特許第6791711号(P6791711)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本冶金工業株式会社の特許一覧

特許6791711Fe−Cr−Ni合金およびその製造方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6791711
(24)【登録日】2020年11月9日
(45)【発行日】2020年11月25日
(54)【発明の名称】Fe−Cr−Ni合金およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20201116BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20201116BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20201116BHJP
   C21C 5/52 20060101ALI20201116BHJP
   C21C 7/00 20060101ALI20201116BHJP
   C21C 7/06 20060101ALI20201116BHJP
   C21C 7/064 20060101ALI20201116BHJP
   C21C 7/04 20060101ALI20201116BHJP
   C21C 7/072 20060101ALI20201116BHJP
   C21C 7/076 20060101ALI20201116BHJP
   C21C 7/068 20060101ALI20201116BHJP
   C21C 7/10 20060101ALI20201116BHJP
   B22D 11/00 20060101ALI20201116BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/50
   C22C30/00
   C21C5/52
   C21C7/00 H
   C21C7/06
   C21C7/064 Z
   C21C7/04 E
   C21C7/072 Z
   C21C7/076 A
   C21C7/068
   C21C7/10 J
   C21C7/00 B
   C21C7/04 B
   C21C7/04 F
   B22D11/00 B
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-196722(P2016-196722)
(22)【出願日】2016年10月4日
(65)【公開番号】特開2018-59148(P2018-59148A)
(43)【公開日】2018年4月12日
【審査請求日】2019年7月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000232793
【氏名又は名称】日本冶金工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096884
【弁理士】
【氏名又は名称】末成 幹生
(72)【発明者】
【氏名】水野 建次
(72)【発明者】
【氏名】轟 秀和
(72)【発明者】
【氏名】馬場 洋介
(72)【発明者】
【氏名】小林 祐介
(72)【発明者】
【氏名】西嶋 和貴
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−189826(JP,A)
【文献】 特開2008−266706(JP,A)
【文献】 特開2014−084493(JP,A)
【文献】 特開2016−094662(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 30/00,38/00−38/60
B22D 11/00
C21C 5/54, 7/00− 7/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
mass%にて、C≦0.05%、Si:0.1〜0.8%、Mn:0.2〜0.8%、P≦0.03%、S≦0.001%、Ni:16〜35%、Cr:18〜25%、Al:0.2〜0.4%、Ti:0.25〜0.4%、N≦0.016%、かつTiとNは、%N×%Ti≦0.0045を満たして含有し、さらにMg:0.0015〜0.008%、Ca≦0.005%、O:0.0002〜0.005%、任意成分としてMo:0.5〜2.5%を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、任意の断面において5μm以上のTiN介在物が20〜200個/cmであり、
酸化物系介在物として、CaO−MgO−Al系を必須成分として含み、MgO・Al、MgO、CaOの1種または2種以上を任意成分として含み、MgOとCaOの個数割合は50%以下であり、
前記CaO−MgO−Al系介在物の組成は、CaO:20〜40%、MgO:20〜40%、Al:20〜50%であり、前記MgO・Al介在物の組成は、MgO:20〜40%、Al:60〜80%であることを特徴とするFe−Cr−Ni合金。
【請求項2】
任意の断面において10μm以上のTiN介在物が30個/cm以下であることを特徴とする請求項1に記載のFe−Cr−Ni合金。
【請求項3】
前記CaO−MgO−Al系介在物の組成は、CaO:20〜30%未満、MgO:30%超〜40%、Al:30〜50%であることを特徴とする請求項1または2に記載のFe−Cr−Ni合金。
【請求項4】
請求項1〜のいずれかに記載のFe−Cr−Ni合金の製造にあたり、電気炉で原料を溶解し、次いで、AODおよび/またはVODにおいて脱炭した後に、SiおよびAlを投入し、石灰、蛍石を投入して、CaO−SiO−MgO−Al−F系スラグを形成することによって、Cr還元、脱酸、脱硫し、その後Tiを添加して、連続鋳造機にてスラブを製造することを特徴とするFe−Cr−Ni合金の製造方法。
【請求項5】
前記CaO−SiO−MgO−Al−F系スラグの組成は、CaO:50〜70%、SiO:10%以下、MgO:7〜15%、Al:10〜20%、F:4〜15%であることを特徴とする請求項に記載のFe−Cr−Ni合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面品質に優れたFe−Cr−Ni合金に関するものであり、いわゆるシーズヒーターの被覆管などに用いて好適な、高温大気環境下における高温耐食性や、水中など湿潤環境下における耐食性に優れるとともに、黒化処理性にも優れるFe−Cr−Ni合金に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼に代表されるFe−Cr−Ni合金は、優れた耐食性、耐熱性、加工性を兼ね備えている。耐食性に優れていることから、塗装等の処理を施さずに、合金表面のまま使用されることが殆どである。そのため、Fe−Cr−Ni合金の表面品質は、とりわけ高く要求されている。
【0003】
また、Fe−Cr−Ni合金の優れた耐熱性から、炉材などの用途に使用されることがある。さらに、シーズヒーターの外套材にもFe−Cr−Ni合金が多く用いられている。このシーズヒーターは、電気調理器や電気給湯器などの熱源として使われている。この構造は、ニクロム線を金属製の被覆管中に挿入し、空間部にマグネシア粉末などを充填して完全に密封したものであり、ニクロム線に電気を流して発熱させることで加熱を行うものである。
【0004】
この加熱方法は、火気を使わないため安全性が高く、いわゆるオール電化住宅に必須なアイテムとして、魚焼きグリルなどの電気調理器や電気給湯器等に幅広く用いられるようになり、その需要は、近年、急激に拡大している(例えば、特許文献1〜5参照)。
【0005】
しかしながら、シーズヒーターとして不可欠な成分であるTiやAlを含有するFe−Cr−Ni合金では、Tiを含有するために、TiN介在物が生成し、表面欠陥をもたらすという問題があった。これに対して、Si濃度を低下させてTiN介在物の生成を抑制する技術が開示されている。しかしながら、酸化物系の非金属介在物組成によっては、欠陥をもたらす危険性があり充分とは言い難かった(例えば特許文献6参照)。
【0006】
また、表面性状に優れるFe−Cr−Ni系合金の製造技術が開示されている。MgO・Al(スピネル系)、CaO介在物を回避して、表面欠陥を防止するという技術である。この技術は、介在物をCaO−TiO−Al系介在物に制御するものであるが、操業の微妙な振れによっては、TiO主体の介在物になってしまい、疵が発生することがあった。特にシーズヒーター材は、表面品質が厳しいため、本技術を展開することは不可能であった。さらに、スラグ中のF濃度が定かではなく、スラグが溶融しない、あるいは、流動性が良すぎて精錬炉内張りの煉瓦が溶損する危険性があった。そのように、F濃度が不適切である場合に、介在物組成がCaO、MgOの単体になってしまい、介在物制御が困難となる問題もあった(例えば特許文献7参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公昭64−008695号公報
【特許文献2】特公昭64−011106号公報
【特許文献3】特開昭63−121641号公報
【特許文献4】特開2013−241650号公報
【特許文献5】特開2014−84493号公報
【特許文献6】特開2003−147492号公報
【特許文献7】特開2014−189826号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、Ti、N、Al、Mg、Ca濃度を制御して、TiN介在物の凝集合体を防止することにある。そして、表面性状に優れたFe‐Cr−Ni合金を提供するとともに、該Fe−Cr−Ni合金を汎用の設備を用いて安価に製造する方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。まず、実機にて製造した冷延板の表面に観察された表面欠陥を採取して、実際に欠陥をもたらす原因を研究した。欠陥は数mに渡って続くほど大型の欠陥もあった。その結果、欠陥内からは、TiN介在物、MgO介在物、CaO介在物が多数検出され、欠陥生成に強く関与していることがわかった。さらに、表面欠陥中の介在物の形態を詳細に調べたところ、TiN介在物はMgOとCaO介在物に付随して存在していることを見出した。
【0010】
上記の介在物が凝集していない単独の状態では、欠陥は発生し得ないことから、凝集合体し大型化するサイトについて追及を重ねた。取鍋内の溶融合金を採取して観察したが、大型のクラスター状介在物は検出されなかった。特に、TiN介在物はほとんど観察されなかった。そして、次に連続鋳造機で製造したスラブを切断して、内部を観察したところ、TiN介在物の形成が確認された。この結果から、TiN介在物の形成は温度が低下するに従い、形成する傾向にあることが分かった。
【0011】
そのため、次に、連続鋳造機におけるタンディッシュからモールドに注湯するための浸漬ノズルを採取した。注意深く観察したところ、地金が主体の付着物が5〜10mmの厚みを持って存在しており、その内部にはTiN介在物のクラスターが全面に観察された。さらに、観察を進めると、TiN介在物はMgOとCaO介在物の上に生成していることが分かった。つまり、MgO、CaO介在物は、TiN介在物の形成核として働き、TiN介在物の形成を促進するものであることを明らかとした。TiNは合金の凝固を促進する効果が知られており、地金が成長するものと考察した。
【0012】
さらに、研究を続け、各チャージで使用した鋳込み後の浸漬ノズル採取を継続した。MgO、CaO介在物が少なくても、Ti、Nの濃度も高すぎると、自発的な形成反応が進行し、TiN介在物が形成してノズル内壁に付着し、凝集していくことも明らかとなった。このように、ノズル内壁に付着した介在物と地金の混合体が、溶鋼流に乗り脱落し、鋳型内に運ばれて、凝固シェルに捕捉されると欠陥を引き起こすことが明確となった。この脱落物は地金と介在物の混合体であるので、比重が大きく鋳型内で浮上しない。そのため、重度の表面欠陥をもたらすことも明確となった。また、CaO−Al−MgO系介在物はTiN介在物と付随して存在していなかったことから、TiN介在物の形成核とはならず、無害であることも分かった。
【0013】
本発明は、上記の通り、研究を重ねて完成したものであり、以下に示すとおりである。つまり、mass%にて、C≦0.05%、Si:0.1〜0.8%、Mn:0.2〜0.8%、P≦0.03%、S≦0.001%、Ni:16〜35%、Cr:18〜25%、Al:0.2〜0.4%、Ti:0.25〜0.4%、N≦0.016%、かつTiとNは、%N×%Ti≦0.0045を満たして含有し、さらにMg:0.0015〜0.008%、Ca≦0.005%、O:0.0002〜0.005%、任意成分としてMo:0.5〜2.5%を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、任意の断面において5μm以上のTiN介在物が20〜200個/cmであり、酸化物系介在物として、CaO−MgO−Al系を必須成分として含み、MgO・Al、MgO、CaOの1種または2種以上を任意成分として含み、MgOとCaOの個数割合は50%以下であり、CaO−MgO−Al系介在物の組成は、CaO:20〜40%、MgO:20〜40%、Al:20〜50%であり、MgO・Al介在物の組成は、MgO:20〜40%、Al:60〜80%であることを特徴とする表面性状に優れるFe‐Cr−Ni合金である。さらに、任意の断面において10μm以上のTiN介在物が30個/cm以下であることが望ましい。
【0015】
本発明においては、CaO−MgO−Al系介在物の組成がCaO:20〜30%未満、MgO:30%超〜40%、Al:30〜50%であることが更に望ましい。
【0016】
さらに、本発明では、上記合金の製造方法も提供する。上記Fe−Cr−Ni合金の製造にあたり、電気炉で原料を溶解し、次いで、AOD(Argon Oxygen Decarburization)および/またはVOD(Vacuum Oxygen Decarburization)において脱炭した後に、SiおよびAlを投入し、石灰、蛍石を投入して、CaO−SiO−MgO−Al−F系スラグを形成することによって、Cr還元、脱酸、脱硫し、その後Tiを添加して、連続鋳造機にてスラブを製造することを特徴とする表面性状に優れるFe‐Cr−Ni合金の製造方法である。CaO−SiO−MgO−Al−F系スラグの組成は、CaO:50〜70%、SiO:10%以下、MgO:7〜15%、Al:10〜20%、F:4〜15%であることが望ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、合金成分を適正化することで、酸化物系介在物を制御することによりTiN介在物の生成を抑制して、大型化することを防ぐことが出来る。その結果、薄板の製品において、表面欠陥の無い良好な品質を得ることが出来る。これによって、電気調理器や電気給湯器に利用するシーズヒーター素材を、歩留良く、安価に提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
まず、本発明のFe−Cr−Ni合金の化学成分限定理由を示す。なお、以下の説明においては、「%」は「mass%」(「質量%」)を意味する。
C:0.05%以下
Cは、オーステナイト相を安定化する元素である。また、固溶強化によって合金強度を高める効果を有するので、常温および高温での強度を確保するため必要な元素である。一方、Cは、耐食性を改善する効果の大きいCrと炭化物を形成し、その近傍にCr欠乏層を生じさせることによって、耐食性の低下等を引き起こす元素でもあるので、添加量の上限は0.05%とする必要がある。好ましくは0.04%以下である。
【0019】
Si:0.1〜0.8%
Siは本発明で重要な元素である。脱酸に寄与して、酸素濃度を0.005%以下に調整する役割を持つ。また、合金中のMg濃度を0.008%以下、Ca濃度を0.005%以下に調節する役割も持つ。これは、下記の反応による。
2(MgO)+Si=2Mg+(SiO) …(1)
2(CaO)+Si=2Ca+(SiO) …(2)
ここで、括弧はスラグ中の成分であり、下線は溶融合金中の成分であることを示している。Si濃度が0.1%未満だと酸素濃度が0.005%を超えて高くなる。またSiが0.8%を超えて高いと、上記の(1)、(2)の反応により、Mg濃度が0.008%よりも高くなってしまうと同時に、Ca濃度も0.005%を超えて高くなる。そのため、0.1〜0.8%と規定した。好ましくは0.2〜0.7%である。
【0020】
Mn:0.2〜0.8%
Mnはオーステナイト相安定元素であるので、0.2%は添加する必要がある。しかし、多量の添加は、耐酸化性を損なうので0.8%を上限とした。そのため、0.2〜0.8%と定めた。好ましくは、0.2〜0.7%である。
【0021】
P:0.03%以下
Pは、粒界に偏析し、熱間加工時に割れを発生させる有害元素であるため、極力低減するのが好ましく、0.03%以下に制限する。
【0022】
S:0.001%以下
Sは、粒界に偏析して低融点化合物を形成し、製造時に熱間割れ等を引き起こす有害元素であるため、極力低減するのが好ましく0.001%以下に制限する。好ましくは0.0008%以下である。
【0023】
Ni:16〜35%
Niは、オーステナイト相安定化元素であり、組織安定性の観点から16%以上含有させる。また、耐熱性や高温強度を向上する作用もある。しかし、過剰の添加は原料コストの上昇につながるため、上限を35%とする。したがって、16〜35%と定めた。好ましくは18〜33%である。
【0024】
Cr:18〜25%
Crは、湿潤環境下における耐食性の向上に有効な元素である。また、中間熱処理のような雰囲気や露点が制御されていない熱処理で形成される酸化皮膜による耐食性の低下を抑制する効果がある。また、高温大気環境下における腐食の抑制にも効果がある。上記のような湿潤環境および高温大気環境下における耐食性向上効果を安定して確保するには18%以上の添加が必要である。しかし、Crの過剰の添加は、オーステナイト相の安定性が却って低下し、Niを多量に添加する必要がでてくるので上限は25%とする。したがって、18〜25%と規定した。好ましくは19〜23%である。
【0025】
Al:0.2〜0.4%
Alはシーズヒーターとして求められる性質のため必要な元素である。つまり、緻密で放射率の高い黒色皮膜の形成に有効な元素であり、0.2%の含有は必要である。さらに、脱酸に重要な元素であり、酸素濃度を0.005%以下に調整する役割を持つと共に、酸化物系介在物をCaO−MgO−Al系、MgO・Alに制御する役割もある。また、合金中のMg濃度を0.008%以下、Ca濃度を0.005%以下に調節する役割も持つ。これは、下記の反応による。
3(MgO)+2Al=3Mg+(Al) …(3)
3(CaO)+2Al=3Ca+(Al) …(4)
Al濃度が0.2%未満だと脱酸が進行せず、酸素濃度が0.005%を超えて高くなってしまう。さらに、脱酸が進行しないために、S濃度も0.001%を超えて高くなってしまう。逆に、0.4%を超えて高いと、上記の(3)、(4)の反応により、Mg濃度が0.008%を超えて高くなり、Ca濃度も0.005%を超えて高くなってしまう。したがって、0.2〜0.4%と規定した。好ましくは0.23〜0.38%である。
【0026】
Ti:0.25〜0.4%
Tiはシーズヒーターとして求められる性質のため必要な元素である。つまり、緻密で放射率の高い黒色皮膜の形成に有効な元素であり、0.25%は必要である。しかし、0.4%を超えて添加するとTiN介在物を形成して表面欠陥を引き起こす。TiN介在物は浸漬ノズルの内壁に付着する介在物であり、有害である。この浸漬ノズル内に介在物が付着すると、地金の形成も促進し、比重の大きい付着堆積物が脱落して、溶融合金とともに鋳型内に運ばれ、凝固シェルに捕捉されることで、表面欠陥の原因となる。そのため、0.25〜0.4%と規定した。
【0027】
N:0.016%以下
Nは合金の耐力を高める点では有効に作用するが、TiN介在物を形成して表面疵を引き起こすため有害な元素でもある。TiN介在物は浸漬ノズルの内壁に付着する介在物であり、有害である。この浸漬ノズル内に介在物が付着すると、地金の形成も促進し、比重の大きい付着堆積物が脱落して、溶融合金とともに鋳型内に運ばれ、凝固シェルに捕捉されることで、表面欠陥の原因となる。さらに、TiN介在物を形成すると固溶しているTiの効果を低減させてしまうという悪影響も与える。以上のことから、上限を0.016%と規定した。
【0028】
%Ti×%N≦0.0045
本願発明では、Ti濃度とN濃度の積が0.0045以下を満たすことは重要である。Ti濃度とN濃度の積が0.0045を超えて高くなると、浸漬ノズルを通過する際の溶融合金温度において、TiN介在物が形成する。そのため、浸漬ノズル内にTiN介在物が付着して、さらに、地金の形成も促進し、比重の大きい付着堆積物が脱落して、溶融合金とともに鋳型内に運ばれ、凝固シェルに捕捉されることで、表面欠陥の原因となる。そのため、Ti濃度とN濃度の積は0.0045以下と定めた。好ましくは、0.004以下である。
【0029】
Mg:0.0015〜0.008%
Mgは、酸化物系介在物をTiN介在物の核生成に寄与しないCaO−Al−MgO系介在物、あるいはMgO・Al介在物に制御するためには有効な元素である。しかし、TiN介在物の核生成を促進するMgO介在物を生成することから有害な元素でもある。そのため、0.008%以下とした。ただし、0.0015%以上含有する必要がある。その理由は、CaO−Al−MgO系介在物を本願発明の適正範囲に保つことが出来るためである。以上から、0.0015〜0.008%と規定した。
【0030】
Ca:0.005%以下
Caは、酸化物系介在物をTiN介在物の核生成に寄与しないCaO−Al−MgO系介在物に制御するためには有効な元素である。しかし、TiN介在物の核生成を促進するCaO介在物を生成することから有害な元素でもある。そのため、0.005%以下と規定した。
【0031】
O:0.0002〜0.005%
極端なO濃度の低下は、(1)〜(4)式の反応を助長してしまい、MgとCa濃度が本願発明の上限を超えて高くなってしまう。その結果、MgO、CaO介在物が生成してしまい、TiN介在物の核生成を促進する。この観点から、0.0002%以上は含有する必要である。しかしながら、酸素濃度が0.005%を超えて高いと、S濃度が0.001%を超えて高くなり、熱間加工性が悪化してしまう。その結果、冷延板の表面に欠陥として残ってしまう場合がある。そのため、酸素濃度は0.0002〜0.005%と規定する。好ましくは、0.0003〜0.003%以下である。
【0032】
Mo:0.5〜2.5%
本合金は、任意成分としてMoを含有しても構わない。Moは、少量の添加でも塩化物が存在する湿潤環境および高温大気環境下での耐食性を著しく改善し、添加量に比例して耐食性を向上する効果がある。また、Moを多量に添加した材料では、高温大気環境下でかつ表面の酸素ポテンシャルが少ない場合には、Moが優先酸化を起こして、酸化皮膜の剥離が生じるため、むしろ悪影響を及ぼす。このことから、Moは0.5〜2.5%に規定した。好ましくは、0.58〜2.45%、より好ましくは、0.6〜2.2%である。
【0033】
任意の断面において、5μm以上のTiN介在物が20〜200個/cmと規定する理由を説明する。表面欠陥の発生傾向とスラブ内のTiN介在物個数の関係を見ると、200個/cmを超えるとノズル内壁の付着物厚みが7mmを超えて厚くなり、表面欠陥を引き起こす傾向が確認された。少なくとも、Tiを0.25%、Nを0.006%含有する状況では、20個/cmは存在することも確認された。そのため、任意の断面において、5μm以上のTiN介在物が20〜200個/cmと規定した。なお、このTiN介在物の中心にMgO、CaO介在物が存在する形態も含まれる。
【0034】
任意の断面において、10μm以上のTiN介在物が30個/cm以下と規定する理由を説明する。上記に加えて、さらに、表面欠陥の発生傾向とスラブ内の10μm以上のTiN介在物個数の関係を見ると、30個/cmを超えるとノズル内壁の付着物厚みが9mmを超えて厚くなり、より強く表面欠陥を引き起こす傾向が確認された。特に数mに渡る長い欠陥を引き起こす。そのため、任意の断面において、10μm以上のTiN介在物が30個/cm以下と規定する。なお、このTiN介在物の中心にMgO、CaO介在物が存在する形態も含まれる。
【0035】
酸化物系介在物としてCaO−MgO−Al系を必ず含み、MgO・Al、MgO、CaOの1種または2種以上を任意成分として含み、MgOとCaOの個数割合は50%以下と規定する理由を説明する。本願発明の化学成分範囲では、CaO−MgO−Al系を必ず含み、MgO・Al、MgO、CaOの1種または2種以上が形成する。まず、CaO−MgO−Al系およびMgO・Al2O3介在物はTiN介在物の核生成を促進しない。一方で、MgO介在物、CaO介在物は、共にTiN介在物の核生成を促進する効果があることが確認された。しかし、このMgO介在物、CaO介在物の個数割合が50%以下であれば、TiN介在物の形成サイトが少ないため、TiN介在物が多くならない。以上のことから、酸化物系介在物としてCaO−MgO−Al系を必ず含み、MgO・Al、MgO、CaOの1種または2種以上を含み、MgOとCaOの個数割合は50%以下と規定する。
【0036】
上記のCaO−MgO−Al系介在物の組成は、CaO:20〜40%、MgO:20〜40%、Al:20〜50%と規定する理由を説明する。基本的に本範囲にあれば、CaO−MgO−Al系介在物は溶融状態にあり、TiN介在物の核生成を促さない。したがって、CaOとMgOの下限20%以上は溶融状態を保つためである。CaOとMgOの上限40%は、40%を超えて高くなると、それぞれ、CaO介在物、MgO介在物が生成し始めるためである。Alについては、20〜50%の範囲であれば溶融状態を保つ。なお、CaOとMgOの下限20%未満と低くなり、かつAl濃度が50%を超えて高くなると、固体と液体の共存状態となってしまい、浸漬ノズルに付着する性質を有してしまう。そのため、CaO:20〜40%、MgO:20〜40%、Al:20〜50%と規定した。好ましくは、CaO:20〜30%未満、MgO:30%超〜40%、Al:30〜50%である。
【0037】
次に、MgO・Al介在物の組成は、MgO:20〜40%、Al:60〜80%と規定する理由を説明する。MgO・Al介在物はMg、AlおよびOが均一に分布する化合物である。化合物を形成する範囲がMgO:20〜40%、Al:60〜80%であるために、このように規定した。
【0038】
続けて製造方法について説明する。上記のFe−Cr−Ni合金の製造にあたっては、次の製造方法によることが好ましい態様である。すなわち、電気炉でFe‐Cr、Fe−Ni、ステンレス屑、鉄屑などの原料を溶解し、次いで、AOD(Argon Oxygen Decarburization)および/またはVOD(Vacuum Oxygen Decarburization)において、酸素を吹精して脱炭精錬する。酸素吹精の際に、COガスが発生して脱炭が進むが、その時に溶融合金中の窒素も低下し、0.006〜0.016%に調整することが出来る。その後にSiおよびAlを投入し、石灰、蛍石を投入して、CaO−SiO−MgO−Al−F系スラグを形成することによって、Cr還元、脱酸、脱硫する。SiはFe‐Si合金を用いても良い。ここで、SiOはSiの添加や蛍石に含まれるシリカにより形成する。MgOは煉瓦にMgO系煉瓦(ドロマイト、マグクロあるいはMgO−C)を使うために、スラグに溶損して適量添加される。あるいは煉瓦の溶損防止のため、MgO系廃煉瓦を投入して調整できる。AlはAlの投入により形成する。Fは蛍石を添加することで形成する。
【0039】
その後Tiを添加して、取鍋にて温度調整ならびにAl、Tiを精密に調整する。最終的に、連続鋳造機にてスラブを製造する。この時、タンディッシュからモールドに溶融合金を注湯する浸漬ノズルは、1430〜1490℃を保つのが好ましい。その理由は、1430℃未満だと、温度の低下に伴いTiN介在物が多量に形成するためである。1490℃を超えると、溶融合金の温度も高く、鋳型で凝固シェルが充分成長しないためである。
【0040】
CaO−SiO−MgO−Al−F系スラグの組成は、CaO:50〜70%、SiO:10%以下、MgO:7〜15%、Al:10〜20%、F:4〜15%が好ましい態様である。この理由を説明する。
【0041】
CaO:50〜70%
CaOは脱硫に必要である他に、介在物組成をCaO−MgO−Al系介在物に制御するために不可欠である。生石灰を投入して調節する。50%未満では脱硫が進まなく、合金中のSが0.001%を超えて高くなってしまう。一方、70%を超えると、CaO介在物を形成しTiN介在物の生成を促進してしまう。そのため、50〜70%と規定した。
【0042】
SiO:10%以下
SiOはスラグが溶融状態になるために必要な成分であるが、溶融合金を酸化する成分として作用し脱酸や脱硫を阻害する他に、溶鋼中Si濃度を上昇させてしまう。このように有害な側面もあるため、10%以下に規定する。
【0043】
MgO:7〜15%
MgOはCaO−MgO−Al系介在物、MgO・Al介在物を形成するために有効な元素である。しかし、過剰に添加するとMgO介在物を形成しTiN介在物の形成を促進する。そのため、7〜15%とした。
【0044】
Al:10〜20%
AlはCaO−MgO−Al系介在物、MgO・Al介在物を形成するために有効な元素である。しかし、過剰に添加するとスラグの粘度が高くなりすぎて、除滓できなくなってしまう。そのため、10〜20%と定めた。
【0045】
F:4〜15%
Fはスラグ精錬を行う際に、スラグを溶融状態に保つ役割があるため、少なくとも4%の添加は必要である。4%未満と低いと、スラグが溶けない状態になるために、CaOとMgOは固体となってしまう。つまり、100%CaO、100%MgOの固体が存在するために、(1)〜(4)式の反応が進行し過ぎて、Ca濃度、Mg濃度が高くなってしまい、TiN介在物の形成を促進してしまう。逆に、15%を超えて高いと粘度が低下しすぎて、流動性が付きすぎてしまう。そのため、(1)〜(4)式の反応が速く進行しすぎて、この場合もCa濃度、Mg濃度が高くなってしまい、TiN介在物の形成を促進してしまう。よって、4〜15%と規定した。
【0046】
このようにして製造したスラブは、表面を研削して、常法により熱間圧延を行う。その後、焼鈍、酸洗を経て熱延板を得る。その後、冷間圧延を行い、最終的に冷延板を製造する。本発明が対象としている大型の表面欠陥は、熱間圧延後の熱延板表面にて現れる。
【実施例】
【0047】
実施例を示して、本発明の効果を明確にする。まず、60トン電気炉にて、ステンレス屑、鉄屑、ニッケル、フェロニッケル、フェロクロムなどの原料を溶解した。その後、AODおよび/またはVODにてCを除去するために酸素吹精(酸化精錬)して脱炭後、Cr還元し、その後、石灰、蛍石、軽焼ドロマイト、フェロシリコン合金およびAlを投入し、CaO−SiO−Al−MgO−F系スラグを形成することで脱酸した。その後、さらにAr攪拌して脱硫を進めた。なお、AOD、VODではドロマイト煉瓦をライニングした。次いで、取鍋精錬にて、温度と化学成分を調整して、連続鋳造機にてスラブを製造した。製造したスラブは、表面を研削して、1200℃に加熱して熱間圧延を施し、板厚3mm×幅1m×長さ500mの熱帯を製造した。
【0048】
下記の表1に示した化学成分、スラグ組成、TiN介在物個数、酸化物系介在物組成、MgOとCaOの個数割合、熱延板の表面欠陥に関する各評価方法は以下の通り行った。
1)合金の化学成分およびスラグ組成:蛍光X線分析装置を用いて定量分析を行い、合金の酸素濃度、窒素濃度は不活性ガスインパルス融解赤外線吸収法で定量分析を行った。なお、合金に関して、残部はFeである。また、スラグについて、合計は100%以下であるのは、残部にMgO、Fe、Sなどの不可避的不純物を含むためである。
2)TiN介在物個数:連続鋳造機で製造した200mm厚みのスラブを切断し、表面から10mmの位置から20mm×20mmの試験片を採取した。この試験片を鏡面研磨した後に、光学顕微鏡によりTiN介在物の個数をカウントした。
3)酸化物系介在物組成:上記のTiN介在物個数をカウントするのに用いたサンプルを用いて分析した。SEM−EDSを用いて、サイズ5μm以上の酸化物系介在物を20点ランダムに測定した。なお、TiN介在物は光学顕微鏡で酸化物系介在物とは形状と色調が異なるため、識別できるが確証を得るためにTiN介在物の分析も行った。
4)MgOとCaOの個数割合:上記3)の測定結果から、個数比率を求めた。
5)品質評価:圧延により製造した上記熱延板表面を目視で観察し、TiN介在物起因の欠陥の個数をカウントした。評価は以下の通り行った。ここでの欠陥は、圧延方向に長さ200mm以上の欠陥である。このように評価した理由は、200mmよりも短い欠陥は、次工程である冷延工程にて除去可能なためである。
○:欠陥なし
△:欠陥4個以下
×:欠陥5個以上
【0049】
【表1】
【0050】
表1に示した発明例、比較例を説明する。ここで、発明例6は精錬炉としてVODを用い、※を付した参考例7はAODとVODを組み合わせて操業した。それ以外は、全てAODにて精錬を実施した。
【0051】
発明例のNo.1〜5は、本願発明の範囲を満足しているために、欠陥は発生せず良好な結果であった。発明例No.4では、好ましい量のMoを含有した合金を製造した。
【0052】
No.6は、N濃度が上限としている0.016%と高かったために、Ti×N=0.00448と高くなった。そのために、10μm以上のTiN介在物個数が35個と多くなった。そのため、250mm長さの欠陥が3個観察された。No.7は、Mg濃度が0.0078%かつCa濃度が0.0045%と高く、MgO介在物とCaO介在物の個数割合が55%となった。そのため、TiN介在物個数が32個と多くなった。そのため、400mm長さの欠陥が1個観察された。
【0053】
次に比較例について説明する。
No.8は、N濃度が0.017%と高く、Ti×N=0.00544と範囲を外れたため、5μm以上、10μm以上のTiN介在物の個数が範囲を超えて多くなり、欠陥が多く発生した。No.9はTi濃度が高くなってしまい、Ti×N=0.00516と上限を超えて高かった。そのため、5μm以上、10μm以上のTiN介在物の個数が範囲を超えて多くなり、欠陥が多く発生した。
【0054】
No.10は、Si濃度、Al濃度共に下限よりも低く、さらにスラグ中のCaO濃度が低く、SiO濃度が高くなってしまった。その結果、脱酸が進行せず酸素濃度が0.0055%と高く外れ、脱硫も進まず、S濃度が0.0015%と高く外れてしまった。さらに、その結果、熱間加工性が低下してしまい、熱延にて表面が割れて表面欠陥を発生させた。また、CaO−MgO−Al系介在物は形成したものの、溶鋼中のMgとCa濃度が比較的低く、その結果、介在物中のMgOとCaO濃度が低く、Al濃度が高く外れてしまった。そのため、固体と液体の共存状態の性質を持つ介在物となり、浸漬ノズル内壁に付着してしまった。さらに、付着物の脱落が発生し、酸化物系介在物起因の表面欠陥も同時に発生させてしまった。
【0055】
No.11は、スラグ中のMgO濃度が高く、かつ溶鋼中のAl濃度も高くなってしまったために、Mg濃度が0.0095%と高くなり、CaO−MgO−Al系介在物は形成したものの、CaOおよびMgO濃度が高く、Al濃度が低く外れてしまった。それと同時に、MgO介在物が多く形成した。その結果、5μm以上のTiN介在物個数が範囲を超えて多くなり、欠陥が多く発生した。
【0056】
No.12は、スラグ中のF濃度が低く外れ、かつ溶鋼中のAl濃度も高くなってしまったために、O濃度が0.0001%と低くなり、かつ、Mg濃度が0.0085%、Ca濃度が0.0061%と共に高くなり、MgO介在物、CaO介在物が多く形成した。また、CaO−MgO−Al系介在物も形成しなかった。その結果、5μm、10μm以上のTiN介在物個数が範囲を超えて多くなり、欠陥が多く発生した。
【0057】
No.13はスラグ中のCaOとSiO濃度が高く、溶鋼中Si濃度が高くなった。そのため、Ca濃度が0.0065%と高くなり、CaO介在物が多数形成した。また、CaO−MgO−Al系介在物も形成しなかった。その結果、5μm、10μm以上のTiN介在物個数が範囲を超えて多くなり、欠陥が多く発生した。
【0058】
No.14は、スラグ中のF濃度が高く外れ、かつ溶鋼中のAl濃度が高くなった。その結果、Mg濃度とCa濃度が高く外れた。さらに、N=0.018%と高くなってしまった。そのため、Ti×N=0.00594と上限を超えて高くなったと共に、MgO介在物とCaO介在物を多数形成した。また、CaO−MgO−Al系介在物も形成しなかった。その結果、欠陥が多数発生した。
【産業上の利用可能性】
【0059】
高品質なシーズヒーター用Fe−Cr−Ni合金を安価に生産することができる。