、焼結工程において全体の体積が収縮しながら焼結する。また、原料合金粉末Pは、焼結工程中にはモールド10の(反転前の)底面である平坦なセラミックス膜12との接触のみが維持され、基材11との接触は焼結工程の開始直後より解消される。原料合金粉末Pは、炭素材料製の基材11よりもセラミックス膜12の方が焼き付きが生じ難いため、セラミックス膜12とのみ接触した状態で焼結することにより、取り出し工程(ステップS4)において、得られた焼結体を容易に取り出すことができる。
【0033】
このように、本実施形態では焼結体をモールド10に焼き付き難くするように工夫をしているが、焼結工程の後には、焼結工程時に原料合金粉末Pから希土類リッチ相が溶解して流出したものや、焼結することなく残存した原料合金粉末Pが、モールド10の表面に残存する。これらは、モールド10を製造装置の外に取り出した際に、空気中の酸素や水と反応することにより酸化物や水酸化物となってモールド10に付着する。
【0034】
そこで、酸洗浄工程(ステップS5)では、モールド10を酸で洗浄する。図4に、本実施形態において酸洗浄工程で行う処理を示す。この処理は、第1の酸洗浄副工程(ステップS5−1)、第1の水洗浄副工程(ステップS5−2)、第2の酸洗浄副工程(ステップS5−3)、第2の水洗浄副工程(ステップS5−4)、及び乾燥副工程(ステップS5−5)という各副工程に細分される。
【0035】
第1の酸洗浄副工程(ステップS5−1)及び第2の酸洗浄副工程(ステップS5−3)ではいずれも、モールド10を構成する材料である炭素材料やセラミックスを浸食しない酸に該モールド10を浸漬する。このような酸として、硝酸、塩酸、硫酸、及びリン酸、並びにこれらの酸のうちの2種以上を混合した酸等が挙げられる。その中でも特に、硝酸を用いることが好ましい。その理由は、モールド10にわずかに残留する硝酸によって、酸洗浄工程後にモールド10を再使用する際に焼結工程で発生するNOxが炉を傷めることがほとんどない点にある。一方、原料合金粉末Pで使用する希土類元素により生成される塩が最も溶解し易いという点で、塩酸を用いることも好ましい。但し、塩酸を使用する場合には、モールド10にわずかに残留したものによってモールド10の再使用時に塩化水素ガスが発生し、当該ガスが炉を傷める原因となるため、炉の清掃をこまめに行う等の対策を要する。
【0036】
また、本実施形態では、酸洗浄副工程を2回行うことにより、モールド10に付着した付着物をより確実に除去する。第1の酸洗浄副工程では主に希土類リッチ相の酸化物及び水酸化物が除去され、第2の酸洗浄副工程では主に、残存した原料合金粉末Pの酸化物及び水酸化物が除去される。但し、付着物の量によっては、酸洗浄副工程を1回のみとしてもよいし、3回以上としてもよい。
【0037】
これら2回の酸洗浄副工程の後にそれぞれ水洗浄副工程(ステップS5−2、S5−4)を行うことにより、酸洗浄副工程後にモールド10の表面に付着した酸溶液に含まれる酸の成分や希土類塩をできるだけ除去する。第1の水洗浄副工程は、常温で貯留された水にモールド10を浸漬するか、常温の流水にモールド10を晒すか、あるいはそれらの双方を行う程度でよい。第2の水洗浄副工程は、第1の水洗浄副工程よりも丁寧に洗浄するよう、第1の水洗浄副工程と同様の操作をした後に更に、貯留された水にモールド10を浸漬して超音波洗浄を行ったり、貯留するか流した湯で洗浄することが望ましい。乾燥副工程(ステップS5−5)では、モールド10の表面に付着している液体をエアブローで吹き飛ばしたり、モールド10の表面に熱風を吹き付けることにより、モールド10を乾燥させる。
【0038】
以上のように充填工程から酸洗浄工程までの各工程を行った後、ステップS6でYes、すなわちさらに希土類焼結磁石を製造する場合には、ステップS1に戻って更に充填工程から酸洗浄工程までの各工程を行い、ステップS6でNoの場合には作業を終了する。
【0039】
ここまで、本発明に係る希土類焼結磁石製造方法の一実施形態を説明したが、本発明は上記実施形態には限定されない。
【0040】
例えば、上記実施形態では、炭素材料製の基材11の下面をセラミックス膜12でコーティングしたモールド10を用いたが、基材11の上面(キャビティ111が形成されている面)をセラミックス膜12でコーティングしたモールドを用いてもよい。あるいは、炭素材料のみ、又はセラミックスのみから成るモールドを用いてもよい。これらのモールドを使用する場合には、充填工程時又は配向工程後にモールドの上下を反転させる必要はない。さらには、焼結温度における耐熱性及び酸洗浄工程で使用する酸に対する耐腐食性を有する材料であれば、金属等の材料から成るモールドを用いてもよい。また、モールドの形状は上記の例には限定されない。例えば直方体状等の形状のキャビティを有するモールドを用いてもよい。あるいは、キャビティの配置や個数が上記の例とは異なるモールドを用いてもよい。
【0041】
水洗浄副工程や乾燥副工程は、モールドへの酸の残留を防止するために行った方が望ましいものの、例えば硝酸を用いる場合には、作製される焼結磁石の磁気特性や炉への影響がほとんどないため、これらの副工程を省略することも許容される。
【実施例】
【0042】
次に、本発明に係る希土類焼結磁石製造方法によりRFeB系焼結磁石を製造する実験を行った結果を説明する。実験条件は以下の通りである。
【0043】
まず、Nd:26.0、Pr:4.8、Dy:0.2、B:0.99、Co:0.9、Cu:0.1、Al:0.2、残部Fe(単位は重量%)の組成になるように配合した合金をストリップキャスト法で溶解することによって厚さ≦0.3mmのフレーク状合金片を作製し、該フレーク状合金片を水素解砕することによって大きさ約0.1〜1mmの不定形粉末を作製後、ジェットミル装置で粉砕することにより、平均粒径約3μmの原料合金粉末Pを作製した。
【0044】
この原料合金粉末Pをモールド10のキャビティ111に密度3.45g/cm3で充填した(充填工程)。ここで使用したモールド10は、セラミックス膜12を有していないもの(実施例1及び4〜6、並びに比較例1〜3)、ジルコニア製のセラミックス膜12を有するもの(実施例2)、及びアルミナ製のセラミックス膜12を有するもの(実施例3)の3種である。その後、実施例2及び3ではモールド10の上下を反転し、その他の実施例及び比較例ではモールド10の上下をそのままとした。次に、原料合金粉末Pを約4Tの磁界で配向した(配向工程)。その後、真空中で温度1000℃の条件で4時間加熱することにより、原料合金粉末Pを焼結した(焼結工程)。その後、モールド10から焼結体を取り出した(取り出し工程)。
【0045】
次に、モールド10を空気中に取り出した。そのうえで、各実施例では、下掲の表1に記載の酸に3分間浸漬した後に水洗するという操作を2回行ったうえで、モールド10を乾燥させた(酸洗浄工程)。なお、実施例6で用いた混酸は「逆王水」と呼ばれ、塩酸と硝酸の混合比が王水とは逆である酸である。比較例1では、モールド10を純水に3分間浸漬する操作を2回行ったうえで、モールドを乾燥させた。比較例2では、アルカリである水酸化ナトリウム(濃度17体積%)に3分間浸漬する操作を2回行ったうえで、モールドを乾燥させた。比較例3では、前述した従来の方法と同様に、モールド10の内面を機械研削した。
【0046】
これら酸洗浄工程(実施例)又は酸洗浄以外の上記処理(比較例)を行ったモールド10を用いて、前記したものと同じ方法により充填工程、配向工程、焼結工程及び取り出し工程を行うことにより、2回目の焼結体の作製を行った。その後、2回目の作製で得られた焼結体に対して、真空中において、約800℃の温度に1時間保持した後、約500℃の温度に5時間保持する時効処理を行うことにより、RFeB系焼結磁石を得た。
【0047】
こうして2回目の作製で得られた、すなわち酸洗浄工程(実施例)又は酸洗浄以外の上記処理(比較例)を行ったモールド10を用いて作製されたRFeB系焼結磁石につき、中心部から7×7×4mmで切り出し、室温における磁気特性(残留磁束密度及び保磁力)を測定した。
【0048】
実験条件及び測定結果を表1に示す。
【表1】
【0049】
酸洗浄工程を行った各実施例では、当該工程の後にはモールド10の表面には付着物が残留していなかったのに対して、モールド10を純水に浸漬した比較例1やモールド10をアルカリ(水酸化ナトリウム)に浸漬した比較例2ではモールド10の表面に付着物が残留していた。なお、比較例3ではモールド10の表面に付着物が残留しなくなるまで機械研削を行ったが、比較例3よりも各実施例の方がモールド10を酸に浸漬するだけで済むため手間を要しない。
【0050】
また、硝酸を用いて酸洗浄工程を行った実施例1〜3では、酸洗浄工程後に、モールド10の表面に硝酸中の成分は検出されなかった。それに対して、塩酸又は塩酸を含有する混酸を用いた実施例4〜6では、酸洗浄工程後に、モールド10の表面に残留した塩素が検出された。比較例2においてもモールド10の表面に水酸化ナトリウム中のNaの成分が検出された。従って、実施例1〜3の方が、酸洗浄工程後にモールド10を再使用した際に、焼結工程において硝酸に由来したガスが発生しないため望ましい。なお、仮に硝酸がモールド10の表面に残留したとしても、硝酸に由来したNOxガスは炉を傷めない。
【0051】
各実施例で作製されたRFeB系焼結磁石の室温での磁気特性は、従来の方法である比較例3で作製されたRFeB系焼結磁石の場合とほぼ同じである。すなわち、本発明で行う酸洗浄工程は、作製されたRFeB系焼結磁石の磁気特性に悪影響を及ぼさない。また、各実施例は、研削等の内面整備を行う必要がなく、手間を要することなくモールドを再使用することができる。
【符号の説明】
【0052】
10…モールド
11…基材
111…キャビティ
12…セラミックス膜
15…蓋
151…板状部材
152…蓋のセラミックス膜
図1
図2
図3
図4