特許第6792268号(P6792268)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6792268
(24)【登録日】2020年11月10日
(45)【発行日】2020年11月25日
(54)【発明の名称】ナノシートを含むNMR測定用配向剤
(51)【国際特許分類】
   G01N 24/00 20060101AFI20201116BHJP
   C01G 23/04 20060101ALI20201116BHJP
   C01G 33/00 20060101ALI20201116BHJP
   C01B 32/198 20170101ALI20201116BHJP
【FI】
   G01N24/00 100B
   C01G23/04 C
   C01G33/00 A
   C01B32/198
【請求項の数】8
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2017-105022(P2017-105022)
(22)【出願日】2017年5月26日
(65)【公開番号】特開2018-200233(P2018-200233A)
(43)【公開日】2018年12月20日
【審査請求日】2020年3月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110003063
【氏名又は名称】特許業務法人牛木国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100080089
【弁理士】
【氏名又は名称】牛木 護
(74)【代理人】
【識別番号】100121153
【弁理士】
【氏名又は名称】守屋 嘉高
(74)【代理人】
【識別番号】100194892
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 麻美
(72)【発明者】
【氏名】内田紀之
(72)【発明者】
【氏名】石田康博
(72)【発明者】
【氏名】上野堅登
(72)【発明者】
【氏名】孫志方
(72)【発明者】
【氏名】リチャオチュ
(72)【発明者】
【氏名】山口芳樹
(72)【発明者】
【氏名】佐々木高義
(72)【発明者】
【氏名】海老名保男
(72)【発明者】
【氏名】相田卓三
【審査官】 北川 創
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2013/0177503(US,A1)
【文献】 YAN, Yajing, et al.,Hydroxyapatite/gelatin functionalized graphene oxide composite coatings deposited on TiO2 nanotube b,Applied Surface Science,2015年 2月28日,Vol.329,Page. 76-82
【文献】 MU, Qingxin, et al.,Size-Dependent Cell Uptake of Protein-Coated Graphene Oxide Nanosheets,APPLIED MATERIALS & INTERFACES,2012年 3月13日,Vol. 4,Page. 2259-2266
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/00
C01B 32/198
C01G 23/04
C01G 33/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノシートが、ヒドロキシ基、アミノ基、アミド基、カルボニル基、カルボキシル基、スルホ基、リン酸基、イミダゾール基及びグアニジン基から選ばれる少なくとも1種の官能基を1分子中に35個以上有し、かつ分子量1,500以上の化合物で被覆されているNMR測定用配向剤。
【請求項2】
前記ナノシートの厚みが0.5〜3nm、前記ナノシートの大きさが100nm〜100μmである請求項1記載のNMR測定用配向剤。
【請求項3】
前記ナノシートが酸化チタン、酸化ニオブ及び酸化グラフェンから選ばれる少なくとも1種のナノシートである請求項1又は2に記載のNMR測定用配向剤。
【請求項4】
前記ヒドロキシ基、アミノ基、アミド基、カルボニル基、カルボキシル基、スルホ基、リン酸基、イミダゾール基及びグアニジン基から選ばれる少なくとも1種の官能基を1分子中に35個以上有し、かつ分子量1,500以上の化合物が、タンパク質、タンニン酸、ポリジアリルジメチルアミンクロライド及びコンドロイチン硫酸から選ばれる少なくとも1種である請求項1〜3のいずれか1に記載のNMR測定用配向剤。
【請求項5】
前記タンパク質が、カゼイン、リゾチーム及びアルブミンから選ばれる少なくとも1種である請求項4に記載のNMR測定用配向剤。
【請求項6】
タンパク質、タンニン酸、ポリジアリルジメチルアミンクロライド及びコンドロイチン硫酸から選ばれる少なくとも1種で被覆されている酸化チタンナノシート。
【請求項7】
カゼインで被覆されている酸化ニオブナノシート。
【請求項8】
カゼインで被覆されている酸化グラフェンナノシート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁場中にて自発配向するナノシートをタンパク質等の特定化合物で被覆したNMR測定用配向剤に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の構造解析の手法としては、X線結晶構造解析や核磁気共鳴(NMR)を利用した解析手法が確立されている。
【0003】
X線結晶構造解析は、結晶化した測定対象にX線を照射し、そのときの回折現象を測定することで、タンパク質の立体構造を予測しようとするものである。この場合、測定対象の分子量に制限がないため、非常に大きな化合物を測定対象とすることができる。当然ながら、この手法は結晶化できないサンプルには適応できない。またX線結晶構造解析は、本来、静止した構造を原子レベルの精度で測定しようとするものなので、生体分子等の動的な解析には不向きである。
【0004】
一方、核磁気共鳴(NMR)を利用した構造解析手法は結晶化のプロセスを必要とせず、核のまわりの局所構造や運動性に関する情報を非破壊的に取得することができる。特に、残余双極子結合(RDC)、核四極子相互作用、化学シフト等の異方性項を測定することで、近距離にある原子の相対距離、角度に関する情報のみならず、外部磁場を基準として、互いに離れた原子同士の角度、距離に関する情報を取得することができる。これにより、より精密なタンパク質の立体解析が可能となる。
【0005】
通常、測定対象となる分子は溶媒中でランダムな熱運動をしている。残余双極子結合(RDC)等の異方性項を測定するためには、測定対象の分子を磁場配向させる必要があるが、静磁場に対し一定の方向に配向する性質を持つメディア(以下配向剤とよぶ)を併用することで、測定対象となる分子を配向させ、以ってNMRの精度を向上させることができる。
【0006】
一般に利用可能な配向剤としては、脂質二重膜構造を有するミセルであって、円盤状の形状をしているバイセルと呼ばれる脂質会合体が知られている(特許文献1)。バイセルはアルキル鎖の長いリン脂質と短いリン脂質からなり、P=O結合の磁化率の異方性によって静磁場に対して配向する。配向したバイセルが測定対象となる分子と相互作用を繰り返すことにより、対象分子を磁場に対して配向させることができる。
【0007】
また、pf1と呼ばれる繊維状ファージを用いた配向剤も一般に利用可能である(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2011−89946号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Hansen MR, Mueller L, Pardi A.(1998) Nat Struct Biol Dec;5(12):1065-74
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、測定対象の分子を、バイセルを用いて配向させる場合には、バイセルの濃度を比較的高濃度に調整しなければならない。バイセルは単位重量あたりのコストが高いので、バイセルを用いた高濃度の配向剤は経済的に好ましくない。さらに、バイセルを磁場によって自発磁場配向させるためには、バイセルを含有する溶液温度を約30〜50℃という限られた範囲に調整する必要がある。つまりバイセルを用いた配向剤は調製が難しいという問題がある。さらに、配向剤や測定対象の分子を使用後に回収できないという問題もある。
【0011】
繊維状ファージ(pf1)を用いた配向剤は、低濃度で機能するものの、バイセルよりも高価格である。また、繊維状ファージを用いた配向剤は測定対象の分子に合わせた表面修飾ができないため、測定対象の分子が非常に限られ汎用性が低い。加えて、配向剤にファージを用いるため、使用に際して適切なバイオハザード対策が必要となる問題がある。
【0012】
従って、本発明の目的は、上記従来技術の問題点を解消し、調製が容易で取扱い性、経済性及び汎用性に優れ、安定的な磁場配向が可能なNMR測定用配向剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究した結果、下記のナノシートが上述した課題を解決できることを見出し、本発明を完成した。
即ち、本発明は、次の発明を提供するものである。
【0014】
<1>
ナノシートが、ヒドロキシ基、アミノ基、アミド基、カルボニル基、カルボキシル基、リン酸基、イミダゾール基及びグアニジン基から選ばれる少なくとも1種の官能基を1分子中に35個以上有し、かつ分子量1,500以上の化合物で被覆されているNMR測定用配向剤。
【0015】
<2>
前記ナノシートの厚みが0.5〜3nm、前記ナノシートの大きさが100nm〜100μmである<1>記載のNMR測定用配向剤。
【0016】
<3>
前記ナノシートが酸化チタン、酸化ニオブ及び酸化グラフェンから選ばれる少なくとも1種のナノシートである<1>又は<2>に記載のNMR測定用配向剤。
【0017】
<4>
前記ヒドロキシ基、アミノ基、アミド基、カルボニル基、カルボキシル基、スルホ基、リン酸基、イミダゾール基及びグアニジン基から選ばれる少なくとも1種の官能基を1分子中に35個以上有し、かつ分子量1,500以上の化合物が、タンパク質、タンニン酸、ポリジアリルジメチルアミンクロライド及びコンドロイチン硫酸から選ばれる少なくとも1種である<1>〜<3>のいずれか1に記載のNMR測定用配向剤。
【0018】
<5>
前記タンパク質が、カゼイン、リゾチーム及びアルブミンから選ばれる少なくとも1種である<4>に記載のNMR測定用配向剤。
【0019】
<6>
タンパク質、タンニン酸、ポリジアリルジメチルアミンクロライド及びコンドロイチン硫酸から選ばれる少なくとも1種で被覆されている酸化チタンナノシート。
【0020】
<7>
カゼインで被覆されている酸化ニオブナノシート。
【0021】
<8>
カゼインで被覆されている酸化グラフェンナノシート。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】酸化チタンナノシートの模式図である。
図2】磁場配向している酸化ニオブナノシート及び酸化グラフェンナノシートの概略図である。
図3】磁場配向している酸化チタンナノシートの概略図である。
図4A】ナノシート分散液の写真である。
図4B】塩化ナトリウム存在下でのナノシート分散液の写真である。
図5A】コーティング剤なしのナノシートの動的光散乱(DLS)法による大きさ分布を表すグラフである。
図5B】ナノシートの動的光散乱(DLS)法による大きさ分布を表すグラフである。
図6A】コーティング剤なしのナノシートの透過型電子顕微鏡(TEM)画像である。
図6B】コーティング剤でコートされたナノシートの透過型電子顕微鏡(TEM)画像である。
図7】ナノシートの原子間力顕微鏡(AFM)画像である。
図8】ナノシートの製造時に用いたタンパク質の量とナノシートに吸着したタンパク質の量との相関を表すグラフである。
図9】CBB染色によるタンパク質コート前後のナノシートの吸収スペクトルである。
図10】タンパク質吸着量の経時変化を表すグラフである。
図11】蛍光ラベルしたモデル化合物とナノシート混合液の共焦点レーザー顕微鏡画像である。
図12】ナノシートのX線小角散乱(SAX)解析の概略図及びナノシートのX線小角散乱(SAX)解析画像である。
図13】コーティング剤なしのナノシート分散液中におけるDO四極子相互作用の分裂ピークである。
図14】コーティング剤でコートされたナノシート分散液中におけるDO四極子相互作用の分裂ピークである。
図1513Cラベルしたグルコースの13C−NMR測定結果である。
図16】TiNSCas及びNbNSCasのIPAP−HSQCスペクトルである。
図17】TiNSCas及びNbNSCasのIPAP−HSQCスペクトル解析から算出したRDCの結果をまとめた図である。
図18】TiNSCasのIPAP−HSQCスペクトル解析から算出したRDCと既報の構造から計算されたRDCとの相関を表すグラフである。
図19】TiNSCas及びTiNSの遠心分離後の上澄み液のSDS−PAGEの結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
ナノシート
本明細書において「ナノシート」とは、ナノスケールの厚みを持つシートを指す。ナノシートの厚みは、原理的には原子一つ分の厚みまで薄くすることができるが、一般的に0.5nm以下のナノシートは作製が難しい。本発明のナノシートの厚みは、後述するコーティング剤を含めないで0.5〜3.0nmが好ましく、1.0〜2.5nmがより好ましい。また、コーティング剤を含めたナノシートの厚みは10nm以下であることが好ましい。なお、本発明において、ナノシートの厚みは、原子間力顕微鏡(AFM)によって観察される任意の箇所の断面プロファイルから算出した値をいう。
本発明のナノシートの大きさは、磁場配向性の観点から100nm以上が好ましい。ナノシートの大きさは溶液に分散する限り大きいことが好ましいが、実際、上限値としては100μm程である。
なお、本発明において、ナノシートの大きさとは、ナノシートの広がり方向の大きさを意図するものであり、動的光散乱法によって測定した体積基準の頻度分布において累積頻度で50%となる粒径として算出された値をいう。
したがって、典型的なナノシートの大きさは数μm、厚みは数nmのオーダーであって、この場合、厚みに対する大きさのアスペクト比は約1:10である。
【0024】
本発明では、ナノシートとして、外部磁場に対する磁場感受率が異方的性質を示すものを用いる。この種のナノシートに外部から磁場を加えると、ナノシートが磁場を感じる度合(磁場感受率)が磁場の印加方向によって異なるため、エネルギー的に最も安定な方向、つまり磁場とナノシートの相互作用ポテンシャルが最小となる方向にナノシートが配向する。
【0025】
このようなナノシートは公知の方法を用いて製造することが可能で、特に層状の前駆体を単層化することで表面積の大きなナノシートを得ることができる。大きな表面積が得られることにより、より大きな磁場配向性を得ることができる。本発明のナノシートは、被覆のないナノシートのみの状態で水、グルコース等の糖類などの小分子を配向させることが可能である。加えて、ナノシートを後述するタンパク質等のコーティング剤で被覆することで、分子量の大きなタンパク質を溶液中にて磁場配向させることも可能となる。
ナノシートの磁場配向は、ナノシートを構成する原子の磁化異方性の総和が溶液中の自由運動よりも上回ったときに起こる。異方性の大きさに差はあるものの、全てのナノシートは磁化異方性がある原子から構成されているため、ナノシートの大きさが十分に大きければ、理論上は構成する原子の種類や組成によらず、すべてナノシートは配向する。このため、本発明のナノシートとしては、磁場配向性を有するナノシートであればその種類や組成は問わないが、例えば、以下のものが挙げられる。
【0026】
Ti0.91O2、Ti0.87O2、Ti3O7、Ti4O9、Ti5O11等の酸化チタンナノシート;Nb3O8、Nb6O17、Ca2Nb3O10等の酸化ニオブナノシート;酸化グラフェン;グラフェン;ボロンナイトライド(h-BN);グラフィティックカーボンナイトライド(g-C3N4);ポリ乳酸、ポリチオフェン、ポリスチレン等のナノシート;DNA(DNA折り紙);金属有機構造体(Molecular organic framework; MOF) ナノシート;共有結合性有機構造体(Covalent organic framework; COF) ナノシート;黒リンナノシート;ペプトイドのナノシート;ハイドロキシアパタイト(Ca5(PO4)3(OH))、NbS3、NbSe3、NbTe3、Ti、Ti-Ni、Zn-Ti、Zn-Al、Pd、Co9Se8、TiS3、TiSe3、TiTe3、TaS3、TaSe3、TaTe3、MnPS3、CdPS3、NiPS3、Mn0.5Fe0.5PS3、MoCl2、MoS2、RuCl2、CrCl2、BiI3、BiS3、PbCl4、V2O5、MoO3、TaO3、WO3、HNbWO6、HTaWO6、HNb3O8、MnO2、Nax(Mn4+,Mn3+)2O4、Sr2RuO4、KCa2Nb3O10、H2W2O7、LaNb2O7、La0.90Eu0.05Nb2O7、Eu0.56Ta2O7、Sr2RuO4、Sr3Ru2O7、SrTa2O7、Bi2SrTa2O9、Sr2Nb3O10、NaCaTa3O10、CaLaNb2TiO10、La2Ti2NbO10、Ba5Ta4O15、LaOCuCh (Ch: カルケノイドおよびその誘導体)、Sr2MO2Cu2-δS2(M = Mn, Co, Ni)、Sr2MnO2Cu2m-0.5Sm+1(m = 1-3)、Sr4Mn3O7.5、Cu2Ch2(Ch=S, Se)、LaOFeAs、VOCl、CrOCl、FeOCl、NbO2F、WO2Cl2、FeMoO4Cl、GaX (X = S, Se, Te)、InX (X = S, Se, Te)、CaHPO4、Mn+x/n. yH2O[Al4-xMgx](Si8)O20(OH)4(M: カチオン) 、 [(Mg3)(Si2O5)2(OH)2]、[Mg6Si6Al2O20(OH)4] [Mn+1/n] (Mg6) (M: カチオン) 、[(MgFe)3(Si3Al)O10(OH)2]K、[(Mg6)(Si6Al2)O20(OH)4]Ba、[Mg11/4(Si6Al2)O20F4][(M2+)3/2(M: カチオン) 、[(Al2)(Si2Al2)O10(OH)2]Ca、[(Al2)(Si3Al)O10(OH)2]K、[Al4Si4O10](OH)8、Al4Si4O10(OH)8.4H2O、(Mg2+x, Mg3+x(OH)2 (An-)x/n. yH2O) (A: アニオン)、Ti3C2等のナノシート
【0027】
上記した中でも、本発明のナノシートとしては、酸化チタン、酸化ニオブ及び酸化グラフェンのナノシートが特に好ましい。
【0028】
酸化チタンナノシート
酸化チタンナノシートは二次元的なナノ構造を有し、層状チタン酸化合物の単結晶を、温和な条件にて化学処理し、結晶構造の基本最小単位である層1枚にまで剥離することにより得ることができる。酸化チタンナノシートは非常に大きい軸比の形状を持っており、例えばTi0.870.13(□:空孔)の結晶構造を有する酸化チタンは、厚さ約0.75nm、横幅が数μmとなる(図1を参照)。この種のナノシートは磁場による配向軸がナノシートの厚み方向であり、また高密度の負電荷を帯びて表面積も大きいため、シート間には強い静電反発力が働いている。このため、シート間の強い静電反発力のために分散性に優れており、外部磁場中にてナノシートが層状に配列する。
【0029】
は磁場配向している酸化チタンナノシートの概略図である。左図は側面図、右図は上面図を示す。記号Bは磁場を表し、記号B横の矢印及び中黒丸印は磁場の方向を示している。酸化チタンナノシートは外部磁場の方向がシートの法線方向に一致するように配向する。また、静電的な斥力が大きく働くため、全てのナノシートの面が同一方向を向き、互いに向かい合わせとなるように配向する性質を持つ。このため強力な配向力を有する。
【0030】
酸化ニオブナノシート
は磁場配向している酸化ニオブシートの概略図である。左図は側面図、右図は上面図を示す。記号Bは磁場を表し、記号Bの脇にある矢印及び中黒丸印は磁場の方向を示している。酸化ニオブナノシートは外部磁場の方向がシートの接線方向に一致するように配向するため、シートの接線方向となるナノシートの配向軸を中心に回転自在となっている。
【0031】
酸化グラフェンナノシート
酸化グラフェンナノシートは、酸化ニオブナノシートと同様に外部磁場の方向がシートの接線方向に一致するように配向するため、シートの接線方向となるナノシートの配向軸を中心に回転自在となっている。
【0032】
ナノシートコーティング剤
本発明のナノシートはコーティング剤で被覆することによって、グルコース等の小分子のみならず、より分子量の大きなタンパク質を磁場配向させてNMR測定することができる。そして、ナノシート表面を被覆するコーティング剤をNMR測定対象分子に応じて選択することにより、ナノシートと測定対象分子の相互作用を最適に調節し、以ってタンパク質(測定対象分子)の非特異吸着等を抑制することができる。さらに、コーティング剤による被覆によってナノシートの分散性をpH及び塩の存在に大きく左右されずに保持することができる。
【0033】
本発明のコーティング剤は、多点的にナノシートに物理吸着できる水溶性化合物である。上記コーティング剤は水素結合、双極子相互作用などを介してナノシートに吸着する。このため、本発明のコーティング剤は、以下の構造で表される、ヒドロキシ基、アミノ基、アミド基、カルボニル基、カルボキシル基、スルホ基、リン酸基、イミダゾール基及びグアニジン基から選ばれる少なくとも1種の極性を持つ官能基を1分子中に35個以上有する化合物である。
【化1】

1分子中のヒドロキシ基、アミノ基、アミド基、カルボニル基、カルボキシル基、スルホ基、リン酸基、イミダゾール基及びグアニジン基から選ばれる少なくとも1種の官能基の数は、50個以上であることが好ましく、100個以上であることがより好ましい。該官能基の数の上限値は特に制限されないが、後述するタンパク質においては、通常100〜1000個程である。
なお、本発明において、該官能基の数は、上述した官能基を1つの官能基として数えるものとする。例えば、コーティング剤がその分子中にアミド基を有する場合、該アミド基をカルボニル基とアミノ基とに分けて官能基数2と数えるのではなく、1つのアミド基として官能基数1と数える。
【0034】
上記官能基数に加えて、ナノシートに物理吸着し相互作用が多点的に行われるためには、本発明のナノシートコーティング剤の分子量は1,500以上である必要があり、1,700以上であることが好ましい。本発明において、コーティング剤の分子量は、コーティング剤の種類に応じて適宜決定される。例えば、コーティング剤が後述するタンニン酸のような単一の化合物である場合、分子量は化学式量である。一方、コーティング剤が後述するポリジアリルジメチルアミンクロライドに代表される合成高分子化合物である場合、該化合物の分子量は、該化合物の動的光散乱法(DLS)によって算出された、体積基準の頻度分布において累積頻度で50%となる平均粒径から、同程度の粒径を有するポリエチレングリコール(PEG)の分子量への換算した平均分子量である。また、コーティング剤が後述するカゼインに代表されるタンパク質である場合、当該タンパク質の分子量は、既知のアミノ酸配列の分子構造から計算で求めたものである。
コーティング剤の分子量の上限値は特に制限されないが、後述するタンパク質においては、通常一万〜十万程度である。
【0035】
上記官能基数及び分子量を有するコーティング剤としては、以下の構成単位が複数結合した高分子化合物が挙げられ、この高分子化合物は天然高分子化合物であっても合成高分子化合物であってもよい。
【0036】
コーティング剤の構成単位としては、例えば、アルギニン、ヒスチジン、アラニン、グリシン、セリン、アスパラギン酸、リシン、グルタミン酸、アラニン、グルタミン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、イソロイシン、ロイシン、システイン、バリン、チロシン、トリプトファン、トレオニン、アスパラギン等のアミノ酸を挙げることができる。
【0037】
コーティング剤としては、これらアミノ酸のうち1種類を構成単位とするポリアミノ酸であってもよく、2種以上を構成単位とするポリアミノ酸であってもよい。1種類のアミノ酸を構成単位とポリアミノ酸として、ポリアルギニン、ポリヒスチジン、ポリアラニン、ポリグリシン、ポリセリン、ポリアスパラギン酸、ポリリシン、ポリグルタミン酸、ポリアラニン、ポリグルタミン、ポリメチオニン、ポリフェニルアラニン、ポリプロリン、ポリイソロイシン、ポリロイシン、ポリシステイン、ポリバリン、ポリチロシン、ポリトリプトファン、ポリトレオニン、ポリアスパラギン等が挙げられる。
【0038】
また、2種以上のアミノ酸を構成単位とするポリアミノ酸として、カゼイン、リゾチーム、アルブミン、ペプシン、リボヌクレアーゼ、血清タンパク質、プロタミン、コンカナバリンA、線維芽細胞増殖因子(FGF)、腫瘍壊死因子(TNF)、トランスフォーミング成長因子(TGF)、神経成長因子(NGF)、上皮成長因子(EGF)、インスリン様成長因子(IGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM−CSF)、血小板由来成長因子(PDGF)、エリスロポエチン(EPO)、トロンボポエチン(TPO)、肝細胞増殖因子(HGF)、骨形成タンパク質(BMP)、免疫グロブリン、グルコースオキシダーゼ、オボアルブミン、レクチン、フェリチン、ヘモグロビン、ミオグロビン、トリプシン、チトクロムC、コラーゲン、ゼラチン、ストレプアビチン、アビチン、シャペロニン、インスリン、アミロイドβ、ペルオキシダーゼ、カタラーゼ、蛍光タンパク質(GFP、BFP、YFP、RFP)、フィブロネクチン、ラミニン、プロテオグリカン、テネイシン、エラスチン、フィブリリン、エンタクチン、アミラーゼ、セルラーゼ、アルカリホスファターゼ、エステラーゼ等の各種タンパク質が挙げられる。
【0039】
また、コーティング剤として、ポリビニルアルコール、ポリカテコール、ポリアクリルアミド、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリジメチルアクリルアミド、ポリアミドアミン、ポリビニルピロリドン、ポリアクリルアミド2−メチル1−プロパンスルホン酸、ポリウレタン、ポリウレア、ポリチオウレア、ポリエチレンイミン、ポリアクリル酸、ポリアリルアミン、ポリスチレンスルホン酸、ポリビニルスルホン酸、ポリジアリルジメチルアミンクロライド、ポリジメチルアミノエトキシメタクリレート、ポリトリメチルアミノエトキシメタクリレート塩酸塩、ポリアネトールスルホン酸等が挙げられる。
これらは単独重合体であっても、これら2種以上からなる共重合体であってもよく、共重合体である場合、各単量体の配列はランダム、ブロック、グラフトのいずれであってもよい。また、これらの重合体がイオン性電解質の場合は、その塩もコーティング剤として含まれる。
【0040】
さらに、コーティング剤として、アガロース、キチン、キトサン、アルギン酸、ヒアルロン酸、カードラン、プルラン、セルロース、ジェランガム、デキストラン、シクロデキストラン、アルビノガラクタン、デンプン、コンドロイチン硫酸、ヘパラン硫酸、ヘパリン、ペクチン等の糖鎖も挙げられる。これらの糖鎖がイオン性電解質の場合は、その塩もコーティング剤として含まれる。
【0041】
また、コーティング剤として、上述した構成単位が複数結合した高分子化合物以外に、タンニン酸のような1分子中に多数のフェノール性水酸基を有する化合物も、上記官能基数及び分子量を満たす限りにおいて使用可能である。
【0042】
さらに、本発明のナノシートコーティング剤としては、前記化合物のうち少なくとも1種を含む混合物であってもよい。該混合物は、前記化合物を混合物中2重量%以上99重量%未満含むものであり、20〜80重量%含むものが好ましい。このような混合物としては、スキムミルク、寒天等を挙げることができる。
【0043】
コーティング剤の種類は、NMR測定対象分子に応じて適宜選択される。例えば、測定対象分子がアニオン性である場合には、ナノシートはカゼイン等のアニオン性のコーティング剤で被覆されることが好ましい。また、測定対象分子がカチオン性の分子である場合には、ナノシートはリゾチーム等のカチオン性のコーティング剤で被覆されることが好ましい。
コーティング剤の選択に際しては、例えば、コーティング剤で被覆したナノシートと蛍光ラベルした測定対象分子とを混合し、共焦点レーザー顕微鏡により観察したとき強い蛍光が観察される場合は、コーティング剤として好ましくない。これは、コーティング剤で被覆したナノシート及び測定対象分子との相互作用が強く、その配向性の妨げになるためである。一方、同様に観察したとき弱い蛍光が観察される場合は、コーティング剤で被覆したナノシートの配向性が妨げられることなく、測定対象分子と共に良好に配向するため、コーティング剤として好ましい。
【0044】
コーティング剤によって被覆されたナノシートの調製
ナノシートの被覆は例えば以下の通り行うことができる。
1.ナノシートに対して過剰量のコーティング剤と、ナノシートとを、適当な溶媒中で混合する。
このとき用いる溶媒は、コーティング剤及びナノシートの組み合わせによって適宜選択される。すなわち、両者が溶解又は分散可能で、かつ両者と反応しない溶媒から適宜選択される。例えば、水、各種緩衝液、テトラメチルアンモニウム(TMA)、テトラブチルアンモニウム(TBA)等を用いることができる。過剰量のコーティング剤とは、通常ナノシートに対してコーティング剤を5倍重量以上とすれば十分である。
【0045】
2.調製したコーティング剤とナノシートの混合溶液を一定時間静置する。
このときの静置時間は、コーティング剤及びナノシートの組み合わせ、すなわち両者の相互作用の強さにより適宜決定されるが、通常数分〜60分程である。
【0046】
3.未吸着のコーティング剤を除去するため、静置された混合溶液に遠心操作を行う。
必要に応じて、遠心操作後に得られた沈殿物を適当な溶媒に再分散させてもよく、さらに遠心操作と再分散による洗浄を繰り返し行ってもよい。このときの遠心条件は、コーティング剤及びナノシートの種類によるが、通常15,000rpm、4℃で15分である。
【0047】
なお、本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【実施例】
【0048】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【0049】
[実験材料及び方法]
コーティング剤は以下のものを用いた。
カゼイン:市販品(Wako社製)
アルブミン:市販品(Wako社製)
リゾチーム:市販品(Wako社製)
スキムミルク:市販品(Wako社製、カゼイン27重量%含有物)
タンニン酸:市販品(Aldrich社製)
ポリジアリルジメチルアミンクロライド:市販品(Aldrich社製、平均分子量36,000、極性官能基数222/1分子)
コンドロイチン硫酸:市販品(Wako社製、平均分子量144,000、極性官能基数1787/1分子)
PEG修飾カテコール:以下の方法により合成した。
【0050】
PEG修飾カテコールの合成方法
0.025mmolのPEG-NHS(分子量10,000 g/mol、SUNBRIGHT社)と0.040 mmolのカテコール(東京化成)を0.070 mmolの4-Nメチルモルフォリン存在下、ジメチルホルムアミド(DMF)中において一晩反応させた。その後、透析処理によって未反応分子を除去し、反応生成物である下記式に示すPEG修飾カテコール(平均分子量10,153、極性官能基数3個/1分子)を得た。なお、PEG-NHSの分子量はゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)による、PEG換算により求めた。
【化2】

n=223(平均値)
【0051】
また、カゼインは過去の報告(Tomishige M, Vale RD.(1998) J Cell Biol 151:1081-92)を参考にし、市販のカゼインを水酸化ナトリウムで一晩塩基処理をし、その後遠心操作によって沈殿物を取り除いたものを用いた。カゼイン以外のコーティング剤は、市販品をそのまま用いた。
【0052】
ポリジアリルジメチルアミンクロライドの分子量は、動的光散乱法(DLS)によって平均粒径を求めたところ4.17 nmであり、同程度の粒子半径を有するPEGの分子量への換算により求めた。
同様に、コンドロイチン硫酸の分子量は動的光散乱法(DLS)によって求めた平均粒径を求めたところ6.61 nmであり、同程度の粒子半径を有するPEGの分子量への換算により求めた。
【0053】
動的光散乱(DLS)によるナノシートの大きさ測定
装置:Zetasizer Nano ZSP(商品名、Malvern社製)
測定条件:室温
試料:酸化チタンナノシート重量が0.008重量%のナノシート分散液を測定に用いた。
【0054】
透過型電子顕微鏡(TEM)によるナノシートの観察
装置:JEM-1230(商品名、JEOL社製)
測定条件:室温、真空環境下
試料:酸化チタンナノシート重量が0.008重量%のナノシート分散液を測定に用いた。
【0055】
原子間力顕微鏡(AFM)によるナノシートの観察
装置:CypherS(商品名、Asylum Research社製)
測定条件:室温
【0056】
ゼータ電位測定
装置:Zetasizer Nano ZSP(商品名、Malvern社製)
測定条件:室温
試料:酸化チタンナノシート重量が0.008重量%のナノシート分散液を測定に用いた。
【0057】
X線小角散乱(SAX)
装置:BL45XU in SPring-8
試料:酸化チタンナノシート重量が0.4重量%のナノシート分散液を磁場で配向させた状態でハイドロゲル化によって固定し、測定に用いた。
【0058】
核磁気共鳴(NMR)測定
装置:JNM-ECA-500(商品名、JEOL社製)
測定条件:0℃〜90℃、ナノシートによる重水の四極子相互作用の測定
試料:酸化チタンナノシート重量が0.1~3.0重量%のナノシート分散液の測定に用いた。
装置:ACANCE-500(商品名、Bruker社製)
測定条件:0℃〜50℃、タンパク質のH−15NのHSQC解析
試料:酸化チタンナノシート重量が1.5重量%のナノシートおよび15NでラベルされたGB1タンパク(4 mg/mL)分散液の測定に用いた。
装置:ACANCE-600(商品名、Bruker社製)
測定条件:65℃〜80℃、タンパク質のH−15NのHSQC解析
試料:酸化チタンナノシート重量が1.5重量%のナノシートおよび15NでラベルされたGB1タンパク(4 mg/mL)分散液の測定に用いた。
【0059】
[ナノシートの製造]
参考例、実施例及び比較例で用いたナノシートを表1にまとめた。各例のナノシートの製造方法を以下に示す。
【表1】
【0060】
[参考例1]TiNSの製造
既報(Tanaka T, Ebina Y, Takada K, Kurashima K, Sasaki T.(2003) Chem Mater;15:3564-3568)に従い酸化チタンナノシート(「TiNS」と表記する、組成Ti0.87O2)を製造した。以下特段の記載がない限り、TiNSはテトラメチルアンモニウム(TMA)溶液(1mM)に分散させたものを各種測定に用いた。
【0061】
[参考例2]smallTiNSの製造
実施例1で製造したTiNSに対して超音波発生機(商品名XL−2000 MicrosonTM、Qsonica社製)で超音波処理を3分間行い、酸化チタンナノシート(「smallTiNS」と表記する)を製造した。以下特段の記載がない限り、smallTiNSはテトラメチルアンモニウム(TMA)溶液(1mM)に分散させたものを各種測定に用いた。
【0062】
[参考例3]NbNSの製造
既報(Schaak RE, Mallouk T.(2002) Chem Mater 14:1455-1471)に従い酸化ニオブナノシート(「NbNS」と表記する、組成Ca2Nb3O10)を製造した。以下特段の記載がない限り、NbNSはテトラブチルアンモニウム(TBA)溶液(1mM)に分散させたものを各種測定に用いた。
【0063】
[実施例1]TiNSCasの製造
2.0重量%のカゼインを含有するトリス塩酸緩衝液(1mM、pH8.0)を500μLと、0.4重量%の参考例1のTiNSを含有する水溶液500μLとの混合液を作製した。該混合液を60分間静置した後、該混合液に10秒間超音波処理を行った。
未吸着のカゼインを除去するため、遠心分離機(商品名CT15RE、HITACHI社製)を用いて遠心操作(15,000rpm)を4℃で15分行った。
生じた沈殿物を1mLのトリス塩酸緩衝液(1mM、pH7.7)に再分散させた。この遠心操作と再分散による洗浄操作を3回行い、最終沈殿物を500μLのトリス塩酸緩衝液(1mM、pH7.7)に再分散させ、カゼインコートチタンナノシート(TiNSCas)分散液を得た。なお、分散液におけるTiNSCasの濃度は、最終沈殿物を分散させる緩衝液量を調節して、各種測定に最適な濃度となるように調整した。また、以下特段の記載がない限り、TiNSCasは再分散時の緩衝液に分散させたものを各種測定に用いた。
【0064】
[実施例2]TiNSAlbの製造
2.0重量%のカゼインの代わりに2.0重量%のアルブミンを用いた以外は実施例1と同様にして、アルブミンコートチタンナノシート(TiNSAlb)分散液を得た。
【0065】
[実施例3]TiNSLysの製造
2.0重量%のリゾチームを含有するテトラメチルアンモニウム(TMA)溶液(2mM)500μLと、0.1重量%の参考例1のTiNSを含有する水溶液500μLとの混合液を作製した。該混合液を60分間静置した後、実施例1と同様の遠心操作によって未吸着のリゾチームを取り除いた。沈殿物を500μLのトリス塩酸緩衝液(1mM、pH2.3)に分散させ、リゾチームコートチタンナノシート(TiNSLys)分散液を得た。
【0066】
[実施例4]TiNSSkimの製造
2.0重量%のカゼインの代わりに2.0重量%のスキムミルクを用いた以外は実施例1と同様にして、スキムミルクコートチタンナノシート(TiNSSkim)分散液を得た。
【0067】
[実施例5]TiNSTanの製造
0.85重量%のタンニン酸を含有する水溶液1mLと、0.5重量%の参考例1のTiNSを含有する水溶液4mLとの混合液を作製した。該混合液を5分間静置した後、実施例1と同様の洗浄操作を再分散水溶液として純水を用いて10回行うことで、タンニン酸コートチタンナノシート(TiNSTan)分散液を得た。
【0068】
[実施例6]TiNSPDDAの製造
0.1重量%のポリジアリルジメチルアミンクロライド(PDDA)を含有する水溶液1mLと、0.02重量%の参考例1のTiNSを含有する水溶液1mLとの混合液を作製した。該混合液を60分間静置した後、実施例3と同様の遠心操作によって未吸着のPDDAを取り除くことで、沈殿物を500μLのトリス塩酸緩衝液(1mM、pH2.3)に分散させ、PDDAコートチタンナノシート(TiNSPDDA)分散液を得た。
【0069】
[実施例7]TiNSChoの製造
0.2重量%のコンドロイチン硫酸(Cho)を含有する水溶液1mLと、0.01重量%の参考例1のTiNSを含有する水溶液1mLとの混合液を作製した。該混合液を60分間静置した後、実施例1と同様の洗浄操作を再分散水溶液として純水を用いて3回行うことで、コンドロイチン硫酸コートチタンナノシート(TiNSCho)分散液を得た。
【0070】
[実施例11]NbNSCasの製造
参考例1のTiNSの代わりに参考例3のNbNSを用いた以外は実施例1と同様にして、カゼインコートニオブナノシート(NbNSCas)分散液を得た。
【0071】
[実施例12]GONSCasの製造
参考例1のTiNSの代わりにGONS(商品名Rap eGO(TQ11)、NiSiNa material社製)を用いた以外は実施例1と同様にして、カゼインコート酸化グラフェンナノシート(GONSCas)分散液を得た。
【0072】
[比較例1]TiNSCateの製造
0.2重量%のPEG修飾カテコールを含有する水溶液1mLと、0.8重量%の参考例1のTiNSを含有する水溶液1mLとの混合液を作製した。該混合液を60分間静置した後、実施例1と同様の洗浄操作を10回行うことで、PEG修飾カテコールコートチタンナノシート(TiNSCate)分散液を得た。
【0073】
[ナノシートの構造評価]
(1)分散液の観察
各例で得られたナノシート分散液(ナノシート濃度0.4重量%)の写真を図4Aに示す。いずれの実施例のナノシートも液中で分散していることが目視で確認できた。また、TiNSの分散液においてはTiNSのドメイン構造に由来する特徴的なもや状のテクスチャーがコート後の分散液においても確認できた。
【0074】
次に、TiNS、TiNSCas、TiNSAlb、TiNSLys又はTiNSCate(ナノシート濃度0.8重量%)500μLと塩化ナトリウム水溶液(20mM)500μLを混合し、ナノシート分散液における塩濃度の影響を調べた。塩化ナトリウム水溶液添加後のナノシート分散液の写真を図4Bに示す。
コーティング剤なしのTiNSでは、ナノシートの沈殿が確認された。一方、コーティング剤でコートされたナノシートでは、塩存在下でもナノシートの分散性を保持できることが確認されたが、比較例1のTiNSCateは塩存在下で沈殿が生じたことから、本発明においてナノシートとコーティング剤との多点的な相互作用が重要であることが確認された。
本発明のコーティング剤でコートされたナノシートは、塩存在下においても安定に分散していることから、タンパク質の溶液NMR測定用配向剤としての利用が期待された。
【0075】
以上各実施例のナノシートが分散していることを目視で確認した。さらに、各例のナノシートについて、各種構造解析を行った。
【0076】
(2)動的光散乱(DLS)法による大きさ測定
コーティング剤なしのナノシートのDLSによる大きさ分布を図5Aに示す。DLSから算出される大きさは、TiNSは825nm、smallTiNSは295nm、NbNSは325nmであった。
次に、コーティング剤によるコート前後における大きさ分布を図5Bに示す。TiNS及びNbNS共にコーティング剤でコートされたナノシートの大きさがわずかに増大していることから、コーティング剤によってナノシートがコートされていることが示唆された。また、コーティング剤なしのナノシートと同様に、コーティング剤でコートされたナノシートも、溶液中で分散していることが確認できた。
【0077】
(3)透過型電子顕微鏡(TEM)によるナノシート分散液の観察
コーティング剤なしのナノシートのTEM画像を図6Aに、コーティング剤でコートされたナノシートのTEM画像を図6Bに示す。TEM画像中の点線はナノシートの輪郭を強調するために記したものである。
いずれのナノシートも凝集することなく分散しており、大きさもDLSの測定値を支持するものであることが確認できた。
【0078】
(4)原子間力顕微鏡(AFM)による観察とナノシートの平均厚さの算出
TiNSのAFM画像を図7に示す。AFM画像の点線における断面プロファイルから、ナノシートの平均厚さを算出した。コーティング剤によるコート後のナノシートでは、コーティング剤なしのナノシートと比較して厚さが1.0〜5.0nm程増加しており、コーティング剤がTiNS表面に吸着していることが強く示唆された。
【0079】
(5)ゼータ電位測定
以下に示す実施例のナノシート分散液のゼータ電位を測定した。結果を表2に示す。
【0080】
【表2】
【0081】
TiNSCasのゼータ電位は−43.6mVであり、アニオン性タンパク質であるカゼインがナノシート表面に吸着していることが示唆された。一方、TiNSLysのゼータ電位は+50.1mVであり、カチオン性タンパク質であるリゾチームがナノシート表面に吸着していることが示唆された。
同様に、ゼータ電位測定結果から、TiNSPDDAの表面にはカチオン性高分子であるポリジアリルジメチルアミンクロライドが、TiNSChoの表面にはアニオン性のコンドロイチン硫酸が、それぞれナノシート表面に吸着していることが示唆された。
【0082】
以上の構造解析により、ナノシート表面にコーティング剤が吸着していることが示唆された。さらに、クマシーブリリアントブルー(CBB)を用いてナノシートに対するタンパク質コーティング剤の吸着量を定量的に評価した。
【0083】
[コーティング剤吸着の評価]
(6)コーティング剤吸着確認
コーティング剤としてタンパク質を用いたナノシートにおいて、コートするタンパク質の量を変化させ(0〜2.0mg/mL)ナノシートを製造し、コート後のタンパク質の吸着量をCBB染色で定量した。その結果を図8に示す。
いずれのタンパク質を用いた場合もナノシート上への吸着量が飽和しており、シートの全面がタンパク質でコーティングされていることが支持された。
なお、上述した実施例のナノシートの製造方法において、本実験で確認された飽和吸着量以上のコーティング剤を用いてナノシートの製造を行った。
【0084】
また、TiNSSkim及びGONSCasに対して同様にCBB染色を行い、タンパク質吸着の確認を行った。その結果を図9に示す。いずれのナノシートにおいても、CBBのタンパク質への吸着に由来する585nm付近の吸収ピークが増加しており、TiNS及びGONSへタンパク質が吸着していることが確認できた。
【0085】
さらに、経時で安定してタンパク質がナノシートに吸着していることを確認するため、以下の方法によりナノシートへのタンパク質吸着量の経時変化を確認した。
まず、TiNSCas(0.7重量%)をトリス塩酸緩衝液(1mM、pH7.7)に分散させ、該分散液を室温下静置した。ナノシートの製造から0.5、1、2、5日間静置した後の各分散液に対して、遠心分離機(商品名CT15RE、HITACHI社製)を用いて遠心操作(15,000rpm)を4℃で15分行った。上澄み液に含まれるタンパク質をCBB染色によって定量した。
ナノシート製造直後の上澄み液に含まれるタンパク質量から算出したナノシート上から乖離したタンパク質量を0%として、0.5、1、2、5日間静置した後のナノシート上から乖離したタンパク質の割合を算出し、100%からその割合を引くことでナノシート上に吸着したタンパク質の量を算出した。
同様に、TiNSLys(0.9重量%)のトリス塩酸緩衝液(1mM、pH2.3)についても、ナノシート上に吸着したタンパク質の割合を算出した。結果を図10に示す。
Cas及びLysは、いずれも5日後にもほとんどTiNS上から脱着しないことが確認された。
【0086】
また、モデル化合物として蛍光ラベルしたタンパク質を用い、ナノシート分散液と混合して静置した後、該ナノシート分散液を共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)により観察し、ナノシートとモデル化合物との相互作用を確認した。
モデル化合物としては、アニオン性タンパク質として蛍光ラベルしたアルブミン(FLAlb)を、カチオン性タンパク質として蛍光ラベルしたリボヌクレアーゼA(FlRN−A)を用いた。
FLAlb(0.5mg/mL)をトリス塩酸緩衝液(1mM、pH7.7)中のTiNS(ナノシート濃度0.4重量%)と混合して、24時間後のナノシート分散液のCLSM画像を図11(A)に示す。また、ナノシートとしてトリス塩酸緩衝液(1mM、pH7.7)中のTiNSCasを用いた場合の結果を図11(B)、トリス塩酸緩衝液(1mM、pH2.3)中のTiNSLysを用いた場合の結果を図11(C)に示す。
同様に、FlRN−A(0.5mg/mL)を用いて、TiNS、TiNSCas又はTiNSLysと混合した場合の結果をそれぞれ図11(D)〜(F)に示す。
図11(B)及び(F)において蛍光強度が弱いことから、アニオン性のFLAlbは、マイナス電荷を有するTiNSCasへの吸着が大きく抑制されており、カチオン性のFlRN−Aはプラス電荷を有するTiNSLysへの吸着が大きく抑制されていることが確認できた。
NMR測定対象分子がナノシートと強く相互作用することは、その配向性の妨げになるため、好ましくない。このため、NMR測定対象分子とナノシートの選定にあたって、本結果の図11(B)及び(F)に示すような弱い蛍光強度が確認されるようなものの組み合わせとすることが好ましい。
【0087】
[磁場配向性の評価]
(7)X線小角散乱(SAX)
コーティング剤でコートされたナノシートの磁場配向性を調べるため、TiNSCas、TiNSAlb及びTiNSLys(それぞれ0.4重量%)をジメチルアクリルアミドゲルに包埋した後にSAX解析を行った。
【0088】
図12(A)は、本測定の概略図を表すものであり、図中の記号Bは磁場ベクトルを表す。図12(B)〜(D)に示したSAX解析結果より、タンパク質でコートされたナノシートもコーティング剤なしのTiNSと同様に磁場に対して垂直に配向していることが確認できた。
【0089】
(8)DO四極子相互作用の分裂ピークによる配向性評価
本発明のナノシートの磁場配向性を評価するにあたり、まず低分子である水を用いて、水の四極子分裂の分裂ピーク幅により評価した。このピーク幅が大きいほど、水分子が配向しており、配向性が高いことを表す。
【0090】
まず、コーティング剤なしのナノシートについて、測定温度を24℃に一定に保ち測定試料中のナノシート濃度を変えてナノシート濃度依存性を調べた。また、測定試料中のナノシート濃度を一定に保ち測定温度を変えて測定し、温度依存性を調べた。
各ナノシートの表3に示す溶液におけるDO四極子相互作用の分裂ピークを図13に示す。
【0091】
【表3】
【0092】
既報のバイセル(Shapiro RA, Brindley AJ, Martin RW.(2010) J Am Chem Soc 132:11406-11407)は測定温度22℃の条件下でピークが分裂していないのに対し、本願発明のナノシートでは分裂ピークが観測され、磁場中でナノシート及び水分子が配向していることがわかった。
また、ナノシート濃度の上昇に伴いDO四極子相互作用の分裂ピーク幅が大きいことから、濃度依存的に配向性が高くなることがわかった。さらに、測定温度によらず0℃〜90℃まで広い温度範囲でDO四極子相互作用の分裂ピークがみられたことから、温度に対して安定的に配向性を有することがわかった。
【0093】
次に、コーティング剤でコートされたナノシートについて、各ナノシートの表4に示す溶液におけるDO四極子相互作用の分裂ピークを図14に示す。
【0094】
【表4】
【0095】
コーティング剤なしのナノシート同様に分裂ピークが観測され、磁場中でナノシート及び水分子が配向していることがわかった。
【0096】
(9)グルコースの配向性評価
続いて、TiNS又はNbNSを用いて、13Cラベルしたグルコースの13C−NMR測定を行った。
NMR測定試料は、TiNS(1.5重量%)のTMA(1mM)溶液又はNbNS(4.0重量%)のTBA(1mM)溶液に、3重量%のグルコースを添加して得た。結果を図15に示す。
図15(A)はナノシートを添加せずに13Cラベルしたグルコースの測定結果、(B)はTiNSを添加した測定結果、(C)はNbNSを添加した結果測定である。13Cのカップリングシフトから、TiNS及びNbNSのいずれを添加した場合も、ナノシートを添加しなかった場合に比べてシフトしており、βグルコース分子が配向していることが確認できた。
【0097】
(10)タンパク質の配向性評価
TiNSCas又はNbNSCasを用いて、15NラベルしたプロテインG β1ドメイン(15N−GB1)のNMR測定を行った。
NMR測定試料は、TiNSCas(2.5重量%)又はNbNSCas(4.1重量%)のトリス塩酸緩衝液(10mM、pH6.8)(DO=10%)に、15N−GB1(4.0mg/mL)を添加して得た。TiNSCasは、5〜80℃の種々の測定温度で測定を行った。NbNSCasは35℃で測定を行った。
【0098】
図16にIPAP−HSQCスペクトルを、図17にIPAP−HSQCスペクトル解析から算出したアミノ酸骨格に由来するH−15N結合の残余双極子結合(RDC)一覧を示す。
ナノシートの存在下でIPAP−HSQCスペクトル及びRDCが観察されることが確認された。
【0099】
さらに、TiNSCasの実測されたRDCと既報の構造から計算されたRDCデータの相関関係を各測定温度(5〜65℃)についてまとめたグラフを図18に示す。
【0100】
35℃と50℃において既報であるGB1(蛋白質構造データバンクPDB:2PLP)と高い相関が見られたのに対し、5、20、65℃においては低い相関を示し、GB1の構造変化が起こっていることがわかった。
本発明のナノシートは、従来の配向剤に比べて、広い温度範囲でタンパク質のNMR測定用配向剤として機能することが明らかとなった。
【0101】
次に、TiNSCas(2.5重量%)と15N−GB1(4mg/mL)をトリス塩酸緩衝液(10mM、pH6.8)中で2時間混合し、遠心操作(15,000rpm)を行い、上澄み液を得た。
同様に、TiNS(1.5重量%)と15N−GB1(4mg/ml)をトリス塩酸緩衝液(10mM、pH6.8)中で2時間混合し、遠心操作を行い、上澄み液を得た。
各上澄み液をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)に供した。SDS−PAGEの結果を図19に示す。レーン1がタンパク質マーカーであり、レーン2が15N−GB1であり、レーン3がTiNSCasの上澄み液であり、レーン4がTiNSの上澄み液である。
【0102】
TiNSCasの上澄み液からは15N−GB1に由来するバンドが検出され、15N−GB1が回収可能であることが確認された。
本発明のコーティング剤ナノシートは、従来の配向剤では回収不可能であったNMR測定対象のタンパク質を簡便な遠心操作により回収でき、配向剤であるナノシート自体も再利用可能であることがわかった。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5A
図5B
図6A
図6B
図7
図8
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図19