特許第6791268号(P6791268)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6791268弦楽器用板材、アコースティック弦楽器及び弦楽器用板材の製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6791268
(24)【登録日】2020年11月9日
(45)【発行日】2020年11月25日
(54)【発明の名称】弦楽器用板材、アコースティック弦楽器及び弦楽器用板材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G10D 3/02 20060101AFI20201116BHJP
   G10D 1/02 20060101ALI20201116BHJP
【FI】
   G10D3/02
   G10D1/02
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2018-560294(P2018-560294)
(86)(22)【出願日】2017年1月6日
(86)【国際出願番号】JP2017000216
(87)【国際公開番号】WO2018127964
(87)【国際公開日】20180712
【審査請求日】2019年6月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004075
【氏名又は名称】ヤマハ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125689
【弁理士】
【氏名又は名称】大林 章
(74)【代理人】
【識別番号】100128598
【弁理士】
【氏名又は名称】高田 聖一
(74)【代理人】
【識別番号】100121108
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 太朗
(72)【発明者】
【氏名】曽我 一樹
(72)【発明者】
【氏名】山崎 稔久
(72)【発明者】
【氏名】中谷 宏
(72)【発明者】
【氏名】宮澤 憲一
【審査官】 菊池 智紀
(56)【参考文献】
【文献】 実開昭52−154225(JP,U)
【文献】 韓国登録特許第10−1655891(KR,B1)
【文献】 特表2002−532591(JP,A)
【文献】 特開2002−212304(JP,A)
【文献】 特開2010−82874(JP,A)
【文献】 特開2000−211092(JP,A)
【文献】 特開2006−37083(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G10D 1/00−3/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アコースティック弦楽器の表板又は裏板に用いられ、パーフリングを有する弦楽器用板材であって、
前記パーフリングは、板材に形成された溝と、前記溝に充填された樹脂と、を備え
前記樹脂は、伸度が20%以上である
ことを特徴とする弦楽器用板材。
【請求項2】
前記樹脂は、ウレタン系の樹脂又はゴム系の樹脂であることを特徴とする請求項に記載の弦楽器用板材。
【請求項3】
前記溝の深さは、前記弦楽器用板材の厚さの20%以上60%未満であることを特徴とする請求項1又は2に記載の弦楽器用板材。
【請求項4】
前記樹脂には、直径が3μm以上70μm未満の着色された粒子が分散されていることを特徴とする請求項1乃至のうち何れか1項に記載の弦楽器用板材。
【請求項5】
表板と、裏板と、前記表板と前記裏板との間に設けられた側板とを備え、
前記表板と前記裏板とのうち少なくとも一方に、請求項1乃至のうちの何れか1項に記載の弦楽器用板材を用いた、
ことを特徴とするアコースティック弦楽器。
【請求項6】
アコースティック弦楽器の表板又は裏板に用いられ、パーフリングを有する弦楽器用板材の製造方法あって、
板材に溝を形成する工程と、
前記溝を樹脂で満たす工程と、
前記樹脂を硬化させる工程と、
を備え
前記樹脂は、伸度が20%以上である
ことを特徴とする弦楽器用板材の製造方法。
【請求項7】
前記溝を樹脂で満たす工程の後、且つ前記樹脂を硬化させる工程の前に、前記溝から溢れた前記樹脂を除去する工程を備えることを特徴とする請求項に記載の弦楽器用板材の製造方法。
【請求項8】
前記板材に溝を形成する工程の後、且つ前記溝を樹脂で満たす工程の前に、前記溝の表面を覆う層を設ける工程を備えることを特徴とする請求項6又は7に記載の弦楽器用板材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パーフリングを備えた弦楽器用板材、アコースティック弦楽器及び弦楽器用板材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオリンは、表板と裏板との間に側板を挟持して構成される。そして、表板と裏板の周縁部にはパーフリングと呼ばれる装飾性の高い部材が設けられている。非特許文献1には、バイオリンの伝統的な製造方法が開示されている。この製造方法によれば、従来のバイオリンのパーフリングは、表板及び裏板の周縁部に約2mm乃至約3mmの幅の溝を彫刻し、その溝に3枚の板を貼りあわせた部材を嵌め込み、その後、表板と裏板を研磨することによって形成されていた。嵌め込みに用いられる部材は、中心の板を黒色の2枚の板で挟み込む構造となっている。このため、当該部材を溝に嵌め込むと、2本の黒色のラインが表板と裏板に形成されることになる。このようなバイオリンの製造方法は、400年以上前から今日まで続いている伝統的な製造方法である。
ところで、パーフリングの役割は、意匠的な効果の他に、耐久性の向上がある。バイオリンの表板には柾目の板を用いること多いので、大きな衝撃がバイオリンに加わると、木目に沿って割れてしまう可能性がある。パーフリングを表板と裏板の周縁部に設けることによって、パーフリングで衝撃を吸収することができる。
また、近年では、上述したパーフリングの構造の替わりに、2本の黒色のラインを表板と裏板とに印刷したバイオリンも知られている。この種のバイオリンは、パーフリングの形成に熟練した技能を必要としないので、製造コストを低減できるといった利点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Chris Johnson、「The Art of Violin Making」、Robert Hale Ltd、1998年4月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、印刷によって2本の黒色のラインを形成する手法では、バイオリンを演奏者が手に取れば、象嵌によるパーフリングでないことは認識されてしまう。また、印刷により2本の黒色のラインが形成されるだけでは、表板と裏板の内部の構造は、木目に沿ったものとなっているので、衝撃が加わると、板の割れてしまう虞があるといった問題があった。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その課題の一つは、製造工程を簡素化しつつ、装飾性と耐衝撃性を備えたアコースティック弦楽器及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するため、本発明の一態様に係る弦楽器用板材は、アコースティック弦楽器の表板又は裏板に用いられるものであって、板材に形成された溝と、前記溝に充填された樹脂と、を備える。
【0006】
また、本発明の一態様に係る弦楽器用板材の製造方法は、アコースティック弦楽器の表板又は裏板に用いられ、パーフリングを有する弦楽器用板材の製造方法あって、板材に溝を形成する工程と、前記溝を樹脂で満たす工程と、前記樹脂を硬化させる工程とを備える。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】実施形態に係るバイオリンの外観斜視図である。
図2】パーフリングを説明する斜視図である。
図3】パーフリングの断面を示す断面図である。
図4A】パーフリングの製造工程を示す工程図である。
図4B】パーフリングの製造工程を示す工程図である。
図4C】パーフリングの製造工程を示す工程図である。
図4D】パーフリングの製造工程を示す工程図である。
図5A】溝の他の例を示す断面図である。
図5B】溝の他の例を示す断面図である。
図5C】溝の他の例を示す断面図である。
図5D】溝の他の例を示す断面図である。
図5E】溝の他の例を示す断面図である。
図5F】溝の他の例を示す断面図である。
図6】変形例に係るパーフリングの構造を示す断面図である。
図7】変形例に係る溝の構造を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
1.全体構成
以下の説明では、アコースティック弦楽器の一例としてバイオリン1を取り上げて説明する。なお、バイオリン1は一例であって、例えば、チェロ、ビオラ、コントラバスといったバイオリン属のアコースティック擦弦楽器であってもよい。
図1は、本発明の実施形態に係るバイオリンの外観斜視図である。バイオリン1は、本体40とネック50とを備える。本体40は、表板10と、裏板20と、表板10と裏板20との間に設けられた側板30を備える。
【0009】
表板10にはテールピース60と駒70とが設けられている。弦は、その一端がテールピース60に固定され、その他端が駒70を介してネック50に設けられた糸巻52で固定される。糸巻52を巻き上げることによって、弦を張ることができる。
【0010】
表板10には、例えば、積層板が用いられる。表板10は、表面板と、裏面板と、それらの間に配置された芯板とを接着剤で貼りあわせてなる。単板の材料は、表面板、裏面板、及び芯板とで同じであってもよいし、異なっていてもよい。例えば、スプルース、メープル、松、杉、カバ、ブナ、又はラワンなどを用いることができる。これらの中でも特に、表板10の振動板としての優れた機能が得られるスプルースを用いることが好ましい。さらに、表面板、裏面板、及び芯板の全てをスプルースからなる表板10とすることが好ましい。単板の材料の全てをスプルースからなるものとすることで、表板10としてより優れた機能が得られ、これを用いたバイオリン1の音質がより良好なものとなる。また、本実施形態の表板10では、表面板を形成している単板の材料として、柾目のスプルース材を用いることで、より良好な外観が得られる。
【0011】
表板10は、側板30に取り付けられる前に、完成後と同じ形状に整形されている。なお、完成後の形状より大きい表板10を用意して、側板30に固着した後に、表板10の周縁部の形状を整えてもよい。表板10と裏板20との周縁部には、パーフリング80が設けられている。
図2はパーフリング80の一部を拡大して示す拡大図である。図2に示されるようにパーフリング80は2本のパーフリングライン80a及び80bを有する。パーフリングライン80bは、表板10の周縁部において、表板10の端から一定の距離を保って形成される。パーフリングライン80aも同様である。
【0012】
図3にパーフリング80の断面図を示す。この図に示すようにパーフリング80は、表板10に形成された溝15a及び溝15bに樹脂18を埋め込み、その上面に保護層19が設けられて構成される。溝15a及び溝15bは、大略V字の形状をしており、先端部分が丸くなっている。先端部を丸くすることにより、樹脂18の流動性が小さく粘度が大きい場合であっても、樹脂18を溝15a及び溝15bに隙間なく充填することできる。また、鋭いV字形状と比較して局所的な応力の発生を減らすことができる。なお、加工を容易にする観点から、溝15a及び溝15bの断面形状は、いずれの位置においても同一であることが好ましい。
【0013】
樹脂18を用いてパーフリングライン80a及び80bを形成すると、以下の利点がある。
従来の象嵌によるパーフリングでは、例えば、図2の領域Xに位置するパーフリングライン80aが鋭角に曲がる合わせ部分において、隙間を無くし、且つパーフリングライン80aが連続するようにラインを揃えるには、職人の熟練した技能が必要であった。これに対して、本実施形態のパーフリング80は、溝15a及び溝15bに流動性を持った樹脂18を充填すれば良いので、簡単に樹脂18を隙間なく埋めることができる。よって、簡単にパーフリング80を作成することができる。
【0014】
また、従来の象嵌によるパーフリングでは、大きめの部材を溝に埋め込むため、その後、溝から突出した部分を削って表面を平らにする必要があった。これに対して、本実施形態のパーフリング80は、溝15a及び溝15bに樹脂18を埋めて形成するので、溝15a及び溝15bから溢れた樹脂18はふき取れば良い。よって、切削が必要となる従来と比較して、簡単にパーフリング80を作成することができる。
【0015】
また、従来の象嵌によるパーフリングでは、埋め込み部材と表板10及び裏板20との収縮率の相違によって、溝と埋め込み部材との間に隙間ができてしまい、このことに起因して、表面塗装にひび割れが発生する場合があった。これに対して、本実施形態のパーフリング80は、後述するように木材よりも伸度の大きい樹脂18を用いるので、溝15a及び溝15bと樹脂18との間の隙間の発生を抑制し、これに起因する表面塗装の割れを防止することができる。
【0016】
また、印刷によってパーフリングを形成する場合は、製造工程が短縮される。しかしながら、印刷のパーフリングでは、側板から外に突出している表板及び裏板の端部に衝撃が加わると、衝撃が表板及び裏板に直接伝わってしまい、木目に沿って割れが生じる可能性がある。これに対して、本実施形態のパーフリング80は、樹脂18が緩衝材として機能するので、パーフリング80で衝撃を吸収する。よって、割れを抑制することができる。
【0017】
加えて、印刷によってパーフリングを形成する場合は、溝を表板と裏板に形成しないので、音の響きが象嵌によるパーフリングと相違してしまうといった懸念があった。これに対して、本実施形態のパーフリング80は、溝15a及び溝15bに樹脂18を埋め込むので、音の響きを象嵌によるパーフリング80に近づけることができる。
【0018】
ところで、表板10のパーフリング80の樹脂18の材質、並びに溝15a及び溝15bの幅と深さは、バイオリン1の音響特性に影響を与える。バイオリン1の音は、表板10の振動も大きな要素となっている。通常のバイオリンでは、表板を振動し易くするため、周縁部が中央部分よりも薄くなっている。
【0019】
従来の象嵌を用いたパーフリングでは、溝に埋め込まれるのは木材であり、その繊維方向は、表板や裏板の繊維方向と異なる。このため、象嵌を用いたパーフリングがバイオリンの振動に影響を与える可能性がある。しかしながら、溝に埋め込まれる部材と表板及び裏板の材質は共に木材である。従って、溝の深さや幅を調整してもバイオリンの振動に与える影響は限られていた。よって、従来、パーフリングを用いて音質を調整することはなされていなかった。一般にバイオリンの表板及び裏板は、中央部と比較して周縁部の厚さが薄い。これは、表板と裏板の振動を大きくするためである。バイオリンの振動は、各種の態様に分類されるが、表板及び裏板と垂直方向の振動は、バイオリンの振動全体のうち大きな割合を占める。本実施形態では、溝15a及び溝15bに木材より柔らかい樹脂18を埋め込むので、表板10をより振動し易くできる。即ち、樹脂18を用いて外周部の剛性を下げることによって、音の立ち上がりを向上させることができる。更に、樹脂18の材質や溝15a及び溝15bの幅と深さを調整することによって、表板10の振動を制御することが可能となる。より具体的には、樹脂18の硬度が大きく、溝15a及び溝15bの幅が狭く、深さが浅い程、表板10の振動が大きくなる周波数は高くなる。逆に、樹脂18の硬度が小さく、溝15a及び溝15bの幅が広く、深さが深い程、表板10の振動が大きくなる周波数は低くなる。
このように、樹脂18を採用することにより、バイオリン1の音の響きを調整する要素を増やすことができるので、特色のある音色を有するバイオリン1を提供することが可能となる。
【0020】
2.樹脂
以下、樹脂18について説明する。樹脂18は、木材よりも硬度が小さいことが望ましい。また、樹脂18は、表板10や裏板20の温度や湿度の変化や経時変化に追随できるように選択される。このため、軟質で伸びの大きなものを採用することが望ましい。そのよう特性を備えた材料として、例えば、ウレタン系やゴム系の樹脂を採用することができる。また、樹脂18は、表板10の木材との接着性がよいものが選択され、溝15a及び溝15bに埋め込まれた後に硬化され、固形化される。
【0021】
より具体的には、硬化された後の樹脂18は、伸度が20%以上であることが好ましい。伸度とは、ライン状の樹脂18を引っ張った場合に破断に至るまでの長さで定まる。元の長さをL1、破断時の長さをL2としたとき、伸度は、(L2−L1)/L1で与えられる。
この条件を充足する樹脂であれば、環境変化によって溝15a及び溝15bの幅が変化しても、幅の変化に追従させることができる。これは、環境変化に応じて、溝15a及び溝15bの幅が最大で1.2倍になることを見込んでいる。そのような場合でも、伸度が20%以上であれば、溝15a及び溝15bに隙間ができることもないので、隙間の発生に起因する割れを抑制することができ、更に、パーフリングライン80a及び80b自体の割れを抑制することができる。
【0022】
また、樹脂18を染料や顔料を用いて着色しても良いが、着色剤を用いると、着色剤が溝15a及び溝15bから内部に染み込んでしまう。表板10及び裏板20は木材であり、木材の断面には多数の隙間がある。この隙間に樹脂18が染み込むと、にじみが発生し、パーフリングライン80a及び80bがぼやけて見える。
そこで、透明又は半透明の樹脂18に、充填剤を含むことが好ましい。そのような充填剤としては、小片であっても良いし、あるいはビーズであっても良い。ビーズの場合、直径が3μm〜70μmであって着色されていることが好ましい。充填剤として黒色ビーズを採用することができる。ビーズの直径を3μm〜70μmとしたのは、この大きさであれば、木材の組織の隙間よりも大きいので、充填剤の浸透を抑制することができるからである。
また、樹脂18は、充填剤の量が大きく、揮発成分が少ないことが好ましい。この場合は、硬化後の体積変化が小さく、平滑に仕上げることが可能となる。
【0023】
3.パーフリングの製造方法
図4A図4Dはパーフリング80を製造する製造工程を説明するための図である。以下の説明は、表板10にパーフリング80を形成する製造工程を説明するが、裏板20についても同様の工程でパーフリング80が形成される。
【0024】
第1工程では、図4Aに示すように表板10(板材)に2本の溝15a及び溝15bを形成される。例えば、溝15a及び溝15bは、レーザ加工によって形成される。レーザ加工を用いることによって、パーフリングライン80a及び80bの幅が1mm以下であっても、高い精度で加工することが可能となる。なお、溝15a及び溝15bは、レーザ加工に限られず、ミルを用いた切削加工で形成されてもよいし、あるいは、人が彫刻刀を用いて彫刻して形成してもよい。
ここで、溝15a及び溝15bの深さは、板厚の20%以上60%未満であることが好ましい。このような範囲に設定したのは、溝15a及び溝15bの深さが浅すぎると、樹脂18を十分埋めることができないため、衝撃の吸収や割れの抑制を十分達成できない可能性がある一方、溝15a及び溝15bの深さが深すぎると、強度が低下してしまい、却って割れ易くなるからである。
【0025】
第2工程では、図4Bに示すように溝15a及び溝15bを、充填剤を分散させた樹脂18で満たす。具体的には、人が指で樹脂18を溝15a及び溝15bにすり込むように充填すればよい。なお、製造装置によって樹脂18を充填してもよいことは勿論である。
【0026】
第3工程では、図4Cに示すように溝15a及び溝15bから溢れた樹脂18を取り除く。具体的には、人が布でふき取っても良いし、あるいは、製造装置を用いて樹脂18を除去してもよい。これにより、表板10の表面が平らになり、溝15a及び溝15bに樹脂18を充填できる。
【0027】
第4工程では、図4Dに示すように溝15a及び溝15bに充填された樹脂18を硬化させる。樹脂18の硬化方法は、樹脂18の種類に応じて定められている。例えば、乾燥、加熱、あるいは紫外線の照射等よって樹脂18は硬化される。この後、表板10の表面にニス等の塗装を施して保護層19が形成される。このようにしてパーフリング80が完成する。保護層19は、乾燥や湿度からバイオリン1を保護する機能がある。
なお、バイオリン1は、裏板20と側板30とをニカワなどの接着剤を用いて接合する。次いで、側板30と表板10とをニカワなどの接着剤を用いて接合して本体40を形成する。その後、本体40にネック50を取り付け、表面にニスを塗る。次いで、指板を接着し、魂柱(図示略)を立てる。その後、駒70を設置し、弦を張る。
【0028】
4.溝の形状
上述した実施形態では、溝15a及び溝15bの断面形状として図3に示すものを例示したが、断面形状には各種の態様がある。以下、溝15aの断面形状について説明する。なお、溝15の断面形状も同様である。但し、溝15aと溝15bの断面形状が相違してもよい。
図5Aに示す溝15aの断面形状は、V字の形状をしている。この例では、樹脂18が完全に充填されない。環境変化によって樹脂18の体積が大きくなっても、空間Sで吸収することができる。
図5Bに示す溝15aの断面形状は、長方形の形状をしている。この場合は、周知の方法によって、容易に製造することができる。
図5Cに示す溝15aの断面形状は、台形の形状をしており、表面側の幅よりも底面側の幅の方が大きくなっている。この断面形状を採用することによって、外部から見たパーフリングライン80aの幅が図5Bと同一であっても、樹脂18の充填量が大きくなる。これにより、表板10の振動が減衰することを抑制できる。
【0029】
図5Dに示す溝15aの断面形状は、円弧状の形状をしている。この断面形状の溝15aは製造が容易である。
図5Eに示す溝15aの断面形状は、底面に凹凸がある形状をしている。このため、表板10と樹脂18とが接触する面積が大きくなる。従って、樹脂18を表板10により強く固着することができ、剥がれにくいパーフリングライン80aを形成できる。
図5Fに示す溝15aの断面形状は、丸い形状をしている。この断面形状も図5Cの台形形状と同様に、外部から見たパーフリングライン80aの幅が図5Bと同一であっても、樹脂18の充填量が大きくなる。これにより、表板10の振動が減衰することを抑制できる。
【0030】
5.変形例
本発明は、上述した各種の実施形態に限定されるものではなく、例えば次に述べるような各種の応用・変形が可能である。なお、次に述べる応用・変形の態様は、任意に選択された一または複数を適宜に組み合わせることもできる。
(1)上述した実施形態では、バイオリン1を例示したが、本発明はこれに限定されるものではなく、パーフリング80が設けられるのであれば、どのような楽器に適用してもよい。例えば、アーチトップを有するジャズギターやクラシックギター等のアコースティック弦楽器であってもよい。ジャズギターでは、表板の周縁部にはパーフリングが施されることがあり、本発明を適用することができる。また、クラシックギターにおいては、パーフリングを表板の周縁部やサウンドホールの周辺に施してもよい。
【0031】
(2)上述した実施形態では、樹脂18は透明又は半透明であり、充填剤が色を有するものを一例と説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、樹脂18に黒や暗褐色の色素を有するものであってもよい。パーフリングライン80a及び80bの色は2本の線を利用者に認識させるために、表板10又は裏板20の色と対照的な色とすることが望ましい。2本の線を認識させる観点より、パーフリングライン80a及び80bの間の色は、表板10の色と異なる色であってもよい。
【0032】
(3)上述した実施形態において、樹脂18を溝15a及び溝15bに埋め込む場合、溝15a及び溝15b以外の部分をマスキングして、溝15a及び溝15bに樹脂18を充填してもよい。この場合には、余分な樹脂18によって、表板10の表面が汚されないといった利点がある。
また、樹脂18の流動性が大きい場合には、樹脂18を塗布又は噴霧して溝15a及び溝15bに充填してもよい。また、硬化前の樹脂18が液体である場合、溝15a及び溝15bに樹脂18を流し込み、水平を保った状態で硬化させてもよい。
【0033】
(4)上述した実施形態において、溝15a及び溝15bは、いずれの位置においてもその断面形状が同一であったが、本発明はこれに限定されるものではなく、場所によって断面形状を異ならせてもよい。また、場所によって溝15a及び溝15bの断面積を変化させてもよい。さらに、場所によって、溝15a及び溝15bの幅及び深さの少なくとも一方を変化させてもよい。このように溝15a及び溝15bの形状を変化させることによって、例えば、所定の周波数で振動を減衰させたり、あるいは、所定の周波数で振動を大きくすることができる。この結果、バイオリン1の音響特性を調整することが可能となる。
但し、パーフリングライン80a及び80bの線の幅は美観上一定であることが好ましい。このため、外部より認識できる線の幅を一定して、場所に応じて溝15a及び溝15bの深さを設定すればよい。
【0034】
(5)上述した実施形態では、樹脂18を溝15a及び溝15bに充填した後、溝15a及び溝15bから溢れた樹脂18を除去し、その後、樹脂18を硬化させた。本発明はこれに限定されるものではなく、樹脂18を溝15a及び溝15bに充填して、樹脂18を硬化させ、その後、過剰な樹脂18を紙やすり等を用いた研磨によって取り除いてもよい。
【0035】
(6)上述した実施形態では、表板10及び裏板20を積層材で構成したが、本発明はこれに限定されるものではなく。どのような材料を用いて表板10及び裏板20を構成してもよい。例えば、単板を用いて表板10及び裏板20の少なくとも一方を構成してもよい。
また、セルロースと木材の含有量と無関係に、繊維板又は高圧積層体を用いてもよい。
さらに、表板10及び裏板20として、非材木の材料を用いてもよい。例えば、炭素繊維又はガラス繊維を用いてもよい。
【0036】
(7)上述した実施形態では、溝15a及び溝15bを削ることによって形成したが、本発明はこれに限定されない。例えば、押圧によって形成してもよい。あるいは、繊維板又は積層材で表板10及び裏板20を構成する場合には、溝15a及び溝15bが形成されている型を用いて表板10及び裏板20を作成してもよい。
【0037】
(8)上述した実施形態では、樹脂18が直接、溝15a及び溝15bに接触するが、本発明はこれに限定されるものではない。少なくとも溝15a及び溝15bを覆う層を設けてもよい。そのような層は接着を促進させたり、樹脂18が木材に浸透するのを抑制すること可能な機能層である。図6に変形例に係るパーフリング80の断面図を示す。この図に示すように溝15a及び溝15bを覆う機能層17が形成されている。機能層17が木材に樹脂18が浸透するのを抑制する機能を有する場合、顔料又は染料で着色した樹脂18を用いてもパーフリングライン80a及び80bににじみが生じることがない。また、機能層17は透明であることが好ましい。これは、溝15a及び溝15bから上板10の内部に浸透しても透明であれば、美観を損なうことはないからである。そして、木材の組織の隙間から浸透しても硬化してしまえば、その後、樹脂18が浸透することはなくなるので、シャープなパーフリングライン80a及び80bとなる。
【0038】
(9)上述した実施形態では、溝15bは表板10及び裏板20をレーザ加工により形成したが、本発明はこれに限定されるものではなく、複数の部材を組み合わせて溝15bを形成してもよい。例えば、図7に示すように端部側の部材11と本体側の部材12とを貼りあわせて、溝15bを形成してもよい。この変形例によれば、切削加工を不要にできる。
【0039】
上述した実施形態及び変形例からは、以下の発明が把握される。
まず、弦楽器用板材の一態様は、アコースティック弦楽器の表板又は裏板に用いられる弦楽器用板材であって、前記パーフリングは、溝と、前記溝に充填された樹脂と、を備える。この弦楽器用板材は、パーフリングを溝と樹脂によって構成することがきる。したがって、埋め込みタイプのパーフリングと比較して、簡易に製造することできる。
【0040】
次に、アコースティック弦楽器の一態様は、表板と、裏板と、前記表板と前記裏板との間に設けられた側板とを備え、前記表板と前記裏板とのうち少なくとも一方に、上述した弦楽器用板材を用いることを特徴とする。このアコースティック弦楽器の一態様によれば、樹脂で衝撃を吸収することができるので、耐衝撃性を高めることができる。さらに、溝の深さ、幅、樹脂の材質によって表板の振動を調整できる。これによって、アコースティック弦楽器の音の特徴を調整することが可能となる。
【0041】
上述したアコースティック弦楽器の一態様において、前記樹脂は、伸度が20%以上であることが好ましい。この条件を充足する樹脂であれば、環境変化によって溝の幅が変化しても、幅の変化に追従させることができる。この結果、樹脂と溝との間に隙間が発生することを抑制し、隙間の発生に起因する塗装割れを抑制することができる。
【0042】
上述したアコースティック弦楽器の一態様において、前記溝の深さは、前記弦楽器用板材の厚さの20%以上60%未満であることが好ましい。溝の深さが浅すぎると、樹脂を十分埋めることができないため、衝撃の吸収や割れの抑制を十分達成できない可能性がある一方、溝の深さが深すぎると、弦楽器用板材の強度が低下してしまい、却って割れ易くなる。弦楽器用板材の板厚の20%以上60%未満であればそのような不都合が発生しない。換言すれば、溝の深さを弦楽器用板材の板厚の20%以上60%未満の範囲で調整することによって、アコースティック弦楽器の音の特徴を調整することが可能となる。
【0043】
上述したアコースティック弦楽器の一態様において、前記樹脂には、直径が3μm以上70μm未満の着色された粒子が分散されていることが好ましい。この大きさであれば、木材の組織の隙間よりも粒子が大きいことが多いので、充填剤が溝の面から内部に浸透することを抑制することができる。
【0044】
また、製造方法の発明も把握される。そのような発明としては、アコースティック弦楽器の表板又は裏板に用いられ、パーフリングを有する弦楽器用板材の製造方法あって、板材に溝を形成する工程と、前記溝を樹脂で満たす工程と、前記樹脂を硬化させる工程と、
を備える。この発明よれば、象嵌によって溝に積層材を嵌め込む必要がないので、高い技能を備えた熟練者で無くてもパーフリングを有する弦楽器用板材を製造することができる。
【0045】
また、上述した製造方法において、前記溝を樹脂で満たす工程の後、且つ前記樹脂を硬化させる工程の前に、前記溝から溢れた前記樹脂を除去する工程を備える。樹脂の除去は、樹脂の硬化の前であっても良いし、硬化の後であってもよい。
【0046】
また、上述した製造方法において、前記板材に溝を形成する工程の後、且つ前記溝を樹脂で満たす工程の前に、前記溝の表面を覆う層を設ける工程を備えることが好ましい。この態様によれば、樹脂が溝の側面から内部に浸透することを抑制できる。
【符号の説明】
【0047】
10…表板、15a,15b…溝、17…機能層、18…樹脂、19…保護層、20…裏板、30…側板、40…本体、50…ネック。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図4D
図5A
図5B
図5C
図5D
図5E
図5F
図6
図7