特許第6791703号(P6791703)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6791703-ポリエステル防炎繊維の製造方法 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6791703
(24)【登録日】2020年11月9日
(45)【発行日】2020年11月25日
(54)【発明の名称】ポリエステル防炎繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D06M 11/00 20060101AFI20201116BHJP
   D06M 13/328 20060101ALI20201116BHJP
   C09K 21/08 20060101ALI20201116BHJP
   C09K 21/04 20060101ALI20201116BHJP
   D06P 3/54 20060101ALI20201116BHJP
   D06M 101/32 20060101ALN20201116BHJP
【FI】
   D06M11/00 111
   D06M13/328
   C09K21/08
   C09K21/04
   D06P3/54 Z
   D06M101:32
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-193459(P2016-193459)
(22)【出願日】2016年9月30日
(65)【公開番号】特開2018-53403(P2018-53403A)
(43)【公開日】2018年4月5日
【審査請求日】2019年7月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】000148151
【氏名又は名称】株式会社川島織物セルコン
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】特許業務法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山縣 裕子
【審査官】 伊藤 寿美
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭54−112299(JP,A)
【文献】 特開平08−176967(JP,A)
【文献】 特開平09−324374(JP,A)
【文献】 特開昭49−032000(JP,A)
【文献】 特開2008−031614(JP,A)
【文献】 特開平09−013281(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M 10/00−16/00,
19/00−23/18
C09K 21/00−21/14
D06P 1/00− 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
防炎剤及びアルカリ剤を含む処理浴に、ポリエステル繊維糸条を浸漬して防炎加工を行う工程を有し、
前記防炎剤は、臭素系防炎剤またはリン系防炎剤であり、
前記アルカリ剤は、炭酸ナトリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、メタケイ酸ナトリウム、水酸化カルシウム、グアニジンからなる選択される少なくとも一種であり、
前記処理浴は、pKa値で表される塩基度が8.8以上13以下であり、かつ、前記アルカリ剤が、前記処理浴中に有効成分換算0.5〜5g/L含有されていることを特徴とする、ポリエステル防炎繊維の製造方法。
【請求項2】
前記処理浴にさらに染色剤を含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記アルカリ剤は、pKaで表される塩基度が8.8以上13以下である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記アルカリ剤が炭酸ナトリウムである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記防炎剤が、80℃以上130℃以下の融点を持つ臭素系防炎剤である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル繊維に防炎剤を付与して得られる、ポリエステル防炎繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリエステル繊維の染色において発生するオリゴマーの取り扱いは、周知の課題である。オリゴマーは、ポリエステル繊維の製造工程において発生する副生成物であって、ポリエステル繊維の染色の際に繊維の内部からブリードアウトして処理浴中に脱落し、繊維表面や装置を汚染する原因となる。従来、オリゴマーによるトラブルを回避するために、多くの検討が重ねられている。
【0003】
例えば特許文献1には、ポリエステル糸またはポリエステル混糸を、染色浴のpHが8以上のアルカリ性領域で高温染色後、90℃以下の温度で乾燥することが開示されている。特許文献1には、ポリエステル糸やポリエステル混糸の染色では、布帛の染色に用いられる液流染色機等に比べて染液の流れが弱いことなどから、糸の表面にオリゴマーが付着しやすく、染液中に脱落したオリゴマーの再凝集が生じやすいこと、また、染色後のリワインド工程において、ワインダにオリゴマーが付着するという問題が開示されている。特許文献1の発明は、染色浴をpH8以上に保ちつつ高温高圧で染色することによって、染色時に繊維表面にブリードしてきたオリゴマーを表面から除去するとともに水中で安定に存在させ、かつ、乾燥温度を90℃以下に保つことで乾燥時の繊維内部からのオリゴマーのブリードを抑えるものである。
【0004】
また特許文献2には、ポリエステル繊維を巻き上げたチーズに対して、染色と防炎加工とを同時に行う場合、融点が50℃〜150℃であるハロゲン系防炎剤を防炎処理液に配合し、防炎剤の融点以上の温度で染色を行うことが開示されている。特許文献2の発明は、ポリエステル繊維のチーズに対して染色と同時に防炎処理を行う場合、防炎剤の溶解性や分散性が不足し、繊維表面に防炎剤の吸着斑による色差が生じたり、防炎剤による発粉が生じたりするという課題に対して、使用する防炎剤の物性(融点)と処理条件とを特定の範囲にするものである。
【0005】
特許文献3には、アルカリ染色以外の染色においてもオリゴマーによる染色ムラを低減することを可能とする高密度織物の製造方法であって、オリゴマー除去剤を含む温度100〜135℃、pHが8以上のアルカリ性処理液で織物を処理するオリゴマー除去工程と、次いで、分散染料を用いて織物を染色する工程と、を含む方法が開示されている。特許文献3の発明は、オリゴマーはアルカリに溶解しやすいという性質を利用し、染色工程の前に予め高温のアルカリ性処理液でオリゴマーを十分に除去することによって、染色工程でのオリゴマーの生成を抑えられることを見出したものである。オリゴマー処理剤としては、多価アルコール脂肪酸のアルキレンオキサイド付加物等を用いることができ、アルカリ剤としてはカセイソーダやソーダを用いることができることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8−176967号公報
【特許文献2】特開2010−150689号公報
【特許文献3】特開2015−55026号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のとおり、オリゴマーや防炎剤の繊維表面や装置への付着という課題に対して、染色浴をpH8以上にすることや、染色前にpH8以上の条件でオリゴマー除去を行うことが知られていた。しかしながら、ポリエステル繊維糸条に対して染色と防炎加工の同時処理を行う場合、染色浴をアルカリ性の条件にしてもオリゴマーの発生が増加し、オリゴマーが繊維表面に付着して繊維の白化が生じることやワインダの汚染が大きくなることがあった。この実情に鑑み、本発明は、ポリエステル繊維糸条の防炎処理において、オリゴマーによる繊維の白化や装置の汚染が生じることなく製造可能である、ポリエステル防炎繊維の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者は前記課題を解決するために検討を重ね、当初、染色剤及び防炎剤を含む処理浴のpHの変動に着目し、アルカリ染色における処理浴のpHが、処理が進行するに従って低下することを見出した。そして、このようなpHの低下を抑止し、pHをアルカリ側に維持することによってオリゴマーを安定的に処理液中に溶解させておくことが可能となり、オリゴマーを除去できると考え、さらに検討を進めた。しかしながら、検討を進める中で、オリゴマーの除去には、処理浴のpHのみではなく塩基度(pKa値)が要点であり、特に、pKaが一定値以上、かつ、アルカリ剤を一定量以上含む処理浴を用いるとき、オリゴマーに起因する繊維白化や装置の汚染が防止されることを見出し、さらに、染色を行わず防炎加工のみを行う場合にも同様の効果が得られることを見出し、本発明に至った。
【0009】
すなわち本発明は次の構成を有する。
[1]防炎剤及びアルカリ剤を含む処理浴に、ポリエステル繊維糸条を浸漬して防炎加工を行う工程を有し、前記処理浴は、pKa値で表される塩基度が8.8以上13以下であり、かつ、前記アルカリ剤が、前記処理浴中に有効成分換算0.5〜5g/L含有されていることを特徴とする、ポリエステル防炎繊維の製造方法。
[2]前記処理浴に、さらに染色剤を含む、[1]に記載の製造方法。
[3]前記アルカリ剤は、pKaで表される塩基度が8.8以上13以下である、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4]前記アルカリ剤が炭酸ナトリウムである、[1]〜[3]のいずれか1項に記載の製造方法。
[5]前記防炎剤が、80℃以上130℃以下の融点を持つ臭素系防炎剤である、[1]〜[4]のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の製造方法によれば、オリゴマーの付着から生じる繊維の白化が抑えられ、均一な繊維光沢を有するポリエステル防炎繊維を得ることができる。このため、本発明の製造方法で得られるポリエステル防炎繊維は、繊維本来の光沢を発現し、布帛として製織編された際に優れた美観をもたらすことができる。また、本発明の製造方法によれば、オリゴマーによる、染色装置や後工程に用いられる装置の汚染が抑えられる。また、本発明の製造方法で得られるポリエステル防炎繊維は、オリゴマーが原因となる筬の目詰まりや糸切れが少なく、製織編性に優れる。さらに、本発明の製造方法で得られるポリエステル防炎繊維は、オリゴマーと防炎剤とのコンプレックスが繊維表面に付着することによって生じる防炎性の低下が少なく、安定した防炎性を示す。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施例で用いる処理浴の滴定曲線の一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(ポリエステル繊維糸条)
本発明の製造方法は、防炎剤が付与されたポリエステル繊維糸条の製造方法である。防炎剤が付与されるポリエステル繊維糸条としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、スルホン酸基含有ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリトリメチレンナフタレート、イソフタル酸変性ポリエチレンテレフタレート、イソフタル酸変性ポリブチレンテレフタレート等のアルカリ染色可能なポリエステルからなる繊維の糸条であれば特に制限されず、ポリエチレンテレフタレートであることが好ましい。また、本発明の効果を妨げない限りにおいて、ポリエステル繊維と他種の繊維とが混合されてなる糸条であってもよい。
【0013】
ポリエステル繊維糸条は、有撚又は無撚の紡績糸、捲縮加工マルチフィラメント糸、無捲縮マルチフィラメント糸、モノフィラメント糸のいずれでもよく、その糸条の形態は特に限定されない。繊度としては例えば、単繊維繊度が0.1〜3400dtex、総繊度が20〜5600dtexであるものを用いることができる。これらの中でも例えば、総繊度が50〜2300dtexの捲縮加工マルチフィラメント糸を用いることができる。特に、チーズ形状の糸条に対して処理を行う場合、均染性の点で、捲縮仮撚加工が施されていて嵩高なマルチフィラメント糸であることが好ましい。ポリエステル繊維糸条の断面形状は特に制限されず、丸、三角、扁平断面等のいずれであってもよい。
【0014】
チーズ形状の糸条に対して処理を行う場合、ボビンにポリエステル繊維糸条を巻き上げたチーズの巻き硬度は、本発明の効果を得られる限り特に制限されるものではないが、0.10〜1.50g/cm程度とすることができ、好ましくは0.15〜1.00g/cmに、更に好ましくは0.25〜0.60g/cm程度とすることができる。チーズの巻き硬度が1.50g/cm以上になると、防炎剤を含む処理浴の液がチーズの周面とスピンドルの周面の間で循環し難くなり、チーズの外層である周面部分と内層であるボビンの周面部分との間で、防炎剤等の処理剤の付着量に差異が生じるおそれがある。一方、チーズの巻き硬度が0.10g/cm以下になると、チーズ内部での液の流れが乱れて染色剤や防炎剤の吸着斑が生じ、又、チーズの形が崩れてパッケージ状の形状を保ち難くなり、ポリエステル繊維糸条がボビンから擦れ落ちて糸条の解除性が損なわれるおそれがある。
【0015】
チーズの巻き硬度が0.10〜1.50g/cmであれば、チーズの内層と外層の間で巻き硬度に差異が生じても格別不都合は生じない。チーズの形崩れを防止し、そのパッケージ状の形状を保つ上では、その外層を内層よりも固めにすることが望ましい。チーズの内層におけるポリエステル繊維糸条の扁平化を回避するためには、ボビンにフェルト、編物、織物、スポンジ等の緩衝材を巻き付けておくこともできる。
【0016】
ボビンへのポリエステル繊維糸条の巻付量は、特に制限されないが、例えばボビン1本当たり150〜2500gに、好ましくは、500〜1500gとすることができる。巻付量が150g以上であればボビン1本あたりの繊維量が多くなるため処理効率の面で好ましい。巻付量が2500g以下であれば、チーズ内部での処理液の流れが良好となり、糸条内部のポリエステル繊維にも防炎剤や染色剤が均等に付着するとともに、オリゴマーが滞留して付着することが少なくなる。
【0017】
(処理浴)
本発明の製造方法では、処理浴中に、少なくとも防炎剤とアルカリ剤とを含み、染色剤も含むことが好ましい。染色剤としては、公知のポリエステル繊維のアルカリ染色用の分散染料を目的に応じて選択し、用いることができる。処理浴における染色剤の量も特に制限されず、従来公知の範囲で適宜選択できるが、例えば、0〜15%o.w.f.程度とすることができる。
【0018】
防炎剤としては、リン系防炎剤及び/又は臭素系防炎剤を用いることが好ましい。リン系防炎剤としては例えば、トリメチルホスフェート、トリエチルホスフェート、トリフェニルホスフェート、トリクレジルホスフェート、トリキシレニルホスフェート、クレジルフェニルホスフェート、レゾルシノールビス(ジフェニル)ホスフェート、芳香族リン酸エステル等のリン酸エステル系化合物、トリス(クロロエチル)ホスフェート、トリス(ジクロロプロピル)ホスフェート、トリス(クロロプロピル)ホスフェート、クロロアルキルホスフェート、トリス(トリブロモネオペンチル)ホスフェート、トリス(2,3−ジブロモプロピル)ホスフェート等の含ハロゲンリン酸エステル化合物、芳香族縮合リン酸エステル、含ハロゲン縮合リン酸エステル等の縮合リン酸エステル化合物を含む、リン酸化合物の防炎剤や、(2−カルボキシエチル)メチルホスフィン酸、(2−カルボキシエチル)フェニルホスフィン酸、(2−カルボキシエチル)−tertブチルホスフィン酸、(2−カルボキシエチル)1,1−ジメチルヘキシルホスフィン酸、(2−カルボキシエチル)ナフチルホスフィン酸、(2−カルボキシエチル)トルイルホスフィン酸、(2−カルボキシエチル)2,5−ジメチルフェニルホスフィン酸、(2−カルボキシエチル)シクロヘキシルホスフィン酸、(2−カルボキシエチル)−4−クロロフェニルホスフィン酸、(2−メトキシカルボニルエチル)フェニルホスフィン酸、(2−ヒドロキシエトキシカルボニルエチル)フェニルホスフィン酸、p−(2−カルボキシエチル)クロロフェニルホスフィン酸、(2−フェノキシカルボニルエチル)ヘキシルホスフィン酸、(4−カルボキシフェニル)フェニルホスフィン酸、(3−カルボキシフェニル)フェニルホスフィン酸、カルボキシメチルフェニルホスフィン酸、カルボキシメチルナフチルホスフィン酸等のホスフィン酸化合物等を含むものが挙げられる。
【0019】
臭素系防炎剤としては、テトラブロモビスフェノール−A−ビス(アリルエーテル)、テトラブロモビスフェノール−A−ビス(2,3−ジブロモプロピルエーテル)、テトラブロモビスフェノール−S−ビス(2,3−ジブロモプロピルエーテル)、テトラブロモビスフェノール−F−ビス(2,3−ジブロモプロピルエーテル)、テトラブロモビスフェノール−A、トリス(2,3−ジブロモプロピル)イソシアヌレート、トリス(2,3−ジブロモプロピル)シアヌレート、デカブロモジフェニルエーテル、テトラブロモジフェニルエーテル、ポリブロモジフェニルエタン、トリブロモフェノール、テトラブロモシクロオクタン、オクタブロモジフェニルオキサイド等を含むものが挙げられる。
【0020】
これらの中でも、防炎剤は50℃以上150℃以下、好ましくは、80℃以上130℃以下の融点を持つ臭素系防炎剤であることが好ましい。融点が50℃以上150℃以下の臭素系防炎剤としては、テトラブロモビスフェノールA−ビス(2−ヒドロキシエチルエーテル)[融点113〜119℃]、テトラブロモビスフェノールA−ビス(2,3−ジブロモプロピルエーテル)[融点90〜100℃]、テトラブロモビスフェノールA−ビス(アリルエーテル)[融点118〜120℃]、2,4,6−トリブロモフェノール[融点95〜96℃]、オクタブロモジフェニルオキサイド[融点80〜150℃]、トリス(2,3−ジブロモプロピル)イソシアヌレート[融点110℃]、テトラブロモシクロオクタン[融点97〜105℃]、テトラブロモビスフェノールA−ビス(2−ヒドロキシエチルエーテル)のビスアクリレート[融点125〜128℃]等が挙げられる。融点が50℃以上150℃以下であれば、防炎剤の吸着性が良く、防炎剤の凝集による汚染が無い点で好ましい。
【0021】
防炎剤の使用量は、例えば、5〜30%o.w.f.程度とすることができ、10〜25%o.w.f.程度がより好ましい。15〜25%o.w.f.の範囲であれば、充分な防炎効果が得られるとともに、染色剤の効果を妨げることがない。
【0022】
本発明の製造方法は、処理浴のpKa値で表される塩基度が8.8以上13以下であることを特徴とするところ、処理浴のpKa値は、主にアルカリ剤によってコントロールされうる。処理浴のpKa値は8.8以上であることが好ましく、上限は特に制限されないが、合理的な実施条件を考慮すると13以下であることが好ましい。特定の理論に拘束されるものではないが、pKa値が8.8以上であれば、オリゴマーを可溶化する状態が得られるという理由で、オリゴマーの影響が抑制され、オリゴマーを原因とする繊維の白化や装置の汚染が、防止されるものと考えられている。
【0023】
ここで、本発明におけるpKaとは、塩基性水溶液の酸解離定数であり、次の方法で求められる値をpKa値とする。すなわち、処理浴(pKaを求めようとする液)を0.1N塩酸で逆滴定し、滴定曲線を作成する。次いで、当該滴定曲線から当量点(pHが急激に変化する時の変曲点)を求める。変曲点は、pH変化量の増加が減少に転じる直前の酸の消費量(mL)を読む。次いで、当量点から半当量点を求める。半当量点は、当量点の酸の消費量(mL)の1/2量に当たる点であり、半当量点のpHをpKaの値とする。半当量点のpH測定値が無い場合は前後のpHから推定値を算出する。図1は、本発明の実施例に用いる処理浴の滴定曲線の一例であり、図中に、当量点(滴定量9.5mL、pH7.5)及び半当量点(滴定量4.75mL、pH9.6)を示す。図1の例では、pKa=9.6である。
【0024】
処理浴のpKa値を8.8以上とするアルカリ剤としては例えば、ソーダ灰(炭酸ナトリウム)、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)、苛性カリ(水酸化カリウム)、メタケイ酸ナトリウム、水酸化カルシウム、グアニジン等、また、これらの成分を含む薬剤が挙げられる。また、処理浴のpKa値を8.8以上とするアルカリ剤として、pKa値が8.8以上であるアルカリ剤を用いることができる。ここで、アルカリ剤のpKa値とは、前記のpKa値の算出方法において、処理浴に代えて、アルカリ剤のみを含む液体を用いて、同様の手順によって求められる値を意味している。
【0025】
処理浴におけるアルカリ剤の含有量は、有効成分換算で、0.5〜10g/Lの含有量とすることができ、0.5〜5g/L含有されていることが好ましい。有効成分換算の含有量とは、アルカリ剤に含まれるアルカリ成分以外を除いた、アルカリ成分のみの含有量のことをいう。アルカリ剤の含有量(有効成分換算)が0.5g/Lを下回ると、オリゴマー除去性が充分でなくなることがあり、特に、処理浴のpKa値が8.8を超える場合でも、アルカリ剤の含有量(有効成分換算)が0.5g/Lに満たないと、充分なオリゴマー除去性が得られないこともある。特定の理論に拘束されるものではないが、処理浴のpKa値が8.8以上、かつ、アルカリ剤の含有量が0.5g/L以上であれば、オリゴマーの可溶化を維持するに十分な量が処理浴中に存在しているという理由によって、優れたオリゴマー除去性が得られるものと考えられている。
【0026】
また本発明の製造方法における処理浴には、上記の成分以外にも、可塑剤、分散剤、均染剤、抗菌剤、制菌剤、防黴剤、紫外線吸収剤、防汚剤、消臭剤、光触媒剤、撥水剤、撥油剤、帯電防止剤、親水化剤、蛍光増白剤等の機能性加工剤ないし工程薬剤を配合してもよい。例えば、可塑剤は、ポリエステル繊維に柔軟な風合いを付与するために配合される。均染剤ないし分散剤としてはアニオン系界面活性剤やノニオン系界面活性剤を用いることができる。
【0027】
(ポリエステル防炎繊維の製造方法)
本発明の製造方法は、ポリエステル繊維糸条に対して防炎加工を行う工程を含み、チーズ形状での防炎処理(以下、チーズ染色ということがある。)を用いることが好ましい。チーズ染色装置や条件は、前記の要点のほか、公知の装置や条件を選択して用いることができる。
チーズ染色の概要としては、ポリエステル繊維糸条を巻き上げたチーズのボビンをスピンドルに嵌め込んでチーズ染色釜に装填し、ボビンに開けられている液流孔とスピンドルに開けられている液流孔とを通して、前述の構成を有する処理浴を、チーズの周面とスピンドルの周面との間に高温高圧下で循環させて、防炎剤や染料を繊維に吸着させる。
【0028】
チーズ染色における浴比は、特に制限されるものではないが例えば、1:5〜1:60とすることができる。
【0029】
防炎処理工程における温度は例えば、80〜140℃とすることが好ましい。処理温度が110〜130℃の間であれば均染性の点で好ましい。また、処理圧力は0〜0.5MPa(ゲージ圧)とすることができる。所定の温度に達するまでの昇温スピードは、例えば0.1〜5℃/分とすることができ、所定温度に達した後の処理時間は、10〜90分とすることができる。これらの処理条件は従来公知の範囲内であり、本発明の製造方法は、製造装置や条件に特別な加工や設定を必要とすることなく、オリゴマーによる影響を抑えることができる。
【0030】
防炎処理工程の後は、目的に応じて後加工や仕上げを行うことができ、乾燥工程を経て、ポリエステル防炎繊維を得る。
【0031】
チーズ染色において、染色液の流れる向きは特に制限されないが、例えば処理浴液がチーズの内層から外層へと流れる場合は、処理浴液中にオリゴマーが混在している場合、チーズ内層部の糸条により多くのオリゴマーが付着する。糸条の表面にオリゴマーが付着すると、繊維本来の光沢が失われて白っぽく見えることがある(白化)ところ、チーズの内層部に存在する糸条では白化の度合いが大きく、チーズ内層部の糸条と外層部の糸条との間で光沢の差が大きくなる。一方、オリゴマーの付着量が少ない場合には、チーズ内層部の糸条と外層部の糸条との間の光沢差が少なくなり、好ましい。
【0032】
[実施例]
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は具体的な実施例に制限されるものではない。
実施例及び比較例で用いた材料、条件及び評価方法は次のとおりである。
【0033】
<ポリエステル繊維糸条>
167dtex・36フィラメントのポリエステル糸条の双糸を用いた。糸条をチーズ染色用ボビンに、巻き硬度0.40g/cmとして1000g巻き上げたチーズを使用した。
【0034】
<処理条件>
染色機:チーズ染色機(株式会社日阪製作所製、高圧チーズ染色機2Kg用)
浴比:1:15
染色:約130℃×40分(60℃から約130℃まで40分で昇温)
染料:分散染料 0.5%o.w.f.
防炎剤:臭素系防炎剤 17%o.w.f.又はリン系防炎剤10%o.w.f.
分散剤:アニオン系界面活性剤1.5cc/L
均染剤:ノニオン/アニオン系界面活性剤2%o.w.f.
アルカリ剤:下記の各薬剤
還元洗浄:苛性ソーダ2g/L、二酸化チオ尿素0.4g/L、80℃×10分
水洗:1分×2回
乾燥:株式会社日阪製作所製チーズ用熱風乾燥器にて、100℃×40分
【0035】
<ワインダへのオリゴマー付着量の評価>
防炎染色処理したチーズ形状の糸条より、村田機械株式会社製#6B7ワインダを用い、10gの荷重をかけたワッシャー間を糸速500m/minで全てを巻き取り、ワッシャー間で擦れて糸から脱落したオリゴマー量を目視にて評価した。評価基準は、オリゴマーの脱落がほとんど見られなかったものを「○」、微量のオリゴマーの脱落が見られたものを「△」、著しいオリゴマーの脱落が見られたものを「×」とする三段階で評価した。
【0036】
<繊維光沢の評価>
防炎染色処理したチーズ形状の糸条より、村田機械株式会社製#6B7ワインダを用い、10gの荷重をかけたワッシャー間を糸速500m/minで巻き取るに際し、外層部(チーズ形状の最外層部から約500mの部位)と内層部(チーズ形状の最内層の部位)の糸条を横並びになるように4cm×12cmの厚紙に幅4cmずつ巻きつけて、外層部と内層部の光沢差の見本を作成し、その光沢差の大小を目視評価した。フィルター現象により、発生したオリゴマーが集中的に付着した内層部と比較的付着の少ない外層部との光沢差を「×:大」、「△:中」そして「○:小」の三段階で評価した。
【0037】
<総合評価>
ワインダへのオリゴマー付着量の評価と光沢評価の結果より、「良好」、「やや良好」、及び「不良」の三段階の総合評価を行った。オリゴマー量評価と光沢評価において、何れかに「×」があるものは総合評価「不良」とし、ともに「△」若しくはいずれか一方に「○」があるものは総合評価「やや良好」とし、ともに「○」であるものは総合評価「良好」とした。
【0038】
<処理浴pKa値の算出>
ポリエステル糸条1000g、浴比1:15を想定し、防炎剤、分散剤、均染剤、アルカリ剤を添加した処理浴の処理液5〜50mL(処理浴によって適宜量を変更)を用い、0.1N塩酸で滴定を実施した。
0.1N塩酸を0.5mLずつ添加した時のpH値を、pHメーター(株式会社堀場製作所社製ポータブルpHメーター D−51)を用いて測定し、滴定曲線を作成、pHが急激に変化し、かつプロット間の変化量が増加から減少に転じる直前の滴定量(変曲点)より、当量点を求め、この当量点の半当量点のpHをpKaとした。
【0039】
<アルカリ剤pKa値の算出>
アルカリ剤のみを含む処理液5〜50mLを、処理浴pKa値の算出と同様の方法で滴定、滴定曲線を作成し、pKaを算出した。
【0040】
[実施例1]
チーズ染色用ボビンに5mm厚みのポリプロピレン繊維製フェルトを巻付け、そのフェルトの上に、総繊度150dtex・36フィラメントのポリエステル糸条の双糸を、SSM(SCHAeRER Schweiter Mettler AG)社製Manual Precision Winder PW1 preciflex TMを使用して、巻き硬度0.40g/cmとして1000g巻き上げ染色用チーズとし、チーズ染色釜(株式会社日阪製作所製・高圧チーズ染色機2kg用)に装填した。アルカリ剤としてソーダ灰(dens、株式会社トクヤマ製、pKa10.68、2g/L(有効成分換算))、均染剤(ノニオン/アニオン系界面活性剤2%o.w.f.)、分散剤(1.5cc/L アニオン系界面活性剤)、分散染料(0.5%o.w.f.)及び臭素系防炎剤(17%o.w.f.)を含む処理浴を用い、浴比1:15とした。処理浴のpKaは10.06であった。
この後、60℃から約130℃までを40分間で昇温し、約130℃にて40分間、防炎染色処理を行い、臭素系防炎剤及び分散染料をポリエステル繊維糸条に吸着させた。その後、冷却、還元洗浄、水洗、脱水、乾燥の各工程を経て、ポリエステル防炎繊維を得た。
得られたポリエステル防炎繊維について、ワインダへのオリゴマー付着量と繊維光沢を評価した。結果を表1に示す。
【0041】
[実施例2]
アルカリ剤の使用量を、0.66g/L(有効成分換算)とした以外は実施例1と同様にしてポリエステル防炎繊維を製造し、ワインダへのオリゴマー付着量及び繊維光沢を評価した。処理浴のpKaは9.99、アルカリ剤のpKaは10.66であった。
【0042】
[実施例3]
アルカリ剤として、苛性ソーダ(粒状、丸善薬品産業株式会社製、pKa12.45、1g/L(有効成分換算))を用いた以外は実施例1と同様にしてポリエステル防炎繊維を製造し、ワインダへのオリゴマー付着量及び繊維光沢を評価した。処理浴のpKaは11.24であった。
【0043】
[実施例4]
アルカリ剤として、苛性カリ(18%、一方社油脂工業株式会社製「エスポロンR−201」、pKa12.07、1.08g/L(有効成分換算))を用いた以外は実施例1と同様にしてポリエステル防炎繊維を製造し、ワインダへのオリゴマー付着量及び繊維光沢を評価した。処理浴のpKaは12.04であった。
【0044】
[実施例5]
アルカリ剤として、メタケイ酸ソーダ(9水塩、日本化学工業株式会社製、pKa10.98、2g/L(有効成分換算))を用いた以外は実施例1と同様にしてポリエステル繊維を製造し、ワインダへのオリゴマー付着量及び繊維光沢を評価した。処理浴のpKaは10.73であった。
【0045】
[実施例6]
防炎剤として、リン系防炎剤(10%o.w.f.)を用いた以外は実施例1と同様にしてポリエステル繊維を製造し、ワインダへのオリゴマー付着量及び繊維光沢を評価した。処理浴のpKaは9.92であった。
【0046】
[実施例7]
アルカリ剤として苛性ソーダ(粒状、丸善薬品産業株式会社製、pKa12.83、5g/L(有効成分換算))を用い、防炎剤としてリン系防炎剤(10%o.w.f.)を用いた以外は実施例1と同様にしてポリエステル防炎繊維を製造し、ワインダへのオリゴマー付着量及び繊維光沢を評価した。処理浴のpKaは12.32であった。
【0047】
[比較例1]
アルカリ剤として、2−アミノエタノール(明成化学工業株式会社製「オリナックスAM−36」、pKa10.02、0.16g/L(有効成分換算))を用いた以外は実施例1と同様にしてポリエステル防炎繊維を製造し、ワインダへのオリゴマー付着量及び繊維光沢を評価した。処理浴のpKaは9.38であった。
【0048】
[比較例2]
アルカリ剤として、ジエタノールアミン(センカ株式会社製「センカバッファー600」、pKa9.28、1.6g/L(有効成分換算))を用いた以外は実施例1と同様にしてポリエステル防炎繊維を製造し、ワインダへのオリゴマー付着量及び繊維光沢を評価した。処理浴のpKaは8.71であった。
【0049】
[比較例3]
アルカリ剤として、ジエタノールアミン(明成化学工業株式会社製「オリナックスAM−80」、pKa9.04、0.45g/L(有効成分換算))を用いた以外は実施例1と同様にしてポリエステル防炎繊維を製造し、ワインダへのオリゴマー付着量及び繊維光沢を評価した。処理浴のpKaは8.76であった。
【0050】
[比較例4]
アルカリ剤として、苛性カリ(18%、一方社油脂工業株式会社製、pKa11.64、0.36g/L(有効成分換算))を用いた以外は実施例1と同様にしてポリエステル防炎繊維を製造し、ワインダへのオリゴマー付着量及び繊維光沢を評価した。処理浴のpKaは11.35であった。
【0051】
[比較例5]
アルカリ剤として、2−アミノエタノール(明成化学工業株式会社製「オリナックスAM−36」、pKa10.02、0.16g/L(有効成分換算))を用い、防炎剤としてリン系防炎剤(10%o.w.f.)を用いた以外は実施例1と同様にしてポリエステル防炎繊維を製造し、ワインダへのオリゴマー付着量及び繊維光沢を評価した。処理浴のpKaは9.16であった。
【0052】
結果を表1にまとめて示す。
【0053】
【表1】
【0054】
表1に示されるとおり、実施例1〜7の条件で染色と防炎加工の同時処理を行って製造したポリエステル繊維は、オリゴマー付着量の評価が○〜△、光沢評価が○〜△であり、総合評価も「良好」ないし「やや良好」であった。また、臭素系防炎剤、リン系防炎剤のいずれを用いても同様の結果が得られることが確認された。一方、処理浴のpKaが8.8を下回る例(比較例2,3)、処理浴のpKaが8.8以上であっても有効成分換算使用量が0.5g/Lに満たない例(比較例1,4,5)は、オリゴマー付着量の評価も光沢評価も×となり、総合評価が「不良」であった。また、臭素系防炎剤、リン系防炎剤のいずれを用いても、評価結果は不良であった(比較例1、比較例5)。
図1