(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1に記載の冷延鋼板の製造方法であって、化学組成が、C:0.100%以上、0.500%未満、Si:0.8%以上、4.0%未満、Mn:1.0%以上、4.0%未満、P:0.015%未満、S:0.0500%未満、N:0.0100%未満、Al:2.000%未満、Ti:0.020%以上、0.150%未満、Nb:0%以上、0.200%未満、V:0%以上、0.500%未満、B:0%以上、0.0030%未満、Mo:0%以上、0.500%未満、Cr:0%以上、2.000%未満、Mg:0%以上、0.0400%未満、Rem:0%以上、0.0400%未満、及びCa:0%以上、0.0400%未満を含有し、残部が鉄及び不純物であり、SiとAlの含有量の合計が1.000%以上である鋼塊又はスラブを鋳造する鋳造工程と;
前記鋼塊又はスラブに1000℃以上1150℃以下の第一の温度域で合計40%以上の圧下を施す粗圧延工程と、下記式(1)にある成分により決定される温度をT1としたとき、T1℃以上T1+150℃以下の第二の温度域における圧下率の合計を50%以上とし、T1−40℃以上で熱間圧延を終了して熱延鋼板を得る仕上げ圧延工程と、を含む熱延工程と;
前記熱延工程後の熱延鋼板を600〜650℃の第三の温度域まで20℃/s以上80℃/s以下の冷却速度で冷却する第一冷却工程と;
前記第一冷却工程後の前記熱延鋼板を、600〜650℃の第三の温度域に下記式(2)で定める時間t秒以上10.0秒以下滞留させる滞留工程と;
前記滞留工程後の前記熱延鋼板を600℃以下まで冷却する第二冷却工程と;
前記熱延鋼板を、600℃以下で、巻取り後の鋼板のミクロ組織において、パーライトの連結性E値が0.40以下、かつベイニティックフェライトのうち、15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトの割合が80.0%以上となるように巻取り、熱延鋼板を得る巻取り工程と;
前記巻取り工程後の前記熱延鋼板を酸洗する酸洗工程と;
前記酸洗工程後の前記熱延鋼板に、40.0%以上80.0%以下の累積圧下率となるように冷間圧延を行って冷延鋼板を得る冷延工程と;
前記冷延工程後の冷延鋼板を、T1−50℃以上960℃以下の第四の温度域まで昇温して、前記第四の温度域で30〜600秒保持する焼鈍工程と;
前記焼鈍工程後の前記冷延鋼板を、600℃以上720℃以下の第五の温度域まで1.0℃/s以上10.0℃/s以下の冷却速度で冷却する第三冷却工程と;
前記第三冷却工程後の前記冷延鋼板を、10.0℃/s以上60.0℃/s以下の冷却速度で150℃以上500℃以下の第六の温度域に冷却し、30秒以上600秒以下保持する熱処理工程と;
を有することを特徴とする冷延鋼板の製造方法。
T1(℃)=920+40×C2−80×C+Si2+0.5×Si+0.4×Mn2−9×Mn+10×Al+200×N2−30×N−15×Ti…式(1)
t(秒)=1.6+(10×C+Mn−20×Ti)/8…式(2)
式中の元素記号は、元素の質量%での含有量を示す。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の一実施形態に係る冷延鋼板(本実施形態に係る鋼板と言う場合がある)について、説明する。
まず、本実施形態に係る鋼板の金属組織及びその形態について説明する。
【0032】
[面積率で、ポリゴナルフェライトを40.0%以上、60.0%未満]
鋼板の金属組織に含まれるポリゴナルフェライトは、軟質な組織であるため変形しやすく、延性の向上に寄与する。均一伸び及び局部伸びの両方を向上させるため、ポリゴナルフェライトの面積率の下限値を40.0%とする。一方、ポリゴナルフェライトが60.0%以上となると、0.2%耐力が著しく劣化する。そのため、ポリゴナルフェライトの面積率を60.0%未満とする。好ましくは、55.0%未満、より好ましくは50.0%未満である。
15μmを超える粗大なフェライトは、微細なフェライトよりも先に降伏し、ミクロ的な塑性不安定を引き起こす。そのため、上記ポリゴナルフェライトにおいて、最大粒径は15μm以下であることが好ましい。
【0033】
[面積率で、残留オーステナイトを10.0%以上、25.0%以下]
残留オーステナイトは加工誘起変態するため、均一伸びの向上に寄与する金属組織である。この効果を得るため、残留オーステナイトの面積率を10.0%以上とする。好ましくは15.0%以上である。残留オーステナイトの面積率が10.0%未満となると、十分な効果が得られず、目的の延性を得ることが難しくなる。一方、残留オーステナイトの面積率が25.0%を超えると0.2%耐力が600MPa未満となるため、上限を25.0%とする。
【0034】
[面積率で、ベイニティックフェライトを30.0%以上]
ベイニティックフェライトは、0.2%耐力を確保するために有効な組織である。600MPa以上の0.2%耐力を確保するため、ベイニティックフェライトを30.0%以上とする。また、ベイニティックフェライトは、所定量の残留オーステナイトを確保するために必要な金属組織でもある。本実施形態に係る鋼板では、オーステナイトからベイニティックフェライトへの変態が起こることによって、炭素が未変態のオーステナイトへ拡散し、濃化する。炭素の濃化により炭素濃度が高くなると、オーステナイトからマルテンサイトへの変態が起こる温度が室温以下となるので、室温において残留オーステナイトとして安定的に存在することができる。鋼板の金属組織として面積率で残留オーステナイトを10.0%以上確保するためには、面積率でベイニティックフェライトを30.0%以上確保することが好ましい。
ベイニティックフェライトの面積率が30.0%未満となると、0.2%耐力が低下するとともに、残留オーステナイト中の炭素濃度が低下し、室温でマルテンサイトへの変態起こりやすくなる。この場合、所定量の残留オーステナイトを得ることができず、目的の延性を得ることが難しくなる。
一方、ベイニティックフェライトの面積率が50.0%以上となると、40.0%以上のポリゴナルフェライトかつ10.0%以上の残留オーステナイトを確保することができなくなるため、上限を50.0%以下とすることが好ましい。
【0035】
[マルテンサイトが面積率で15.0%以下]
本実施形態において、マルテンサイトとは、フレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトを示す。硬質なマルテンサイトは、軟質組織と隣り合うことにより、加工時に、界面に亀裂を発生しやすくさせる。さらに、軟質組織との界面自体が亀裂の進展を助長し、穴拡げ性を著しく劣化させる。そのため、できる限りマルテンサイトの面積率を低減させることが望ましく、その面積率の上限を15.0%とする。マルテンサイトは0%、すなわち含有されなくてもよい。
マルテンサイトは板厚全体に亘って面積率で、10.0%以下であることが好ましく、特に、表層から200μmの範囲においてマルテンサイトが10.0%以下であることが好ましい。
【0036】
[残留オーステナイトのうち、アスペクト比が2.0以下であり、長軸の長さが1.0μm以下かつ短軸の長さが1.0μm以下である残留オーステナイトの割合が80.0%以上]
穴拡げ時には、軟質組織と硬質組織との界面からボイドが発生する。界面から発生するボイドは、特に、マルテンサイトへ変態した後のオーステナイトのエッジから発生しやすい。その理由は、通常、高強度薄鋼板に含まれる残留オーステナイトはベイナイトのラスの間に存在しており、その形態は板状になるため、エッジに応力集中しやすいためである。
本実施形態に係る鋼板では、残留オーステナイトの形態を粒状にすることにより、軟質組織と硬質組織との界面からのボイド発生を抑制する。残留オーステナイトを粒状とすることにより、フェライト分率が高くても、穴拡げ性の劣化を防ぐことができる。より具体的には、残留オーステナイトのうちアスペクト比が2.0以下であり長軸の長さが1.0μm以下である残留オーステナイトが80.0%以上となる場合に、ポリゴナルフェライトの組織分率を40%以上とした場合でも、穴拡げ性が劣化しない。一方、上記特徴を持つ残留オーステナイトの割合が80.0%未満となると、穴拡げ性が著しく劣化する。そのため、残留オーステナイトのうち、アスペクト比が2.0以下であり、長軸の長さが1.0μm以下かつ短軸の長さが1.0μm以下である残留オーステナイトが80.0%以上とする。好ましくは85.0%以上である。ここで、長軸の長さが1.0μm以下の残留オーステナイトの割合を限定したのは、長軸の長さが1.0μm超の残留オーステナイトは、変形時において歪が過度に集中し、ボイドの生成及び穴拡げ性の低下を招くためである。長軸とは、研磨後の2次元断面で観察される個々の残留オーステナイトの最大長さであり、短軸とは長軸と直行する方向において残留オーステナイトの最大長さである。
残留オーステナイト中の平均炭素濃度が0.5%未満の場合、加工に対する安定性が低下するので、残留オーステナイト中の平均炭素濃度は、0.5%以上であることが好ましい。
【0037】
[ベイニティックフェライトのうち、アスペクト比が1.7以下であり、結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトの割合が80.0%以上]
結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差を適切な範囲に制御することにより、0.2%耐力を向上させることが可能となる。
また、残留オーステナイトの形態は、ベイニティックフェライトの形態に大きく影響される。すなわち、未変態のオーステナイトからベイニティックフェライトへの変態が起こる際に、変態せずに残留した領域が残留オーステナイトとなる。そのため、残留オーステナイトの形態制御の点でも、ベイニティックフェライトの形態制御を行うことが必要である。
【0038】
ベイニティックフェライトが塊状(すなわち、アスペクト比が1.0に近い)に生成すると、残留オーステナイトは、ベイニティックフェライトの界面で粒状に残存する。アスペクト比が1.7以下であれば塊状であると言える。さらに、ベイニティックフェライトにおいて、結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差を0.5°以上、3.0°未満に制御することにより、結晶粒内に高い密度で存在する亜粒界が転位の移動を妨げることにより0.2%耐力が増加する。これは、塊状のベイニティックフェライトは、結晶方位差が小さいベイニティックフェライト(ラス)の集団が、界面に存在する転位の回復(亜粒界の生成)により、一つの結晶粒となった結果、生成する金属組織だからである。このような結晶学的特長を持つベイニティックフェライトを生成させるためには、変態前のオーステナイトを細粒化することが必要である。
【0039】
ベイニティックフェライトのうち、アスペクト比が1.7以下であり、結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトの割合が80.0%以上となる場合に、高い0.2%耐力が得られる。また、この場合、残留オーステナイトの形態が、アスペクト比が2.0以下であり長軸の長さが1.0μm以下なおかつ短軸の長さが1.0μm以下となる。一方、上記特徴を持つベイニティックフェライトが80.0%未満となると、高い0.2%耐力を得られなくなるとともに、目的の形態を持つ残留オーステナイトを所定量得ることができない。そのため、アスペクト比が1.7以下であり、結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトの割合の下限を80.0%とする。このようなベイニティックフェライトの割合が高いほど、0.2%耐力を向上させつつ、目的の形態を持つ残留オーステナイトを多く確保することができるので、上記特徴を持つベイニティックフェライトの好ましい割合は85%以上である。
【0040】
[マルテンサイトとベイニティックフェライトと残留オーステナイトとの連結性D値が0.70以下]
鋼板のミクロ組織に含まれるマルテンサイト、ベイニティックフェライト、残留オーステナイトは、鋼板の引張強度、0.2%耐力を確保するために必要な組織である。しかしながら、これらの組織はポリゴナルフェライトに比べて硬質であるので、穴拡げ時に、界面からボイドが発生しやすい。特に、これら硬質組織が連結して生成すると、その連結部からボイドが発生しやすい。ボイドの発生は穴拡げ性が著しく劣化する原因となる。
【0041】
上述のとおり、残留オーステナイトの形態を制御することにより、穴拡げ時のボイドの発生をある程度抑制することができる。しかしながら、硬質組織の連結性が低くなるように、硬質組織の配置を制御することにより、さらなる穴拡げ性の向上が可能になる。
【0042】
より具体的には、
図1に示すように、マルテンサイトとベイニティックフェライトと残留オーステナイトとの連結性を表すD値を0.70以下に制御することにより、優れた穴拡げ性が得られる。この連結性D値は、その値が小さい程、硬質組織が均一に分散していることを示す指標である。D値が低いほど好ましいため、下限値を定める必要はないが、物理的に0より小さい数値にならないため、実質、下限値は0である。一方、連結性D値が0.70を超えると、硬質組織の連結部が増加し、ボイドの発生が助長されるので、穴拡げ性が著しく劣化する。そのため、D値を0.70以下とする。好ましくは、0.65以下である。連結性D値の定義、及び測定方法については後述する。
また、本実施形態に係る鋼板では、
図3に示すように、D値が0.50以下では、10
6回を超える繰り返し回数を示し、打ち抜き疲労特性に極めて優れる。また、D値が0.50を超え、0.70以下では繰り返し回数が10
5回を超え、高い打ち抜き疲労特性を持つことがわかる。D値が0.70を超えると、10
5回未満で破断し、打ち抜き疲労特性は劣位である。打ち抜き疲労特性は、従来の穴拡げ性試験では評価できず、また、穴拡げ性が優れていても、打ち抜き疲労特性が優れているとは限らない。打ち抜き疲労特性は、平行部の幅が20mm、長さが40mm、掴み部を含めた全長が220mmの試験片を、応力負荷方向と圧延方向が平行となるように作製し、平行部の中央に直径10mmの穴をクリアランス12.5%の条件で打ち抜き、あらかじめJIS5号試験片により評価した各サンプルの引張強度の40%の引張応力を片振りで上記試験片に繰り返し与え、破断までの繰り返し回数で評価することができる。
【0043】
各組織の同定及び面積率の測定は以下の方法で行う。本実施形態に係る鋼板において、金属組織は、代表的な金属組織を示すと考えられる板厚の1/4の位置(1/4厚)を中心とする1/8〜3/8厚の範囲で評価する。
本実施形態において、各種試験のサンプルは、鋼板であれば圧延方向と直角である幅方向の中央部付近から採取することが好ましい。
【0044】
ポリゴナルフェライトの面積率は、走査型電子顕微鏡を用いた電子チャンネリングコントラスト像により、板厚の1/4を中心とする1/8〜3/8厚の範囲を観察することにより、算出することができる。電子チャンネリングコントラスト像は、結晶粒内の結晶方位差を像のコントラストの差として検出する手法であり、当該像において、パーライト、ベイナイト、マルテンサイト、残留オーステナイトではなく、フェライトであると判断される組織において均一なコントラストで写る部分がポリゴナルフェライトである。35×25μmの電子チャネリングコントラスト像8視野を、画像解析の方法で、各視野でのポリゴナルフェライトの面積率を算出し、その平均値をポリゴナルフェライトの面積率とする。また、画像解析で求められる個々のポリゴナルフェライトの面積の円相当径からフェライト粒径を求めることができる。
【0045】
ベイニティックフェライトの面積率及びアスペクト比は、走査型電子顕微鏡を用いた電子チャンネリングコントラスト像又は透過型電子顕微鏡を用いた明視野像により算出することができる。電子チャンネリングコントラスト像において、フェライトであると判断される組織において、一つの結晶粒内にコントラストの違いが存在する領域がベイニティックフェライトである。また、透過型電子顕微鏡においても同様で、一つの結晶粒内にコントラストの違いが存在する領域がベイニティックフェライトとなる。像のコントラストの有無を確認することにより、ポリゴナルフェライトとベイニティックフェライトを区別することが可能である。35×25μmの電子チャネリングコントラスト像8視野を、画像解析の方法で、各視野のベイニティックフェライトの面積率を算出し、その平均値をベイニティックフェライトの面積率とする。
【0046】
ベイニティックフェライトにおける結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差は、FE−SEM−EBSD法[電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)に付属のEBSD:Electron Back−Scatter Diffractionを用いた結晶方位解析法]による結晶方位解析により、求めることができる。1/4厚を中心とする1/8〜3/8厚の範囲において、35×25μmの範囲を測定ピッチ0.05μmで測定したデータを、結晶粒毎の結晶方位差の平均値(Grain Average Misorientation値)として数値化することにより、結晶方位差が15°以上の粒界を決定できるとともに、結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値を求めることができる。また、ベイニティックフェライトのアスペクト比は、15°以上の粒界に囲まれた領域を一つの粒とし、その粒の長軸の長さを短軸の長さで除することで算出できる。
【0047】
残留オーステナイトの面積率は、レペラ液でエッチングし板厚の1/4を中心とする1/8〜3/8厚の範囲を、FE−SEMにより観察することや、又は、X線を用いた測定により算出することができる。X線を用いた測定では、試料の板面から深さ1/4位置までを機械研磨及び化学研磨により除去し、特性X線としてMoKα線を用いて、bcc相の(200)、(211)及びfcc相の(200)、(220)、(311)の回折ピークの積分強度比から、残留オーステナイトの面積率を算出することが可能である。X線を用いた場合、直接得られるのは残留オーステナイトの体積率であるが、体積率と面積率とは等しいとみなせる。
X線回折によれば、残留オーステナイト中の炭素濃度“Cγ”も求めることができる。具体的には、fcc相の(200)、(220)、(311)の回折ピークの位置から、残留オーステナイトの格子定数“dγ”を求め、さらに、化学分析により得られる各サンプルの化学成分値を用いて、次式により算出することができる。
Cγ=(100×dγ−357.3−0.095×Mn+0.02×Ni−0.06×Cr−0.31×Mo−0.18×V−2.2×N−0.56×Al+0.04×Co−0.15×Cu−0.51×Nb−0.39×Ti−0.18×W)/3.3
なお、式中の各元素記号は、サンプルに含まれる各元素の質量%に対応する。
【0048】
残留オーステナイトのアスペクト比は、レペラ液でエッチングし1/4厚を中心とする1/8〜3/8厚の範囲を、FE−SEMにより観察することや、残留オーステナイトのサイズが小さい場合には、透過型電子顕微鏡を用いた明視野像を用いて算出することができる。残留オーステナイトは面心立方構造を有するため、透過型電子顕微鏡を用いて観察する場合、当該組織のディフラクションを取得し、金属の結晶構造に関するデータベースと照合することにより、残留オーステナイトを識別することができる。アスペクト比は、残留オーステナイトの長軸の長さを短軸の長さで除することで算出できる。ばらつきを考慮し、アスペクト比は、少なくとも100個以上の残留オーステナイトについて測定する。
【0049】
マルテンサイトの面積率は、レペラ液でエッチングし、板厚の1/4を中心とする1/8〜3/8厚の範囲を、FE−SEMにより観察し、FE−SEMで観察した腐食されていない領域の面積率から、X線を用いて測定した残留オーステナイトの面積率を差し引くことにより、算出できる。または、走査型電子顕微鏡を用いた電子チャンネリングコントラスト像により、他の金属組織と区別することが可能である。マルテンサイト及び残留オーステナイトは固溶炭素を多く含み、エッチング液に対して溶けにくくなるため、上記の区別が可能となる。電子チャンネリングコントラスト像において、転位密度が高く、なおかつ粒内にブロックやパケットといった下部組織を持つ領域がマルテンサイトである。
なお、その他の板厚位置の面積率を求める場合も上記と同様の方法で評価できる。例えば、表層〜200μmの範囲のマルテンサイトの面積率を評価する場合、表層から30、60、90、120、150及び180μmの各位置において、板厚方向25μm、圧延方向35μmの範囲を、上記と同じ方法で評価し、各位置で得られたマルテンサイトの面積率を平均することで、表層〜200μmの範囲のマルテンサイトの面積率を得ることができる。
【0050】
本実施形態に係る鋼板における、マルテンサイトとベイニティックフェライトと残留オーステナイトとの連結性D値について説明する。連結性D値は、次の(A1)〜(E1)の方法によって得られる値である。
【0051】
(A1)FE−SEMを用いて、圧延方向に平行な断面において1/4厚の圧延方向と平行な方向に35μmかつ圧延方向と直角な方向に25μmの範囲の、電子チャンネリングコントラスト像を取得する。
(B1)得られた像に、圧延方向に平行な線を24本、1μm間隔で引く。
(C1)全てのミクロ組織の界面と上記平行線との交点の数を求める。
(D1)上記全ての交点のうち、硬質組織(マルテンサイト、ベイニティックフェライト、残留オーステナイト)同士の界面との交点の割合を算出する(すなわち、硬質組織の界面と平行線との交点の数/平行線と全ての界面との交点の数)。
(E1)(A1)〜(D1)の手順を、同一試料で5視野実施し、5視野における硬質組織の界面の割合の平均値を、当該試料の硬質組織の連結性D値とする。
【0052】
次に、本実施形態に係る鋼板の機械特性や化学特性を確保するために含有する元素の含有量(化学組成)について説明する。含有量に関する%は質量%を意味する。
【0053】
[C:0.100%以上、0.500%未満]
Cは、鋼板の強度の確保と、残留オーステナイトの安定性を向上させることによる伸びの向上とに寄与する元素である。C含有量が0.100%未満であると、引張強度980MPa以上を得るのが難しい。また、残留オーステナイトの安定性が不十分となり、十分な伸びが得られない。一方、C含有量が0.500%以上になると、オーステナイトからベイニティックフェライトへの変態が遅延するので、ベイニティックフェライトを面積率で30.0%以上確保することが難しくなる。それゆえ、C含有量を0.100%以上、0.500%未満とする。好ましくは、0.150%以上、0.250%以下である。
【0054】
[Si:0.8%以上、4.0%未満]
Siは、鋼板の強度の向上に有効な元素である。さらに、Siは、残留オーステナイトの安定性を向上させることにより伸びに寄与する元素である。Si含有量が0.8%未満では上記効果が十分に得られない。そのため、Si含有量を0.8%以上とする。好ましくは1.0%以上である。一方、Si含有量が4.0%以上になると、残留オーステナイトが増加しすぎて、0.2%耐力が低下する。そのため、Si含有量を、4.0%未満とする。好ましくは3.0%未満である。より好ましくは2.0%未満である。
【0055】
[Mn:1.0%以上、4.0%未満]
Mnは、鋼板の強度向上に有効な元素である。また、Mnは、連続焼鈍設備又は連続溶融亜鉛めっき設備での熱処理時、冷却途中で生じるフェライト変態を抑制する元素である。Mn含有量が1.0%未満では、上記効果が十分に得られず、所要の面積率を超えるフェライトが生成するとともに、0.2%耐力が著しく低下する。そのため、Mn含有量を1.0%以上とする。好ましくは2.0%以上である。一方、Mn含有量が4.0%以上になると、スラブや熱延鋼板の強度が過度に上昇する。そのため、Mn含有量を、4.0%未満とする。好ましくは3.0%以下である。
【0056】
[P:0.015%未満]
Pは、不純物元素であり、鋼板の板厚中央部に偏析して靭性や穴拡げ性を劣化させたり、溶接部を脆化させたりする元素である。P含有量が0.015%以上になると、穴拡げ性の劣化が顕著になるので、P含有量を0.015%未満とする。好ましくは0.010%未満である。Pは、少ないほど好ましいので、下限は特に限定しないが、実用鋼板で0.0001%未満とすることは、経済的に不利であるので、0.0001%が実質的な下限である。
【0057】
[S:0.0500%未満]
Sは、不純物元素であり、溶接性を阻害する元素である。また、Sは、粗大なMnSを形成して、穴拡げ性を阻害する元素である。S含有量が0.0500%以上になると、溶接性の低下、及び、穴拡げ性の低下が顕著になるので、S含有量を0.0500%未満とする。好ましくは0.00500%以下である。Sは、少ないほど好ましいので、下限は特に限定しないが、実用鋼板で0.0001%未満とすることは、経済的に不利であるので、0.0001%が実質的な下限である。
【0058】
[N:0.0100%未満]
Nは、粗大な窒化物を形成し、曲げ性や穴拡げ性を阻害したり、溶接時のブローホールの発生原因となる元素である。N含有量が0.0100%以上になると、穴拡げ性の低下や、ブローホールの発生が顕著となるので、N含有量を0.0100%未満とする。Nは、少ないほど好ましいので、下限は特に限定しないが、実用鋼板で0.0005%未満とすることは、製造コストの大幅な増加を招くので、0.0005%が実質的な下限である。
【0059】
[Al:2.000%未満]
Alは、脱酸材として有効な元素である。また、Alは、Siと同様に、オーステナイト中での鉄系炭化物の析出を抑制する作用を有する元素である。これらの効果を得るため、含有させてもよい。しかしながら、Siが含有されている本実施形態に係る鋼板では、必ずしも含有させなくてもよい。ただし、実用鋼板でAl含有量を0.001%未満とするのは困難であるので、0.001%を下限としてもよい。一方、Al含有量が2.000%以上になると、オーステナイトからフェライトへの変態が促進され、フェライトの面積率が過剰になり、0.2%耐力の劣化をもたらす。そのため、Al含有量を2.000%未満とする。好ましくは1.000%以下である。
【0060】
[Si+Al:1.000%以上]
Si及びAlは、残留オーステナイトの安定性を向上させることにより伸びに寄与する元素である。これら元素の含有量の合計が1.000%未満では十分な効果が得られないのでSiとAlとの合計含有量を1.000%以上とする。より好ましくは1.200%以上である。Si+Alの上限は、Si、Alのそれぞれの上限の合計6.000%未満となる。
【0061】
[Ti:0.020%以上、0.150%未満]
Tiは、本実施形態に係る鋼板において重要な元素である。Tiは熱処理工程においてオーステナイトを細粒化することにより、オーステナイトの粒界面積を増加させる。フェライトはオーステナイトの粒界から核生成しやすいので、オーステナイトの粒界面積が増加することにより、フェライトの面積率が高くなる。オーステナイトの細粒化効果は、Ti含有量が0.020%以上で明確に表れるので、Ti含有量を0.020%以上とする。好ましくは0.040%以上、より好ましくは0.050%以上である。一方、Ti含有量が0.150%以上になると、炭窒化物の析出量が増えて全伸びが低下する。そのため、Ti含有量を0.150%未満とする。好ましくは、0.010%未満であり、より好ましくは、0.070%未満である。
【0062】
本実施形態に係る鋼板は、上記元素を含み、残部がFe及び不純物からなることを基本とする。しかしながら、上記元素の他、Nb:0.020%以上、0.600%未満、V:0.010%以上、0.500%未満、B:0.0001%以上、0.0030%未満、Mo:0.010%以上、0.500%未満、Cr:0.010%以上、2.000%未満、Mg:0.0005%以上、0.0400%未満、Rem:0.0005%以上、0.0400%未満、Ca:0.0005%以上、0.0400%未満の1種又は2種以上を、適宜含有させてもよい。Nb、V、B、Mo、Cr、Mg、Rem、Caは必ずしも含有させる必要がないため、その下限は0%である。また、後述する範囲未満でこれらの元素を含んだ場合でも、本実施形態に係る鋼板の効果を損なうものではない。
【0063】
[Nb:0.005%以上、0.200%未満]
[V:0.010%以上、0.500%未満]
Nb及びVは、Tiと同様に、熱処理工程においてオーステナイトを細粒化することにより、オーステナイトの粒界面積を増加させる効果を持つ。この効果を得る場合、Nbであれば、Nb含有量を0.005%以上とすることが好ましい。また、Vであれば、V含有量を0.010%以上とすることが好ましい。一方、Nb含有量が0.200%以上になると、炭窒化物の析出量が増えて全伸びが低下する。そのため、Nbを含有させる場合でも、Nb含有量を0.200%未満とすることが好ましい。また、V含有量が0.500%以上になると、炭窒化物の析出量が増えて全伸びが低下する。そのため、Vを含有させる場合でも、V含有量を0.500%未満とすることが好ましい。
【0064】
[B:0.0001%以上、0.0030%未満]
Bは、粒界を強化する効果や、連続焼鈍設備や連続溶融亜鉛めっき設備での焼鈍後の冷却時、フェライト変態を抑制することにより、ポリゴナルフェライトの組織分率が所定量を超えないように制御する効果を持つ。上記効果を得る場合、B含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.0010%以上である。一方、B含有量が0.0030%以上になると、フェライト変態を抑制する効果が強すぎて所定量以上のポリゴナルフェライトを確保することができなくなる。そのため、Bを含有させる場合でも、B含有量を0.0030%未満とすることが好ましい。より好ましくは0.0025%以下である。
【0065】
[Mo:0.010%以上、0.500%未満]
Moは、強化元素であるとともに、連続焼鈍設備や連続溶融亜鉛めっき設備での焼鈍後の冷却時、フェライト変態を抑制することにより、ポリゴナルフェライトの組織分率(面積率)が所定量を超えないように制御する効果を持つ。Moの含有量が0.010%未満では効果が得られないので、含有量を0.010%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.020%以上である。一方、Mo含有量が0.500%以上になると、フェライト変態を抑制する効果が強すぎて所定量以上のポリゴナルフェライトを確保することができなくなる。そのため含有させる場合でも、Mo含有量は0.500%未満が好ましい。より好ましくは0.200%以下である。
【0066】
[Cr:0.010%以上、2.000%未満]
Crは、鋼板の強度上昇に寄与する元素であるとともに、連続焼鈍設備や連続溶融亜鉛めっき設備での焼鈍後の冷却時、ポリゴナルフェライトの組織分率が所定量を超えないように制御する効果を有する元素である。この効果を得る場合、Cr含有量を0.010%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.020%以上である。一方、Cr含有量が2.000%以上になると、フェライト変態を抑制する効果が強すぎて所定量以上のポリゴナルフェライトを確保することができなくなる。そのため、Crを含有させる場合でも、Cr含有量を2.000%未満とすることが好ましい。より好ましくは0.100%以下である。
【0067】
[Mg:0.0005%以上、0.0400%未満]
[Rem:0.0005%以上、0.0400%未満]
[Ca:0.0005%以上、0.0400%未満]
Ca、Mg、及び、REMは、酸化物や硫化物の形態を制御し、穴拡げ性の向上に寄与する元素である。いずれの元素も含有量が0.0005%未満では上記効果が得られないので、含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.0010%以上である。一方、いずれの元素も、含有量が0.0400%以上になると、粗大な酸化物が形成され、穴拡げ性が劣化する。そのため、いずれの元素も含有量を0.0400%未満とすることが好ましい。より好ましくは0.010%以下である。
【0068】
REM(希土類元素)を含有させる場合、ミッシュメタルで添加することが多いが、LaやCeの他にランタノイド系列の元素を複合で添加してもよい。この場合も、本実施形態に係る鋼板の効果を損なうものではない。また、金属LaやCeなどの金属REMを添加しても、本実施形態に係る鋼板の効果を損なうものではない。
【0069】
[引張強度が980MPa以上、0.2%耐力が600MPa以上、全伸びが21.0%以上かつ穴拡げ率が30.0%以上]
本実施形態に係る鋼板は、衝突安全性を確保しつつ、自動車車体の軽量化への寄与できる範囲として、引張強度を980MPa以上、0.2%耐力を600MPa以上とする。また、自動車部材の骨格系部品等への適用を想定し、全伸びを21.0%以上、穴拡げ率を30.0%以上とする。好ましくは、全伸びを30.0%以上、穴拡げ率を50.0%以上とする。
本実施形態において、これらの値、特に全伸び、及び穴拡げ性は、通常の方法では定量的に評価が難しい鋼板の組織の不均一性等を示す指標でもある。
【0070】
次に、本実施形態に係る鋼板の製造方法について説明する。
【0071】
[鋳造工程]
上述した本実施形態に係る鋼板の成分範囲となるように溶製した溶鋼を、鋼塊又はスラブに鋳造する。熱間圧延に供する鋳造スラブは、鋳造したスラブであればよく、特定の鋳造スラブに限定されない。たとえば、連続鋳造スラブや、薄スラブキャスターで製造したスラブでよい。鋳造スラブは、直接、熱間圧延に供するか、又は、一旦冷却した後、加熱して、熱間圧延に供する。
【0072】
[熱延工程]
熱延工程では、粗圧延と仕上げ圧延とを行い、熱延鋼板を得る。
粗圧延では、1000℃以上1150℃以下の温度域(第一の温度域)での圧下率の合計(累積圧下率)が40%以上である必要がある
。
一方、第一の温度域での圧下率の合計が40%未満であると、仕上げ圧延後のオーステナイト粒径が過度に小さくなり、オーステナイトからフェライトへの変態が過度に促進し、鋼板組織の不均一性が大きくなるので、焼鈍後の成形性が劣化する。
【0073】
また、熱間圧延工程における仕上げ圧延の温度と、圧下率の合計値は、熱処理後の硬質組織の連結性を制御するために重要な工程である。仕上げ圧延の温度と、圧下率の合計値とを制御することにより、熱延鋼板の段階でのミクロ組織において、パーライトを均一に分散させることができる。熱延鋼板において、パーライトを均一に分散させると、冷延鋼板において、硬質組織熱延の連結性を低下させることができる。
鋼板の組織内でパーライトの配置を均一に分散させるためには、圧下により多くの量の歪を蓄積させて、より細粒な再結晶粒を得ることが重要である。本発明者らは、以下の式(1)で求められる温度T1を基準として、所定の成分を有する鋼板において、オーステナイト域での再結晶によって結晶粒が微細になる温度範囲を決定できることを知見した。温度T1はオーステナイト中でのTi化合物の析出状態を表す指標である。熱間圧延及び冷延板焼鈍における非平衡状態において、T1−50℃以下ではTi化合物の析出が飽和状態に達し、またT1+150℃ではTi化合物はオーステナイト中に完全に溶解する。
具体的には、本発明者らは、T1℃〜T1+150℃の温度域(第二の温度域)で複数パスの圧延(仕上げ圧延)を行い、その累積圧下率を50%以上とすることで、圧延中に生成する微細な再結晶粒の成長が、同時に析出するTi化合物によって抑えられ、仕上げ圧延後のオーステナイトの結晶粒を微細にできることを知見した。累積圧下率が50%未満では、仕上げ圧延後のオーステナイト粒径が混粒となり、鋼板組織の不均一性が大きくなるので好ましくない。累積圧下率は、歪蓄積による再結晶促進の観点から70%以上であることが望ましい。一方、累積圧下率の上限を制限することにより、圧延温度をより十分に確保し、圧延負荷を抑制することができる。そのため、累積圧下率を、90%以下としてもよい。
【0074】
T1(℃)=920+40×C
2−80×C+Si
2+0.5×Si+0.4×Mn
2−9×Mn+10×Al+200×N
2−30×N−15×Ti… (1)
ここで、元素記号は、各元素の質量%での含有量である。
【0075】
仕上げ圧延の温度域と、累積圧下率とを制御することにより、熱延鋼板のミクロ組織におけるパーライトを均一に分散させることができる。この理由は、仕上げ圧延の制御により、オーステナイトの再結晶が促進され、結晶粒が微細になり、その結果、パーライトの配置を均一に分散させることができるためである。より具体的には、鋼板中には、通常、鋳造工程で形成されたMnのミクロ偏析が、圧延によって延伸され、バンド状に存在している。この場合、仕上げ圧延後の冷却過程において、仕上げ圧延完了後から巻き取りまでの間で一定の冷却速度で単調に鋼板の温度を低下させるとMnの負偏析帯でフェライトが生成し、層状に残存した未変態オーステナイト部分にCが濃化する。そして、その後の冷却或いは巻取り過程において、このオーステナイトがパーライトに変態し、パーライトバンドが生成する。冷却過程で生成するフェライトは、オーステナイト粒界や3重点で優先的に核生成するので、再結晶オーステナイト粒が粗大な場合、フェライトの核生成サイトが少なく、パーライトバンドが生成しやすいものと考えられる。
一方、再結晶オーステナイト粒が微細な場合、冷却過程において生成するフェライトの核生成サイト数が多く、Mnの偏析帯中にあるオーステナイトの3重点からもフェライトが生成することにより、未変態で残存するオーステナイトが層状を形成しにくくなる。この結果、パーライトバンドの生成が抑制されるものと考えられる。
【0076】
本発明者らは、パーライトバンドを定量的に評価するために、パーライトの連結性E値という指標を用いることが有効であることを見出した。また、本発明者らが鋭意検討を行った結果、
図2に示すように、パーライトの連結性E値が0.40以下となる場合に、硬質組織の連結性D値が0.70以下である冷延鋼板が得られることを見出した。パーライトの連結性E値は、その値が小さい程、パーライトの連結性が低く、パーライトが均一に分散していることを示す。連結性E値が0.40を超えると、パーライトの連結性が高くなり、熱処理後の硬質組織の連結性D値を所定の値に制御することができない。そのため、熱延鋼板の段階において、E値の上限を0.40とすることが重要である。一方、E値の下限値は特に定めないが、物理的に0未満の数値にならないため、実質、下限値は0である。
【0077】
熱延鋼板におけるパーライトの識別は、ナイタールを用いた光学顕微鏡観察、または、走査型電子顕微鏡を用いた2次電子像により可能であり、板厚の1/4(1/4厚)を中心とする1/8〜3/8厚の範囲を観察することにより、算出することができる。
【0078】
パーライトの連結性E値は、次の方法(A2)〜(E2)の方法で求めることができる。
(A2)FE−SEMを用いて、圧延方向に平行な断面において1/4厚において、圧延方向と平行な方向に35μmかつ圧延方向と直角な方向に25μmの範囲の2次電子像を取得する。
(B2)得られた像に、圧延方向に平行な線を5μm間隔で6本引く。
(C2)全てのミクロ組織の界面と線の交点の数を求める。
(D2)上記全ての交点のうち、平行線とパーライトが隣り合う界面との交点の数を、全ての平行線と界面との交点の数で除し、パーライトの界面の割合を算出する(すなわち、パーライト同士の界面と平行線との交点の数/平行線と全ての界面との交点の数)。
(E2)(A2)〜(D2)の手順を、同一試料で5視野実施し、5視野におけるパーライトの界面の割合の平均値を、当該試料の硬質組織の連結性E値とする。
【0079】
熱延工程より後に行われる酸洗及び冷延後の焼鈍工程において、オーステナイトは、パーライトの周囲から逆変態する。そのため、熱延工程においてパーライトの配置を均一にすることにより、その後の逆変態時のオーステナイトも均一に分散する。均一に分散したオーステナイトがベイニティックフェライト、マルテンサイト、残留オーステナイトに変態すると、その配置が引き継がれ、これら硬質組織を均一に分散させることができる。
【0080】
仕上げ圧延は、T1−40℃以上の温度域で完了する。仕上げ圧延温度(FT)は、鋼板の組織制御の点で重要である。仕上げ圧延温度がT1−40℃以上であると、仕上げ圧延後にTi化合物がオーステナイトの結晶粒界に析出し、オーステナイトの粒成長を抑え、仕上げ圧延後のオーステナイトを細粒に制御することが可能となる。一方、仕上げ圧延温度がT1−40℃未満であると、Ti化合物の析出が飽和状態に近づいた、あるいは達した後に歪が加えられることにより、仕上げ圧延後のオーステナイトの結晶粒が混粒となり、その結果、成形性が劣化する。
【0081】
熱間圧延工程では、粗圧延板同士を接合して連続的に熱間圧延を行ってもよいし、また、粗圧延板を一旦巻き取って、次の熱間圧延に供してもよい。
【0082】
[第一冷却工程]
熱間圧延後の熱延鋼板を、熱間圧延後、0〜5.0秒以内に、冷却を開始するとともに、600〜650℃の温度域まで20℃/s〜80℃/sの冷却速度で冷却する。
熱間圧延後、冷却開始までが5.0秒超であると、鋼板の幅方向でオーステナイトの結晶粒径に差が生じるので、冷延焼鈍後の製品において鋼板の幅方向での成形性のバラツキを生み、製品価値の低下を招くので好ましくない。冷却速度が20℃/s未満であると熱延鋼板でのパーライトの連結性E値を0.40以下に抑えることができず、成形性が低下する。一方、冷却速度が80℃/sを超えると、熱延鋼板の板厚表層付近はマルテンサイト主体の組織となり、また板厚中心ではベイナイト及びベイナイトが多く存在するようになり、板厚方向の組織が不均一となって、成形性が低下する。
【0083】
[滞留工程]
[第二冷却工程]
[巻取工程]
第一冷却工程後の熱延鋼板を600〜650℃の温度域(第三の温度域)に、下記式(2)で定める時間t秒以上滞留させ、その後、600℃以下まで冷却する。また、冷却後の熱延鋼板を、600℃以下の温度域で巻取る。巻取りによって、巻取り後の鋼板(熱延鋼板)のミクロ組織において、パーライトの連結性E値が0.4以下、かつ金属組織がベイニティックフェライトを含み、ベイニティックフェライトのうち、15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトの割合が80.0%以上である熱延鋼板が得られる。
ここで、滞留とは、冷却水、ミスト、大気、熱間圧延機のテーブルローラーによる抜熱及び変態で生じる複熱、ヒーターによる温度の上昇を受けて、600〜650℃の温度域で保持されることである。
【0084】
仕上げ圧延終了後から巻取りまでの工程は、本実施形態に係る鋼板において所定の特性を得るために重要な工程である。熱延鋼板のミクロ組織を、鋼板のミクロ組織におけるベイニティックフェライトのうち結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトを80.0%以上に制御することにより、後の熱処理工程において、オーステナイト粒の生成密度を高めることができる。
【0085】
巻取り工程後の熱延鋼板において、ベイニティックフェライトのうち、結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトが生成すると、ベイニティックフェライトの境界には、微細で粒状の未変態のオーステナイトが残存する。
【0086】
つまり、熱延鋼板において炭化物や残留オーステナイトを微細に分散させておくことにより、熱処理後のオーステナイト粒の生成密度を高めることができ、結果として、0.2%耐力を確保することが可能となる。本実施形態に係る鋼板の製造方法では、熱延鋼板のミクロ組織制御により、後工程である焼鈍工程においてオーステナイト粒の生成密度を高め、さらに鋼板に含有するTiの効果によってオーステナイトの粒成長を抑制することにより、オーステナイトの細粒化が実現できる。この2つの効果が発現することにより、冷延鋼板において、所定のミクロ組織を得ることができ、なおかつ所定の特性を満足することが可能になる。
【0087】
熱延鋼板において、ベイニティックフェライトのうち結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトを80.0%以上に制御するためには、巻取りまでの各工程を上述した条件で行うことが必要であり、特に、仕上げ圧延終了後に、600〜650℃の温度域に式(2)で定める時間t秒以上滞留させ、冷却し、600℃以下の温度域で巻取ることが特に重要である。
【0088】
t(秒)=1.6+(10×C+Mn−20×Ti)/8 … (2)
式中の元素記号は、元素の質量%での含有量を示す。
【0089】
滞留温度が600℃未満になると、結晶方位差が大きいベイニティックフェライトが生成するため、結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトの割合が80.0%未満となる。一方、滞留温度が650℃を超えると、E値を0.4以下にすることができない。そのため、滞留温度は、600〜650℃とする。
【0090】
600〜650℃における滞留時間はt秒以上とする。結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトは、結晶方位差が小さいベイニティックフェライト(ラス)の集団が、界面に存在する転位の回復により、一つの結晶粒となった結果、生成する金属組織である。そのため、ある温度で所定の時間以上保持する必要がある。滞留時間がt秒未満となると、熱延鋼板において結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトを80.0%以上確保することができない。そのため、下限をt秒とする。一方、滞留時間に上限は無いものの、10.0秒を超える滞留では熱延のラン・アウト・テーブルに大規模な加熱装置の設置を行う必要が生じるなど、コストの増加を招くため、10.0秒以下が好ましい。
【0091】
熱延鋼板を600〜650℃の温度域でt秒以上滞留させた後、600℃以下まで冷却し、600℃以下で巻取る。巻取り温度(CT)が600℃を超えると、パーライトが生成し、ベイニティックフェライトを80.0%以上確保することができない。そのため、上限を600℃とする。冷却停止温度と巻取り温度とはほぼ等しい。
【0092】
発明者らが鋭意検討した結果、巻取り温度を100℃以下とすることにより、その後の冷間圧延、熱処理工程等を経て生成する残留オーステナイトの面積率をより高めることができることが分かった。そのため、巻取り温度を100℃以下とすることが好ましい。巻取り温度の下限は特に定めないが、室温以下の温度で巻き取ることは技術的に困難であるので、室温が実質的な下限となる。
【0093】
[保持工程]
100℃以下の温度域で巻き取って熱延鋼板とした場合、400℃以上、A1変態点以下の温度域(第七の温度域)まで昇温し、10秒以上10時間以下保持してもよい。この工程によれば、熱延鋼板を冷間圧延が可能な強度まで軟質化することができるので好ましい。この保持工程は、熱延鋼板のミクロ組織や、冷間圧延及び熱処理工程を経て生成する残留オーステナイトの組織分率を高める効果を損なうものではない。熱延鋼板の保持は、大気中、又は水素雰囲気中、又は窒素と水素との混合雰囲気中で行ってもよい。
加熱温度が400℃未満では、熱延鋼板の軟質化効果が得られない。加熱温度がA1変態点を超えると、熱延鋼板のミクロ組織が損なわれ、熱処理後の所定の特性を得るためのミクロ組織を生成させることができない。昇温後の保持時間が10秒未満では、熱延鋼板の軟質化効果が得られない。
A1変態点は、熱膨張試験から求めることができ、例えば1℃/sでサンプルを加熱し、熱膨張変化から求められるオーステナイトの体積率が5%を超える温度をA1変態点とすることが望ましい。
【0094】
[酸洗工程]
[冷延工程]
600℃以下で巻き取った熱延鋼板を巻き戻し、酸洗を施し、冷間圧延に供する。酸洗で、熱延鋼板の表面の酸化物を除去して、冷延鋼板の化成処理性や、めっき性の向上を図る。酸洗は、公知の方法でよく、一回でもよいし、複数回に分けて行ってもよい。
【0095】
酸洗した熱延鋼板を、累積圧下率が40.0%以上80.0%以下となるように冷間圧延する。累積圧下率が40.0%未満では、冷延鋼板の形状を平坦に保つことが難しく、また、最終製品の延性が低下するので、累積圧下率は40.0%以上とする。好ましくは50.0%以上である。これは、例えば、累積圧下率が不十分であると、鋼板内に蓄積する歪が不均一となり、冷延鋼板を焼鈍工程において室温からA1変態点未満の温度域まで加熱する際にフェライトが混粒となり、さらにこのフェライトの形態に起因して焼鈍温度で保持する際にオーステナイトが混粒となり、その結果、組織が不均一になるためであると考えられる。一方、累積圧下率が80.0%を超えると、圧延荷重が過大になり、圧延が困難となる。また、フェライトの再結晶が過剰となり、粗大なフェライトが形成し、フェライトの面積率が60.0%を超え、最終製品の穴拡げ性や曲げ性が劣化する。そのため、累積圧下率を80.0%以下とする。好ましくは70.0%以下である。なお、圧延パスの回数、パス毎の圧下率は、特に限定しない。累積圧下率40.0%以上80.0%以下を確保できる範囲で、適宜設定すればよい。
【0096】
[焼鈍工程]
冷延工程後の冷延鋼板を連続焼鈍ラインに供し、T1−50℃以上960℃以下の温度(第四の温度域)に加熱して焼鈍を施す。焼鈍温度がT1−50℃未満であると、金属組織としてポリゴナルフェライトが60.0%を超え、所定量のベイニティックフェライト及び残留オーステナイトを確保することができない。更に、焼鈍後の冷却工程においてポリゴナルフェライト中にTi化合物を析出させることができず、ポリゴナルフェライトの加工硬化能が低下して、成形性が低下する。そのため、焼鈍温度をT1−50℃以上とする。一方、上限は定める必要はないが、操業上、960℃超にすると、鋼板表面への疵の生成、及び炉内での鋼板の破断を招き、生産性が低下するおそれがあることから、960℃が実質的な上限となる。
焼鈍工程での保持時間は30秒以上、600秒以下とする。焼鈍の保持時間が30秒未満であると、オーステナイトへの炭化物の溶解が十分ではなく、オーステナイト中の固溶炭素の分布が均一化されないので、焼鈍後に固溶炭素濃度が小さな残留オーステナイトが生成するようになる。このような残留オーステナイトは加工に対する安定性が著しく低いので、冷延鋼板の穴拡げ性が低下する。また、保持時間が600秒を超えると、鋼板表面への疵の生成、及び炉内中での鋼板の破断を招き、生産性が低下するおそれがあるので、600秒を上限とする。
【0097】
[第三冷却工程]
焼鈍工程後の冷延鋼板に対し、ポリゴナルフェライトの面積率の制御を目的として、600℃以上720℃以下の温度域(第五の温度域)まで1.0℃/s以上10.0℃/s以下の冷却速度で冷却する。冷却停止温度が600℃未満であると、オーステナイトからフェライトへの変態が遅延し、ポリゴナルフェライトが40%未満となる。そのため、冷却停止温度は600℃以上とする。冷却停止温度までの冷却速度は1.0℃/s以上10.0℃/s以下とする。1.0℃/秒未満であると、フェライトが60.0%を超えるため、1.0℃/秒以上とする。10.0℃/秒を超える冷却速度では、オーステナイトからフェライトへの変態が遅延し、フェライトが40.0%未満となるため、冷却速度は10.0℃/秒以下とする。冷却停止温度が720℃を超えると、フェライトが60.0%を超えるため、冷却停止温度は720℃以下とする。
【0098】
[熱処理工程]
第三冷却工程後の冷延鋼板について、10.0℃/s以上60.0℃/s以下の冷却速度で150℃以上500℃以下の温度域(第六の温度域)に冷却し
(第四冷却)、30秒以上600秒以下保持する。150℃以上500℃以下の温度域まで再加熱後30秒以上600秒以下保持してもよい。
【0099】
この工程は、ベイニティックフェライトを30.0%以上、残留オーステナイトを10.0%以上、マルテンサイトを15.0%以下とするために重要な工程である。冷却速度が10.0℃/s未満、又は冷却停止温度が500℃を超えると、フェライトが生成し、ベイニティックフェライトを30.0%以上確保することができない。
また、冷却速度が60.0℃/sを超える、又は冷却停止温度が150℃未満となると、マルテンサイト変態が促進され、マルテンサイトの面積率が15%を超える。そのため、10.0℃/s以上60.0℃/s以下の冷却速度で150℃以上500℃以下の温度域に冷却する。
その後、この温度域で30秒以上保持することにより、鋼板の金属組織に含まれる残留オーステナイト中へのCの拡散が促進され、残留オーステナイトの安定性が向上し、残留オーステナイトを面積率で10.0%以上確保することが可能である。一方、保持時間が600秒超であると、鋼板表面への疵の生成、及び炉内中での鋼板の破断を招き、生産性が低下するおそれがあることから、600秒を上限とする。
【0100】
10.0℃/s以上60.0℃/s以下の冷却速度で150℃以上500℃以下の温度域に冷却した後、150℃以上500℃以下の温度域まで再加熱後、30秒以上600秒以下保持してもよい。再加熱により、熱膨張による体積変化によって格子歪が導入され、この格子歪によって鋼板の金属組織に含まれるオーステナイト中へのCの拡散が促進され、残留オーステナイトの安定性をより向上させることができるので、再加熱を行うことで、さらに伸び及び穴拡げを向上させることができる。
【0101】
熱処理工程後に、必要に応じて、鋼板を巻き取ればよい。このようにして本実施形態に係る冷延鋼板を製造することができる。
【0102】
熱処理工程後の鋼板に、耐食性等の向上を目的として、必要に応じて、溶融亜鉛めっきを施してもよい。溶融亜鉛めっきを施しても、冷延鋼板の強度、穴拡げ性、延性等は十分に維持することができる。
【0103】
また、溶融亜鉛めっきを施した鋼板に、必要に応じて、合金化処理として、450℃以上かつ600℃以下の温度範囲(第八の温度域)で熱処理を行ってもよい。合金化処理の温度を450℃以上かつ600℃以下とした理由は、合金化処理を450℃以下で行った場合、十分に合金化しないためである。また、600℃以上の温度で熱処理を行うと、合金化が進行しすぎて、耐食性が劣化するためである。
【0104】
なお、得られた冷延鋼板に表面処理を施してもよい。例えば、得られた冷延鋼板に、電気めっき、蒸着めっき、めっき後の合金化処理、有機皮膜形成、フィルムラミネート、有機塩類/無機塩類処理、ノンクロ処理等の表面処理を適用することができる。上記の表面処理を行っても、均一変形能と局部変形能とを十分に維持することができる。
【0105】
また、得られた冷延鋼板に対し、必要に応じて、焼戻し処理を行ってもよい。焼戻し条件は、適宜決定できるが、例えば、120〜300℃で、5〜600秒保持する焼戻し処理を行えばよい。この焼戻し処理によれば、焼き戻しマルテンサイトとして、マルテンサイトを軟化させることができる。その結果、主相であるフェライト及びベイナイトと、マルテンサイトとの間の硬度差が小さくなり、穴拡げ性がより向上する。この再加熱処理の効果は、上記の溶融めっきや合金化処理のための加熱などによっても得ることができる。
【0106】
以上の製造方法により、引張強度が980MPa以上で、0.2%耐力が600MPa以上、打ち抜き疲労特性に優れ、全伸びが21.0%以上かつ穴拡げ性が30.0%以上の特性を有する延性及び穴拡げ性に優れた高強度冷延鋼板を得ることができる。
【0107】
次に、本実施形態に係る熱延鋼板について説明する。
本実施形態に係る熱延鋼板は、本実施形態に係る冷延鋼板の製造に用いる熱延鋼板である。そのため、本実施形態に係る冷延鋼板と同じ成分を有する。
本実施形態に係る熱延鋼板は、金属組織が、ベイニティックフェライトを含み、前記ベイニティックフェライトのうち15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトの面積率が80.0%以上である。前述のとおり、この結晶方位的特徴を有するベイニティックフェライトには、結晶粒内に高い密度で亜粒界が存在する。これらの亜粒界では、冷間圧延時に鋼組織に導入される転位が蓄積する。このため、熱延鋼板で存在した亜粒界は、冷延鋼板を焼鈍工程において、室温からA1変態点未満の温度域で生成する再結晶フェライトの核生成サイトとなり、焼鈍組織の微細化に寄与する。上述の特徴を有するベイニティックフェライトの面積率が80.0%未満であると、焼鈍組織が微細化されないため冷延鋼板の降伏強度が低下する。なお、熱延鋼板で存在する亜粒界の移動度は大傾角粒界に比べて非常に小さい。そのため、A1変態点以下の温度域で10時間以下保持する場合においては、顕著な亜粒界の減少は起きない。
以上の理由から、この熱延鋼板を用いて上述した保持工程以降の工程を行うことによって、所定の組織、特性を有する本実施形態に係る冷延鋼板を得ることができる。
また、本実施形態に係る熱延鋼板は、上述した本実施形態に係る鋼板(冷延鋼板)の製造方法のうち、巻き取り工程までを行うことによって得られる。
【実施例】
【0108】
次に、本発明の実施例について説明する。ただし、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0109】
表1−1〜1−3に示す成分組成A〜CLを有する鋳造スラブを、鋳造後、直接、又は、一旦冷却した後、1100〜1300℃に加熱し、表2−1〜2−12、表3−1〜3−20に示す条件で熱間圧延し、巻き取って熱延鋼板を得た。一部の熱延鋼板には、熱延板焼鈍を行った。
さらに、これらの熱延鋼板に対して、保持、焼鈍、熱処理等を行い、冷延鋼板を得た。一部の冷延鋼板ついては、さらに、焼戻し、溶融亜鉛めっき、合金化処理の1つ以上を上述した条件範囲で行った。
【0110】
【表1-1】
【0111】
【表1-2】
【0112】
【表1-3】
【0113】
【表2-1】
【0114】
【表2-2】
【0115】
【表2-3】
【0116】
【表2-4】
【0117】
【表2-5】
【0118】
【表2-6】
【0119】
【表2-7】
【0120】
【表2-8】
【0121】
【表2-9】
【0122】
【表2-10】
【0123】
【表2-11】
【0124】
【表2-12】
【0125】
【表3-1】
【0126】
【表3-2】
【0127】
【表3-3】
【0128】
【表3-4】
【0129】
【表3-5】
【0130】
【表3-6】
【0131】
【表3-7】
【0132】
【表3-8】
【0133】
【表3-9】
【0134】
【表3-10】
【0135】
【表3-11】
【0136】
【表3-12】
【0137】
【表3-13】
【0138】
【表3-14】
【0139】
【表3-15】
【0140】
【表3-16】
【0141】
【表3-17】
【0142】
【表3-18】
【0143】
【表3-19】
【0144】
【表3-20】
【0145】
巻取り後の熱延鋼板からサンプルを採取し、パーライトの連結性E値と、ベイニティックフェライトのうち結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトの面積率を調査した。また、冷延鋼板からサンプルを採取し、金属組織における、ポリゴナルフェライト、ベイニティックフェライト、残留オーステナイト、マルテンサイトの面積率と、残留オーステナイトのうちアスペクト比が2.0以下であり長軸の長さが1.0μm以下なおかつ短軸の長さが1.0μm以下である残留オーステナイトの割合と、ベイニティックフェライトのうちアスペクト比が1.7以下でありなおかつ結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトの割合と、マルテンサイトとベイニティックフェライトと残留オーステナイトの連結性D値とを評価した。また冷延鋼板の機械的特性として、0.2%耐力、引張強度、伸び、穴拡げ率、打ち抜き疲労特性を以下の方法で評価した。
【0146】
金属組織に関する評価は、上述した方法で行った。
【0147】
0.2%耐力、引張強度、伸びについては、鋼板の圧延方向に直角にJIS5号試験片を採取し、JIS Z
2241に準拠して引張試験を行い、0.2%耐力(YP)引張強度(TS)と全伸び(El)を測定した。穴拡げ率(λ)については、日本工業規格JISZ2256記載の穴拡げ試験方法に従って評価した。
【0148】
また、打ち抜き疲労特性を以下の方法で評価した。すなわち、平行部の幅が20mm、長さが40mm、掴み部を含めた全長が220mmの試験片を、応力負荷方向と圧延方向が平行となるように作製し、平行部の中央に直径10mmの穴をクリアランス12.5%の条件で打ち抜いた。さらに、あらかじめJIS5号試験片により評価した各サンプルの引張強度の40%の引張応力を片振りで上記試験片に繰り返し与え、破断までの繰り返し回数を評価した。なお、繰り返し回数が10
5回を超えた場合に、打ち抜き疲労特性が十分であると判断した。
【0149】
結果を表2−1〜3−20に示す。
【0150】
表2−1〜3−20中の(A)〜(C)は、焼鈍板の組織、(D)〜(E)は、熱延鋼板の組織である。また、(A)は「残留オーステナイトのうちアスペクト比が2.0以下であり長軸の長さが1.0μm以上かつ短軸の長さが1.0μm以下である残留オーステナイトの割合(%)」、(B)は「アスペクト比が1.7以下であり、ベイニティックフェライトのうち15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトの割合(%)」、(C)は「マルテンサイトとベイニティックフェライトと残留オーステナイトの連結性D値」、(D)は「ベイニティックフェライトのうち15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトの面積率(%)、(E)は、パーライトの連結性E値」である。
【0151】
表1−1〜3−20から分かるように、本発明例は、冷延鋼板において、引張強度が980MPa以上で、0.2%耐力が600MPa以上、全伸びが21.0%以上かつ穴拡げ性が30.0%以上の特性を有する。また、打ち抜き疲労特性が、破断までの繰り返し回数で1.0×10
5(表中表示1.0E+05)回以上であり、優れている。
一方、成分、組織、製造方法のいずれか1つ以上が本発明の範囲外である比較例は、機械的特性のいずれか1つ以上が目標値に達していない。
ただし、製造No.AR−3、P−4、V−4、BF−4は、好ましい機械特性は得られているものの、製造方法が好ましくなかったので、鋼板表面への疵の生成、及び炉内での鋼板の破断を招き、生産性が低下した例である。
また、例えば、製造No.Q−2、製造No.AN−2は、第一冷却速度が過剰に速く、表層及び板厚方向で表層から200μmの範囲においてマルテンサイトの割合が10%を超えることに起因して板厚方向の組織が不均一となり、成形性が低下した例である。また、製造No.R−2、製造No.AX−2は、冷間圧延での累積圧下率が低く、焼鈍温度で保持する際にオーステナイトが混粒となり、その結果、フェライトも混粒となって引張変形時に、15μmを超える粗大なフェライトがその他の5μm未満の微細なフェライトよりも先に降伏し、ミクロ的な塑性不安定を引き起こすため全伸びが低下した例である。また、製造No.T−2、製造No.AU−2は、焼鈍時間が短く、オーステナイトへの炭化物の溶解が十分ではなかったので、残留オーステナイト中の平均炭素濃度が0.5%未満となるため加工に対する安定性が低下し、穴拡げ性が低下した例である。また、製造No.X−2、製造No.BA−4は、滞留時間が短く、熱延時のベイニティックフェライトのうち15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトの面積率が低くなったことにより、焼鈍後の組織が微細化されず、降伏強度が低下した例である。また、製造No.BD−2、製造No.F−3は、1000〜1150℃の累積圧下率が低く、粗圧延中の素材の板厚1/4位置において250μmを超えるオーステナイト粒を形成することによって、焼鈍後の冷延鋼板の板厚1/4位置において15μmを超える粗大なフェライトがバンド状に形成することにより、全伸び及び穴拡げ性が低下した例である。また、製造No.L−2、BH−3は、仕上げ圧延温度が低く、仕上げ圧延後に板厚1/4位置におけるオーステナイトの結晶粒が粗大化し、焼鈍後の冷延鋼板の板厚1/4位置において15μmを超える粗大なフェライトがバンド状に形成することにより、全伸び及び穴拡げ性が低下した例である。
尚、本発明例に関しては、上記の表層から200μmの範囲においてマルテンサイトの割合は10%未満、フェライト粒径は15μm以下、残留オーステナイト中の平均炭素濃度は0.5%以上であった。