(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
〈組成〉
以下では、まず、本発明に係る高強度冷延鋼板が有する組成(成分組成)について説明する。成分組成における元素の含有量の単位はいずれも「質量%」であるが、以下、特に断らない限り単に「%」で示す。
【0015】
C:0.15%超0.45%以下
Cは、オーステナイトを安定化させ、所望の面積率の残留オーステナイトを確保し、延性の向上に有効に寄与する元素である。また、Cは、焼戻マルテンサイトの硬度を上昇させ、強度の増加に寄与する。このような効果を十分に得るためには、Cは0.15%超の含有を必要とする。そのため、C含有量は0.15%超、好ましくは0.18%以上、より好ましくは0.20%以上とする。一方、0.45%を超える多量の含有は、焼戻マルテンサイトの生成量を過剰とし延性及び伸びフランジ性を低下させる。このため、C含有量は、0.45%以下、好ましくは0.42%以下、より好ましくは0.40%以下とする。
【0016】
Si:0.5%以上2.5%以下
Siは、炭化物(セメンタイト)の生成を抑制し、オーステナイトへのCの濃化を促進することによってオーステナイトを安定化させ、鋼板の延性向上に寄与する。フェライトに固溶したSiは、加工硬化能を向上させ、フェライト自身の延性向上に寄与する。このような効果を十分に得るためには、Siは0.5%以上の含有を必要とする。そのため、Si含有量は0.5%以上、好ましくは0.8%以上、より好ましくは1.0%以上とする。一方、Siの含有量が2.5%を超えると、炭化物(セメンタイト)の生成を抑制し、残留オーステナイトの安定化に寄与する効果は飽和するだけでなく、フェライト中に固溶するSi量が過剰となるため、かえって延性が低下する。このため、Siの含有量は、2.5%以下、好ましくは2.3%以下、より好ましくは2.1%以下とする。
【0017】
Mn:1.5%以上3.0%以下
Mnは、オーステナイト安定化元素であり、オーステナイトを安定化させることによって延性の向上に寄与する。このような効果を十分に得るために、Mnは1.5%以上の含有を必要とする。そのため、Mn含有量は1.5%以上、好ましくは1.8%以上とする。一方、Mnの含有量が3.0%を超えると、マルテンサイトが過剰に生成して延性及び伸びフランジ性を劣化させる。このため、Mnの含有量は、3.0%以下、好ましくは2.7%以下とする。
【0018】
P:0.05%以下
Pは、粒界に偏析して伸びを低下させ、加工時に割れを誘発し、さらには耐衝撃性を劣化させる有害な元素である。従って、Pの含有量を0.05%以下、好ましくは0.01%以下とする。一方、P含有量の下限は特に限定されず、P含有量は0%以上であってよい。しかし、過度の脱燐は、精錬時間の増加及びコストの上昇等を招くため、Pの含有量は、0.002%以上とすることが好ましい。
【0019】
S:0.01%以下
Sは、鋼中にMnSとして存在して打抜き加工時にボイドの発生を助長し、さらには、加工中にもボイドの発生の起点となるために伸びフランジ性を低下させる。そのため、Sの含有量は、極力低減することが好ましく、0.01%以下、好ましくは0.005%以下とする。一方、S含有量の下限は特に限定されず、S含有量は0%以上であってよい。しかし、過度の脱硫は、精錬時間の増加及びコストの上昇等を招くため、Sの含有量は0.0002%以上とすることが好ましい。
【0020】
Al:0.01%以上0.1%以下
Alは、脱酸剤として作用する元素である。このような効果を得るためには、Alを0.01%以上含有させる必要がある。そのため、Al含有量は0.01%以上とする。しかしながら、Alの含有量が過剰になると、鋼板中にAlがAl酸化物として残存し、Al酸化物が凝集して粗大化し易くなり、伸びフランジ性を劣化させる原因となる。従って、Alの含有量は0.1%以下とする。
【0021】
N:0.01%以下
Nは、鋼中にAlNとして存在して打抜き加工時に粗大なボイドの発生を助長し、さらには、加工中にも粗大なボイドの発生の起点となるために伸びフランジ性を低下させる。このため、Nの含有量は、極力低減することが好ましく、0.01%以下、好ましくは0.006%以下とする。一方、N含有量の下限は特に限定されず、N含有量は0%以上であってよい。しかし、過度の脱窒は、精錬時間の増加及びコストの上昇を招くため、Nの含有量は0.0005%以上とすることが好ましい。
【0022】
本発明の一実施形態における高強度冷延鋼板は、上記各元素と、残部のFeおよび不可避的不純物からなる組成を有することができる。
【0023】
本発明の他の実施形態においては、上記組成は、さらに任意に、以下の元素から選択される少なくとも1つを含むことができる。
【0024】
Ti:0.005%以上0.035%以下
Tiは、炭窒化物を形成し、析出強化作用によって鋼の強度を上昇させる。Tiを添加する場合、上記作用を有効に発揮させるために、Tiの含有量を0.005%以上とする。一方、Tiの含有量が過剰であると、析出物が過度に生成し、延性が低下する場合がある。このため、Tiの含有量は、0.035%以下、好ましくは0.020%以下とする。
【0025】
Nb:0.005%以上0.035%以下
Nbは、炭窒化物を形成し、析出強化作用によって鋼の強度を上昇させる。Nbを添加する場合、上記作用を有効に発揮させるために、Nbの含有量を0.005%以上とする。一方、Nbの含有量が過剰であると、析出物が過度に生成し、延性が低下する場合がある。このため、Nbの含有量は、0.035%以下、好ましくは0.030%以下とする。
【0026】
V:0.005%以上0.035%以下
Vは、炭窒化物を形成し、析出強化作用によって鋼の強度を上昇させる。Vを添加する場合、上記作用を有効に発揮させるために、Vの含有量を0.005%以上とする。一方、Vの含有量が過剰であると、析出物が過度に生成し、延性が低下する場合がある。このため、Vの含有量は、0.035%以下、好ましくは0.030%以下とする。
【0027】
Mo:0.005%以上0.035%以下
Moは、炭窒化物を形成し、析出強化作用によって鋼の強度を上昇させる。Moを添加する場合、上記作用を有効に発揮させるために、Moの含有量を0.005%以上とする。一方、Moの含有量が過剰であると、析出物が過度に生成し、延性が低下する場合がある。このため、Moの含有量は、0.035%以下、好ましくは0.030%以下とする。
【0028】
B:0.0003%以上0.01%以下
Bは、焼入れ性を高め、焼戻マルテンサイトの生成を促進する作用を有するため、鋼の強化元素として有用である。上記作用を有効に発揮させるために、Bを添加する場合、Bの含有量を0.0003%以上とする。一方、Bの含有量が過剰であると、焼戻マルテンサイトが過剰に生成し、延性が低下する場合がある。このため、Bの含有量は、0.01%以下とする。
【0029】
Cr:0.05%以上1.0%以下
Crは、焼入れ性を高め、焼戻マルテンサイトの生成を促進する作用を有するため、鋼の強化元素として有用である。上記作用を有効に発揮させるために、Crを添加する場合、Crの含有量を0.05%以上とする。一方、Crの含有量が過剰であると、焼戻マルテンサイトが過剰に生成し、延性が低下する場合がある。このため、Crの含有量は、1.0%以下とする。
【0030】
Ni:0.05%以上1.0%以下
Niは、焼入れ性を高め、焼戻マルテンサイトの生成を促進する作用を有するため、鋼の強化元素として有用である。上記作用を有効に発揮させるために、Niを添加する場合、Niの含有量を0.05%以上とする。一方、Niの含有量が過剰であると、焼戻マルテンサイトが過剰に生成し、延性が低下する場合がある。このため、Niの含有量は1.0%以下とする。
【0031】
Cu:0.05%以上1.0%以下
Cuは、焼入れ性を高め、焼戻マルテンサイトの生成を促進する作用を有するため、鋼の強化元素として有用である。上記作用を有効に発揮させるために、Cuを添加する場合、Cu含有量を0.05%以上とする。一方、Cuの含有量が過剰であると、焼戻マルテンサイトが過剰に生成し、延性が低下する場合がある。このため、Cuの含有量は、1.0%以下とする。
【0032】
Sb:0.002%以上0.05%以下
Sbは、鋼板表面の窒化及び酸化によって生じる鋼板表層(数十μm程度の領域)の脱炭を抑制する作用を有する。これにより、鋼板表面においてオーステナイトの生成量が減少するのを防止でき、延性をさらに向上させることができる。上記作用を有効に発揮させるために、Sbを添加する場合、Sbの含有量を0.002%以上とする。一方、Sbの含有量が過剰であると、靱性の低下を招く場合がある。このため、Sbの含有量は、0.05%以下とする。
【0033】
Sn:0.002%以上0.05%以下
Snは、鋼板表面の窒化及び酸化によって生じる鋼板表層(数十μm程度の領域)の脱炭を抑制する作用を有する。これにより、鋼板表面においてオーステナイトの生成量が減少するのを防止でき、延性をさらに向上させることができる。上記作用を有効に発揮させるために、Snを添加する場合、Snの含有量を0.002%以上とする。一方、Snの含有量が過剰であると、靱性の低下を招く場合がある。このため、Snの含有量は、0.05%以下とする。
【0034】
Ca:0.0005%以上0.005%以下
Caは、硫化物系介在物の形態を制御する作用を有し、局部延性の低下抑制に有効である。Caを添加する場合、上記効果を得るために、Caの含有量を0.0005%以上にすることが好ましい。一方、Caの含有量が過剰であると、その効果が飽和する場合がある。このため、Caの含有量は、0.0005%以上0.005%以下の範囲内が好ましい。
【0035】
Mg:0.0005%以上0.005%以下
Mgは、硫化物系介在物の形態を制御する作用を有し、局部延性の低下抑制に有効である。Mgを添加する場合、上記効果を得るために、Mgの含有量を0.0005%以上とする。一方、Mgの含有量が過剰であると、その効果が飽和する場合がある。このため、Mgの含有量は、0.005%以下とする。
【0036】
REM:0.0005%以上0.005%以下
REM(希土類金属)は、硫化物系介在物の形態を制御する作用を有し、局部延性の低下抑制に有効である。REMを添加する場合、上記効果を得るために、REMの含有量を0.0005%以上とする。一方、REMの含有量が過剰であると、その効果が飽和する場合がある。このため、REMの含有量は、0.005%以下とする。
【0037】
言い換えると、本発明の一実施形態における高強度冷延鋼板は、
質量%で、
C :0.15%超0.45%以下、
Si:0.5%以上2.5%以下、
Mn:1.5%以上3.0%以下、
P :0.05%以下、
S :0.01%以下、
Al:0.01%以上0.1%以下、及び
N :0.01%以下、及び
任意に、
Ti:0.005%以上0.035%以下、
Nb:0.005%以上0.035%以下、
V :0.005%以上0.035%以下、
Mo:0.005%以上0.035%以下、
B :0.0003%以上0.01%以下、
Cr:0.05%以上1.0%以下、
Ni:0.05%以上1.0%以下、
Cu:0.05%以上1.0%以下、
Sb:0.002%以上0.05%以下、
Sn:0.002%以上0.05%以下、
Ca:0.0005%以上0.005%以下、
Mg:0.0005%以上0.005%以下、及び
REM:0.0005%以上0.005%以下からなる群から選ばれる少なくとも1つを含み、
残部Fe及び不可避的不純物からなる組成を有することができる。
【0038】
〈組織〉
次に、本発明に係る高強度冷延鋼板の組織について説明する。
【0039】
F+BF:20%以上80%以下
フェライト(F)及びベイニティックフェライト(BF)は、軟質な鋼組織であり鋼板の延性の向上に寄与する。これらの組織には炭素があまり固溶しないため、オーステナイト中にCを排出することにより、オーステナイトの安定性を上昇させ、延性の向上に寄与する。鋼板に必要な延性を付与するためには、フェライト及びベイニティックフェライトの面積率の総和が20%以上である必要がある。そのため、フェライト及びベイニティックフェライトの面積率の総和は、20%以上、好ましくは30%以上、より好ましくは34%以上とする。一方で、フェライト及びベイニティックフェライトの面積率の総和が80%を超えると、980MPa以上の引張強さを確保することが困難になる。このため、フェライト及びベイニティックフェライトの面積率の総和は、80%以下、好ましくは77%以下とする。
【0040】
RA:10%超40%以下
残留オーステナイト(RA)は、それ自体、延性に富む組織であることに加え、歪誘起変態してさらに延性の向上に寄与する組織である。このような効果を得るためには、残留オーステナイトは、面積率で10%超とする必要がある。そのため、残留オーステナイトの面積率は10%超、好ましくは12%以上とする。一方、残留オーステナイトが面積率で40%を超えると、残留オーステナイトの安定性が低下し、歪誘起変態が早期に起こるようになるため、延性が低下する。このため、残留オーステナイトの面積率は、40%以下、好ましくは36%以下とする。本明細書においては、後述する方法により残留オーステナイトの体積率を算出し、これを面積率として扱うものとする。
【0041】
TM:0%超50%以下
焼戻マルテンサイト(TM)は、硬質な組織であり、鋼板の高強度化に寄与する。鋼板を高強度化する目的で、焼戻マルテンサイトの面積率を、0%超(0%は含まず)、好ましくは3%以上、より好ましくは8%以上とする。一方、面積率で50%を超えて焼戻マルテンサイトを含有すると、所望の延性及び伸びフランジ性を確保できなくなる。このため、焼戻マルテンサイトの面積率は、50%以下、好ましくは40%以下、より好ましくは34%以下、さらに好ましくは30%以下とする。
【0042】
R1:75%以上
残留オーステナイトは鋼板の延性を向上させるが、その形状により延性向上への寄与が異なる。アスペクト比が0.5以下である残留オーステナイトは、アスペクト比が0.5超である残留オーステナイトと比較して、より加工に対して安定であり、延性向上効果が大きい。加工安定性の低い、アスペクト比が0.5超である残留オーステナイトは、穴広げ試験に先立つ抜き打ちにおいて、早期に硬質なマルテンサイトとなるため、周囲に粗大なボイドを形成しやすい。特に、打ち抜き端面に多数露出した場合に、端面クラックを誘発し、穴広げ試験不良の原因となり、穴広げ試験の不良率を増加させる。一方、アスペクト比が0.5以下である残留オーステナイトは、組織の流れに沿うように変形し、周囲にボイドを形成しにくい。所望の延性を確保すると共に、穴広げ試験における不良率を十分に低減するために、残留オーステナイトのうち、アスペクト比が0.5以下である残留オーステナイトの割合(R1)を、75%以上、好ましくは80%以上とする。R1の上限は、特に限定されず、100%であってもよい。なお、R1=(アスペクト比が0.5以下である残留オーステナイトの面積/全残留オーステナイトの面積)×100(%)である。
【0043】
R2:50%以上
アスペクト比が0.5以下である残留オーステナイトが方位差40°以上のフェライト粒界に存在すると、アスペクト比が0.5超の残留オーステナイトが存在する場合においても、これに起因する打ち抜き端面クラックの発生が抑制され、穴広げ試験における不良率が大幅に小さくなる。この理由は必ずしも明らかではないが、本発明の発明者らは、次のように考えている。すなわち、方位差が大きく応力が集中しやすい方位差40°以上のフェライト粒界に対し、それを覆うようにアスペクト比が0.5以下である残留オーステナイトが存在することにより、残留オーステナイトの変形や加工誘起マルテンサイト変態によって集中した応力を緩和できる。その結果、近傍に存在するアスペクト比が0.5超である残留オーステナイトの周囲の応力集中が軽減され、ボイドやクラックの発生が抑制される。そこで、穴広げ試験における不良率を十分に低減するために、アスペクト比が0.5以下である残留オーステナイトのうち、方位差40°以上のフェライト粒界に存在するものの割合(R2)を、50%以上、好ましくは65%以上とする。R2の上限は、特に限定されず、100%であってもよい。なお、R2=(アスペクト比が0.5以下であり、方位差40°以上のフェライト粒界に存在する残留オーステナイトの面積/アスペクト比が0.5以下である残留オーステナイトの面積)×100(%)である。
【0044】
bcc相の平均KAM値:1°以下
bcc相の平均KAM値が1°以下であると、アスペクト比が0.5超の残留オーステナイトが存在する場合においても、これに起因する打抜き端面クラックの発生が抑制され、穴広げ試験の不良率が小さくなる。この理由は必ずしも明らかではないが、本発明の発明者らは、次のように考えている。すなわち、KAM値の低いbcc相はGN転位密度が低いために変形しやすく、打ち抜き時にアスペクト比が0.5超である残留オーステナイトの周囲の応力集中が軽減され、ボイドやクラックの発生が抑制される。そこで、穴広げ率の不良率を十分に低減するため、bcc相の平均KAM値を1°以下、好ましくは0.8°以下とする。bcc相の平均KAM値の下限は特に限定されず、0°であっても良い。
【0045】
〈引張強さ〉
上述したように、本発明の高強度冷延鋼板は優れた強度を有し、具体的には、980MPa以上の引張強さを備えている。一方、引張強さの上限はとくに限定されないが、引張強さは1320MPa以下であってよく、1300MPa以下であってよい。
【0046】
〈めっき層〉
本発明に係る高強度冷延鋼板は、耐食性等を向上させる観点から、その表面にさらにめっき層を有していてもよい。前記めっき層としては、特に限定されることなく任意のめっき層を用いることができる。前記めっき層は、例えば、亜鉛めっき層または亜鉛合金めっき層とすることが好ましい。前記亜鉛合金めっき層は亜鉛系合金めっき層であることが好ましい。前記めっき層の形成方法はとくに限定されず、任意の方法を用いることができる。例えば、前記めっき層は溶融めっき層、合金化溶融めっき層、および電気めっき層からなる群より選択される少なくとも1つとすることができる。前記亜鉛合金めっき層は、例えば、Fe、Cr、Al、Ni、Mn、Co、Sn、Pb、および、Moからなる群より選択される少なくとも1つを含み、残部Znおよび不可避的不純物からなる亜鉛合金めっき層であってもよい。
【0047】
前記高強度冷延鋼板はめっき層を一方または両方の面に備えることができる。
【0048】
[高強度冷延鋼板の製造方法]
次に、本発明に係る高強度冷延鋼板の製造方法を説明する。
【0049】
本発明の高強度冷延鋼板は、上記組成を有する鋼素材に、熱間圧延、酸洗、冷間圧延、及び焼鈍を順次施すことにより製造することができる。そして、前記焼鈍は3つの工程を含み、各焼鈍工程における条件を制御することによって、上述した組織を有する高強度冷延鋼板を得ることができる。
【0050】
〈鋼素材〉
出発材料として、上記組成を有する鋼素材を使用する。前記鋼素材は、特に限定されることなく、任意の方法で製造することができる。例えば、転炉又は電気炉等を用いた公知の溶製方法により、前記鋼素材を製造してもよい。前記鋼素材の形状はとくに限定されないが、スラブとすることが好ましい。生産性等の問題から、溶製後に連続鋳造法によって鋼素材としてのスラブ(鋼スラブ)を製造することが好ましい。また、造塊−分塊圧延法又は薄スラブ連鋳法等の公知の鋳造方法により鋼スラブを製造してもよい。
【0051】
〈熱間圧延工程〉
熱間圧延工程は、上記組成を有する鋼素材に熱間圧延を施すことによって熱延鋼板を得る工程である。熱間圧延工程では、上記組成を有する鋼素材を加熱し、熱間圧延する。本発明では、後述する焼鈍によって組織を制御するため、熱間圧延はとくに限定されることなく任意の条件で行うことができ、例えば、常用の熱間圧延条件を適用できる。
【0052】
例えば、鋼素材を1100℃以上1300℃以下の加熱温度に加熱し、加熱された前記鋼素材を熱間圧延することができる。前記熱間圧延における仕上圧延出側温度は、例えば、850℃以上950℃以下とすることができる。熱間圧延が終了した後は、任意の条件で冷却を行う。前記冷却は、例えば、450℃以上950℃以下の温度域を、20℃/秒以上100℃/秒以下の平均冷却速度で冷却することが好ましい。前記冷却後、例えば、400℃以上700℃以下の巻取温度で巻き取り、熱延鋼板とする。以上の条件は例示であって、本発明に必須の条件では無い。
【0053】
〈酸洗工程〉
酸洗工程は、上記熱間圧延工程を経て得られた熱延鋼板に酸洗を施す工程である。酸洗工程は、特に限定されることなく、任意の条件で行うことができる。例えば、塩酸又は硫酸等を使用する常用の酸洗工程を適用できる。
【0054】
〈冷間圧延工程〉
冷間圧延工程は、酸洗工程を経た熱延鋼板に冷間圧延を施す工程である。より詳細には、前記冷間圧延工程では、酸洗が施された熱延鋼板に圧下率30%以上の冷間圧延を施す。
【0055】
《冷間圧延の圧下率:30%以上》
冷間圧延の圧下率は30%以上とする。圧下率が30%未満では、加工量が不足し、オーステナイトの核生成サイトが少なくなる。このため、次の第1焼鈍工程においてオーステナイト組織が粗大で不均一となり、第1焼鈍工程の保持過程における下部ベイナイト変態が抑制されて、マルテンサイトが過剰に生成する。その結果、第1焼鈍工程後の鋼板組織を、下部ベイナイト主体の組織とできない。第1焼鈍工程後にマルテンサイトである部分は、続く第2焼鈍工程において、アスペクト比が0.5超の残留オーステナイトを生成しやすい。一方、圧下率の上限は、冷間圧延機の能力で決定されるが、圧下率が高すぎると圧延荷重が高くなり、生産性が低下する場合がある。このため、圧下率は70%以下が好ましい。圧延パスの回数及び圧延パス毎の圧下率は、特に限定されない。
【0056】
〈焼鈍工程〉
焼鈍工程は、冷間圧延工程を経て得られた冷延鋼板に焼鈍を施す工程であり、より詳細には、後述する第1焼鈍工程、第2焼鈍工程、及び第3焼鈍工程を含む工程である。
【0057】
《第1焼鈍工程》
第1焼鈍工程は、冷間圧延工程を経て得られた冷延鋼板をAc
3点以上950℃以下の焼鈍温度T
1で加熱し、焼鈍温度T
1から10℃/秒超の平均冷却速度で250℃以上350℃未満の冷却停止温度T
2まで冷却し、冷却停止温度T
2で10秒以上保持することにより、第1冷延焼鈍板を得る工程である。この工程の目的は、第1焼鈍工程完了時の鋼板組織を、下部ベイナイト主体の組織にすることである。特に第1焼鈍工程後にマルテンサイトである部分は、続く第2焼鈍工程において、アスペクト比が0.5超の残留オーステナイトを生成しやすいため、第1焼鈍工程においてマルテンサイトが過剰に生成した場合は、所望の鋼板組織を得ることが困難となる。製造条件を上記範囲に制御することにより、下部ベイナイトを主体とする組織を有する鋼板が得られ、第2焼鈍工程後の鋼板組織を所望の鋼板組織にすることができる。
【0058】
(Ac
3点)
Ac
3点(単位:℃)は、以下に示すAndrewsらの式より求めることができる。
【0059】
Ac
3=910−203[C]
1/2+45[Si]−30[Mn]−20[Cu]−15[Ni]+11[Cr]+32[Mo]+104[V]+400[Ti]+460[Al]
【0060】
上記式中の括弧は、鋼板中における括弧内の元素の含有量(単位:質量%)を表す。元素を含有しない場合は0として計算する。
【0061】
(焼鈍温度T
1:Ac
3点以上950℃以下)
焼鈍温度T
1がAc
3点未満であると、焼鈍中にフェライトが残存してしまい、続く冷却過程において、焼鈍中に残存したフェライトを核にフェライトが成長してしまう。これにより、Cがオーステナイト中に分配されるため、後の保持過程において下部ベイナイト変態が抑制されて、マルテンサイトが過剰に生成し、第1焼鈍工程後の鋼板組織を、下部ベイナイト主体の組織とできない。そのため、焼鈍温度T
1をAc
3点以上とする。一方、焼鈍温度T
1が950℃を超えるとオーステナイト粒が過度に粗大化し、冷却後の保持過程における下部ベイナイトの生成が抑制され、マルテンサイトが過剰に生成するため、第1焼鈍工程後の鋼板組織を下部ベイナイト主体の組織とできない。第1焼鈍工程後にマルテンサイトである部分は、続く第2焼鈍工程において、アスペクト比が0.5超の残留オーステナイトを生成しやすい。このため、焼鈍温度T
1は、950℃以下とする。焼鈍温度T
1での保持時間は、特に限定されず、例えば、10秒以上1000秒以下である。
【0062】
(焼鈍温度T
1から冷却停止温度T
2までの平均冷却速度:10℃/秒超)
焼鈍温度T
1から冷却停止温度T
2までの平均冷却速度が10℃/秒以下であると、冷却中にフェライトが生成する。これにより、Cがオーステナイト中に分配するため、後の保持過程において下部ベイナイト変態が抑制されて、マルテンサイトが過剰に生成し、第1焼鈍工程後の鋼板組織を下部ベイナイトを主体とする組織とできない。第1焼鈍工程後にマルテンサイトである部分は、続く第2焼鈍工程において、アスペクト比が0.5超の残留オーステナイトを生成しやすい。このため、焼鈍温度T
1から冷却停止温度T
2までの平均冷却速度は、10℃/秒超、好ましくは15℃/秒以上とする。平均冷却速度の上限は、特に限定されないが、過度に速い冷却速度を確保するためには、過大な冷却装置が必要となるから、生産技術及び設備投資等の観点から、平均冷却速度は50℃/秒以下が好ましい。冷却は、任意の方法で行うことができる。冷却方法としては、ガス冷却、炉冷、及びミスト冷却からなる群より選択される少なくとも1つを用いることが好ましく、特にガス冷却を用いることが好ましい。
【0063】
(冷却停止温度T
2:250℃以上350℃未満)
冷却停止温度T
2が250℃未満では、鋼板組織にマルテンサイトが過剰に生成する。第1焼鈍工程後にマルテンサイトである部分は、続く第2焼鈍工程において、アスペクト比が0.5超の残留オーステナイトを生成しやすい。そのため、冷却停止温度T
2は、250℃以上、好ましくは270℃以上とする。一方、冷却停止温度T
2が350℃以上では、下部ベイナイトの代わりに上部ベイナイトが生成する。上部ベイナイトは下部ベイナイトに比較して組織サイズが顕著に粗大であるために、続く第2焼鈍工程後に方位差40°以上のフェライト粒の内部にアスペクト比が0.5以下の残留オーステナイトを多数生成し、第2焼鈍工程後の鋼板組織が所望の組織とならない。このため、冷却停止温度T
2は、350℃未満、好ましくは340℃以下とする。
【0064】
(冷却停止温度T
2での保持時間:10秒以上)
冷却停止温度T
2での保持時間が10秒未満では、下部ベイナイト変態が十分に完了しない。このため、マルテンサイトが過剰に生成してしまい、続く第2焼鈍工程において所望の組織が得られない。第1焼鈍工程後にマルテンサイトである部分は、続く第2焼鈍工程において、アスペクト比が0.5超の残留オーステナイトを生成しやすい。このため、冷却停止温度T
2での保持時間は、10秒以上、好ましくは20秒以上、より好ましくは30秒以上とする。一方、冷却停止温度T
2での保持時間の上限は、特に限定されないが、過度に長時間保持した場合には、長大な生産設備が必要であると共に、鋼板の生産性が著しく低下するため、1800秒以下とすることが好ましい。冷却停止温度T
2での保持後、次工程の第2焼鈍工程までは、例えば室温まで冷却してもよいし、冷却を行なわずに第2焼鈍工程を行ってもよい。
【0065】
《第2焼鈍工程》
第2焼鈍工程は、第1焼鈍工程を経て得られた第1冷延焼鈍板を700℃以上850℃以下の焼鈍温度T
3で加熱(再加熱)し、焼鈍温度T
3から300℃以上500℃以下の冷却停止温度T
4まで冷却することにより、第2冷延焼鈍板を得る工程である。
【0066】
(焼鈍温度T
3:700℃以上850℃以下)
焼鈍温度T
3が700℃未満であると、焼鈍時に十分な量のオーステナイトが生成しないため、第2焼鈍工程後の鋼板組織に所望量の残留オーステナイトを確保できず、フェライトが過剰となる。そのため、焼鈍温度T
3は、700℃以上、好ましくは710℃以上、より好ましくは740℃以上とする。一方、焼鈍温度T
3が850℃を超えると、オーステナイトが過度に生成し、第2焼鈍工程前の組織制御の効果が初期化されてしまう。このため、アスペクト比が0.5以下である残留オーステナイトの割合、及びアスペクト比が0.5以下である残留オーステナイトのうち、方位差40°以上のフェライト粒界に存在するものの割合を所望の値とすることが困難となる。このため、焼鈍温度T
3は、850℃以下、好ましくは830℃以下、より好ましくは800℃以下、さらに好ましくは790℃以下とする。焼鈍温度T
3での保持時間は、特に限定されず、例えば、10秒以上1000秒以下の範囲内とすることができる。焼鈍温度T
3から冷却停止温度T
4までの平均冷却速度は、特に限定されず、例えば、5℃/秒以上50℃/秒以下の範囲内とすることができる。
【0067】
(冷却停止温度T
4:300℃以上550℃以下)
冷却停止温度T
4が300℃未満であると、オーステナイトへのCの濃化が不十分となり、残留オーステナイト量が減少すると共に多量の焼戻マルテンサイトが生成し、所望の鋼板組織が得られない。そのため、冷却停止温度T
4は300℃以上、好ましくは330℃以上とする。一方、冷却停止温度T
4が550℃を超えると、フェライトやベイニティックフェライトが多量に生成すると共に、オーステナイトからパーライトが生成するため、残留オーステナイト量が減少し、所望の鋼板組織が得られない。そのため、冷却停止温度T
4の上限値は、550℃以下、好ましくは530℃以下、より好ましくは500℃以下とする。
【0068】
(冷却停止温度T
4での保持時間:10秒以上)
冷却停止温度T
4での保持時間が10秒未満であると、オーステナイトへのCの濃化が不十分となり、残留オーステナイト量が減少すると共に多量の焼戻マルテンサイトが生成し、所望の鋼板組織が得られない。そのため、冷却停止温度T
4での保持時間は10秒以上、好ましくは20秒以上、より好ましくは30秒以上とする。一方、冷却停止温度T
4での保持時間の上限は、特に限定されず、例えば、冷却停止温度T
4での保持時間を1800秒以下とすることができる。
【0069】
(室温まで冷却)
冷却停止温度T
4での保持後、室温まで冷却する。室温まで冷却することでオーステナイトの一部がマルテンサイトへと変態し、それに伴うひずみによりbcc相(マルテンサイトそのもの及び隣接するフェライトやベイニティックフェライト等)のKAM値が上昇する。この上昇したKAM値は、後述する第3焼鈍工程により低下させることができる。室温まで冷却せずに後述する第3焼鈍工程を行った場合には、第3焼鈍工程完了後にオーステナイトの一部がマルテンサイトへと変態するため、最終組織のbcc相のKAM値が上昇し、所望の鋼板組織が得られない。この冷却は、特に限定されず、放冷等の任意の方法で冷却することができる。
【0070】
《第3焼鈍工程》
第3焼鈍工程は、第2焼鈍工程を経て得られた第2冷延焼鈍板を100℃以上550℃以下の焼鈍温度T
5で加熱(再加熱)することにより、第3冷延焼鈍板を得る工程である。
【0071】
(焼鈍温度T
5:100℃以上550℃以下)
焼鈍温度T
5が550℃を超えると、オーステナイトからパーライトが生成するため、残留オーステナイト量が減少し、所望の鋼板組織が得られない。そのため、焼鈍温度T
5は550℃以下、好ましくは530℃以下とする。一方、焼鈍温度T
5が100℃未満であると、焼戻の効果が不十分となり、bcc相の平均KAM値を1°以下とすることができず、所望の鋼板組織が得られない。そのため、焼鈍温度T
5は100℃以上とする。
【0072】
焼鈍温度T
5での保持時間は、特に限定されず、例えば10秒以上86400秒以下とすることができる。後述するめっき工程を行なわない場合、第3焼鈍工程を経て得られる第3冷延焼鈍板が、本発明に係る高強度冷延鋼板となる。
【0073】
〈めっき工程〉
本発明の一実施形態における高強度冷延鋼板の製造方法は、前記第2冷延焼鈍板又は前記第3冷延焼鈍板に、めっき処理を施すめっき工程をさらに含むことができる。すなわち、第2焼鈍工程の冷却停止温度T
4への冷却以降であれば、第2焼鈍工程の途中、あるいは完了後の任意の位置において、さらにめっき処理を施してその表面にめっき層を形成してもよい。この場合、表面にめっき層が形成された第2冷延焼鈍板に対し、さらに第3焼鈍工程を経て得られる第3冷延焼鈍板が、本発明に係る高強度冷延鋼板となる。また、第3焼鈍工程を経て得られる第3冷延焼鈍板に、さらにめっき処理を施してその表面にめっき層を形成してもよい。この場合、表面にめっき層が形成された第3冷延焼鈍板が、本発明に係る高強度冷延鋼板となる。
【0074】
前記めっき処理は、特に限定されることなく任意の方法で行うことができる。例えば、前記めっき工程では、溶融めっき法、合金化溶融めっき法、および電気めっき法からなる群より選択される少なくとも1つを用いることができる。前記めっき工程で形成されるめっき層は、例えば、亜鉛めっき層または亜鉛合金めっき層とすることが好ましい。前記亜鉛合金めっき層は亜鉛系合金めっき層であることが好ましい。前記亜鉛合金めっき層は、例えば、Fe、Cr、Al、Ni、Mn、Co、Sn、Pb、および、Moからなる群より選択される少なくとも1つの合金元素を含み、残部Znおよび不可避的不純物からなる亜鉛合金めっき層であってもよい。
【0075】
めっき処理の前には、任意に、脱脂及びリン酸塩処理等の前処理を施してもよい。溶融亜鉛めっき処理としては、例えば、常用の連続溶融亜鉛めっきラインを用いて、第2冷延焼鈍板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、表面に所定量の溶融亜鉛めっき層を形成する処理であることが好ましい。溶融亜鉛めっき浴に浸漬する際には、再加熱又は冷却により、第2冷延焼鈍板の温度を、溶融亜鉛めっき浴温度−50℃の温度以上、溶融亜鉛めっき浴温度+60℃の温度以下の範囲内に調整することが好ましい。溶融亜鉛めっき浴の温度は、440℃以上500℃以下の範囲内が好ましい。溶融亜鉛めっき浴には、Znに加えて、上述した合金元素を含有させてもよい。
【0076】
めっき層の付着量はとくに限定されず、任意の値とすることができる。例えば、めっき層の付着量は、片面当たり10g/m
2以上とすることが好ましい。また、前記付着量は、片面当たり100g/m
2以下とすることが好ましい。
【0077】
例えば、めっき層を溶融めっき法で形成する場合には、ガスワイピング等の手段によりめっき層の付着量を制御することができる。溶融めっき層の付着量は、片面あたり30g/m
2以上とすることがより好ましい。また、溶融めっき層の付着量は、片面あたり70g/m
2以下とすることがより好ましい。
【0078】
溶融めっき処理により形成されためっき層(溶融めっき層)は、必要に応じて、合金化処理を施すことにより、合金化溶融めっき層としてもよい。合金化処理の温度は、とくに限定されないが、460℃以上600℃以下とすることが好ましい。前記めっき層として合金化溶融亜鉛めっき層を用いる場合、めっき層の外観を向上させるという観点からは、Al:0.10質量%以上0.22質量%以下を含有する溶融亜鉛めっき浴を用いることが好ましい。
【0079】
めっき層を電気めっき法で形成する場合、めっき層の付着量は、例えば、通板速度および電流値の一方または両方を調整することにより付着量を制御することができる。電気めっき層の付着量は、片面あたり20g/m
2以上とすることがより好ましい。また、電気めっき層の付着量は、片面あたり40g/m
2以下とすることがより好ましい。
【実施例】
【0080】
以下に、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されない。
【0081】
〈冷延鋼板の製造〉
下記表1に示す組成の溶鋼を通常公知の手法により溶製し、連続鋳造して肉厚300mmのスラブ(鋼素材)とした。得られたスラブに熱間圧延を施すことにより、熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板に通常公知の手法により酸洗を施し、次いで、下記表2、3に示す圧下率で冷間圧延を施し、冷延鋼板(板厚:1.4mm)を得た。
【0082】
得られた冷延鋼板に下記表2、3に示す条件で焼鈍を施し、第3冷延焼鈍板を得た。焼鈍工程は、第1焼鈍工程、第2焼鈍工程、及び第3焼鈍工程からなる3段階の工程とした。第1焼鈍工程における焼鈍温度T
1での保持時間は100秒とした。第2焼鈍工程における焼鈍温度T
3での保持時間は100秒とし、焼鈍温度T
3から冷却停止温度T
4への平均冷却速度は20℃/秒とした。第3焼鈍工程における焼鈍温度T
5での保持時間は21600秒とした。
【0083】
一部の第2冷延焼鈍板については、冷却停止温度T
4への冷却後、さらに溶融亜鉛めっき処理を施すことにより、表面に溶融亜鉛めっき層を形成し、溶融亜鉛めっき鋼板とした。溶融亜鉛めっき処理は、連続溶融亜鉛めっきラインを用いて、冷却停止温度T
4への冷却後の鋼板を必要に応じて430℃以上480℃以下の範囲内の温度に再加熱し、溶融亜鉛めっき浴(浴温:470℃)に浸漬し、めっき層の付着量が片面あたり45g/m
2となるように調整した。浴組成はZn−0.18質量%Alとした。
【0084】
このとき、一部の溶融亜鉛めっき鋼板においては、浴組成をZn−0.14質量%Alとし、めっき処理後、520℃で合金化処理を施し、合金化溶融亜鉛めっき鋼板とした。めっき層中のFe濃度は、9質量%以上12質量%以下の範囲内とした。別の一部の第3冷延焼鈍板については、焼鈍終了後、さらに、電気亜鉛めっきラインを用いて、めっき付着量が片面あたり30g/m
2となるように電気亜鉛めっき処理を施し、電気亜鉛めっき鋼板とした。
【0085】
下記表4、5には、最終的に得られた冷延鋼板の種類を、以下の記号を用いて示した。
CR:めっき層を有しない冷延鋼板
GI:溶融亜鉛めっき鋼板
GA:合金化溶融亜鉛めっき鋼板
EG:電気亜鉛めっき鋼板
【0086】
〈評価〉
得られた冷延鋼板から試験片を採取し、組織観察、残留オーステナイト分率の測定、及び引張試験、および穴広げ試験を行なった。得られた結果を表4、5に示す。なお、試験方法は、次のとおりとした。
【0087】
《組織観察》
まず、冷延鋼板から組織観察用の試験片を採取した。次いで、圧延方向断面(L断面)で板厚の1/4に相当する位置が観察面となるように採取した試験片を研磨した。次に、観察面を腐食(1体積%ナイタール液腐食)させてから、走査型電子顕微鏡(SEM、倍率:3000倍)を用いて10視野の観察を行ない、撮像してSEM画像を得た。得られたSEM画像を用いて、画像解析により各組織の面積率を求めた。面積率は10視野の平均値とした。SEM画像において、フェライト及びベイニティックフェライトは灰色、マルテンサイト及び残留オーステナイトは白色を呈し、焼戻マルテンサイトは下部組織が現出するため、その色調及び下部組織の有無から各組織を判断した。フェライトとベイニティックフェライトとを正確に区別することは難しいが、ここではこれらの組織の総和が重要であるため、特に各組織を区別せず、フェライト及びベイニティックフェライトの総和の面積率及び焼戻マルテンサイトの面積率を求めた。
【0088】
さらに、圧延方向断面(L断面)で板厚の1/4に相当する位置が観察面となるように、コロイダルシリカ振動研磨により試験片を研磨した。観察面は鏡面とした。次いで、極低加速イオンミリングにより、研磨歪による観察面の加工変態相を除去した後、電子線後方散乱回折(EBSD)測定を実施し、局所結晶方位データを得た。このとき、SEM倍率は1500倍、ステップサイズは0.04μm、測定領域は40μm平方、WDは15mmとした。解析ソフト:OIM Analysis 7を用いて得られた局所方位データの解析を行なった。解析は、3視野について行ない、その平均値を用いた。
【0089】
データ解析に先立ち、解析ソフトのGrain Dilation機能(Grain Tolerance Angle:5、Minimum Grain Size:5、Single Iteration:ON)、及びGrain CI Standarization機能(Grain Tolerance Angle:5、Minimum Grain Size:5)によるクリーンアップ処理を順に1回ずつ施した。その後、CI値>0.1の測定点のみを用いて解析に使用した。
【0090】
fcc相のデータについて、Grain Shape Aspect RatioチャートのArea Fractionを用いて解析を行ない、残留オーステナイトのうち、アスペクト比が0.5以下である残留オーステナイトの割合(R1)を求めた。以上の解析において、Grain shape calculation methodは、Method 2を用いた。
【0091】
さらに、bcc相のデータについて、方位差40°以上のフェライト粒界(方位差40°以上のbcc相同士の境界)を表示した後、先に求めたアスペクト比が0.5以下である残留オーステナイトのうち、方位差40°以上のフェライト粒界(旧オーステナイト粒界を含む)に存在するものの割合(R2)を求めた。
【0092】
さらに、bcc相のデータについて、KAM値のチャートを表示し、bcc相の平均KAM値を求めた。その際の解析は、以下の条件で実施した。
Nearest neighbor:1st
Maximum misorientation:5
Perimeter only
Set 0-point kernels to maximum misorientationにチェック
【0093】
《残留オーステナイト分率の測定》
冷延鋼板からX線回折用の試験片を採取し、板厚の1/4に相当する位置が測定面となるように研削及び研磨を行ない、X線回折法により回折X線強度から残留オーステナイトの体積率を求めた。入射X線はCoKα線を用いた。残留オーステナイトの体積率の計算に際しては、fcc相(残留オーステナイト)の{111}、{200}、{220}、及び{311}面、並びに、bcc相の{110}、{200}、及び{211}面のピークの積分強度の全ての組み合わせについて強度比を計算し、それらの平均値を求め、残留オーステナイトの体積率を算出した。X線回折により求めたオーステナイトの体積率は、面積率と等しいものとして扱い、このようにして求めたオーステナイトの体積率を面積率とした。
【0094】
《引張試験》
冷延鋼板から圧延方向に対して垂直な方向(C方向)を引張方向とするJIS5号引張試験片(JIS Z 2241:2001)を採取し、JIS Z 2241:2001の規定に準拠した引張試験を行ない、引張強さ(TS)及び伸び(El)を測定した。
【0095】
(強度)
TSが980MPa以上である場合を高強度と評価した。
【0096】
(延性)
Elが下記の場合を高延性(延性が良好である)と評価した。
【0097】
・TS:980MPa以上1180MPa未満であるとき…El:25%以上
・TS:1180MPa以上であるとき…El:18%以上
【0098】
《穴広げ試験》
冷延鋼板から試験片(大きさ:100mm×100mm)を採取し、試験片に初期直径d
0:10mmφの穴を打抜き加工(クリアランス:試験片板厚の12.5%)により形成した。得られた試験片を用いて穴広げ試験を実施した。すなわち、初期直径d
0:10mmφの穴に打ち抜き時のポンチ側から頂角:60°の円錐ポンチを挿入し、この穴を押し広げ、亀裂が鋼板(試験片)を貫通したときの穴の径d(単位:mm)を測定し、次式により穴広げ率λ(単位:%)を算出した。
【0099】
穴広げ率λ={(d−d
0)/d
0}×100
【0100】
穴広げ試験は各鋼板について100回ずつ実施し、その平均値を平均穴広げ率λ(単位:%)とした。平均穴広げ率λは、以下「平均λ」とも表記する。さらに、穴広げ率λの値が平均穴広げ率λの60%以下の値となる確率を求め、これを穴広げ試験の不良率(単位:%)とした。
【0101】
(伸びフランジ性)
下記の場合、伸びフランジ性が良好であると評価した。
【0102】
・TS:980MPa以上1180MPa未満であるとき…平均λ:25%以上
・TS:1180MPa以上であるとき…平均λ:20%以上
【0103】
(穴広げ試験の不良率)
穴広げ試験の不良率が4%以下である場合を穴広げ試験の不良率が低いと評価した。
【0104】
【表1】
【0105】
【表2】
【0106】
【表3】
【0107】
【表4】
【0108】
【表5】
【0109】
図1は、表4、5の結果の一部をプロットしたグラフである。より詳細には、
図1は、アスペクト比が0.5以下である残留オーステナイトのうち、方位差40°以上のフェライト粒界に存在するものの割合(R2)と、bcc相の平均KAM値とが、穴広げ試験の不良率に及ぼす影響を示すグラフである。
図1における「○」は上記穴広げ試験の不良率が4%以下であることを、「×」は穴広げ試験の不良率が4%より高いことを、それぞれ示す記号である。なお、
図1は、残留オーステナイトのうち、アスペクト比が0.5以下のものの割合が75%以上であるサンプルについて示している。
【0110】
図1のグラフから分かるように、R2が50%以上であり、且つ、bcc相の平均KAM値が1°以下である場合においてのみ、穴広げ試験の不良率が低い鋼板が得られている。
【0111】
表1〜5及び
図1から明らかなように、本発明の条件を満たす冷延鋼板はいずれも、引張強さ(TS)が980MPa以上の高強度を有し、且つ、良好な延性及び伸びフランジ性を兼備し、さらに、穴広げ試験の不良率が小さい。これに対して、本発明の条件を満たさない比較例の冷延鋼板は、上記特性の少なくとも一つが劣っていた。