【課題を解決するための手段】
【0016】
室温を含む50Kより高い温度でも安定して「局在励起子」が得られれば、単一光子を発生させることができる。従来、50K以下でしか単一光子が得られていないのは、高温下では励起子の局在化が熱エネルギーで解けてしまい、励起子が自由に動き回ってしまい、局在励起子が得られていないことによる。
【0017】
本発明では、例えばカーボンナノチューブ表面
の一部に原子、分子、原子層(単原子層又は多原子層)又は分子層を付
着させることにより、
50Kよりも高い温度で動作する程度に深い局在準位を形成して、局在励起子を作る。深い準位を作ることにより、高温まで励起子が局在しやすい。ここで、例えばアモルファスカーボンやアルミナを付
着させることで実現できる。
【0018】
また、上記と同様又は別に、カーボンナノチューブ表面
の一部に、原子、分子、単原子層・多原子層(原子層)・分子層の無機物・有機物、金属、半導体、絶縁体を吸着
又は堆
積させることにより、吸着
又は堆
積が有る部分の誘電率を、吸着
又は堆
積が無いクリーンな部分の誘電率よりも大きくする。
図1のように、吸着
又は堆
積が無いクリーンな部分10Aは、カーボンナノチューブ(CNT)10の内部と外部が真空(真空は、最も小さな比誘電率1を有する)であるため、実効的な誘電率が小さくなる。吸着
又は堆
積が有る部分12では、それらの物質の比誘電率が1よりも大きくなり、実効的な誘電率が上昇する。外部環境によって実効的な誘電率が上昇すると、クーロン相互作用が小さくなるため、
図1のように励起子の束縛エネルギーの減少やバンドギャップの減少が見られる。
図1(A)のように、誘電率上昇による励起子の束縛エネルギー減少が支配的な場合、励起子14の束縛エネルギーが吸着物
又は堆積
物近辺12で小さくなるため、励起子は、束縛エネルギーの小さな吸着物
又は堆積
物近辺12のカーボンナノチューブ部分よりも、それらの物質が無いクリーンなカーボンナノチューブ部分10Aの方が励起子の束縛エネルギーが大きくなることによって、励起子14が感じるポテンシャルが小さくなって、クリーンな部分10Aで励起子が閉じ込められて局在しやすくなり、局在励起子がクリーンな場所に高温でも安定に存在することになる。また、
図1(B)のように、バンドギャップ減少が支配的な場合、バンドギャップが吸着物
又は堆積
物近辺12で小さくなるため、励起子は、バンドギャップの大きなクリーンな部分10Aよりも吸着物
又は堆積
物近辺12の方がバンドギャップは小さくなり、吸着物
又は堆積
物近辺12に励起子14が閉じ込められやすくなり、局在励起子が吸着物
又は堆積
物近辺に高温でも安定に存在することになる。誘電率が変化した際に、励起子の束縛エネルギーの減少による効果が支配的なのか、バンドギャップの減少の効果が支配的なのかは、カーボンナノチューブに形成する吸着物
又は堆積
物近辺の物質の種類・吸着や堆積状態によって異なることや、吸着
又は堆
積によってカーボンナノチューブ自身の電子状態・光物性が影響を受けるため、形成する物質に合わせた励起子閉じ込め構造を構築することにより、効果的に励起子を局在させることが出来る。
【0019】
これらは、意図せずに吸着
又は堆
積される単原子層・多原子層又は分子層の無機物・有機物、金属、半導体、絶縁体でも良いため、特殊な吸着
又は堆
積を行わなくても、カーボンナノチューブの成長時などに導入されるものを使って、カーボンナノチューブの内部や外部の誘電率を制御しても良い。
【0020】
又は、蒸着・スパッタリング・スピンコート・溶液含浸・注入など、あらゆる方法によって人工的に単原子層・多原子層又は分子層の無機物・有機物、金属、半導体、絶縁体を吸着
又は堆
積させることにより、誘電率を制御しても良い。カーボンナノチューブ上・内で吸着
又は堆
積させる場所は、位置を制御しても良いし、ランダムな場所に形成しても良い。
【0021】
用いるカーボンナノチューブは、架橋カーボンナノチューブでも良いし、基板表面に乗っているカーボンナノチューブや薄膜内部などの物質内部に埋め込まれたカーボンナノチューブでも良い。架橋カーボンナノチューブの場合は、カーボンナノチューブへの吸着・堆積の効果が顕著に表れる。基板表面や物質内部に有るカーボンナノチューブでも吸着や堆積の効果はある。さらに基板表面や物質内部の場合は、カーボンナノチューブと基板又は物質の物理的・化学的な接触具合の不均一性によって、カーボンナノチューブ内の励起子が感じる実質的な誘電率が空間的に揺らぐため、吸着・堆積の効果と同様に励起子の閉じ込めと局在の効果が得られるため、吸着・堆積が無い場合でも同様の励起子の閉じ込めと局在の効果が得られ
る。
【0022】
誘電率が大きくなるほど、閉じ込めのポテンシャルの変化が大きくなり、局在性が増す。例えば、金属やアモルファスカーボンなどの導電性の物質を吸着
又は堆
積させた場合、それらの物質による遮蔽効果によって、励起子が感じる実効的な誘電率が高くなるためポテンシャルの変化も大きく、大きな閉じ込め効果が得られる。励起子束縛エネルギーは、誘電率が高いほど小さくなるため、励起子束縛エネルギーの変化の効果が大きい場合、誘電率が高くなる吸着物
又は堆積
物近辺のカーボンナノチューブ部分では励起子が不安定となり、クリーンな部分に励起子が安定化して閉じ込められる。一方、バンドギャップの効果が高い場合、バンドギャップは、誘電率が高くなると小さくなるため、誘電率が高くなる吸着物
又は堆積
物近辺に励起子を閉じ込めることが出来る。また、導電性の物質を吸着
又は堆
積させた場合は、励起子をつくる電子・正孔の波動関数の染み出しが大きくなり、励起子の安定性を制御する効果も得られる。半導体も金属と同様に導電性があるため、遮蔽効果が大きくなり、実効的に誘電率が増加する。また、導電性が小さい絶縁体や金属や分子や有機物でも、比誘電率は真空の比誘電率である1より大きくなるため、誘電率の増大の効果が得られる。そのため、実効的な誘電率が高いほど、励起子を閉じ込めるためのポテンシャルが大きくなることから、励起子閉じ込め効果が大きくなるが、どんな物質でも真空よりは誘電率が高いため、励起子の閉じ込めの効果がある。
【0023】
例えば、
図2(A)のように、カーボンナノチューブ(CNT)10の周りに他の堆積物(例えば原子層堆積装置(ALD)により堆積したアルミナAl
2O
3)12を堆積することで、堆積物12付近の誘電率を上げて励起子を閉じ込めることが出来る。これは、
図2(B)に示す如く、例えば、CNTの発光スペクトルより、アルミナの堆積によってバンドギャップが減少して発光波長がレッドシフトしていることからも示され、アルミナ堆積があるCNT部分に励起子が閉じ込められることを示している。また、
図2(C)に示す如く、励起子束縛エネルギーの効果が大きな場合は、堆積物12の間のクリーンな部分10Aに励起子14を閉じ込めることができる。図において、eは電子、hは正孔、12はアモルファスカーボン等の堆積物である。
【0024】
或いは
図3に示す比較例のように、CNT10のクリーンな部分10Aの軸方向両側に内包物質13を含有させて、内包物質13が有る部分の誘電率を大とし、内包物質13が無いクリーンな部分10Aの誘電率を小としても良い。
【0025】
また、さらに単一光子の観測を促進するためには、吸着物
又は堆積
物近辺のカーボンナノチューブ部分又は吸着物
又は堆積
物自体によって自由励起子発光がクエンチング(抑制)される効果を利用できる。単一光子を高温で効率良く得るためには、熱的に励起された非局在の自由励起子からの発光を抑制する必要がある。上述の局在励起子や誘電率制御により閉じ込められた励起子は、高温では一部又は多くが熱的に励起されて、局在していない自由励起子になる。その場合、単一光子が得られる局在励起子からの発光に加えて、自由励起子からの発光も同時に得られるため、1パルス内の光子が1つに抑制された状態が作れず、単一光子が得られない。一方、吸着物
又は堆積
物近辺のカーボンナノチューブ部分又は吸着物
又は堆積
物自体によって、自由励起子からの発光がクエンチングされた場合、自由励起子がたとえ存在していたとしても発光しないために、局在励起子からの単一光子の取り出しを邪魔しないため、高温でも単一光子を得やすくなる。
【0026】
本発明の実際の例を示す。ここでは、
図4に示すような、微細加工技術で作製したラインアンドスペース基板において、トレンチ(溝)上を1本の単層カーボンナノチューブ(SWNT)が橋渡ししている架橋カーボンナノチューブに対して、波長800nmのパルスレーザー光照射励起で単一光子を生成した。得られた発光の発光スペクトルを
図5(A)に示すが、このサンプルでは、通信波長帯である波長約1.3μmでの発光スペクトルが得られている。この発光に対して、単一光子の生成を確かめる光子相関測定を行ったところ、
図5(B)に示す如く、遅延時間0秒で2次の相関関数が減少するアンチバンチングが観測されており、光子の同時発生が抑制された非古典光が発生していることが確認できた。即ち、2光子の同時発生抑制を示す遅延時間ゼロでの規格化された2次の相関関数の値(g
(2)(0)と呼ばれる)は、低温から室温までほぼ一定値で1を下回っており(<0.6)、低温から室温まで安定して単一光子発生を示すアンチバンチング特性が得られた。
【0027】
本発明は、上記のような知見に基づいてなされたもので、
カーボンナノチューブ表面の一部に、原子、分子、原子層又は分子層を付着させることにより、50Kよりも高い温度で動作する程度に深い局在準位を形成して、50Kよりも高い温度で励起子が局在するようにされていることを特徴とするカーボンナノチューブ単一光子源により、前記課題を解決したものである。
【0029】
ここで、
前記カーボンナノチューブ表面
の一部に吸着
又は堆
積される、原子、分子、原子層又は分子層の無機物、有機物、金属、半導体又は絶縁体により、吸着
又は堆
積が有る部分の誘電率が、吸着
又は堆
積が無いクリーンな部分の誘電率よりも大となる。それにより、誘電率変化に伴う励起子束縛エネルギー変化の効果が大きくなる場合は、該クリーンな部分の励起子の束縛エネルギーが大とされて、該クリーンな部分に励起子が閉じ込められて局在するようにすることができる。また、誘電率変化に伴うバンドギャップ変化の効果が大きくなる場合は、吸着
又は堆
積が有る部分のバンドギャップが小さくなるため、吸着
又は堆
積が有る部分に励起子が閉じ込められて局在するようにすることができる。
【0031】
又、前記無機物、有機物、金属、半導体又は絶縁体の吸着物
又は堆積
物近くのカーボンナノチューブ部分又は該吸着物
又は堆積
物自体によって、熱的に励起された非局在の自由励起子からの発光を抑制することができる。
【0032】
又、前記カーボンナノチューブ表面
の一部に吸着
又は堆
積させる物質を導電性物質(例えばアモルファスカーボン)とすることができる。
【0033】
なお、単一光子を発生させるための励起子の生成方法(励起方法)は、光照射による励起(フォトルミネッセンス)でも良いし、通電による電流注入による励起(エレクトロルミネッセンス)でも良い。どのような方法によって生成される励起子においても、上述の方法を用いることで単一光子を発生させることができる。