(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板に付与する張力が、0.10MPa以上20.00MPa以下である、請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
前記フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板に付与する張力が、0.50MPa以上10.00MPa以下である、請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、変圧器および発電機等の鉄心材料として用いられる軟磁性材料である。方向性電磁鋼板は、鉄の磁化容易軸である〈001〉方位が、鋼板の圧延方向に高度に揃った結晶組織を有することが特徴である。このような集合組織は、方向性電磁鋼板の製造工程において、いわゆるGoss方位と称される{110}〈001〉方位の結晶粒を優先的に巨大成長させる、仕上げ焼鈍を通じて形成される。
方向性電磁鋼板の製品の磁気特性としては、磁束密度が高く、鉄損が低いことが要求される。特に近年では、省エネルギー化の観点から、低鉄損の材料が求められている。
【0003】
低鉄損化を達成する方法としては、{110}〈001〉方位の圧延方向への集積度を高める『高配向化』、表面を鏡面状にする『表面平滑化』、局所歪みまたは鋼板表面への加工による『磁区細分化』、電気抵抗を高める『高Si化』、渦電流を抑制する『薄物化』、鋼板に対し圧延方向への引張応力を付与する『被膜の高張力化』等の技術がある。
これらの技術は、個々に多くの研究がなされており、それぞれはすでに非常に高いレベルに到達しつつある。
【0004】
ここで、『被膜の高張力化』とは、鋼板とその被膜との機械的な物性の違いを利用し、被膜によって鋼板が圧延方向に引張応力を受けた状態にする技術である。
多くの場合、鋼板とは熱膨張率の異なる被膜を高温で形成し、室温まで冷却する。その際、鋼板が冷却と共に縮むのに対して、被膜の形状があまり変化しないことにより、鋼板に引張応力を印加できる。
したがって、一般に、鋼板とは熱膨張率の大きく異なる被膜の方が、鋼板に大きな張力を印加できる。
このような高張力被膜を、フォルステライト被膜を有しない表面平滑化がなされた鋼板に形成することにより、更に鉄損改善の効果が高まる。
【0005】
その一方で、熱膨張率の違いは、鋼板と被膜との耐剥離特性(密着性)にも影響する。
通常、方向性電磁鋼板においては、鋼板とその上に成膜されるフォルステライト被膜との界面に凹凸が形成され、そのアンカー効果によって被膜の耐剥離特性(密着性)を確保している。
しかし、フォルステライト被膜を有しない表面が平滑な鋼板上に、熱膨張率の異なる被膜を形成すると、形状によるサポートがなく、成膜後の冷却などの際に、被膜が剥離する場合がある。
【0006】
そこで、従来、耐剥離性の高い被膜を形成する方法が検討されている。例えば、TiN、TiC、Ti(CN)などのセラミックス被膜を物理的手段により成膜するPVD(Physical Vapor Deposition)法;化学的手段による成膜するCVD(Chemical Vapor Deposition)法;等の成膜法が挙げられる。
これらの成膜法は、一般に減圧条件を必要とすること、反応ガスを鋼板に対して均一に供給する必要があること等から、連続的に行なうことが難しい方法である。そのため、これらの成膜法を用いる場合、バッチ式で成膜されることが多い。しかし、バッチ式の成膜では、成膜コストが高くなったり生産性が劣ったりする。
そこで、従来、これらの成膜法を利用し、連続的に成膜するための連続成膜装置が提案されている(例えば、特許文献1〜2)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らが、特許文献1〜2に記載された連続成膜装置について検討した結果、得られる方向性電磁鋼板の磁気特性が不十分な場合があることが分かった。
【0009】
本発明は、以上の点を鑑みてなされたものであり、磁気特性に優れた方向性電磁鋼板が得られる方向性電磁鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
更に、本発明は、上記方向性電磁鋼板の製造方法に用いられる連続成膜装置の提供も目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意検討した結果、下記構成を採用することにより、上記目的が達成されることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の[1]〜[13]を提供する。
[1]フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板の表面に、成膜処理を施す方向性電磁鋼板の製造方法であって、上記フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板に対して、張力を付与しながら上記成膜処理を施す、方向性電磁鋼板の製造方法。
[2]上記フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板に付与する張力が、0.10MPa以上20.00MPa以下である、上記[1]に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
[3]上記フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板に付与する張力が、0.50MPa以上10.00MPa以下である、上記[1]に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
[4]上記成膜処理を、CVD法またはPVD法により行なう、上記[1]〜[3]のいずれかに記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
[5]上記成膜処理を、減圧条件下で行なう、上記[4]に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
[6]搬送される被成膜材に対して連続的に成膜処理を施す成膜室と、上記成膜室の上流側および下流側に配置され、上記成膜室内の上記被成膜材に張力を付与するロールと、上記成膜室内の上記被成膜材に付与されている張力を測定する張力測定装置と、上記張力測定装置の測定結果に基づいて上記ロールの駆動を制御し、上記成膜室内の上記被成膜材に付与する張力を一定の値にする張力制御装置と、を備える連続成膜装置。
[7]上記被成膜材が、フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板である、上記[6]に記載の連続成膜装置。
[8]上記成膜室内の上記被成膜材に付与する張力が、0.10MPa以上20.00MPa以下である、上記[6]または[7]に記載の連続成膜装置。
[9]上記成膜室内の上記被成膜材に付与する張力が、0.50MPa以上10.00MPa以下である、上記[6]または[7]に記載の連続成膜装置。
[10]上記成膜室が、CVD法またはPVD法により上記成膜処理を行なう、上記[6]〜[9]のいずれかに記載の連続成膜装置。
[11]上記成膜室の上流側および下流側に差圧帯を備える、上記[6]〜[10]のいずれかに記載の連続成膜装置。
[12]上記ロールが、上記成膜室とは界壁によって隔たれている、上記[6]〜[11]のいずれかに記載の連続成膜装置。
[13]上記成膜室の上流側に、上記被成膜材の端部を切り落とすシャーを備える、上記[6]〜[12]のいずれかに記載の連続成膜装置。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、磁気特性に優れた方向性電磁鋼板が得られる方向性電磁鋼板の製造方法を提供することができる。
更に、本発明によれば、上記方向性電磁鋼板の製造方法に用いられる連続成膜装置も提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[本発明者らによる知見]
本発明者らは、磁気特性が目標値に到達していない方向性電磁鋼板を詳細に調査した。その結果、磁気特性が目標値に到達していない方向性電磁鋼板の多くは、鋼板の幅方向に筋状の模様が認められた。本発明者らが更に調査した結果、筋状の模様が認められた鋼板中には、双晶が形成されていた。
【0015】
通常の方向性電磁鋼板においても、鋼板組織に双晶が形成され、磁気特性が劣化する場合がある。この場合、双晶の多くは、鋼板に対して比較的大きな応力がかかり、塑性変形を余儀なくされた場合に形成される。
そこで、本発明者らが更に検討を進めた結果、以下のことが見出された。
【0016】
通常、方向性電磁鋼板は、鋼板表面にフォルステライト被膜を有する。フォルステライト被膜は、鋼板よりもヤング率が高く、圧縮応力や引張応力によって変形しにくい。つまり、フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板は、フォルステライト被膜を有する方向性電磁鋼板よりも低い応力値で塑性変形が生じる。
そのため、フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板を扱う場合は、フォルステライト被膜を有する方向性電磁鋼板であれば問題にならない応力が問題となりうることが見出された。
【0017】
CVD法またはPVD法などにより連続的に成膜する場合、均一に成膜するため、鋼板をより緊張させた状態とし、平坦に保つ傾向がある。本発明者らは、このときの応力が双晶の原因であると推定し、鋼板に生じる応力を制御する観点から、連続成膜装置に、張力を制御する機構を新たに組み込むことを想到した。
そして、本発明者らは、連続成膜装置に張力を制御する機構を組み込むことにより、方向性電磁鋼板の磁気特性を改善する新たな可能性についても検討を進めた。
【0018】
方向性電磁鋼板においては、鋼板と被膜との熱膨張率の違いを利用して、鋼板に高い張力を発生させ、張力による鉄損改善効果により磁気特性を向上させている。
上記効果は、次のメカニズムにより得られる。すなわち、成膜を高温で行ない、その後、室温等まで冷却することにより、成膜時で伸びていた鋼板が冷却によって縮む。これに対し、熱膨張率の異なる被膜は形状が変わらない。このため、被膜によって鋼板が引っ張られた状態となる。このようなメカニズムにより、上記効果は得られる。
【0019】
本発明者らは、上記メカニズムを踏まえて、鋭意検討した。その結果、成膜時の鋼板に張力を付与することにより、成膜時における鋼板の伸びが増し、それにより、成膜後において、被膜によって鋼板がより引っ張られた状態となり得ることを見出した。すなわち、成膜後の鋼板により高い張力を発生させ得ることを見出した。
【0020】
以下、改めて、本発明について説明する。
【0021】
[方向性電磁鋼板の製造方法]
本発明の方向性電磁鋼板の製造方法(以下、単に「本発明の製造方法」ともいう)は、フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板の表面に、成膜処理を施す方向性電磁鋼板の製造方法であって、上記フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板に対して、張力を付与しながら上記成膜処理を施す、方向性電磁鋼板の製造方法である。
【0022】
〈フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板〉
通常、仕上げ焼鈍と呼ばれる二次再結晶焼鈍後の方向性電磁鋼板は、フォルステライト被膜を有する。これに対して、本発明の製造方法においては、フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板(以下、単に「鋼板」ともいう)を用いる。鋼板の表面は、平滑であることが好ましい。
このような鋼板を製造する方法は、特に限定されず、例えば、機械研磨等を用いて物理的にフォルステライト被膜を除去したうえで、化学的に平滑な表面を得る方法(例えば、特開平09−118923号公報を参照);MgOを主体とする焼鈍分離剤に塩化物の助剤を加えて、仕上げ焼鈍後にフォルステライト被膜が剥離する方法(例えば、特開2002−363763号公報、特開平08−269560号公報を参照):等が挙げられる。
アルミナ(Al
2O
3)等の焼鈍分離剤を用いて、そもそもフォルステライト被膜を形成しない方法を採用してもよい。複数の方法を掛け合わせることも有用である。
得られた鋼板の表面粗さは、高張力被膜を形成した後に得られる特性がより十分になるという理由から、Raで0.5μm以下が好ましい。
【0023】
〈成膜処理〉
本発明の製造方法においては、上述したフォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板(鋼板)の表面に、成膜処理を施す。
この鋼板は、例えば一方向(圧延方向)に長い帯状であり、コイルから引き出し、搬送されることが好ましい。成膜処理は、例えば、後述する連続成膜装置の成膜室において、この成膜室内を通板(搬送)される鋼板に対して、連続的に行なわれる。
成膜処理には、CVD(Chemical Vapor Deposition)法またはPVD(Physical Vapor Deposition)法を用いることが好ましい。
【0024】
CVD法としては、熱CVD法が好ましい。成膜温度は、900〜1100℃が好ましい。成膜時の圧力は大気圧でもよいが、より均一な被膜を形成できるという理由から、減圧条件(「真空条件」も含む)下で成膜することが好ましい。
減圧条件下の圧力(成膜室の内圧)は、例えば、10〜1000Paである。もっとも、CVD法は、反応性ガスを供給して成膜する成膜法であり、形成する被膜の組成に依存して最適な圧力は変化するため、一義的には決定できない。
【0025】
PVD法は、イオンプレーティング法が好ましい。成膜温度は、成膜効率を高めることができるという理由から、300〜600℃が好ましい。PVD法は、ターゲットと呼ばれる原料をイオン化して鋼板まで到達させる必要があるため、CVD法より低い減圧条件下での実施が要求され、具体的には、例えば、0.1〜100Paが好適である。
PVD法を用いる場合、被膜の密着性が良好になるという理由から、鋼板を陰極として−10〜−300Vのバイアス電圧を印加することが好ましい。原料のイオン化にプラズマを用いることにより、成膜速度を上げることができる。
【0026】
成膜処理によって形成される被膜は、鋼板とは熱膨張率が異なり(熱膨張率が小さく)、応力印加時に生じる変形についても鋼板より小さいことが好ましい。
具体的には、被膜としては、窒化物被膜が好ましく、金属窒化物被膜がより好ましく、Zn、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Ti、Y、Nb、Mo、Hf、Zr、WおよびTaからなる群から選ばれる少なくとも1種の金属を含む金属窒化物被膜が更に好ましい。これらは岩塩型構造をとりやすく、鋼板(地鉄)の体心立方格子と整合しやすいため、被膜の密着性を向上させることができる。
被膜は、単層からなる被膜に限定されず、例えば、複数の層からなる被膜として、機能性を持たせてもよい。
【0027】
このような成膜処理により、フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板、および、その表面上に成膜処理によって形成された被膜からなる方向性電磁鋼板が得られる。
【0028】
〈張力付与〉
本発明の製造方法においては、上述したように、フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板(鋼板)の表面に成膜処理を施すが、その際に、鋼板に対して例えば一方向(圧延方向など)に張力を付与しながら成膜処理を施す。
これにより、得られる方向性電磁鋼板は、磁気特性に優れる。その理由は、上述したように、成膜処理時に鋼板に張力を付与することにより、成膜処理時における鋼板の伸びが増し、その結果、成膜処理後において、被膜によって鋼板がより引っ張られた状態となるためと考えられる。
【0029】
成膜処理時にフォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板(鋼板)に対して付与する張力(以下、単に「付与張力」ともいう)は、鋼板を緊張させるに十分な張力であって、成膜時に鋼板が弛む等の問題が生じずに、均一に成膜できるという理由から、0.10MPa以上が好ましい。成膜精度が向上するという理由から、付与張力は、0.50MPa以上がより好ましい。
【0030】
一方、付与張力は、大きすぎると鋼板に双晶が生じて磁気特性が劣化する場合があることから、20.00MPa以下が好ましい。このような弾性変形領域で成膜することにより、張力を付加することなく成膜した場合に比べ、被膜による張力付与効果がより高まり、良好な磁気特性が得られやすい。
成膜処理以外の工程においても、同様の理由から、鋼板に付与する張力は、20.00MPa以下に制御することが好ましい。
鋼板は、必ずしも形状が良好ではないため、端部などで応力集中などが生じ、局所的に鋼板が感じる応力が上記範囲を超える場合がある。これは、鋼板の形状に依存するため、その閾値は明確ではないが、例えば後述する実施例に示す結果から、付与張力は、10.00MPa以下が好ましい。
【0031】
成膜時に鋼板に付与される張力を上記範囲に制御した後、成膜後の鋼板に対して、上記範囲を超えて張力を付与してもよい。例えば、鋼板上に成膜された膜がフォルステライト被膜と同様に鋼板の塑性変形を抑制する効果を有する場合、上記範囲を超えて、成膜後の鋼板に張力を付与することができる。
【0032】
〈前処理〉
成膜処理の前に、鋼板の表面上に残留する酸化物等の不純物を除去する前処理を行なうことが好ましい。これにより、成膜処理で形成される被膜(例えば、窒化物被膜)の鋼板(地鉄)に対する密着性が顕著に向上する。
前処理の方法としては、イオンスパッタリングが好ましい。イオンスパッタリングの場合、使用するイオン種としては、アルゴンおよび窒素などの不活性ガスのイオン、または、TiおよびCrなどの金属イオンを用いることが好ましい。
スパッタリングイオンの平均自由工程を上げるために、前処理も減圧条件下で行なうことが好ましく、0.0001〜1.0Paが好適に挙げられる。
鋼板を陰極として、−50〜−1000Vのバイアス電圧を印加することが好ましい。
前処理の方法としては、電子ビームを用いる方法なども知られている。
【0033】
〈その他の処理または工程〉
成膜処理によって形成された被膜の上に、更に、絶縁性の確保等の観点から、絶縁被膜を形成してもよい。絶縁被膜の種類は、特に限定されず、従来公知の絶縁被膜を形成できる。絶縁被膜を形成する方法としては、例えば、特開昭50−79442号公報、特開昭48−39338号公報などに記載されている、リン酸塩−クロム酸−コロイダルシリカを含有する塗布液を、成膜処理によって形成された被膜の上に塗布し、800℃程度で焼き付ける方法が挙げられる。
平坦化焼鈍により、鋼板の形状を整えることも可能であり、更に、絶縁被膜の焼き付けを兼ねた平坦化焼鈍を行なうこともできる。
【0034】
[連続成膜装置]
次に、上述した本発明の製造方法に好適に用いられる本発明の連続成膜装置の一例を、
図1に基づいて説明する。
【0035】
〈基本的な構成〉
図1は、連続成膜装置1を示す模式図である。まず、
図1の連続成膜装置1の基本的な構成に説明する。
図1中、左側から右側に向けて被成膜材Sが搬送される。被成膜材Sは、例えば、上述したフォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板である。搬送方向は、一例として、圧延方向に沿った方向である。
【0036】
連続成膜装置1は、成膜室31を有する。成膜室31には、排気口33が設けられている。排気口33から成膜室31の内部ガスが排気され、減圧条件が実現される。
搬送される被成膜材Sは、成膜室31内を通板される。成膜室31は、成膜室31内を通板される被成膜材Sに対して、連続的に成膜処理を施す。成膜処理は、本発明の製造方法において説明した成膜処理が好ましく、CVD法またはPVD法が好適に用いられる。この場合、成膜室31には、例えば、窒素ガス、TiCl
4のガスなどの成膜のための原料ガス(雰囲気ガス)が供給される。
【0037】
成膜室31の上流側に位置する減圧室15には、ブライドルロール20が配置されている。成膜室31の下流側に位置する減圧室35には、ブライドルロール40が配置されている。ブライドルロール20およびブライドルロール40は、成膜室31内の被成膜材Sに張力を付与するロールである。
ブライドルロール20およびブライドルロール40は、成膜室31の外部に配置された張力制御装置21に接続されている。ブライドルロール20およびブライドルロール40は、張力制御装置21の制御を受けて駆動し、成膜室31内を通板されている被成膜材Sに張力を付与する。
【0038】
ところで、ブライドルロール20およびブライドルロール40は、成膜室31内に配置されていると、成膜処理によって、ロール表面が成膜される場合がある。その場合、ロールが偏重し適正な張力の制御が困難になったり、被成膜材Sが蛇行したりする問題が生じることが懸念される。このため、ブライドルロール20およびブライドルロール40は、成膜室31とは界壁によって隔たれていることが好ましい。
具体的に、
図1においては、ブライドルロール20は、界壁17によって成膜室31と隔たれた減圧室15に配置され、ブライドルロール40は、界壁37によって成膜室31と隔たれた減圧室35に配置されている。
【0039】
減圧室15および減圧室35には、それぞれ、張力測定装置25および張力測定装置45が配置されている。張力測定装置25および張力測定装置45は、成膜室31内の被成膜材Sに付与されている張力を測定する。張力測定装置25および張力測定装置45は、張力制御装置21に接続されており、測定結果は、張力制御装置21に入力される。
【0040】
張力制御装置21は、張力測定装置25および張力測定装置45から入力された測定結果に基づいて、ブライドルロール20およびブライドルロール40の駆動を制御し、成膜室31内の被成膜材Sに付与する張力を、一定の値にする。
こうして、成膜室31内を通板される被成膜材Sは、長手方向に張力が付与されながら成膜処理が施される。
成膜室31内の被成膜材Sに付与される張力は、上述した理由から、0.10MPa以上20.00MPa以下が好ましく、0.50MPa以上10.00MPa以下がより好ましい。
【0041】
〈その他の構成〉
図1の連続成膜装置1が備えるその他の構成を説明する。
図1に示すように、成膜室31の上流側には、上述した前処理を行なうための前処理室30を設けることが好ましい。前処理室30には、排気口32が設けられ、減圧条件が実現される。前処理室30と成膜室31とは、界壁34によって隔たれている。
【0042】
前処理室30での前処理および成膜室31での成膜処理を、減圧条件下で行なう場合、更に、1部屋以上の差圧室を有する差圧帯を設けることにより、段階的に内圧(真空度)を下げることが好ましい。
このとき、
図1に示す連続成膜装置1のように減圧室15および減圧室35を有する場合は、減圧室15の入側および減圧室35の出側に差圧帯を設けることがより好ましい。
【0043】
具体的には、
図1においては、減圧室15の入側に、3個の入側差圧室13からなる入側差圧帯10が配置されている。ただし、入側差圧室13の数は、3個に限定されない。
各々の入側差圧室13は、排気口12を有する。排気口12からの排気量は、前処理室30および成膜室31に接近するに従い段階的に増加する。これにより、入側差圧帯10を構成する入側差圧室13の内圧は、前処理室30および成膜室31に接近するに従い段階的に減少する。こうして、入側差圧帯10の内圧は、大気圧から、前処理室30および成膜室31の内圧に近づく。
【0044】
出側差圧帯50も、入側差圧帯10と同様である。すなわち、
図1においては、減圧室35の出側に、3個の出側差圧室53からなる出側差圧帯50が配置されている。ただし、出側差圧室53の数は、3個に限定されない。
各々の出側差圧室53は、排気口52を有する。排気口52からの排気量は、前処理室30および成膜室31から離間するに従い段階的に減少する。これにより、出側差圧帯50を構成する出側差圧室53の内圧は、前処理室30および成膜室31から離間するに従い段階的に増加する。こうして、出側差圧帯50の内圧は、前処理室30および成膜室31の内圧から、大気圧に近づく。
【0045】
入側差圧帯10および出側差圧帯50は、各差圧室どうし間などに、それぞれ、シールロール11およびシールロール51を有するが、隣室間で圧力差を生むことができれば、これに限定されない。
【0046】
方向性電磁鋼板は、仕上げ焼鈍の際にコイル状で長時間保持されるため、コイル下部の端部は折れ曲がったり、変形したりする場合がある。被成膜材Sの変形した端部がブライドルロールなどを通過する際に傷付けたりする問題が生じる可能性がある。こうした問題を回避するため、入側差圧帯10の上流側には、被成膜材Sの端部を切り落とすシャーを設けることが好ましい。
【実施例】
【0047】
以下に、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されない。
【0048】
〈試験例1〉
エッチングにより溝加工を施して磁区細分化を行なった、板厚0.23mmの一次再結晶板に対して、二次再結晶焼鈍を実施する際に、Al
2O
3を焼鈍分離剤として塗布することにより、フォルステライト被膜を有しない方向性電磁鋼板(鋼板)を得た。得られた鋼板に対して、ラボCVD装置を用いて、張力をかけた状態での成膜実験を行なった。
【0049】
より詳細には、得られた鋼板から、圧延方向300mm、圧延直角方向50mmの試験片を切り出し、これを試料として、ラボCVD装置内に設置した。このとき、試料の片側に重りをつけることにより、鋼板の圧延方向に対して常に張力がかかっている状態として、成膜処理を行なった。試料につける重りを変更することで、種々の張力条件下で成膜処理を行なった。
【0050】
成膜処理には、CVD法を用いた。成膜処理時の炉内圧力は860Paとし、炉温を1000℃まで上昇させ、TiCl
4−N
2−H
2混合ガスを導入し、5分間の成膜処理を行なった。成膜後は降温し、試料を取り出した。取り出した試料の表面には、膜厚0.8μmのTiN被膜が形成された。
【0051】
TiN被膜が形成された後の鋼板を目視で確認し、表面に縞状の模様があるか否かを確認した。その後、リン酸塩系の塗布液を塗布した後に、850℃、60sの条件で焼き付けを行ない、絶縁被膜を形成し、鋼板、TiN被膜および絶縁被膜からなる方向性電磁鋼板の試験材を得た。
【0052】
得られた方向性電磁鋼板の試験材について、周波数50Hzで1.7Tまで励磁した際の鉄損値W
17/50(単位:W/kg)を測定した。磁気測定は、SST(単板磁気特性試験)により行なった。結果を、
図2のグラフにプロットした。
【0053】
図2は、鋼板に付与した張力と鉄損値W
17/50との関係を示すグラフである。
図2のグラフに示すように、付与張力が20.00MPaを超える場合よりも、付与張力が20.00MPa以下である場合に磁気特性が優れる傾向が見られた。
付与張力が20.00MPaを超える試験材においては、縞状の模様が見られる場合があったが、付与張力が20.00MPa以下である試験材には、縞状の模様は確認されなかった。
【0054】
〈試験例2〉
研磨によってフォルステライト被膜を除去し、表面粗さRaを下記表1に示す値にした板厚0.21mmの方向性電磁鋼板を被成膜材Sとして、
図1の連続成膜装置1に通板した。ブライドルロール20およびブライドルロール40を制御して、成膜室31を通板される被成膜材S(鋼板)に付与する張力を、下記表1に示す範囲(0.05MPa〜350.00MPa)とした。成膜室31での成膜処理はPVD法で行ない、膜厚1.0μmのCrN被膜を形成した。
【0055】
前処理室30において、−600Vのバイアス電圧で加速したArイオンにより、鋼板の表面酸化物を除去する前処理を行なった。その後、成膜室31において、鋼板を陰極として、バイアス電圧:−100V、成膜速度:1.0nm/sとなる条件で成膜処理を行なった。成膜時の鋼板温度は500℃とした。
【0056】
連続成膜装置1での成膜を終えた後、CrN被膜上に、リン酸塩系の塗布液を塗布し、その後、850℃、60sの条件で焼き付けを行ない、絶縁被膜を形成した。絶縁被膜を形成した後、電子ビームの照射によって、鋼板の磁区細分化を行なった。
こうして、鋼板、CrN被膜および絶縁被膜からなる、磁区細分化された方向性電磁鋼板の試験材を得た。
【0057】
《被膜密着性(曲げ剥離径)》
得られた方向性電磁鋼板の試験材について、丸棒巻き付け法を用いて、被膜密着性を評価した。具体的には、試験片(圧延方向長さ280mm×圧延直角方向長さ30mm)を、直径が80mmの丸棒に巻き付け、その後、180°曲げ戻した際に、目視にて被膜のクラックや被膜剥離の有無を調査した。丸棒の直径を5mm間隔で下げながら、同様の評価を行ない、目視にて被膜にクラックや剥離が生じない最小径(曲げ剥離径)によって、被膜密着性を評価した。
曲げ剥離径の値が小さいほど被膜密着性が良好であり、曲げ剥離径が30mmφ以下であれば、被膜密着性が特に優れると評価できる。結果を下記表1に示す。
【0058】
《磁気特性(平均W
17/50および最大W
17/50)》
得られた方向性電磁鋼板の試験材について、周波数50Hzで1.7Tまで励磁した際の鉄損値W
17/50(単位:W/kg)を測定し、磁気特性を評価した。
具体的には、まず、得られた方向性電磁鋼板の長手方向(圧延方向)に、異なる5カ所を無作為に設定した。各設定個所から、圧延直角方向長さ100mm、圧延方向長さ320mmの短冊状の試験片を切り出した。このとき、各設定個所における圧延直角方向の一端から他端まで、複数枚の試験片を切り出した。試験片の枚数は、合計55枚となった。各試験片の磁気測定を、SST(単板磁気特性試験)により行なった。鉄損値の平均値(平均W
17/50)および55枚の鉄損値の最大値(最大W
17/50)を求めた。結果を下記表1に示す。
【0059】
【表1】
【0060】
上記表1において、まず、試験材No.1〜13(表面粗さRa:0.1μm)を対比する。付与張力が0.10〜20.00MPaの範囲内である試験材No.2〜10は、磁気特性(平均W
17/50および最大W
17/50)がより良好であり、付与張力が0.50〜10.00MPaの範囲内である試験材No.3〜8は、磁気特性が更に良好であった。
ここで、試験材No.2〜10を対比する。付与張力が10.00MPa以下である場合に、平均W
17/50と最大W
17/50との差が小さくなり(平均W
17/50に対して最大W
17/50が小さくなり)、局所的に磁気特性が劣化することが抑制されている可能性が示唆された。
【0061】
上記傾向は、表面粗さRaが異なる他の試験材においても同様であった。
試験材No.14〜18(表面粗さRa:0.3μm)を見る。例えば、付与張力が0.10〜20.00MPaの範囲内である試験材No.15〜17は、磁気特性がより良好であり、付与張力が0.50〜10.00MPaの範囲内である試験材No.15〜16は、磁気特性が更に良好であった。
試験材No.19〜23(表面粗さRa:0.5μm)は、いずれも付与張力が0.10〜20.00MPaの範囲内であるが、磁気特性は良好であった。付与張力が0.50〜10.00MPaの範囲内である試験材No.20〜23は、磁気特性がより良好であった。
【0062】
試験材No.1〜23を対比すると、付与張力が0.10MPa以上である場合(No.1および14以外)は、いずれも、曲げ剥離径が30mmφ以下であり、被膜密着性が優れることが分かった。